ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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――――――ἐπί δαυτᾦ τήυ δελήυηυ χαθέλχεις.


水面に描いた約束を抱き

 

「すまない、遅くなった。状況は?」

 

 柳が艦橋に入るなりそう言った。格好はすでに紺色の作業服に着替え、略帽を被った第三種制服姿だ。副長の宗谷ましろが柳に状況説明を開始する。

 

「ブルーマーメイド本体が既に動き始めていますが、救難即応(ダブルアール)ユニットの飛行船は低気圧が強すぎて接近不能。現在現場から370キロ北西地点にいる弁天型高速航洋艦『弁天』に降りて、海路で向かうとのことです」

「となると救難即応ユニットの到着まで最短7時間か。即応とはなんだったのかと疑いたいレベルだな」

 

 柳はそう皮肉げに笑うが、ましろはどこか不満そうだ。

 

「沖縄沖からやってきてくれるんです、十分即応では?」

「確かに。人員増やすか、高速艇の性能向上が急務だな。……無い物ねだりをしても仕方がない。初期救助は晴風が動くしかない。周辺の天候は?」

「こちらに」

 

 納沙幸子の差し出したタブレットを受けとった。

 

「波が5メートル強? なんでこんな状況で暗礁の近くに寄ってるんだ新橋商店街船」

「付近は強雨で視界が悪く、波に流されたのかと……」

 

 幸子の補足に柳は軽く眉を顰めながら新橋商店街船の位置を確認していく。

 

「南東の風、風力9……これ、いつからだ?」

「風力9は5時間前からです」

「海上強風警報の発令は?」

 

 柳が間髪入れず聞き返した。ビューフォート風力階級に基づいて設定される海上風警報は24時間以内に風力7を超えると予想される場合に発令されるものだ。それが出ていれば船舶は風の影響を考慮に入れて航行の判断を下すことが可能なはずだ。

 幸子も柳がそれを聞いてくると予期していたのかすぐに答えた。

 

「出ています。発令は19時間前、0530時です」

「……対策をするには十分すぎるぐらいの時間はあったはずだが……それが役立たないほどの時化(しけ)ということか。晴風が近づけるかどうかもわからんな。新橋商店街船の見取り図は?」

「既にダウンロード済です」

「上々」

 

 タブレットを幸子に戻し、柳は自分のタブレットを取り出した。

 

「こっちに回せるか?」

「いま回します」

 

 幸子が作業を始めるのを見ながら、柳は視線を外に走らせた。黒い雲が厚く垂れこめそこからの雨粒が周囲を不均等に白く紗をかけていく。

 

「この天気がずっと続くと接近自体も無理だな」

「……一応、不用意に海に飛び込まず、避難体制を整えた上で可能な限り船にいるようにとは伝えていますが……」

「この波だと膨張式救命筏(ライフラフト)を使っても危険か」

「ライフラフトごと転覆したらどうしようもなくなります」

 

 ましろの声に柳は頷く。周囲の雨を確認してから艦橋を見回した。

 

「で、艦長」

 

 柳が艦橋の後方で一言も発せずに立ちすくんでいた岬明乃に声をかける。明乃の肩がびくりと跳ねる。

 

「は、はい」

「どうする?」

 

 なんとか返事だけを返した明乃に、柳は端的にそう問うた。

 

「……周囲の波が高いので、接舷は無理かもしれませんが……目視圏内に入ることは十分に可能だと思います。りんちゃん、最短でどれくらいでつける?」

 

 明乃の声に知床鈴航海長が電子海図を表示したスコープを覗き込んだ。

 

「最短で……ここから、50分です」

 

 それを聞いて明乃は顔を上げた。

 

「……急行、します」

「いけるのか?」

 

 聞き返した声が何を言いたいのか、明乃にはわかっていた。

 

 

 

――――――お前に今、指揮が執れるのか。

 

 

 

 柳の疑問も(もっと)もだろう。船を見捨てて出ていった艦長に信頼なんてあったものではない。それをわかっていてもなお、明乃は艦長として声を上げねばならない。

 

「……今、助けを待っている人がいます。私たちの到着を信じて、待っている人がいます」

 

 明乃の声は震えていた。自分でも情けないくらいに震えているのがわかる。掌が汗をかいていた。震えが止まらない。

 

「私たちはまだ学生でも、安全監督隊の隊員です。海に生き、海を守り、海を征く――――それがブルーマーメイドであるはずです」

 

 約束したのだ。まばたきの一瞬の暗闇に約束を交わした親友の背中が浮かぶ。あの子に助けると言っておいて、ブルーマーメイドになると言っておいて、その責務を放棄するわがままは許されまい。

 

 下唇を噛み締め、震えを止めた。

 

「これより晴風は強風圏に進入。新橋商店街船の位置及び損傷具合の確認を行います。航海長操艦。柳教官は航海長の支援をお願いできますか?」

「私がか?」

「風や波を読むのは得意なんですよね?」

 

 明乃の言葉に柳の目が険しくなった。

 

「……どこのソースだそれは」

 

「平賀監察官からお伺いしました」

 

 そう言われると柳は頭を掻く。『平賀の奴……』と恨めしそうにぼやいた。

 

「了解だ艦長。航海長の支援に入る」

「しろちゃ……副長は救助班の編成をお願い。私は……船に残るので、副長が指揮を執ってください」

「了解」

 

 ましろが即答。柳が双眼鏡を取り出しながら声を上げた。

 

「現着後の救助班の指揮だが、私が執らせてもらう。この艦内で経験者は私だけだ。人命が関わるからこそ万全を期したい」

 

 それは一方的な通告だった。ましろはそれに対して拒否権は持ちえず、黙って頷くほかに選択肢はなかった。

 

「わかりました。現場到着後は救助班の指揮権を副長から柳教官に移します」

 

 それを明乃が承認。晴風が動きだした。強風域に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの子に初めて会った時を、実はあまりよく覚えていない。

 

 ニュースに連日取り上げられる規模の客船事故があったことは薄ぼんやりと覚えている。その後にあの子が施設にやってきたことも、なんとなく覚えている。それよりもはっきりと覚えているのは、あの子の不自然なまでに「いいこ」であったことだ。

 

 喧嘩が起きたら間を取り持ち、お菓子で揉めたら自分のを差し出し、年下の子が泣いていたら傍にいてやり、怪我をしている人がいたら、おんぶしてでも大人の元に連れていく。

 

 あの子は寮母さんが驚くほど手がかからない「いいこ」だった。あっという間に施設の皆に受け入れられていた。あの子に注意を払うようになったのはそれに気が付いてからだった。だからこそ、あの子に初めて会った時を、よく覚えていないのだろう。

 

 なぜか彼女が気に入らなかった。今思えば穿った見方をしていたせいなのだが、それでもあの時は不必要なまでに「いいこぶっている」ように見えていた。それが気に入らなかったのは、その立ち位置に()()()()()()()()のは私だと思ったからかもしれないし、単純に誰かから褒められたいというのが露骨に見えたからかもしれない。確かなのはあの子がちやほやされるのがどこか納得いかなかったことだ。

 

 一度それを指摘したこともある。あの子は悲しそうな、明らかに傷ついたような表情をしたから、「いいこ」であろうとしたのは間違いないと思った。その時にどこかチクリとしたのは気がつかなかったふりをした。まだその時にあの子が言い返してくれていたら、痛まなかったのかもしれない。なんであの子はあの時言い返さなかったのだろう。

 

 昔に何かがあったのかもしれないというのは子どもでも思いついた。もっとも、施設というのは皆触れられたくないものがある子しかいないから、昔のことを根掘り葉掘り聞こうとしたりするのは、いけないことだったから言わなかった。親にいらないと言われた子、虐待から逃げてきた子、家庭の事情で捨てられた子。いろいろ居るが、みんな昔に関わることを話すことを嫌がった。私だって話したくない。だからあの子がどういう理由で施設に来たのかも、予想はついても聞くことはしなかった。

 

 それでもそれを知ることになったのは、丁度台風の夜だったと思う。風で窓がひどく鳴っていて、稲光が走っていたのをよく覚えている。あの子のすすり泣きの声が風と雷の間に響いていた。

 

 どうしたの、と声をかけた。なんでもないとあの子は答える。泣きながら笑ったあの子の顔は今でも思い出せる。

 

 泣いてるのになんでもない訳がない、と否定すれば、あの子は困ったように首を傾げた。

 

 それでも、なんでもない、と答えたあの子の後ろで稲光が光れば、あの子は悲鳴を上げてうずくまった。そのまま体の痙攣が始まって、慌てて寮母さんを呼びに行った。そして、あの子が起こしたのは「かこきゅう」というものであること、あの子がなんでそうなったのかを寮母さんから少しだけ聞いた。

 

 

 

 きっとあの子は、――――ミケちゃんは、自分のせいでお父さんとお母さんが死んだと、自分を責めているのだ。

 

 

 

 傍から見ればばかばかしいかもしれない。生存者の罪悪意識(サバイバーズ・ギルト)。一人生き残って()()()()ことへの罪悪感は到底振り払えるものではない。いつまでたっても、その罪悪感は後から後から追ってくるのだ。それを責めることがだれにできよう。

 

 次の日にはけろっとした顔をしているミケちゃんだったけれど、それからはなぜかあの子のことを嫌いになれない自分がいた。ミケちゃんはミケちゃんで思うところがあったのがわかってしまったからかもしれない。それがどこか、自分と重なってしまったからかもしれない。

 

 どうしようもないってわかっている。それでも自分が強ければと思ってしまう。強ければ、誰かを守れるような、正義の味方になれたなら。誰も見捨てなくてもみんなを幸せにできるほどに強くなれたなら。今の私はそんな万能な人間には程遠く、そんな万能な人間なんて存在なんてしないと知っていても――――それを願うのは間違っているのだろうか。

 

 

 

 きっとあの子は同じところを目指していた。誰も失わないことを、自らのせいで死んでしまった大切な人への贖罪とする。

 

 

 

――――あなたたちのおかげで、私は強くなれた。

 

 

 

 そう言えるようになるしかなかったのだ。ミケちゃんも私も、それ以外の道は自らの手で閉ざした。

 

 だからこそ、ブルーマーメイドになる道を二人とも選んだのだ。海に生き、海を守り、海を征く。たとえそれが人を捨て、人魚と言う化け物に変化することだとしても、それで誰かを守れるならば。――――そう思っていたのだ。

 

 

 

「……ミケちゃんは、今でもそれを信じてる?」

 

 

 

 知名もえかは武蔵艦橋でそう呟いた。それに答える声はない。当人はここにはいない。きっと今は300キロ以上南の海を嵐に揉まれているのだろう。だからこそ思わずにはいられない。

 

 手元にあるタブレットに目を落とした。たった一隻の軍隊である武蔵の総司令官、北条沙苗が残していったそれは一秒一秒つぶさに状況を映し出していく。

 

「北条さんは今仕事中かなぁ……」

 

 昨日からずっと北条の状況を示すアイコンは『作戦行動中』を示したままだ。臨時で艦隊指揮権を移譲されたもえかのアイコンも同じ表示が出ている。

 

「作戦行動中の不要な通信は厳禁……っと、誰かとおしゃべりできればいいんだけどなぁ……」

 

 そうぼやいても仕方がない。がらんとした艦橋は今、もえか一人だ。だからこそ感傷に耽る時間があったとも言える。

 

「わからないものだよね、あの時はミケちゃんと親友になるなんて思ってなかった。早く会いたいなぁ……ミケちゃん」

 

 またあの子に甘えようとしている自分を認めて、もえかはそれを恥じた。何度も何度もあの子に救ってもらった。だから今回は私があの子を救う番だと決めているのに。甘えた心を見せるのはきっとあの子に失礼だ。

 

同じ(δίς )川に(είς )二度(τόν )と足を(αύτόν )踏み入れる(ποταόν)ことは( ούχ )できない(έμβαίης)

 

 北条が言っていた言葉を口の中で反芻する。同じ状況は二度と現れない。過去に戻ることはできない。だが、未来ならば変えることができる。

 

「頑張って、ミケちゃん。きっとミケちゃんなら、超えられる」

 

 それを信じて疑わない。ミケちゃんも私も強くなった。だから絶対に大丈夫。この程度の嵐ならば超えて見せるだろう。

 

 超えられない嵐などないのだから。

 

 嵐を超えたらきっとミケちゃんは気が付く。そしてきっと武蔵まで来てくれる。

 

 

 

「だから、待ってるね。ミケちゃん」

 

 

 

 決意を胸に、タブレットを操作する。進路を西へ。フィリピン沖を目指すように舵を取り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳の操艦指示は文字通り適切だった。

 

「左1点、当て舵、今」

 

 決して声を荒げることなく、正確に舵輪を握る知床鈴航海長に指示を出していく。その通りに舵を切れば、晴風は波に正対し安全に波を乗り越えていく。艦首が切り裂いた海面が白く甲板を洗う。それでも晴風はそれをもろともせず、次の波の頭に向けて昇っていく。

 

「……すご」

 

 安全のために艦橋の中で見張りをしている内田まゆみがそう呟いた。隣に立っている岬明乃も頷く。

 

「ふ、普通だったらこれ、引き返すってことになるよね……?」

「これでも波が小さくなってきてこれ……?」

 

 嵐の海は言うまでもなく危険だ。波や風に煽られて転覆の可能性が高いのは言わずもがな、他にも様々な危険因子が存在する。

 艦首が波に突き刺さってしまうバウダイビングに、追い波の時に舵が効かなくなって船が横転してしまうブローチング、空中に船が飛び出してしまい海面に叩きつけられるスラミング、艦全体が大きく揺すられるホイッピング……嵐の中で起こりうる挙動を数え上げるとキリがない。追い波の時に発生するもの、波に向かうときに発生するもの、横波を受けてしまった時に起こるもの、舵を切ったときに起こるものなど要因はさまざまだが、艦首をへし折るには十分な威力があるものも少なくない。

 

「取舵05度、用意、今。減速赤15」

 

 柳の指示で僅かに回頭。島の沖を迂回するように船が進路を取る。見えない浅瀬に乗り上げ二重遭難など笑えない。

 

 減速の指示に合わせてプロペラの回転数が下がった。追い風・追い波での操艦は速度が上がりやすい。速度が上がればあっという間にそのエネルギーで船が破壊されてしまう。海面はコンクリート並の衝撃を返すのだ。

 

 柳の指示で動く晴風は滑らかに波の頂点を超え、谷間に向かって加速する。波より遅くなれば舵は効力を失うが、速すぎれば破壊される。そのわずかな安全域を縫うように船の挙動をコントロールしていく。

 

「――――っ」

 

 谷底を叩いた衝撃が晴風を揺らす。ほぼタイミングを同じくして光った稲光にとっさに頭を庇った明乃を柳は横目で見て、すぐに視線を戻した。すぐに波が艦を押し上げようとする。

 

「そろそろ見えるといいんだが……納沙書記官」

 

 柳が声をかけると船の挙動で少し青くなっている納沙幸子が顔を上げた。

 

非常用位置指示無線標識装置(E - P I R B)は?」

「捕捉済です。あと……1マイルを切ってるんですが……」

 

 E-PIRB、非常用位置指示無線標識装置は非常用の無線ビーコンだ。手動でスイッチを入れるか、船が沈没すると作動する。まだ沈んでいないと信じたい。

 

「電探室、レーダー情報を報告しろ」

 

 柳が左耳に刺さったインカムを押さえる。すぐに答えが返ってきた。

 

『電探室、宇田、報告します。11時方向、1.2マイルに感あり。130メートル級、大型船舶だと思われます』

「柳了解。ほぼ間違いないな。浮いているうちにたどり着けてなにより」

 

 柳はそう笑ってインカムを全体無線に切り替えた。

 

「晴風乗員、柳だ。晴風は間もなく新橋商店街船を目視圏に捉える。天候は回復傾向にあるが、危険が伴う。波が4メートルを切っているため救助活動の実施要件は満たしているが、危険なのは変わりない。心してかかれ」

 

 柳はそう言ってから新橋商店街船と正対するように舵を切るように指示、そして速度を落とすように指示した。

 

「追い波だが、漂流物、漂流者がいる可能性もある。警戒を厳に、探照灯照射開始。霧笛も使って周囲に晴風の到着を伝えろ」

 

 晴風の探照灯が灯る。夜闇で使えば10キロ先でも新聞が読めるほどの光線が雨で煙る周囲を照らした。日没時刻直前だが、厚い雲のせいでいつも以上に暗くなっている。煌々と光る光線を直視しないようにしながら柳は周囲に目を凝らした。

 

『――――商店街船目視!』

 

 伝声管がその声を伝えた。見張台に繋がるそれから響くのは野間マチコの声だ。それに続いて前に向けられた探照灯が大きな影を映し出した。

 

「おっきぃ……」

「これ、晴風だけで……助けられるの……?」

 

 鈴の不安そうな声に、山下秀子の声が被った。無理もない。新橋商店街船は全長はともかくとして、基準排水量1万4000トン、純粋に晴風の約七倍も重い大きな船だ。人員だって晴風の15倍以上にあたる500人以上乗っている。人員を安全に回収するだけでも一苦労だ。

 

「信号旗を確認。JX1です……」

 

 ましろの声が震えた。『深刻な浸水が発生中、浸水を止められない』と言ってきたのだ。

 

 ほぼ間違いなく、新橋商店街船は、沈む。

 

 それに向かう不安に、誰もが足を竦めた。その刹那。

 

 

「――――信号旗掲揚! C-U-1!」

 

 

 明乃が声を張った。皆の弱気を断ち切るように、自らの震えを断ち切るように、叫ぶ。信号旗を3枚、CU1と掲揚するのは「本艦は貴船を支援する」という意思表示だ

 

「本艦はこれより救助活動を開始します! 柳教官、短艇で収容作業を開始してください。海面に漂流者がいた場合はサトちゃんのスキッパーで対応します」

「了解した。救難活動に入る」

 

 柳がそう言って艦橋を出ていった。それにましろが続く。

 

「しろちゃん」

 

 ましろが出ていく直前で、明乃が声をかけた。

 

「……なんですか、艦長」

 

 体ごと振り返ったましろを正面から見て、明乃は僅かに口を噤んだ。

 

「……絶対、生きて帰ってきて。絶対、ぜったい、皆を助けて、連れて帰ってきて」

「了解しました」

 

 それだけ残して、ましろは柳を追いかける。明乃は艦長用の制帽を被り直した。そしてブリッジから大分近づいてきた背の高い商店街船を見る。

 

「短艇の展開準備、ココちゃん!」

「はい!」

統合型情報表示装置(インフォメーション・イルミネーター)による救助班の情報支援をお願い。救難司令部機能維持を優先して」

「わかりました!」

 

 幸子がタブレットを素早く操作していくのを横目に明乃は振り返る。

 

「まゆちゃん、しゅうちゃんは ウィングから海面の漂流物を確認。誰かいた場合は私を通さなくていいからサトちゃんのスキッパーにすぐ連絡、救助して」

「「はいっ!」」

「お願いね! 機関室、マロンちゃん聞こえてる?」

『おうっ! 機関はどうすればいい?』

 

 伝声管から帰ってくるいつも通り威勢の良い声に明乃は少し救われたような気がした。

 

「新橋商店街船の状況がわからないから何とも言えないけど、動力喪失状態の可能性が高い。発電機だけでも再始動させることになるかもしれない。マロンちゃん艦橋に上がってこれる? 技術的な助言ができる人が必要なの」

『合点! 機関はクロちゃんに引継いでから上がるから3分程時間をくれぃ! 新橋商店街船の非常用設備とかの配管図とかを用意しとけ!』

「わかった! ココちゃん、外部メモリーに商店街船の概略図を移して。メイちゃん、タマちゃん、プリントアウトして持ってこれる?」

「すぐやるっ!」

「ういっ!」

 

 幸子が放り投げたUSBメモリースティックを志摩が何の危なげもなくキャッチして、プリンターが置いてある海図室へと降りていく。それを確認することなく、明乃は伝声管の一つに顔を近づけた。

 

「医務室、みなみさん!」

『こちら医務室鏑木、何事?』

「一次トリアージが終わり次第、優先度が高い人から医務室搬送を開始するから、結構すぐにフル稼働になると思う。二次トリアージの用意をお願い」

『既に用意済。艦長、医務室用に通信回線をデータと音声1チャンネルずつ裂いてほしい。後続船舶と近隣の病院との連絡を密に取る必要がある』

「わかった。えっと……外部通信用の3番を医療用回線にします。そこを使って」

『了承』

 

 明乃の指示で晴風が一気に動いていく。

 

 

 

 

 現地時間午後6時34分、晴風所属の短艇「はれかぜ一号」が出艇。状況が開始される。後続の航洋艦『弁天』の到着予定時間まで後5時間強。それまでは晴風一隻のみで対応せねばならない。552名の乗員の命が、晴風に掛かった。

 

 波風は納まる方向に動いているにも関わらず、不穏な緊張が辺りを満たしていた。

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
……話が延々として進まない件。もう少し短く収めるつもりだったのですが……。

さて、もかちゃんのスタンスがどんどん原作と離れていって少々恐ろしくなってきたキュムラスです。アニメだと最初と最後の方しか出番がなかったですから、なんとか出番を作ろうとしたらどんどん救いがなくなっていく。まだ希望は消えてないのですが、この先心配です。

次回からはやっと救難活動、アニメから離れたオリジナル展開満載で参ります。
お付き合いいただけるなら幸いです。


――――――
次回 だれが命に値札をつけるのか。
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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