俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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大事な事はサラッと流すスタイル。



彼らの週末(土曜日)

 ――寒い

 

 ――手を伸ばす

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――――さむい

 

 

 

 

 

「ううぅ……」

 

 目を覚ましたら自分の体を抱くように縮こまってた件について。

 おや? 毛布は?

 

 手と足を動かし周囲を探るも、一向に毛布の感触がない。

 仕方なく顔を上げるも、暗闇の中で見えるはずもない。

 枕元のケータイを手に取ると時刻は1時50分。

 もうこのまま起きてしまおう。

 

 明かりを点けてっと――

 

「ん……」

 

 明かりが点いた瞬間、その光から逃げる様に束さんが毛布に顔を埋めた。

 ふむ、自身は暖かな毛布をかけ、更にもう一枚の毛布を抱き枕代わりにするとはなんと贅沢な。

 犯人はお前かちくしょうめ。

 眠ることに文句を言ってたけ奴が随分と幸せそうじゃないか。

 そこはせめて抱き枕代わりに俺を抱き締めるのが正解だろ?

 ……馬鹿なこと言ってないでもう少し寝かせてあげるか。

 

 目覚まし機能をOFFにしてからお湯を沸かす。

 コーヒー片手に外に出ると、冷たい空気が一気に肺に入ってきた。

 寝る前と変わらない満点の星空がそこにあった。

 ちょびちょびとコーヒーを飲み、飲みきる頃には寒さとカフェインですっかり目が覚めた。

 

「…………」

 

 部屋に戻り束さんの枕元に立つ。

 油断してるのか、それとも疲れているのかは知らないが、束さんは起きる気配がない。

 さーて、どう起こそうかね?

 優しく起こすか、イタズラするか、それとも――

 

 足元から毛布を持ち上げてみる。

 ……生足が見えた。

 

 おぉ、美少女は足の指の形まで綺麗なんだ。

 ふくらはぎも美しい。

 スカートが乱れ、太ももは半分ほど見えている。

 白くてむっちりしてて、撫で回したくなる。

 

 いくら俺でも流石に足を舐めるなんて変態プレイはしません

 えぇ、しませんとも。

 取り敢えず、写真撮って……。

 

 パンパン

 

 太ももに向かって手を合わせる。

 ヘタレの俺はこれで満足だ。

 よし、起こすか。

 

「束さん」

 

 肩を揺らしながら話しかける。

 

「ぁ……」

「束さんてば」

「んぁ?」

 

 うっすらと目が開いた。

 お目覚めですね。

 

「…………夜這い? 殺すよ?」

「寝ぼけてんじゃねーよ」

 

 目を開けて第一声がそれか。

 

「……今日はお泊りしたんだっけ? んー」

 

 束さんが身を起こし、手足を伸ばす。

 目が覚めた様でなにより。

 声がガチ過ぎて股間がヒャンってしたぜ。

 

「久しぶりに3時間以上寝たかも。しー君、コーヒー頂戴。砂糖とミルクたっぷりで」

 

 いったい普段どれだけ寝てないんだ?

 まぁ束さんの睡眠時間は置いといて――

 

「ちょっと失礼」

「ん?」

 

 束さんの手を取って、くんかくんか。

 うーん……。

 

「どったの?」

「束さんさ、最後にお風呂入ったのいつ?」

「……へ?」

「ちょっと油臭い」

 

 昨日の工作の影響か、それともそれ以外か。

 どちらにせよ臭う。

 汗臭いとかないけど、工具の油の様な匂いが手からするのだ。

 

「も、もちろん毎日寝る前にちゃんと――」

「へぇ、寝る前に? 確か40時間以上は起きっぱなしだったよね? それはつまり二日はお風呂に入ってないって事では?」

「ち、違うし。私はいつでも清潔な乙女だし」

「ほう?」

 

 ズイ

 ススッ

 

 ズイ

 ススッ

 

「なんで逃げる」

「なんで近づいてくるの?」

 

 俺が近付くたびに束さんが距離を取る。

 これはもう自白してるも当然じゃないか。

 

「コーヒーは淹れてあげるから、まずはシャワー浴びてきなさい」

「はぁ? 私が汚れてるみたいな言い方やめてよね」

 

 乙女的にそこは気になるのか。

 言われたくないなら身だしなみは気にしましょうね。

 

「束さんは自分は身綺麗だと、決して臭ったりしないと、そう言うわけだ」

「当たり前じゃん」

「だったら抱きついて良いですか?」

「……はへ?」

「おもいっきり抱きしめて、髪に鼻をうずめたり、首筋の匂いを嗅いだり、そんな事しても良いですよね?」

「や、それはちょっと――」

 

 ジリジリと束さんに近づくが、同じ距離だけ束さんが逃げる。

 ほーれほれ。早くシャワーを浴びに行かないと抱きついちゃうぞー。

 手をわきわきとさせながら近付く。

 

「私は365日いつでもどこでも綺麗だけども! だけどもだ! やっぱり健康的な朝はシャワーから始まるよね!」 

 

 束さんが逃げる様にシャワー室に駆け込む。

 うんうん、女の子なんだから自分の匂いには気をつけましょうね。

 

 束さんを見送り部屋を眺める。

 台所には昨夜の食器が放置され、床には束さんの工作後のゴミ、よくわからん金属の削りカスなどがある。

 取り敢えず掃除しとくか。

 

「しー君! シャンプーと石鹸がない!」

 

 と思ったら、束さんが飛んで帰ってきた。

 自分用のお風呂道具くらい持ちなさいよまったく。

 

「ほらよ、メ○ットとナ○ーブ」

 

 自分で使って良し、いざって時は女性に貸して良しの万能選手を投げて渡す。

 

「さんくす!」

 

 束さんが慌ただしくシャワー室に戻っていった。

 ……しまらんなー。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「さぱぱー」

「だからなんで髪が濡れてるんだよッ!?」

 

 束さんは出てきた瞬間に床がビシャビシャになった。 

 掃除中のこの悪戯は許せませんね。

 

「シャワーでさっぱりした私の魅力はどうかな?」

「水に濡れた胸がセクシー」

 

 怒りに支配される前に胸に集中してしまう。

 前にマグロ釣りをしていた時も思ったが、濡れた服の下にある双丘ってなんでこんなに色気があるのだろう?

 グッとくるよね。

 

「うふり」

 

 束さんがくねっとポーズをとる。

 うむ、実にすばら。

 

「そんな私の色気に夢中なしー君にご褒美をあげよう」

 

 束さんが一枚のタオルを俺に差し出してきた。

 

「乾かせと?」

「いえす」

 

 断る理由もないなので俺は素直にタオルを受け取った。

 役得と言えば役得だしな、と思っていました。 

 

 

 

 

「超だるい」

 

 束さんの背後にまわり、ドライヤーを当てながらタオルで拭く事数分。

 未だに乾ききらない髪にイラっとする。

 

「女の髪を甘く見たねしー君。女性は毎日苦行をしてるんだよ」

 

 お前は毎日じゃないし、苦行なら楽に乾かせるドライヤーでも作れとか、言いたいことは沢山ある。

 髪から良い匂いが――なんてこともない。

 だって束さんが使ってるシャンプーは俺のだしね! 

 俺の為にも、束さんには良い匂いのするシャンプーをプレゼントするのもありかもしれないな。

 

「ところで束さん」

「うん?」

「坊主に興味ありません?」

「私の髪の毛を触りつつのそのセリフ……意図がわからん」

「ただの世間話ですよ」

 

 しかし邪魔な髪だ。

 もっさりたっぷりで、先の方はともかく、地肌に近い根元の部分がなかなか乾かない。

 坊主ならタオルで拭くだけ、3秒で終わる。

 触った時のザラザラ感も良いし、坊主が最強だよな。

 

「しー君しー君、なんか怖いんだけど? あ、鳥肌が――」

「それは湯冷めですね」

 

 濡れた服なんて着てるからだぞ。

 しょうがない子だ。

 ふふ……ふふふっ……。

 そーれ、ごしごし。

 タオルで水分を根こそぎ吸い取ってやる。

 

「頭皮が痛い!?」  

 

 乾け! 乾けよ!!

 シンジ君のガチャコン並に手を動かす。

 ダメだ、未だに水気がある。

 ならばドライヤーだ。

 髪の根元にファイヤー。

 

「今度は頭皮が燃える!?」

 

 こら暴れるな。

 

「もう許して~!」

 

 許す? 俺は怒ってないよ?

 このしつこい油汚れの様な水気が許せないだけだ。

 世の女性達はどうやって乾かしてるのだろう?

 さぁ、戦いを続けようか。

 

 

 

 

「酷い目にあった」

 

 髪と格闘すること更に数分。

 やっと髪が乾いた束さんは、悲しそうに自分の髪を手に取って見つめていた。

 

「私の髪が……キューティクルが……」

 

 束さんでも髪質とか気にするんだ。

 意外です。

 

「遊んでる間に結構な時間が――そろそろ出ないとですね。朝ごはんは後ででいいですよね?」

「その余裕っぷりがムカツク。覚えてろよしー君、女の髪を痛めつけた代償はいつか払わせてやる」

 

 確かに女性の髪を痛めつけたりする奴は許せないと思う。

 そこは同意しよう。

 だけど、俺がやったことはそこまで非難される事なんだろうか?

 女心は難しい……。

 

「ほら、ブーたれてないで行きますよ。場所は束さんしか知らないんだから先導してください」

「ぶー」

 

 不満顔する束さんの背中を押して秘密基地から出る。

 さっさと用事を終わらせて、美味しい朝ご飯を食べようじゃないか。

 

「流々武」

 

 ISを展開。

 

「よっと」

 

 束さんが飛び上がり俺の肩に座る。

 

「まずは何処に?」

「ルートをダウンロード。――視界に矢印が出るからそれ通りに進んでね。後はよろしくー」

「あいさ」

 

 束さんの言う通り矢印が見える。

 んで、その束さんが周囲にディスプレイを投影して自分の世界に入ってしまった。

 それじゃあ行きますか。

 

 束さんを肩に乗せたまま、俺は空高く飛び上がる。

 矢印通りに飛び、空が白み始めた頃目的地に到着した。

 

 着いた場所はとある国の郊外にある大きな倉庫。

 トタン屋根は錆びまみれで、今は使われてる様子はない。

 

「ところでしー君、この場所に来た理由知りたい?」

「興味ないです」

 

 知ったところで心労が増えそうなだけだし。

 

「ここね、奴隷の売買してる場所なんだよ」

「興味ないって言ったよね!?」

 

 あぁもう、やっぱりロクな情報じゃなかった。

 エロゲならともかく、リアル奴隷とか聞いても心が病むだけだ。

 

「それで? 優しい優しい束さんは今から奴隷を助けるんですか?」

「まっさか~。私がそんな無駄な時間過ごすとでも?」

 

 ニヤニヤにまにま。

 束さんが俺の反応を楽しんでるのがよく分かる。

 

「助けたいならしー君がやれば? 相手は拳銃程度は持ってるだろうけど、流々武があれば余裕だし」

「もう一度言いますね。俺は“興味がない”ので動く気はありません」

 

 “俺の心を揺さぶろうとしても無駄だ”と暗に伝えてみる。

 

 恐らく束さんは髪の復讐をしている。

 

 あの倉庫には奴隷として売られそうな人が居る。

 束さんが動かなければ、それを助けられるのは俺だけ。

 普通なら助けられない。

 建物に居るのは、恐らく銃などを持つマフィアやヤクザに近しい人。

 一般人はどうしようもないからだ。

 だが俺にはISがある。

 助けようと思えば助けられるだろう。

 だがそれは、正しい……いや、俺らしいISの使い方なのだろうか?

 俺は常日頃から人助けをする善人ではない。

 一時の正義感に踊らされてISを使ったら……。

 

 束さんに流々武を没収され、返して欲しくばと無茶振りされる未来が見えるな。

 なので俺は深入りしない。

 

「ちぇっ、つまんないの」

 

 束さんがそっぽを向いた。

 よし、勝った!

 ――でも本気で束さんが奴隷を見捨てたらどうしよう? うーん、地元警察に電話くらいするか。

 

「それで、今からどうするんです?」

「もうちょっと前に出て。もうちょい……そこ」

 

 束さんの指示で倉庫の上で止まる。

 

「スーパータバネ式アンチマテリアルライフル改二」

 

 束さんが俺の肩の上でやたら物騒な名前の銃を構える。

 素人の俺には普通のスナイパーライフルにしか見えないが。

 

「距離……風速……いまッ!」

 

 発射音は三つ。

 流々武が発射された弾を捉える。

 

 ――弾道を予測。

 

 こういった機能が搭載されてるのが凄いな。

 さて、弾の軌道の先には三人の人間。

 恐らく見張り役だろう。

 

「安心しな、麻酔弾だ」

 

 連射できるアンチマテリアルとはいったい。

 三人はその場でパタリと倒れたが、死んではないようだ

 

「行ってきまーす」

「はい?」

 

 束さんがぴゅんと肩から飛び降りた。

 そしてそのままトタン屋根を突き抜けて――

 

 擬音にすると

 

 ドンガラガッシャーン

 

 と言ったところか。

 建物内から破砕音が聞こえた。

 

《やっほー無能共》

 

 束さんの声……どうやらご丁寧に向こうの様子を聞かせてくれるらしい。

ありがた迷惑とはこの事だな。

 

《――誰だッ!? ……ウサギの耳? なんだあのキチガイ女は? 撃てッ! 殺せッ! ――ギャアッ!?》

《あの女……まさか篠ノ之束か!? 待て! 捕まえろ! ――ガァッ!?》

 

 

 束さんキチガイ呼びワロタ。

 コスプレに対して理解があるならともかく、そうでないならただの変人だもんな。

 さて、ここからどうするのか。

 

《ホアチャ!(ガン)》

《ホアター!(ドン)》

《アチャチャチャチャ!(ズカン)》

 

 お分かり頂けただろうか? 掛け声は勇ましく、まるでカンフー映画のそれだが、打撃音は一つだけなのだ。

 こりゃ適当にパンチやキックしてるだけだな。

 

《お掃除終わりっと》

 

 早いな。

 しかし解せない。

 助けない言ったけど、ガラの悪い連中は倒したようだし……何がしたいんだ?

 

《あの、助けて頂いてありが――》

《邪魔だよ》

 

 微かに聞こえるのは、鎖が擦れる様な音と若い女性の声。

 ついでに無機質な束さんの声。

 相手がお礼言ってるんだからもっと愛想よくしなさいよ。

 

《やぁ少女》

《わ、わたしですか?》

 

 随分と幼い声が聞こえる。

 束さんの狙いはその子のようだ。

 

《君は何になりたい?》

《え? あの……》

《君は何処に行きたい?》

《どこに?》

《何かになりたいと思うなら学べ。何処かに行きたいと思うなら鍛えろ。そして、もう泣きたくないと思うならIS操縦者を目指しなさい》

《……あい……えす?》

 

 泣きたくないなら……か。

 すぐ近くで売られそうになり泣いてる少女が居る。

 奴隷の存在は知っている。

 ニュースや新聞で見聞してるからな。

 それでも、遠い国だから、自分には関係ないからと、その存在に心を痛めたりはしなかった。

 いざこうして奴隷少女の声を聞いてしまうと、自分の醜さに反吐がでるな。

 

 ――――あ、これはやばい。

 

 思考がネガティブになった。

 これは束さんの罠だ。

 ここで善人面してみろ、きっと後悔する。

 

 俺の人生はまだ見ぬ世界を楽しむ為と、死ぬ寸前に発売されたエロゲをやる為に!!

 

《貴女は助けに来てくれたのですか?》

 

 最初に話しかけてきた子が果敢に束さんに話しかける。

 再チャレンジとは頑張るな。

 

《は? お前達は束さんが時間を浪費して助ける価値が自分に有ると思っているの? それはちょっと自意識過剰じゃないかな?》

《なっ!?》

 

 だよね、驚くよね。

 とても“天災らしくて”個人的には有りだけど、相手がちょっと可哀想。

 

《お前達は助かりたいの? だったら勝手に行動しろよ。車奪って逃げるなり、落ちてる銃で倒れてる男にトドメ刺すなり、そいつらのケータイ電話で警察呼ぶなり、好きに動け。助かりたいなら勝手に助かれよ。束さんの手を煩わせるな》

 

 束さんの言葉に一同が沈黙している。

 聞いてる俺も気まずいぞ。

 では俺が彼女達に代わって一言言おう。

 

 だったら何しに来たの!?

 

 一人の女の子に会うためってのはなんとなく分かる。

 でも理由はさっぱりだ。

 

《あの……》

 

 お、噂をすればさっきの少女。

 

《取り敢えず男の人達を縛りませんか? それから警察に連絡した方が……》

《そ、そうね。そうしましょう》

《わたし縛れる物がないか探してきます》

 

 少女の一言で周囲が動き出した。

 随分と聡い子だ。

 

《んじゃ束さんは華麗に去るぜ。あ、別に束さんのこと秘密じゃないから、警察でもなんでも好きに話していいよ》

 

 ありがとう

 

 そんな声がいくつも聞こえてくる。

 

《しー君カモン》

 

 束さんからご指名だ。

 俺もちょっとは場の雰囲気に合わせてやるか。

 束さんが開けた穴をチェック――周囲に人影はなし。

 これなら大丈夫か。

 出来るだけ壊さないように静かにっと。

 

「ご苦労」

 

 穴から降りてくる俺に向かって束さんが笑う。

 偉そうだなおい。

 俺がノったから嬉しいのか?

 

 束さんの背後には数人の若い女の子。

 一番上でも20歳には届いていないだろう。

 一番下は………へ?

 

「おいこら」

 

 束さんの不機嫌な声を無視して一人の少女を見つめる。

 歳は俺と同じくらいかな? 10歳前後だ。

 

 髪は黒、だけど日本人ほど真っ黒ではない。

 肌は褐色、しかし黒人よりはやや薄い色素。

 瞳は薄い青、黒目しか知らない俺から見るととても綺麗だ。

 日本人の子供と違い、ふっくらとした感じがなく、東欧人の様に造りが細い。

 なんだこの美少女は?

 

「あれ? ガン無視?」

 

 年増は黙っとれ。

 

 しかしありえん。

 確かに俺はロリ要素があるが、同級生に欲情したことは一度もない。

 それなのに、この子には僅かだが色気を感じる。

 こんな子供が存在するとは……。

 

「あう……」

 

 少女が怯えた顔で後ずさる。

 おっといけない、今はISを纏ってるから怖いよね。

 ところでこの子は奴隷として売られるんだっけ? おいくらだい? 全力で買わせてもらうよ。

 

「戻ってこーい」

 

 はっ!? 思わず最低な思考をしてしまった。

 ありがとう束さん、俺は正気に戻ったよ。

 まずは背後関係の洗い出しだよな?

 この子は誘拐されて売られそうになったのか、それとも親に売られて此処に居るのか、その辺の事情を調べないと。

 

 誘拐なら話しは簡単だ。

 親元に返してから改めて交際を申込もう。

 なに、今の俺は小学生。

 法には触れない。

 

 親に売られたならもっと簡単だ。

 この子を連れて帰り、光源氏計画を行う。

 今でこの美貌だ。

 将来が楽しみだぜ。

 

「座れ」

 

 あれ? 体が勝手に動くぞ?

 

「どっこいしょっと」

 

 束さんが体をよじ登り定位置に落ち着く。

 これは外部から動かされてますね。

 

「じゃあね無能共。今日という日に束さんと出会えた幸運を噛み締めて生きろ」

 

 束さんのセリフに合わせて体が浮かび上がる。

 待って! せめて名前だけでも教えて!

 

「全速前進だッ!」

 

 あ゛あ゛ぁぁぁああ美少女が遠のくぅぅぅ!?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「まだおこなの?」

「べっつにー」

 

 少女達から別れて一時間ほど飛んだ現在、俺は自分でも理解できるほど不貞腐れていた。

 それはもう不貞腐れていた。

 あの少女は、リアルロリダークエルフと言っていいほどの美があった。

 そんな美少女を見つけて何も出来ないとは……。

 

「しー君の態度がウザイから言っておくけど、しー君程度の男が美ロリを嫁にとか夢見ない方が良いよ? 現実みよ? ね?」

「ほっとけ!」

 

 ちくしょう! 非モテオタだって夢見たいんだよバカ野郎!

 束さんの哀れみの目が胸に痛いぜ!

 

「それで、あの美少女はどういった子なんです? 目的はあの子だったんですよね?」

 

 もういいや、ぐだぐだ嘆いていても始まらない。

 スッパリと気分を変えよう。

 

「ふむ、まぁ内緒にする必要もないし教えてしんぜよう。あの子はね、高いIS適正を持っているのだよ」

「ほぉ?」

 

 高いIS適正ね。

 わかりやすく目にかけてるから何かあると思ったが、納得の理由だ。

 

「ちなみに今のIS適正はA」

 

 IS適正とはISを操縦するに為に必要な身体的素質。

 C、D、B、A、Sの五段階あり、Aは二番目。

 確か、適正Sは原作だと千冬さんを筆頭に数名しかいなかったはずだ。

 適正Aはヒロイン達がそうだった気がする。

 束さんが気にするってことは――

 

「しかも、将来はランクSになり得る人材なのさ」

 

 そりゃ凄い。

 見た事ない子だから原作ヒロインではないと思うが、選ばれた存在なんだ。

 

「ところで、IS適正ってどうやって決まるんです?」

「んー……細かい詳細は秘密だけど、基本は遺伝子の優劣かな。もの凄く簡単に言うと、美形で頭が良くて身体能力が高い子がIS適正も高い」

「とても分かりやすいです」

「そこらの無能ならともかく、男の慰み者にするのには惜しい子だから手をだしちゃったんだよね」

「理由はどうあれ、助けた事には違いないので俺は黙っときます」

 

 あの子が居なければ助けなかったと言っているようなもんだが、どんな事情があれ、あそこに居た女の子達を助けたのは束さんだ。

 なら俺を含め誰も文句を言えないさ。

 それよりも大事なのは、束さんに目をつけられたあの子の未来だ。

 

「あの子は大丈夫なんですか? 他の子の前で特別扱いしてましたけど、変な事になりません?」

 

 例えば、国に保護という建前で捕まったり。

 

「それは大丈夫。あの子がIS適正が高いってのはさり気なく国にリークするから」

「無理矢理IS操縦者にするのはダメですよ?」

「それも大丈夫。女尊団体にも情報をリークして見張らせるからね。無理矢理ISに乗せたら女が敵になるさ」

「女尊男卑の世界でそれは怖いですね」

「私だって別に無理矢理ISに乗せる気はないよ。そんなの嬉しくないもん。勉強して、世界を知って、考えて上でIS操縦者になって欲しい」

「IS関係の道から外れても許すと?」

「許すよ。もしかしたらあの子が選んだ道……その分野で私を越えるかもって楽しみもあるし」

 

 そこまで言うか。

 将来のIS適正S候補は伊達ではないらしい。

 

「ま、これからは大事にされるだろうから、怠けてその才能を腐らせたら――」

「女の子なんだからその怖い笑顔はやめなさい」

「しー君、あの子は私が唾を付けたんだからね? もしちょっかい出したら……もぎとる」

「あいまむ」

 

 流石の俺も自ら逆鱗に触れたりしない。

 てか束さんを怒らせたら、もがれた上で改造され、着脱可能のちん兵器にされそうだ。

 ――暫くあの子の事は様子見ってことで。

 

「んでお次は? ご飯にする? お風呂にする? それとも――テ・ロ?」

「んー、テロで」

 

 ……違うそうじゃない。俺は否定して欲しかったんだよ。

 出来ればご飯って言って欲しかった。 

 

「オーケー。どこでもお運びしますよお嬢様」

「くるしゅうない」

 

 人生諦めが肝心なのだ。

 束さんのにっこり笑顔を見て、俺は深くため息を吐いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 それから束さんは研究所を2つ破壊した。

 破壊と言ってもやり方は非常にスマートだ。

 上空遥か高くから、鉄の塊を落とすだけっていうね。

 束さんが落下位置を予測し、拡張領域から取り出した杭の様な鉄塊を放るだけだ。

 科学でコメットって再現できるんだスゲー。

 全体的な破壊ではなく、大事な一箇所を壊すだけなら確かに楽な方法だった。

 血を見る必要がなかったから、気兼ねしなかったしね。

 束さんも俺に人殺しをさせる気はなかったようで、早朝という事もあり人死もなかったようだ。

 今度からは全部この方法でお願いしたい。

 

 ――俺って世間一般ではテロリストだよな? っていう疑問は無視しました。

 

 

 そんなこんなで、いつの間にか日が昇った土曜日の午前。

 

「フォーが食べたいです」

 

 少し遅めの朝ごはんを所望しました。

 しかも起きてから結構時間が経っているので、お腹はくうくうだ。

 せっかくの海外だし、本場のもの食べたいよね。

 ってな訳で、わざわざインドネシアまで飛んで来ました。

 

「米粉の麺類だっけ? 私は別に構わないよ」

「それじゃあ行って来ます」

「へ?」

「うん?」

 

 束さんと見つめ合う。

 なんか認識の違いがあるような?

 

「しー君、“ごはんを食べに行く”。だよね?

「いえ? “食べて来ます”って意味です」

『んー?』

 

 二人で首を傾げる。

 これはちゃんと話し合わないといけない案件ですな。

 

「あのさ、しー君が私を置いて行くって理屈が理解出来ないんだけど? 天災の私にも計算不可能です」

「いやいやいや、計算とかいらないですよ。普通に考えて“指名手配犯”の篠ノ之束と外食とか出来るわけないじゃないですか?」

「……おぉ!?」

 

 自分って人間が世間にどう思われてるのか忘れてたのか?

 別に束さんと二人で食べるのは嫌ではない。

 でもね、外でだと安全性の面で無理なのだ。

 

「自分の立場思い出しました? それならこれからは別々に行動しましょう。一時間後に合流で良いですよね? んじゃ」

 

 束さんを近くの建物の上に降ろす。

 インドネシアの食情報はすでに勉強済み。

 適当な屋台や料理屋は衛生面が悪いらしいので、ネットで調べたお店に行こうっと。

 

 ――右腕に強い圧がかかってるせいで流々武から警告音が出てる件について。

 

「おい、離せよ」

「まぁまぁ、そう言わずに待とうぜしー君」

 

 ギリギリと装甲が悲鳴を上げる。

 一体なにが気に食わないのか。

 

「しー君、ちょっとばかし思いやりが足りないんじゃないかな? こんな異国の地に私を一人放置する気?」

「ナンパされても過剰報復はダメ。ご飯食べたらお金は払う。警察に見つかったら一人で素早く逃げる。この三つは守ってくださいね。それじゃあ――」

「だから! 待てって言ってるんだよ!」

「げっ」

 

 流々武が強制解除された。

 こうなってはもう逃げられない。

 これはとことん話し合わないといけないようだ。

 

「もっと私に配慮しろよ! そこまで投げやりだと流石の私も悲しいものがあるんだよ!」

 

 篠ノ之束、初手、泣きギレ。

 

「投げやりじゃないです。俺は別に間違ってることは言ってないですよね?」

 

 佐藤神一郎、初手、正論。

 

 うーん、平行線な予感。   

 

「間違ってはないけどさ! だからってそう簡単に置いていかれると寂しいだろ!?」

「小学生かッ!? 別にご飯くらい一人で食べれるだろッ!?」

「そういう問題じゃないんだよ! しー君が私に対して塩対応なのが気に食わないんだよッ! 友達なら気を使え!」

「友達云々なら束さんの方が気を使うべきでは? “私が一緒だと迷惑だから、しー君は一人で食べてね”って言ってくれよ。ほら、友達だろ? 俺に気を使え」

「ぐぬぬ!」

「むむむ!」

 

 束さんの“ぐぬぬ顔”を正面から受け止める。

 やはり平行線か。

 俺が冷たいのか、それとも束さんが面倒なのか。

 泥仕合ですな。

 

「私もフォー食べるの! 食べる食べる食べる食べるぅー!!(じたばた)」

 

 ここで駄々っ子モード発動か。

 食べたきゃ勝手に食べろとか言えないな。

 はぁ……可愛いと思った俺の負けです。

 

「テイクアウト出来る店を探します?」

「ふぇ?」

「麺類だけど持ち帰りは珍しくない様なので、どこか美味しいお店を探して一緒に食べましょう」

 

 日本で言えばラーメンの持ち帰りに近いが、フォーは屋台などでも売っているインドネシアのソウルフード。

 できたてをその場でってのが望ましいが、此処は妥協しよう。

 

 カタカタ――カタカタカタカタ

 

 束さんが凄い勢いでタイピングし始めた。

 

「目標発見。行くよ」

 

 さっきまでのキャラはどこえやら。

 束さんは肩で風を切って歩き始めたのだった。

 

 

 

 

「フォーうまっ!」

「うん、美味しいですね」

 

 町近くにある大木の枝に腰掛け、二人で麺を啜る。

 束さんがドヤ顔で見つけたのはテイクアウト出来る美味しいお店の情報でした。

 言い争う必要など何もなかったが、過去を振り帰る必要はないので今はともかく麺を啜る。

 

 ズズー

 

 俺が食べているのは“フォー・ガー”。

 麺は米粉でうどんに近い。

 スープは鶏ガラであっさりしていて、トッピングは鶏肉にバジルとミント、そして搾ったライム。

 とても健康的な朝ご飯だ。

 

 ズズー

 

 束さんの方は“フォー・ボー”。

 牛骨の出汁と数種の香辛料で作られたスープが特徴だ。

 具材は牛肉や肉団子ともやしだけという男らしい組み合わせです。

 

「搾ったライムが良い感じです。元々あっさりな鶏ガラに酸味が効いて、朝から食欲が止まりません」

「こっちはスープも具材も肉々しいけど、香辛料が効いてるから辛味がアクセントになっててイケるよ」

 

 ズズー

 

 二人で口を動かしながら互の手元を見る。

 ――考えてる事は一緒かな?

 

「束さん、ちょっと交換しません」

「おーけー」

 

 自分の食べてる料理が美味しいのは間違いないが、隣の料理も気になるは仕方がない事だと思うんだ。

 

「うん、こっちの鶏ガラベースも美味しいね。ライムが良い仕事してるよ」

「牛骨ベースもイケますね。ガツンとした味なのに辛味がある香辛料が効いてるからクドくないです」

 

 結論、どっちも美味しい。

 

「束さん」

 

 ズズー

 

「束さん?」

 

 ズズズー

 

 おいおい、食べ過ぎじゃないか?

 

「返せ!」

「んぐっ! もぐぐ!」

 

 ドンブリを奪おうにも束さんが離してくれない。

 わかってる。あぁわかってるさ。

 フォー・ガーの方が美味しいんだろ?

 だって今は朝だもん。

 フォー・ボーは確かに美味しいが、朝に食べるには少し重いのだ。

 香辛料も入ってるしな。

 食べ比べてみて思ったが、働いた後や夜ご飯ならボーだが、朝は圧倒的にガーだ。

 

「か・え・せ! お前のはフォー・ボーだろ!?」

「んぐんぐ……しー君からの貢物なんて嬉しいよ」

「そのケンカ、買った」

「あっ!?」

 

 束さんが持つドンブリに顔を近づけて箸で麺を掴み取る。

 

 ズズー

 

「負けるかー!」

 

 ズズー

 

 互いに一つの丼を取り合う。

 負けてなるものか! 唸れ俺の呼吸筋!!

 

 ズズー! ズズズー!!

 

 外国人が見たら顔をしかめそうな音を出しながら、二人で麺を啜る。

 むっ? 俺と束さんはどうやら同じ麺を食べていた様だ。

 最後の一本、その両端を俺と束さんが咥えている。

 

『離せよ。女性に優しくない男はモテないよ?』

『天災が麺一本に固執するなんて恥かしくないんですか? ここは譲れ』

 

 最後の一本を巡って睨み合う。。

 これで最後だ! 燃えろ呼吸筋!!

 そしてあわよくば束さんと関節キッスを!!

 

『じゅるるー!』

 

 力一杯に麺を吸い込む。

 あ……無理だこれ。

 

 口の中の麺がどんどん引っ張れていく。

 天才は吸引力も天才だと言うのか!?

 

 ちゅるちゅるちゅる……ちゅぽん

 

 最後の麺は無情にも束さんの口に吸い込まれていった。

 

「ふふん、私から食べ物を奪おうなんざ百年早いぜ」  

「俺が咥えてた部分も食べてますけど、気にならないんですか?」  

 

 麺を取られた腹いせに、ドヤ顔の束さんをからかってみる。

 まぁ互いにドンブリを交換した仲だから、そこまで気にしないだろうけど。

 

「うん? なんか変な雑味がすると思ったらそれが原因か。ぺっ」

 

 束さんが何事も無かったかの様に唾を吐き出した。 

 なるほど、確かに塩対応されると心にくるね。

 犬に口を舐められて、犬の舌がうっかり口に入った飼い主が、反射的に唾を吐いたと時と同じくらい自然な対応だった。

 つまり、ディープキスしても許されるのでは?

 

「試してみる?」

「みません」

 

 額に怒りマークを浮かべる束さんを横目に、俺は素直にフォー・ボーを食べる。

 これも間接キスだよね!

 ほんのり感じる甘味は束さんの味!

 

「なんてだらしない笑顔……。しー君て結構残念な所があるよね。そんなに私の唾液が欲しいの? 顔に吐きかけてあげようか?」

 

 我々の業界ではご褒美です。

 

 なんてのはネタだ。

 食事中にやったら怒るからな? 本当に怒るからな?

 口の中に唾を溜めるのはやめなさい!

 食べ終わったらお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、食事も終わったしそろそろ動こうかと思います」

 

 ご褒美なんてありませんでした。

 

「聞いてる?」

「聞いてますよ」

 

 ただね、朝から働きっぱなしで精神的に疲れているのさ。

 さっきから思考がおかしいのも疲れのせいです。

  

「今後の予定って後どれくらいあるんです?」

「んとね、テロが一箇所に秘密基地作成が二箇所」

 

 なんだ、もう折り返しか。

 意外と早く終わるかもしれないな。

 

「どちらを先に?」

「逆にどっちを先に終わらせたい?」

「テロで」

 

 嫌なことは先に終わらせるに限る。

 目的はロクでもない研究資料や、それら研究をする為の機材などだから、テロと言ってもこっちの罪悪感がちっとも痛まないのが救いだ。

 それでも、世間から見れば俺は立派なテロリストなんだよね。

 正義の味方のブラウニーが死刑になる理由は分かるな。

 まぁ俺みたいなヘタレが正義の味方なんて無理だし、なれる気もしない。

 なんの心配もないな。

 

 ん? そもそも何で研究所を破壊する必要があるんだ? 

 あの少女を助けた理由は分かったけど、そこらへんは謎だ。

 そもそも気にしてなかったとも言えるが。

 

「今更なんですが、なんで施設を破壊したんです?」

「本当に今更だね。あのね、施設を破壊した二箇所の研究所。あそこは人体実験をしてたんだよ」

 

 ま~たテンションが下がる情報を得ちゃったよ。

 

「人体実験とは穏やかではないですね。一般人感覚としては許せませんが、束さんは何故そこを破壊したんです?」

 

 善意からの行動ではない事は確かだよね。

 かと言って、施設を破壊した場合の“得”が分からない。

 天災が得られる物などないだろうに。

 

「うんとね、もの凄く正直に言っちゃうと“もったいないから”かな?」

「もったいない? 何がです?」

「“人間が”だよしー君。あのね、人間ってのは高々60億。数が限られる貴重な素材なの。それなのに無能共は、それがまるで無限だとでも思ってるかのように無駄使いする。私はそれが許せないんだよ」

 

 あー、うん、ほう?

 あれ? 俺が馬鹿だから束さんの言葉を理解出来ないのかな?

 

「だってさ、薬品が人体に及ぼす影響とか、DNAをイジった結果とか、そんなもん生きてる人間で試さなくても脳内でシミュレートすればいいだけじゃん? なのにアイツ等、わざわざ人間を使うんだよ? 資源と時間の無駄だと思わない?」

 

 アッハイ、オモイマス。

 

「もしも実験の犠牲になった人間が、将来は私に届く可能性を持ってたらと思うと、私はもったいなくてもったいなくて、とてもじゃないけど我慢出来ないんだよ」

 

 話をまとめよう。

 人体実験に犠牲になってる人がいる。

 その人は、頭脳や身体能力、または他の点で天才的な才能を持っているかもしれない。

 そんな人を無能の無駄な実験に犠牲にしたくない。

 だから人体実験反対

 って事でオケ?

 

 天災の天災的な発想だけど、それで救える命があるなら良い事だよね!

 ……思考を放棄したくなるな。

 

「で、次の目的地は?」

「なんで目が死んでるの? 自分から聞いておいてその反応は失礼だと思う」

 

 束さんを否定する気はないです。これからも頑張って下さい。

 俺には関係ないことだから――

 

 

 

 

 

 

 と、思うのはもはや振りだよね。

 

「束さんや」

「なんだい?」

「矢印が建物に向かっているのですが?」

 

 視界に映る矢印がね、建物に突き刺さってるの。

 これはバグかな?

 

「そのままGO! ってことだね」

 

 一時間近く飛んで次の目的地へ。

 空から見下ろす先はどう見ても軍事基地です。本当にありがとうございます。

 ――じゃねーよ!

 

「戦車とかありますね」

「軍事基地だからね」

「銃を持つ人間が門を守ってますね」

「軍事基地だからね」

「ここから束さんを投げ込めばいいんだよね?」

「しー君を投げ込むよ?」

 

 待ってください。

 軍事基地に突貫とか、普通にテロですよね? 普通のテロですよね?

 秘密裏に機材や資料を壊したり燃やすだけじゃなくて、絶対に銃で撃たれたりするよね?

 勘弁して欲しいなー。

 

「俺はなんの為に一緒に行くんです?」

「ん? 私の勇姿を見るために」

 

 そーゆーことね。

 束さんを後ろから見守ってればいいんだ。

 なら姿を見せる必要はないな。

 

「了解です。なら行きます――“夜の帳”」

 

 姿を消して基地に降り立つ。

 周囲の兵隊さんが驚いた顔でこちらを見ていた。

 彼らから見れば、空から美少女が落ちてきたって感じだ。

 驚くのも無理はない。

 

「どこから入って来た!? 手を上げて膝を地面に着けろ!」 

「こちら正面入口! 侵入者を発見!」

 

 数名の兵士が束さんに銃を向ける。

 中には無線で応援を呼ぶ声も聞こえた。

 IS越しとはいえ、銃を向けられるのは怖いな。

 

「無駄はしたくからちょっと黙ってくれない? あぁ、お前達みたいな下っ端に用はないんだよ。上の連中に束さんが来たって伝えろ」

「束? まさか篠ノ之束かッ!?」

 

 束さんの名が知れた瞬間、周囲が一気に慌ただしくなった。

 今のうちに少しだけ浮いて束さんと距離を取ろうっと。

 

「発砲するな! 囲んで逃げ道を塞げ!」

 

 建物から兵士が出てきて、束さんはあっという間に囲まれた。

 それでも表情は余裕たっぷりだ。

 心臓に毛が生えてるに違いない。

 

「下がれ」

 

 新たに現れた男の声に従い、周囲の兵士達が道を開けた。

 親玉のお出ましかな?

 

「これはこれは篠ノ之博士。この様な辺鄙な場所に何用ですかな?」

 

 束さんの眼前まで歩いてきた男は初老の男性。

 胸にいくつもバッチを付けており、偉そうな態度が鼻につく。

 お腹が出ており、髪はオールバック。

 なんてテンプレなお偉いさんなんだ! 

 

「“プロジェクト・モザイカ”の失敗作を処分しに来た。そう言えば伝わるかな?」

「ッ!? 流石は篠ノ之束ですな。何処から嗅ぎつけたのやら」

 

 プロジェクト・モザイカ……聞いた事のない単語だな。

 なにかの計画か? 相手の表情を見るに、世の為人の為っていう計画ではなさそうだ。 

 さっきの話から想像すると、人体実験絡みかな?

 

「あの様な失敗作に何用ですかな? 篠ノ之博士ならばアレより優れた物を造れるでしょうに」

「そうだね、アレは本当の失敗作。意識もなく、生命活動は全て機械任せ。ただ存在するだけの肉塊。それを貰いに来た」

「ほう? 貴女は友人想いなのですね。くくっ、噂と違い随分と可愛げがある」

 

 セリフの端々から危ない単語が聞こえる。

 忘れろ、聞こえないフリだ。

 プロジェクト・モザイカはどう考えてもロクな計画じゃない。

 

「ありゃ? もしかして友情ゆえにとか思っちゃってる? 違うんだなー。お前は束さんの事を全然理解できてない」

「――ならば何故ですかな?」

「お前、それを餌に私を釣ろうと計画してたろ? だから釣られてあげたんだよ。束さんの優しさは天井知らずなのさ」

「それは計画とも言えない草案、“試してみる価値は有るかも”といった話しで、本格的に動く前だと言うのに……。貴女の耳は素晴らしく出来が良いようだ。いいですなぁ~」

 

 男が束さんの体を舐めます様に見つめる。

 なんて怖いもの知らずな。

 

「“篠ノ之束量産計画”なんてのも面白そうではありませんか? 篠ノ之博士には是非ともご協力願いたい」

 

 やったね! 束さんの薄い本が増えるよ!

 

「うーん、穏便にしたかったけど、やっぱり無知蒙昧のカスじゃ束さんとお話しできないか。んじゃ力尽くで押し通そうっと」

 

 残念! 薄い本の発売は延期されました!

 

「この状況でどうにか出来るとでも?」

 

 男が手を上げると、束さんを囲んでいた兵士が一斉に銃口を向けた。 

 

「同士討ちや篠ノ之博士を殺す様な馬鹿はしません。全員、足を狙え。これから彼女にはベッドの上で生活してもらうのだ、必要ない」

 

 リョナとはレベルたけぇーな。

 なんていう業の深さ。

 

「まったく、美少女に銃口を向けるなんて……」

 

 束さんめんどくさそうに右手を振ると、その手にはひと振りの刀が握られていた。

 

「は? はは……アハハハッ!! それはジャパニーズサムライブレードですか!? 銃を相手にそんな棒切れで何が出来ると? ここは現実で映画の世界ではないというのに!」

 

 男の声に合わせるように周囲から嘲笑の声があがる。

 馬鹿な奴等だ。

 

 美少女に日本刀。それ即ち無敵なり。

 はてさて、束さんはこれからどうするのか。

 なんかネタ技とかしそうだな。

 飛天御剣流か神鳴流……いや、やはりここは御神流だろ。

 戦闘民族高町ごっこしようぜ! 生の神速とか見てみたいです!

 

「大勢の男に囲まれたこの状況、これは過剰防衛も許される事案」

 

 もう少し距離を取るか。

 巻き添えは怖いからね!

 ってなわけで俺は束さんから更に離れる。

 地上から50メール。

 これだけ離れれば大丈夫だろ。

 

「喉を掻き毟りながら死ね。卍解! 金色疋殺地蔵(こんじきあしそぎじぞう)!」

 

 オギャァァァァ!!

 

 ってなんでじゃぁぁぁ!?

 

 ダミ声の鳴き声共に現れたのは、子供の顔を持つ巨大イモムシ。

 紫の煙を撒き散らしながらの堂々とした登場だ。

 なんでそのチョイスにしたの? 卍解だってもっと他に格好良いのあるよ!?

 

「なんだこの化物は!?」

「ひぃー!?」

「よせ! 撃つな! 同士討ちになる!」

「ホログラムか何かに違いない! 取り乱すな!」

 

 兵士達は阿鼻叫喚。

 ビジュアル面はキツイから仕方がないね。

 

「う、撃て! 篠ノ之束を拘束しろ!」

 

 ジジイがへっぴり腰で指示を飛ばす。

 その声を聞き、兵士達が慌てて銃を構える。

 皆さん随分と顔色が悪いが、大丈夫かな?

 

「……なんだ? 手が……」

「嘘だろ? 力が入らねえ……」

 

 一人、また一人と兵士が地面に倒れていく。

 

「な、なんだこれは……」

「ん? 分かんないの? まさかここまでお馬鹿とは……。どう見たって毒でしょ?」

「ど、毒だと!?」

 

 周囲に漂う紫の煙は演出効果だけじゃないらしい。

 毒を使う為の演出として金色疋殺地蔵を見せたのか。

 それとも金色疋殺地蔵を見せたかったから毒を使ったのか。

 どちらが先かは束さんのみぞ知る。

 

「化学兵器禁止条約を知らんのかッ!? この様な事をしてただで済むと思うなよ!?」

「えー? だってこれ戦争じゃないもん。言うならばケンカだよね。ケンカに毒ガス兵器禁止って法律はありませーん」

「そんな戯言が――ぐっ!?」

「あーあ、大人しくしてれば良いのに、大声出すから呼吸を失敗するんだよ。今すぐ死にたくなきゃ呼吸に意識を集中しとけ」

 

 口をパクパクと動かして必死に呼吸するジジイを、束さんが冷たい目で見下ろす。

 

「許さんぞ篠ノ之束! ワシに楯突いた事を後悔させてやる! キサマの家族もろとも殺してやるからな!!」

「えいや」

「ガァッ!?」

 

 容赦のない束さんの蹴りがジジイを襲う。

 つま先が腹に減り込んでたね。

 ジジイは数メートル先まで転がり、そのまま動かなくなった。

 南無南無。

 

「立ってる人間は居ないね? なら束さんの勝ちってことで」

 

 倒れ苦しむ兵士の隙間を束さんが縫うように歩く。

 たまに束さんの足を掴もうとしたり、銃を向ける人がいるが、それらは華麗に回避している。

 

《しー君、私はちょっと探し物してくるから待っててね》

《待つのは構いませんが、毒は大丈夫なんですか?》

《へ? 私が自分で作った毒でどうにかなるとでも?》

《倒れてる兵士の心配してるんです。さすがに目の前に死なれたら目覚めが悪いので》

《そっちは大丈夫。呼吸が困難になって、内臓が痛くて、目が霞んで、筋肉が痙攣して、苦しいだろうけど、死にはしないから。んじゃねー》

 

 思ったより毒らしい毒だった。

 

「う、動くな! 撃つ……ぞ……」

「おい! どうし……た……」

 

 束さんが基地に入ると、紫の煙が入口から溢れてきた。

 どうやら室内でも毒をばら蒔いているらしい。

 うん、なんだ、無血開城って良い事だよね?

 ちなみに金色疋殺地蔵は人知れず消えました。

 凄いリアリティだったけど、やっぱりホログラムか何かだったようだ。

 

 

 

 

 

「おじゃましましたー」

 

 基地から出てきた束さんは、黒くて大きくて硬そうな物体を引きずっていた。

 ――どう見ても棺桶です。

 

 過剰反応はダメだ。

 面白がって束さんが中身を俺に見せてきそうだからな。

 俺は死体を見て喜ぶ特殊性癖はない。

 

《お帰りなさい》

《おまたー》

 

 ごく自然に対応する。

 一見ごく普通な会話風景だが、空に浮かんでいる俺の足元では多くの兵士達が苦しんでいる。

 ちなみに、ジジイは未だに気絶しています。

 若者は体力があるから元気に呻いています。

 そろそろ全員楽にしてあげてください。

 

「さて、目当てのブツも貰ったし、束さんは失礼するよ」

「ま、待ってくれ。この毒を……」

「いやだ、死にたくないない。頼むから……」

 

 束さんの近くに倒れていた人達が必死に手を伸ばして懇願する。

 

「え? なんて?」

 

《鬼か!!》

 

 余りに可哀想だったので、思わず音声付きでツッコミを入れてしまった。

 

《あれ? 助けた方が良いの? ほっとけばそのうち治るのに》

《だからってトドメ刺しに行くなよ》

 

 下品な笑顔を向ける男もいた。

 笑いながら銃を構える男もいた。

 だが、全てがそうではない。

 中には命令だからと仕方なく銃を向けた人もいただろう。

 此処は軍事基地で、束さんは侵入者。

 クズはともかく、職務に忠実な兵士を必要以上に苦しめる必要はないと思う。

 

《んー? まぁしー君がそう言うなら……》

 

 束さんがめんどくさそうに倒れいる兵士達を眺める。

 

「はいちゅーもーく」

 

 束さんがパンパンと手を叩き、周囲の視線を集めた。

 

「本来ならお前達は皆殺しです。だって戦争ならそうでしょ? 敵は殺し尽くさなきゃね。でも今回はケンカ。馬鹿で無能な一部の人間が束さんに売ったケンカです。なので、哀れな下っ端達は助けてあげようと思います」

 

 ざわざわ

   ざわざわ

 

 期待がこもった目が束さんに集中する。

 

「今から解毒薬を撒きます。鎮痛作用もあるので落ち着いて吸い込むように。ほいっと」

 

 束さんが白くて丸い玉を投げる。

 それが地面に落ちると、その場所を中心に白い煙が広がった。

 

「煙? これが解毒――ごほっごほっ!」

「これで助か――ゲホッ!」

「目があぁぁあぁぁ!?」

 

 そこらかしこから咽る声と悲鳴が聞こえる。

 この人達、今日は厄日だな。

 

「帰る前に言っておくけど、束さんを恨まないでね? だってケンカ売ってきたのそっちだもん。あ、束さんは別に復讐が怖いんじゃないよ? お前達みたいな無能の相手に時間を取られる事が嫌なだけです。次はきっちりしっかり殺して大地の肥やしにしちゃうからそのつもりで。 ……聞いてるかな?」

 

『げっほごっほ!!』

 

 誰も束さんの話しを聞く余裕なんてないよね。

 ――おかしいな。煙を吸ったわけでもないのに俺も涙が……。

 哀れ、これが天災にケンカを売った人間の末路か。

 

《用事が終わったなら帰りません? 空で待ってるのは退屈です》

 

 血と硝煙の匂いが漂う戦場とかそれはそれで辛いけど、こっちもこっちで辛いものがあるよ。

 俺の心身の為にも早く帰りましょう。

 

《……そうだね。なんかもどうでもいいや》

 

「基地内の人間の分は此処に置いておくから。後は頼んだー」

 

 すっかり覇気がなくなった束さんが、白いボールを地面に置く。

 これ以上イジメを見ずにすんで良かったよ。

 束さんと謎の柩を抱え、俺は早々にその場から立ち去った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「オラオラオラッ!!」

 

 シャベルを突き刺し、穴を掘る。

 

「無駄無駄無駄ッ!!」

 

 穴を掘る。穴を……掘る!

 

 「アリアリアリッ!!」

 

 僕は穴掘りが好きなフレンドだったんだね!

 

「しー君、もうそろそろいいよ。後は私が崩れないように壁を舗装するから、しー君は入口付近の土片付けて」

「了解です」

 

 ひたすら横穴を掘っていたら束さんからストップの声。

 やっぱりストレスの発散は運動だよね。

 

 軍事基地から出た俺と束さんは、例の棺桶を基地から離れた山中に埋めた。

 俺が墓穴を掘り、束さんが摘んできた花を添えた。

 束さんは終始無言だった。

 なんかもうね、おふざけする空気でもないし、かと言ってわざわざ束さんが持ってきた棺桶の中身を気軽に聞けないしで、俺のストレスはマッハだった。

 

「ふぅー」

 

 流々武を解除し、水で喉を潤す。

 秘密基地を作るのって楽しいよね。

 ストレスがどんどん発散されるぜ。

 

「天井と壁の補強終了。此処は暫らく使う予定はないからこれで終わり」

「あいさー」

 

 洞窟は横穴が深さ15メートル程の直線で、その奥に大きな空間が広がっている。

 穴は山の中腹にあり、周囲は木々に囲まれているので、ザ・秘密基地って感じだ。

 やー、ひと仕事を終えた後はタバコが吸いたくなるね。

 こんな綺麗な森の中で吸うのはダメだけど。

 

「ところでしー君、棺桶の中身ってね、とある実験で作られた人造人間の失敗作だったんだよ。神様の真似事とか、本当に人間って怖い生き物だよね」

「ぶはっ!?」

 

 口から水が飛び出た。

 あ、虹描いてるよ。綺麗だなー。

 

「時々思い出したかのように体を切り裂かれ、すでに価値なんてほとんどないのに機械で無理矢理生かされる。せめてもの救いは意思がないってことかな」

 

 きこえなーい。

 俺はなにもきこえなーい。

 無知とは弱者が身を守るための防衛機能だ。

 知らなければ心は痛まない。

 知らなければ罪悪感を覚えない。

 はっはー! そんじょそこらの若造と違うのだよ! 

 情報の取捨くらい出来るさ! 大人舐めんな!

 今日は朝から色んな意味でお腹一杯なのだ。

 

「今までの実験体はほとんど廃棄されて、残りも形が残ってるだけの肉塊に等しいけどね。そう言えば、ちょっと前に№889が新型ウイルスの実験で死んだんだっけ。最後は体を腐らせながらだったよ。そう……あれはしー君がホッケをツマミに日本酒を飲みながらお笑い番組を見て爆笑してた時だったかな?」

「SAN値が下がるわッ!」

 

 もう最悪だ。

 

 生きててすみません。

 クズでごめんなさい。 

 

 束さんの罠だと分かっていてもテンションがみるみる下がる。

 俺が平和な日常を過ごしてる裏では悲劇が……。

 

「膝なんか抱えてどったの?」

「黙れ性悪。なんでそんな情報を俺に言うかなー」

「私のストレス発散」

「俺のストレスは?」

「家に帰ってエロゲーでもしてれば?」

 

 そうだね。

 リアル女なんてクソ。

 二次元嫁に癒してもらうよこの野郎。

 

「ちなみに、“プロジェクト・モザイカ”って最高の人類を造る為の計画だよ」

「あーあー。聞こえませーん」

 

 耳を両手でしっかりと塞ぐ。

 おかしいな? 俺ってISの世界に転生したんだよね? なんでSF設定があるの?

 ISと他のラノベ世界が融合した可能性が微レ存?

 

「でね」

 

 束さんが俺の手を掴み、無理矢理耳の蓋をどかす。

 目がランランとしてやがる。

 そこまでして俺に聞かせたいのか!?

 

「その完成形がいっくん」

 

 ……なるほど?

 

「そろそろ昼食の時間ですね」

「あっれ!? 意外と冷静!?」

 

 だって“織斑一夏クローン説”はネットで出てたし。

 一番有力だったのは、千冬さんのクローン説だったけどね。

 執筆の遅い小説は、先読み展開や考察の標的になってしまう宿命なのだよ。

 そうか、一夏の誕生にはそんな秘密が。

 

 きっと“インフィニット・ストラトス”のラストは、一夏やヒロイン達がプロジェクト・モザイカを計画した秘密組織と戦うんだぜ。

 そして、自分の出生を知った一夏が自身の存在理由に悩むも、ヒロイン達の説得で立ち直ったりするんだ。

 1000000ジンバブエドル賭けてもいい。

 

「しー君はさ、いっくんの秘密を知ってなにも思わないの?」

「運命力持ってんなぁ~」

「軽い!」

「だって他に思うことないし」

「造られた命だよ? もっと他にあるんじゃないの?」

「束さん、オタクにその問は無意味だ」

 

 綾波レイに対し、“クローンきめぇ”とディスるオタクはいるだろうか? いや、いない。

 なお、綾波レイは厳密に言えばクローンではないというツッコミは無視する。

 二次元では人造人間など珍しくない。

 イチイチ騒ぐ真似なんてしないさ。

 

「でもさしー君、二次元じゃなくて三次元だよ? 意味合いがかなり違うよ?」

「真のオタクならむしろ喜ぶ場面」

 

 二次元だとか三次元だとか、そんな事は些細な問題。

 可愛ければどうでもいいんだよ。

 だって生きてるレイちゃんに会えるかもだよ? 

 オタクなら喜べ。むしろ喜べ。

 

「ふーむ、人体実験などのネガティブな情報ならダメージが入るけど、人造人間っていう単語は問題ないと」

「ですね」

「なら、いっくんに会っても態度が変わらないか」

「変える必要がありません」

 

 真面目な話、一夏的には思うことはあるだろう。

 でも、そういった面倒事に関わる事はしない。

 自身の存在理由なんて自分で決めるものだし、一夏の悩みを聞いて慰めるのはヒロインの役目。

 つまり、一夏の出生を聞いても俺がやるべき事は何もないのだ。

  

「つまんないの」

 

 束さんが俺から興味を無くしたようです。

 

「ちなみにちーちゃんもプロジェクト・モザイカ産まれ」

「そうですか」

 

 ボソッと付け加えられた情報に淡白に答える。

 一夏が人造人間なら千冬さんの産まれも想像がつく。

 まぁ正直言ってどうでもいい情報だよね。

 

 ――個人的に、その千冬さんの面倒を見ていた柳韻先生が気になるけどね。

 もしかして、プロジェクト・モザイカに関わってたりしないよね?

 ラスボスが柳韻先生だったら俺は人間不信になっちゃうよ。

 

「ところで束さん」

「うん?」

「秘密基地を作るなら、要望があるんですが良いですか?」

「お? しー君が要望とは面白そうだね。聞こうじゃないか」

 

 話の切り替え成功。

 楽しい楽しい秘密基地作りの再開だ。

 

「滝の裏側とかどうでしょう? テンプレながらもリアルではお目にかかれない場所です」

「おぉ! いいねそれ。かっちょいい!」

 

 よしよし、乗り気になってくれた。

 大きな滝の裏側に秘密基地とかロマンだよね。

 実際に水で削られた部分はあるかもだけど、基地が作れる程の大きな空間があるとは思えない。

 俺のツルハシが火を噴くぜ!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 そんなわけでまたも場所を移動し、別の国の大きな滝に向かった。

 上から落ちてくる水を浴びながらツルハシを振るうのは最高に楽しいです。

 

 お昼ご飯はカップラーメン。

 滝がある場所は人里離れた山の中。

 旅人や旅行客が訪れない場所だ。

 そんな場所で食べるカップラーメンは最高である。

 

 焚き火をすれば木々に火が移る心配があるし、バーベキューなどはゴミが多く出る。

 その点、カップラーメンはなんてエコなことか。

 お湯はカセットコンロで沸かせばいいし、汁を飲み干せば残飯も出ない。

 最後にカップをゴミ袋に入れて持ち帰ればいいのだ。

 自然に優しいよね。

 ただ、束さんが不満気だった。

 昨夜から、手抜き→外食→手抜きと続いているからか、文句タラタラだ。

 川魚でも釣ってろと言いたい。  

 

 食後、俺はツルハシを持って滝へ。

 束さんは周囲にディスプレイを投影し、滝壺から流れる川に足を浸けながら作業していた。

 美少女が水と戯れる姿は乙である。

 幸せな風景って、きっとこんな感じなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

「私のストレスがわくわくさん」

 

 喉が乾いたので作業を中止して下に降りると、束さんのテンションが急降下していた。

 ちょっと目を離すとこれだ。

 俺に安息の時間はないのだろうか?

 

「そうですか。せっかの水場ですし、ストレス発散に泳いできたらどうです?」

「しー君、そう邪険にぜずコレを見たまえ」

 

 そう言って束さんが一枚のディスプレイをこちらに投げてきた。

 

『許さんぞ篠ノ之束ッ! 手足をもぎ取って嬲り殺してやるッ!!』

 

 憤怒

 

 そんな言葉が似合うジジイが映っていた。

 

「基地に侵入した時に一応隠しカメラ仕掛けたんだよね。そしたらコレだよ」

 

 束さんが呆れた顔でため息をつく。

 

『篠ノ之束には妹が居たな。――日本政府が匿ってるだと? ふんっ、それがどうした? いいか、なんとしても見つけ出せ! 軍の消耗品として兵士共の相手をしてもらうからな! ふはははッ!!』

 

 地雷の上でタップダンスしてやがる!?

 周囲の兵士が乗り気じゃないのが救いだな。

 ジジイはともかく、毒を盛られた兵士達は束さんの手の平で命をコロコロされたからか、全員が沈痛な表情だ。 

 

「これは私のミスだね。速攻で気絶させちゃったから、心折るの忘れてた。失敗失敗」

 

 束さんがてへッっと舌を出す。

 

 どうしてだろう? 可愛い仕草のハズなのに恐怖を感じる。

 

「私に敵わないからって箒ちゃんを狙うとか、命知らずとかしか思えないよね。それにしてもさ、妹を捨てたクソ野郎設定のハズなのに、なんで箒ちゃん狙うのかな?」

「単純に束さんがムカツクからでは?」

「それは盲点だった」 

 

 相手の家族だから狙う。

 ただそれだけで、そこに束さんがどう思ってるかなんて考えはないのだろう。

 

『日本人の女は珍しいから兵に抱かせるより金持ち相手の方が良いか? 篠ノ之束の妹には儂の小金稼ぎでもしてもらうか! くはははッ!!』

 

 ギリッ

 

 やだ怖い! この子歯軋りしてる!?

 

「しー君、ちょっと忘れ物したから運んでくれない?」

「ちなみに何を忘れたんです?」

「ん? 息の根止めるの忘れてた♪」

 

 だよねー。

 箒を18禁ゲームの対象にされたらキレるよねー。

 俺? 束さんが怖くてむしろ冷静だよ。

 

「落ち着きなさい。殺しはダメです」

「コレが落ち着けるか! あのクソ無能ジジイをチュンするんだ!!」

「俺は別に道徳心で言ってるんじゃありません。血だらけの手で触れられる箒が可哀想だから止めてるんです」

「なら手を汚さずチュンする!」

 

 チュンってなんだか分からないけど、きっとジジイはただでは済まない。

 恨むぞジジイ。

 俺はお前の事なんてどうでもいいけど、箒の為に束さんを止めてるんだからな。

 しかしまいった。

 怒髪天の天災をどうやって鎮めればばいいのやら……。

 滝壺に落とすか? でも箒に火の粉が飛ぶ可能性がある以上、あのジジイを見逃すの事は出来ないし……。

 

『サトウ・シンイチロウか――』

 

 誰かに呼ばれたので周囲を見渡してみる。

 うん、こんな山奥に人が居るハズないよね。

 

『日本の少年は使い道が多いな。健康な臓器に綺麗な肌……暫らく男娼として働かせてから臓器を取るか』

 

 最低な発言してやがる。

 どこのサトウ君かは知らないが同情するよ。

 って俺の事か。

 元とはいえ親しかった仲だ。標的にされるのは仕方がない。

 良く調べてるじゃないかクソ野郎。

 束さんの関係者なら見境なしって事だな把握した。

 

「しー君、まだ止める?」

「息の根はともかく、心はしっかり折りましょう」

 

 相手にまだ戦意があるならケンカの決着は付いてない。

 一度始めた事は最後までやらないとな!

 中途半端は許しません! 

 

「よろしい。ならばしー君に力を授けよう」

 

 束さんの隣に一体の人形が現れる。

 

 犬だかネズミだかよく分からない茶色の生き物で、緑色の帽子を被っており、赤い蝶ネクタイを締めている。

 そして、胸の中心にはウイングガンダムの様な硬質感のある珠が有った。

 

 どう見ても格好良いボン太くんです。

 

「聞きたくないけど聞きます。それはナニ?」

「見ての通りのボン太くん。胸に中心にあるのはISコアだよ」

 

 まさかのガチボン太くん!?

 

「機体名【ボン太くん】起動。搭乗者データはしー君のを使用。一部の機能をロック、一次移行を禁止」

 

 不穏な単語が次々聞こえてくる!?

 

「兵装を選択――ガトリングシールド、ジャイアント・バズ、ヒートソード、三連装ミサイルポット」

 

 しかもジオン仕様!?

 

「さあしー君」

 

 束さんがにっこり笑顔でボン太くんを押し付けてくる。

 嘘だよね? だってそれを着るってことは俺が基地に襲撃仕掛けるってことじゃん。

 ギリギリテロリストから問答無用テロリストだよ。

 

「私が直接行ったら怒りに任せて殺っちゃうだろうし、しー君にも無関係じゃないんだからやってくれるよね? ま、答えは聞いてないけど」

「さらばッ!」

「強制展開!」

 

 逃げようとする俺の背中に束さんがボン太くんを投げつける。

 ボン太くんに覆い被さられたと思った次の瞬間――

 

『ふもっふ!』

 

 俺はボン太くんの中に居た。

 しかもコレ、“ボン太くん語”搭載されてる。

 俺が何を言っても全て可愛く聞こえるんですね分かります。 

 

「武装展開、見よ……これが【フルアーマーボン太くん】だ!!」

 

 左手にシールド一体型のガトリングガン。

 右手に赤い大剣。

 太もも部分にはミサイルポット。

 背部にはジャイアント・バズが二基。

 そして胸の中心で輝くISコア。

 

 普通に格好良いし、ビーム兵器が無い所にこだわりを感じるね!

 

『ふもふも!』

 

「更に……じゃじゃーん!」

 

 束さんが天高く突き上げた手に握られてるのは、日頃からお世話になっているゲームのコントローラー。

 

「私が外部から操縦する事でボン太くんの性能を120%発揮できる!」

 

 俺の存在価値ってなに? 芯?

 

 ふ、ふふ……あはははッ!!

 

 帰ってきたら絶対怒る! 超怒る!

 お尻ペンペンじゃ済まさないからな!

 

『もっふる!』

 

 俺の怒鳴り声が悲しくもボン太くん内に響き、外には可愛い声が響く。

 

「それではボン太くん、GO――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、一つに軍事基地が機能不全寸前まで破壊されたが、幸いにも死者は出なかった。

 基地の責任者はウサ耳バニーガールを着て失神している所を保護。

 意識を取り戻したのちに取り調べを受けたが、情報の開示を一切拒否。

 兵士達の言い分も支離滅裂で要領を得ないため、事件は未解決のままアンタッチャブルとして封印された。




どれだけ書けば書く事に慣れるのか……orz

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