俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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篠ノ之箒の新しい日常

 

 とある県にあるマンションの一室。

 私は新たな住居で生活しています。

 ちなみに両隣りは護衛の人が住んでます。

 

「箒ちゃん、お皿出してくれるかしら?」

「はい」

 

 薄手のセーターを着たおっとりとした女性がフライパンを握りながら私に微笑む。

 

「箒さん、飲み物はコーヒーと牛乳どちらを?」

「牛乳でお願いします」

 

 長い黒髪をポーニーテールで纏めたスーツの女性が各人の飲み物をテーブルに並べる。

 

 セーターの女性は“羊谷さん”。

 スーツの女性は“孤島さん”。

 私の近辺警護を担当してくれている人達だ。

 

「はいどーぞ」

「ありがとうございます」

 

 羊谷さんからお皿を受け取る。

 ベーコンと卵とほうれん草の炒め物、焼かれたウィンナーにトースト。

 温かく、とても家庭的な料理です。

 

『いただきます』

 

 手を合わせ箸を手に取る。

 特別な会話はない。

 テレビをつけ、朝の情報番組をBGM代わりに食べ始める。

 これが私の最近の日常だ。

 

 

 

 

 私と護衛の人達は一緒に食事を取る関係ではなかった。

 向こうは仕事だからか、グラさん以外は事務的な対応だった。

 私の方も、相手に迷惑をかけないよう積極的に話しかける事はなかった。

 だって私は“篠ノ之束の妹”ですよ?

 私を守ってくれるの嬉しいが、姉さんの所為で私を守るだなんて危険な仕事をしてるかと思うと、なんとも顔を合わせづらいのです。

 だから私は適度の距離を保って付き合ってた。

 最初の一ケ月は――ですが。

 

 始めは日常会話だった。

 

 おはよう

 おやすみ

 

 そんな普通の言葉だ。

 それから徐々に学校の事とか、困ってる事はないかとか、日常の会話が多くなった。

 彼らは決して無理に近づこうとはしなかった。

 会話は短く、部屋には長居せず、それでいて私を邪険に扱わない。

 私としても申し訳ない気持ちがあったので、できるだけ会話を続けた。

 そして……ふと気付けば一緒に食事するようになっていた。

 大人の話術って凄いと素直に思いました。

 

「箒ちゃん、今日の予定はあるの?」

「特に出かける用はありません」

「そうなの……」 

 

 今日は休日だ。

 だけど私は出かけることはない。

 何故なら、私が動けば護衛の人達も動く。

 迷惑はかけたくないのだ。

 私の気持ちを理解しているのか、羊谷さんはそれ以上なにも言わなかった。

 

「ではお昼ご飯はどうしますか? お昼は自分が担当ですので希望があればどうぞ」

 

 孤島さんがは落ち着きのある大人で、表情の変化がほとんどない。

 最初は苦手だったが、千冬さんに似ているのでそういった態度もすぐ慣れた。

 

「お昼ですか……」

 

 朝ごはん食べながら昼食を考えるのは変な話しですが、これもコミュニュケーションの一つだ。

 朝がパンなのでお米……いや……。

 

『私は今、最近若者に人気のパスタ屋に来ています』

 

 テレビから流れる声に目が行く。

 私だけでなく、羊谷さんと孤島さんもテレビを見ていた。

 映像に映るのは美味しそうなパスタの数々。

 

「孤島さん……」

「了解しました。ですが、専門店程のクオリティは期待しないで下さい」

「あらあら、そんなこと言って本当はヤル気まんまんなんでしょ? 孤島ちゃんはパスタ好きだものね」

「そうなんですか?」

「羊谷先輩、個人情報の漏洩です」

 

 孤島さんの顔がわずかに赤くなる。

 これはお昼が楽しみですね。

  

「あ、そうだ箒ちゃん」

「なんでしょう?」

「午後から作戦会議があるから部屋に居てほしいの。大丈夫かしら?」

「問題ありません。あの、他の人達は……」

「リーダーと大熊さんは徹夜開けでまだ寝てるわね。猫ちゃんは外回りの人達とお喋り中じゃないかしら」

 

 昨夜の夜勤はグラさんと大熊さんでしたか。

 私が寝てる間も寝ずの番をしてくれてたんだと思うと申し訳ない気持ちになります。

 外回りの人達というのは、近辺護衛以外の人達です。

 町に通じる道を監視したり、学校に近付く不審者が居ないか監視したりしてるらしいです。

 人数も多いらしく、私は会ったことがありません。

 猫山さんはその人達と情報交換中ということでしょう。

 

「ご馳走様でした」

 

 箸を置き手を合わせる。

 私が食べ終わるのを待っていてくれたのだろう。

 それを合図に羊谷さんと孤島さんが立ち上がる。

 食後、護衛の人達は部屋に長居しない。

 私に対し適度な距離感をとり、プライペードを保つ為だと思う。

 ありがたいことです。

 

「洗い物はいつも通り私がします」

「お願いね箒ちゃん。それじゃあまたお昼に」

「失礼します」

 

 二人を玄関まで見送った後お皿を流し台まで運ぶ。

 洗い物は私の数少ない仕事だ。

 料理を作ってもらい、後片付けも全て任せる。

 そんな状況が嫌だったので、お願いして洗い物は一任してもらっている。

 神一郎さんも、日常生活を心がけた方が良いと言ってましたし、きっと逃亡生活ではこういった日常が大切なのでしょう。 

 

 さて、お昼までは勉強でもしますか。

 ……その前に韓流ドラマを見ながら食後のお茶を楽しみましょう。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「美味しいです」

「お口に合ったようでなによりです」

 

 お昼はひき肉たっぷりのボロネーゼ。

 ボリュームがあるけど、トマトソースのおかげでさっぱりと食べれます。

 竹刀を持たなくなってから結構経つので、体重がちょっと心配な私です。

 

「おいし。やっぱり本気じゃない孤島ちゃん」

「美味しい食事はストレスの発散にもなります。箒さんの為にも食事の手は抜きません」

 

 もくもくもくもくと、お喋りしながらも二人の手は止まりません。

 体が資本だからか、皆さんとてもよく食べるんですよね。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

 

 食べ終わるのが早い。

 私はまだ半分も食べてませんが、別に急かされることはありません。

 二人はお茶を飲みながらまったりとテレビを見ています。

 私に食事のペースを合わせるでもない、かといって急かす訳でもない。

 これは“気を使わない気づかい”らしいです。

 

「リーダー達が来ましたね」

 

 チャイムの音が聞こえた訳でもないのに、孤島さんが立ち上がって玄関に向かう。

 無線かなにかでしょうか?

 

「お邪魔します」

「おっす嬢ちゃん。元気してるか?」

「んだよ。まだメシ食ってんのか」

 

 部屋に入ってきたのは、グラさん、大熊さん、猫山さんの三人だ。

 

「こんにちは。あの、もう少しで食べ終わるので――」

「あら、いいのよ箒ちゃん。……来いや」

「ゲッ! 待て姉御! 俺は別に急かした訳じゃ――ッ!」

「いいから来なさい」

「いだだだだだッ!?」

 

 猫山さんが羊谷さんに頭を掴まれ隣の部屋に運ばれる。

 千冬さんを彷彿とさせる見事なアイアンクローです。

 さすがは“脱ぐと凄い(意味深)”と評判の羊谷さんです。

 

「自分達は部屋で待ってるから、食事が終わったら来てくれ」

「はい」

 

 グラさん達が部屋――通称“作戦会議室”に入っていく。

 私の部屋は2LDKの間取りで、ひと部屋は個室として使わせてもらっているが、もう一部屋は今回の時のように皆が集まる場所となっている。

 作戦会議室と言っても、大きいテーブルが置いてあるだけですが。

 

「お待たせしました」

 

 食べ終わった食器を水に漬け作戦会議室に入る。

 部屋の中では五人の人間がテーブルを囲って座っていた。

 

 

 五人のリーダーであるグラさん。

 人当たりが良く、なかなかのイケメンさんです。

 

 身長190cmを越える大きな身体の持ち主の大熊さん。

 年齢は40歳を超えていますが、鍛え抜かれた肉体が自慢のおじさんです。

 

 頭を押さえて苦しんでるのは猫山さん。

 短く刈り上げたツンツン頭の人で、見かけはまんまヤンキーです。

 本人も否定はしません。

 口調は荒いけど、実は面倒見の良いお兄さんです。

 

 湯呑にお茶を入れ、皆にまわしているのは羊谷さん。

 若く見えますが、年齢は三十路を……らしいです。

 詳しくは私も聞いてません。

 髪は肩にかかるくらいで、性格も外見もゆるふわな人です。

 が、実は数年前までボディビルが趣味だったらくし、腹筋バキバキのお姉様です。

 

 静かにお茶を飲むのは孤島さん。

 いつもクールで格好良い人です。

 私に対して事務的な対応が多いですが、決して冷たい人ではありません。

 今日のお昼の時のように、私にとても良くしてくれます。

 

 この五人が私の近辺警護担当してくれている人達です。

 基本的にメンバーが変わることはないそうで、私が大人になるまで、または守られる必要がなくなるまで側に居てくれるそうです。

 

「箒君も来たし始めるか。大熊さん」

「あいよ」

 

 大熊さんが大きな紙をテーブルに広げる。

 これは……工場の地図?

 

「来週社会科見学があるだろ? 参加する気はあるかい?」

 

 確かに来週社会科見学がある。

 場所は確かパン工場だったはずだ。

 

「私が決めてよいのですか?」

「あぁ、箒君の意見を尊重するよ」

 

 てっきり私は不参加だと思っていた。

 だって私は追われてる人間だ。

 そういった学校行事は参加出来ないと、そう思っていた。

 もし参加したら皆さんに迷惑だろうし……。

 

「箒ちゃん、私達のことは気にしなくていいのよ?」

「そうだぜ嬢ちゃん」

 

 迷いが顔に出てたのか、羊谷さんと大熊さんが参加を促してくれる。

 正直、参加したい。

 社会科見学中のお昼ご飯に、工場で作られた焼きたてのパンが出るそうです。

 個人的に焼きたてのロールパンとか超食べたいです。

 

「おい」

 

 未だ悩む私に猫山さんが鋭い視線を向けてくる。

 

「ガキがうだうだ悩んでんじゃねーよ」

 

 猫山さん……それは子供らしく我が儘を言えってことですか?

 私に気を使ってくれてる発言なのでしょうが、そんな風に言うと……。

 

「猫ちゃん?」

「待ってくれ姉御。今のは……」

「わかってるわ。あ・と・で……ね?」

「マジカヨ」

 

 羊谷さんは女子力の高い素敵な女性です。

 ただ、たまに笑顔が怖いです。

 

「相変わらず口が悪いな坊主」

「てかなんで俺だけなんだよ。おっさんだって似たようなもんだろ?」

「大熊さんは相手によってはちゃんと敬語を使ってます。貴方は誰にでも同じな上にガラが悪すぎです」

「お前には聞いてねーよ」

 

 猫山さんと孤島さんは歳が近いせいか、微妙に仲が悪いんですよね。

 

「羊谷は昔の自分を見てるようで気になるんだろ。コイツも昔は酷かったからな」

「大熊さん?」

「ははっ。で、どうするよ嬢ちゃん」

 

 逃げましたね大熊さん。

 羊谷さんが昔やんちゃだったことは私も知っています。

 その、外見は普通の美人さんなのに、体は歴戦の戦士なんですよね。

 なので気になってしまって色々聞いてしまいました。

 詳しくは言えませんが――

 

 婚期、男ウケ、女子力

 

 がキーワードです。

 

「参加してもいいですか?」

「もちろん。だが、その為にも箒君にはこの地図を覚えてもらいたい」

「地図をですか?」

「そうだ。当日は俺達が周囲を見張るが、万が一の時に素早く脱出できるように協力してほしい」

「お前だってクラスメイトが巻き込まれたら嫌だろ? だからいざって時の為に外に出る道を覚えろ」

「分かりました」

 

 自分の身を守る為だけではなく、クラスメイトを守る為にも必要な努力。

 それ惜しむ気はない。

 だけど、万が一を考えるとやっぱり怖い。

 丁度今日は姉さんが来るし、クラスメイトに迷惑をかけないよう協力を頼みましょう。

 

「地図全部を覚える必要はない。生徒達が通る道はこちらで把握してるから、その過程で逃げる場合の最短ルートだけ覚えてくれ」

 

 グラさんが赤ペンで地図の道に赤線を引く。

 

「工場に継る道は別のグループが見張っている。自分達は出口付近で待機しているから、緊急時にはそこまで来てくれ」

「グラさんは建物内に入らないのですか?」

「箒君の存在を工場の関係者は知らない。下手に情報を流せばどこから漏れるか分からないからだ」

 

 あくまで隠密に――ってことですね。 

 てっきり変装して側に居るのかと思ったんだけど……。

 私が気兼ねなく学校行事に参加出来るように気を使われてる感がありますね。

 くっ……申し訳ない気持ちが……。

 

 あ、そうだ。

 

「グラさん」

「なんだい?」

「私が自分の足で出口までってことは理解しました。そこでお願いがあるのですが……」

「お願い?」

「その、最近運動不足でして……」

 

 引越ししてからはホテルに引きこもり、ご飯はルームサービス。

 マンションでの生活では皆さんに作って頂いてるが……カロリー多め、なんですよね。

 私が運動するのは授業の体育くらいで……。

 

「そうだね、いざって時の為に体を動かしてた方がいいか」

「できれば剣道がしたいのですが……」

 

 我が儘だとは分かっている。

 でも、そろそろ竹刀の感触が懐かしい。

 

「うん。スタイルの維持に運動は大事ね」

「運動不足は体調にも影響します。わたしは賛成です」

 

 女性陣は賛成。

 

「今まで嬢ちゃんは迷惑かけたくないって遠慮してたんだろ? その程度の我が儘なら我慢する必要ねぇよ」

 

 大熊さんがニカッっと笑って自分の顎を撫でる。

 

「どこぞの道場を借りるのも面倒だ。屋上でやればいいだろ? それなら護衛も楽だ」

 

 猫山さんはめんどくさそうに言うが、暗に出来るだけ私が気を使わない方法を提示してくれている。

 ランニングするにしても、道場を借りるにしても、何人の人間が私の為に動くか、それを私は知らない。

 猫山さんの言う通り、屋上が使えるならそれが一番面倒が少ないだろう。

 

「ならそうするか。箒君、さっそく午後から始めるかい?」

 

 メンバーの意見を聞き、グラさんがOKを出した。

 是非ともお願いしたい。

 

「はい。よろしくお願いします」

「それなら俺が見よう。剣道は経験者だ」

「ありがとうございます!」

 

 大熊さんの嬉しい提案に思わず声が弾む。

 実は私、内緒で護衛メンバーの情報を知っているんですよね。

 性格や考え方を知っていれば誤解によるすれ違い減るから、といった理由からです。

 知っていなければ、猫山さんの裏の意味を読み取ろうとしないで勘違いしていたでしょう。

 

「ならオレも付き合う。最近なまってるし」

「では大熊さんと猫山君に箒君を任せるよ。羊谷さんと孤島君は午後は休みだ。好きに過ごしてくれてかまわない。何か質問はあるか?」

 

 グラさんがメンバーを見回し、意見がないか確認する。

 

「では各自行動に移ってくれ」

 

 何もないと知るとグラさんが指示を出す。

 それから皆が一斉に立ち上がった。

 

「それじゃあ箒ちゃん、また明日ね」

「また明日会いましょう」

「はい、お疲れ様でした」

 

 羊谷さんと孤島さんは今夜の夜勤担当。

 午後は自由時間なので、適当に休んで夕方には寝るはず。

 よく生活習慣が狂わないなと尊敬します。

 

「俺は部屋に戻る。お邪魔したね箒君。地図は置いておくから、逃走経路の暗記を頼んだよ」

「はい」

 

 三人が退出し、残りは大熊さんと猫山さんになった。

 

「動くと言っても嬢ちゃんは食事が終わったばかりだろ? ちょっと腹ごなししてから始めようか」

 

 そう言って大熊さんは居間の椅子に座りテレビのスイッチを入れた。

 

「ならオレは竹刀を仕入れてくる」

「ありがとうございます」

 

 猫山さんが一旦外に出ていった。

 大熊さんの言う通り、食後間もないので動く気になれない私は大人しく椅子に座る。

 

「夜の食事当番は俺と坊主だ。嬢ちゃんは何か食べたいものあるか?」

 

 ご飯の話題が多いのは気のせいではない。

 皆さん食べるのが大好きなんですよね。

 羊谷さんが言うには――

 

 ①筋肉量が多いとエネルギーの消費が激しい

 ②護衛者は全員が体を鍛えている

 ③だからお腹が減るのが早い

 

 らしいです。

 個人的には――

 

 ④娯楽が食事くらいしかない

 

 もあると思っています。

 

「晩ご飯ですか……」

 

 朝はパン、昼はパスタ、なら夜はお米以外ありえませんね。

 日本人として1日一食お米は外せません。

 

『今日は旬のトマトを使った鍋料理を紹介したいと思います!』

 

「トマトか」

「トマトですね」

 

 とても美味しそうだけど、大熊さんは乗り気じゃない様子。

 昼がトマトだったので、私も違うのが……。

 

『トマトは高血圧や老化予防だけではなく、美容やダイエット効果があるんです』

 

「高血圧……」

「ダイエット……」

 

 大熊さんは血圧が気になってるんですね、始めてしりました。

 別にトマトに飽きてる訳ではないので、個人的にはトマト鍋でも……。

 

『トマト鍋と聞くとヘルシーな感じで男性にはイマイチ! と思われるかもしれませんが――見てください! この大きなベーコン! たっぷりのトマトと厚切りベーコンで女性も男性も大満足の一品なんです!』

 

「厚切りベーコンか――ッ!」

「厚切りベーコンですね」

 

 だいぶ乗り気ですね。

 

「嬢ちゃん、メモとペン貸してくれ」

「期待しています」

 

 運動後のご飯はとても美味しそうですね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 屋上は思いの外広く、多少の運動が出来る程のスペースがあった。

 ジャージに着替えた私は軽くランニングをし、大熊さんと竹刀で打ち合った。

 大熊さんは経験者というだけはあり、私の打ち込みも簡単にいなされてしまった。

 とても良い練習になりました。

 ちなみに、猫山さんは屋上の隅でずっと筋トレをしていました。

 剣道なんて興味がないフリをしつつ、時々こちらを見ていたのが印象的でした。

 

 日が暮れる前に切り上げ、その後シャワーで汗を流し――夕飯の時間になりました。

 

 

 

 

 

「美味しいです!」

 

 トマトのさっぱりしたスープに極悪な厚切りベーコン。

 この組合わせは最強ですね。

 スープは酸味のあるトマト。

 キャベツ、人参、ブロッコリーなどの甘味がある野菜がとても生かされる一品です。

 そしてメインのベーコンがやばいです。

 ベーコンを噛じり白いご飯をほおばる。

 運動した後のこれは止まりません。

 

「トマト鍋なんて色物だと思ってたけど、これはアリだな」

「だな。おい知ってるか? トマトは老化の予防や高血圧の予防効果があるんだってよ」

「おっさんってテレビで見たまんまの情報をすぐ言うよな」

 

 私的には美肌、ダイエット効果の方が嬉しいです。

 それにしても猫山さん、トマト鍋と聞いて最初は眉間にシワを寄せてたのに、随分と美味しそうに食べてますね。

 

「それにしてもよ」

「はい?」

「お前、こんなメンツとメシ食ってウマイか? なんなら前みたいに一人で食べててもいいんだぜ?」

 

 えっと、『俺みたいなガラの悪い男とおっさんが一緒で落ち着いて食事できるのか? 無理して気を使わないで一人で食事してもいいんだぜ?』ってことですか?

 自信はないけど、そうなのかな?

 

「悪いな嬢ちゃん。こいつなりに気ぃつかってんだよ。あまり怖がらないでやってくれ」

「さわんじゃねーよ」

 

 猫山さんの真意が読めず思考しながら顔を見つめていたら、大熊さんが猫山さんの頭を乱暴に撫でた。

 その腕を猫山さんが嫌そうに手で払いのける。

 うん、猫山さんが言うような“いや”って気持ちはないかな。

 

「大丈夫です猫山さん。私、皆さんと一緒にご飯食べるの好きですよ」

「はっ、そうかよ」

 

 猫山さんのツンデレぶりは可愛いですね。

 そうそう、皆さんの名前は偽名です。

 コードネームと言っていいですね。

 “名は体を表す”を元に決めたらしいです。

 

 大熊さんは見た目が熊っぽいから。

 猫山さんは性格からその名前が付けられました。

 いつか本名を知りたいです。

 

「シメは残りの汁に白米、その上に粉チーズだ」

 

 なんちゃってトマトリゾットですね。

 しかしオマケにチーズとは――

 カロリーが……カロリーがやばいです。

 

「うぅ……美味しいです」

 

 ダイエットは明日から……。

 えぇ、明日からもっと頑張ります。

 

「トマト鍋なんてどうかと思ったが、意外と米に合って嬉しい誤算だな!」

「あぁ、鍋なら作るの簡単だし、これからは全部鍋でいいんじゃねーか?」

 

 全部はちょっと……。

 週一くらいなら私も大歓迎です!

 

 

 

 

 

「そろそろ行くか。後は頼むな、嬢ちゃん」

 

 食事を終えてお茶で一休みした後、大熊さんが鍋を、猫山さんが食器を流し台まで運んでくれた。

 猫山さん……悪ぶってるのにそういった事をちゃんとやるからツンデレと言われるんですよ?

 

「はい。今日もありがとうございました」

「地図を覚えるのも忘れんなよ」

「もちろんです」

 

 二人を見送った後、私は本番に備えて準備をする。

 洗い物を速攻で終わらせ、ポットに水を入れ湯沸しボタンを押す。

 時間的にそろそろかな?

 

 コンコン

 

 まるで見計らってかのようにノック音が聞こえた。

 カーテンを開けると、そこには黒いロボの肩に乗る姉さんが居た。

 一ヶ月ぶりの再会です。

 

「姉さん、神一郎さん。こんばんは」

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 ――沙織、お前は昔から変わらないな。

 ――サトシ!?  アンタなんで此処に居るの!?

長居し

 少女マンガにハマりつつあります。

 子供の頃に別れた幼馴染が高校で出会うシーンは素晴らしいですね!

 

 ――お前は昔からホント勉強できないな。オレが教えてやろうか?

 ――うっさい! 私に構うな!

 

 互いに成長した姿を見て意識する二人。

 素直になれない二人だけど、時間をかけて徐々に昔の姿に戻っていく。

 

 ――沙織ちゃんはいつも元気だね。

 ――先輩!?

 

 そして気の強い幼馴染とは違い、落ち着きのある大人な先輩の登場で揺れる乙女心。

 

「ふう……」

 

 神一郎さんに勧められて読んでみたが、これは良い。

 少女マンガ……最高じゃないか!!

 

 今まで興味はなかったが、読んでみるとこれが実に面白い。

 まるで自分と一夏の様な……なんてことは言わないけど、主人公に自分を投影してつい応援したくなってしまう。

 神一郎さんが言うには、子供の頃別れた幼馴染が大きくなってから再び出会うのは、王道の一つらしい。

 まだ見ぬ少女マンガは沢山ある。

 これからが楽しみです!

 

 読み終わった本を閉じ机の上に置く。

 今読んだ本が未だ一巻しか出てないのが残念だ。

 借りた本はこれで全て読み終わったので後ろを振り向く。

 

「よーしよし、束さんは可愛いなぁ~」

「えへへー」

 

 私の後ろでは、姉さんが神一郎さんに膝枕されながら愛でられていた。

 

「ほ~らこしょこしょ」

「ゴロゴロ」

 

 神一郎さんが姉さんの顎の下を撫でると、姉さんが嬉しそうに喉を鳴らす。

 なんとも甘ったるい雰囲気だ。

 今の光景だけを見れば、だけど。

 

 今日の神一郎さんの作戦ですが――

 

 全力で束さんを甘やかす作戦!!

 

 らしいです。

 聞こえは可愛いけど、私に対して罪悪感を持っている姉さんを私の前で甘やかすことで、姉さんの罪悪感を刺激するらしいです。

 えぇ、とてもえげつない作戦です。

 

「可愛い……可愛いよ束さん。妹を家族と引き離すクズだけど本当に可愛い」

「えへへー」

 

 笑いながらも姉さんの目はすでに死んでいます。

 私に助けを求めることもなく神一郎さんに愛でられています。

 

「心を殺すな。その胸の痛みも罰だとしれ」

「ぐす……」

 

 姉さんの目から涙がツーと流れた。

 現実逃避も許さない鬼畜っぷりに見てる私も怖くなります。

 

「神一郎さん、そろそろ許してもいいのでは?」

 

 私が神一郎さんに姉さんを解放するようにお願いすると、姉さんの目に少しだけ光が戻った。

 久しぶりに会うんだし、私的にはお喋りとかしたいんです。

 

「箒」

「はい」

「俺な、この前束さんに薬で眠らされて拉致られたんだ」

 

 あぁ……姉さん……貴女という人は……。

 

「それからな、手の皮を剥がされたりしたんだ」

「え?」

 

 驚いて神一郎さんの手を見るも、包帯は巻かれてたりはしてない。

 それほど酷くはないようだ。

 

「箒の部屋に居る限り俺と束さんの力関係は逆転する。ふふっ……ねえ束さん。嫌なら帰ってもいいんだよ? 箒に尻を見せて部屋から出ていくか、俺に可愛がられるか――選べ」

「――私を可愛がってください」

 

 哀れ姉さん。

 でも助けません。

 だって神一郎さんの目が怖いし、姉さんは時々釘を刺さないと暴走するのは妹の私には十分理解出来てるから。

 だからそんな潤んだ瞳で見ないでください。

  

「箒はマンガ読み終わったの?」

「はい」

「どうだった?」

「面白かったです!」

 

 今まで興味がなかったが、読んでみると思いの外面白くて私はすっかり少女マンガを好きになってしまった。

 

「気に入ってくれて嬉しいよ。良かったね束さん、誰かのせいで笑顔を忘れた箒が笑っているよ」

「えへへー」

 

 神一郎さんは微笑みながら姉さんを責めることを忘れません。

 姉さんガンバ!

 

「今回の引越しで三回目だっけ?」

「はい」

 

 私が父さん達と別れてから、既に三回引越しをした。

 居場所がバレない様に暫くは小まめに引越しをする、とグラさんが言っていました。

 

「マンガってさ、全国どこでも読まれてるし一定の読者が居るから、学校で話題に困ったらマンガの話題はアリだと思うよ」

「はい!」

 

 なるほど、神一郎さんが私に少女マンガを読ませたのはそういった理由があるのか。

 今までの学校でも、転校生だからと色々と話しかけられたが、口下手な私の周りから時間が経つ事に人が減っていった。

 マンガなら全国どこでも売ってるから話しのネタとしてピッタリだ。

 それに、私は追われてる身だから出歩くことが少ない。

 グラさんは少しくらいならと言ってくれるが、護衛の人達の手を煩わせることになるので、私は学校が終わったらすぐ帰り、部屋に引きこもっている。

 休日も出歩きません。

 今日から運動を始めたとはいえ、とても暇してますがなにか? 状態です。

 そんな私にピッタリな趣味ですね。

 

「箒も大変だよな。どこぞのクズのせいで」

「えへへー」

「こら、心を殺すなって言ってるでしょ」

「ぐすん……」

 

 適当に返事をすればすぐ怒られる。

 姉さんも大変ですね。

 でも私は無理矢理止める気はありません。

 だって、二人は部屋に入った時から今の様な力関係だったから。

 神一郎さんはさも当然の様に姉さんを弄るし、姉さんは本気で抵抗しない。

 つまり、二人はなんだかんだでイチャついてるのだ。

 

 爆発しろ!

 

 と言いたいです。

 

「うぅぅ」

 

 おや? 何故か姉さんが私を気まずそうに見ている。

 

 (ニヤリ)

 

 はっ!? しまった!!

 

 神一郎さんの邪な笑顔を見て気付いた。

 今まさに、私は神一郎さんの計算通り姉さんに対し負の感情を抱いた。

 それを姉さんが敏感に感じ取ったんだ!

 

「大丈夫だよ束さん。箒が束さんを嫌っても俺は大好きだからね~」

「もう許して……」

「ダ~メ♪」

 

 やっぱり爆発しろ!!

 

「ひぐっ!?」

 

 あぁ……思わず睨んでしまった。

 良いなぁ~甘ったるいなぁ~。

 私も一夏に膝枕されながらなでなでしてもらいたいなぁ~。

 なんて考えてしまった私が悪いのですが。

 

「さとて、それじゃお茶しながらお土産食べようか」

 

 神一郎さんが何事もなかったかの様に立ち上が(ゴンッ!)――あ、姉さんの頭が床に落ちた。

 痛そう。

 で、神一郎さんはそんな姉さんを放置して持って来ていたクーラーボックスを漁り始めた。

 

「箒、お茶の準備お願いしていい?」

「……はい」

 

 カーペットに顔面を打ち付けても微動だにしない姉さんを横目に、私は神一郎さんに言われた通りお茶の準備をする。

 テーブルの上には様々なお菓子が並んだ。

 

「俺プレゼンツの全国の名産やお土産だよ。今日の為に実際に食べて美味しかった物を取り寄せてみました」

「凄いです!」

 

 見たことがあるものから知らない食べ物まで沢山ある。

 あ、あれ昔父さんと見てた旅行番組で紹介されてたやつだ。

 こんな場所で出会えるとは!

 ダイエット? 明日から頑張れば良いのです。

 せっかくのお土産に手を付けないなんて失礼ですからね。

 

「束さん、邪魔だから座りなさい」

「……あい」

 

 姉さんがのそのそと起き上がりテーブルにつく。

 私は淹れたお茶を二人の前に置き腰を下ろした。

 

「束さん、今から話してもいいけど両手は膝の上に置いたままで」

「くっころ!」

 

 姉さん、涙ながら睨んでも神一郎さんが喜ぶだけだと思いますよ?

 

「ちくしょう……なんで私がこんな目に……」

「力尽くで椅子に座らさた上にベルトで縛られ、恐怖で泣き叫ぶ俺の手の皮を嬉しそうに剥いだのは何処の誰だ?」

「だってあれはしー君が悪いんだもん!」

「1ミリ1ミリ時間をかけて、剥ぎきるのに一時間も掛けたのは?」

「だってしー君の恐怖に引き攣る顔が楽しかったんだもん!」

「手の平の皮が半分剥がれた時の怖さが分かるか? ぶらぶらって……皮が風に揺れてぶらぶらってするんだぞこの野郎!」

 

 そうなった経緯は分かりませんが、どう考えても姉さんがやりすぎです。

 と言いますか、怖い話は止めてください。

 手の平の皮が半分とか……想像しただけで痛いです……。

 

「まぁ良いさ。さあ三人でお茶しよう」

「で、ですね!」

「私は手が使えないんだけど?」

 

 あ、言われてみれば。

 

「束さんには俺が食べさせてあげるね」

「地獄はまだ終わっていない。知ってた」

 

 まだ続けるんですか、私は知りませんでした。

 

「てことで――はい、あ~ん」

「あ~ん」

 

 手を使えない姉さんに、神一郎さんがお菓子を食べさせてあげる。

 

「あ~ん」

「あ、あ~ん」

「あ~ん」

「し、しー君? ぐもっ」

「あ~ん」

「ぎゅも」

 

 どんどんどんどん姉さんの口にお菓子が入っていきます。

 お菓子は甘いのに、雰囲気に甘さとかないです。

 む、この生茶大福って凄く美味しい。

 渋めに淹れたお茶と良く合いますね。

 

「静岡のこっこ、大分のざびえる、群馬のこんにゃく大福、栃木の揚げゆばまんじゅう、どれが束さんの好みだった?」

「ぐむ……もご……」

 

 ふむふむ……熱海、別府、草津に那須ですか。

 どうやら神一郎さんは一人で温泉を満喫してた様ですね。

 ISがあれば日帰り温泉も余裕でしょうし、羨ましいです。

 ……一夏と温泉に行った記憶が懐かしい。

 

「んむ!?」

 

 ふと気付けば姉さんの頬がパンパンに膨らんでいました。

 

「ねえ束さん、どれが美味しかった? ねえってば」

「んもも!?」

 

 リスの様にほっぺを膨らませた姉さんが何か口ごもってるますが、もちろん聞こえません。

 

「つんつん」

 

 神一郎さんがパンパンに膨らんだ姉さんのほっぺをつつく。

 ちょっと楽しそう。

 

「ん? ちょっと萎んできたな。ほらよ」

「んぽ」

 

 減った分を追加するように姉さんの口にまんじゅうが押し込まれる。

 これでまたつつきがいのあるほっぺ戻りましたね。

 

「そういえば神一郎さん、神一郎さんは少女マンガも読むんですか?」

 

 ふと思った疑問を聞いてみる。

 神一郎さんがアニメやゲームなどが好きなのは知っている。

 でも少女マンガは意外だった。

 学校で少女マンガの話しをする男子に会ったことがないからだ。

 

「雑誌は買わないけど、アニメ化したりして有名になったのは単行本で読む感じかな」

「男の人で読む人って珍しいですよね?」

「いやいや、実はそうでもないんだよ。学校で言ったら馬鹿にされるだろうから言わないけど、少女マンガや少女アニメを見る男子は結構居るよ」

「そうなんですか? 先程の少女マンガなどは男子が見ても面白いとは思えませんが」

「……そうだな、箒は少年マンガがなんで男子に人気か分かる?」

「それは――」

 

 少年マンガが男子に人気な理由。

 今まで考えたこともなかった。

 男子が読むから少年マンガなのでは? とも思うが、うーん。

 

「わかんないか」

「むも」

 

 悩む私を笑いながら、神一郎さんは姉さんにお菓子を食べさせている。

 もう“あ~ん”なんて可愛いものではないない。

 きっと神一郎さんはフォアグラを作る職人の心境なのでしょう。

 

「少年マンガの主人公、それは“作者が思い描く理想の男だからと格好良い”という説があるんだ」

 

 言われた言葉がストンと胸に落ちる。

 なるほど、マンガを書く人の理想像の男だから男子が見ても格好良いと思えるのか。

 

「ところで箒、少年マンガの作者は男性、少女マンガの作者は女性ってイメージはない?」

「あります」

 

 実際の所は知らないが、確かにそのイメージはある。

 

「だからね、少女マンガの主人公は女性作者が考える理想の女性像なんだよ」

 

 ――なるほどです。

 でもこの話しって、最初は男の子が少女マンガを読む理由を聞いたのが始まりだったはずでは?

 

「ここまで言えば分かるな? そう……少女マンガの主人公は……可愛いんだッ!!」

 

 ……はい?

 

「少女マンガの主人公はヒロインを兼任している。そのヒロイン像は、女性が考える理想の女性だ。だから……可愛いのだッ!!」

 

 あー……そういう……。

 確かにさっき読んでいたマンガの主人公も可愛かった。

 

 心の強い女の子。

 健気で一途な女の子。

 素直じゃないけど実はとても乙女な女の子。

 マンガにはそれぞれ色々なヒロインがいる。

 そのどれもが可愛い女性。

 ――男が少女マンガを読む理由がわかりました。

 

「君に届けの爽子に野崎君の佐倉やホスト部のハルヒ。後はスキップビートの京子とかも良いよね。まったく、日本のマンガは男性向けも女性向けも最高だぜ」

「んも! んもも!」

「黙らっしゃい」

「むぐっ!?」

 

 たぶんですが、暴言を吐いたと思われる姉さんは羊羹で封殺されました。

 一本まるごととは贅沢ですね。 

 

「ところで箒、護衛の人達とは仲良くできてる?」

「はい。良くしてもらってます」

「そっか、それはなによりだ。ね、束さん」

「……んも」

 

 なんで姉さんが気まずそうな顔を?

 

「仲良くできてるんだって。ねえ束さん、俺に言う事あるよね? ね?」

「んも……んもも……」

「うんうん、仕方がないよ。だって束さんは人の心が分からないクズだもん」

「んも……」

「大丈夫、そんなダメな束さんも可愛いよ」

「んもー」

 

 ほっぺをパンパンに脹らませながらシュンとする。

 姉さんは器用ですね。

 しかし聞き捨てならない会話です。

 護衛の人達と神一郎さんはなにか関係があるのでしょうか?

 

「神一郎さんは護衛の人達と面識があるのですか?」

「会ったことはないよ。ただ護衛の人選をしたのが俺ってだけ」

「そうなんですか!?」

「そうなんです。束さんに任せたらろくな結果にならなそうだったからね。ねー?」

「んも」

 

 姉さんが首を動かして肯定した。

 

「いやね、束さんは箒の周りを実力の高い人間だけで囲もうとしたんだよ」

「それは別に普通では?」

「内面を無視して能力だけで選んだとして、箒は楽しく生活できたかな? その場合、かろうじて大熊さんと羊谷さんが居たか居ないかって感じだけど」 

「他の人達は実力不足なんですか? 猫山さんとか如何にも強そうですけど」

 

 思い出すのは屋上で見た猫山さんの肉体。

 鍛え抜かれた体はあぁいったものだと、そう思わせる肉体でした。

 

「残りの三人はまだ若いからね。言うならば“実戦不足”ってやつ」

「そうなんですか……」

 

 私にはイマイチ理解できないが、神一郎さんがそう言うならきっとそうなんだろう。

 しかし、大熊さんと羊谷さんも“居たかもしれない”ですか。

 実際に戦ってるところは見た事はありませんが、どう見ても強そうなお二人より強い人がいるとは。

 世の中には強い人が沢山いるんですね。

 

「でね、束さんが置こうとした人間が箒との相性が悪そうだったから、俺が良さげな人を集めたってわけ」

「相性が悪い――ですか。例えばどんな人が居たんですか?」

「強いけど子供嫌い、強いけど無駄な会話が嫌いな寡黙な人間、強いけど高圧的でプライドが高い人間、とかかな」

「それは、その……」

 

 実際に会ってはいませんが、今の護衛の人達で良かったと思ってしまいますね。

 

「その点、俺が選んだ人達は凄いぞ。“外見熊で子供好き。そして実力は折り紙つきのベテラン”」

 

 大熊さんですね。

 

「“見かけ美人で脱いだら戦士、甘やかす事もしますが怒る時は怒ります。裏表が魅力のお姉様”」

 

 羊谷さんのことですね。

 

「“口は悪いが、雨の日には捨て犬に傘をさすタイプの絶滅寸前の希少なヤンキー”」

 

 猫山さん。 

 

「“一見冷徹、でも意外と子供好き。顔には出さないが心の中では護衛対象に情を持っちゃってる黒髪ロングの美人さん”」

 

 そして孤島さんです。

 

「自分で言うのもなんだけど、箒を任せるならこの人達しか居ないと思ったね。一応束さんにも確認したけど、若手の二人も新人の中ではトップの実力だったし」

 

 神一郎さんがご満悦に微笑む。

 確かに神一郎さんの人を見る目は確かなのだろう。

 私が問題なく過ごせてるがその証拠だ。

 でもです……。

 なぜグラさんの紹介がないのでしょう?

 

「神一郎さん、グラさんは?」

「えっ? グラサン? あの人はその……ね?」

 

 神一郎さんが視線を泳がせながら姉さんを見る。

 

「姉さん?」

「んも……」

 

 姉さんは私と目を合わせてくれません。

 やましいことでもあるのでしょうか?

 まさかと思いますが――

 

「姉さん、まさかグラさんを無理矢理私の護衛につけたりしてませんよね?」

 

 だとしたら私は悲しい。

 優しいグラさんが、実は嫌々護衛してるのかと思うと……。

 

「無理矢理じゃないぞ! グラサンは『見知った人間が居た方が箒君も安心できる』って言って承認したんだから!」

「んもんも!」

 

 悲しい感情が表情に出てたのだろうか、姉さんと神一郎さんが慌ててフォローしくてる。

 

「最初は束さんが半ば無理矢理に任命したのは確かだ。でもね、箒を守ることを自分で決めたのはグラさんだから、安心してくれ」

 

 神一郎さんの表情は真剣で、誤魔化してる様にには見えない。

 グラさんが嫌々ではないのは嬉しい。

 でも……。

 

「箒?」

「神一郎さん、皆さんは私の為に頑張ってくれてます。良くしてくれてます。でも思うんです。私はそれに甘えてていいのかって……」

 

 本当なら、私を目の前に置いておいた方が楽なはずだ。

 なのに私には個室を与え自由をくれる。

 ご飯なんて作るのは手間だろう。

 ホテルにでも閉じ込めておけばいいのだ。

 なのに温かい食事を作ってくれる。

 守るだけなら楽な方法なんていくらだけでもあるのに、私に配慮してくれてるのがとても心苦しいのだ。

 

「ふむふむ、箒の気持ちは分かるよ。でもそれは無用な気持ちだな」

「それはどういう――ん」

 

 神一郎さんがまんじゅうを一つ私の口に押し込んでくる。

 つるんとほんの少しだけ舌に冷たい感触、これは水まんじゅうですね。

 ツルツルとした表面を歯で押しつぶすと、中から餡子が溢れる。

 美味です。

 

「彼らが箒を守るのは“仕事”だ。箒の身体と心を守るのは当たり前のことなんだよ」

「んも」

 

 その通りと言うかのように、姉さんが頷く。

 

「人間は人生を、仕事を選べない時があるのは確かだ。でもね、彼らは自分の意思で今の仕事を選び、その対価でお金をもらっているんだ。申し訳ないとか心苦しいとか、そういった気持ちは必要ない。それでも何かしたいというなら、”ありがとう“って気持ちを口に出すだけでいいんだよ」

 

 そう言って神一郎さんが私の頭を撫でる。

 皆さんが私を守るのは仕事―― 

 私が必要以上に卑屈になることはない。

 

 ありがとう

 

 日常では当たり前の言葉だけど、大事な言葉。

 それを意識して伝えるようにすれば良い。

 そういう事でしょうか?

 

「それでも守られる事に罪悪感があるなら、箒がしっかり協力すればいいさ」

「協力ですか?」

「そうだよ。箒は自分がどの程度自由かって理解してる?」

「自由ですか?」

 

 色々と自由にさせてもらってはいますが、自由への理解と言われても……。

 

「箒は護衛の人達に報いたい、労いたいって思う?」

「それはもちろんです」

「だったら温泉にでも行けばいいじゃん」

「なんでそうなるんです!? それはむしろ負担ですよね!?」

 

 温泉などの観光地に行ったら、どれだけ皆さんの負担が増えることか。

 もし、万が一にでも皆さんに冷たい視線で見られたら……絶対に心が折れますね。

 

「例えば夏休み期間。学校が休みなんだから、気にせず行けばいいんだよ。数日温泉宿の離れを借りてさ。さすがに人の多い街中を出歩くのは危険だけど、ちょっとした時間に護衛の人達に温泉入ってもらって、美味しいご飯を食べてもらえばいいよ」

「それって有りなんですか?」

「有りだよ。護衛の人達からは言い出せないけど、箒から『行きたい』って言えばOK」

 

 まさかの提案で困惑する。

 確かに夏休みは暇するだろう。

 それは想像に難くない。

 しかし、だからっと言ってそんな事をして良いのでしょうか?

 

「普通に迷惑ではありませんか? それにお金の問題もありますし」

「どっちにしろ箒は居場所を転々としなきゃなんだし、ちょっとした要望なら迷惑にならないよ。夏は北海道や東北、冬は九州で過ごしたいとかお願いするのも有りだな。そうすればほら、護衛の人達も過ごしやすいじゃん」

 

 神一郎さんの言われた事をよく考えてみる。

 私はどちらにしよ居場所を移さなければならない。

 どうせ移すなら、出来るだけ過ごしやすい場所を望むのは良い事ではないだろうか?

 それは私だけではなく、グラさん達の為にもなる。

 そして長期休暇中はあえて動きまわる。

 例えば人里離れた山の中のペンションを借りるのも良いだろう。

 自然を満喫しつつ、グラさん達も人目を気にしないで休めるかもしれない。

 私だけの考えでは穴があるかもしれませんが、一度グラさんに相談するのも良いかもしれませんね。

 

「それとお金は気にするな、箒の生活費は束さんが稼いだお金の一部だ」

「それはそれで気になるのですが……」

 

 むしろ姉さんのお金と言われると、節約しなければと思ってしまいます。

 

「そもそも元凶は束さんだし。慰謝料だと思って気にせず使え」

「んもんも」

「妹にお金で詫びる姉とは、束さんのダメっぷりは本当に可愛いね」

「んも」

「よしよし、ほら福島のままどおるだよ。熱いお茶や牛乳と合うお菓子だ」

「んもも」

「しっとりしていて美味しいだろ?」

「んも……」

 

 姉さんが涙を流しながらこちらを見ている。

 視線の先は……お茶?

 

「んも!」

「ははっ。何言ってるかさっぱりだよ束さん。あ、もしかしてお菓子飽きた? それじゃあ次はせんべい系のお土産にする?」

「んもー!」

 

 泣きながらイヤイヤする姉さんのなんて哀れなことか……。

 

「神一郎さん、姉さんは飲み物が欲しいのでは?」

 

 ふと見たら、姉さんのお茶はまったく減ってなかった。

 あれだけのお菓子を水分無しで食べるのは苦行ですよね。

 

「束さん、お茶欲しいの?」

 

 (こくこく)

 

「もうそろそろ許してあげようか。はいどーぞ」

 

 必死に首を縦に降る姉さんの口元に、神一郎さんがお茶を持っていく。

 

「気をつけて飲むんだよ? なんせ……美女だろうが美少女だろうが、食事中の口の中はグロイからね」

「んが!」

 

 姉さんが神一郎さんを睨んでる。

 それはもう射殺さんばかりに睨んでる。

 でも睨みながらおちょぼ口でお茶を飲む姉さんが可愛い。

 

「ごきゅごきゅ……ふー」

「もう満腹? 俺的にはもっと食べさせて肥えらせ、腹の肉をつまんだり顎下をたぷたぷしたいんだけど……どうだろう?」

「どうだろうじゃないよ!」

 

 ダンっと姉さんが両手をテーブルに叩きつける。

 さて、ここから次のラウンドが始まるのでしょうか?

 

「いったいなんの恨みがあって私を虐めるんだよしー君!?」

「食べ物の恨みだよ。デ・ダナンにある俺の部屋の食べ物が消えたんだけど、知らない?」

「く、腐ってたから捨てた」

「へえ? 捨てた場所は束さんの胃の中?」

「私が食べました! だからお腹つままないで!」

 

 横腹を掴まれ姉さんが負けを認めた。

 開始3秒で勝負がつきましたね。

 ところでデ・ダナンってなんしょう? マンション?

 

「神一郎さん、デ・ダナンの部屋ってなんですか?」

「潜水艦の名前だよ。束さんはね、今は潜水艦で暮らしてるんだ」

「潜水艦ですか!? それは凄いですね」

「そ、そうかな? へへっ」

「んで、出不精な束さんは食料の買い出しがめんどくさくて、俺の部屋にあったツマミの乾き物やカップ麺を勝手に食べた、と」

「もう許して!」

 

 姉さんはついに机に突っ伏してしまった。

 それにしても、姉さんの潜水艦に神一郎さんの部屋があるんですか。

 へー。

 

「姉さんと神一郎さんはやっぱり付き合ってるんですか?」

「……へ?」

「……は?」

 

 なんできょとん顔?

 

「あの、潜水艦で一緒に暮らしてるんですよね?」

「部屋って言っても物置部屋みたいなもんだよ。平日は自分の家で暮らしてるし、基本寝泊りはしてない」

「ダナンには結構な数の部屋があるからね、言うならばアパートみたいなもんだよ。私は一室貸してるだけ」

 

 これだけイチャイチャして仲睦まじい様子をみせてるに関わらず、なんで否定するのでしょう?

 

「真剣に答えてほしいのですが、お二人は男女の仲ではないのですか?」

「男女……」

「の仲……」

 

 姉さんと神一郎さんが互いに顔を見合わせる。

 これはあれですね。さっき読んだ少女マンガにあった『周囲に指摘され改めて自分の思いを自覚してしまうシーン』ですね!

 

「……そうだね。箒ちゃんに隠す必要がないから白状するよ。私、しー君のこと愛してるんだ」

 

 姉さんがそっと神一郎さんの肩に頭をすり寄せる。

 

「俺がまだ小学生だから、世間体もあるから黙っていたけど、実はそうなんだ。黙っててゴメン」

 

 その姉さんの頭を、神一郎さんが優しい顔で撫でた。

 普段から大人っぽい神一郎さんですが、愛おしそうに姉さんを見つめる神一郎さんは更に大人っぽいです。

 同級生に年上好きがいますが、今ならその理由が分かります。

 それにしても、昔から怪しいと思ってましが、まさか本当に付き合ってるとは!

 

「ね、姉さんは神一郎さんのどんな所が好きなんですか?」

「好きな所? んー、一人の女の子として見てくれるところかな」

 

 姉さんの頭脳を求める人は沢山いるらしい。

 でも神一郎さんは頭脳ではなく、一人の女の子として姉さんを望んだ。

 なんてロマンティック!

 

「ま、嘘なんだけどね」

「へ?」

 

 姉さんが神一郎さんから離れ、すまし顔でお茶に口をつける。

 その横で、神一郎さんが真顔のままお菓子を手に取った。

 

 もしかして、担がれました?

 

「そもそもの話、しー君は最初私の頭脳目的で近づいて来たもんね」

「そうでしたね。IS欲しさに近づいたんでした」

 

 今知る衝撃の真実!?

 二人には私が知らない秘密が沢山ありそうですね!?

 

「でも、あの、それだけ仲が良いなら憎からず想い合ったりしてますよね?」

 

 姉さんは……まぁ好きな相手にベタベタするのは珍しくありませんが、神一郎さんが馴れ馴れしく触ったりセクハラ紛いなことするのは姉さんだけです。

 少なくとも、神一郎さんは姉さんに対して何かしらの感情はあるはずです!

 

「想うと言われてもな……。俺は束さん好きだよ。その顔その声そのおっぱい。うん、俺は束さんの身体が大好きだ」

 

「私もしー君好きだよ。体をホルマリンに漬けて部屋に飾りたい。特に脳が良いよね。脳ミソに棒ブッ刺して記憶を全部吸い取りたい」

 

 ぐぬぬぬぬッ

 

 互いにほっぺを抓りながらなにしてるのでしょう。

 

「姉さんはともかく、神一郎さんは姉さんに――その、性的興味? とかあるんですよね?」

 

 うっ、とっさとは言え恥ずかしい!

 べ、別に私は興味はありません。

 ホントデスヨ?

 

「性的興味? そりゃあるよ」

「あるんですか!?」

「もちろん。むしろ性的興味しかない」

 

 ん? なんて?

 

「それは姉さんの恋人になりたいとか、そういったものではなく?」

「じゃないよ。俺は束さんを抱きたいけど、彼女にしたいとか結婚したいとか、そんな感情は一切ない」

 

 あるぇー?

 どうしてそうなるんです!?

 姉さんの身体には興味があるのに、なぜそんな考えになるんです!?

 

「てか束さんずるくない? 俺が外見、束さんが内面が好きって感じで、俺が性格悪いみたいじゃん」

「いや、しー君は性格が悪いんじゃないよ。性格が図太いんだよ。だってその程度の顔面偏差値で私を抱きたいとか……ぷっぷー、せめていっくん並のイケメンになってから言って欲しいよね。ぷげらっ!」

「それはつまり、イケメンになれば抱かせてくれるってことだよね?」

「む?」

「俺だって自分の顔に未練はあるが……。良いだろう! 俺の顔を束さん好みに造ればいいさ! その代償で束さんの身体を好き放題できるなら俺は構わんッ!」

「私、しー君のそういった発想は嫌いじゃないぜ。嫌いじゃないだけだけど」

「さあ! 俺の顔をめちゃくちゃにしろ! だがな、その代わり俺は束さんの身体をめちゃくちゃにしてやるからな!」

「それって等価交換にもなってないよね!?」

「確かにちょっと俺に有利か……なら俺が顔、束さんがおっぱいを差し出す感じで」

「それが等価交換だとでも!?」

「ジャ○ーズ顔でもなんでも好きにしろよッ! だがその代わり……そのおっぱい、貰い受けるッ!」

「教育的指導ッ!!」

「ぐはッ!?」

 

 姉さんに飛びつこうとした神一郎さんの顔面に拳が叩き込まれた。

 私は何を見せられてるんだろう?

 

「てな感じで、俺と束さんはただの友達だ」

 

 神一郎さんが何事も無かったかのようにお菓子を食べ始めた。

 早い復活ですね。

 ――ん? よく見ると特にアザやケガがありませんね。

 姉さんの打撃力で無傷はありえない。

 ふむ、わざとふざけたってことですか?

 

「あのね箒、さっきまで少女マンガを読んでたから恋愛がどうこう気になっているんだろうけど、俺と束さんはギャグキャラだから、純愛とかないから」

「あのね箒ちゃん、確かに私はしー君のこと好きだけど、抱かれたいとかないから。友達として軽いスキンシップはOKだけど、セクハラには普通に武力で迎え撃つから」

 

 あぁはい、分かりました。

 私が子供だからからかったんですね。

 これだけ仲睦まじい様子を見せつけながら、それでも隠すとは――

 もしかして、一夏と会えなくなった私に気を使ってるのでしょうか?

 まぁいいです。

 今日の追求はこれくらいにしときましょう。

 ですが、いつかちゃんと話してもらいます。

 正直言って、姉さんと恋バナとかしてみたいので。

 

「ところで神一郎さん、今日はこれから何をするんですか?」

「箒はなにかしたい事ある? なんでもいいよ」

「それなら体を動かしたいです」

 

 このままお喋りしながらのお茶も良いですが、せっかくだから体を動かす遊びがしたいです。

 お菓子を沢山頂いてしまいましたからね……。

 

「運動系か。束さんは何かしたい?」

「逃げ回るしー君を私と箒ちゃんが木刀で追い掛け回す」

「俺を苛めたいと。ふむふむ……それなら”パイ投げ“でいいか」

「どうしてそういう発想になるのか理解できませんッ!」

 

 パイ投げってテレビのバラエティーでやるやつですよね? 

 紙皿にクリームを乗せ、それを相手にぶつけるゲーム。

 なんで今そんなゲームを!?

 

「箒ちゃんにケガをさせない、それでいてしー君に屈辱を与えられる。運動にもなるし私はいいよ」

 

 混乱する私を横に、姉さんが冷静に神一郎さんの提案を判断する。

 言われてみればなるほど確かに。

 私と姉さんの要望を見事に満たしている。

 流石ですね。

 

「でも食べ物を粗末にするのは許せない俺である」

「なら”クリームっぽいナニカ“にしようか。私が水に粉末を混ぜるとあら不思議、もこもこの泡になります。もちろん無害」

「ついでに味も付けません? 甘味だけじゃなくて、色々な味があった方が顔に当てた時に面白そう」

「オッケー」

 

 どんどん話しが進んでいく。

 この行動力は純粋に凄いと思います。

 

「んじゃ俺が水に粉を混ぜて泡を作る係で」

「私が味付けだね」

『それと――』

 

 二人の視線が私に向けられる。

 賛成も反対もしていませんが、これはやるしかないようですね。

 

「分かりました」

 

 自然に口角が上がり、私の口からクスリと笑いが溢れた。

 

「私は泡をお皿に盛る係ですね」

 

 寂しいとか、悲しいとか、そんな感情はいらない。

 この素晴らしい友人と姉が居れば、私は笑っていられるのだ。

 

「場所はここの屋上でいいかな。最後に水で洗い流せば大丈夫だろうし。皿は紙皿……でもそれだとゴミが問題?」

「終わった後にお皿をまとめてくれれば、トイレットペーパーにしてあげるよ」

「束さんぐう有能。よっと」

 

 神一郎さんと姉さんが喋りながら窓から飛び出した。

 危険がないとはいえ心臓に悪い映像です。

 

「おいで箒」

 

 窓の向こうから神一郎さんが私に向かって手を伸ばす。

 いつもと違い、顔を出していた。 

 

「箒ちゃん、結構風が強いから気をつけてね」

 

 神一郎さんの肩では、姉さんが心配そうな顔をしている。

 私は体の力を抜いて神一郎さんに身をゆだねた。

 

「腕を俺の首にまわしてから目を閉じて――そう、下は見ないで」

 

 神一郎さんに抱きかかえられた私に冷たい風が当たる。

 ISの右腕に腰を下ろし、落ちないように神一郎さんの首にしがみつく。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、強い風が体に当たり思わず体が強ばる。

 

「箒、目を開けて」

 

 神一郎さんの声に促され、ゆっくりと目を開けた。

 

「……ふぁ」

 

 視界いっぱいに色とりどりの明かりが見える。

 キラキラと光っていて、とても綺麗だ。

 

「俺さ、束さんには本当に感謝しているんだ。だってこんな景色は普通じゃ見れないから」

 

 えぇ、分かりますよ神一郎さん。

 この景色は姉さんのおかげで見られるのだと思うと、ISって凄いんだなと実感できますから。

 

「しー君、そんな綺麗事で今更私に媚売っても遅いよ? 私はしー君の胃を泡でパンパンにしてやるってもう決めてるから」

「ちっ」

 

 綺麗な景色の横で、何故か舌打ちする神一郎さんと黒い笑顔の姉さん。

 もう考えるのが面倒なので、”仲良いなー”で全部済ませる事にします。

 

「それじゃあ屋上に降りるぞ。箒、興味があるなら今度夜間飛行デートでもしようか」

「はい、楽しみにしてます!」

「しー君ぶっ殺す」

 

 来月は三人で空の散歩ですか。

 今から楽しみです。

 




た「ふはははッ! 当てれるものなら当ててごらん!」
ほ「どう見ても空中を足場にしてますね」
し「飛び回りまくって鬱陶しいな。箒、ここは協力プレイだ」
ほ「了解です!」
し「鉄壁の箒ガード発動! これでも攻撃できるかな?」
た「箒ちゃんを盾にするとは卑怯な!?」
し「たっぷり食べろや!」
た「ぐみゃ!? ……あ、いちご味。当たりだったあぶな」 
し「そして安定の裏切り」
ほ「んぐっ!? ……あ、メロン味です。美味しい」
た「箒ちゃんを盾にし、更に裏切るとは許せん! 箒ちゃん、今こそ姉妹の力を見せるとき!」
ほ「はい姉さん!」
た「右手にコーヒー味、左手にレモン味」
ほ「右手にチョコ味。左手にゴーヤ味」
た&ほ「姉妹奥義――四刃封神!!」
し「んぎゃぁぁぁぁぁ!?」

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