ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
「……で、見事に遅刻した、と」
すでに横須賀出港から二日近くが経過して、くつくつと笑いながら柳は書記の幸子から報告を聞いていた。晴風のブリッジにはさんさんと朝の光が射しこみ、操舵輪を握る知床鈴の瞳に浮かんだ雫の珠を光らせた。
「すいません……私が方角間違えたから……」
「まぁ、高温缶のセーフティを起動させたりもしたわけだし、しゃーない。遭難事故を起こしたわけじゃねぇんだ。古庄教官とかにネチネチ怒られるぐらいで済むんじゃないの?」
「うぅ……」
「古庄教官ってそんなに怖いんですか……」
「知床さんは舵輪握ったまま振り向かない。進路ずれてる、真方位一-六-五度を維持するようにな」
「ひゃいっ!」
柳は電子機器の整備扉に寄り掛かったまま指摘した。彼的にはやんわりと指摘したつもりなのだろうが、まるで鬼にでも睨まれたような怯えっぷりで前を向く鈴に少し自信を失う彼である。
「それで、現在地は?」
「ふたじゅうはちど じゅってんごふんノース、ひゃくさんじゅうきゅうど さんじゅうさんてんさんふんイースト、です」
読み上げられたものをそれぞれ28°10′50″N、139°33′30″Eと頭の中で変換してざっと地図と照合する。
「あと3時間から4時間はかかるな。大遅刻決定、お疲れさん」
「そんなぁ……」
泣きそうな鈴の声(実際半泣きなのだが)を聞きながら欠伸をかみ殺す柳。
「まったく……ついてない……」
副長の宗谷ましろの溜息が響く。
「主機は高温高圧缶。現行最新型のプロトタイプだったんだ。試験機でアグレッシブなセッティングな分、コントロールもかなりタイトに求められる。こればかりはどうしようもないな」
柳はタブレットを左腕で抱えるようにして持ち、操作を始める。どうやら演習の日程等を確認しているらしい。
「遅れる旨の連絡はしてあるな?」
「はい。通信員の八木が打電済です」
ましろの答えに満足げにうなずく。八木といえば低い位置で結んだ赤いリボンの髪留めをした子だったか、と思い出しながら柳が続ける。
「返答の確認は?」
「すぐに返ってきました。古庄教官も承認されたそうです」
「なら大丈夫だろう。古庄教官は事情をしっかり説明すればわかってくれるタイプの先生だ。ドヤされて終わりみたいなことにはならないはずだ。まぁ、口頭注意ぐらいは覚悟しとこうぜ」
本当に何でもないような口調でそう言って欠伸をかみ殺す。
「……寝不足、ですか?」
「いや、納沙さんに心配されるほどじゃない。若干朝が弱くてね。シフトがある以上そうもいくまい?」
「えっと……ミッドナイトシフト明け……大丈夫ですか?」
「睡眠時間は確保してる。問題はないさ」
午前0時からの4時のゼロヨン当直で操舵を担当していたのは柳である。立ちっぱなしだったせいもあり、若干足がむくんでいることを呪った。たった4時間でむくみが出るとは、歳はとりたくないものである。
「柳教官もシフトに入られていたので驚きました。てっきり生徒に任せるものだと」
「そりゃぁ艦に乗っている以上は教師だろうと誰だろうとクルーだからな。クルーとしての責務に貴賤はない。教官として考査や安全管理を行うときは別だが、それ以外の時は普通に艦内業務を回すさ」
幸子が垂れ目を細めてどこか嬉しそうに笑う。
「そういや、岬艦長が見えないが……」
「呼び戻しますか?」
すぐにそう言ってきたのは前方の見張りを兼ねて指揮を執っているましろだ。
「いんや、とりあえずは問題ないとは思うが……引き継ぎはしているんだろう?」
「一応は私に権限を委譲して行きましたが……」
「なら問題あるまい」
その言い方にどこか不満げな表情をするましろ、それを見て柳はどこか面白そうな顔をした。
「遅れは出ているが、けが人が出た訳でも何かを壊した訳でもないんだ。致命的なトラブルというわけでもないんだ。そんなにピリピリしてたらあっという間に疲れ切るぞ。ダラダラしろとは言わないが適度に息を抜いたほうが上手くいく」
「お言葉ですが、演習開始時刻に大幅に遅れるというのは致命的とは言えませんが、トラブルに違いありません。その時に上長がだらけていたら示しがつかないのでは? その緩みから事故が発生するのでしょう?」
「ハーバード・ウィリアム・ハインリヒの災害トライアングル定理だな。1つの重大事故の裏側には29の軽微な事故と300のインシデントが存在する、か」
すぐに対応する法則名が出てくるあたり、柳が危機管理などの座学教官というのは間違いないらしい。
「それに、そうならないような環境を見直し、評価・反省をしていくためにも、このような小会議には艦長の同席が必要だと思いますが」
「今度はフランク・ホーキンスのSHELL評価モデルの影響かな。きっちり勉強しているようでなにより。まぁ、実際遅れた理由ははっきりしているわけだし、そこの部分の方針決定は難しくない。直すのはかなーり難しいけどね。ハードで言うなら高温高圧缶の整備ないし、換装。操舵ミスみたいなヒューマンエラーに関しては一つ一つ声に出して指差し確認をする、必ず二人一組で相互に監視するあたりに落ち着くだろう」
「ですから、それを共有するためにも艦長を呼ぶべきだと」
「報告を受けるだけのつもりだったからね、呼ばなくてもいいかなと思ってたんだけど……」
そう言った直後、柳のタブレットに通知が飛び込んだのか、小さくブザーが鳴った。タブレットに向けた柳の視線が、一気に冷える。
「……あの、どうかしました?」
空気がかわったことに気が付いたのか、鈴が操舵輪を握ったままオドオド声をかけた。
「……いや、すぐ呼んできてくれ。西崎水雷長、お願いできる?」
「わっかりました! 呼んできまーす」
「知床航海長、一時方向距離7000に艦影一、確認できるか」
「へっ!?」
慌てて鈴がコンパス横のレーダーマップを覗き込む。
「あ……レーダーコンタクトです。距離6800……速度……えっ! 36ノット!?」
速い、と口の中だけで呟いて視線を上げる
「
「は、はい。このままだと……約7分後に交差します!」
柳はジャケットで隠すようにしていたポーチから双眼鏡を取り出して右舷側の見張りデッキに寄る。倍率を調整し、レーダーが示している方向を見る。
「視認はできんか……副長、
「わ、わかりました」
電信室に接近中の艦船の彼我を問うように告げるましろの声を聞きながら柳は頭をひねる。
「航洋艦か……、どいつだ」
「IFF応答ありました、教導艦『猿島』です」
「……猿島だと?」
双眼鏡から目を外し、艦橋の中を覗き込む。
「J-MIDSには写ってないのか?」
そう言われ、鈴は一瞬ぽかんとしていたが、言わんとしているものが、統合型作戦情報支援装置――― Jointed Multifunction Information Distribution Systemであることに気が付いて小さなモニターを覗き込む。
「いえ……なにも写ってません……」
「こちらへの情報リンクを切っているのか、なぜ……」
太陽光がきらりと何かを光らせた。明るいグレーの艦影が日光を反射したのだろう。倍率を上げる、ぼんやりと
「すいません、何かありましたか?」
右舷のウィングに小走りで飛び込んできたのは岬明乃艦長だ。
「猿島が接近してきている」
「え……わざわざ、ですか?」
「わざわざ、な。すでに演習の用意をしてなきゃいけない時間のはずだが……お叱りに来たか?」
周りが嫌そうな顔をするが、柳はそれを見てはいなかった。自分で言っておきながらあれだが、その可能性は低いと見ている。
「艦長、状況が読めない。宗谷副長から指揮を受け取っておいたほうがいい」
「わ、わかりました! しろちゃん。指揮ありがとう。ここからは私が指揮を預かります!」
「だからしろちゃんと呼ぶなと何度……!」
「えー、かわいいのに……」
「そんな評価いらん!」
そう言うましろの言葉を無視して、艦長を示す制帽を被る明乃。その背筋がしゃんと伸びる。
「猿島、増速しました……! 38ノット出ています!」
鈴の震えた声が響く。
「38ノット、ほぼ全速じゃねぇか、何考えてるんだ古庄教官。 猿島からの無電は?」
「一切ありません」
無電の前に張り付いている幸子がすぐに返す。
「このまま行くと後4分少々で航路が交差……しかも思いっきり衝突するタイミングだな。艦長。この場合の航路優先権は?」
「えっと……」
明乃が一瞬言葉を詰めるとすぐにましろが答えた。
「スターボード船の方が優先権を持つため、猿島の航路が優先されます。本艦は転進、ないし減速の必要があります」
「どうする?」
ブリッジに戻って改めて双眼鏡を構える柳、艦橋の空気がじわじわと張ってくる。
「……転進します、右3点回頭。真方位一-三-一へ」
「速度は落とすな。猿島の動きが少しおかしい」
「わかりました。右3点回頭用意、回頭かかれ!」
鈴が舵輪を回す。ゆっくりと弧を描くように進路が変わっていく。直後―――――
《猿島発砲!》
見張りの怒声が、艦内無線に乗った。
「耐衝撃姿勢!」
同時に柳が叫んだ。柳も右手を手すりに乗せ、踏ん張る。衝撃。
《着弾! 右舷30!》
「撃ってきた!? なんで……!?」
ましろの声が響く、明乃は目を見開いたまま硬直している。真っ先に動いたのは柳だった。
「総員! 戦闘配置へ! 第三船速まで増速! 知床! 面舵いっぱい! 即時回頭、かかれっ!」
「お、面舵いっぱいっ!」
《第三船速でいっ!》
機関室からの答えが帰ってくる。この声は機関長の柳原麻侖か。
「柳原! ダメージコントロール用意! 非常用水密防壁を全閉に移行後、防火システムをセンサー連動からアラインへ」
《合点!》
「納沙! チャンネル16で猿島を呼び出せ! 山下! 信号弾用意、弾種は白色閃光一発! 用意でき次第打ち上げろ!」
「わかりましたっ!」
「了解ですっ!」
指示を出しながら柳も外部スピーカーの用意を進めようと振り返る、そして気が付いた。
「知床! 何をしている! 面舵だ!」
「舵輪が……動かなくてっ……!」
「なに……!?」
柳が駆け寄って舵輪を掴む。右手で押しても引いてもびくともしない。
「……くそ、やられた」
「え……なにを……!」
いきなり柳が膝をついて鈴の足元で作業を始めたので、鈴が慌てて飛び退く。
「操舵系が外部コントロールでロック、猿島がこの船の操舵を握りやがった」
「それってどういう……」
「猿島にとって都合のいいように動かされてるってことだよ。このままだと蜂の巣だ」
直接教育艦というシステムは幾重にも安全装置をかけることと効率的な自動化によって、たとえ生徒だけであっても航行させることができることを可能にした。その中の安全装置の一つに、教員が座上する教導艦からの遠隔操作システムが含まれる。生徒が万が一にも壊滅的な破綻を引き起こす操作をした場合、その操作をブロックし、船の外部からコントロールすることで、最悪の事態を回避するためのシステムが組み込まれている。
「古庄のおばさん何を考えてんだまったく」
操舵ユニットの脇の整備扉を開けるとそこから何やらコードを引っ張り出す柳。コードをタブレットに接続して、何やら画面を呼び出す。衝撃が船を襲う。
《着弾左20! 夾叉されました!》
「野間! 手旗信号を頼む」
《了解しました》
見張り員の野間マチコに指示を出しながらシステムの管理者画面に割り込む。
「立石!」
柳が立石志摩砲術長を呼んだタイミングで再び着弾――――前方に落ちた水柱に爆炎が混じる。それを見て、一気に上っていた血が下がる。
「――――
もっとも外部コントロールで艦の主導権が奪われていては自衛用の火器もロックされている。艦の主導権を取り戻すまでは、何も動かせない。もし小銃などが搭載されていれば、その保管庫がロックされているだろう。
「納沙、猿島とつながったか?」
「モールス、無線双方で応答ありません!」
「30秒ごとに登録済の呼び出し周波数をサーチ。行き違いに注意。無線をこっちに回せ」
信号弾が撃ちあがる音を聞きながら柳はタブレットから艦の管理システムにアクセス。教員用の管理コードでログオン。個人コード入力、同時に晴風の管理画面が現れる。海に浮かぶ陽光の中を飛ぶカモメ――――晴風を示す部隊バッジが現れ、艦のステータスが現れる。
「無線です!」
明乃が受話器を差し出した。両手がふさがっているのを見てか、口元に差し出したまま持っている。
「ありがとう――――教導艦猿島、こちら航洋艦晴風座上中の柳教務主任補。速やかに砲撃を中止し砲撃の意図を説明せよ。貴艦の行動は演習の域を逸脱している。繰り返す、速やかに砲撃を中止せよ。貴艦の行動は演習の域を逸脱している」
教務主任補の権限でオートコントロールを解除しようとするが、警告文が出て、ロック。教務主任権限で、貴官の権限を差し止めるという内容の警告文が出る。
「……対応早すぎるぜ、おばさん」
タブレットの上で指が迷う。
「柳教官……」
明乃の泣きそうな顔が柳を覗き込んでいた。生徒もわかっているはずだ。明らかに演習ではないこと、向こうはこちらを沈めるつもりで撃ってきていること。全員が初航海で、乗り切れるような状況ではないことも。
唇を噛む。頭が冴える。画面を変える。再びの個人コードの入力を求められ、先ほどとは違う個人コードを入力。クリア。先ほどよりも字の細かいスクリプトが流れていく。
「……艦長、これから海洋学校の戦術リンクを切断する」
「それは……」
「柳教官! 学校の管理下を出るつもりですか!?」
ましろがすぐに反応する。海洋学校に所属する艦船は各学校の通信ネットワークに対して航海中は常にオンラインであることを求められている。それを解除することは、ましろが言った通り学校の管理下を出ることであり、海洋学校ひいてはその上部組織たる海上安全整備局からの離反を意味する。
「それが嫌ならみんなで心中だ。猿島のボスフォース57ミリ単装速射砲は最新式のMk.110だ。あっという間に蜂の巣にされるぞ。俺はこんなところで死ぬつもりも、お前らを死なせるつもりもさらさらねぇ」
ましろが黙り込む。タブレットが警告音を大音響で流し始めた。切ってはいけないシステムを切ろうとしているのだ。そのために耳障りな警告音が鳴り響く。
「こういう時のための教官権限だ。……艦長、責任は俺がとる。ここから先の指示、出せるか?」
明乃は一瞬目を見開き、すぐに顔を引き締めた。
「―――――出せます」
艦橋の真ん中に立ち、艦長の制帽の鍔に振れる明乃。
「戦術リンク解除用意よし、艦内電子ネットワークの再構築まで切断後30秒かかる、注意しろ」
「わかりました。戦術リンク切断用意、切断と同時に面舵いっぱい、チャフとフレア放出します、タマちゃん!」
左ウィングに出ていた志摩がOKのサインを出した。ディスペンサーの用意が出来たらしい。鈴が恐る恐る舵輪に手を乗せる。
《猿島発砲!》
「戦術リンク切断!」
明乃の声が響くと同時、警告音が止まる。柳の手元のタブレットにはDisconnectedの表示が出る。
「切断確認!」
「おもーかーじいっぱい!」
「おもーかーじ、いっぱーい!」
鈴が思いっきり舵輪を回す。急に舵が切られたことで船の揺れが一気に左へ傾いた。艦首は急激に右へと振られる。左ウィングを掠めるように砲弾が落ちる、爆裂。左ウィングで見張りに立っていた山下秀子が志摩にタックルを決め、ウィングに伏せる。巨大な水柱と爆炎がウィングの側壁越しに見えた。伏せるのが遅ければ志摩と秀子は危なかったかもしれない。
「チャフ!」
直後に晴風の中ほどからロケット弾のようなものがいくつも飛び出す、空中で炸裂したそれが艦を覆うように広がり、一瞬晴風の輪郭を曖昧にした。
「立石さん……大丈夫?」
「Oui……ありがとう……」
「どういたしまして」
秀子が志摩の手を取って立たせる。それを見て柳は僅かに安堵のため息をついた。
「各員、状況報告!」
ましろが伝声管に向けて叫ぶ。
《こちら機関室! 第12ブロックで浸水発生! 柳原麻侖他機関員全員無事!》
《マスト見張り台、野間、無事です》
《第ヒト魚雷発射管、損害無しです!》
《第フタ魚雷発射管、姫路果代子、無事です》
《主砲次弾装填装置破損! 砲塔は回るけど発射困難です! 人的被害はすり傷程度で問題ありません》
《こちら炊事室、炊飯器壊れたりお茶碗割れたり大変だけど伊良子美甘他フタ名無事です……!》
《電信室、八木、宇田両名無事です》
《こちら管理部等松、100%無事です》
《医務室、鏑木美波、健常》
報告が次々と上がってくる、ましろが戦闘時の配置のリストを参照して返答がないところがないか探す。皆の返答があったことに安堵する。
「医務室鏑木、応答しろ」
《こちら医務室、どこに行けばいい?》
「主砲部とブリッジで軽症者だが怪我人が出ている。治療の用意を!」
「外には出るな! 相手は炸裂弾だ。小さい破片でも人間なら死ねるぞ」
柳の声にましろがうなずいて同じ内容を医務室に伝える。それを確認しながら柳がタブレットを片手に立ち上がった。
「艦内ネットワーク再構築完了。武装管理システムも復旧。この船は現状完全なスタンドアロンだ」
「わかりました……!」
《猿島主砲! 旋回中! こちらに照準を向けています》
マチコが見張り台から声を上げる。それを聞いて明乃は視線を下げた。
「……魚雷を撃とう」
その一言に真っ先に反応したのは水雷長の西崎芽依だ。
「お、撃っちゃう? 撃っちゃうのっ?」
「艦長、そんなことしたら」
「わかってる!」
ましろの声を明乃は遮る。
「わかってるよ。魚雷なんて、私もできることなら撃ちたくない」
魚雷なんてと言われたせいだろう、芽依がオレンジ色のパーカーを揺らして頬を膨らませる。
《猿島発砲!》
明乃は視線を上げて、ましろを真正面から見据えた。
「でも私は、これ以上晴風のみんなを危険にさらしたくないんだ。これ以上はひどい怪我人が出るかもしれない。誰かが、……考えたくないけど、誰かが死んじゃうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ」
《弾着、今! 右舷20! チャフのおかげか精度下がってます》
衝撃で発生した波で揺れる晴風に明乃はそっと触れ、言葉を紡ぐ。
「この船を守るよ。私はこの船の、晴風の――――艦長なんだから!」
明乃が正面を見据える。
「模擬弾頭なら沈まないから大丈夫。左舷雷撃戦用意! 魚雷を装填! 第ヒト魚雷発射管、一番管を使用します! 弾頭は訓練用模擬弾! 距離――――30まで近づいて!」
「艦長、25までの接近を進言する」
柳の声に明乃が頷く。
「距離25まで接近します。面舵用意! 速度は……第四船速で維持!」
「使える模擬弾は一発だけだ。射出した後は転進、海域を離脱しろ」
タブレットには魚雷発射管に一発だけ装填が行われたと表示された。
「交差のタイミングは一瞬、西崎水雷長、腕の見せ所だ。外すなよ!」
「わかってますって、柳教官! 目標視認! 目標まで……あと45!」
《猿島発砲!》
「取舵1点! 距離を詰めて!」
「と、とーりかーじ!」
半泣きになりながらも鈴が必至に舵を切る。
《だんちゃーく! 右舷30!》
「もどーせー!」
揺れる船の中、距離45を残してすれ違う様に進路を合わせる。総舵輪にしがみつくようにしながら鈴が晴風を猿島と正対させる。左舷側の見張りをしていた幸子が距離をコール。
「距離30です!」
「魚雷発射用意よし!」
芽依が艦橋の中に向けて叫ぶ。
「距離、25!」
「攻撃はじめ!」
明乃の声に呼応するように圧搾空気が魚雷を押し出した。海中に飛び込んだ魚雷はすぐに機関を始動させ白い帯を残して猿島に向けて飛んでいく。
「当たれ――――――――っ!」
芽依の叫びが響く。そして艦は猿島と交差し―――――真横で巨大な水柱が立った。
「魚雷命中!」
「っしゃ!」
芽依がガッツポーズを決める。直後に見張り台からの通信が入る。
《猿島。速度を落としていきます》
「このうちに離脱します、面舵いっぱい!」
「おもーかーじ、いっぱーい!」
明乃が声をかければ戦闘中よりも生き生きと鈴が右に舵を切る。
「もどーせー! 機関を一杯まで上げて! 海域を離脱します!」
《一杯でい!》
機関の音が大きくなる。それを聞きながら、柳は改めて双眼鏡を構えた。猿島の艦橋が見える。その奥にいる――――電灯が落ちた暗い艦橋に浮かぶ、古庄教官の姿が見える。
(……何をしたかったんだ、古庄教官)
その疑問が膨らむが、今は『なぜ』を追及する余裕はない。
「艦長、改めてのダメージコントロールの確認を進言する。あと、学校本校への報告を」
「あ、はい! わかりました」
とりあえずの戦闘は一区切りらしいが、やらなければならないものは山積している。呆けている時間はない。そう思い、許可を得てから柳も艦内の確認に走る。とりあえずは機関部と浸水が発生している第十二ブロックの状況確認をしなければならない。忙しいのはわかっていてもなぜという疑問が膨らんでいく。
(なぜ……実弾が飛んできた? なぜ、晴風が撃たれねばならなかった……?)
湧き上がる疑問点を無視するように、柳は走る速度を上げた。
アニメと大分展開が違いますが、仕様です。
生徒だけを船に乗せるということはトラブルが発生した時に外からの制御ができるからこそ、できるのかぁと思った結果、あんなことになりました。別に古庄教官に恨みがあるわけでも何でもないんですけど……はい。
なお、史実の陽炎型に搭載されてもいない、チャフフレアディスペンサーやら、現代のネットワーク戦対応の電子機器群はタブレットが使えたりいろいろする世界なら大丈夫かなぁと盛りまくってます。
また、回転翼機や固定翼機が登場していないにも関わらず、ネット等が存在すること、噴進魚雷なる対艦ミサイルが登場するところから見ると、おそらくロケットは存在していて、衛星ネットは存在しているのかなぁと思い、これを前提として今後の物語を進めていくつもりです。
なかなか無慈悲な世界になりそうで怖いですがこんな感じで行きます。
―――――
次回 戦いの合間の休息に忍び寄る足音が一つ
どうぞ次回もよろしくお願いいたします。