ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
「プラトンは自書の中でこう記した」
北条沙苗教官が口を開いたので、知名もえか艦長はゆっくりと視点を上げた。日本基準ならもう夏と言って差し支えないほどの遠慮のない日差しと熱気が、武蔵に切り裂かれた波の音と一緒に艦橋の中に差し込んでくる。
「
わざわざ持ち込まれた小さなテーブルを挟んで向き合うように座った二人の間に、北条の歌うような声が朗々と響いた。
「プラトンというと……『国家』でしょうか?」
「うん、やっぱり君は優秀だ」
「いえ……」
真正面に座る北条がもえかを褒めると、もえかは初心に頬を染めた。その様子を見て、北条は笑みを浮かべる。腰ほどの長さのある黒髪が揺れ、耳元に掛けたヘッドセットを覆い隠した。
「プラトンが師と仰いだソクラテスの処刑をきっかけにして、彼が執筆した対話篇が『
「いえ……実はないんです」
「それはもったいない。後ででも読んでみるといい」
そう言って北条は席を立った。何かをストックの棚から取り出してくると、テーブルの上に置く。文庫本が二冊と、折りたたみのチェスボードが一つ。
「『国家』の中でソクラテス――――いや、ソクラテスの口を借りたプラトンは『個人あるいは共同体の中で調和が完成されていること』が正義であるというような発言をしている。国家は民衆、軍人、支配者が存在し、それぞれの与えられた役割を果たすことで秩序が保たれる。究極的には個人の集合体たる国家がそうなのだから、個人もまた、それぞれに対応する節制・勇気・知恵が満たされた時、正義を成しうるという主張だね」
チェスの駒を取り出して、ゆっくりとそれを初期配置に並べていく。もえかもそれに手を伸ばした。もえかの側が白、先番だ。
「正と不正を論ずるにあたり、プラトンはある思考実験を行った。完全無欠に正しい人間と、完全無欠に不正な人間、その二人を律法や社会の制約が一切関与しない状況においたらどうなるか、そんな実験だ」
「結果はどうなったんですか?」
一列のポーンを並べ終え、もえかが北条の顔を覗き見ると、彼女は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「完全無欠に不正な人間はその完全性故に、誰にも不正を暴かれることなく、正義を成したものとして皆から歓呼された」
「え……?」
「誰にも咎められなかったのさ、不正を成していることを。この世で一番の不正を働いておきながら、最大の正義を成してしまった。少なくとも表向きは正義に関しての最大の評価を確約してしまった」
そう言って北条はビショップの駒を盤にことりと置いた。
「それでさっきの文章に続く。『不正の極致とは、正しい人間ではないにも関わらず、正しいとされることである』」
そう言って北条はキングを手に取り、それを初期配置に置いた。
「世の中で叫ばれている正義はそういう類のものだ。これが正義だと声高に叫ぶ者の話す正義には、必ず何らかの不正がある。そしてそれに否と言い、正義を声高に叫ぶ
細められた目がもえかを見透かす。もえかはゆっくりと唾を飲みこんだ。
「だからこそ我々人間は、正義を成すものに力を与えることが出来なかったのさ。正義の御旗の下に力を揮う者はいつだって
「パスカルの『パンセ』……」
「そういうこと。古代ギリシアから成長なんてしていない訳だ。恐ろしい勢いで技術が発展し、兵隊も弓矢から銃、ガレー船から弩級戦艦、投石具から飛行船へと獲物を変えた。それでも本質は変わらない。統治者の正義とは強いことであり、民衆や兵士の正義とは統治者の正義を守ることとなった。王に忠誠を、敵には剣を向ける。それが正義の本質となった」
そう言って、北条はゆっくりと息を吐いた。
「古代ギリシアから正義を取り巻く状況は、手段こそ変われども本質は変質していない。だとすればプラトンの求めた『正義こそ幸福の路』という結論に至るには、いったいこの国をどう変えていけばいい?」
その問いにもえかは答えられない。そしてまた、北条も答えを求めていないようだった。北条は黒のルークを右の掌に収め、そのままポーンを一つ摘み上げた。
「現状の正義を間違っていると糾弾しながらも、それを利用してでも上に立ち、上から変えていくしかない」
もえかの目の前で右手を動かすと、指先で持っていたはずのポーンが消え、ルークに置き換わっていた。ルークの上下を返して、ポーンの置いてあった位置に音を立てずに置く。
「ポーンはルール上、動く方向を厳しく制限され、力を存分に発揮できる状況にない。それでも、盤の対岸まで行けたなら、ポーンは上位のクイーンやルークへと
そう言ってから北条は改めて駒を元のポーンに戻した。
「今、君たちの位置付けはポーンだ。強者が正義とされるこの世の中で未だ正義とはなり得ない。しかし、強くなれば違う。自らが強者となり、正義となり、より上位である真の正義への変革を成せる。それができる力が君たちにはある」
「……はい!」
「いい返事だ。実にいい。正義の味はいつだって苦く、飲みこむには努力と勇気が必要だ。だから君たちには強くなってもらわねばならない。正義が正義となる世界を作る……そんな夢物語も君たちなら起こせるかもしれない。私はそれに賭けてみたいんだ」
「……私に、そんな力があるでしょうか?」
「一人ならないさ。それでも、皆がいるんだろう? 親友がいるんだろう?」
そう言って、北条は笑う。
「諦めなければ夢は叶うとは言わない。努力は九割九分が報われない。それでも理想を掴むのは諦めなかった人だけだよ。……さぁ、理想へのファーストステップだ」
タブレットをチェスボードの横に置いた。光が灯るそのタブレット端末にはいくつもの警告文が並んでいる。それを消すと現れたのは、この武蔵の武装管理の情報と、周囲の海図、レーダー情報、ソナー反応などがまとめられた、統合情報表示画面だ。
「君が東舞鶴海洋学校の指揮官だったとして、武蔵をどうする? すでに3回の警告を無視しているこの武蔵に対して、どうするね?」
そう言われ、真面目な顔で幾秒か盤を見下ろした。
「……相手の出方次第によっては、戦うことになるでしょう」
「そうだろう。上手く
もえかはニコリと笑って、白い駒を手に取った。馬の形を象った、
「ナイトをf-3へ」
それを見た北条がヘッドセットを叩く。艦内の無線がオープン。
「こちら艦橋、北条だ。頃合いだろう、戦闘行動を開始する。第一主砲、目標、東舞鶴海洋学校教員艦、夏島―――――攻撃はじめ」
ナイトが盤面に置かれると同時、武蔵の主砲が轟いた。
†
「ど、どうして私が艦橋に呼ばれたんですか……?」
いきなりヴィルヘルミーナに艦橋に引っ張ってこられた伊良子美甘給養長が戸惑いの声を上げる。武蔵が砲撃を始めたという速報が入って早23分、当然臨戦態勢に入っている艦橋に炊烹所が仕事場の美甘が呼ばれることなどまずないのである。
「記録員が足りないんだ」
「き、記録員……?」
大分見慣れた黒いダブルの制服の上から防弾ベストのようなものを羽織った柳がそう言った。美甘に同じようなものを渡してくる。手にすると重たくて少し驚く。胸や背中に当たる部分には何やら板が入っているらしい。首をぐるりと回るように付いている盛り上がりはおそらく
「伊良子さん、カメラが趣味なんだって?」
「そうですけど……だ、誰から……?」
「等松第四分隊長」
「み、美海ちゃん……」
口軽いよ、と心の底で嘆くが、口には出せない。カメラが趣味で記録員と言われたことで大体話が読めた。そして確かに現状を見れば人員不足は間違いないのだ。渡されたベストに素直に頭を通す。
「んしょ……つ、つまり私が戦闘の様子を撮影すればいいんですか?」
「戦闘の様子というよりは武蔵の様子だ」
柳はそう言いながら皆にヘルメットを配っていた。黒に近い灰色のヘルメットが、いつもとは本当に雰囲気が異なっていて、その場にいる皆にこれまでとは質の違うモノが始まるのだと否応なしに突きつけていた。
「今回で武蔵が止められるとは私も思っていない。今回の晴風の主な目的は戦術偵察だ。あんまり悠長なことを言ってられないのは事実だが、情報がなければ対応のしようもないからね」
「せ、せんじゅつ、ていさつ……?」
聞きなれない言葉に美甘は首を傾げる。
「要は武蔵の情報を可能な限り集めて、海上安全整備局に報告するんだ。電子情報は宇田さんが、ソナーデータは万里小路さんが、画像情報を伊良子さんが担当し、それの統合を納沙さんが担当してもらって、リアルタイムで戦術リンクに乗せていくことになる」
渡されたヘルメットを被ると、一脚付きのビデオカメラを渡される。ホームビデオとかの撮影するものよりも一回りから二回りほど大きい。
「記録用のビデオカメラは晴風の戦術リンクと既に同期済だ」
「わ、わかりました。これで、武蔵がうつるように取り続ければいいんですね」
「可能な限り武蔵の全景が映るようにしてくれ。それ以外の場所を撮ってほしい時はその都度指示を出す」
「わ、わかりました……!」
「よし。副長、配置は?」
柳が振り返り、艦橋の中を見回せば、既にベストとヘルメットを着用したましろが手元のタブレットに目を落とした。
「総員配置、完了しています」
「武装管制」
「戦術リンク各種、オンライン確認済です。弾は徹甲弾?」
砲術長も兼任することになった西崎芽依が伝声管の前で振り返った。横には手持ち無沙汰でそわそわしている立石志摩が立っている。
「装填は徹甲弾でいこう。……もっとも、武蔵の装甲だとまともに抜けないんだがね」
「戦闘前にそういうことは言いっこなしじゃないんですか? 教官?」
納沙幸子がタブレットをいじりながらそう言った。
「横須賀の第三管区海上安全整備本部とリンクを開始しました。情報処理の支援が受けられるようになります」
「情報の送受信は行うが、そのラグが命取りになりかねんな。晴風の方の処理を優先」
「了解でーす」
幸子がそう言って嬉々としてタブレットをいじり続ける。それに被るように伝声管が声を震わせる。
『こちら機関室。いつでも吹かせる!』
機関を操る第三分隊長の柳原麻侖の声だろう。それを受けて、艦長の岬明乃が伝声管に顔を近づける。
「とりあえずは前進強速で維持。接触したら無理かけると思うけどよろしくね」
『合点!』
機関室からは威勢のいい答えが帰ってくる。
『こちら見張り台。黒煙を視認しました! 11時方向!』
「……こちらでも確認した。おそらく被弾した教員艦『夏島』のものだろう。無電室、艦影の確認は?」
『
電探を担当する宇田慧の声が響く。時計を見る、15時21分。戦術リンクを信頼するならば、このまま行けば目視域に入るのは約15分後、それまで、教員艦が保つか。
「……東舞教員艦隊へ無線を繋げて回してくれ」
『了解しました!』
無線担当の八木鶫の声がして、すぐに無線が柳のヘッドセットに転送された。向こうも待っていたらしく、すぐにつながる。
『こちら東舞鶴海洋学校教員艦隊、
「第一特務艦艇群司令の柳です。そちらの状況は戦術リンクで確認しています。貴艦隊6隻中、現状における戦闘可能艦は東風、
『間違いありません。速射砲による船体射撃を実施しましたが、武蔵は依然南下中。どうぞ』
艦橋要員がヘルメットやベストの具合をそうご確認しているのを見ながら、柳は腕時計に目をやった。
「晴風は現在そちらに急行しています。到着予定1535」
『1535了解、当艦隊は第一特務艦艇群の指示に従うよう、本部から通達を受けています。相違ありませんか?』
「相違ありません。現時刻をもって、第一特務艦艇群の指揮下に組み込みたい、可能ですか?」
『可能です。どうぞ』
「では、私が指揮を執ります。貴艦の協力に感謝します。……可能ならば一度武蔵から距離を取ってください。合流ポイントは戦術リンクで指示します」
『
そう言われ、柳は逡巡。
「夏島の航行速度は?」
『8ノットが限界です』
「では8ノットで真方位0-7-0へ離脱を。南風を護衛につけて離脱してください。東風と西風・秋島は1-1-5へ。晴風と合流後、再突入します」
『了解しました。通信終わり』
「通信終わり」
無線を切って、顔を上げる。
「聞いてたな?」
そう言えば幸子がタブレットを掲げて見せた
「合流ポイント算出終了です。15分で合流できます」
「東風にポイント転送。こちらも最短で向かうぞ。艦長」
柳の声に明乃が頷いた。大艦長扱いの五十六に艦長用の制帽を預けた明乃は、ヘルメットの顎紐を締めた。
「回頭用意! 左1点回頭、艦首、真方位1-7-1へ!」
「ひ、左1点回頭、真方位1-7-1、よーそろー!」
知床鈴が舵を切る。進路が約11度南へずれる。進路が変わったことを確認して、明乃は声を張った。
「もどーせー。機関黒2点! 前進第二戦速!」
「黒2点! 第二せんそーく!」
『第二戦速!』
麻侖の声が乗る、晴風が生み出す白波の高さが高くなる。速度が6ノット程上がり、21ノットを叩きだす。
「……柳教官」
「どうした?」
明乃のどこか不安そうな声に、柳は双眼鏡を覗き込んだまま答えた。
「……武蔵は、撃ってくると思いますか?」
「撃ってくる可能性は高いだろう」
即答に、明乃は言葉を詰まらせた。手が握りこまれる。
「撃って来たら……武蔵を」
「岬明乃艦長」
明乃の言葉を、柳が叩き切った。みなまで言わせることなく、柳が続ける。
「武蔵を使ったテロ計画を阻止しなきゃならない。君が躊躇う間に、武蔵の学生クルーがテロの実行犯にされる可能性があるんだ。それだけは、避けねばならない。人が死んでからでは、取り返しがつかないんだ。武蔵クルーが犯罪者にされる前に、何とかするしかないんだ」
そう言って、柳は一度艦橋の中を振り返った。
「岬艦長だけじゃない。皆に言っておく。ここから先、感情は通用しない。くだらない感傷は犬にで食わせておけ。これから君たちが撃つ弾丸や魚雷は、私の命令によって放たれる。君たちは決して人を殺さない。君たちは国家の銃であり、国家の盾だ。その責は、国家が負い、国家権力を行使することを指示した私が負う。――――だから、私の指示に従え。君たちが私の指示に従う限り、その行為の正当性は私が担保する」
海上安全整備局は法執行機関である。それは厳密な階級制度と、その命令系統によって初めて成り立つものだ。個々人の判断による不公平な扱いは許されない。
また、一秒のタイムラグが命を奪う可能性がある状況において、無駄な会話でそのラグを生み出すことを防ぐために、厳密な命令系統が必要になるのである。
「個々人の事情を今は忘れろ。今君たちに求められる唯一のことは、国家権力行使の端末としての能力だ。それを忘れるな」
「了解!」
ましろが威勢よく返事を返す。明乃はそれを黙って聞いていた。
「まもなく、東風と西風・秋島が晴風と合流する。隊列は単縦、武蔵を右前方に見る形でアプローチ。同航戦に持ち込むことになる射程一杯からの様子見になるだろうが、主砲弾が直撃したら、一発で沈む可能性もある。相当に危険な任務だ。それを覚悟しろ、以上だ」
柳はそう言って改めて外に視線を戻した。きらりと影が光る。双眼鏡の倍率を上げれば、三つの船が見える。白い船体に黄色の識別線。東舞鶴海洋学校所属艦艇だ。無線を開く。
「東風、こちら晴風。貴艦隊を視認しました。こちらは貴艦隊から見て8時方向に位置しています。どうぞ」
『こちら東風、視認しました。どうぞ』
「第一特務艦艇群のオペレーションクラスリンクへ参加して下さい。
そう言いきるのか速いか、納沙のタブレットから電子音が鳴った。
「東風・西風・秋島のリンクを確認しました!」
それに頷いて答えた柳。戦術リンクに接続された自分のタブレットを確認する。相手の波の立ち方から予測した相手の速度が間違っていないことを読む。
「リンクを確認しました。減速赤2点、晴風を先頭にした単縦陣形に変更します」
『減速赤2点。了解』
向こうの指示はこれくらいでいいだろうと一度無線を切る。遠くに見えていた幾何学的なシルエットが映える教員艦との距離がどんどん詰まっていく。噴進魚雷の使用を前提にした高速艦だ。レーダー反射を可能な限り抑えることを意識した直線的な艦の形状が見て取れる。
そのまま右に艦列を見るようにしながら晴風は前進。右舷側の見張り台に脚を向けた柳が、相手艦の艦橋に向けて敬礼を向ける。おそらく向こうも答礼を返しているだろう。柳は完全に追い抜くまでその姿勢のまま見送り、艦列の最前線に出たことを確認すると艦橋の中に戻った。
「逐次回頭、真方位2-0-0 用意!」
「右舷3点回頭! 真方位2-0-0へ!」
明乃が復唱。それに合わせて鈴が舵を切る。船がわずかに動揺し、方位が切り替わった。武蔵の艦橋は高い位置にある。間もなく見える位置に来るだろう。
「信号旗、S-N掲揚!」
「S-N掲揚、よーそろー!」
国際信号旗を用いれば、たとえ無線が通じる状況でなくても、情報を伝達することが出来る。その掲揚順は取り決めがあり、大型船舶に乗務するものなら当然把握しているはずである。
S旗、N旗が同時に掲揚された場合、それが示すは『停船命令、従わない場合砲撃を実施する』という事前警告だ。
「頼むから従ってくれよ、北条教官」
誰にも聞こえないように呟いて、柳は前を見据えた、右舷前方に小さな影を認めた。
「音声警告開始、使用無線はチャンネル16、日本語に続いて英語も忘れずに」
『了解!』
八木鶫の声を聞きながら、柳は明乃を盗み見た。手が震えているのがちらりと見ただけでもわかる。無線チャンネルが切れていることを確認して、柳は努めて冷静を装って口を開いた。
「……助けるんだろ」
「え……?」
「主犯として知名艦長他、学生がいるとは考えにくい。利用されている可能性が高い。仲間を救いに行くんだろう? そんなお前が気弱でどうする」
柳はそう言って、軽く笑って見せた。
「お前の背中を見て、晴風は動く。艦長が弱気なら救えるものも救えない」
そう言って、柳は明乃の背中を一度バシンと叩いた。防弾材が入ったベストがいい音を立てた。
「背筋を伸ばせ。震えを止めろ。笑え。姿勢と表情で感情はコントロールできる」
背中を叩かれて驚いていた明乃が目をぱちくりさせていた。どこか不適に柳が笑う。
「ほら行くぞ、艦長。――――武蔵視認。状況を開始する」
†
「ふーん、立て直しが想像以上に早い。さすが教員艦風情と整備局仕込みの違いかな」
「ミケちゃん、実はすごいんですよ」
どこか自慢気に知名もえかが駒を動かした。Nxf6+、白のナイトが黒のナイトを消し去った。窓際で双眼鏡を片手に北条が笑う。
「だろうね。あの船に乗っている面々は皆優秀だ。私が知っているのはあの船の柳昂三1正……もう3監らしいけどね、優秀だった」
「お知り合いですか?」
「2年前まで同僚だったんだ。私の船が警備強化指定艦船でね、
「彼……ということは男性ですか?」
「うん。案外いい男だよ。生意気だけど優しくて、頑固なくせに機転は利く。正直なところ変な奴だ。でもまぁ傍に置いて楽しい男ではある」
そう言ってどこか懐かしそうな笑みを浮かべる北条。いつもとは声色が異なることに気が付いて、もえかは首を傾げた。
「……教官?」
「あぁ、悪いね。少しセンチメンタルになってしまっていた」
「その教官と何かあったんですか?」
「あぁ……まぁ言ってもいいかな。彼、私の元カレだったの」
「……へっ?」
もえかがどこか素っ頓狂な声を上げた。クスクスと笑って北条は双眼鏡を振った。
「まぁフラれたんだけどね。相手は私のことをカノジョだとは思ってくれなかったらしい。フるときの文句が傑作でね、『私じゃ貴女を守れない』だってさ。笑っちゃうよねー。ブルーマーメイド相手に何言ってんのって感じ」
そう言うと北条は窓の外に目を向けた。
「まぁ、向こうは上官として私を見てくれていた。私は彼を部下として安心して前線に送りだせた。その関係が崩れるのが怖かったのはきっと同じだったんだろうね。公認のカレシでカノジョになれば、きっとお互いに職務を全うできなくなる。それが怖かったんだろう」
「……一緒に居たい人なんですか?」
「まぁね。できれば彼にはこちら側でいてほしい。考え方も結構似ているところはあるし、呼び込むのもありだとは思っている」
そう言って北条は鼻で笑った。
「らしくないか、なんだかんだで甘チャンだしね、コウちゃんは。きっと最後は感情論で拒否されそうな気がする。彼は感情論を論理武装する天才だから」
肩を竦めてそう言って、次の瞬間には表情が冷えていた。
「……っと、こんな余裕ぶっこいている余裕はなさそうだ。Bxf6。ほら、噛みついてくるぞ」
もえかは北条の指示通り黒のビショップをf6へ。黒へチェックをかけていた白のナイトと置き換わる。
「……どう出てくると思いますか?」
「さぁ? でも、きっと退屈はしないだろうね。楽しみで仕方がないよ、コウちゃん」
北条の視線の先に艦列が見える。
「どうする、もえかさん?」
そう聞かれると、答えは決めていたようで、すぐに駒を手にした。
「fのルークをd1へ」
それを聞いて北条は笑った。
「第三主砲、用意。目標は敵艦群、ただし晴風には極力当てないように。じゃ、砲撃開始」
北条は軽いテンションでそう言ったが、その目は対照的に爛々と光っていた。
「さて、勝負といきましょうか、コウちゃん」
まるで号砲のように、武蔵の主砲が轟いた。
せ、戦闘回!(なお戦闘があるとは言っていない
戦闘回を今回一回で終わらせるつもりでしたが、無謀過ぎたので分割です。戦闘描写をかなり苦手としているので、だらだら引きのばしてしまった感もないわけではないで少し反省してます。
じ、次回こそ艦隊戦です! ご期待ください!
――――――
次回 助け出す意思 見捨てる境界
それでは次回もよろしくお願いいたします。