ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
今日の日和はとても良い。状況が状況じゃなければ日光浴でもしていたい日差しと、心地よい1/nの揺れをもたらす波が心地よい微睡を呼び起こす。もっとも、今はそれが晴風に試練を与えつつあるのだが……。
「あ、暑いぞな……」
「冷房入れてるのに……なんで機関室じゃないのにこんなに暑いの……? このままだと100%誰か熱中症になるわよ……」
等松美海はそう言ってだらしなくセーラー服首元を引っ張って、下敷きで風を送りこむ。その横で汗を拭きつつ備品の確認をするのは勝田聡子だ。
「上の木製甲板が吹っ飛んだせいぞな。ほら、金属の甲板だと太陽光で一気に焼肉の鉄板になっちゃうっしょ。だから木を張って断熱材と直射日光を防いでるぞな。でも猿島の砲撃で後部甲板の一部が吹っ飛んだせいで、船体がジリジリ暖まって今サウナになってるぞな……」
「もー、早く応急修理終わらないかしら……とりあえず勝田さんはラムネでも何でもいいから水分取って! 水分とるだけでも3割は危険を回避できるわ!」
聡子がどこか気のない返事を返したタイミング、ドアがノックされた。
「はーい、どちら様ー?」
「柳だ。開けてもいいか?」
ドアの向こうから響くのはバリトンの領域の低い声。そんな低い声を出せるのはこの船では一人しかいない。男性に見られてはいけない格好はしていないことを確認してドアを開ける。
「柳教官、どうされました?」
「いや、とりあえず備品の保ちは大丈夫かなと思ってね。……ここ暑いな。長時間の作業はやめとけよ」
ドアを開けて入ってくると右手で顔を仰ぎだす柳。白手袋がどこか暑そうに映る。
「教官、暑いならその手袋外してもいいと思う……思います」
途中で上官であることに気が付いたのか聡子が言葉遣いを慌てて直した。それに苦笑いしながら柳が肩を竦める。
「まぁそうなんだけどね、白手袋は結果的に日光を遮るからいいんだ。俺は日焼けをするが痛くなる体質でね、外に出るときは日焼け止めと帽子と手袋が必須なのさ」
「そんなタイプに見えないっすねぇ」
聡子がそう言ったタイミングで美海が軽く肘鉄を入れた。
「見えなくても体質だから、こればっかりはどうにも。まぁ、夏でも長袖の教員服に感謝だな」
「苦労してるんですね……セーラーだと襟ぐりが広いので日焼け止め塗るのも大変で……」
「女の子は大変だな。まぁ、ブルーマーメイドになれば制服かドライスーツだから。……そう言えばなんで海上安全整備局の制服が開襟のスーツタイプのデザインなのか知ってるかい? はい、等松さん」
いきなり話題を振られて焦る美海。
「えっと……わからないです」
「勝田さんは?」
「全く見当も付かないぞな」
「スーツは元々軍服で効率よく日光を遮り、風通しも良い。そのために作られたデザインだしな。公権力で威圧感を出したいのもあるけど、長時間屋外で立っておく必要がある立哨とか哨戒とかだと適切なデザインってわけだ」
ネクタイも骨折した時の当て木押さえになるしな、と続けて自分のネクタイを引っ張る柳。
「ならなんで海洋学校はセーラー服なんですか?」
「ん? 水に飛び込んだ時に手早く脱ぐためだけど?」
「えっ……?」
ちょっと引いた顔をする二人に、柳はもっと言葉を選ぶべきだったと後悔する。別に脱ぐことを期待していたわけではないのだが。
「元々セーラーは男性用だし、濡れて重くなった時にはさっさと脱ぎすてられるようにした方が楽だからな。その名残だよ。脱ぎやすいように襟ぐり深くして、遠くの音を聞きやすい様に襟を大きくして耳元まで引き上げられるようにしたら、そんなデザインになった訳。特に学生だと事故で海面に落ちた時とかそういうときの対応がしやすいようにそうなってるわけだな」
「ほえー。さすが教官。物知りっすねー」
「これは単に雑学レベルだが、こんななりでも海上交通発展史を専門にする歴史学の教員なんだぞ。ある程度は詳しくなるさ」
軽く肩を回してそう言うと美海の方を見る柳。
「等松さん。今のところ備品は大丈夫?」
「問題ありません。この部屋の暑ささえ何とかできればですが」
「それについては和住さんと青木さんが今全力で修復中。とりあえずもうすぐベニヤ板張りが終わるはずだから温度上昇にはストップかかるんじゃないかな。とりあえずだけど。それに給養係の伊良子さんとかが……ソルベ、だったか。今日のお昼のデザートでアイスみたいなの作ってくれてる」
「やたっ! 甘いのがくるぞな――――!」
「まぁ、それまでもしっかり水分取ってがんばっとけよ」
「わかりました」
「お昼休憩まで頑張るぞな!」
そういう二人に肩を竦めて柳が出ていく。ひらひらと振られた白手袋が光る右手を見て、美海は一瞬首を傾げた。
「あれ……」
「どうしたぞな?」
「……ううん。やっぱりなんでもない」
「きーにーなーるーぞーなー!」
聡子の声を聞きながら美海は一瞬過った違和が何だったのかを考える。何か違和感があったのだ。
「手袋、かなぁ」
「むー。さっきからミミちゃん変ぞな」
「だからなんでもないって……さぁ、さっさと……」
そう言ったタイミングで、艦内にサイレンが鳴った。
《右60の距離30000! 戦艦アドミラル・シュぺー! 接近してきています!》
「戦艦!?」
美海がどこか不安な表情を浮かべて聡子を見る。
「き、きっと大丈夫ぞな。きっと、多分、メイビィ、パハップス……」
「どんどん不安になってるじゃない。う、撃ってこないわよね?」
「こっちも教育艦だし、戦術リンクはともかくとしても、ブルーマーメイドの指示には従っているぞな。撃たれる理由はどこにも……」
《シュぺー発砲!》
直後に船体が大きく揺れる。二人とも慌てて壁に手をついてバランスをとる。
「撃たれる理由なんてなかったんじゃなかったの!?」
そんなことを言っても答えなんて帰ってこない。聡子もバランスを保つのに必死だ。
「とりあえずミミは安全なところにいるぞな」
「聡子ちゃんは!?」
「海図室! そこが私の持ち場ぞな!」
聡子が走っていく。美海はそれをどこか呆然と見送った。
主計部は平時のための部署だ。皆の健康を維持し、皆の船の生活を維持する。そのための部署だ。だからこそ、ひとたび戦闘が始まればやれることは少ない。
また船が揺れた。備品をしまった段ボールが棚の中を滑る。そうだ。荷物の固定をしなきゃ。
「……みんな頑張ってるんだ。私が弱気になるな、等松美海!」
頬を叩いて、荷物の固定に入る。この状況を切り抜けた後の航海のために、今やるべきことがあるはずだ。
†
『Die Admiral Graf Spee. This is HAREKAZE, Yokosuka Marine Girl’ High School Training Vessel. Do you copy?』
無電室からのものだろう。アドミラルシュぺーを呼び出す声が響いていた。八木の震える声をイヤホン越しに聴きながら柳はほぼ全速力で甲板を駆けていた。こちらは180度転進。逃げる体制だが、向こうも転進して、追ってきている。
「何かを護衛しているとか立ち入り禁止エリアに入ったとかではなさそうだな、っと!」
再び着弾。2時方向、距離50。急激な揺れと一緒に船が急旋回する。柵に捕まるようにしてその揺れを耐えるともう一度走り出す。艦橋の足元にある無線室に飛び込んだ。赤いリボンを揺らして、無線を担当している八木鶫が振り向く。
「八木さん、ドイツ語での呼びかけできるか?」
「えっと……私、日本語と英語しか……」
「代わってくれ」
鶫に少しズレてもらい、柳がマイクを取る。ヘッドセットスピーカーを片手で耳に当て、口を開く。
「Die Admiral Graf Spee. Dies ist Harekaze, Yokosuka Marine Mädchen High School Schulschiff. Kopierst du?」
応答せよと言ったところで、返事はない。砲弾が返事の代わりと言いたいのだろうか。
「Warum greifen Sie zu uns an? Bitte stoppen sofort den Beschuss,und antworten!」
文法が合っているかは自信がないが、気にしている余裕はない。
「日本語での呼びかけもしていたよな?」
「はい……日本語英語、今教官のドイツ語で、全部で8回呼びかけてるんですけ……きゃあっ!」
至近弾でも出たのか、突き上げられるような衝撃が襲う。それに耐えきれなかったのか、鶫がバランスを崩した。彼に突っ込むように倒れてくる鶫を、柳はとっさに受け止めた。
「す、すいません!」
「気にするな。椅子を空けてもらってたこっちが悪い」
そう言ったタイミングで伝声管から声が聞こえた。
《各員! 被害報告!》
各部署から順序良く返事が帰ってくる。こういうときの反応がいいのは、本当に助かる。被害状況は猿島との砲雷撃戦の際に出来た浸水部の応急修理部分の破損程度。元々ダメージコントロール用の区画で即危険になるような場所ではない。
「こちら無線室、八木、問題ありません!」
《柳教官! どこにいらっしゃいますか!》
「その声は宗谷副長だな? 柳だ。今は無電室にいるが、状況は?」
《アドミラルシュぺーからの発砲で、後部区画12ブロックで浸水が微増!》
「こちらの速力は?」
《第四船速までが限界で振り切れません! 今、主機を不完全燃焼させて煙幕張って何とか躱している状況です!》
くそ、と言いかけて口をつぐんだ。さすがに生徒の前では教育に悪い。
「すぐ上がる。回避行動を優先!」
《了解っ!》
やけっぱちのようにも聞こえないこともない声が返ってくる。まずい状況だ。艦橋はパニックに近い状況になっている可能性もある。あまり余裕は、ない。柳は腰に回しているウェストポーチからタブレット端末をとりだした。無線システムとリンクさせ、ステータスを呼び出す。
「ブリッジ! こちら無電室!」
伝声管に叫ぶとすぐに相手が出る。
《ブリッジ、納沙です》
「海上安全整備局へ緊急通報の発報を進言する。艦長に取り次いでくれ」
《わ、わかりました。そのまま待ってください》
その間にもタブレットを自動モールス打電機にリンクさせる。モールス信号なんて時代遅れの技術だが、こういうときに限ってはこれほど信頼できる通信手段はない。
《柳教官!》
「艦長、海上安全整備局に緊急通報を出すべきだ。アドミラルシュぺーはマリンバンドに一切応答しない。既に状況は晴風の処理能力を超えていると判断する」
リンクが完了したことを示す表示が消え、すぐにキーボード表示が現れた。タブレットを叩きながら文面を打ちだす。
《わかりました。緊急通報の発報を許可します》
再び揺れ。着弾左20との声が届く。
《……教官》
「どうした?」
《……これ以上放置したら、けが人が出ます》
「それは同感だ。だが、どうする? 第四船速だと向こうとトントンだ、逃げ切れないぞ」
モールス符号を組みながら次の言葉を待つ。
《攻撃許可をください。――――アドミラルシュぺーのスクリューシャフトを主砲で撃ち抜きます》
思わず手が止まった。柳は伝声管を睨む。
「正気か?」
《……けが人を出したくないんです。これ以外方法が思いつきません。晴風の機関はもうボロボロです。第四船速でも30分も持ちません。速力と敏捷性が取り柄の晴風が持久戦に持ち込んだところでアドミラルシュぺー相手では、耐えることもできなくなります》
《それでは本当に反乱になるぞ!》
伝声管の奥でも言い合いの声。割り込んだ声は副長の宗谷ましろか。
《私には、船のみんなを守る艦長としての責任があります。誰も怪我させることなく終わらせるには、この方法しか無いように思います》
教官、許可をください。という声が伝声管を震わせる。
「……本当に君は艦艇への乗務経験ないのか、岬さん」
《え?》
「冗談だ。……いいだろう。アドミラルシュぺーは本艦への明確な攻撃を行っている。防衛行動の要件を満たしていると判断し、教官権限をもって実弾の使用を許可する」
《教官!》
伝声管の奥からましろの叫び声が聞こえた。
「音声警告を行った後に威嚇射撃を実施。それでもアドミラルシュぺーから攻撃が続けられる場合に限り、船体射撃を許可する。ただし使用弾種は徹甲弾に限定する。特に榴弾の使用は認めない。岬艦長、復唱せよ」
《復唱します。音声警告を行った後に威嚇射撃を実施し、アドミラルシュぺーからの攻撃が続けられる場合に限り、船体射撃を許可。弾種は徹甲弾を使用します》
「復唱確認。主砲への実弾装填を許可。威嚇射撃の用意を。音声警告を実施後で私もすぐ上がる」
《お願いします!》
伝声管の向こうが慌ただしくなるが、柳はそれを意識から外した。モールスの文面を確認しながら、不安そうに座っている鶫を見て、笑って見せた。
「大丈夫。晴風の乗組員はみんな優秀だ」
そう言ってタブレットを叩いた。送電開始の文字が出る。これで横須賀の海上安全整備局に連絡が飛んだはずだ。
「……音声警告を実施する。頼むぞ」
「わ、わかりました!」
鶫が頷く。反撃が開始される。
†
XXX XXX XXX DE HAREKAZE FRNGED BY WHMMHS ADMIRAL GRAF SPEE NO EXP / FRNG FOR SELF DFD IMT EA REQ INTERSEPT AR
緊急のモールス信号が飛んできたことにより、横須賀女子海洋学校は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。
「アドミラルシュぺーが晴風を攻撃とは、どういうこと?」
猿島沈没事件対策会議が設置されている直教艦監視室に入った宗谷真雪校長を認めて、場を統括していた保安主任が寄ってきた。
「アドミラルシュぺーが晴風に対して発砲した模様です」
「そんなことはわかっています。状況は?」
「アドミラルシュぺーに対し本校及び海上安全整備局が呼びかけを行っていますが、不通のため状況は不明。晴風は自己防衛行動規範に則った即時応射を通告し、武装艦の緊急展開を要求しています」
「晴風は?」
「戦術リンクを切断しているため詳細な状況は不明ですが、位置情報を確認する限り、砲撃からの回避行動を取っていることはほぼ間違いありません」
「アドミラルシュぺーの動きは?」
主任は手にしたバインダーに目を走らせる。電子ペーパーを繰っているらしい。仄暗く主任を照らす光の明度が刻々と変化する。
「海上安全整備局はアドミラルシュぺーの居場所を二日前から把握していません。現在確認中です」
「把握していない? すべての情報を切っていたというの?」
「3日前に西ノ島領海への進入許可申請を最後に通信が途絶。何らかの通信障害が起きている可能性があるとして、海上安全整備局からのノーティスが出ています」
「……その後から姿を消したシュぺーが、晴風を砲撃している?」
「一方的にシュぺーが砲撃を開始した確証はありませんが、可能性はあります」
そう言われ、真雪は頭をひねる。
アドミラルシュぺーと晴風には接点が存在しない。ドイツの海洋学校からの留学生を乗せているため、完全なる無関係ではないのだが、それでも晴風に攻撃する理由は存在しない。それは晴風についても同じこと。積極的に攻撃する理由は存在しないはずだ。
「海上安全整備局は?」
「高速警備艇の出港用意を進めている模様です」
「本学の艦船で一番近いのは?」
「工作艦明石、補給艦間宮が西ノ島沖170キロを航行中です」
遠い。真雪は奥歯を噛み締めた。それでも現状が変わるわけではない。
「海上安全整備局に明石と間宮の同行を申請しなさい」
「わかりました。……晴風については?」
その言葉を聞いて真雪は状況が表示されている海図を眺めた。
「……応射を承認する旨のモールスを送りなさい。あと、晴風乗務中の柳主任補に戦術リンク復旧パスの伝達を」
その言葉に保安主任が目を見開いた。
「晴風が処分留保期にあることをお忘れですか? 晴風は戦術リンクへの参加資格を失っていますし、柳主任補の教務権限は古庄主任が昨日の時点で停止させました。これ以上の権限を与えることは危険ですし、海上安全整備局の規定に違反します」
「だとしても本校の生徒を見殺しにする行為を看過することは許されません。それが法に悖るならば、それが明らかになった時点で法に則って処罰を与えるまでです」
「教務資格を失った一般人に戦術リンクへのアクセス権限を渡せと?」
「剥奪ではなく停止ですし、それは仮処分に過ぎません。まだ彼は本校の教官であり、海上安全整備局員です。どんな理由があるにしろ、本校所属艦艇が不当な攻撃を受けているならば、その背中を守るために、本校の地上施設は存在し、そのための法規を用意してきたはずです」
状況を表示したスクリーンを一瞥し、真雪は目の前に立つ保安主任を見据えた。
「状況は急を要します。ここで言い争う間に晴風が沈むかもしれない。申し訳ないけれど、ここは私の権限を持って決定させていただきます。本校は海上安全整備法及び海洋学校設置法に基づき航洋艦『晴風』の自己防衛行動が成立することを認め、これを支援します。柳主任補の仮処分を一時停止します」
保安主任に向けて手を差し出す。
「そのバインダーを渡しなさい。ここから先は、私が対応します」
そのバインダーに挟まれている電子ペーパーにはこのような非常時における様々な申請システムが記憶されている。当然、戦術リンク関連の書類も用意されていることになる。それに校長がサインし、送信すれば、次の瞬間には状況が動いていることになる。
「……責任問題になりますよ、校長」
「その時に頭を下げるために私がいるのよ」
保安主任が渋々といった形相でそのバインダーを渡す。受け取るとそれを繰っていく。該当の書類にサイン。申請が即時承認される。どうやら海上安全整備局にも同じ考えの方がいるらしい。
「大至急晴風の柳主任補に繋いで」
「了解しました」
状況は急を要する。だからこそ、このリスクはトップである私が負う。そのための教官であり、校長なのだ。
真雪は前を見据えた。状況が更新されていく。
「……私の船を、沈ませるものですか」
途中で出てきたドイツ語とか英語とかはかなり自信ないです。合ってるのかなあれ……
モールス文についてはかなり滅茶苦茶かもしれません。短縮形の用語とかは航空用のものとかもミックスしてるので……はい。ミスは笑って流してもらえると助かります。
戦闘回がこの回で終わるはずでしたがあまりに長くなりそうなので分割です。戦闘描写はあまり自信がない今日この頃……どうなるかわかりませんが、とりあえずは頑張ってみます。
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次回 砲火を交えるその意味を問う必要などない。
それでは次回もよろしくお願いいたします。