希望の魔王   作:クスクスの松

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目覚めし魔王

「御老公!」

 

「おう。やっときたか」

 

血相を変えながら御老公の棲家に現れた譲。それに、のんきに酒を飲みながら答える御老公。

そのそばには、黒衣の僧と玻璃の媛まで集まり全員で鍋の底を覗いている。

 

「みなさんなぜここに⁈」

 

「そりゃあ、おめえさんと同じ理由だろうよ」

 

鍋の中には何処かのビルの屋上。そこには倒れた草薙 護堂と必死にまつろわぬ神の攻撃に果敢に立ち向かうエリカ・ブランデッリの姿。

 

「ほう。まつろわぬ神に挑むとは……」

 

「僧よ感心している場合じゃありません! なぜ、日本にまつろわぬ神が現れたのです!」

 

「そりゃあ、いま目の前の女が呼び寄せるたからだ」

 

何ともないように御老公は言う。

そのことに驚きつつも理由がわからない譲。

 

「おそらく、新たな羅刹の君の威厳を強めるためだと存じます」

 

「な! そのためにまつろわぬ神を呼んだというのですか! そのようなことをすれば民草にどんな被害が及ぶかわかっていたはずです!」

 

まつろわぬ神とは気まぐれに壊し移動する彼らは自然災害となんら変わりはしないのだ。

たかが新たな魔王の威厳を知らしめたいのならもっとほかの方法があったのではないのか。

このようなことをすれば周囲に被害が及ぶことや下手をすれば死者が出るだろう。

 

「この女は新しい羅刹の君の権能を増やすためも兼ねてるんだな」

 

まぁ、その目論見も失敗だがな。酒を飲みながら鼻で笑う。

唯一まつろわぬ神に対抗できるカンピオーネは倒れ伏している。

おそらくまつろわぬ神に負けたのだろう。

残されたのは神と人のみ。

もしかすればエリカ・ブランデッリが神を殺す可能性があるかもしれないが、譲は直感で不可能だと感じる。

カンピオーネになりうる人間は、良くも悪くも諦めが悪いだからこそ神を殺したのだが、いまのエリカ・ブランデッリにはそれが感じられない。

果敢に斬りこむも、まつろわぬ神は武器すら出さず無表情に避けていく。

しかし、ついに彼女の剣を避けきれなくなったのか神は手で払いのける。

 

「お、」

 

「なんと!」

 

御老公と僧が感嘆の声をあげた。まつろわぬ神は本来、地上の武器では傷つかない。それが行えるのは何かしら神聖な武器、特殊な呪術どうやらあの剣には神聖なものが宿っているようだ。

だが、安心はできない。いくら神さえ傷つけられる武器を持っていても確実に斃せるとは限らない。

それをエリカ・ブランデッリも理解しているようだが、何か策があるのだろう。

まずは、一刻も早く事態を収束させねばならない。

幸いにもあのまつろわぬ神はまだ周囲に被害を出していない。

おそらくまだ完全なるまつろわぬ神としての性を取り戻していない。

もし神具を取り戻したら、完全におしまいだ。

それを防ぐにはいますぐカンピオーネか、まつろわぬ神をあてなければいけない。

だが、肝心のカンピオーネは倒され、もう1人のカンピオーネである譲は幽世から抜け出すことができない。

となると、残る選択肢はまつろわぬ神を呼び戦わせることだが、これはどちらが勝っても周囲に被害が及ぶ。

だが、この日本には《蛇》の神格を持つまつろわぬ神だけに解放されるまつろわぬ神がいる。

映像に映っているまつろわぬ神は《蛇》の神格を持っている。

この神ならあのまつろわぬ神を解放できる。

とにかく急がなければ、日光の幽世に譲は飛ぼうとして。

 

「行かせねぇぞ」

 

御老公の嵐が館を囲った。

 

「……なんの真似ですか御老公」

 

「余計なことをするなと言ってんだ。おめえあの猿公を解放しようとしてんじゃねえのか?」

 

「無論です。このままでは日本は甚大な被害が出ます」

 

「自分がカンピオーネってことを忘れてねえかおまえ。あそこに行ったら術式が全部壊れらあ。それにあれは解放したら最後、任意に戻すことができねえ」

 

再封印するまでに絶対にやつは暴れるぞとのんきに酒を飲み続ける御老公。

 

「ならばどうすればいいんです!」

 

鍋の中ではエリカ・ブランデッリが長槍を投擲した。

それをまつろわぬ神は拳ひとつで叩き落とす。

だが、槍は7体の鋼の獅子へ変わりまつろわぬ神を取り囲む。

獅子たちはまつろわぬ神に次々と襲いかかるが、こんなことは時間稼ぎにしかならない。そのことがエリカ・ブランデッリにもわかっているようで一体の獅子に草薙 護堂を背負わせると逃走を開始した。

残った獅子は同時にまつろわぬ神に襲いかかるが、まつろわぬ神は小さく笑うと巨大な鎌を虚空より取り出し、一線。

それだけで獅子たちは両断され、直後に起こる闇に呑まれた。

 

「さすがはアテナといったところか、たかが魔術で操られた獅子じゃあ時間稼ぎにすらならねぇか」

 

「羅刹の君を連れて逃げたということはまだ、死んではいないということですかな」

 

御老公の一言であのまつろわぬ神の正体がわかった。まつろわぬアテナ、思いもよらないビッグネームに譲は驚く。

 

「アテナだなんて……」

 

「やっぱり追うか」

 

アテナは逃げた草薙 護堂たちの跡を追うとする。

 

「境界には我が現れん。すべての境界線は我が支配のもの」

 

御老公の館から言霊が響く。

譲がアテナの追跡を阻止せんとビルを結界で囲む。

やはりそれでもアテナには無駄だったのか数秒すると破壊された。

だが、それで結構だった。その数秒の間に草薙 護堂たちは逃げ去った。

その一連の動作を見ていた御老公。

 

「やっぱりな」

 

何かにかに確信を得たように御老公は笑う。

 

「おまえを現世に戻す方法がわかったぞ、譲」

 

「いまはそんなことを話している暇はありません」

 

「そんなに怖いか? 自分がカンピオーネになったのをみんなに知られるのは?」

 

御老公の言葉が譲に突き刺さる。

 

「こんかいまつろわぬ神を日本に呼び寄せたのはエリカ・ブランデッリじゃねぇ。おめえだよ宮藤 譲」

 

「な、御老公! 何を申します!」

 

「さよう。御老公、少々お戯れが過ぎますぞ」

 

僧と媛が御老公を諌めるが御老公は止まらない。さらに、2人を嵐によって遮断して譲と2人きりになる。言葉とともに莫大な呪力まで放出していく。

 

「ふん、確かにそうだ。おまえは何もしちゃいない。そう、何もな! その結果がこれだ。おまえは何もせずにただみんなに知られるのが怖いという理由で現世に戻す方法を考えずにただ幽世にひきこもった!」

 

御老公の言っていることは暴論だ。けっしてこんかいのまつろわぬ神降臨は譲のせいではない。

だが、譲は反論することはできない。もし、譲が最初からカンピオーネとなったことを名乗り出ていればエリカ・ブランデッリはこんなことはしなかっただろう。

それは譲が一番よく理解している。だから彼は何も言い返せない。

 

「いいのかこのままで、おまえの瞳には2人がどんなものが視える?」

 

御老公の背後に2つの小さな竜巻が現れ2人の譲の知り合いを映す。

思わず息を呑んだ。ひさしぶりだ、最後に会ったのは四年前。

ひさしぶりにみた2人はそれぞれの長所がより磨きがかかって、とても綺麗になっている。

しかし、譲の玻璃の瞳にはそれ以外のモノが視えた。

 

「……! どうして!」

 

譲の瞳は万里谷 祐理のように強力な霊視を行えるわけではない。

その代わりに霊視とは異なる異質なモノが視える。

それは、死相。

彼は相手の顔を見ればその人の死相がはっきりと分かる。

なぜそのようなものが視えるか、玻璃の媛が言うには神贄ができる者はすべてが持っていたものらしい。

そして、その死相が万里谷祐理にはっきりと視えていた。

 

「やっぱりな。万里谷裕理は神具を封印するために行動している。このままじゃこの女……死ぬぞ」

 

その譲の瞳を知っている御老公はなんともないように語る。

 

「おまえの死相は人間には変えることができない」

 

そう、人間には。覆すことのできる存在は神と神殺しのみ。

その肝心の神殺し草薙護堂は敗れた。

ならば自分が行かなければ祐理が死ぬ、そんなことは……。

 

「祐理を殺させない」

 

「ならさっさと自分の身体に戻りやがれ。戻れないとか抜かすんじゃねぇぞ」

 

不可能を可能にすんのが神殺しだろ。御老公の言葉に苦笑いを浮かべる譲。

確かにそうだ、僕たちは不可能と言われている神殺しを成し遂げた存在。ならば、僕たちに不可能なんて……ない。

 

「ありがとうございます。御老公」

 

自分を鼓舞した御老公に感謝を述べる。

そして、意識を自分の中に移す。いままで戻れなかったのは肉体との繋がりが切れたからだ。

ならば、もう一度肉体を繋ぎ直す。

そのために必要なものはもう存在している。

傾けるは、己を求める声。

いま、現世は闇に閉ざされ多くの人が恐怖に慄いている。

その声に反応して譲の呪力が増大する。

さらに、送られてくる呪力の元をたどる。

譲の霊体が搔き消え、譲は4年ぶりに現世に帰還した。

 

 

………

……

 

 

「うん、甘粕さん。こっちはいま到着したよ」

 

譲の病室に現れた中性的な面立ちをした人物。年は十代後半か。白いワイシャツにネクタイ、男物のスラックスを履いており、繊細な美少年と言っても良い容姿をしている。

 

『どうですか彼の様子は?』

 

「いままでにない呪力の放出だよ」

 

『まさか……彼が目覚めるとでも? 』

 

「可能性ならあるんじゃないかな」

 

彼いや、彼女は沙耶宮 馨。正史編纂委員会の東京分室室長をしているそんな彼女がなぜ譲の病室にいるのかというと、いまもベットの上に眠り続けている宮藤 譲を輸送するためである。

東京にまつろわぬ神が襲来した。その知らせをいま電話越しに話している部下の甘粕 冬馬から聞いた馨はすぐさま正史編纂委員会の上に報告した。そして、上からの指示はまつろわぬ神の撃退と宮藤 譲の保護だった。

宮藤 譲は意識不明ではあるが神贄という自身の命をかけて神に願いを叶えてもらう喪われた術を使える。

おそらく上はカンピオーネが負けた場合の最終手段として譲の命を使おうとしている。

そんなことは馨も部下である甘粕も承知しているが、本心ではそんなことはしたくはない。

しかし、現状そんなことは言っていられない。彼の命か、東京の人々の命のどちらを取ると問われれば馨は後者を選んでしまうだろう。

それをしないためにも草薙 護堂にまつろわぬ神を倒してもらいたかったのだが。

 

「まさか、カンピオーネがこうもあっさりとやられてしまうとは……」

 

『仕方ありませんよ、カンピオーネといえどもこの間まで一般人だったんですから』

 

暢気にいう甘粕と馨だが、事態はいよいよまずい状況だ。

まつろわぬアテナは周囲に闇を広げた。これにより生活のライフラインはすべて止まり譲を東京から輸送することができなくなってしまった。

さらには、譲から謎の呪力放出が始まりいまや、その出力はカンピオーネと同等にまでなっている。

幸いにも戻った呪力によって生命活動が開始され呼吸器が止まっているいまの状態でも生きてはいられる。

しかし、それも時間の問題だ。この呪力放出は一時的なものであり時間が経てば収まるそうなったら最後、再び彼は呼吸器をしなければ生きてはいられない。

いまの間に何としてもこの闇をどうにかしなければならない。

 

「とにかくいまは草薙さんが戻ってきてくれるのを願うしかないね」

 

『ええ、それまでにこちらもゴルゴネイオンを封印しときます』

 

「ぼくのほうもなんとか譲くんの輸送方法を探してみ……「室長! 譲くんの容体が!」……ごめんあとでかけ直す」

 

甘粕との通話を終了させ慌てて表情を見せる職員をみる。

 

「どうしたんだい?」

 

「それが……」

 

職員が口を開こうとした時、譲の病室から光が溢れ出した。

 

「なっ……!」

 

これには馨も慌てて譲の病室に入る。

そこにはいつもどうりに配置された家具、医療機が並び、なんら変わりはないかに見えた。

いつもと違うのは神殺し並みの莫大な呪力を身に纏い、閉じていたはずの玻璃の瞳を開いた少年がベットに上半身をあげて馨に微笑んでいた。

 

「お久しぶりです。馨姉さん」

 

4年前と変わらずに人当たりの良い笑みを浮かべて、ながき夢から覚めた少年に馨は笑みを浮かべて言う。

 

「おはよう。譲くん」

 

 

………

……

 

 

「まつろわぬ……アテナ!」

 

ゴルゴネイオンを手にしたアテナは真の姿を取り戻した。

その姿を目の当たりにして祐理の霊視は本質を理解した。

それでも彼女は抗わなければならないこの武蔵野を守護する媛巫女であり。なにより、彼女の命は、彼の犠牲によって生きている。

ならば、自分も同じように誰かのために……。

 

「お戯れはおやめ下さい、アテナよ! 御身にはまだ戦うべき相手が残っています!」

 

圧倒的な神威を前にして体は恐怖に震えるがそれを無視して、祐理は力の限りに叫んだ。

 

「ほう。巫女よ、興味深いことを申すな。その者の名を告げよ。あるいは、いま妾が思い浮かべている名と同じやもしれぬ。……もしくは、もう1人の神殺しを呼ぶか?」

 

アテナから予想外の言葉が飛び出した。

いま目の前の神はなんと言ったか?

もう1人? この国に神殺しは草薙 護堂ただ1人だ。だが、女神はもう1人存在すると言う。

 

「どうやら。もう1人の神殺しのことははこの国の呪術者どもも知らないようだな。巫女よここより西の方角にとてつもない呪力が見られる」

 

アテナは楽しそうに笑い。祐理は震える体をさらには震わせる。七雄神社から西の方角、祐理がすぐに思い浮かぶのは委員会管轄の病院。

顔が真っ青になっていくような気がする。さらには体温も徐々に下がっていることに気づいた。ゴルゴネイオンを取り戻したアテナの間近にいたせいで、彼女の体が死に近づいている。

 

「ふむ……すまぬな巫女よ。古き力を取り戻したはいいが、まだ上手く御せぬようだ」

 

笑みを含んだアテナの声が響く。

しかし、祐理にはそんな女神の声が聞こえない。震えが身体中に広がり立ち上がることすらままならない。意識が朦朧としはじめた。

まだだ、まだ私には、草薙さんを呼ぶ役目が……。

祐理は意識を失い崩れ落ちるはずだった。

 

「っと。ギリギリセーフかな」

 

誰かの声が聞こえ祐理の体を支える。

その人の腕はか細くとても祐理を支えられるないような腕だったが、その腕は確かに彼女を支えている。

 

「ふむ。草薙 護堂では無いな」

 

アテナが瞠目した。

目の前の男はなんの前触れもなく忽然と現れ、倒れそうになった祐理を支えた。

 

「名を名乗れ、もう1人の神殺し」

 

アテナが高らかと言う。もはや、数時間前に慎重に行動していたアテナとは大違いだ。いまや、真の姿を取り戻したアテナは大胆に己のまつろわぬ神としての性を完全に取り戻している。

 

「正史編纂委員会所属の術士だった、宮藤 譲と申します。まつろわぬアテナよ」

 

祐理を抱えたまま頭を小さく下げる病院服の譲。そこには神を敬う気持ちが感じられる。

 

「神を敬うその姿。よくも神殺しとなれたな宮藤 譲よ。それでは戦うとするか」

 

鎌を片手に呪力を高めるアテナ。しかし、譲はなんの構えも取らずに祐理の顔を視る。

 

「死の言霊か……」

 

「そうだ、その巫女は我が死の風に浴びた。もはや助からん」

 

どうでも良さそうに祐理を眺め。他人事のように言う。

そんなアテナの態度を哀しそうに見る譲は虚空に手をかざす。

そこに現れたのは簡素な造りの1つのチャクラム。

 

「汝は毘紐天の化身。すべての化身の起源者にして友を導き阻害者の霊気を奪う者」

 

譲の言霊によってチャクラムから黒い焔が放たれる。

焔は祐理の体を包み焼き尽くす。

しかし、祐理のどこも焼かずに燃え尽きた。

それどころか、祐理の顔に生気が戻っている。

アテナはかすかに眉をひそめた。

 

「なかなか面白い権能だな。呪力を打ち消す……いや、吸収しているのか」

 

「さすが、知識の女神です。その通り、僕のこの権能は呪力を吸います。御身の死の言霊は吸収させてもらいました」

 

慇懃にアテナの問いに返す譲。

 

「だが、それでも貴様の呪力は戻っていないぞ。妾にはわかる。貴様、もうほとんど呪力が残ってはいないな」

 

「……確かに僕の呪力はこっちに戻ってくるのにだいぶ使い果たしたし、なによりこの暗闇の中で起きている事故を収めるためにさらには呪力を使いました。けど、それでも僕にはやらなければならない」

 

譲の玻璃の瞳が琥珀に変わり纏っていた雰囲気も一気に変わる。

先ほどまで神を敬う姿勢が今では覚悟を決めた雰囲気を感じる。

その様子にアテナはさらに唇を歪める。

 

「ですが、まずは事態の収束ですね」

 

そう譲が呟いた瞬間、闇に閉ざされた街が光を取り戻す。

 

「何をした⁉︎ 神殺し!」

 

次々と街の電灯が光を取り戻し、ついに闇が完全に消えた。

そのことにアテナは驚く。

 

「言ったはずです。僕の権能は呪力を吸うと、御身の闇は御身の呪力によって拡がっていました。それを僕が吸収したに過ぎません」

 

「だが、それでも貴様の呪力は完全では無い。これ以上、好き勝手はさせぬ」

 

アテナは手に持つ鎌で譲を刈り取ろうとするが、今度は譲の目の前を2人の人影が遮る。

そして、そのうちの1人の持つ黄金の剣がアテナの鎌を遮った。

 

「言ったでしょうアテナ。僕は事態の収束をすると、御身と戦えば十中八九僕は負けます。それに御身には戦うべき相手が先にいるでしょう? ごめんね、草薙くん。あとを押し付ける形になっちゃって」

 

申し訳なさそうに目の前の少年に頭を下げる譲。少年、草薙 護堂は振り返らずにアテナを見据えたまま答えた。

 

「いいや十分だ、宮藤。あとは俺に任せろ。もう限界なんだろ」

 

「ありがとう。また、あとで挨拶に来るから待っててね」

 

そう言って譲は権能を使い自分の病室に戻った。

 

「譲くん!」

 

無事に帰ってきた譲に安堵する馨だが、それに譲は答えることなく祐理をベットに寝かせると地面に倒れた。

本当に譲は限界が来ていた。4年ぶりに生身の肉体に戻ったがいいが、動いていなかったため筋肉の衰えが激しい。いまだってほとんど物が見えていない。それを無理矢理、呪力で動かしここまできた。

さらには現世に戻るために呪力を大量に使い、道中に暗闇の影響で起きた事故や電子機器の補助なしでは生きられない病人などをすべて権能を使い解決した。

おかげで、最初はカンピオーネの呪力の倍あった譲の呪力は祐理を治したことにより完全に消えた。それでもなんとかアテナの呪力を吸収して今度は草薙 護堂をここに連れてこさせるために使い、残されている呪力は権能1回分だった。

これでは、神に立ち向かうことすら出来ない。

なんのためにカンピオーネになったんだ!

大切な人を守る、それは出来た。しかし、あの時、あの人に言われた、多くの人に希望と光を与えられたかというと疑問だ。

もっと上手くできたのでは無いか?

そもそもこんなことになる前に僕が現世にいれば良かったのではないか?

そうして譲は悔やんでいく、己の行いの全てを

倒れる瞬間、譲は自分の不甲斐なさに嫌気がさした。

 

 

………

……

 

 

「たっく。やっとの事で現世に戻ったくせにやったことといえば人間の救助だけか」

 

あいつは本当に神殺しか?倒れた譲の姿を幽世から眺め悪態を付く御老公。

 

「民草を守るじつに譲らしいと思いますが」

 

「こればっかりはかわりませんね」

 

玻璃の媛は子孫の行いを嬉しそうに、僧は何か言いたげだが苦笑いで収める。

親馬鹿だなあ媛は、と酒に口をつけようとした御老公はある気配に気づき手を止める。

 

「2度と俺の前に顔を晒すなと言ったはずだが?」

 

御老公の声とともに館が再び呪力で溢れかえった。しかし、先ほどの譲の時とは違う今度は正真正銘、殺気が込められている。

 

「そんなこと言ったっけ須佐男?」

 

須佐男そう気軽に御老公を呼ぶ声の主。その者は平安時代の服である狩衣を身に纏い、見た目は青年のようだった。

 

「狐が……何の用だ?」

 

舌打ちと共に青年を睨みつける御老公。それだけで近くにいる僧と媛は震え上がる。

 

「何の用って。そりゃあ自分の全てを教えた愛弟子が現世に戻ったって聞いてどうせならみんなで様子を観たいなと思って来ただけだよ」

 

あ、これお土産の稲荷寿司。そう言って御老公の前にお土産を置き、鍋の中を細い瞳で覗く青年。

 

「へぇ〜、本当に帰れたんだ譲はでも、なんで倒れてるの?」

 

「ちっ、呪力の使い過ぎだ。こいつはカンピオーネとしての使命を放棄して呪力の全てを民の救済に使いやがった」

 

カンピオーネ使命、それは地上に顕現した神を殺すことのみ。だが、譲はそれを差し置いても民の命を優先した。

そのことについて納得がいかない御老公だが、青年はそれになんともない様子だ。

 

「でも、結局は譲は現世に戻ることができたし、良かったじゃないの。ついでに新しい神殺しの力も見れたしね」

 

まさに一石二鳥だな。青年はお土産の稲荷寿司を食べながら言う。

そんな自由な青年を睨みながらも御老公は酒を煽る。

 

「しかし、いったい誰がアテナを呼び寄せた?」

 

ぽつりと御老公が今回の最大の謎を話す。

 

「はっ? いきなり何言ってるの?」

 

稲荷寿司を食べながら意味がわからないと問う青年。

 

「だって、そうだろう。いままでずっとアテナはゴルゴネイオンを探し続けてきたんだ。本来ならもっと早く見つけていたはず。それをなぜイタリアは隠し続けることができた?」

 

今回のアテナは長年、ゴルゴネイオンを探し続けていたと語った。ゴルゴネイオン自体は2カ月前にカラブリアの海岸に打ち上げられたらしいのだが、それならなおさら早くアテナは見つけることができたはずだ。

それができなかった理由があるのではないのか。

 

「なぜってねぇ? なんだろねぇ」

 

そんなことはどうでもいいと言わんばかりに曖昧に返す青年。

 

「これはあくまで可能性の話だが、この事件は誰かの謀じゃねえのか?」

 

「だから今回はイタリアのエリカ・ブランデッリが……」

 

「人間の謀の割には辻褄が合わねえ。まず表に出て来れば大体の位置がわかるはずのゴルゴネイオンをアテナは分からなかった、そんなことあり得ねえ。じゃねぇとこんな短期間で日本にアテナがくるはずがない」

 

「ゴルゴネイオン自体に強力な封印でも施されてそれが時間と共に薄れたんじゃないの?」

 

「だとしても人間にはそんなことできねえな、出来るとしたらそいつは神しかいないな」

 

「……」

 

御老公の考察に青年は何も応えずただ続きを待つ。

 

「だが、そんなことする神はいねえ、幽世の神は基本現世には不干渉で、まつろわぬ神は封印なんて思考は持ってねえ。あり得るのは神殺ししかいねえがだが、歴代のカンピオーネで神具の封印をしたやつなんて聞いたことがない。と、なると、後に残されるのは神に限りなく近い存在。そう、例えば、まつろわぬ神と人間との間に生まれた、まつろわぬ神と同等の存在……おめえだよ、安倍晴明」

 

青年、安倍晴明の細目が見開かれそこから玻璃の瞳が現れる。

御老公の意外な答えに館に数秒の沈黙が訪れるが、やがて晴明は小さく嗤った。

 

 

 

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