ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
後悔などしてはならない
今日も今日とて海は穏やかだ。今晴風がいるのは、オランダ領インドネシアの街の一つ、ジャヤプラ市のヨス・スダルソ湾だ。ここは砂嘴で外海と隔てられた潟湖のようなものだから、波が穏やかなのも当然と言えば当然と言える。係留されているから見張等は必要ないのだが、それでも癖で立ってしまうのはクルーの性なのだろうか。
「……三日、経っちゃいましたね」
「そうだな」
左舷で見張りをしている山下秀子に同意を返したのは宗谷ましろだ。秀子の視線の先には晴風を繋ぎとめているロープが見える。それが結び付けられているのは小さなブイ。そこに晴風がロープで結わえ付けられている。いわゆる浮標係留という形だ。遠くに見える陸をぼうと眺めながら秀子が続ける。
「ミケ艦長、帰ってきませんね」
「そうだな」
律儀に返事を返してくれるましろ。彼女は晴風の艦首の先にある港をぼうと眺めていた。
「真冬艦長は戻ってきましたし、大丈夫ですよね……?」
「そうだな」
「……柳教官も心配ですし、これからどうなっちゃうんだろう……」
「そうだな」
「……ましろ副長?」
「なんだ?」
「ぼーっとしてません? 大丈夫ですか?」
そういうとましろはバツが悪そうな顔をした。
「すまない。疲れているのかな」
「係留されているわけだし、無線と見張を持ち回りでやれば大丈夫なんだから、ましろ副長は休んでもいいんですよ?」
「……それはそうなんだが」
苦笑いを浮かべてまた港の方に目を戻すましろ。ジャヤプラの街は遥か遠く、軍の施設の向こうにある。ジャヤプラ軍港の施設はここから十分に見えるのに、そこまで行けないのはもどかしい。
「上陸許可が下りないのは仕方がないと言えば仕方がないのだが……」
「ここまですることがないと、なんだかなぁと思いますね……」
秀子はそう言いってぐでっと見張台の手すりに寄り掛かった。
「……私達、何しにここに来たんでしたっけ」
その姿勢のまま、秀子がそう言った。ましろがそちらを見る。
「みんなボロボロで、柳教官は大けがで搬送されて、助けたはずのインドネシアの人からは疫病神扱いされて、港から出ることも上陸することもできなくて……ミケちゃんは帰ってこないし、シュペーの皆さんも帰ってこないし……。ミーちゃんだって、連れていかれたままだし……」
「でも、意味はあった」
ましろが右手を握りこみ、拳を作った。それを見降ろして続ける。
「オランダ軍に撃たせなかった。シュペーもオランダ軍を撃たなかった。もしどっちかに被害が出ていれば、ただでは済まなかったはずだ」
そう信じなければ、どうにかなってしまいそうだった。
「無駄なんかじゃない。私たちがやったことは無意味なんかじゃない」
「そう……ですね」
「山下さんの方が疲れてるんじゃないか?」
「上の空になってる副長の方が疲れてると思いまーす。それに、停泊中ですし何かあったら伝声管に叫びますんで休んでてもらっていいですよ」
「……なら、少しだけそれに甘えようかな」
「りょーかいです、副長」
ラフな敬礼にましろは答礼を返し、艦橋を降りる。艦橋の直下にある艦長室は静まり返っていた。そして、教官執務室も。
艦内の空気はどこか淀んでいるような気がする。岬明乃と柳昂三がいなくなって、艦がどれだけ彼女たちに支えられていたのかを知る。天真爛漫な岬明乃の声がないだけで、ここまで活気がなくなるのか。柳の確かな判断がないだけで、ここまで路頭に迷ったような雰囲気が漂うのか。
「あ、副長……どうしました? 顔、怖いですよ」
「ほまれさん……」
廊下の角でばったり会ったのは杵埼ほまれだった。両手で紙袋を抱えたほまれは心配そうに首を傾げていた。
「心配ない。ほまれさんこそ腕は大丈夫なのか?」
ほまれの右腕に巻かれた包帯の白さが痛々しく、ましろはそっと目を伏せた。
「私は大丈夫です。当たったわけじゃなくて掠っただけだったから……包帯はまだしててって言われてるけど、見た目ほど大袈裟じゃないんだって、みなみさんが。重い物を持たなければ業務もOKですし」
「そうか、よかった」
その返事に少し救われる。ほまれが被弾した時、即時後退を許可しなかったのはましろだ。それが尾を引くようなことがなくて本当によかったと思う。
「あ、そうだ副長、これあかねと作って配ってるんですけど、副長はまだ受け取ってませんよね?」
「えっと……これは?」
抱えていた紙袋の一つを渡されて、ましろは怪訝に思いながらもそれを開く。
「きんつばです。みんなぼーっとしてるし、少しでもこれで元気になってくれればいいなって、主計科でできるのはこれぐらいだから……」
中から出てきたのは四角く形どられたお菓子。和菓子屋杵埼の面目躍如といったところなのだろう。お店で売っていても本当に遜色ない形になっている。
「ありがとう。大事にいただく」
「サクッと食べて元気になってください。あ、そうだ。ミケちゃんと教官の分も作ってるので、渡しておきますね」
「私にか?」
「だって、一番初めに二人に会うのは多分副長でしょ? だからタイミング見て渡してくださいね。青いシールでとめてあるのが柳教官ので、ピンクのシールがミケちゃんのです。柳教官のは余った餡子がもったいないので全部まとめた特大バージョンになっちゃってます。間違えると大変ですからね? 元気は出ても『体重計でピンチ』になりますよ?」
「……なんだそれは」
半ば押し付けられるように渡された紙袋二つを苦笑いで受け取ってましろは少しわざとらしく溜息。
「わかった。渡しておくから艦橋の方に行ってあげてくれ。たぶん山下さんが待ってる」
「はーい、了解しましたー」
ぺこりと会釈してすれ違い、ラッタルを登っていくほまれを見送ってから、ましろは両手に持った紙袋二つを見下ろした。
艦をまとめるのは、私の仕事のはずだ。ならば。
「……私が、弱気になっちゃダメだ」
ましろはそう呟いて歩き出す。紙袋二つが少しばかり重たく感じるが、それぐらいがなんだというのだ。
「……待ってますから、早く帰ってきてくださいよ、艦長」
†
「……。」
ぼうっとする頭を抱えて明乃はぼんやりと天井を見上げていた。体が重い。動けない。体が鉛になってしまったようだった。
「……シロちゃん、大丈夫かな」
時間感覚なんてとっくに消失していた。おそらくは48時間は経過していると思われるが、確証なんてなかった。洗面台とトイレとベッドがあるだけの部屋には窓も時計もない。廊下に繋がるドアとその横の鉄格子から蛍光灯の明りが入ってくるが、24時間光度は変わらないらしい。少なくとも明乃がここにいる間は電気がつきっぱなしだった。眩しくて眠れない。気まぐれにやってくる看守らしき人に引き出されるのは夜も昼も関係ないらしいのもあって、まともに眠れる時間もない。
事情聴取とは名ばかりの尋問が行われる小部屋に行く間には革の手錠と目隠しをされるし、目隠しが外されるその部屋も窓も時計もなかった。その部屋にいる人も時計をしていないようだった。心拍数で数えられれば良かったのだが、いきなり後ろから頭を押さえつけられ洗面器で溺死させられかけたあたりから、心拍数を数える余裕もなくなった。
ショッピングモールで捕まって安全監督隊の事情聴取を受けたことはまだ記憶に新しいが、あれがどれだけ良心的だったか、身をもって理解した。ジュネーブ条約とは何だったのかと疑問に思うが、外見的に痕跡が残らない水攻めだったり、ヘッドセットでよくわからないロックを大音響で無理矢理聞かされたり、罵声を浴びせられたりするのはどうやら『人道的』の範疇だと判断されたようだ。ドライヤーを咥えさせて温風で喉を物理的に干上がらせるのは本当に人道的なのか甚だ疑問だが、どこに陳情すればいいのかわからないあたり絶望的だ。本当に正規軍に掴まったのかどうかすら怪しい。
「……私が、しっかりしないと」
それでもまだ岬明乃がなんとかできているのは、背後に晴風があると思えているからだった。晴風の潔白を信じていられるからだった。
相手が引き出そうとしているのは、晴風が国家ぐるみでオランダ領インドネシアを侵略する意図を持った命令を強行したという自白らしいというのはなんとなく理解した。シュペーに係るはずだった嫌疑が晴風にまわってきた形だ。そんな受けてもいない命令を自白なんてできない訳だが、向こうはお構いなしだ。『マフユ・ムネタニは認めたぞ』と言われたが、そんなわけがない。ブラフだ。真冬艦長はそう簡単に折れる人じゃない。
歴史の受業で習った魔女狩り裁判に掛けられた女性たちはきっとこんな気分だったに違いない。認めれば楽になるという誘惑は本当に甘美だ。
だが、その道を岬明乃は否定する。
「晴風を、守らなくちゃ……」
首を横に振れば、革手錠で擦りむいて真っ赤になった自分の手首が見えた。尋問前の移動のために手錠をはめられる時の激痛で叫びそうになったが、負けた気がしてそれを押し殺した。こんな程度で悲鳴を上げてはいられない。
この程度の痛みがなんだというのだ。自分が追い込んだ人たちの苦痛に比べればなんだというのだ。ヴィルヘルミーナに背負わせた辛さに比べればなんだというのだ。強行した臨検で傷ついた、ほまれや美海、光の怪我に比べればなんだというのだ。――――自分を守って被弾した、柳に比べればなんだというのだ。
あの作戦を続ける判断をしたのは岬明乃に他ならない。ならば、その責任を背負うべきは岬明乃だ。自分の命令で死地に飛び込まんとした部下たちを守る責務がある。不当な暴力から守る義務がある。
倒れるわけにはいかない。守らなければならない。そのために、ここで屈するわけにはいかない。その思いだけが明乃を守っていた。
物音がした。ぼんやりと音がした方に目をやると、看守が明乃を見下ろしていた。
「Get out, kid」
出ろ、と言いたいらしい。また尋問か。気絶させてくれたらどれだけ楽だろう。仕方なく体を起こす。身体が重い上に視界が回る。疲労と睡眠不足だ。今尋問されたら無意識のうちに向こうの有利な発言をしてしまいそうだ。
自分自身を律しろ。逃げるな。戦え。
自分を鼓舞しながら、ベッドの脇にあるスリッパに足を通す、自殺防止の為に靴ではなくスリッパらしい。こういうあたりは徹底している。
なんとか両足で立った。看守は銃を持っている。この状況で逃げられると思うほど判断力は低下していないことに感謝する。まだ生きていられる。まだ死ぬわけにはいかない。
今回はなぜか革手錠もアイマスクもなしらしい。疑問に思うが、聞くだけ無駄だろう。不快だったあの処置がないのはありがたいことだし黙って外に出る。小突き回されて歩いた道は出てすぐ右だったが今回は左に歩かされた。行く先は尋問室ではないらしい。
「You will be released」
そう言われるが意味が分からない。歩かされた先の鉄のドアを潜る。本当に刑務所みたいな施設だ。
「ミケ艦長!」
ドアの先から声が聞こえる。そちらに目を向ける。眩しくて目のピントが合わない。合わないが何とか声と色合いで判断。
「真冬、艦長……?」
確認するよりも先に、抱きしめられた。手首の傷が痛いが、それよりも暖かかった。膝から力が抜ける。必死に支えようとするよりも先に真冬に支えられた。
「どうして……真冬艦長が……」
「第一特務艦艇群の順法行動が証明された。晴風の判断が正しかったと認められたんだ」
その声に本格的に力が抜けた。膝をつく。真冬はその肩を支え続けた。
「……なんでこんなことになってやがる。Hey, why is she so hurt? What did you do to her?」
「I do not see her as hurt. It is because of her rampage that her wrist is scratched. Without that, she is OK.」
「Awesome! Seeing that she is tired and falling down, you can say "She is OK". How humble!」
真冬の声が怒りに満ちたものに代わる。明乃の肩に触れた手が震えているのを知る。
「Your interrogation may be in violation of “Geneva Convention relative to the Treatment of Prisoners of War of August 12, 1949”」
「It is accusation that saying you. We are doing the questioning on the basis of the law. You should stop talking with speculation.」
「Your questioning is doing on the basis of the law!? Are you kidding me!? That is NOT speculation. It is clear that she was under unreasonable violence! Japanese Blue Mermaid protest against your actions officially. We expect you to do an official apology and explanation for her.」
真冬と看守が言い合いを始めている。何を言っているのかわからないが、多分自分のことだろうと明乃は思った。自分のために
それだけで、十分だ。
真冬の腕にそっと触れて、明乃は口を開く。
「真冬艦長、私は、大丈夫ですから……」
「大丈夫なことあるかバカ! 三日間でこんなにボロボロになるような尋問が合法なわけがねぇ! ジュネーブ諸条約第三条約違反だ!」
真冬の声が耳朶を打つ。そうか、もう三日も経ってたのか。顔を上げる。なんとか微笑んで見せる。
「わたしよりも、晴風は……どうなってますか? シュペーは……?」
「無事だ。誰も死んじゃいねぇ。皆生きてる」
「よかった……」
「良くねぇよ。お前は自分の心配をしろ!」
真冬の手が明乃の体を抱え込む。お姫様抱っこのような形で抱き上げられた。一言二言、看守ときつい口調で何かを交わした後、明乃を抱き上げたまま真冬は歩き始めた。どこかに連れていかれるらしい。
「お前は頑張りすぎだ。もう頑張るな。頼むから」
「すいません……」
「謝るな。謝るようなことを、お前は何もしてねぇ」
明乃にそう声をかけ、真冬は目を伏せる。それだけで会話は途切れた。建物の外にでる。車に乗せられたらしい。
「応急キットをよこせ。移動より先に手当てだ」
真冬がそんなことを言っているのをぼんやりと聞いて、明乃はUVカットの効いた車の窓から外を見た。ヤシの木が揺れている。本当に陸にいるんだと実感する。
「……あの後、どうなってたんですか?」
「どうなってたって何がだ?」
明乃の手首をテキパキと処置しながら真冬が聞き返した。
「なにか、あの後起こりましたか?」
真冬は一瞬手を止めたが、作業を再開。
「……ドイツとオランダの直接対決は避けられた。シュペーと乗員は3日以内にドイツに引き渡されることが確定した。日本がニューギニア島の利権で漁夫の利を狙うつもりかと糾弾されていたらしいが、国際ブルーマーメイドが晴風の行動を全面的に肯定。必要な処置だったと公式に説明したのが2日前だ。あたしはその時に解放されたが、お前には国際海事法違反の疑いがあるとして開放されてなかった」
明乃はチリチリとする手首の痛みをどこか遠くに感じながらそれを聞いていた。
「当然日本は猛反発。国交省や外務省が正式に抗議文章を発表したのに無視されたから、内閣官房長官の会見でオランダ領インドネシアを名指しで抗議したのがだいたい3時間前。
「……そうですか」
そこまで大騒ぎすることだろうかと思ったあたり、自分でも実感がわいていないらしい。
「晴風は……どうなってますか?」
「無事だ。拿捕扱いで港の沖に停泊させられてたが、お前の無罪解放で晴風も自動的に自由の身だ」
「……柳教官は、無事ですか?」
手当が終わったのか、明乃の手首から手を放し、明乃の両手を握りこんだ。
「……隠しても仕方ねえ、落ち着いて聞け。柳の旦那は生きてる。ただ……意識が戻ってないんだ。……いつ、意識が戻るかもわからねぇ。死んでもおかしくないレベルで失血してる。低酸素状態が長く続いて、脳にダメージがいっている可能性も、捨てきれねぇ。今、ジャヤプラ市の病院で治療を受けてる」
そう言われ、明乃は感情が振り切れるのを感じた。
「わたっ……私のせいだ……、私が……!」
「違う! それは違う!」
真冬が語気を強めた。
「お前のせいじゃない! なんも悪くない! お前はできることをやった! だから柳の旦那は生きてる! お前の応急処置のおかげで命拾いしてるんだ! あそこにお前がいなければ、とっくに柳の旦那は死んでいた!」
真冬は彼女の体を抱く。震える体を、きつく抱きしめた。
「でも、でも……教官は、私を庇って……! 私がしっかりしてれば、ちゃんとしてれば……」
「確かにお前を庇ったから被弾したかもしれない。でもそれでお前が責められるいわれはない。柳の旦那はお前が、岬明乃が命を賭けて守るに値すると思ったんだ。命がけで守るべき人だと思ったんだ。それをお前が否定しちゃいけない。柳昂三の想いを、判断を、お前が否定したら、その思いをどこに葬ってやればいい?」
明乃の首筋に暖かい雫が落ちる。真冬が泣いている。それに気が付いても明乃は止まらない。
「私がいなければ、柳さんは傷つかずに済んだのに、ほっちゃんだって、マッチだって、ミミちゃんだって傷つかずに済んだのに、どうして……どうして、なんで私は生きてるんですか!?」
「みんなが、お前に生きていてほしいと、願ったからだ」
真冬は彼女の頭を抱いて、そう言った。
「死んだ方がいいとか言ってくれるな。生きていてくれ。みっともなくていい、お前がヒーローになることなんて、求めてないんだ。みんな、お前に生きていてほしいと願ってる」
震える明乃を抱いて、真冬は自分を呪った。自分の言葉に力がないことを呪った。止められなかった、救えなかった自分を呪った。彼女が背負うべき業ではない。それを背負わせてしまった
「柳の旦那は……お前を本当に高く評価している。お前なら船を任せられると本気で信じていた。だから、船の指示をお前に託していた」
「そんなの……そんなのっ」
「あぁ、間違ってるかもしれない。柳の旦那が折り紙付きの馬鹿なのは間違いない。でも、その馬鹿は、お前を信じて、馬鹿みたいな理想と可能性をお前に託した。そんな馬鹿がいなけりゃ、ここは火の海になってたかもしれない。お前はそれに応え続けた。だから、誰も死ななかった」
そう言って彼女の髪を梳く。押し殺した声が彼女から漏れる。
彼女は、強すぎた。こんな事態に耐えてしまうほどに、強すぎたのだ。まだまだ子どもでいい歳なのに、まるで大人のように動いてしまう。涙を押し殺す術を知っている。
「柳の旦那が起きたら、一発ぶん殴ってやんなきゃな。こんな役目を押し付けやがってって言ってやればいい」
「……そんなこと、言えるわけ、ないじゃないですか」
「そうか?」
「命の、恩人なんですよ? 助けてもらったのは……私のほうなんですよ……?」
「そういうのは、あんたが大人になってから考えればいいさ。お前はまだ、子どもでいいんだ」
不甲斐ない自分を呪いながら、真冬はそう言って笑って見せる。
「今は休んでいいんだ。お前は十分頑張った。頑張りすぎなぐらいだ。しっかり休んでくれれていいんだ」
そう言って真冬は彼女をあやすように背を叩いていると、彼女の体から力が抜けてくる。規則正しい呼吸だけが聞こえてきて、彼女をそっと座席に横にならせる。
「……不甲斐ねぇ」
「真冬艦長のせいではありません」
運転手をかって出てくれた部下にそう言われるが、真冬の顔は晴れない。
「あたしのせいじゃなくても、子どもを救うのは大人の仕事だろう。部下を救うのは上官の仕事だろう。あたしは、そのどれもできなかった。そんなあたしに腹が立つ」
「それでも、あなたがその子に語った通りです。その子が傷ついたのはあなたのせいじゃない。それを責めることを、きっとその子も望んでないはずですよ」
そう言われ、黙る。
「……出してくれ。この子を晴風に送り届ける。話はそれからだ」
「はい」
車が動き出す。痛んだ舗装は揺れが激しいが、明乃が目を覚ます気配はない。
「真冬艦長、先ほど海洋学校から通信が入りました。校長がこちらに向かっているそうです」
「母さん……じゃねぇな、新校長か」
「えぇ、飛行船を使っての移動で到着予定は翌1000前後とのことです。あと、晴風と弁天の補修のために明石がこちらに向かっているそうです。こちらについては本日深夜2300時頃には到着するかと」
「わかった。補修の調整は一任する」
「了解しました」
部下はそれっきり口を噤む。エンジン音だけが車内に響いた。
「……ここから先は、あたしの仕事だ」
†
目の前にいきなり車が止まった。
「……宗谷真雪さん、ですね」
スモークガラスの中から声を掛けられる。真雪は足を止め、僅かに開いた窓の方を見た。
「……そういうあなたは、北条更紗さんのお知り合いかしら?」
「その代理と思っていただければ……塾長がお待ちです。御乗りください」
男の声に、一瞬ためらう。だがこれを逃すわけにはいかなかった。
これは、最初で最後のチャンスだ。
「……そうね、ぜひお会いしたいと思っていたわ」
真雪が車の中に消える。車は音もなく滑らかに発進し、彼女をどこかへと連れ去った。
……というわけで、土下座必至の最終章開始です。いかがでしたでしょうか。
少なくともクリスマスに出す話題ではないことは確かですがこんなことになってしまいました。とりあえず尋問した人は許さねぇ。
英語のところを日本語訳にすると以下のような感じになります。
――――――
「……なんでこんなことになってやがる。おい、なんでこんなにボロボロになってる。お前らいったい何をした?」
「ボロボロになっているようには見えませんが? 手首の怪我は彼女が暴れたせいでついたものです。それ以外は何の問題もないかと」
「すばらしいね。ボロボロに疲れ切って倒れ込むのが『何の問題もない』と。人道的なことだ」
真冬の声が怒りに満ちたものに代わる。明乃の肩に触れた手が震えているのを知る。
「ジュネーブ諸条約第三条約、捕虜条約違反だぞ」
「言いがかりも甚だしい。我々は法に則った事情聴取をしてるだけだ。憶測で物を言うのはやめていただきたい」
「法に則った事情聴取だぁ!? おちょくってんのか? 憶測なんかじゃねえ。れっきとした違法尋問だ。日本ブルーマーメイドとして正式に抗議させてもらう。公式に謝罪と説明があることを精々期待させてもらおう」
――――――
……とまぁ、こんな感じになります。直訳ではないのでアレですが、雰囲気だけはこんな感じでした。
柳さん不在で始まったこの章ですが、はてさてどうなるやら。
――――――
次回 その真実の奥にあるもの
これからもどうぞよろしくお願いします。