ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
まずい、とてもまずい。それだけが柳原麻侖の頭の中を駆け巡っていた。
「とりあえずなんとかしないとなんだけど、思いつかねぇよぉ……」
上がりっぱなしの心拍数をなんとか押さえ込もうと深呼吸をしながら星空を見上げる。雲量はおそらくゼロ、皮肉なまでの晴天だ。ちかちかと瞬く星がコンテナターミナルを照らしていた。なるべく小声に押さえ込んで電話口にささやきかける。
《マロンちゃん、一回状況を整理しよう》
電話口の向こう、岬明乃の声はひどく落ち着いていた。
《今マロンちゃんは安全なところにいる?》
「木更津港のコンテナターミナルのコンテナとコンテナの間、た、たぶん見つからないはず……」
《マロンちゃんだけでも脱出出来そう?》
「そ、そんなことできねぇっ! クロちゃん達をおいていけるか……!」
麻侖はそう答え、コンテナの奥を気にした。二ブロック向こう、動いてなければその辺りにあいてがいるはずだ。
《マロンちゃんが脱出したいかどうかは別にして、脱出はできる?》
明乃の声はぶれない。いろいろ言いたいことはあるが、こうなった艦長はテコでも動かない事を麻侖は知っていた。そうやって考える間にも少しずつ考えがまとまってくる。岬明乃は不思議だ。話している間に頭がさえてくる。
「……出来なくはないはず」
《どうしてか説明できる?》
「着衣泳が出来れば、逃げられる。この夜でこの穏やかさなら泳いでおぼれることもないし、あっという間に夜に紛れられる。潜ってしまえば銃撃は怖くない」
そう言う間も、スピーカーの向こうからは物音が絶えない。明乃は今宗谷家にいるはずで、副長の宗谷ましろ、航海長の知床鈴が一緒にいるはずだ。なにやら対策を練ってくれているらしい。
《そもそも、なんでその武装集団に追われてるの? 木更津港にいたのは商船の機関部見学のためだから知ってるんだけど》
「……その帰りにルナのやつが外国人にぶつかったんでぃ。青い眼のみるからにガイジンさんがルナを助け起こす時に、脇に拳銃を吊ってたのを見て、ルナが声を上げちまった」
《……口封じ、かな?》
「わからねぇが問題はその後執拗にルナやクロちゃんを追いかけてきやがったことだ。わざわざ人気のないコンテナターミナルに追い込んでまで」
《その外国人の犯人とぶつかった場所は?》
「貨客船のターミナルで、マロンたちが見学してた船から下りたところ」
わかった。と言って明乃の声がしばし途絶えた。
《マロンちゃん、良い報せと悪い報せがあるけど、どっちから聞きたい?》
明乃の声。その言いぐさに麻侖は眉を顰めた。
「……良い知らせは?」
《鎮圧作戦が開始される、ネクスト・ワンファイヴから》
麻侖はそう言われ時計を見た。22時43分、ネクスト15ということは、作戦開始時刻は37分後の23時15分だ。
「ちなみに悪い知らせは?」
《作戦の主導がブルーマーメイドじゃないの。……経済産業省の特殊部隊が投入されるらしいって》
「け、経済産業省?」
明乃も戸惑いながらそれに答える。
《詳しいことはわからないけど、どうやらテロリストが狙っているものが特殊らしいの。……マロンちゃん、動ける?》
それを聞いて、麻侖は深呼吸。
「どういうことでぃ?」
《わざわざ警察やブルーマーメイドを押さえ込んでまで特殊部隊を放り込む状況なの。おそらくテロリストの制圧を優先する。クロちゃんたちが危ないかもしれない。30分の間に、クロちゃんたちから犯人グループを引き離す》
「……囮になれって、かい?」
《そんな事はさせない。そのために私たちがいる》
耳にした携帯が震えた。SNSの通知、晴風の全員が参加しているグループチャットだ。
《みんなが協力してくれる。マロンちゃん、インフォメーション・イルミネーター持ってるね? 携帯と同期させて。ここから先はイルミネーター越しに指示を出す》
「……まったくいっつも艦長は無茶を言ってくれる」
《無茶を言うけど、助けるよ。だから付いてきて》
「言われなくても。精々傾いて見せるのが江戸っ子の心意気てんでい」
バッグの中からスポーツゴーグルのような物が取り出された。それを掛け、電源を入れる。
《戦術リンクへの参加を確認。状況を開始します》
インフォメーション・イルミネーターが情報を一気に表示し始めた。
《監視カメラが
「……了解っ!」
明乃の声が状況を変えていく。
†
明乃にとって今回の作戦は単純だ。目的は一つ、機関科6名の生命の安全の確保。使えるのは要救助者たる機関科の一人、柳原麻侖と、ブレイン27名。犯人グループに拘束されている5人を除いた晴風総員と今は呉にいるはずの知名もえか艦隊作戦参謀役だ。
「リンちゃん、ブレインチームの音声チャット用意できた?」
「全員のオンライン確認です」
「なら繋いで状況の共有をお願い。タマちゃんの回線だけ先にこっちに回せる?」
「は、はい、タマちゃんの回線だけ先に艦長のイルミネーターに直結します!」
今回戦術リンクの盛大な使用が出来ないのがネックだが、それに代わるものが使用可能だ。ネットを使ったビデオ通話サービスだ。
「音声だけでごめん、タマちゃん、聞こえてる?」
《うい。
音声ノイズはあるものの、気にならないレベルで接続されている。通信分野は軍や公的機関が開発した規格を民間が開発した経緯を持つ。インフォメーション・イルミネーター自体、民間の技術を公的機関にスピンインしたものだと言うのは最近になって知ったが、通信端末の規格が一緒なおかげで、無理矢理だが民間サービスで接続できたのはありがたい。
「今場所の地図を送った。タマちゃんが狙撃するなら、どこで狙う?」
《……狙撃手狩り?》
「狙撃手経由で特殊部隊のトップにコンタクトを取りたいのと、みんなの巻き添えを避けたいの」
《わかった、割り出す。5分後に再連絡、
「
5分。長いと思うが遠隔で地図を頼りに割り出すのだ。おそらく最速の部類になる。
「全体通話に接続します。真雪先生は経済産業省へのコンタクトを」
「教師を顎で使うあたり、本当に影響を受けたわね」
「文句は柳教官に言ってください。お願いします」
「分かってるわ」
そういう間に鈴が合図を出した、イルミネーターの縁を叩く。通話開始。イルミネーターの端には麻侖を示すアイコンが出ている。麻侖はこの通話に参加していない。麻侖にとって無駄なノイズになる。
「状況はリンちゃんからみんな聞いてると思う。状況と作戦を通達します」
明乃は目の前の机を見る。プリンターが吐き出した地図や状況が羅列された紙が散乱している。状況発覚から23分、ここまで情報を集められたのは宗谷家のパイプのおかげだ。
「犯人グループは確認できるだけで7名、おそらくもっといる。武装はマシンガン程度と推定、最大で対戦車ロケット砲レベルだと推察」
《それ普通にテロリストというよりゲリラじゃない?》
無線に割り込んだのは西崎芽依の声だ。
《それ相手に武器ゼロのマロンちゃんだけでどうにかするの?》
「勝つ必要は一切ないよ。でも負けるわけにはいかない」
《負けていないという状況はいかなるものでしょうか?》
この丁寧な言葉遣いは万里小路楓だ。それに答えたのは明乃の横に座っていた宗谷ましろだ。
「機関科の皆が五体満足で脱出できることを最優先に行動する。状況は共有した通りだ。周囲はコンテナターミナル、遮蔽物が多い分、死角が多い。それだけ行動が限定されるが、こっちには数と文明の利器がある。生きているカメラを皆で手分けして確認する。それを使って柳原さんの行動を支援する。異論は?」
全体が黙る。その合間に声が割り込んだ。
《鏑木美波より報告がある》
「みなみちゃん? どうしたの?」
割り込んできた声を聞いて、明乃はいぶかしみつつも先を促した。
《6分前、柳教官が拳銃を持った人間に連れられて姿を消した》
《はいぃっ!?》
やたらとでかい素っ頓狂な声は芽依のものだろうが、周りも似たような印象
だ。
「どういうこと?」
《政府機関の人間であることは確か。柳教官とも顔見知りらしいし、柳教官は慣れた様子で車に乗ってた。……無関係かもしれないけど、あまりにタイミングが良すぎる》
「わかった。報告ありがとう。……経済産業省の特殊部隊ってのも初めて聞くし、柳教官がそっちに入っている可能性もある……よし。他には?」
《私から、いい?》
「モカちゃんどうぞ」
明乃の許可を受けて知名もえかが口を開いた。
《高峰青葉教官経由で確認を取りました。外国人テロリストグループの狙いは劣化ウランの可能性が大です》
「……モカちゃん、高峰教官そこにいる?」
《はいはーい、いますよー》
もえかより先にハイテンションな声が割り込んだ。
「その情報の確度はわかりますか?」
《かなりの確率ですよ。食後のコーヒーを賭けてもいい》
「要は『裏付けはない』ということですか?」
割り込みを賭けたのはましろだ。それを鼻で笑って青葉は続ける。
《柳原さんが機関を見学させてもらった貨客船は伊豆諸島方面をアイランドホッピングする定期船で、父島で大きな荷物を積載しました。その荷物をトラッキングしていますが、海上原子力発電所由来の劣化ウランの可能性が高いと経済産業省のある機関は推定しています》
「……なんでそんなものが民間の貨客船に積まれてるんです? ブルーマーメイドの専門部隊付きの専用船で運搬してるはずでしょう」
《さあ? それについては後ほど調べることでしょう。今は犯人の行動理由とそれを用いた行動予測が重要では?》
「……可能性の一つとして認めます」
《良い報告を期待しますよ》
考えるべき情報が増えてくる。それでも明乃は思考を止めるわけにはいかないのだ。
「監視カメラを手分けして確認していきます。何らかの動きがあれば報告をお願い。狙撃手配置の可能性は今タマちゃんにお願いしてもらってる。……なんとかできそう。みんなお願い」
明乃の中に仮説が組み上がっていく。マイクをミュート、鈴とましろにもミュートしてもらい後ろを振り返る。
「高峰教官の情報、合っているんでしょう?」
明乃の言葉を聞いて、真雪は黙り込んだ。
「先生が言っていた私たちに付いているっていう
宗谷真雪はなおも沈黙、無言の肯定。
「先生、お願いがあります」
「……なにかしら?」
「柳教官に繋いでください。時間がありません」
真雪はどこか悔しそうな顔。
「……ここから先、私の力じゃあなたも晴風のみんなも守れないわ」
「晴風で学んだのは守られることじゃなくて、守ることです」
そう言って明乃は笑ってみせる。
「私は晴風の艦長です」
それだけで通じるはずだ。これだけで通じたはずだ。実際に刺されたような表情を真雪が浮かべたから通じたのだろう。
艦長は文字通り艦の
「……わかったわ。少し待ちなさい」
「ありがとうございます。しろちゃん、指揮を一度預けます」
「わかった」
「リンちゃんはタマちゃんからのデータがそろそろ上がるはずだから、それを反映して」
「ミケちゃんは……?」
その答えは既に決まっていた。
「柳教官を黙らせてくる」
明乃は笑ってそう答えて真雪から差し出されたスマートフォンを取った。
「お久しぶりです、教官」
《嫌味なやつになったな。誰に影響を受けたんだか》
明けない夜は、まだまだ続く。
†
「高峰教官、話して良かったんですか? 仕事、やりにくくなりません?」
「青葉でいいって言ってるじゃないですかぁ」
知名もえかがそう言うと、高峰青葉はケタケタと笑いながら答える。
「隠す必要がもうないんですよねぇ、どちらかと言えば表向きの窓口が必要なんです。裏の方はあなたがいますし、岬明乃の行動を制限する意味ではこっちの方が楽なんです。バロット、すこし頭を使いましょう」
その言いぐさにすこしムッとした表情を浮かべるもえか。青葉は楽しそうだ。
「今回のこれでアメリカに恩を売れます。劣化ウランがロシア経由で南米に渡れば大変です。アメリカも自国に劣化ウラン弾が叩き込まれるのは気分が宜しくないらしい」
「それで宜しくなる人がいたら危篤だと思いますが」
「そりゃそうですね」
そう言って笑った青葉は頭の上で手を組んだ。
「でもまぁ、ここまで派手になってくれれば、我々としても願い叶ったりです。ロシア系マフィアのしっぽをつかめたことで仕事もしやすくなりますし、ロシア相手の切り札ですから」
「劣化ウランなんて搬出させることができる役職の日本人のあぶり出しですか?」
「有り体に言えば。まぁそこから先は内務省と警察の仕事です。実働は内務省に丸投げですし。私たちは証拠の書類をそろえるだけですよん」
ちらりともえかの方を見た青葉がにやりと笑った。
「でもまぁ、不幸なことです。どうやらセクター・フォーが少女を使っていることが流れていたらしい」
「……流した、の間違いでは?」
「いえいえ、流したつもりはないですよ。でもまぁ、キミの能力を疑問視する人間からしたら格好の材料でしょう」
青葉の言葉の裏にある言葉を正確に理解する。
「黒木さん達がやたらと追われていたのはそのせいですか」
「まぁおかげで交渉とか
青葉が『高峰さん』と言った相手は青葉の上官でもえかの雇用主である高峰春斗だろう。
「まぁ、ここまで来れば大丈夫でしょう。ロシアもバカじゃない。鉄砲玉には市場に出回っているやつしか出してないでしょう。出てきてトカレフぐらいです」
「柳原さんには十分脅威だと思いますが」
「そこは大丈夫でしょうよ。岬艦長も柳さんも優秀だ。現場を奪い合う状況にはならないですし、内務省の部署は優秀ですよ」
そう言ってから青葉はあくびをかみ殺した。
「青葉疲れましたぁ。なにかあったら起こしてください」
そう言って本当に眼を閉じてしまう青葉。もえかは彼女を視野から追い出し、状況が流れるタブレットを眺めた。
「お願いね、ミケちゃん、柳管理官」
日々お酌に追われる新米社会人、キュムラスです。本当に遅れてしまい申し訳ありません。社会人で執筆されている方に畏敬の念すら抱いております。本当に化け物ですか皆様……
さてさて、いろいろヤバい物が飛び出してきて大問題なオーガストラッシュ編ですが、間もなく終了に向かう予定です。そろそろ第二期のイメージも固定化させないとなぁ……
これからもスローな投稿が続きますがどうぞよろしくお願いいたします。
――――
「これが晴風の正義なら」
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