ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
武蔵が転進した。それを宗谷真雪は眼前に浮かぶ黄色いアイコンで知る。真雪はそれを見て瞬間的に判断した。
「
武蔵はTU-01艦隊の只中を突破しようとするかのように真正面から突っ込むつもりらしい。武蔵主砲の投射域をマップにオーバーレイ。黄色い半円の中に艦隊は既に飲み込まれていた。
「舐められたものね」
撃ってこないのは電磁パルスグレネードでレーダーが潰れたからか、もしくは相手にするほどではないと思っているのか。その判別がつかないが、悠々と前進してくる武蔵のアイコンを睨んで真雪は歯噛みした。
「『御蔵』福内2監、聞こえてるかしら」
《こちら福内、HQ、感度良好》
「噴進魚雷は使えない訳だけど、TU-01艦隊にネズミは紛れ込んでいないわよね?」
《殺鼠剤も使用していますし、こちらの問題ではないかと思いますが……》
「確証はない?」
《限りなく低い確率ですが》
艦隊指揮官たる福内二等海上安全整備監の答えを聞いて真雪は僅かに考え込んだ。
「噴進魚雷のロケットブースターは武蔵に接近してから制御不能になった。そう考えるのが妥当か。相当に強い電波で管理しているようね。晴風が打ち破ってくれればいいのだけれど」
《はい》
「ありがとう。こちらの通信が使えなくなる可能性もある。その時は最前線のあなたの指揮で艦隊を動かすことになる」
《わかっています》
「艦砲射撃で停船させられるとは思えない。短魚雷による撃破になる可能性が高い。……頼んだわよ」
《お任せください》
福内2監との無線をクローズ。武蔵を示すアイコンは未だ悠々と距離を詰め続けている。
「真霜」
「なんですか」
真横の司令卓に座っているであろう宗谷真霜1監に声をかけた。
「奴さんたちが考える落としどころというのは、何処だと思う?」
「……向こうの考える勝ちは何か、ということ?」
「えぇ。武蔵がテロを起こすことで、対テロ戦争への対策という名目の下に装備の拡充を目指すというのは、穴だらけではあるけれど理解できないわけではない。だけど、武蔵がテロに使用されたという確固たる情報は提供されていない。『蔓延したウィルスの果てにある暴走』というだけでは日本国への大バッシングを引き起こすだけで終わる」
「それだけが目的ではないはず、ですか?」
真霜の声に頷く。それに連動するように視界を覆うホログラムが上下した。
「金鵄友愛塾の関与をグレーに収めるためには、『北条沙苗個人が画策し、実行した』という状況がほしいはず。だとしたら一番有効なのは……」
「犯行声明、ね」
「そう、北条沙苗個人としての犯行声明が必要なはず」
「警告無線には『Will You Dance?』を流してくるだけですし、話すことなどないという意思表示では?」
前進を続けるアイコンをずっと眺め続ける。そのアイコンの裏には教え子である31名の生徒と、それを狂わせた実行犯たる北条沙苗がいるはずだ。
「……このまま接近を続けるなら、こちらとしても武蔵を沈めなければならなくなる。同胞殺しなんてネタ、ブルーマーメイド叩きとしては絶好の理由だけれど、目的がそれだけならば、相手はリスクを背負いすぎている」
「もっと他の理由があると考えるべき、ね」
真霜はそう言って受話器を取り上げた。
「そちらは私が担当します。真雪1監はTU-01艦隊の指揮を続行してください」
「了解」
真霜がそう言って外線を繋ごうとしたタイミング、武蔵を示すアイコンの色が変わった。黄色から赤へ。
「武蔵発砲っ! 『御蔵』が危険域! 着弾まで約3秒!」
管制員が叫んだ。
†
「くっ……!」
福内典子は御蔵の艦橋、艦隊司令席のひじ掛けに掴まって姿勢を何とか保った。
「被害状況!」
「右舷後方に至近弾! スターボードハル、R-12ブロックで浸水警報! 通常隔壁は既に閉鎖済! スターボードハルの全隔壁を全閉へ移行します!」
「第一推進器
報告は想像以上に致命的だった。
「至近弾一発でこれは……!」
福内はそう苦笑いを浮かべて、ブリッジから送られてくる外の様子を画面越しに眺めた。
「主砲での反撃はできる!?」
「まだです! 射程まであと2分!」
「あと3回、耐えろってことね……! 『御蔵』より、『神津』、『三宅』、『八丈』、本艦に捕らわれず全速前進せよ」
《HQ、承認。戦況は確認できています。『神津』を先頭に単縦陣。真方位2-8-7。左舷砲雷撃戦用意》
冷徹な真雪の声が響く。淡々とした声。鉄火場を前にして、氷水のような冷たい声に福内は冷静さを取り戻す。
「……砲撃戦用意! 目標、武蔵!」
「まだ域外です!」
「わかってます!」
福内は即答、それに笑ったのは御蔵の艦長だ。
「本艦を囮にしますか」
「今艦隊機能を失うわけにはいかない……、悪いけど」
「仕方ないですね。後で飲み会でもセッティングしてくださいよ?」
「飲み放題でよければ私の奢りで出すわ。生ビールつきでいいかしら?」
「ふふっ、人魚に二言はありませんからね?」
艦長はそう笑って福内の隣に立った。
「主砲弾装填、どうせ射程の外だから狙いは大雑把でいいよ! 極大射程で撃ち出して!」
「主砲発砲用意良し!」
火器管制員が声を張った。艦長が息を吸った。
「攻撃、はじめっ!」
「主砲発砲開始!」
主砲弾が飛び出していく。速射砲がどんどん弾を打ち出していく。同時に警報。
「第二射、来ます!」
「総員対ショック!」
艦長が叫び、数瞬。突き上げるようなショックが襲う。
「くっ……!」
「着弾8時方向距離15! 後部ミッションベイの電力ヒューズが作動! シャットダウンです!」
「どうせこんな状況じゃスキッパーチームは出せない! ミッションベイの回復は後回し! 応急班はスターボード側の隔壁処理を優先! 砲撃続行!」
福内が叫ぶ。それに呼応するように御蔵の主砲が轟き、武蔵の手前に水柱を立てていく。
「
航空管制卓に座っていた航空士官の2正が艦長に声を上げた。
「舳先に突っ込ませれば火災の煙で視界を遮れるはずです! 自動化されている武蔵なら、人的被害は抑えられる!」
福内がすぐに無線を司令部に繋ぐ。
「御蔵よりHQ、無人飛行船の武蔵前部への強硬着艦の進言あり! 突っ込ませて視界を奪います」
宗谷真雪にはこれだけ言えば通じるはずだ。反応はすぐに来た。
《HQより御蔵飛行分隊、御蔵艦載機『えとぴりか1号』の強硬着艦を許可します。武蔵監視の任務は『えとぴりか2号』以下に委譲》
「了解、感謝します。2正!」
「浮力調整弁を全開、緊急降下! 推進出力最大! 突っ込ませます!」
管制卓のデータをメインスクリーンに呼び出した。カメラが武蔵の様子を映し出す。対空砲が稼働しているのが見える。
「通信障害!?」
「ここまでくれば落ちるしかない! 続行します!」
武蔵の第一主砲が稼働している、その主砲に体当たりをするように加速する飛行船。エラー画面がどんどん出ていく。武蔵からの電波に捕捉されたのだ。それでもここから管制を乗っ取られたとしても、再浮上させるには時間も高度も足りないはずだ。
「いっけぇぇえええええええええっ!」
2正が叫ぶ。画面いっぱいに甲板が迫り、ブラックアウト。突っ込んだ機体からの信号をロストした。
「強硬着艦を確認!」
「これで、第一主砲は使えなくなった。第二主砲だってまともに使えないはずね……。これで少しは接近できればいいんだけど」
「少なくとも真正面に撃ってくることはないと思いますが……」
艦長はどこか苦笑いだ。飛行分隊の上長は艦長であり、それをすっ飛ばして艦隊司令が動いたことは心地よい物ではないだろう。
御蔵のカメラからも黒煙が確認できる。どうやら無事に火災が発生したらしい。
「……さっきの画像、どこから電波の影響が出た?」
「高度計が2500フィートを示していたので……おそらくは750メートル前後でしょうか」
「つまり普通に戦闘する分には影響を気にする必要はないわけね」
「そうなります」
2正はそう答えた。まだ上空監視を行う業務があるとはいえ、もともと二機を同時運用することを想定して人員配置をしている。答える余裕はあるのだろう。
「さて、ここからが正念場ね」
福内の視線の先には武蔵の斜め後方から全力で接近せんとする晴風と弁天のアイコンがあった。
「頼むわよ、晴風部隊」
†
晴風の機関がうなりを上げる。既に第五戦速、30ノットを超えていた。
「な、なんとか武蔵後方を押さえました!」
「Z旗が掲揚されてます!」
火災の煙を目印にするように晴風は突き進む。その舵輪を握る知床鈴航海長は涙目になりながら報告をする。それに重ねて報告を出したのは左舷の見張りを担当する山下秀子航海員だ。
報告を受ける岬明乃艦長は双眼鏡片手に、天窓から上半身を乗り出したまま返事をする。
「わかった、右舷砲雷撃戦用意!」
「へっ!? 右舷!?」
予想外の指示に素っ頓狂な声を上げたのは西崎芽依水雷長だ。
「武蔵は左舷だよ!?」
「いいからお願い! 警笛長音一発! 武蔵に接近を知らせて! 浦賀水道航路への進入を阻止させる!」
「了解っ! 警笛ならせーっ!」
宗谷ましろ副長が号令をかけた直後、晴風が吠える。機関が生み出した蒸気が、警笛の低い和音を掻き鳴らす。明乃は咄嗟に耳を塞いだ。塞ぎながら、晴風の位置に気が付けと願う。
今晴風がいるのは武蔵から見て右舷後方側4時方向。ここは以前武蔵との戦闘時に第三主砲を破壊したことにより死角となっている角度だ。晴風を攻撃したければ転進しなければ撃てない位置にあたる。そして今第一主砲をはじめとした前部甲板側が煙で視界が遮られているという事は、第二主砲を使うとしても左右方向にしかまともに発砲できない。
また、晴風は武蔵からみて風下側にいる。火災の煙は風下側に流れるため、武蔵からしたら狙いにくいことこの上ないだろう。
この状況で武蔵はどうするか。
《武蔵転進! 面舵!》
「よしっ!」
晴風を狙うためには晴風を風上に見るようにするしかない。最速でとらえるには位置関係からして右旋回することになる。これで武蔵の首都突入までの時間は僅かだが稼げる。
「晴風よりTU-01艦隊! 武蔵を追跡して同航戦へ移行を進言!」
《こちらHQ、進言を受諾。TU-01艦隊、方位1-4-5へ転進せよ》
真雪の淡々とした声がすぐに帰ってくる。
「晴風はこれより反航戦で砲雷戦闘を行い、一度武蔵後方へ離脱。魚雷再装填後、再接敵します!」
《おいおい、弁天の存在を忘れてるんじゃないぞ、ミケ艦長》
ケラケラと笑うような真冬の声が無線に割り込んだ。
《こちら弁天、晴風を支援する。短魚雷は三連装しかないが、足しにはなるだろう》
「わかりました。よろしくお願いします」
《おうよ》
武蔵がゆっくりと晴風の前を横切る。距離を測りながら明乃が叫んだ。
「メグちゃん!」
《
「制圧開始!」
《ドミネート、開始します!》
距離は未だ遠いが、電子戦を開始する。その間にも晴風の第一主砲がそれを追うように旋回していく。
「撃てる」
立石志摩砲術長が静かに進言。明乃はそれを受けて頷いた。
「わかった。お願い」
「目標、武蔵後部副砲、てーっ!」
強烈な勢いで主砲弾が弾き出される。それが着弾。煙は立たない。徹甲弾だ。
「雷撃戦用意! 武蔵は旋回で速度が落ちてる! 狙いやすいはずだから正確に狙っていこう!」
「わかってるっ! りっちゃん! かよちゃん! そろそろ行くよー!」
右舷の照準器に取り付いた芽依が伝声管に声を通す。
《第ヒト魚雷発射管、いつでも指示くださいっ!》
《第フタ魚雷発射管、姫路、いつでも大丈夫です》
明乃が背後を振り返ると、魚雷発射管がゆっくりと旋回し、右舷側に振り出されている。装填されているのはG-RX3、61センチ径通常魚雷。正真正銘の実弾だ。それが合計8本。武蔵に向けて指向される。見張り員のマチコの叫び声が乗った。
《武蔵副砲稼働中! 晴風を狙ってます! つづいて第二主砲旋回開始!》
《左一点回頭!》
「とっ、とーりかーじ! 取舵ひとじゅうどー!」
鈴が舵輪を回す。それなりの衝撃を伴って僅かに進路を変える。刹那、衝撃。前につんのめるような強い衝撃。明乃は慌てて身を乗り出していた天板に手をついて体を支えた。
「第三主砲被弾! 第三主砲の管制システム応答なし! 自動消火装置は通常に稼働中です。第三主砲の運用システムを隔離。消火剤散布開始!」
艦内の情報を統括している納紗幸子書記官からすぐに報告が上がる。それに割り込んだのはソプラノの声だ。
《こちら伊良子、烹炊室で電気火災発生! 初期消火中!》
「ヒメちゃんお願い!」
《消火支援に回りますっ!》
それを聞きながら明乃は身体を大きく乗り出して煙突の向こうを確認する。一部しか見えないが、第三主砲は本当に吹き飛んだらしい。
「副砲でも横凪で一発……さすが武蔵、かな?」
「武蔵第二主砲、晴風を指向します!」
「っ!」
明乃が一瞬言葉に詰まる。その間に指示を出したのは柳だった。
「チャフ・フレアディスペンサー、稼働」
「てっ!」
志摩がそれに機敏に反応し、晴風の両舷に煙幕のようなものが張られる。この至近距離でレーダーを攪乱する意味はない。ネズミのネットワークに対してのカウンターだ。それでもおそらく間に合わないのは目に見えていた。電磁パルスグレネードが効かなかったのだ。チャフ・フレアディスペンサーではおそらく止まらない。
「第一第二主砲! 武蔵第二主砲を……」
それでも明乃が指示を出す、その刹那。
《弁天が急速接近中!》
「!?」
マチコの声に慌てて弁天の影を探す。
見つけた。
晴風と武蔵の間に割って入るような動き。そして40ノットを超える全速力で突っ込んでくる。
「弁天何をしている!?」
柳が無線に叫んだ直後。
武蔵が第二主砲を発砲した。
打ち出された弾丸は過たず弁天の横腹に風穴をあけ、爆炎を上げる。後部甲板の真下を貫く位置だ。
晴風からは見えない位置だが、その弾丸は
「姉さんっ!」
ましろの絶叫が艦橋に乱反射した。
《止まるな、晴風……》
武蔵の第二主砲に風穴が開いた。弁天の前部甲板に設置された主砲が稼働していた。装弾筒付翼安定徹甲弾を速射砲が高速で撃ち込み続ける。弾倉が空になったのか、エラーで止まったのか、停止命令が出たのかはわからないが、十数発を撃ち込み続け、動きを止めた。
「姉さん! 姉さんっ!」
《しろ、なにこの世の終わりみたいな叫び方してるんだ、これぐらいじゃ、あたしは死なねぇよ》
画像通信は壊れたのかエラーを弾き返したまま、宗谷真冬艦長の弱々しい声が乗る。
《征け、晴風。止まるな。お前たちは、希望なんだ……》
「そんなことより、離艦してください! 後部から浸水してます! いくら弁天でも長いことは浮いてられません!」
《いいから聞け》
明乃の進言を無視して真冬の無線は続く。咳き込むような声。水っぽい音。
《あたしたちは希望を守るために戦ってきた。希望なんだ、お前たちが、あたし達の希望だ》
「離艦して姉さん! 話は後からいくらでもきくから!」
ましろが無線に怒鳴る。真冬は笑ったようだった。
《離艦するさ。……平賀、旦那》
「はい」
柳の横で管制支援を行っていた平賀が無線にすぐに反応する。柳もそれに続いて無線に応じた。
「どうした」
《しろを、頼むな……》
「わかった」
柳がそう答える。それがなんだか、別れのあいさつのようで、ましろはそれを受け入れられない。
だから、無線に叫ぶ。
「なに遺言みたいなこと言ってるんだ! 知るか! 脱出しろ! 早く! お願いだからっ! 早くっ!」
《ははっ、しろに命令されるようじゃ、あたしも鈍ったか》
物音がした。
《弁天は、総員退艦する。晴風……後は頼んだ》
無線が切れた。行き足を止めた弁天が後方に下がっていく。そして、大きく傾きながら火を噴いた。
「姉さん……!」
「まだ艦橋付近は無事だから、きっと、きっと大丈夫よ」
「でも、もう弁天は……! 弁天は……!」
「あなたが信じなくて、誰が真冬艦長を信じるんですか!」
平賀がそう叱咤しているのが聞こえる。明乃の視線が、落ちた。
「……雷撃用意、目標、武蔵後方」
明乃はうつむいたまま、絞り出すようにそう指示を出した。一粒の雫が落ち、すぐに消える。
「用意よしっ!」
芽依が叫ぶ。明乃が視線を上げる。
こんな思いをするぐらいなら、もう。
明乃は命じる。
「全弾打ち出して。全弾当てて」
初めて沈める意図を持って、強く命じた。
あの船には、親友が乗っている。
それでも、沈めねばならない。武蔵を放置すれば弁天だけでは済まない。次に沈むのは晴風だ。
私は家族を守らねばならない。
私は晴風を守らねばならない。
私は治安を守らねばならない。
私は国民を守らねばならない。
私は日本を守らねばならない。
私は人魚たらねばならない。私は人魚たらねばならない。私は人魚たらねばならない。
そのためならば、私は武蔵を沈めることをためらってはならない。
たとえそれが、親友に刃を突き立てることだとしても。
たとえそれが、家族を殺すことだとしても。
たとえそれが、取り返しがつかないことだとしても。
そのためならば、私は武蔵を沈めることをためらってはならない。
ごめんね、もかちゃん。一緒にブルーマーメイドになるっていう約束、守れそうもないや。
心の中で詫びる。許してもらうつもりはない。だから、叫ぶ。
「水雷長っ!」
「
雷跡が、伸びてゆく。
……いかが、でしたでしょうか。
今回は……書いてて、つらかったです。はい。
もう、誰も止まれない。もう誰も止まらないまま、話が進んでいきます。
晴風の、武蔵の結末はいかに。
――――――
次回 忘れられない傷を残して
それでは次回もよろしくお願いします。