俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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仕事が忙しかったんです(目そらし)

なんとかイベント前に間に合った!
納得してないけど、書いて消す作業は泣きたくなるから投稿します。

今回も長いです。
暇潰しにどうぞ。

誤字脱字多いかも……。
見直ししてるのですが、文量多いとどうしても見逃してしまう……。
修正してくださる読者様方、いつもありがとうございますm(_ _)m


束と箒(下)

 引越しが決まってから、週末は千冬さんが私と一夏を遊びに連れて行ってくれる様になった。

 遊園地に泊りがけで遊びに行った。

 水族館でアシカとイルカのショーを見た。

 動物園で羊にエサをやり、三人で並びながらプラネタリウムを見た。

 いつもの日常より濃厚で、楽しい時間が慌ただしく過ぎていった。

 

 ただ、居なくなった姉さんはともかく、神一郎さんも姿を見せなくなった。

 千冬さんや父さんに聞いても『神一郎(君)は今は町から離れている』と言うだけだった。

 一夏も気になっていたらしく、二人で神一郎さんの家に何度か行ったが、結局最後まで会えなかった。

 

 引越しまで残り一週間。

 私の心は意外と落ち着いていた。

 もう一夏に会えなくなると分かっていても、心のどこかで『この素晴らしい日々は永遠に続くのでは?』と思ってしまている自分がいたからだ。

 

 引越しまで残り三日。

 父さんから、私が父さんと雪子さんとは別々に暮らすことになると聞かされた。

 その日、私は父さんと雪子さんと一緒に川の字を作って眠りについた。

 

 引越し当日。

 一夏と千冬さんが見送りに来てくれた。

 一夏には引越す本当の理由を言っていない。

 父さんと雪子さんに、絶対に言ってはいけないと言われたからだ。

 千冬さんが普段とは違う……悲しいというより、申し訳なさそうな顔をしていたのが印象的だった。

 恐らく、千冬さんは引越しの理由を知っているのだと感じた。

 一夏と別れの挨拶をしている最中も、千冬さんと話してる最中も、私はまるで夢を見ている様に感じていた。

 その後、私は父さん達とは別に一人で黒塗りの車に乗った。

 遠ざかる実家、遠ざかる一夏と千冬さんの顔を見ても、私は自分の目に写る風景が人ごとの様に思えた。

 

 車に乗って半日ほど時間が経っただろうか。

 高層道路の休憩所で、私は車を運転していたスーツの男性にしきりに話しかけられた。

 聞いた事がある声だと思ったが、何度かお世話になったグラさんだった。

 いつものサングラスを外したグラさんの素顔は、思いの外普通だった。

 ハーフであるグラさんの目の色が、金か青だと一夏と一緒に盛り上がったのが懐かしかった。

 グラさんが言うには、何度話しかけても反応がなかったので心配になったらしい。

 自分ではよく覚えていないが、長い時間私はボーっとしていたみたいだ。

 半日ぶりに口に含んだ水はとても美味しかった。

 

 これから暫くの間、私の家替わりになるというホテルに案内された。

 その日はそのままベットに横になった。

 

 次の日、春休みが明けたらこの町の学校に通うことになると聞かされたので、気分転換も兼ねてグラさんと一緒に町を散策した。

 

 ホテルの部屋に戻っても、私を迎える人は誰も居なかった。

 窓を開けてると、いつもと違う匂いが鼻についた。

 心がざわついたのですぐに窓を閉めた。

 

 あぁそっか、私は一人なんだ。

 寝て起きてご飯を食べ、そして窓から入ってきた町の匂いを嗅いで私はやっと理解した。

 ここには父さんも雪子さんも姉さんも居ない。

 この知らない町には一夏も千冬さんも神一郎さんも居ない。

 これが現実なんだって……。

 

「ぐすっ……ふ……」

 

 気付いた瞬間に涙が溢れた。

 一度流れ出した涙はとても止められなかった。

 

 ――姉さんが悪いわけではない。

 ――自分は守られている立場なんだ。

 

 それは理解していた。 

 でも……。

 

「うぅぅ……」

 

 ダメだ。

 もう私は……。

 

「あぁぁぁぁあぁぁ!!」

 

 誰にも会えない。

 誰も居ない。

 その事実が私の心を黒く染めていく。

 

 

 

 

 姉さん、なぜ居なくなったのですか?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 東北のとある町。

 四方を山に囲まれた盆地につくられた町に箒は居た。

 どちらかというと田舎に分類されるだろうこの町は、高い建物がほとんどない。

 家は一軒家かアパート。高層マンションなどはなく、大型の地方店も土地の広さを利用した平屋タイプばかりだ。

 そんな中、周囲に溶け込めていない建物がある。

 町の中心から少し外れた場所に建てられた10階建てのビジネスホテル。

 都会ならともかく、なぜこんな場所にと首を傾げたくなる場所にそのホテルはあった。

 

「これは金の匂いがしますなぁ」

 

 ホテルを上から見下ろしながら俺はそう呟いた。

 だってさ、どう見ても維持費と需要が噛み合わないだろこれ。

 この町には温泉や名産品はない。

 近くにあるのは自然を利用したゴルフ場くらいだ。

 どんな人間がこのホテルを利用してるのかとても興味が湧きますな。 

 

「まぁでも良い選択だよ。高い建物が周囲にないからホテルに繋る道が丸見えで、怪しい車が近づいて来たらすぐに見えるしね。欠点と言えば、上空からステルス機能持ちのISに襲撃されたら終わりってことだね」

 

 流々武の肩に座りながら束さんは不敵に笑っている。

 しかし、よくよく観察してみると体が震えているのが分かる。

 無理しちゃって。

 

「で、ここからなんですが、束さんさえ良ければ俺が先に箒に会っても良いですか?」

「しー君が先に?」

「簡単な事情説明をしてから柳韻先生と雪子さんの手紙を渡せば箒も落ち着くと思うんですよ。それからなら束さんも会いやすいでしょ?」

「……ピロリロリン」

 

 変な音楽が聞こえた。

 音楽と言っても出処は束さんの口からだったけど。

 

「しー君への好感度が5あがった」

「まじで!?」

「大マジだよしー君。しー君の優しさにちょっとクラっときちゃってます」

 

 女の子を落とすには傷心した時が一番だという噂が本当だったらしい。

 しかしだ、非常に申し訳ないが俺に向かって感謝の念など向けないで欲しい。

 なぜならコレは俺の我儘だからだ。

 

 正直に言おう。

 俺は箒が束さんに向けて怒鳴る姿など見たくないし、束さんが箒の涙を見て傷付く姿なんて見たくないのだ。

 だから俺は考えた。

 見たくないならどうすればよいかを――

 でた答えは簡単なものだった。

 俺が率先して間に入ればいいのだ。

 そしてシリアスを殺す。

 自宅で軽くシリアスやってみたけど、自分には合わないと理解した。

 傷心の女の子に対して優しくとか、そんなのはイケメンにやらせとけ。

 俺みたいな人間がやる事じゃない。

 ぶっちゃけとても恥ずかしかった。

 だからまず、俺が箒に会ってその後に会話の主導権を全て握る。

 空気がシリアスに向かわないように全力で邪魔してやる!

 

「んじゃ束さんは屋上で待機しててください。俺は柳韻先生の時の様に窓から箒にアピールしてくるので」

「ん。了解だよしー君」

 

 ホテルの屋上に降り立ち束さんを肩から下ろす。

 

「しー君」

「なんです?」

 

 空に浮かび箒の元へ行こうとする俺を束さんが呼び止めた。

 

「色々とありがとう。私、しー君に会えて良かったよ」

 

 俺の心うちなど知らない束さんの笑顔に罪悪感が凄い。

 なぜそんな綺麗なセリフがここで出るの? 全てシリアスが悪い。それが答えだ。

 残念ながら、束さんはシリアスの波に飲まれてしまったのだ。

 

「そう言ったセリフは全部終わってから言ってください。それじゃあ行ってきます」

 

 束さんの真剣な視線を背中に感じながら、俺は箒の居る部屋へと向かったのだった。

 

 

☆☆ ☆☆

 

 

 夢を見ている。

 私は夢を夢と自覚している。

 だって目の前に一夏がいるから。

 

 剣道大会の時のまっすぐな目で私を見る一夏。

 キャンプに行った時にアスレチックを場を駆け回った無邪気な一夏。

 困った顔をしながらも真剣に私に似合うマフラーを選ぶ一夏。

 様々な一夏との思い出が現れては消えていく。   

 もう会えないと理解しているからこそ、夢の中のはずなのに涙がこぼれた。

 

 トントン

 

 

「ん……」

 

 何かを叩く様な音が聞こえ意識が覚醒してしまった。

 しかたなく目を開けると、部屋の明かりで視界がぼやけた。

 

 トントン

 

 首を動かし音の出処を探すと、窓が目に映った。

 ……なぜ窓から音が聞こえる?

 ここはホテルだ。あの窓の外に人がいるとは思えない。

 

 トントン

 

 ――間違いなく、誰かが窓ガラスを叩いている。

 落ち着け私。

 もしかしたらカラスとか、あとは……そうだ! 窓ふき業者の人が作業中なのかもしれない!

 

 トントン

 

 誰か人を呼んだ方が……。

 いや、ただ窓を叩く音が聞こえるだけでグラさんを呼ぶのは迷惑かも……。

 

 トントン

 

 私が悩んでいる間も窓を叩く音は止まらない。

 昔見た怪談話が脳裏をよぎる―― 

 

 ゴクリッ

 

 喉が鳴って緊張から手が震えてきた。

 情けないぞ私! この世に幽霊なんているわけないじゃないか!!

 

「はっ!」

 

 自分を叱咤し勢い良くカーテンを開ける。

 だいぶ寝てたらしく外は真っ暗だった。

 だけど、その暗い風景に一つだけ浮かぶものがあった――

 

(ニタリ)

 

 神一郎さんの生首が空に浮いてました……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ちょっとしたお茶目だったんです。

 顔だけ出した状態でステルスモードを使うと、軽くホラーだな。箒びっくりするかな? って思っただけなんです。

 その結果――

 

「えっと、神一郎君の生首が浮いてたと? 何も見えないけど……」

「居たんです! 窓を叩く音が聞こえたからカーテンを開けたら、窓のすぐ外に神一郎さんが……私を見てニヤリと笑ったんです!!」

 

 窓から顔を出し周囲を見て回るグラサンに、箒が必死に状況説明をしている。

 俺はその様子を少し離れた空から見ていた。

 まさか箒が悲鳴を上げ、グラサン達が駆けつけて来るとは思わなかったよ。

 

「やはり何もないな」

「佐藤神一郎の居場所を確認しました。自宅から動いてないそうです」

「そうか……やはり箒君の勘違いのようだな」

 

 グラサンや黒服達がそんな会話をしている。

 ちょっと聞き逃せない言葉があるんですが――

 

〈しーいーくーん? な~に箒ちゃん泣かせてるのかなぁ?〉

 

 耳元で束さんの怖い声が聞こえた。

 ISコアネットワークを利用した電話や無線機な様なもの。

 簡単に言えばスカ○プだ。  

 

〈ちょっとミスりました。ところで束さん。黒服達が俺の居場所を確認したとか言ってましたけど大丈夫なんですか?〉

〈発信機のことだね。その辺は抜かりはないさ〉

〈発信機てなに!?〉

〈あ、グラサン達が箒ちゃんの部屋から撤退するよ? 今度はちゃんとやってよね? 以上通信終わり!〉

〈おいコラ〉

〈――――――〉

 

 通信切りやがったよチクショウ。

 えぇー? 発信機て?

 まさか俺の体に発信機でも仕込んでるじゃないだろうな?

 

「箒君。もし良ければしばらく一緒に居ようか?」

「いえ大丈夫です。そうですよね……神一郎さんが死んだわけでもないのに生首なんてありえない話でした……。すみませんグラさん。少し寝ぼけていたようです」

「気にするな箒君。寝ぼけて幽霊を見るなんて誰にでもあるさ」

 

 周囲に迷惑をかけたと気落ちする箒に対し、グラサンが慰めるように接する。

 使い方として間違ってるかもしれないが、良いコンビじゃないかこの二人。

 生真面目な箒と、同じ様に職務に忠実なグラサンは思ったより相性が良かったようだ。

 と、いつまでも見てる訳にはいかない。

 グラサンや黒服達はすでに部屋から退出している。

 肝心の箒は窓を開けて町の光を眺めていた。

 接触するなら今しかない。

  

 ――腕と足、そして後背部以外のパーツを解除。

 これで外観は普通のIS操縦者だ。幽霊だとは思われないだろう。

 

「箒」

「……へ?」

 

 声をかけてから箒の目の前に降下する。

 おーおー、目を丸くして見つめているよ。

 

「神……一郎さん?」

「久しぶり。ちょっと下がってもらっていい?」

「は、はい」

 

 未だポカンとする箒を下がらせ、ISを解除しつつ部屋に入る。

 

「あの……本物ですか?」

「偽物に見える?」

「見えません……」

「それは良かった」

「あの、どうやってここへ?」

「この場所は束さんに聞いた」

「姉さんに、ですか……」

 

 束さんの名前を出した途端、箒の顔が曇る。

 うーむ。久しぶりの再会なんだらもう少し喜んで欲しいな。

 

「“何しに?〟なんて野暮な事聞くなよ? 箒を心配で会いに来たんだから」

「神一郎さん……」

 

 箒の目尻に涙が溜まる。

 そんな箒に対し、俺を手を広げ箒を誘う。

 さあ来い!

 

「神一郎さん――ッ!!」

「おっと」

 

 正面から飛び込んでくる箒をしっかりと抱き締める。

 

「あれ? ちょっと大きくなった?」

「一ヶ月程度じゃ変わりませんよ」

 

 箒の頭を撫でると、箒の目が嬉しそうに細まった。

 

「色々と話したいんだけど良いかな?」

「……はい。私も色々聞きたいです」

 

 おそらく束さんの事だと分かっているのだろう。

 箒は俺に抱きついたまま真剣な顔で頷いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「で、なんでこうなるんです?」

 

 ベットに腰掛け、箒を膝の上に乗せて愛でる。

 恥ずかしげにうつむく姿が非常に可愛いです。

 

「まーまー。久しぶりの再会だしこれくらいいいじゃん。それとも嫌?」

「嫌ではないですけど、恥ずかしいです」

 

 自分で言うのもなんだが凄い役得だな。

 箒の赤い耳を後ろから見ているだけでニヤニヤしそうだ。

 おちゃらけてられない時だからこそふざけるのが、シリアスブレイクの基本だよね!

 

 ……ぶっちゃけ、一つ間違えれば取り返しのつかない結果になるとか考えると胃痛が酷い。

 箒の可愛さが癒しと同時にストレスになってるよ……。

 だけど、二人の姉妹喧嘩を目の前で見せられたら、確実に俺は泣く。

 もらい泣きとか絶対する。

 だから俺は自分の尊厳を守るためにも、二人の喧嘩を笑えるものにしたいのだ。

 

 ――現在俺は箒の椅子。

 逃げ道は自分で塞いだ。

 ここからが勝負だ! 

 

「さてと、どこから話せばいいかな?」

 

 自分の気持ちを落ち着かせる意味も込めて、箒の艶やかな黒髪を後ろから撫でる。

 ちなみに、箒の部屋に監視カメラや盗聴機が無いのは確認済みだ。

 あの束さんが、箒の私生活を覗き見させるなんて許す訳ないしね。

 一応、表向きの理由としては、『万が一それらの機器が見つかった場合、彼女の信頼を失いかねない。保護プログラムは長期の予定。信頼関係を崩すのは良くない』と言った理由だそうだ。

 さっきの悲鳴はさすがに外まで響いたみたいだけど。

 

「あの、私から質問しても良いですか?」

「お、質問ある? どうぞどうぞ」

「なぜ神一郎さんがISを使えるのですか? ISは女性しか使えないはずでは?」

 

 ズバリ束さんの話題を出すかと思ったが、箒の最初の質問はISについてだった。

 話題としては軽くて丁度いいか。

 

「それは簡単。俺がIS適合者だからだよ」

「テレビでISは女性にしか使えないと見ましたが……」

「箒さ、俺と束さんが初めて出会った時に、俺が束さんに連れて行かれたのは覚えてる?」

「はい。姉さんにしては珍しい行動だったので覚えてます」

「あの時に俺は束さんにIS適合者だと教えられてね。その縁があって仲良くなったのさ」

「そういう理由があったんですね……。あのISは姉さんに貰ったのですか?」

「そうだよ。俺の専用機で“流々武〟って名前なんだ」

 

 そう言って、俺を首から待機状態の流々武を箒に見せる。

 

「……そのペンダントは神一郎さんが道場に来てから暫くして身に着け始めた物ですね。そんな前から神一郎さんはISを……」

 

 箒がどこか寂しそうな顔で流々武を指でなぞる。

 それにしても俺が流々武を身に着けた時期を覚えているとは意外だ。

 男なら見逃す所を覚えてるとはさすがは女の子だな。

 

「神一郎さんは、今回の引越しの理由をご存知なんですか?」

「箒や柳韻先生を守る為だね。簡単に俺の立場を説明しとくよ。俺は“束さんの協力者”だ。だから大抵の事情は知っている」

「……姉さんの、協力者……」

 

 箒は前を向いてしまった為、俺から顔は見えない。

 だけど俺に対して怒りを発していないようだ。

 まずは第一関門突破かな?

 ここで束さんの仲間だがらと拒否られたらどうしようかと思った。

 

「箒はさ、束さんの事をどう思っている?」

「……分かりません」

「分からないの?」

「だって私は姉さんから何も聞いてません。父さんから今回の引越しを私を守る為だと言われましが……でもそれだって姉さんがISなんて作ったせいで……。いえ、姉さんが私を思ってくれてることは理解してるんですが、でも……」

 

 箒が涙ながら自分の気持ちを吐露する。

 箒自身、自分の気持ちが整理できてないんだろう。

 それにしても、柳韻先生から説明を受けているのは俺にとってありがたい話しだ。

 そのお陰で、出会い頭に束さんへの憎しみを爆発させるなんて事にはならなそうだし。

 

 箒は束さんに対する対応を悩んでいる。

 ならまずは束さんに会わせる前に、箒に気持ちの整理をさせないとダメだな。

 

「箒、今からする質問に“はい”か“いいえ”で答えて欲しい」

「なんでしょう?」

「箒、束さんを殺したい?」

「――へ?」

 

 慰める為に箒の頭を撫でていると、箒の動きがピタリ止まった。

 

「そ、そんな事思って――ッ!」

「どっち?」

「“いいえ”です!」

 

 なんて質問するんだと、そんな非難な目つきの箒を宥めつつ、次の質問に移る。

 

「束さんを殴りたい」

「……いいえ」

「束さんに謝らせたい」

「……いいえ」

「束さんに二度と会いたくない」

「……いいえ」

「そっか――」

 

 箒は全ての質問に“いいえ”と答えた。

 これはあまり良くないかもしれないな。

 

「箒、コレを」

「手紙ですか?」

 

 拡張領域から取り出した柳韻先生と雪子さんからの手紙を箒に渡す。

 もう少し後で渡そうと考えていたが、予定変更だ。

 今のタイミングで渡した方が良いだろう。

 

「柳韻先生と雪子さんからの手紙だよ」

「父さんと雪子さんからの!?」

 

 俺から手紙を受け取った箒は、手を震わせながら手紙を読み始めた。

 

 ――箒には悪いが、俺は箒に渡す前に手紙を読んでいる。

 拡張領域にデータとして取り込むついでに目を通した。

 我ながら趣味が悪いと思ったが、箒への対応を誤らない為にも大事な事だったのだ。

 内容は別段特別なものではなかった。

 自分達は元気にしてるとか、体に気をつけろとか、そういったものだ。

 ただ、柳韻先生と雪子さんに共通して一つの言葉が書かれていた。 

 『束(ちゃん)を憎むな(怒らないで)』という内容だ。

 俺の考えすぎならいいが、下手したら束さんと箒の仲が拗れる可能性がある。そう思ったからまずは手紙を読ませる事にした。

 

「ふっ……くっ……」

 

 箒が歯を噛み締め、声を我慢しながら手紙を読み進める。

 

「箒、もう一度聞くね。束さんを許せる?」

「許せ……ます」

「本当に?」

「なんでそんなこと聞くんですかっ!?」

 

 箒が怖い。

 俺に対してこんな風に怒る箒は初めてだな。

 まぁ俺が怒らせる様な事を何度も聞いてるのが悪いんだけど。

 でもさ、許せるって言うなら、束さんの話題を出した時に笑顔を見せてくれよ。

 じゃなきゃお兄さん邪推しちゃうよ?

 

「別にさ、束さんを恨んでもいいんだよ?」

 

 腕を回して箒の体を強く抱き締める。

 

「……恨むなんて……そんなこと……」

「迷惑かけたのは束さんで箒は被害者。なのに箒はなんで束さんを許すの?」

「だってそれは私の為だし、今だって私を守る為に……」

 

 ぼそぼそと、まるで自分に言い聞かせる様に語る箒を見ているとこっちも悲しくなる。

 箒は束さんにコンプレックスを持っている。

 なぜなら箒が束さんの事が好きだからだ。

 尊敬や憧れと劣等感は紙一重。

 箒が自分では気付いていないかもしれないしけど、この感情は非常にマズイ。

 今の箒は――

 

『姉さんのやることに間違いはない』

『あの姉さんが決めたことなんだから正しいはずだ』

『一夏や父さんと離れ離れになるのは悲しいけど、私を守る為なんだらしょうがない』

 

 きっとそんな感情が渦巻いてるはずだ。

 これは良くない。

 心の底から相手を許せなければ、怒りはいつか憎しみに変わってしまう。

 ちょっとしか悪感情なら時間と共に消滅するが、箒はこれから自分が一人なんど認識するたびに束さんを恨むだろう。

 大人なら自分で鬱憤の晴らしの方法を見つけるだろうし、客観的に自分の心理状況を把握して対応できるだろう。

 しかし、箒はまだ子供だ。

 自分なりのストレス発散方法など持ってないだろうし、感情との向き合い方も分からないだろう。

 

「神一郎さんは……」

「ん?」

「神一郎さんは、私にどうして欲しいのですか?」

 

 どうして欲しい、か……。

 

「俺はね。箒には束さんを恨んで欲しい」

〈ちょっ!? しー君!?〉

 

 幻聴が聞こえたが気にしない。

 だってほら、幻聴ってオタクの嗜みだし。

 

「箒は何も悪くないじゃん。箒が家族と別れてこのホテルに居るのだって束さんのせいじゃん。俺は箒に『あの愚姉シバいてやる!』くらい言って欲しい」

「え? あれ?」

「束さんをひっぱたいて殴り飛ばして泣かせてくれ」

「ちょっ! ちょっと待ってください!」

 

 箒が俺の膝から飛び降りて俺を見る。

 わたわたと両手て動かし、随分とテンパってるな。

 箒のお尻の感触がなくなってちょっと膝が寂しいぜ。

 

「あの神一郎さん。こういう場合は『姉さんを許してやれ』と言う場面では?」

「え? 自分の夢の為に妹に迷惑をかける馬鹿なんぞ許す必要あるの?」

「……口調がいつになく厳しいですね」

「今の俺は箒の味方だからね。だけど、束さんをシバく前に箒に一つお願いしたいことがある」

「姉さんをシバくとかは置いておきますが、お願いとはなんでしょうか?」

「怒りや憎しみの感情を、ちゃんと平等にぶつけて欲しい」

「平等……ですか?」

「そう。箒が恨むべき相手は誰だと思う?」

「それは……」

 

 箒が目を閉じ、眉を寄せて考え込む。

 たぶん、束さん以外の答えが見つからないんだろうな。 

 

「隠す必要もないから答えを言うよ。箒が恨むべき相手、それは“大人”だ」

「え……?」

 

 箒の目が開きパチクリと瞬きする。

 

「あのさ、どんなに束さんが憎かろうと、束さんの頭脳が欲しかろうと、だからと言って小学生の少女を人質にしようとか、抱き込もうとか考える大人が一番の悪に決まってるよね?」

「それは……そうですね」

 

 束さんが憎い?

 自力で復讐しろよ。子供を巻き込むな。

 束さんの頭脳が欲しい?

 頑張って交渉しろ。子供を盾にするな。

 どんな理由があろうと、どんな思想があろうと、子供を害する大人は悪に決まっている。

 

「神一郎さんに言われるまで気付きませんでした。確かにそうですよね。姉さんに敵わないからと妹の私を狙う人がいるから、私はこうして此処にいるんですから……」

 

 関心した様に何度も頷く箒には悪いが、人によっては“天災の妹なんだからまったくの無関係とは言えないだろ!”なんて言う人がいるかもしれない。

 でも、その辺の考えは人ぞれぞれだし、わざわざ箒のテンションを下げる必要もないので黙っておく。

 

「箒、続きいいかな?」

「あ、すみません神一郎さん。続きお願いします」

「でね? 俺の個人的の意見なんだけど、箒には出来れば、『元凶の束さん』、『箒を利用しようとする大人達』、『連帯責任で千冬さん』を恨んで欲しい」

「あの、なぜ千冬さんまで?」

「そりゃ白騎士事件の時にISでミサイル撃ち落としてたの千冬だし」

「はえ?」

 

 箒は口を大きく開いたまま固まってしまった。

 さっきから箒の百面相が面白い。

 暗い顔してるより百倍マシなのでこのまま進める!

 

「箒さ、少しでも疑わなかった? テレビに映った世界で初めてのIS操縦者が千冬さんじゃないかって」

「それは、その……はい。姉さんはISを大事にしています。その姉さんがISを託すなら千冬さん以外にいないと、そう考えたことはあります」

「今まで聞いた事なかったんだ?」

「千冬さんは何も言わないし、姉さんも秘密にしてる様だったので……。そうですか。それで千冬さんは……」

「思い当たることでもあるの?」

「姉さんが居なくなってから、千冬さんが私と一夏を遊びに連れて行ってくれたのですが、その時に、私に申し訳なさそうな顔をしているのを何度か見ました」

 

 さすがの千冬さんも顔に出してたか。

 箒に内心で謝りながらの引率……。

 千冬さんにやらせて良かった! 俺だったらどこかできっと吐いてたよ!

 お勤めご苦労と上から目線で言ってみる。

 ――次に千冬さんに会うのが怖いなぁ。

 

「でだ。これで俺が平等に怒れって言ったの理解できた?」

「はい。私の境遇は姉さんだけの責任ではない。だから姉さんだけを恨むなと……」

「責任の振り当てとしては、束さんにケツバット、大人達にグーパン、千冬さんにビンタくらいで」

 

 元凶の束さんが4、子供相手に馬鹿をする大人達が4、一夏の為とはいえ手を貸した千冬さんが2、くらいが妥当だよね。

 

「あの、今日の神一郎さんなんかいつもと違いますね?」

「ん? 気のせい気のせい」

 

 普段より箒の前で大人ぶってないだけだ。

 箒の頬がやや引きつっているのは、俺の作戦通りなので問題ない。

 

「さて、そろそろいいかな?」

「いいかって、なにがですか?」

「気付いてるでしょ? 束さん、此処に来てるよ。会える?」

「……会います。姉さんからちゃんと話を聞きたいです」

「そっか。それなら――」

 

 ベットから立ち上がり、待機状態のの流々武を枕の下に隠す。

 どこぞのシスコンが盗聴してるだろうから、その為の処置だ。

 

「箒、ちょっと耳貸して」

 

 束さん。

 今日は忘れられない日にしてあげるよ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 春先の冷たい風が髪を揺らす。

 冷たい風が当たる屋上で一人待機とかちょっと寂しいです。

 と、数分前まで思ってました……。

 

『俺はね。箒には束さんを恨んで欲しい』

 

 しー君のお陰で体がポカポカしてきたよ!

 てかしー君なに言ってるの!?

 

 しー君が箒ちゃんに報復を促してる件について。

 まさかの裏切りかと思ったけど、その後の話を聞いていて早とちりだと気付いた。

 

 ――悪いのは束さんだけじゃない。

 そんなしー君の気持ちが伝わってきてちょっと嬉しい。

 

『束さんをひっぱたいて殴り飛ばして泣かせてくれ』

 

 とか思ってたらこれだもの。

 私が震えてるのは、風が冷たいからか、箒ちゃんに会うのが怖いのか、それともしー君の考えが読めなくて恐ろしいのか……。

 おかしいよね? しー君さ、『俺は束の味方だぜ(キリッ)』とか言ってなかったっけ?

 ……言ってないか。

 

「むむ?」

 

 しー君と箒ちゃんの会話が聞こえなくなった。

 もしかして流々武を外して距離を置いた?

 なんだろう……もの凄く嫌な予感が……。

 

 

 

〈束さん〉

 

 数分の空白後、しー君から連絡がきた。

 

〈あい〉

〈準備が終わったのでそろそろ来てください〉

 

 なんの準備が終わったのかな?

 聞きたいけど聞けないよ……。

 

〈んじゃ。待ってるんで〉

 

 一方的に要件を言って、しー君は会話を終わらせたのだった……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よっと」

 

 部屋の中の会話が漏れない様に細工を施し、私は天井からトイレの中に降り立った。

 これから箒ちゃんに会うと思うと、心臓のバクバクが止まらない。

 

「すーはー」

 

 気分を落ち着かせる為に深呼吸する。

 ……決して箒ちゃんの残り香を吸い込む為とか、そんなんじゃないとここに記す。

 

「よし!」

 

 気合を入れてドアノブに手をかけ外に出る。

 足を止めたらきっと動けなくなる。

 だから、

 

「箒ちゃん!」

 

 気合を殺さないよう勢い良く箒ちゃんの部屋に突入した。した……んだけど……。

 

「いらっしゃ~い」

「姉さん、夜なんだから少し静かにしてください」

 

 私を出迎えたの箒ちゃんとしー君。

 箒ちゃんは私に背を向ける形で、備え付けの机でなにやら書いている。

 しー君はベットに寝転びながらマンガを読んでいた。

 

 あれー? なにこの空気?

 

「あの、箒ちゃん?」

「なんですか?」

「えっと、少しお話したいなぁ~って」

「今は父さんと雪子さんへ手紙を書いてる途中なので、少し待っててください」

「……はい」

 

 箒ちゃんは振り返ることなく答えた。

 なんだろう……こう、なんとも言えない空気が部屋に充満しているような……。

 

「束さん」

 

 そわそわと落ち着かない私に対し、しー君が話しかけてくれた。

 マンガを読みながらマッタリしてる様にしか見えないけど、ここぞという時は頼りになるよね。

 

「いつまでも立ってないで――土下座でもしたらどうです?」

「あ、うん……うん?」

 

 今、しー君、なんて?

 

「謝りに来たんですよね? なんで立ったままなんです?」

 

 そうだね。

 私は謝りに来たんだから、土下座だって辞さない覚悟はあるよ? でもね? 

 箒ちゃんは相変わらず私に背を向けたままだし、しー君も視線はマンガに向けたままなんだけど?

 この空気の中で土下座って意味あるの?

 

「あれ? 土下座しないんですか? 束さんの謝罪の気持ちは土下座したくない程度だと――」

 

 マンガを読みながらなんてセリフを!?

 これ拒否ったら私の謝罪の気持ちが薄っぺらいってことじゃん!?

 

「…………」

 

 箒ちゃんに視線を向けてみるが、我関せずの姿勢だった。

 えー? 本気で? このタイミングで土下座しなきゃダメかな?

 だけど、ここで拒否したら私の気持ちが疑われる事になる……。

 仕方ないか。

 

 両足を揃え床に座る。

 大きな土下座ではなく、小さな土下座。

 できるだけ身を縮め、自分を小さく見せて頭を下げる。

 喰らえ! これがウサギ式土下座じゃあ!

 

「――」

「――」

 

 おかしいぞ? まるで視線を感じないんだけど?

 ……そっかぁ。箒ちゃんはともかく、しー君さえこっち見ないかぁ。

 ほんとなんだコレ?

 私、もしかしてトイレのドアを開けた瞬間に違う時空に来ちゃったのかな?

 一度下げた頭は相手が許可するまで上げてはならない。

 それが土下座のルールだったはずだ。

 

「――」

「――」

 

 誰も見てない場合どうすれもいいんだろう?

 今頭を上げるのは違うと思うし……。

 いや、きっとしー君がなんとかしてくれるはず!

 信じてるよしー君!

 

 

 カリカリ

 ペラペラ

 

 

 カリカリ

 ペラペラ

 

 

 もう良いかな?

 かれこれ五分は土下座姿勢を保ってるんだけど?

 箒ちゃんが動かすペンの音と、しー君の本をめくる音しか聞こえないんだけども……。 

 この空間での正しい行動が分からない!

 

 カタッと箒ちゃんが椅子から立ち上がる音が聞こえた。

 箒ちゃんがこっちに向かって歩いてくる。

 箒ちゃんはそのまま私の目の間で歩みを止めた。

 五分間床しか見ていない私の視界の中に、久しぶりに違う景色が見えたよ!

 箒ちゃんのあんよが可愛い!

 

「兄さん、手紙書き終わりました」

 

 ……ん? なんか聞きなれない単語が……。

 

「あ、終わった? んじゃ預かるね。箒の手紙も、柳韻先生の手紙も、誰にも見つからないように俺がデータ化して預かるから、読み返したくなったら言ってね」

「はい。見つかると面倒ですからね、兄さんに預かって貰えるなら私も安心です」

 

 どうやら私はしー君が兄弟設定の異世界に来てしまったようだ……。

 ってんなわけないじゃん!!

 

「あの、兄さん」

「ん?」

「その、そろそろ……」

 

 箒ちゃんの視線を頭に感じた。

 さすがは愛しの箒ちゃん。

 お姉ちゃんの気持ちを汲んでくれてありがとう!

 

「そうだね。手紙も書き終わったし、もう良いかな?」

「私も久しぶりに姉さんの顔を見たいですし、良いと思います」

「だ、そうですよ」

 

 やらら上から目線のしー君の言葉にイラっとしながらも、私は頭を上げた。

 ……一ヶ月振りに見る箒ちゃんは、何故かしー君の膝の上にいました。

 

「しー君はなにしてるのかな?」

「何って……可愛い妹分を愛でてます」

「箒ちゃんはなにしてるのかな?」

「えっと、頼もしい兄貴分に愛でられてます」

 

 まるで見せつける様にしー君が箒ちゃんの頭を撫でれば、箒ちゃんが少し恥ずかしそうにはにかむ。

 あれー? トイレのドア開けたら妹が寝取られてる世界とかおかしくない? おかしいよね? 世界の法則が乱れてるよね? 

  

「それで姉さん、私に話とはなんですか?」

 

 いけない。

 色々と言いたいことはあるが、今は箒ちゃんへの謝罪が先だ。

 私は両足を揃えて背筋を伸ばし、正座の姿勢をとった。

 

「箒ちゃん、私は……」

「先に言っておきますが、姉さんが何も言わずに姿を消した理由や、今の私の状況は姉さんだけが悪い訳ではないと知っているので、その辺の説明は要りませんよ?」

 

 出鼻を挫かれるとはこの事だね!

 これは……そう! 言い訳なんて聞きたくないととかそんな感じだきっと! たぶん!

 

「迷惑かけてごめんなさい!」

「姉さん……」

 

 もっと気の利いた言葉が言えたかもしれない。

 でも、気付いたら私はそう言って頭を下げてい

 

「よし、それじゃあ箒、束さんの頭を踏んでやれ」

 

 そしてしー君が敵だというのにも気付いた。

 空気が変というか、雰囲気がおかしいというか、この場にそぐわない空気を産んでるのは間違いなくしー君だ。

 まさかこの私が、ここまで恐怖を覚えるとは思わなかったよ!

 

「兄さん、さすがに踏んだりするのはちょっと……」

 

 箒ちゃん、まさか私を庇ってくれるの?

 こんな私を庇ってくれるなんて……。

 もうこれは天使と言っていいのではないか?

 

「箒、半端な優しさはダメだ」

 

 そしてしー君は箒ちゃんを説得しに行ってるよね!?

 こっちは悪魔だよちくしょう!

 今の私は箒ちゃんに謝りに来た手前、大きな声でしー君に突っ込めない。

 それを理解してるんだねしー君!?

 

「許してはダメなんですか?」

「箒はさ、悪いをことしたんだけど、柳韻先生に叱られなかった事ってある?」

「……あります」

「何したの?」

「小学生になったばかりの時の話なんですが、――私は昔、母さんの形見のお茶碗が大好きだったんです」

「どんな茶碗だったの?」

「桜の絵が書いてある可愛いお茶碗でした」

 

 ――そうだった。

 箒ちゃんには少し大きなお茶碗。

 ちっちゃな手じゃ片手で持つのも苦労するのに、ご飯の時は頑なにそのお茶碗を使ってたっけ。

 

「私はそのお茶碗が大好きで、用もないのによく持ち歩いてたりして、でもそのせいで……」

「もしかして、割っちゃった?」

「割っちゃいました」

 

 今でこそ“割った”と素直に口にする箒ちゃんだけど、当時が本当に酷かった。

 余りにも悲しそうに泣くもんだから、いっそ感情を殺してあげたほうがいいのではと、そんな馬鹿な考えをしたもんだ。

 

「割れた破片を拾う父さんの悲しそうな背中は、今でも覚えてます」

「でも怒られなかったんだ?」

「はい。危ないから下がりなさいと言われただけで……」

「その時さ、箒は素直に喜べた?」

「喜ぶ……ですか?」

「だって悪い事したのに怒られなかったんだよ? 喜ぶところじゃない?」

「……いえ、あの時の気持ちは今も覚えてます。悲しくて、申し訳なくて、私はただ泣いていただけですが、怒られなくて良かったなんて気持ちはありませんでした。むしろ……」

「ちゃんと怒って欲しかった?」

「はい」

 

 ……凄く真面目な話をしているのは理解している。

 私がついさっきまで望んでいた空気だ。

 でも気付いて二人とも……。

 私、箒ちゃんに頭を下げたままなんだけど?

 こっちを放置しないで欲しいんだけど?

 

「人に反省を促す場合、たんに怒ればいいと言うわけじゃない。場合によっては、何も言われなかったり、なんの罰も受けない方が心に響く事もあるよね」

「分かります。あの時以降、私は母の形見は大切に扱うようになりましたし」

 

 まだ私を放置するんですね……。

 良い話してるっぽいから我慢しますとも!

 

「それでですね。この話は続きがあるんです」

「ん?」

「実は、その割れた茶碗を姉さんが直してくれたんです」

「へえ、束さんが」

「はい。父さんが集めた茶碗の破片を奪って、『お姉ちゃんが直してあげるから!』って言ってくれて」

「束さんなら新品当然に直しそうだね」

「えぇ、まるで新品の様でした」

 

 箒ちゃんの声色が明るい。

 喜んでくれてるんだと思うと、私まで嬉しくなる。

 

「昔の束さんは、箒を悲しませるだけじゃなくて、笑顔にすることができたんだね」

  

 うん。今のは私に釘刺したんだね?

 あくまで昔の話だがら、調子に乗って謝罪の気持ちを忘れるなと言いたいんだねしー君。

 

「てなわけで箒、何の罰もなしじゃ束さんが罪悪感で潰れてしまうかもしれないから、束さんを許したいと思うなら、ここで罰を与えてくれないか?」

「それはまぁ、姉さんが望むなら構いませんが……」

 

 やっと私の出番かな?

 罰とか全然問題ないんだけど、空気がね……なんとも言えないんだよね。

 でもまぁ、望まないか望むならもちろん前者だ。

 

「箒ちゃん、私からもお願いするよ。どうか私を罰してください」

「姉さん……分かりました。姉さんが望むなら、私は罰を与えたいと思います。――それで兄さん、私はなにをすれば……」

「丁度頭を下げてるし、頭でも踏んであげれば?」

「ですからそれはやり過ぎです……。姉さん、どうします?」

 

 ふむ……。

 箒ちゃんに踏まれるとか、普段ならご褒美だ。

 何気ない日常のひとコマの話なら、新しい姉妹の関係としてバッチコイである。

 だけど、今はそんな気分ではない。

 私は純粋に箒ちゃんに怒られたいからだ。

 今のしー君はその辺を突っ込んでくる気がする。

 箒ちゃんに踏まれた瞬間、『謝りに来たのにご褒美を望むとか、本当は謝罪の気持ちなんてないのでは?』なんて言ってきそうだ。

 しかしだ、だからと言って嫌だと言ったら、謝罪の気持ちを疑われることになる……。

 これ、答えられないやつじゃん!!

 

「ぐぬぬ……」

「あれ? 返事が聞こえないなぁ?」

 

 くっそ楽しそうな声だねしー君!

 このまま黙ってても積むとは……。

 

「あの、やはり頭を踏むのは良くないと思うんです」

 

 どうするか悩んでいると、箒ちゃんが助け舟を出してくれた。

 うぅ……妹の優しさが心に染みるよ。

 

「箒は優しいな。それなら最初に言った通りケツバットにする?」

「姉さん、それで良いですか?」

「それで良いです!」

 

 頭踏まれるのと変わらない気もするけど、これ以上話が長引くと怖いから、喜んで受けるよ!

 

「んじゃ、立ち上がってお尻をこちらに向けてください」

 

 頭を上げて久しぶりに二人の顔を見ると、相分からず仲が良さそうだった。

 

「箒の髪は本当に触り心地が良いな。今までは束さんが怖かったし、箒の一夏への気持ちを知ってたから、ベタベタと触るの遠慮してたんだけど、これからは撫で放題だよね?」

「兄さんは“兄さん”になってから性格変わってませんか? 嫌ではないのですが、ちょっと意外です」

「俺は妹甘やかしたいタイプだからね」

 

 箒ちゃんにベタベタ触るとか許せねぇ!

 でも、今の私は社会的弱者とか、そんな感じの立場だから何も言えない!

 しー君のニマニマ顔がとってもコンチクショウだよ!

 

「さあ束さん。お尻を向けてください」

 

 実はさっきから気付いてました。

 しー君はシリアスを殺したいんだね?

 仮に、私と箒ちゃんが、涙の和解からの抱擁なんてしたらしー君も泣いちゃうもんね?

 良いだろう……。

 涙もろいしー君の為にノってあげるよ!

 

「箒ちゃん。これは私のケジメでもあるから、手加減無用でお願い」

「分かってます。私もこの一撃で姉さんへの気持ちを清算したいと思っているので、中途半端な事はしません」

 

 ありがとう箒ちゃん。

 でも箒ちゃんに木刀を渡そうとしているしー君は絶対に後で殴る!

 

「一応聞きますけど、上段からの振り落としと牙突どっちが良いですか?」

 

 しー君の言ってる“牙突”って確かマンガの技だよね?

 ちーちゃんが読んでたっけ。

 あれはそう……突き技だった。

 

「上段からの振り落としでお願いします!」

 

 お尻に木刀で突きとか勘弁してください!

 

「だってさ」

「了解しました」

 

 箒ちゃんがしー君の膝から降りて、私の正面に立つ。

 その箒ちゃんに背を向け、私はお尻を突き出した。

 

「私は一夏に会えなくなりました」

「うん」

「父さんに剣を習うこともできなくなりました」

「うん」

「雪子さんに教えてもらってない料理のレシピだって沢山あるんです」

「うん」

「姉さんだけが悪いとは思っていません。ですが、私の胸の中に、姉さんへの怒りがあるのも事実です」

「……うん」

「――覚悟はいいですか?」

「出来てるよ」

 

 では――そう言って箒ちゃんは木刀を高く構えた。

 その後、私のお尻に木刀が叩き込まれたのだった……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 快音。

 そんな言葉がピッタリな音だった。

 その音が聞こえた瞬間、俺は作戦の成功を確信した。

 俺の作戦はこうだ――

 

 日常生活の一幕の様な雰囲気を作ることで束さんの出鼻を挫く。

 箒に兄呼びさせることで束さんを煽り、イライラさせることでシリアスな気持ちにならない様に心掛け、会話の合間々にちゃちゃを入れて、シリアスな空気にならない様にする。

 

 箒は、最初は少し渋っていたが、この方がきっと笑顔になれると説得した。

 ついでに、兄呼びをお願いしたら、意外とすんなりOKしてくれたのが可愛かった。

 

「ぐぐっ……」

 

 束さんは声を出さないよう、歯を噛み締めて痛みに耐えていた。

 

「姉さん……」

 

 そして、箒は姉を叩いた木刀を震える手で握っていた。

 あ、まだ気を抜くのは早かったか。

 

「私が、姉さんを……。ごめんなさい姉さん、私は……」

「っ!? 謝らないで箒ちゃん! 悪いのはお姉ちゃんなんだから!」

 

 涙ぐむ箒に、束さんが近付く。

 まったく、油断も隙もないな。

 

「させるか――ッ!」

「ぐみゃ!?」

 

 左手で箒を自分の方に抱き寄せ、右手で突っ込んで来た束さんの顔を押さえる。

 ここまできて感動の抱擁シーンなど見せられてたまるか!

 

「じ、じー君、なぜに……」

 

 うわぁ。手の平に懐かしいぬっちょりとした感触が。

 汚いなぁも―。

 束さんの肩を借りるか。

 

「だから私の服で拭かないでよ!?」

「黙らっしゃい。まだ茶番は終わってないんだから」

「ついに茶番言いやがった!?」

 

 束さんが愕然とした表情をする。

 もうちょいからかいたいが、それよりもまずは箒だ。

 

「箒、大丈夫?」

「どうやら私は、自分で思ってたより姉さんのことが好きだったようです。私は今、姉さんに対する怒りより、姉さんに暴力を振るった自分に怒りを覚えてます」

「嫌な思いをさせてごめん」

「いえ、自分の為でもありますから」

 

 涙ぐむ箒を慰めつつ、震える手から木刀を回収して、拡張領域にボッシュート。

 束さんの尻を叩いた、この福島土産の木刀は家宝にしよう。

 拡張領域の中には、他にも北海道産や京都産などの木刀がある。

 是非とも他の機会で家宝にできるよう、束さんには頑張って欲しい。

 

「箒、ちょっと耳貸して。俺の悪巧みはまだ終わってないから協力して欲しい」

「分かりました」

「せめて隠してくれないかな!? 箒ちゃんの素直さは尊いけど、少しは抵抗していいんだよ!?」

 

 はい外野は黙っててね~。

 

「取り敢えず、箒は自分の心をしっかり知れたと思っていいかな?」

「はい大丈夫です。私には姉さんを恨めません。これ以上、姉さんに対して罰を与える必要はないかと」

「でもさ、箒はそれで良いかもしれないけど、束さん的にはどうだろう?」

「それはどういう……?」

 

 青ざめながらも何も言えない束さんを尻目に、箒の耳に口を近づけ、内緒話を開始する。

 

「あのね…………ってことだから、束さんの為にも」

「それは一利ありますね。了解しました」

「でも箒は本気で喧嘩したくないよね?」

「もちろんです」

「だからさ……って感じで」

「なるほど。ギャグとシリアスを交互に……」

「ある程度の流れを書いておくから、これ見ながらよろしくね」

「了解しました」

「不穏な単語だけこっちに聴かせる気まんまんだね!」

 

 ぶっちゃけ、ここから先は蛇足というか、趣味だ。

 でも止まる気はない。

 ほら、姉妹で遊んだほうが仲が深まるしね!

 

「姉さん」

「な、なにかな箒ちゃん」

 

 作戦通り、まずは箒から仕掛けた。

 箒に話しかけれた束さんが、ビクッとする。

 

「先ほどの一撃で満足できましたか?」

「……へ?」

「いえ、たった一撃で姉さんの気が済んだのか心配したのですが……。すみません、忘れてください。余計お世話でしたね」

 

 箒がニッコリと笑えば、束さんが涙目で俺を睨む。

 さぁ、どう返すのか楽しみだぜ!

 

「そ、そうだね。私の謝罪の気持ちは尽きることはないから、もし箒ちゃんがやり足りないなら、お姉ちゃんは喜んで罰を受ける所存だよ……」

 

 今の束さんじゃそう言うしかないよね。

 だが安心して欲しい。

 先ほどの箒の様子を見て、これ以上箒の心に負担をかけるのはよくないと理解している。

 ケル・ナグール等はしませんとも。 

 

「箒は偉いな。自分も傷付いているのに束さんの心配ができるなんて」

「姉さんが罪悪感で潰れないよう心配するのは、妹として当然ですから」

「アハハ。焼くなり煮るなり好きにしなよ」

 

 束さんは抵抗を諦めたのか、静かに笑い始めた。

 でも、束さんは少し勘違いしているな。

 

「束さんの罪悪感を薄める為には、箒への奉仕が一番だと思うだけど、どう思う?」

「私としては少し心苦しいですが、それで姉さんの気持ちが軽くなるのでしたら、仕方がないですね」

「……はへ?」

 

 俺と箒の会話を聞いて、束さんの目が点になる。

 ここからは、“箒にされる”ではなく、“箒にしてあげる”時間だ。

 気合入れて乗り切れよ。

 

「さて束さん。謝罪の気持ちを表すのには、色々と足りないと思うんですが」

「それはどういう……」

「は? 手ぶらで謝りに来るとか冗談ですよね? 普通、相手が喜びそうな物、例えば一夏の使用済みタオルとか持参するのは当たり前だろ?」

「んなもん持って来てるわけないじゃん!?」

「使えねぇな」

「使えませんね」

「ダメな姉でごめんなさい!」

 

 今年から社会人……社会人でいいのかな? ニートか自称発明家が適切だけど、まぁ社会人のクセに手ぶらで謝罪とか、常識がなさすぎるよね。

 でも箒、君は声がガチっぽいから少し手加減してあげようね。

 

「なら、一夏の使用済みタオル以外に何か有りませんか?」

「え? えっと、それなら……箒ちゃんはケータイ電話持ってるよね?」

「はい。グラさんに渡された物ですが、緊急時や普段の連絡用にと渡されました」

「ちょっと貸してもらっていい?」

「どうぞ。机の上に置いてありますので」

 

 箒が、さっきまで手紙を書いていた机の上に視線を向けると、そこには折りたたみ式のピンクのケータイが置いてあった。

 それを束さんが手に取り、カチャカチャといじり始めた。

 周囲に画面が投影されているのを見ると、何やら仕込んでる最中のようだ。

 

「はい終わり」

 

 ほんの数十秒で束さんの作業が終了した。

 

「箒ちゃん、イヤホンつけて。んで、しー君は静かにね」

 

 束さんは箒の耳にイヤホンを装着させ、俺に向けて人差し指を立てる。

 なにをするつもりだ?

 まぁここは大人しく黙っておくか。

 

「――――」

 

 箒が目を閉じて、音に集中してる様だった。

 しかし、表情は明るくない。

 あの顔は……困惑?

 

「あの、これは一体なんの音ですか?」

「どんな音?」

「えっと、心音……でしょうか。トクントクンと――」

 

 心音? なぜに?

 

「ふっふっふ。それはね箒ちゃん。いっくんの心音だよ」

「なん――」

「――ですと!?」

 

 一夏の心音とか、また妙なものを……。

 いや、待てよ。

 ふと脳裏にいつか見たテレビ番組の情報が浮かぶ。

 心音には、人をリラックスさせる効果があるらしい。 

 なんでも、胎児の時の記憶を思い出せるとか。

 母親のお腹の中は、人間にとって最高の安らぎ空間なのかもしれない。

 ならば、心音のプレゼントとか的外れでもないのか?

 

 ――例えばだ、スピーカーが仕込まれている、アニメキャラの抱き枕があるとしよう。

 抱き枕に抱きつくき、キャラの胸部分に耳を当てると、トクン、トクンと、アニメキャラ(の中の人)の心音が聞こえてくる。

 …………ありだと思います!

 将来の金策対策の一つとして、心にメモしておこう。

 アイドルバージョンとかバカ売れしそうだ。

 

「まったく姉さんは、こんなので喜ぶと思ってるんですか? もっと常識を学んでください」

 

 ちなみに現在、箒がうっとり顔をしています。

 

「気に入ってくれてなによりだよ。私も、気分を盛り上げたい時はちーちゃんの心音を聞くしね。さすがは私と箒ちゃん。趣味ピッタリだね!」

 

 千冬さんも一夏も、まさか自分達の心音をオカズにされてるとは思わないだろうな。

 

「ケータイ電話には最初から音楽が入ってるでしょ?」

「よくわからん洋楽とか入ってたりしますね」

「それに上書きした感じだから、ちょっと見ただけじゃバレないと思うから」

「なら安心ですね」

 

 束さんにしては、珍しく大当たりの謝罪の気持ちだったな。

 

「箒、そろそろ次に行っていいかな?」

「あ、すみません」

  

 箒は俺と束さんを放ったらかしでイヤホンに集中していた。

 なんかもう、ここで話を終わられせても良い気がするけど、束さんをいじり倒す機会は少ないからもうちょい付き合って欲しい。

 

「んで、次の束さんイジメだけど――」

「イジメって言ってるし!? おかしくない!? 今日はもっと、こう、ねえ? 大事な日には大事な空気があるじゃん!」

「文句でもあるんですか?」

「ないとでも思ってるのかな!?」

「安心してください。次はお望み通りシリアスしますから」

「はへ?」

 

 束さんが望んでるなら仕方ないな。

 うん、仕方ない。

 

「箒」

「はい」

「イメージしろ」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 篠ノ之箒はその日、生まれ育った町に戻って来た。

 姉によって生じた問題は解決し、大好きだった少年に会いに箒は町を走った。

 見覚えるのある道を走り、箒がついにその背中を見つけたのだった。

 だが、見つけたのは少年の背中だけではなかった。

 少年の隣に、もうひとつの背中が付き添っていたからだ。

 その背中姿に箒が覚えがあった。

 引っ越す前の学校で、一夏を取り合ったクラスメイト。

 女子グループの中心で、オシャレで可愛い子だった。

 その少女が一夏の隣を歩いていたのだ……昔の自分の様に。

 少女がふと振り返り、箒と目が合う。

 彼女は驚いて目を見開き、そしてニヤリと笑った。

 

 一夏君、大好き!

 

 そう言って、少女が一夏の腕に抱きついたのだ。

 驚き、声をかけるタイミングを失った箒に向かって少女は笑う。

 その目は、

 

 もう、一夏君の隣に貴女の居場所はないのよ。

 

 そう言っていた。

 

 たった数年。

 されど数年。

 一夏争奪レースで、一番多感な年頃の時に一緒に居れなかった箒は、敗者だった。

 姉によって奪われた青春の時間は、決して戻らないのだ……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ウゴゴゴゴッ

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 目を閉じた状態で負のオーラを発する箒に対し、束さんは土下座した状態でひたすら謝り続けていた。

 

「これから先、いろんな人に束さんの事を聞かれるだろう。その時は今の気持ちを思い出して対応して欲しい。周囲には、姉妹仲が悪いと思わせた方が都合がいいからな」

「……わかりました」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「姉さん……」

 

 目を開けた箒の瞳は、それはそれは冷たい色をしていた。

 

「私は別に怒ってませんよ? だって一夏に彼女ができたとしても、それは私の魅力が足りなかっただけ……。そうでしょう?」

「箒ちゃんは超可愛いので魅了不足ではないと思います!」

「ならなぜ私は彼女になれないのでしょう?」

「わだじのぜいでずぅ。ごめんなざいぃぃ――ッ!」

 

 束さんは頭を伏せたまま泣き出してしまった。

 これは怖い。

 自分で誘導しておいてなんだけど、これは同情する。

 

「くすっ」

 

 泣きながら縮こまる束さんを見て、箒が小さく笑った。

 

「安心してください。私はそこまで怒ってませんから」

「……ほんどに?」

 

 鼻をすすりながら束さんが箒を見上げる。

 そんなに束さんに対し、箒は花が咲いた様な笑顔を見せた。

 

「本当です。だって……私は千冬さんに……」

「「千冬さんに?/ちーちゃんに?」」

「一夏を寝取って良いと言われましたから……ぽっ」

「「マジで!?」」

 

 冷たい表情から一転。

 箒は顔を赤らめ、年に似合わない艶のある表情で頬に手を当てた。

 

 うゎ……まじか。

 千冬さんが寝取り許可出したの?

 あの堅物がなんでそんことを……。

 箒への罪悪感と、昼ドラ知識の合わせ技の結果かな?

 

「いや~さすがはちーちゃんだね。その発想はなかった」

 

 束さんでもなかったですか。

 だよね。俺もなかった。

 

「一夏の初めては全て自分が……などど言うつもりはありません。最終的に私がお嫁さんになれれば良いのです!」

「「おぉ~」」

 

 俺と束さんがパチパチと手を叩く中、箒がグッと拳を握り、力強くそう宣言した。

 子供って、いつの間にか成長してるんだな。

 お兄ちゃん感動。 

 

「そういえば兄さん。いつもの首輪はどうしたんですか?」

 

 箒が、左手にカンペを持ちながら、右手で俺の首を指先でなぞる。

 次の束イジメ……もとい、束イジリへの布石だ。

 しかし箒よ。

 棒読みはいいが、カンペには首輪なんて単語は書いてないぞ?

 

 

「箒、あれはチョーカーって名前のアクセサリーだから。くれぐれも他の人には首輪と言わないように」

 

 直訳では間違ってないけど、色々と誤解を生むからね!

 

「そうなんですか? 前に姉さんに聞いたらそう教えられたのですが……」

「オイ」

 

 サッ

 

 顔背けやがった。

 はは、良い度胸だ。

 

「束さんや、首輪がなんだって?」

「まふがってないじゃん」

 

 束さんは箒に謝ったままの状態、床にお尻を付けた状態だったので、背後にまわり、口に人差し指を入れて左右に引っ張る。

 

「間違ってないね。でも、悪意あるよね?」

「………もくひぃしましゅ」

「一言謝れば許してあげるのに……。あのね箒、実はあれ、爆弾だったんだ」

「っ!?」

 

 俺の暴露に束さんが反応する。

 妹の友人に爆弾を仕掛ける。

 箒がどう思うか分かってるんだよね?

 

「姉さん」

 

 ゆらり、と箒が束さんの正面に立つ。

 そのままゆっくりと束さんに顔を近づけ、身を屈めて正面から目を見つめる。

 

「今、聞き捨てならない単語が聞こえましが、私の気のせいですよね? いくら姉さんが常識知らずでも、さすがにそんことしませんよね?」

「…………(ぱくぱく)」

 

 箒への恐怖か、それとも言い訳が思いつかないのか、束さんは口を金魚のように動かすだけだった。

 可哀想だから口から手を抜いてあげる。

 

「はい前見て、視線逸らさない」

 

 後ろから束さんの顎を両手ではさみ、箒の視線から逃げられない様にする。

 

「姉さん?」

「…………(ぷるぷる)」

 

 いや震えてないで喋れよ。

 

「姉さん、私の目を見て正直に話してください。神一郎さんの話は本当ですか?」

「…………爆弾でした」

 

 箒に睨まれ、束さんは素直に告白した。

 まさに蛇に睨まれた蛙。

 これは笑えますなぁ。

 

「なんでそんなことしたんですか?」

「それは……その、しー君が貴重だったから……」

「貴重とはIS適正のことですか?」

「はい……」

 

 転生者でIS適合者、更に、もしかしたら腹に一物抱えてるかもしれない人間。

 色んな意味で保険をかけるのは当たり前、俺としては別に爆弾に対する恨みはない。

 面白いからチクっただけである。

 束さんも、本当ならその辺を説明したいんだろうが、転生うんぬんの話なんてしたって信じてもらえないと理解してるんだろうな。

 

「すみません神一郎さん。妹として姉さんに変わって謝罪します」

 

 箒が俺に向かって深々と頭を下げた。

 とてもできた妹だ。

 束さんにはもったいないな。

 

「気にするな箒。悪いのは束さんなんだから……」

「うぅ……」

 

 背後から束さんの頬を軽く撫でると、軽く身震いした。

 お望み通りのシリアスだ。

 さぞ嬉しかろう。

 ま、シリアスなど即殺すけどね。

 

「だけど、首に爆弾を着けられた状態で束さんに実験動物として扱われた時間は、俺の心に大きな傷を残したのは事実……」

「兄さん可哀想……」

「もうどうにでもなれ」

 

 俺がいかにも傷ついてる風を装えば、箒がハンカチで涙を拭うフリをする。

 それを見て束さんの目が死んだ。

 邪魔をしないなら丁度良い。

 箒に追加のカンペを渡す。

 

「束さんに生殺与奪を握られてから、俺はいつ死ぬか分からない恐怖で笑顔を忘れてしまったんだ」

「さっきまで普通に笑ってたけどね」

「私も、こうして一人きりになってから、笑うことがなくなりました」

「箒ちゃんには素直にごめんなさい」

 

 箒の笑うに笑えない言葉に、束さんが戸惑っているのが分かる。

 そんなんじゃこれから先苦労するぞ?

 具体的には“今から”だけど。

 

「箒、今の俺達に必要なのはなんだろう?」

「それはもちろろん笑いです。笑顔、と言ってもいいですね。笑う門には福きたる。笑顔はストレスの発散にもなりますし、現状を……兄さん、これとこれは何と読むんですか?」

「ん? ごめん、まだ習ってなかったのか。それは“ひかん”と“なげき”だよ」

「ありがとうございます。ええと――現状を悲観し、嘆いていても何も変わりません」

「その通りだ。笑いを……嫌な思い出吹き飛ばす笑いが今の俺達に必要なんだ!」

 

 手を大きく振り熱弁する俺。

 カンペを片手に淡々をそれを読む箒。

 全てを諦めた顔で体育座りする束さん。

 盛り上がってまいりました。

 

「だけど笑いは実に難しい。人によって笑顔の条件が違うからだ。例えば箒はどんな時に笑顔になる?」

「一夏の笑顔を見ると自然に笑顔になります」

 

 ノータイムの答えだった。

 そして、俺の質問が紙に書いてあったものではない。

 流れのノリだ。

 つまり、箒の答えは本心……。

 束さんが無言で顔を両手で覆った。

 

「ま、まぁ、人の数だけ答えがあるということだ。だがしかし! 今ここには束さんがいる! 天才であり天災。出来ない事がない人類の頂点と言うべき束さんが!」

「なるほど、姉さんなら私と兄さんを笑顔にすることなど簡単です!」

「では参りましょう」

 

 一歩前に出て、手を大きく広げる。

 気分は舞台上の司会者だ。

 

「第一回!」

「篠ノ之束!」

「一発芸大会!」

 

 Fuuuuuuu!!

 

「ではここで、ゲストの箒さんにお話を聞いてみましょう。挑戦者ですが、どこまで行けると思いますか?」

「正直期待してません。普段からお笑い番組などは見ない人ですから。持ち前の計算高さでどこまで頑張れるか――そこが見所ですね」

「なるほど。これは苦しい戦いになりそうでうね。さぁ! 挑戦者の入場です!」

「…………」

 

 束さんは、自分の膝に額を押し当てまま黙していた。

 

「さぁ!! 挑戦者の入場です!!」

 

 だが俺はヤメナイ止まらない諦めない。 

 同じセリフを繰り返し、これでもかと煽る。

 

「…………」

 

 逃げ道はないと気付いたのか、束さんはついに立ち上がり。

 

「糞がァァァァ!!」

 

 天に向かって叫び声を上げた――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 私は姉さんへの自分の気持ちが分からなかった。

 姉さんが消えたのは私を守る為。

 悪いのは私を狙う大人。

 それは父さんや神一郎さんの言葉で理解した。

 でも、感情は別だった。

 

 なぜ私が……。

 どうして……。

 

 そんな気持ちがあった。

 それも、姉さんに暴力を振るった瞬間消し飛んだ。

 

 私は初めて姉さんに暴力を振るった。

 手に響く衝撃、伝わる肉の感触、そして姉さんの顔。

 胃がキリキリと痛み、心臓の音が大きくなる

 そして、理解した。

 私に姉さんは憎めない。

 姉さんへの怒りは確かにあるが、こんな暴力を振るうほどの怒りではない。

 それが分かったから、私は神一郎さんの話に乗り、ちょっとだけふざけようと思った。

 自分が迷惑をかけられたのだから、私も姉さん少し意地悪して良いだろうと、そんな風に思ったのだ。

 途中、神一郎さんの首輪が爆弾だったりとか、驚愕の真実などあったが、姉さんをイジルのは新鮮で面白かった。

 そんな姉さんだが、ついに我慢の尾が切れたみたいだった。

 

「私はもっとちゃんと謝罪したいの! なのになんで邪魔ばかりするの!?」

「真面目に謝罪したい? あのね束さん。加害者のお前には、んなこと選べる権利ないんだよ。真面目な空気だろうと、巫山戯た空気だろうと、ただ頭を下げてろ」

「数時間前までの優しさはどこに行ったの!? 寝てる私に色々イタズラしたクセに手の平返しやがって!」

「それとこれとは関係ない。てか早く一発ギャグしてくれない? テンション上げて逃げようとしても無駄ですよ?」

 

 私を無視して姉さんと神一郎さんが睨み合う。

 非常に懐かしい光景です。

 神一郎さんが寝てる姉さんにナニをしたのか是非とも聞きたい。

 今はそんな雰囲気ではないのが残念だけど。

 

「だいたいさ、しー君がそっち側ってのが間違ってない? 白騎士事件の時、しー君は私の隣に居たよね? だったらしー君も一発ギャグやるべきなんじゃないかな?」

 

 え? 今、またしても聞き捨てならない情報が……。

 

「俺、口で止めようとしてましたよね? そんな俺に電流を流し、力尽くで黙らせたのはどこのどいつだい?」

「私だよ!」

「――――」

「痛い!? ちょっ!? 無言でほっぺに爪刺さないで!」

 

 神一郎さんは無実だった。

 そして、姉さんは相変わずだった。

 安心しました。

 

「そんなに真面目にしたいならやってやんよ。朝まで生トークだ。お題は『夢の為に家族を犠牲にするのは有りか無しか』で。まずは加害者側の意見からね。では束さんにお聞きします。人間、誰しも夢を見る権利がありますが、その為に妹に迷惑をかけるのはどうかと思うのですが、その辺どう考えてますか?」

「えっ!? あの、良くないと思います……」

「良くないと思ったのに行動したんですか? それはつまり、束さんにとって妹はその程度の認識だと思っていいのでしょうか?」

「うぇ!? ち、違うよ? 私にとって箒ちゃんは大切な……」

「ですが、夢と妹を天秤にかけた結果、夢に傾いたのは事実ですよね?」

「違うもん! 両方取ろうとしたもん!」

「ほう? 両方ですか……。ですが、今の結果を見る限り失敗してますよね? 原因は自分でも分かってますか?」

「それは、その……」

「まぁ、分かりやすい答えですよね。束さんにその力が無かった……力不足だったというだけですもんね」

「がはっ!?」

 

 神一郎さんの一言で姉さんが膝を付く。

 言い過ぎなような気もしますが、神一郎さんの言葉が間違ってはいないので何も言えません。

 それにしても、姉さんと神一郎さんは相変わずだ。

 ギャーギャーと喧嘩しながらも、どこか楽しそうな二人。

 背は姉さんの方が高いのに、二人の目線は並んでるように見える。

 それがたまらなく羨ましい。

 

「だいたいさ、加害者の謝罪なんて半分自己満足だからね? 謝りたいとか償いたいとか加害者の気持ち押し付けるなよ。我儘言ってないで素直に道化演じとけ」

「ひっく……」

 

 姉さんが泣き出してしまった。

 ここまで来ると、さすがに見てるだけにはいきません。

 

「神一郎さん、その辺で許してあげてください」

「……兄さん」

「へ?」

「兄さんと呼んでくれ」

 

 それ、一時のおふざけではなかったのですか?

 私としても兄が欲しいと思ったことはあるので、やぶさかではありませんが、やはり少し恥かしい。

 

「じー」

 

 神一郎さんの視線が……。

 仕方がないですね。

 

「兄さん、その辺で姉さんを許してあげてください。私は怒ってませんから」

「だってさ。箒が優しくて良かったね。これからは俺が兄として箒を守るから、お前はうせろ」

「じぐしょう……」

 

 あ、トドメを……。

 男の子は好きな子に意地悪すると言うから、やっぱり神一郎さんは姉さんの事が好きなのでしょうか?

 神一郎さんは同世代の男の子に比べると大人っぽいけど、こういう時は子供だなと感じます。

 それにしても、本当に懐かしい。

 ついさっきまでは静寂に支配されていたホテルの一室。

 ただ一人で私はこの部屋で過ごしていた。

 それが今や、こんなにも懐かしい空気に……。

 

「箒ちゃん?」

「箒?」

 

 じゃれあいを止めた姉さんと神一郎さんが、少し目を見開いて私を見ている。

 どうしたんだろう?

 

「どうかしましたか?」

「どうかしたって……箒ちゃん気付いてないの? もしかして私の為に我慢を……」

「あ―。そっか、そういう……。落ち着け束さん。アレは別に悪い涙じゃないから」

 

 涙? 神一郎さんは何を言ってるんだろう?

 それに、なぜ姉さんはそんな辛そうな顔を……。

 

「箒は別に悲しい訳じゃないよね? ただ、楽しかっただけだよね?」

 

 神一郎さんが私の頬をハンカチで拭う。

 泣いているのは……私?

 

「あれ? あの、その……すみません神一郎さん。今すぐ泣き止みますから」

 

 指摘されたのが恥ずかしくて、袖で目をこする。

 

「ほら、そんなんじゃ目が痛くなるから」

「あう」

 

 神一郎さんが私の手を取り、空いた手で私の目元にハンカチを当てる。

 

「大丈夫。一夏と千冬さんは居ないけど、俺と束さんは此処に居るから」 

 

 私の目を見ながら、神一郎さんが笑う。

 そうか、私は嬉しいんだ。

 久しぶりに姉さんと神一郎さんに会えて嬉しいんだ。

 姉さんへの怒りや憎しみより、またこうして会えた事がなにより嬉しい……。

 

「あ……」

 

 自分の感情を理解した瞬間、涙の量が増えた。

 

「大丈夫。箒の楽しい時間はまだ終わっていないよ。一夏と千冬さん、それに柳韻先生に雪子さん。箒は大好きな人と暫らく会えなくなったけど、まだ俺と束さんが居る。箒には悪いと思うけど、再会できるその日まで、俺と束さんで我慢してね?」

「我慢なんて……。また会えて嬉しいです神一郎さん」

「よしよし」

 

 神一郎さんが私の頭を抱き抱え、頭を撫でる。

 ズルい……。

 今そんことされたら、もう……。

 

「あ……あぁ……うあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」 

 

 私は、神一郎さんの胸の中で全てを吐き出した。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「「「はぁ……」」」

 

 お茶は良い。

 喋って騒いで、乾いた喉と高まった気分を落ち着かせてくれる。

 俺はベットの上、箒は椅子に座り、束さんは床に女の子座りをした状態で湯呑を手に持ちため息をつく。

 

「とまぁ、色々ぐだぐだだったけど、箒的にどうだった? ある程度状況の把握はできた?」

「姉さんは家族を捨てた訳ではない。姉さんだけを恨むのは筋違い。私の人質の価値を上げないよう、私は表向き姉さんを嫌ってなければならない。はい、大丈夫です」

 

 まだ多少目が赤いが、箒は落ち着いた笑顔で笑ってみせた。

 泣き出した瞬間は心配したが、良い方向に進んだみたいだ。

 おう……今更ながら手が震えてる。

 俺って意外と緊張してたんだな。

 

「で、泣いてる妹相手にオロオロするばかりで何もしなかった束さんは、もう話すことない?」

「あのさ、本当に容赦ないよね? あの優しさはなんだったのかと問いただしたい」

 

 束さんに話を振れば、げんなりした顔で頬をふくらませた。

 

「そう言えばさっきもそんなこと言ってましたね。もしかしてその……家族と別れて寂しがる姉さんを、神一郎さんが優しく慰めるとか、そんなのがあったりするのでしょうか?」

 

 箒がチラチラと俺と束さんの顔色を見ながら話に入ってくる。

 お年頃ってやつなんだろうな。

 

「聞いてよ箒ちゃん! しー君てばさ、ここに来る前は膝枕したり料理作ってくれたりしたのに、今はこんな感じなんだよ? これは裏切りだと思う!」

「へー姉さんはそんなことしてたんですか?」

 

 おや? 箒がちょっと不機嫌に……。

 

「箒、どうかした?」

「へ? い、いえ! 別になんでも――」

「箒はこれからの生活の為にも、できるだけ不満なんか口にした方が良いと思うよ? 溜め込んで爆発しないように、ちっちゃなことでも口に出した方が良い」

「そう……ですか。それなら、その……」

「え? 私?」

 

 箒の視線の先には居た束さんが慌てて身を正す。

 

「姉さん、本音で話してもいいでしょうか?」

「も、もちんです」

 

 束さんがプレッシャーに負け、なんとも可愛く噛んだ。

 

「ぶっちゃけます。私が一人で部屋に閉じこもってる間に、姉さんが神一郎さんに甘えてたと思うとイラっとしますね。えぇ。」

「甘えてすみませんでした!」

 

 そりあゃね、自分が一人孤独と戦ってる間に、元凶の姉は男で寂しさ紛らわしてるとか、怒っても仕方ない。

 しかし、束さんは今日一日で土下座スキルが上がったね。

 流れるような土下座だった。

 

「普通に考えて、箒の目の前で甘やかす訳ないでしょうに。束さんに優しくするなら、俺の優しさは全て箒に与えます」

「ごもっともです」

「でも神一郎さんの言い方だと、二人っきりなら甘やかすと言ってるみたですね」

「……しー君てば素直じゃないんだから」

 

 調子に乗りそうだから俺は黙秘します。

 

「ところで、姉さんと神一郎さんにはこれからも会えると思って良いのでしょうか?」

「ん? そうだね。俺は月一で来る予定だけど」

「月に一回……ですか?」

「ごめんな。俺も色々あるからさ」

「いえ! こちらこそ我儘を言ってすみません」

 

 寂しそうな顔をする箒に心の中で頭を下げる。

 俺にはISがある。

 その気になれば、毎日来れるし、いつでも会える。

 だが、俺はそれを良しとしなかった。

 理由は簡単。

 未来を変えない為だ。

 箒の心には隙間がある。

 俺は一夏より自分が格好良いとは思っていないが、万が一……という可能性を考えなければならない。

 てか、毎日毎週箒と密会とか、フラグ以外のなにものでもない。

 俺は鈍感系主人公とは違う。

 中途半端な優しからのフラグなど、自ら折っていきますとも。

 

「姉さんは……会えますか?」

「私は……」

 

 束さんが答えに戸惑う。

 うーむ、この期に及んでなにを悩んでいるんだろう。

 

「箒ちゃんは私に会いたいって思ってくれるの?」

「もちろんです。姉さんは嫌ですか?」

「嫌じゃないよ。でも、私には箒ちゃんに会う資格なんて……」

 

 あぁ、この馬鹿はまだシリアス路線諦めてないんだ。

 えっと、メモ帳とペンは――

 

「私達は家族です。資格なんて必要ですか?」

「箒ちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいよ? でも……それは箒ちゃんの本心なの? しー君の前だからって無理してない?」

「姉さん、貴女は……ってなんです神一郎さん? カンペ? またですか?」

「うげっ……」

 

 箒の手に無理矢理カンペを握らせる。

 めんどくさい姉妹だよ本当に。

 

「なるほど、そういう……ゴホンッ」

 

 箒は一度カンペに目を通した後、咳払いをして椅子の上から束さんを見下ろした。

 

「姉さんは何か勘違いしてませんか?」

「……勘違い?」

「だってそうでしょう? 姉さんに断る権利あると思ってるんですか? と言いますか、加害者が被害者のお願いを断るとか……え? 姉さん、もしかして本当は悪いと思ってないのでは……」

「しー君マジコロ」

 

 束さんが涙目で俺を睨んできた。

 だが俺は悪くない。

 めんどくさい束さんが悪い。

 

「姉さん? 今話してるのは私ですよ?」

「はい! すみません!」

「そもそもです。まさか、私が心の底から許してると思ってるんですか? 一夏と離れる原因を作る姉さんを――」

「いえ! 思ってません!」

「なら結構です。姉さんが私に許して欲しいと本気で思ってるなら……その……」

 

 箒が言葉を途切らせ、チラチラと束さんの顔を伺う。

 

「月に一回は会いに来てください。私は一回の謝罪くらいで姉さんを許すつもりはありませんから」

「箒ちゃん……」

 

 ――姉さんに会いたいのは自分の我儘。

 そんな箒の気持ちが伝わったのか、束さんが立ち上がって箒を見つめた。

 そう、立ち上がってだ……。

 学習しないな。

 

 セット――ハット――ハット―― 

 

「箒ちゃ――」

 

 GO!

 

「んぼっ!?」

「……はれ?」

 

 箒と束さんに間に身をすべり込ませる。

 その結果、俺の頭部は柔らかいクッションに埋まった。

 身長差があるからこそできる芸当だ。

 ビバ子供の体。

 

「しー君、私のおっぱいはどう?」

「さいふぉうでふ」

 

 凄く柔らかくて良い匂いがしています。

 束さんも女なんだなって実感する。

 

「そっか……うふふ……ふははははっ!!」

 

 あ、死の予感。

 

「たば!」

「おごっ!?」

 

 腹に膝蹴り。

 頭から柔らかい感触がなくなった。

 

「たばば!」

「うごっ!?」

 

 アゴに掌底。

 足が床から浮かび、意識が飛かける。

 

「たばばば!」

「姉さんそれ以上ダメです!」

 

 足が床に着く前に、拳の連打を浴びて体が後ろに吹っ飛ぶ。

 俺が最後に見た光景は、憤怒の表情の束さんと、その腰にしがみつく箒の姿だった。

 

 ――束さん、仲直りおめでとう。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 俺が気を失ってた間、箒が俺を介護してくれたらしい。

 俺は聞いていないが、その時に姉妹でちょっと会話したとか。

 目を覚まして時計を見てみれば、時刻は丑三つ時。

 これ以上の夜更しは小学生には良くないと、別れの挨拶と、また来るよと言って、俺と束さんはホテルを後にしていた。

 

 そして現在――

 

「地獄を見た」

「天国の間違いだと思う」

 

 束さんを肩に乗せ、のんびりと帰宅途中だ。

 

「この天災美少女のおっぱいに顔をうずめといてなにを……。生きてるだけでもありがたいと思え。むしろ庇ってくれた箒ちゃんに感謝しろ」

「学校を卒業した女は少女じゃない。巨乳美少女高校生ならともかく、ただの巨乳の対価に命は重すぎるだろ」

 

 訂正。

 のんびりではない。

 

「そもそもそもだ! なんでしー君はあんな真似したのさ! 下手したら酷い状況になってたかもしれないんだよ!?」

「あ、ちょっ! やめろ。流々武を蹴るな」

 

 束さんが足をばたつかせるので、踵がガンガンと装甲にぶつかる。

 そのうち装甲を蹴り破られそうで怖い。

 

「答えなさい」

「はいはいっと。えっとさ、宿題やろうとしてる時に親に『宿題やれ』って言われると、ヤル気なくなるよね?」

「……しー君には私が宿題をやるように見えるの?」

「ごめん。今のは俺の例えが悪かった」

「なんてね。しー君の言ってることは分かるよ。『心理的リアクタンス』ってやつだね」

「え? そんな名前あんの?」

 

 なんか格好良い名前だった。

 大抵は“宿題やろうとしてる時に親に『宿題やれ』って言われると、ヤル気なくなるアレ”で通じるから、専門用語なんて知らなかった。

 それにしてもよく知ってたな。

 心理学なんて興味なさそうなのに。

 

「その顔は『心理学なんて興味なさそうなのに』って顔だね」

 

 ……IS装着してるから顔見れないはずなんだけど?

 やだこの子怖い。

 

「しー君の疑問に答えるとだ、私は人の気持ちなんてわからないと言われている。けどね、人間の気持ちなんて“理解”できなくても“計算”はできるんだよ」

「計算?」

「そそ、大人達と色々やりあうのにさ、その辺が足りないと思ってね。“私がこう動いたら、相手はこう動く”ってのを心理学を元に計算してたのさ」

「そりゃ凄い」

 

 心理学にまで手を出してる流石の天災だ。

 でも、それが役に立つかは微妙なところだ。

 感情よりも利を優先するのが大人なんだから。

 それにしても、ならなぜ箒の気持ちが分からなかったのだろう?

 計算すれば、箒がどの程度本気で怒っているかなんて――

 もしかして“妹の感情を計算したくなかった”とか?

 

「んでさ、心理的リアクタンスがどうしたの?」

「束さんは柳韻先生と雪子さんの手紙読みました?」

「読むと思う?」

「ですよね~。柳韻先生と雪子さんは、手紙の中で束さんを許せ的なこと書いてあったんですよ」

「私を? なんで? うーみゅ……媚び売ってるのかな? 自分達が好かれてないなんて理解してるだろうし……マゾ?」

「気持ちの計算してそれか」

 

 親の気持ちとか、そういったものが抜け落ちてる。

 待てよ? 束さんの場合は親の気持ちから計算しなきゃダメなのか?

 そんな面倒なことをする束さんではない……。

 感情の計算とか死にスキルじゃんか。

 

「話を戻すけど、箒の中には束さんを“許したい気持ち”と“許したくない気持ち”の二種類あると思ったんだよね」

「ふむふむ」

「だからさ、箒が自分で気持ちを固める前に、周囲から『姉を許せ』って言われたら、逆に意固地になるんじゃないかなって――」

「なるほど、それが心理的リアクタンス……」

「誰も彼も束さんの味方じゃ箒が可哀想でしょ? 誰かがさ、『姉を憎んでもいいんだよ』って言ってあげた方が良いと思ってね」

「複雑だけど、一利あるのは認める……」

 

 束さんが手足の力を抜き、ぐでっと緩む。

 飛行中のISの肩で器用なことだ。

 

「だがしかし!」

 

 今度は手足をビーンと伸ばした。

 本当に器用なことだ。

 

「だからってアレはないんじゃない!? 途中から絶対楽しんでたよね!?」

「箒に叩かれて弄られて怒られて……本気で嫌だった?」

「どこかほっとしてる自分がいますですはい……」

 

 真に反省した人間は、時に罰を望む。

 言葉だけの許しより、責められたいと思うものだ。

 言い訳しとくと、俺は束さんにも気楽になって欲しかったのだ。

 自分が楽しんでたのは否定しながな!

 

「しー君の考えは理解したよ。色々……うん。本当に色々言いたいことはあるけど、結果良ければ論で許してあげるよ」

「それはどうも」

 

 どこからも上から目線のセリフに思わず苦笑する。

 まぁ、束さんらしくて良いけど。

 

「ところでしー君」

「なんです?」

「しー君はこれからどうするの? 今連休中でしょ?」

「憂いは断ちましたし、中国にでも行こうかと思ってます」

「中国?」

「九寨溝に老虎嘴に七彩山! IS使って上空から眺める景色はきっと最高なはず! 残り少ない春休みだけど、満喫する所存です!」

「あれ? まだ学校通うの?」

「そりゃ小学生ですから」

「え? なんで? 意味ないじゃん。もしかしてロリコ……ゴホンッ! 友達と別れるの惜しいとか?」

 

 俺がまだ学校に通うのがそんなに意外か?

 そして非道い風評被害だ。 

 

「女子小学生と別れのが寂しいみたいな言い方すんな! あのね、遊びってのは、苦行があるから楽しいの! 学校で退屈な授業を受けながら、週末はどこ行こうかと考えるのが楽しいんだよ!」

 

 やりたい事をやりたいだけやっていたら、人間は腐る。

 人生を楽しむ為には我慢も必要なのだ。

 

「ふーん。ま、しー君の人生だからとやかく言うつもりはないけど……」

「ないけど?」

「ちょっと手伝って欲しいことがありまして……」

「あ、無理です。俺は明日の昼は本場の四川麻婆を食べる予定なので」

「――流々武解除&装着」

「へ?」

 

 瞬間、俺の体は重力に引っ張られた。

 

「ちょっぉぉおぉぉおぉ!!」

 

 溺れる者は藁をも掴む。

 空から落ちる者も藁をも掴む。

 俺は必死に手をばたつかせ、触れたナニカを力一杯掴んだ。

 

「ほらほら、力抜くと落ちるから気をつけるんだよ」

 

 俺が掴んだの見覚えのある足。

 流々武の脚部だった。

 そして、流々武の中から聞こえるのは天災の声。

 やりやがったなこの野郎。

 

「人間は重力に魂引かれる生き物なんだよ!」

「よく分かんないけど、テンパってることだけは伝わった」

 

 コアラの様に流々武にしがみつく。

 肌に感じるのが冷たい強風。

 視界に映るのは街の明かり。

 お願いを断っただけでまさかこんなピンチが訪れるとは――ッ!!

 

「でねしー君。お願いがあるんだけど」

 

 マイペースですね!?

 早く相棒返せ!

 

「お願いってなに!? 面倒事なら勘弁して欲しいんだけど!!」

「ちょっとね、引越しのお手伝いをしてほしいんだよね」

「引越し?」

「そうそう、引越し。今ね、東京湾から少し離れた場所に、私の拠点兼研究所の潜水艦があるんだけどさ、機材やらなんやらが湾近くの倉庫に置きっぱなしで困ってるんだよね」

「機材? 実験で使ったりするんですか?」

「だよ」

「潜水艦内で自分で作れ。はい解決」

「…………」

 

 アクロバットな動きはらめぇぇ!!

 落ちるっての!

 

「自分で一からってのも不可能じゃないけどさ、お金で買えるものは買ったほうが時間的に得でしょ? だから今日まで色々買い込んでたんだよね。それを拡張領域に入れて、潜水艦まで運んでほしいんだよ」

「分かった! やる! やるから動くな!」

「必死に私にしがみつくしー君……イイネ!」

 

 顔は見えないが、だらしない笑顔してんなってのは分かる。

 

「そんな顔しないでよ。潜水艦の話を聞けばしー君も興味でると思うからさ」

 

 潜水艦は漢のロマン。

 それは認める。

 だが、中国の大自然には劣ると思う。

 

「艦の名前は【トゥアハ―・デ・ダナン(仮)】! 全長218m! 全幅44m! 最大速力50kt以上を誇る強襲揚陸潜水艦である!!」

「まじで!?」

 

 え? 本当に? 本気でアニメの兵器再現したの? そうなると話は全然変わるよ?

 

「ま、外観だけだけどね。私にとって大事なのは中身だから、見かけはしー君好みにしてあげたんだよ? 感謝すると良い!」 

「束さんマジ最高!」

「ふふーん。しかも! 心臓部は原子炉ではなくISコアを搭載! 6基のコアを使用することにより、ステルス戦だけではなく、飛んで空戦することも可能!」

 

 全国の権力者の皆様へ。

 束さんを怒らせないでください。

 本気で怒らせると、目に見えず、レーダーに写らない巨大船が空から爆雷落としたりてきます。

 お願いだから本気にさせないでください。 

 

「で、どうかな? 見たい?」

「見たい乗りたい触りたい。束さん、流々武を返すんだ。俺を抱えるより、俺が束さんを抱えた方がスピードが出る」

「おっけ。流々武解除!」

 

 掴んでたものが消え、再びの浮遊感。

 しかし、今度は慌てず空に向かって手を伸ばす。

 

「来い! 流々武!」

 

 相棒の名前を呼べば、すぐさま浮遊感は止まる。

 

「よっと」

 

 肩に衝撃。

 束さんが着地した。

 空中で本当に器用だな。

 

「んじゃ行きますか」

「あ、艦の名前はまだ仮称だから、到着するまでに考えようよ」

「そのまんまじゃダメ?」

「それはつまらない」

「なら互いに案を出し合いますか」

 

 空を飛びながら束さんと談笑する。

 ここからは原作知識が曖昧な、俺から見れば空白期。

 なにがあるのか分からないのが怖い。

 でも――

 

「うーん。羅生門、銀河鉄道、人間失格……漢字系は可愛いさがイマイチだよね」

 

 馬鹿な名前を真剣に考える束さんと遊ぶ日々は、きっと楽しいに違いない。




次回はツインテロリが登場予定ダヨ!

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