ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
疑念を解く糸口の在処は
「そんな……武蔵が……!」
岬明乃が弾かれたように振り向く。左腕を三角巾で吊ったままの柳が仏頂面で続けた。
「救援求むの無線を本艦から転送済みだ。晴風の処遇がどうであれ、救難信号の中継は最優先で受理される。ブルーマーメイド本隊が既に対応している。今はプロに任せておけ」
「それ届いたのは昨日の夜なんですよね。なんで知らせてくれなかったんですか?」
咎めるような目線が柳に刺さる。柳はそれを受けてなお表情を崩さずに淡々と続けた。
「アドミラルシュぺーとの戦闘の後で晴風の処理能力を大幅に超えると判断した。その後にあった伊201との対潜戦闘もあり、艦長をはじめとしたクルーの疲労も激しい。それに、岬艦長と武蔵の知名艦長は懇意なんだろう? 救難支援を行う場合、身内が要救助者に含まれる場合、救援の指揮官から外すのは定石だ」
「なんで……!」
「情に流され正確な状況分析ができないからだ。撤退しなければならないタイミングで撤退の指示が出せない可能性がある。そうなれば危険になるのは晴風だ」
悔しそうな顔で俯く明乃に言い聞かせるように柳は言葉を選んだ。
「ブルーマーメイドはこういう時のための訓練をしている。だからブルーマーメイドに任せよう。晴風が動かないとならないときは連絡が来るだろう」
「……わかり、ました」
まだ納得できてないと表情が雄弁に語るが、明乃は引き下がった。柳もそれを受けて頷く。
「とりあえずは戻ろう。なんとか横須賀まで戻れそうなんだ。その後で対策を考えればいい」
明乃が頷いて舵輪を握る知床鈴の方を向いた
「りんちゃん、このまま横須賀まで最短で走らせられる?」
「じゅ、巡行なら……大体3日、かなぁ」
「わかった、最短経路でお願い」
そう言ったタイミングでドタドタという豪快な足音が響きだす。
「一大事! 一大事ッスー!」
そう言いながらブリッジに駆け込んできた応急修理担当の青木百々の声に緊張が走る。
「なにがあった?」
「トイレが……!」
「トイレ?」
皆が顔を見合わせる。
「と、とりあえず緊急会議の招集を要求するッス!」
「そ、そのレベルでヤバいのか……?」
柳が困惑した様子でそう言った。それを聞いた明乃の表情がさらに曇る。
「えっと、じゃあ、皆を集会室に集めるね。艦橋は……」
「私が持とう。トイレ事情となると男がいると気まずいだろう」
そう言われて、艦橋が何とも言えない気まずい雰囲気に包まれた。
「で、では柳教官。お願いします」
「頼まれた。とりあえず緊急の時は艦内無線掛けるから注意しといてくれよ」
「わかりました。お願いします」
艦橋から艦長はじめ会議に必要な人員がわらわらと去っていく。それでも船を動かし続けることができるのは、高度な自動化のなせる業だ。
「さて、と」
呟きが彼以外いない艦橋に響く。吊った左腕を気にしながらも舵輪をゆっくりと回した。潮流を確認して艦首の向きを合わせる。これでとりあえず3時間は最短航路に乗せられるはずだ。
「……武蔵か」
明乃に語った言葉に嘘はない。武蔵への対処は明らかに晴風の処理能力を超える。また、明乃の友人が乗っている武蔵に対して晴風が救援活動をすることは好ましくないのは確かだ。
「そもそも、俺についても知り合いが乗ってるしな。俺が助けにいったところでまともな判断ができるとは思えない」
そう言葉にして、柳は首を振った。
「なんとかしてくださいよ、北条教官」
武蔵に乗っている元上官を思い、柳は祈った。外は低気圧が近づいてきているのか、波が大きくなりそうだった。
†
「日本トイレ協会によると一日に女性が使うトイレットペーパーの長さの平均は12.5メートル。晴風には柳教官含めて32人が乗って2週間の航海なので260本を超えるトイレットペーパーを積んでいたんですが……」
「もうトイレットペーパーがありませんっ!」
青木百々と和住媛萌がそう宣言すると、集会室ではパニックに陥ったように悲鳴が上がった。
「だれがそんな使ったの?」
「み、みんなトイレが近い子ばっかりなのかなぁ……」
「い、一回10センチに制限するのは?」
「いや、さすがに無理でしょ」
「で、でもトイレいけなくなるよりは……」
憶測が飛び交う中で水雷長の西崎芽依がため息をついた。
「誰だよ紙の無駄遣いしてるのは」
「でも私トイレットペーパーで鼻かんだりしちゃいます」
みんなもやらないの? と周囲の同意を得ようとする書記の納沙幸子に『わかる』と頷く人と、理解できないというかしたくない人に周囲の反応が二分した。
「そうだとしても減るのが早すぎるわよね……」
等松美海がそう言うといたたまれなくなった通信員の八木鶫がさっと手を上げた。
「ごめんなさい! 私持ち込んだティッシュがなくなったので1つ通信室に持ち込みました!」
「そういえば炊烹室でも見たよね?」
『ごめんなさーい……』
杵埼姉妹が仲良く同時に謝る。小さなところを拭くには便利なため持ち込んだらしい。そんなやりとりを聞きながら柳原麻侖が鼻を鳴らした。
「ったく、どいつもこいつもすっとこどっこいだな」
「それもこれも日本のトイレットペーパーが柔らかすぎるのがいけないんだ! だからつい沢山使ってしまう!」
ヴィルヘルミーナの指摘に「え? ドイツのは硬いの?」と、しばらくはドイツに行くこともないだろうに嫌そうな顔をするのが何人か。議論が収束する気配がないのを嘆いたか、医務長の鏑木美波が口を開く。
「あめいせんそう」
「戦争だと!?」
なぜかテンションの上がるヴィルヘルミーナの声をなだめながら幸子がタブレットを見せる。そこにはふりがな付きで『
「意味は『うるさいだけで無駄な論議』ってことですよー。なんでなくなったかよりこれからどうするかのほうが重要ですもんね」
「とりあえずは……紙か……」
みんなの言葉が切れたタイミングで明乃が声を上げた。
「とりあえず、買いだしに行くぐらいしかないよね、多分」
「お買い物……、行きたい!」
誰ともなく上がった声に集会室が色めき立つ。一番テンションが上がっているのは芽依だ。
「行こう行こう! 買い出し!」
「なら、トイレットペーパー以外にも何か足りないものない?」
「魚雷!」
「ソーセージ!」
「模型雑誌!」
「真空管」
「魚雷が普通に売っているわけないだろう! ソーセージはなくてもウィンナーがあるし、模型雑誌は娯楽品だし、そもそも真空管はなんに使うんだ! 万里小路!」
片っ端から出てきた意見を切って捨てたましろ。意見が棄却されたらしい芽依、ヴィルヘルミーナ、媛萌、楓が揃って頬を膨らませた。反論がないところを見ると生活必需品ではないことは皆自覚していたらしい。
「とりあえず、日焼け止めとシャンプーが足りませんー」
「みんな私のコンディショナー使うんだもん……」
機関科の伊勢桜良と駿河留奈がそう言うとましろが唸った。
「艦長、食糧は十分にあるわけですし、衛生面に関わるトイレットペーパーとシャンプーやリンス関連だけ買ってきませんか? とりあえずあと多く見積もっても一週間くらい保てばいいわけですし」
「……そうだね。晴風をどこかの港に入れるわけにはいかないからスキッパーで行こう。じゃぁ、誰が――――」
「艦長、その前にいいですか?」
ましろと明乃で話をまとめようとしたタイミングで声が掛けられた、見回すと経理担当の等松美海が真剣な面持ちで手を上げていた。
「どうしたの、美海ちゃん?」
「買い出しに行くには……お金が、足りません!」
「……へ?」
全員が硬直する。
「……お、お金が」
「足りない……?」
「そもそも二週間のうちで寄港地はありませんでしたし、明石による補給を受けられる予定だったので、主計部には今回余分な予算が降りていないんです」
明乃とましろの声に美海が説明を加える。確かに授業の合間に買いだしに行く機会等まずない。言われてみれば当然のような気がする。
「つまり今、美海ちゃんが管理してるのって……」
「現物支給の補給品だけです」
「ということは、トイレットペーパーを買いに行けるようなお金も……」
「主計部にはありません……!」
皆の顔が絶望に変わる。それを見た明乃は被っていた艦長職を示す制帽をゆっくりと外した
「か、艦長……?」
ましろが不安げな顔でそれを見る。両手で持った制帽をじっと見つめた明乃は毅然と顔を上げた。
「――――トイレットペーパー募金を開始します! ご協力をお願いします!」
明乃は声を張り上げる。金がないなら皆から巻き上げ――――もとい、協力をいただくしかない。皆もそれをわかっているのか、素直に財布を取り出していく。
「麻侖ちゃんは……」
「宵越しの金は持たねぇ主義だ!」
「それ胸を張って言うことかしら、麻侖?」
「なんでぇクロちゃん文句あっか!」
機関長と助手の凸凹コンビが漫才を始めたのをきっかけに、明乃の中にいやな予感が広がり始めていた。
「小切手は……使えませんよね?」
「多分……、万里小路さんもしかしてお金持ちなの?」
「ジンバブエドルですけど、いーですか?」
「ここちゃんなんでジンバブエのお金なんて持ってるの? と言うより日本円ないの?」
「儂はユーロしかもっとらんが、両替効くのか?」
「まぁ、ミーちゃんは仕様がないよね……、うん」
一回りして集まった額を見て嫌な予感が的中する。
「艦長、……この額では」
「横須賀までの日数を考えれば……かなり足りないよぉ」
「でも、他にお金を持ってそうな人なんて……あ!」
ましろが思い当たると同時に明乃も思い至ったらしい。
『柳教官!』
「聞いてくるからちょっと待ってて!」
明乃が制帽に入れたトイレットペーパー募金を手にしたまま走りだす。集会室から飛び出して階段を二階層分程駆け上がればあっという間に艦橋につく。扉を開けて飛び込めば柳がさっと振り返った。
「柳教官! お金持ってませんか!」
そう声をかけられ柳が噴き出した。
「いきなり教師に金をせびるとは斬新だな岬艦長、いったいどうした?」
「あっ……えっと。別にカツアゲとかタカリとかそういうことではなくて……」
明乃がしどろもどろになりながら説明すると柳が溜息をついた。
「そういうことなら先にこっちに話してくれればよかったのに」
そう言うと制服のチーフポケットからかなり年期の入った二つ折り財布を取り出し、中から数枚のお札をとりだした。一万円札が何枚も飛び出してくる。
「足りないのはトイレットペーパーぐらいか?」
「あとシャンプーとかもかなり心もとないです」
「了解、なら多めに出しておくから生活必需品はこれで賄ってくれ。あと領収証を切っておいてくれないか? とりあえず、宛名は空欄で」
「はぁ……」
「あとこのお金で買ったのは晴風の備品扱いになるだろうから私物は買わないようにね」
「わ、わかりました」
結構な大金がバックアップに入ったので少し緊張気味の明乃。彼女を見て柳はどこか優しい笑顔を浮かべた。
「とりあえず、気をつけてな」
「はいっ!」
†
買い出しの都合上、一時的にではあるが船を止める必要が出てきたので、とりあえず最低限の見張り等を残して晴風のシフトはお休みモードになった。普段は機関室で籠っている機関科の面々も今は甲板で羽を伸ばせている。とは言え話題に上がるのはやはり今、晴風が置かれている状況についてだ。
「……私達、どうなっちゃうんだろうね」
「帰ったら捕まったりするのかな……」
不安そうな機関科の駿河留奈の嘆きに、同じく機関科の広田空がどこか悲しそうな顔をした。ポテトチップスに伸びる手もどこか重い。
「ブルマーになれないとか、あるのかなぁ……」
「そうなったら何のためにこの学校に入ったんだって話よね」
等松美海がそう言えば周囲のみんなが頷いたが、若狭麗緒だけはそう思っていないようだった。
「でも、ないとは思うよ。だって宗谷副長、校長の娘さんだもん」
「あーやっぱりそうなんだ。宗谷って苗字あんまりないもんね。でも、あれ? なんで晴風? 武蔵じゃないんだ。そこまで頭がいいクラスじゃないよね、晴風って」
「―――――余計なおしゃべりはそこまでになさい!」
お茶会に割り込んだ冷たい声に場が凍り付く。黒木洋美機関助手が憤怒と言っていい表情で立っていた。美海はその奥、のブリッジの角にセーラー服のプリーツスカートが揺れているのを見る。洋美がここまで怒ることを考えれば、誰がそこにいるかは想像に難くない。
「この噂好きのドグサレ野郎共! 修理する箇所がいくらでもあるじゃろうが! とりかかりんさいや!」
その角から飛び出してきたドイツ人にしてはやたらと流暢な呉弁で怒鳴られ、皆思い思いの方向に散っていく。それを見たヴィルヘルミーナと洋美がほぼ同時にため息をついた。
「気にしないでね宗谷さん……」
「あ、あぁ……」
「全く、同胞への噂は度が過ぎると本当にいかんからのぉ」
「そうだな……」
「宗谷さん……?」
ましろの雰囲気が暗くなっていくのを見て洋美が心底心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫だ」
「あんまり大丈夫には見えないが、本当に大丈夫なのか?」
ヴィルヘルミーナが鋭く突っ込むと、ましろの声が止まった。
「……いや、少し疲れが出てる、かも」
「無理しちゃダメですからね、宗谷さん」
「あ、あぁ……」
「儂のわがままに付き合わせてしまって悪かった。ここから先はヒロミに頼もう」
「わかった、だから宗谷さんはゆっくり休んで、ね?」
何も言わないうちに話がまとまってしまい、何も言えないまま頷いた。洋美とヴィルヘルミーナが晴風の
「……母さん」
思い返されるのは今朝のことだ。ブリッジに一人でいた柳の声。通話先は十中八九ましろの母親、宗谷真雪。校長たる母親はこうなることを事前に知っていた? 知っていたのなら、なぜ船を出させた。いくら考えたところで答えなど出てこないだろうことは間違いないのだが、考えずにはいられない。
コネで入った訳でも何でもないと思っている。少なくともコネが働いていたならば、マークシートのズレで得点が壊滅するようなことにはなっていないはずだ。それは航洋艦という平均以下の艦に配属されたことがその証左になるはずだ。
だとしても、今朝の柳の言葉が真実だとするならば、ましろがここにいるのには何らかの理由がある。何らかの力が働いてこの晴風に配属になったことになる。いったいなぜ。
「ああもう、全くついてない……」
思考が追いつかない。ここで考えていても仕方ないと動きだそうとしたタイミングでなにか小さいものにタックルを受けた。
「うわっ!?」
バランスを崩して尻もちをつくと、タックルをかけてきた張本人がましろを踏みつけて後ろに抜ける。
「あ、副長大丈夫ですか?」
「全く……猫なんて乗せるからだ」
何かを追いかけているらしい猫の五十六が甲板の上を駆けて見えなくなるのを恨みがましく見ながらましろは立ち上がる。五十六を追いかけていたらしい赤味の強い髪を揺らす砲雷科の松永利都子がましろに手を貸した。
「あの猫、何があったんだ?」
「アビスの箱から出てきたハムスターみたいなのを全身全霊で追いかけているみたいです」
アビスと言えば海上輸送専門の運送会社だ。船舶間輸送を担う高速艇や飛行船などを活用した一大運送会社でましろもよく知っている。
「まったく、人騒がせな」
利都子はどこか苦笑いでそれを見る。
「とりあえず海に落ちない程度に捕まえときますね」
頼む、とだけ言ってましろは足を自分の部屋に向ける。ヴィルヘルミーナはまだ帰ってくることはあるまい。調べるなら今のうちだろう。部屋に駆け込むように入って、深呼吸を一つ。携帯電話をとりだして電源を入れた。それを持ってベッドに横になった。ネットワーク接続を確認して、検索エンジンを開く。
そこに来て一瞬手を止める。
「……なにで検索すればいいのよ、私のバカ」
まさか『晴風』で検索したところで出てくるわけではあるまいし、簡単な検索で出てくるような答えならそもそも答えにならないだろう。
今、晴風に起こっている非常事態は西ノ島新島沖で教員艦『猿島』から砲撃を受けることから派生した。それを校長である真雪が知っていて、対策を取ろうとした。その対策は……
「……柳教官の晴風乗務?」
女性ばかりが乗りこむ直教艦に乗りこむのに男性はあまりに不都合なはずだ。それを真雪は無理にでも乗務させた。なぜ、彼でなければならなかった。
検索エンジンに『柳昂三』と打ち込み、検索実行。すぐに検索結果のリストが開いた。
「……全日本学生ライフル射撃協会?」
真っ先に出てきたのは10数年前の記事だった。開いてみる。写真付きの記事で今よりもまだだいぶ若い印象がある柳昂三の写真が載っている。いきなり本人に行き当たるとは思ってなかったが、それだけの有名人だということだろうか。読んでみれば大学2年生にして、全国1位に輝いた期待のルーキーだという。
「何か、銃を使うことが起きることが予想されていた、のか?」
大学の名前はましろも聞いたことがある有名私立大学だ。スポーツ特待制度とかで入っていたにしても、かなり頭がいい部類に入るだろう。検索画面に戻ってみると確かにその大学のページも出てくる。やはり射撃部のページ。出てくるのはこれだけだろうか。大学のページにもインタビューが乗っている。本当に人気者だったんだなと思うが、今の姿を見ると少し想像もできない気がする。軽く読み飛ばそうとして画面をスワイプする手が止まった
「海上安全整備局への実績が、ない?」
海上安全整備局は日本でもトップクラスの人気を誇る就職先だ。その年にその大学からブルーマーメイドやホワイトドルフィンへの就職者が出れば、ほぼ間違いなく公表される。
海洋学校と違い、4年制大学を出てから海上安全整備局に努める場合は、いきなり三等海上安全整備正からのキャリアスタートとなって昇進も早いため人気が高い。そのため大学がわざわざ講座を設けることもあるぐらいだと聞いたことがある。
その年の学部別の就職先一覧を見てもそれらしいものは乗っていない。ましろはいきなり答えがどん詰まりに来た気がしてため息をついた。
「……じゃぁ柳教官はどこから海上安全整備局に紛れ込んだのよ」
調べれば調べるほど、なんだか謎が深まるばかりに思える。
「全くもって情報が足りない。何が起こってるんだ本当に……」
サメのブルースを抱いてベッドの上を意味もなくゴロゴロと転がってみる。何も起きないのは当然だが、それはそれで空しい。
「はぁ、下手に調べようとした私が馬鹿だったかな……」
検索画面を閉じようとして、検索欄の一番下にまだ見てないページがあることに気が付いた。最後にそれを開いてみると、PDFビューワーが立ち上がる。現れたのはスマートフォンで見るにはサイズの大きいサイズのものだ。
「論文の目録……?」
どうやら論文集の目次の部分だけがPDFとして落ちているらしい。スクロールで表示しようとしても本文はついてないみたいだ。
「……これって」
手元のタブレットには『洋上小型船舶等における犯罪行為抑止のための心理学的アプローチ-閉鎖的かつ特異な条件化で発生する共謀関係とそれらへの対処- 著者:柳昂三』と表示されていた。
ましろは慌てて先ほどの大学のページに戻る。柳の大学時代の所属は人文学部、心理学専攻らしい。背筋に何やら薄ら寒いものが駆けていく。
「待て待て待て……、落ち着け宗谷ましろ」
ましろの頭の中にここ一週間で発生した事件が渦巻いていく。猿島の突如発砲、アドミラルシュぺーとの戦闘、伊201との戦闘。アドミラルシュぺーの副長たるヴィルヘルミーナは、艦の乗員が言うことを聞かなくなったと言っていた。なぜ反乱のような状況になったのかは不明だが、その状況を打破するために艦長の指示でアドミラルシュぺーから離艦したと言っていたはずだ。
「母さんは……事前に反乱に近い何かが起きることを知っていた。だから、その対策ができる柳教官を私のいる晴風に乗せた……?」
「どういうことじゃ?」
急に声をかけられ慌てて振り返る。ドアを開けたまま硬直しているヴィルヘルミーナがましろを見下ろしていた。
「どういうことかときいとるんじゃ。我がアドミラルシュぺーで反乱が起きることを知っていた、じゃと?」
ヴィルヘルミーナの視線がましろに突き刺さる。ましろはベッドの上で体を起こした。
「……まだわからない」
「さっきから様子がおかしかったのも、それに関係があるのか?」
「それもまだわからない……」
「話せ」
ヴィルヘルミーナが部屋の椅子をベッドの前に引きずってくる。そこに座ってましろと向き合った。
「アドミラルシュぺーには儂の大切な友人が乗っておる。何としても助けたい。その何かに繋がる可能性があるのなら、儂は何でも知りたい。話してくれんか」
「……本当にわからないんだ」
「それでもその可能性がある情報は持っとるんじゃろう? それを盲信するつもりもない。だから安心して話しとくれ」
そう言われ、ましろは溜息をついた。
「私の母は晴風が所属する横須賀女子海洋学校の校長なんだ」
「あの噂話出ていたやつじゃな?」
そう言われ頷くましろ。
「今朝、柳教官が艦橋で通信しているのを聞いてしまった。相手は間違いなく校長。そこで、柳教官が問い詰めていたんだ。……テロや反乱に晴風が巻き込まれる可能性があることを事前に知っていたんじゃないかって」
「学校が事前に知っておったと?」
「……アドミラルシュぺーの電子機器が言うことを聞かなくなったのは、いつだ?」
「西ノ島についてからじゃ」
「乗員が言うことを聞かなくなったのは?」
「……西ノ島についた後じゃ」
それを聞いてましろは少し間を取った。
「晴風は演習に遅刻して西ノ島には行っていない。でも、遅刻の原因になった機関の故障は人為的に起こされた可能性がある。航路のミスも発生したけど、それもレーダーの誤作動の可能性がある。柳教官は西ノ島まで晴風を到達させたくなかったんじゃないかと校長に問い詰めていた」
「……西ノ島に何かがある、と?」
「少なくとも、柳教官はそれを疑っている。あと柳教官は大学で犯罪防止に関わる研究をしていたらしいってのも今分かった。だから、母さんは柳教官を晴風に無理矢理乗せた……かもしれない」
それを聞いたヴィルヘルミーナが立ち上がる。
「どうする気?」
「んなもん決まっとろう。直接ヤナギに聞きに行く」
「ちょ……」
「儂は体よく『部外者』じゃけぇ、気軽に聞ける。なんで女学校の教育艦に男がおるんか気になっとったし」
そう言って部屋から出ていくヴィルヘルミーナ。ましろも慌てて後を追うのだった。
さて、今回から新章なのですが、いきなりなんだかよくわからないものを投稿した感じがあります。さて、どうなってくんでしょうね、これ……。
皆さんのおかげでお気に入り登録数が270件に到達していて驚くばかりです。読者の皆様に納得していただけるよう頑張って参りますので、これからどうぞよろしくお願い申し上げます。
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次回 箱舟が運ぶのは希望ではなく
それでは次回もよろしくお願いいたします。