ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
目が覚めた。
「あれ……私の部屋?」
「目が覚めました?」
明乃は響いてきた声にゆっくりと首を振る。
「シロちゃん……」
明乃が安心したように笑う。その彼女を見て、ましろはゆっくりと微笑んだ。
「おかえりなさい、艦長」
「ただいま、シロちゃん」
†
「……全くこうなるとは思ってなかったよ」
小型の搭載艇に乗って宗谷真冬は横の小さなコンテナを見やった。けが人輸送時に使う搬送ユニットなのだが、真っ白なのも相まって、棺にしか見えない。
「怪我の処置自体は終了。バイタルも安定、後は目が覚めるまで経過観察だからって、早々に追い出していい患者じゃねぇだろうコイツ」
「まぁ……人道的見地からの緊急避難処置なんで、山を乗り切れば追い出されるのは理解できるんですが……」
「にしても早すぎるだろ。晴風の医務室、ほとんどコイツで占領されるんだぞ」
「それは……そうですが」
真冬の愚痴に付き合わされているのは、晴風の搭載艇を操縦している松永理都子だ。
「でも、晴風に柳教官が戻ってくるのは、やっぱりうれしいです。みんな揃っての、晴風ですから」
「……そうか」
「……怒らせちゃいました?」
「いや」
理都子に聞かれ、真冬はそれだけを返した。しばらく間が空いた。
「……柳の旦那は、晴風で、どんな風なんだ?」
「どんな風、ですか。そうですね………ちょっと厳しいお兄さん、ってかんじでしょうか。あ、でもお兄さんって年じゃないですね。でもお父さんよりは若いし……ちょっと厳しいおじさん?」
「おい、言われたい放題だぞ、柳の旦那。殴ってやらなくていいのかよ」
船に乗せられたコンテナの中で横になっている柳は答えない。フェイスマスク型の酸素マスクをつけられている彼は素知らぬ顔で眠っている。
「まぁ、そっとやちょっとじゃ死なないやつだ。すぐ目を覚ましてくれるはずだ」
「そう……ですよね」
そういうと理都子は笑ったようだった。晴風はもうすぐそこ。減速し、ダビッドのある場所へと向かう。
「お疲れ様ですー」
水雷員で甲板員を兼ねている姫路果代子が声をかけた。
「りっちゃん、ダビッド降下させるよー」
「はーい」
理都子が下りてきたフックを搭載艇に引っかける。果代子に合図を送れば、搭載艇が空中に浮かび上がった。そのまま晴風に格納される。
「真冬艦長、お疲れ様です」
「ん、出迎えご苦労」
果代子と敬礼を交わした真冬。その顔には軽く笑顔があった。
「ミケ艦長は目が覚めたんだって?」
「はい、いま副長や機関課の皆さんとお風呂に入っています」
「風呂か、風呂に入れる元気があるなら――――」
大丈夫だ。と真冬は続けようとしたが、その声が絹を裂くような叫び声で掻き消された。
「今の声何っ!?」
「艦長!?」
真冬が走る。今さっき明乃がどこにいるかを聞いたばかりだ。脱衣室のドアを勢いよくあける。そのまま浴室に繋がる引き戸を開けた。
「何があった!?」
「嫌、いやっ……!?」
湯気がたちこめる浴室を覗き込んで真冬は一瞬動きを止めた。洗い場の前、風呂場用の椅子を蹴倒して床に尻もちをつくような姿勢で目を見開いている岬明乃。その横で明乃を支えるようにしているのはましろだ。あまりのことに驚いているのか、浴槽に浸かっていた柳原麻侖をはじめとする機関科の面々もざばざばと浴槽から上がってくる。
「嫌、やめて、いやっ……」
「艦長、大丈夫ですから! 何も、何もしませんから!」
そういうましろを跳ね飛ばして震える明乃。
「いや……いや――――――っ!」
「艦長!?」
「なっ、なにがあったってんでぃっ!?」
明乃の声と慌てた皆のが浴室に乱反射する。彼女の指の動きがおかしい。異様に震えている。唇も紫色のように見える。その尋常ならざる様子に皆が肩を跳ね上げる中、真冬だけは冷静だった。
「みんな落ち着いて。ミケ艦長、大丈夫だ。息を吐いて、吐いて。焦らなくていい」
ガタガタと震える彼女の体に触れないようにして濡れるのを気にせず膝をついた。
「これって……」
「松永、悪い、ドア閉めてくれ、室温を下げたくない。大きな音を立てないように」
「わっ、わかりました」
理都子が自分も浴室の中に入ってドアを閉めた。明乃から視線を外さないようにしながら真冬はゆっくりと話す。
「落ち着いて。大丈夫だ。味方しかいないから」
「いやだ、ちがう。そうじゃ、なくて……っ!」
「つらいな。きついな。大丈夫、ゆっくり息をしよう」
そう言ってゆっくりと明乃の横の方に移動していく真冬。他の面々はその異様な雰囲気に固唾をのむしかない。
「誰か一応ビニール袋か紙袋を持ってきてくれ。ゆっくり静かに」
ドアの所に立ち尽くしていた松永が改めて浴室を出てゆく。
「ミケちゃん、息を吐くことに集中しよう。息を、吐いて、吐いて、吐いて、少し吸う。そう、もう一度。吐いて、吐いて、吐いて、少し吸う。よし、その調子だ」
明乃の横に座るような姿勢に持っていく。ましろにも目で指示を出し横に座らせた。
「落ち着いて。息をー、吐いてー、吐いてー、吐いてー。少し吸う。もう一度、吐いてー、吐いてー、吐いてー、少し吸う。ほら、しろもやろう。吐いてー、吐いてー、吐いてー、少し吸う」
真冬の声に合わせてましろも呼吸をする、三人の動きが大分シンクロしてきた。明乃の肩に触れようとしたましろを、真冬は首を振って制止。思い止まらせた。
「よし、次は吐くのを二回にするぞ。吐いてー吐いてー、吸う。そう、吐いてー、吐いてー、吸う。三拍子でー、ゆっくりー、吸う。その調子」
彼女の体の震えがゆっくりと止まっていくのを横目に、ましろは縋るように真冬を見る。彼女は笑みを浮かべ、明乃に呼吸の様子を窺っているが、その目は周囲の様子を窺っているようだった。紙袋を持った理都子が現れるが片手で制止。
「よーし、ゆっくーり深呼吸しよう。吸って――、吐いて――、もう一度吸って――、吐いて――……ミケちゃん、落ち着いたかい?」
役職を付けずにあだ名で呼んで、真冬は微笑んで見せた。ゆっくりと頷く明乃。
「さわっても大丈夫かい?」
時間を置いて、首肯。そっと明乃の肩に手を回し、濡れた髪を胸元にゆっくりと抱き込んだ。
「よし、よし。よく頑張った。もう大丈夫だ」
そっと抱き込んだまま、そう言って聞かせる。
「どうする? この後風呂はいるか? 上がるか?」
入るか、のタイミングで首が横に振られた。話す余裕はまだないらしい。
「しろ、バスタオルを持ってきてくれ」
「はい」
ましろがそういって大きな白いバスタオルを持ってくる。それで明乃の体をくるんで、彼女を連れて外に出る。それを見送ってから真冬は立ち上がった。僅かに溜息。
「今のは……なんだってんでぃ……?」
まだ驚きが抜けきってない麻侖が小声で真雪に聞いた。
「テタニー痙攣にチアノーゼ反応、呼吸性アルカローシスの典型的な反応だ」
「えっと……つまりどういうこと?」
専門用語の羅列にチンプンカンプンな駿河留奈聞き返した。
「過呼吸状態に陥ったんだろうな……急性ストレス障害か、過呼吸症候群か、はたまた特異的恐怖症か。どれにしろ、基地での拷問じみた尋問の影響だろう」
真冬はそう言って頭を掻いた。
「艦長は、どうなっちまうんでぃ……」
「……蓋を開けてみなくちゃわからねぇ」
皆が不安そうに、明乃が出ていったドアを見つめていた。
†
「艦長……」
ましろの部屋――ヴィルヘルミーナがいないため、今はひとり部屋にもどった――で、明乃はましろから声を掛けられた。顔を上げると目があった。
「ほら、髪を拭きますからベッドに腰掛けてください」
「うん、ごめんね……」
「なにがですか?」
「迷惑、かけちゃって」
「迷惑なんかじゃないですから早く腰掛けてください。風邪引いちゃいますよ」
そういうましろの手には何枚ものタオルがあった。ドライヤーを使えればよかったのだが、ドライヤーと言った瞬間に明乃の肩が跳ねたので、タオルに切り替えた。
「それじゃ、触りますよ」
「うん」
明乃返事を確認してからその髪にそっと触れる。明るい鳶色の髪の束を優しく押さえて水を切っていく。普段ツインテールのような形でまとめているせいであまり意識はしないが。髪を下ろしてみると結構長いことがわかった。その束を優しくタオルでつつんで、水気を切っていく。引っ張らないように、ぎゅっと押さえるように丁寧に動かす。
「シロちゃん……」
「なんですか」
「……さっきは、ごめんね。突き飛ばしちゃったし」
「だから、それはもういいです。艦長だって大変だったんです。気が動転しちゃうことも、しかたないですから」
そう言いながら、手は止めない。明乃の視線が落ちる。手首に改めて巻かれた包帯の白さが目立つ。
「私は、晴風を守れたのかな……?」
ましろは初めて彼女のそんなか細い声を聞いた。
「何を言ってるんですか。艦長がいたからみんな無事だったんですよ」
「そうなの……かな……」
そう言って包帯を撫ぜる明乃。医務室に行ったときにベッドに横たえられている柳を見た。まだ酸素マスクが外せない彼の姿を思い出す。
「……ずっとね」
「はい」
「ずっと、怖かったんだ……」
「知ってましたよ」
努めて明るくそう返す。
「あなたが艦長として頑張って、晴風の艦長であろうとしたのを、私は見てましたから」
「……私は、艦長になれたのかな」
ゆっくりとそう聞く明乃にどう声を掛ければいいかわからないなか、水を吸って重くなったタオルを新しいものに変える。
「艦長にとっての艦長って、どういう艦長なんですか?」
「……柳教官にも、同じことを聞かれた」
そう笑ったようだが、その声はどこか物悲しい。
「そうなんですか?」
「うん。航海に出る前、なんで私が艦長に選ばれたのかを聞いた時に、理想の艦長とはなにかって聞き返された」
「その時はなんて答えたんです?」
「……『お父さん』みたいな人。家族みたいにあったかくて、クルーみんなを守れる人になれればって、思ってた」
「海の仲間は家族だから……」
「うん」
そういう彼女の顔は曇っていた。係留されている晴風は揺れもなく、静かな部屋にいるようだった。
「教官からは、なにがあっても前を向いて悩めることだって言われた。迷って、悩んで、それでも決断できる人だと言われた。……でも、きっと私はわかってなかったんだなぁって」
そういう明乃は足を抱え込むような姿勢を取る。ベッドの縁で体育座りをするような形だ。
「柳教官はね、私に『切り捨てる覚悟をしろ』って言った。でも私は切り捨てないし、切り捨てさせたくなかった。でもね、任務についたら、必ず誰かが傷ついて、痛い思いをして、それでも前に進まなきゃいけなくて……」
膝の間に顔をうずめて、明乃が続けた。
「決断なんて、できなかった。みんな助けたい、見捨てたくないってだけ考えてた。守らなきゃとしか。思ってなかった。だから、みんな怪我をしてる」
「違いますよ、それは」
そういうと明乃の肩にそっと触れる。
「……私達晴風クルーは艦長に助けられてきたんです。艦長がいなかったらだれも助けられなかったかもしれない」
それに、と言って肩に回した手を、彼女の前で組む。後ろから抱きしめるような形になった。
「私を新橋商店街船から助けてくれたのは、あなたです。あそこから生きて帰れたのは、あなたがいたからです。あなたがいなければ、艦長がいなければ私はあそこで死んでいた」
そう言って明乃の肩にましろは頭を預けた。黒い髪がまだほんのりと湿気が残る鳶色の髪に重なり、交わる。
「私はあなたに生かされた。私はあなたに守られた。晴風の艦長があなただったから、今、私はここにいる」
それを、否定してほしくなかった。だから不器用でも、形にならなくても、宗谷ましろはそれを声にしなければいけない。
「実は、今すこし安心してるんです」
「え……?」
驚いたらしい明乃の声が少しおかしい。そんな突飛なことを言っただろうか。
「艦長も悩んでるんだって、同じクルーなんだって、思えましたから」
ましろはそういいながら彼女の涙の跡を消すようにその頬を撫ぜる。
「それに、謝らなきゃいけないのはこっちです。艦長を支えるのはクルーの仕事。私は副長なのに、艦長のことをこれまで全然わかってあげられてなかった。副長失格です」
「そんなこと、ない……!」
明乃の声に力が入る。彼女を抱きしめたまま、ましろは笑った。
艦長自身がボロボロになってるのに、
「ありがとうございます。それでも私は少しだけ、ほんの少しだけ後悔してるんです」
「こうかい……、悔やむの方だよね」
「誰がこのタイミングで
そう言えば、明乃は微笑もうとしたようだった。
「後悔、後悔、後悔中。あなたの後悔なんですか?」
どこかラップのような調子で明乃が呟いて、ましろは吹き出しそうになる。
「案外元気ですね、艦長」
「そう? つぐちゃんやしゅうちゃんたちが前にお風呂で歌ってたの聞いたのを、思い出しただけなんだけど……」
その答えに少しだけ声を出して笑う。それで少し胸が痛い。また艦長に救われた。
「私の後悔は……そうですね。……あなたを守れなかったこと」
そう言って目を閉じる。明乃の肩がピクリと跳ねた。
「艦長が晴風を守れなかったなら、同じ失敗を私もしています。私は晴風を守れず、艦長すらも守れなかった。艦長が帰ってくるまで晴風を守らなきゃって思っていたのに、結局私が周りから心配されて、励まされる始末です。絶賛後悔中ですよ、今も」
明乃は黙っている。掛けるべき言葉を探しているのだろうか。ましろには判別がつかなかった。だから、まずは自分の想いを、形にする。
「どれだけみっともなくても、ダメダメでも、私たちは晴風のクルーで、仲間で、家族です。だから、私があなたを守ります。もう、あなたをひとりで頑張らせたりしませんから。私が、支えますから」
明乃がそっとましろの手を解く。体ごと振り向くようにしてましろと視線を合わせた彼女は、何かを堪えるような表情をしていた。
「ほんと……?」
「ほんとです」
「嘘じゃない?」
「仲間に嘘をつかないのが私の信条です」
「私を置いていったりしない……?」
「しませんよ」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとです」
明乃の目の端に透明な雫が盛り上がる。それを零しながら、明乃はましろに飛びついた。バランスを崩して二人とも腰掛けていたベッドに倒れ込む。マットレスが抗議するようにギシリと鳴いた。
「怖かった、本当に怖かった……っ!」
「はい」
ましろの胸に顔をうずめるような形で彼女に抱きついた明乃はそう叫ぶように言った。
「もう……っ! もうみんなに会えないんじゃないかって、本当に、ほんとに怖くてっ……!」
「はい」
「私が、教官を殺してしまったんじゃないかって! 晴風のみんなを殺してしまったんじゃないかって!」
「そんなことない。ちゃんとみんな生きてます」
「また……またみんな……いなくなっちゃうんじゃないかって……! また、置いていかれるんじゃないかって! ひとりになるんじゃないかって!」
「そんなことにはさせません」
ぽろぽろと涙を流す明乃の頭を撫ぜる。
「晴風のみんなは、艦長にとって、大切な人たちですか?」
「うん……! うんっ……!」
嗚咽交じりにそう言って、何度も首を振る明乃。
「晴風は艦長にとって、大切な
「あた……当たり前だよっ……!」
「なら、大丈夫です。晴風のクルーは、あなたの家族は、必ず、あなたの元に帰ってきます」
そう言ってましろは、彼女を抱きしめた。彼女にここが居場所だとわかってもらえるように、ここにいていいのだとわかってもらえるように、強く。
「晴風はあなたが守ってくれた。あなたがいたからここまでこれた。だから、今度は晴風があなたを守る番です。絶対に一人にさせません。置いていったりなんてしません。いなくなったりなんてしません」
その約束がどれだけ脆いものか、ましろ自身もわかっていた。状況は混迷を極めている。トップは倒れ、晴風も損傷を受けている。人員の疲労は限界を超えている。その状況で『皆が生きて帰る』ことを保障するものなんて、何一つ存在しない。
だが、その約束を違えるつもりはさらさらない。
「抱え込まなくていいんです。一人にならなくていいんです。私たちが、晴風があなたについています」
その日、ましろは、初めて彼女が声を上げて泣くことを知った。
それから、いろいろなことを話した。
昔の事、家族の事、友達の事、夢の事、楽しかったこと、苦しかったこと。泣き疲れ、話し疲れて、明乃が眠りに落ちるまで、たくさんのことを話した。ジャヤプラの海軍基地で何があったのか、明乃はぽつぽつと、ましろの手をきつく握りながら話した。やはり体は震えていた。無理して思い出す必要はないとましろが言っても、ましろには知っていてほしいと最後まで話しきった。
「……眠ったか」
ドアをゆっくりと開けて、宗谷真冬が入ってきた。ましろは頷いて答える。ベッドに腰掛けたまま、涙が乾いた跡が残る明乃を髪をましろはゆっくりとなでつける。
「ふゆねぇちゃん」
「なんだ」
明乃を起こさないようにだろう、小声で紡がれた久々の呼び方に真冬は肩を竦めつつ答える。
「手伝ってほしい。――――艦長は、私が守る」
「……しろなら、そう言うと思ってたよ」
真冬はそう言って笑ってから、二人の前にしゃがみ込んだ。
「いいぜ、かわいいかわいい妹のわがままだ。つきあってやる。これからこの部隊のトップはあたしだ。多少の無茶はなんとかしてやれる」
そこまでは笑って言っていた真冬だが、その顔から笑みを消した。
「だが、これも一緒に覚えとけ。副長のあんたの判断の責任を取るのは、お前だけじゃねぇ。この艦長にも責任が及ぶ。お前の行動が艦長に止め矢を刺すことになるかもしれねぇ」
「わかってる」
「……覚悟は決まってるんだな?」
「うん」
真冬はどこか寂しそうに頷いてからましろの頭を乱雑に撫でた。
「ちょ、ちょっと……」
「いっちょまえに口をきくようになったじゃねか」
そう言って真冬は立ち上がり、ましろの肩を叩く。
「格好つけろよ、新米人魚。ここから先はガキだの学生だのの言い訳は通用しねぇ。実力主義が支配する
そういう真冬の声は凛と冷えていた。恐ろしく冷えたその異質さにましろは一瞬で気圧される。
「あたしはあんたを助けてやれるが、あんたの代わりに戦うことはできはしねぇ。自分の力で火の粉を払えないやつはブルーマーメイドには必要ない」
「……何を今更」
ましろはそう返し、目を逸らすことなく自分の姉を見上げた。
「私はあなたの妹です。宗谷の血を、人魚の血を引く女ですよ。条件はふゆねぇと一緒だ。……あなたにできて、私にできないはずがない」
「ハ! 言うじゃねぇか」
ニカリと笑って見せる真冬。その笑顔のまま踵を返した。
「今の言葉忘れるなよ、しろ。そこまで啖呵を切って無理でしたじゃぁ、その艦長が浮かばれねぇ」
部屋を出ていく直前で振り返った。廊下の明りが細く差し込む。
「あたしが晴風を連れていけるところまで連れてってやる。追いついて来い。そして、追い抜け」
そう言って真冬が部屋を出る。
「一歩先で待っているぞ」
ドアが閉まった。
†
「嬉しそうですね」
「平賀、来てたのか」
「明石に便乗させてもらっていました。……司令部より、貴艦艇群副司令に就くよう辞令を受けています」
敬礼をしながらそう言った彼女に真冬は答礼を返す。晴風の廊下の蛍光灯の元、平賀倫子は微笑んで見せた。
「よくあたしがここにいるとわかったな」
「立石砲術長に聞きました」
「そうか」
平賀はそういうと僅かに目を伏せた。
「柳3監、意識戻られてないんですね」
「あぁ、この作戦で指揮官復帰するのは絶望的だろう。だから、お前が派遣された。……そうだな? 平賀」
「はい」
平賀はそう言って辞令書を真冬に渡した。
「……確認した。艦艇群司令として着任を承認する。貴官の活躍を期待する。現時刻を持って第一特務艦艇群の司令部機能を弁天に移す。平賀は連絡将校を兼ね、晴風に乗務。艦長及び副長を支援しつつ、業務を円滑に回せるよう尽力してもらいたい」
「はっ、全身全霊をもって取り組ませていただきます」
その返事を聞いて真冬は歩き出す。
「……妹さんですか?」
「なにがだ?」
「嬉しそうな理由です」
そう言われ真冬は声を上げて笑う。
「立派になった。教えることがもうなくなりそうだ」
そう言う真冬の顔は本当にうれしそうに言う。
「あいつらはもう……立派な、人魚だ」
平賀はその声の中に僅かな寂しさが混じっているのを見逃さなかった。
「これで心配事はなくなった。これでやっと――――あたしは心置きなく
はっとするほどきれいに繕い、それでもぞっとするほどの獰猛さを滲ませて、彼女は笑う。
「さぁ、息の根を止めにいくぞ。こんなクソッタレな状況を作り出した糞野郎をぶん殴ってやる」
真冬の宣言が晴風の廊下に響く。
――――――そして、その宣言は、真冬が想像しているよりも早く、唐突に訪れたのだった。
自分でも訳が分からないぐらい筆が乗ってまさかの超短期スパンで更新です。
……いかがでしたでしょうか。
今回の話は本作で一、二を争うほどに、どうしても描きたかったシーンの一つです。お楽しみいただければ幸いです。
さて、本年の更新はこれが本当に最後となります。
皆さま本年は本当にありがとうございました。みなさまのご感想・評価に支えられて、ここまでまずは書き進めることができました。
次回からはいよいよ最終決戦へと突入します。もうしばらくお付き合いをいただけるなら、これほどうれしいことはありません。
それでは来年も、本作の人魚たちをどうぞよろしくお願いいたします。
――――
次回 眠れる獅子を起こすな
それでは次回もよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。