ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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仲間の価値を決めるもの

 太陽が南天に差し掛からんとしたころ、主砲ユニットの換装が終わり、最終確認に入った。それを艦橋で眺めていた柳にヴィルヘルミーナが声をかけた。

 

「……のぉ、教官(リーラー)

「なんだ? あとリーラーでもなんでもないんだが」

「儂、みんなに避けられとるんじゃろうか」

 

 そう言われるも、答えなど持っていない柳は頭を掻くしかない。確かに現状で艦橋には二人しかいないのだから、タイミングとしてはわからなくもない。それでも唐突な質問に戸惑ったのは確かだ。

 

「……知らんが、そんな避けられるようなことに覚えはないのか?」

「儂が外国人ぐらいしか思いつかん」

「そんな理由じゃ晴風クルーは避けたりしないよ。うるさいぐらいに引っ付いてくるのが目に見えてる」

 

 柳のひどい言いように、ヴィルヘルミーナは笑った。

 

「それはわかっておるが……我がアドミラルシュペーが見つかるまでの短期間とはいえ、一緒に過ごすクルーじゃろう? もうすこし、こう、ラフにしてもらってもいいんじゃが」

「十分ラフだと思うぞ、この船は」

「そりゃぁ、教官の方針のせいじゃろう?」

「ただでさえ高校生にとっては過度のストレス環境だ。必要最低限度の訓練だけでもギチギチのスケジュールだからな。オフの時まで口を出していたら自殺者まで出かねん。不必要な礼節や儀礼を気にする余裕もない」

 

 どこか取ってつけたような態度にヴィルヘルミーナは笑う。

 

「普通ならその儀礼で明確した上下関係で押し付けるんじゃがのぅ」

「十分に押し付けているさ。だが、過度な押し付けは押し付けられた人の能力すらも見えなくする。オーバーワークを押し付けたところで、システムは回らない。部下無しではこの船は動かせないからな。システムを回すための手段として、そのあたりをオミットした。それだけだよ」

「そういうことにしておこう。……それでじゃ、なんで儂が避けられているのかを教官なら知っとるんじゃないかと思ってのぉ」

「……なんでそうなる」

「部下の様子を知るのも、相談に乗るのも上官の仕事じゃろう?」

 

 ヴィルヘルミーナにそう言われ、柳は溜息。

 

「……とりあえず避けられていると思った理由と、その関係者のリストアップ」

 

 調書か報告書でも作るのかというような、やたらと事務的な指示が出てきて面食らいながらも顎に指を添えて考えるヴィルヘルミーナ。

 

「えっと……そうじゃのう。主には主計科……部隊編成が変わったから第四分隊になるのかの? その双子の……ホマレとアカネ、じゃったか?」

「あぁ、杵埼姉妹か。その二人に避けられていると?」

「なんだかよそよそしいというか、なにか隠しているというか……」

「ふむ……」

 

 柳は考え込むような動作をする。

 

「他には?」

「あとあの、ミカ……といったか……」

「伊良子美甘給養長か……片っ端から給養系じゃないか。なにか食事関連で問題を起こした覚えは?」

「……納豆が食べられずに残した」

「手料理ならともかく、パックの納豆出しただけでそんな反応はせんだろう」

「そうなんだろうが……リーラーでもわからんか」

 

 ヴィルヘルミーナがどこか落ち込んだような表情をする。それを見て柳は溜息。

 

「おそらく晩御飯の献立か何かを考えていたところにたまたま行き当たっただけじゃないのか?」

「そんなことで、疎外感を出されなきゃいけないのか?」

「給養係にとって炊烹所は戦場であり、献立は弾薬だ。それでクルー全員を文字通り養っていくことになる。食事は重要な息抜きになることだし、事前に手の内が漏れるのは避けたいところだろう」

 

 そう言って肩を竦めて見せると、ヴィルヘルミーナはどこか腑に落ちていない表情だが「そんなものかのぅ」と漏らした。

 

「まぁ、気にしすぎるな。仲良くなりたいなら自分自身で壁を作らないことだ」

「肝に銘じよう。……ところで、儂がこの船に乗っている間の配置なのじゃが、あれでよかったのか?」

「艦橋配置のことか?」

 

 柳の言葉に頷くヴィルヘルミーナ。

 

「タマとメイをそのまま置いておくのはいいとして、儂まで艦橋配置にしては、増員の意味がなかろう」

「それはそうなんだがね。この船の主砲ユニットなどの操作人員として配置するには訓練の時間も足りないし、友好国の艦船所属の副長なんて高官を下っ端と一緒に魚雷発射管に詰め込む訳にもいくまい。本人の希望があったとしても、後々ドイツ本国にいろいろ言われるのも面倒だしな」

「むぅ……」

「西崎水雷長が第一分隊長として砲雷科全部を取り仕切ることになるんだ。その補佐官も必要だろう」

 

 柳がそう言ったタイミングでスピーカーにノイズが入った。

 

『艦長の岬です! 艦内総員、集会室に集合してください』

「……呼び出しか。ほれ、いってこい」

「リーラーも行くんだろう」

「無線のタブレットへの転送措置をかけたらな」

 

 柳はそう言ってタブレット端末をいじりだす。

 

「そうか、では」

「後でな」

 

 敬礼を交わしてヴィルヘルミーナが先に艦橋を出ていく。柳はタブレットを見下ろして淡々と転送措置を掛けていく。その間にも思考は自分の中に落ちていく。

 

「……ヘスペリデス」

 

 口をついたのは、昨日聞いた平賀の言葉だ。それが記憶を一気に引き出していく。

 

 

 

 

 

『……海上安全整備局の艦船を用いた、大規模テロだと?』

『手段は不明ですが、動いているのは間違いありません』

 

 平賀はそう答えた。その瞬間に芽依が何か言いたげにパクパクと口を動かしていたことを、柳はよく覚えていた。

 

『目的は《暴走した艦船を海上安全整備局では止められない》という状況を示すことにより、より強固な武力としての海軍の再編の世論の熱を上げること。……いわゆる人工芝運動(アストロターフィング)だと思われます』

『……そのための、武蔵か』

『おそらくは』

 

 平賀は頷いて、目線を下げた。

 

『それの実務的な責任者の一人が、海上安全委員会に出向している外務省の近江参事官です。在外公館警備対策官を歴任していた人物であり、その経験を買われて国際情報統括官組織へ引き抜かれた人物です。日本の国防・警備体制の杜撰さを嘆いていました。……ヘスペリデス計画には主体的に関与、特務艦艇群の設立と晴風の編入を強行したのも、彼の声に寄るものです』

『特務艦艇群を設立してまで晴風を前線に送りこんだのは、武蔵を止められなかったという小道具にするため、というのが妥当か。とんだ噛ませ犬だな』

 

 皮肉を込めた柳の言葉に平賀は頭を深く下げた。

 

『私は宗谷情報調査隊隊長より、ヘスペリデス計画についての調査を依頼され、情報収集を行ってました』

『全容を掴むよりも早く、相手の行動が進んでいた、そういうことか』

『はい。……止められませんでした。内部情報の告発まで至る前に、状況が動きだしました』

 

 平賀が顔を上げたのと、柳が口を開いたのはほぼ同時だった。

 

『平賀……武蔵は、どう出ると思う?』

『……大規模テロの目的は十中八九国内の世論操作です。諸外国の領海内、及び、外国艦船への発泡はおそらくないでしょう。……どういうステップを踏むかはわかりませんが、最終的には、国土・もしくは日本国籍の民間船舶への砲撃を始める可能性が高いと思われます』

『そんな……』

 

 芽依の声が震えていた。柳は無理矢理にでも笑みを浮かべた。

 

『……民間船舶への砲撃が始まる前にはカタをつける必要があるわけだ。平賀、砲撃戦以外の懸念事項は?』

『バイオテロの可能性も考慮するべき状況にあります』

『バイオテロ?』

『ヘスペリデス計画にいくつかの製薬会社が絡んでいます。あと、国立海洋研究所も関与が疑われています』

 

 柳はそれを聞いて頭を掻いた。

 

『……どう考えても晴風の処理能力を超えている。その規模だと最低でも弁天型2隻と無人飛行船数機、あと法執行グループ(L E G)2個小隊と人員分のスキッパーが必要だ。それだけの即応体制を整えてくれなきゃ無理だぞ。無茶は承知だが、俺に指揮を執れというならその現場指揮権を渡せ。そうでなければ晴風は全員犬死するしかないぞ』

『……宗谷隊長と掛け合います』

『頼む。バイオテロの薬剤を砲弾に仕込む可能性は?』

 

 柳の質問に平賀は首を横に振った。

 

『武蔵に搭載されている弾薬は徹甲弾を中心にしたソリッド弾であり、三式弾のような焼夷弾やクラスター弾頭を組み込んだ中空弾は積載されていません。中に薬剤を仕込むような加工をするような設備は無いはずなので、市街地等への砲撃に寄る汚染物質拡散の可能性は低いと考えられます』

『となれば、武蔵をどこにも入港させなければバイオテロは起こせないことになるな』

『少なくとも民間船舶への被害は少なくなるかと。海流に乗せて起こす可能性もありますが、国際世論の中で日本が孤立する事態を望まないでしょう』

 

 平賀の言葉に柳が頷いた。

 

『晴風は換装が終わり次第、武蔵の迎撃に移るが、一隻でどうこうできる状況にはない。安全監督隊の艦艇群の出動、もしくは、第一特務艦艇群に法執行グループの組み込みが行われるまでの時間稼ぎが精いっぱいだ。早急な対応が必要になる。平賀、頼むぞ』

『了解しました』

 

 

 

 

 

 沈み込んでいた思考が、電子音で引き戻される。タブレット端末と晴風の無線システムとのリンク作業が終了したことを告げていた。溜息を一つ。

 

「……トップが、弱気になるな。柳昂三」

 

 そう言って背筋を伸ばす。部下はいつでも上官の背中を見る。それを忘れてはならないのだ。

 

 思考に耽っていた割に時間はあまり経っていなかった。タブレット端末をベルトに吊るしたタブレットケースに仕舞い、耳かけ式のヘッドセットを掛けておく。艦橋を出る。相変わらずの南の空はどこか褪せた青だ。背の高い雲がどこか皮肉げで、柳は目を逸らした。

 

 指定された場所に行くと、もうすでに全員が揃っているようだった。航海員の内田まゆみがくるりと振り返る。

 

「あ、柳教官やっと来た」

「遅れて悪かったな」

 

 未だに生徒の教官呼びが変わらない。ここまでずっと言われ続けると、上官権限で矯正したくなるが、柳は結局溜息一つで思いつかなかったことにした。

 

「それで、艦長。皆を呼び出した理由はなんだい?」

 

 柳がそう聞くと、前の教壇の位置に立っていた、岬明乃艦長がにぱっと笑った。そのまま、教壇を飛び降りながら口を開く。

 

「はいっ! 全員そろったので、『ミーちゃん、ようこそ晴風へ! 歓迎会』を始めます!」

 

 そう言って、集会室の一番後ろにいたヴィルヘルミーナの手を取る明乃。会場となった集会室が湧いた。いつ用意したのか紙吹雪も宙を舞う。

 

「……儂の、歓迎会?」

「うん! 正式に第一特務艦艇群で、晴風のクルーになるんだし、皆との交流を図るということで、ね?」

 

 戸惑ったヴィルヘルミーナの背中をぐいぐいと押しながら、明乃は笑う。そのまま強引にヴィルヘルミーナを前に引き出せば、杵埼姉妹が四角い大きなケーキを持ってきた。生クリームで丁寧にデコレーションされたケーキは本当にそのまま売り物になりそうなほどである。

 

「ほぅ……良くできてる」

 

 柳が感嘆した声を挙げれば、伊良子美甘がなぜか胸を張った。擬音的に描写をつけるなら『えっへん!』だろうか。

 

「晴風の第四分隊は優秀なのです!」

 

 そういって美甘が大きな白い布で中身を隠した台車を引っ張り出す。真っ白なクロスが除けられれば、様々な料理が顔を出した。

 

「だからケーキも西洋料理もお手の物! 今日はミーちゃんの歓迎会なので、ドイツ料理尽くしですよー!」

 

 現れた料理の山にもう一段会場が湧く。なんだかんだ言って、晴風乗員は皆育ちざかりだ。美味しそうなものが前に並べば、皆テンションも上がる。

 

「それじゃ、歓迎会を始めるにあたり、主賓のミーちゃんから一言!」

 

 明乃がそう言って、透明なマイクを向けるような動作をした。戸惑いながらも、ヴィルヘルミーナは咳払いを一つ。

 

「えー。晴風乗員諸君。全くこの晴風というのは変な船じゃ」

 

 そう言われ、一瞬ムッとした表情になる副長の宗谷ましろ。それを納沙幸子がまぁまぁと抑えた。

 

「上下関係はだらしない。規律はいい加減。艦長は全然艦長らしくない」

「……やっぱり?」

「異議なし」

「ノーコメント」

「シロちゃんも柳教官もひどーい!」

「おいおい、私はコメントを差し控えただけだぞ?」

「差し控えたって表現がもうコメントしてますよね!」

 

 柳に抗議をするように腕をブンブンと振る明乃。それを茶化すように声を挙げるのは機関長の柳原麻侖だ。

 

「おうおう艦長! 主賓の挨拶の最中でぃ! 主賓に華を持たせるに徹しろぃ!」

「あ……うん、そ、そうだね」

 

 口調は厳しいが、満面の笑みでそう言う麻侖に、明乃は軽く舌を出して答える。

 

「今のやり取りを見て改めて思った。こんなド緩い船は本当に初めてじゃ!」

 

 そこまで口にして、ヴィルヘルミーナはついと視線を斜め下にずらした。頬が赤くなっているところを見て、何人かが生暖かい目を向けている。

 

「だ、だがヘッペンハイムのシュタルケンブルク城みたいで小さいのは風情があると儂は思う」

「例えがわかりにくいですー」

 

 納沙の声に言葉を詰まらせるヴィルヘルミーナ。

 

「じゃあニュルンベルクのソーセージじゃ!」

「なおさらわからん」

 

 ましろの声にまた赤くなるヴィルヘルミーナ。

 

「と、ともかくじゃ!」

 

 周囲の視線を断ち切るように声を張る彼女が皆に改めて向き合った。

 

「それにこんな風に儂を歓迎してくれるとは、思っても見なかった。……晴風乗員諸君、儂はこの手厚い歓迎にド感謝する!」

 

 そう言いきって、皆が拍手。柳もそれに乗っかるように拍手を送った。

 

「全く、素直じゃないね」

「うるさいうるさい! あと、柳教官(リーラー・ヤナギ)! お主知っておったろう! これを仕込んでること!」

「当然。小麦や卵を大量消費するんだ。岬艦長と伊良子給養長から報告は受けていたよ」

「ならなんでさっき相談した時に教えてくれなかったんじゃ!」

「サプライズパーティーを事前に本人に漏らす阿呆がどこにいる? それに『献立を考えているところに当たった』とか、『手の内を明かしたくない』とか、いろいろヒントは残しておいたつもりだったんだが」

「わかるかぁっ!」

 

 ヴィルヘルミーナの反応に周囲がケラケラと笑う。笑いながら美甘がパンパンと二回手を打った。皆が美甘に視線を送る。

 

「それじゃぁ、先に料理の方から食べて、ケーキはその後ねー。さっきも言ったけど、今日はドイツ料理尽くしでーす!」

 

 オレンジ色のエプロンを揺らして美甘が配膳台のところに回り込んだ。料理の盛られた皿を手に取った。豚肉を丁寧に煮込んだ料理が丁寧に盛り付けられている。

 

「えーと、まずドイツ料理といえばこれ。アイスバイン!」

 

 それを覗き込んだヴィルヘルミーナが顎に手を当てる。

 

「ふむ、北方の料理でうちの方ではシュバイネハクセ……つまりローストすることが多かったな」

「じゃ、じゃぁ次は定番! ザワークラウト!」

 

 どこかぎこちない笑みを浮かべた美甘が品を変えた。それを見たヴィルヘルミーナが人差し指を軽く振る。

 

「サワークラウト。それとこれは酢漬けのキャベツじゃな。乳酸発酵させるのが本物じゃが……」

「発酵させる余裕はなかったよなぁ」

 

 どこか笑みを浮かべた柳がそう言うと、美甘はどこか追い詰められたような真面目な表情を浮かべた。

 

「つ、次はカツレツ!」

「おぉ! シュニッツェルか! でも、ドイツではそんなに分厚く切らんぞ」

「……カツレツはフランス料理ですわね」

 

 万里小路にそう突っ込まれいよいよ後がない美甘は最終兵器を使用するかのような表情で最後の皿を取り出した。

 

「これぞ真打! ドイツ料理といえばやっぱりハンバーグ!」

「これは……フリカデレか? ドイツではあまり見かけない料理なんじゃが……タルタルステーキの方がよく食べるな」

「タルタルステーキの申請はあったが牛肉の生食は水上艦船では厳禁だから却下したんだ」

「それだったらレバーケーゼの手があったかぅ」

「そ、そんなあ……!」

 

 ショックを受けて、泣きそうな顔をする美甘。さすがにやりすぎたと思ったのか、取り繕うようにヴィルヘルミーナが口を開いた。

 

「そ、それよりだな……この蒸かしたジャガイモとアイントプフはおいしそうじゃな。これとブルストがあれば文句は言わんぞ」

「これ、誰が作ったのー?」

「お主が作ったんじゃないのか。ミカン」

 

 ヴィルヘルミーナの戸惑った声に首を横に振ることで答える美甘。周囲を見回せば申し訳なさそうに小さく手を上げる杵埼姉妹の姿があった。

 

「わ、私達でーす……」

 

 それを聞いて音もなく崩れ落ちる美甘。

 

「負けた……私、給養長なのに、料理でもデザートでも負けた……!」

「……! ヤバイ! 給養長がヤバイ!」

 

 真っ白に燃え尽きて崩れ落ちそうな美甘を見て慌てて周囲が美甘を持ち上げ始める。これがきっかけで美甘が自信喪失して後々の喫食に響くなどなれば目も当てられないのである。

 

「おいしいおいしい、すごくおいしいよミカンちゃん!」

「こんなにおいしいハンバーグ初めて食べたなー」

 

 真っ白な灰になっている美甘の耳に、ヴィルヘルミーナの笑い声が届く。

 

「ドイツ料理とは言えないが、お主の心意気は本当によく伝わったぞ、ミカン」

「え……?」

 

 美甘が顔を上げると、その頭にぽふんと手が乗せられた。暖かい手がミカンのサラサラとした髪を梳く。

 

 

「ありがとう、ミカン。そこまで本気で儂のために料理を作ってくれたこと、うれしかったぞ」

 

 

 ミカンがどこか嬉しそうにするが、すぐにムスッとした表情に切り替わった。

 

「それだったらあそこまで駄目出ししなくてもいーじゃないですか」

「そ、それはだな……」

 

 どこかたじたじなヴィルヘルミーナ。そのやり取りを聞きながら、柳はどこか笑みを浮かべて目を逸らした。

 

「これにて、一件落着かな」

「なにがですか?」

 

 いつの間にか横に来ていた明乃が柳に聞き返す。

 

「さっきフリーデブルクさんから相談を受けててな、主計科の面々から避けられているんじゃないかと思っていたらしい」

「さっきの相談云々というのはそれですか?」

「まぁね、伊良子さんや杵埼姉妹が誤解されっぱなしになるのもどうかと思ったが、この様子なら大丈夫だろう」

 

 柳がそう言うと明乃はクスクスと笑った。

 

「……やっぱり柳教官は教官ですね」

「そんなことないさ」

「ちゃんとミーちゃんのこともミカンちゃん達のことも考えてくれているじゃないですか」

「司令としての職務の範囲内でな」

 

 そう言うと柳の目線が落ちた。左手の掌を撫ぜるような動作をする。白い手袋に軽くしわをつけながら、撫ぜる。

 

「……教官じゃないことにこだわる理由って、何かあるんですか?」

 

 明乃がゆっくりと問いかけた。柳はどこか自傷的な笑みを浮かべ、肩を竦めた。

 

「……いつか私は任務のためと言って君たちを切り捨てるだろう。そんな人間が教官を名乗って良いはずがない」

「そんなこと……」

「あったのさ、二年前に」

 

 周囲はヴィルヘルミーナを囲んでワイワイと楽しそうな気配に包まれていた。それをどこか微笑ましそうに見ながら柳が続けた。

 

「……マリアナで行われた西太平洋経済会議の立てこもり事件の解決に関わっていてな、私は強行突入班の指揮官だった。人質は各国の経済を司る省庁の重役ばかり。死なれては困るVIPたちだ。新興宗教にかぶれた犯人グループは発狂状態。まともに話が通じる相手じゃなかった。その中でミクロネシアの経済相が射殺されたらしいとの情報が入って、交渉班は騒然となった。メディアも騒ぎ出したおかげで早期の強行突入が必要と判断され、私にゴーサインが出た」

 

 柳の目はどこか遠くを見ていて、この場を見ていなかった。へそを曲げた美甘を必死になだめるヴィルヘルミーナや杵埼姉妹が視線の先にいるはずだが、全く見えてはいないだろう。

 

「人質の命が最優先だった。相手がマシンガンや対戦車ミサイルを持ち込んでいるという情報が回っていなかった。事前訓練が不十分だった。……言い訳はいくらでもできる。それでも……部下3名の命よりも、任務の遂行を優先したことに違いはない」

 

 明乃が息を飲む気配がしたが、柳はそちらを見ることができなかった。

 

「その判断が間違っていたとは思わない。あの状況では間違いなくベターな選択をし続けたと確信している。それでも、3人の部下を殉職させた事実は変わらない。私を信じて、私に背中を預けて飛び込んだ部下を見捨てたことは覆らない。『君たちの犠牲の果てに、人質を救出した』『君たちの犠牲は無駄じゃなかった』……殉職者にそう嘯く男だよ、私は」

 

 白手袋に包まれた左手がきつく握りこまれる。

 

「……いつか私は、私の判断で君たちを殺す。第一特務艦艇群に与えられた『武蔵をはじめとする行方不明艦の捜索と対処』という任務のために必要な犠牲なら、私はきっと君たちの犠牲を許容する」

「柳教官……」

「そんな人間が、教官であっていいはずがない」

 

 柳の言葉を受けて、明乃は目線を下げた。

 

「……それでも、やっぱり教官は教官です」

「……そうかい」

 

 柳はどこか努めて軽い声を出した。それが皮肉となって明乃の耳に届く。

 

「ならこの先は地獄だぞ」

「柳教官は――――――」

 

 明乃が言い返そうと口を開いたタイミング、柳のタブレットが電子音を立てた。明乃に対して手で待ったをかけ、柳がヘッドセットを押さえる。

 

「議論は後だ。抜錨の用意に掛かる」

「……武蔵ですか?」

 

 明乃の声に柳が頷いた。

 

「東舞鶴海洋学校の教員艦が武蔵を捕捉した。ここから32ノーティカルマイル南西。……教員艦の制止行動を無視して南に向けて12ノットで航行中だ。……たった今、第三管区海上安全整備本部から、対処行動命令が出た。出るぞ、艦長」

「――――はい!」

 

 柳の声に背を正す明乃。

 

 

 

 

 第一特務艦艇群の初の任務の幕が上がろうとしていた。

 

 

 

 

 




……言えない、ミケ艦長のブラチラシーン書いてたなんて言えない。そのシーンでばったりその場に居合わせた柳さんが大変なことになってたなんて言えない。

コホン。

少しアニメ版のイベントの順番を入れ替えている今回でした。この先はシリアスがさらに加速しそうなのもあって、ここでほのぼの成分をまとめています。とりあえずキュムラスは全力で『ミーちゃん×美甘ちゃん』のミーミカを応援します。

あと本作2万UA達成、ありがとうございます。
ここまで読んでいただけると思わず書いていたので驚いております。
皆さんに読んでよかったと言っていただけるよう、頑張って参りますのでこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

次回からは久々の(?)海上戦闘になるか。
戦闘描写は気合入れていきます。
―――――
次回 機械になり切れない機械、人でいられない人
それでは次回もよろしくお願いいたします。





■おまけ(7/10追記)
乗せるつもりはなかったのですが、要望が複数あったので、はい。
あとがきに書いていた、ミケ艦長の案件、載せておきます。

【警告】R-15描写あり・心清らかに読んでください



  †  †  †


 青々とした海は1/nの揺らぎを晴風に寄せる。それぼうっと眺めている岬明乃艦長と宗谷ましろ副長はその波を感じながら晴風の後部甲板からそんな海を眺めていた。

「……こんなにのんびりしていいんでしょうか」
「柳教官も大丈夫って言ってるから大丈夫だよ。二時間の大休憩なわけだしー。午前中の武装管理の講義も終わったんだしー」

 そう言って伸びをする明乃。その姿にましろはどこか呆れ気味だ。

「そんなものかもしれませんが……昨日からずっとこんな感じですよ」

 これでいいのか海上安全整備局。そう言いたげに不平を漏らすましろ。だが明乃はそれもどこ吹く風だ。海面に下ろしたスキッパーが明乃たちの視線の前を抜けていく。乗っているのは補給を司る等松美海第四分隊長や医務長の鏑木美波のようだ。

「みんな元気だよねー、暑いから水分しっかりとらなきゃ」

 どこか呑気にそう言った明乃は手で顔をパタパタと仰ぎながらそう言った。

「熱中症だけは気をつけるように通告をだしま―――――」

――――すか?、とましろが言う前に、明乃がなぜか走り出した。

「イルカさんだ!」
「へ?」

 ましろが驚いて後を追うと、スキッパーに並走するように波が立っていた。青いような、黒いような影がスキッパーよりも高く飛び上がっていた。何度も何度も飛び上がっては海に波しぶきを立てる。

「ちょ! 艦長!?」
「私もいくー!」
「何飛び込もうとしてるんですか!?」
「イルカさ――――――ん!」
「そのまま飛び込んだらダメです! ちゃんと着替えて準備運動を……ってなんで上着をここで脱ごうとしてるんですかっ!?」

 既にセーラー服の裾に手を添えて真上に引っ張り上げようとする明乃。たしかにセーラー服は水に濡れれば重石になるだけだら、潜る前に脱いでおくのは上策だろう。しかしそれは、海に飛び込むという事が前提にあるわけで、必要性に駆られてのことではないはずなのだ。海に飛び込んでイルカと並走するのが至上命題に切り替わったらしい。

「イルカさんがいなくなっちゃう! シロちゃん離して!」
「だから脱ぐのはやめてください! ……きゃあっ!?」

 じたばた暴れる明乃を止めようと必死になるましろ。だが、場所が悪かった。ここは晴風の甲板、狭い甲板の上にはいろんな凸凹が存在する。壁際には配管があるし、細かいところでは板を押さえるリベッドだって凹凸だ。狭い場所で押し合いへし合いしていたら足元がおぼつかなくなるだろう。そしてましろは自他ともに認めるハードラックの持ち主だ。――――端的に言うなら、蹴躓いたのである。

「なんだか騒がしいが、どうした?」
「あ……」
「へ?」
「ん……?」

 三者三様に驚いて、時間が止まった。

 蛇足であるのは重々承知だが、ここで一度状況を整理したい。

 まずは位置関係から。ここは晴風、妖精たちが夏を刺激してそうな後部甲板。通路を歩いて後部甲板にやってきたのは柳昂三三等海上安全整備監である。当然その視界には騒いでいた張本人である宗谷ましろと岬明乃がいることになる。ここまでは何ら問題ない。

 問題があったのはそのタイミングだ。岬明乃が海に飛び込もうとしていた。

「え……?」

 ましろともみ合っていた姿勢のまま硬直している明乃。彼女の腕には丁度、襟ぐりから頭を抜いたばかりの横須賀女子海洋学校の制服が収まっている。まだ腕を袖から抜いていないままの状態だ。当然、その姿勢ではセーラー服で隠されているはずの肩やら腰やら背中やらがさんさんと輝く太陽に晒されていることになる。高校デビューの御褒美とお小遣いやらお年玉をかき集めて奮発して買った、スポーツ用ではない初めての()()も、当然隠されていない。淡いピンク色が明乃の白い肌を余計に引き立てていた。

「あ……!」

 躓いた姿勢のまま、ましろは柳を見て硬直した。この場をまずい状況に陥れたことを自覚していたのである。躓いたときに倒れながらも必死にバランスを取ろうと、藁をもつかむ思いで目の前のものに縋りついたのだ。目の前のものは、当然のようにもみ合っていた明乃になるわけで――――正確に言うなら明乃の服を握りこんでいるわけで。倒れながらだから当然腰より低い位置になってしまうわけで。

 まどろっこしい言い方をしているが、要は明乃のスカートを握ったままこけた結果として、明乃のスカートを引きずり降ろしてしまったのだ。かろうじてペティコートのようなアンダースカートは残っているが、元々素材はオーガンジー、ほどよく透ける素材である。上の方と揃いで使っているお気に入りの淡いピンクの布地も、夏の明るい昼間では覆い隠すことができていない。少々子供っぽいかと思うが大きめの布地がやっぱり安心できるからと気に入っているそれが、白いレースのヴェールの向こうで揺れていた。

「……!」

 騒がしい上に、何かがぶつかるかコケるような音をきいて何事かと飛んできた柳もまた硬直していた。野郎の描写をしたところで一切楽しくないので割愛するが、彼の生物学的性別が雄であることさえ把握できていれば、ここでは問題ない。

 その状態のままたっぷり三秒ほど経って、状況が『解凍』された。

「きゃぁあああああああ!」
「な、ななななんなんなんなんななななな……!」
「お前ら真昼間から何やってんだっ!?」
「見ないでくださいぃぃぃぃいいいいいいいい!」
「柳教官なんでここにっ!?」
「騒がしいから様子見に来ただけだ!」
「もう見ないでくださいぃぃいいいいい!」
「おうおうおうおう! なんでぃなんでぃ! 喧嘩かぁ!」

 ここでさらに問題発生。晴風の高温缶の守りをしている『江戸っ子』柳原麻侖第三分隊分隊長(千葉県銚子出身)が、鉄火場の気配を察知して飛び込んできたのである。麻侖の目に映るのは、涙目になりながら脱いだセーラー服で必死に胸元を隠してしゃがみ込んでいる下着姿の岬明乃艦長と、なぜか明乃のスカートを手にしたままパニックになっている宗谷ましろ副長と、後進一杯全速で後ずさって距離を取っている冷や汗塗れの柳昂三第一特務艦艇群司令だ。

「……男の甲斐性を見せる場面だったかぃ?」
「誤解を加速させるようなコメントはするな柳原機関長! これは事故だっ!」

 柳が切羽詰まったようにそう言うが、傍から見ればただの浮気男の陳情である。

 騒ぎがどんどん大きくなる、周囲の視線がどんどん冷たくなる。柳がどんどん汗まみれになる。


 結局柳の誤解が解消されるのは、明乃が『もうお嫁にいけない……お父さんごめんなさい……!』と落ち込んだ状況から回復する2時間後を待たねばならなかった。


  †  †  †


 これなら……R-15でいいよね?
 問題があった場合は削除いたしますのであしからずご了承下さい。
 それでは、次回お会いしましょう。
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