俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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なんとかイベント前に書いた!
メンテ中の暇潰しにどうぞ。


モンド・グロッソ⑥

『アメリカ代表はね、子供の頃にイジメられてたんだよ』

 

 その暴露話はトレーニングルームへの移動中に始まった。

 早すぎる束の復活である。

 各国のサイバー部門、水口さんの仲間などのアマチュア達、そして世界中の人が知っているサイバー技術集団。

 そんな人間が集まっても束には勝てなかった。

 情けないとも思うが、仕方がないとも思う。

 なにしろ機械のスペックが段違いだ。

 スーパーコンピュータVS5万円の未改造のノートパソコンと言ったところか。

 腕前以前の問題だな。

 それでも数が揃えばなんとかなると思ったんだが、甘かったか。 

 

『イジメって言ってもそこまで酷いもんじゃなかったけどね。黒人だからとかそんなんじゃなくて、好きな子に対して素直に慣れないアレだよ』

 

 私の横を歩くアダムズの横顔を見る。

 確かに子供の頃はさぞ可愛かったのだろうなと想像できる。

 

『だけど親が心配してね、お嬢様女子学校に転校したんだよ』

 

 少し過敏な気もするが、子供を心配する親の行動としてはおかしくないな。

 

『そんな親のせいで、彼女の人生はとても悲惨な事になったのです』

 

 その語り口調をヤメロ。

 アダムズに何かあったのか? まさかそのお嬢様学校で虐めとか…… 

 

『クラス内カーストは最下位。地味なメガネっ娘やもやしっ子と一緒に図書館にこもる日々』

 

 悲惨ってそういう意味か!

 平和でいいじゃないか。

 彼女らしい日常だと思う。

 むしろ羨ましくもあるぞ。

 

『目立たず生きてきた彼女が日の目を見たのは15才になってからでした』 

 

 まぁ才気ある人間がいつまでも日陰に居るわけないか。

 

『体が成長し、黒人特有のバネのある筋肉を得た彼女は体育の時間に大活躍。一気にクラスの人気者なり、バスケやチアガールなど色々なクラブから声が掛かります』

 

 今まで目立たなかったのが成長してクラスの人気か。

 まるでサクセスストーリーだな。

 

『今までの周囲から注目されない空気の様な生活が、周囲に注目される日々に様変わり。彼女は頼まれるままクラブの助っ人として活躍します』

 

 アダムズの性格を考えれば、頼まれたら断れなさそうだもんな。 

 

『空気さんから一転してのちやほや人生。普通なら調子に乗ってしまう所ですが彼女は違います』

 

 空気呼びはやめてやれ。

 

『彼女は人に頼まれると断れないドМだったのです』

 

 だから酷い言い方はやめろ言ってるだろ!?

 普通に良い子じゃないか。

 

『能力があるクセに押しが弱い彼女は、それから人生が少しずつズレていきます。流れ流され、図書館の司書になることが夢だった少女は、気付いたらアメリカ軍の軍事施設で筋トレの日々』

 

 そう言われると、ISを広めた人間として多少罪悪感があるな。

 そして憐れでもある。

 図書館勤め希望の文学少女が軍人になるとは。

 

『かくして運命の歯車を天災の手によって狂わされた少女は、国の代表になって戦うことになったのです』

 

 他人事の様に語っているが、原因は私とお前にあるんだからな?

 

「どうかしました?」

「……なんでもない」

 

 アダムズが可哀想でつい顔を見てしまった。

 意識してないだけで、他人の人生に影響を与えてるんだな。

 出来れば良い意味で影響を与える人間になりたいものだ。

 

『アメリカ代表の場合は周囲に流された結果だから、誰が悪いかって話なら本人だよね』

 

 まぁ……うん……そう、かもな。

 言いたくないが、本人が流れに逆らわないのも悪いと言えば悪い。

 

『で、中国代表なんだけど、こっちは凄いよ。なんと私とちーちゃんの大ファンなのです!』

 

 ……は?

 

 思わず前を歩く朱の後頭部をマジマジと見つめる。

 趣味が悪いにもほどがある。

 なんの冗談だ?

 

『朱飛蘭の家系は軍人一族でね、彼女は幼い頃から訓練を受けてたんだ』

 

 軍人ね……。

 どちらかと言うと暗殺者に見えるが。

 

『表向きは普通の少女として学校に通い、家では父親や親戚にシゴかれる毎日』

 

 またも始まったな語り口調。

 “表向きは”って言葉が不安を誘う。

 

『ちなみに、周囲にバレない様に鍛えたのは暗殺者になるためです。ほら、そうすれば経歴だけ見ればクリーンだから』

 

 ん、なんとなく想像はできてた。

 先生に聞いても普通の生徒だと答え、友達に聞いても同じ。

 アラを探そうとしても見つからない暗殺者というわけだ。

 

『親に言われるまま暗殺者としての訓練をしていた彼女ですが、自分の人生に疑問を持つようになります』

 

 まぁそうだろうな。

 どんな訓練をしていたは分からないが、無理矢理やらされる訓練では嫌気もさすだろう。

 

『学生生活も残り僅か。彼女はもう少しでおっさんの上で腰を振りながら刃を振り下ろす仕事をしなければならないのかと悶々していました』

 

 暗殺ってやはりそうなるか。

 女を武器に懐に入り、刃を振るう。

 親が子にそんな真似を強要するなんて胸糞悪い話しだ。

 

『暫らくしてそんな彼女の人生が変わります。そう、ISが登場したからです。厳しい訓練を受け、正式な軍人ではないので探られても問題ない。彼女は国の代表としては理想的な人間でした』

 

 暗殺者として訓練を受けてるが、実戦経験はなし。

 IS操縦者として表に出すには適した人材だ。

 

『そんなこんなで、危機一髪で処女を守れた彼女は私とちーちゃんに深い感謝の念を抱くのでした』

 

 アダムズの場合は悪い意味で人生に影響を与えたが、朱の場合は違う。

 彼女の助けになった。

 少しだけ心が救われるな。

 

『デザートできたよー。北海道産の濃厚アイスとクリーム、青森のリンゴ、栃木の苺、グ○コのポッキーを使い、最後に湯煎して溶かしたゴ○ィバのチョコをかけた贅沢パフェだよー』

『ひゃっほーい!』

 

 約一名静かだと思っていたが、席を離れていたのか。

 しかし日本の名産と名物に混ざるゴ○ィバの破壊力よ。

 随分と贅沢なデザートを食べてるじゃないか。

 

『うまっ! なにこれうまっ! 脳みそに糖分が駆け巡るよ!』

『リンゴは若干時期外れなんですけど、逆に甘味が少ない方がスッキリしてて合いますね』

『酸味が良い感じにアクセントになってね。うむ、花丸をあげよう』

『どもです。ところで少しだけ聞こえて来たんですが、千冬さんが白騎士だってことを知られてるんですか?』

『確証はないけど確信はしてるみたいだね。まぁ筋肉の付き方とか見れば分かるよね』

『なるほど分からん』

 

 証拠はないな。

 だが分かる人間が見れば分かるか。

 

『それで(あむ)次はイタリア代表の(んぐ)情報なんだけど(ごくん)』

 

 咀嚼音がうるさい。

 黙れ、喋るな。

 もう時間切れだ。

 

「意外と人が居ないアル」

「きっと明日の競技の為に休んでるサ」

「私達も殴り合いはやめてお茶にでもしませんか?」

「「却下」」

「……ですよね」

 

 トレーニングルームは広々としていて、半分にはトレーニング器具が並び、残り半分にはボクシングのリングや柔道などできる競技スペースがあった。

 朱の言う通り人はほとんど居ない。

 これなら視線を気にすることなくやれるな。

 

「柔道畳が敷いてあるのか。朱、ここでいいか? それともリングの方が好みか?」

「畳で構わないヨ」

 

 朱の返事を聞いてから準備を始める。

 アダムズとアーリィーは壁際に腰を下ろし、朱は腕を組んだまま目を閉じている。

 精神統一でもしてるのだろう。

 私も上着を脱いで準備する。

 

『ちーちゃんのTシャツ姿が尊いッ!』

『中国代表って落ち着いて見ると変な格好ですよね。お団子にチャイナ服でアルって属性多すぎっ』

『あれ一応考えられた格好だよ。日本人に受け入れられる方法を模索した結果だね』

『日本人どうこうじゃなくてオタク向けだけど、きっとウケはいいでしょうね』

 

 そしてバカ二人の声をBGMの代わりに軽くストレッチ。

 無視しようとするのも負担。

 腹を括ってラジオだと思った方が気楽だ。

 

「シュュューー」

 

 朱から聞いた事のない呼吸音が聞こえる。

 独特で奇妙な音だ。

 

『暗殺一家ってことは一族秘伝の呼吸法とか、もしくは中国拳法の奥義? なんかテンション上がってきた』

『暗殺VSちーちゃんとか! これは永久保存決定!』

 

 録画されてるのか。

 服を破かないよう気を付けよう。

 

「ワクワクしてきた……酒でも持ってくればよかったサ」

「トレーニングルームは禁煙禁酒ですよ」

「残念サ」

 

 外野は暢気なもんだ。

 さて、と。

 

「そろそろいいか?」

「問題ないアル」

 

 互いに近づき向かい合う。

 手が届きそうな距離まで近付くが、朱は両手はぶらん下げたまま動かない。

 

「構えないのか?」

「織斑サンこそ」

 

 この距離でも攻撃を防げる自信があるのか。

 大胆不敵。

 そこにあるのは侮りではなく自信。

 ……面白い。

 

「ふっ!」

「――っ!」

 

 私が繰り出したのただのパンチ。

 それを朱は左腕で防いだ。

 技術もなにもない拳だ。

 並の相手ならこれで十分。

 だが朱は並でない。

 

「手応えが変だ。面白い」

「化勁アル。中国武術を堪能させてあげるヨ」

 

 化勁と言うのか。

 拳の勢いを殺されたな。

 想像以上にできるな。

 

『攻撃の軌道を変化させることで、敵の技を無効にし反撃に繋げるテクニックだね。意外とやるー』

『まるでマンガの世界ですね。これは見てるだけでも面白い』

 

 説明どうも。

 ――それなら連続ではどうだ?

 

 両手で拳の雨を叩きつける。

 ジョブからストレート、なんて綺麗なものではない。

 リズムを読まれないよう適当に殴る。 

 

「――おっと、危ないアル」

 

 クリーンヒットはなし。

 全ての攻撃を流された。

 朱はまだ笑える程度の余裕があるようだ。

 今度は変化をつける為に蹴りも混ぜてみる。

 

「――くっ!?」

 

 表情が少し変わった。

 足の威力は腕の三倍。

 流石に全てを無効できる訳ではないか。

 どうした朱。

 その程度なら力技のみで押し切るぞ?

 

「織斑さんのキックを受け流しましたよ!? 私なら壁まで吹っ飛んでます!」

「どっちもやるサ」

 

『ほー、ちーちゃんを相手に粘るねー。生半可な技術じゃ腕を持ってかれて終わりなのに』

『チャイナ美女が苦痛で顔を歪める姿は絵になりますなー』

 

 観戦者は気楽でいいな。

 それはそうと神一郎は死ね。

 

「あいたた…………守りに徹してたらダメか」

 

 朱の目が細まり、笑顔が消えた。

 

『口調が変わりましたね』

『素がでてきたね。ここからが本番』

 

 朱が構えを取る。

 

『あの構えは太極拳かな? 老人拳法がちーちゃん相手に役立つとでも?』

『太極拳は中国武術の中でも人体破壊に優れた武術ですよ?』

『そなの?』

『オタクの常識です!』

 

 ほう?

 駅前や公園でゆったり動いてるイメージしかないんだが、そういうもんなのか。

 どんな武術なのか興味あるな。 

 今度はこちらが出方を伺うのも――

 

「壊れないでくださいね?」

 

 ゾクリと背筋が泡立つ。

 様子見なんて言ってる場合じゃない!?

 

 朱が前に出る。

 動きに合わせカウンターを放つが軌道を流された。

 

 ダンッ!

 

 足を踏みつけられ、その場に縫い付けられる。

 

双峰貫耳(そうほうかんじ)

 

 動きが止まった私の顔に朱の両手が迫る。

 狙いは頭……いや、耳か?

 両手で頭を挟む様な動き……防がなければ私の鼓膜が破かれる!?

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に両手でガードする。

 直前まで迫った拳の風圧が鼓膜を揺らし、キンッという音が聞こえる。

 

「惜しい。もう少しだったのに――」

 

 もう少しで鼓膜を破れたのにと言いたいのか?

 彼女の瞳に色はなく、まるで深い闇の様だ。

 これが朱飛蘭か!

 

 動きを止めるのはマズイ。

 踏まれた足を力尽くで抜き距離を取る。

 周囲の音が聞こえないな。

 一時的だと思うが、鼓膜がイカれたようだ。

 うるさいバカ達の声が聞こえないので逆にありがたい。

 

『ちーちゃんの鼓膜を狙うとか許せん! ぶっ殺してやる!!』

『蹴りを誘うんだ! あのチャイナ服なら蹴りを出せばその奥が見れる!!』

 

 ……忘れてた、骨伝導だったな。

 

 バカ二人の声を即座に脳内から追い出す。

 そうこうしてる内に朱が肉迫してくる。

 

閃通背(せんつうはい)

 

 迎撃の為に繰り出したパンチは左手で軽く流され、朱の掌打が胸に当たる。

 衝撃が体の中から外に向かって突き抜ける。

 体内から破壊する技か!?

 

 打撃は対処され通じない。

 ならば関節だ。

 せっかくの畳の上だ、寝技で仕留める!

 

「ふふっ」

 

 朱の動きを止めようと腕を狙うが、こちらの動きを出だしから抑えられる。

 なるほど、手首の動きが肝心なんだな。

 手首の円の動きがこちらの攻撃を流すのだ。

 厄介だな!

 

搂膝拗步(ろうしつようほ)

 

 攻守の隙を付き、朱の掌打が私の身体を打つ。

 一撃一撃はたいしたことはない。

 しかし妙に芯に響く。

 中国武術……なかなか楽しませてくれる! 

 

進步搬攔捶(しんぽばんらんすい)

「カハッ!?」

 

 大振りになった瞬間を狙われ、胸の中央に掌打を叩き込まれた。

 息が詰まり身体が硬直する。

 マズイッ!?

 

「こんなもん?」

 

 烏兎、人中、秘中、水月、関元――正中線に存在する五ヶ所の急所を打たれる。

 痛い、痛いなぁ。

 意識が飛びそうな痛み。

 だがそれよりも楽しさが上だ!

 

「この程度ではまだまだヌルいなぁ!」

「まだ笑えるなんてとんでもなく頑丈。普通の人間なら悶絶してるのに」

 

 朱の内側に入り込み拳を振るう。

 首をもぎ取る勢いのアッパー。

 それを拳を包むように朱が両手で受け止める。

 これを受け止めるかッ! 

 

『千冬さん! ここはこのセリフを是非に!』

 

 神一郎がやけに大きな声で主張してくる。

 

 ……ほう? 別に悪くはないな。

 相手が手練な拳法家ならそのセリフは面白い。

 手を休め朱と距離を取る。

 

「これが闘いの根源だ」

 

 右手を振りかぶり、せーの――

 

「殴って!」

「ぐっ!?」

「蹴って!」

「なんて馬鹿力ッ!」

「立っていた方の勝ちだ!」

「受け流し……きれないッ!?」

「ぶっ飛べ!」

 

 辛うじて防いだ朱だが、最後にはそのまま吹っ飛んで後ろの壁に激突した。

 このセリフ気持ちいいな。

 凄くスッキリした。

 

 朱は壁にぶつかりそのまま地面に落ちた。

 束なら余裕で立ち上がる。

 神一郎なら……受身とかとれなくて死んでるかもだな。

 さて、朱はどうだ?

 

 流石にダメージが重いのか、ノロノロと立ち上がる。

 簡単に立ち上がれるほど威力を抑えたつもりはなかったんだが……。

 朱は姿勢を低くしながら私に向かって走る。

 ……低いって言葉で済ませていいのか疑問だ。

 前髪が床に着く勢いの姿勢だぞ!?

 

「シャッ!」

 

 這うように走りながらの攻撃。

 攻め方を変えてきた!?

 

「心意六合――蛇形拳」

 

 腕が蛇の様にしなりながら襲ってくる。

 蛇形拳? 蛇拳なら知ってるんだが何か違うのか?

 

「シャ!」

 

 普通の打撃とは違う。

 私が知ってる中で一番近いのはボクシングのフリッカーだろう。

 ま、神一郎のマンガで読んだだけで生のボクシングは見た事ないんだがな。

 しかし捌き難い。

 蛇の様な独特の動きが面倒だ。

 朱は私の周囲を円を描きながら走る。

 今の私はまさに得物だな。 

 鋭く早いが、狙いは急所だ。

 来る場所が分かっていれば対応できる!

 

「心意六合――虎形拳」

 

 また動きが変わった!?

 今度は朱の手がアギトととなって襲ってくる。

 五指を開き私を狙う姿はまさに虎だ。

 まともに当たれば肉を抉られそうだな。

 蛇形拳とは違い大きく大胆な動き。

 大振りを捌いてカウンターで仕留める! 

 

「心意六合――燕形拳」

「っていくつ型があるんだ!?」

「心意六合拳は十種類。他の流派ならまだまだある」

 

 蛇の動きに慣れたと思ったら虎。

 虎かと思ったら燕。

 めんどくさい! 中国拳法めんどくさいなおい!

 それが強みなんだろうが、相手にするとこうも戦いづらいとはな。

 

「捕まえた」

 

 手首を朱に掴まれる。

 驚いて油断してしまった。

 驚きは体を硬直させるだけで戦いの場ではまったく役に立たない。

 これは反省だな。

 

「中国武術は太極拳だけじゃない。――ピキッ(手首の関節を外す音)」

「なるほど、奥深いな。――ピキッ(関節をはめなおす音)

 

 朱の手を振り払い、すぐさま自分で関節を戻す。

 視線のすみに見えるアダムズの目が、まるでバケモノを見てるようだ。

 この程度で驚くようでは私の模倣は難しいぞ?

 

「これ以上は手札を晒すのは良くないか……次の一撃で最後にします」

 

 私の打撃を防ぐ見事な体術と、人体破壊が得意な太極拳。

 動物を模倣するのは象形拳だったか?

 そして今の関節技。

 随分と多芸だがまだ手札があるのか。

 

「熱中して明日の試合に影響するのも問題だ。受けよう」

 

 朱はごくごく自然体で立っているだけだ。

 しかし油断はしない。

 どんな攻撃にも対応できるよう、腰を深く落として構える。

 この場面で腰を深く落とす構えは悪手だろう。

 なにせこの体勢が素早く動けない。

 逃げることができないのだ。

 だがそれでいい。

 逃げる為の構えではなく、受け止める為の構えだ。

 

「…………死ね」

 

 ――朱から凄まじい殺気が放たれた。

 

「ふ……ふは」

 

 素晴らしい!

 悪意も! 敵意も! 私に対する悪感情が何一つない純粋な殺意!!

 まさか“殺す”という感情がこうも清々しいとは!!!

 

「…………は?」

 

 全身を包む殺気が消えた……?

 

 

 

 

『避けてッ!!』

 

 マズイ!?

 

 束の声と、今すぐ動けという本能が私を正気に戻す。

 いつの間にか朱は正面に居て、私に向かって手を伸ばしている。

 技は抜き手。

 狙いは心臓。

 

 今すぐ動け!

 

「……よく動けましたね?」

「……半分は運だ」

 

 朱の指先が微かに私に触れている。

 手首を掴む事でギリギリで止められたが、今更ながら冷や汗が出てきた。

 

『今現在、ちーちゃんの中で私の好感度が最高潮だと思われる』 

『初めて聞く余裕のない叫び声にちょっとビックリ。そんなにヤバイ状況だったの?』

『即死はないけど、直撃してたら明日の試合に影響が出てたね』

 

 悔しいが、束には感謝しかないな。

 自分の実力だけなら防げるかギリギリだっただろう。

 まさか手合わせの最中に外野の声に助けられるとは……。

 

「今の技はなんだ、なんて聞くのはマナー違反か?」

「どうせタネには気付いてるでしょ?」

「強烈な殺気を相手に当て、その直後に殺気を消す。そうする事で相手の感覚を狂わせてるんだろ?」

「正解。殺気を浴びた人間は感覚が鋭敏になり、目の間の驚異に意識が集中する。その直後に殺気と気配をゼロにすることで、強引に”間“を作れる」

「最後の抜き手はなんだ? 普通ではない感じだったが」

「拳法の技みたいな名前はない。あれはただの殺し技。代々一族から伝えられてきた、ね。一応身内からは”心臓抜き“って呼ばれてる」

「……肋骨の隙間から直接心臓にダメージを与える技か。外傷も少ないだろうし、まさに暗殺の技だな。ついでにもう一ついいか?」

「どうぞ」

「殺す気だったのに殺気が無かったのは何故だ?」

「ん? 相手を壊すのに殺気なんて必要ない」

「相手を“壊す”か。理解した」

 

 殺すではなく壊す、か。

 それなら殺気がないのも当然だ。

 

『中国四千年の技、確かに楽しませてもらいました。でもちーちゃんのおっぱいを触った右手の先っちょはいつか切り落とす』

『発言がいちいちこえーよ。しかし生で暗殺拳を見れるとは感激です』

 

 私が後少しで血反吐を吐くところだったというのに暢気なもんだ。

 まぁこれも修行だな。

 技の大切さを教えてもらったよ。

 

「これにて終了だな」

「お疲れ様アル」

 

 元に戻ったか。

 さっきまでの仏頂面はどこえやら。

 朱がニッコリと笑顔で握手を求めてくる。

 これからは暗殺者には気を付けよう。

 いやホントに。

 

「二人ともお疲れサ。いやー、良いもの見せてもらったサ」

「随分とツヤツヤした顔だな。楽しんだようで何よりだ」

「……ところで少し体が火照ってきたんだけど、これからどうサ?」

 

 見てるだけでテンションが上がったのか、アーリィーは興奮気味だ。

 気持ちは分かる。

 私だって逆の立場なら疼いていただろう。

 でも無理だ。

 

「私は断る。この心地良い疲れのままシャワーを浴びて寝たい」

 

 汗だくで気持ち悪いんだ。

 さっさと部屋に戻りたい。

 

「同じくアル。今日はお腹一杯ヨ」

「ならしょうがないサ。それじゃあトリーシャと……トリーシャ?」

 

 アーリィーが自分の隣に座るアダムズの肩を揺らすが、彼女は目を開けたまま微動だにしない。

 

「……気絶してるサ」

 

 アーリィーが顔の前で手をヒラヒラと振るがなんの反応もない。

 確かに気絶してるようだ。

 

「良く見ると、恐怖に染まった顔してるアル」

「お前の殺気に当てられたんじゃないか?」

「「あ~」」

 

 アダムズは最近までお嬢様だった。

 もしかしたら殺気は初体験かもしれないな。

 朱の殺気は濃厚で凄まじかった。

 これが初めての殺気なら気を失うのも仕方がないだろう。

 だがなにも悪い事ではない。

 朱の殺気を体験した経験があれば、今後は荒事に直面しても気後れする事はないだろう。

 問題は――

 

「あー、トリーシャどうするサ?」

 

 一向に動かないアダムズをどうするかだな……。

 ぶっちゃけ、早くシャワー浴びたい。

 

「任せたアーリィー。ほら、こんな汗だくで触るのは悪いだろ?」

「よろしくアーリィー。ワタシもこんな汗まみれじゃ恥ずかしくて触れないアル」

「ちょっ!?」

 

 お荷物になったアダムズをアーリィー任せ、朱と一緒にトレーニングルームを後にする。

 悪気はないんだ。

 それは本当だ。

 だが目を覚ました瞬間に私と朱が視界に写ったら、悲鳴上げるかもだろ?

 それは可哀想じゃないか。

  

「やっぱりモンド・グロッソは甘くないな。お前のような人間が普通に現れるんだ、優勝は簡単ではないらしい」

 

 帰り道、隣を歩く朱に話しかける。

 

「……千冬サンが殺す気だったらワタシ程度瞬殺だったアル」

「そう思うか?」

「あくまで試合の範疇でしか力を振るわなかったネ。ワタシ、そこそこ本気だったアルよ? でも千冬サンは5割程度だったネ」

 

 朱の言うことは正しい。

 全力で、それこそ束を相手にする時ほどの力は出さなかった。

 でもそれは――

 

「何も言わなくていいネ。自分の実力も千冬サンの実力も分かってるつもりアル」

「……そうか」

 

 余計な言葉はむしろ侮辱になるか。

 そう思い、私は口を閉じる。

 

『ん、分を弁えててよろしい!』

 

 今は黙っててくれ。

 大事な話しをしてるんだ、頼む。

 

「でも安心していいヨ。ワタシ、全力で戦うネ。千冬サンに勝てないとしても」

「最初から負ける気なのか?」

「だってIS乗ったらワタシ弱くなるヨ」

「ん? それはどういう……」

「ISじゃ中国武術の実力発揮できないアル……」

 

 どこか悲しそうな朱のセリフ。

 太極拳を含め、多くの技術はISを展開した状態じゃ活かせないもんな。

 まだまだISが未熟だと言うのもある。

 今のISじゃ繊細な動きを伝えられないだろう。

 

『私のISが原因だと言うか!? その喧嘩、買ってやろう!』

『二次移行、単一能力、第三世代、第四世代……俺から見れば今のISは型遅れです』

『第三世代に第四世代ね……それって未来の情報だよね?』

『……ボク、フツウノ、ショウガクセイダヨ?』

『ごめんちーちゃん。ちょっと今から拷問……じゃなくて尋問するから忙しくなる! ってなわけでオヤスミのキス! んちゅ♪』

『そのキス顔を俺に向かってしてくれたら教えますよ? や、あの、キス顔で……あ゛ァァ――ッ!!』

 

 神一郎の叫び声を最後に通話? が切れた。

 もしかして甘やかしタイム終了か?

 私の戦いを見て束も体を動かしたくなったのかもな。

 元気に生きろ。

 応援だけはしてやる。 

 

「勝利を諦めてるのは今回だけネ。第二回モンド・グロッソの練習だと思ってるヨ」

「次の大会までに専用機が仕上がると?」

「次の大会までにワタシが仕上がるヨ。千冬サンならこの意味が分かるネ?」

「鍛錬の問題だろ?」

「正解アル」

 

 私が当てると、朱が嬉しそうに笑った。

 手合わせしてて気付いた。

 彼女の手と足はとても綺麗だ。

 そう、まるで年頃の女の子にように。

 

 武術の腕は見事だが、鍛錬の後が見えない。

 恐らく学校などでバレない様にするために、自分を傷付ける修行をほとんどしてないのだろう。

 彼女はまだまだ未完成なのだ。

 

「武術は好きなのか?」

「好きアル。運動は好きヨ」

 

 無理矢理習わされてたと思っていたが、そうでもないらしい。

 

「私はこっちだ」

「それじゃあここまでアルな」

 

 部屋に戻る途中の分かれ道まで来た。

 残念ながらお喋りはここまでの様だ。

 

「また明日」

「あ、千冬サン」

 

 背を向けたタイミングで呼び止められる。

 

「精一杯楽しませてあげるから楽しみにしてて」

「それは――」

 

 振り返った時には、朱は私に背を向けていた。

 束が言っていたな。

 朱は私と束に恩を感じていると。

 変な使命感や妄信の様子はない。

 ただ感謝の念があるだけか?

 考えたところで彼女の気持ちは分からない。

 だがまぁ……

 

「楽しみにしてるよ、飛蘭」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ――楽しみしてるよ、飛蘭

 

 千冬さんの声が後ろから聞こえてくる。

 でも絶対に振り向かない。

 柄にもなく照れてる自分が居るからだ。

 

 やっと千冬さんに名前を呼んでもらった。

 

 ワタシの考えは正しかった。

 下手に神格化したりしたら逆に嫌われると考え、ライバル感を出したのが正解だった。

 対象が欲しているモノを調べ、それを満たす。

 相手に気に入られるテクニックの一つ。

 まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。

 

「失礼します」

 

 千冬さんと別れ戻ってきたのは自室ではなく父の部屋。

 事後報告の為の出頭。

 

「戻ったか。明日の試合はどうにかなりそうか?」

「はい。アメリカ、イタリア、日本の代表選手と行動を共にする事になりました」

「……そうか、予定通りだな」

「はい」

 

 ワタシが千冬さんに近付いたのは上からの指示があったから。

 本国は日本との関係を強化したいと望んでいる。

 篠ノ之束の頭脳とISにはとてつもない価値があるから。

 ワタシとしては役得。

 上から指示だから、なんの憂いもなく千冬さんに接近できるのだから。

 でも中国代表としての顔はどうにかして欲しい。

 語尾にアルを付ける意味が未だに理解できない。

 

「織斑千冬と手合わせしたらしいな。どうだった?」

「噂以上でした。正面きっての戦いでは勝ち目はないかと」

「やはり鍛錬不足が原因か。それにISの完成度も未だに低い。無理もないな」

 

 それは千冬さんにも指摘された事だ。

 そこらへんの兵隊や武術家ならともかく、千冬さん相手にどこまで戦えるか……。

 

「明日の試合は勝て。今日みたいな成績は残すな。国の恥だ」

「はい」

「下がれ」

「失礼しました」

 

 退出許可が出たので大人しく部屋を出る。

 家族らしい会話はない。

 今は上官と部下の関係だからだ。

 

 自分の人生に疑問を持ったのは12歳を過ぎた頃だった。。

 それまでは父親は絶対的な存在で、言うことは全て正しいと、そう思っていた。

 

 ……インターネットは偉大である。

 

 国による情報規制があるとはいえ、全ての遮断は無理だったようだ。

 時々、自分の人生について考え始めた。

 父が異変に気付くのは当たり前だった。

 それからは国益や国家情勢などを語られた。

 

 情報統制、怒りの矛先とガス抜きの為のヘイト管理。

 知りたくない情報も多かった。

 裏事情を知った時、自分の中にあった感情は“無理”の一言だ。

 

 国に尽くせ? 国の為に働け?

 学校では親しい友人も居た。

 戦争となれば国の為に戦うのは異論ない。

 でも国の利益の為に、父親と変わらない年齢の男に処女を奪われるのはごめんだ。

 自分で言うのもなんだが、周囲に怪しまれない様に学校に通ったのが失敗だと思う。

 父親が軍に属していて、女でスパイにも使えそうだからと表向きは普通に育てられた弊害だ。

 どうせ裏の人間として育てるなら、社会から隔絶させて徹底して育てて欲しかった。

 卒業が近付くにつれ憂鬱になっていく。

 そんな人生を変えてくれたのが篠ノ之束さんと織斑千冬さんだ。

 本来ならアメリカに留学し、大学に通いながらスパイの練習をする予定だった人生が、二人のおかげで劇的に変わった。

 他の代表候補生を捩じ伏せ勝ち取った国家代表の座。

 そして初めて会う本物の千冬さん。

 

 千冬さんは退屈してると、そう感じた。

 

 虎は猫とは遊べない。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間に決意した。

 自分が千冬さんを喜ばせようと。

 褒めるのでもなく、崇めるのでもなく、敵となる。

 それが千冬さんを喜ばせる唯一の方法だと考え、それを実行。

 少しは楽しんでもらえたようで安心した。

 でもあの程度じゃ本当に暇潰しくらいにしかならなかったと思う。

 だがらこのままじゃダメだ。

 もっと、もっと強くならないと。

 

 今修めている武術の完成度を高めるか、それとも手札を増やす為に新しい門派の門を叩くか。

 肉体改造も必要だ。

 中国代表として露出が多い服装を求められるので、見られても暑苦しくない程度にしなければならない。 

 やること、やりたいことが沢山だ。

 昔と違いなんて楽しい日々なんだろう。

 本当に感謝しています、千冬さん。




忠犬系暗殺者フェイランちゃん!

真の忠とはなんだと思う? 
そう! 相手が望んでる事をすることだ!!

中国代表「死ね(感謝の殺気全開)」
日本代表「ふはっ(満面の笑み)」

その頃の外野

イタリア代表「……(暴れる二人を羨ましそうに見ている)」
アメリカ代表「……(返事がない、気絶してるようだ)」

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