ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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贖罪と呪詛の言の葉の間

 

 

「……テア」

 

 そう声をかければ、彼女は小さく頷いた。病室のような部屋には陽の光が差し込んでいた。それに照らされて、ふわりと微笑んで見せる。

 

「ミーナ、すまなかった」

 

 そういうとテアはゆっくりと彼女を手招きした。ベッドの傍により、スツールに腰掛ける。

 

「テア、儂は……」

「自分のせいだと思ってる?」

 

 見透かされたように言われ、ヴィルヘルミーナは押し黙る。

 

「前、ミーナが私に言ってくれたことがあったの覚えているか?」

「なんのことじゃ……?」

「私の艦の副長になってくれると、言ってくれたこと」

「……一年以上、前の話じゃのう」

「ん。でも、私はそれを信じてた。ミーナはその約束を果たしてくれた。……助け出してくれた」

 

 そう言って、テアはヴィルヘルミーナの頭に手をポンと乗せた。

 

「我がアドミラル・シュペーを救ってくれた。シュペーを救え、この異常を他の艦に伝えてくれ……その命令をミーナは十二分に果たしてくれた」

 

 ありがとう、と彼女は言った。

 

「アドミラル・シュペーの副長がミーナで、本当によかった。シュペーが今あるのは、ミーナのおかげだ」

 

 手をヴィルヘルミーナの頬に沿えて笑った。

 

「……ごめん、もう少しだけ近くに寄ってほしい」

 

 そう言えば、ヴィルヘルミーナがそっと体を寄せた。その腕をとり、引き込んで背中に腕を回す。

 

「テア……」

「私は……ミーナを疑っていた。もう、帰ってきてくれないんじゃないかと思ってしまった。艦長失格だな、これじゃあ」

「それは、儂もじゃ……」

 

 ヴィルヘルミーナは彼女の肩に手を回そうとして、止めてしまった。その手が空中で何かを堪えるように握りこまれた。

 

「儂は、逃げとった。迎えに行けんかった。そんな儂を激励して、連れてきてくれたのは、晴風じゃ……儂は、晴風を沈めかけ、艦長も、クルーも傷つけた。乗っていた教官は、今も意識が戻らん……誰も死んどらん、でも、それだけじゃ。沢山の人を傷つけた。それは、変わらん」

 

 目の前に傷つけた人がいて、それに許しを請うたところで意味はない。それはただ、ヴィルヘルミーナの重荷を軽くするためだけの行為だ。

 

「……大馬鹿者じゃ、儂は。儂は弱い。弱いから守れんかった」

「……そうだな。ミーナは弱虫かもしれない。私もだ。私も弱かった。だから守れなかった、――――だから、強くなろう」

 

 そう言ってヴィルヘルミーナに回した手に力をこめる。

 

「私はミーナの艦長だ。副長のミーナの罪は、私も贖う。ミーナの恩人は私の恩人だ。だから、一緒に強くなろう、ミーナ。私を支えてくれ、私もミーナを支える。咎人二人、お似合いだ」

「……そう、じゃな。強くなろう、一緒に」

 

 その答えに、テアは頷いたようだ。

 

「なら、まずその第一歩」

「?」

 

 テアの声にどこかからかうような色が帯びる。

 

「まずは、私を抱きしめるところから」

「……っ!?」

「どうせ、『儂には抱きしめる資格はない』とか考えてる。それは私に失礼」

「そ、それはだな……」

「私に触れていい人は私が決める。ミーナは触れていい。触れてほしい、抱きしめてほしい」

 

 そう言われ、ヴィルヘルミーナは握りしめていた手を解き、そっと抱きしめた。

 

「……すまん」

「謝らない。謝る相手は別の誰かだろう?」

「……ん」

 

 テアの声に頷く。穏やかな日差しが緩く二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「直接会うのは初めてだね、岬明乃君、宗谷ましろ君」

 

 晴風の小会議室でそう言って笑ったのは、宗谷真冬が校長を辞任した後釜を務める女性だった。

 

「学生とは思えぬ活躍。よくやっている。柳昂三君が手駒として抱え込みたくなるのもわかる」

 

 銀髪にも見える白髪に紫色の瞳が映えるその校長と向かい合うように座った明乃とましろだったが、その棘を含む言いぐさに僅かに表情を崩した。

 

「……ありがとうございます」

 

 それでもにこやかな顔を崩さずにましろがそう言って頭を下げた。それを追うように明乃も頭を下げる。その二人の背後に立って同席しているのは、宗谷真冬だった。

 

「君たちは本当によくやってくれた。本局のお偉いさん方も想像以上の成果に満足しているそうだ。ニューギニア島が戦火に包まれることを防いだ英雄だ。特に諦めずに勇猛果敢に戦った岬君を上も高く評価していてね、ドイツ国からなんてその功績を称えてドイツ功労騎士十字章を授与したいという話まで持ち上がっているそうだ」

「は、はぁ……」

「実感が湧かないかな?」

 

 校長はそう言って笑って見せる。

 

「まぁそれも仕方ない。優秀なものほどその優秀さを自覚しない。君には艦長としての素質がある」

「素質……ですか」

 

 校長は明乃のどこか上の空にも聞こえる声を聞いてそっと微笑んだ。

 

「そう、素質だ。宗谷真雪元校長のご親族がいる状況で口を出すのは少々気まずいのだが、元校長は岬君の能力を過小評価していたと見える。だからこそ()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、明乃に向けて一枚の電子ペーパーを差し出し、テーブルを滑らせる。

 

「これは本当ならば本人に開示するべきではないのだろうが、君たちを信頼して開示する。――――岬君の成績は不当に下方修正されていてね。これが、君の正式な試験結果だ」

 

 明乃に対して示された用紙を覗き込んだ真冬やましろが驚愕する。それが面白いのか校長は僅かに微笑んで見せた。

 

「私がここに来た理由は3つ、一つは晴風クラスの様子の確認と、その保護。岬君が到着時にまだ拘束されていた場合はその解放交渉、二つ目が君たちにこの真実を語るためだ。――――実技試験で過去最高得点を叩き出した才能あふれる君が、なぜ武蔵ではなく晴風に留め置かれたのか」

「私が……学年主席……?」

「実技評定AA+というのは舞鶴、佐世保、呉本校をはじめとする国内の全連携校を見ても前例がないスコアだ。古庄薫教務主任が現役ブルーマーメイドのアドバイスやカンニング等の疑いがあるのではないかと『特記事項(ノーティス)』をつけるのも前例がないな。覚えがないかな? 試験の後に手荷物検査があったのを」

 

 そう言われ明乃は僅かに視線を落とし、思案する。

 

「ありましたけど……あれは……」

「普通なら必要のないステップだ。ブルーマーメイド志願者は家族も含め、犯罪歴や非社会的活動に関与していないかどうかの調査が入るが、君は特に念入りに調査された。当然のごとく君は潔白であり、カンニング等をしていないことも確認された。……その能力の高さは図らずも特務艦艇群に配属された後の活躍で証明されたわけだ」

 

 電子ペーパーをめくるように指示される。スワイプして次のページに飛ぶと、履歴書のようなものが現れた。

 

「岬君の強みは空間識把握の精密さ、そしてその空間でどう動けば最適かを直感的に把握できることにある。海図や船内図を立体視し、その中で人がどう動き、何を成そうとするか。それを瞬間的に把握、それに対してカウンターを放つ。試験で古庄教務主任との机上演習を行った際に完膚なきまでに教員の艦隊配置を叩きのめし、最速最短で目的地までたどり着いた。……将来有望な子が入ってきたと、教員はさぞ興奮したことだろう」

 

 そう言って校長は目を細める。

 

「そんな君がなぜ武蔵に乗っていないのか。その理由を知らない私は理解に苦しむわけだが、怪我の功名とでも言おうか、今は本当に助かっている。君が武蔵に乗っていたら、今頃危険度はさらに増していただろうからね。本当に幸運だった。テロリスト化した君と対峙する可能性なんてぞっとしない」

 

 校長は両手をテーブルの上で組む。その目の色が冷えた。

 

「さて、今回の騒動の顛末だが、真冬君、現状の報告をしてくれたまえ。……わが校の生徒が何と対峙し、これからどうするべきか」

 

 真冬はどこか不信感を露わにしながら、それでも手元にタブレット端末を引き寄せ、口を開く。

 

「アドミラル・シュペーから検出されたRATtウィルスによる暴走が公表され、それを実施しようとしたとして北条沙苗教務主任補が国際テロリストとして指名手配。第一特務艦艇群はオペレーション・キャストネット完遂したものとみなし、戦力が回復ししだい武蔵追跡、およびその確保の任に復帰します」

「これまでとの変更点は?」

「基本的にありません。我々で、武蔵を止め、北条沙苗を逮捕、生徒を保護」

「無理だな」

 

 校長がそう言ってニヤリと笑った。真冬の目が厳しくなる。

 

「どう止めるのかがはっきり示せないだろう? シュペーのサイズなら、いつも通りの真剣白刃取りでいけただろうが、武蔵となると難しい。どう足を止めさせ、どう救う気だ?……それに、武蔵に乗り込んでいる北条沙苗がウィルスホストを管理しているとなれば、今回のようにはいくまい」

 

 校長の声は歌うように滑らかだ。まるで原稿を読み上げているようだと、ましろは思った。

 

「責めているわけではない。ただ、こんなところで貴重な戦力を消耗するわけにもいかなくてね。……だが、君たちの、いや、岬君の判断次第では何とかなるかもしれないが」

「……どういう意味ですか」

 

 明乃がゆっくりと聞き返す。わざとはぐらかすような答えに真意をつかみ損ねていた。

 

「岬君……君は君の行動が世界を変えていることを自覚していないだろう。だが、実際に世界を変えてしまった。ニューギニア島を舞台にした戦争は回避された。君はその英雄だ。……だが、同時に君は傾国の蛮勇となろうとしている。その鍵を握っているのは君自身だ」

「大変申し訳ありませんが、わかりやすくお話いただけませんか。私には話が読めないのですが……」

 

 ましろが間髪入れずにそう言った。テーブルの下で明乃の手を握る。

 

「ふむ、では今回のシュペーの突入騒動で何がどう動いたか、考えてみよう」

 

 校長はそう言って組んだままの指を弄ぶ。

 

「最大の問題はRATtウィルスの存在が全世界的に周知されたことだ。……昨日まで慎ましく暮らしていた隣人が気づかない間に洗脳され、テロリズムに加担しているかもしれないという疑念。自分がいつの間にか洗脳されているかもしれないという恐怖。……それが何を引き起こすか、海上安全保障を担う君たちは、わからないほど幼稚ではないだろう」

 

 それが意味するのは、隣人を常に疑い続けなければならない、不安と疑念に満ちた状況が発生するという事だ。明乃が唾を飲む。

 

「そう、疑心暗鬼から生まれる魔女狩り世界の開幕だ。最適解を言うならば、シュペーがオランダ海軍の手に回る前に片を付けておきたかったところだが……無かった可能性を論じても仕方ない」

「その責任が晴風にあるということでしょうか?」

 

 明乃が口を開く前にやはりましろが言い返す。明乃は、ましろのその横顔をちらりと見た。僅かに明乃は強く彼女の手を握り返した。

 

「いや、そう言うつもりはない。しかし事実として世にその存在が認知され、中途半端な知識が人を暴力の渦へと引き込まんとしている。そしてその糾弾は現在進行形で日本に向かっている。……その結果、不幸な事故が起きてしまったわけだがね」

「事故……!?」

 

 明乃の声に怪訝な顔をしてみせる。

 

「おや、知らなかったのか。今さっきニュースでもやっていたから知っているかと思ったのだが……RATtウィルスの製作元である鏑木製薬の専務取締役の……そう、鏑木理彦」

 

 その名に、明乃は聞き覚えがあった。確か医務長の鏑木美波の父親だ。

 

「その親族の鏑木美波君にお悔やみ申し上げるのも今回の渡航の目的の一つだったのだが……そうか、亡くなったことを知らなかったか」

 

 その声に皆が息を飲んだ。

 

「可哀想に……。路地裏に連れていかれ、生きたまま()()されたそうだ。惨たらしいことこの上ない。報復(RETALIATIONS)……壁に血でそう綴られていたそうだ。何らかの組織的な関与があるとみて、警察が調査中だ。君たちの安全も……」

「シロちゃん! みなみさんの様子を確認! 早く!」

「わ、わかりました!」

 

 明乃に叫ぶようにそう言われ、ましろが部屋を飛び出していく。明乃は前に座る校長を見据えた。

 

「校長先生……それは、どこで起きたかわかりますか?」

「東京第34新宿フロートだと聞いている」

「そのニュースが表向きに公開されたのは、いつですか?」

「おおよそ20分前だ」

「……事件が起きたのは、いつですか?」

「捜査資料をあたってみないといけないとわからないが……それが今関係あるのかね?」

 

 そう言われ明乃は校長から視線をそらさず、口を開く。

 

「……新宿フロートは、東京地区の中でも人が沢山集まるフロートのはずです。そこで人が死んでいたとして、ニュースになるまでに時間がかかるとは考えにくい」

 

 明乃の声から感情が落ちる。真冬の背筋に寒気が走る。感情が落ちて、あまりに落ち着いた言葉。まるで感情のブレーカーが落ちたような印象すら覚えるその声はあまりに高校生らしくない。異常だった。

 

「……校長先生、先生は今、みなみさんにお悔やみを言うのが渡航の目的の一つだと言いました。面会ではなく、渡航の目的と言った。それはすなわち、最初からあなたはみなみさんに会うことを目的として想定している」

 

 明乃は懐から懐中時計を取り出し、上蓋を開いた。

 

「ニュースになったのは20分前。飛行船で日本からインドネシアまで、最短でも二日はかかるでしょう。48時間を超えるタイムラグがあります」

「……なにが言いたいのかな?」

「死んでない人の死を悔やむことはできない。……校長先生、あなたは……みなみさんのお父さんが亡くなることを二日前から知っていた。……それを知ることができるのは、加害者側と校長先生が接触を持っている場合だけです」

 

 明乃が、勢いよく懐中時計の蓋を閉じた。

 

「校長先生……あなたは、何者ですか?」

「……ふ」

 

 校長は笑った。組んだ指の向こうの唇が引き攣るように歪む。

 

「さすが、北条沙苗が君を迎え入れるべきだと推薦するだけあるな」

「!!」

 

 動いたのは真冬だった。その手が腰の後ろに回り、何かを引き出した。それが突きつけられても校長は涼しい顔だ。

 

「禾生校長……! アンタは……!」

「宗谷君、君には話していない。私は岬君と話している」

 

 そう言って、校長は笑う。明乃の方を見て笑みを浮かべ、顔の下半分を見えなくしていた指をほどき、机の上で組み直した。

 

「さて『何者ですか』と聞かれたわけだ。改めて名乗るのが筋だろう。……私は禾生(かせい)翠巒(すいらん)。横須賀女子海洋学校第十二代校長にして、同校学徒艦隊の訓練管理統括士官(フォース・プロバイディング・オフィサー)を務める一等海上安全整備監だ」

 

 そう言って笑みを深め、禾生校長は紫色の瞳を細めた。

 

 

 

「そしてプロジェクト-ヘファイストス実施委員会に警備計画立案部門長として参画する金鵄友愛塾の塾生でもある。――――ぜひ、君と話がしたかった。岬明乃君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 ましろがドアを蹴破るようにして医務室に突入する。

 

「鏑木さんっ!?」

 

 そのまま飛び込んで彼女の手に握られたそれを見るや否や、ましろが叫ぶ。そのままその手に持っているものに手を伸ばす。美波の腕を掴んでそのまま彼女を押し倒す。破裂音が一回。瞬時に背後にあった棚のガラスの扉が弾け飛ぶ。蹴破られたままのドアからその破裂音が飛び出し、廊下を乱反射して音が跳ね返る。

 

「何してるんですかっ! 拳銃なんて……何をしてるんですか!」

 

 ましろは美波に馬乗りになった姿勢のまま。彼女の動きを戒める。すでに涙でボロボロの美波の腕から拳銃を奪い取り、回転弾倉をスウィングアウト、弾を排出させる。落ちたのは5つ、まだ弾頭が残っている弾丸が4つと発射済の空薬莢が1つ。そのすべてに訓練用のペインティングは見えない。今発射されたのは実弾だ。

 

「父さんに……謝らなくちゃ……」

「それがなんで自殺になるんですかっ! 馬鹿なことはしないでください……!」

 

 床に押し倒された姿勢のまま、赤く腫らした目から、さらに涙を零す。

 

「私が……私が、お父さんを……殺してしまった……。私が……それを暴かなければ……そのせいで、父さんは……」

「まだ理由なんてわからないじゃないか、そんな思い込みで……」

「思い込みなんかじゃ、ない!」

 

 涙に揺れた声がましろの動きを止める。

 

「思い込みじゃない。アルジャーノンが表に出てしまえば……鏑木製薬はもう、存続できない。テロに加担した企業として、裁かれてしまう。嘘ではなく、事実として、父さんは加担した」

 

 美波はましろの方を見ているが、その焦点はましろにあってはいなかった。

 

「止めなきゃいけなかった。死なせちゃいけなかった。()()()()()()()()()()()()()。なのに……まもれなかった」

 

 違うと叫びたい。そんなことないと言いたい。仕方がなかったと言わねばならない。

 

 だが、ましろにそれを言う資格はない。言ったところで届くまい。

 

 家族を失う重みを知らない自分に、彼女の痛みが理解できるというならば、それは傲慢以外の何物でもなかろう。

 

「……みなみさん、私はみなみさんの痛みも後悔も辛さも、何一つわかってあげられないかもしれない。わかるとは思えない。逃げるのも、間違いじゃない。それでもその逃げ方は、間違いだ」

 

 それでも約束したのだ。もう家族を奪わせないと約束した人がいる。

 

 傲慢だろうと独善だろうと、それを貫くと決めたのだ。

 

「守れなかったかもしれない。他の手があったかもしれない。だけど、それですべてを失うことは、間違っている」

 

 抗えと言う。貫けと言う。それがどれだけ自らのエゴにメッキをしただけのものだとしても、言わなければ始まらないのだ。救えないのだ。それが偽善だとしても、それを振るうしかない。

 

 ならば、宗谷ましろはその愚かな偽善を肯定する。

 

「あなたには、生きる義務がある。間違ったとしても、ただの自己満足で自らの命を絶つことは、晴風に所属する限り、私が許さない」

「……副長が許すかなんて……知らない……っ!」

「死は終わりじゃない。死んだところですべてが消えるわけじゃない。あなたが起こした結果は、あなたの後にも残り続ける。あなたの贖罪を歪め、利用し、誰かの身勝手な論理武装で事実を歪めるために使われる。……それを、みなみさんは許せるのか? それを黙っていられるのか!?」

 

 ましろはそう叫ぶ。異変に気がついたらしい足音が急速に近寄ってくる。

 

「何事ですか……って!?」

 

 等松美海の声。主計室から飛び出してきたらしい。

 

「あなたはそんな終わり方でいいのか! 家族が利用されるだけ利用され! それすら暴けずにこんなところで自殺して! いいように手のひらの上で踊らされて! それでいいのかっ!? 答えろ鏑木美波!」

「いいわけがない! ないけど、でもっ!」

「でもなんだっ!? 諦めるのか!? 家族を自殺に追いやった誰かを見逃すのか!? 仕方なかったと言えるのか!?」

 

 ましろはそう言って、美波の胸倉を掴んだ。

 

「言えないなら、抗え。戦え。結果から逃げるな。そして救って見せろ。救えなかった人の何倍も、何十倍何百倍の人間を救って見せろ! あなたは医者だろう!」

 

 美波がましろを突き飛ばす。その掌底はましろの鼻を捉え、押し返す。小さな体から信じられないほどの力で押され、ましろは後ろに弾かれ、しりもちをついた。

 

「あぁやってやる! 救えばいいんでしょう! 逃げなければいいんでしょう!?」

 

 立ち上がり、両手の拳をきつく握り締めた美波が泣きながら叫ぶようにそういう。ましろは流れる血を腕で拭いながら笑う。

 

「そうだ。それでいい。あなたを待っている患者や、あなたを必要にしている人がまだわんさかいる。死んでやるのはそれを救った後からでいい。まずは……救ってからだ」

 

 これは、呪いだ。尾を引くタイプの呪いだ。それでもましろを恨むように睨む美波に、笑って見せた。

 

「なにが……」

 

 話が分かっていない美海の方をましろはちらりと見た。

 

「みなみさんのお父さんが亡くなられた。それを理由にみなみさんは自殺しようとした。わたしはそれを止めただけだ。……彼女についてやってくれ」

 

 ましろはそう言って立ち上がる。

 

「……みなみさん、確かにみなみさんの生んだ結果があなたの父親を死に追いやったかもしれない。それでも、暴かなければ、もっとたくさんの人が死んでいた。それを天秤に掛けろとは言わないし、掛けていいものでもない。でも、両方とも同じぐらい重大で、大切な結果だ。それを忘れないで。……あなたは、必要とされている」

 

 そう言って美波に背を向ける。同時に、後ろからポツリと声が響く。

 

 

 

「あなたは……卑怯だ……!」

 

 

 

 ありったけの憎悪を持ってそう言ったのだろう。同じ言葉を聞いたことがある。

 

 だから、あの時の彼のように、笑ってみせる。

 

 

 

「よく言われるよ、鏑木医務長」

 

 

 

 卑怯なんて百も承知。それでも、この艦を動かさねばならない。そのためなら何でもやってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に通される。宗谷真雪は部屋に通されるままに足を踏み入れた。

 

「……直接会うのは初めてだが、小娘がヘファイストス計画を嗅ぎまわっていると聞いたが、君かね?」

 

 そういうしゃがれ声に真雪は静かに息を飲んだ。寝室のベッドの上、電動ベッドに横たわったままなのに、その瞳は強い力で真雪をその場に串刺しにする。

 

――――これが、大山敢。

 

「何をしようとしているのか儂は知らんが、それなりの覚悟を持って動いてるんだろうな、のぅ、小娘」

 

 抗え。その本能だけで真雪は一歩前に踏み出した。

 

「えぇ、その覚悟無くして人魚が務まるとお思いですか?」

 

 背後でドアが閉まる。そちらを向くことなく、大山の正面に立つ。

 

「ぜひ、一度お伺いしたいと思っていました。あなたが進めている、ヘファイストス計画、ヘスペリデス計画について」

 

 

 




あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年早々全く新年らしくない話を投稿しますが、いつものことですね、はい。

いかがでしたでしょうか?

いよいよ話の核心に入っていきます。この世界で何が起こっているのか、その一部を明かしていければと思います。

新校長の名前でPSYCHO-PASSのあの局長を思い出された方がいると思いますが、ビンゴです。あの方を思い出して頂ければ幸いです。

なにはともあれ、次回は謎解きの答え合わせ回です。気合い入れていきます!

それでは今年もどうぞよろしくお願いいたします。

―――――
次回 その正義に、最後の鉄槌を
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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