俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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バレンタイン

 年が明けた2月、俺には一つの心配事がある。

 それは箒と一夏のことだ。

 箒の別れは間近まで来ている。

 別れのその時までに、箒は告白するのか、一夏と付き合うのか、それが問題だ。

 結果によっては色々とやらなければいけない事があるからな。

 とは言え、告白しろ、するなを俺に決める権利はない。

 俺が出来る事は、箒に一夏と一緒にいられる時間をあげて、見守るだけ……まぁ『成り行き任せ大作戦』って感じだ。

 だが、束さんの失踪計画を知ってる俺は最近箒と会いづらかったから、その辺の事情を中々聞けずにいた。

 そんな折、箒から電話があった――

 

 

 

 

 バレンタイン……生前ではまるで縁のない行事だったが、今年は違う。

 隣からトントンとチョコを刻む音と共に、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「神一郎さん、ボウルはどこに置いてあります?」

「流しの下に入ってるよ」

「ありがとうございます」

 

 赤いエプロンを着て台所に立つ美少女……素晴らしい!

 なんかもう、神々しささえ感じる。

  

「それにしても、父さんと雪子さんは困ったものです」

「二人とも箒が可愛いんだよ」

「それは……分かっていますが……」

 

 箒は今日なぜ俺の家にいるのか――それは台所を借りに来たからだ。

 家で作ろうとしたら、柳韻先生や雪子さんが生暖かい視線が送ってきて、それが箒には恥ずかしかったらしい。

 娘がいそいそと手作りチョコを作っていたら、そうなるよね。

 俺だって今そんな視線を箒に送ってるし。

 

「箒、俺は部屋に戻ってるから、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます。神一郎さんの分も作りますから、受け取ってくださいね?」

「喜んで受け取るよ」

 

 あぁもう可愛いな。

 こんな子にチョコ貰えるなんて、転生して本当に良かった。

 あるかも分からない本命チョコより、美少女の義理チョコだよな。

 さて、台所を借りに来て少し恐縮気味だった箒の緊張も和らいだことだし――

 

「ところで箒、チョコを渡しながら告白したりとかするの?」

 

 聞く機会は今しかないでしょ。

 

「…………神一郎さん、部屋に戻るのでは?」

 

 チョコを刻む音がピタリと止まった。

 これはもしかするともしかするかも――

 

「で、するの?」

「……しません……たぶん」

「たぶん?」

「その……一夏に好かれてる自信はあります。ですが、それは友人としてです。女としては……それに……」

「それに?」

「――正直、今の関係が壊れるのが怖いんです……」

 

 箒が悲しそうな顔をしながら、チョコをまた刻み始めた。

 関係が壊れるのが怖い……なんて当たり前な感情なんだろう。

 ここで、『告白しないと後悔する』なんて事は言えないよな。

 一夏が気持ちに答えるなんて保証できないし……。

 もどかしいな。

  

「でも、たぶんって事は、少しは考えてるんだよね?」

「……はい、バレンタイン当日、一夏を私の家――神社に呼び出します。さすがの一夏も感づくかもしれませんから」

 

 箒が顔を上げ、俺の顔を見ながら微笑み――

 

「その時の反応を見ながら、イケそうなら行きたいと思います!」

 

 グッと拳を握り、そう宣言した。

 そっか――

 

「ん、頑張れ」

「はい!」

 

 頭を撫でると、箒が目を細めながら頷いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「なんて事が昨日ありました」

「……もぐもぐ」

「聞いてます?」

「聞いてる。しかし美味いなこれは――」

 

 聞いてないやん。

 篠ノ之神社の境内の茂みに身を隠し、束さんと千冬さんは美味しそうに箒のチョコをパクついていた。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。さてしー君、私に内緒で箒ちゃんと二人きりになるなんて許した覚えはないよ?」

「怖い顔する前に口の周りを拭きなさい」

「むぐっ」

 

 口の周りをチョコでベトベトにしていたでハンカチで拭いてあげる。

 なんてベタな状況だ。

 

「お前、ハンカチとか持っていたんだな」

「意外ですか?」

「正直言ってな」

「千冬さんも社会人になれば分かりますよ。生活習慣てのは早々抜けないもんです」

 

 寝起きのコーヒー、トイレで新聞、学校帰りのビールとかね。

 

「そんなもんか。それで、なんで私までここにいるんだ?」

「え? だって一夏に初めて彼女ができるかもなんですよ? そりゃ見守らないと」

「え? だって箒ちゃんの一大事だよ? そりゃ見守らないと」

 

 俺と束さんを睨む千冬さんにそう返せば、千冬さんの眉間のシワがより一層深くなった。

 

「ま、冗談はさておき、万が一の場合は分かってますね?」

「箒ちゃんが振られた場合だよね。うん、大丈夫……だと思う」

「今回ばかりは一夏の行動は読めん。離れ離れになる前に軽率な行動は控えるべきだと思うんだが……いやしかし……」

 

 二人が難しい顔で黙り込む。

 告白が成功してもしなくても、箒には別れという悲しみが待っている。

 別れを回避することは出来ない。

 それは箒の命に関わる事だからだ。

 箒にはできるだけ心の傷が少ない別れ方をして欲しい。

 今日俺達3人がここにいるのはただの出歯亀ではない。

 万が一、箒が告白して、一夏が振りそうになったら、俺達が飛び出して場の雰囲気をぶち壊す。

 箒には余計なお世話かもしれないが……。

 

「束さん、箒と一夏は?」

「もうすぐそこまで来てるよ。後2分ってとこかな」

「……なんか無駄に緊張してきました」

 

 自分の事でもないのに心臓がバクバクだ。

 友達が告白された時を見てしまった時の様な、気恥かしさとかが混ざった奇妙な高揚感。

 まさか小学生の告白シーン――あくまでも“かも”だけど、それを前にしてこんな気持ちになるなんて――

 

「箒ちゃんの告白シーン……どうしようしー君! なんかドキドキしてきた!?」

「……少し落ち着けみっともない」

「千冬さん、腕を組んで人差し指をトントン動かす癖なんてありましたっけ?」

「…………日常的にやっている」

 

 どうも千冬さんも落ち着かないらしい。

 これ、箒が振られそうになったら絶対に邪魔しなきゃダメだよ。

 こんな恋愛経験値0集団で失恋した女の子を慰められるはずないからね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「箒、今日は練習日じゃないはずだろ? なんで神社に?」

「それはまだ内緒だ」

「なんだよそれ」

 

 学校の帰り道、用件を言わない私に一夏が少しだけ苛立つ顔をした。

 すまない一夏、一夏が怒るのも理解できる。だけどしょうがないじゃないか……。

 

「ぐっ……そろそろ腕が限界だ……」

 

 まさか両手に大量のチョコが入った紙袋を持ってるとは思わなかったんだ!

 この状況でチョコを渡したいから来てくれなんて言えるか!

 去年までは多くても片手で持てるくらいの量だったのに……荷物を持ってあげたいが、貰い物を女の私に持たせる一夏ではないし――

 雰囲気を作りたくて、放課後の人気のない神社を選んだのは完全に失敗だ……。

 

 石造りの階段を上がり、境内に入る。

 ここまで来てしまって後には引けない――

 

「一夏、ここで少し待っててくれ」

「分かった」

 

 玄関の外で一夏を待たせ、一人家に入り、用意しておいたチョコを手に取る。

 父さんも雪子さんも神社の方に行っているらしく、家には誰も居なかった。

 音が一切ない空間にいるせいか、心音がやたら大きく聞こえる。

 

 私は一夏が好きだ。

 一夏の笑顔が、たまに見せる凛々しい顔が大好きだ。

 だから、今日こそは……。

 

 一夏の所に戻る前に、神一郎さんに頂いた『愛され系幼馴染への道』を手に取る。

 今まで何度も読んだ箇所だ。内容はほぼ頭に入っている。

 だけど、やはり心配だ――

 

 

 一夏に遠まわしに告白しても通じません。告白するなら目を見て、はっきりと『好きです』と伝えましょう。

 

 一夏は好きと言われても、友達の好きと勘違いするかもしれません。恥ずかしくても勇気を出して、『自分は女として一夏が好きなんだ』その気持ちを伝えることが大切です。

 

 

「よし」

 

 告白の一文を目に通し、本を閉じる。

 

「一夏、待たせたな」 

「おう」

 

 一夏はバレンタインなどまるで気にしていないらしく、気軽の片手を上げて答えた。

 ある程度予想はしていたが、もっとこう、あるだろ?

 ……いやいや、こんな天然な所も一夏のチャームポイントだ。

 

「一夏、今日はなんの日か知ってるか?」

 

 まずは軽く牽制して様子を見よう。

 

「今日? ――あ、今日はバレンタインだな」

 

 一夏はバレンタインなど自分に関係ないといった感じで、どこまで気楽だ。

 一夏の足元にあるチョコは全てライバル達の努力の結晶――援護する筋合いはないが、さすがに少しかわいそうだ。

 私のチョコもアレの一部になったりしないよな?

 

「じゃあ、バレンタインは何をする日かは?」

「? 好きな人やお世話になった人にチョコを渡す日だろ?」

 

 良かった。

 ここでお菓子会社の陰謀だとか言われたらどうしようかと思った。

 

「そうだ、“好きな人”にチョコを渡す日だ。だから一夏、これを受け取ってくれないか?」

 

 白のラッピングに赤いリボンが付いたシンプルな包装。

 手の震えがバレない事を願いつつ、それを一夏に差し出した。

 

「……ありがとう箒」

「あ……」

 

 一瞬面食らった顔をした一夏だが、すぐに笑顔になり、私のチョコを受け取ってくれた。

 これはチャンスだ!

 

「一夏、私とつきあっ「これ、友チョコってやつだろ?」……は?」

 

 あれ? 私は何か間違えただろうか?

 自分のさっきのセリフを思い返してみる。

 

 私、好きな人って言ったよな?

 ……自分なりに勇気を出したけど、この程度では一夏に気持ちが届かないのか?

 

「最近は友チョコって流行ってるらしいな」

 

 一夏が足元の紙袋を見ながらそう言った。

 

「……一夏、それ全部義理チョコなのか?」

「そうだけど?」

「……それだけあるんだ、本命チョコとかあるんじゃないか?」

「本命? ないない」

 

 一夏は笑いながら手を振って否定した。

 

「なぜ分かるんだ?」

「だってそう言ってたし」

「チョコを渡した本人がか?」

「あぁ、『これ義理チョコだから、勘違いしないでよね』とか『この前、荷物持ってくれたお礼だよ』とか言ってたし」

 

 ……なんだっけ?

 えっと……そうだ、ツンデレだ。

 そうか……一夏は素直になれない女子の言葉をそのまま鵜呑みにしたのか。

 

「……一夏、すべての女子がそう言ったのではないだろ?」

「だいたいそんな感じだったぞ? なにも言わない子もいたけどな。最初にチョコくれた子が『義理だ』って言ったら、その後に次から次へと『義理チョコだ』って言いながら渡してきたんだよ。みんな律儀だよな」

 

 最初に渡したのがどこかのツンデレ、その後、周囲にいた女子が負けずと渡したが、恥ずかしくて最初の子の真似をしたんだろうな……。

 

 おのれツンデレめ! 

 

「さすがに量が多いけど、箒のチョコはちゃんと食べるから」

 

 なにやら聞き捨てならないセリフが聞こえたな?

 

「一夏、他のチョコは食べないのか?」

「いや、さすがに全部は無理。千冬姉もたぶん沢山貰ってくるだろし、去年だって大変だったのに、この量はちょっと……」

 

 一夏の視線に釣られ、足元の紙袋に注目する。

 数は両方合わせて50はあるだろう。

 千冬さんもモテるから……二人合わせて100個くらいか?

 ――確かにちょっとキツい数だな。

 一夏自身が、すべて義理チョコだと思ってるからのセリフだろうけど……。

 

「捨てる――はないか、余ったチョコは誰かに渡すのか?」

「せっかく貰ったのにそんな事しないよ。食べきれない分は調味量代わりに使うつもり」

「調味料?」

「俺も知らなかったんだけどさ、チョコって調味料代わりになるらしい。カレーの隠し味とか、回鍋肉に入れたりとか、結構使い方が色々あるみたいでさ」

 

 それは知らなかった。

 ちゃんと一夏の口に入るなら作った女子達も本望だろう。

 

「箒、用事はこれだけか?」

「――そうだ」

 

 告白?

 この空気で? 

 ……無理ですよね神一郎さん。

 神一郎さんがいたら、きっとストップをかけること間違いない。

 

「そろそろ帰るよ。夕食前に買い物行かなきゃいけないし」

「……あぁ、今日はわざわざ家に来てもらって悪かったな」

「気にすんなよ。あ、ホワイトデーにはちゃんとお返しするから期待しててくれよ?」

「っ!?」

 

 沈んだ心が、一夏の笑顔と、一夏からの贈り物という二つだけで浮上する。

 私も大概単純だと思うが、嬉しく思ってしまうのはしょうがない。

 なに、時間はまだ有る。

 きっと春休みには、また神一郎さんが何か大きなイベントやってくれるだろうし。

 慌てず、ゆっくりと一夏との仲を深めればきっといつか……。

 

「ホワイトデー、期待してるぞ一夏、ちなみに私はマカロンが食べたい」

「うっ……クッキーとかじゃダメか?」

「私のチョコは手作りチョコだぞ?」

「……頑張ってみるよ」

 

 手間が掛かりそうなお菓子をリクエストしてみたら、一夏が少しだけ頬を引きつらせた。

 しかし、“そのチョコは手間がかかってるんだぞ?”と匂わせたら、了承してくれた。

 一夏の顔が面白くて思わず笑ってしまう。

 

「また明日」

「またな箒」

 

 一夏の後ろ姿が見えなくなるまで、私はその背中を眺め続けた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 俺は織斑一夏が嫌いだ。

 ライトノベル【インフィニット・ストラトス】の主人公、創作人物の織斑一夏の話だが――

 ここは二次元ではない、ラノベの印象をそのまま生きてる人間に当てはめて、相手を好悪するなんてのは愚の骨頂。

 人を好きになるか嫌いになるかは、相手の行動を見て、相手と喋ってみて、そこから初めて分かる事だと思っている。

 だから俺は、子供の一夏に対して嫌悪感はないし、原作ではラスボス風味の束さんも、愉快な変人程度にしか見えない。

 だけど、俺は今見てしまった……可愛い妹分の気持ちが届かなかった瞬間を……。

 

 箒はちゃんと『好き』って言ったよな?

 だって俺、あの瞬間、『言ったぁぁぁ!!』って心の中で叫んだもの――

 それの結果がアレだ……。

 箒は途中で告白を諦め、最後は笑顔で終わったので心配はいらなそうだが、正直、見ている方は気が気でなかった。

 

 左を見る――

 

「私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私は――」

 

 束さんは何もない空中を見つめながら、ブツブツ呟いていた。

 大事な妹の告白が流された――普通なら束さんはが怒り狂う事案だ。

 しかし相手は一夏、怒るに怒れない束さんは自己暗示で心の平穏を保とうとしてるみたいだ。

 

 

 右を見る――

 

「…………」

 

 千冬さんは無言で空を仰いでいた……。

 姉として、そして女として、怒るべきか悲しむべきか悩んでいるのだろうか?

 これから先は俺は一夏と距離を置く、一夏の性教育は千冬さんに頑張ってもらいたい。

 

 

 箒が家に戻ろうとする。

 その横顔に影はなく、慰める必要もなさそうなので、姿を見せないでそのまま見送った。

 

 

 ぶっちゃけ――

 

 

「私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私は――」

「…………」

 

 箒よりもこっちの方が問題だ――

 

 

 

 

 数分後

 

「落ち着きました?」

「へ? 落ち着くってなにが? 何かあったっけ?」

「忘れてるなら問題ないです」

 

 束さんはさっきの一幕を無かった事にしたらしい。

 心の平穏の保ち方は人それぞれ。

 束さんがそれで良いなら良いさ。

 

「千冬さんは?」

「ん? そうだな。私は子供は勝手に育つものだと思っていた。私がそうだったようにな。だがそれは甘えだと気付いた……。取り敢えず帰りに子育てのハウツー本を買おうと思う」

「うん、ご近所さんに勘違いされるから止めようね」

 

 こっちは一夏の将来を心配しすぎて暴走気味だった。

 

「神一郎、前に一夏が病気かもしれないと言ったな?」

 

 千冬さんが真面目な顔で俺にそう聞いてきた。

 

「言いましたね」

「私は一夏の心に問題が有るなんて信じられなかった……。しかし、先ほどの箒とのやり取りを見て、お前の言葉を信じかけている――でだ、何が原因だと思う?」

 

 真面目な顔をしている千冬さんには悪いが、正解の答えを俺は持っていない。

 一応、ありえそうな理由は二つあるけど。

 

 一つ、厨二的に言えば『世界の意思だから』

 原作では一夏と箒が小学生の時に付き合うという描写は無かった。

 だから原作から乖離しないよう、見えない力が働いている――なんて可能性がある。

 

 もう一つは、一夏に心に問題があるかだ。

 しかし、俺には一夏に問題があるのか、それとも所謂『原作の修正力』なのかが分からない。

 

「千冬さん、今まで聞いた事ありませんでしたが、聞いていいですか?」

 

 一夏に問題があるとしたら、これは聞いとかないといけない――

 

「なんだ?」

「千冬さんの両親についてです」

「あれ? しー君知らなかったの?」

 

 今まで黙っていた千冬さんが話に入ってきた。

 

「まぁ興味なかったですし」

「興味がないなら何故聞く?」

 

 千冬さんは不機嫌を隠さない。

 やっぱりこの話題は地雷か。

 

「一夏の為にも聞いといた方がいいかと思いまして」

「しー君が知らなかったのが意外だよ。なんで今まで聞かなかったの? ちーちゃんに気を使ってたの?」

「聞いても俺には『へー』とか『そうですか』とか、その程度の事しか言えませんし」

「――しー君にしては厳しい言葉だね」

「いやだって、俺は普通に両親に愛されて、普通に青春を楽しんで、普通に独り立ちした人間ですよ? そんな俺に『親が居なくて大変だね』とか『学校行きながら弟育てるなんて偉いね』なんて、上っ面だけの優しい言葉言われたいですか?」

 

 親が居ない寂しさも、学生の身で家庭を支える大変さも知らない人間が、分かったような事を言うのはダメだろ?

 

「なるほどね――ある意味しー君らしいよ。理解してるフリして同情なんかする奴等よりマシだね」

「――言われたくないな。ここだけの話、学校で『千冬様は毎日バイトで大変ですね』と言われた時、バイトもしたことのないお前に何が分かるんだと、そう思った事はある。もちろん悪気はなく、善意からの発言だと理解はしているんだが……」

 

 同情も時と場合による。

 安易な慰めの言葉は時としてケンカ売ってるに等しい場合があるから、迂闊に相手の辛い過去なんて聞けないんだよな。

 

「神一郎、一夏の為と言ったな? 一夏のアノ態度にどんな関係がある?」

「近くに千冬さんと同じような家庭環境の知り合いはいなかったので、あくまで予測ですが――例えば、一夏が物心がつく前に、親の怒鳴り声、ケンカする声を聞いて、一夏自身が気付かない内に“恋愛や恋に対して否定的、又は怖がっている”可能性があります」

 

 無くはないと思う。

 もし、両親が『テメェーと結婚したのが間違いだったんだよ!』なんて恋愛を否定していたら、その子供は恋愛に対して忌避感を持ってもしょうがないと思う。

 ――あれ? なんか一夏が子供の時に問題があったような? なんだっけ? 

 

「なるほどな、言いたい事は分かった。しかし――」

「あの、無理に言わなくていいですよ? 俺は別に知りたくないですし。ただ、千冬さんに思うことがあるなら、私生活で気を使ってくださいってだけです」

「……なにげに難しい注文じゃないか?」

「一夏と一緒に恋愛ドラマ見たりして、恋愛の素晴らしさを教えればいいんですよ」

「しー君、それ、ちーちゃんには難しくない? ちーちゃんが恋愛ドラマとか全然似合わないよ」

「いやいや、一緒に見るってのが大事なんですよ。千冬さん、子供ってのは親の背中を見て育つんです」

「――だからどうした」

「千冬さんが丸っきり恋愛に興味がないのも理由の一つかもしれませんよ? 『千冬姉が大変なのに、俺が恋愛にうつつを抜かすなんていけないことだ』って一夏は考えてるかもです」

「……有り得るのか? 一夏はまだ小学生だぞ? いや、可能性としては……」

「ちょっ?! しー君なに言ってるの!? ちーちゃんに恋愛なんて十年はやっ……あれ? 相手が私なら問題ないかも? ちーちゃんちーちゃん、いっくんの前で私とイチャついてみる?」

「――束、今は大事な話をしているんだ。黙ってろ」

「ボディ!?」

 

 束さんが千冬さんの横にスっと移動し、恋人握りで千冬さんの手を握った。

 しかし、千冬さんは冷静に腹パンで迎撃――膝を地面に付けた束さんを他所に、千冬さんはアゴに手を当てて考え込んでいる。

 

 腹パンって初めて見たな――

 それほど今の千冬さんに余裕がないんだろう。

 束さん、シリアス空気の中でボケに走る気概は尊敬するけど、今回は完全に失敗だったね。

 

「束さんや、生きてるかい?」

「……し、しー君、私はもうダメかも……」

「再来週また会いたいんですけど、時間あります?」

「――ちょっとくらいなら大丈夫だけど……なんで?」

「忘れてます? 俺とケンカする約束でしょ?」

「あ……」

「んじゃ、細かい日程は後で連絡してください。千冬さんも見届け人お願いします」

「見届け人だと? 嫌な予感しかしないんだが……」

「そこをなんとかお願いします。それではまた――」

 

 二人を置いて神社を後にする。

 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、それを無視して俺は帰路を急いだ。

 束さんの失踪予定まで約二週間――

 関係者として目を付けられてる恐れがある俺には時間がない。

 やらなければいけない事は沢山ある――

 

 まずは――パソコンのデータからエロゲを消去して、ディスクの隠蔽、同人誌などのエロ本の隔離だな。

 束さん失踪時に起こるだろう家捜しに備えなければ!




一夏と箒の描写をもっと甘くしたかった――

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