週が明け、IS学園入学式の日。
入学式を終え、1-1の教室では早速教員の自己紹介が始まっていた。
「私がこのクラスを受け持つことになった織斑千冬だ。これから1年、お前たちを一人前にするために容赦なくいかせてもらうぞ」
一人は、世間では『第一回モンド・グロッソ優勝者』として有名な織斑千冬。
「副担任の山田真耶です。よろしくお願いします」
一人は、眼鏡をかけたかなり大きめの胸を持つ山田真耶。
そしてもう一人は…
「あー、同じく副担任の左翔太郎だ。よろしく頼む」
ぴっちりとしたスーツを着た、翔太郎姿がそこにはあった。馴れないことをしているからなのか、その動きは少し堅い。
「何々!?男子生徒だけじゃなくて男性教諭までいるの!?」「事前に配られた学校案内には乗ってなかったよ!?」「顔は…うん、まあまあかな」
予想外の男性教諭の登場に、騒めく生徒たち。それを千冬が「静かにしろ」の一声で鎮める。
「左先生は今年から入った男子生徒のサポートのために急遽配属されることになった。男性だからといって騒がず、あくまで一教員として接するように。わかったな」
千冬からの説明に「はーい」と返事する生徒達。
「よろしい。では次に出席番号順に自己紹介をしてもらう」
千冬が一人一人名前を呼んでいき、呼ばれた生徒はその場で自己紹介していく。
そんなやりとりを聞きながら、翔太郎はぼそりと呟いた。
「やっぱ俺には探偵以外は似合わないよな…」
話は数日前、学園に出現した怪物を倒した夜まで遡る。
「…なるほど、街を守るヒーローというわけか。まるで子供番組だな」
改めて翔太郎とフィリップから話を聞いた千冬はそう呟いた。
二人は、千冬に話せる事を全て話すことにした。
風都のこと、ガイアメモリのこと、仮面ライダーのこと、そして、自分たちがここに来る直前のこと。
「だが、実際に目で見たからには信じるしかなさそうだ」
千冬の目の前には、ダブルドライバーと6本のガイアメモリが置かれている。話を信じてもらうために見せたのだ。
幸いにも、千冬は話を信じてくれたようだ。
「だが、そんな事件が起こる街なら噂程度にはなっている筈だぞ?それなのに、私は風都という名前すら聞いたことがない」
「それについては、僕らのほうで心当たりがある」
ここでフィリップが口を挟む。
「翔太郎、君も『ここ』については検討がついているんだろう?」
「…ああ」
正直、翔太郎は現在でも僅かに信じられてはいない。経験と状況、何より探偵としての勘がそう言ってはいるが、本当にそんな事があるのかという気持ちもある。
「恐らく、ここは僕らのいた世界とは別の世界だ」
フィリップがさらりとした発言に、流石の千冬も目を丸くする。
「馬鹿な…!それは理論が飛躍しすぎだろう。そもそも、何を根拠にそんな結論になったというのだ」
「なら、試しに調べてくれないか?『風都』という都市が『この世界』に存在するのかを」
フィリップに言われ、手持ちの端末で千冬は検索を開始した。1分もしないうちに、答えは出る。
「…風都という都市は存在しない」
「やはりか…」
「……」
それを聞いた二人は自分たちの考えが間違っていなかった事を安心すると同時に、もう一つの事実が重くのしかかった。
それは、普通の方法では風都には帰れないこと。
帰れるのがどのくらい先になるのか、そもそも帰れるのかどうかさえ分からない状況。街を愛し、街に愛されようと努めてきた二人にとってはどうしようもなく悲しい事だった。
しかし、それでも諦めてはいなかった。
(元の世界に帰る方法が必ずある筈だ。『俺達以外の仮面ライダー』が、それを証明している)
二人がこの結論をあっさりと導きだしたのは、『異世界を移動する存在』を既に知っていた事が大きい。その仕組みまでは知らないが、不可能ではないというだけで希望は持てた。
「根拠はもう一つある。俺達がISの存在を知らないって事だ」
仮面ライダーの事を話す代わりとして、二人は千冬からISに関するいくつかの知識を聞いていた。
話によれば世間を変えてしまう程の存在らしいが、翔太郎はそんな物は知らないし、そもそも存在したならフィリップの『検索』に引っかからなかった事がおかしい。
「…正直な話、お前たちの話の全てを信用していいか分からない」
それは当然だろう。異世界という発想は、二人ですら確信するまでは半信半疑だったのだ。それを何の知識もない千冬がいきなり信じる方が可笑しな話だ。
「仮に、お前たちの話が全て真実だったとして…昼間の怪物との関係は?」
「それは、まだ分からない。さっき話した通り僕達の世界には怪人がいたけど、あんな存在は初めて見た」
「だが、もしかするとあの怪物の仲間が俺達がここに来たのと関係があるかもしれない」
そこで一度、会話が止まる。千冬は頭に手を当て思索している様子で、二人はそれをじっと待った。
数分の後、千冬が口を開く。
「…学園側と、お前たちの事について話し合ってくる。今日はここまでだ」
千冬はそう言うと、二人を学園内にある小部屋の一つに案内し、毛布と軽食を提供した。そして、勝手に出歩くなと釘をさし、部屋を後にする。
やる事もやれる事も大してない二人はそれに従うことにし、その日はそのまま眠ることにした。
事態が動いたのは翌日である。
「左翔太郎。お前にはIS学園の教師になってもらう」
いきなり千冬にそう言われ、朝食と共に出されたコーヒーを思わず吹き出してしまう翔太郎。フィリップも、珍しく「え!?」と純粋に驚いた。
「何の冗談だよ、俺が教師って」
「冗談ではない、上と話し合った結果だ。行くところが無いならここにいさせるしかない。その為に、お前には教員になってもらうことになった」
淡々と理由を説明する千冬。
「事情は分かったが…他になかったのかよ?例えば、学校お抱えの探偵、とか」
「馬鹿を言うな。何で学校がお抱えの探偵を用意しておかなければならない」
「う……」
言い返せず、黙ってしまう翔太郎。
「それに、一応の職を与えることでお前達に余計な詮索を入れさせないためでもある。素性の知れない輩を学園に寝泊まりさせるわけにはいかないからな」
それに関してはありがたかった。今の二人には知り合いどころか、戸籍すら存在しないのだ。それはつまり職や仮住まいを探すことすら不可能だということで、それらを用意してくれるというのであれば断る理由もない。
しかし。
「なーんか、違うんだよな…周りに女子供ばっかりっていうのは、ハードボイルドっぽくないっつーか」
こんな時にまで自分の目指す「ハードボイルド」に拘りしぶってしまう翔太郎。それを言うなら、普段事務所にいる時はその女子供と一緒にいる状況ではないのかというのは伏せておく。
「…それと、一番大事な事だ。生徒を『怪物』から守るのに、お前たちの力が必要だと判断したからだ。あれにはどういう訳かISが一切通じなかった。戦えたのはお前たちだけだった」
そう言う千冬は、酷く苦い顔をしていた。無力さ、悔しさ、悲しさ。それらの感情が混ざった表情だ。
「残念ながら学園にはあれから生徒を守れる力がない…頼む、力を貸してくれ」
そう言って、深く頭を下げる千冬。
「…分かった」
ここでようやく、翔太郎は了承した。生徒、つまり人を危険から守るのは仮面ライダーとして当然の事であるし、それに対する千冬の思いが本気だと分かったのもある。
「どっちにしろ、あての無い俺達には事情を知ってるあんたが頼りだ。探偵の依頼とは言いがたいが、引き受けさせてもらうぜ」
「僕もISには興味があるからね、ここにいられるというのなら願ったり叶ったりだ。昨日の怪人について調べる事にも、ここの施設は有用だろうしね」
「…ありがとう」
千冬はもう一度、頭を下げた。
「では、入学式までにここにある内容全てを頭に叩き込んでもらう」
そこからすぐに有無を言わさず、千冬は翔太郎の目の前に電話帳のような厚さの本を何冊も積み重ねていく。翔太郎は1冊積みあがるごとにどんどん顔色が悪くなっていった。
「なるほど、翔太郎に関してはご愁傷さまとしか言いようがないね。それで、僕は何をやればいいんだい?」
「残念ながらまだ決まってはいない。未成年を教員として働かせるわけにもいかないしな。この後、一応IS適性があるか検査して、万が一適性が見つかれば生徒として学園に通ってもらうことになるかもしれない」
「学生…それも興味深い」
数年前まで幽閉状態にあり、その後も翔太郎の相棒として活動してきたフィリップにとって、学校生活というものは未知の領域だ。
「なあ、これもうちょい少なく―」
「それでも本来の三分の一程だ。読み終わり次第、次を渡す」
容赦のない千冬の宣言に、最早言葉さえ失う翔太郎。フィリップはその様子を面白そうに眺めている。
その後、入学式前日まで翔太郎はすし詰め状態で学術書と向かい合う事となった。
(憶える事が多すぎてまだ頭がガンガンする…)
職業柄、事件に関係する情報を頭に入れなければならないため記憶力にはそれなりに自信があった翔太郎だが、流石に量が多すぎてダウン寸前だった。
(しかし、やっぱ女子ばっかだな)
本来、ISとは女性しか扱えない物であるため、IS学園も必然的に女子高となっていた。
しかし、今年になって世界で初めてISを動かせる男性が確認されたため一応は『共学』という形となった。
だが、数百人という人数の生徒に対して男子生徒はったったの一人である。これを共学と呼んでいいのかは正直、かなり微妙だ。
翔太郎自身は普段からクイーンとエリザベスという女子高生の情報屋とよく話しているためある程度大丈夫だが、その男子の性格によっては初日だけでダウンしてしまうだろう。
「次、織斑一夏」
(…ん?)
呼ばれた名前を聞いて、引っかかる。
「は、はい!」
そう呼ばれ立ち上がったのはこのクラス、いやこの学園唯一の男子生徒だ。
その顔をみた翔太郎は、思わず千冬と見比べてしまう。
織斑という苗字は中々ないし、それに顔だちもよく似ている。
(まさか)
そう考える翔太郎の目の前で、男子生徒―織斑一夏は自己紹介を始めた。
「えっと、織斑一夏です…よろしくお願いします!」
簡潔に、自分の名前だけを言った一夏。正直、他の生徒と比べてかなり短い。
すかさず、近くにいた千冬が出席簿で頭を叩く。
「もっと何か言えないのか」
「千冬姉!?いやさ…」
「織斑先生だ。もういい、明日、お前にはもう一度自己紹介をしてもらう。それまでにちゃんとしたのを考えておけ」
それだけ言うと、一夏を席へと座らせる。
その後、全員の自己紹介が終わると学園についての簡単な説明があり、ホームルームは終了となった。
ホームルームの後、千冬、麻耶、翔太郎の三人は職員室へと向かっていた。
しばらくは無言だったが、やがて翔太郎が耐えきれないとばかりに口を開く。
「なあ、織斑一夏って…」
「あっ!やっぱり左先生も気になります!?驚きですよね、世界初の男性IS操縦者が織斑先生の弟さんだなんて」
千冬に話を聞こうとしたところを、真耶が横から口を出す。千冬は出席簿で真耶の頭を軽く叩くと、翔太郎の聞きたかったであろう事を言った。
「確かに、織斑一夏は私の弟だ。だが、弟だからといって特別視をするつもりはない。二人も、私や織斑に気など使わず必要とあれば遠慮なく指導するように」
千冬はそれだけ言うと、歩く速度を速め二人より先に職員室へと向かう。
真耶は叩かれた頭を押さえながら、翔太郎に話しかける。
「織斑先生はああ言ってますけど、やっぱり男子一人というのは精神的に辛いでしょうし、織斑君のことちょっとだけサポートしてあげましょうね」
「確かに、ここじゃ昔の友達もいないだろうしな」
「ですよね!それじゃあ、お互い頑張りましょう」
おー、と一人でやる気を出す真耶の横で、翔太郎もそれなりに一夏に気をかけてやることを決めた。
女ばかりの環境というのが楽でない事は翔太郎も何となく創造出来た。というより、ここ数日の自分が既に似たような状態なのだが。それでも、フィリップがいる分だけ気が楽だった。
「しっかし、フィリップは大人しくしてんのか…?」
翔太郎はふと、ここにはいない相棒の心配をするのだった。
~寮~
「なるほど…ぞくぞくするねえ」
結局フィリップは、何もせずに学園内の自室(翔太郎と相部屋)で待機する事になった。その内何か学園内の仕事に駆り出されるかもしれないが、しばらくはこの状況が続きそうだ。
それをいいことに、フィリップは早速この世界について調べる事にした。
現在彼が読んでいるのは、学園の図書室で借りたIS関連の書籍だ。今読んでいるもの以外にも、周囲には何十冊という数の本が積まれており、全てがISについての本だ。
「IS、正式名称インフィニット・ストラトス。現在から約10年前に開発された大気圏外活動用パワードスーツであり、一時は兵器としての運用も考えられたが、現在はスポーツ用のウェアとして知られている…」
手にしていた本を読み終えると、現在までに知りえた情報を口に出し整理する。
調べても調べても、余計に興味が湧いてくる。調べきった事にはすぐ興味をなくすフィリップにとってこのような出来事は滅多にない事だった。
『地球の本棚』で検索出来ないというのもあるのかもしれないが、どうだっていい事だ。
「よし、次は…」
好奇心の塊と化した魔少年は、次なる知識を求めまだ読んでいない本を手に取った。
「…ぜんっぜんハードボイルドじゃねえ」
翔太郎は現在、次の授業で使うプリントを運んでいた。
書類上は教師となっている翔太郎だが、実際に授業や書類作成を行うわけではなく、教材運びや生徒とのコミュニケーションが主な仕事となっている。
「これなら態々教師にする意味なかったんじゃねーのか?」
そもそも、教員免許のない翔太郎を教師にしてしまう事自体が異常ではあるのだが、それでも任せられた仕事をこなしてしまう辺り、翔太郎なりの責任感というものだろう。
「…ん?あれは」
そうして教室前までやって来ると、廊下で話している二人の生徒を見かけた。
片方は一夏。もう片方は、ポニーテールの凛々しそうな見た目の女子生徒だった。
(あれは確か…篠ノ之箒だったか?)
先程の自己紹介でそう名乗っていた事を思い出す。篠ノ之という苗字が何処かで聞いた気がして少し気になったが、それ以外は普通の学生に見えた。
二人は初対面にしてはかなり親しげに話しているように見える。元から知り合いなのだろうか?
少しだけ気になった事もあり、コミュニケーションも仕事の内ということで、試しに話し掛けてみることにした。
「よう。朝の事はもう大丈夫か?」
「左先生!はい、何とか明日までにまともな自己紹介をやれるようにしておきます」
「それで、随分仲良く話してたみたいだけどよ、知り合いか?」
「こいつ…箒とは幼馴染み何ですよ。小学四年の時に箒の方が転校して、今日久しぶりに会ったんです」
幼馴染みと聞き、へえと相づちを打ちながら箒の方を見る。
「はい、確かに私と一夏は昔同じ学校に通っていた仲です」
少し不機嫌そうにそう答える箒。不機嫌の理由は一夏との会話を邪魔されたからなのだが、残念ながら一夏も翔太郎も気づいてはいない。
「それで、先生の方こそ何か用ですか?」
「いや、初日なのに親しそうにしてたから気になっただけだ。悪かったな、話の邪魔して」
「気にしないで下さい。あ、そうだ先生。知ってますか?箒は去年の剣道の全国大会で優勝したって…」
一夏はまるで自分の事のように話す。が、そこまで話した時、翔太郎は気づく。
一夏の話を聞いた箒の顔色に陰りが見えた。
(どうしたんだ?自分の、それも本当なら自分から自慢してもいいくらいの話なのに)
何か後ろめたい事情があるのか、もしくはトラウマになるような出来事でもあったのか。
理由は分からないが、箒が全国大会優勝をあまりよく思っていない事は確かだった。
「一夏…悪いが話の続きは後にしてくれ」
それだけ言うと、箒はさっさと教室内に戻っていってしまう。
「おい、箒…!?どうかしたんだ?すいません、左先生」
「いや…いいさ」
篠ノ之箒には何か事情がある。
こういった事を勘ぐってしまうのは探偵の特徴というべきなのだろうが、今の所本人に話す気もないらしいので深く追求するのは止めることにした。
その時、次の時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
「ってあー!?このプリント配らなきゃならねえんだった!」
そこで今更になり、手に持っていたプリントの存在を思い出す。
「ええ!?早くしないと千冬姉もう来ちゃいますよ!」
「とにかく配るぞ!おーい、これ皆1枚ずつ配るからな!」
大慌てで教室に入り、プリントを配りだす翔太郎。
しかし、結局間に合わずに千冬に怒られることとなるのだった。
二時限目の後、翔太郎はクラスで生徒達とコミュニケーションを取っていた。
クラスの各所で自己紹介の延長線上のコミュニケーションが行われているが、生徒たちの注目はやはり、一夏と翔太郎だった。
「織斑君、織斑先生の弟なんだよね?織斑先生の事何か教えて」
「左先生、ここに来る前は何してたんですか?」
「織斑君、男子なのにIS動かせるってわかった時、どんな気持ちだった?」
「左先生って出身地どこー?」
まるで男性という生き物が珍しいかのように、二人に群がる女子生徒達。実際、IS学園では珍しい存在なのだが少なくとも一夏のほうにはそれを考える余裕はない。女子の何気ない質問や談笑に受け答えするので精一杯だ。
一方、精神的に少し余裕のある翔太郎は質問に対し、ハードボイルドに浸った答えを返す。
「あまり詮索するのは止めておきな。男には女に言えない秘密があるもんだ。一つ答えられるとすれば…人の涙を拭うことが俺の使命だったのさ」
しかし、そんな演劇めいた答え方も女子からしてみれば
「えーっ、何も教えてくれないんですかー?」
「人の涙を拭う…?病院とか?」
と、ただの分かりづらい回答でしかない。
それを言われた翔太郎は、軽くずっこけかけた。
「いや、なんでそうなるんだよ!?」
「そうそう、流石に病院はないって」
「左先生医者って感じには見えないしねー」
わいわいと騒ぐ女子生徒達。
「ったく、男の道ってのが分からねえのか…」
口ではそう毒づく翔太郎だが、実際はそれほど悪い気分ではなかった。ハードボイルドを気取ってはいるものの、本来の性格は情に厚く優しい性格のため平和な日常というものに安心感を覚えるのだ。
「左先生、打ち解けるのが上手いですね」
談笑の合間を縫い、一夏が聞いてくる。
「まあな。職業柄ってやつさ」
探偵は聞き込みや潜入調査も行うため、ある程度のコミュニケーション能力も必要とされる。
翔太郎は現来の優しい性格に加え、探偵業の中で多くの人と出会った事によりこの能力が高くなっているのだ。
「へえ、IS学園に来る前も教師やってたんですか?」
「いや、そうじゃなくてな…」
その時である
「ちょっと、よろしくて」
女子生徒の群衆の中から声が響き、それと共に群衆が二つに割れる。
声の主は、長い金髪で整った顔立ちをした女子生徒だった。
「えと、誰?」
自己紹介を聞いていなかったのか、一夏はその女子生徒へと尋ねる。
「まあ!?わたくしを知らないですって!?このセシリア・オルコットを!?」
セシリア・オルコット。そういえばそんな名前だったなと翔太郎は思い返す。自己紹介の時、やけに自信満々で色々語っていたから生徒の中では印象に残っている方だ。
「イギリスの代表候補生であるわたくしを知らないだなんて、信じられませんわ!?」
やけに自信満々に言うセシリア。実際有名人なのかもしれないが、数日前にこの世界に来たばかりの翔太郎は今日まで知らなかった。
「それで、代表候補生っていうのは…?」
「まさか、代表候補生まで知らないとでも!?信じられませんわね、テレビも新聞もラジオもない田舎にでも住んでいたのかしら」
「いや、あるにはあったけど見聞きしなかっただけで…」
流石に一夏が可愛そうになってきたので、ここで翔太郎は助け舟を出すことにした。といっても、翔太郎自身も数日間で覚えたうろ覚えの知識なのだが。
「大会や式典で出る国家の代表IS、その操縦者の候補だったか?」
「そう!その通りですわ!流石IS学園教師、男性といっても教育が行き届いていますわね」
男性といってもという言葉が鼻につくが、どうやら褒められたらしい。
「それに引き換え、こんな基本知識も知らずによくIS学園に入れましたわね。言っておきますが、唯一の男性操縦者だからといって知識も経験もないあなたははっきり言ってお荷物ですわよ」
「おい、喧嘩すんなって」
知らない一夏側にも少しは責任があるにしても、セシリアの言は流石に言いすぎではないだろうか。そう思った翔太郎は二人の間に割って入る。
「喧嘩ではありませんわ、これは教育です。本来ならば上に立つべきわたくしがこうして気をかけているだけでも光栄なのに、物分かりがよくなくて困りものですわ」
どうやら、よほど自分に自信のあるタイプの人間らしい。一々態度が鼻につくが、どうにか我慢する。
「はあ、やはりこの国に来たのは間違いだったかしら?今年の入学試験でも教官を倒せたのはわたくしだけだったらしいですし…」
「いや、教官なら俺も倒したぞ」
ここで、しばらく大人しく話を聞いていた一夏が口を開いた。
「…え?」
ぴしりと、セシリアの表情にひびが入る。
「今、何と?」
「だから、俺も教官倒したんだって。入学試験の時に」
「はあ!?」
今までのイメージは何処へやら、セシリアはバンと机に手を置くと一夏と顔を急接近させる。
「あなたが!?何故!?あなたのような無知で素人のあなたが!」
「いや、知らないって。多分偶然だとは思うけど」
「ええそうでしょう!きっとそうですわ!わたくしの、いいえ各国の代表候補生の血の滲むような努力を素人が簡単に覆してたまるもんですか!」
「おい、落ち着けって」
あまりの興奮に、翔太郎が止めに入る。
しかし、セシリアは聞く耳を持とうとしない。
「先生は黙っててくださいまし!大体あなたは―」
「お前は何時から先生より偉くなった」
バシッ、と出席簿で頭を叩かれようやく正気に戻るセシリア。
見れば、いつの間にか千冬が教室に入って来ていた。
「授業開始の合図はとっくに鳴っているのに、大声で何をしているんだ?」
「も、申し訳ありませんわ…」
しゅん、と縮こまるセシリア。どうやら自分のやった事を思い返し、反省したらしい。
「わかったならさっさと席に戻れ。授業を始めるぞ」
「…はい」
とぼとぼと席に戻るセシリアだが、一度だけ一夏の方を振り返ると、キッと睨んだ。もしかしたら、視線だけで人を殺せるくらいの勢いでだ。
「左先生も、ああいう時はもっと厳しく躾けてもらいたい」
「あー、すまねえ」
「以後、そうするように」
翔太郎に対しても厳しく言うと、千冬は授業を開始した。
その頃、リミットとグラスは今後の方針について話し合っていた。
「バイコーンを倒した『何か』についての情報はまだ掴めていないの?」
「ああ。あれ以上の騒ぎを起こすわけにもいかないからな、遠方からの観察と、新聞の情報を漁るのが精いっぱいだ」
バイコーンが暴れた結果は、世間には『学園内のIS整備中の武装の事故』という形で発表された。いささか苦しい言い訳ではあるし、評判を落とす事は避けられないだろうが、怪物が暴れたと公表するよりはマシだろう。
現在二人がいるのは、郊外にある大きな洋館の一室だ。
数年前に持ち主が死に空き家状態だったのを、書類を偽装して自分たちの物としアジトに利用している。
「だが、そろそろ動いてもいい時期だろう。あの時の異常の痕跡はほぼないだろうが、僅かながらに残っているかもしれない。それに、バイコーンを倒した奴が誰なのかは俺も気になっている」
「そうなると、誰かしら偵察に出さなきゃならないわね」
「その事だが、実は…」
「その役目、私に任せてもらえませんか?」
突如として聞こえた第三の声に、グラスとリミットは振り返る。
見れば、紳士服の男がいつの間にか部屋に入ってきていた。
「ガーデン、か」
「ええ、お久しぶりです。グラス様、リミット様」
男―ガーデンは二人に対して深々とお辞儀をする。
「それで、任せてもらいたいっていうのはどういう意味かしら?」
「言葉通りですよ。IS学園への偵察、このガーデンに命じてください」
あくまで丁寧な物腰を崩さないガーデンだが、その瞳は欲望を隠さずギラギラと輝いている。
「どうせ、他に目的があるんでしょう?」
「よくぞ見抜かれました。実は、IS学園には以前から興味がありましてね。『美食家』として、一度は訪れてみたいと思っていたのですよ」
「偵察にかこつけて、吟味しようというわけか」
「ええ。心配せずとも、命じられたこともきちんとこなしますとも」
それを聞いたリミットは少し考えると、小さくため息をついて言った。
「…いいだろう。すぐに動ける者に任せられるならそのほうがいいからな」
「ありがとうございます。では、私はこれにて」
そう言うと、ガーデンは部屋を後にする。
グラスはガーデンが出ていくのを確認すると、あからさまに顔を歪めて呟いた。
「何が『美食家』よ、『偏食家』が」