俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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長くなったので半分にしました。
一話5000前後でスタイリッシュに書ける作者になりたい(´・ω・`)


彼らの週末(日曜日:午前)

 その日、俺は自分に尋ねた。 

 

 原作開始前の平和な世界で、何故苦労するのだろう? と。

 

 束さんのせい? 

 その束さんの教育をしっかりしなかった柳韻先生のせい?

 それとも自業自得の因果応報? 

 

 とある人間の顔が脳裏から離れないのだ。

 目を閉じると、その時の風景がありありと浮かぶ。

 一人の人間の顔が常に想い浮かぶなんて、それはまるで恋の様だ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 現在住んでいる場所にある山の中には秘密基地がある。

 そこは篠ノ之束によって作られた、地中にある巨大な空間。

 ただ広いだけで特別な機械も何もない場所だ。

 

「まだかな?」

「まだですね」

「まだかな?」

「まだです」

「まだかな?」

「別に俺に聞いてるわけではないのか」

 

 落ち着かない様子の束さんを放っておいて、自分は床に敷いた座布団に座りお茶を飲む。

 怒涛の土曜日をなんとか乗り切った日曜日。

 今日は急遽決まったぷち同窓会の日である。

 

「来たッ!」

 

 束さんが入口をガン見する。

 

 コツコツと人の足音が聞こえて来た。

 地上の入口から地下までは螺旋階段で繋がっている。

 今日の主役が階段を降りてくる足音だ。

 

「久しぶりだな束。神一郎は先日ぶりだな、手は大丈夫か?」 

 

 現れたのはスーツ姿のイケメン女性。

 ご存知、織斑千冬だ。

 

 束さんだけじゃない。

 俺も待ち望んでいた女性だ。

 あぁ千冬さん。本当に……本当に会いたかったよ。

 今日は俺の為にもよろしくね。

 

「ん? どうした?」

 

 返事がない事を訝しみ、警戒しながら近づいて来る。

 いけないな。

 もっと普段通りの態度を心掛けないと怪しまれてしまう。

 

「先日はどうも。千冬さんのハンカチのおかげで助かりました」

「そうか」

 

 無事な右手をぷらぷらと振って笑ってみせる。

 すると千冬さんの警戒心が薄れ、顔に笑が浮かんだ。

 

「で、束はどうしたんだ?」

「さあ?」

 

 束さんは千冬さんが現れた瞬間に顔を下に向け、それから微動だにしない。

 だいたい理由は分かるけど、ここは知らんぷりで。

 

「束?」

 

 千冬さんがゆっくりと束さんに近付く。

 しかし、それでも束さんは動かない。

 

「……ちーちゃん」

 

 ポツリと束さんが呟いた。

 その声を聞き、千冬さんが苦笑する。

 

「どうした束。らしくないじゃないか」

 

 そう言って千冬さんがまた一歩近付く。

 すると、ポツポツと雫が地面に落ちた。

 

「……ちーちゃん」

「束、お前……」

 

 雫の出処は束さん。

 それを見て、千冬さんの目が大きく見開かれる。

 

 久しぶりの再会、それに感無量の束さん。

 いつもはツンツンの千冬さんも流石に感じるものがあるのか、そんな束さんを優しい目で見ていた。

 感動的だな。

 千冬さん視点で見れば、だけど。

 

 束さんが下を向いているから、すぐ目の前に立つ千冬さんからは顔が見えないようだ。

 だが、横に居る俺には束さんの顔がバッチリ見えている。

 

 顔はだらしのない笑顔。

 落ちる雫は涙ではなくヨダレ。

 千冬さんの優しさはゴミ箱に捨てていいと思う。

 

「久しぶりの集まりだ。顔を見せろ」

 

 千冬さんが束さんの頭に手を置いた。

 それが導火線に火を点ける結果になるとも知らずに……。

 

「なま……ちー……」

「なま? 何を言って――」

「ちーいーちゃーん!!」

「なっ!?」

 

 束さんが千冬さんに飛び掛り、後ろに押し倒す。

 流石のブリュンヒルデもこの奇襲は避けれなかったみたいだ。

 

「ちーちゃん! ちーちゃんちーちゃんちーちゃん!!」

「ちょっ!? 待て束! どこを触って――ッ!?」

「あったかいーなーやわらかいーなー。生のちーちゃん最強!」

 

 両手でおっぱいを鷲掴みにし、寄せられた胸の谷間に顔を埋める変態。

 とても目の保養になります。

 

「くんくんくんくんくん」

「離せ! 嗅ぐな! いい加減にしないと本気で殴るぞ!?」

 

 千冬さんは束さんを引き離そうと、顔を手で押しのけようとしたり、頭を小突いたりするが、変態は一向に落ち着く様子がない。

 スーツ姿の美人が押し倒される様は不謹慎ながら興奮するよね。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁた ま ら な い !!」

 

 心からの声なのだろう、声がもはやオヤジだ。

 しかし束さんの握力は凄いな。

 五指がおっぱいに食い込んでヤバイ事になってる。

 やー、心が洗われますなー。

 

「くっ……最終警告だ束。離れなければ――」

「んあ」

 

 千冬さんが何か言い切る前に、束さんが胸から顔を上げ大きく口を開けた。

 

 

 かぷっ♪

 

 

 

 

 暫らくお待ち下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両方の鼻にティッシュが詰まっている女性は好きですか?

 個人的には微妙です。

 現在、束さんが俺の膝を枕代わりにして鼻血を止めようとしています。

 ちなみに鼻血の原因は千冬さんの色気と拳です。

 

「おひさーちーちゃん」

「死ね」

 

 千冬さんの返答は短かった。

 しかし、その心情を分かりやすく表していた。

 

「なんなんだお前は、急に襲って来て」

「久しぶりの再会で高まる感情が抑えきれなかった!」

「……こうならないために、確か抱き枕があったよな?」

「あるよ。毎晩のお供です。でもね、昨日しー君と一緒にアルバム見たり思い出話に花を咲かせていたら、ちーちゃん愛が溜まっちゃって溜まっちゃって。生ちーちゃん見た瞬間に溢れちゃった」

「……そうか」

 

 あ、千冬さんが諦めた。

 昨夜は写真から動画まで、過去の思い出総出演だったからな。

 束さんが辛抱たまらなくなるのも仕方がないよね。

 なにせ三ヶ月ぶりの再会だし。

 

「千冬さん、歯型とか付いてません? 大丈夫ですか?」

「心配するなら助けろ。それと人の胸をガン見するな」

 

 千冬さんが乱れた服を正しつつ俺を睨む。

 噛まれた胸を心配してあげたのに酷い言いようだ。

 ……乱れたブラウスの隙間から見える肌色に誘われた事は認める。

 

「助けるのは無理です。あの状態の束さん相手に横槍入れたら、きっと俺は殴られてました」

「分かってるじゃないかしー君」

「それはもう。ところで鼻血は止まりましたか?」

「たぶん?」

「それじゃあ抜きますよ」

「ん」

 

 束さんの鼻からティッシュを引き抜く。

 先っちょには真っ赤な血がこびり着いていた。

 ……これ、それなりの場所に持っていけばひと財産だよな。

 ただのゴミに見えるが、天災の血というプライスレス商品。

 

「しー君、そのゴミを上に投げて」

「あ、はい」

 

 立ち上がった束さんが笑いながら俺に指示を出す。

 反射的にその言葉を聞いてしまい、ティッシュを上に放り投げる。

 

「過激にファイアー」

 

 束さんの手には消火器の様なものがあった。

 だがそれは性能は真逆のブツ。

 俗に言う火炎放射器である。

 

 ティッシュが一瞬で灰になり燃えカスが上から落ちてくる。

 目の前で札束を燃やされた気分だよ。

 

「しー君、何か問題でもあった?」

「いえ、なにも」

 

 あくまで笑顔を絶やさない束さんから視線を逸らす。

 これは俺の考えを読まれたっぽいな。

 余計な事をして火に油を注いではまずい。

 ちゃっちゃと準備しましょうか。

 

 壁際に置いておいた二つのクーラーボックスを運ぶ。

 

「どうぞ」

「すまんな」

 

 拡張領域から取り出した座布団を千冬さんに渡し、三人が向かい合う様に座る。

 天災、戦乙女、転生者のトライアングル。

 そう言うと少し格好良い。

 

「はい、飲み物は各自勝手に取ってください」

 

 ま、所詮ただの飲み会なんだが。

 

「はーい」

「ふむ、見たことがないのが多いな。瓶は全てビールか?」

「日本各地の地ビールです。自分好みの一本を探すのも乙ですよ」

「地ビールか……普通の瓶より小さいな」

「飲みきりサイズですからね。コップに注ぐのではなく、直接飲むんです」

「それは良いな」

 

 千冬さんが興味津々にビール瓶を手に取る。

 それで良いのか未成年。

 平然とお酒に手が伸びるなんて千冬さんも悪くなったもんだ。

 誰の影響なんだか。

 

 ツマミは柿ピー、チーズ鱈、鮭とばにサラミ。

 それらを大皿に盛って三人の真ん中に置く。

 宅飲みらしくなってまいりました。

 

「飲み始める前にまずは聞きたい事がある」

 

 自分の横に瓶ビールを確保しつつ、まずは千冬さんが口を開いた。

 

「どうしたのちーちゃん?」

「結局この集まりはなんなんだ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「だっけ? えっとね、そもそもの始まりはしー君なんだけど――」

「ほう?」

 

 お前が元凶か? そんな視線が俺に向けられる。

 間違ってはいないが、責められる謂れはない。

 だって最終決定を出したのは束さんだし。

 

「俺はただ“7月は再会のシーズン、卒業して進学や就職でバラバラになった友達が集まる時期なんですよ”と言っただけです」

「そうそう、それを聞いて無性にちーちゃんに会いたくてなったので、こうしてご足労願いました」

 

 昨日、俺と束さんは仕事帰りの千冬さんを待ち伏せした。

 直接合うわけにもいかないので、束さんが作った機械で連絡を取ったのだ。

 その名も“囁き丸”。

 新手の斬魄刀かと思うだろうが、見た目はメガホンだ。

 声を超音波ビームというごく狭い振動にすることで、周りには聞こえない波に変えてしまうらしい。

 これによって、目標の人間だけに声を届けられるとういう優れ物である。

 

「でもまぁ良いじゃないですか。千冬さんも愚痴とかあるのでは? たまに集まって愚痴や近況を語り合う。それが友達同士の飲み会ってもんです」

「そういった理由か。別に文句はない。私もモンド・グロッソ前に神一郎に会いたいと思っていたしな」

「あれ? 私は?」

「神一郎に会いたかったしな」

 

 千冬さんからのラブコールがありがた迷惑。

 なんで俺に会いたかったのかは不明だが、そのせいで束さんが怖い。

 具体的に言うと、笑いながら俺の二の腕をツネってくるのが怖い。

 

「取り敢えず乾杯しちゃいましょう。話すにしても飲み物が欲しいですし」

「そうだな」

「そうだね、しー君を問い詰めるのはそれからでいいや」

 

 織斑千冬よ、お前は何故そうも俺を傷つけるのか……。

 問い詰められても何も話すことないってば。

 

「はいはい、まずは乾杯しますよ。それぞれ色々あった三ヶ月だと思います。お疲れ様でした! 乾杯!」

『乾杯!』

 

 俺と千冬さんの瓶ビールと束さんの缶チューハイがぶつかる。

 

「んっ……美味いなこれは」

 

 瓶ビールを漢らしくラッパ飲みした千冬さんの顔が緩む。

 やっぱり瓶ビールのラッパ飲みは最高の贅沢だよね。

 泡や空気の関係から、コップに注いだ方が美味いという意見もあるけど、気分で考えればラッパ飲みが最強だ。 

 さて俺も――

 

「さぁしー君、どうやってちーちゃんを誑かしたか聞こうじゃないか」

 

 横から伸びてきた手が俺の首袖を引っ張り、耳元でドスの効いた声が……。

 横目で見てみると、束さんがカシオレを手に持っていた。

 飲み会でカシオレを飲む女はクソってエロゲ主人公が言ってたな。

 

「本人に聞け」

「あくまで誤魔化すんだね。まさかしー君が私とちーちゃんの仲を邪魔するなんて……。私は悲しいよ。しー君という友人を失う事が……」

「聞いてる様で俺の話しまったく聞いてないよね? 千冬さん、そろそろ助けて」

「ん? あぁ――」

 

 俺と束さん無視して千冬さんはビールを楽しんでいた。

 千冬さんはお酒の味を覚えたが、未成年だから自分で買うなんて事はしないはず。

 彼女にとって三ヶ月ぶりのお酒だ。

 久しぶりの友人なんてどうでもいいよね。

 

「すまん、どのタイミングで渡すか迷っていてな。束に暴れられると困し、今渡そう」

 

 千冬さんが自分の横に置いてあったポーチを漁る。

 社会人の必需品として化粧道具でも持ち歩いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「これを」

 

 千冬さんが渡してきたの包装された三つの箱。

 大きさは手の平程で、薄い箱だ。

 

「その、なんだ……こういった物を渡すのは少々恥かしいんだが、初給料で買ったプレゼントだ。柳韻先生と雪子さんに渡して欲しい」

「もう一つありますけど」

「それはお前へだ。……なんだかんだで世話になったからな」

 

 照れながら頬をかく千冬さんの破壊力よ。

 やめろ、やめろよ……。

 そんな事されたら決意が鈍るだろぉぉ!?

 

 てかマジで泣きそう。

 なにこれ? なにこの感情?

 今まで経験した事がない感情だよ。

 

「責任もって渡します」

「なんで泣きそうなんだよお前」

「こんなに大きくなって……」

「誰目線だ? おい、誰目線で言ってるんだ?」

「あぁ……ビールが美味しい」

 

 涙を誤魔化す様に天井を見ながらビールを飲む。

 ちょっと決意が薄れてきちゃった。

 いかんな、精神がこんな貧弱ではダメだろ。

 

「黒のラッピングは柳韻先生。白が雪子さんで青がお前のだ。頼んだぞ」

「了解です。ちなみに中身は?」

「ハンカチだ。引越しの多い柳韻先生達の邪魔にならないと物をと思ってな。お前もハンカチは持ち歩いているのだろう?」

「良いチョイスです」

 

 プレゼントとして最良だろう。

 柳韻先生達も国の監視下にあるが、ハンカチ程度なら誤魔化せるだろうし。

 

「ねーねー」

「なんだ?」

「私のは?」

 

 束さんが千冬さんに両手を出しておねだりする。

 流石の千冬さんも束さん相手に気を使ったりは――

 

「あるぞ」

「あるの!?」

 

 あるの!?

 

 あ、束さんと感想が被った。

 てか束さんも貰えると思ってなかったのか。

 当然と言えば当然の反応だけど。

 

「――これだ」

「やふー!」

 

 千冬さんが次に取り出したのは小さなタッパーだ。

 中に入っているのは……漬物?

 

「一夏が漬けた糠漬けだ。大事に食え」

 

 そう言えば一夏に漬物壺あげたんだっけ。

 使ってくれてるようでなによりだ。

 

「いっくんの手作りとな!? ありがとうちーちゃん!」

「そうか、そんなに喜んでくれるか……」

 

 束さんのテンションを見て千冬さんが若干引いている。

 こりゃあれだな。

 俺や柳韻先生のプレゼントは前々から用意していたが、急な誘いの為に束さんの用意がなく、今朝になって適当に見繕ってきた感があるな。

 一夏の手作りって言っとけば喜ぶだろと、そんな思考が見え隠れする。

 しかしこれも良いチョイスだ。

 

「束さん」

「む? これは私のだからしー君には分けてあげないよ?」

「誰も取ったりしませんよ。それより知ってます? 糠漬けって各家庭で味が違うって話しがあるんです」

「そうなの?」

「人間の手の平には多くの細菌がいます。双子はDNAが一緒でも、手の平の細菌の数と種類が違うとまで言われているんです」

「ほうほう」

「そして、その細菌が糠漬けの味に影響しているという説があるんですよ。まぁ言い方が悪いですか、一夏の手の平の細菌が糠床で繁殖してる可能性があるんです」

「……ってことは」

「その糠漬けを食べると言う事は一夏の手の平を舐めてるに等しい」

「ちょぱちゅぱ」

 

 束さんが口の中で糠漬けを弄ぶ。

 アメを舐めるが如く舐め回してるに違いない。

 ごめんよ束さん、一夏がビニール手袋してるかもだけど、喜んでいるようだし無粋な事は言わないよ。

 

「神一郎……」

 

 そう呆れた顔しないでください。

 束さんを上機嫌にしとけば俺の被害が減るので、こういった機会は見逃せないのです。

 恨むならそんな危険なお土産を持ってきた自分を恨むがよい!

 

「むぅ……量が少ないからすぐ無くなっちゃうね。残りは明日にしようっと」

 

 束さんが嬉しそうにタッパーを胸元にしまう。

 あの谷間は四次元ポケットがなにかなのだろうか?

 

「そうだしー君。ちーちゃんにお礼したいから例のブツを用意して」

「了解です」

「ん? 束は何か持って来たのか?」

「それは準備が出来てからのお楽しみって事で」

 

 壁際の置いてある鍋とガスボンベを持って席に戻る。

 カセットコンロを点火し、鍋を上に。

 ここで大事なのは水を加えながらかき混ぜる事だ。

 最初は弱火でじっくりと――

 

「良い匂いだね。今回はかなり出来が良いから期待しててね」

「山ブドウのビールとは珍しい――ふむ、思ったより甘くない。スッキリしてて飲みやすいな」

 

 千冬さん、現実を直視しよーぜ。

 今この空間に蔓延している匂いは、束さんお手製のカレーの匂いだ。

 美味しそうだろ? 

 お米は家から持って来たものだ。

 さほど時間は経っていないので微かに温い。

 熱々のカレーをかければ大丈夫だろう。

 

「ちーちゃんのは大盛りね」

「はい」

「ちょっと待て」

 

 見て見ぬ振りが出来ないと悟ったのだろう。

 千冬さんが慌てて止めに来た。

 

「その鍋の中にあるドス黒い物体はなんだ?」

「分類するならブラックカレーですね」

 

 間違ってはいない。

 黒いカレーは全部ブラックカレー。

 それが真実。

 

「それは束が作ったんだよな?」

「そうだよ? 頑張りました」

「……神一郎、味はどうなんだ?」

「オリジナルではなく有名店の模倣なので安心してください」

「それなら……貰う」

 

 絞り出すような声だなおい。

 大丈夫大丈夫、美味しいのは保証するから。

 

「はい束さん」

「あんがと」

「はい千冬さん」

「ん」

 

 全員にカレーが行き渡る。

 さて、頂きましょうか。

 

「あーん――うん、流石は私だ。完璧だね」

 

 束さんは自画自賛しながら舌鼓を打つ。

 

「くっ……」

 

 反面、千冬さんは口元までスプーンを近づけるが、覚悟ができないらしい。

 

「ちーちゃん? 食べないの?」

「う、うむ……」

 

 束さんに急かせれ、千冬さんが意を決してスプーンを口に運ぶ。

 

「……美味い」

 

 ぼつりで呟いて、千冬さんがカレーにがっつき始めた。

 

「食感が無いのに肉の味を感じたりするのがアレだが、普通に食えるな」

「素材をドロドロになるまで溶かしたカレーだと思えばいいんですよ」

「なるほどな」

「ふふん、どーだ!」

「ドヤ顔するな。誰のアドバイスのおかげだ」

「てへり」

「アドバイス? 神一郎のか?」

「ええ、束さんの料理を食べてて思ったんですが、オリジナルは論外としても、味を模倣した料理でもイマイチなのは食感が問題なんですよ」

「あぁ、分かる気がする」

「さり気なく私の手料理ディスってない?」

 

 束さんは放置で。

 それがお約束だ。

 

「そもそも束さんの模倣料理で頭痛がしたりするのは、あ、この場合は炭系料理を例にしますが、口に食べ物が入った瞬間、口内のセンサーが『コレは食べ物じゃない! 砂利や!』ってなるからです」

「おい」

 

 放置で。

 

「しかし味覚は違います。舌は『いやコレ食べ物です。しっかり味蕾が反応してます』ってなるんです」

「ぐすん」

 

 束さんがスプーンを咥えたたまま涙目だけど、やっぱり放置で。

 

「簡単に言うと、食感と味覚がケンカするんですよ。その結果が頭痛などになるんです」

「そういうことか。カレーならば話しは違う。束がヘドロを作ろうと、それ自体がカレーの食感に近いからケンカしないんだな?」

「そうです。カレーとシチューだけは束さんの料理にハズレはありません。……オリジナルや火力過多で炭にしなければですが」

「それは良い事を聞いた。今度からカレーだけ作ってもらおう」

 

 俺と千冬さんは爽やかな笑顔で笑いあう。

 束さんが仏頂面でカレーを食べてるのはご愛嬌だ。

 

「いいもん。ちーちゃんが喜んでくれるなら私はカレー作りマシーンにも喜んでなるもん」

 

 そもそも束さんは何が気に食わないのか。

 料理は褒めてるんだよ? ただ、カレーとシチュー以外は作るなと遠回しで言ってるだけで。

 

「そうむくれるな束、このカレーは気に入った。神一郎、おかわりを頼む」

「はい」 

 

 俺はひと皿で十分だけど、千冬さんはまだまだ食べれるようだ。

 おかわりを希望する千冬さんに更なる情報をあげよう。

 

「どうぞ」

「すまんな。ん? お前はもう良いのか?」

「えぇ、これ以上は危険なので」

「……は?」

 

 千冬さんの咀嚼が止まる。

 

「ご存知でしょうが、束さんは食事にこだわりません。誰かと一緒に食べるのは好きなようですが、一人だと栄養補給程度の認識です」

「うん、ぶっちゃけめんどくさい。点滴打ちながら研究したいって思う程どうでもいい。流石にしないけど」

 

 束さんの発言はいつ聞いても面白いよね。

 人間の三大欲求を完璧に無視だよ。

 束さん的には、食事は友人と一緒に楽しむ娯楽といった認識なのだろう。

 美味しいと思う感情はあるが、それ以上に面倒。

 それが天災である。

 

「そんな束さんが一日三食作るわけもなく――」

 

 千冬さんが不安そうな顔で俺を見つめる。

 まだ口の中にカレーを残しているのか? はしたないから飲み込みなさい。

 

「このカレーのコンセプトは『ひと皿食べれば三日は生きれる』です。なんとひと皿一万キロカロリー」

「ごふっ!?」

 

 千冬さんの口からカレーが飛び出した。

 

「ちょっ!? は? 一万だと!?」

「しかも各種ビタミンからコラーゲンまで入ってます」

 

 普通に考えて正気の沙汰ではない。

 だけど栄養面だけを見れば、どんな総合栄養食品より優れている。

 カロリー量は無視するけどね。

 

 お、束さんが千冬さんの口から飛び出して床に落ちたカレーを舐めようとしている。

 ブツがカレーなだけに非常にインモラルな絵面だが、これは録画案件だ。

 あ、千冬さんに蹴られて吹っ飛んだ。

 千冬さんに蹴られたにも関わらず、束さんは嬉しそうだ。

 仲良しっていいね。

 

「人間って一日に二万キロカロリー摂取するとどうなるんだ?」

 

 床に落ちたカレーを拭き取った千冬さんが、お皿を見ながらカレーの処理を考えている。

 捨てるのは許しません。

 食べれない物じゃないからね。

 

「死にはしないと思いますが、健康には良くないと思いますよ?」

「だよな……」

 

 カレーを見つめたまま千冬さんが動かなくなってしまった。

 持って帰って食べるならタッパー貸しますよ?

 

「いたたた。お腹にキックは止めてよね。女の子の大事な所が衝撃でキュンとしちゃったよ。思わず襲いたくなっちゃったじゃん」

 

 なぜ頬を赤らめているのか?

 なぜ満足げなのか?

 男には理解出来ない事がいっぱいだ。

 

「束」

「なぁーに?」

「食べるか?」

「食べりゅー!!」

 

 千冬さんが自分の食べかけのカレーを束さんに差し出す。

 それを束さんはノータイムで受け取った。

 

「んぐんぐ。まさかちーちゃんが私に間接キッスのチャンスをくれるなんて!」

「……良かったな」

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 自分の食べかけを束さんに与えて残飯処理とは考えたな。

 

「ほのかにちーちゃんの唾液の味がする! これに比べたらしー君との間接キスなんてゲロだね!」

 

 言ってくれるじゃないか。

 しかしなんともだらしのない顔だ。

 ……昨日、俺もこんな顔してたのかな? なんかショック。

 

「元はと言えば神一郎、お前が先にカロリーの事を言っていればこんな目にならなかったんだぞ」

「そう睨まないでください。そんなに嫌なら自分で食べれば良かったじゃないですか。千冬さんは人造人間でしょ? きっとそんなに大事にはならなかったと思いますけど」

「イチかバチか過ぎるだろ。いくら私でも二万キロカロリーはきけん……待て」

 

 ただでさえ眼力が強い千冬さんの目が更に鋭くなる。

 

「お前、なぜその事を……」

「人造人間の事ですか? プロジェクト・モザイカの事なら束さんに聞きました」

「なっ!?」

 

 千冬さんの驚いた顔に思わずほくそ笑む。

 その顔が見たかったのだ。

 

「プロジェクト・モザイカの事まで知ってるだとッ!? なぜだ! なぜ知っている!?」

「昨日の事なんですがね、なんでもプロジェクト・モザイカの失敗作だと言われているモノを束さんが軍事基地から強奪しまして、その時に色々と」

「失敗作を……それはどうした?」

「山に埋めました。綺麗な朝日が見える場所に」

「そうか……代わりに礼を言う」

「いえ、成り行きですので」

「ご馳走様でした! あれ? どったの?」

 

 神妙な空気の中、束さんが空気を読まず素っ頓狂な声をあげる。

 俺はビールでも飲んでるので、お二人で存分に遊んでください。

 

「おい束」

「ん? どうしたのちーちゃん?」

「神一郎に私の秘密を勝手に教えた理由を聞こうじゃないか」

「うぇえ? 待ってちーちゃん! ま゛っ!!」

 

 千冬さんの右手が束さの口を掴む。

 見事なアヒル口だ。

 

「別に神一郎に知られた事は構わない。どうせコイツの事だ。”え? 千冬さんてアニメキャラなの?”ぐらいの反応だろう」

 

 おぉ、良く分かってるじゃん。

 

「だがな、私の秘密は私のものだ。お前が勝手に話して良い事ではない。そうだろ?」

「……ふぁい」

「なぜ教えた?」

「……じーぐんが」

「何を言ってるのか分からん。しっかり喋れ」

「千冬さん、手を離さないと喋れないと思います」

 

 無茶ぶりされてる束さんが可哀想だったので、つい口を出してしまった。

 どこぞのヤクザだよと言いたくなるくらい人相が悪いんだもん。

 

「ちっ、これで良いだろ」

 

 千冬さんが舌打ちしながら手を離す。

 束さんの顔には千冬さんの手形がくっきりと着いていた。

 

「痛いし怖い、でも不思議とドキドキしてる……。これが顎クイ効果?」

 

 どちらかと言うと吊り橋効果が近いね。

 それと、決してそれは顎クイとは言わない。

 それが顎クイなら夢見る乙女が全員顔にアザを作る事になるよ。

 

「ふざけてないでさっさと語れ」

「はい。あのですね、深い理由はなかとです。ただしー君が心を揺らしたり葛藤したりするのが楽しくて……」

「……神一郎」

「はい」

「ビール貰うぞ」

「どうぞ」

 

 千冬さんは疲れた顔をしながら腰を下ろし、豪快にビールを飲む。

 こうしてアル中が生まれるのだ。

 

「ちーちゃん、怒ってる?」

「……お前が身勝手なのは知っている。今更だ」

「やっぱり怒ってる!? どうしよしー君!?」

 

 不機嫌を隠さない千冬さんを見て、束さんがわたわたと慌てる。

 此処は俺の出番か。

 束さんに代わり千冬さんを鎮めてみせるさ。

 怒りながら酒を飲む人の隣で飲む酒は不味いからな。

 

「それにしても千冬さんって可哀想ですよね。思わず同情しちゃいますよ」

「しー君!?」

「……あん?」

 

 やべー。

 ビール瓶片手に凄む千冬さんマジ怖い。

 どうすれば良いのか分からず慌てている束さんが心の清涼剤だ。

 

「千冬さんって“最高の人類”として生み出されたんですよね?」

「それがどうした」

「“最高”って言葉は、頭脳や身体能力、そして容姿を指してると思うんですよ」

「……続けろ」

「その無駄に大きなおっぱいには、男子研究員の“そうあれかし”という願いが込められてると知ったら、それはもう同情するしかないじゃないですか」

 

「…………」

「…………」

 

 千冬さんと束さんが真顔になった。

 

「しー君、もう一本お酒貰うね」

「私もだ」

 

 二人がゴソゴソとクーラーボックスを漁り、お酒を一口飲んでから盛大なため息を吐く。

 千冬さんはだいぶペースが早いけど大丈夫なのか?

 

「ちーちゃん、取り敢えず続きを聞かない? しー君のちーちゃんに対する気持ちが知りたいです」

「私としては聞きたくないんだが、こうも中途半端に聞かされたら続きが気になるのは否定しない」

 

 あ、いいの?

 それじゃあ遠慮なく語らせてもらおうか。

 

「千冬さんはさ、“造られた人間”ですよね? 目やおっぱい、太もも、そういった女性の魅了的な部分造るさいに、男性研究員達が『やっぱ巨乳だよな! それと目つきは少しキツメが至高!』なんて言いながら仕事してた可能性ありますよね?」

「……束」

「ごめんちーちゃん、残念ながら否定出来ない」

「なん……だと……!?」

 

 織斑千冬という生き物は、カスタムメイドが近いと思うんだ。

 

「千冬さんてエロゲキャラ? その内に見知らぬおじさんが現れて『君は私が嫁にする為に造られた理想の女性なのだ』とか言われたりして」

「ぶっころすぞ?」

 

 なんとも迫力がないぶっころ宣言頂きました。

 もしや織斑千冬ともあろうものがショックを受けてるのか?

 ちょっと凹んでる千冬さんは可愛げがあるじゃないか。

 

「じゃあ千冬さんは自分の事を理解してます? その無駄に大きな乳房はなんの為に存在してるのかを説明してください」

「それはお前……あれだ…………そう、例えばナイフで刺された時に心臓に届きにくいだろ? 後あれだ、正面からの衝撃を吸収してくれる」

「ねーよ/ないね」

「……なくはないと思うんだが」

 

 おっぱいに防刃とエアバック機能が付いてるとは知りませんでした。

 これには束さんもフォロー出来ないようだ。

 女としては死んでいるが、戦乙女としては満点ってのが笑えない。

 笑えなくて素でツッこむしかないんだもん。

 せめてトドメを刺さず流してやるのが優しさか。

 

「そういえば、千冬さんは完成品なんですよね? 一夏はどういった存在なんですか?」

「お前、なんの遠慮なく私を物扱いしたな」

「意味としては間違ってないですよね? それとも気遣って欲しいですか?」

「生意気だな――だが構わん。お前に遠慮される方がムカツク」

 

 千冬さんがニヤリと笑ってチーカマを咥える。

 だからなんでそんなに男前なんだよ。

 そりゃあね、俺が『千冬さんも一夏も物なんかじゃない、ちゃんとした生きてる人間だ』なんて思ってる事は言葉にしなくても伝わってるだろうさ。

 それでもその返しはイケメンすぎだろ。

 

「一夏はな、優れた人間を効率良く“生産”する為に造られた個体だ」

「生産?」

 

 気軽に聞いたら思ったより重い話っぽくてちょっと後悔。

 

「しー君、遺伝子には優劣があるのは知ってるでしょ?」

「はい」

 

 遺伝子の優劣と聞いて思い浮かぶのは、耳の垢には乾型と湿型の2つのタイプあって湿型が優性だとか、後は天然パーマが優性とかだ。

 親が天然パーマだと子供も天然パーマに成りやすい。

 そういう事だ。

 って事は……。

 

「千冬さん、プロジェクト・モザイカで産まれた人間は、普通の人間と大きく違う点があるんですか?」

「そうだな、一番分かりやすい違いは免疫機能だろう。ケガが治りやすい、多くの病気への耐性などだ」

「それが優性遺伝子だと?」

「そうだ」

 

 ふむ

 

 つまり

 

 

 

 

 種馬じゃねーか!?

 

 速報! 織斑一夏はラノベキャラじゃなくてエロゲキャラだった!

 

 一夏の仕事は女性を孕ませる事。

 人工的に埋め込まれた優れた遺伝子を世界中にバラまくのが仕事とは……。

 これは爆発しろ言われても仕方がない案件。

 てかさ、インフィニット・ストラトスってラブコメだよね? なんで重い設定があんの?

 ラブコメにおけるシリアス、それ自体は否定しない。

 シリアスはちょっとした物語のアクセント。

 それがあるからこそ、ラブコメシーンが盛り上がるのだ。

 でもね、過度なシリアスは下手したらラブコメを殺すんだよ。

 

 主人公が人造人間で種馬で女子高の緑一点とか属性盛りすぎだろうーが!!

 もうラノベじゃなくてエロゲにしろよ! 

 ……エロゲ?

 

「一夏って、フェロモンとか出してないですよね?」

「フェロモン?」 

「そんなの生き物は日常的に出してるじゃん」

 

 あれ? 通じてない?

 

「だって一夏は種馬ですよね? 効率を考えるなら、顔などの外見に力を入れるよりも、異性を惹きつけるフェロモンを常時発しているとかの方が良いじゃないですか」

 

 一夏は誰が見てもイケメンだ。

 だが、ただのイケメンではダメなのだ。

 だって子供を産んでもらわなければいけないんだから。 

 “顔が好みだから付き合いたい”ではなく、“愛しいから孕みたい”。

 そんな感情を相手に抱かせなければ意味がないのだ。

 

「それは……だが有り得るのか? そこまで外道な事を?」

「仮にその話が本当だとしたら、一種の催眠術みたいなもんだよね? 箒ちゃんが操られてる可能性が……」

 

 どうも俺のエロゲ脳的な発想は二人の頭になかったらしい。 

 

「まぁ落ち着いてください。あくまで俺の妄想ですから」

「ッ!? だよね! モテないしー君が嫉妬して生み出した妄想話だよね!」

「誰がそこまで言って良いと言った? てか束さんは知らないんですか? てっきり一夏の体なんて調べ尽くしてるかと」

「いっくんの簡単なデータはあるよ。でも隅々まで調べたりはしてない」

「そりゃまたなんで」

「だって知ったらつまんないじゃん。ちーちゃんの弟のいっくんがどう成長するのか、果たしてこの天災に匹敵出来るのか、そういうのが気になるじゃん。遺伝子情報は言わば人体の設計図。鍛錬や努力を否定はしないけど、それでもその人間の性能が見えちゃうからね。将来の楽しみの為に我慢してるの」

「なーる」

 

 如何にも束さんらしい理由だ。

 一夏の成長に期待してるんだね。

 

「でもなー、流石にどうしようかと思ってます。いっくんが異性を惹く手段を持ってるなら、それは確実に箒ちゃんに影響してるはず。いくらいっくんでもお姉ちゃんとしてちょっと許せないかも」

 

 一夏の話題なのに束さんの声色が低い。

 もしかして、一夏が束さんに処されちゃう?

 俺やらかした?

 

「一夏に手を出すな」

 

 珍しく剣呑な雰囲気の束さんとそれを睨む千冬さん。

 飲みの席で暗い雰囲気はやめてほしいです。

 

「そう気にすることはないのでは? 仮にさっきの話が本当でも、一夏の顔と性格が良いのは事実。無差別に惚れられたりしてませんですし、フェロモンと言っても大した力はありませんよ」

 

 別にその場しのぎの言葉ではない。

 一夏に惚れる子は多いが、ストーカーや変質者に襲われた事はない。

 フェロモンがあったとしても、それはそこまで強い力ではないのだろう。

 

「むー、確かにいっくんは可愛くて素直な男の子。どこぞの年齢詐称のエロガキとは比べられない程に男として優れているよね」

「そうだぞ束。一夏がモテるのは単純に顔と性格が優れているからだ。フェロモンなど風評被害もいいところだ。これだからモテない男は」

 

 落としどころを見つけるのは良いけど俺をディスる必要あるの?

 ハーレム主人公と比べて劣ってるって言うのは、酷いイジメだと思う。

 まぁそれで納得出来るなら俺は大人しく受け入れるけどさ。

 

「せっかくのお酒が不味くなるので暗い話題はやめましょう。明るい話題を――ってことで、見れくださいこれ、今年のゴールデンウィークはオーストラリアに行ったんですよ」

 

 空気を明るくする為に話題を変える。

 拡張領域から取り出したのはアルバムだ。

 祝! 初オーストラリア! である。

 テレビではよく見るけど、初めてのオーストラリア。

 素晴らしく楽しかったです。

 

「オーストラリアか、海が綺麗だな……」

「良い風景でしょ? 綺麗な海に広大な大地。最高でした」

「うんうん、楽しかったよね!」

「なぜ束が答える……なるほどな」

 

 アルバムをめくっていた千冬さんの手が止まる。

 開かれたページには、俺と束さんが砂浜でビーチパラソルの下で寝転んでる写真あった。

 

「一緒に行ったのか?」

「一人で遊んでたら急に現れまして」

「人をゴキみたいに言うなし」

 

 だって本当に急に現れたんだもん。

 人っ子一人いない砂浜に寝そべりっていた時、寝返りをうったら目の前に居た。

 ほんとね、色々と考えるのを止めたよ。

 そんでもって考えることを止めた俺は束さんと全力で遊んだのさ。

 

「動画もありますよ」

 

 空中に投影してっと――

 

『やっほーい! しー君もっとスピードだして!』

『了解! 次は俺の番ですからね!』

 

 映りだされるのは、楽しそうに海の上を疾走する束さんの姿だ。

 

「これはなんだ?」

「ウェイクボードってやつです。板の上に乗った人間をロープで引っ張る遊びです」

 

 本来は船やモーターボートでだけど、映像の中で引っ張る役はISを纏った俺である。

 

『よっと!』

 

 束さんが見事な宙返りを見せる。

 運動神経が良い人は羨ましいな。

 俺がこの後にちゃんと滑れたのかはお察しである。

 

「良いな。楽しそうだ」

「実際楽しかったよ。いつかはちーちゃんとこんな風に遊びたいな」

「機会があればな。所でコレはどうやって撮っているんだ? 動画には二人とも映っているが」

「それはコレです。流々武」

 

 呼び出すのは流々武の頭部。

 

「宙に浮いてる? まさか、その目がカメラ替わりか?」

「そうです。流々武の目の部分がそそままカメラになっているんです。遠隔操作で動かせて、しかも――“夜の帳”」

「頭部だけでも姿を消せるのか」

 

 音声認識で頭部だけでも姿が消える。

 そう、流々武の頭部は姿を消すから盗撮し放題なのだ!!

 

「お前、ゲスな事考えたろ?」

「……まさか」

「ちなみに私は、オーストラリアの浜辺で金髪美女の水着を見ながら、小一時間悩んでいるしー君を見ている」

「……気のせいでは?」

 

 束さんと合流する前の話なのに見られたとは。

 俺の天使が勝って良かったよ。

 悪魔の声に従っていたらやばかったな。

 

「これは釣ったシイラを食べてる時です」

「逃げた」

「逃げたな」

 

 黙らっしゃい。

 俺に後ろめたい事はありません。

 

 俺がさり気なく見せた写真は、俺と束さんが大きな魚にかぶりついた時の一枚だ。

 二人で焼き魚を持ち上げ、カメラ目線で大口を開けている。

 

「普通に楽しそうだな」

「しー君がルアーで釣ったんだよね。流々武で海面近くを飛びながら」

「超楽しかったです」

 

 他に面白い写真は――

 

「あ、これなんかも良い写真ですよ」

 

 お次は大自然を満喫する束さんの写真だ。

 

「これは束じゃなければ出来ない一枚だろ」

「私ってば絵になるよね」

 

 千冬さんが呆れるのも無理はない。

 写真に写っているのは、大きく手を広げて海に浮かんでる束さん。

 青く透明度が高い海に浮かぶ美少女。

 非常に美しい一枚だ。

 ……周囲に鮫の群れがいなければな。

 

「ひい、ふう、みい……カメラの枠内だけでも20匹近くいるな」

「何故か鮫が寄ってきたんだよね。でも襲われたりはしなくてね、近くで泳いでるだけっていう不思議」

「群れのボス認定されたのでは?」

 

 魚類で群れのボスって聞いた事ないけど、なにしろ天災だ。

 自然生物は無条件で降伏するのかも。

 

「とまぁこんな感じで長期休暇や週末は遊んでいました」

「私も似たようなもんかな? 平日はテロと研究と暗躍。週末は気分次第だけど、しー君と遊んだりとか」

「ほー」

「あれ? ちーちゃん? なんで頭を掴むの?」

「え? 俺も?」

 

 千冬さんが手を伸ばし、俺と束さんの顔を掴む。

 なにか様子が……。

 

「先に謝る。すまん、これはただの八つ当たりだ」

「八つ当たり? ちーちゃんあぁぁんっ!?」

「なんで八つ当たりぃぃぃぃ!?」 

 

 万力の如く俺と束さんの顔が締め付けられる。

 

 八つ当たり!? なんで!?

 

「神一郎」

「なんですかッ!?」

「……社会人って大変だよな」

「お前この状況でなに言ってるの!?」

 

 社会人三ヶ月目の新人は、それはそれは暗い顔をしていました。

 

 どうでも良いけどまずは手を離せ!!

  

 




オリ主はなにやら企んでるようです。
先読みしないでね!

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