アリーナの轟く爆音とその中心に舞い上がる黒煙に、観客一同は言葉を失っていた。息を飲み込む喉の音さえも、呼吸音でさえも響くほどに、アリーナは静寂に包まれていた。
口元を手で抑える山田真耶、ただ腕を組んで静かにアリーナを見つめる織斑千冬、口を開けて呆然とする篠ノ之箒、ただ黙って黒煙を見つめる織斑一夏、そして目の前の黒煙を見据えるセシリア・オルコット。
十人十色の反応が、アリーナの会場内では行われていた。
あっけないものですわね。
目の前の黒煙を見据え、セシリア・オルコットは内心で零した。如月あきら、たった今自分が撃墜した対戦相手。何を考えているのか、自己紹介時に汚らわしい男である織斑一夏を友と呼んだ存在。織斑一夏を馬鹿にしたという理由で、自分と戦うことを決めた存在。自分を倒すために織斑一夏と特訓をしていた。訓練時に顔を見に行った際には、お前に勝ってやると豪語していた。そんな姿に、セシリアは不思議と悪い気はしなかった。
一方で、セシリアは冷静に考えていた。代表候補生となった自分に勝てるわけがないと。代表候補生になるために、自分は必死になった。それこそ泣きたくなるほどに苦しいこともあった。逃げ出したいと思う時もあった。だがそれを乗り越えて、自分はここにいるのだ。そんな自分が素人同然に負けるわけがない。冷静なセシリア・オルコットはそう考えていた。
ビットを数機墜とされたことには多少なりと目を見張ったものの、結局はこのような結果になった。未だ晴れない黒煙を見据えているセシリアが抱くのはただの期待外れだった。ほら、黒煙から何かが墜ちていった。それは黒い鉄の塊であり、轟音を立てて地面に落ちた。
黒い鉄の塊?
セシリアは思い返す。如月あきらの使っていたISは『打鉄』。確かカラーリングは緑色だった。ともすれば落ちた黒い鉄の塊はなんだろうか?セシリアの疑念は連鎖する。そういえば、どうして試合終了の鐘が鳴らないのでしょうか?セシリアが未だ鳴らない勝利の鐘に違和感を感じた。あれだけの攻撃を受ければ、どう考えても撃墜判定か、エネルギーが切れるのに。
冷静に考えてみれば、今の如月あきらの行動には疑問符が浮かぶ。先ほどまで逃げ続けていたというのに、急に自分に向かって突撃をした如月あきら。その行動の意図が読めない。いくら如月あきらが馬鹿という印象だったとはいえ、無策で突撃する馬鹿ではないはずだ。エネルギーが残り少なかったから?武器の弾数が切れたから?確かにそうかもしれない。だが代表候補生のセシリア・オルコットが告げているのだ。『そんなはずがない』と。
では一体何を?そう思い、もう一度黒煙を見ようとセシリアが顔を上げた瞬間、黒煙の中で光が瞬いた。
「!?」
半ば不意打ちだったため、セシリアの反応は遅れた。次にセシリアが聞いたのは、自分の後ろで何かが爆ぜる音。同時にモニターにメッセージが映る。ブルーティアーズ残機ゼロ。
「な!?」
そのことに言葉を失うセシリアだが、続けざまに今度は小さな黒い塊が、セシリアの顔を目がけて飛んでくる。無意識の行動か、セシリアは絶対防御があるというのに顔を守ろうと手を上げる。カァーンと弾かれたそれは先ほど如月あきらが使っていた銃。それを目で追ったセシリアは一瞬、ほんの一瞬だが目を逸らしてしまった。
そしてハッとしたセシリアが前を見ようとして、
今まさに目の前で、自分に向けて刀を振り下ろそうとする如月あきらが映った。
スパーンと音を立てて、長くて黒い塊が宙を舞う。それはくるくると宙を舞いながら、アリーナの地面に突き刺さった。その光景に、誰もが黙っていた。いったい何が起きたのかも分かっていない者ばかりだ。
「ふん、驚かせおって」
織斑千冬が口元を歪める。
「やっぱりな」
織斑一夏が笑う。
「なぜ・・・?」
セシリア・オルコットが戸惑う。とっさに防いだとはいえ、自慢のスターライトMK3は、銃身の半分を袈裟切りされ、もはや撃つことが出来ないただの鉄塊と化した。だがそんなことはどうでもいい。受け入れるべき現実はそんなものではない。
「どうしてまだ戦えるのですか?」
あれだけの攻撃を受けたのだ。普通ならばとっくにリタイアしているはずだ。なのに目の前のそれはボロボロでありながらも未だ戦う意思を見せている。実力も機体の性能差を理解しているはずだ。なのにそれは未だ顕在。
「いったいどうして!?そんなのはありえませんわ!」
冷静だった代表候補生のセシリア・オルコットは叫ぶ。おかしい、そんなことはありえない。そんな気持ちを声に出す。自分は代表候補生だ。相手は素人だ。だからこんなことはありえない。こんなことがあってはならない。だが、それを目の前の現実は否定する。
「だから言ったじゃねぇか」
目の前のそれは答える。口元に笑みを浮かべ、ただ自分を見据える。恐怖におびえるどころか、その顔は楽しさで満たされているかのように笑う。
「俺はお前を一回殴らないと気がすまねぇんだよ。お前は俺や一夏を馬鹿にした。無意識に俺たちを下に見た。そんなのは許さない。お前がすごいってのは嫌でも知ってるし実感した。でも負けない、ただで負けるつもりはない」
如月あきらはそういうと、手に持った刀を構え自分を見据える。その視線を受け、セシリアは唯一残ったビームソードを取り出す。ブルーティアーズの欠点の1つは唯一の接近戦武器がこれしかないことだ。ゆえに、セシリアは距離を取る戦い方を選んでいた。中・長距離のブルーティアーズだからこそそれができた。だがもはやそれも使うことが出来ず、セシリアは接近戦という場に引き摺り出された。
「こんなことって・・・!」
ビームソードを手にセシリアは歯噛みする。目の前の存在はなんだ、どうして自分はこんなことになっている。自分は代表候補生だ、優れた存在だ。なのになのになのに!
「なぁ」
そんな考えが巡るセシリアに如月あきらは声をかける。
「そんな生き方で、苦しくないのか?」
「!?」
その声と同時に、如月あきらは自分に向けて突貫する。その姿を見据えながら、セシリアはビームソードを握りしめ、目の前に迫ったISへと振るう。何かが焼ける音と焦げ臭いにおいを感じれば、半ば溶けた刀が見える。
これであなたの武器はもうなくなりましたわね!セシリアはそう思い勝利を確信する。しかしその瞬間、自分の顔を何かで殴られたような衝撃を受け、セシリアは混乱のままに目を瞑ってしまう。
そして試合終了のサイレンが鳴り響き、アナウンサーが勝者を告げた。
「えー、え、エネルギー切れのため、勝者セシリア・オルコット選手!」
その言葉に、セシリアは驚き、閉じていた目を開けた。
そして彼女の視界に入ったのは、自分に拳を突き出している如月あきらだった。どうやら自分は殴られたらしく、そしてそのせいで如月あきらは敗北したのだろう。
「どうして・・・?」
「いっただろ、取りあえず殴らなきゃ気が済まなかったって」
自分を見つめる如月あきらは、そう言って倒れた。