ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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AUGUST RUSH / DISTORTION

 

 

 

 

 

「……あの、高峰教官?」

「青葉でいいって言ってるじゃないですかぁ、もえかさん」

「……あのですね、青葉教官。私は呉本校で交換研修のために車に乗せられたはずなんですが」

 

 西日本方面とは逆向きの高速道路に乗った車の助手席で胡乱な目を向ける知名もえか。その視線の先にある運転席にはマニュアル車を軽快に動かす高峰青葉教官がいる。

 

「もちろんこの後行きますよ。少しだけ寄り道しますが」

「……寄り道で反対方向ですか」

「そんな嫌そうな声出さないでくださいよぅ。旅は道連れ世は情けっていうでしょう?」

「道連れだと言うなら行く先ぐらい教えて下さい」

 

 もえかはそう溜息をつくが、青葉は小さく笑うだけだった。

 

「大丈夫ですって、きっとあなたのためになる」

「……ためになるかならないかを決めるのはあなたなんですか?」

「ただの予想ですよ。そんな肩肘張らずにリラックスリラックス」

 

 青葉はそう言って追い越し車線に車を滑らせる。

 

「いやぁ、絶好のドライブ日和、気をつけないと制限速度を超過してしまいそうです」

「公務中なのでは?」

「それが残念です。警察(ミリツィア)のみなさまも優秀ですからねぇ」

「警察を民兵(ミリツィア)扱いしないでください」

「いーじゃないですかー。この車は盗聴器や位置情報通報装置(GPSロケーター)なんて積んでないんですし。あなたが密告しなければ問題ありません」

 

 そう言う青葉は至極楽しそう。その横でもえかは溜息。

 

「……海から離れるのが、そんなに嫌ですか?」

「海へのこだわりがないと言えば嘘ですが、それで溜息をつかなきゃいけないほどじゃないつもりです」

「じゃぁミケ艦長のことですかね。今頃はましろさんのお宅でゆっくりしている頃でしょうかね。長野からは帰ってきてるんでしょう?」

「……やっぱり監視してるんですね」

「まぁ、命令ですから」

 

 ケラケラと笑う青葉。その目を細めて、横目でもえかを見る。

 

「大丈夫です。日本政府はあなたたちが著しく国益に反する行為をしない限り見限るようなことはしません。あなたたちは国家公務員ですが高校生です。国家、社会、家族……まぁどこにあなたが帰属意識を持つのかはわかりません。ですがあなたはそれらコミュニティの中で保護されるべき存在であり、我々日本政府が守るべき存在です」

「……禾生校長みたいなことを言いますね」

「心外ですぅ、あんなハンパな愛国者と一緒にしないでくださいよぅ。あんな極右テロ集団一歩手前な組織と一緒にされたら困りますねぇ」

「だったらあなたはいったいどこの誰なんです?」

「さぁて、私は誰でしょう?」

 

 青葉は笑って左車線に車を移す。どうやら沿岸高速に移るらしい。このまま行くと行先は、旧港区方面か、千葉か。その辺りだろうか。

 

「……まぁ、その答えが見えるかもしれない場所にこれから行くんですけどね」

 

 青葉は軽薄な笑みを浮かべてそう言ったきり、黙り込んだ。会話なく車はジャンクションに飛び込んだ。僅かに速度を落としてジャンクションを回って路線を変える。

 

「世界はいつだって広大です。人ひとりで変わるものじゃない。それでも世界は、たった一人の言葉で意味合いを変えることがある。……北条沙苗が成したように、岬明乃が成したように」

「……RATtのことを言っていますか?」

「えぇ。確かにRATt連続テロ事件はブルーマーメイドのあり方を変えつつあるわけです。誰かが意図的に作ったターニングポイント。それがRATt連続テロ事件だった」

 

 青葉はそう言ってシフトチェンジ、緩いショックと共にエンジンが軽快に吹きあがる。

 

「もえかさん。あなたは一連の流れをどう見ていますか?」

「……含意が広すぎます」

「では言い換えましょう。ヘファイストス計画が実行に移され、宇宙太陽光発電の実験衛星『ヘファイストスI』が打ち上げに成功。国内では事件を受けてブルーマーメイドのための補正予算が抵抗らしい抵抗もなく可決されようとしています。それらがこの国に何を生み出すと思いますか?」

 

 そう言われ、逡巡。

 

「……将来的には国際社会からの孤立に繋がるんじゃないでしょうか」

「東南アジアからは歓迎されている現状も踏まえて?」

「いつかは教主国がすり替わっただけだと気が付きます。その時が、終わりです」

「なるほど、やっぱりもえかさんは頭がいいですね。好みですよ、ほんと」

「……やっぱり禾生校長みたいですね、青葉教官」

「だからぁ、あんなハンパ者のおばさんと一緒にしないでくださいってば」

 

 青葉は上機嫌に笑い、アクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 東亜細亜商工会館

 

 そう書かれた古い鉄筋コンクリート造のビルに入っていく。

 

「ここもそろそろ建て替えなんですけどねぇ、もうフロートごと総とっかえの時期でしょうに」

 

 青葉はそうぼやきながら進んでいく。昔ながらの窓のサッシには埃が溜まっており、手入れがあまり行き届いていないことをうかがわせた。

 

「……本当に大丈夫なんですね?」

「青葉を信じてくださいよぅ」

 

 それを信じられないからの発言であることはきっと向こうもわかっているのだろう。だからこそ胡散臭い笑みを浮かべたまま建物に入っていくのだ。

 

 

 何かを、試されている。

 

 

 それを感じ取れるほどには、もえかは敏感だった。

 

「……わかりました。今は信用します」

「ありがとうございますぅ。では行きましょう」

 

 青葉につれられるようにして建物に入る。中は思ったよりはキレイと言う程度。薄暗い玄関ホールにステンドグラス風の窓ガラスから射しこんだ光が落ちている。そこに僅かに埃が浮いている。

 

「フロート都市の黎明期に出来た建物なんで、築年数で言うと45年ぐらいですか。なかなか趣あるでしょう? その時に威厳が欲しくて重厚なアールデコ調の建築様式を取り入れたものだから時代遅れ(レトロ)感がすごいことになってるんですよねぇ。悪いこと言わないから新しくした方がいいと思いませんか?」

 

 ぺらぺらと喋りながら青葉は曲線美を描く階段の手すりを撫ぜるようにしながら階段を登っていく。もえかはゆっくりとその後を追った。白熱灯らしい古い電灯が照らす薄暗い廊下を歩く。夏なのにひんやりと冷たい空気が漂っている。白い廊下の壁に触れるとひんやりとしており汗ばむ程の気温で温められた体に心地よかった。どこか冷たく湿った雰囲気がする。

 

「……そうですね」

「でしょう?」

 

 青葉にとりあえず軽く答えると、青葉は嬉しそうに笑う。そのまま一つの部屋のドアを叩いた。

 

「ども! 恐縮ですぅ!」

「毎回それをやらないと部屋に入れないのか」

 

 中から響いたのは苦そうな声。男性の声だ。

 

「もえかさんを連れてきましたよー」

「本当に呼んできたのか」

「だってぇ、呼んで来いって言ったのは高峰さんじゃないですかぁ」

 

 青葉がそう言いながらもえかを部屋に招き入れた。逆光の部屋の中に座った男の姿が見える。見えにくいがグレー系の三つ揃い(スリーピース)の背広はどこかクラシカルな雰囲気を漂わせている。オールバックに整えられた髪に銀縁の細い眼鏡が知的に顔を彩っている。その奥の目は静かだが同時に冷たく整えられている。

 

「老松から推薦されたのは君か」

「老松教官……ですか」

 

 そう言われてもえかは僅かに頭を捻る。老松と言えば、宗谷真雪が校長だったころ、校長秘書を務めていた人物のはずだ。

 

「まったく、人員不足を嘆いたらこんな子を薦められるとは思ってなかったがね」

「嬉しいくせにぃロリコン野郎」

「青葉」

 

 男がそう言うと青葉は肩を竦めた。もえかはゆっくりと言葉を選んで口を開いた。

 

「……とりあえず、話が全く見えないのですが」

「当然だ。わかるようには話してない。挨拶もなにもないが、これから話すことは君の今後に係ることだが、他言無用で頼むよ」

「政府の出先機関、と言うわけですね」

 

 もえかがそう言うと青葉が軽く口笛を吹いた。目線だけでそれを咎めた男がもえかと視線を合わせる。

 

「そう判断した理由を詳しく」

「建物の見た目を壊さない範囲で警報装置や監視カメラがてんこ盛りになっていれば、嫌でも気が付きます。窓のサッシに警報装置が付いていました。窓を開けたり割ったりしたら通報が行くんでしょう? 窓に埃が溜まっていたのは窓を開けないから。この夏に窓を開けないのは人がいないか開けられない事情があるかでしょう。少なくともフロート都市の電気代は安くないわけですし」

 

 もえかはそう言って男を見て笑った。

 

「熱がこもりがちな鉄筋コンクリート造にしては涼しい室内。異様に冷たい壁はその壁の裏側で冷房を過度に使っているから。……その裏にあるのは、おそらくサーバールームでしょう。それらをこんな古い建物で使うような理由は、ここが公的に存在してはいけない何かだから、違いますか?」

「それがなぜ日本政府と結びつく?」

「青葉教官とあなたの苗字が一緒です。ここに来る車の中で、青葉教官が『青葉でいい』と呼び方を訂正したのは、最初からあなたの所に私を呼ぶためで、青葉教官の上官があなただから。そして車の中で青葉教官は『我々日本政府』という言い方をしました。つまり、ここは政府に関わる内容を扱う非公式な組織であることになる……あってますか?」

「……青葉、お前な」

「さすがにヒントを出し過ぎましたかねぇ。老松さんに怒られてしまいそうですねぇ」

 

 青葉はわざとらしく舌を出して頭をこつんと叩いた。その仕草が男の神経を逆なでしたのか、あからさまに不機嫌そうな顔を向けた。

 

「……まぁいい。そこまでヒントを出せば馬鹿でも気が付くだろう。及第点だ」

 

 男はそう言うと大きな書類封筒をテーブルの引き出しから取り出した。

 

「君のことはそこの青葉と老松から聞いている。我々の仕事に適性を持っている人物に心当たりがある、とね」

「仕事、ですか」

「君のことは調べさせてもらった」

 

 男はそう言って封筒の中身を取り出し、デスクに広げた。

 

「知名もえか。長野県出身。母親は海上安全整備局の局員だったが、11年前の『かざなみ』二重遭難事故の際に殉職。その後、父親が蒸発したため君は児童相談所に保護されたことになっているが、それは偽装情報(フェイク・カバー)。君の父親は蒸発ではなく死亡している、そうだな?」

 

 もえかは答えない。無言の肯定。

 

「君は父親とその共犯者たる友人数名から性的暴行を受けていた。それから逃げようと君は父親をガラスの灰皿で殴打し逃走。追ってきた共犯者がからかい半分で投げ渡した拳銃を発砲し、それを聞きつけた近隣住民によって保護……君は苗字を母親の姓に変え、保護観察となり、犯人グループは逮捕、今も収監中……これだけでも一生分の不幸を使い果たしたようなものだったが、RATt連続テロ事件に巻き込まれた」

「……それが、どうしたというのですか?」

「同情してもいいんだが、そんなものを君は必要としないだろう。我々はそれでも正気を保ち続けた君のその強靭な精神力と思考力、観察力を期待して君に一つの道を提示したい」

 

 そう言って彼は顔の前で手を組んだ。

 

「名目上は経済産業省の傘下になるが、実質的には内閣官房長率いる国土保全委員会の直轄となる情報収集機関(リサーチ・ユニット)への参加だ。少数精鋭、最優先ライン、階級なしの実力主義。君にそこでRO……連絡士官(リポート・オフィサー)としての活躍を期待したい」

「リポート・オフィサー……」

「ケースオフィサーと言えばわかるか? それの前段階といったところだ。ケースオフィサーが回収した情報を政府の手が届くところまで持ち出すことが主任務となる。将来的にはケースオフィサーとして外交団の一員として動いてもらうことになるだろう、もっとも君がここですぐに承諾したとしても、実務に出るのは3年ほど後になるがね」

 

 そう言って彼は肩を竦めた。

 

「我々の目的は簡単だ。危険な物流を察知し、その動きの裏を取り摘発する。任務は簡単ではないが」

 

 男はそう言って笑った。

 

「決して表に出る様な仕事ではない。輝かしいキャリアなんてあったものではない。だが、この組織無くして、現在の貿易の安全は確保できない。日本が日本であり続けるために必要な仕事を担っている」

「……表に出せない仕事だとしても、ですか?」

「そうだ。我々は諜報組織としての一面も持ち合わせる。だからこそ我々は秘匿され続ける。君が過去を消して知名もえかでありつづけるように。すべてを欺き、全てを騙し、それでもこの世界を守る強い意志を以って、それを成したという自己満足だけを報酬に働くことになる。……そして君にその適性があると、老松は、そして宗谷真雪は判断したようだ」

「……元校長が絡んでいるとは意外です」

 

 もえかが素直にそれを口にすると、彼は笑った。

 

「宗谷真雪元校長はうちのお得意様でね。今回の連続テロでも少しばかり恩を売っている。……君はもう気づいているだろう。君はもうマーメイドになる道は絶たれた。だがこの国の人材不足は止まらない。そして君を一般市場に投入することもできない」

「だから、裏で雇用する、と?」

「そうなるな。まったく、うちが欲しいのは即戦力で、人材育成をするような部署じゃないんだが」

 

 そう言うと彼は席を立った。

 

「それで、どうするね?」

「そもそもここまで話したところで拒否権はないんでしょう?」

「理解が早いようで結構。だがもう少し表情に出さないように訓練したほうがいい」

 

 彼はそう言ってもえかの前に立った。

 

「ようこそ部隊へ。君の義務への献身を期待する。知名もえか」

「せめて雇い主の名前くらい教えてもらえると助かるのですが」

 

 男はそう言われ肩を竦めた。

 

「表向きには経済産業省の所属になる。経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 安全保障貿易管理政策課 特定危険物輸出入監視室 第四分室。業界の中では『セクター・フォー』で通っている。私はそこの分室長を務める高峰春斗(はると)主任だ。少なくともここではそう呼ばれている」

「それで高峰さんの妻の高峰青葉ですぅ!」

「お前を娶った覚えはないし、干支が二回り近い程年下を娶る趣味はない」

 

 その会話に苦笑いを浮かべるもえかの肩に青葉が手を回した。

 

「高峰さん、青葉がこのまま上官という事でいいんですよね?」

「わざわざほかに学校に送り込む必要もなかろう」

「わかりましたぁ。では青葉が預かりますねー。とりあえずのところ、卒業と同時に実戦投入できるレベルを目指してしごいときます」

「頼んだ」

「それではこのまま呉に向かいまーす。……あっとそうだ。今後のこの子の呼び名どうします? 青葉が決めていいんですか?」

「任せる」

「じゃぁ『バロット』で」

 

 青葉は至極楽しそうにそう言った。どうやらスパイ映画よろしくコールサインがもらえるらしい。

 

「……悪趣味だが。任せると言った以上しかたないか。では今後ともよろしく、バロット。我々セクター・フォーは君を歓迎する」

「……お手柔らかによろしくお願いします」

「安心したまえ。我々は情報収集専門だ。破壊工作もしなければ強行臨検も基本的にない。腰抜けの平和な部署だ。武闘派は国交省だけで十分だからな」

 

 彼はそう言って笑った。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「ね、うまいこと話がまとまったでしょう?」

 

 青葉の笑みはいっそすがすがしいが、もえかにとっては不満タラタラである。

 

「そんなに怒らないでくださいよ。いつかはこうなることはバロットもわかってたでしょう?」

「……まぁ、そうですけど」

 

 高速道路をかっ飛ばす車は一路西日本方面に向かっている。呉に行くというのに嘘はなさそうだが、行く先はおそらくブルーマーメイドの施設ではあるまい。

 

「そういえば、バロットの由来って何なんですか?」

 

 あからさまではあるが、話題を変えておく。青葉はクスリと笑った。

 

「フィリピンの郷土料理ですよ。滋養強壮に効果的、孵化直全のアヒルの卵を茹でるんです。卵の濃いみたいな味がして美味しいですよ。見た目はグロテスクこの上ないですけど。孵化直前なんで嘴も羽もできかけですからね」

 

 それを聞いて高峰春斗と名乗った男がなぜ悪趣味と言ったのかを知った。それは確かに悪趣味だ。

 

「まぁ最も、私のイメージだと冲方丁の小説のイメージの方が強いんですけどね。マルドゥックスクランブル、読んだことは?」

「残念ながら」

「今度時間があったら読んでみるといいですよ。おすすめです。主人公の女の子、いいですよ」

 

 夏の背の高い積乱雲が流れていく。それを見ながらもえかは半ば上の空で「わかりました」とだけ答えた。

 

「……ミケちゃんと一緒にいれるのは、あと3年ですね」

「ですね。おそらく卒業後頃合いを見て『知名もえか』は行方不明という事になるでしょう。適当に焼死体を拵えてもいんですが、そこまでやる必要もないでしょう」

 

 青葉の声はどこまでいってもフラットだ。それを咎めるつもりはないが、少し薄情に思えてしまう。

 

「ブルーマーメイドを光とするならばセクター・フォーは影と言ったところでしょうか。ですが願いも仕事も変わりません。求めるは海の平和と安寧です。今、目の前で泣いている人を救うには時に法は邪魔になる。だから我々が存在する。我々なら、救える」

「目的は手段を正当化しませんよ」

「その通り。だから我々はそれを隠す。そしてすべてが終わった後、それを自らの手で白日の下に晒し、我々は裁かれなければならない」

 

 青葉は目を細めた。青い空がどこまでも透き通っている。

 

「人は狩られることで進化してきた。猿人が完全二足歩行を獲得したのは安全なジャングルを追い出されたからです。天敵であるネコ科の大型動物を少しでも早く発見するためには立ち上がるしかなかった。『2001年宇宙の旅』で、人間は狩りのために道具を得、投擲能力を得たとか言われていますが、そんなことはない。ライオンにもハイエナにもチンパンジーにもゴリラにも勝てない人間はいつだって狩られる側だった」

 

 青葉はいきなりそんなことを口にした。真意がつかめずもえかは黙って続きを待つ。

 

「だから人間は協働を覚えた。家族という排他集合と社会というコミュニティを両立できる生物はホモサピエンスぐらいです。社会性の獲得で役割の専門化が進んだ。それは効率化を促した。完全直立二足歩行によって、空いた前足による投擲を可能にし、脳の高容積化が促され、知恵を得た。言葉や文字、絵画や音楽はその知恵の外部蓄積を可能にした。これらは全部必要性があったから。それらで武装しなければ人間は常に狩られ続けたからにほかなりません。それは今もきっと変わらない」

「何が言いたいんです?」

 

 青葉はその問いを受けて口の端を吊り上げた。

 

「日本は今、世界に狩られようとしている。それを憂いた金鵄友愛塾はある意味正しい。そうでなければ日本が消えうせるというビジョンは説得力があるし、急進的過ぎる行動に目を瞑れば正義は彼らにある。少なくとも国防の筋は通した」

「そうでしょうか? わたしにはそうは思えないんですが」

「実際、褒められたものではありませんしね」

 

 青葉は苦笑いでそう答えた。

 

「だとしても、金鵄友愛塾はある意味で正しい行いを続けてきた。だからこそヘファイストス計画の実施は誰もが黙認してきた。それに否と言ったのはそのシワ寄せがいったブルーマーメイドだけだった。それがその証左でしょう。日本はあなたたちを切り捨てることで、日本の得る利潤の最大化を図った。実際に国交省、経産省、文科省、内務省はヘファイストス計画もヘスペリデス計画も察知していた。知って黙認した」

「なぜそう言いきれるんです?」

「私がそこに情報を流してたからですよ? 『こんなことが起こりそうですけど皆様いいんですかぁ?』ってふれて回ったからです」

 

 青葉は即答。

 

「こうなることを日本政府は半年以上前から知っていた。少なくともインテリジェンスコミュニティの中では共有され、公然の秘密と化していました。それでも止まらなかったのはなぜか。それが国益の最大化につながるからです」

 

 単純でしょう? と笑う青葉の口調は軽かった。

 

「これによって東南アジアを中心にしたエネルギー産業に参入できる。これをきっかけにして太いパイプを世界中の資源国と繋ぐことができる。資源のほぼすべてを輸入しなければならない日本には必要な処置だった。1億人を超える日本人を飢えさせることはできませんから。それが必要であれば看過される。そしてあなたたちの犠牲は必要であると皆が決めた。だからあなたたちはひどい目に遭った」

「……気軽に言いますね」

「所詮は文字通りの他人事ですよ。でもラッキーが重なって犠牲が必須ではなくなる可能性が出てきました。だから当初の目的を損なわない範囲で宗谷真雪を支援した。残酷ですがそれが全てです」

「……それを私に話すのは国益に適うんですか?」

 

 理不尽さへの恨みを滲ませながらもえかがそう言えば青葉が声を上げて笑った。

 

「では確認ししましょう。――――知名もえかさん、あなたはブルーマーメイドのない社会を望みますかぁ?」

「……!」

「そう、あなたは望まない。今の社会がどれだけ理不尽でも、この世界に夢を持ち、この世界を守ろうとする意志を知っている。この現行システムのおかげで生きることを許された人たちを知っている。この世界を守ろうとし、この世界を救おうとし、そのために命すら投げ打とうとした人たちを知っています」

 

 そう言われ二人分の背中が浮かぶ。

 

「その理不尽を認めはしても許しはしない君の正義感。現行のシステムを稼働させながら、システムを変えていくために必要なのがその正義感です。ミケ艦長が超えられない一線を君なら超えられる。そして君が超えられない一線をミケ艦長が超えていく。それが一対の小さな歯車となって、世界を変えていく。その一縷の可能性を我々は信じている」

 

 横目でもえかを見て青葉は笑って見せた。

 

「人は狩られることで進化する。君は常に狩られる側だった。そしてこれからも狩られる側でしょう。だとするならば、正当に進化し次のステップへ踏み込む可能性が高いのは君だよ、知名もえか。いや今はバロットと呼びましょう」

 

 青葉の瞳は底が見えないほどに沈み込み、そこになにが見えているのかを窺い知ることはできなかった。

 

「バロット。君の過去は残酷だ。現実はさらに残酷だろう。未来はどうなるか知らないが神様が開店休業状態の昨今、祈ったところでどうにもなるまい。雛鳥として産み落とされることすら許されず、より上位の存在に搾取され続ける君は、自らの力で殻を破るしか生き残る道はない。ゆで卵を生卵に戻すような不可逆な何かであっても、君はそれを成さねば生き残ることができない。――――そして我々はその可能性を提示する」

 

 青葉の言葉遣いが大きく変わった。

 

「くらいついて来い。バロット。我々(カラ)を喰い破ってみせろ」

 

 ぞっとするような笑み。――――この笑みは、やはり。

 

「悪魔、ですね」

「いいですねぇ、悪魔。なら精々神に反逆してエデンの園の正体を暴くとしましょうか……彼ら秋の葉のごとく群がり落ち、狂乱した混沌は吼えたけり、です」

 

 夏の熱気が二人を包む。まるで生き急ぐように蝉の大合唱が響いていた。

 

 

 

 




……いかがでしたでしょうか?

後日談とは何だったのかという雰囲気の後日談でした。モカちゃん……

今回出てきた高峰春斗ですが、自分がオーバードライヴ名義で執筆している艦これ作品『艦隊これくしょん―啓開の鏑矢―(https://novel.syosetu.org/27457/)』からの出張となりました。キャラクターのみの出張ですので読まなくても大丈夫です。
これに伴い、投稿者名義をキュムラス/オーバードライヴに変更させていただきました。何卒ご了承下さいませ。


――――
「やっぱり、うそつきだよ、あなたは」
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