ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア-   作:結城ソラ

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 キュッ、キュと、磨かれた床が靴のラバーに引っかかり、音を鳴らす。同じようにダンッ、ダンと、どこか重めの音を鳴らしているのは、何度も床に叩き付けられているボールだ。
 ボールの持ち主は周りを囲まれ、軸足を固定してフェイントをかける。突破の隙を探すが、他の仲間もマークはキツイ。
状況は、控えめに言っても圧倒的に不利だった。

「寄越せ!」

 そんな重苦しい空気を吹き飛ばすように、マークを抜けて影が走り抜ける。

「まかせた、アキヅキ!」

 すぐにボールが金髪少年――カイチに投げ渡される。
 ボールを床にバウンドさせながら走り出すと、目前に居た相手チームの選手を一息で抜き去る。
 センターラインを越え、尚も加速する驚異の身体能力。最早止まらない――かと思われた、その時。
 大きな壁が、立ちはだかった。
 違う。身長2mはあろうかという巨漢だ。さながら相撲取りのように、カイチを潰すように張り手気味に掌を突き出す。

「・・・へっ」

 カイチは怯む事無く、上半身を倒さずに腰だけを落とすと、右手のボールを自身の股下へと投げつける。
 ボールを受け止めたのは、カイチの左手。瞬間的な巨漢の張り手は空を切り、その体勢を大きく崩す。
 レッグスルーと呼ばれるテクニックを披露したカイチは、そのまま回転するように巨漢を抜き去ると最後の加速をすべく、体育館の床を蹴る。

「――いけっ!」

 加速した勢いそのままに、カイチの身体が宙を舞う。
 直後に鳴り響いた音は、全部で三種類。
 タイムアップを知らせるブザービート。
 ボールがゴールへと直接叩き付けられるダンクの轟音。
 そして、勝利と敗北。その逆転を味わった者達の悲喜の叫び。
 それらをバックに、アキヅキ・カイチは清々しい笑顔で拳を突き上げるのだった。

「やっぱ俺って、超! 最高!」





Build.15:明日のムチャ修行

「ぷはー! 勝利の美酒ってのはなんでこうも美味いかねぇ!」

 

 身体をベンチに投げ出しながら、カイチはコーラを一気に喉へと流し込む。

 噴き出る汗は既に近場の銭湯で洗い流した。勝利の余韻も手伝って、非常にいい気分である。

 さて、何故カイチが此処――私立白光(びゃっこう)学園に居るのか。

 答えは実に学生らしいもので、カイチが所属するバスケットボール部の練習試合のためである。

 普段ガンプラカフェに入り浸っていると言ってもアキヅキ・カイチも健全な中学三年生。部活に汗と青春を流す青少年の一人に他ならないのだ。

 

「いよっ、お疲れさん」

 

 そんなカイチの頭上からかけられる声。カイチが頭を上げれば、そこにはここ最近で仲を深めた青年――カザマ・オリヤの顔があった。

 

「オリヤン? なんでこんなトコに?」

「俺とオリネェ、ここの卒業生なんだよ。今日はオリネェが後輩の手伝いをする事になってたから、俺はその付き添い。・・・つっても、俺の役割は終わっちまったから暇してたんだよ」

「それは分かったけど・・・なんでそんなに汗だくなワケ?」

「吹奏楽部の資材運搬とかいう超力仕事やらされたからだよ・・・カイチ、銭湯の場所教えてくれね? あ、後それくれ」

「ちょ⁉」

 

 カイチの持っていたコーラを掴み取ると、口を付けずにオリヤが一気に飲み干す。

 

「後で新品買ってやるからブーブー言うなって。ついでにいいこと教えてやっからさ」

「汗臭ぇって。んで、いいことって?」

「第二体育館にガンプラ部があんだけどさ。・・・今のウチの部長はヤベーぜ」

 

 ニィ、と。それはそれは楽しげにオリヤは笑う。

 

「へー」

 

 対するカイチの反応は恐ろしくあっさりしたもので。そそくさとスポーツバックからスポーツドリンクを取り出していた。

 

「・・・随分あっさりしてんなぁ」

「俺はバスケしに来てんだって。ヤナミみたいなガンプラバカみたいに四六時中ガンプラの事ばっか考えてねぇって話」

「・・・お前、さては飽きてんな?」

 

 うっ、と呻いた後、露骨に目を反らすカイチ。

 

「し、仕方ねぇじゃん・・・最近勝てねぇし、ヤナミやアマネは『それくらい分かれ』って言って突き放すし・・・」

「噂で聞いたけど、お前ガガにドッズランサーで突っ込んで爆散したんだって?」

「刺したら爆発するとか聞いてねー。黒髭危機一髪かよ」

「明らかな勉強不足だろ。もしくは聞く耳持たなかったか」

 

 やれやれ、と言わんがばかりにオリヤは肩をすくめ、カバンから一つの箱を取り出してカイチへと手渡す。

 胡乱げな眼差しを向けるカイチの視線を黙殺するオリヤに、今度はカイチが肩をすくめて箱を開ける。

 中身は、カイチが愛機としているガンダムAGE-2 ダークハウンドとGPベースだ。

 

「アマネちゃんからの届け物だ。それ持ってさっさとガンプラ部覗いてこい」

「えー・・・」

「いいから行ってこいって。こういう事をやるのは今回きり、ってアマネちゃんも言ってたぜ?」

「・・・ちぇっ。分かったよ」

 

 不承不承、とでも言わんがばかりにダラダラと立ち上がるカイチ。その姿が体育館の方に消えて行くのを見て、オリヤはどこかホッとしたように息を吐く。

 

「・・・これで瞑れるならそこまでだ。ガンバレよ、カイチ」

 

 誰に対してでもない呟きを口にすると、オリヤはカイチに教わった銭湯に向けて歩を進めるのであった。

 

 

★☆★

 

 

「ヤナミ君ってホント暇よね。他に行くアテ無いの?」

「うっせ。店長に許可貰ってんだからいいだろ別に」

 

 学校指定の制服に身を包んだアマネの開口一番の棘を含みまくったその言葉に、同じく制服姿のミコトが反発する。

 本日はガンプラカフェ定休日。店長が店の仕入れ等で出掃う日であり、当然一般客は居ない。だというのに、さも当然と言わんがばかりに備品のコーヒーをカップに注いだミコトの姿には、如何なアマネと言えどため息を禁じ得ない。

 相変わらずガンプラを弄っている辺り、ここを便利な作業場として認識しているようである。

 

「そういうセリザワは何しに来たんだよ」

「新しいお菓子のレシピが手に入ったから作りに。・・・なによ、その顔」

「女子力似合わねぇ」

「・・・蹴るわよ」

「蹴ってから言うな⁉」

 

 強烈なハイキックをミコトの後頭部に叩き込むアマネ。当然スカート姿なので見る人が居れば絶景が広がっていたのだろうが、残念ながら観客はゼロである。

 

「ッ~~~そういうトコが男前なんだよお前・・・」

「自覚はあるわよ? バレンタインとか、よくチョコを貰うし?」

「だろうなー」

 

 若干涙目になりながら蹴られた辺りを擦るミコト。一旦集中力が途切れたのか、手元の作業を中断してカップのコーヒーに口を付ける。

 

「・・・で? アキヅキは大丈夫なワケ?」

「今回のテコ入れでダメなら、別のメンバーを探さないとダメでしょうね」

「それならそれで仕方ねぇわなぁ」

 

 ハァ、と今度は揃ってため息をつく二人。

 目下アクセンツの悩みの種は天才素人、カイチのやる気問題だった。

 この問題の根は深い。なにせ、これはアキヅキ・カイチという少年の人間性(パーソナリティ)、及び人生観の問題なのだから。

 昔から、恵まれた運動神経と直観に優れたカイチはだいたいの競技事に長けていた。努力の過程をすっ飛ばし、エースとして君臨してきた。俗に『天才』と呼ばれる部類なのは間違いない。

 だが、この世の中は天才『程度』では渡り切れないモノだ。

 当然のようにカイチのような天才は他にも居るし、努力を重ねた凡才をそう簡単に超える事はできない。そうした人々は、色んな過程をすっ飛ばしたカイチの前に文字通りの壁として立ちはだかる。

 その壁は決して高くは無いハズなのだが――『なんとなく』で始め、できてしまうカイチには、壁を超える手段を知りえない。

 その結果積み重なるのは『敗北』のみだ。競技において、敗北以上にストレスとなるものは存在しない。楽しく感じていたハズの競技が、ただのストレスと化していく。

 やがて何故やっていたのか、そんな事すら分からなくなり――カイチは「飽きた」の一言で別の競技へと鞍替えし、またそこでそれなりに活躍してしまう。

 そんな悪循環(サイクル)で辿り着いたのが、誘われて入ったバスケ部と、いつぞやの騒ぎに悪ノリ感覚で介入したガンプラバトルだった。

 幸い、バスケットボールに関してはまだ壁に激突しきっていないようだが、ガンプラバトルは違う。

 ただでさえガンプラカフェには初心者から実力ある熟練者までもが集まる場なのだ。そこの専属チームに所属して戦っていれば、チームとして勝利してもカイチだけは負けている事も多い。

 最近はその傾向が目立ってきており、露骨に姿を見せる機会が減っていた。姿を見せても適当に客と絡んだりつまみ食いをしたり――愛機のダークハウンドに触れる事無く帰ってしまう事も増えている。

 当然、ミコトとアマネはこの状況に頭を痛めるしか無く対処法を幾つか検討していたのだが。

 

「・・・伊達に幼馴染じゃないわ。これ以上やっても、無駄ね」

 

 先日ボソリと呟いたアマネの台詞を以ってして、カイチのやる気を再燃させる計画立案は終わりを告げた。

 唯一最後に残った計画――バスケの練習試合に赴いた先の白光学園。強豪と名高い現場を刺激に変える事ができれば、というあまりにも神頼みな計画を除いて。

 

「・・・オリヤさんからさっき連絡が来たわ。ダークハウンドは渡してくれたって」

「これでうまくいきゃあいいけどな・・・上手い事、”白金の統狼”に出くわしてくれることを祈るのみだ」

 

 万に一つの可能性があるとすれば。

 それは、圧倒的に格上の実力者に出会う事。

 そんな事を考えながら、ミコトはふとカウンターに置かれた電子時計を見る。

 秒刻みの時間をカウントする時計には、日付までもが記録されている。

 七月九日。夏が始まり、熱気が溢れかえる時期。そしてそれ以上に、ミコトの胸をかき乱すのは、ここを借り受ける前に店長から聞いた言葉。

 それを思い返し、思わず吐いたため息は――どこか、高揚感が滲んでいた。

「夏休みを利用しての新オープンのカフェへの遠征。勝手に決める内容じゃあねぇよなぁ」

 

 

★☆★

 

 

「つまんねぇ・・・」

 

 頬杖を突きながら体育館二階から見下ろし、カイチは思わず呟いた。

 眼下に広がるのは白光学園ガンプラ部の練習風景。十数人ほどの生徒達がバトルを行っていたりガンプラの調整をしていたり、或いは談笑に花を咲かせていたり。

 確かにレベルは高いように思える、のだが。

 

「もっとスゲェヤツらを見ちまってるからなぁ」

 

 カイチの目は無駄に肥えている。

 何せ幼い頃からガンプラカフェに入り浸っていたのだ。その中で見た歴戦のファイター達は、決して学生レベルと比較してはいけないモノ達が多い。

 

「・・・帰るか」

 

 オリヤに言われた通りに、見るものは見た。ならば居座る理由も無い。さっさと撤退する事を決意し、カイチは体育館を後にしようとする。

 

「おいおい帰っちまうのか? そいつぁもったいない」

 

 背後から、軽薄な声がかけられた。

 振り向けばそこには、パイプイスの背もたれを抱き抱えるように座っている、色黒に白髪の男だった。ニヤニヤと笑ったまま、カイチを見つめている。

 

「誰」

「おっと、知らないか。ということは、モグリだな」

「あぁ?」

「おいおい、ガラが悪いぞ?」

 

 人を食ったような笑みを浮かべる男。額に青筋を浮かび上がらせ、カイチはその場を離れようとする。

 

「待て待て、ちょっと待てよ」

「馴れ馴れしく肩を掴むんじゃねぇよ」

「いや何、実はアレの整備をやっててな。試運転がてら、動かしてほしいんだよ」

 

 くいっ、と背後を指す男。その先には、回路の部分を開いたままのバトル台が置いてある。

 

「・・・んなもん下の連中にやらせろよ」

「言ったろ? もったいない、って。ちゃんとした、桁違いにデケェ壁を知るより先に逃げるなんて、ダセェからさ」

「アァ・・・?」

 

 本気でイラついた声を出すカイチに軽くウインクすると、男は飄々とした態度を崩す事無くバトル台の前へと立つ。

 そのままニヤリと笑ったまま手をカイチへと伸ばし、何度か指を曲げる。

 明らかな、挑発。

 

「・・・やってやろうじゃんか」

 

 頬を引き攣らせ、大股で歩くカイチ。

 そのままどこか乱暴にGPベースをセットし、次いで少しだけ慎重にダークハウンドをセットする。

 システムによるサーチが奔った後、バトル台からプラフスキー粒子が吹き上がる。音声は流れていないが、恐らくメンテナンス中で止められているのだろう。

 店長もたまにやっている事だし、と勝手に納得し、カイチはコントロールスフィアを握り締め、ダークハウンドの瞳が輝く。

 

「アキヅキ・カイチ、ダークハウンドぉ! 行くぞ!」

 

 カタパルトが動き出し、ダークハウンドを粒子の世界へと投げ出す。

 構成された世界は、シンプルな宇宙ステージだった。デブリが大量に浮かんでいるエリアもあるが、特にそれ以外のギミックは見当たらない。

 

「野郎はどこに・・・」

『そういえば、自己紹介をしてなかったな』

 

 デブリ帯を背にするように、棒立ちの影があった。

 その機体のカラーリングは、白。

 肩に付けられた二対の翼を含め、全身を純白で覆った機体は宇宙では眩しい程だ。だがそれ故に、翠に輝くツインアイと胸部の『A』マークがより際立つ。

 その機体にカイチは思わず既視感を覚える。

それもそうだろう。何せ、それは自身の愛機――その別の姿なのだから。

 

『ガンダムAGE-2 特務隊仕様。部に置いてある機体だが、別段弄っちゃぁいない。そして、それを操るのが最高の俺』

 

 親指を自分へと向ける。実際にファイター自身が行う動作をする辺り、しっかりと染み付いた癖なのだろう。

 

『オオガミ・アルクだ。・・・野郎相手にするのは、テンション下がるけどな』

「じゃあそのまま下がりっぱなしで落としてやるよぉ!」

 

 ドッズランサーを構え、突撃(チャージ)をかけるカイチ。

 しかしAGE-2はランサーを受ける直前、ほんの少しだけ体勢を傾ける。ただそれだけで、さながら風に舞う木葉のようにダークハウンドの攻撃は外れる。

 

「おぉっ⁉」

 

 躱す直前、AGE-2の手が軽くダークハウンドの背を押す。それだけでベクトルが狂い、ダークハウンドが回転する。

 そんな分かりやすい隙を見せるダークハウンドのすぐ横を、螺旋を描くビームがすり抜けた。振り向けば、そこにはハイパードッズライフルを構えたAGE-2の姿。

 

「わざと外したってのか? 舐めやがって・・・!」

 

 ギリ、と歯噛みしている間にAGE-2はストライダーへと変形し、ダークハウンドに背を向けて飛び去る。

 

「逃がすか!」

 

 完全に頭に血が上ったカイチに、その不自然な行動の意図を理解しようという考えは無かった。自身もダークハウンドを変形させると、追いかける。

 スタートが出遅れた事もあり、カイチはフルスロットルでブーストをかけるが――その距離は、一向に縮まる気配は無い。

 その事実はより強くカイチをイラつかせ、同時に思い知る。

 オオガミと名乗った男は、間違いなく格上だ、と。

 

「それが、どうした! ハイパーブースト!」

 

 デブリ帯に入り込み、ジグザグの軌道を描き始めたAGE-2を見たカイチは、迷いなくハイパーブーストを起動する。

 超加速に包まれたダークハウンドは、細かなデブリを片っ端から弾き飛ばし、直進する。当然、その距離はどんどんと縮まっていくが――。

 

「なん、でだ⁉」

 

 縮まる速度が、あまりにも遅かった。

 確かに、このままの速度を保ち続け、飛び続ければ“いずれ”は追いつくだろう。ジグザグに飛ぶAGE-2をまっすぐに飛翔するダークハウンドが捉えられるハズだ

 その“いずれ”がいつになるかは、分かったものではないが。

 

『・・・もういい』

 

 冷めきった声がスピーカーから届いたと思った瞬間、AGE-2が変形する。

 変形の勢いを利用し、ダークハウンドに向けてAGE-2がデブリを蹴飛ばす。しかしそのくらいは想定内だったのか、ダークハウンドはビームバルカンでデブリを破壊する。

 宇宙空間をデブリであったクズが充満し、カメラを遮る。何とか視界の悪い空間を飛び出し、カイチは周囲を見渡す。

 

「え、あれ、どこ行った⁉」

 

 破壊したデブリの向こう側に、既にAGE-2の姿は無かった。すぐさま周りを探す、が。

 ズガン、という上からの衝撃に揺さぶられ、アラートが鳴り響く。

 カイチが衝撃の正体を把握しようとするよりも先に、カメラにビームの刀身が映し出される。

 マウントを取るような形で、ダークハウンドの上にAGE-2が乗っていた。少しビームサーベルをズラせば、ダークハウンドは両断されるだろう。

 

「・・・クソっ」

 

 一瞬で撃墜寸前まで追い込まれている事に、カイチは戦慄しながらも悪態を吐き出す。

 だが、待てど暮せどトドメの一撃は訪れない。不審に思い、思わずカイチが首をかしげると。

 

『お前は・・・』

「?」

『お前はダークハウンドを! AGE-2を! どれだけ知っている!!』

 

 スピーカーから響いてきたのは、オオガミの怒号だった。思わず耳を抑えるカイチに、オオガミの言葉がさらに叩き付けられる。

 

『そも、ダークハウンドはシドとの攻防の末に大破しAGEシステムを取り外されたAGE-2をマッドーナ工房が回収し、宇宙戦と格闘戦に特化した仕様変更が成された宇宙海賊ビシディアンらしい改造機だ! 分かるか、普通にやればこのAGE-2よりも速いんだよダークハウンドは!』

「お、おう?」

 

 唐突なまでのマシンガントークに思わずカイチが目を白黒させる。

 やがて落ち着いたのか、もう一度だけオオガミはため息をつくと、カイチへと語りかける。

 

『・・・だからもったいないんだ、お前は。機体の事を知らない、知ろうともしない。そんな状態で勝てるわけがない。これまで勝てていたとしても、続くわけが無いんだ』

「・・・・・・」

『飽きたなら構わねぇよ。さっさと尻尾撒いて行っちまえ。所詮、お前はそこまでだ』

 

 勝手な事を、とは思う。

 だが困った事に、オオガミを正しいと思う自分も居る。

 ミコトやアマネよりうまく動けた事は幾らでも思い出せる。自分がキッカケで勝利を得た事も当然ある。

 しかし。思い返してみれば、倒した敵達は皆どこかしら驚きを浮かべていたような気がする。それはきっと、カイチが素人だったから、なのだろう。

 セオリーは無視する。警戒すべき部分を警戒しない。とりあえず一人で突撃する。

 上げればキリが無い特異な戦闘スタイル。それらは全て、アキヅキ・カイチが無知だから出来上がったモノだった。

 普通ならきっと勝てないハズが、カイチは勝ててしまった。だから、学ぶ機会を逃した。そんな状態で行き詰らないわけが無いのだ。

 だからきっと。オオガミの言葉は正しいのだ。間違っているのはカイチの方。

 

「・・・・・・んなもん」

 

 それ故に、カイチはカメラの向こうに移る純白のガンダムを睨み付ける。

 

「知った事かよ!」

 

 次の瞬間。ダークハウンドのブースターが最大出力で解き放たれた。前へと爆発するように進んだダークハウンドの頭部右半分がビームサーベルによって焼き斬られる。

 

『お前は・・・!』

「知ってんだよ、俺が知らない事なんてよ!」

 

 振り向き様にカイチはダークハウンドを腕だけを変形させる。露出した肩に内蔵されたビームバルカンが斉射されるが、一瞬早く飛び退ったAGE-2には当たらない。

 

「だけどなぁ!」

 

 距離を取ったAGE-2は瞬時に照準を合わせるとハイパードッズライフルのトリガーを引く。螺旋を描くビームがダークハウンドに襲い掛かる。

 

「それでも! 俺が誰よりも知ってる事はあるんだよ!」

 

 途中で止めていた変形プロセスを再開する。ストライダーへと変形しきった直後、螺旋の弾丸がダークハウンドに着弾した。

 巻き起こる爆煙。撃墜を示すハズのソレは、次の瞬間弾け飛ぶ。

 煙の内側から飛び出したのは、ドッズランサーに何かを突き刺したダークハウンドの姿だった。

 

『何っ⁉』

「分かってたぜ、耐えれるってなぁ!」

 

 罅が全体へと広がり、ランサーの穂先と共に砕け散ったのはダークハウンドのバインダーだった。

 ストライダーへと変形していた事により、二枚重ねるように突き刺したバインダーに機体が隠されていた。この結果、前方から飛来したハイパードッズライフルの弾丸は見事にバインダーにのみぶち当たり、ダークハウンドへと届く事は無かった。

 普通はきっとやらない事だ。ハイパードッズライフルの弾丸は非常に貫通力に優れ、原作でも二基のドラドを纏めて貫いてみせ、隕石ごと敵機を吹き飛ばす。

 そんな弾丸を無理矢理受け止めるなど、正気の沙汰ではない。

 

「俺はさぁ・・・確かにその、ビシ何とかとかは分からねぇよ! でもさぁ!」

 

 機首となるドッズランサーが罅割れている事もお構いなしに、ダークハウンドがAGE-2へと迫る。

 が、AGE-2は軽くステップを踏むように移動する。それだけでダークハウンドの突撃は狙いを捉える事無く外れてしまう。

 しかし。

 

「こういう事ができるって、俺は知ってる!」

 

 両手に握られていたアンカーショットが飛び出し、近くのデブリへと突き刺さる。ワイヤーが限界いっぱいまで引き伸ばされ、張りきったワイヤーに導かれたダークハウンドはグルリと円を描くように回転する。

 一回転しながら再度変形を行いながらアンカーショットを手放す。次いでビームサーベルを抜き放てば、その眼前には再度AGE-2が現れる。

 

『一回転して戻ってきやがった⁉』

「こういう事ができるって、俺は知ってる!」

 

 そのままビームサーベルを振り下ろす。斬撃に追従する光の軌跡は、これほどの不意打ちをかけたにも関わらずAGE-2を捉える事は無かった。

 

「お、っらぁ!」

 

 だが。まるで斬撃をなぞるように蹴り上げられた右足が、ついにAGE-2を捉える。

 激しい衝撃は、正しく攻撃が命中した証。それを感じ取ったカイチはビームサーベルを納刀し、罅割れたドッズランサーを引き抜く。

 

「俺が一緒に戦ってる相棒は、ガンダムじゃねぇ!」

 

 ドッズランサーによる神速の一突きは、ハイパードッズライフルを捉えると同時に貫く。

 咄嗟にAGE-2がハイパードッズライフルを手放した次の瞬間、ダメージが深部に到達したのかライフルが爆散する。

 

「俺が一緒に戦ってる相棒は、俺が作ったガンプラ! ガンダムAGE-2 ダークハウンドなんだよ! だから! 他は知らなくても、コイツにできること、やれること! それを俺は知ってんだ! そこに文句もケチも言わせねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 叫ぶ。他の何を否定されようと、それだけは譲れないと。

 唯一つと言ってもいい。その言葉こそが、ビルドファイターアキヅキ・カイチのプライド。

 ミコトもアマネもオオガミも、世界中の誰であっても、今こうして戦っているダークハウンドの事を一番知っているのは、アキヅキ・カイチに他ならないのだから!

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 限界いっぱいまでブースターを燃やす。カイチの叫びに応えるように、ダークハウンドの左目が煌めき、AGE-2へと向けて飛翔する。

 

『・・・あぁ、これは・・・誤ったほうがいいな』

 

 迫りくるダークハウンドを捉えながら、オオガミは静かに笑った。

 

『すまん。お前はその程度何かじゃねぇ。高みに行ける、真っ当なファイターだ』

 

 その笑みは静かで、楽しげで、獰猛だった。

 

『だから・・・完膚なきまで、叩き潰してやるよ!』

 

 一瞬、光が閃いた

 そう感じた時にはアラートが鳴り響いていた。激しい衝撃がそれまでの推力を無視し、ダークハウンドをその場へと押し留めていた。

 既に目の前にAGE-2の姿は無い。胸部でクロスするように突き刺されたビームサーベルの刃が斜めに突き出ており、腰の辺りから刀身が飛び出している。

 まったく見えなかったが、どうやら事実から察するに抜刀したAGE-2のサーベルなのだろう。それでも撃墜されていない事を確認すると、カイチはアラートを無視してAGE-2を探す。

 居た。自分よりも下。足の向こう側に、純白の機影を発見する。

 

「突き刺したまま下に抜けたのかよ・・・! でも!」

 

 体勢を整えたらしいAGE-2の背中のバーニアが火を噴き、ダークハウンドへと向かってくる。それを察知したカイチは、迎撃のためにビームサーベルを抜こうとして――。

 何も無い空間を、ダークハウンドの手が掴んだ。

 

「・・・え?」

『隙ありだ!』

 

 ズガン、という鋭い衝撃が足から頭にかけて突き抜ける。

 交差する瞬間、胸部と腰のつなぎ目の辺りを狙ってさらに二本のビームサーベルがダークハウンドへと突き立てられる。

 新たに二本のビーム刃が首側へと向かって貫通する。まるでその姿は、獣の牙が突き立てられたかのようだった。

 

「なんで・・・なんで、四本サーベルがあるんだよ・・・」

『後から刺したヤツ、よーく見てみな?』

 

 言われるがままカイチはビームサーベルにカメラを合わせる。

 するとそこには、白と黒、二色のビームサーベルが映り込む。

 

「黒・・・って⁉」

 

 そのサーベルは、ダークハウンドのものだった。

 

『すれ違う時にコッソリとな。本来四本でやるサイコーな必殺技なんだよ』

 

 そう言われ、最早カイチは力なく笑う事しかできなかった。

 抜刀からの高速軌道。そのままダークハウンドのサーベルを奪い、返す刃でさらに突き刺す。

 そのほとんどがカイチには見えなかった。圧倒的という言葉さえ生温い、完全敗北。

 

「さぁ、俺の“フェンリルファング”を受けて、まだ戦うか?」

 

 未だに撃墜判定がされない中、カイチは両手を挙げた。

 

「ムリ。こーさん」

 

 まるでその言葉に反応するように、パリパリと音を立ててバトルフィールドが崩れ去っていく。

 後には動かぬ二基のガンダムAGE-2と、その向こうでニヤニヤ笑うオオガミの姿。

 

「なぁ」

「なんだよ」

「面白かったか?」

「・・・完敗喰らった上で、そんな事聞くかね」

 

 そう言いながらもどこかカイチは嬉しそうにしながら、ダークハウンドを回収する。すると背後から、パチパチと気の抜けた拍手が聞こえてきた。

 

「お疲れー、カイチにオオガミ」

「オリヤン?」

「悪かったなオオガミ、忙しいのに付き合わせちまってさ」

「これっきりッスよ先輩。次はカワイコちゃんで」

「副部長にブチギレられるぞ」

「あー・・・ミーちゃんは置いとく方向で」

 

 親しげに話し込むオリヤとオオガミ。

 混乱するカイチに、オリヤは人の悪い笑みを浮かべる。

 

「今回の事、全部俺らの仕込み」

「え、えぇっ⁉」

「ついでに、こいつの正体も教えてやるよ」

 

 トン、とオオガミの肩に手を置きながらオリヤはどこか誇らしげに喋る。

 

「”白金の統狼”オオガミ・アルク。この白光学園ガンプラ部部長で、世界大会にエントリーしてるヤツ。つまり、文字通りの超強者だよ」

 

 

★☆★

 

 

 ドガーン、という轟音と共に扉が蹴り飛ばされるように開け放たれる。

 ミコトが鬱陶しそうに扉を見やれば、そこには汗だくのカイチが居た。

 

「ま、そろそろ来る頃だと思ってた」

「アマネは⁉」

「帰った」

「お前らもグルだったのかよ!」

 

 詰め寄るカイチを無視して細かい部分にヤスリをかける。

 

「荒療治だけど仕方ねぇだろ? オリヤさんが”白金の統狼”なんてヤバイレベルのヤツに渡りを付けられるって言うからな」

「なんっでわざわざそんなに回りくどい事を」

「今更お前以外のチームメンバーを探したくなかったからだよ。・・・今回がダメなら、遠征のためにもホントに新しいメンバー探すトコだったけどな」

 

 淡々と語るミコトに、カイチも二の句が継げなくなる。

 うんざりしたような口調だが、ミコトは間違いなくカイチをチームメイトとして認めて引き留めようとしている。

 そう理解したカイチは一度だけため息を吐き出すと、ミコトの前に座り込む。そのまま神妙な表情で別の話題を口にした。

 

「なぁ、世界大会出場者って、どんだけ強いんだ?」

「あぁ?」

 

 ようやくカイチの顔を見るミコト。どういう冗談かと思ったが、カイチの表情は真剣そのものだった。

 

「・・・そうさな。それこそ、グレイ・ストーク卿が連れて行ったニュータイプが返ってくるか・・・」

「か?」

「ガンプラバトルをやる異世界人でも居ない限りは、最強の一角だろうよ」

 

 そんなファンタジーなんてありえないだろうけど、という言葉を付け加えながら再び手元の作業に集中するミコト。

 その様を見ながらカイチは静かに虚空を睨む。

 手も足も出なかった、文字通り次元の違う強さを見せつけた男。オオガミ・アルク。

 

「・・・勝ちてぇ」

 

 ギュッと握り込んだ拳に力が込められる。

 

「俺、あんなにボロ負けしたの初めてだよ」

「そーか」

「だから、俺はアイツに勝ちてぇ」

「・・・で?」

「アイツに勝つために、俺は止めねぇからよ。・・・これからも頼むぜ」

 

 ニッ、とカイチが笑う。対するミコトは、どこか面倒くさそうに言葉を返す。

 

「無自覚でそんな感じの台詞吐くなよ」

「は?」

「いや、いいわ。・・・ま、頑張ってくれたまえ」

「おうよ!」

 

 力強く宣言するカイチ。

 その宣言は、ビルドファイター、アキヅキ・カイチが本当の意味でスタートした事を意味していた。

 

 

☆★☆

 

 

次回、ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア-

 

「アイカ・・・アナタにストフリは向いていません!」

「ちゃんと服を着てくださいー⁉」

「ズバリ、キラキラエクシア!」

 

【Build.16:ガンプラ女子会】

 

「普通、女子会でガンプラは作らないと思う」




ずいぶん久しぶりの投稿になりました。今後も不定期に更新すると思われます。

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