ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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博打を打つべき時は何処

 

 

「アドミラル・シュペーが……!?」

 

 仮眠室の非常用ベルで叩き起こされた真霜だったが、寝ぼけ眼のまま耳にかけたインカムに飛んできた内容に、瞬間的に眠気が吹き飛んだ。慌てて指揮所に向かおうとして仮眠の為に制服を脱ぎ散らかしていたことを思い出す。制服のスカートを手に取る。さすがにこの格好で飛び出したら猥褻物陳列罪に問われる。

 

《はい、ニューギニア島の北側、オランダ領インドネシアの接続海域に侵入しています。オランダ海軍の無線警告に応答せず、12ノットで航行中とのことです》

「進路として考えられるのは?」

 

 制服のスカートに足を突っ込み、サイドファスナーを上げる。ワイシャツの裾を乱雑に突っ込み見苦しくない程度に整える。

 

《おそらくドイツ租借地であるゼーアドラー海軍基地を目指しているつもりなのだと思いますが、方位が完全にずれています。このままの進路で行く場合、アドミラル・シュペーはオランダ領インドネシアの領海に侵入し……ジャヤプラ市の沖合に突入します》

「……市街地発砲の可能性があるということかしら?」

《もっと悪いです。もし本当に進路をこのまま変えなかった場合、タブラヌス湾に突入します……この湾の奥に軽水炉があるんです》

「軽水炉……!? インドネシアに原子力発電所があるなんて聞いたことないわよ!」

 

 ジャケットを羽織る手が止まりそうになった。

 

《まだ発電所として正規稼働しているわけではないんです。オランダの国営電力が設置している次世代型加圧水型原子炉(Next-Gen / P.W.R.)の実験施設です。オランダ本国に問い合わせたところ当該施設はすでに稼働試験の最終段階に入っていて、実験終了後はそのままタブラヌス原子力発電所として活用される予定とのことです》

 

 パンプスに足を差し込み、床を蹴るように踵を合わせる。ネクタイは歩きながら締められると、手に取り、仮眠室を飛び出す。仮眠室の前を歩いていた男性隊員がぎょっとした顔で見てくるが気にしている余裕はない。

 

「つまり原子炉自体は動いているってことかしら?」

《はい、電力網に組み込まれているわけではないですが。現在状況を受けて停止措置にかかっているとのことです》

「蘭領インドネシア現地政府の反応は?」

《オランダ本国との連名でドイツ本国及び国際ブルーマーメイド連盟に対し、正式な声明を発表しました。読み上げます》

 

 部下の声を聴きながら廊下を急ぐ、歩きながらネクタイを締め上げた。

 

《接続海域を抜け、領海にドイツ国船籍の武装艦アドミラル・シュペーが突入せし場合、オランダ領インドネシア現地政府は領土及び領民の安全を優先し、オランダ王国国王、ウィレム=アレクサンダー・クラウス・ヘオルフ・フェルディナント・ファン・リッペ=ビーステルフェルトの名において、王国憲法第三条に定められし王国の独立および防衛の維持のため、国軍の動員を命ず》

「……事実上の撃沈命令ね」

 

 旧式艦とはいえ、アドミラル・シュペーは大口径、長射程の砲門を持つ艦船であり、ポケット戦艦と呼ばれる高火力艦だ。そんなものが核エネルギーを扱う施設に向けて飛び込もうとしているならば、その反応は過剰でもなんでもない。核施設が破壊されれば、核汚染の可能性もあるのだ。

 

「ドイツ国の反応は?」

《公式の反応はありません。場所が悪すぎるんです》

「民族紛争のせいね……」

《オランダ政府はこの騒動を火種にしてドイツがニューギニア島に大規模な正規軍を投入する気ではないかと警戒しています。ドイツがアドミラル・シュペーの為に大々的に武装艦を動かせば、両国の関係を悪い方向に刺激しかねません》

「ということはヴァイマル=ブルーマーメイドも動いていないわね?」

《おそらく本国から制止を受けていると思われます》

 

 唇を噛む。その痛みで止まりそうになる思考を無理矢理押し進める。

 

「ドイツ以外のブルーマーメイド所属艦船は?」

《はい……現状、ドイツに籍を置く艦船を除くブルーマーメイド組織で一番近い距離にいるのが、日本部隊、第一特務艦艇群です》

 

 飲み込んだ唾が苦い。えぐみすら感じる唾液を嚥下して、司令部に飛び込んだ。

 

「つまるところ、晴風と弁天を急行させるしかない訳ね」

「そうなります」

 

 インカム越しに報告してくれた部下が敬礼を送りながら答えた。

 

「たった今、国際ブルーマーメイド連盟司令部を通してヴァイマル=ブルーマーメイド総司令部及びドイツ国政府から協力要請がきました。アドミラル・シュペーの蘭領インドネシア領海突入の回避です」

 

 日本にその応援が来るのは妥当だった。東南アジアの海上交易を守るためという名目の元、太平洋の西半分に当たる広大な海域の治安維持を担っているのだ。また日本には軍隊が設置されていないこともまた一つの要因になっているのだろう。

 

「アドミラル・シュペーがオランダ領インドネシア領海に突入した場合、かなりの確率でニューギニア島の民族紛争はオランダ・ドイツ本国の正規軍を投入した戦争に発展します」

「それに……アルジャーノンウィルスが絡んでいる状況……日本に飛び火することは免れないわね」

 

 控えめに言って絶望的だわ、そう言って真霜は画面を見上げた。

 

「晴風は?」

「12分前にコロールを緊急出港。ほぼ全速での航行を行っていますが、現着は約15時間後、現地では明日1000時前後と思われます」

「……間に合うかしら」

「アドミラル・シュペーが速度も航行方位も変えなかったという、かなり希望的な条件をつけてもギリギリです。接続海域を抜けきる直前、ニューギニア島の沖合20海里あたりです」

「とっくにオランダ海軍の展開が終わっている状況で、その鼻先でアドミラル・シュペーを止めなきゃいけないってことかしら」

「……ほかに方法がありますか?」

 反語だ。それを破る手段を持たない以上、真霜は黙るしかない。

 

「協力要請を受けると返答を。ヴァイマル=ブルーマーメイドの司令部に回線を繋いで」

 

 了解、と端的に返ってきた声を確認して真霜は小さく呟いた。

 

 

 

「……頼みますよ、柳3監」

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴風の艦内は第二級警戒態勢が敷かれており、いつにも増して緊張感が増していた。

 

「だから説明せい! 我がアドミラル・シュペーがオランダ海域に向かっておるとはどういうことじゃ!」

 

 柳に詰め寄るヴィルヘルミーナだが、柳は感情が落ちたような能面で、それを淡々と受け続けていた。それを明乃やましろをはじめとした艦橋クルーが遠巻きに見ている。舵輪を握る知床鈴航海長はその空気にあてられてすでに半泣きである。

 

「さっきから言っている以上の情報は私も持っていない。アドミラル・シュペーは暴走状態のままオランダ海軍の哨戒ラインを割って接続海域に入った。無線には一切応答していない。おそらくアルジャーノンウィルスの影響のせいだと推測されるが、現状において抑止する手段がない」

 

 柳の答えはひどく事務的で、それがヴィルヘルミーナの感情を逆なでする。

 

「オランダ領インドネシアとニューギニア自治州は準戦闘状態にある。ここで両国が動けば一気に火薬庫に火が回る」

「そんなこと教官(リーラー)に言われんでもわかっとるし、艦長テア・クロイツェルも重々承知のはずじゃ!」

「それすら塗りつぶされている可能性が高い。だから我々が動く。それしかないからこうして急行しているんだ」

 

 柳がそういうと悔しそうな表情を浮かべるヴィルヘルミーナ。柳の濃紺の作業着が揺れた。

 

「焦る気持ちもわかる。だが、まだ手を尽くせる状況にある。だから……」

 

 そう言ったタイミングで通信が入る。ヴィルヘルミーナに片手で詫びてから幸子から通信用の受話器を受けとる。

 

「艦艇群司令、柳です。……了解。ですがしかし……いえ」

 

 柳の表情に一瞬暗い影が落ちた。そのまましばらく彼は黙り込んだ。

 

「……具体的な方策はこちらに任せていただきたい。……感謝します」

 

 柳が受話器置きを押さえ通信を切ったあと隊内無線に回線を切り替えた。同時に艦内に注意喚起のメロディーが鳴った。

 

「傾注。総員、インフォメーションイルミネーターを着用。情報リンクを活用した状況伝達を行う」

 

 柳の肉声からワンテンポ遅れてスピーカーから声が流れる。その誤差が少々気持ち悪いが、本格的に気になる前に通信が終わった。皆がごそごそと眼鏡型のデバイスを取り出す。電源を入れると同時に作戦リンクへの参加が求められた。承認した人から順番にオンラインになっていく。

 

 皆が入ったことを確認し、柳が口を開く。

 

「状況が更新された。本艦艇群にアドミラル・シュペーの蘭領インドネシア領海侵入阻止作戦に関する全権が公式に預けられた。以降本件はドイツ、ヴァイマル=ブルーマーメイド、ネーデルラント=ブルーマーメイド、及び国際ブルーマーメイド連盟が認可した正式な作戦行動となる」

 

 蘭独双方が認可した。ヴィルヘルミーナが静かに握りこぶしを作り、それを振った。正式にテアを助けに行ける理由が出来た。それがこんなにも喜ばしい。

 

 その幸運を神に感謝していたが、柳の表情は晴れない。

 

「我々に求められていることはアドミラル・シュペーを蘭領インドネシアに突入させないこと。そのための手段は問わない。是が非でもアドミラル・シュペーを蘭領インドネシア領海に入れてはならないとのお達しだ」

《割り込み悪いが》

 

 戦術リンクに割り込んだのは弁天艦長の宗谷真冬だ。その険しい顔がグラスデバイスに表示された。

 

 

 

《旦那、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということで間違いないか?》

 

 

 

 その言葉に艦橋の空気が凍る。それでも柳は表情を変えなかった。

 

「手段を問わないというのは額面通りの意味だ。いかなる犠牲を払ってでもアドミラル・シュペーを止めろという指示だ」

《……要は、たとえ第一特殊艦艇群が壊滅しようと、アドミラル・シュペーが沈もうとも領海に突入する前にカタが付けば作戦は成功、そういうことだな?》

「そうだ」

「待ってくれ!」

「待ってください!」

 

 断定した柳に明乃とヴィルヘルミーナが同時に詰め寄った。

 

「リーラー! 貴様は我がアドミラル・シュペーを沈める気か!?」

「ほかに方法はないんですかっ!?」

「岬艦長もフリーデブルクも落ち着いてくれ。撃沈を最優先にするという作戦じゃない」

 

 そういって二人を宥めるが、ヴィルヘルミーナは聞く耳を持たない。柳の胸倉を掴み壁際に叩きつけようと押し付ける。上背でも体重でも勝っている柳は一歩左足を引くだけでそれに耐えた。

 

「我が同胞は! ヴァイマル=ブルーマーメイド隊はどうした! ゼーアドラー基地に数隻は配置されておるはずじゃろう! なぜその状況で動けん!」

「アドミラル・シュペーが突入しようとしている海域は既にそれぞれの国境を跨いだ民族紛争で長いこと緊張状態が続いているんだ。その状況で手違いであったとしても、仮想敵国の艦船が領海に侵入したとなれば、双方が必死に維持し、辛うじて均衡を保っているに過ぎないニューギニア島が火の海になる。ドイツ本国が動けばもオランダも動かざるを得ない。そうなればもう元には戻せない」

 

 それを聞いたヴィルヘルミーナが激高する。

 

「ハンプティダンプティとでも言うつもりなんか!」

「ニューギニア島はただでさえ薄氷を渡るような情勢に置かれている。バランスを崩すわけにはいかない」

 

 そう言って柳はヴィルヘルミーナの震える腕に右手を添えた。

 

「……それにこの決定は、ドイツ本国、及びヴァイマル=ブルーマーメイドが承認している。撃沈してでも制止しろというのは、ドイツ本国から提出された要請だ」

 

 悔しそうに顔を歪め俯くヴィルヘルミーナ。その姿勢のまま、絞り出すような小さな震えた声が艦橋に落ちる。

 

「アドミラル・シュペーは……我が祖国から見捨てられたのか……? 安寧を脅かす存在だと、そう判断されたのか……?」

「ニューギニア島が戦渦に包まれた場合、600万人を超える人民が危険に晒される。そのリスクと天秤にかけた結果だろう」

 

 柳の声はいたってフラットだった。そこから端的に紡がれる事実は、ヴィルヘルミーナの声を砕くには十分なものだった。

 

「……我々第一特務艦艇群の任務はアドミラル・シュペーが蘭領インドネシア領海に侵入する前に終えることが絶対条件となる。それまでに対処が叶わない場合、オランダ王国海軍に管轄が移されることになる」

「つまり……オランダ領に入った段階で、私たちに手出しはできなくなるってことですか?」

 

 ましろの声に柳が頷いた。

 

「その通りだ。作戦失敗時は速やかにオランダ海軍に権限を渡し、領海及び接続海域から退去することになる」

《……見殺しにしろってか》

 

 苦い声がリンクに乗った。誰のものかはわからない。おそらく弁天の乗組員のものなのだろう。

 

 

 

「――――させないよ」

 

 

 

 落ちた重い空気を裂くように澄んだ声が渡る。

 

「ミーちゃんの大切な、大切な人が乗ってる船だもん。沈めたりなんて、絶対させない」

 

 明乃がそう言って一歩前に出た。

 

「柳教官、アドミラル・シュペーが領海に入るまで、この作戦に関する全権が第一特務艦艇群に降りてるんですよね?」

 

 明乃がそう言って柳をじっと見つめた。

 

「そうだ」

「なら何とかなるはずです。……アドミラル・シュペーの詳細な艦内図とダメージコントロール体制と乗員の情報、集められるだけ集めてもらえませんか? ミーちゃん、シュペーに乗ってる生徒のこと、把握してるよね?」

「……儂を誰だと思ってる、アドミラル・シュペーの副長じゃぞ。乗員の得手不得手、食事の好き嫌いからスリーサイズまで把握しとるわ」

「最後のはどうなのかな……?」

 

 舵輪を握ったままの知床鈴が控えめに突っ込むが周囲はそれを流した。明らかに突っ込んでいい空気ではない。

 

「じゃあ戦闘時にはどの場所に誰がいるかと、実務に関わりそうな能力を一覧にしてまとめてもらえる? ココちゃん、ジャヤプラ海上交通情報局(マーチス)にコンタクト、周辺航行中の艦船にシュペーを避けて通るように注意情報(ノーティス)を出してもらって」

「岬艦長、何をする気だ?」

 

 柳が小さくため息をついてからそう声をかける。明乃は柳の方を見据えた。

 

「アドミラル・シュペーを、助け出します」

「ミケ……」

「だがどうやって?」

 

 柳は即座に問い返す。それでも明乃は物怖じせず続けた。

 

「やることは比叡と変わりません。乗りこんで、ウィルスの影響下にある生徒を保護します。可能ならそのままシュペーを連れて海域を離脱、無理な場合はその場で停船させブルーマーメイドの大型船舶を呼んで曳航してもらい離脱させます」

「簡単に言うが、どうやって足を止める気だ? 前回みたいに蒸気管撃ち抜いたとしても8時間前後航行できるなら意味がないし、12海里も沖合だと暗礁に乗り上げさせるのも無理だ。どう行き足を止めさせるつもりだ?」

 

 柳の声はどこか諭すようなものになっていた。

 

「本当なら行き足を止めなくてもいいはずです。アドミラル・シュペーが突入するのが問題視されているのって、シュペーが武装艦だからですよね?」

 

 そこまで言って柳はハッとした表情を浮かべたが、それがすぐに険しくなる。

 

「艦長、何を考えている」

「武装艦であることが問題なら、その武装を使えなくすればいい。主砲と副砲を沈黙させれば、晴風や弁天が接近する余裕は稼げるはずです。幸い、晴風と弁天には主砲弾として12式装弾筒付翼安定徹甲弾(フレシェット)を搭載しています。戦艦相手であっても、これなら確実にダメージを与えられます。……ミーちゃん、シュペーの砲塔って、全部無人化されてるよね?」

「あ、あぁ……砲術士は全員管制指揮所におるはずじゃ……砲塔には、誰もおらんし、戦闘中は閉鎖されとるはずじゃ」

「うん。うん! ならなんとかなる! タマちゃん、行ける?」

「ういっ!」

 

 立石志摩が左手でOKサインを出す。それを見た明乃が前を、柳を見た。柳は苦い顔で頭を掻いていた。

 

「……いつも通りのリスキーさだな、岬艦長」

「それでも、これならみんなで助かる可能性もある。だったら私は、みんなで助かる可能性を信じたいんです」

「晴風や弁天の危険度は上がることになるがな」

「我々に求められていることはアドミラル・シュペーを蘭領インドネシアに突入させないこと。そのための手段は問わない。……柳教官はそう仰いました。アドミラル・シュペーを止められなければ戦争になる。……晴風や弁天を、シュペーにぶつけてでも止める必要があるんでしょう?」

 

 言外に柳がそれを考慮に入れていることも言い当てて、明乃は彼の次の矢を止めた。

 

 この人はきっと、その選択を強いられたら、一人で悪役になって、それを成す。部下の反対を押し切って連れて行ったと嘯いて、全てを背負ってそれを成す。

 

 させませんよ、そんなこと。

 

「柳教官が私の上官で、教官である限り、切り捨てさせないと言ったはずです」

 

 明乃がさらに一歩前に踏み込んだ。

 

「今は、信じてくれませんか? 晴風や、弁天や、みんなを」

「……まるで俺が悪役みたいな〆方はやめてくれよ艦長」

 

 柳はそう言って首を軽く傾げた。

 

「真冬副司令、どう思う?」

《どちらにしても博打だろうよ》

 

 話題を振られた真冬はそれだけ即答して少し間をあけた。

 

《ヴィルヘルミーナさんには悪いが、どちらにしても状況は絶望的だ。そもそも現場海域についた時にはもう間に合わないかもしれない。シュペーが途中で方向を変えたら間に合わない。シュぺーの乗員がどういう状況になってるのかもわからない。……その状況でも止めなきゃならない》

 

 そう言って真冬はどこからか取り出したコインを弾いて飛ばした。

 

《どっちを選んでも止められるかはわからない。めい一杯よく見積もっても五分だろう。まぁそもそも掛け金を出せる状況になるかどうかすらわからない。状況的には()()()()()()()()()()

 

 落ちてきたコインを右手でパシンとつかみ取った。戦術リンクの向こうで真冬が笑った。

 

《どっちを選んでも最低なら、掛けるなら断然面白い方だ。リターンが大きい方に賭けるが勝ち。……ミケ艦長、あんたは賭けたいんだろう? みんなで笑って終われる可能性に》

「はい」

《勝算は?》

「あります」

 

 それを聞いた真冬が豪快に笑った。

 

《よく言った! そこまで肝が据わってるんだったら、こっちから言うことはねぇ。あたしはミケ艦長の策に賭けるぜ。あとは柳の旦那。あんたがチップを()()()()かどうかだ。アンダー・ザ・ガンはあんただ。乗るか降りるかはあんたが決めなよ、トップなんだろ?》

「……どいつもこいつも本当に気楽に言ってくれるぜ。ポーカーのライズ・オア・フォールじゃねぇぞ」

 

 苦虫を百匹まとめて噛み潰したような顔をしている柳。誰も何も話せない沈黙にため息が一つ落ちた。

 

「三時間後までに作戦概要をまとめろ」

「――――はいっ!」

 

 明乃が大きくそれに答える。

 

「予想される作戦海域まであと12時間以上ある。4時間3交代で休憩をとってくれ。弁天もだ」

《わかった。柳の旦那も寝ろよ》

当直(デューティー)が終わったら寝るさ」

 

 柳はそう返してから通信終了を告げた、戦術リンクが一時終了した。

 

「岬艦長、当直の組み方は任せると言いたいところだが、作戦立案を優先してくれ。副長、フリーデブルクと岬艦長を第一当直に組み込んでほしい。その間の艦の指揮は私が持とう」

「わかりました、では第二は航海長、第三は勝田航海員を中心にして構成します」

「頼んだ。当直確認後、第二と第三は休息をとってくれ。第二と第一の交代は2330時とする」

 

 柳が鈴から舵輪を受けとった。それを見て明乃がヴィルヘルミーナの手をとった。

 

 

 

「ミーちゃん、いこう。まだできることがある」

 

 

 

 戦闘に向けての準備が急速に整う中、晴風は南南東に舵を取った。それに弁天が追従する。

 陽が落ちた夜闇の海を、第一特務艦艇群が、駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

     †

 

 

 

 

 

 

 

 LEDの青い街灯に慣れると白熱灯の橙の灯りは目に染みる。それを痛感しながら、小型の屋台船に乗った。

 

「すいません、塩ラーメン一ついただけますか?」

「はいよ」

 

 注文を済ませて空いている席に座る。

 

「急に悪かったかしら」

「宗谷さんはお得意様ですから、どうぞ気にしないでください」

 

 茶色いハンチング帽を被った男が笑う。糸目を細めて笑う姿をちらりと見る。

 

「面白いことになってますね、宗谷元校長先生」

「さすがにあなたは知っているわけね」

「お得意様の動向を知らなきゃ新鮮な情報をお伝えできないじゃないですか」

 

 そういわれて真雪は少し緩い笑みを浮かべた。

 

「それで?」

「北条沙苗さんのご家族、完全に一家離散してて調べるのは骨が折れました。ですが、なんとか集めることができましたよ」

 

 男はセルフサービスの水を汲んで真雪に渡した。

 

「北条家は4人家族でした。ごく普通の両親と姉妹の構成です。北条沙苗さんは長女の方、2つ下に更紗(さらさ)さんという妹もいたようです。要介護認定を受けた父方の祖母と一緒に暮らしていたので5人家族とも言えましたが」

 

 真雪は冷たい水を口に含んで喉を潤し、続きを待った。

 

「北条沙苗さんが告発しようとしたのは22年前、彼女が13歳の頃でした。それが大々的に報ぜられてメディアの目に触れたことをきっかけとして北条家は村八分にあい、夜逃げで蒸発しています」

「……続けなさい」

「はい。農家の一家で、夜逃げしては収入もなく、村に出入りができなくなってしまったこともあって、住民票の写し等を手に入れることも厳しくなったこともあり、都会での仕事は日雇いのような状況になっていたようです。もともと、工場労働者なんて職種が珍しくなってから久しいですし、それはそれは困窮を極めた結果として、一家まとめて労働移民として日本を出ていくはめになりました。まぁこれも足がつくのを恐れたのか、合法ギリギリの違法みたいな手段で抜けてます」

 

 塩ラーメンが出てきて、割りばしを割るものの、食べる気は起きない。隣の男は餃子をひょいと口に放り込み、味わう余裕もなく飲み込むとしゃべり続けた。

 

「出ていった先はフエ、ほら。フランスの委任統治領ですよ。父親はコーヒー農場の労働者として生活していたようですね。要介護のおばあさんはそこに移って間もなく、高熱を出して亡くなったそうです。父親の賃金だけでは足らずに母親も仕事をせざるを得ない状況だったらしいので、昼間、姉妹は二人で協力してスラム街で暮らしていた。土地は高いのでぼろの海上スラムだったようです」

 

 お涙頂戴のいいフィルムが取れそうな話じゃないですか。そう言ってまたもや餃子を放り込む男。よく見れば横には缶ビールがあった。

 

「ここからが面白いんですがね……麺伸びますけど、食べないので?」

「猫舌なんで」

「ラーメンは熱いうちが華なのに、まあいいですけど。……それでですね、向こうで恒例の移民バッシングが始まった訳ですよ。それに巻き込まれた後から家族が一気に瓦解していったようです。母親が薬物中毒で緊急保護という名の実質的な逮捕。父親は母親と二人の娘の生活費を稼ぐために複数の仕事を掛け持ちしていたようなのですが、決定打になったのは、スラムで女性が合いそうな被害があるでしょう。あれに娘二人が巻き込まれました」

「……」

 

 本格的に吐き気を催すが、彼に怒りをぶつけるわけにもいかない。彼は真雪の依頼で調べ上げただけなのだ。

 

「警察に訴えたことでも相手は不法入国の移民だしスラム街に限って、警察は万年定休日のおかげでどうにもならず……海上スラムという立地を利用してブルーマーメイドを利用しようとした。結果は無残と言うほかないんですけどね。フランスから派遣されていたブルーマーメイドが派遣を拒否したようです」

 

 理由なんて知ったこっちゃありませんが、要員の安全が確保できないとかそういうことですかね? と、男が問いかけるが、真冬は答えを持ち合わせなかった。

 

「……その後は?」

「妹の更紗さんは行方不明。父親は娘たちの分の復讐をしようとして失敗、警備員に射殺されてます。その噂を小耳に挟んだ人権保護活動を行っているNGOが母親と沙苗さんを保護、日本に帰国させていますが、母親はその後、病院で自殺を図っています。その後遺症で、今も意識が戻らないまま植物状態になっているとか……とりあえず以上なんですが、妙な点が一つ浮かんできたのでサービスでつけておきます。」

「妙な点?」

 

 真雪が聞き返すとテーブルの下から何かが差し出された。小さな茶封筒を受けとり、口を開ける。

 

「……フランス語?」

 

 疑問を口にすると、男が中身ななんであるかをさらりと告げた。

 

 

 

「フエの病院に残っていました。北条沙苗さんの検死報告書です」

 

 

 

「な……っ!?」

「おかしいでしょう? それが出た3か月後に沙苗さんはNGOの協力を得て日本に戻ってきている。だとするならば、帰ってきた彼女は何者なんでしょうね?」

「……いい話が聞けたわ」

「それは何より。では、これで失礼、またご贔屓に」

 

 男が立ち去る。ビール缶と餃子代の小銭を残して去っていく。夜闇が深くなる中、宗谷真雪はそっと目を伏せた。

 

 

 

「……あなたは、本当に何者なの、北条沙苗」

 

 

 




……投稿遅れましたが、いかがでしたでしょうか?

はい、第二次アドミラル・シュペー編、大変なことになってきました。序盤から絶望的です。

アニメのブルーマーメイドは高校生としての視点で描かれているため完全にオミットされているのでしょうが、連絡のつかない武装艦が他国の領海を行ったり来たりしているあたり、かなりの大問題になっているだろうなぁと思ったらこんなシナリオが出来上がってました。
本当に大問題です。それに第一世界大戦以降の戦争が起きていないらしいはいふり世界だとどう考えても帝国主義が残ってますし……さて、どうなるんでしょうこの話……すでに物語を畳めるか心配です。

現在用語集を用意してます。本当になんでこんなに複雑にしたんだと言いたくなるような感じになってますが、近日公開できると思いますので今しばらくお待ちくださいませ。

――――
次回 その代償を背負うのは誰か
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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