俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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お待たせしましたm(_ _)m

文章ってただ量を書けば良いってことはないんです。不必要な部分を削ることも大事なんです。

なにを言いたいかと言うと……今回は長いです。
無駄に長いです。
しかも日常オンリーです。
電車やバスで移動中の人は寝落ち注意!



最高の一年を君に(冬)

「「おおきなノッポのあ~いえす。たばねさんのあいぼう~」」

 

 流々武を展開した俺の右肩に乗った束さんと、歌を歌いながら海面スレスレを飛ぶ。

 左右、そして前後、視界を遮るものはなく、海と空しか見えない。

 冬の澄んだ空気が景色をよりいっそう輝かせていた。

 

「「たばねさんといっしょにチク・タク・チク・タク。いまは、もう、うごかない。そのあ~いえす~」」

 

 そんな空を飛びながらの歌を歌う。

 幸せだな~。

 

 歌の内容は少し悲しいけど……。

 

 右に視線を向けると、束さんが楽しそうに足をぶらぶらさせている。

 左を見れば、千冬さんが真剣な表情で手に持った画面付きのDVDプレイヤーを見つめていた。

 まさに両手に花。

 いや、両肩に花か。

 

 今日はクリスマスイブ。

 去年は何もしなかったので、今年は派手にやる事になった。

 どんなクリスマスにしようか? それを千冬さんを交え、三人で話し合った結果、今年はお泊会も兼ねて、一泊二日で遊び倒そうという事になった。

 今はその準備の真っ最中である。

 

「千冬さん、どうです? なんとかなりそうですか?」

「――あぁ、しかし日本の職人とは凄いな。一見簡単に見えて難しいぞこれは」

 

 千冬さん周囲の風景に目も向けずそう答えた。

 流石の集中力だ。

 

「なら計画の変更はなしですね」

 

 良かった。

 これなら計画通りのサプライズパーティーができるな。

 

「箒ちゃんといっくんの驚く顔が楽しみだね」

「ですね」

 

 今、箒と一夏はデートの真っ最中。

 楽しい時間を過ごしているだろう。

 そして、日が暮れる前に俺の家に来るように言ってある。

 そこで待ち受けるのは俺達三人。

 そういう計画だ。

 

「しかし、料理一つにここまでやるか?」

 

 千冬さんが呆れた顔で俺の方をチラリと見てきた。

 

「別に千冬さんは来なくても良かったんですよ? お疲れでしょうし、事前準備くらいは俺と束さんの二人でなんとでもなりますから」

「――お前と束の二人だけじゃ信用できんからな」

 

 視線を手元に戻し、千冬さんがぶっきらぼう気味に呟いた。

 まったく、ツンデレなんだから。

 

 千冬さんはこの二日の休みを得るために、ここ最近働き詰めだった。

 パーティーは夜から。

 だから、千冬さんは部屋の飾り付けをのんびりやりながら休んでても良かった。

 実際、そう提案したのだが、千冬さんはそれを断った。

 理由は俺と束さんの二人だけだと、心配だとかなんとか――

 こちらの目も見ず、視線を逸らしてそう語る千冬さんに、俺と束さんは思わず笑いそうになってしまった。

 だって、千冬さんの気持ちが分かるから――

 三人で何かを成す。

 残り少ないソレを、千冬さんも楽しみたいんだと思う。

 

「むむ? 『ツナ感』に反応有りだよしー君」

 

 束さんからストップが入る。

 その声を聞き、海上に浮遊した状態で動きを止める。

 周囲を見回すが、鳥山さえ見えない。

 素人考えだが、大物の魚を狙うなら、まず鳥山を目印にするだろう。

 だが、それさえ見えないのだ。

 そんな状態でも発見出来るとは、流石は束さん印のマグロ探知機『ツナ感』だ。

 

「それじゃあこの辺を拠点にしますか」

 

 拡張領域からタライを取り出す。

 もちろん、ただのタライではない。

 直径5メートルの大きな金ダライ。

 それを海に浮かべる。

 

「よっと」

 

 束さんと千冬さんがそれに飛び乗る。

 俺もISを解除し、タライの上に着地した。

 三人の人間が乗ってるにも関わらず、タライのバランスは崩れない。

 束さん製のオートバランサーを積んだこのタライは、上でブレイクダンスをしようと、台風の中にいようと、ひっくり返らない……らしい。

 更に、波で揺れてもタライの底は微かな凹凸が有り、しっかりと立つことが出来る。

 欠点と言えば、屋根が無い事だけ。

 実に素晴らしい。

 

「千冬さん、ISで捕獲するのと釣竿で釣るの、どちらにします?」

「ISで直接捕獲――と言いたいところだが、ここは釣竿にしておこう。魚に余計な傷がついても困るからな」

 

 そっかぁ~。

 釣竿かぁ~。

 

 

「……どうぞ」

 

 千冬さんに渡すのは、拡張領域から取り出した釣竿。

 トローリング用の大きな釣竿だ。

 トローリングロッドとは、普通は大きな竿を船に固定し、船を走らせながら使う物だ。

 だが、大きく重い釣竿も――

 

「ほう、これがルアーと言うものか、結構大きいのだな」

 

 白騎士を装着した千冬さんにはジャストフィットだ。

 だけど、ルアーをマジマジと見つめる姿を見ると不安を覚える。

 

「で、お前はなんで嫌そうな顔してるんだ?」

 

 千冬さんが俺を見下ろしながら首を傾げる。

 やっぱり顔に出てたか……。

 

「それ、買ったばかりで俺もまだ使ってないんです。その竿はまだ処女なんですよ」

「しー君、竿なのに処女とはこれ如何に」

「なるほど。言い直します――その竿はまだ童貞なんです」

「おい、言い方に気を付けろよ?」

 

 ドスの効いた声が上から聞こえた。

 アカン。

 白騎士を装着してる千冬さん相手にボケるのは危険だ。  

 

「つまりねちーちゃん。しー君はその子の童貞がちーちゃんに奪われるのがちょっとだけ嫌なんだよ。しー君は出来れば自分で奪いたっかのさ」

 

 しかし、そこでブレーキを踏まないのが天災である。

 と言うか巻き込み事故だ。

 

「おい、言い方な?」

 

 千冬さんと一緒に束さんを睨む。

 だが、その本人はケタケタと楽しそうに笑うばかりだ。

 まったく。まるで俺が男色かの様な言い方は非常に不愉快だ。

 イエスロリ! ノーショタ! 

 それが俺。

 だから千冬さん。

 ちらちらと俺の顔をうかがうの止めてくれません?

 

「ゴホンッ! えっとですね。つまり、その新品の竿を釣り素人でがさつな千冬さんに使わせるのがちょっと心配なんですよ」

 

 トローリング用の竿とはいえ、竿は竿だ。

 無理矢理マグロ等の大型魚を竿の力だけで持ち上げようとすれば、ポッキリ折れてしまうだろう。

 

「――大丈夫だ……たぶん」

 

 千冬さんが地平線を見つめながら答えた。

 せめて目を見て話そうぜ?

 しかしながら、心配ではあるが、一夏の為にと気合の入っている姉から没収する気はない。

 ただ、出来るだけ大切に使って欲しい。

 

「使い方は白騎士に送っておきましたから、ちゃんと読んでくださいね」

「了解だ」

「ちーちゃん。マグロの位置は白騎士に表示されてるから。頑張ってね」

「うむ。それでは行ってくる」

「「いってらっしゃい」」

 

 飛び立つ千冬さんを手を振って見送る。

 ISで海上を飛びながらルアーを走らせる――楽しそうで羨ましい限りだ。

 

「さてと、俺はここで適当に釣り糸でも垂らして千冬さんを待つつもりですが、束さんはどうします? 一緒にやります?」

 

 拡張領域から普通の釣竿を取り出しつつ束さんに尋ねる。

 

「私? そうだね……うん。私も箒ちゃんに美味しいもの食べて欲しいから、ちょっと行って来る!」

 

 行って来る?

 どこに?

 そう聞こうとした俺に、束さんは背を向け。

 

「行ってきま~す」

 

 ザバンッ

 

 海に飛び込んだ。

 服を着たまま――

 

「まぁいいんだけどね……」

 

 束さんの奇行にツッコミ入れてたら日が暮れる。

 ってか、ツッコミを入れる前に居なくなっちゃったけど。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よっと」

 

 生き餌が無いので、ただ遠方にルアーを投げ、糸を巻き上げる。

 半分暇つぶしの釣りだ。

 運が良ければ何か釣れるだろう程度。

 だが、360度を海に囲まれた今のシチュエーションを考えれば、最高に贅沢な暇つぶしだ。

 

 音楽を流しながら、ひたすらルアーを投げ続ける。

 そんな状況を楽しんで少し時間が立った時。

 

 グン!

 

「おっと!?」

 

 急な手応えに、思わずたたらを踏む。

 油断してたとは言え、体ごと海に持って行かれそうになった。

 足場がツルツルだったら危なかったな。

 

「ぐっ!?」

 

 ヤバイ。

 とてもじゃないが竿を立ててられない。

 今まで経験した事のない手応え。

 これは小物じゃない。

 小型の魚を食べる大型の肉食魚。

 その中でもかなりの大物と見た。

 普通、その手の魚を釣る時はそれなりの装備が必要だ。

 何の装備もないと、今の俺みたいに――

 

「あででで!?」

 

 力負けした時に、釣竿のグリップが股間に当たって非常に痛い目に合います!

 あかん!

 この痛みは我慢出来ない!

 “釣りとは魚との戦いである”って誰かが言っていた気がするが、これはしょうがない。

 邪道かもしれんが許せよ。

 

「流々武!」

 

 ISを装着し、竿をしっかりと握りなおす。

 ふははは。

 普通の竿がまるでおもちゃじゃないか!

 

「よっしゃ!」

 

 竿をしっかりと立て、リールをゆっくり巻き上げる。

 この竿も糸も大型用ではない。

 無理をすれば、あっという間に糸が切れてしまうだろう。

 

 少しずつリールを回していて、ふと気付いた。

 それは魚の抵抗が余りにも弱いこと。

 根がかりではない。

 確かな手応えを感じる。

 だが、動き回ったり、飛び跳ねたりもせず、大人しいもんだ。

 まさか、マンボウなんかの大人しい魚の体に針が刺さった、スレ状態じゃないだろうな?  これでゴミだったら笑っちゃうよ。

 

「あれ?」

 

 手応えが変わった。

 今までは、重いナニカを引っ張ってる感じだったが、それが軽くなった。

 リールを回す手が早くなる。

 

「おいおい」

 

 魚がすごい勢いでこってちに向かって来てる。

 脳内ではジョーズのBGMが流れ始めた。

 桶に衝突するまで、あと、5、4、3、2、1、――

 

「おら!」

 

 気分はカツオの一本釣り。

 気合と共に竿を勢い良く上げる。

 

 ドスンっと音を立てて、釣り上げたナニカはタライの上に落ちた。

 後ろ振り返りると――

 

「んぺ」

 

 口からルアーを吐き出した天災がドヤ顔のY字ポーズを決めていた。

 よくもまぁ針が刺さらないように咥えてられたもんだ。

 そして服も髪もビシャビシャじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 

「お帰りなさい。中々の獲物ですね?」

「ただいましー君。結構美味しそうでしょ?」

 

 束さんには一匹のタコが絡み付いていた。

 美少女とタコ。

 字面だけならエロいが、リアルで見るとちょっとグロいな。

 

「本当は蟹とかエビを取ろうとしたんだけどさ。海の底を歩いていたら急にこいつが襲ってきたんだよ」

 

 ニュルニュルと自分の体を這うタコを放置して、束さんは上機嫌に笑っている。

 タコの種類は分からないが、かなりの大きさだ。

 足を広げれば2mはあるんじゃないか?

 大きなタコと言えば、水タコかな?

 流石に見ただけではタコの種類は分からない。

 種類の分からないタコはちょっと怖いな。

 

「そのタコ食べれるんですか? 毒とか怖いんですが」

「ん? ちょっと待ってね」

 

 そう言って、束さんは腕に絡みついたタコの足をベリべりと剥がし――

 

「あぐ」

 

 そのままタコ足に齧り付いた。

 

 ワイルドだろぉ? 

 でも流石にお前それはどーよ?

 ――いや、俺はもうツッコミはしないと心に決めたんだ。

 俺も束さんを見習ってボケ倒して行こう。

 その方が人生は面白い。

 

「んぎぎぎ」

 

 ブチッと音を立ててタコの足がちぎれた。

 生きてるタコの足を食い千切る現役女子高生。

 千年の恋も冷めるな。

 いや、ある意味漢らしくて惚れるけども。

 さてと、一応持ってきたアレを――

 

「あ~ん」

「んむ? あ~ん」

 

 束さんの口に醤油を流し込む。

 

「おぉ? 気が利くねしー君」

 

 束さんが美味しそうにモグモグと口を動かした。

 足を食われたタコが必死に束さんに絡み付いている姿が哀愁を感じさせる。

 弱肉強食は世の摂理。

 タコよ。世界最強の生き物に喧嘩売った自分を恨め。

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 どうやら美味しく食べれるタコらしい。

 

「かなり食いごたえがありそうですね。刺身に酢の物、タコパ。色々できますね」

「タコパ?」

「たこ焼きパーティーの略です」

「へー」

 

 会話をしながら、拡張領域から取り出したクーラーボックスにタコを入れる。

 ついでにタオルを取り出してっと。

 

「はい、これで頭くらい拭いてください」

「…………(スっ)」

 

 なぜか無言で頭を俺の方の向けてきた。

 拭けってことなんだろうか?

 

 別に断る理由も無いので、束さんの後ろに回って拭いてあげる。

 む、うさみみが邪魔で拭きづらいな。

 髪が長くて全部拭けないから、取り敢えず頭皮をゴシゴシっと。

 

「えへへー」

 

 束さんから嬉しそうな声が漏れた。

 意外な反応だ。

 

「気持ち良いんですか?」

「箒ちゃんがよくいっくんにやってるからどんなもんかと思ったけど――これは良いね。今度からお風呂上がりはしー君に拭いてもらおうかな?」

 

 俺は今なにを試されてるんだろう?

 甘い声で俺を誘ってくる人は、さっきまでタコの足を食いちぎってた人と同一人物だとはとても思えん。

 

「あれ? 手が止まってるよ? なにか想像しちゃったのかな?」

 

 クスクスと意地の悪い声が聞こえる。

 顔が見れないが、きっと良い笑顔してるんだろうな――

 しかし残念だな束さん。

 俺はツッコミを放置することにした。

 俺もボケ倒して行く!

 

「いやね、束さんがいつお風呂に入るのか考えてました。束さんって週一でシャワーが基本でしょ? お風呂って言われても機会ないな~と思いまして」

 

 笑いで揺れていた束さんの体がピタっと止まった。

 そのままゆっくりと頭が上がる。

 目がパッチリと合った。

 

 うん。笑顔だ。

 目は笑ってないけど――

 

「ちょいさ~!」

 

 声を上げて束さんが抱きついてくる――って!?

 

「おまっ!? 濡れた状態で抱きつくな!」

 

 うあ、ジメジメして磯臭い。

 俺の頭が束さんの胸に埋まるが、海水に濡れた服の不快な感触と磯の匂いしかしない。

 しかもなかんかヌメってる……これ、タコのヌメリじゃ……あ、今度は生臭い。

 女の子が甘い匂いだなんて嘘だった。

 

「ねぇしー君、束さんにケンカ売ってる? それとも束さんに構って欲しくてワザと意地悪言ってるのかな? 可愛いなぁ~しー君は」

 

 束さんがグリグリと俺の頭を撫でる。

 そこに優しさはなく、俺の頭皮がピンチだった。

 しかもこれ結構本気で怒ってる……一人称が変わってるし。

 

「ごめっ……束さん、俺が悪かったから離して!」

「遠慮しなくていいんだよ? しー君の大好きな束さんのお胸を堪能するといい!」

「頬に当たる感触が気持ち悪い。なんかべっちょりしてる。あと生臭い」

「――――しー君は一回転生してるんだし。一度あることは二度あるから大丈夫だよね」

 

 ググっと束さんが俺の頭をさらに自分の胸に押し付ける。

 ――知ってるか? 濡れたタオルで口を覆う行為は拷問の一種だし、下手したらそのまま窒息死するんだよ?

 

「もがが!?」

 

 呼吸をしようと口を開き酸素を吸おうとするが、湿った服が口に張り付いて酸素が口に入ってこない。

 手足を暴れさせるが、体格の差があるためどうしようもない。

 

「んんんっ!」

「しー君てば暴れるほど喜んじゃって……しー君の脳波が恐怖と苦痛に染まってるのは――うん。計器の故障だね」

「ん~!?」

 

 束さん、まさかのドSモードだった。

 なにが地雷だっのか分からないが、こんな時、男に出来る事は一つだけだ。

 

「ん―!(ごめんなさい束さん! 俺が悪かったです!)」

 

 言葉が通じるとは思えないが、取り敢えず謝るのみ!

 

「しー君がなんで謝ってるのかちょっと分かんないな~」

 

 通じてる!?

 流石は天災!

 でも謝るのは選択ミスだったらしい。

 神様、神様特典は選択肢が見える能力が欲しかったです! 

 美少女の胸の谷間で窒息死とか、男のロマンだけど、今俺の口を塞いでるのは海水をたっぷり含んだ布と、軟体動物の分泌液だ。

 ロマンと真逆の死に方だよ!

 

「しー君が窒息するまで後30秒かな? ダメなしー君にヒントあげるよ。『素直なしー君は可愛い』」

 

 素直な俺?

 離せコラが正直な気持ちだが……うん、これは違う。

 と、なるとだ――

 

「んー!(束さんに抱き締められるなんて俺って幸せ者だな! 束さんの胸の感触が素晴らしい!)

 

  『素直に束さんを褒めなさい!』が正解とみた!

 

「ん~?」

 

 束さんの判定は――

 

「ま、そろそろ許してあげようかな」

「ぷはぁ!?」

 

 頭を開放され、久しぶりの酸素を吸い込む。

 あぁ……顔がネチョってる。

 

「まったく、しー君はもう少しデリカシーを覚えるべきだよ」

 

 束さんがぷりぷりと怒っている。

 まったく、からかわれて怒るなら身なりに気を使えばいいのに。

 

 「戻ったぞ。なんで束はびしょ濡れなんだ?」

 

 千冬さんの声が聞こえた。

 上を見上げると――

 左手にマグロ。

 右手に折れた釣竿を持った千冬さんが――

 

 折れた?

 

「千冬さん?」

「な、なんだ?」

「取り敢えず、降りてきてください」

「あ、あぁ」

 

 束さんが隣で、しー君から黒いオーラが! っと騒いでいるが、勘違いしてはいけない。

 俺はまだ怒ってはいないのだから。

 

「見事なマグロですね」

 

 千冬さんが釣ってきたマグロを桶の上に置く。

 体長は1m50cm程。

 マグロにしては小柄かもしれないが、これも立派なマグロだ。

 

「それで千冬さん、なんで俺の新品の竿が折れてるのかな?」

 

 思わず、かな? かな? っと問い詰めたくなる気持ちを抑え、マグロの横で正座している千冬さんに視線を向ける。

 

「――釣ったマグロを銛で突いた後、血抜きをしてたんだが、その時、サメに襲われたんだ」

 

 千冬さんがらしくもなく、目線を合わせず話し始める。

 と言う事は、サメが原因だとは言え、千冬さんにも何か非があると見た。

 

「恐らく血に誘われたんだろう。マグロを守る為にとっさに釣竿でサメの鼻っ先を殴ってしまってな」

「なんで白騎士のブレードを使わなかったんです?」

「マグロを守る為とはいえ、食べもしないのに殺すのは悪いだろ?」

 

 白騎士のブレードじゃ、手加減してもサメを殴り殺しそうだもんな。

 峰打ちしても、鉄パイプで殴る様なもんだし。

 それなら木刀で殴る方が良いと思ったのか。

 ――俺の釣竿が木刀扱い……。

 タコといいサメといい、少しは野生を磨けよ。

 なぜ最強の動物にケンカを売るのか……。

 

「で、俺の竿を折ってしまったと?」

「あぁ、すまなかった」

 

 千冬さんが素直に頭を下げた。

 謝れると怒れないじゃないか。

 それにしても――

 

「はぁ」

 

 折れた釣竿を片手にため息をこぼす。

 まだ一回も使ってなかったのに……。

 

「まぁまぁしー君。それも拡張領域に戻せば直るからさ。ね? そんなに落ち込まないでよ」

 

 束さんが俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれる。

 ISの技術は今も進歩している。

 最近開発されたのが、ISの自動修復機能だ。

 ISの装甲や、拡張領域内の物を自動で直してくれる。

 もちろん、なんでもかんでも完璧って訳ではないが、釣竿程度なら問題なく修復してくれるだろう。

 束様々だ。

 

「だそうです。今回は許します」

「すまんな」

 

 よし、ならこの話はここまでだ。

 

「鮮度が落ちる前に捌いちゃいましょう。束さん、高周波ブレード貸してください」

「ほい」

 

 流々武を身にまとい、束さんから受け取ったブレードを握りる。

 マグロの首筋から刃を入れると、なんの抵抗も無く、スっと身に刃が入った。

 一般人がマグロの解体する時、問題になるのはマグロの大きさだろう。

 分厚い身は普通の包丁では歯が立たず、日常で触る魚と違う大きな体に戸惑う。

 だが、ISを装着し、切れ味抜群の刀を持てば――

 

 まるでマグロが小魚じゃないか!

 ――小魚は言い過ぎか。

 でもまぁ、鯉程度に感じるな。

 これなら三枚おろしも楽勝ですよ。

 

 中骨にそって刃を入れていく。

 マグロを、頭、半身の右側と左側、そして中骨の四部位に分ける。

 

「束さん、例の物を」

「ほいほい」

 

 束さん軽く手を振ると、2メートル程の箱が目の前に落ちてきた。

 巨大な筆箱に見えるソレを開け、マグロの半身と中骨を中に入れる。

 頭はクーラーボックスに入れた。 

 

「それはなんなんだ?」

「あれ? 千冬さんに言ってませんでしたけ? これは熟成装置ですよ」

「違うよしー君。それは『カレーが進む君』だよ」

 

 そんな名前なんだ。

 福神漬からっきょに同じ名前がありそうだ。

 訴えられないといいけど。

 熟成→加齢→カレーって感じかな?

 相変わらず謎のネーミングセンスだ。

 

「熟成? せっかくの釣りたてを熟成させるのか?」

「釣りたてが美味しいのは刺身だけです。刺身で米を食うなど俺は許しません」

 

 釣りたての魚でほかほかご飯とか絶対に許さない。

 それは互いの味を殺す組み合わせだ。

 生魚と白米を合わせるには、それ相応の準備が必要なんだよ。

 

「それじゃあ撤収しましょうか」

 

 両手でマグロが入った『カレーが進む君』を握り、タライを拡張領域に戻す。

 束さんと千冬さんがまた肩に乗り、それぞれタコとマグロの頭が入ったクーラーボックスを抱えた。

 

「帰りは飛ばしますよ。しっかり掴まっててくださいね」

「――掴まるって……どこに?」

「――私達は今両手が塞がってるんだが?」

 

 ――――今更だがこの二人、ただ肩に尻を乗っけてるだけだった。

 それで落ちないんだもん凄いバランス感覚だな。

 

「出来るだけ丁寧に飛びます」

「よろしくね。しー君」

「宙返りなどされると困るが、少しくらいならスピードが出てもこっちは問題ないぞ?」

 

 こちらの心配を他所に、二人は余裕の表情だ。

 なんとも頼もしい二人を肩に、俺は帰路に着いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 首筋を触ると、ふかふかとした感触が指先に当たった。

 気持ちよくて自然と笑みが浮かぶ。

 

「箒? 何か面白いものでもあったか?」

 

 正面に座っていた一夏が不思議そうな顔で私の顔を見てきた。

 

「いや、良いクリスマスプレゼントを貰ったと思ってな」

「だな。ちゃんと千冬姉にお礼言わないと」

「神一郎さんと姉さんにもだぞ?」

「もちろん分かってるよ」

 

 一夏は自分の首に巻かれた白いマフラーを撫でながらくすぐったそうに笑った。

 一夏には白いマフラー、私には赤いマフラーが巻かれている。

 お金を出してくれたのは神一郎さんと千冬さん、そして姉さんだ。

 三人がお金を出し、一夏に選んで貰ったマフラー。

 つまりこれは4人からのプレゼントだ。

 ちなみに、一夏のマフラーは私が選んだ。

 本当に神一郎さんには世話になりっぱなしだ。 

 

 今もそうだ。

 神一郎さんに言われ、私と一夏はクリスマスデートの真っ最中。

 一夏はデートだと思ってないだろうが……。

 いや、一夏がどう思おうが関係ない。

 私と周囲がデートだと思えばデートなのだ。

 今いるのは駅前のオシャレなカフェ。

 周囲を見渡せばカップルばかり。

 私と一夏も周りから見ればカップルに違いない。

 もしかしたら学校の人間に見られて、冬休み明けには、私と一夏がデートしていたと噂が流れるかもしれないな。

 ふふ、一夏攻略はまず外堀からですよね神一郎さん!

 

「箒? 今度は拳を握り締めたりしてどーしたんだ?」

「ん? あぁ、なんでもないぞ?」

 

 危ない危ない。

 つい力が入ってしまった。

 マフラーを撫でて気分を落ち着かせる。

 

「ところで箒、今日は何すると思う?」

「神一郎さんの事か?」

「だって夕方になったら家に来いってさ、やっぱり期待しちゃうよな?」

 

 一夏の言ってる事は理解出来る。

 去年は何も無かったクリスマス。

 今年は何かあるのではと私も期待している。

 いや、きっと何かあると確信している。

 

「あの顔は、きっと『いらずら小僧の顔』と言うんだろうな」

 

 思い出すのは、一夏に私と買い物に行って来いと言う神一郎さんの顔。

 普段の大人っぽい顔付きが一変して、あれはそう、まるで姉さんみたいな笑顔。

 アレは絶対に何か企んでるに違いない。

 

「時期を考えればクリスマスパーティーだと思うが……正直、神一郎さんだからな。私は『雪見でもしながら温泉入ろーぜ』と言って、北海道に連れて行かれる事があっても驚かない」

「そっか、冬休みだし、泊まりで旅行ってのもあるかもな」

 

 一夏の顔に笑みが広がる。

 私と一緒にいる時より良い笑顔しているのがちょっと……。

 いや、神一郎さん相手に嫉妬なんて……。

 

「夜が楽しみだな!」

 

 ごめなさい神一郎さん。今ちょっと嫉妬しました……。 

 

「そろそろ映画の時間だな。行こうぜ」

「あ、あぁ」

 

 一夏が伝票を手に立ち上がった。

 

「一夏? 待て、まだお金を――」

 

 一夏はこんな時、割り勘が基本だ。

 私も一夏の家庭の事情を理解している。

 だから、一夏を止めようとした。

 

「ん? あ、言い忘れてた。実はさ、マフラーを買ったら、お釣りは遊び代に使えって神一郎さんに言われたんだよ。断ったんだけどさ。たまには箒に良いところ見せろって」

 

 流石は神一郎さん。

 フォローも完璧ですね。

 そんな神一郎さんに嫉妬するとは……。

 

「今度神一郎さんにお礼しないとな。――冬休み中で時間もあるし、手編みのマフラーとかいいかな? どう思う箒?」

 

 神一郎さん。

 私の為に色々と気を利かせてくれたりしているのは理解していますが、もしかしたら最強のライバルは神一郎さんかもしれないです……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「しー君、上がったよ~」

 

 帰宅後、潮風にさらされた俺達は、順番でシャワーを浴びていた。

 一人目は海水にどっぷり浸かった束さん。

 その束さんが――

 

「びっちょびちょじゃねーか!?」

 

 髪から水滴を垂らしながら、いつもの格好でお風呂場から出てきた。

 

「しー君の為に拭かないでおいたよ」

 

 そう言って、束さんは俺に背を向け腰を降ろした。

 しょうがないな。

 甘えられてる内が花とも言うし。

 

「ドライヤー取ってきますからちょっと待っててください」

「は~い」

「神一郎、私もシャワーを借りるぞ」

「どぞ」

 

 千冬さんと一緒に脱衣所に向かい、洗面所の棚からドライヤーを取る。

 あ、そうだ。

 

「千冬さん、服は洗濯機に入れといてください。着替えはジャージで良いですか?」

「助かる――が、なんで私のサイズのジャージがあるんだ?」

 

 千冬さんが拡張領域から取り出された黒色のジャージを訝しげに見つめる。

 

「“こんなこともあろうかと”ってやつです」

 

 言えない。

 女体育教師のコスプレ用だなんて口が裂けても言えない。

 

「まぁいい。ところで神一郎、お前に頼みがある」

「頼み? 千冬さんが頼みとは珍しいですね」

「束を見張ってて欲しい」

「はい?」

 

 束さんを見張る?

 穏やかではないな。

 なにか束さんがやらかしそうなのか?

 俺も原作の全てを知ってる訳ではない。

 もしかしたら、なにか原作に関わる重大な事件でも起こる前兆なのかも。

 

「私がシャワーを浴びる……言いたくないが、後は分かるな?」

 

 うん、相変わらずの平和だった。

 さっきまでのシリアスが恥ずかしい。

 

「そこまで気にしなくて――減るもんじゃないし」

「お前、逆の立場で考えてみろ」

 

 逆?

 ――思い出すのは前世のオタク友達。

 新作のゲームが発売された日は、友達と集まってゲームをしたりした。

 次の日に仕事があるときは泊まり込みだ。

 もし、その時、俺がお風呂に入っている時に、その友達が俺の入浴を覗いていたら……。

 うぁぁ、ゾクッときた。

 

「出来るだけ頑張ってみます」

「頼んだぞ」

 

 

 

 

 居間に戻ると。

 

「しー君おっそ~い」

 

 

 さっきと変わらない束さんが頬を膨らませていた。

 せっかく着替えたのに、服もまた濡れちゃってるし。

 

「ちょっと千冬さんと話してました」

 

 ドライヤーのプラグをコンセントに差しスイッチを入れる。

 

「良きかな良きかな」

 

 温風を当てながらタオルで髪を拭いてると、束さんが上機嫌で鼻歌を歌い始めた。

 考えてみれば、女の子の髪を乾かすなんて初めてだな。

 相手が天災とは言え、ちょっと感慨深い。

 

「しー君、ぱっぱと頼むよ。ちーちゃんはカラスの行水だからね。早くしないとシャワー浴び終わちゃう」

 

 千冬さんの心配は大当たり。

 人がちょっと嬉しい気持ちになってるのに、当の本人は覗きをしたくてしょうがない様だ――

 

「ダメですよ。千冬さんが出てくるまで大人しくしててください」

「む~、らしくないじゃんしー君。ちーちゃんに悪戯したくないの?」

 

 俺ってどう思われてるんだろう?

 人を変態みたいに…………過去を振り返ると否定はできないな。

 

「気持ちは分かります。しかしここは俺の家です。千冬さんが暴れた結果、お風呂が崩壊したらシャレにならないので我慢してください」

「むぅ……」

 

 束さんの口から不満げな声が漏れる。

 それに合わせるかのように、束さんのウサ耳がピコピコ動く。

 噛みごたえがありそうな作り物の耳。

 ――歯が疼くな。

 子供に戻ったことで、色々と懐かしい事が多い。

 乳歯が抜ける感覚は子供の時にしか経験できないものだろう。

 つまり、俺はいま凄く歯がウズウズしている。

 

 ピコピコ

 

 誘ってるとしか思えないんだよなぁ。

 

「ガジガジ」

「ふぁっ!?」

 

 我慢できなくて思わず噛んでしまった。

 

「ちょっ!? なにしてるのしー君!?」

「乳歯が抜けそうで疼くんですよ。硬い物を噛みたい気分でして」

「言いながら噛まないで! いや~!」

 

 束さんが暴れるので、頭をへッドロックでがっちりと固定する。

 これで逃げられまい。

 

「良い歯ごたえですな」

「や~め~て~!」

 

 束さん立ち上がり、頭をブンブンと振る。

 俺の足は床から浮いて、束さんの動きに合わせて左右に揺れた。

 いくら俺が子供でたいした体重ではないとはいえ、頑丈な首してるな。

 

「束さん、落ち着いてください。暴れると噛めません」

「噛んじゃダメなの! ん~!」

 

 束さんがグルグルと回り始めた。

 やばい、ちょっと楽しい。

 

「しー君、離さないと酷い目に合うよ?」

「今離したら壁に激突するので嫌です」

「そう……ならしょうがないね」

 

 ガチャ

 

「上がった……ぞ?」

 

 居間のドアが開き、千冬さんが現れた。

 珍しく目が点になっている。

 ドアを開けたら親友が部屋の真中でグルグル回っていたらビックリするよね。

 それにしても、黒のジャージを着て、無造作に頭をタオルで拭く姿はとても様になっているな。

 男として本当に羨ましいイケメン具合だ。

 

「しー君、いくよ?」

 

 あれ? そう言えば、さっきより回転が速くなってる気がする。

 これもしかして……。

 

「ふん!」

 

 束さんが勢い良く頭を振る。

 そしてすっぽ抜ける俺の手。

 体が飛ぶ先には千冬さん。

 ――なるほど、これは酷い目に合うな。

 

「なっ!?」

 

 ポカンとしていた千冬さんも事態に気付いたらしい。

 だが遅い、もう既に千冬さんの胸が目の前だ。

 室内でISを展開するのはTPOに反するしな。

 俺の顔が千冬さんの胸に当たってもしょーがないよね。 

 俺に出来ることは、目を瞑って素直に運命に従うことだけだ。

 

 

 バシンッ!

 

 

 ありゃ? 顔に当たる感触は硬い。

 目を開けると、視界一杯に肌色が見えた。

 そして頭に鈍い痛み。

 これは柔らかいクッションじゃないな。

 

「よく一瞬で掴めましたね?」

「言い訳はそれだけか?」

 

 見事にアイアンクローで俺の頭を掴んだ千冬さんが、ジロリと俺と束さんを睨む。

 

「束さんが覗きをしようとしていたので、止めました」

「しー君が悪いんだもん」

「もういい。束はさっさと髪を乾かせ。私もドライヤーを使いたい」

「は~い。しー君、続き頼むよ」

「了解です」

 

 罰なしで開放されたので、再度ドライヤーを手に取り、また束さんの後ろに回る。

 今度はクシで髪を梳かしつつ温風を当てる。

 

「それにしても、なんで二人とも髪を伸ばしてるんです?」

「ほえ?」

「ん?」

「だって、束さんは身なりに頓着しない方だし、千冬さんだって働いたり動いたりするのに、その髪邪魔じゃありません?」

 

 二人の髪は背中の中程まで伸びている。

 似合うんだけど、キャラじゃないっていうか――

 

「しー君なら分かるでしょ? コスプレは髪も――だよ」

「私はただの節約だ。床屋代がもったいなくてな。伸ばすだけ伸ばしてその内切りに行こうと思っていたら、タイミングを逃して今の長さになった」

 

 束さんの理由は理解できる。

 髪型もまたコスプレの一部なんだろう。

 そして、残念ながら千冬さんの言い分も理解できる。

 オタクにありがちな理由なんだもん。

 

「なんとも残念な乙女達ですね。もう少しなんとかなりません?」

「しー君に言われたくないんだけど……」

「まったくだ。お前の髪型だってずっと変わってないだろう。神一郎、お前はどこで切っているんだ?」

「千円カットです。髪に金使うとかありえない」

 

 見せる相手も居ないのに魅せる必要がない。

 俺達同類じゃん?

 だから左右からほっぺ引っ張るの止めてくれません? 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 身なりを整えた俺と束さんが台所に立つ。

 千冬さんは居間でツリーの飾り付け中だ。

 

「束さん、あくまで俺のフォローですからね? 余計な事はしないように」

「――それはフリかな?」

 

 やめて。

 お願いだからやめてください束様。

 

「フリじゃないです。俺だってビーフストロガノフなんてシャレれたもの作るの初めてなんですから。邪魔はしないでください」

「でも、味付けは私がするんでしょ? 最初っから私が作った方が早くない?」

「料理は見た目や食感も大事なんです。束さんにはそれが足りない」

「ぶーぶー。別に味が良くて、栄養があればイイじゃん」

「はいはい。束さんは冷蔵庫から玉ねぎとパプリカ、マッシュルームを取ってきてください」

「は~い」

 

 プリントアウトしたレジピを見ながら、束さんに指示を出す。

 テキパキと動いてくれるし、これなら心配ないかな?

 

「持ってきたよ~」

「それじゃあ、その玉ねぎをみじん切り――」

 

 チャキ

 

「は俺がやるので、束さんはこの包丁でマッシュルームを半分に切ってください」

「ラジャ」

 

 みじん切りと聞いて束さんが構えたのは、高周波ブレードだった。 

 まな板どころかその下まで真っ二つにする気かコイツ。

 

 

 そして――

 

 

「完成です」

「わ~パチパチ」

 

 鍋の中には美味しそうなビーフストロガノフ。

 初めてにしては中々上出来じゃないか。

 

「てな訳で、味見してみましょう」

「いただきま~す」

 

 小皿によそったストロガノフをペロッと舐める。

 

「うん。これは――」

「ふむ。これは――」

 

「「普通だ(ね)」」

 

 不味くはない。

 悪くもない。

 自分ひとりで食べるなら問題ないけど――

 

「特別な日にしてはイマイチですね」

「やはりここは天災で天才な私の出番だね」

 

 束さんが腕を捲り、ふんすと鼻息をもらす。

 手には白い粉が入った小瓶を握っていた。

 どう見てもあやしい薬にしか見えないな。

 

「粉を入れて、まぜまぜしましょうねっと」

 

 束さんが鍋に粉を入れ、オタマでかき混ぜる。

 

「今回の味付けもどこかのお店の味なんですか?」

「うん。研究所でご飯が出るんだけどさ。そこで『三ツ星シェフのビーフストロガノフを持って来い。は? 束さんが食べに行く? シェフ呼べよ。IS開発やめるぞテメー』って言ったら、グラサンが青い顔して連れてきた有名シェフの味だよ」

 

 グラサンはやはり苦労しているのか。

 なんとも悲しい味だ。

 

「ほい。味見どーぞ」

「頂きます」

 

 束さんに渡された小皿をペロっと舐めてみる。

 

「これは!?」

 

 さっきより味が濃厚で、それでいてしつこくなく――ダメだ。俺の語彙じゃ説明できん。

 ここはシンプルに行こう――

 

「束さん、超グッジョブ」

「ふふ~ん」

 

 ドヤ顔の束さんにグッっとサムズアップ。

 これだけで全てが伝わる。

 

「神一郎、こちらも終わったぞ」

 

 丁度いいタイミングで千冬さんも準備が終わったようだ。 

 

「これで今できる事前準備は終わりですね。一夏と箒が帰って来るまで数時間ありますし、昼飯でも食べます?」

「そうだな。正直この匂いを嗅いでたら腹が減った」

 

 千冬さんが鼻をヒクヒクと動かす。

 台所には、ビーフストロガノフの良い匂いが充満しているのだから無理もない。

 

「ちーちゃんの胃袋を私の愛で満たすチャンス!? ちーちゃん。ちょっと待っててね。今とびっきりのを――」

「束は動くな。神一郎、頼めるか?」

「了解です」

「あれれ?」

 

 千冬さんは束さんの首根っこを掴み台所から出て行った。

 束さんが疑問顔しているのが疑問だよ。

 

 さてと――

 まず『カレーが進む君』からマグロの中骨を取り出す。

 色合いも変わって、熟成が進んでるのが見た目で分かる。

 マグロの骨に付いた身――中落ちを、スプーンでほじりながらボールに落す。

 丁寧に、骨に身が残らないように――

 三人分の身を取り出したら、夜のために練習で作っておいた酢飯を丼によそう。

 その上に中落ちをたっぷりと乗せる。

 汁物はインスタントのお吸い物。

 それらをお盆に乗せ――

 

「へい、手抜き簡単中落ち丼おまち。醤油とわさびはお好みでどーぞ」

「中落ち? 初めて食べるな」

「骨周りの身のことです。美味しいですよ」

「わざわざ骨を『カレーが進む君』に入れてたのはこの為だったんだ」

「中落ちはまだありますから、明日の夜は中落ち丼とかぶと煮を一夏達にご馳走する予定です。今回は試食も兼ねてます」

「なるほどな。では有り難く頂こう」

 

 三人で手を合わせ――頂きます。

 

「これはイケルな!」

「美味しいよしー君」

 

 二人が笑顔で丼をガッツく。

 それはもう見事な食べっぷりだ。

 丼を片手に持ち、箸で口の中にご飯をかき込む姿はとても上品とは言えない。

 だけど、これこそが丼の正しい食べ方だと俺は思う。

 『美味い美味い』と言いながら箸を休まず食べ続ける姿は、見ていてとても気持いものだ。

 思わずにっこりしちゃうよね。

 

その後、昼飯を食べ終わった俺達は、食休みも兼ねてゆっくりとした時間を過ごしてた。

 俺はソファーに座りながらラノベを読み、千冬さんは胡座をかきながらマンガを、束さんはカーペットの上に寝転んでキーボードをカタカタと打ち込んでいた。

 

 他愛もない話しをしながら時間を過ごし、そして、日が傾きかけた――

 

 

 

「しー君、いっくんと箒ちゃんが移動を開始したよ。後30分で到着」

 

 束さんが立ち上がり、体を伸ばした――

 

「もうそんな時間か――」

 

 本をパタンと閉じ、千冬さんも立ち上がった――

 

 事前準備最終戦の開始である。

 

「束さんはテーブルにクロスを掛けて食器の準備を。千冬さんは駅前のお店で予約した商品を貰って来てください。千冬さんなら15分で戻ってこれるはずです」

 

 千冬さんに引換券を渡しながら指示を出す。

 サプライズパーティーは、相手が到着した時点で準備は終わってなければならない。

 だからと言って、早く準備して料理が冷めてるなんてのは許されない。

 

「ここからはスピード勝負です、各自散開!」

 

 ザッと二人が動きだす。

 さて、俺も準備しないとな――

 

「食器は並べ終わったよ!」

「次はご飯を冷ますのを手伝ってください。この団扇で横から――待て、その冷凍ビームはしまえ」

 

 束さんに指示を出し――

 

「戻ったぞ。次はどうする?」

「ビーフストロガノフを温めてください――強火で放置するんじゃなくて、中火にしてオタマでかき混ぜながらです」

 

 千冬さんに指示を出し――

 

「束さん! 冷蔵庫からミニトマト取って!」

「了解!」

「神一郎。レタスは洗い終わったぞ」

「水をきってボールに適当に入れてください!」

 

 慌ただしく準備を進める。

 

「二人がエレベーターの乗ったよ。到着まで後30秒!」

 

 来たか。 

 丁度こちらも最後の準備を始めるところだ。

 

「束さん、メイクアーップ!」

「よっしゃ! リリカル・トカレフ・ノーバディ・ノークライ!」

 

 怪しげな呪文と共に、束さんの体がペカーと光る。

 束さんの呪文は、俺の部屋のマンガのものだ。

 いつの間にか物色していたらしい。

 ある意味でとても束さんに似合う呪文だ。

 

「とう!」

 

 シュパっとポーズを決めた束さんは、見事なサンタコスを見せてくれた。

 ウサ耳付きのサンタ帽子に、赤いミニスカ、そしてなにより――生足が素晴らしい!

 

「あえての生足……分かってらっしゃる!」

「でしょ?」

 

 束さんがクルンと回ると、スカートがふわっと舞った。

 ――生臭い胸じゃなくて、是非ともあの太ももに顔を挟んでもらいたいもんだ。

 

「出迎えは俺が行きます。束さんは脅かせ役頼みます」

「任された!」

 

 ピンポーンっとチャイムが鳴った。

 それに合わせ、束さんが窓から飛び出す。

 ――さあ、行こうか。

 

 トナカイのツノを頭に装着し、赤いつけっ鼻を付ける。

 実年齢を考えると少し恥かしいが、一夏と箒の為にここはグッと我慢だ。

 

 玄関のドアに手をかけ、扉を開ける――

 

「いらっしゃい」

「こんにち……は?」

 

 出迎える俺に対し、箒は笑顔の表情で固まってしまった。

 

「箒? どうしたんだ?」

 

 ドアの影に隠れてた一夏が、ひょこっと顔を出した。

 

「あ! 神一郎さ……ん?」

 

 一夏も、俺の姿を見た瞬間嬉しそうな顔をするが、そのまま固まってしまった。

 無理もない。

 俺だって、赤鼻まで付けてウキウキな格好をしてる奴が、何も言わず真顔をしていたら困惑する。

 

「どうした? 入れよ」

 

 笑顔を見せないよう、歯を噛み締めながら二人を玄関に入れる。

 

「は、はい」

「おじゃまします……」

 

 戸惑いながら二人が靴を脱ぎ始めた。

 ここまでは計算通り。

 二人は手を離したのに玄関のドアが閉まってないことにも気づいてない。

 一夏達の後ろ、二人に代わりドアを押さえている束さんとアイコンタクトを交わす。

 

(いくよ?)

(どうぞ)

 

 靴を脱いだ二人が、脱いだ靴を揃えようと振り向いた瞬間――

 

「メリークリスマス!」

 

 束さんがガバっと二人に抱きついた。

 

「もが!?」

「むぐ!?」

 

 手を広げ、驚く二人を自分の胸の中に抱きしめる。

 二人の顔が束さんの胸に埋もれた。

 今の束さんは生臭くないだろうし、羨ましいかぎりだ。

 

「ね、姉さん!?」

「箒ちゃん久しぶり~」

 

 いち早く胸から顔を出した箒に対し、束さんが満面の笑みで自分のほっぺを擦りつける。

 微笑ましいな。

 その横で一つの小さな命が消えかけようとしてるけど……。

 

「束さん、一夏がそろそろヤバイです」

「あや?」

 

 束さんが自分の胸元に視線を向ける。

 そこでは一夏が激しく手足をバタつかせていた。

 

「姉さん、そろそろ一夏を開放してください」

「う、うん」

 

 箒の目が細くなり、背後に黒いプレッシャーが見えた。

 好きな男が他の女の胸に頭を埋めていたらイラってくるよね。

 それが例え実姉でも。

 これには束さんもビビったようだ。

 素直に一夏を開放した。

 

「ぷはっ!? た、束さん、お久し――」

「一夏? 随分と顔が赤いな? そんなに姉さんの胸が良かったのか?」

「え? ち、違う! これは苦しくて――」

「いっくんは束さんのお胸嫌いなの?」

「うぇ!? いや、その、嫌いでは――」

「一夏?」

「いっくん?」

 

 おう。

 ほのぼのクリスマスがあっという間に修羅場になった。

 箒に言い訳したいが、束さんの寂しげな視線に大きく言えず一夏はしどろもどろだ。 

 

「――まぁいいだろう。だが一夏。私の目の前で姉さん相手にデレデレするな。妹として反応に困る」

「あ、あぁ。気をつけるよ」

 

 修羅場と思いや、箒が一歩引いた。

 箒の心は健やかに成長しているようだ。

 

「姉さんも、一夏をからかうのはそのへんで」

「は~い」

 

 箒に嗜められ、束さんは素直に身を引く。

 ここまではお約束ってやつだ。

 

「ほら、いつまでも玄関で喋ってないで」

 

 二人を連れて居間のドアを開ける――

 

「――!?」

「――!?」

 

 一夏と箒がまたも固まってしまった。

 

 テーブルの中心にあるのはもちろんクリスマスケーキ。

 真中にある、砂糖菓子のサンタクロースがとてもキュートだ。

 その左右にはあるのは、湯気を立てて存在を主張するビーフストロガノフと、子供の憧れ、カーネルおじさんのフライドチキンのバケツだ。

 ポイントはやはりカーネルおじさんだろう。

 一夏は家庭の事情から、箒も神社の娘だし珍しいだろうと用意した一品だ。

 だが、これはまだ序章。

 ――あ、そうだ。

 

「一夏と箒にはまだ言ってなかったな。今日はクリスマスパーティーやるから」

「「見れば分かります!」」

「そ、そうか」

 

 大事な事なので伝えたのに、思いのほか強い口調でつっこまれてしまった。

 

「――大声だしてすみません。あの、なにかあるとは想像してたんですが、その想像より本格的だったもので。な、一夏」

「パーティーするかもとは思ってたけど、ここまでとは……」

  

 二人の口から呆れたような声が漏れた。

 あれ? 想像とリアクションが違う。

 もっとこう『神一郎さんすげー』みたいな反応を期待してたんだが……。

 

(チラ、チラチラ)

 

 おや? 二人が見ているのは料理じゃない。

 視線の先は部屋の隅――

 ふむ。

 

「そんなにクリスマスツリーが珍しいか? 一夏の家にも箒の家にも、クリスマスツリーくらいならあっただろ?」

「「こんなクリスマスツリーありません!」」

「お、おう」

 

 なんだか今日の二人は随分と塩対応だな。

 

「神一郎さん……なんなんですかそのツリーは!」

 

 箒が大声を上げて俺に詰め寄る。

 隣では一夏がうんうんと頷いていた。

 

「なにって、モミの木だよ。初めてのクリスマスパーティーなんだし、ちょっと贅沢してみたんだけど……気に入らなかった?」

 

 部屋の隅にあるのは高さ2mはあるモミの木。

 その枝には、千冬さんの手によってカラフルな粧飾が施されている。

 自分で言うのもなんだけど、立派なクリスマスツリーだと思うんだが――

 

「――もういいです」

 

 箒が疲れた様なため息をこぼしてしまった。

 なにが気に気わなかったんだろう? 

 ――あれか? 無駄だと言いたいのか?

 クリスマスが終わったら無用の長物だもんな。

 だが安心してくれ箒。

 今日はまだイブだ。

 朝日が昇る前に、保育園か孤児院の庭先に埋めてくるつもりだから。

 ついでにちょっとしたクリスマスプレゼントでも置いて、『伊達直人より』と一言手紙を添えれば問題ない。

 ISのシャベルでサクっと穴を掘れば、短時間で済むからバレないだろうしな。

 まさに一石二鳥だ。

 

「神一郎、着替えるために少し寝室借りたぞ――なんだ、まだ座ってなかったのか?」

 

 背後からの声に振り返ると、そこには黒のTシャツとジーパンという懐かしい組み合わせな着替えた千冬さんがいた。

 

「ちーちゃんも来たし早く始めようよ。箒ちゃんもいっくんも座って座って」

 

 束さんが、さあさあと二人を席に座らせ、自分も腰を降ろした。

 一夏の横に箒、その対面には千冬さんと束さん、そして俺が座った。

 人数分のジュースを入れたコップが全員に行き渡ったのを確認して――

 

「クリスマスにどんな音頭を取ればいいか分からないので余計な事は言いません。なんで――メリークリスマス!」

『メリークリスマス!』

 

 五つのコップがテーブルの上でぶつかり合う。

 

「箒ちゃん! これ食べて! お姉ちゃんが作ったんだよ!」

 

 喉を潤す間もなく、束さんが箒の隣に移動して、お皿にビーフストロガノフを盛り付け始めた。

 箒の口元がヒクついてるのはご愛嬌だ。

 

「箒、安心していいよ。それは俺と束さんの合作だから」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。だからいっくんも食べてね」

「はい、頂きます」

 

 それぞれのお皿にビーフストロガノフが盛られ、一夏と箒がスプーンでお肉を口に運んだ。

 

「っ!? 柔らかくて美味しいです!」

「コレは凄いですよ束さん!」

 

 二人の顔に驚きに染まった後、満面の笑みに変わった。

 と、一夏の様子がおかしい。

 テーブルに並んだ料理をキョロキョロと見回している。

 一夏よ――俺にはお前が何を探してる理解できるぞ。

 

「一夏、お前が探してるのはご飯かな?」

「!? はい……その、あはは……」

 

 一夏が恥ずかしそうに頬を掻いた。

 恥ずかしがるな一夏。

 その柔らかいお肉を齧って、口一杯に白米を頬張る――男ならそう食べたいよな。

 だがけど悪い。今日は普通の白米はないんだよ。

 ま、代わりはあるけどね。

 

「千冬さん、そろそろメインを準備しましょうか」

「そうだな」

 

 俺と千冬さんが席を立って台所に向かう。

 俺達の行動に、一夏と箒は不思議そうな顔をしていた。

 ふっふっふっ。

 期待してろよ二人とも。

 

 熟成を終わらせ、冷蔵庫に入れておいたマグロの切り身――それを包丁で切る。

 人肌で温まらないように、出来るだけ素早く。

 赤い身、ピンクの身、そして白いスジが入った身。

 それぞれ切り分け、木の板に乗せていく。

 それを持って一夏達の所へ戻る。

 千冬さんは後ろからお米の入ったおひつをを持って付いて来た。

 

「お刺身――ですか?」

「残念ながら違うんだな。先生、お願いします」

「あぁ」

 

 ちょっと残念そうな顔をした一夏の前で、千冬さんが額にねじりはちまきを巻く。

 相変わらずの似合いっぷりだ。

 

 千冬さん手に取ったのは――白いスジの入った身だった。

 初っぱなからそれですか千冬さん……。

 普段と変わらない顔付きだが、千冬さんもテンションが上がってるのかもしれないな。

 

 千冬さんがおひつから、右手に親指大ほどのお米を手の平に乗せる。

 左手にマグロの切り身を持った。

 

「千冬姉――もしかして――」

 

 一夏が興味津々に千冬さんの手元を凝視する。

 流石にここまでくれば分かるか。

 

 千冬さんはネタとシャリを合わせ――

 

 スッ――シュ――

 

 マンガ知識だが、寿司は握る時間が短い方が良いものらしい。

 ネタに体温が移ると、味が落ちるからしいが――千冬さんの動きはあまりにも早い。

 早すぎて、手の動きが良く見えなかった。

 一夏の為に自分でマグロを釣り、一夏の為に海の上でDVDを見て職人の技を模倣した――そんなブラコン魂全開の一品だ。

 一夏よ、全力で味わえ!

 

「さぁ食え」

 

 トンっと一夏の前の小皿に寿司が置かれた。

 

 ――え? それだけ? 

 

 あまりにもぶっきらぼうな言い方に、一夏を含め一同ポカンとしてしまった。

 おいコラ。

 この空気どうするんだよ。

 一夏も食べていいものか悩んでるじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 あれ? なんかデジャブ?

 ――まぁいい。取り敢えず空気変えよう。

 

「一夏、そのマグロはな、千冬さんが釣ったんだぞ?」

「マジで!?」

「おい神一郎、その話は――」

 

 千冬さんの視線が俺をロックオンした。

 だけどしょうがないね。下手なテレ隠しをする愚姉が悪い。

 

「しかもな、自分で寿司を握る為に、DVDを見て握り方を勉強したりしたんだぞ?」

「おぉ!?」

「更にだ――なんと、今一夏の目の前にあるのは……大トロだ!!」

「おぉぉ!?」

 

 一夏のテンションが一気に上がる。

 やはり美味しいものを食べるときはそれなりのテンションがなきゃな。

 

「一夏は大トロ食べたことあるか?」

「ないです!」

「そうか、なら喜んで食べろよ?」

「はい!」

 

 よしよし。

 一夏は素直で良い子だ。

 それにくらべ――

 

「ちっ」

 

 せめて頬を染めて舌打ちしてくれたら可愛げあるんだけどな~。

 

「千冬姉、頂きます」

 

 そっぽを向く姉を他所に、一夏が寿司を箸で摘んだ。

 その箸が震えている様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

 一夏が震える手で醤油を付け、一気に口に寿司を持って行った。

 

「ん~!」

 

 一夏の表情を例えるなら……アヘ顔?

 美味し過ぎる物を食べた時、人間は快感を覚えると言うが――おう、束さんの鼻から出ちゃいけないものが出てるよ。

 

「凄い! 凄いよ千冬姉! 口の中で溶けて無くなった!」

「そうか、良かったな。ほら箒、お前も食べろ」

「は、はい!」

 

 一夏の顔を凝視していた箒の前に、同じ大トロが置かれた。

 

「お、美味しいです!」

 

 箒は自分の頬に手を当て、表情を緩める。

 この笑顔、プライスレス――

 

「む~」

 

 なんだけど、何故か束さんの頬が膨れた。

 

「箒ちゃん! お姉ちゃんの料理ももっと食べて!」

「待ってください姉さん。まだ口に中にご飯が――」

 

 束さんがスプーンを箒に向かって差し出す。

 どうやら、妹の感心を取られたのが悔しい様だ。

 

 俺の目の前で、千冬さんが甲斐甲斐しく一夏に寿司を握り、束さんは箒にビーフストロガノフを食べさてせている。

 これは大成功と言ってもいいよな?

 

 寿司にビーフストロガノフ、そしてフライドチキン。

 今回はあえて料理の系統をバラバラにした。

 このゴチャ混ぜ感がなんともいい感じだ。

 綺麗に系統で揃えるのではなく、敢えてバラバラにすることで、とても日本人らしいクリスマスになったと思う。

 しかしだ――

 

「箒ちゃん箒ちゃん。次はお姉ちゃんに食べさせて?」

「はい姉さん。あ~ん」

 

「一夏。次は何を食べる?」

「えっと――」

「中トロもなかなか良いものだぞ?」

「じゃあそれで」

 

 織斑家と篠ノ之家でイチャつかれるとお兄さん一人になるんだけど?

 

 脳裏に浮かぶのは生前のクリスマス。

 仕事が終わって、コンビニでケーキとiTunesカード買って、家に帰ったらソシャゲのクリスマスガチャに課金して、その後はクリスマスイベント走って――また仕事に行く……

 

「姉さん。次はサラダが欲しいです」

「はい! 小皿に分けたよ!」

 

「千冬姉も何か食べたら?」

「ん? そうだな。握ってばかりだった。一夏。適当によそってくれないか?」

「了解。ちょっと待ってて」

 

 ――寂しくなんかない。

 でも、ほら、俺が一人だとみんな気兼ねして楽しめないよね?

 

「箒、俺にもあ~ん」

「む? 邪魔しないでよしー君!」

「まぁまぁ束さん、そう言わないでよ。俺が箒に食べさせてもらう。束さんが箒に食べさせてあげる。そして俺が束さんに食べさせれば――ね? みんな幸せでしょ?」

「――はっ!?」

 

 束さんが“その発想はなかった!”的な顔をした。

 最初は姉妹のイチャラブを邪魔されて不機嫌な顔をしていたが、どうやら俺の案に乗ってくれるようだ。

 

「あの、神一郎さん? 流石に姉さん以外にやるのは恥ずかしいんですが?」

「箒、まずは俺達三人で食べさせ合いっこをする。それから一夏と千冬さんも巻き込む……後は分かるな?」

「――はっ!?」

「箒は一夏にあ~んしたい? それともされたい?」

「――神一郎さん」

「ん?」

「私は神一郎さんに出会えた事を神様に感謝します」

 

 ――自然と三人の手が重なった。

 

 しののの しまいが なかまになった!

 

 しかしまぁ、箒もやはり束さんの妹なんだなとしみじみ思うよ。

 まさかこうも簡単に乗ってくるとは。

 

「【浮かれたクリスマス作戦】開始!」

「はい!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 テンションの上がった箒に一夏が引いたり、調子にノった束さんが千冬さんにちょっかい出して怒られたり、色々あったがクリスマスパーティーは終始笑顔に包まれながら進んだ。

 

 そして、粗方の食事を食べ終わり、俺達はお茶を飲みながらまったりしていた。

 

「二人とも、今日のパーティーはどうだった?」

「「楽しかったです!」」

 

 うんうん。

 そう言ってもらえると頑張った甲斐があったな。

 

「でも、そろそろ――」

 

 一夏が寂しそうな顔で壁の時計を見つめる。

 時刻は夜の八時過ぎ。

 普段なら解散の流れだ。

 だけどな一夏、まだサプライズは終わってないんだよ。

 

「確かにそろそろいい時間だな。一夏、箒、ちょっとテーブル片付けるの手伝ってくれないか?」

「あ、はい。えっと、俺は大皿を運ぶから、箒は小皿を頼む」

「分かった」

 

 三人でテーブルを素早く片付ける。

 その横では、束さんと千冬さんが素知らぬ顔でお茶を飲み続けていた。

 

「洗い物はしなくていいから、水にだけ浸けといてくれ」

「洗わなくていいんですか?」

「うん、だってこれからゲームするし」

「え?」

 

 一夏はポカンとする。

 

「ほれ」

 

 俺が視線をテーブルに向けると、テーブルの上には、トランプやUNO、それに人生ゲームなどのクリスマス定番のカードやボードゲームが置かれていた。

 

「あの、もしかして――」

「サプライズ第二弾だ。喜べ二人とも、今日は泊まりだ。遊び倒すぞ」

「「ッ!?」」

 

 寂しそうだった二人の顔が段々と笑顔に変わる。

 

 ――驚きから喜びへ

 ――寂しさから喜びへ

 

 この表情の変化を見れるのがサプライズの醍醐味だよな。

 

「千冬姉、いいの?」

「私だってクリスマスくらい休みを取るさ」

 

「姉さん、父さんには――」

「あっちにはお姉ちゃんから連絡してあるから大丈夫だよ」

 

 弟妹が、笑顔で姉達の隣に座る。

 

「今のうちの明日の予定は言っておく。午前中は市運営のテニスコートを借りてテニス! お昼は俺の家に戻ってたこ焼きパーティー! 午後からは街に繰り出してカラオケとボーリング! 夜はまた俺の家で豪華な食事を食べてから解散! 一夏、箒、体力の配分に気を付けないと最後まで着いてこれないと思うから、今から覚悟しとけよ?」

「「はい!」」

 

 元気な返事が部屋に響く。

 二人へのサプライズはここまでだ。

 これからは明日という一日を楽しみにして過ごして欲しいから。

 まぁ、テニスやカラオケは俺の趣味なんだけどね。

 束さんなら妙技“綱渡り”なんかもやってくれそうだし、千冬さんはリアル波動球を見せてくれるだろう。

 カラオケは俺以外の全員が主役だ。

 全員がイイ声してるのは間違いない。

 惜しむは時代――

 まだオタク文化に火が着き始めたばかりだから、俺が生きてた頃ほどアニソンの種類ないんだよなぁ……。

 とは言えだ、楽しみなのは俺も一緒だ。

 

 さて、最後のサプライズを始めるか!

 

「時間も惜しいし、そろそろ始めようか――王様ゲームを」

「「……は?」」

 

 今度は束さんと千冬さんが目を丸くした。

 それも無理ないこと。

 なんせ、元々の計画ではテーブルに乗っているなにかしらのゲームで遊ぶ予定だったからな。

 もちろん二人にもそう言ってあった。

 

「束さん、クリスマスって言ったら王様ゲームだよね?」

「――そうだね。クリスマスって言ったら王様ゲームじゃないかな?」

 

 ほんの一瞬の間。

 その瞬間、束さんは俺の考えを読み取ったのだろう、目が怪しく光った。

 

「まて、そんな話しは聞いた事が――」

「箒もそう思うよな?」

「そうですね。小学生の間でもクリスマスは王様ゲームが一般的だったと思います」

 

 王様ゲームをやる小学生とかナニソレ怖い。

 それにして、箒も千冬さん相手に平然と嘘をつくようになったか。

 千冬さんが反論しようとするが、残念ながら今日の篠ノ之姉妹は俺の味方なんだよ。

 ちなみに、一夏は話について行けなくて右往左往している。

 

「――神一郎、お前もやった事があるのか?」

「もちろんですよ。暇な時は(脳内で)暇つぶしでやったり、他人(アニメやエロゲ主人公)がやってるのを見てたりもしました。(二次元では)王様ゲームは意外と一般的なんですよ?」

「くっ――」

 

 千冬さんが悔しそうに唇を噛む。

 俺の言葉に嘘を感じなかったから反論出来なかったのだろう。

 千冬さん自身が、若者のクリスマスパーティーなど知らないからなおさらだ。

 ――俺もやったことないけどネ!

 

「民主主義らしく多数決でもします?」

「――好きにしろ」

 

 千冬さんは周囲を軽く見回した後、諦めたようにため息をついた。

 これでうるさい保護者は沈黙。

 一夏は状況の変化に着いてこれない。

 ここからが真のお楽しみってね。

 

「束さん、割り箸を――」

「ふっ、もう準備は終わってるよしー君」

 

 束さんに視線を向けると、その手には人数分の割り箸が握られていた。

 

「流石は束さん、準備が早いですね。一応言っておきますが、今回はイカサマなしですよ?」

「分かってるよしー君。誰が王様になるかは運次第、今回はそれが面白い」

 

 ニヤリ

 

 俺と束さんの顔が喜色で歪む。

 

「じゃ、始めましょうか?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲームのルール

 

 ①罰ゲームの内容は常識の範囲内で。

 ②王様以外の4人がその罰ゲームはやりすぎだと判断した場合、王様の命令は無効とする。

 ③命令を出してから指名すること。その逆は不可。

 ④罰ゲームを受けるのは最大2名、人数は王様の配慮で決める。

 

 

 

「へぇ、王様ゲームってそういうルールなんだ」

 

 一夏にルールを説明しつつ、簡単なルールを決める。

 ③は一夏や箒の為のルールだ。

 二人は表情に出やすい為、先に番号を言われたら反応してしまうかもしれない。

 自分で言うのもなんだが、一夏や箒が罰ゲームを受けると分かったら面白おかしい案を出すに決まってる。

 なので出来るだけ不公平をなくすためのルールを導入した。

 ④も同じような理由だ。

 罰ゲームを受けるのが一人だけだと、一夏なんかはピンポイントで連続で当たりそうだからな。

 それを回避する為のルールだ。

 

「じゃ、始めようか?」

 

 束さんが右腕を前に出す。

 

 一夏、箒と順番に割り箸を引いていく、書いてある番号を見られないように、慎重に割り箸の先端を隠している。

 これはドキドキするな。

 

 最後に千冬さんが引き終わり、全員が緊張した面持ちになる。

 割り箸は五本、当たりは一本。

 いざ尋常に――勝負!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺の声で全員で一斉に手元を確認する。

  

「王様です」

 

 一夏が割り箸を全員に見せる。

 やはりコレ系のゲームはギャルゲ主人公の独壇場なのか――

 

「えっと、罰ゲームは、腕立てなんかの肉体系か、自分がやられて嫌なことなんかを――」

 

 一夏は“命令するならこんな命令を”と教えた内容を思い返しているようだ。

 個人的にはヌルい気もするが、最初はこんなもんか。

 

「肉体系……」

 

 ポツリと呟いて一夏を周囲を見回した。

 今日のメンツは――

 

 世界最強の女剣士

 世界最高の体を持つ天災

 剣道少女

 神様特典持ちの転生者

 

 ――うん、腕立て伏せの10回や20回じゃ罰ゲームにもならないな。

 さて、一夏はどうするのか――

 

「あ、そうだ。罰ゲームは『人を背中に乗せて腕立て伏せ10回』にします」

 

 ナイス案だ。

 それなら流石の二人も疲れるだろう――たぶん。

 でも、箒に当たったらちょっとキツそうだな。

 

「んーと、一番が腕立て伏せ、二番が背中に乗ってください」

 

 自分の番号を再度確認する。

 俺は3番。

 運良く回避できた。

 

「最初の罰ゲームは束さんだね――さあ! 誰でも背中に乗ると良いよ!」

 

 束さんはキメ顔でそう言った。

 ――ご褒美ですね分かります。

 

「あれ? 二番は?」

「私は四番だ」

「俺は三番」

 

 もう一人が名乗り出ないので、一夏が首を傾げる。

 その一夏に向かって俺と箒は割り箸の番号見せた。

 俺と箒ではない、となるとだ――

 

「私だ」

 

 千冬さんがとても嫌そうな顔で立ち上がった。

 その目付きはまるでゴキブリを見るかの様だ。

 

「上に乗るのはちーちゃんか。束さんが人を乗せて腕立て伏せをするんて世も末だよ」

 

 千冬さんが見下ろす先にいるのは、口調とは裏腹に意気揚々と腕立て伏せの体制に入っているゴキ――ではなく束さん。

 真の罰ゲーム対象者は千冬さんだな。

 

「乗るぞ?」

「かも~ん」

 

 束さんが挑発するようにお尻を振る。

 それを見て千冬さんの眉間のシワが更に深くなった。

 ミニスカでそんな真似をするとは――是非とも後ろに回り込んで覗きたい。

 

「さっさと済ませろ」

 

 ドスンッ

 

「はふんっ♪」

 

 千冬さんが背中に乗った瞬間、束さんの口からナニカ出た。

 

 一夏、箒、こっちおいで。

 俺が一夏の耳を塞ぐから、一夏は箒の耳を塞いでくれ。

 そうそう、出来れば目も閉じて。

 うん、素直だな二人とも。

 

 ここからはR15指定だ。

 

「ふぉぉぉ!? ちーちゃんのプリケツが束さんの背中に!?」

「ッ!? 黙ってろ!」

 

 ガスンッ!

 

「ぐへへ」

 

 殴られても束さんの笑顔は崩れなかった――千冬さんの拳骨も今の束さんにはただのご褒美です。

 ほんと残念な美少女だな。

 

「いつまでも楽しんでいたいけど、いっくんと箒ちゃんを待たせるのも悪いし――いっ……かい!」

 

 束さんが腕を曲げ、そこから一気に腕を伸ばした。

 すると――

 

「っ!?」

 

 腕を伸ばした反動で千冬さんの体が50cm程浮いた。 

 そして、重力の力で落下した――

 

 ドスン

 

「ふへっ♪」

 

 あぁ――千冬さんが全てを諦めた目で天井を見つめている。 

 凄いな、千冬さんのお尻の感触を楽しみたいからと言ってそこまでやるのか。

 

「に……かいっ!」

 

 ドスン

 

「ふひ♪」

 

 

「さん……かい!」

 

 ドスン

 

「くひ♪」

 

 ――

 ―――

 ――――

 

「じゅっ……かい!」

 

 ドスン

 

「んふ♪――堪能したよ」

 

 見事腕立てをやりきった束さんが、ふうと息を吐きながら額を拭った。

 千冬さんは――うん、触らずにいてあげよう。

 一夏と箒の肩を叩き、終わったことを教える。

 

「気を取り直して二回目やろうか?」

「は~い!」

「「――はい」」

 

 元気なのは一人だけ。

 千冬さんは返事すらしない。

 ――王様ゲームとはここまで盛り下がるものなのか? まだ一回やっただけなのに、このままじゃいかんな。

 

「束さん! ネクストゲームの準備を!」

「ほいきた」

 

 束さんが割り箸を握り手を前に出す。

 俺か箒が王様になればまだ盛り上がるハズ。

 頼むぞ――

 

「王様だ~れだ?」

 

 自分の番号を確認する。

 番号は③

 うーむ、どうやら俺に主人公属性はないらしい。

 

「はい、王様です」

 

 手を挙げたのは箒。

 大事なところで決める。

 流石メインヒロインだ。

 

「では――『王様にマッサージする』で」

 

 箒の命令はオーソドックスな内容。

 だが、肝心なのはこれからだ――

 

「三番と四番の人にお願いします」

 

 一人は俺、もう一人は――

 

「あ、俺だ」

 

 手を挙げたのは一夏。

 

 箒さん大勝利~!

 思わず拍手したくなるな。

 

「箒、マッサージはどんな風にやる? 俺が肩で神一郎さんが足とかか?」

「ふむ、それが無難か――」

「箒が横になって一夏が上に乗って背中から肩を揉む感じでいいんじゃないか? 俺は足担当で」

「――ではそうしましょう」

 

 箒がそそくさと横になった。

 うむ、束さんが喜んでいたから箒はどうかなって思ったけど、これは――いい成長なのかな?

 

「さあ一夏、乗れ」

 

 箒が至極真面目な表情で一夏を誘う。

 ――きっといい成長に決まってる。

 

「いいのか? それじゃあ失礼して――」

 

 一夏が箒にのしかかった。

 

「んっ」

「悪い箒、重かったか?」

「いや、気にするな。この程度問題ない」

 

 箒って束さんの残念さと千冬さんの生真面目さを併せ持ったハイブリットヒロインだよな。

 誰だよ箒を暴力ヒロインだのモッピーだの言った奴。

 一夏を背中に乗せて顔を赤らめてる箒の顔を見てから言いやがれって話しだ。

 

「それじゃあ始めるぞ」

 

 グッグッと一夏が箒の背中を親指で押し始めた。

 

「箒、気持ちいいか?」

「あぁ、気持ちいいぞ」

 

 箒の目尻が下がり、束さんとはまた別種のナニカを口から出している。

 箒のは幸せのため息かな?

 ――そう言えば外野が静かだ。

 

 疑問に思い視線を変えると、千冬さんはふてくされ気味にお酒を飲んでいた。

 ――ん? 酒?

 

「千冬さん? それ――」

「冷蔵庫にあったただのジュースだ。海外の炭酸飲料は日本のビールの様な柄をしているな」

「アッハイ」

 

 何も言うまい。

 束さんの背中で飛び跳ねた事が余程辛かったのだろう。

 

 次に束さんに視線を向けると――

 

 ジー

 

 束さんは無言で一点を凝視していた。

 一夏は箒の腰近くにお尻を下ろしている。

 そのせいで、一夏のお尻と箒のお尻がちょっとだけ触れ合っている。

 

 ジー

 

 束さんはそこを凝視していた。

 ――また新たな扉を開いたんだね。

 こちらも何も言うまい。

 

 俺もそろそろ混ざらないとな。

 箒の足を見る――

 幼いながらも剣道で鍛えられたしなやかな足。

 ここはやはり太もも――はっ!? 殺気!?

 バッと視線を感じた方を見ると。

 

 ジー

 

 束さんが俺をガン見していた。

 ここは大人しく足の裏にしておこう。

 乙女の太ももは無闇に触っていいものではないからな。 

 ――お姉ちゃん超怖い。

 

「箒、俺も触るぞ? 痛かったら言ってくれ」

「はい、お願いします」

 

 箒の了承を得たので、足の裏を両手でを軽く掴み揉んでいく。

 

「痛くないか?」

「大丈夫です。すみません、神一郎さんにこんな事を――」

「気にするな。ただのゲームじゃないか」

「そうだぜ箒、このくらいならお安いご用さ」

 

 恐縮する箒を和ませつつマッサージを続けた。

 

「ありがとうございました」

 

 3分後、箒が顔をテカテカと光らせながら立ち上がった。

 これで場の雰囲気を多少良くなったっだろう。

 

「よーし次行ってみよ~!」

 

 何故か箒と同じように顔をテカテカとさせている束さんがノリノリで割り箸を持った腕を突き出した。

 おそらくこの人が一番今を楽しんでるな。

 

「王様だ~れだ?」

 

 三回目のゲーム、しかし――

 

「――」

 

 誰も手を上げない。

 一夏や箒、千冬さんも不思議そうな顔で周りを見渡す。

 そんな中、一人だけ俯いたまま肩を震わせる者がいた。

 ――神よ、これが試練なんですね。

 

「ふふ、私が……私こそが……神だ!」

 

 王様だよバーロー。

 

「ま、冗談はさておき、誰にでも命令できる権利か――これは悩みますな」

 

 束さんが一人一人の顔を舐める様に見回す。

 束さんの命令は、自分では絶対に当たりたくないが、他人が当たるなら見る分には非常に面白いだろう。

 天国か地獄か、はたして――

 

「命令は――そうだね、『束さんに甘える』にしようかな? 甘え方はお任せで、『束お姉ちゃ~ん』と言いながら抱きつくも良し、『束が居ないと寂しいんだ』と言いながら抱きしめるも良し、そこは任せるよ」

 

 束さんが、ニタァと笑いながら命令を下した。

 ――残念ながら、思っていたよりはマトモだ。

 これでは命令を却下できない。

 俺達に出来ることは自分に来ないよう祈るのみ。

 個人的には千冬さんに当たって欲しいところだが――

 

「番号は――1番と4番にお願いしようかな」

 

 ――自分の番号を確認する。

 番号は、④

 思わず脳内で神様に中指立てても許されると思う。

 

「1番と4番は誰かな?」

 

 束さんの問いに手を挙げたのは――

 

「箒、頑張ろうな」

「もう一人は神一郎さんでしたか、はい、頑張りましょう」

 

 箒が束さんの顔を一瞥した後、悲しそうな顔で俺の顔を見た。

 あのだらしない顔してる姉に甘えるなんて、頑張らなきゃできないよな。

 

「束さん」

「うへへ、ダメだよ箒ちゃん、姉妹でそんなこと……」

 

 話しかけるも見事にスルーされた。

 “箒が甘える”それだけでこの変態はトリップできるらしい。

 

「おいこら」

「――んあ? っとごめんよしー君、ちょっと幸せに浸ってたよ。あ、しー君にも期待してるから頑張ってね?」

 

 俺はついでの様な存在らしい。

 箒だけでいいんじゃね? ダメ?

 

「神一郎さん、邪な考えが顔に出てますよ? 逃しません」

 

 箒が俺の服を掴みながら上目使いで睨んでくる。

 俺ってそんなに顔に出やすいかな? 

 それにして服の裾をちょんと摘む箒は可愛いなぁ~。

 

「あの、それで――」

 

 箒が手を離さずになにかモゴモゴとなにか言っている。

 ――ふむ。

 

「束さん、ちょっと箒と作戦立てるのでタイムください」

「どぞ~」

 

 束さんの了承を得て、箒と一緒に部屋の隅に移動する。

 

「すみません神一郎さん、助かります。正直どうしたらいいのか迷ってました」

 

 やっぱり箒は甘え方を悩んでいたか。

 余り人に甘えるのが得意ではない箒は、甘え方が分からないと思ったが、想像通りだった。

 

「だと思ったよ。そこでだ、箒はこんな感じで(ゴニョゴニョ)」

「――それなら私でもなんとかなりそうですね。さすが神一郎さんです」

 

 箒が感心した様に頷いた。

 安心しろ箒、お前がソレをやれば、束さんは幸福絶倒間違いなしだ。

 

 

 

 

 作戦会議が終わり、俺と箒が束さんの前に立つ。

 

「さぁ箒ちゃん、お姉ちゃんに甘えて?」

 

 箒の前で、束さんが両手を広げ慈愛の表情を浮かべた。

 さっきまでだらしない顔は消え失せ、見かけだけならまさに理想の姉そのもの。

 その姉に向かって、箒がゆっくりと近づいていく。

 

 ギュ

 

 そのまま箒はゆっくりと束さんの腰に腕を回し、自分の顔を束さんのお腹に埋めた。

 

「箒ちゃん?」

 

 俺が箒に出した指示は『正面から抱きつきて、束さんのお腹に顔を埋めジッとしていろ』だ。

 喋らないし、顔は隠れるから周囲の視線も気にならない。

 これなら箒でも簡単にできると踏んだからだ。

 だが――

 

「箒ちゃん」

 

 目の前で予想外な事が起きている。

 最初こそ戸惑い気味だった束さんが、優しい笑顔で箒を抱きしめたのだ。

 正直、鼻血でも出しながら騒ぐと思っていたんだが――

 

「――」

 

 誰も何も喋らない。

 一夏も千冬さんも、静かに姉妹の抱擁を見つめていた。

 束さんは今どんな気持ちで箒を抱きしめているのだろう?

 後数カ月で来る別れ――それに思いを馳せているのか、それとも……。

 どちらにせよ、なにかこう、とても神聖な物を見ている気分に――

 

 

 

 

 

 あ、ダメだ、神聖な気分に浸ってる場合じゃないぞこれ。

 

「くっ! 尊い!」

 

 わざとらしく腕で涙を拭く仕草する。

 

 キッ!

 

 ――織斑姉弟に睨まれた。

 

 いや待てよ二人とも、この後俺がやるんだぞ?

 

 

「――」

 

 見ろよ、無言で箒の髪を梳いている束さんの表情を。

 あんな光景見せられたら後攻の俺が困るんだよ!

 ボケに走ってこの雰囲気を壊したい俺の気持ちを理解してくれ!

 

 ――あ、千冬さんが俺の目を見て首をかき切るジェスチャーをした。

 今邪魔したら俺を潰すってことですね分かります。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「名残惜しいけど――」

 

 時間にしては2、3分位経っただろうか、束さんが箒から離れた。

 

「あ……」

「ん? どうしたの箒ちゃん?」

「いえ、なんでもないです……」

 

 箒の手が束さんに伸びるが、その手は途中で止まってしまった。

 本当はもっと抱きしめてもらいたいんだろうに……束さんが気付かないフリをしたのは自分の為かな――

 何にせよ、良いもの見せてもらいました。

 

 で、だ。

 

「らしくないじゃないか束、まるで普通の姉の様だったぞ?」

「私はいつだって箒ちゃんのお姉ちゃんだもん」

 

「一夏、さっき見たことは誰にも言うなよ?」

「別に言いふらさないよ。でもあんな顔の箒って初めて見たな」

「――私はどんな顔をしていた?」

「言っても怒らないか?」

「――すまん、止めてくれ」

 

 この幸せ一杯な空間の中で俺がやるの?

 俺は『しんいちろう、さんちゃい』とか言うつもりだったんだぞ?

 

 眼前では、千冬さんがいつになく優しい顔で束さんを労い、束さんは静かに笑いながら先程の余韻に浸っている。

 箒は顔を赤らめながらも嬉しそうに一夏と喋り、一夏は笑顔の箒を見て自分の事に様に喜んでいる。

 

 ――本当にこの雰囲気の中で俺が束さんに甘えるの?

 もういいんじゃね? これで王様ゲーム終わりでいいだろ? これより理想的な終わり方ないって!

 

「次はしー君の番だね?」 

 

 さっきまでの束さんは幻想じゃないらしい。

 とても綺麗な笑顔ご馳走様です。

 ここで『しー君はどんな甘え方してくれるのかな?(ニヤニヤ)』と言ってくれたら、俺もギャグに逃げれるんだけど……。 

 

 一夏と箒が何かを期待した目で俺を見つめている。

 千冬さんも嫌味のない笑顔で俺を見ている。

 

 子供の真似はこの雰囲気の中では出来ない。となると……俺に残されてる手は……月9キムタク顔? 大人の魅力をここで発揮! が無難な気がする。  

 オタクがどのツラ下げて言ってんだと自分でも思うが、この雰囲気でボケに走るのは流石に無理だ。

 覚悟を決めるしかない!

 

「束さん、俺に背を向けて座ってください」

「こう?」

 

 束さんが俺の前に来て、クルンと背を向け、腰を下ろした。

 

 ――どんなに恥ずかしくても絶対に笑ってはいけない。頑張れ俺!

 

「――束」

「ひゃい!?」

 

 束さんの首に手を回し、髪に鼻を埋めらながら話しかける。

 もちろん表情はキリッと月9イケメン主人公のイメージだ。

 束さんも予想外だったんだろう、素っ頓狂な声を上げた。

 掴みはオッケーだ。

 

「俺は束に出会えて本当に幸せだよ。お前が居れば俺は何もいらない――」

 

 ここで更に腕に力を入れ、俺の存在感を束さんにアピール!

 

 個人的には会心の出来だと思う。いや、思った――

 

「くっ……くくっ」

 

 俺の腕の中で必死に笑いを堪えてるの感じた瞬間、俺は失敗を確信したよ。  

 

「ごめっ……しー君……ぷぷ!」

 

 ――そうか、俺が真面目なこと言うとそんなに面白いのか。

 

「束、そんなに笑ったら神一郎に悪いだろ」

 

 千冬さんが束さんを嗜める様な事を言っているが、その千冬さんも実に良い笑顔でビールを飲んでいる。

 他人のちょっとした不幸は酒の良いツマミになるもんな。

 

「私はてっきり『ぼく、さんちゃい』とか言いながら抱きついてくると思ってたのに……ぶふっ!」

 

 束さんは激しく肩を揺らしながら笑っている。

 ――笑いってさ、何故か伝播するよね。

 

「こら束、そんな風に言ったら頑張った神一郎に失礼だろ。神一郎なりに頑張って……キリッとした顔で……ククッ」

 

 千冬さん――お前こそ真面目なセリフ言うなら最後までやれよ。

 

 一夏と箒は俺の方を見ないで二人揃って壁を見つめていた。

 きっと今俺を見たら笑い出しそうなんだろうな。

 それでも――

 

「しー君が……束って……束って……真面目な顔で呼び捨てに……」

「束に会えて幸せか……いや、さすがは神一郎だ、良い事を言う」

 

 クスクスニヤニヤと笑う姉達に比べたらマジな対応だよ。

 あーくそ、自分でも分かるほど顔が熱い。

 

 なんだか段々と怒りが込み上げてきた。

 そこまで笑うことなくね?

 

「いやー思いがけず面白いのが見れたね」

「そして、未だに赤い顔して束にしがみついてる姿が更に笑いを誘うな」

「笑っちゃダメだよちーちゃん。これはしー君がずっと束さんと一緒に居たいって現れなんだから」

 

 言われるまで気付かなかった。  

 俺は未だ、コアラの様に束さんに抱きついたままだった。

 どうも自分で思ってるより動揺しているみたいだ……。

 

「あ、離れちゃった。ちーちゃんが余計な事言うから」

「ふむ、からかわれ好きな女から離れるとは、神一郎もまだまだ子供だな」

「てれりこ」

 

 好きな女発言で束さんがテレた。

 でも本気じゃないな、凄い余裕そうだし。

 しかし、本当に楽しそうだなこの二人。 

 ――お兄さん本気でイラっときたぞ☆

 

「束さん、そろそろ次のゲームしましょう」

「ん? そだね。十分笑わせてもらったし、次のゲームにしようか、ほらほら、いっくんも箒ちゃんもおいで」

「「はい……っ!?」」

 

 一夏と箒は、俺の見た瞬間、口を抑えて横を向いた。

 思い出し笑い――あると思います。

 まぁ、本人の目の前で笑わないだけ二人の優しさを感じるよ。

 

「はい、みんな引いて」

 

 人は時に神頼みをする。だが実際に本気で神様を信じて神頼みをする人は少数だろう。

 当たり前だが、俺は神様を信じてる。

 この世界で一番と言っていいほどに! だってテレビ越しとはいえ神様を見たしね。

 

 ――お願いだ神様、俺を王様に!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺以外のメンバーが自分の手元を確認する。だが誰も手を上げない。

 信じていたよ神様。なんせ俺の脳内では、フラグの神様と笑いの神様が肩を組みながらサムズアップしていたからな!

 

「はい、王様です」

「お次はしー君か。どんな命令を出すか楽しみだね」

 

 堂々と手を上げるも、周りの反応は鈍い。

 束さんだけではなく、一夏も箒もなんの心配もしてないようだ。

 俺って信用さてれるな。

 

「それじゃあ『王様がタイキックする』で」

「「「「え?」」」」

「『王様がタイキックする』で」

 

 大事なので二回言いました。

 俺がそんな事言うと思ってなかったのだろう、一同が唖然としていた。

 

「番号は――」

 

 ここまで来たら大丈夫、きっと俺は勝てる!

 

「1番と4番で」

「あの……しー君もしかして怒ってる?」

「1番と4番は手を上げて」

 

 恐る恐る俺に声をかける束さんを無視して話を進める。

 

「えっと、4番だよ」

「私が1番だ」

 

 手を上げたのは束さんと千冬さんだ。

 ふっ、これこそが約束された勝利。

 

「じゃあ千冬さんから行きましょうか。しっかりお尻を突き出してください」

「――お前絶対怒ってるよな?」

 

 千冬さんが文句を言いつつ、立ち上がってお尻を突き出す。

 なんだかんだで素直だな。

 

 一夏と箒が心配そうに俺の顔を見ている。

 すまん二人とも、我儘を許してくれ。

 

「ねえ千冬さん」

「なんだ?」

 

 周りに聞こえないように、千冬さんの耳元で囁く。

 

「なんで勝手に酒飲んでるの? 俺だって一夏達の前だから自粛してたのに――そして、人の頑張ってる姿を随分と笑ってくれやがったなコノヤロウ」

「――ま、待て神一郎、一度話し合わないか?」

 

 言い訳無用死刑執行

 

「この恨み晴らさずおくべきか――はっ!」

 

 スパンッ!

 

「っ!?」

 

 心地よい快音を鳴らし、千冬さんのお尻に俺の蹴りが当たる。

 ――女の子のお尻を蹴るなんて初めてだけど、意外と罪悪感ないな。

 俺の蹴りでもそれなりに痛かったのだろう、千冬さんはお尻を押さえながらキッと俺を睨んだ。

 ふふ、今はまったく怖くないぜ。

 

 さて次は――

 

「あわわわ」

 

 俺の顔見てガクブルと震えている束さんに近付く。

 ちなみに一夏と箒は肩を抱き合いながら、俺から離れて行った。

 

「束さん」

「し、しー君は束さんに酷い事しないもんね? だって好きなんだよね?」

「束さん、ちょっと耳を貸してください」

「む?」

 

 ちょっとだけ警戒を解いた束さんに耳元に口を近づける。

 

「束さんさ、このパーティー録画してるよね?」

「うん。バレないようにカメラで隠し撮りしてるよ? それはしー君も知ってるでしょ?」

「それ今見れます?」

「出来るけど……なんで?」

「さっきの、千冬さんがお尻を蹴られたシーンをスロー再生で見てみてください」

「んん?」

 

 束さんが首を傾げながら、正面にスクリーンを映し出す。

 

「はいそこでスロー」

「ん~? これがなんなのしー君?」

 

 蹴りが当たる瞬間を、束さんが眉を寄せながら見つめる。

 束さんともあろう方が、察しが悪いな。

 

「いいですか? ここから俺の足が千冬さんのお尻に当たります――そう、千冬さんのプリケツに、俺の足がむにゅっと減り込んで行きます」

「――こ、これは!?」

 

 画面一杯にズームされた千冬さんのお尻。

 そのお尻が、俺の足に押され徐々にカタチを変える。

 ――新手のエロスですよこれは。

 

「はっ!? まさかしー君はこの為に!?」

「俺が束さんに酷い事するはずないじゃないですか。この映像を束さんに見て欲しかったんですよ」 

「しー君……」

 

 束さんの目尻に涙が浮かぶ。

 そこまで感動してもらえるとは嬉しいよ。

 代わりに千冬さんの目付きがヤバイが――

 

「束さん、一応罰ゲームなんで、軽く蹴りますよ?」

「おうさ! この画像のお代がお尻を蹴られる事ならドンと来いだよ!」

 

 束さんが立ち上がり、クイッとお尻を突き出した。

 蹴りがいのある良い尻してやがるぜ。

 

「そうそう、束さんは知ってるかな? イタリアマフィアは敵と戦争する前に、相手に贈り物するのが伝統らしいですよ?」

「……ほえ?」

   

 ブスリ

 

「ひぎっ!?」

 

 油断して力が抜けていた束さんのお尻に俺の蹴りが突き刺さる。

 千冬さんの時とは違った鈍い音と、束さんの情けない叫び声が部屋に響いた。

 本来、何かを蹴る場合、人は足の甲で蹴るだろう。サッカーだろうとムエタイだろうと、基本それだ。

 しかし、世の中にはトゥキックと言うものが存在する――所謂、つま先蹴りと言われるものだ。

 

 ここで問題です。

 

 人のお尻をトゥキックで蹴ったらどうなるでしょう?

 

 答え

 

 お尻を押さえながら床に崩れ落ちている束さんがその答えだ。

 

「おっと、ちょっとミスしてしまいました。足の指が運悪く束さんのお尻の谷間に刺さってしまいましたね。持病の痔は大丈夫ですか?」

 

 親指から小指まで、テトリスの棒の様にお尻の間にすっぽりと入っていった。

 我ながら見事だ。

 

「ふ……ふふ…………なんのつもりかな?」

 

 束さんがお尻を抑えつつ立ち上がった。

 実にイイ声色だ。ゾクゾクするねぇ。

 

「なにって、罰ゲームですよ。あ、やっぱり痔が悪化しちゃいました?」

「美少女は痔になんかなんないもん! ってそうじゃなくて! なんでお尻蹴るんだよしー君!?」

「罰ゲームだからに決まってるじゃないですか」

「……ふ~ん。なるほどなるほど」

 

 

 お尻を押さえながら騒ぎ立てるという器用な真似をする束に対し、極めて冷静にそう言うと、束さんは体全体から殺気を放ち始めた。

 

「次のゲームしますか?」

「もちろんだよ。ちーちゃんはどうする?」

「殺るに決まってる」

 

 ――副音声でナニカが聞こえた気がする。

 今更だが、俺は生きて王様ゲームを終わらせることできるのだろうか?

 

「箒ちゃんといっくんもこっちにおいで。続きしようよ」

 

 壁を背に、ガタガタと震える二人に対し束さんは最上級の笑顔を見せて安心させる。

 

「ほら、しー君も引きなよ」

「はい」

 

 それぞれが割り箸を引く中、部屋は奇妙な雰囲気に包まれていた。

 言葉に表すなら一瞬即発、そんな言葉が似合う雰囲気だ。

 

「王様だ~れだ?」

「私だ」

 

 間髪いれず手を挙げたのは千冬さんだ。

 う~む、神様パワーも底切れかな?

 

「命令は『王様が蹴りを入れる』だ」

「「え??」」

 

 ここで疑問の声を挙げたのは一夏と箒だった。

 俺と束さんは、さも当然とばかりの顔をして千冬さんに続きを促した。

 当たり前だ、千冬さんがやられってぱなしで黙ってるわけないし。

 

「番号は……そうだな、2番と3番にするか」

 

 千冬さんはそう宣言しながらも俺から目を話さなかった。

 いやー人気者は辛いね。

 

「残念1番です」

「――チッ」

 

 千冬さんに見えるように割り箸の番号を見せつけると、とても綺麗な舌打ちを貰った。

 そこまで俺を蹴りたかったのかこの人は――

 

「はいは~い! 2番で~す。ちーちゃんのご褒美ゴチになります!」

「千冬姉の蹴りか……俺、生きてられるかな?」

 

 立ち上がったのは、欲しがりやの天災と暗い顔の一夏だ。

 

「安心しろ一夏、いくら千冬さんでも流石に本気で蹴ったりしないはずだ」

「……箒、千冬姉に手加減って言葉あるのかな?」

 

 箒が一夏を励ますも、効果は薄いようだ。

 一夏は千冬さんの顔を見てぐったりと項垂れてしまった。

 

 今の千冬さんはいつもとちょっと違う。

 千冬さんが怒る時は、眉を寄せながら腕を組むという分かりやすいポーズをとる。

 しかし、今の千冬さんよく見れば口元が僅かに上がってるのが分かる。

 笑顔とは元来威嚇の意味があるとかないとか……。

 これには流石の一夏もビビリまくりだ。

 

「一夏、ここに立て」

「……はい」

 

 一夏が死刑宣告を受けた囚人の如く足取りで千冬さんの前に立つ。

 そんな一夏を箒が心配そうに見つめるが、正直心配はいらないだろう。

 

 ポン

 

「よし、これで終わりだ」

 

 案の定、千冬さんは一夏の足を軽く小突いて終わりにした。

 怒っててもブラコン魂は忘れないのが千冬クオリティ!

 

 ギロッ!

 

 おおう、千冬さんの視線が更に強まったよ。

 相変わらず人の心読んでますな。

 まぁ、心が読めるなんて――

 

「うほ~い! ちーちゃんかも~ん!」

 

 時と場合によってはただの苦行だけどね。

 今の束さんの脳内なんて頼まれても読みたくないだろう。

 

「束はそのまま黙って立ってろ」

 

 ニヤっと笑い笑いながら千冬さんは束さんの斜め後ろに移動した。

 ――おかしい、千冬さんが束さんを蹴るのに笑顔? ありえないだろ。

 これはなにか企んでるのか?

 

 千冬さんの足が上がる。

 

「ちーちゃんは~や~く~」

 

 束さんがお尻を振る中、俺の視線は千冬さんの足に集中していた。

 千冬さんの足先が曲がっていたのだ。

 普通、蹴るとき足は真っ直ぐになる。

 つまりそういう事だ――

 

 南無

 

 俺は心の中で合唱した。

 

 ズプッ!

 

「ひぎっい!?」

 

 千冬さんの足は死神の鎌のように、束さんのお尻に突き刺さった。

 ――束さん、本日二回目のダメージだ。

 

「お尻がァァァ!? 私のお尻がァァァ!?」

 

 よっぽど痛かったのか、束さんがお尻を押さえながら床を転がり回った。

   

「そこまで本気で蹴ったつもりはないんだが……あぁそうか、痔だったな。すまないことをした」

「び、美少女は痔になどならん!」

 

 なんで武士?

 

「ぐぬぬ」

「――そんな目で睨むな。私に蹴られるのはお前的には嬉しい事なんだろう? なら喜べ」

 

 床に伏せながら、束さんはキッと上目使いで千冬さんを睨んだ。

 ――嵐の予感だ。

 

「ふ……ふふ。おかしいな、ちーちゃん蹴られて嬉しいはずなのに……違う、嬉しいは嬉しいんだ。でもなんだろうこの気持ち……」

 

 自分の感情が処理できないのか、束さんは床を見つめながら何やら独り言のように呟いていた。

 髪が顔にかかってるため、正直言って少し怖い。

 

「ちーちゃんからの痛みは嬉しい……けど!」

 

 ガバっと顔を上げた束さんは、瞳をランランと輝かせながら――

  

「今はなんだか、ちーちゃんの泣いた顔がみたい気分だよ♡」

 

 珍しく千冬さんにヤル気を見せた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲーム、それはとても楽しいイベントだと思っていたのに、なぜこんな事に……。

 原因は姉さんと千冬さん――いや、私と一夏も含まれるかもしれないが、真面目にやっていた神一郎さんを笑ってしまった事だろうか……。

 しかし、その前の姉さんの所業も一つの布石だったのかもしれない。

 そんないくつかの不幸が重なって―― 

 

「王様だ~れだ?――あ、俺でした。罰ゲームは『ケツバット』で。番号は3番と4番――織斑家ですか。オラケツ出せ、まずは一夏な(ポン)――んじゃ千冬さん、行きますよ? オラ!(スパン!)」

 

 神一郎さんがどこからか取り出したスポンジ製のバットを千冬さんのお尻をフルスイングで打ち込めば――

 

「王様だ~れだ?」

「私だ。罰ゲームは『しっぺ』、番号は1番と3番だ。――ほう、一夏と神一郎か、一夏、手を出せ(ペシ)――神一郎、動くなよ? しっぺは力ではなく速さが大事だ。ムチの様に腕をしならせ、ふん!(べちん!)」

 

 千冬さんが渾身のしっぺを神一郎さんにお見舞いする――

 

「王様だ~れだ?」

「はい! 束さんのターン! えっとね『王様のヒップアタックを受ける』にしよう。おっと、箒ちゃんとちーちゃんか、箒ちゃんにどーん(ぽふ)――ちーちゃん、動いちゃダメだよ? 助走をつけて~~~どーん!(ぼふん!)」

 

 神一郎さんと千冬さんの間に火花が散ったかと思えば、姉さんがダイビングヒップアタックで千冬さんの顔に自分のお尻を押し付けるという、とても正気とは思えない事をしでかしたりしていた。

 

「腕が~! 腕がぁ~!」

「どうした神一郎、そんなに痛かったか? あぁ……私の指の痕がくっきりと付いているな。

次からか痕が付かないように気を付けよう」

「格好良いセリフを言ってるちーちゃんだけど、なんでか涙目だったり。そんなに私のヒップアタックが痛かったの? それとも愛しの束さんのお尻の感触が嬉しくて嬉し涙かな?」

「目に当たっただけだ。瞬きしたら負けだと思ったんでな」

「ところで千冬さん、一人だけ無傷なのはどう思う?」

「許せんな」

「……二人にお尻蹴られてるんだけど? まぁいいか、かかってこいやぁー!」

 

 カオス

 

 神一郎さんが正気だったらきっとそう言うでしょう。

 王様ゲーム、結構楽しみにしてたのに、なぜこんな事に……。

 

「王様だ~れだ?」

「――俺です」

 

 どうやって三人を宥めようか、それを考えてた時、隣の一夏が泣きそうな顔で手を上げた。

 情けないとは思わない。

 

「一夏、分ってるな?」

「いっくんは束さんの味方だよね?」

「何言ってるんだよ二人とも、ここは男同士、俺に協力するのが正解だろ」

 

 6つの目に見られてしまえば萎縮してしまうのはしょうがないと思う。

 だがこれはチャンスだ。

 

(一夏、ここは――)

(あぁ分かってる。なんとかしないとな)

 

 頼むぞ一夏、私はポッキーゲームとかしてみたいんだ!

 

「命令は……『お皿洗い』にします! まだ洗い物終わって(ギロ×3)なかったです……よね?」

 

 一夏が自信満々に命令を出すが、三人の眼力に押され尻すぼみ気味だ。

 頑張れ一夏!

 まともな命令で少しずつ元の雰囲気に戻そう!

 

「一夏、洗い物は俺がやるから、もっと別の罰ゲームしようか?」

「あの、でも……」

「もし千冬さんに当たって、千冬さんが洗い物中にお皿割ったら弁償してもらうことになるけど――いいのか?」

「うっ……でも、いくら千冬姉でも洗い物くらい……」

 

 ベコ!

 

「ふむ、今日は力加減が上手くできんな」

「――じゃあ『互いに蹴り合う』で、1番と3番でやってください」

「おっしゃぁぁ! 3番出てこいや!」

「私相手に随分な意気込みだな神一郎」

 

 一夏は頑張った。

 頑張ったと思う……。

 だが、神一郎さんの笑顔の脅迫を受け、さらに千冬さんが目の前で空き缶を潰すという行為を見せつけられ、一夏は半ばヤケクソ気味に命令を出してしまった。

 

「オラッ!」

「効かん、効かんなぁ神一郎。その程度では私は倒せんぞ!――次は私の番だ……ふんっ!」

「ぐあっ!?」

 

 神一郎さんの蹴りが千冬さんの太ももに当たるが、千冬さんは顔色変えず受け止めた、そして、返す刀で神一郎さんの足を刈るように蹴った。

 その結果、神一郎さんは空中で回転して背中から床に落ちた。

 本当にどう収拾をつければ……。

 

「ぷぷ、しー君負けてやんの~」

「おいおい、あまり笑ってやるなよ束、神一郎はまだ小学生だぞ? 私達に勝てるわけないじゃないか」

「そうだね。しー君はまだ小学生だったよ。しー君痛い? 大丈夫? 束お姉ちゃんが慰めてあげようか?」

「――コノヤロウ」

 

 倒れた神一郎さんを見下しながら、姉さんと千冬さんが挑発する。

 神一郎さんの顔が見たことがないぐらい歪んでいるのですが?

 

「よし、次行こうか」

 

 神一郎さん立ち上がり、私と一夏に微笑んだ。

 ここで王様ゲームを終わらせる――無理だ。

 神一郎さんの顔を見てそんな事をとてもじゃないけど言えない。

 なので、ここは大人しく割り箸に手を伸ばす。

 まだだ、まだなにか手があるはず!

 

「王様だ~れだ?」

 

 神一郎さんの声に合わせて手元を確認する。

 頼む、私に来てくれ!

 

 現れた文字は……王!

 

「はい! 私です!」

「今度は箒ちゃんか。私達姉妹の絆の力を今ここに!」

 

 姉さんが手を突き上げてアピールしているが、ここは我慢してもらおう。

 一夏は失敗した。

 だが私はここで流れを変えて見せる! そう――ポッキーゲームのために!

 

「命令は『互いの好きなところを言う』です。2番と4番の人にお願いします」

「ん~~~、箒ちゃんの命令ならお姉ちゃんは従うよ。はい2番だよ」

 

 姉さんは少し葛藤したようだが、反対はしなかった。

 最後の問題は、罰ゲームに一夏が当たってないかだが――

 

「箒の命令じゃ断れないな。俺が4番です」

 

 もう一人は神一郎さんだった。

 よし!

 良い組み合せだ!

 ここで二人で褒め合ってもらって、場の雰囲気を甘酸っぱいものに!

 

「束さんから行くね。んと、しー君の好きなところは――私を理解しようとしてくれるところ、大人ぶってる割に可愛い所があるところ、弄りがいがあるところ、色々イベントやってくれるところ、ISが好きなところ――まだあるけどこんなもんでいいかな?」

 

「じゃあ俺の番ですね。束さんの好きなとこは――まず普通に顔、それに声、あと突拍子のないところ、見てて飽きないところ、一緒にいると楽しいところ、あぁ、これが一番か、ISを誕生させてくれたこと――こんなもんかな?」

 

 ―――私の願いは届かず、姉さんと神一郎さんは、互いに睨み合いながら褒め合うという奇妙な行動を見せてくれました。

 

「なぁ箒」

「なんだ一夏?」

「こっちに被害はないし、疲れるまで好きにやらせればいいんじゃないか?」

「――そうだな」 

 

 これはもう無理かもしれないし……あぁ……ポッキーゲームしたかった……。 

 

 

 

 

「束さん、3、2、1、でデコピンしますからね? 3、2、(べちん!)おっと手が滑りました」

「特製の衝撃吸収板を壁と床に貼ってっと――しー君、暴れちゃダメだよ? 束式投げっぱなしジャーマン!」

 

 ゲームの正常化を諦めてからも争いは続いた。

 私と一夏が命令を受ける場合もあるが、私達は混ざる事が出来ず、ただ割り箸を引いては罰ゲームを眺めるの繰り返しだ。

 

「束と神一郎が相手とは運が良い。ではスネを出せ。いいか? 拳のこの尖った部分でスネを殴るから目をそらすなよ?」

 

 千冬さんが笑顔で拳を作り、それを姉さんと神一郎さんに見せつける。

 千冬さんの拳を見て、二人の顔が青くなった。

 今回の罰ゲームはかなり痛そうだ。

 

「んふ。ちーちゃんのドS顔も素敵だよね。でもそんな顔を泣き顔に変えたい」

「本当に良い笑顔してますよね。小学生ビビらせてなにが楽しいんだか、性格悪すぎ。俺も後で泣かせてやる」

 

 顔を青くしながらも、二人は気丈に振舞った。

 そしてずっと見ていて気付いたことがある。

 さっきからなんとなく感じていたが、もしかして――姉さん達は楽しんでる?

 

「そうか、それは楽しみにしておこう」

 

 ガツンッ!

 

「「っっつ!?」」

 

 弁慶の泣き所に千冬さんの拳が当たる。

 鈍い音が響く中、姉さんと神一郎さんが口を固く閉じて痛みに耐えている。

 

「し、しー君、我慢しないで叫んでもいいんだよ?」

「束さんより先に醜態を見せたくないんで」

「……いっせーのせでどう?」

「……乗りましょう」

 

 いっせーの

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!!」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!! 私の骨がぁぁぁ!!」

 

 そうとう我慢してたのか、姉さんと神一郎さんがゴロゴロと床を転がる。

 そんな二人を千冬さんがニマニマと笑いながら見下ろしていた。

 

 ――やはりおかしい。

 

「一夏」

「なんだ?」

「姉さん達が楽しそうに見えるのは私の気のせいか?」

「確かに千冬姉は笑っているけど……」

「いや、そういう意味ではなく、なんて言えばいいのか……」

「悪い、ちょっと巫山戯た。箒の言いたいことは分かるよ」

 

 未だに転がっている二人を見ながら笑っている千冬さんを見ながら、一夏は少し寂しそうに笑った。

 

「これってさ“友達同士の悪ふざけのケンカ”なんだと思う」

「――だいぶ過激な内容だが、ケンカで済ませて良いのか?」

「いや箒、ケンカしてるのは千冬姉達だから、むしろこれくらいなら被害は少ない方だと思うぞ? 暴れてるけど、部屋の家具とかは壊してないし」

 

 確かに、騒いでいるが部屋が壊れたりはしてない。

 つまり、姉さんは理性的だということだ――

 

「なるほど、だから“悪ふざけのケンカ”か」

「あぁ、三人はケンカしてるようで、実はじゃれあいを楽しんでるんだと思う」

「……一夏は千冬さんとケンカしたことあるか?」

「軽い口ケンカならってところだ。箒は?」

「私はない」

 

 姉さんも千冬さんも普通とは違う。

 もし本気で……いや、多少手加減しても、私と一夏は怪我をする恐れがある。

 二人とも私達を大事に思ってくれている。

 だから今までケンカなんかした事なかったし、たまに姉さんが千冬さんに殴られたりするが、そんな時は拳骨一発で終わりだった。

  

 ――さっきから私の胸にある少し暗い感情、これは……。

 

「嫉妬……なのかな?」

「ん?」

「どうも私は、姉さんと楽しそうにケンカしている神一郎さんと千冬さんに嫉妬しているようだ」

 

 認めたくなないが、きっとそうなのだろう。

 一夏の顔を見ると、少し驚いた顔していたが、なにか納得した様に頷いた。

 

「そっか、なにかモヤモヤすると思ってたけど、これは嫉妬か……俺も千冬姉と一度はケンカしてみたいって思ってたみたいだ」

 

 今の私達はある意味で仲間はずれだ。

 このケンカに混ざりたいけど、きっと姉さんや千冬さんは本気で私達とケンカしてくれないだろう。

 

 少し寂しいな……。

 

「あ~痛かった。よし次のゲーム行こうか」

「うふふ……ちーちゃんの涙を絶対にペロペロしてやるんだ」

 

 神一郎さんと姉さんが、膝を笑わせながら立ち上がった。

  

「王様だ~れだ?」

 

 懲りずもぜず次のゲームが始まる。

 よく考えてみると、これって終わりはあるのだろうか?

 

「王様は俺でした。ん~命令は『スパンキング』で」

 

 すぱんきんぐ?

 初めて聞く言葉だ。

 

「神一郎さん、すぱんきんぐって何ですか?」

「え゛?」

 

 知らない言葉だったので聞いてみたら、神一郎さんの顔が変になった。

 聞いてはいけなかった?

 

「一夏は知ってるか?」

「いや、俺も初めて聞く」

 

 一夏も知らないか、なら――

 

「あの……姉さん?」

「えっと……ここはちーちゃんに!」

「言いだしっぺの神一郎に聞け」

 

 一周してしまった。

 姉さんや千冬さんが言い淀むとは、そんなに怖い罰ゲームなのか?

 

「分かりやすく言うと、相手を叩くことだよ」

「ビンタの事ですか?」

「顔って決まりはないんだよ。まぁアレだ、取り敢えず体のどこかを叩くって覚えておけばいいから」

「はぁ……」

 

 イマイチはっきりとしないが、神一郎さんが言い淀むならなにか理由があるのだろう。

 帰ったら父さんに聞いてみようと思う。

 

「スパンキングとは“体罰や性的嗜好により、平らな物や平手でお尻を叩くこと”……しー君の変態」

 

 姉さんがボソッと呟いた。

 なんて言ったのだろう?

 

「姉さん、なにか言いました?」

「ん? なんでもないよ?」

 

 むぅ、やはり姉さんは私に隠し事が多い気がする。

 

「と、取り敢えず、ゲームに戻ろうか。番号は3番と4番で」

 

 神一郎さんが焦った様に番号を言った。

 すぱんきんぐ……気になります!

 あ、3番は自分だった。

 

「はい。3番です」

「――私が4番だ」

 

 もう一人は千冬さんでした。

 千冬さんがもの凄く嫌そうな顔をしている……そして姉さんが目からビームでも出しそうな勢いで神一郎さんを睨んでいる。

 

 なぜ?

 

「あ~、まずは箒からにしようか」

 

 姉さんからの視線を気にしつつ、神一郎さんが私の背中に回った。

 叩くと言っていたが、はたしてどこを――

 

 ポン

 

「はい、終わり」

 

 軽く背中を叩かれて、私の罰ゲームは終わってしまった。

 ――やはり私は気を使われているな。

 

「ではお楽しみ、千冬さんの番ですね」

「――チッ」

 

 ニンマリと笑う神一郎さんと、それに対して舌打ちをする千冬さん。

 背中を叩かれるのがそこまで嫌なのか?

 ――そう言えば、叩く場所は決まってなかった。

 

「千冬さん、ちょっとお尻突き出してもらえます?」

 

 千冬さんが無言でお尻を軽く突き出した。

 もしかして神一郎さんが叩こうとしている場所は――

 

「一夏、目を閉じていた方がいいんじゃないか? 千冬さんも弟には見られたくないだろうし」

「――そうする」

 

 一夏も神一郎さんが何をするのか分かったのか、事が起きる前に目を閉じた。

 

「チャー」

 

 神一郎さんが腕を振りかぶる。

 

「シュー」

 

 それを、姉さんがワクワクした表情で見つめる。

 

「メン!」

 

 スパンッ!

 

「ぐっ!?」

 

 神一郎さんが千冬さんのお尻を引っぱたいた。

 

 ――なるほど、スパンと音がするからスパンキングと言うのですか。

 しかし、凄い音が……目を閉じていた一夏も、音に反応してビクッとしていた。

 

「束さん、一瞬ですが千冬さんのお尻に触った手です」

 

 神一郎さんが姉さんの顔の前に自分の手を近づけた。

 

「クンクン」

 

 姉さんは神一郎さんの手の平の匂いを嗅いで……。

 

「ペロペロ」

 

 舌で舐めた……。

 

 姉さんとケンカできる神一郎さんと千冬さんが羨ましいと思ったのは気の迷いですね。

 本当に……本当に姉さんは……。

 

「えーと……箒、ドンマイ」

 

 本来なら慰めるべき一夏に慰められてしまった。

 あの様な奇行さえしなければ、心から尊敬できるんですが――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「あぐっ!?」

 

 千冬さんの蹴りの一撃で束さんが床に沈んだ。

 やばい……これはやばい!

 

「覚悟はできているんだろうな? 神一郎ォォォ!」

  

 指をポキポキと鳴らしながら千冬さんが近づいて来る。

 足元では束さんが太ももを抑えて悶絶していた……。

 

 罰ゲーム『太ももにローキック』は想像以上にやばかった。

 束さんが俺の手の平の匂いを嗅いだりするからだまったく!

 

「さあ、覚悟を決めろ」

 

 千冬さんが俺の前に立ってニヤリとサディスティックな笑顔を浮かべた。

 受けて立ってやるよ。

 

 腰を下ろし、右の太ももに力を込める。

 千冬式筋肉トレーニングの成果を見せてやる!

 

「ほう? トレーニングはサボってないようだな。いいぞ、そのまま力を抜くなよ? フンッ!!」

 

 

 

 脳内に鈍い音が響いた。

 俺が千冬さんを蹴った時は切れ味の良い音がした。

 しかし……本物の、体の芯にまで効く蹴りは鈍い音がするものらしい。

 ――そして、痛みは遅れてやってきた。

 

「っ!?」

 

 足に力が入らず倒れこむ。

 お腹を蹴られたわけでもないのに、肺の酸素が徐々に抜けていく。

 痛みで声が出ないってこういうことか……。

 

 さっきの蹴りって千冬さんなりに手加減してくれたんだな。

 足を刈るように蹴られて背中から床に落ちたけど、これはその痛みの比ではない。

 太ももが破裂した幻想が見えたもの。

 

 束さんと二人、暫らく床に転がったままジッと痛みに耐える。

 そんな俺達を、千冬さんが勝ち誇った目で見下ろしていた。

 

「なんだ? 立たないのか? なら王様ゲームもここまでだな。情けないものだ」

 

 ――随分と言ってくれるじゃないか。

 消えかけたて闘志に火が着くってもんだ。

 

「束さん、ケツを真っ赤に腫らしながらキメ顔してる人がいますな?」

「ちーちゃんの真っ赤なお尻? じゅるり――これは束さんが舐めて冷やさなければ!」

「誰の尻が赤いだこら」

 

 三者三様睨み合う。

 だが、その沈黙も長くは続かなかった。

 

「――キリッとした顔の下で尻を赤くしてるとか笑えるよね」

「痛くても顔に出さない。それがちーちゃんなんだよ。でも、キリッとした顔でお尻が真っ赤とか確かに笑えるかも」

「キリッとしたキリッとしたとうるさいぞ。さっきの仕返しか? だいたいお前達、今の自分の格好分かっているのか? いつまで太ももを押さえたまま床に這いつくばってる気だ?」

 

 クスクスと笑いが広がる――

 あーダメだ、我慢できん。

 

「くっ……くく」

「――ダメだよしー君。今しー君が笑ったら私……ふひ」

「ふひってなんだ束、変な笑い方をするな。私を笑わせる気かお前……クッ」

 

 笑いの伝播が始まった――

 

「ち、千冬さん、マジでズボン脱いでみてよ。本気で赤いお尻見てみたい」

「私も見たい!」

「巫山戯るな馬鹿共が。人の尻を力一杯叩きおって」

「それにしてもしー君はお尻関係の罰ゲーム多すぎ! しー君のエッチ」

「顔にビンタとか腹パンとか言えないからしょうがない」

「私のお尻に重大なダメージを負わせた恨みは忘れない!」

「束さんだって俺を壁に投げやがって、あれメッチャ痛かった!」

「なんだまだ続けるのか? いいぞ、相手になってやる」

「「ケツの赤い人は黙ってろ」」

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

『アハハ!』

 

 あー楽しい。

 こんな馬鹿げたケンカなんていつぶりだ?

 馬鹿な意地張って、馬鹿なケンカして、最後は馬鹿笑い。

 やっぱりこの二人は面白い。

 

「やっと痛みが引いてきたよ。ちーちゃん本気出しすぎ」

 

 太ももを抑えながらも、束さんが立ち上がった。

 

「でさでさ、ちーちゃんはホントのところお尻どうなの?」

「皮膚とは人が一番鍛えづらい部分だ。さすがの私もこれは効いた」

 

 千冬さんが珍しく弱音を吐いながら自分のお尻を擦る。

 ちょっとやりすぎたかな?

 

「一夏、ちょっとビニール袋に水と氷入れて持ってきてあげて」

 

 ぷい

 

「一夏?」

 

 一夏に話しかけたらそっぽを向かれてしまった。

 あれ? なんで?

 

「箒?」

 

 一夏の態度に疑問を覚え、一夏の隣に立つ箒に話しかける。

 

 ぷい

 

 箒にもそっぽ向かれてしまった……。 

 あれー?

 

「束さん、俺なにかしたっけ? なんか二人が俺に冷たいんだけど」

「どさくさに紛れて箒ちゃんのお尻触ったんじゃないの?」

「束さんの視線が怖かったから触ったのは足や背中にしましたよ」

「ん~? なんだろうね? 箒ちゃん、しー君が何かしたの? もしそうならお姉ちゃんが責任もってしー君を壁に埋めるよ?」

 

 ぷい

 

 束さんが箒に無視された。

 

「ほ、箒ちゃん!?」

 

 束さんの心にクリティカルヒットした。

 

「なんだ? 束も箒に何かしたのか? しょうがない奴等だな。一夏、箒はなにされたんだ?」

 

 ぷい

 

 今度は千冬さんは一夏に無視された。

 

「い、一夏?」

 

 千冬さんは心に会心の一撃をくらった。

 

 ――これ、もしかして非常事態?

 

(集合!)

 

 小声で号令をかけると、二人が俺の側に駆け寄って来た。

 

(おい! なんで私が一夏に無視される!?)

(んなこと知りませんよ! だから俺の首を掴むな!)

(箒ちゃんに無視された……箒ちゃんに無視された……)

(戻って来い束さん! まずは落ち着け!) 

 

 一夏達から距離を取り三人話し合おうとするが、千冬さんは俺の首をガタガタを揺らし、束さんは光のない目でブツブツと呟いてる。

 王様ゲーム中の勢いはいったいどこに!?

 

「内緒話ですか? 姉さん達は本当に仲がいいですね」

 

 三人で話していると、箒がそんな事を言ってきた。

 顔は笑顔だ……しかし、目が笑っていない。

 箒のこういう顔は束さんそっくりだな。 

 

「どうしたんです? 私に構わずお話の続きをどうぞ?」

「ひぃ!?」

 

 束さんが悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。

 まぁこれも嫌われる練習だと思って今のうちに慣れてもらおう。 

 

「箒」

「なんでしょう?」

「その、俺達なにかしたかな?」

「いいえ、でも……そうですね、強いて言うなら“なにもしなかった”でしょうか?」

 

 “なにもしなかった”か――なるほど、そういう事か。

 

(二人が怒っている理由が分かりました!)

(原因が分かったのか!?)

(グスン……箒ちゃんに睨まれた……)

 

 再度集合し三人で頭を突き合わせる。

 その瞬間、箒と一夏の目が僅かに揺らいだのを確認した。

 

(俺達、さっきまで王様ゲームしてたじゃないですか?)

(それがどうした?)

(別に怒らせる様な事してないよ?)

(――俺達がしてたのって、本当に王様ゲームですかね?)

(??)

 

 束さんと千冬さんが首を傾げる。

 

(あのですね、さっきまでのって、箒達から見ればまるで自分達がハブにさてた様に見えません?)

 

 そう、そうなのだ。

 互が互いにイラっとした俺達は、箒と一夏をほっといてはしゃいでいた。

 二人から見れば、のけ者にされた気分だろう。

 

(つまり、二人は拗ねているのか?)

(だと思います。なんせ二人をそっちのけで遊んでましたから)

(確かに箒ちゃんの事をちょっとないがしろにしちゃったかも……)

 

 三人でチラリと箒と一夏の顔を盗み見る。

 

 三人で固まって話している俺達を見ながら、二人は少し不機嫌そうな顔をしていた。

 

(問題はどうやって二人の機嫌を取るかですね)

(ふむ……神一郎、任せた) 

(しー君ならきっとなんとかしてくれると信じてるから!)

(おい愚姉ズ)

 

 いざって時に使えんなこいつ等!

 

(……私は怒った一夏を宥めた事がないんだ)

 

 一夏はシスコンだから、姉に対してそうそう怒らないもんな。

 

(箒ちゃんがあんな顔で私を見たのは初めてなんだよ……)

 

 束さんの震えながら、俺の袖をギュッと握る。

 そんな調子で別れを迎えて大丈夫かね。

 しょうがないな、ここは俺がなんとかしないと。

 

(分かりました。俺がなんとか空気を変えますから、二人はアドリブで付いて来てください)

(待て! 何をするのか教えろ!)

(そんな時間はありません。こうやって内緒話してる内に、二人の機嫌はますます悪くなってるんですよ?)

 

 千冬さんと束さんが顔を上げてチラリと見る。

 

 ジトー

 

 箒と一夏はとてもつまらなそうな目でこちらを見ていた。

 ――クリスマスに子供がしちゃいけない目だよこれ。

 

(よし! なんでもいいから早くやれ神一郎!)

(箒ちゃんの笑顔はしー君の手腕にかかっている!)

 

 ……この二人のこんなに頼られたのは初めてかも。

 お兄さん、嬉しいやら悲しいやらで複雑だけど頑張るよ!

 

「一夏、箒、そろそろ王様ゲームを終わりにしようと思うんだけどいいかな?」

「は、はい、構いませんが」

「俺も別にいいですけど……」

 

 二人がちょっと気まずそうな顔をした。

 仲間に入れなかったから少し意地悪な顔してみたけど、だからって本気でゲームを止められると、それはそれで気まずいんだよな。

 俺も昔通った道だ。二人の心は手に取るように分かるよ。

 安心しろ箒、せっかくのクリスマスイブを暗い顔のまま終わらせない!

 

「時間も遅いし、先に布団を敷いてみんなでトランプでもしようか――ってことで俺端っこな!」

 

 手を挙げてしっかりと自己主張する。

 更にここで束さんと千冬さんにアイコンタクト。

 付いてこい二人とも!

 

「私も端がいい。その方が落ち着くからな」

「はい! ちーちゃんの隣を貰います!」

 

 視線に気付いた二人が俺と同じように手を挙げて発言した。

 ここまでは予定通り。

 

「あの、神一郎さん」

 

 今度は箒がおずおずと手を挙げた。

 

「なにか質問でもあるの?」

「寝るって、何処で寝るんですか?」

「此処でだよ」

「みんなで?」

「みんなで」

「一夏と神一郎さんも?」

「俺と一夏も」

 

 質問を重ねる箒の顔がみるみる笑顔に変わっていく。

 本来は隣の空き部屋に女性陣、寝室に男性陣のつもりだった。

 けど、今回は非常事態につき男女の同衾を許可せざる得ない!

 

「さて、残る場所は俺の隣か束さんの隣だ。もちろんだが場所は早い者勝ちなので変更は不可、二人はどちらにする?」

「はい! 私は姉さんの隣にします!」

 

 悪魔の囁きに箒は元気よく答えた。

 俺の後ろでは、束さんが勝利の雄叫びを挙げていた。

 千冬さんと箒に挟まれて寝るとか、束さんは見事に棚ぼたをゲットだ。

 それにしても、一夏は相変わらず場の流れに着いていけずポカンとしている。

 ――ちょっと鈍すぎないか?

 

「一夏は俺と箒の間になるけどいい?」

「あっ、大丈夫です」

 

 そうか、箒が隣でも大丈夫なのか。

 余りにもあっさりと言うものだから、箒の目が一瞬細くなったけど本当に大丈夫なのか?

 しかしなるほど、一夏のここぞという鈍感ぶりはギャルゲ主人公だからかもしれないな。

 これは箒や未来のヒロイン達が苦労するわけだ。

 

「なぁ一夏、随分と簡単に機嫌直ったけど、なんで?」

 

 箒は分かる。

 一夏の隣で寝れるなんてウキウキもんだもんな。

 だが、一夏には対してメリットは無いと思うんだが……。

 

「え? だってみんなで並んで寝るなんて楽しそうじゃないですか?」

 

 ――眩しい。

 俺の邪な考えを他所に、一夏はとても純粋な笑顔を見せてくれた。

 

「一夏、お前はそのまま育ってくれ」

「はい? よく分からないけど分かりました」

 

 一夏の頭を撫でつつ、心の中で思う……頑張れヒロイン達!

 俺にはどうしようもない!

 

「神一郎、布団でゴロゴロしながらトランプをやるんだな?」

「そうですよ」

「なら先に風呂に入って寝巻きに着替えないか? 多少汗をかいたのでな、一度さっぱりとして着替えたい」

 

 ふむ、千冬さんの言うことも一理あるな。

 

「じゃあそうしましょうか。ではこれから指示を出します。一同注目!」

 

 手をパンパンと叩きながら視線を集める。

 

「まず、千冬さん」

「なんだ?」

「元々隣の部屋で寝てもらうつもりだったので片付けてありますが、さすがに五人には狭いので、邪魔な物を居間に移してください」

「分かった」

「次に一夏」

「はい」

「一夏は風呂掃除を頼む」

「分かりました」

「次に篠ノ之姉妹」

「「はい!」」

「二人は布団を敷いてください」

「「了解(です)!」」

(布団は流々武の拡張領域に入ってるんで、よろしくです)

(ほいほい)

  

 最後にISコアのネットワークを使って一言付け足して終わりだ。

 

「俺はお皿洗いなどの後片付けします。各自行動開始!」

 

 号令をかけると、各自が一斉に散っていく。

 俺も台所に向かい、洗い物の前に立つ。

 さて、片付けますかと思ってた時――

 

「あの、神一郎さん」

 

 お風呂掃除に行ったはずの一夏が戻ってきた。

 

「一夏? どうした?」

「その……お風呂が変なんです」

 

 一夏がなにか言いづらそうにそう漏らす。

 変? お風呂が変って意味分からんな。

 

「一夏、変って具体的には何が?」

「えと、その……取り敢えず一緒に来てください」

 

 一夏が俺の手を掴んで歩き出した。

 なんだ? 俺の風呂に一体なにが?

 

 一夏と一緒にお風呂場に入るが、なにも変わった様子はない。

 はて? 

 

「一夏、特に変わってないと思うんだが?」

「これが神一郎さんの“普通”なんですか?」

 

 一夏がそう言って、お風呂の蓋を開けた。

 するとどうでしょう――

 

 味気のないシンプルなお風呂は、浴槽の底に砂利が敷きしめられ、一瞬海を幻想させるさせ仕上がりになっている。

 さらに、水に揺れる海藻が見る者の心を癒す。

 ポイントは真中に置かれた大きめな岩だろう。

 これが見事に男心をくすぐっている。

 

 一夏が指差す方を見ると、浴槽の角には蛸壺らしき物が水に沈んでいて、その中にはタコが自身の身を守る様に丸くなっていた――

 

「……一夏、これ、なに?」

「……水族館の生き物ふれあいコーナーですかね?」

 

 一夏にしてはとても分かりやすい例えだ。

 

「一夏、そのタコが明日の昼飯だ」

「――そのタコどこから持ってきたんです?」

「束さんが釣ってきた」

「あぁ……束さんですか……」

 

 だいたい答えは出たな。

 全てあの天災が悪い。

 それが答えだ。

 

 この仕掛けを施したのはシャワーを浴びてた時かな?

 俺も千冬さんもわざわざお風呂の蓋を外して中を確認したりしないし、一番最初にシャワーを浴びた束さんなら余裕で出来ただろう。

 

「一夏、ちょっとお仕置きしに行ってくる。これ片付けないと風呂に入れないし」

「お供します」

 

 普段は温厚な一夏も、お風呂おあずけは許せないらしい。

 

 ドスドスと怒りの足音を立てて、男二人で女性陣が作業している場所まで歩く。

 

「シーツを掛けて――」

「これで終わりですね姉さん」

「まだだよ箒ちゃん。枕を並べないとね」

「あ、そうですね。忘れてました」

「私とちーちゃんと箒ちゃんは、三人同時に頭を乗せられるこのロング枕使おうか?」

「――姉さん、なぜ姉さんの絵がプリントされてるのでしょう?」

「だって抱き枕だし」

「さすがに恥かしいので、できれば普通のでお願いします」

「えぇ~? せっかくのお泊りだし――おや? しー君といっくん、どったの?」

 

 箒と仲睦まじく布団の用意をしている束さんに近づき、抱き枕を手に取る。

 

「しー君?」

 

 よくもまぁ人の家のお風呂を水族館風にしといて笑ってられるものだ。

 お風呂にタコを住ませてるなら、一夏が掃除しに行った時に一言言えよ。

 あれだろ? 束さん自身もタコの存在なんて忘れてるんだろ?

 

 てな訳で――

 

「オラッ!」

「もっふ!?」

 

 抱き枕を束さんの顔面にフルスイング。

 

「し、神一郎さん!?

「なんだ? また束が何かしたのか?」

 

 箒がわたわたする中、千冬さんがため息混じりで部屋に入ってきた。

 

「……しー君は最近DV多すぎ……」

 

 束さんが鼻を押さえながらそんことを言うが、これはお仕置きであってDVではないので気にしない。

 

「箒、千冬さん、お風呂は束の所為で入れなくなりました。お風呂に入る為には束さんに働いてもらわないといけません――てことで、ほら束さん、早く片付けてこい」

「――や」

「は?」

「い・や!」

 

 束さんがぷいっと顔を背けた。

 このヤロウ――

 

「束さん、片付けてくれるんですよね?」

「むぐぐ……」

 

 ほっぺを掴んでこちらを向かせようとするが、束さんは一向にこちらを見ようとしない。

 いい度胸じゃないか。

 

「待て神一郎、一度落ち着け、束が何をしてんだ?」

「そうですよ神一郎さん! 落ち着いてください!」

 

 千冬さんと箒が、束さんの頭に手を置き無理やり前を向かせようとする俺の肩を掴み、止めようとする。

 

「口で説明しても信じてもらえないと思うので、自分の目で見てきてください」

「ですね。その方が早いと思います」

 

 お風呂が水族館になった。

 口で言うなら簡単だが、それをあっさり信じてくれる人は果たして何人いるやら。

 

「千冬さん、神一郎さんと一夏がそう言うなら何か理由があるんだと思います。お風呂場に行ってみませんか?」

「そうするか、一夏も神一郎を止める気はないようだしな。よっぽどの事があったのだろう」

 

 千冬さんは俺の後ろで疲れた顔をして立っている一夏を一瞥して、箒と一緒にお風呂場に向かった。

 

「で、束さんはいつになったらこっちを見てくれるのかな?」

「つーん」

「束さん、お願いですからお風呂に入れるようにしてください」

「――いっくんのお願いでも今回だけは聞けないもん」

  

 俺は無視するのに一夏には返事するのか。

 それにしても、一夏のお願いでもダメとは意外だ。

 あのタコがそんなに気に入ったのか――まさかこのまま飼う気じゃないだろうな?

 そんな事を考えていると、二人分の足音が聞こえてきた。

 

「束、お前が悪い。さっさと元に戻してこい」

「姉さん、神一郎さんにあまり迷惑をかけてはダメです。素直に片付けましょう?」

 

 足早に戻って来た二人は、開口一番に束さんへの非難を始めた。

 天災とはいつでも孤独な者なのだ。

 

「嫌だもん」

 

 だが、親友と愛妹でも束さんの守りを崩すことが出来なかった。

 

「姉さん、なんでそんなに――」

「それはね――」

 

 束さんが至極真面目な顔で口を開いた。

 一夏、そして箒や千冬さんも束さんの頑なな態度が気になっていたのだろう、ゴクリと息を飲んで束さんに集中した。

 

「あのタコは普通のタコじゃないからだよ」

 

 え?

 

「あのタコはね、束さんの開発途中のナノマシンを注入された――そう、ネオ・タコなんだよ!」

 

 ん?

 

「いっくんと箒ちゃんにいつでも美味しいタコは食べて欲しいと思った束さんは考えました……そうだ! タコに無限再生機能を搭載しようと!」

 

 は?

 

「ナノマシンはまだ不完全、定着してタコに影響を与えるまで時間がかかる――だから束さんはしー君のお風呂をタコが住みやすい環境に改造したのさ! 明日のタコパはタコの足は食べ放題だから期待しててね!」

 

 ――なるほどね。

 

「足だけなんですか?」

「さすがに死んだら再生はできないからね」

「ナノマシンは食べられるんですか? 人体に影響は?」

「ちゃんと手は打ってあるよ。人体に影響はないのはもちろん、万が一に備え、一定の温度で活動を停止するようにしてあるからね。食べる前に火を通せば大丈夫! お湯くらいの温度でナノマシンの活動が止まる仕様なんだよ!」

 

 語り尽くして満足したのか、束さんが胸を張ってドヤ顔をした。

 でも他の4人の顔は真っ青だ。

 無限再生するタコ? 新種のクトゥルフの邪神かよ天災め。

 

「一夏、ちょっとタコを洗濯機にぶち込んできてくれ、塩をかけて洗濯機で回せばタコは死ぬし、下準備の手間も省けるから」

「了解です」

「待って!?」

「ちょっ、離してください束さん!」

 

 チッ! お風呂場に行こうとする一夏の足に一瞬で組み付きやがった!

 

「千冬さん! 箒!」

「了解だ」

「はい!」

 

 千冬さんが脇から手を差し込み引き離しにかかる。

 

「は~な~し~て~!」

「暴れるな! まったくお前という奴はいつもいつも!」

「や~の~!」

 

 次いで、俺と箒が左右の足をそれぞれ掴み、完璧に引き離した。

 

「いっくん殺さないで! 束さんのタコ殺さないで!」

「――いってきます!」

 

 涙ながら一夏を呼び止める束さんに対し、一夏は背を向けることで答えた。

 ――その背中はまさに主人公、今なら隕石に立ち向かう漢達の中に混じれそうだ。

 

 

 ジタバタと暴れる束さんを押さえつけながら待つこと数分。

 

「取り敢えずタコを洗濯機に入れてきました。でも石なんかも片付けないとお風呂には入れませんね」

 

 勇者が帰還した。

 

「ぐしゅ……束さんのタコが……ネオ・デビルが……」

 

 束さんは押さえつけられたまま、ぐしゅぐしゅと泣いていた。

 いつの間にか名前が付けられてるし、束さんに名前を付けられるとは――あのタコを放置してたらやばかったな。

 

「これで脅威はなくなりましたね。それでは束さん、片付けてきてください」

「しー君の鬼! 悪魔! 変態!」

「誰が変態だ。いいから片付けてこい」

「やだ! 絶対やだ!」

 

 束さんが駄々っ子モードに入りました。

 ウザかわいいな。

 

「ネオ・デビルの仇!」

 

 束さんが自分の絵がプリントされている抱き枕を投げてきた。

 

 避けた。

 

「ぐもっ!」

「一夏!?」

「いっくん!?」

 

 後ろにいた一夏に当たった。

 一夏と箒にバレないように拡張領域から普通の枕を取り出し、千冬さんにパスしてみた。

 

「にゃぴ!?」

 

 俺からのパスを受け取った千冬さんは、流れる様な動きでそれをそのまま束さんの顔面に投げつけた。

 

 これは――流れが来てるんじゃないか? そう思ってしまうほどの理想的な空気。

 乗るしかないな、このビックウェーブに!

 

「いてて」

「一夏、大丈夫か? む、少し鼻が赤くなっているな」

「ほ、箒、近い! 顔が近い!」

「す、すまん」

 

 拡張領域から枕を取り出す。

 俺のことなんて眼中にないみたいだから問題ないね。

 さて、遊びとは全力でやるもの、でないと楽しくないから。

 だから許せよ、箒。

 

「箒」

「はい? なんで……しょう……」

 

 一夏から俺に視線を変えた箒は、枕を振りかぶる俺の姿を見て固まってしまった。

 遊びは全力で、だが、相手に怪我をさせたら意味はない。

 なので、7割程の力を込めて――

 

「てりゃ」

「ッ!?」

 

 俺が投げた枕は、箒の顔面に当たり、ぼとっと床に落ちた。

 おー、箒の顔は見事に驚きの表情で固まっている。

 ナイスリアクション。

 んではお次は一夏に――

 

「箒ちゃんになにするかぁ~!」

「ぐぼらっ!?」

 

 何か硬い物が後頭部にぶつかり、前のめりに倒れる。

 後ろを振り向くと、妹を攻撃されて怒り狂う姉がいた。

 

「しーいーく~ん? 箒ちゃんになにしてるのかなぁ~?」

 

 束さん、激おこである。

 

「何って、枕投げですが?」

 

 悪びれるもぜす、さも当然のように言う。

 さて、このままいけるかな?

 現在の状況は――

 

 束さん  →俺を睨む。

 千冬さん →一夏を攻撃しようとしたのがバレてるみたいだ。同じく俺を睨む。

 一夏   →何故か俺を睨む。

 箒    →やはり俺を睨む。

 

 ――あれ? やりすぎた?

 てかなんで一夏も俺を睨んでるの?

 

「神一郎さん、いくら枕投げがしたいからって、女子の顔に当てるのはいけないと思います」

 

 一夏の怒りポイントはそこか。

 フェミニストもいいけど、過保護は嫌われるぞ?

 まぁ結果オーライだからいいか。

 

「ねぇちーちゃん、枕投げってなに?」

「枕を投げ合う遊びだ。今回は神一郎にぶつければOKだ」

「とても分かりやすいルールだね」

 

 全然OKじゃねーよ。

 本当は小学生組VS姉ズでやりたかったが、現状は四面楚歌、見事に囲まれている。

 四人が枕を手に持ち、投げるタイミングを計っている――計っているんだけど……。

 

「みんな口元が歪んでるのは、なんでです?」

 

 なぜかみんなが笑いを堪えてるんだよね。

 

「束、お前が言ってやれ」

「それはねしー君、ここまでの流れが露骨だったからだよ」

 

 そっか、露骨か……。

 バレテーラってことですね。

 

「一夏と箒もなんとなく察しがついてるのか?」

「俺は落ち込んでた束さんを慰める為に、気分転換で枕投げさせようとしてるのかと」

「私は、王様ゲームであまり遊べなかった私達に気を使って始めたのかと思いました」

  

 一夏と箒にもバレてるのね。

 これは恥ずかしい。

 

「しー君、勢いで始めたでしょ? ちょっと無理矢理すぎたね。さすがに気付いたよ」

「――なら、なんで今、俺は囲まれてるんですかね?」

「箒ちゃんに枕をぶつけた事は許さない!」

 

 あ、そこは譲れないですか、そうですか。

 

「実は俺、剣道以外でも神一郎さんと戦ってみたかったんです」

 

 いや、これゲームだけどね?

 

「剣の道を行く者として、やられっぱなしではいけませんから」

 

 箒、枕投げと剣道は関係あるの?

 

「……私は空気を読んでみた」

 

 千冬さん……余計な成長しやがって。

 

 どうも逃げ道はないらしい。

 意外と乗り気な四人は笑いながら枕を投げる体制に入る。

 まじで4対1でやる気か……ならば、俺も切り札を切ろう。

 

「始める前にちょっと待ってください。見ての通りこちらには枕がないんで。束さん、俺の分の枕を出してください」

「ほいほい――ふぇ?」

 

 束さんは、何が起こったのか分からないという顔をしていた。

 俺がやった事は至極単純、束さんが動く前に、自分で拡張領域から枕を取り出しただけだ。

 俺の正面に3つの抱き枕が落ちてくる。

 

 ふははは、俺の財宝の一部を見せてやろう。

 

 

 海で撮った千冬さんの水着姿の抱き枕。

 ハロウィンで撮った猫耳巫女コスの箒がプリントされた抱き枕。

 そして、温泉で撮った、裸で目隠しされてる一夏の抱き枕。

 

 これぞ至高の芸術よ!

 

「た~ば~ね~!!」

「姉さん?」

「束さん……」

「うぇっ!? ち、違うよ? これは――」

 

 三者三様に睨まれ、束さんがあうあうと言い訳をしようとする。

 

「聞く耳持たんッ!」

「にゃっ!?」

 

 しかし、言い訳する間もなく千冬さんに枕を投げられた束さんは、それを避けて俺の隣に転がってきた。

 

「ウェルカム」

「殴りたいその笑顔!」

「これで2対3。やったね束さん、こっちの主力は束さんだ!」

「鉄壁のしー君ガードで完勝してやんよ!」

 

 馬鹿な掛け合いをしつつ、俺と束さんは背中を合わせて構える。

 

「束さん、防音は大丈夫ですか?」

「もちろんだよ。至福のひとときを邪魔されたくないからね。前後左右の部屋に音が漏れないようにしてあるよ」

 

 いざって時はやっぱり頼りになるね。

 これで憂いはなくなった。

 

「一夏、箒、今楽しい?」

「――はい、楽しいです。一夏と千冬さんと力を合わせて、姉さんや神一郎さんと何かを競う。滅多にできない経験ですから」

「俺は千冬姉とも戦ってみたかったんだけど、それは明日まで我慢して、今日は神一郎さんと束さんに対して全力を尽くします」

 

 ――そうか、それは良かった。

 二人のその笑顔を見れただけでお兄さんは嬉しいよ。

 

「しかし、枕投げとはどうやって勝敗を決めるんだ? 相手が立ち上がれなくなるまで枕を当てれば良いのか?」

「相手の心を折る戦いだね。これは燃える!」

 

 こっちはほのぼのした会話をしていると言うのに、後ろでは殺伐とした会話をしていた。

 明日もあるのに元気だなこの二人は。

 ――そうだ、こんな時にピッタシのセリフがあるじゃないか。

 楽しみは今日だけじゃない。

 明日だってテニスやカラオケをやるんだ、ここで使わないでどうする。

 

「行くぞ束さん! 俺達の戦いはこれからだ!」

「しー君それダメなやつだから!?」

 

 

 

 

 クリスマスイブの夜、そしてクリスマス、そこで何があったのか、それは5人だけの秘密だ。




打ち切りじゃないヨ?

作者自身もどこで区切ればいいやらで、最後は強引に終わらせました。
元々クリスマスイブだけ書く予定だったのですが、書いてるうちに色々と付け足したくなってしまい……ここまで読んで頂いた読者様ありがとうございます(><)


ここから物語も少しずつ進みます。

一夏に料理を教えるシーンとか、主人公の学校のシーンとか、その辺はカット! 

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