俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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大変遅くなりましたm(_ _)m
新年迎えちゃったよ……。
すみませんでした!

今回の話ですが、原作前から書くならこの辺は外せないなと思い書きました。
正直言うと、キング・クリムゾン使って『あれから三年後――』みたいにしたかった! でも書いてみたかったんです!
そしたら予想外に書くの辛い。
もう二度とシリアス風は書かないと決めたよ……。
あ、今回の話は長い上に退屈かもです(・∀・) 
作者の妄想劇場なので、賛否両論あると思います。


千冬と柳韻

 神一郎を乗せた救急車に見送った後、警官を乗せたパトカーが来ると思っていたが、私の前に現れたのか黒服の男達だった。

 私の事を知っているらしく、相手は紳士的だった。

 

 『篠ノ之博士の居場所を知りませんか?』

 『救急車が来てましたが、ここで何があったんです?』

 

 そんな言葉を投げかけてきた。

 それに対し――

 

 『束はさっきまでここに居た。どこに行ったかは知らない』

 『ここであったのはただの子供のケンカだ』

 

 と返すと、相手の頬が引きつった。

 正直、仕事で来ていることを考えると少し申し訳ない気分になる。

 とは言えこちらも安易に話すことが出来ず、私達は暫らく無言で対峙していた。

 静かな境内に着信音が響いた。

 目の前の男が懐からケータイ電話を取り出し耳に当てると、顔色が急に変わった。

 おそらく救急車に乗っているのが神一郎だと知れたんだろう。

 その後、場の雰囲気が一気に慌ただしいものなった。

 携帯電話を片手に男が私を睨んだ。

 当然だ。子供が骨折までしてるんだ、何もないわけはない。

 急ぎの用事が出来た。後日詳しく話を聞きたいと言って男達は去っていった――

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 束が消えて数日後、柳韻先生から内密に呼び出された私は篠ノ之家に来ていた。

 テーブルを囲むのは柳韻先生とその隣の雪子さん、そして対面に座る私と箒だ。 

 

「なぜ引っ越しをしなければならないんですか!?」

「座りなさい箒。最初に説明した通りだ。束が行方を眩ませた。誘拐などではなく、束の意思による失踪のようだ。束を誘き出す為に私達……いや、お前が狙われる可能性がある以上ここに留まる訳にはいかない」

 

 腰を上げ声を荒げる箒を柳韻先生が落ち着かせようとする。

 柳韻先生の横では雪子さんが悲しそうな顔で俯いていた。

 柳韻先生からの呼び出しの内容は予想通りだった。

 それは国の保護プログラムを受けると言うものだ。

 最初は居間に座る私や柳韻先生の顔を不思議そうな顔で見ていた箒は、柳韻先生から保護プログラムの説明を受けている最中に爆発してしまった。

 

「千冬さん! 千冬さんは姉さんから何か聞いてないんですか!?」

 

 箒の矛先が私に向いた。

 篠ノ之家に着いてから5分程しか経っていないが、私はすでに逃げたい気持ちで一杯だ。

 安易に神一郎の話に乗ったのが間違いだったな。

 箒の期待と不安が混じった涙目を見ても何も言えないとは……。

 精神的にかなりキツい。

 

「悪いが箒、私は何も知らないんだ」

「そんな!? 姉さんが千冬さんに何も言わないなんてありえません!」

 

 悲鳴にも近い箒の叫びに、心がキリリと痛む。 

 

「束は命を狙われている」

 

 何も言えず黙り込む私の代わりに柳韻先生が口を開いた。

 

「命……ですか? そんな話は一度も……」

「本当の事だ。私も束本人に聞いた話ではない。保護プログラムの説明をしに来た人間に聞いた話だが――」

 

 柳韻先生の話は嘘ではない。

 ISを新兵器と見ている国から見れば束は脅威だ。

 金で動かず地位にも興味がない。

 そしてあの傍若無人な態度。

 多くの人間から見た束はただの危険人物でしかないのだから――

 

「なんでもここ最近は束を暗殺しようと襲撃もあったとか……。束が自分の身を守る為に姿を消したと言うのが国の予想だそうだ」

「……納得できません。だからと言ってなんで引っ越しなんて――」

「私が敵ならお前を使う」

「ッ!?」

「束を釣るなら箒、お前が最適だ」

「私……ですか?」

「理由は分かるな?」

「姉さんに大事にされ、まだ子供で力が無いから……ですか? でも、それなら――」

 

 柳韻先生の静かな視線に耐えかねた箒が、縋るような目で私を見る。

 すまない箒――

 

「私や一夏、神一郎は『もしかしたら束を動かせるかもしれない程度』だろうな。確実に束を引きずり出すなら……箒、やはりお前だろう」

 

 私の一言で箒の顔が歪む。

 箒も理解してるのだろう。

 自分に何かあったら、束が助けに来てくれると―― 

 

「父さん。姉さんが狙われるのは、ISが原因ですか?」

「そうだ」

「なぜ姉さんはISなんて……」

 

 ISなんて……か。

 束が聞いたら泣きながら騒ぎ出しそうだな。

 まぁ箒も本気で言ってるのではないだろう。

 ただ今はそう言わずにはいられないだけで……。

 

「箒、ISは束にとって大切な物だ。そう邪険にするものではない」

「父さん?」

 

 意外な事に、柳韻先生の口調は箒を諭す様だった。

 ただ、今のセリフは箒にとって聞きたいものではなかったのだろう――

 

「父さんは……やっぱり姉さんの味方なんですね……」

「待ちなさい箒!」

 

 箒は顔をくしゃくしゃにしながら席を立ち、居間から飛び出して行った。

 家からは出てはいない。

 自室に戻ったのだろう。

 

「はぁ……柳韻さん」

「うっ……すまん雪子君」

 

 雪子さんがため息混じりで柳韻先生を睨んだ。

 それに怯み、柳韻先生がバツの悪そうな顔をしている。

 なんとも珍しい光景だ。

 

「柳韻先生。箒の事は――」

「うむ……すまないが雪子君……」

「はいはい」

 

 雪子さんは、しょうがないですねと言いながら居間から出て行く。  

 箒を慰めに行ったのだろう。

 しかし“姉さんの味方”か――

 今も束はこの部屋を監視しているのだろうか?

 このまま束を恨んでくれと思うと同時に、やりきれない気持ちが溢れる。

 今すぐにでも箒をどうにかしてあげたいが……。

 

「みっともない所を見せてしまったな」

「いえ」 

「ゴホンッ……話しの途中だったな。続き話しても?」

 

 柳韻先生も居心地が悪いのか、咳払いをしながら私から視線を逸らした。

 正直、空気が微妙だ。

 柳韻先生と同じ空間にいてここまで居づらい事があっただろうか……。

 

「箒と雪子さんはいいのですか?」

「雪子君はすでに全部知っている。箒は落ち着いたらもう一度私から説明しよう」

 

 そう言って柳韻先生は立ち上がった。

 

「ここではなんだ。道場に行こうか」

「――はい」

 

 わざわざ道場で? もしかして誰かに聞かれたら都合が悪い話なんだろうか?

 

「せっかくだ。道着に着替えてくる。千冬君はどうする?」

「そうでね。私も着替えてきます」 

 

 なにか柳韻先生は大事な話をしようとしている――

 そんな予感があったため、私は素直に柳韻先生の提案に頷き道場に向かった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「お待たせしました」

 

 道場内の更衣室で道着に着替え、私はまだ寒さの残る道場の中心に座る柳韻先生の正面に立つ。

 見慣れた道場着姿――

 見慣れた笑顔――

 いつもと変わらない姿がそこにはあった。

 

「失礼します」

 

 柳韻先生の正面に腰を下ろし、姿勢を正す。

 

「千冬君は感付いてると思うが、ここに移動したのは箒に聞かれたくない話をする為だ」

「……なんでしょう?」

 

 予想通り、柳韻先生の話の内容は箒に聞かれたくないもののようだ。

 

「そんなに畏まらないでくれ。ただ今回の件で知ってる事を出来る限り教えて欲しいと思ってね」

「……それは」

 

 何を聞かれても大丈夫なよう多少身構えていた私に対し、柳韻先生が微笑む。

 話していいのか、それとも一切の情報を明かさない方が良いのか……。

 神一郎から柳韻先生への対応については具体的な指示は受けていない。

 気をつけなければいけないのは、神一郎の知っている未来と違う道を行ってしまはないようにすること。

 違う私は柳韻先生に話したのだろうか……。

 

「千冬君、言いづらい様だが頼めないだろうか? 私としても娘が門下生の骨を折った理由などは知っておきたいんだが――」

 

 ……それはそうですよね。

 父として娘がそんな暴力沙汰を起こしておいて、知らんぷりなんて出来ないですよね。

 境内で起きた事件だ。束が神一郎の骨を折った事を知っていてもなんの不思議もない。

 ――何も言わない? 知らないフリをする? 無理に決まってるだろ! 

 

「その、詳しい内容は言えませんが、神一郎の骨折はアイツの自業自得なので柳韻先生は気にしないでください!」

「束がやったのでないと?」

「いえ……その……」

 

 言っていいのか?

 私の一言で未来は変わらないか?

 そんな思考が頭をよぎる。

 柳韻先生の顔はどこまで真っ直ぐで、下手に誤魔化すなんてことは出来ない。

 覚悟を決めるか――

 私が知らない別の私も、きっと柳韻先生には最低限の話しはしているはずだ。

 

「今から話す内容は誰にも言わないでください。国の人間はもちろん箒にでもです」

「約束しよう」

「神一郎のケガは神一郎自身が望んだことです」

「ふむ……」

「理由は察しがつくかと――」

「束と不仲だと思わせる為かな?」

「はい」

「なるほど……。時々子供らしくないと思える時があったが、束に気に入られるだけあるな」

 

 柳韻先生はなにやら考え事をしているらしく、アゴに手を当てたまま動きを止めた。

 場に一瞬の静寂が訪れる――

 自身の心音だけが聞こえる空気の中、私は柳韻先生が口を開くのを静かに待った。

 

「千冬君は、束が姿を消した本当の理由、そして束がこれから成そうとしている事も知っているね?」

「――いえ、私は何も」

 

 私はそれを知っている。

 だがそれは私が軽々しく口に出していいものではない。

 柳韻先生に嘘を付く――

 理由があるとは言え気持ちの良いものではなく、心がざわつく。

 

「くっ……くく」

「柳韻先生?」

 

 なぜが柳韻先生が急に笑い出した。

 私が何かしたか?

 もしや顔に何か付いてるのだろうか?

 顔をペタペタと触ってみるが、特に変わりはない――

 

「いやすまん。それにしても千冬君、初めて知ったが、君は嘘を付く時に相手の目を見れない人間らしいな」

「はい?」

「私の目を見ないで話す君は初めて見たよ」

 

 柳韻先生の言葉の意味が分からず、固まってしまった。

 目を見ていない……その言葉の意味が分かると同時に理解した。

 私は大ポカをしたんだと……。

 

「――私も初めて知りました。どうも自分は嘘を付く時に相手の目を見れないようです」

「あぁ、そのようだな」

 

 笑う柳韻先生の前で頭を下げる。

 とてもじゃないが今は柳韻先生の顔が見れない。

 顔を上げられないほど恥かしいなどどいう感情が久しぶりだ。

 

「千冬君、大丈夫かね?」

「――はい、失礼しました」

 

 心を落ち着かせ、軽く深呼吸してから頭を上げる。

 目の前には、居心地が悪くなる様な優しさの目で見つめる柳韻先生。

 色々な意味で心が挫けそうだ。

 

「落ち着いたようだね。出来る限りで構わない、話を聞かせてもらっても?」

「全ては話せませんが、それもで良いのでしたら」

 

 柳韻先生が頷くのを確認して、頭の中で話す内容の線引きする。

 情報としては隠すべき内容はそう多くはない、だが束が自ら話すべき事もある為、必要以上に私が話す訳にはいかない――

 

「束が姿を消したのは箒の為、そして自らの夢を叶える為です」

「箒の身を守る為にか……それは理解出来る。夢の為にとは?」

「ISの兵器化の流れを変え、本来の使い道に戻す事です。束は表舞台から姿を消し、裏でそれを成そうとしています」

「そうか……」

 

 柳韻先生は一言呟いてまた何やら考え初めた。

 お世話になった柳韻先生へに対し、恩を仇で返した私がこの程度の情報しか出せないとは――

 

「――私と雪子さんはオトリかな?」

「な、なぜっそれを!?」

 

 思わず立ち上がりそうになるのをグッと堪える。

 柳韻先生は束の考えが分からないとよく言っていたが、私にはなぜ柳韻先生がその発想に至ったかが分からない。

 私の顔が面白かったのか、柳韻先生がくつくつと笑う。

 

「さて、どこから話せばいいか――。そうだな、まず先日の話だ。束の失踪を告げてきた男性から国の保護プログラムを受けないかと言われた」

 

 国の人間から直接オトリだと言われたのだろうか?

 いや、それは無いか。

 メリットがなさすぎる。

 

「その時に簡単な説明を受けた。なんでも護衛の人達と一緒に日本中を移動するそうだ。一箇所に留まらず、居場所がバレないよう引越しを繰り返す。まるで流浪の旅人だと思わんか?」

 

 柳韻先生が笑いながらそう言うが、少し待って欲しい。

 ここは私も笑うべきなのか? 珍しく柳韻先生がジョークを言ってるのに無視する訳には――

 いや待て、別に今のはジョークではないのでは?

 

「私が疑問を持ったのはその後の話だ」

 

 こちらの混乱を他所に柳韻先生が話を進める。

 これが大人の話力と言うものなのか!?

 

「私と雪子さんはペアで、箒は一人で保護を受ける事になる……と」

 

 今まで穏やかだった柳韻先生の目が細まる。

 その目の奥にあるのは……怒り?

 

「その話を聞いた時、私は裏に束の存在を感じた。向こうは人数が少ない方が護衛の質が上がるとか言っていたがね」

 

 手が震える。

 喉が渇く。

 私は今……柳韻先生に恐怖している?

 

「束が私を蔑ろにし、箒を溺愛しているのは周知の事実だ。国としても、箒を自分達の胸に抱き込んだ方が束に対して使えると考えるのは理解できた。だが、箒を人質にというのは束が許す訳はない。それなら束は私と雪子さんを箒と一緒にするだろう。万が一の時は私が箒を身を挺して守る。そのくらいは理解しているだろうしな」

 

 柳韻先生の、固く、ゴツゴツとした拳がギュッと握られる。

 それだけで私の心臓がその手に鷲掴みされた様な錯覚を受け、目の前がチカチカと点滅した。

 

「だから私は考えた。束ならどうするかを――。箒を他人に預けるのは箒を守る為。自分に対する切り札になるからこそ大事にされる。それを理解してるから束は箒を国に預けた……いや、国を利用した」

 

 怖い。 

 今の柳韻先生が怖い。

 目が怖い。

 握られた拳が怖い。

 ――どうして私はこんなにも柳韻先生に恐怖している?

 

「そこで分からないのは“なぜ私と雪子さんが箒と離されるか”だ。箒を守るのに国を利用する。そこはいい。だがより箒の安全を重視するなら盾は多い方がいいはずだ。束の私に対する想いなどを考慮した結果、束は私をオトリに使う気なのだと気付いたのだよ」

「あの……それは」

「――千冬君、私は別に君に対しては怒っていない」

 

 再度柳韻先生の手が私の頭の上に乗せられた。

 なぜかその手の感触に安堵する。

 ――あぁなるほど、思い返してみれば私は柳韻先生に怒られた事も叱られた事もなかったな。

 まさが自分にこんな感情があるとは……。

 

「私が怒っているのは雪子君を巻き込んだ事だ。私をオトリにするのは構わない。だが雪子君までオトリに使うとは……」

 

 頭に乗せられている柳韻先生の手に力が入る。

 先生の怒りは当然のものだ――

 だけど、それこそが二人の命を守る方法でもある。

 束に雪子さんと箒を一緒にするよう言うのは簡単だが、それは神一郎の知っている未来と大きく変わってしまう可能性が有る。

 その結果もし雪子さんに万が一があった場合を考えると、安易な提案は出来ない――

 

「すみません柳韻先生……私は……」

「うん? なぜ千冬君が謝るのだね?」

「それは……」

 

 柳韻先生に優しくされると、罪悪感から全てを話したくなってしまう。

 心が弱いな私は――

 

「束と千冬君が裏でなにやら動いているのは知っていた」

「――はい?」

「白騎士事件の動画はテレビのニュースでも流れていたからね。私が千冬君の体捌きを見破れないとでも?」

 

 最初から白騎士の操縦者だと知っていた?

 確かにたまたま撮影された動画などがテレビで放送されていたのは知っている。

 だが私はあの時は技も何も使っていない。

 ミサイル相手にただ作業的に白騎士のブレードを振るっていただけだ。

 まさかそれで見破られるとは――

 

「柳韻先生……先生はどこまでご存知なんですか?」

「私は何も知らないよ。これはそうだな――親の勘と言うやつだ。『束が何か企んでいる。それに千冬君も関わっている』とね」

「……なぜそれを問わないのですか?」

「それは束にかね? それとも千冬君に?」

「両方です」

 

 柳韻先生が困ったような顔で頬をかく。

 なぜ今まで束と私を放置していたのだろう?

 

「質問に答える前に一つ聞きたい。千冬君が束に協力したのは何故かね? あのミサイルは束が撃ったものなんだろう?」 

 

 そこまで知って――

 いや、知っているのではない。

 証拠は何もないが、柳韻先生は束がやったと確信しているんだ。

 しかしどうする……。

 正直な話、全て話した方が良い気がする。

 柳韻先生が何も知らないなら話は別だが、ここまで来ては下手に隠しだてはしない方が良いだろう。

 自分の罪を告白したい。

 そんな感情は否定出来ないが――

 

「私は“お金の為に束に協力しました”」

 

 柳韻先生の目を見て私は素直に告白した。

 目は離さない。

 篠ノ之家一家離散の原因を作った一人して私は――

 

「そうか、千冬君の就職先は――。なるほど、合点がいった。だから束に協力したのか」

 

 殴られ怒鳴られ罵倒される。

 そんな想像した私に他所に、柳韻先生はアゴに手を当てしきりに頷いていた。

 

「怒らないのですか? 柳韻先生と箒を引き離す原因の一旦は私にも有ります」

「千冬君は『弟の生活と束への義理』と『篠ノ之家』を天秤にかけ、前者を取っただけの話だ。怒るほどでもない」

 

 娘と離れ離れになるのに怒るほどでもない? 

 今日の柳韻先生は本当に分からない。

 道場に来てから振り回されっぱなしだ。 

 

「千冬君、正論を言うだけならとても簡単なんだよ」

 

 困惑する私に対し、柳韻先生は微笑む。

 どことなく、今の柳韻先生は神一郎に重なる。

 

「人には優先するべきものがある。それは家族であったり、恋人であったり、人によって様々だ。私が『人の家庭を壊してまでお金が欲しいのか!』と怒るのは簡単だ。だがね、そう言うなら私は千冬君に対し他の道を示さなければならない。私には千冬君と一夏君を養う事ができない以上、安易に千冬君の行動を断罪することはできなのだよ」

 

 それが大人と言うものだ。

 そう言って柳韻先生は足を崩した。

 

「それにね、私はいつかこんな日が来ると思っていた」

「――えっ?」

「父親として恥かしい話だが、私は昔から束を理解出来なかった。人を人とも思わぬ人間性、どこから学んだのか理解出来ない知識、正直あの子は生まれる時代を間違えたと思っていた」

 

 柳韻先生が寂しそうに笑う。

 

「だがそれも束が幼い内だけだ」

「そうなんですか?」

「束が顔に傷つけて帰って来た時は、目が飛び出すかと思ったぞ?」

 

 さっきまでの寂しそうな顔はなんだったのか。

 今の柳韻先生の口調はまるでイタズラ小僧を叱る様だ。

 

「あ、あれは、その、束にイラっときてつい――」

「はは、アレは本当に驚いた。なんせ束が珍しく上機嫌だったからな」

 

 顔が火照る。

 柳韻先生が言ってるのは私と束が始めてケンカをした時の話だ。

 あれはなんて言えばいいのか――そうだ、黒歴史だったか? 誰が考えた言葉かは知らないが、実に適切な言葉だ。

 

「やめてください柳韻先生。それは忘れたい過去です」

「いやすまん。この年になると昔が懐かしくてな。でどこまで話したか……あぁそうだ。束の話だったな。あの子はもっと昔に産まれればと、そう思っていた時期もあった」

 

 確かに私もそう思った時はある。

 科学が科学と言う名前が付く前なら、今ほど束を求める人間は居なかっただろう。

 

「束がISを作っている時、一度だけ私に自慢してきたことがあった――」

 

 柳韻先生に自慢? 束が? 

 嫌な予感しかしないな……。

 

「シールドエネルギーやら拡張領域やら言われてもよく分からくてな。『つまり凄い宇宙服か? 凄いじゃないか』と言ったら、本気で怒られたよ……」

 

 あぁ……やはりそうなったか。

 未だにパソコンはどころか携帯電話さえ使えない柳韻先生がISを理解出来る訳がない。

 怒るのは束が悪いが――

 “凄い宇宙服”ってなにも間違ってないじゃないか。

 たぶん柳韻先生は、専門用語や束の発明の凄さが分からず、しどろもどろに返事をしてしまったんだろう。

 

「私がISの凄さを理解したのは“白騎士事件”の映像を見たときだ。空を飛び、迫り来るミサイルを撃ち落とす千冬君の姿を見た瞬間、私は自分の失敗を悟ったよ」

「失敗ですか?」

「私がしっかりとISの危険性を……いや、大人の汚さをちゃんと束に教えていれればとな……」

「大人の汚さ……ですか?」

 

 普段の柳韻先生らしからぬ言葉だ。

 

「あんなものを見て『アレは凄い宇宙服だ。これで宇宙開発が進むぞ!』などど思う訳がない。多方、束はそんな人間も御せると思ったのだろうが――」

「束はISの兵器化も想定してたようです。本人も最初はしょうがないと納得してたようですが――」

「そこまでは見越していたか……。その後はどうかな? 全て束の予想通りに進んでいたかね?」

「それは……」

 

 全て予想通りではない。

 ISだけではなく、過去の発明や研究も注目された束は、自身が作った技術を悪用する奴等の火消しに四苦八苦しているようだった。

 元は箒も自分で守る気だったようだが、それも途中で諦めた。

 とは言っても、私も束に大きな顔は出来ない。

 神一郎から未来の話を聞いた時、一家離散と聞いても、私は“束ならなんとかするだろう”と思っていたから――

 つまり私も束も“大人”を甘く見ていたと言うことだ。

 

「千冬君、君は自分の行いを悔やんでいるかい?」

「――後悔をしていないと言えば嘘になります」

 

 ISを発表する時、もっと他に良い方法があったのではと思う時もある。

 だが神一郎が言っていた。

 『束さんが平和裏にISを発表していても、どうせ敵はできる』と――

 結局、IS自体に価値があるから騒がれるのだ。

 いっその事、大量生産して希少性をなくし、一気に世に出してしまえば……。

 

「千冬君?」

「っ!?」

 

 私は今何を考えてた?

 それは絶対に思っていけない事だ。

 無秩序に広めれば悪用する人間は大勢出てくるだろう。

 束の努力を見ていた私がそれを否定するなんて――

 

「千冬君、なにやら思い詰めているようだがね、もし『誰が悪いか』という話なら、それは親の私だ」

 

 いつまにか握り締めていた私の拳に、柳韻先生がそっと手を重ねてきた。

 

「もし私がもっと頭が良く、束の良き理解者だったら――。もし私にもっと人脈が有り、束がISを広める為の力になれたら――。きっとこんなことにならなかっただろう」

 

 柳韻先生が悔しそうにそう呟く。

 待ってください柳韻先生。

 なぜ先生がそんな顔するんですか?

 

「そもそもだ。本気で束のことを思うなら、束の知能の高さを知った時にアメリカにでも引っ越すべきだったのだ」

「アメリカですか?」

「向こうならば束の様に知能の高い子供を集める施設などもある。つまりだ、束の知性の高さを理解しながらなんの手も取らなかった私が一番悪いのだよ」

 

 もしかしたら他の誰でもない、柳韻先生が一番今の状況を悔やんでるのかもしれない。

 こんな事を私が言うのは筋違いかも知れない。

 だけど――

 

「柳韻先生は何も間違っていません」

「千冬君?」

「私が一人で苦しんでた時、私に手を差し伸べてくれたのは柳韻先生です」

 

 柳韻先生が保護者として後ろ盾をしてくれたら、私は一夏を育ててこれた。

 親の居ない私が学生をしながら働けたのも全ては柳韻先生のお陰――

 

「まず私はこうするべきでした」

 

 両手を床に付け、頭を下げる。

 

「柳韻先生。私は罪を犯しました。お世話になった柳韻先生の気持ちを裏切るような真似をしてしまい、申し訳ありません」

 

 束の為、一夏の為、未来を変えない為、言い訳は色々ある。

 だが、私がすべきことはまず謝る事――

 

「顔を上げなさい」

「――はい」

「千冬君……君と束がやった事は犯罪だ。人的被害がなかったが、やったことはテロ行為だ。決して許される事ではない」

「はい」

「だが束も千冬君もまだ子供だ――」

 

 ポンと、私の頭にまた柳韻先生の手が乗せられた。

 

「反省しているなら、悔やんでいるなら、これから挽回しなさい」

「これから……」

「そうだ。これから来るISの時代、表からは千冬君が、そして裏から束が作って行く時代だ。

私に負い目を感じていると言うのなら、私が『彼女は私の弟子なのだ』と誇れる様に尽力して欲しい」

「――それが罰になるのですか?」

 

 今、私は罰せられたいと心から望んでいる。

 しかし柳韻先生の口から出た言葉は、言い方は悪いが非常にヌルいものだった。

 少なくとも篠ノ之家に対して不義理を行った私に対しては優しすぎる。

 

「ISを使ったスポーツが始まるらしいね? ISを使ったオリンピックの様なものだと聞いたのだが」

「ご存知でしたか」

 

 質問の答えの変わりに出てきたのは、モンド・グロッソの事だった。

 今はまだ表に出てきてない情報だ。

 私は神一郎に聞いていたから知識として知っているが。

 

「束の親として気を使ってもらっていてな。IS関連の情報は万が一どこかに漏れても問題無い範囲なら――という条件で少しだけ流して貰えている」

 

 研究機関への面接の時には何も言われなかったが、既にモンド・グロッソの開催は決まっているようだ。 

 

「束に競技内容なんかも聞いているかね?」

「えぇ、まぁ」

 

 頭を下げた直後に嘘を付くのは流石に堪えるが、神一郎から聞きましたとは言えないのでしょうがない――。

 “すみません柳韻先生”と、心の中で頭を下げる。

  

「ISの兵器としての開発を誤魔化す様な物ばかりだ。まったく、アレでは束も辟易するのもしょうがない」

 

 兵器開発を誤魔化す為の茶番……は言い過ぎかも知れないが、間違ってはいないはずだ。

 知恵が有る人間なら、兵器開発を誤魔化す為のイベントだと考えるだろう。

 だが、『そうは思っても、声を大にして反対する人間は少ないでしょうね。危惧する事は多々あれど、ISの戦う姿はロマンが溢れすぎですから』とは神一郎の談だ。

 まぁ束も悪いんだがな。

 アイツはIS本来の使い方、宇宙開発以外で使われるのは渋るクセに、ISが注目されるのは嫌ではないのだ。

 その所為で、モンド・グロッソは競技を謳いながら物騒な内容になってしまった。

 

「ISに乗って戦う代表選手をその内選ぶらしいが、千冬君、その大会に出るつもりは?」

「あります」

「ふむ……。千冬君なら優勝候補筆頭だろう。だが千冬君、君は私の言った“罰”の事を少し甘く見ているようだね」

 

 そう言って柳韻先生が目を細めた。

 甘く見ている?

 私は束以外に負ける気がしない。

 それは“見下し”ではなく“自信”だ。

 少ない私の人生経験だが、今まで私と競えるのは束しかいなかった。

 それは柳韻先生もご存知のはず――

 

「これから君は多くの人間に注目されるだろう――。君は常に求められるはずだ。『正しい人間の姿勢』を」

「正しい……人間」

「君は日本人にとって憧れでなくてはならない。誰も彼もが君に理想を押し付けるだろう『自分達の理想の代表像』を」

「まるで私がIS操縦者の日本代表に選ばれ、大会で優勝することが決まってる様な言い方ですね」

「君は絶対に勝たなくてはならない。それも責任の一つだ」

 

 私の責任。

 もし代表選考から落ちたり、モンド・グロッソで負けてしまえば、それはISの行く末を他人に任せるということ――

 白騎士事件を起こし、ISを広めた一人として私は絶対に日本代表に選ばれ、そして優勝しなければならないと言うことか。

  

「君は負けられない。周囲に弛んだ姿も見せられない。どうだ? 罰としてはかなり厳しいと思うのだが?」

 

 言われてみれば確かに厳しい内容だ。

 私は一生ISから離れられない。

 そして、この胸の中にある柳韻先生や雪子さんへの罪悪感を抱えたまま生きていかなければならない――

 

「謹んでお受けしま「更にだ……。ISに関わる人生を歩くと言うことは束と一生関わると言うことだ」――しま――」

 

 束と一生?

 思わず言葉が詰まる。

 

 ――――目に浮かぶのは、満面の笑みで私に向かって親指を立てる束の姿……。   

 

「おっと、私とした事が人の話を遮ってしまうとは――。それで千冬君、束のそばに千冬君が居てくれるなら親としてありがたいんだが、どうかね?」

 

 柳韻先生の顔を何一つ変わらない――

 だがどうしてだろう。

 今の先生が笑っている様に見える。

 

「謹んで……お受けします……」

 

 今更嫌だとは言えない。

 もしかして、私から言質取りました?

 いやいやいや。

 真面目な先生に限ってそんな事するはず……。

 

「うむ、束を一人にするのは色々と心配だったが、千冬君が一緒なら心強い。もし束が暴走しそうになったら、その時は手綱を握ってくれ」

 

 これも罰の一つなんだ。

 そう思う様にしよう――

 

「さて、長くなってしまったな。今日は話を聞かせてくれてありがとう」

「待ってください」

「うん?」

 

 話を終わらせ、腰を上げようとする柳韻先生を呼び止める。

 まだ私には聞きたい事があったからだ。

 それを聞かなけれ私は――

 

「柳韻先生、最後に一つだけ聞かせてください。先生は私や束に対して怒りや憎しみはないのですか?」

「怒り……か」

 

 柳韻先生が上げようとしていた腰を下ろし、困った様に笑った。

 

「最初は怒りはあった。ミサイルを撃ち落とす君を見た時、『バカ娘とバカ弟子め!』と心の中で思ったのは事実だ」

「……大変ご迷惑お掛けしました」

 

 何度目か分からない謝罪。

 私って奴は本当にダメだな。

 

「白騎士事件の後、束や千冬君を問い詰めようにも、私は束の親として色々と引っ張りだこでな。そんな時間は作れなかった」

「……本当にご迷惑お掛けしました」

「いや、今は良かったと思っている。束に会う前に考える時間が作れたからね」

「そうなのですか?」

「白騎士事件の直後、感情のままに束を叱りつけていたら、私と束の溝は修復不可能なくらい酷くなっていただろう」

 

 束は柳韻先生を軽視している。

 だが積極的に害をなす気はない。

 少なくとも、柳韻先生を敵とは思っていないのだ。

 だがもし、白騎士事件の直後に束を怒り感情をぶつけていたら……。

 確かに時間が空いて良かった。

 

「私が会った人間は政府や研究所、企業と様々だった。だが話しの内容は同じだ。『束との仲を取り持って欲しい』とね。私は訪ねた『ISをどの様に使うのですか?』と」

「それは……」

「相手も流石に『次世代の兵器として活用したい』などとバカ正直には言わなかったが、言葉の裏に本当の気持ちが透けて見えたよ」

「それで柳韻先生はどう思ったのですか?」

「なに、束からISは宇宙開発の為の物だと聞いていたのでね、様々な機関、企業との話を終えた私の心にあったのは、“束への哀れみ”だった」

 

 哀れみ――

 そうか、柳韻先生は娘が作ったものが正当に評価されず悲しんだのか。

 

「束がやった事は犯罪だ。なぜあの様な事をしたんだと怒りもある。だがそれ以上に、私は娘の夢が蔑ろにされた事がただ悲しかった」

 

 親として怒るべきか、悲しみべきかの葛藤があったのだろう。

 私には先生の気持ち――親の気持ちは理解できない。

 いつか柳韻先生と同じ悩みを持つときが来るのだろうか?  

 

「それで色々考えたが、束の好きにやらせることにした。今更道徳だの問いたところで束は反発するだけだろうし、かと言って私が力になれる事もないからな」

「――束を信じると言うことですか?」

「それは違う。親がこんな事を言うのは間違っていると思うが、私は束を信じられない」

 

 私の気持ちは真っ向から否定された。

 おかしいな。

 こんな場面では『親として束を信じている』とかの流れではないのか?

 いやまぁ束を信じないのは正解だと思うが――

 

「なにもそんなに難しい話ではない。子供に好きにさせる。道を踏み外したら親として責任を取る。世間一般、世の親御さん達がやっている当たり前のことをしようと思っただけだ」

「……まさか柳韻先生……」

 

 責任――

 つまりそういう事なんだろうか?

 

「そんなに怖い顔をしないでくれ千冬君。なにも『束を殺して私も死ぬ』などと言うつもりはない」

 

 柳韻先生に指摘され、自分の眉が寄っている事に気付く。

 私は眉間を揉みながら安堵した。

 もし柳韻先生と束が殺し合いになったら私は――

 

「まぁそんな事態にならないと言い切れないがな」

 

 ……はい?

 

「一言で責任の取り方と言っても様々だ。罪は消せないと言う人もいる。神によって許されると言う人もいる。司法国家では罰金の支払いで償ったことになる場合もある。私が親として束の命を奪う事になるかどうかは、束のやらかし度次第だ」

 

 問題は私が束より弱いと言うことだな。と付け足して、柳韻先生が豪快に笑う。

 先生は覚悟しているんだ。

 万が一の場合は自分が手を汚すと。

 その覚悟をした上で娘の好きにさせようと――

 親か……。

 羨ましいものだ。

 

「それにだ。もし何も問題が起きなければ、考え様によっては保護プログラムは悪くない」

「何かメリットでもあるんですか?」

「束が何も問題を起こさなければ、保護プログラムなど日本各地を見て回るただの旅行ではないか。娘に孝行されていると思えば……うむ、悪くない。保護プログラムの予算は恐らく税金だろうから、そこだけは多少の後ろめたさはあるが、束がもたらした国益を考えれば、予算全て束が稼いだお金だと思っていいだろう。む? 千冬君も関係者だから、これは二人からの孝行か。ありがとう千冬君」

 

 そう言って柳韻先生は私に軽く頭を下げた。

 

 ――なぜか私がお礼を言われてしまった。

 ただの旅行? 孝行? 私と束からの?

 柳韻先生は本気で言ってるだろうか?

 確かに何も問題が起きなければそう言っていいだろうが、そんなのんびりした話ではないだろう……。

 少なくてもそんなことは柳韻先生も承知のはず。

 もしかして先生は、最悪を想定して覚悟をし、最良を想像して楽しんでいるのだろうか?

 ――これが“大人”か。

 

「ふっ――ふふ」

「何か面白い事でもあったかね?」

「いえ、失礼しました」

 

 思わず漏れてしまった笑い声を必死に押さえる。

 柳韻先生はそんな私を穏やかな顔で見つめていた。

 先生、約束します。

 束が無茶をしそうになったら私が必ず止めます。

 口には出さない。

 束の耳がどこにあるか分からないからだ。

 柳韻先生の為に束を止めるなどど聞けば、アイツは絶対にロクでもない行動を起こすに決まっている。

 

「千冬君」

「はい」

 

 柳韻先生が顔を引き締め真面目な表情を作る。

 それに釣られ私も佇まいを正す。

 

「私が一番心配しているのは箒のことだ。箒の問題だけはどうしようもない。一応、定期的な電話や文通が出来ないか国の人間に打診してみるつもりだが、恐らく断られるだろう」

 

 互の居場所が漏れないようにするための処置、と言えば聞こえは良いが、恐らく本音は箒を孤立させたいのだろう。

 箒自らが束捕獲の為に、国に協力するよう仕向ける為に――

 

「箒のことを束はなにか言っていたかね?」

 

 箒のことは神一郎に任せてある。などとは言えないか。

 

「はい、詳しくは聞いてませんが策は有るようです」

 

 束もなにかしら動くようだったし、間違ってはないだろう。

 

「そうか、それを聞けて安心したよ」

 

 柳韻先生が軽く息を吐いた。

 束に『ISを捨てて夢を諦め、悪目立ちする才能を封印して大人しく生きろ』とは言えず、かと言って『束の夢に為に平凡な日常を諦めてくれ』なんて箒には言えない。

 柳韻先生は二人の間で苦悩してたのだろう。

 

「私はこれから出かけなくてならないので失礼するよ」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 道場から出て行く柳韻先生の背中が見えなくなるまで、私は頭を下げ続けた。

 

◇◇ ◇◇

 

 

 柳韻先生を見送った後、私は神一郎との約束を守る為、私服に着替え箒に部屋に向かっていた。

 箒の部屋の前はで、雪子さんが困った顔をしながら立ち尽くしている。

 

「雪子さん、箒は?」

「千冬ちゃん、お話し終わったのね。箒ちゃんは部屋よ。呼びかけてるんだけど、出てきてくれないの。無理矢理入るのもどうかと思って、箒ちゃんが落ち着くの待ってたのよ」

「そうですか――。私が代わっても?」

「ならお願いしようかしら。私よりも千冬ちゃんの方が箒ちゃんも色々吐き出せると思うし。ダメね私、結局束ちゃんの力にも、箒ちゃんの力にもなれないなんて……」

 

 雪子さんの顔に寂しさと悔しさが滲む。

 堅物で一言足りないことが多い柳韻先生、問題児の束、子供の箒――

 私が言うのは筋違いかもと思うが、雪子さんはこのクセの強い一家の縁の下の力持ち……一種のまとめ役をよくやっていると思う。

 

「雪子さん、お茶の準備をお願いしてもいいですか?」

「お茶?」

「えぇ、後で箒を連れて行きますので待っていてください」

「――それじゃあ美味しい和菓子も一緒に準備しておくわね」

 

 雪子さんがにっこりと笑いながらドアの前から離れ、居間の方に戻って行った。

 さて、ここからが私の出番だ――

 

「箒、聞こえてるな?」

「――――」

 

 私の呼び掛けに返事はない。

 ただ、微かにすすり泣きが聞こえる。

 

「週末に一夏と遊園地に行くつもりだが、お前も来るか?」

 

 まず軽いジャブで様子を見る。

 

「――って言うんですか?」

「ん?」

「今更一夏と仲良くなって何になるって言うんですか!?」

 

 箒の叫び声を聞いて心が軋む。

 私が悲しむのも後悔するのも後だ。

 落ち着いて考えろ、こんな場合どうすればいい? 例えばそう、神一郎なら――

 

「お前は一夏と遊ぶ事に意味がないと言うのか?」

「意味? 意味ですか? そんなのありません! 私はもう少しでここから去るんですよ!? 一夏と会うなんて……そんなの辛いだけじゃないですか!!」

「ここで何もしなければ、お前はただの過去の存在になるぞ? それでも良いのか?」

「そんなの……だってどうすれば……。私は……」

「箒、お前は一夏が好きなんだよな?」

「……はい」

「だが、今はただの友達だ。保護プログラムを受ける以上、仮に付き合う事になっても遠距離恋愛さえ許されない」

「…………グス」

「なぜお前が保護を受けるのか……。それはお前が子供だからだ。もっと大きくなり力を付けた時、その時に一夏に告白でもなんでもすればいい」

「恋愛は大人になってからにしろとでも? 一夏がどれくらいモテるか知らないんですか? どうせ一夏の隣には……」

「将来一夏の隣には自分の知らない女が立っているかも知れないか――。なるほどな、で、それがどうした?」

「どうしたって……だから……」

「そんなのはな……寝取ってしまえばいいんだッ!!」

 

 ガスッ!(何かがぶつかる音)

 ドサッ!(何かが落ちる音)

 ガンッ!(何かが硬い物にぶつかる音)

 

「ななな何を言ってるんですか千冬さん!?」

「ん? 出てきたか。どうした箒、まるでテーブルを蹴っ飛ばして上に乗ったものを散らかしたうえ、ドアに頭をぶつけた様な顔をして」

「全部当たってます!」

 

 どうりで箒の額が赤くなっていると思った。

 涙目なのは悲しみだけじゃなくて足をぶつけたからか。

 

「それで遊園地はどうする? 行くか?」

「待ってください。ちょっと考えが――」

 

 わたわたと箒にしては珍しく取り乱した姿を見せる。

 寝取りの一言が悪かったのだろうか?

 

「あの、千冬さん。寝取れって……その……」

「そのままの意味だ。一夏に女がいたら、寝取って自分のモノにしてしまえと」

「千冬さんは良いんですか? それは許されないことでは……」

 

 確かに常識で考えれば推奨される事ではない。

 いやそれよりも、仮に一夏に彼女がいて、箒に誘惑されたからといって彼女と別れたら、私は姉としてかなりがっかりする。

 女としてもそんな軽い男で良いのかと思うが、本人達が納得するなら構わないだろう。

 修羅場になるかもしれないが、それは一夏の問題だ。

 姉の出番ではない。

 

「私は別に構わん。ヤリたければヤレ」

「ふあっ!?」

 

 箒の額だけではなく、顔全体が赤く染まる。

 これは箒が喜んでると思っていいのだろうか? だとしたら恋愛ドラマを見る様にしといて良かった。

 

「箒、それで遊園地はどうする? ホテルの予約を取りたいから早めに返事が欲しいんだが」「ホテル?」

「千葉の……ネズミーランド? ネバーランド? だかに行こうかと思っていてな。あぁ言っておくが流石に二人きりは無理だ。三人で泊まることになるが」

「三人? あの姉さんは仕方ないとして、神一郎さんは?」

「アイツは今この町に居ない。私用で地元に帰っている」

「そうなんですか? そんな話は一度も――」

 

 この嘘もどうせその内バレるだろう。

 のけ者にしてすまないな箒。

 

「箒、週末は泊りがけで遊園地だ」

「はい」

「その次は動物園だ。もちろん水族館にも行くぞ」

「はい」

「――大丈夫か?」

「平気です」

「ならなぜ泣く?」

「……へ?」

 

 ぽろぽろと箒の目から涙が落ちる。

 

「ち、違うんです、これは……その、楽しみ過ぎて……嬉し泣きで……」

 

 箒の涙は止まらない。

 私は箒の体を抱き締めた。

 

「箒、今は泣いてもいい」

「はい……今だけです。私かこれから一夏と一緒に遊園地に行って、動物園や水族館にも行くんですから悲しいことなんて……ひっぐ……」

 

 箒の体をさらに強く抱き締める。

 箒の涙の原因を作った私がこうやって慰めるとは――

 あぁ……本当に嫌になる。

 だが逃げる訳にはいかない。

 

「姉さん……一夏……」

 

 一度流れ出した涙は堰を切った様に溢れ出した。

 箒は自分の口を私のお腹に当てて泣いた。

 叫び声が少しでも漏れない様に――

 




千冬×柳韻って難しいの(;_;)
千冬さんがなんだかんだで全てゲロる話でした。

お気付きだろうか?(ナレーション風)
作者はシリアスにしようとするが、作者自身がシリアスに耐えれず、空気を柔らかくしているのを!

クリスマス後日談は二日で書いたのに、これ2ヶ月ですよ奥さんwww
シリアスをきっちり書く作者さんを尊敬した。

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