ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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戦場に立つ覚悟を問うな

 柳が艦橋に飛び込む。弾かれるように振り向いたのは記録係の納沙幸子だった。

 

「柳教官!」

「威嚇射撃の効果はなさそうだな」

「すでに3発を発砲しましたが、状況は変化せず。依然距離を詰めながら発砲を繰り返しています」

「……船体射撃しかないか」

 

 そんなぁ、と呟くように言ったのは知床鈴航海長だ。舵輪に縋りつくような姿勢のせいでおそらく前が見えていない。それでも的確に船の行く先を変えているのはさすがだといえるだろう。

 

「副長、ポジティブでもネガティブでもいいが、アドミラルシュぺーは何か反応を示したか?」

「いえ、一切。まるで機械みたいです。ただひたすらに撃ってきています。機銃の曳光弾による威嚇射撃も実施しましたが、全く見えていないみたいに、平然としています」

「……まるで機械みたい、か」

 

 アドミラルシュぺーはドイツからの留学でこちらにくる高校生を乗せているはずだ。おそらく、晴風に乗っている人間と大差ないはずだ。

 

(そんな子たちが、威嚇射撃に反応せず、統率が取れた砲撃を繰り返せる。そんなことありえるのか?)

 

 既に目視で十分見える位置にいるアドミラルシュぺーを睨む。

 

「……艦長、船体射撃の準備を進めることを進言する」

「わかりました。タマちゃん!」

「徹甲弾、装填用意」

「装甲を抜くにはどこまで近づけばいい?」

 

 明乃の問には幸子が反応した。

 

「30以下まで行かないと無理です。それにスクリューシャフトを撃ち抜くにはかなりの距離まで接近しないと……」

「無理だ」

 

 即答したのは柳だ。それに狼狽えて思わず口を開いたのは砲撃を提案した艦長の明乃だ

 

「そ、そんな……ならなんでさっき」

「船体射撃で動きを止めさせる必要があるのは同感だが、スクリューシャフトを撃ち抜くのは物理的に無理だ。30まで近づいて水面下のスクリューシャフトを撃ち抜くには、俯角が足りない。物理的に不可能だ」

「なら……」

「戦術リンクがあればいざ知らず、手動照準の艦砲でピンポイント狙撃は熟練の乗員ぞろいでも難しいんだ。初の実弾で早々決められるものではない。――――船体射撃しか手はない」

「それじゃ、アドミラルシュぺーの乗組員の皆さんは……!」

「当然死傷者が出る可能性はある。それでも、このままではこちらの人間が死ぬぞ」

 

 その言葉に明乃は押し黙る。柳はいつもよりも厳しい顔して言葉を続ける。悩んでいる時間で人が死ぬ。現状はその局面まで来ている。

 

「岬艦長の言っていることは間違ってない、正しいことを言っている。狂っているのはこの状況だ。それでも私達は生き残らねばならない。だから、――――アドミラルシュぺーを、撃つ」

 

 明乃は悔しそうに両脇に垂らした両手で拳を作り、力を抜いた。

 

「……さっき教官は、戦術リンクがあればいざ知らず、と言いましたよね」

 

 その言葉に眉を顰めた。

 

「言ったが」

「戦術リンクがあれば精密射撃が可能なんですか?」

「可能性のレベルだ。晴風の砲塔旋回は手動だからそれ次第。戦術リンク伝達した指示を正確にこなし、タイミングを外さなければ……」

 

 そう言って柳は、窓の外を見た。

 

「……この距離ならプラスマイナス0.5メートルまでは出せるだろう」

 

 それを聞いて明乃はうなずいた。

 

「わかりました。柳教官、5分ください。それまでに方策が出ない場合は、アドミラルシュぺーへの船体射撃を実施します」

「……了解した、艦長」

「それから柳教官は戦術リンクが復旧できないか学校への問い合わせと申請を。ココちゃん!」

 

 明乃が振り返れば幸子が背筋を伸ばした。

 

「アドミラルシュぺーの図面かなにか出せる? なにかスクリューシャフト以外に弱点になりそうなところ探して!」

「わ、わかりました!」

「タマちゃん、主砲は二番砲塔を使用するから用意をお願い! あと戦術リンクの使用の可能性もあることヒカリちゃんたちに伝えてくれる?」

 

 砲術長の立石志摩がうなずいて銀髪を揺らして駆けていった。二番砲塔に繋がる直通の伝声管に取り付いて、状況を告げている。

 ちょうどそのタイミングで、柳のタブレットが至急電を告げた。学校からの緊急コールだ。スピーカーを選択し、繋ぐ。

 

「こちら晴風、柳です」

《校長の宗谷です。こちらでも状況は把握しています》

 

 落ち着いたアルトの声に弾かれたように振り返るましろだが、柳は気にしないようにしながら、タブレットを取り上げた。柳が口を開くより早く、タブレットの向こうに繋がっている真雪が続けた。

 

《現時刻をもって柳教務主任補及び晴風乗員への仮処分を留保し、航洋艦『晴風』に海上安全整備法第31条に則った警備行動を実施することを要請します。》

 

 それはすなわち、学校だけではなく海上安全整備局が晴風の発砲を認めたということだ。動ける状況が整った。

1148(ヒトヒトヨンハチ)JSTをもって本校は晴風の支援のため第一種警戒態勢に移行しています。貴艦の要求はすべて最優先で処理するわ。こちらは何をすればいいかしら?》

 

 柳が時計を見る。現在時刻11時52分。まだ4分も経過していない。国土交通省海洋交通統括官等の関係部署への通告等も考えれば恐ろしく速い。

 

「時間がありません。戦術リンクへの晴風の参加を。観測衛星とのリンクを大至急」

《既に貴方のIDの凍結は解除してあります、サインアップ用のパスワードの用意は?》

 

 タブレットに既に戦術リンク用のシステムを呼び出した。柳の教員としてのIDを打ち込む。

 

「用意良し」

《サインアップ用のパスワードを伝達します。パスワードはsivispacemparapactum》

 

 打ち込んで柳はそれを鼻で笑った。

 

「皮肉ですね、これ。――リンクへのサインアップを確認」

《こちらでも確認したわ。おかえりなさい、柳教務主任補。後こちらでできることは?》

「そちらでアドミラルシュぺーの設計図か整備注釈の参照は可能ですか?」

 

 そう言いながら幸子を手で呼び、幸子の持っているタブレットに戦術リンクの情報を転送するように設定をする。

 

《すでにドイチュラント級の設計計画図を展開しているわ》

 

 用意の良さ舌を巻く柳。通常外国艦の設計図などは協力関係にある友好国であっても提供されることはまずない。入手して参照できるのはかなり奇跡に近い。アドミラルシュぺーを含むドイチュラント級がかなりの老朽艦だからなのだろうかと柳は勝手に考察を加えるが、それを確認する必要はない。

 

「では、直接照準が可能な水上に位置する構造上の欠点になりうるものを検索してください。……私の記憶が確かなら、ドイチュラント級には、非装甲部に油送系統の配管が通っている箇所があったと記憶しています」

《そのまま待機。……確かに存在するわね。シュぺー右舷側艦橋脇の第32ブロックの配管。以前にここを破損して、燃料の供給が困難になり漂流する事故が発生している。……ディーゼル用の重油ヒーターの配管ね。蒸気パイプよ》

「納沙さん、立石さん、聞いてたな!」

 

 幸子が大きく頷いた。

 

「合点承知の助です! タマちゃん、艦内リンクで流すから位置の確認お願い!」

「Oui!」

《柳主任補もよく覚えてたわね、こんな事件……。もう30年近く前の事例よこれ。しかも事故、砲撃で抜かれたとかで外交問題になっているのならいざ知らず、整備不良のミスなんてよく……》

「これでも海上危機管理論も受け持つ教員ですよ。舐めてもらっては困ります」

《でも大丈夫かしら。これはメインの燃料タンクから加熱済みの重油を中間タンクに送るためのシステムよ。これを切ったところで、中間タンクに貯蔵されている燃料で動き続けることになる。その可能性は否定しきれない》

 

 アドミラルシュぺーは高出力大型ディーゼルを主機として使用している。これを重油で動かすのだが、常温の重油では粘度が高すぎて使えない。従ってこれを加熱し、粘度を下げてからでしか使用できないのである。ドイチュラント級の構造上、この蒸気用のパイプは装甲外に置かざるを得ない。だが逆を言えば、そこを装甲で覆わない設計をしたというのは、そこさえ穿てば勝てるようなものではないことを同時に意味する。

 

「ですが、まともな感性を持つ指揮官ならば、そこを的確に破壊できる相手に対して、こんな沖合で時間制限付きの追いかけっこに耽るはずがない。中間タンクに貯蔵された燃料でどれぐらい走れます?」

《おそらく……どんなに節約したところで16時間が限度でしょう》

「最寄りの島までも怪しいレベルですね。漂流を望まないのであれば、その段階で晴風どころではなくなる」

《……そうなるといいわね》

 

 真雪の声がどこか憂いを帯びたものになる。

 

「砲撃戦に入ります。忙しくなるため一度音声通信を切りますが、状況の終了まで待機願います」

《わかりました。こちらは即応体制を整え待機します》

 

 学校との音声通信を切って顔を上げる。状況はほぼこれですべて整った。

 

「第二砲塔右砲、グリーン。旋回、照準用意よし」

 

 立石志摩が艦橋要員に向けて言った。その言葉を聞いて柳は祈るような間を取った。

 

「……相手の指揮官が優秀であることを願うしかない。艦長、砲撃用意を」

 

 明乃が頷く。どこか迷ったような表情のままだ。誰かが死ぬかもしれない状況のなかでの判断は、経験豊富な艦長であっても判断を迷う。その迷いで人が死ぬことを恐れて、恐怖心のために指示を出すことだってある。正解なんてないその判断をたかだか高校一年生に任せることがどんなに酷であるか、それがわからない柳ではない。だとしても、それを背負わせ、共に背負うしかできないのだ。

 

「艦長」

「左舷砲戦用意、目標はアドミラルシュぺー」

 

 艦長が決して叫ばず、そう淡々と言った。それを鼓舞するかのようにましろが強く言い直す。

 

「左舷砲戦用意! 目標アドミラルシュぺー!」

「旋回開始、293度」

《二番主砲旋回します! 目標角293度!》

 

 柳は戦術リンクの画面をタブレットに呼び出した。アドミラルシュぺーの移動パターンの解析結果が出ている。戦術リンクを経由し監視衛星からの電波が正確な位置を補正し続けている。相手の予測航路、こちらの加速度。様々な要素の数値が目まぐるしく変わっていく。それを目で追い、柳は祈った。

 

「そろそろだぞ」

 

 これまで不規則に進路を変えていたが、この面舵いっぱいで回り込めばちょうどアドミラルシュぺーと並ぶ形で航行することになる形だ。航路を揃えた同航戦、一番成功率が上がる位置に陣取ることになる。当然のことながら向こうも同じ条件だ。冷や汗が頬をつたうましろが思わずといった雰囲気で口を開く。

 

「一発撃ったら下がってくださいね艦長」

「わかってる! ……もどーせー! 第五船速! 30秒でいいから!」

《30秒だけだかんな!》

 

 機関室の悲鳴が聞こえる。もうすでに機関は限界が近い。航路が完全に平行に入っていく。

 

「戦術リンク! 対象をロックしました!」

 

 幸子の声。双眼鏡を使って目標の目視を行っていた志摩が頷く。

 

「……まる」

「目標を捕捉、ターゲットマーカー設置、トレース開始!」

 

 目視したパイプに射撃管制用のマーカーを設定する。これで戦術リンクのマップを通せば、勝手にそこまでの射撃角を算出し、表示してくれる。

 

「システム正常。セーフティすべて解除されます」

 

 戦術リンクに繋がっている端末すべてから電子音が鳴る。実弾を装填した主砲がトリガー一つで発射できる体制に入ったことを告げる。あとは艦長と砲術長の号令でそれが終わる。明乃がその号令を出そうと息を大きく吸った。

 

 

 

「目標、アドミラルシュぺーの蒸気パイプ! 第二主砲右砲――――」

「人がいる!!」

 

 

 西崎芽依水雷長が叫んだ。その一言が明乃の声を断ち切った。

 

「シュぺー甲板上に人影! 投射域内!」

「砲撃中止! おもーかーじいっぱーい!」

「おもーかーじいっぱーい!」

 

 その時明乃は相手の主砲がピタリと艦橋を向いているのを認める。背筋が凍る。

 

「速度を落とせ! 第二船速! 柳原!」

《わ、わかったっ!》

 

 柳が伝声管に飛びつき叫んだ。プロペラの回転速度が急激に下がったため、船体に無理な衝撃がかかる。旋回中にそれがかかれば、船は減速しながら大きく傾く。

 

 アドミラルシュぺーの一番主砲が閃いた。

 

 その時、艦橋から音が消えた。本当の轟音が響くと、聴覚がマヒしてしまうようだった。窓ガラスがびりびりと震えているのがわかるほど盛大に揺れる。艦橋の目と鼻の先を通り抜けた砲弾の生み出した衝撃波が艦橋を叩いたのだと気がつくまでに、数瞬を要する。

 耳鳴りが残る中、柳は艦橋を見回す。明乃、ましろ、幸子と志摩は無事に立っている、芽依は腰を抜かしてへたり込んでいるが大丈夫そうだ。右舷見張り員の内田まゆみは何が起こったのかわかっていないのか目をぱちくりさせている。

 問題は左舷で見張りをしていた山下秀子が耳を押さえて蹲っており、航海長の知床鈴が気絶してふらりと倒れそうになったことだ。慌てて柳が抱きとめる。呼吸・脈拍ともにあり。とりあえずだが外傷も見られない。そのままそっと壁際の踏まれない位置に下ろす。

 

《ブリッジ! ブリッジ! 大丈夫か!? こちら機関室! 聞こえてるなら誰か返事せい!》

「こちらブリッジ! 機能は健在だが負傷者二名!」

《なんっ!?》

 

 ダメージコントロール部門を抱えている機関科、そこを率いる柳原麻侖が絶句している。

 

「納沙! 山下を回収して艦橋の中へ!」

「はいっ!」

「勝田! 今海図室か?」

 

 伝声管に叫ぶとすぐに返事があった。幸子のパタパタという足音も聞きながら答えを待つ。

 

《こちら勝田、海図室にいるけど、上がったほうがいいぞな!?》

「急いでくれ!」

《こちら医務室鏑木、負傷者了解、すぐ行く》

 

 美波の落ち着いた声に頼むとだけ答え、彼は波に揺られるままに揺れる舵輪を掴んだ。指示は出ていないが面舵に切り直す。

 

「艦長、……艦長!」

「は、はいっ!?」

「航海長が操艦能力を喪失! このまま柳が操艦するぞ!」

「お、お願いします!」

「納沙! 山下のトリアージ!」

「意識もはっきりしてますし、耳を痛がってますが、外傷はなしです」

「耳孔出血もないな?」

「ありません!」

「衝撃波で鼓膜を抜かれたか……楽な姿勢を取らせて鏑木が来るまで知床と一緒にいてやれ」

 

 シュぺー発砲。今度はブリッジのかなり上空を飛びぬけた。それとほぼ同時にして勝田聡子が慌てて艦橋に飛び込んでくる。

 

「いつの間にか怖いことになってるぞな!?」

「勝田、山下と交代で左舷側の監視についてくれ」

「了解ぞな!」

「砲雷長! 二番主砲は?」

「まる、いつでも」

 

 その言葉を聞いて取舵に舵を切り直した。一度距離を取る。

 

「機関室、第三船速へ増速!」

《第三船速!》

 

 そう言ったタイミングで背の低い白衣の少女が艦橋に飛び出してくる。医務長の鏑木美波だ。

 

「この二人?」

「知床さんは気絶してるだけだろう、頭とかは打ってない。山下さんの方がおそらく鼓膜がやられてる」

 

 柳の言葉を聞きながらもテキパキと脈を取り状況を確認し、動かせる状況かどうかを確認していく美波。すぐに柳を見た。

 

「大丈夫、危険なところはない。知床さんは本当に気絶しただけ。山下さんも鼓膜がやられただけで問題ない」

 

 それを聞いて周囲が胸をなでおろしている。柳の顔にも笑みが浮かんでいた。だが、それをすぐに消す。アドミラルシュぺーの砲弾が近くに着弾したのだ。

 

「……鏑木は二人の様子を看ておいてくれ。今搬送するのは危険だ」

「わかった。待機する」

「艦長。再接近で反航戦へ持ち込む。いいか?」

「わかりました。右舷戦闘、ですね?」

 

 明乃の声に柳が頷く。舵を取舵一杯まで切った。直後に聡子が叫び声を上げる。

 

「小型艇がこっちに来るぞな!」

「小型艇!?」

「乗員一名! 金髪の女の子!」

 

 柳は舵輪を握っているためその場を離れられないが、その場所からでもスキッパーが引く白い航跡(ウェーキ)は見えた。それと同時に見張り台からの声が届く。

 

「アドミラルシュぺー、副砲稼働中! 小型艇に照準を向けている模様!」

「小型艇に?」

 

 状況が一切読めない。ましろもどこか困惑したような表情を見ていた。

 

「なにか、仲間割れ、でしょうか……?」

 

 それを聞いた幸子がどこか演技臭く大声を出した。

 

「『艦長の指示には従えません、私は出ていきます!』みたいなことでもあったんでしょうか!」

「真面目にやってくれ……それは想像だろう」

「私にとってはノンフィクションよりフィクションが真実なんですー」

 

 ましろに対してどこか緩いテンションで幸子が反論したタイミング、小型艇の脇で大きな水柱が立った。

 

「小型艇の乗員が落水!」

「助けなきゃ!」

 

 思わずと言った様子で明乃が艦橋から飛び出そうと走る。

 

「お、おい!」

「柳教官、ドイツ艦のひきつけをお願いします! しろちゃんは柳教官とタマちゃんと協力して砲管制のサポートを!」

「敵を助けに行くのか! なんで!」

 

 ましろが納得できないと言いたげに叫ぶ。

 

「敵じゃないよ!」

 

 艦橋の出入り口で立ち止まり、明乃が振り向いた。

 

「敵なんかじゃない。海の仲間は家族だもん。きっと理由がある、わかり合える。だから敵なんかじゃない。それに、海に落ちた人を助けるのは、ブルーマーメイドの使命だから」

 

 そう言って明乃は被っていた制帽をましろに差し出した。

 

「船はお願い。行ってくるね」

 

 帽子を半ば押し付けるようにましろに渡し、明乃はラッタルを駈け下りてしまう。それを半ば呆然と見送った。しばらく何かを堪えるように拳を作ったが踵を返す。

 

「―――――スキッパーを下ろします、教官」

「第一船速まで減速。スキッパーが降りるタイミングに合わせて進路を一度止める。止まった脚は主砲の牽制で対処するぞ。右舷砲戦用意、二番主砲を使用、アドミラルシュぺー右舷側に外して照準。用意!」

「用意良し」

 

 志摩が間髪入れずに返す。芽依は艦橋の後ろを覗き込んでいる。スキッパーは右舷側のものを使う。左舷にアドミラルシュぺーが見えているため晴風を目隠しにできる。減速しているのがスキッパーを下ろすためであることを気取らせるのは得策ではないだろう。

 

「スキッパーの展開用意よし!」

「発砲!」

「てっ!」

 

 晴風の12.7センチ連装砲が火を噴いて、アドミラルシュぺーを驚かせるように射線を徹す。アドミラルシュぺーは転舵。向かって右側に逸れるように動く。

 

「上等……岬艦長は?」

「無事海面に降りました! ダビット格納中だけど、航行には問題なし!」

「第四船速、取舵一杯で相手の左に捻じ込むぞ!」

《第四だと五分が限界でぃ! 五分で決めてくれぇ!》

「三分で決めるからなんとかもたせろ!」

 

 麻侖の声にそう叫び返し船を旋回させていく。右舷戦闘に向けて第二主砲が回っていく。砲塔の旋回を担当している武田美千留などは今頃こき使いすぎだと悪態の一つでも付いているのだろうか。

 

「スキッパーと小型艇の位置はこれで躱せるはずだが……」

「大丈夫、十分な距離をとっているぞな!」

 

 呟きのような一言にしっかりと反応したのは聡子だ。完全に右前方にシュぺーを捕捉した。

 

「チャンスは一度だ。砲術長、頼んだ!」

 

 ましろに言われ、ただ無言でうなずく志摩。

 

「捕らえた」

 

 対象になる蒸気パイプを志摩が認める。それが戦術リンクに再び設定される。

 

「主砲再装填完了」

 

 ましろがそう言って柳を見た。

 

「さっきよりも相対速度が早くなる。タイミングをしっかり合せろ。あとさっきよりも近い距離を飛びぬけることになる。覚悟のほどは?」

 

 どこかおどけて言う柳にましろは溜息。

 

「飛び出した艦長を守るためにはそうするしかないので致し方ありません」

「違いない。海の仲間は家族、か……やたらと大きな家族だ」

 

 そう言って浮かべていた笑みを消し、柳が前を見据える。

 

「さぁ――――そろそろ決めようか」

「右舷砲戦用意!」

 

 ましろが指示を出す。一気に空気が張る。距離がどんどん詰まっていく。それぞれが25ノットでも真一文字にすれ違うと相対速度は50ノット、即ち時速90キロを超える。それで正確にパイプを破壊しなければならない。そのパイプを壊せばいいだけだから、正確にパイプを撃ち抜かねばならないわけではない。それでも難易度は高いのだ。

 ぐんぐんと近づいてくるアドミラルシュぺー。真正面から狙ったアドミラルシュぺーの砲撃が晴風の右舷側を掠めるように飛びぬけた。だが、これで終わりだ。次に装填を終えるころには既に交差した後だ。もう、こちらが攻撃するまで砲弾は飛んでこない。早鐘の鼓動というのを感じながら皆がその瞬間を待つ。

 真横を高速で過ぎ去るアドミラルシュぺーの高い乾舷。それがわずかに降りてきて、艦橋がすぐそこに見える。太陽光の反射のせいで相手の艦橋の中は見えない。だれがそこにいるのか、見えることはなかった。

 

「――――――――撃てっ!」

 

 タイミングを計りましろが叫ぶ。直後に、衝撃と閃光が走った。そしてアドミラルシュぺーが大きく揺れる。

 

「取舵一杯! 離脱を!」

「とーりかーじ、いっぱーい!」

 

 待白の指示に合わせて柳が舵を切る。

 

「アドミラルシュぺーから警報音が聞こえます。速度減少。砲撃止まりました……!」

「いよっしゃ―――――――っ!」

 

 右舷見張りをしている内田まゆみが報告をした。それを聞いた芽依が喜びの声を上げる。ましろがふらりとよろけて慌てて姿勢を直した。それを見て笑みを浮かべる柳。

 

「副長、いい指揮だった」

「ありがとうございます。教官」

「とりあえずこのまま撤退するのがいいだろうと判断するが、副長はどう思う」

「今のうちに距離を取るべきでしょう。第三船速で離脱、スキッパーの回収用意も進めておきます」

 

 ましろの答えにうなずいて柳は振り返る。

 

「知床さんと山下さんを運ばねば……、勝田航海員に操舵を引き継ぎたいが、許可をいただけますかな? 副長」

「許可します。勝田航海員、柳教官から操舵を受けとれ」

「あい、勝田航海員、操舵を柳教官から受け取るぞな」

 

 紫色の髪を揺らして聡子が舵輪を握る。

 

「うわ、柳教官の手袋汗だく……大丈夫ぞな?」

「私だってあんな場面は緊張するよ。だが、問題ない。それより汗べっとりの舵輪は……すまん。ハンカチ置いてくから拭くなりなんなりしてくれ」

 

 そう言って白い無地のハンカチを渡すと汗で張り付いた手袋を隠すように左手をポケットに突っ込む柳。その額にもかなりの汗が浮かんでいる。

 

「無傷とはいかないが……この状況下、これで済んだことに感謝しなければ。状況の終了を宣言する。事後処理に入ろう。状況の確認と負傷者の処置を最優先でいこう」

「わかりました」

 

 ましろがうなずくのを確認して柳は気絶したままの鈴を抱き上げた。それを見た芽依が口笛を吹いたので軽くにらんでおく。

 耳を気にしている秀子の手を曳いて美波が外に出る。それを追いかけるようにして柳も外にでた。

 

 ことが終わってみれば海は穏やかだ。暖かな日差しが微睡を誘う。まるでこちらの都合を考えない無遠慮な日差しを恨めしく思い、柳は目を細めた。

 

「……慣れないことをするもんじゃないな、ほんと」

「教官、何か言った?」

 

 美波がラッタルの下で振り返っていた。何でもないと答えてラッタルを慎重に下る。

 

「……大丈夫?」

「大丈夫だ。鏑木さんもありがとう。助かった」

「うん。ありがとう」

 

 ありがとうにありがとうで返され、柳は真意が掴み切れないまま曖昧な笑みを浮かべた。それを見て無表情のまま言葉を続ける美波。

 

「とりあえずはみんな生き残った。教官と艦長たちのおかげ」

「それは岬艦長や宗谷副長たちに言ってくれ」

 

 そう言って肩を竦めようとして、下手に竦められないことに気が付いた。抱えている鈴のバランスが崩れれば、非常に危ない。

 

 

 

「でも、そうだな……みんな、生き残った」

 

 

 

 とりあえずはそれで良しとするほかあるまい。

 

 そう思い、一仕事終えた充実感と倦怠感を抱えながら、柳は舷側通路を歩くのだった。

 

 

 

 




なんだかいきなりお気に入りが増えてすごく戦々恐々としています。評価バーの威力すげぇ。評価を入れてくださった皆様、感想を送っていただいてる皆様、お気に入りをしていただいている皆様に感謝申し上げます。

アドミラルシュぺー編、いかがでしたでしょうか? かなりオリジナル要素が強い戦闘になりました。けが人を出してしまいましたし……、はい。これでいいのかなぁと不安ではありますが、こんな感じで今後も戦いは進んでいくことになりそうです。あぁ、戦闘じゃない話も書きたい……。

ちなみにですが、戦術リンクの復旧のパスワードが皮肉だと言ったのは、スペース等を入れて読みやすくするとSi vis pacem para pactum、即ち『汝平和を欲さば、平和の維持に賛同せよ』となります。当然Si vis pacem, para bellum、『汝平和を欲さば、戦いに備えよ』を皮肉ったものであり、1907年にアメリカの実業家アンドリュー・カーネギーの言葉だとされています。これを武装管理システムのキーに使うというのは、どうなんでしょうね……。

そんなこんなですがこれからもお付き合いいただければ嬉しいです。

――――――
次回 戦が終わった宴だからこそ。
それでは次回もよろしくお願いいたします。
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