俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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箒との対面が終わるまで書こうと思ったが、いつも話を切るタイミングを逃し長くなるので、2話構成にしてみました。


束と箒(上)

 

 俺が退院した時、篠ノ之家はまだ町にいた。

 引越しは末日。

 箒に会おうと思えば会えたが、俺は最後まで篠ノ之家の誰とも合わず別れの日を迎えた。

 会わなかった理由は色々とある。

 一つは千冬さんと仲違いしたように思わせる為。

 千冬さんに会いたくないから篠ノ之神社に近付かない。

 周囲にそう思わせたいのが狙いだ。

 もう一つは俺の骨折。

 こんな腕では一緒に遊べないし、きっと一夏と箒に二人に気を使わせるだろう。

 そして一番の理由は、箒と一夏の邪魔をしたくないからだ。

 そんなこんなで、俺は今日という日まで大人しく過ごしていた。

 で、今日はなんの日かというと、束さんが箒に会いに行く日だ。

 保護プログラム適用から数日。

 心細い思いをしてる箒を慰めようとなった訳だ。

 しかし俺には箒に会う前にやる事があった。

 それは――

 

 入院中の俺の恥ずかしい姿を録画している可能性がある束さんを問い詰め、更に電話の後ろにいた人物について聞き出すギャグルート。

 

 箒と会う前のナイーブな束さんを気遣うシリアスルート。

 

 二つのルートの内、どちらのルートを選ぶかということだ。

 ギャルゲかよと思われるかもしれないが、これは非常に重大な案件なのだ。

 まず、束さんが落ち込んでいるのは確かだろう。

 箒と会った瞬間、『姉さんなんて大嫌い!』なんて言われる可能性がある以上、束さんがテンションだだ下がりで俺の前に現れる事は明白。

 なら素直にシリアスルートを選んぶべきかと思うが、これには落とし穴がある。

 人によっては、慰められたり優しくされるより、笑顔で暗い気持ちを吹き飛ばして欲しいと思うからだ。

 ついでにシリアスルートを選んだ場合、病院の一件はなし崩しに流れるし、電話の後ろに居た謎の男の事も聞きづらい。

 ……迷うな。

 

「ふむ?」

 

 どちらにするか悩んでいると、ふと一つの可能性が脳裏に浮かんだ。

 初日の襲撃以降、束さんは俺の前に姿を見せていない。

 電話はあったが、ちょっと話したら一方的に切られた。

 もしかして……計算か?

 ギャグに走りづらい今日会うことで、俺から逃げようとしてるのか?

 いやいやまさかまさか。

 あの束さんがそんな……。

 もし計算なら全力でギャグに走ってやる。

 考えなしなら、その場の空気次第だな。

 

 

 

 

 時刻は夜の19時。

 約束の時間だ。

 もし束さんが窓や天井から現れたらギャグルートに走ろう。

 さて、どこから現れるかな?

 

 ガチャ――ギギッ

 

 鍵がかかってるはずの玄関のドアが開く音が聞こえた。

 常時なら軽くホラーだな。

 正面から来るとは随分らしくないじゃないか。

 これはギャグ封印かな?

 今の内にシリアス顔作っとかないと。

 ペタペタと歩く音が聞こえ、居間のドアの前で音が止まった。

 

「こんばんわしー君。元気してオボロロロォォォ!!」

 

 入室して1秒は凄い美少女だった。

 普段より疲れてるのか、儚げで落ち着きのある理想の束さんだった。

 だけど入室2秒後にはそんな幻想壊された。

 おい誰だよ、上条さん呼んだやつ。

 

「あー……大丈夫ですか?」

 

 呆けたままではいれないので、しゃがみこんでいる束さんに近寄って背中をさすってあげる。

 

「胃が……痛いんだよ……」

 

 束さんの口から、胃液と共に悲しみ溢れる言葉が漏れた。

 ――これ、ギャグとシリアスどっちに舵を取れば良いのだろう?

 

 

 

 

 

「いやーごめんごめん。ちょっと今朝から調子悪くてさ」

 

 束さんのゲ……えっと、天使の贈り物? を片付けた俺達は、空気を変えて改めてテーブルを挟んで対面した。

 ちなみに窓は全開で開かれ、物理的にも空気を変えてます。 

 

「随分と体調が悪そうですが、ストレス性の胃炎かなんかですか?」

「え? ストレス? ナニソレタベモノ?」

「いやだから、箒に会うのが怖いのかなぁ~と」

「え? なんで? ワタシト、ホウキチャン、イツデモ、ナカヨシ、ダヨ?」

 

 この人さっきから瞬きしてないんだけど?

 血走った目で俺を見てるんだけど?

 よくよく見ると、顔色も若干悪いし目の下に薄くクマがある。

 やだ怖い。

 もうこれギャグ時空なのかシリアスタイムなのか分かんねぇな。

 

「束さん」

「なに?」

「ギャグとシリアスどちらか好きな方を選んでください」

 

 もうめんどくさいから束さんに任せよう。

 ギャグを選んだら、思いっきり騒いでストレスを発散させる。

 シリアスを選んだら、思いっきり甘やかせて慰めてあげる。

 好きな方を選ぶといいさ。

 

「それ選んだらどうなるの?」

「まずギャグですが」

 

 俺はソファーから立ち上がり、用意しておいた上部分を切り取ったペットボトルと、ア○エ軟膏をテーブルの上に置いた。

 

「そ、それは!?」

 

 テーブルに並べられた物を見て、束さんの頬がひきつる。

 これはもう確定ですね。

 こいつ絶対に入院中の俺を見てたよ。

 

「ギャグを選ぶとこれを使うことになります」

「へ、へー? どうやって使うのかまったく想像できないな~」

 

 白々しく笑う束さんの目はめっちゃ泳いでた。

 こっちを選んだら、ペットボトルをトイレ代わりにさせて尻に軟膏を塗りたくってやる。

 

「そしてシリアスを選んだら、お疲れ気味の束さんに対し普通に優しくします」

「シリアスで! シリアスがいいなぁ! 今日は絶好のシリアス日和だよ!」 

「随分必死ですね。やはり余裕がない今の束さんに必要なのは笑いでは?」

「空気を読もうかしー君。今日という日に必要なのはシリアスだけだよ」

 

 束さんがキリッとした顔をしていた。

 それはもうキリッとしていた。

 必死だな。

 

「んじゃシリアスでオケ?」

「オケ!」

 

 束さんが望むならしょうがないか。

 窓を開けていたお陰で部屋の空気も新鮮なものになったし、俺も空気を変えようか。

 窓を閉めて軽く咳払いをする。

 ここからはシリアスモードだ。

 

「束さん。だいぶ顔色が良くないけど、最後にいつ食事取りました?」

「んと、三日前かな」

 

 三日!?

 いくら束さんでも栄養補給として食事は欠かせないだろうに。

 空っぽの胃にストレスによる胃酸の増加。

 想像しただけでこっちの胃も痛くなる……。

 ――ならばまずは食事だな。

 

「束さん。ちょっと待っててね」

「ほ~い」

 

 冷凍庫からラップに包んだご飯を取り出しレンジに入れて温める。

 ご飯の解凍が終わったら、ザルに移し水で洗い、そして鍋に水とご飯火を入れ火をかける。

 食べやすい様に、水は普段より多めに入れてるのがポイントだ。 

 本来ならお粥を作りたいが、生米からお粥を作ると時間がかかる為、今回は薄味の雑炊にした。

 調味料は塩や醤油などとめんつゆだ。

 手抜きと言うなかれ、これは時短の知恵なのだ。

 めんつゆを入れた後に、塩や醤油を足しながら味を確かめる。

 お米が良い感じに柔らかくなったら、最後に溶き卵を入れ完成だ。

 

「はいよ。手抜き雑炊出来上がり」

「手抜きと言われるとちょっと寂しいけど、美味しそうだから許してあげるよ!」

 

 束さんの前に小さな土鍋に入れた雑炊を置いてあげると、束さんの顔が綻んだ。

 ふ、俺は変な所で拘る男なんだぜ。

 

「てかコレ雑炊なの? お粥に見えるけど」

「生米から作るのがお粥、炊いたお米から作るのが雑炊です。まぁ細かい違いです。冷める前に食べちゃってください。はいあーん」

「……ふーふーして欲しいな」

 

 束さんは雑炊が乗ったレンゲを見ながらそう呟いた。

 あーんだけでもかなり恥ずかしい……でも可愛いから許しちゃう! 今回だけですからね!

 

「ふーふー。はい」

「あ~ん」

 

 もぐもぐと束さんの口が動く。

 お口に合うかな?

 

「うん! 美味しい!」

 

 はなまる笑顔を頂きました。

 

「しー君てこんなのも作れたんだね。ちょっと意外」

 

 俺が作るの肉料理が多い。

 ササミの甘辛炒めなど、安くて量が多く、ご飯とお酒のオカズになるものが殆どだ。

 確かに意外だろう。

 

「お粥や、それに類似する雑炊を得意とする男は結構いるもんなんです」

「そうなの?」

「男は風邪をひいても簡単には仕事を休めない。体調は悪いけど体を動かすから腹は減る。……でもさ、インスタントのお粥を百均で買い漁っていると無性に悲しくなるんだよね……」

「しー君……」

 

 その哀れみの目は止めてください。

 だってさ、仕事で疲れてるから腹は減るが、かと言って熱のせいで重いものは食べられない――

 インスタントのお粥の山や袋ラーメンを見て悲しくなり、自分で作り始める男は多いと思うんだよね。

 あと、好きな子が風邪ひいた時にお粥作ったら好感度上がるかな? なんて考える男も多い。

 

「まぁ俺のことはほっといて、冷める前に食べちゃってください。はいあ~ん」

「しー君が風邪を引いたら私が看病してあげるから元気だしてね。あ~ん」

 

 ――束さんの看病は二度とゴメンだ。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」

 

 束さんが手をパンっと叩く。

 目の前にはカラになった容器。

 全部平らげてくれると作ったこっちも嬉しいな。

 食器を片付け、束さんの隣に腰掛ける。

 まだシリアスタイムは終わってないんだぜ。

 

「ちょっと失礼」

「ふぇ?」

 

 束さんの肩に手をかけ自分の方に引っ張る。

 お約束の膝枕だ。

 食後すぐに横になるのは良くないが仕方ない。

 顔色が悪いまま箒に前に出て欲しくないからな。

 

「束さん。実は睡眠も取ってないでしょ?」

「うっ……」

 

 頭を撫でながら軽く咎めるような口調で言うと、束さんがバツが悪そうに顔を背けた。

 やっぱりか。

 

「少しでもいいから寝てください」

「でも遅くなると箒ちゃんが……」

 

 現在19時45分。

 あまり遅くなると箒が寝てしまうだろう。

 だけどそれは無用の心配だ。

 束さんには言わないが、きっと箒も今の束さんと同じ。

 寂しくて悲しくて、とても簡単に寝れる状況ではないはず。

 つまり箒は夜更ししてるってことだ。

 

「その顔色で同情でも引くつもりですか? 軽く寝て、顔を洗って歯を磨いて、さっぱりしてから会いなさい」

「……あい」

 

 少し強めに言えば、束さんは素直に頷いた。

 いい子いい子。

 ゆっくりと束さんの頭を撫でる。

 

「小一時間で起こしますから安心して寝てください」

「うん……」

 

 返事をしながらも、束さんは目をつぶらない。

 ジッと俺を見ていた。

 

「どうしました?」

「思ったより優しくされてちょっとビックリしてます」

「そりゃ俺だって優しくするべき時には優しくしますよ」

「……しー君のお尻がテカテカになるのを見たり、腹黒い政治家に売ったりした私にこんなにも優しくしてくれるなんて……。グスッ。ありがとねしー君」

 

 なんか、聞き捨てならない事を言わなかったか?

 

「病院の一件はこの際置いておいて……。束さんや、腹黒い政治家って?」

「そのままの意味だよ? 箒ちゃんを守る為に権力者――政治家を使うなんて普通の発想だと思うけど……」

 

 うん。普通だ。

 箒や柳韻先生を守る為に、政治家の協力者を得るというのは間違っていない。

 唯我独尊の束さんがその発想に至ったのは驚きだが、問題はそこではない。

 

「売ったって?」

「売ったは言い過ぎだったかも。別に転生どうこうは話してないよ? ただ『しー君は私にとって大切な友達なんだよ~』ってアピールしてきただけ」

「その政治家の反応はどんな感じでした?」

「興味津々って感じだったね」

「……なんでそんな事したの?」

「今のしー君の顔が見たかったから」

 

 俺って今どんな顔してるんだろ?

 自分の顔を触ってみる。

 ……あぁ頬が引きつってるな。

 なるほど、随分楽しそうに俺の顔を見てるじゃないか。

 よし、落ち着け俺。

 その政治家は束さんが有用だと認めた人間。

 そうそう変な事はしてこないはず。

 情報の漏洩は許してあげようじゃないか。

 

「まったくしょうがないな」

「ふがっ!?」

 

 束さんの鼻を摘み力一杯引っ張る。

 

「今回は許しますが、次はありませんよ?」

「あ゛い゛」

 

 あ、さっきまでグズってたからか鼻水が手に。

 

「スカートで拭かないで!?」

 

 やかましい。

 こっちは身動き取れなくてテッシュに手が届かないんだよ。

 

「束さん、素直に目をつぶって眠りにつくか、尻を揉みしだかれるかを選べ」

「しー君の膝枕最高だぜ! ってことでちょっと寝るね!」

 

 束さんが慌てて目を閉じた。

 やはり心身共に疲れてるのだろう。

 なんだかんだと言いながら、数分でスースーと寝息を立て始めた。

 ホント寝顔は100点だな。

 

 

 

 

 膝枕とは男の夢である。

 俺だって将来彼女ができたらやってもらいと思っている。

 だが、今日俺は学んだ。

 

 ――もし彼女ができても膝枕を強要するのはやめよう、と。

 

 膝枕開始から15分。

 超絶暇です……。

 寝てる束さんを起こさないように気を使う為、今の俺は束さんの頭を撫でててないし、身じろぎもできない。

 そして足が少し痺れてきた……。

 なんとか暇潰しを見つけて時間を潰さないと辛いな。

 

「むにゃ……」

 

 俺の気持ちを他所に、束さんが気持ちよさそうに寝ている。

 うーむ……。

 

 にゅぽ

 

 束さんを起こさないよう、ゆっくりと人差し指を口の隙間に入れてみる。

 

「んあ……」

 

 口の中の異物を追い出そうと、束さんの舌が俺の指を押し返した。

 これはこれは……。

 唇に触れてみる。

 フニフニと柔らかい感触が気持ちいい。

 

「ん……」

 

 触られるのが嫌なのか、眉が寄った。

 ほうほう……。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「束さん起きてください」

「んん~?」

 

 一時間経ったので、体を揺らし起こしてあげる。

 

「おはようしー君」

「あはようございます」

「あれ? なんか機嫌良くない?」

「別に普通ですよ?」

「う~ん?」

 

 束さんが目をこすりながら首を傾げる。

 いやはや、充実した時間だった。

 

『束さんを起こさないようエロい事をする』

 

 それが俺の見つけた暇潰しだ。

 口にちょっとだけ指を入れたり、おっぱいやお尻に触るか触らないかの距離感で手を伸ばしたりした。

 もちろんおっぱいやお尻には触ってはいない。

 こういうのは『触りそうで触らない』のが楽しいのだ。

 素晴らしい時間でした。

 呼吸の動きで上下する胸に合わせて、触らないように自分の手も動かすゲームとか最高でした。

 

「顔色も少し回復しましたね」

「やっぱり少しでも寝ると違うね。あ、顔洗いたいから洗面所借りるね」

「どぞー」

「それと歯ブラシも借りるね」

「それは止めろ」

 

 

 

 

「はいしー君。預かってた流々武だよ」

「お帰り流々武」

 

 身だしなみを整え、出発準備を終えた束さんから待機状態の流々武を受け取る。

 一ヶ月ぶりの相棒だ。

 表面を撫でると、流々武も喜んでいるように見える。

 

「しー君からの依頼された改造も終わってるからね」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って流々武を首からかける。

 さてと、これからが本番だ。

 

「行きますよ」

「オッケー」

 

 部屋の窓から飛び出し流々武を纏う。

 一ヶ月ぶりの空だ。

 

「とうっ!」

 

 更に束さんが飛び出し、俺の肩に乗った。

 束さんがいつもの定位置で腰を下ろしたら、最後に窓を外から締める。

 鍵はかけない。

 泥棒なんて多分来ないしね。

 

「まずは柳韻先生に会いに行きます。ナビよろしくです」

「了解だよ」

 

 

 

 

 俺と束さんは関西のとある町に来ていた。

 目的は柳韻先生に会うこと。

 柳韻先生と雪子さんは、現在この町にある高層マンションの最上階で仮住まいしているらしい。

 なんとも羨ましい話だが、いざ逃げる時はヘリポートを使う為だとか聞かされると複雑な気持ちになる。

 

 ステルス状態で姿を隠し、目的のマンションまで移動。

 視界に映る街の灯りを楽しみつつ、マンションの最上階室の窓の前で俺は止まった。

 

 カーテンが閉めてあるため中が見えないが、束さんからの情報では護衛の人間が部屋に居ないのは確認済み。

 他人と同棲などストレスが重大だ。

 終わりが見えない逃避行ゆえ、出来るだけプライベートな空間を作る為の処置だとか。

 秘密裏に接触しようとする俺にとってありがたい話だ。

 

 トントン

 

 窓を軽くノックする。

 

「……っ!?」

 

 暫らくしてカーテンが開いた。

 窓の向こうでは柳韻先生が目を見開いて驚いていた。

 そりゃカーテンを開けたら目の前に、見かけロボットな俺と行方不明中の娘が居たらビックリするよね。

 

「ほら束さん。手を振ってアピールして」

「え? めんど――」

「箒の為でしょ」

「はーい。ども父親~」

 

 仏頂面で束さんが手をひらひらと振る。

 まったくもうこの子は……。

 

「久しぶりだな」

 

 窓が開き、柳韻先生が束さんに話しかけた。

 束さん任せでは話は進まない。

 俺がリードしなければ。

 

『初めまして柳韻様。夜遅くにすみません』

 

 俺の口から放たれたのは女性の声。

 変声機で変えたのもだ。

 もちろんキャラも作ってます。

 イメージはクールビューティーだ。

 

「貴女は?」

『ワタシは束様の部下です。ラビットとお呼びください。以後よろしくお願いします』

「ぷっ……ラビットって……」

 

 俺の肩の上で束さんが自分の肩を震わせている。

 おいこら黙っとけ。

 

「ラビットさんと言うのか。娘が世話になっている」

 

 偽名を名乗っている俺に対し、柳韻先生が頭を下げた。

 そんな真面目な対応されると、こちらが心苦しくなるので止めてください。

 

「それで、何用でここに?」

 

 柳韻先生は束さんを見ず、俺にそう聞いてきた。

 それに対して冷たいとは思わない。

 むしろ尊敬する。

 束さんとの距離の取り方を理解してる証拠だ。

 さすがは父親だね。

 

『話しが早くて助かります。箒様へ手紙を書いて欲しいのです』

「箒へ?」

『束様は妹である箒様の心のケアをしたいと願いました。それでワタシは父親の手紙を読めば喜ぶのではと進言し、ここへ参りました』

「ほう? それで私の元へ……。貴女の目的は理解した。暫しお待ちを」

 

 そう言って柳韻先生が部屋の奥に消えていった。

 意外とサクサク話しが進むな。

 めっちゃ怪しい自覚があるんだが。

 

「意外と早く終わりそうだね」

 

 本来会話の中心にいるべき束さんは、暇そうに足をぷらぷらさせていた。

 もっと言うべきことがあるだろと思うが、今言ってもしょうがないか。

 

「貴女が束ちゃんのお友達?」

 

 奥から雪子さんが現れた。

 あ、ご無沙汰しています。

 

「貴女お名前は?」

『ラビットです』

「ラビットちゃんね。私は束ちゃんの叔母で雪子と言うの。よろしくね」

 

 すげー。

 なんの疑いもなくこっちに近づいてきたよ。

 柳韻先生とは違う意味でやりずらい。

 そういえば、束さんから雪子さんの評価って聞いたことないけど、どう思ってるんだろ?

 

「柳韻さんから聞いたのだけど、箒ちゃんに手紙を書くのよね? それ私も書いて良いかしら?」

『是非お願いします』

「ありがとう」

 

 雪子さんの笑顔が眩しい。

 こうして笑顔を見ると、なるほど、束さんの笑顔と似ているな。

 

「それにしても久しぶりね束ちゃん。ちゃんとご飯食べてるの?」

「……食べてる」

「ちゃんと寝てる?」

「……寝てる」

「健康には気を使ってね?」

「……分かってる」

 

 めんどそうな顔をしながらも会話をしているだと!?

 

「箒ちゃんの事守ってあげてね」

「……言われるまでもない」

「でも束ちゃんが危ないことしちゃダメよ?」

「……助けてラビットちゃん」

 

 束さんが小声で助けを求めてきた。

 え? どゆこと?

 ま、まぁ理由は分からないが間に入るか。

 

『雪子様、余りお喋りをしていると柳韻様が手紙を書き終えてしまいますよ?』

「あら、それもそうね。ごめんなさい束ちゃん。また今度お茶でもしましょうね」

 

 雪子さんが束さんに微笑みかけ、手紙を書くために部屋を出て行った。

 

「で、束さんにしては珍しい対応だったね。何かあったの?」

 

 柳韻先生とはまた違う態度。

 声の質は苛立ちとかではなく、事務的で無機質。

 非常に珍しい光景だった。

 

「あぁそっか。しー君は知らないんだね。あの事件はしー君に会う前だし、私は意図的にあの人避けてたし……」

 

 束さんが深くため息を吐いた。

 本当にらしくないな。

 それにしても事件とな?

 白騎士事件の前に何かあったっけ?

 ――ダメだ分からん。 

 

「昔、あの人を邪険にした事があったんだよね」

「それで?」

「そしたら急に泣き出しちゃってさ……」

「……泣かしちゃいましたか」

「うん。泣かしちゃいました……。そしたらさ、ちーちゃん今まで見たことがないくらい怒るし、箒ちゃんも非難するような目で見てくるし、もう散々な結果に……」

 

 相手を“怒らせる”と“泣かせる”では、周囲の反応が全然違う場合がある。

 いつの時代でも、女性を衆人観衆の前で泣かせた人間が針のむしろになるのは世界のルールだ。

 

「嫌いどうこうじゃなくて、苦手な感じですかね?」

「そうなんだよ。ぶっちゃけ相手にしたくない」

 

 天災の天敵がこんな身近にいるとは。

 これは束さんの誕生日が楽しみですな。

 雪子さんには是非にでも同席してもらおう。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

『ありがとうございます』

 

 柳韻先生と雪子さんから手紙の入った封筒を受け取とる。

 これで箒が元気になってくれると良いけど。

 

「束ちゃんと貴女はこれから箒ちゃんに会いに行くのよね?」

『はい』

「その、できれば今度箒ちゃんの様子などを教えて欲しいのだけど……」

『構いません。むしろこちらからお願いしたい。箒様の為に、お二人には箒様と文通して欲しいと願っています』

「あらそうなの? それは嬉しいわ」

 

 急な来訪、急なお願い。

 それにも関わらず雪子さんは笑顔で承諾してくれた。

 良い人だな。

 

「束」

「あん?」

「何をしようと、何を成そうと、作り手には責任が発生する。その事を忘れるな」

「は? 責任? ISを使って悦に浸ってるのは無能共なんだけど?」

「なぜその無能にISを配った?」

「ISを世界に広める為に」

「ならばやはりお前にも責任はある。いいか、お前への恨みは箒へ向くかもしれない。それを忘れるな」

「……言われなくても分かってる」

 

 なんとも殺伐とした家族の会話だ。

 だけど、柳韻先生も雪子さんも家族離散についての恨み言は言わない。

 もしかして、束さんの考えや状況を知っているのだろうか?

 

「ほら、もう行くよ」

 

 そう言いながら、束さんがポンポンと俺の頭を叩いた。

 この場でこれ以上の話は無粋か。

 いつか時間を作ってちゃんと話をしないとだな。

 

『それでは柳韻様、雪子様。近い内に箒様の手紙をお持ちしますので』

「はい、楽しみにしてますね」

「感謝します」

 

 頭を下げる二人に背を向け、俺と束さんは箒の元に向かったのだった――


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