ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
8月2日はかよちゃんこと姫路果代子の誕生日でした。
本編ではスキップしてしまう話のミッシングリンクとなります、よろしくお願いいたします。
【注意】
・百合やガールズラブ要素あり。注意!
・『ハイスクール・フリート』アニメの一部ネタバレあり。
・拙作『ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー』のラストとは異なります。無関係だとは言いませんが、これが正しい終わり方でもありません。IFのパラレルワールドだと思ってください。
・物語の進行の妨げになることを防ぐため、割り込み投稿を掛けています。
以上が気に入らないという方は閲覧を控えることを強くおすすめします。
それでもいいぜ! という方はお付き合いいただければ幸いです。
彼女が薄っすらと目を開けた。それを見た松永理都子はベッドに駆け寄る。
「かよちゃん!? 大丈夫!?」
「ぇ……あれ……? あ……はい……」
とりあえず声に対して反応があったことに心から安堵して、理都子は彼女が寝ているベッドにもたれた。その様子を見たこの部屋の主、鏑木美波医務長も無表情ながらどこか嬉しそうだ。
「もう、本当に心配したんだよ、かよちゃん」
「ご心配……おかけしました、えっと……」
「かよちゃん? 痛いところとかない? 大丈夫?」
「えっと……、それは大丈夫、なんですけど……」
その喋り方に違和感を覚える理都子。姫路果代子はこんなによそよそしいしゃべり方をしただろうか。言葉にできない不安がむくむくと膨れ上がる中、果代子はたしかにのんびりとスローテンポで話すところがあるが、距離を置くような話し方はしないはずだ。それに幼馴染のように育ってきた理都子と果代子の仲だ。そんな口調で話される必要もない。
理都子の内心を知ってか知らずか、果代子が口を開く。
「えっと……あなたは、誰でしょう……?」
『記憶喪失!?』
艦橋要員が揃って聞き返す。その音量にびくりと肩を震わせたのは報告に来た理都子である。
「はい……美波さんが言うには……えっと……外傷性全生活史健忘、だそうです。一過性のもので、すぐに記憶は戻るらしいです」
その一言で場の空気がどこか緩んだ。既に感極まっているような様子の航海長、知床鈴が目の端の雫を指でぬぐいながら言葉を続ける。
「でも……どうしてこんなことになってしまったんですか? かよちゃん、頭を打った様子はなかったのに……」
鈴はそう言って目線を落とした。タイミング的にはそれしかありえない。機雷原のただ中に取り残された晴風がそこを脱出するためにはスキッパーを使って航路啓開する以外になかったのだ。スキッパーには操縦者として理都子、ナビゲーターと掃海具オペレーターとして果代子が乗務して啓開作業を行っていたのだが、その途中に機雷に接触。スキッパーと一緒に宙を舞う羽目になった二人を岬明乃艦長と知床鈴航海長が回収したのが、大体1時間半前になる。
「頭をぶつけたのか?」
ヴィルヘルミーナがそう問いかければ、理都子は首を横に振った。
「ぶつけた痕跡はないし、安全装置が無事作動してるんですけど……ぶつけてなくても頭が急に揺らされたりすると脳が傷つくことがあるらしくて……今回はそのパターンじゃないかって……」
しゅんとする理都子につられるように空気が沈み込んでいく。場を仕切り直すように、明乃が口を開いた。
「と、ともかく! かよちゃんが危険な状況にあるとか、そういうことはないんだよね?」
「は、はい……」
「ならきっとなんとかなる! みんなで頑張って支えていって、早くいつものかよちゃんに戻ってもらおう! とりあえずかよちゃんとりっちゃんのシフト、どうなってる?」
明乃が振り返るとそこでは書記の納沙幸子がタブレットを操作していた。
「もともと砲雷科なので、ワッチもないですし、演習海域でもないので、弾を使用しない模擬訓練ぐらいですね」
「絶対動かせないシフトってわけじゃないんだね? なら今日明日はりっちゃんたちを全日空けられるようにシフト調整お願い。訓練とかは砲術関連と順番入れ替えて」
「うぃ。」
頷いたのは立石志摩砲雷長だ。とてとてと小走りで幸子のそばに寄っていき、彼女のタブレットを覗き込む。どうやら他の砲雷科の動きを確認しているらしい。
「あと、メイちゃん」
「なーあに?」
窓際の双眼鏡をいじりながら西崎芽依水雷長が声を上げる。
「かよちゃんが大丈夫そうなら、りっちゃんと一緒に晴風旅・行・をしてきてもらえる? 少しの間だけどかよちゃんが不便だと悪いし」
旅行とは初めて乗艦する乗組員に艦を案内することの俗称だ。それを聞いた芽依が笑ってラフに敬礼する。
「りょーかい。かよちんのこと他の子にも伝えた方がいい?」
「んー……そうだね。でもあんまり大袈裟にしないで。みなみさんは『記憶喪失は一時的なもの』って言ってるし、それもしっかり伝えて」
「はーい、じゃ、いこっかりっちゃん」
芽依が理都子を連れ立って艦橋を出ていく。それを見送って、明乃は振り返る。
「……とりあえず、シフトを通常に戻します。休憩中のみんなはごめんね」
明乃はそう言って鈴と操舵を変わった。艦長職とはいえ、明乃は航海科だ。31人という少人数で艦機能を回す都合上、艦長自身が操艦を行うことも少なくない。シフトがオフの人が出ていく中、ましろが足を止めた。
「……艦長」
「なぁに? しろちゃ……副長」
あだ名で呼ばれそうになって睨みを利かせたましろに、バツが悪そうな明乃。ましろは一瞬だけ目を合わせてから視線を逸らした。
「姫路さんが怪我したのは艦長のせいじゃない。艦長も気を落とさないでください」
「……わかってる。大丈夫、こういうときこそ、艦長がしっかりしないと」
その返事にましろはどこか心配になりながらも、それ以上はなにも言わなかった。そのましろに向けて、明乃は続ける。
「りっちゃんが正直心配。スキッパーの操縦をしてたのはりっちゃんだから。少し気にかけてあげて」
「……わかった」
ましろがそう返して、艦橋を出ていく、明乃は舵輪に軽く手を添えて、心の中で願った。
(……はやくよくなって、かよちゃん)
「ほへー、これが晴風の……」
「第フタ魚雷発射管、かよちゃんの持ち場だよ」
ぽけっとした表情で魚雷発射管を見上げる果代子に対して胸を張る芽依。
「中入ってみて。なにか思い出すかもしれないよ」
発射管の中に入るためのハッチを開けた芽依が手招きする。果代子はどこか恐る恐るといった雰囲気でその中に入った。中の明るさは最低限に絞られていて足元もおぼつかない。発射管の射角を調整するための旋回ハンドルなど突起物も多くてぎゅうぎゅう詰めの印象をうけるそこに向けて果代子はゆっくりと歩みを進める。
「……かよちゃん」
入り口のところで立ち止まって覗き込む理都子。その視線の先では果代子が操作盤の前の座席に腰掛け、手をゆっくりと操作盤に沿わせるように動かしていくところが見えた。
「あれ……私……」
どこか戸惑うような声がするのを聞いて、理都子はそれを覗き込んだ。
「メイちゃん……あれ……」
「うん。魚雷発射管の旋回ロックの解除前確認手順だ」
そう言って芽依の手が空中で踊る。ソレを寸分たがわずトレースするように果代子の手が動いていく。一通り操作盤の表示を撫ぜ終えるとそのまま横にあるハンドルに手を添えた。そこで動きを止める。
「……覚えてる」
「うん! やっぱり魂が覚えてるんだね!」
果代子に駆け寄った芽依が背をバンと叩いた。それに驚いたのか彼女の肩が跳ね上がる。
「かよちんはやっぱり水雷屋の鑑だ! 『撃て撃て魂』を持つ同志だ!」
「西崎さんちょっと痛い……!」
そう言って何とか逃げようとする果代子。だが狭い発射管の中では逃げ道がない。見かねた理都子が芽依のネコミミパーカーのフードを引っ張った。
「叩くのはだめです」
「ふに゛ゃっ!?」
引っ張られて猫が驚いたような声というか潰れたような声というか、そんな声を出した。パーカーに引っ張られるように後ろ向きに引きずられる芽依。それを見てどこか安心したような表情を見せる果代子。
「りっちゃんごめんって。というか、く、苦しい……」
引っ張っている理都子の腕をタップしてギブアップを伝えて、やっと芽依は開放してもらえた。
「りっちゃん、やりすぎ」
「水雷長が雑なんですー。あと謝るならかよちゃんにどうぞ」
頬を軽く膨らませながらそう言った。それを聞いた芽依も落ち度は感じていたのか素直に頭を下げる。
「すこしやりすぎた。ごめん」
「いえ……大丈夫、です」
果代子はそう言って笑う。それを聞いてもどこか理都子は心配そうだ。
「かよちゃん、本当に大丈夫?」
「はぁい、大丈夫ですよ、理都子さん」
その呼び方に胸の奥がチクリと痛む。それでも表面だけでも、笑っておかないと、そう思って何とか笑みを浮かべた。どこか寂しそうな、悲しそうな陰りのある表情をしている果代子を少しでも元気づけられるように、やれることはしなければならない。
「じゃあ、次いこっか。艦内の方は迷路だからね。気合入れていこー!」
「おー!」
「お、おー!」
ノリよく返してくれた芽依につられるように、果代子もグーにした手を振り上げた。そうして果代子が芽依と目を合わせると軽く微笑んだ。少し表情が明るくなったことがうれしいと同時に、どこか棘が刺さる。
私にできなかったことを、水雷長は平然とやってのけた。
それが小さな棘となってちくりと痛みを広げる。それを理都子は気が付かなかったフリをした。それを認めれば負けたような気がするのだ。芽依に、誰よりも自分に負けたような気がするのだ。
「りっちゃーん? いくよー?」
「今行きまーす!」
だから、理都子は何とか笑って、二人を追いかけるのだった。
晴風は戦闘艦の中では小ぶりな航洋艦に分類される。だから旅行もテキパキやれば終わってしまう。ものの30分で終わってしまい、果代子他3人は教室で休憩に脚を踏み入れた。航行中、ここは基本食堂兼集会室兼談話室として使われている。今は集会も喫食もないタイミングなので、非番の人の休憩スペースとなっている
「あ、副長」
「旅行は終わったのか?」
先客としていた、宗谷ましろに聞かれ、肩を竦める芽依。
「まぁ、晴風の広さだからねー」
芽依がそう答え、隣にすわった。それにあわせて、皆が思い思いに席につく。
「記憶喪失ってどうやったら治るんだろうねー」
机にぐでっと寄り掛かって芽依がそう言った。
「やっぱり青魚?」
「それは記憶力を高めるのに効くだけで、思い出させるのには効かないんじゃないのか?」
ましろにそう言われ、それもそうかと納得する芽依。それで会話が終わってしまって、どこか気まずい。その沈黙を埋めるように、誰かが入ってきたのが救いだった。
「あら」
「あ、万里小路さん」
「どうされたんですか? 皆さんお集まりになって」
青海の強いさらさらした長い髪を揺らして、万里小路楓が部屋に入ってくる。入り口の方を見るために、いすに座ったまま体を反らした芽依が逆さまの状態のまま口を開いた。
「いやー、かよちんの記憶を戻すにはって話をしててさー。万里小路さんなにか知らない?」
「記憶を戻す……ですか」
楓は顎に人差し指をあてがって、わずかの間逡巡した。
「そうですね……、とりあえず頭を一発殴ってみるとかどうでしょう?」
「うわ、清楚な見かけから想像もできない大胆発言来た」
芽依は苦そうな表情を浮かべる。理都子やましろの顔も似たようなものだ。
「みなみさんからもう頭を打たせないようにって言われてるからダメですよー」
「でも映画でもよく描写されていますように、もう一度衝撃を与えたら治るかもしれませんよ?」
そう言うと、どこから取り出したのか薙刀を取り出して構えだす楓。その目の色を見て果代子が一瞬喉を干上がらせたので、さすがに芽依と理都子が止めにかかった。
「いやいやいやいや! とりあえず人の頭でスイカ割りはスプラッタすぎるからやめよ!?」
「……冗談ですよ?」
「その怖い間はなんですか……?」
「…………冗談ですよ?」
そう言って薙刀を収めた楓は改めて腕を組んだ。
「そうですね……あとは催眠療法があると聞いたことがあります。なんでも自己暗示をかけて思い出させるとか」
暗示、かぁ……と全員が一瞬考え込んだ。
「暗示と言えば、5円玉かな?」
「今だれか持ってますー?」
「すまない、財布は副長室に置いてきた」
「小切手じゃ……」
「駄目だと思います……」
皆が財布を漁って何とか芽依の財布から5円玉を発掘すると、とりあえずそれに紐を通してみる。それをフラフラと振りながら芽依が笑う。
「これ見るとなんだか狙いたくない?」
かなり間を置いて、皆が首肯。なんだかんだで皆、砲雷科なのだ。
「んじゃ、少しやってみますか」
そのままそれを振りながら、果代子の前に立つ芽依。果代子の目線がその5円玉を追うように動きだす。
「あーなたーはだーんだーんねーむくーなるー」
「眠らせてはダメなんじゃないでしょうか……?」
「なら万里小路さんならなんていうのー?」
楓は芽依と振り手を代わると、そのまま5円玉を振り続けた。
「姫路果代子さん、貴女はいま、時間を遡っています。どんどん遡っています」
「おおっ、なんだか本格的なのが始まった……!?」
理都子と芽依が固唾を飲んで成り行きを見守る。5円玉の動きに合わせて僅かに首が振れる果代子の様子を見て、理都子は息を止めていた。
「……なんだか、猫みたい」
「あ、それあたしも思った」
思ったことが口に出ていたのか、芽依からの同意が飛んできたことに少し驚く。その間もずっと果代子は首が揺れ続ける。
「貴女はいまどんどん時を遡り、5歳の頃まで戻りました。そこから今この時までまた時間が戻っていきます。その間のことが貴女の目の前に広がりながら、戻ってきます」
ふり幅がどんどん大きくなり、それに併せて果代子もそれを追いかけるように首を大きく振るようになっていく。
「どんどん今に向かって時間が進んできました。横須賀女子海洋学校に入学し、晴風の乗員となって、今この瞬間まで、戻ってきました!」
パシッっと音を立てるようにして、五円玉の動きを止めた。どこかハッとしたような表情を浮かべる。
「どうでしょう、思い出しましたか?」
どこか自信満々にそう言った楓。周囲が期待に満ちた目線を果代子に向ける。
「……ごめんなさい」
ずっこけるように崩れ落ちる周囲。どこか気まずそうな果代子に芽依が笑いかけた。
「まぁ、しかたないから。気にしちゃだめだよ?」
「は、はい……」
「ゆっくりやっていこう、ね?」
そう言われ、つられるように笑った果代子。それを見てから、理都子は席を立った。
「あれ、りっちゃんどこいくの?」
「すこし、お花摘みに」
そう言って、理都子はそこを出ていく。廊下に出ると自然に足が重くなった。その重い足でなんとか歩いて……そのまま甲板に出た。夕日にはかなり早い空が彼女を出迎える。
「……なにしてるんだろ、私」
落下防止柵の鎖に寄り掛かって、理都子はそう呟いた。
心の中がじくじくして、痛い。手当ての遅れた擦り傷みたいな痛み。膿が浮いてしまった傷に触れたような、どこか熱を持った鈍痛がのしかかる。
痛みの正体はわかっているのだ。それでも、どうすることもできない。
「ほんと、何をしてるんだろう、私は」
「……理都子さん!」
暗く沈みこむ思考を、アルトの声がせき止めた。その反動で顔を上げれば、軽く息を切らした果代子が立っている。ミント色のリボンを海風が揺らした。
「かよちゃん……」
「理都子さん、大丈夫ですか……?」
「なんで?」
「すごく、寂しそうに見えたから」
そう言って一歩踏み出す果代子。その視線の先で理都子が少し笑った。
「かよちゃん……本当に、私のこと忘れちゃったの?」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。だって、私のせいだもん」
「え……?」
そう言った理都子の笑みに、果代子はとっさに足を止めてしまった。その目の端に雫が溜まっているのを見てしまったからだ。
「かよちゃんは止めたのに、私がスキッパーを飛ばすから、機雷を避けきれないような速度でスキッパーを走らせたから。あそこでかよちゃんのいう事聞いてたら、かよちゃんを傷つけずに済んだんだよ。悪いのは、全部私だもん」
「それは……」
違う、と言おうとして果代子は言葉を飲みこんだ。過去のことを忘れてしまった自分の言葉に、どれだけの価値があるだろう。
「かよちゃんと私はね、幼馴染だったんだよ。プロボウラーの親同士で家族ぐるみのお付き合いっていう感じでね。小学生ボーリング大会で、決勝戦競ったりしたこともあったんだよ」
どこか懐かしむような声色で理都子はそう言った。二人の間をどこか冷たい風が吹き抜けた。
「……それを全部私が忘れさせちゃったかもしれないんだよ?」
頬を伝う一筋の珠を見て、果代子は息を飲んだ。
「全部私が悪いのに、かよちゃんに悪いところなんて何にもないのに、どこか、寂しいんだ。辛いんだ。かよちゃんのことを晴風で一番大切に思ってて、一番わかってるはずの私より、メイちゃんの方が……かよちゃんを笑顔にできるのが、嫌なんだ」
口にして、理都子はなんてひどいエゴだろうと自分を呪った。これが果代子にいらない重石を背負わせることになると知っているのに、言葉にしてしまったのだ。自分が軽くなるために押し付けたのだ。
視線が上げられない。果代子がなにも言わないことをいいことに、理都子も黙り込む。晴風の割った海の白波が視線の端を走っていく。
視界に、果代子の靴のつま先が見えて、ハッと顔を上げた。その頬に彼女の暖かい手がそっと触れた。
「ごめんなさい……気が付いてあげられなくて」
「かよちゃん……?」
「私はきっとほんとうに、理都子さんに大切にされてきたんだね。本当に本当に大切にしてもらって、きっと私は理都子さんのこと、大好きだったんだね」
そう言うと、果代子は理都子の目をじっと見た。もういつ決壊してもおかしくないくらいに水分を湛えた相貌を見つめて、しっかりと伝わるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――――理都子さんにとって、私は、姫路果代子は大切な人ですか?」
そう言われ、ボロボロと涙を流しながら、理都子は頷いた。
「かよ、ちゃんっ、は……! たいっ大切で、大事でっ……! だいっ、大好きな人だよっ!」
嗚咽で途切れ途切れの大声の答えを聞いて、果代子は笑った。
「なら、許します。理都子さんはもう自分を責めなくていいんです」
果代子はそっと彼女を抱きしめた。理都子の肩に顔をうずめるようにしてそっと、体を密着させる。
「今の私にはなにがあったのか曖昧だけど、知っていてもきっと理都子さんを責めなかったと思う。こんなに大切に思ってもらったのに、そんな人を許さないなんてできないと思う。だから、許します。もう責めないでいいんです」
その言葉が理都子の堰を叩き切った。そっと果代子の体を抱き返す。
「かよちゃん……」
「なんですか? 理都子さん」
抱き合ったままこてんと首を傾げた果代子。普段と比べてもあまりに近い距離にどこかドキドキしながら、理都子は口を開く。
「かよちゃんは――――――」
そう言ったタイミング、船がいきなりぐらりと揺れた。
抱き合ったままでバランスを崩した二人。理都子はとっさに果代子の頭を庇った。重心の位置はとうにリカバリーできる位置にはなく、そのまま倒れてしまう。
「きゃっ!?」
倒れた衝撃で息を詰める。晴風の甲板は板張りとはいえ強かに背中から落ちれば十分に痛い。その上に果代子が倒れ込んだため、二人分の重さが理都子にかかった。
「いったぁ……かよちゃん!?」
星が散る視線の先で、眉を顰めている果代子を見て、一気に青くなる。脳挫傷は二回目からが怖いというのを聞いたことがある。
「大丈夫!? かよちゃん!」
「うん、大丈夫……! ごめんね、重いよね、りっちゃん」
「ううん、かよちゃんは軽いから……って、あれ? 今、私のこと、りっちゃんって……!?」
理都子の上から退きながら、果代子は笑った。
「うん……思い出したみたい」
その言葉にまた、涙が浮かぶ理都子、そのまま果代子を抱き寄せる。
「うわっ……!?」
「よかった、本当によかった……っ!」
「心配かけてごめんね、りっちゃん」
「ううん、かよちゃんは悪くないよ……!」
「ならりっちゃんも悪くない。『おあいこ』だね」
そう言って笑う二人の涙が甲板に落ちる。赤く熟していく太陽がその雫を照らしていた。
「やっぱり頭にガツンは正しかったのですねー」
どこか嬉しそうにそう言った万里小路楓だが、その口を塞ぐ西崎芽依。
「静かにしなよ、邪魔したら無粋だからね?」
果代子が開けっ放しにしていた扉の影から甲板の上で抱き合ったまま笑っている二人を眺めているのは、芽依と楓である。壁に寄り掛かったままその声だけ聴いているましろもいる。
「ま、これで万事解決だね」
芽依が笑みを浮かべながらましろの横に並んだ。
「これでやっとシフトも通常に戻せる。艦長に報告してくる」
「ゆっくりしてきていいよ」
「報告にゆっくりもなにもないだろう」
「艦長もリンちゃんも結構思いつめるところあるから、励ましてきてってこと」
そう言われると、むっすりと黙り込むしかない。その様子を見て芽依は軽く笑った。
「まだ根に持ってるの? 勝手に艦長が飛び出したこと」
「根に持っているわけでは、ない……」
「それでも、納得はしてない」
その言葉にどこか不満そうにしながらも頷く。
「でも、嫌いにもなれないんでしょ?」
追い打ちをかければ、ましろの頬が赤くなる。
「りっちゃんとかよちんを助けられたのは、我らがミケ艦長のおかげなのは、認めないとなーと思うよ。救助が遅れたらかよちんももっとひどいことになってかもしれない」
「そんなこと……そんなことわかっている」
「そえでもきっとミケちゃんは気にしてる。私が行けばよかったとか思ってるかもしれない。だから、あの時の艦長をちゃんと認めてあげないと、支えてあげないと。それが、友達としての、クルーとしての役割じゃない?」
そう言った芽依の視線は外に向けられていて、とても優しい色をしていた。
「だから、さ。とりあえず!」
そう言うと芽依はましろと向き合う位置に立った。そのままラフに右手を額にかざす。
「姫路さんたちはタイミング見て医務室に連れていってから正式に報告上げますので、とりあえず速報と艦長の様子見、お願いします、副長」
敬礼を受ければ答礼を返すのが礼儀だ。答礼を返して、ましろは苦笑いを浮かべた。
「こういうときだけ敬語は卑怯じゃないか? 西崎水雷長」
「一人のクルーとして進言しているだけであります、宗谷副長」
にしし、という擬音が似合う笑みを残して、芽依が甲板に飛び出した。「うひゃぁ!?」という果代子の悲鳴と「い、いつからみてたんですかー?」というどこか呆れた理都子の声が間髪入れずに聞こえた。それを聞いて、ましろは壁を離れ、艦橋に続くラッタルに向かう。
「さて、これから私は一仕事か……」
どういうべきか悩みながら、ましろは窓から一度外を見る。
きれいな落日。それに背中を押されるようにして、ましろは艦橋に足を踏み入れた。
夕陽が晴風を包み始める。彼女たちを優しく包むような優しい光だった。
……いかがでしたでしょうか?
全く関係ない話になりますが、作品には勝手にOP曲とかED曲とかそう言うのを考えてにやにやしていることが多い作者です。
今回の『ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー』だと、
OPは川田まみの「Borderland(TVアニメ『ヨルムンガンド』一期OP)」
EDはSchool Food punishmentの「sea-through communication」
だったりします。2クールものだったら後期OPはアニメそのままTrySailの「High Free Spirits」でEDはamazarashiの「スターライト」かなぁとかムフムフ想像中。
……まぁ、完全に趣味丸出しなんですけどね。
何はともあれTwitterに上げていたはいふり短編は全てこちらにも掲載するつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします(おそらく明日にはタマちゃん短編が投下されるかと……)。
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。