俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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ギャグに走りました。



深夜の病室にて

 ゲームの世界ではよく会うが、リアルでは滅多に会わない友人からメールが来た。

 『久しぶりに飲まない?』と言うものだった。

 『仕事が忙しくて無理。人が辞めて人手不足なんだよ』なんて適当な事を言って誤魔化した。

 有給なんてとっくに使い切ってるのに――

 

 小学生の時からの付き合いがある親友からメールが来た。

 『部屋片付けといたぞ。約束通りパソコンの中身はハードディスクに写して貰って行くからな。お前が死んだらこれが形見かよwww』なんて馬鹿な事を言ってきた。

 それに俺は『俺が死ぬまで中身見るなよ? お前等に性癖バレとか病気が治っても自殺もんだwww』と返して、最後に『死んだら俺の骨は撒いてくれ。第一候補は摩周湖。第二候補は屈斜路湖な。無理そうだったら太平洋でヨロ』とメールを送った。

 

 

 生きるか死ぬか五分五分。

 そんな状態だったから、俺は親友と呼べる3人の友人以外に入院してる事は教えなかった。

 もちろん親にも―― 

 だってどんな顔をすれば分からないから。

 苦しんでる姿なんて見せたくない。

 泣き顔なんて見せたくない。

 死んでたまるかと歯を食いしばってる姿なんか見せたくない。

 親不孝かもと思ったが、親だってわざわざ子供の死に目なんて見たくないだろう結論付け、結局親には言わなかった。

 

 病気が進行した。

 ネガティブになりそうだったので、ひたすら楽しいことを考えた。

 保険が下りるのでお金はある。

 もろもろの必要経費を払っても手元にそこそこの金額が残りそうだ。

 病気が治ったら何をしよう?

 

 まずエロゲだな。

 入院中に楽しみにしてたエロゲが発売されたのでそれをやろう。

 朝はマックデリバリー、昼は店屋物の出前、夜はピザ。

 気の済むまで引きこもって積みゲー消化とか楽しそうだ。

 そして強制的に禁酒禁煙させられたのでそれの復活だな。

 久方ぶりの酒とタバコはさぞ美味だろう。

 それから――うん、旅に出よう。

 場所はそうだな、敢えて日本だ。

 バイク、車は止めておこう。

 ここはのんびり自転車で。

 自転車は……ロードレーサー?

 いや、俺は旅好きではあるが自転車好きではでない。

 うん十万掛けて買うのはもったいない。

 ――ふむ、ママチャリだな。

 青春を求める学生の様に、ママチャリで日本一周しよう。

 テントと釣竿、携帯ガスボンベとパソコン。それらを積み込んで日本一周とか最高だな。

 アニソンを聞きながらペダルを漕ぎ、星空の下でゲームとかもうね――

 ギャルゲーやエロゲーは星や旅を題材にした作品が良いな……やはり風来記しかないだろう。

 旅をしながら風雨来記とか贅沢すぎるな。

 そして、夜は名産品をツマミに地酒を飲んでまったりと。

 関西や九州、四国方面には行った事がないからワクワクが止まらないな。

 あっちで有名な酒のツマミになりそうなのはなんだろう?

 ――あれ? 関西の魚って何が有名なんだっけ?

 静岡なら桜エビやしらすなんだけど、その先の海って何が美味いんだ?

 四国まで行けば、鯛にカツオアワビ、色々有名なんだが――

 あぁそうだ――大阪ならカレイや車エビにハモだった。

 

 …………俺、なんでそんこと知ってるんだろ?

 一度も行ったことないのに――ない?

 いや、俺は知っている。

 だって食べたから。

 大阪の市場で、海鮮丼食べて……あぁそうだ、その後は高知でカツオの叩きを食べたんだ。

 なんで俺は行ったことないのに食べたなんて思ってるんだ?

 えっと……そうだ。束さんにISを貰ったから行ったんだ。

 あぁ……これは夢か。

 

 

 

 

 

 夢を夢と認識出来た瞬間目を覚ました。

 目に映るのは見慣れた――病院の天井?

 

「っ!?」

 

 慌てて飛び起き自分の手を見る。

 右手は小さい子供の手、左手は包帯が巻かれギブスが付けられていた。

 あまりにも見慣れた風景だったため、IS世界の出来事は夢だった? なんて思ってしまった。

 軽く深呼吸して気分を落ち着かせ、頭を動かす。

 薄暗い部屋の中、目を凝らして左手を見ると二人掛けソファーとテーブルが置いてあった。

 その奥にはドアがある。

 ドアの手前左手に扉があるので、恐らくそこはトイレかシャワー室――ユニットバスかもしれない。 

 どうやら広さ8畳程の個人部屋みたいだ。

 

 そんなことを考えながら、視線を右手に向けると――

 

「……」

 

 目を見開いて俺を見つめる束さんと目が合った。 

 

 

 プニ

 

 手を伸ばして頬を触る。

 柔らかい。

 

 ムニ

 

 鼻の穴に指を突っ込む。

 

 スパンッ!

 

 頭を叩かれた。

 痛い……。

 痛みがあるってことは、夢ではないのか――

 痛みといえば、今更だが体中痛い。

 ズキズキヒリヒリした痛みが全身に有り、左手は熱を持っている。

 切り傷擦り傷はもう少し減らすべきだったな。

 寝汗の所為で痛みが酷い。

 愚痴ってもしょうない事だけど――

 

「おはようしー君。悪い夢でも見た? 目を開けたと思ったら飛び起きるんだもん、ビックリしたよ」

 

 束さんが椅子に座ったまま、心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「見慣れた病院の天井だったので、あれ? もしかして束さんとの出会いは夢だった? なんて思ってしまいました」

「――私はここにいるよ?」

「そうですね」

 

 束さんの笑みがなんだかくすぐったく、誤魔化すように頭を枕に戻した。

 窓から風が入り込み、束さんの髪が揺れる。

 ――束さんは美少女だ。

 出会った頃に見れたあどけなさが消え始め、大人の顔付きになってきているが、まだ子供の名残を残しているため非常に愛らしい。

 そこは流石に認めよう。

 だが、だがだ……。

 ウサ耳、どうにかならんかね?

 コスプレとは日常に非日常を生み出すモノだ。

 ここは病室、時刻は窓の外を見るに深夜、ケガをしている少年と美少女。

 今のこの空間自体が非日常と言ってもいいだろう。

 だからこそ、ウサ耳が凄い浮いている。

 

「??」

 

 俺が何も言わないで見つめていると、束さんが不思議そうに首を傾げた。

 可愛い……が! ウサ耳が、ウサ耳が邪魔すぎる!

 もっと他にあるじゃん? 

 個人的にはセーラー服とかオススメです!

 

「束さん」

「うん?」

「そのウサ耳引っこ抜いていい?」

「唐突なパワハラ宣言!? 急に黙ったと思ったらいきなりなにさ!?」

「いや、ちょっと邪魔なんで、そのウサ耳取ってセーラー服に着替えてください」

「私の個性全否定!? いくらしー君の頼みでもそれは聞けない!」

 

 束さんが両手でウサ耳を守りながら俺から距離を取った。

 そこまでいやなのか……。

 残念だ。

 

「ま、束さんのウサ耳を引っこ抜くのはまた今度にして、一つ聞きたいんですが――」

「今度も何もそんな機会ないよ! それで何を聞きたいの?」

「――なんでここにいるの?」

 

 一通りボケて、寝起きの頭が回転し始めた俺の疑問はそれだ。

 もしかして千冬さんがミスって俺に重症を負わせたとか、目が覚めなくてアレから三ヶ月経っているとか、そういった事情が――

 

「箒ちゃんの件が解決するまで日本に居ようと思ってさ、でも暇だったから――」

「……ちなみに、今って何時です?」

「深夜2時だよ。半日ぶりだねしー君」

 

 おかしいな……。

 あの時、俺と束さんと千冬さんは感動的な別れをしたはずだ。

 個人的には『2年後に! シャボンディ諸島で!!』くらいの別れだったと思っている。

 それがなんで半日ぶりに――

 

「束さん、俺達って結構感動的な別れしたと思うんだけど……」

「ん? それってしー君とちーちゃんの話でしょ?」

「え?」

「思い出してみなよ」

 

 あの時は確か―― 

 

 『では“またな”神一郎』

 『えぇ、“また”です千冬さん』

 

 と、千冬さんと別れたのは覚えている。

 束さんとは――

 

「あれ? それらしい挨拶してない?」

 

 よくよく思い出してみれば、束さんに“別れの挨拶”を言ってなかったな。

 

「そうなんだよ。しー君は別れの挨拶的なことを私には言わなかった! してそれすなわち! それはしー君が私と別れたくないという気持ちがそうさせたんだと解釈したのさ!」

 

 束さんが頬を染め、まいったなもーとか言いながら体をクネクネさせている。

 ――この馬鹿は何を言ってるのだろう?

 

「いやでも、それっぽい感じの空気でしたよね? “俺達、もう気軽に会えなくなるな”って空気が充満してましたよね?」

「へ? 空気?? 私が空気を読むのはミサイルとロケットを撃つときだけだよ?」

 

 なんでリアルの空気は読めて雰囲気は読めないんですかねぇ?

 てか半日前は読めてたじゃん!

 

「うふり」

 

 俺が睨むと、その視線を束さんが含み笑いで向かい打った。

 もしや一杯食わされた?

 

「んふふ、ごめんしー君。もちろん嘘だよ」

「束さんや、嘘なら嘘で問題なんだけど?」

 

 本気で俺の夢を邪魔しに来た訳じゃないよね?

 可能性としては……あ、やり過ぎた説があるな。

 俺も強制保護プログラムが適用されるとかあるかも――

 

「そんな訳でお邪魔します」

 

 もぞもぞろ束さんが布団に入って来た。

 は? なんぞ?

 

「ちょっ!? なにして! いっ!?」

 

 止める間もなく布団に入り込んた束さんを俺の右腕を抱き抱える。

 柔らかな感触がスバラ! そしてキズが痛いっ!

 

「ねえねえしー君」

「……なんでせう?」

「気持ち良い?」

「……はい」

 

 横を見れば束さんの顔が目の前にある為、俺は天井を見ながら答えた。

 現在、俺の右腕はふにっとした幸せを感じております。

 

「ねえねえしー君」

「……なんでせう?」

「痛い?」

「……もちろん」

 

 さっきから、束さんが俺の体をまさぐっている。

 束さんの指が、体にできた傷口をなぞる様に動き回っている。

 胸板を女の子に撫でられるのは非常にエロティックですが、爪で傷口を刺激するのは止めてください。

 幸せと不幸のダブルパンチ――

 なにこれぇ?

 

「さてと、それじゃあ――」

 

 束さんが俺の手を掴み動かす。

 このすべすべやわらかな感触は!?

 

「どうかな? 束さんの太ももの感触は?」

 

 束さんが顔を寄せ、俺の耳元でそんなことを囁いた。

 やばい、マジで意味が分からない……。

 助けて千冬さん!

 

「ほら、すべすべでしょ? しー君の為にお風呂に入ってから来たんだよ?」

 

 むっちりすべすべ――

 俺はおっぱい星人の自覚はあったが、なるほど、太ももも良いものだ。

 それにさっきから良い匂いが――

 あ、ダメだこれ。

 匂いや感触を意識したら一気に持っていかれる! 目を閉じ、鼻ではなく口呼吸で誘惑に耐えろ俺!

 

「手を動かして良いんだよ?」

 

 束さんの息が耳にかかる。

 

「強情だねしー君は。もう少し……よっと」

 

 ――負けるな上腕二頭筋! 柔らかな感触に包まれようと負けるな!

 

「さらに、すーりすり」

 

 束さんが俺の腕を無理矢理動かして、自分の太ももに俺の手を擦りつける。

 

 勘違いしてはいけない。

 これは束さん流の誘いとか、そう言ったモノではないのだ。

 だって……束さんの指先が思いっきり手の甲の傷口を抉ってるからね! 

 上から無理矢理押すもんだから気持いやら痛いやら!

 

「良いよしー君。鼻の下は伸びたと思ったら次の瞬間には苦痛に歪む……。これこそが私の求めていた絵!」

「もう帰れよお前――ッ!」

 

 やだもう泣きそう。

 なんで俺こんな目にあってるの?

 

「ふっふっふっ。まあ困惑しちゃうよね。説明してあげるからさ、目を開けてよしー君」

「……変なことしない?」

「それは誘ってるのかな?(じゅるり)」

「誘ってねーよ!」

 

 お尻がゾクリとしたので、身の危険を回避する為に目を開けた。

 

「(ニコニコ)」

 

 俺の視界は笑顔の束さんでいっぱいだった。

 楽しそうで何よりです。

 

「で、このセクハラ&パワハラはなに?」

「まあまあ。そんなに怒らないでよ(ふよふよ)」

「胸を押し当てた程度で誤魔化せるとおも痛ッ!?」

 

 痛みで言葉が止まった。

 こいつ手の甲のキズに爪を差し込みやがった!?

 思わず睨む俺を見て、束さんの笑みがますます深くなる。

 

「ちなみにしー君のキズの抉り具合は、しー君の右手の力の入れ具合に比例しています。束さんの太ももに触る力が強いほど痛い思いをするから気をつけてね?」

 

 ……悪気はなかったんです。束さんのおぱーいにビックリして、つい力が入っただけなんです本当です。

 ……俺は誰に言い訳してるんだろう?

 

「束さん、急展開すぎて着いて行けないのでぜひともご説明を」

「あのね、しー君やちーちゃんと別れた後、私は一人で国内に作った秘密基地に居ました」

「ほう」

「念願の自由、やりたい事も作りたい物も沢山ありました」

「ほうほう」

「でもね、全然集中できなくて、私はそれらにまったく手が付けられませんでした」

「ほうほうほう」

「理由は分かるよね?」

「いえまったく」

「箒ちゃんの顔がチラつくんだよ! 何かしようと思っても、常に箒ちゃんの悲しそうな顔が脳裏に浮かぶんだよしー君!」

「分かった。分かったから落ち着け! やめ――ギャァァァ!?」

 

 束さん泣きながら抱きつて来た。

 強く抱きしめられてキズが開く!?

 ついでに束さんの爪が傷口に刺さっている!?

 

「お願いだから離れて束さん!」

「しー君は傷心の私に優しくしようと思わないの!? もっと慰めろ!」

 

 命令形とは随分余裕じゃないかこのヤロウ!

 だがやってやんよ!

 その巨乳に感謝しろ!

 

 ――泣いた女の子ってどう慰めれば良いんだう?

 ――力を貸してくれ俺のエロゲ脳!

 

「よ~しよしよし」

 

 脳内選択肢には『頭を撫でる』しか出てこなかった。

 使えねーなエロゲ主人公!

 てか俺の脳内って何時でもこれしか選択肢ない気がする……。

 

「えへへ~」

 

 意外と喜んだ。

 流石はエロゲ主人公!

 

「よしよし」

「ん~♪」

 

 取り敢えず頭を撫で続ける。

 俺にはこれ以外の選択肢はありません。

 

「それで束さん」

「ん~?」

 

 束さんは気持ちよさそうに目を細め油断している様に見える。

 今なら行けるか?

 

「なんで俺に絡んできたの? 絵がどうのこうの言ってたけど」

「それはね~。箒ちゃんの悲しい顔を思い出さない様に、しー君の楽しい顔とか見ようと思ったからだよ~」

「楽しい顔?」

「私の色気にドギマギするしー君。私にキズを抉られて苦痛に歪んだ顔をするしー君。ご馳走様でした~」

「それは千冬さんじゃダメなの?」

「昨日の今日でちーちゃんに合うわけにはいかないじゃん。その点しー君は気楽に会えるし、そもそもちーちゃんに粗相したら殺されるし」

「そっか~」

「そうだよ~」

 

 ただのストレス発散だこれ。

 

「む? しー君手が止まってるよ?」

 

 そっかそっか、ストレス発散か――

 窓が開いているのはそこから侵入したからか、へー。

 束さんを撫でるのを止め、ほっぺに手を添える。

 

「束さん」

「うん?」

「俺の立場を理解してんのかコラッ!」

「あだだだっ!?」

 

 ほっぺたを思いっきり抓る。

 

「なんの為にあんな茶番したか分かってるの?」

「もげるっ! しー君もげちゃうよ!?」

 

 引っ張り、捻り、揉み込む。

 今回はそう簡単には許さんぞ。

 

「いひゃい! いひゃいよ!」

「相変わらずのもちもち具合ですね。俺、前から束さんのほっぺたを食いちぎりたいと思ってたんです」

「食われる!?」

 

 束さんが泣きながらイヤイヤするので、しょうがないか手を離してあげる。

 まったくもう――

 

「オラ出てけ!」

「にゃ!?」

 

 束さんの体の向きを変え、お尻を蹴っ飛ばしてベッドからたたき出す。

 動いたり力を入れるとキズが痛いが、ここ根性で我慢だ。

 ドサリと音がして束さんがベッドから落ちた。

 

「あいたっ!? もうしー君てば激しすぎ」

「今回は流石に悪ふざけが過ぎませんか?」

「悪いと思ったからサービスしてあげたのに……。さあしー君、布団を持ち上げて、空いてるスペースをぽんぽんと叩きながら誘ってみよ? 色々サービスしてあげるよ?」

「――でも触ったら俺の傷口を抉るんでしょう?」

「それはもちろん」

「一応……一応確認しますが、恥ずかしくないんですか? 俺に触れられても平気なんですか?」

「やだなーしー君。しー君は犬や猫に触るとき性別考えるの? 考えないでしょ? つまりそう言うことだよ」

 

 へー。

 その理論なら触り放題ってことだな?

 

「そしてじゃれてくる程度なら許すけど、オス犬が腰振って飛びかかって来たら躾も当然だよね?」

 

 自分でちょっとくらい体を当てるのはセーフだけど、性的目的のタッチはNGだと――

 まぁ理解はできる感情だ。

 男友達が何気なく触ってきても気にしないが、そいつがテント張ってたら俺でも殴り飛ばす。

 多少の痛みは甘んじるべきなのか……。

 くっ! 心が揺れる!

 

「束さん、もう少し罰なんとかならない?」

 

 それならオッケーなんだけど。

 流石に生傷に爪が刺さるのは痛すぎる。

 

「甘いぜしー君。罪には罰を、幸運には不幸を。私の太ももがそんなに安いとでも?」

 

 束さんがスカートをちょっとだけ持ち上げてポーズをとる。

 くっ! 艶めかしい!?

 対価の値下げ交渉は無理か。

 ならば――

 

「このキズ、束さんにやられたんだけど……」

 

 悲しい顔を作りつつ、上目使い。

 情に訴えればどうだ?

 

「はっ! しー君への罪悪感なんてちーちゃんの一言で消え去ったよ」

 

 束さんは俺の努力を嘲笑う様に鼻で笑った。

 よく分からないが、千冬さんが余計な事を言ったのは理解できた。

 

「束さんさ、そんなにドSだったっけ? 自分の体をエサにしてまで俺のキズ抉りたいの?」

「しー君はもっと私の心を理解してくれてると思ったのに……。あのねしー君、私は本当はしー君のお尻をぶっ叩きたいと思ってるんだよ! だけど無闇に叩くのは良くないと思ったからサービスしてるのさ!」

「……もう黙ってください」

「更に本音を言うなら、出来れば今すぐにでもちーちゃんにお尻をぶっ叩かれたいんだよ!」

「だから黙れよもう……」

 

 束さんの自信満々なセリフを聞いてゲンナリする。

 変態は生きるの楽しそうだな~。

 てか俺に対して警護や監視役居ないの?

 そろそろ助けてくないかな?

 

「しー君、その顔は『誰か助けに来いよ』って顔だね?」

 

 バレバレかよ。

 

「自分で言うのもなんですが、俺って重要参考人では?」

「そうだね。護衛ならドアの外、廊下にいるよ?」

「室内にいないのかよ……」

 

 プライベートを考慮して離れてくれてるのかな?

 おいこら公務員、守るべき一般人がピンチですよ!

 

「まぁ病室に居ないのはしょうがないよ」

「そうなんですか?」

「そもそも護衛って部屋に危険人物入れたら時点で負けだからね? 例えばこの病院なら、第一防衛ラインは敷地だね。その次に建物の出入り口。その二点を突破されないように人を配置してるんだよ」

「お偉いさんの隣にいる黒服は?」

 

 テレビなんかで国の代表の隣に並んでるのを見るが――

 

「あんなの肉壁しかやることないじゃん? しかも昔ならいざ知らず、最近は携帯型のロケランとかあるし、ほぼ意味ないよね」

「俺の護衛? の人達ってどこにいるんですか?」

「まずは敷地をグルッと囲むように配置されてるね。不審者や不審車が入らないように。5人だけだけど」

「5人!?」

 

 え? 俺安すぎない?

 

「そして入口や非常口、病院の各出入口にいるね。4人」

「4人!?」

「そして、万が一に備え部屋の前に1人」

 

 俺の護衛は10人だけか……。

 ぞろぞろと病室に居られても嫌だけど、それはそれで寂しいな。

 

「人員の多くは私の捜索に駆り出されてるからね。上も下もバタバタしてるから人手が全然足りてないんだよ」

 

 そりゃ束さんに比べたら俺の価値なんて低いのはしょうがないな。

 どちらかといえば俺には話を聞きたいだけだろうし。

 一応護衛を付けてるけど、それは他国の人間やスパイなんかが俺に近づけないようにする為かな?

 束さんの情報を自分達で独占したいんだろう。

 

「束さん、ちょっとタバコ買ってきてくれない?」

 

 どっと疲れたので頭を枕に戻す。

 もちろん束さんは布団に入れません。

 

「あれ? しー君てタバコ吸うの? そんな素振り見た事ないけど」

「生前、入院する時に強制禁煙を命じられまして。生まれ変わったら体内のニコチンが消えたせいか、吸いたい欲求が無くなったのでそのまま禁煙してました」

 

 タバコは百害あって辛うじて一利有り。

 禁煙できるならするに越したことはない。

 冷静に計算すると、タバコ代は年間10万以上だし。

 せっかく体がタバコを忘れてるなら、無理に思い出さなくてもいい。

 ただ今は、生前を思い出したせいで無性に吸いたい気分なだけだ。

 

「ふーん、意外……でもないか。でも残念だけどしー君、束さんは未成年なのさ」

 

 都合がいい時だけ未成年主張しやがって。

 まぁいい。

 今は煙より水だ。

 さっきから寝起きの体が水を欲しているのだよ。 

 

「束さん、ならそこの水を取ってください」

 

 ベットの横の机の上に置いてある物体に視線を合わせながらそうお願いする。

 中身が入っていると嬉しんだが――

 

「水? 水なんてどこにも……。あ、この急須?」

 

 ……最近の若い子は吸い飲みも知らんのか。

 急須で通じるからツッコミはしないけども――

 

「それです。中身入ってます?」

「うん、入ってるみたい」

 

 束さんが吸い飲みを軽く揺らし中身を確認してくれた。

 誰が用意してくれたかは分からないが、ありがたい。

 

「これなんなの?」

「それは病気やケガをした人が、寝たまま水を飲む為に作られた物です」

「ほうほう、それは便利だね。こんな感じ?」

 

 束さんが吸い飲みの先端を俺の口元の持ってくる。

 

「くれぐれもゆっくりお願いしますね?」

「はーい」

 

 先端を口に咥えると、束さんが吸い飲みを軽く傾けた。

 冷えいない生ぬるい水が口の中に入ってくる。

 寝起きの体には最高の一口だ。

 

「ふぅ。ありがとうございます」

 

 お礼を言って口を離す。

 さて、人心地付いたところで本題に入ろうか。

 

「それで束さん、本当の目的は?」

「ふぇ?」

「なにか大事な用があるんだよね?」

 

 空気を読まないと有名な束さんでも今の俺の状況は理解しているはずだ。

 もしこの密会が他者に見られ、篠ノ之束関係者として監視されることになったら、冗談抜きで俺は怒る。

 束さんもそれくらいは分かっているはずだ。

 

「ねえしー君」

「なんです?」

 

 束さんの顔から笑みが消え、真面目なものに変わった。

 やはりなにか重大な話が――

 

「国の連中がしー君の家の中を知らべてたよ?」

 

 束さんがニヤリと笑いながら話題を変えた。

 束さんがなぜ笑っているのかは分からないが、その辺は予想してたので、危ない物はすでに避難済みだ。

 だからどうした以外の答えはない。

 

「私が仕掛けた隠しカメラも全部潰されちゃったんだよね」

 

 それは黒服グッジョブだな。

 

「でさ、私は本当にしー君を見直しちゃったんだよ」

「何がです?」

「潔癖な自分をアピールするんじゃなくて、わざとそれらしい場所に物を隠すなんて、しー君らしいなぁと思ってね」

 

 ……なんでこう、見れられたくない場面に限って見られてるのかな?

 俺ってちゃんと首輪取れてるんだよね?

 

「しー君のベットの下に隠してあったエロ本を見つけた国の人間は苦笑い。ついでにそれを見ていた私も苦笑い」

「やめてくださいお願いします!」

 

 だってさ、年頃の男の子がエロ本の一冊も持ってないのは変だろ?

 リアリティ―を追求した結果、隠しておこうと思ったんだよ!

 

「寝室の隠しカメラが見つかる前にエロ本が見つかったからね、あの時の国の人間のポカン顔と言ったらもう――」

 

 束さんが今にもプギャーと言いながら笑い出しそうだった。

 見つかること前提で隠した物だから、国の人間にバレても恥ずかしくはないが、束さんにバレるのは話しが別だ。

 くっそ恥ずかしい。

 

「それで束さん、もう用はないですよね? 用がないなら帰れば?」

「話題を変えたい気持ちは分かるけど言い方が冷たすぎる!?」

 

 いやだって本当の気持ちだし。

 そしてさっきから、窓から入ってくる冷たい風でキズがヒリヒリするので閉めろと言いたい。

 

「てかさ、話しがあるのはしー君じゃないの?」

「俺ですか?」

「そうだよ。ちーちゃんが居ると言いづらいのかなと思って、こうしてわざわざ来たんだよ? もちろん私のストレス発散目的は否定しなけど」

 

 はて?

 俺が束さんに?

 心当たりはない。

 う~ん、束さんは何かを勘違いしてるっぽいな。

 

「俺は別に話しなんてないですよ?」

「ふむむ、それじゃあ言い方変えようか。しー君は私に“頼みたいこと”があるんじゃないかな?」

 

 頼みたいこと――

 それは確かにある。

 しかし、束さんは忙しいと思い言わずにいたことだ。

 まさかそれを察して来てくれたのか?

 帰れなんて言ってごめんね。

 

「束さん。お願いしても良いですか?」

「もちろんだよ。私はその為に此処に来たんだから」

 

 束さんが不敵に笑った。

 やばい。

 束さんの笑顔が頼もしすぎる。

 たんに暇潰しの材料が欲しいだけじゃね? なんて邪推してしまう自分の汚さが憎い!

 素直に甘えさせてもらいます!

 

「実は流々武なんですが……」

「え?」

「なにか?」

「えっと、取り敢えず話しをどーぞ」

 

 流々武の名前を聞いて束さんが驚いた表情をした。

 その反応が気にはなるが、話しを進める。

 

「前々から流々武に新しい機能が欲しいと思ってまして」

「新機能? しー君がそんなこと言うのは珍しいね。――想定と違う話しだけど、ちょっと興味出てきたよ」

「何か言いました?」

「んーん、なんにも。ささっ、続きを」

「それでですね。考えたんですが、ISで旅に出るのに一番の問題はISのエネルギーだと思うんですよ」

「流々武はエネルギー効率の面は良くないからね。ステルス使うと更にエネルギーの減りは早くなるし」

「そこで考えたんですよ。流々武のあの真っ黒なボディ……それを使うのはどうかと」

「と言うと?」

「太陽光発電ってどうでしょう?」

「う~ん。それはちょっと……」

「無理ですか?」

「無理ではないけど……、あのねしー君。それって結構無駄が多いんだよ。ISは電気で動いている訳じゃないから、電気をISのエネルギーに変換しないといけないし」

「でもそれなら旅先でエネルギー切れとかにはならないですよね?」

「言っても微々たるものだよ? それにただでさ薄い流々武の装甲が更に脆くなっちゃうよ?」

「俺に防御力って必要ですか?」

「……いらないね。了解だよしー君。その願い、叶えてしんぜよう!」

「さすが束さん! 略してさつたば!」

「その呼び方は成金みたいで嫌かも! でも賞賛は素直に受け取るよ!」

 

 ISに新機能なんて、今の忙しい束さんに頼むのはどうかと思ったが、意外と快く引き受けてくれた。

 これで旅がだいぶ楽になるな。

 人気のない湖畔で、釣り糸を垂らしつつラノベ片手に寝転び、その横では流々武が俺と同じポーズで寝転んでいる――

 実に素晴らしい!

 

「しー君、他にお願いはないの?」

「特にないですね」

 

 後々なにか欲しくなるかも知れないが、その辺は実際に旅に出てみないと分からないだろう。

 今は旅先でのエネルギーの心配がなくなるだけで十分だ。

 

「そうなんだ……」

 

 個人的には大満足なんだが、なぜか束さんは消沈気味だ。

 さっきの笑顔はどこに行った?

 

「なんで不満げなんです?」

「えっと……その……うー」

 

 束さんが俺をチラチラと見ながら唇を尖らせる。

 俺が頼み事をしないのが不満?

 いや、違うか。

 もしかして――

 

「束さん」

「っ!? なにかな!?」

 

 声を掛けると、束さんの顔がパァと明るくなった。

 

「そろそろ寝るんで帰ってください。もう俺から話すことはないので」

「うぇっ!? ちょっと待とうよしー君!? あれだよ? あんまり寝ると……」

「寝ると?」

「……背が伸びるよ?」

「良い事じゃないですか?」

「……じゃなくてその……」

 

 束さんが口ごもりながらなんとか会話を続けようとする。

 なるほど、だいたい狙いが分かった。

 束さんは恐らく、箒やこれからの事が心配で落ち着かないのだ。

 束さん夢に向かって一歩足を進めた。

 しかし、箒との別れなどがあり心中は穏やかでない――

 人間は辛い時や悲しい時に、誰かと一緒に居たいと思うのは普通のことだ。

 うん、密会がバレたら事だが、束さんに甘えられてると思えば悪くない。

 流々武のお礼も兼ねて、多少のリスクは目を瞑ろう。

 

「束さん、できれば素直に甘えられた方が嬉しいのですが?」

「そうなの?」

「甘甘でお願いします。束さんの女子力を見せてみろ!」

「よっしゃあ!」

 

 気合一発、束さんは椅子から立ち上がり身を屈めた。

 そして俺の手をキュッと握る。

 

「お願いしー君。1人は寂しいの……朝までお話ししよ?」

「しょうがないなぁ~もぅ~」

 

 きっと俺の顔はデレデレだろう。

 だがそれを恥とは思わない。

 素直な束さんは可愛いのだから。

 これが笑顔で色仕掛けしてきて、人の傷口を物理的に抉る人間なんだから、女って怖いなぁとも思うけど――

 

「では束さん、話題プリーズ。俺は特にこれといって楽しい話もないので」

「そう? それじゃあ……あ、そうだ。しー君てさ、なんで私に親と仲良くしろって言わないの?」

「なぜその話題をチョイスした?」

 

 こんな深夜にその話題とか、夜の教育番組みたいだな。

 もっと楽しいこと話さない?

 

「しー君、人間って1人でいると、色々嫌なことを考えちゃうんだよ」

 

 束さんがしんみりと語りだした。

 なにこの思春期の乙女?

 

「例えばさ、私と箒ちゃんが離れ離れになる原因を作ったのが父親って生き物なら、私は絶対に許さない。だからこう思ったんだよ――私が箒ちゃんを思う気持ちと、箒ちゃんが父親を思う気持ちが同じ位の大きさなら、箒ちゃんは私を許さないんじゃないかなって……」

「それがさっきの話に継るんですか?」

「だからさ、なんとか父親って生き物を懐柔して、箒ちゃんとの間の……緩衝材? 継なぎ役? にならないかなって……」

 

 なにやら物憂げに語ってらっしゃるが、内容が酷い。

 流石に柳韻先生が可哀想なんだが――

 でも理由はどうあれ、歩み寄る気が有るなら良い機会かも?

 判断が難しいな。

 全国のお父さんにお聞きします。

 打算的な理由があれど、娘に近づきたいですか?

 それとも、そんな親子関係いらないですか?

 まだググる先生が一般化してないから気楽に聞くこともできない―― 

 なんて不便な世の中なんだ!

 

「しー君、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「洗脳と催眠と脅迫どれがいいかな?」

 

 おざなりな返事をしたのは悪かった.

 だけどちと待とうか。

 こっちの考えがまとまるまで待ってくれ。

 

「束さん、なんで俺が柳韻先生の事で何も言わなかった知りたいんですよね?」

 

 取り敢えず、適当な会話で時間稼ぎしようか。

 

「そうそう、正直意外なんだよね。しー君がその辺何も言わないの」

 

 ぶっちゃけ他所の家庭事情とか首突っ込むのは色々と度胸がいるし、強いて言うならめんどくさいし――

 なんて言ったら、会話が速攻で終わって柳韻先生がピンチだな。

 

「ちょっと長くなるけど良いですか?」

「長話はドンと来いだよ」

「それならお言葉に甘えて――」

 

 自分の過去を話すのは恥ずかしいが、これも柳韻先生の為。

 前世の夢を見たってのもあるが、たまには過去を語るのも良いだろう――

 

「俺はね、別に親子は仲良くなくても良いと思ってるんですよ」

「へ?」

 

 束さんがキョトンとして目を見開いた。

 意外と思われてるならなにより。

 少なくても外道キャラと認識されてなくて良かった。

 

「束さんに問題です。『他人』って誰のことを言うでしょう?」

「『他人』? ん~とね。私から見たら、ちーちゃん、いっくん、箒ちゃん、しー君以外の人間だね」

 

 束さんを俺の意図が読めないのか、首を傾げながらも答えてくれた。

 

「この場合、父親や叔母も他人以外に含めるべきなのかな? それが一般的でしょ?」

「いえ、無理に含めなくても大丈夫です。『他人』は『自分以外の人間』って意味もあるので」

「へ~」

「今から話すのはあくまで俺の自論ですからね? 全部鵜呑みにしないでくださいよ?」

「はい先生!」

 

 束さんが右手を高く上げて元気よく返事をした。

 ノリの良い束さんの返事を聞いて少し気分がノって来たよ。

 まだギリギリ高校生なんだから学生服着てくれないか? 

 ――無理か。

 

「俺の自論、それは『親と子とはいえ他人なんだから無理して仲良くしなくてもいいじゃない』です」

「親と仲良くしなくて良いの?」

 

 おや?

 心なし束さんの目が輝いて見える。

 千冬さんによく怒られてた束さんには珍しい意見なんだろう。

 

「だって他人ですよ? 趣味も嗜好も性格も合わない他人と仲良くできます?」

「それは無理だね!」

 

 創作物では、熱血系主人公とクール系ライバルが仲良さげにしてたりするけど、アレは共通の敵がいたりする事で成立するのでノーカンだ。

 現実ではまず無理だろう。

 

 有名大学在学、テニス部部長、彼女有り、肉体経験有り、休日はサークル、夜はクラブ、テレビは見ないしゲームに微塵も興味がないA君。

 

 アニメーション専門学校在学、サークルなし、彼女なし、童貞、休日は家から出ない、夜に深夜アニメを見ながら2ちゃんへの書き込みが趣味なB君。

 

 この二人が友達になることがあるだろうか?

 二人で新宿やアキバに買い物に行くだろうか?

 俺はないと思っている。

 実際、自分の交友関係を思い出してみても、友人と言える人間には何かしらの共通点があるからだ。

 それは酒好きだったり、ゲーム好きだったりと色々だが、少なくても趣味や性格が微塵も合わない奴はいない。

 柳韻先生と束さんはまさに水と油。

 仲良くなる要素がないのだ。

 例外として、性格も趣味も合わないけど、一緒に居ても苦痛ではない、所謂『気の合う仲』ってのがあるが、これはもう都市伝説ではと疑うほどのレア度だ。

 

「束さんと柳韻先生は何か共通の趣味とかないですよね?」

「ないね。昔は剣道とかやらされたけど、今も昔も好きでもなんでもないし」

「ならまぁ、仲良くないのは理解できますね」

「だよね! ちーちゃんは色々と言うけどさ、ぶっちゃけアイツと話してても何一つ楽しくないんだもん!」

 

 理解者ができて嬉しいのか、束さんが満足そうに笑う。

 それに対して酷い奴とは思わない。  

 忘れていけないのは、束さんはまだ高校生、子供ということだ。

 学生はある程度付き合う人間を自分で選べる。

 隣の席の人間と肌が合わなければ話さなければいいし、後ろの席の人間と話す内容がなければ話さなくていい。

 もちろん例外もあるが、学校に通う子供にとって、多くの同級生は“友達”ではなく、用があれば会話をする“クラスメイト”の範囲だろう。

 相手に好意や興味があるならともかく、気が合わない相手と無理に友達になろうなんて思わないのが普通なのだから。

  

「俺はね、子が親を憎んでるとか、親のDVが激しいとか、そんなのがなければ仲良くしろと騒ぐ気はないんですよ」

 

 子供が親を軽視するのも、子供ならしょうがない事だ。

 お金を稼ぐ大変さや、子育ての大変さを知らないのだから――

 親子仲が悪くても、子供が社会に出て自分でお金を稼ぎ自分の家族を持つようになれば、自然と親に感謝するようになるから、そんなに騒ぐことではないと俺は思っている。

 あくまでも“普通の家族”ならの話だけど――

 

「なるほど、しー君的には親と子が憎しみあってなければいいんだね」

「無理して仲良くしようとすると、余計に関係が拗れることがありますから」

 

 反抗期に入った子供に対し、共通の趣味を持たない親は会話を探して、『学校はどうだ?』や『勉強したのか?』などと言って地雷を踏み抜く話はよく聞くだろう。

 気が合わないならまだいい。

 無理に近付こうとして、嫌悪以上の感情が生まれる原因を作る方がマズイ。

 だから俺は、束さんと柳韻先生の間に入る気はないのだ。

 

「うんうん。しー君は話しが分かってくれるから楽だよ。ちーちゃんなんかはいつもアイツの味方だし」

 

 思い出してムカついたのか、束さんのほっぺがぷっくりと膨らむ。

 話しが分かるというか、こういった内容は過去に散々語り合ったというか――

 反抗期終わりの時期ってさ、そう言った語り合い友達とやるよね?

 俺もよく友達と“親ウザイ派”と“親好き派”に別れて口論したもんだ。

 

「千冬さんと柳韻先生は相性が良いですからね。千冬さんからみたら『なんで束は柳韻先生と仲良くできないんだ?』って気持ちでしょうし」

「ぐぎぎっ――ちーちゃんに庇われるとか生意気な! やっぱり仲良くできる気がしないよ! ちょっと痛い目に合ってもらおうかな?」

 

 やめてあげて!?

 ただでさえ柳韻先生に迷惑かけっぱなしなんだよ!?

 これ以上柳韻先生に酷い事しないで!

 なんだこれ? いつの間にか俺の両肩に柳韻先生の未来がかかってるんだが……。

 

「束さんはさ、柳韻先生に育ててもらった恩とかは感じてないの?」

 

 思い出してごらん?

 昔は柳韻先生とお風呂に入ったりしただろ?

 

「借り? 借りなら返したよ?」

「と言うと?」

「白騎士作るときに自分で資金作ったからね。その時に稼いだ分の余りから、私の教育費分なんかをもろもろ父親って生き物の口座に入れたよ?」

 

 誇るでもなく、束さんは極めて普通の表情でそう言った。

 だよね―?

 束さんがいつまでも『育てもらった恩』を返さないでほっとかないよね?

 なんてめんどくさい子供なんだ!

 ただ親に甘えてる子供ならもっと言える事があるんだが……。             

 

「束さん、柳韻先生のお陰で箒が産まれたんだよ? それに対しての恩は?」

「む……。そのことを言われてると……」

 

 束さんが唇を尖らせてそっぽを向く。

 危なかった。

 かなり失礼な事を言ったと思うが、我ながらファインプレーだ。

 それにしても柳韻先生か……。

 子育て経験の無い俺が束さんを諭すってのが間違ってるよな?

 そういったのは親の仕事だと思うんだよ……。

 

「ねえ束さん」

「うん?」

 

 俺の脳裏にとある考えが浮かんだ。

 上手く行けば、篠ノ之家の家庭環境が改善され、束さんも千冬さんや箒に見直される絶妙な一手が――

 その為にはまず、束さんの意識調査が必要だ。

 

「束さんってさ、なんで柳韻先生と仲良くしないの?」

「は? 今更何言ってるの?」

 

 束さんの目が細まる。

 まぁ落ち着けよ。

 

「だってさ、柳韻先生と仲良くすれば、千冬さんや箒が喜ぶのは理解してるでしょ? なのになんでかなって――」

「それは……」

 

 束さんが腕を組んだまま黙り込む。

 実は結構前から気になっていたんだよね。

 束さんは遊ぶ時、好きな人間だけで固まって遊びたい派だ。

 それは俺も理解できる。

 俺だって遊ぶ時、友人が俺がまったく知らない人間、それも非ヲタをアキバに連れてきたらイラっとする。

 気軽にメロンやタイガーホールに行けないじゃないかと憤る。

 だが、その友人がちょっと気のある女友達なら話は変わる。

 その子に気に入られたくて、『アキバ初めて? ラジオ会館でフィギュアでも見てみる?』程度の気遣いを相手に見せるだろう。

 だからこそ、いくら怒られても態度を崩さないのが疑問なのだ。

 

「ねえしー君。ボランティアってした事ある?」

 

 暫しの沈黙の後、束さんがやっと口を開いた。

 それにしてもボランティアとな?

 

「それって学校行事を含んでですか?」

「私生活だけで」

「それは……ないですね」

「ボランティアってさ、やればみんなから褒めれるし喜ばれるのに、なんでしー君はしないの?」

 

 なんでって言われてもな……。

 平日仕事で週末は疲れきってそんな余裕ないし、むしろ休みが少なくてやりたい事が溜まってるし。

 なんて言い訳は望んでいないよね?

 

「めんどいから」

「だよねっ!?」

「イタッ!?」

 

 束さんが満面の笑みで俺の手を握ってきた。

 だから痛いって言ってるでしょうが!?

 そしてテンション高いなおい。

 

「私だってちーちゃんが喜ぶだろうなってことは理解はしてるんだよ!? でもさ、ぶっちゃけめんどくさいんだよ!」

 

 親との付き合いがボランティア――

 柳韻先生はよく今まで束さんを敵に回すことなく生活できたな。

 そこは凄く尊敬する。

 

「別にさ、仲良くしないとちーちゃんに嫌われるって言うなら私も頑張るよ? でも父親って生き物と仲良くしなくても問題ないじゃん!?」

「分かった! 束さんの考えは理解した! だから俺の右手を離すんだ!」

「おっと、ごめんよしー君」

 

 束さんが慌てて手を離した。

 手を握られたせいで、傷口から血がぷっくりと浮き出てているじゃないかまったく。

 しかしボランティアとは――

 意外と俺の策は上手くいきそうだな。 

 

「束さんの考えを理解したところで、一つ提案があるんですが――」

「なんかめどくさそうな予感が……私そろそろ帰るね?」

 

 束さんは嫌な予感でもしたのか、立ち上がり窓に向かおうとする。

 はは、ここで逃すとでも?

 

「待てい」

 

 背を向けたことによりひるがえったスカートに手を伸ばす。

 

「ちょっ!? スカート掴まないで!」

「座りなさい」

「うぐ……」

「座れ」

「はい……」

 

 少し語尾を強めたら大人しく座ってくれた。

 良い子だ。

 まぁ語尾と同時にスカートを引っ張る力も強めたんだけどね。

 

「束さん。束さんは柳韻先生に対してどれくらいの時間使えます?」

「やっぱりめんどくさい話だった……」

 

 束さんがゲンナリとした顔でため息を吐いた。

 

「さっきは親と仲良くしなくてもいいって言ってたのに――」

 

 束さんがぶつぶつと文句を言いながら唇を尖らせる。

 

「束さん、文句は俺の話を聞いてからにしてください」

「むう……じゃあ聞くだけ聞くよ」

「年に一回、五分だけ柳韻先生に会えば、千冬さんに褒められるかもしれないし、箒との仲直りがスムーズになるかもしれない案があるとしたらどうです?」

「年に一回五分?」

 

 束さん訝しげに俺の目を見る。

 さては信じてないな?

 

「ううむ、取り敢えず最後まで聞こうかな。アイツに合って私に何しろと?」

「柳韻先生と一緒にお酒を飲んでください」

「お酒を?」

「はい。さらに言うなら別に会話しなくて良いです。無言でも可」

「……ねえしー君。五分って言うけどさ、それ移動時間も考えたらもっと時間取られるよね?」

 

 細かいことはいいんだよっ! 

 何に悩んでるんだよお前は!?

 

「そうですね。移動時間を含めれば、取れられる時間は五分以上でした。残念ですが俺の案は忘れてください。ここで頑張れば『束は偉いな』って言いながら千冬さんが優しく頭を撫でてくれるかもしれませんが、束さんが五分以上柳韻先生に時間を使いたくないって言うならしょうがないですね。残念です。あぁそう言えば先日面白いマンガを見つけまして――」

「ちょ~っと待った!」

 

 露骨に話を終わらせ、会話を変えようとする俺に束さんが待ったをかけた。

 ほらおいで、美味しそうなエサだろ?

 

「しー君、今の話は本当?」

「面白いマンガのことですか?」

「じゃなくて! ちーちゃんに撫でてもらえるって話だよ!」

「もちろん」

「むむむ――」

 

 束さんが腕を組、口をへの字に曲げて悩み込む。

 そこまで判断が難しいかね?

 

「――いいよ。その案を受けよう。正直、私がアイツとお酒を飲んで何が変わるのかまったく理解できないけど、しー君を信じてみるよ」

 

 束さんがキリッとした顔でとても重大な選択肢を選んだ様な顔をしているが、とどのつまり『ちーちゃんに撫でてもらいたい!』って言ってるだけなんだよな~。

 

「で、具体的にどうすればいいの?」

「毎年一回……そうですね、束さんの誕生日の夜に柳韻先生とお酒を飲んでください」

「なんで私の誕生日なの?」

「毎年やるなら覚えやすい目印かなと」

「え~? なんで誕生日にわざわざ……」

「文句言わない。別に誕生日に予定あるわけじゃないでしょうに」

「しー君、私は別に自分の誕生日とかどうでもいいけど、だからってわざわざそんな日に会うとかめんどくさいんだけど?」

 

 柳韻先生より自分がめんどくさい性格をしてるって気付いてくれないかな?

 それなら――

 

「なら束さんの誕生日当日は、俺の家か国内のどこかで美味しい物でも食べましょう。その帰りに柳韻先生の所へ行く。それならどうです?」

「ほう、悪くないね」

 

 束さんの脳内で天秤が揺れてるのが分かる。

 咄嗟だったとはいえ意外と良い案だったかも。

 “柳韻先生に会うために日本へ行く”では、束さんのモチベーションが持たないかもしれないが、“誕生日を祝われたついでに柳韻先生に会う”なら早々に投げ出したりしないだろう。

 

「じゃあ約束です。今度の束さんの誕生日は、俺と遊んでから柳韻先生に会う。いいですね?」

「うん」

 

 束さんが頷くのを見て安堵する。

 束さんと柳韻先生は趣味や性格がまったく合わない間柄だった。

 だが、最近になってそれは変わった。

 束さんがお酒を覚えたからだ。

 『柳韻先生と世界平和について語って来い』では束さんは嫌がるだろう。

 束さんは世界平和に興味がないからだ。

 だが最近覚えた束さんの嗜好品、お酒ならどうだ?

 少なくても『お酒を飲むのがめんどくさい』ってことはないはずだ。

 柳韻先生は束さんのことを嫌ってる様には見えない。

 今回の事件について怒ってるのか恨んでるのかも分からない。

 そして、赤の他人の俺がその辺の事情に首を突っ込むのはお門違いだ。

 ぶっちゃけあれだ、柳韻先生に丸投げしたとも言える。

 束さんを責めるなり説教するなりお好きにどーぞ。

 会話をしやすいように会う日を束さんに誕生日にしたから、『誕生日おめでとう束』の一言から頑張って話を広げてください! ってのが俺の作戦だ。

 束さんはまだ未成年だけど、大丈夫だろう……たぶん。 

 

 父親って娘とお酒を飲むのが夢だって言うし、悪くはないよね?

 

「柳韻先生の話はこれで解決ってことでいいですか?」

「うん。しー君を信じてアイツとお酒飲むよ。会話もしなくていいなら楽だし」

 

 言質取ったからな?

 当日すっぽかしたら罰ゲーム食らわせてやるからな?

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 柳韻先生の件が一応の解決……解決って言っていいのか自分でも疑問だが、解決したのはいいが、会話がピタリ止まってしまった。

 束さんも話題を探しているのか、落ち着きなく髪を触っている。

 俺も手慰みで骨折した左腕をギブスの上から触っていると、右手の甲の血が目に入った。

 

「あっ」

「んっ?」

 

 なんとなく手の甲の血を舐めると、束さんが声を上げた。

 

「忘れてた。しー君は『マゴットセラピー』って知ってる?」

「マゴットセラピーですか? いえ、知りませんね」

 

 聞いた事のない名前だ。

 セラピーというなら医療行為の類かな?

 

「えっとね、ウジを使った治療なんだけど」

「ウジ……? あぁ! あれですか!」

 

 ウジと言われて思い出した。

 昔テレビで見たな。

 確か、壊死した肉をウジに喰わせるヤツだ。

 なんでもキズの治りが早くなったりするとか――

 かなりうろ覚えだが。

 

「で、それがどうしたんです?」

「マゴットセラピーってさ、日本では珍しいけどしー君はどう思う? やってみたいと思う?」

「まぁ、安ければ」

 

 日本じゃ保険適応外だろそれ。

 やるなら高額になりそうだ。

 だが仮に、マゴットセラピーが保険適応してるなら俺はやってもいい。

 ウジを自分の体に這わせるのは嫌悪感があるが、酷い傷がそれで早く綺麗に治るなら……って感じだ。

 

「そっか! それは良かったよ!」

 

 ところでさ、束さんはなんでそんな話題を持ち出したの? なんでそんなに笑顔なの?

 この“体中キズだらけの俺”に対して……。

 まさか……だよね?

 だってさ、束さんがキズを治すならもっと楽な方法があるし、そもそも俺のキズが治ったら茶番の意味がないし……。

 

「え~とどこだったかな? しー君の為に作ったのにすっかり忘れてたよ。死んじゃってたらどうしよう――」

 

 束さんが胸元に手を突っ込みゴソゴソと漁っている。

 きっとお見舞い品のことだけよね?

 死んじゃうってのは、悪くなっちゃうってことだよね?

 束さんのオリジナル料理とか勘弁して欲しいんだけどアハハ――

 

「あったあった」

 

 束さんが手に持っていたのは、上と下で色の違うどこかで見たことのあるボールだった。

 どう見ても無機物なんだけど、それを食えと?

 

「ベトベター! 君に決めた!」

 

 ――は?

 

 束さんがボールを上に投げると、ボールが割れて中からナニカが出てきた。

 ボールは上空でスっと消え、出てきたそれは束さんの手の平にボヨンと落ちる。

 

 ベト…ベター……だと?

 

「束さん、それは?」

 

 俺が指差し先には、束さんの手の平の上で動いてるスライムっぽい物。

 束さんの手の指の隙間から、そのスライムの体? らしきものが重力に引っ張られ伸びている。

 だがそれが千切れるないことから、それが一つの塊だと分かる。

 

「これはね、マゴットセラピーから発想を受けて私が独自に作ったスライムだよ。その名も『ベトベター』!!」

 

 ベトベター つきからの エックスせんをあびた ヘドロが ベトベターにへんかした。きたないモノが だいこうぶつ。

 

 驚愕の真実、月のエックス線を自分で用意すればベトベターは作れる!?

 ってんなわけないやろ!

 

「驚いた? 驚いたよね。うんうん、しー君のその顔が見たかったよ」

 

 脳内で関西弁のツッコミをしている俺の顔見て、束さんが満足そうに笑っている。

 

「あの、それってどんな風に使うんです?」

「このベトベターには『死んでる物質だけを食べる機能』が備わってます。更に分泌液には軽い麻酔作用があります。やったねしー君! これでキズの治りも早くなるし、痛みが和らぐから安らかに眠れるよ!」

 

 人食いスライムじゃないですかヤダー

 

「束さん。俺のキズが治ったりしたら怪しまれるからさ、残念だけど――」

「しー君は今キズだらけだよね?」

「そうですが――」

 

 地面を転がりまくったりしたからな。

 胸や背中にもキズがある。

 

「今はまだ我慢できるほどの痛みかもしれない。だけどねしー君、想像してみて? 寝汗でグチュグチュになったキズ」

「……う」

「治りかけで痒みがあるキズ」

「……うぅ」

「そのうち膿が出てきて、痒いやら痛いやら、夜は満足に寝れず苦しい日々」

「……うぅぅ」

 

 やめてくれ――

 意識したら体中痒くなってきた。

 

「そんなしー君に、はいベトベター」

 

 束さんが意気揚々と謎の物体を高々に掲げる。

 気持ちは嬉しいよ?

 だからっといって、そんな怪しげな生き物に体を食われたくないです。

 

「気持ちだけ貰っておきま――」

「ま、逃がさないんだけどね」

「は? ちょっ!?」

 

 束さんがベトベターを手に持ったまま、ベットの上に乗ってきた。

 深夜の病室で美少女が騎乗位とかロマンがあるじゃないか――

 どちらかと言えばマウントポジションが近いけど……。

 

「しー君保有のエッチな本にさ、女の子がスライムに襲われるってやつがあるよね?」

 

 薄暗い部屋の中、束さんが俺を見下ろす。

 

「うへへ」

 

 頬を染め、それはもうエロい顔をしていた。

 

「しー君、分かってくれるよね?」

 

 そう言って、束さんは俺の胸板を指先でくすぐる。

 チラリと見える舌がとても蠱惑的だ。

 ワカラナイ。

 ぼくなにもわからないよ――

 

「女の子だって、スライムに襲われる男の子を見たいんだよ?」

 

 

 

 

 まさかのスライム姦!?

 

「待て! いったん落ち着こう!」

「しー君の為だから! これしー君の為だから!!」

「なんで急にそんな生き物けしかけてくるの!?」

「……しー君が血をペロッと舐めたの見たらムラっときたから」

「束さんは俺に性的興味ないよね!?」

「うん。私は別にしー君にそういった魅力は感じない。でもしー君が涙目でアヘアヘ言う姿は見たい。てかほら、私が相手するわけじゃないし?」

「だいたいなんでこんな物騒なもの作ったの!? 余裕が無いって言ってたよね!?」

「辛い現実から逃げる為に、昼間の仕返しにしー君をどんな目に合わせてやろうかと考えてたら、いつの間にか私の手の平の上にスライムが誕生してた!」

「くそったれ――ッ!」

 

 スライムを押し付けようとする束さんと、振り落とそうとする俺がベットの上で暴れる。

 ギシギシと音を立てるベット。

 しかしそこに色気はなく、なんかもう色々残念だった。 

 力で勝てるはずはない。

 束さんはまだこの駆け引きでさえ遊びだと思ってるはずだ。

 本気を出す前になんとかしないと――

 なにかないか?

 

 逆転の一手を求め周囲を見回す俺の目に、ある物が写った。

 いけるか?

 

「さあしー君。優しくしてあげるかね~。ベトベターが」

 

 束さんがスライムが乗った右手を徐々に近づけてくる。

 迷ってる時間はない!

 

「動くな!」

 

 俺は枕元にあった物を手に持ち、束さんに見せつける。

 これは、賭けだ――

 

「それはまさか……自爆スイッチ!?」

 

 束さんの目が、俺が手に持っているナースコールのスイッチに釘付けになった。

 人生で一度も病院にお世話になったことがなく、病院が舞台のテレビを見たことがない人間がナースコールの存在を知らなくても不思議はない。

 吸い飲みも知らない束さんだからあり得ると思ったが、まさか本当に知らないとは――

 

「くっ!?」

 

 束さんがベッドの上から飛び跳ねて距離を取った。

 ふはは、ナースコールって狙ってるんじゃないかってほど自爆スイッチぽいよね。

 

「なんで自爆機能なんて――」

「知らないんですか? 法律で安楽死が認められて、病院の全てのベッドに自爆スイッチが取り付けられたんですよ」

「まじで!? ちょっと政治家を見直したよ」

 

 信じた!?

 ここで引いてくれれないかな?

 

「まぁでも、スイッチを押す前に確保すれば――」

 

 束さんの視線が俺の右手に集中した。

 まだ諦めてないのか!?(ぽち)

 

 あ、つい反射で――

 

「…………」

「…………」

 

 俺と束さんが見つめ合う。

 

『はい、どうしました?』

 

 そして天からは白衣の天使の声。

 これもうしょうがないよね。

 自分の貞操がピンチなんだし――

 

「助けてください! 部屋に不審人物が!! 殺されッモガ!!!」

「ちょっと黙ろうかしー君!?」

 

 束さんが慌てて俺の口を塞いできた。

 遅いんだよ!

 

『え? 殺され? 病室の番号は……そんなっ!? 待っててください! 今人を――!!』

 

 はい待ってます!

 だから早く来てくださいな!

 

「ちっ! まさか自爆スイッチがブラフとは!」

「ふがが(それ信じたのかよ)」

 

 束さんが天井を忌々しそうに睨む。

 さて、俺も少し動かないとな。

 言い訳しておくが、悪いのは束さんだからね?

 あれだ、俺を追い詰めたお前が悪い的な感じだ。

 

 ――いただきます。

 

 空いてる右手で束さんのおっぱいを鷲掴みに……。

 

 ガシッ

 

 ……あれ?

 こっそりと束さんの胸に伸ばした俺の手は、がっしりと掴まれていた。

 

「甘いよ~?」

 

 天井から俺に視線を戻した束さんがニンマリと笑う。

 

「しー君、覚えておくといい――女の子は視線に敏感なんだよ?」

「女の子は自分の体をエサに傷口を物理的に抉ったりしねーよ」

「あん?」

「なんでもないです」

 

 一瞬目が怖かったです。

 

「で、この手はなんのつもりかにゃ~」

 

 ニマニマと、まるで獲物をいたぶる猫の様に束さん口が三日月状に歪む。

 

「いやほら、今から助けが来るし、束さんに襲われた感じを装うかなと……」

「ほ~う?」

 

 束さんがベッドの横に立ち、挑発的な顔で俺を見る。

 なんぞ?

 

 束さんがスカートをチラリと上げて見せる。

 

「太ももタッチ、腹にワンパン」

 

 今度はしなを作ってクビレを強調。

 

「お腹タッチ、傷口一箇所に爪を突き立てる」

 

 お次は腕を組み、胸をたゆんと揺らす。

 

「パイタッチ。しー君の玉を一つ潰します」

 

 最後にクルッと回ってポーズを決めた。

 

「お好きにどーぞ?」

 

 ――どーぞ言われてもな。

 玉とか怖いし……。

 いや、これってもしかしたらご褒美じゃないか?

 セクハラして楽しい。

 殴られて被害者のフリができる。

 損はないな。

 

 まずパイタッチは無理だ。

 非常に魅力的だが怖すぎる。

 その他もなぁ……。

 いかんせん反撃が地味なのに痛そうだ。

 ここは敢えて第三の選択、違う道を選ぶのもありだな。

 

「まずそのスライムをどかしてください」

「はーい。戻れベトベター!」

 

 束さんの手の中にボールが現れ、ぱかっと上部分が開いた。

 そしてその中にスライムをグイグイと押し込んでいく。

 そこはアナログなんだ。

 

「はい終わり」

 

 そう言って束さんがボールを閉じた。

 あの、スライムの体の一部がボールの隙間から飛び出てるんだけど? ハミ出た部分がピクピク動いてるんだけど?

 なんか可哀想だな――

 

「束さん、ベッドに腰掛けてくれませんか?」

 

 気を取り直して話を続ける。

 余計な事言ってまたスライムに襲われるのも嫌だし。

 

「いいよ?」

「どうもです」

 

 束さんをベッドに腰掛けさせ、自分はベッドを降りて束さんの前に立つ。

 

「この体制だと……まさかパイタッチ? しー君てばそんなに触りたいの? いやん」

 

 モジモジしてるとこ悪いがその気はない。

 そして足を激しく蹴り上げてるのはなに?

 まさか蹴り潰す練習か?

 笑顔で恐ろしいことを――

 

「束さん、ちょっと前かがみになってください」

「うん?」

 

 束さんが首を傾げながら前かがみになる。

 俺が触るのは、パイでもお腹でも太ももでもない。

 そう……背中だ!

 

「とう」

「うひゃ!?」

 

 前かがみになったことで生まれた隙間に手を突っ込む。

 俺の手が冷たかったのだろう、束さんがビクンと反応した。

 それにしても――

 

「すっごいスベスベですね」

 

 なにこれ新触感。

 

「ひゃう!? くすぐったいよしー君!」

「動いちゃダメですよ?」

「うぅ……」

 

 手を奥まで入れて、引き抜く。

 肩から背中の中央にゆっくりと撫でて行く。

 束さんの背中はスベスベしてて温かく、とても気持ちいい。

 ついでに、時折感じるブラの感触がなんとも言えず幸せです。

 

「しー君まだ触るの?」

「まだまだ」

 

 クセになる触り心地ってこういうのを言うんだろうな。

 

「束さんって普通じゃないですよね?」

「まぁ世間一般から見て普通ではないね」

「なら背中の皮膚剥がしても良いですか?」

「……ごめんしー君。私普通だった。だってしー君の考えが分かんないもん。え? なに? 私って今ピンチ?」

「束さんなら皮膚剥がしてもすぐ再生するんでしょ? 束さんの背中の皮膚で枕を作りたい。あ、安心してくだい。普通の枕なのでそんなに大きな面は剥ぎませんので」

「しー君が私のことをどう思ってるのか小一時間問い詰めたい!」

 

 束さんの背中の皮膚がざらつく。

 どうやら鳥肌が立ったみたいだ。

 そんなに俺の手が冷たいのかな?

 心の暖かな人間は手が冷たいって言うし、俺の手が冷たいのはしょうがないよね。

 

「う~。しー君……もうそろそろ……」

「名残惜しいですが仕方ないですね――」

 

 時間が限られてるからいつまでも触ってられないもんな。

 

「時間制限決めれば良かったよ……」

 

 束さんの顔が見えないが、恨めしそうな顔してるんだろうなってのは想像できる。

 いやだってこれヤバイぜ?

 なにこの肌?

 やめられない止まらないだよホント。

 

「最後にもうちょいだけ(スリスリ)」

「後5秒ね! 早くしないと私がヤル時間がなくなっちゃうから!」

「はいはい(スリスリ……ぷつん)」

 

 ――あれ?

 なにがが指に引っかかった。

 束さんの背中をまさぐってみると、さっきまであった感触がない――

 えっと、こんな場合はどうすれば……。

 あぁそうだ。

 ラブコメなら、ヒロインの服の中に手を突っ込んで抜くと、何故かブラジャーが手に握られてるよな。

 背中をまさぐってブラジャーの紐を探し、探し出した紐の先を握り引っ張ってみる。

 しかし何かに引っかかってる様で、ブラジャーが抜けない。

 ホント俺ってラブコメの才能ないよな。

 

「し~い~く~ん?」

 

 束さんが胸を押さえたまま立ち上がる。

 顔は真っ赤で頬が引きつっている。

 これは束さんおこですな。

 でもさ、事故だからノーカンだよね?

 

「束さん」

「うん?」

「手を引き抜いた瞬間、手にブラを持ってるなんてベタな展開してないだけ上等じゃない?」

「乙女のブラジャーを外して言い残すことはそれだけかな?」

「……ノーブラの貴女もステキです」

「ギルティ!」

 

 ですよね!

 個人的に精一杯褒めたつもりだけど無理か!

 

「背中の罰は決めてなかったね……。うん! ここはベトベターで!」

 

 復活のベトベター!?

 同じネタを繰り返すのは良くないよ!

 

「さらば!」

「逃がすか!」

「へぶっ!?」

 

 ベッドをジャンプ飛び越え逃げようとするも、足を掴まれ顔面から布団の上に落ちる。

 くそっ! ダメだったか!

 

「つっかまえたぁ~」

 

 束さんの俺の腹の上に乗り、両足で動けないように体を固定する。

 アカン!

 天使様はまだですか!?

 このままだと異種姦初体験ですよ!?

 

「しー君、さっきも言ったけどさ、ベトベターは『死んでる物』を食べるんだよ」

「それがなんです?」

「生きてると死んでるの違いってなんだと思う?」

「は?」

「例えばさ、排泄物ってベトベターから見たら『死んでる』認定なのかな? しー君はどう思う?」

 

 束さんの口が三日月を通り越して、耳まで裂けてる様に見えるのは目の錯覚だと信じたい。

 なに? スライムは積極的に俺の貞操狙ってくるって言いたいの?

 

 ナニソレコワイ

 

 恐らく束さんは流々武を持っているはず。

 遠隔操作で呼び出すか?

 だがそれだと万が一の時に言い訳できない。

 

「さぁしー君、体をキレイキレイしましょうね。なに、安心するといい。天井のシミを数えている間に終わるよ。あ、間違った。“ベトベターが終わらせるよ”だ」

 

 にっこりと笑う束さんから狂気を感じた。

 早く! 早く誰か来い!

 助けを求めてドアに目を向けると人影が見えた。

 まさか鍵でもかかってて入れないのか?

 そう思ったとき――

 

 ガンッ!

 

 ドアが蹴破られ人が現れた。

 

「そこまでだ!」

 

 部屋が薄暗くて良く見えないが、この声は聞いたことがある――

 

「篠ノ之博士! そこまでです!」

 

 間違いない。

 その声はグラサン! グラサンじゃないか!?

 ナイスタイミングだグラサン!

 

「動かないでください」 

 

 そう言ってグラサンが一歩踏み出す。

 それによって全身が現わになった。

 服はスーツ、両手で銃を持ち油断なく構えている。

 眼光は鋭く、かなりのイケメンで……。

 ん? イケメン?

 

「あん? 誰だよお前? 軽々しく呼ばないでくれるかな? それに束さんは研究所を辞めたからさ、博士呼びはやめてくれない?」

 

 束さんの顔から笑みが消え、黒服を鋭く睨む。

 どうもグラサンって気付いてないっぽいな。

 ところで束さんや。

 博士って職業じゃないから、研究所を辞める=博士じゃないは間違ってるよ?

 空気を呼んで口には出さないけど。

 

「助けてグラサン! 人食いスライムに喰われる!」

「なんだって!?」

 

 俺はグラサンに向かって手を伸ばし、必死に被害者をアピール。

 てか割と本気で助けて欲しいです!

 

「待ってろ佐藤君! 今すぐ助ける!」

「あ~ちょっと待って。お前、グラサン?」

 

 束さんが手にスライムを持ったまま首を傾げる。

 

「篠ノ之博士……まさか自分のこと分からないんですか?」

「や、だってグラサンしてないし」

「そうですか……」

 

 グラサンの肩がガクッと落ちる。

 これは可哀想だ。

 もしやと思ったが、まさか本当にサングラスだけで判断してたとは。

 

「まぁいいです。篠ノ之博士がそういう人物だと理解してますので。篠ノ之博士、お願いですから今すぐ戻って来て――ぐわっ!?」

「だから博士じゃないって言ってるじゃん。そしてグラサンモドキが束さんを語るな」

 

 グラサ~ン!?

 グラサンが入口横の個室(トイレ?)に向かって吹っ飛んだ。

 そしてグラサンが立っていた場所にいつに間にか束さんが立っている。

 グラサンの頭があった位置には束さんの足先――

 答えは一つしかないな。

 おいおいおい。

 まさか殺してないだろうな?

 束さんの蹴りを頭にくらうとか下手したら即死だぞ?

 

「ありゃ。やり過ぎたかな?」

 

 束さんがグラサンの様子を見に個室に入っていった。

 

「よし! 生きてる!」

 

 グラサンがどんな状況になってるのかここからは見えないが、無事だったようだ。

 ドンマイグラサン!

 

「さてと、騒がしくなりそうだしそろそろ行くね」

 

 個室から出てきた束さんがニッコリと笑う。

 あっはい。

 グラサンのことは忘れよう。

 アイツは良い奴だったよ。

 

「ここも騒がしくなると思うけど、その辺はしー君に任せた!」

「いい笑顔で面倒事押し付けるなよ……。それより束さん、最後にちょっとジャンプしてくれません?」

「こう?」

 

 束さんがぴょんとジャンプした。

 

 ゆさっ

 

 ナニカかがたゆんと揺れた。

 

 ふぅ……。

 

「ブラが外れてたこと忘れてたよこんにゃろー!」

「ぎゃふっ!?」

 

 束さんの凄い形相で飛びヒザ蹴りをカマしてきた。

 

「あが……」

 

 反射的に抑えた鼻からぽたぽたと血が垂れる。

 痛い……。

 鼻の骨まで折れてないだろうな?

 

「鼻血まで出しちゃって……。しー君のエロガッパ」

 

 束さんが胸を隠しながら俺を睨む。

 襲われた風を演出する為にケガしたいなと思ったけど、これはあんまりでないかい? 

 

「かあがはれふはに(軽いお茶目だったのに)」

「凄いよねしー君って、しー君が鼻血出してもちっとも罪悪感ないんだもん」

「ふみまへんでした」

 

 ここ最近のお約束、ただ殴るのは束さんが気まずかろうと、気を使ってセクハラしたんだが、束さんの反撃から容赦がなくなってきた。

 そろそろ自重しないと命に関わるな。

 

「じゃ、行くね?」

 

 束さんが窓枠に手を掛けながら振り返る。

 なんとも慌ただしくスッキリしない別れだが、しょうがないか。

 おっと、忘れるとこだった。

 

「“またね”束さん」

「――」

 

 せめて最後に一言と思い俺が声をかけるが、束さんは無言でスチャと手を上げ去ろうとする。

 おい待てや。

 

「束さん。ま・た・ね!」

「…………」

「無言で去ろうとしてるんじゃねーよ!」

 

 なんでそこまで頑なに返事しないの!?

 まさか近いうちにまた来るつもりじゃないだろうな? 

 

「しー君」

 

 俺の声に反応して束さんが振り返る。

 なぜだろう、目の奥に悲しみを感じる。

 

「鼻押さえたまま、なに格好つけてるの?」

「鼻が痛いんだよ!」

 

 もしかしてその視線は俺への哀れみなのか!?

 

「サラダバー!」

「あっ」

 

 束さんが身を投げる様に窓から飛び出した。

 これ絶対また来るつもりだろ――

 

 ――急げ! 篠ノ之博士を確保するんだ!!

 

 遠くから声が聞こえて来た。

 さてと、良い言い訳考えないとな。


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