俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ 作:GJ0083
TPOと言う言葉がある。
元々の意味や詳しい専門用語は置いておいて、簡単に言うと『時と場所と場合を考えて行動し、周囲に迷惑かけるな』といったところか。
そして、社会人には暗黙のルールがある。
それは――
昼休みに激辛料理食べるべからず
である。
なぜ激辛料理がダメなのか?
スーツ姿で汗だくになって、会社に戻りエアコンの下で汗が乾いた時に匂いが酷いから。
汁がワイシャツに付着したら外回りに支障がでるから。
匂いが強い料理が多いので、口臭が酷くなるから。
といった理由があるからだ。
つまりだ……
「小学生最高ッ!!」
「別に小学生割りとかないわよ?」
リンの細かいツッコミを無視してひたすら料理を頬張る。
「神一郎さん、よく食べますね」
呆れ顔の一夏のツッコミも無視する。
麻婆→白米→油淋鶏→白米→餃子→白米
ローテがとまんねえぇ!!
中華の贅沢な食べ方って知ってるか?
それは複数の一品料理に白米の組み合わせだ!
中華料理屋で食事をする時、大抵はセットメニューを食べるだろう。
目の前の一夏が良い例だ。
一夏が食べてるのは“回鍋肉定食650円”。
まぁごく普通だ。
それに比べ俺の晩飯は“麻婆豆腐定食600円、単品油淋鶏550円、餃子ひと皿300円”だ。
贅沢ッ! 圧倒的贅沢ッ!
周囲の目も気にぜず、財布の中身も気にせず、汗も口臭も気にしない。
まったく小学生は最高だぜッ!
「はいシン兄」
「ありがと」
リンが注いでくれた水を口に流し込む。
口の中が辛い時に水を飲むとますます辛くなるって言うじゃん?
それってさ、辛さが欲しければ水を飲めって事だよね!
「ふぅー。やっぱここの麻婆は最高だな」
「当然よ。日本のうっすい麻婆とは違うわ」
日本の麻婆は“辛い”じゃなくて“しょっぱい”のが多いからね。
旨味成分も少ないって聞くし。
本場のリンが薄いって言うのも分かる。
薄い……ね。
ドヤ顔リンのささやかな胸を見る。
原作までにどれくらい成長するのか……。
おっと、小学生とはいえ女子の胸をガン見するのは良くないな。
「薄い麻婆って……俺にはここの麻婆の方が無理だ。商店街のお店の麻婆豆腐なら食べられるんだけど」
「なさけないわね」
俺も子供の頃は辛いの駄目だったな。
本場の麻婆を好むようになったのは高校卒業してからだっけ。
「食うか?」
「……いりません」
一夏よ。
ツッコミがなってない。
「んじゃ餃子は?」
「それは頂きます」
「餃子に麻婆を着けて食べるのも美味いぞ?」
「なんで普通に食べないんですか……」
一夏に餃子を分けつつ、自分の分は麻婆豆腐の残りに浸して食べる。
頬を引きつかせるとは失礼な。
餃子を咀嚼しつつメニュー表を眺める。
中華のデザートは杏仁豆腐か胡麻団子の二択だよね。
「リン、胡麻団子おくれ」
「了解。一夏はどーする?」
「俺はいいや。あんまり無駄使いできないし」
「へー? うちの胡麻団子を買うのは“無駄使い”なんだ?」
「悪意ある意味じゃないぞ!? 千冬姉の稼いだお金で贅沢するのがどうかと思ってるだけだ!」
「ふんっ」
リンがそっぽを向いて厨房に入って行く。
あーあ、やっちまったな。
「まだまだ修行が足りない」
「……確かに言い方が悪かったです。やっぱり怒らせましたよね?」
「素直に謝っておけ」
「そうします」
「それと胡麻団子くらい食べてもいいと思うぞ。千冬さんはそれなりに稼いでるんだろ?」
「俺、千冬姉の稼ぎは知らないんですよ。毎月一ヶ月分の生活費を貰って、それで買い物するんで」
「でもたまのデザートくらいいいだろ?」
「それはそうかもしれません……でも……」
歯切りが悪い。
俺には姉に養われる弟の気持ちは分からないんだよな。
なのであまり偉そうな事言えない。
「お待たせ」
「お、きたきた」
皿の上には胡麻団子が三個。
上に乗ったゴマがキュート!
「鈴、これって……」
一夏の前に胡麻団子の皿が置かれる。
「サービスだって」
「おじさんが? なんか悪いな……ありがとうって伝えてといてくれ――うん、美味い」
一夏の頬が緩む。
それを見てリンの頬も緩む。
行け! 流々武ヘッド! 今こそ激写の時!!
机の上にヘッドをステルス状態で置く。
ほのぼのした日常の一幕なので盗撮ではありません!
しかしリンは随分嬉しそうだな……ピンときた。
チョイチョイ
リンを手招きで呼ぶ。
「ねえリン。一夏の胡麻団子っておじさんのサービスじゃないよね?」
「……お小遣いから引かれたわ」
リンの奢りか。
ご馳走したデザートを、純度100%の笑顔で食べてくれたら嬉しいよね。
自分の奢りだって言えばいいのに。
恩着せがましい事したくないんだろうな。
照れ屋さんめ。
「それにしてもよ一夏。アンタ胡麻団子くらい自分で注文しなさいよ。千冬さんだってそれくらい許してくれるわ」
「貯金は日頃の積み重ねが大事なんだ。鈴は中学と高校で養育費がいくら掛かるか知ってるか? 贅沢するのは千冬姉に申し訳ないんだよ。正直、外食も心苦しい」
「そこまでなの? シン兄は養育費っていくら掛かるか知ってる?」
一夏の小学生らしくない思考にリンは引き気味だ。
安心しろ、俺も同じ気持ちだ。
「養育費は俺も分かんないな」
「公立の中学、高校共に、三年で約150万円です」
「合わせて300万!? そんなにするの!?」
「するんだよ。だから出来るだけ出費を抑えたいんだ」
「そうね。千冬さんは働き始めたばかりだし、今から出来るだけ貯金した方がいいわね」
「だろ? だけど千冬姉は夜が遅くて外食が増えたからさ、“お前も外で食べろ”って言うんだ。あ、この店の中華は最高だぞ!? 本当に!」
「それはもういいわよ」
慌てて言い訳する一夏を、リンはやんわりと許した。
一夏の話を聞いた上で強気には出れないよね。
織斑家は貯金はまだ少ないだろう。
一夏の進学までに若干の猶予はあるが、千冬さんは新しい家が欲しいだろうし、一夏に贅沢させたいだろう。
貯金も大変だろうな。
中学で150万、高校で150万、合わせて300万か。
一夏の事を信じてない訳ではないが、一応自分で調べるか。
――ふむふむ、150万ってのは最低金額だな。部活に入れば道具や消耗品、試合の遠征費などでさらに掛かると……。
へー? ほー? ふーん?
これだけお金を工面して娘に嫌われるなんて、世の働くパパさん達は可哀想だ。
俺も高校までは行く気あるけど、金額聞くと尻込みしちゃうぜ。
「シン兄? なんか震えてるけどどうしたの?」
「ほんとだ。顔色が悪い。神一郎さん大丈夫?」
「ははっ、食べ過ぎかな? 今日は帰って家で休むよ。リン、お会計頼む」
「え? う、うん」
お会計を済まし、心配そうに顔色を伺う二人に背を向け俺は店を出る。
佐藤神一郎、小学六年生。
貯金残高300万である。
◇◇ ◇◇
全財産300万ってどう思う?
小学生の頃からお小遣いとお年玉を貯金して、高校生で300万貯めたら凄いと思う。
大人なら年齢や立場で違うだろう。
それでは、家族が居ない小学生が全財産300万ならどうだろう?
数値だけ見れば金持ちって感じがする。
でも中高に三年間通うと、約300万かかる。
食費や光熱費を加算すると?
俺氏、高校からはバイト生活の危機なのである。
大人らしく頭を使って稼げばと自分でも思う。
しかし、ISの発表と束さんがバラまいた技術によって、世界の技術水準は軒並みアップ。
未来知識を使って有名になりそうな会社の株を――なんて無理なのだ。
なら単純に知識と情報で株を買う?
そんなん出来るなら生前もっと稼いでるっての!
今俺が居るのはデ・ダナンにある居間。
台所があり、床には畳が敷いてある日本風の部屋だ。
恥? プライド? んなもん関係ない。
頼れる家族が居ない俺は、どんな手を使っても生活費を稼がなければいけないのだ!
「ん~♪ 美味かな美味かな」
束さんが俺のお手製ハンバーグを頬張る。
先日、束さんに媚びを売る必要がないと言った馬鹿がいるそうですよ?
困った時のタバエモンほど頼りになる存在はいないんだよ!
「ところでしー君、本当にカレーはいらないの?」
「えぇ、俺は普通のハンバーグで大丈夫です」
束さんのハンバーグは束カスタム。
ハンバーグがスープカレーに浸してある。
束製カレーをよく分からん液体で溶かしたスープカレーだ。
食事時間の短縮を考えた束さんは、カレーを飲み物にした。
従来の高カロリーに加え、カフェイン、アルギニン、糖類などが追加された一品だ。
言うならば、カレーをエナジードリンクに溶かしたもの。
コップ一杯で一日分のカロリーと、頭脳労働に必要なエネルギーを得られる狂気の飲み物だ。
篠ノ之束は進化することをやめないのです。
「ご馳走様でした。さてしー君、早い再会だったけど私になにか用かな?」
湯呑を持ちつつ、束さんが目を細めて俺を見る。
バレバレですか。
ですよねー、急に現れて甲斐甲斐しく料理始めたら怪しさ満点だよね。
だがここまで予定通り。
疑われるのは承知の上だ。
「実は束さんにお願いしたい事がありまして……」
「あるぇ~? 私に用なんてないんじゃないのぉぉ?」
くっそむかつく顔しやがる!?
おーけい落ち着け俺。
分かってた事じゃないか。
下手に出るんだ!
「この前はちょっと理性が飛んでたんです。本心な訳ないじゃないですか。オレタバネサンダイスキ」
「ほほぉ~?」
ニマニマと笑う束さんの背後に回る。
全力子供アピールの時間だオラァ!
「束お姉ちゃん。ボク、油田が欲しいの」
生前の事とか先日の暴言とか忘れて全力でおねだりした。
新たな黒歴史誕生の瞬間だ。
さて判定は――
「ふむ」
束さんが振り返って、正面から俺の目を見る。
「しー君、そこに正座」
「はい」
笑いもしなければ喜びもしない。
もちろん怒りも感じない。
珍しく真面目な顔だ。
なに怖い――
「大事な事だから心を乱さないでね。――しー君は! ショタとしての! 賞味期限が! 切れている!!」
なん……だと……!?
「昔は可愛いと思ってたんだけどさ、今はそうでもないんだよね」
馬鹿な……我小学生ぞ?
身体はぷにぷにだし、毛も生えてないお子様ぞ?
そんな俺がショタではないだと!?
「昔はさ、こう、腕の中に抱きかかえられる位だったけど、最近のしー君はそうでもないじゃん。なんか可愛くないんだよねー。だから甘えられても心にグッとこない」
専門用語としてではなく、趣向としてのロリ、ショタの定義は曖昧だ。
毛が生えたら違うと言う人もいる。
小学生までが判定ラインと言う人もいる。
束さんの場合、身長が鍵なのかも。
……あれ?
「俺はもう、コスプレ美女にちやほやしてもらえないのか?」
夢があった。
コミケのコスプレ会場で短パン小僧のコスプレをして、周囲のコスプレ女子にちやほやされる夢だ。
何故今までしなかったって?
恥があったんだよ! こんな事ならさっさと行動すればよかった!
……束さんの嗜好から外れてるだけで、まだワンチャンあるかな?
「現実逃避してる場合かな?」
「聞いてますよ。つまり、甘えても豪華な食事を作っても無意味だという事ですね」
少しでも成功率を上げる為に頑張って料理作ったのに……。
「ハンバーグって豪華なの?」
「ぶっちゃけ作るのめんどい。男なら焼いた挽き肉を白米にぶっかけて終わりです」
焼けばそのまま食える挽き肉に手を加えるんだよ? 俺一人なら絶対にやらない。
挽き肉炒めて、塩胡椒か焼肉のタレで味付けして終わりだ。
それにハンバーグってお店で食べた方が美味いし。
「それで? 油田が欲しいって急にどうしたの?」
「気付いたら貯金がピンチなんです」
「トローリング用の釣竿なんて買うからだよ。ぶっちゃけ無駄使い多いよね」
ロッドとリールで100万超えたもんね。
贅沢品こわひ。
俺は元来散財するタイプではない。
では何故こうもお金を使いまくってるのか?
理由は簡単、あぶく銭だからである。
過去、俺は千冬さんや一夏を温泉に連れて行った。
ここで問題だ。
近所に貧乏な家族がいます。
アナタは温泉旅行をプレゼントしますか?
答えはNOだ。
誰も彼もそんなに優しいなら、世界はもっと平和だろう。
生前の俺だってそんな事はしない。
誰だって自分が汗水垂らして働いて稼いだお金を、他人の為に使いたくないだろ?
それが普通だ。
つまり、自分が稼いだお金でなければ話しは別なのだ。
神様からのお金は、俺が成人するまでの生活費。
俺から見れば宝くじが当たった様なもの。
そりゃあ貧乏一家を温泉に連れて行くし、普段は買わない贅沢品を買うってもんだ。
……宝くじを当てた人間が、数年で借金地獄に陥る気持ちが少し分かります。
「私はある意味しー君を尊敬するよ。この天災に向かって“金くれ”って言ったのなにげに人類初だよ?」
そだね。
天災の無駄使いって言葉が脳裏を過るよ。
「働きたくない。ソシャゲが配信されたら課金したい。酒飲みたいし、初回特典付きのエロゲ買いたいし、同人誌買いたいし、それらを並べる為に大きな家買いたいんだ」
「率直に言うとクソだね!」
分かってますー。
オタクが妄想する夢ですー。
でも可能性があるんだから取り敢えずチャレンジしてもいいじゃないか!
「束さんなら油田の一つくらい簡単でしょ?」
「簡単だね。うーん……」
束さんの口が分かりやすく釣り上がる。
いいよ、こいよ。
自堕落した生活の為なら魂売ってやんよ!!
「コレ着けて、夏休みいっぱいご奉仕してくれるなら考えてあげる」
束さんの右手には作り物の猫の尻尾。
装着部分が丸いビーズで、ブルブルと震えている。
魂を売ると言ったが、貞操を売るとは言ってない。
「あとコレも」
ついでに猫耳カチューシャとメイド服。
そっかぁ……。
この夏、猫耳メイド(R指定)で働けば夢のニート生活かぁ……。
ウィーン(低いモーター音)
ブルブル(振動する黒い珠)
「…………猫耳とメイド服だけじゃダメ?」
「だーめ♪」
足元見やがって!!
や、破格の提案だとは理解してるよ?
それでも失うモノが多すぎる!
よし、やめとこう。
もっと年とって、後先なくなったら頼もう。
「今回は諦めます」
「ヘタレたね。このバイトをするには、18才までの年齢制限があるのでそこんとこよろしく。老けたしー君には興味ないので」
意外と猶予があるな。
――高校最後の夏休みは猫耳メイドでアルバイトしようかな?
「ま、あんまり苛めるのは可哀想だね。お金が欲しいんでしょ? 工面はしてあげないけど、協力はしてあげる」
「でじま!?」
「でじまです。私だって最近しー君を苛めすぎたなって反省してるんだよ?」
束さんの背後から後光がッ!?
「でも必要以上に甘やかしません。あくまで手伝うだけで、お金そのものはあげないからね?」
「それでも十分助かります。一応稼ぐ方法は色々考えてたんですよ。グレーですが」
「いいよね、グレー」
ん? 束さん灰色好きなん?
それは初耳だ。
とまぁ束さんの好きな色はともかく、協力を得られるのはでかい。
自分では出来ない反則技が使えるからね。
しかし束さんが無償の協力とか有り得るのか?
ちょっと心配になってきた。
「ちなみに見返りなんかは――」
「いりません。言ったよね? しー君に悪い事したと思ってるって。これはね、ただの善意の協力です。友達が困ったら出来る範囲で手助けするなんて普通の事でしょ?」
「お……おぉ……」
体が震える。
目頭が熱い。
あの傍若無人唯我独尊の束さんが……
「束さん!」
「のーせんきゅー!」
ハグは手で防がれました。
束さんが進んで協力してくれるとは嬉しい!
これは軍事基地の件は水に流せますね。
余裕で許しちゃうよ!
「うんうん、しー君の笑顔を見れて私も嬉しいよ」
女神かな?
女神だった。
誰だよ駄ウサギだの顔と体と声以外に取り柄がないと言ったやつ。
束さんをディスるとか許せませんね!
「で、具体的に何を手伝えばいいの? この天災を手伝わせるんだもん、つまんない内容じゃないよね?」
「ふ……ふふ…………」
天災の協力を得ての金稼ぎ。
儲かりそうな株を教えてもらう? ノンノン、そんなつまらない方法をとったら束さんが不機嫌になっちゃうからしません。
機嫌を伺いつつ、まずは確実に手持ちを増やそう。
「束さん、そろそろモンド・グロッソの時期ですね」
「ほーう? 何やら良案があるのかな? 私を退屈させない事を期待してるよしー君」
束さんとにっこり笑い合う。
嵐の夏が――始まる!!
し「タバエモン! お金が欲しいんだ!」
た「しょうがないなー。しー君に協力してあげるよ!(くけけけ、私の予想通り!)」
次回はやっとモンド・グロッソ。