切った張ったが無くても時代劇っ(汗)
九月
強風吹き荒ぶ葦の中に一人の町人がいた。
町人は執拗に背後を気にしながら葦の根元、冷たい泥に身を沈めて這っていた。
「構わん、火を放て!」
遠くで男の叫び声が木霊する。
火は乾いた葦に瞬く間に燃え広がり、夜の河原一面を煌々と照らす。
翌朝の河川敷、根元のみ焼け残った葦の叢に二体の仏が横たわっていた。
* * *
善兵衛が駿府城下から姿を消して二ヶ月が過ぎた頃、富士川の河川敷で不審火が相次いだ。
東海道、富士川の西の岸にある岩渕の宿場では、不審火の下手人探しと云う名目で足止めを食らってた人々が不満の声を漏らしている。
その中に、井原常良という儒学者がいた。
「このままでは埒が明きませんな」
井原に話し掛けるのは、頭巾を被り包みを背負った行商人の風体の男である。名を栄鱗と名乗った。
この栄鱗、足止めを苦慮しているかの口振りなのだが、裏腹に表情は暗く感じられない。
寧ろ、非日常とも云える状況を楽しんでいるかの様にも思える。
不謹慎極まりない男だ、と井原は心中で零した。
宿が立ち並ぶ街道筋の果ての方で、旅役者の一団が声を荒げていた。
「誰か、ちょっくら由比の陣屋まで掛け合って来いよ。もう半月だぜ」
誰もが、てめえが行けよ、と思いながらも口をつぐむ。只でさえ面倒な時なのだ。これ以上の面倒はごめん被りたいのが人の気持ちである。
「おいそこの飛脚。走るのが商売だろ。陣屋まで走って来いよ」
「へぇ、ですがね旦那」
勿論飛脚も良い顔はしない。走るのが商売ではなく、文を届けるのが生業なのだと云いたげな顔である。
「けっ、どいつもこいつも使えねえなぁ」
声を荒げた旅役者が辺りを見回す。だが、当然誰も目を合わせない。
旅役者の目に、茶店の木壁に背を預け、大小の刀を肩に地べたに腰を下ろした人物が映る。
体躯は細く、月代は無い。ほつれた着流しを間に合わせの角帯で止めている、いかにも仕官の口が無さそうな浪人風である。
「おい、てめえ侍だろうが。侍なら何とかしろよ」
八つ当たりである。
とばっちりを受けた浪人風の侍は、そのまま立ち上がって旅役者の一団に背を向け、去って行った。
「そしたら、ご自分で陣屋に行きなされや」
声を発したのは栄鱗である。
「あ? 町人風情が俺に文句があるのかよ。俺は江戸でも一、二の人気を誇る与之助一座の看板役者だぞ」
皆一斉に「知らねえよ」と心で呟く。
「はあ、しかしここは駿州。江戸ではありませんのでなぁ」
「貴様は阿保か。ここは天領、即ちお上の治める江戸と何ら変わらん」
栄鱗の表情は冷たいものに変わって、その口角は少しばかり上がっている。
「ほう、江戸と変わらぬと。ならば貴方達も江戸と変わらぬ振る舞いをされておるのですな」
「はぁ? 何が云いたい」
「頭の悪い人ですね。脳味噌が胡桃ほどしか無いようで」
明らかに栄鱗は旅役者を挑発している。見守る群衆に緊張が走る。
「貴様……言わせておけば」
旅役者は、腰の大脇差に手を掛けた。対する栄鱗は、その一触即発の状況下で薄ら笑いを浮かべている。
「ほら、やはり貴方は頭が悪い。ついさっきまで貴方に好き放題云わせておいてあげたのは、私の方ですのに」
その栄鱗の口振りは、まるで自分の方が立場が上だと云わんばかりだ。
これも挑発だとしたら、少々やり過ぎである。
「貴様、我らを、芝居を愚弄する気かっ」
「御冗談を、私めが小馬鹿にするのは貴方様だけですよ。振ればころころ音がしそうな……胡桃頭さん」
旅役者は大脇差を抜いた。そのはばきには月星の紋が見えた。
「許さん、もう許さんぞ。刀の錆びにしてくれる。そこへ直れぃ」
「ほら、そういう処ですよ。どこに無礼打ちをする旅役者がいますか。ま、貴方様の上役には報告はさせて頂きますので、沙汰をお待ちになってくださいませ」
栄鱗の物言いに、息巻いていた旅役者の顔色がみるみる青ざめてゆく。
「お主……何者だ」
「ただの旅の絵師でございますよ。ただ、お役目が貴方だけとは思わないことです」
その一言がとどめとなり、旅役者は膝を折った。
遠巻きに事の顛末を眺めていた井原は、興味本位で栄鱗に問うた。
「栄鱗殿と申されたか。先程の遣り取りは一体……」
「あれは公議の手の者ですよ。少々鎌を掛けただけですぐに馬脚を現す様では、所詮三下どまりでしょうが」
顎の辺りの無精髭をざりざりと撫でながら、栄鱗は事も無げに云う。
隠密の身でありながら目立つ行動をしたあの旅役者は、なるほど下っ端くらいにしか使えない。
「では、貴方も……」
「いえいえ。先程も申しました通り、私は旅の絵師。断じて公議の隠密などではありません」
井原は胸を撫で下ろした。
別段悪事を働いている訳ではない。勉強熱心な只の儒学者である。
だが、世情は変化しつつある。
寛政二年、つまり今年の春。幕府は突然、朱子学を正式な学問と決めた。
後に「寛政異学の禁」と呼ばれる出来事である。
井原が学ぶのは儒学の中でも陽明学である。その陽明学も正式に禁じられた訳ではない。槍玉に挙げられたのは主に思想面での蘭学であった。
だが、律儀な井原は幕府の意向に背く様な、後ろめたい心持ちになってしまった。
真面目さ故の落とし穴にまんまと嵌ってしまったのである。
「貴方様は、学者様のようで。ご芳名を伺っても?」
「井原……常良と申します」
「ほほう、これはこれは。ご高名は予々」
「要らぬ世辞はよして下さい。またまだ青二才ですので」
空々しい会話の裏で井原は思考を巡らす。
この男は異質だ。やはり只の絵師とは思えない。
もしかしたら栄鱗という名も偽りなのではないか。
そう思うと、すべてが怪しく映る。疑心暗鬼。
「ーー井原様」
「あ、ああ。何の話でしたかな」
「今回の足止めの原因ですよ」
今回の足止めの原因は、富士川の河原で起きた不審火だと云う。
「しかし、葦の群れが燃えたくらいで渡し舟を止めますかな」
「どういうことです」
事件に対してやる事が大仰過ぎる、と云っているのだ。そしてそれは、暗に他の原因の示唆する言葉でもある。
「実は、その焼け跡には二人の仏さんがあったようで」
やはり栄鱗は只者ではない。井原は感じた。
お読み頂き、ありがとうございます。
ちんぷんかんぷんな内容ですよね。
でも大丈夫。
書いてる私もちんぷんかんぷんです。