俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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小説の書き方的なサイトに、読者が離れる小説ってのがありました。
その中で

・主人公不在の話が長期続く
・主人公がかっこ悪い
 
と書かれてました。
どうやら地雷原の上でタップダンスしてる模様。
でも仕方がないじゃないか!
作者は束さんの笑顔が大好きだから! 悪巧みしてニマニマする束さんが大好きだから!
主人公は束さんの笑顔の犠牲になったのだ。


モンド・グロッソ幕間 尊い犠牲、もしくはサンドバッグ

「ほーけきょ」

 

 ゴロゴロゴロ

 

「けきょけきょ」

 

 ゴロゴロゴロ

 

「けきょんどる」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 ちーちゃんの抱き枕を抱きながら自室の床を転がる。

 口から出るのは自分でも信じられないほど意味のない言葉だけ。

 どんなに……どんなに考えてもこれから自分はどうするべきかの答えが出ない。

 

「ちーちゃんの邪魔する気はなかったんだよ~!!」

 

 モンド・グロッソ三日目。

 日本代表、織斑千冬は三位という成績で終わった。

 

 私の所為でなぁぁぁぁ!!!

 

 ちーちゃんは流石の動きだったが、他の代表も訓練でやり慣れてる競技だけあって上位陣は僅差の勝負だった。

 ほんの少しのミスで順位は簡単に下がるのだ。

 例えば、無関係のパネルを壊したりね……。

 

「私が邪魔しなければちーちゃんは一位だったのに~!!!」

 

 いや本当に邪魔する気はなかったんです。

 ちょっとしたお茶目だったんです。

 悪気も悪意もなかったんです。

 

 ――って言えばちーちゃんは許してくれるかな?

 

「カムチャツカ温泉!」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 無理だ。

 どう考えても許してもらえるイメージが湧かない!

 ちょっと驚かせた程度ならともかく、がっつり減点させたのが痛い。

 てかちーちゃんはなんで私のパネルまで斬ったんだろう?

 特に怒らせる様な事は最近してないよね?

 

「……あ」

 

 そう言えばしー君が写真を売りまくってるのに私が協力してるのはバレてるんだった。

 不覚! しー君とセットで恨まれるとは!?

 だがしかしかし! いざとなればしー君を生贄にすれば私への怒りが収まる可能性があるのでは!?

 そもそもしー君がちーちゃんの写真を許可なく売ったのが悪いんだし、ヘイトは全てしー君が受け持つべきだよね?

 

 

 

 

 なんて、ちーちゃんがそう簡単に許してくれるとは思わないんだよなぁ。

 

「むふー」

 

 ちーちゃんの抱き枕に顔を押し付け、その匂いを堪能する。

 んっ……ちーちゃんの匂いが私の嗅覚受容神経を優しく刺激するよ。

 気分が高揚して少しエッチな気分に――

 現実逃避ではない、これは一種の愛の確認である。

 んふふ……

 

「入るよー」

 

「乙女心ォォォオッ!」

 

 抱き枕を手放し床に正座してはいバッチリ問題なし!

 させん! させんぞー!!

 しー君にラブコメなんて百年早いッ!

 私のガードは完璧だともさ! 

 

「乙女心? なに言ってるんです?」

「気にしない気にしない。深く考えないでいいから。ところでしー君は乙女の部屋にノックなしで入ってくるとはデリカシーがなさすぎじゃないかな?」

 

 ギロリ、と抗議の意味を込めて侵入者を睨む。

 

「ふむ」

 

 しー君は何かを確認するかのように私の自室を眺める。

 普通なら乙女の部屋を見るなと怒るところだろう。

 だが私は違う。

 私が私の為だけに作った自室になんら恥じる事はない! 

 むしろ自慢したいくらいです!

 

「壁にポスター」

 

 ちーちゃんやいっくん、それと箒ちゃんの水着の写真を引き伸ばした自作ポスターがなにか?

 

「ラックにはフィギュアと写真がプリントされたマグカップ」

 

 ちーちゃんやいっくん、それと箒ちゃんの以下略がなにか?

 

「そして床に散らばる大量の抱き枕」

 

 作ったのはしー君じゃん。

 お世話になってます。

 

「乙女の部屋? どう見てもアキバ系オタクの部屋です」

 

 ぐっ、反論は……できない!

 私は織斑オタクなのでオタク部屋という点は認めるしかないのだ。

 だがまぁそこはいい。

 問題はそこじゃないのだ。

 

「だからと言ってノックしない理由はないよね?」

「逆に聞くけど、なんで鍵掛かってないの?」

「……だって基本的にダナンには私しか居ないし」

 

 自分の家の全ての部屋に鍵を掛ける人っているの?

 デ・ダナンは私の家と言っても良い。

 つまりそう言う事です。

 しー君だって週一しか来ないし、鍵を掛けるって発想なくても仕方がないよね。

 

「じゃあこれからはノックしてね」

「えー? 俺、部屋に入ったら束さんが着替え中だったとか、そういったラッキースケベに憧れてるんですけど」

 

 確信犯かコイツ!?

 着替え中だったら目玉を引っこ抜いて手足を潰す程度で許すけど、流石にさっきの一幕を見られたら確実に殺してるよ?

 しー君の命を守るためにも、指紋認証システムでも取り付けるしかないね。

 残念だったねしー君、お前にはラブコメ的展開なんて今後一生訪れないんだよ!

 

「しー君の忠告に感謝して速やかに鍵を取り付ける事にするよ」

「くっ、余計な発言をしてしまったか」

「お馬鹿な発言は無視します。んで、何用で来たの?」

「そろそろメシの時間だけど何か食べたいもの有ります?」

 

 もうそんな時間か。

 ちーちゃんの事を想うだけで時間の進みが早く感じるよ。

 それにしても……うーん。

 

「なんです人の顔を見て」

「なんか余裕そうだなーって。しー君は写真とは言え自分の首を斬られたのに、なにも思わないの?」

「へ? 千冬さんが俺に怒りを覚えるのは当然では?」

 

 覚悟完了済み!?

 お仕置き覚悟とは……お金を稼ぐって大変なんだね。

 

「それに千冬さんの怒りが束さんに向いた結果、俺に対する怒りは減少してるかもですし」

 

 そうだね! あのパネルは私の差し金だって気付いてるだろうし、ちーちゃんの頭の中は私の事でいっぱいだろうねこんちくしょう!

 

 ゴロゴロゴロ

 

 やり場のない気持ちをただ転がることで発散する。

 

「ちくしょう……なんで私はあんな真似をしたんだろう? あの時の気持ちは思い返してもさっぱり分からない」

「さっぱりなんですか?」

「さっぱりなんです」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 邪魔をする気は微塵もなかったのは本心だ。

 でも何を想って行動を起こしたのかはさっぱりなんだよなー。

 さっぱり妖精が出て来るくらいさっぱりだ。

 

「あー、要するに“魔が差した”って奴ですか。後の事を考えず、そこには悪意も何もなくてついやってしまうやつですね。俺も経験があります」

「しー君もあるの?」

「そりゃありますよ。むしろ人間なら誰しもが経験する事です」

 

 “魔が差す”ね。

 この篠ノ之束が脳みそを動かさず反射で行動してしまうとは一生の不覚!

 

「それで晩御飯どうします? リクエストがないなら適当に作りますけど」

「晩御飯……むー」

「これといってないなら、取り合えずあっさりかこってりでも」

「ぬっちゃりで!」

「了解。んじゃ買い出しに行って来るんで一時間後くらいに来てください。お邪魔しました」  

 しー君があっさりと退室する。

 静かな部屋に一人取り残される私。

 ツッコミもなく簡単に了承されると寂しいんだけど?

 

 生意気……そう、生意気である。

 乙女の部屋に無断で入るわツッコミもしないわと、最近のしー君は実に生意気である。

 

 そもさん! 佐藤神一郎とは何者か!? 

 

 説破! 篠ノ之束の実験動物兼玩具である!

 

 そうだよね。

 ストレスが溜まったら発散すればいいのだ。

 手が届く距離にサンドバッグがある生活って素敵だね!

 

「にゅふふふ」

 

 そう決まれば話しは簡単だ。

 一番近くの町まで流々武で10分といったところ。

 しかしそれは、あくまで“人がいる場所”である。

 デ・ダナンの近くには無人島がある。

 それはもう自然たっぷりの無人島だ。

 

「そうと決まれば急がないと」

 

 しー君に自分の立ち位置ってもんを分からせてやる!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 食事場所はデ・ダナンのデッキでする事になった。

 星空を見ながらの食事が最近のしー君の流行らしい。

 たぶん中二病の一種だと思う。

 大き目なテーブルの中央には鍋が置かれ、それを囲む様に様々な具材乗った小皿があった。

 それを私としー君が立ちながら囲んでいる。

 料理の都合上、本日は立食形式とのこと。

 

「はい、てな訳で今日の晩御飯はチーズフォンデュです」

「これはぬっちょりだね!」

 

 鍋にはトロトロのチーズ。

 小皿には、一口サイズのパン、アスパラガス、トマト、ジャガイモ、マッシュルーム、ウィンナー、ベーコン、うずらのゆで卵などなど、多種多様な具材があった。

 まさかこんな料理で私のリクエストの答えるとはやりおる!

 

「チーズフォンデュってやろうと思えば簡単だけど、一人暮らしだとなかなかやる機会がないんですよね。そんなこんなで祝! 初フォンデュ! です。カロリーの暴力を喰らえ!」

「カロリーの、暴力!」

 

 くっ、魅せてくれるじゃないか。

 こんなの絶対に美味しいに決まってるじゃん!

 チーズフォンデュ用のフォークを手に取る。

 まずはウィンナーだッ!

 

「ん~~!」

 

 焼かれて香ばしく匂いを漂させるウィンナーにチーズを絡めて口に運べば、そこには幸せが存在する。

 美味い!

 

「せめて頂きますくらい言いなさい」

 

 そんな事を言いながらしー君が食べるのはアスパラガス。

 知ってるんだぜしー君。

 しー君はまず野菜から食べる傾向がある。

 ノロノロ野菜食べてる間に肉は全部もらった!

 

「ん?」

 

 ベーコンを食べつつ次はなににしようか小皿を見ていたら、不思議な物があった。

 楕円形の茶色い物体……から〇げクンだコレッ!?

 

 え? なんでからあ〇クン?

 と考えてすぐに思いついた。

 恐らくしー君は唐揚げを用意したかったのだろう。

 だが唐揚げは少ない量を用意する方が面倒な料理だ。

 それをから〇げクンで誤魔化したのだろう。

 やれやれ、しー君にはがっかりだよ。

 そこは高級唐揚げ買ってこい――

 

「うまっ!?」

 

 馬鹿な!? たかがチーズを絡めたから〇げクンがここまで美味しいだとぉ!?

 舐めてた。私、から〇げクン舐めてた。

 

「ほら、肉ばかっかしじゃなくて野菜も食べなさい」

「あむ」

 

 しー君が差し出してきたブロッコリーにかぶりつく。

 茹でられた少し甘いブロッコリーとチーズも合いますなぁ。

 

「はいカボチャ」

「あむ」

「はいジャガイモ」

「あむ」

「はいプチトマト」

「あむ」

 

 しー君が次々と野菜を口に運んでくる。

 私は別に野菜が嫌いな訳じゃない。

 ただ肉と野菜なら肉が好きなだけである。

 だから野菜を食べるのは問題ない。

 しかしだ――

 

「その意味ありげなウィンナーは自分で食べろ」

「チッ」

 

 考えは読めてるんだよ馬鹿め。

 しー君が次に用意したのは先っちょに切れ目が入ってチーズが付着した意味ありげなウィンナー。

 大方流れ作業で私に食べさせる気だったんだろう。

 私はそう簡単にはサービスシーンは見せない女です。

 

「ところでしー君」

「なんです?」

「さっきから一向に手を付けない野菜があるけど」

「(サッ)」

 

 おい顔をそらすな。

 食材に対して失礼じゃないか。

 

「好き嫌いは良くないよ?」

「このやけにカラフルなキノコは束さんが用意したの?」

「美味しそうでしょ? しー君がチーズフォンデュにすると言ったので軽く炙ってみました。私的に完璧な焼き加減だと思う」

「そうですね。珍しく完璧で、素材の色や形がはっきりと分かる絶妙な焼き方です」

 

 頬が引きついてるぞー?

 やー適当にバーナーで炙っただけなんだけど、何故か奇跡的に綺麗に焼けたんだよね。

 

「なんでこんな時に限って綺麗に焼けるの? 素材が分からない料理が束さんの持ち味じゃんか」

 

 しー君がなにかボソボソと言ってる。

 あれー? 普通に美味しそうじゃないかな?

 

「いや、もしかしたら俺の想像とは違う食材の可能性もある。束さん、この茶色いのはなんです?」

「キノコだね」

「この白くてひょろ長いのは?」

「どう見てもキノコだね」

「傘にイボイボがあるコレは?」

「珍しいキノコだね」

「同じくイボがあるこの黄色いのは?」

「ちょっと珍しいキノコだね」

「このマリオが食べてそうな赤い物体は?」

「綺麗な赤色のキノコだね」

「この黄色い珊瑚みたいなものは?」

「珊瑚みたいなキノコだね」

「全部……キノコですか?」

「キノコだね」

 

 しー君が私が用意したキノコを見て震えている。

 カラフルで綺麗でしょ? 私の集めた食材が食卓を飾っていると言っても過言ではない! 

 

「これ、食べられるんですか?」

 

 チッ! 怖気ずいてやがる!

 やはり綺麗に焼きすぎたのが失敗だったか。

 ここは私の口八丁で誤魔化すしかないね!

 言葉の魔術師とは私の事さ!

 

「あのさしー君、日本に何種類のキノコがあるか知ってる?」

「知りません」

「約2500種類と言われてます。未発見や新種を数えれば3000は軽く超すだろうね。その内食用可能とされてるのが300程なのです」

「それは初耳。意外と多いんですね」

「そうなんです。どうせしー君はキノコと言ったら椎茸やシメジくらいしか知らないんでしょ? スーパーで並んでるものしか食べた事なんでしょ? だから怖気ずいてるんでしょ? 山の中でキノコを探せば10種類の内一種類は食べれるキノコなのになー。カッコわる、生の魚を触れない都会っ子くらい情けない」

「ぐむむ……」

 

 プライドを刺激すると分かりやすく悔しそうな顔をする。

 男の子は単純ですなー。

 ま、私が用意したのは全部毒キノコだけどね!

 自然豊かな孤島で育った、栄養と天然の毒物をたっぷり含んだ食材です!

 

「ほらほら、文句は食ってから言いなよ。あーん」

 

 焼けたキノコにチーズを絡めてしー君の口に持っていく。

 

「……束さんが先に食べてみて」

 

 毒見役をお望みかい?

 よかろう、食べてあげようじゃないか。

  

「別にいいよ。あむ」

 

 うむ、毒があるだけで美味である。

 まぁ味が良くて毒がある種類を選んだから当然なんだけどね。

 日本では毒を除去してから食べるフグの様に、海外では毒抜きしてから食べる高級キノコがある。

 つまり毒とはスパイスの一種なのだ。

 私には効果ないけどね!

 

「ゴクン……ほら、大丈夫でしょ?」

 

 口を開けてしー君にアピールしてみる。

 

「確かに……んじゃ食べてみます。あむ」

 

 しー君が最初に食べたのは茶色いキノコだ。

 ヘタレめ、一番安全ぽいのを選んだな。

 

「お? 普通に美味しいですねコレ」

 

 最初のキノコを食べ終わったしー君が次々と違うキノコに手をつける。

 くっくっく、ここまで来たらもう問題ないだろう。

 私はしー君から視線を外し自分の食事に集中する。

 だってしー君がどのキノコはどれくらい食べたか分かったらつまらないからね!

 今回用意したキノコは互いの毒が影響しあう物を用意した。

 接種したキノコの種類と量で症状が変わるのだ。 

 果たしてしー君はどうなるのかな? いきなり奇声を上げて騒ぎ出すかもしれないし、ぶつぶつと壁に話しかけるかもしれない。

 楽しみですなー!!

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「ん、満足!」

 

 机の上の食材はすっかり空になり、私もしー君もお腹がぽっこりと膨らんでいる。

 さて、血管に直接薬をぶち込んだならともかく、食べた場合は症状が現れるまで時間が掛かる。

 だいたい一時間くらいかな?

 それまではまったり待ちますか。 

 

「残ったチーズは明日の晩飯ですね。『チーズフォンデュ』、『残りのチーズ』で検索っと」

 

 鍋に残ったチーズを別の料理に使うのね。

 

「束さん、グラタンとカルボナーラとリゾットどれがいい?」

「んー、グラタンかな」

「グラタンかぁ……オシャレ料理は専門外なんですが、ネット見ながら頑張りますか」

 

 しー君の中ではグラタンはオシャレ料理らしい。

 はっきり言って謎判定である。

 

「ん? なに?」

 

 何故かしー君が私を見つめている。

 私なにかヘマしたかな?

 

「いや、食後に束さんが居るの珍しいなと。食べ終わったらすぐ研究室に戻ったりノートパソコンいじり始めたりするじゃないですか。なにか企んでます?」

 

 しまった!

 この篠ノ之束は時間を無駄にしない女である。

 食後にまったりしー君とお喋りとかガラじゃない!

 外出先とかちょっとしたキャンプの様なお外での食事ならともかく、自分の家とも言えるデ・ダナンの中では二人でまったりなんて選択肢はないのだ。

 怪しまれたなら仕方がない。

 ここはなんとか誤魔化さないと!

 

「あの、その……しー君と少しお喋りしたいなーって」

「ラディカル・グッドスピード脚部限定ィィィ!」

「なんで!?」

 

 ちょっとサービスして上目使い&モジモジ反応したらしー君がISを展開して逃げた件について。

 なんて失礼な反応しやがる。

 

「なにを企んでる……俺が知ってる束さんはそんな乙女な顔で俺と話したりしない!」

「それは確かに」

 

 自分でも怪しさ満点の受け答えだった。

 ちょっと反省。

 お、そうだ。

 しー君を巻き込む丁度良いネタがあるじゃないか。

 

「で、本当になにを企んでるんです? 場合によっては俺は逃げます」

「まぁまぁそうツンケンしないでよ。話しってのはちーちゃんの事だよ」

「千冬さんの?」

「あのね、今からちーちゃんに謝るからそばに居て欲しいの」 

「なーるほど、そういった理由ですか」

 

 ナイス挽回私!

 ゲーム風に言えばグットコミュニケーション!

 ちーちゃんに謝るつもりだったのは本当だし、一人じゃ怖いってもの本当なので私は嘘は言っていない。

 

「千冬さんが激おこしてるのは確定でしょうから気持ちは理解出来ます。それくらいなら付き合いますよ」

「ありがとう!」

 

 毒を盛った私にそこまで優しくしてくれるなんてしー君は最高に優しい奴だね!

 少し罪悪感……はない!

 別に死ぬような毒は盛ってないから軽い悪戯だもん。

 タバスコを大量にかけたピザやワサビ入りのシュークリームを食べさせた様なものである。

 友達同時なら誰もがやった事があるだろうからへーきへーき。 

 

「千冬さんに連絡する前になにか飲みます?」

「一番強い酒をくれ!」

「……了解」

 

 しー君の気遣いだったんだろうけど、私は反射的に答えていた。

 おふざけしてみてもやはり緊張してるらしい。

 自分の心は誤魔化せませんなー。

 

「はいどうぞ」

 

 しー君がお酒を持って戻ってきた。

 テーブルに置かれたのは美しい緑色のお酒。

 ロックグラスの中で氷と一緒にキラキラと輝いている。

 

「アブサンです。度数は70」

 

 ハーブ系リキュールだね。

 ニガヨモギが原料で、ニガヨモギの香味成分であるツジョンにより幻覚などの向精神作用が引き起こされるとされて一時期は製造を禁止されてたお酒だ。

 確かゴッホがアブサン中毒で死んだはず。

 そんなお酒を私に出すなんてしー君もやりおる。

 

「本当は砂糖とか用意したかったんですが、ロマンチックな気分で飲む雰囲気でないですし素直にロックにしました」

 

 砂糖を使ったオシャレな飲み方があるんだっけ?

 そこまでは詳しく知らんけど。

 まぁ今はガっと飲みたい気分なのでいらないや。

 グラスを手に取り軽く手首を回す。

 色合いが綺麗でいいね。

 んでもってコレを一気にグイっと!

 

「……んっ」

 

 苦みのある液体が喉を通り過ぎ、薬草の匂いが鼻を突き抜ける。

 好き嫌いが分かれるだろうけど、私は嫌いじゃないな。

 今みたいに落ち込んだ時に脳内を活性化させるには良いかもしれない。

 

「ぷはぁ!」

 

 いいね気に入った。

 次は落ち着いた時にゆっくり飲みたいものだ。

 

「よし! この勢いでちーちゃんに連絡するよ!」

「どうぞどうぞ」

「……するよ!」

「はよせい」

 

 手が動かないんだよ察しろ!

 オーケーオーケー落ち着け私。

 ちゃんと悪気がなかったことをアピールして謝れば大丈夫。

 

 ……いくよ!

 

『――――束か』

 

 私の名前を呼ぶ前の無言の時間が怖かったです!

 

「こんばんわちーちゃん。今お時間いいかな?」

 

『構わん。今日の競技の話しだな?』

 

「です」

 

『先に言っておくが私は怒ってない』

 

「マジで!?」

 

 え? まさかの奇跡が起きた系?

 私の愛がちーちゃんに届いたちゃった結果かなこれは!

 

『あぁ、お前は悪くない。全ては競技に集中できなかった私の責任だ』

 

 おや? なんか雲行きが……

 

『あの程度の妨害で心を乱す私のメンタルはクソだ! 惰弱だ! とてもじゃないが柳韻先生に顔向けできん!』

 

 あ、これ本気で自分を責めてるパターンだ。

 束がどんな妨害行動をしようと、それを冷静に対処すれば勝てたはずだと、そんな感じで自分を責めてるっぽい。

 

「ちーちゃんあのね、私は別に邪魔をする気はなかったんだよ」

 

『悪意の有無は関係ない。お前の横やりを対処出来なかった自分の弱さが負けた原因だ』

 

 ちーちゃんが侍モード突入!

 イケメン度がアップ! 私は死ぬ!

 

 いやまだ死なないけど。

 

『そもそも試合を楽しんでる時点で間違えてたんだ。もっと全力で、もっと本気でやるべきだった』

 

「うんうんそうだね。その通りだと思うよ」

「第三者チョップ!」

「あべし!?」

「なーに変な方向に舵を切ろうとしてるんですか」

 

 おおう、後頭部への衝撃で我に返ったよ。

 慣れ合いを捨てて侍然とするちーちゃんを見たかった欲望は抑え切れませんでした。

 

『神一郎も居るのか』

 

「こんばんわ。んで千冬さん、そんなテンションで大丈夫ですか?」

 

『問題あるか?』

 

「問題っていうか、昨日の千冬さんは試合を楽しんでライバルと切磋琢磨する感じで、今の千冬さんは全てを捨てて貪欲に勝利を目指す感じですよね。うん、そんな感じの心境の変化は少年漫画あるあるで聞いてる方が恥ずかしくなるからやめて欲しいかなって」

 

『ぐっ!?』

 

 しー君の精神攻撃! ちーちゃんに効果は抜群だ!

 前向きに戦う熱血主人公が負けをきっかけに闇落ち気味になったりするパターンはあるあるだけど、それは言ってあげるなよ。

 

「一応年上としてアドバイスしていいですか?」

 

『……言ってみろ』 

 

 年上ぶる小学生。

 流石のちーちゃんにも葛藤が見える。

 

「試合に出るのは千冬さんですからどんな心持ちで戦おうが勝手ですけど、柳韻先生を想うなら前者のままの方が良いと思いますよ。その方が喜ぶだろうし」

 

 うーむ、確かに父親って生き物は友情とかライバルとか好きそうだもんね。

 しー君はどうもそっちに舵を切りたいみたいだ。

 私的には全てを斬って捨てる侍ちーちゃんが好みなんだけどなー。

 

「それと後者は余裕がなくてカッコ悪い。全てを捨てるとか手段を選ばないとか、そういったのは小物のセリフだと思うんです。真の強者にはどんな敵も困難も笑顔で乗り終えて欲しいですよね」

 

 それは確かに!

 そんな言い方されるとカッコ悪く感じる。

 

『強者か……私が強者と言えるのか? 束のちょっかいで勝利を逃す程度の女だぞ』

 

「そこは自信持てよプロジェクト・モザイカ産のチートキャラ。千冬さんが弱いなら世界の99%は弱者です」

 

 残り1%は私かな?

 

『身体能力が高ければ勝てる訳じゃない。それくらい分かるだろ?』

 

「問題はメンタルですよね。どんな場面でも動じない鋼のメンタルが必要なんですよ」

 

『最初に戻ったじゃないか』

 

「だから捨てるんじゃなくて鍛える方向で行きましょう。メンタル強化です」

 

『ふむ』

 

 ちーちゃんが考えておられる。

 うーむ、メンタル強化かぁ……。

 まぁここはしー君に任せてみようかな。

 ここでドヤ顔させた後に毒で苦しむ姿を見るのも乙だし。

 

『メンタル強化も悪くないが明日も試合がある。そう簡単に鍛えられるのか?』

 

「そこは慣れですよ。今から俺が千冬さんの心を揺さぶります。千冬さんは俺が何を言おうと心を穏やかに保ってください」

 

『いいだろう』

 

「もしテンパったら千冬さんの負けってことで、束さんはともかく俺の事だけは許してください」

 

 この野郎それが狙いだったな!?

 自分だけ免罪符ゲットとか酷い裏切りだよ!!

 

『お前が勝負を挑むとか、どう考えても嫌な予感しかしないんだが』

 

「意外と警戒されてますな。俺の事どう思ってるんです?」

 

『勝てる勝負しかしないタイプ』

 

「正解です。で、受けます? それとも逃げます?」

 

『随分と強気だな。これも修行だと思って受けてやろう』

 

「勝負成立ですね」

 

 うわーしー君ってば邪悪な笑顔してるー。

 でも私は口を出しません。

 なぜならここでしー君が全部のヘイトを持って行ってくれるかもしれないから。

 私の為にちーちゃんの怒りを是非とも買ってください!

 

「そういえばモンド・グロッソってスポーツ大会の一種ですよね?」

 

『表向きはそうだ』

 

「だったらドーピング検査もやってるんですか?」

 

『もちろんだ』

 

 個人的にはドーピング有りでも良かったんだけどね。

 ドーピングしたところでちーちゃんには勝てないだろうし、ドーピング技術もまた国力を計る手段だと思うし。

 まぁ許可したら許容量以上の薬を選手にぶち込んで、試合中に選手を壊す国が出てきそうだからやめたんだけど。

 ところでしー君が私を横目で見るのはなんでだろう。

 

「ドーピング検査って言ったら尿検査ですよね。千冬さんも自分の尿を提出したんですか?」

 

 ん? あれ? もしかしてヤバげな雰囲気?

 

『待て、お前は何を言って……』

 

「ところで俺の隣にモンド・グロッソの裏運営委員長がいるんですが」

「ちょまっ!?」

 

『いやいやいいや! 流石にそれはないだろ! ないよな? ないと言ってくれ束!』

 

「ちーちゃん!?」

 

 私が手を出してると本気で信じてる声だよこれ!

 おのれしー君!!

 

『束、私はお前を信じている。お前の性格に難があるのは理解してるが、最低限の常識はあるはずだ。そうだろ?』

 

「その自分を説得するかの様な言い方はやめて! 私は無実です!」

 

 流石の私もその発想はなかったよ!

 ちーちゃんのことは大好きです! でも流石にそこまで変態性は高くないです!

 

「ところで千冬さんの排泄物って価値的にはヤバいのでは? モンド・グロッソで目立ったら遺伝子情報目当てに盗む人いたりして」

「ここぞとばかりに問題増やさないでくれるかなぁ!?」

 

 そうだね! ちーちゃんの遺伝子情報はしっかり管理しないとね!

 はいはい後でちゃんと処理されてるか確かめますよ! そこも盲点でした!

 

『ちゃんと捨てろよ? 焼却処分で頼む。くれぐれも……くれぐれも余計な事はしないで処理しろ』

 

 ちーちゃんの信用のなさが心に痛い!

 

「はぁはぁ――」

 

 全力疾走した後の様に息が上がっている。

 まさかこんな騒ぎになるとは天災の頭脳をもってしても予測できなかった。

 

「飲み物!」

「ほい」

「アブサン!」

 

 カァー! 美味い!

 叫んだ喉にアルコールが染みるよ!

 

「あ、勝負は俺の勝ちで良いですよね?」 

 

 ブレないなーしー君は!

 

『あぁそれでいい。というか疲れた』

 

 ちーちゃんの声から覇気が消えてる。

 これでしー君は免罪符ゲットで憂いなく写真売れるね! おめでとう!

 テメェー後で覚えてろよ!

 

『私はもう寝る。それと試合はライバル達と楽しく臨む事にする。それが一番心に負担を掛けないだろう』

 

 あー、これはちーちゃん悟っちゃったね。

 大人しく今まで通りのスタンスでいないとまたしー君が爆弾落とすって。

 ちーちゃんの為にもしー君にはキツイお仕置きするから安心してね!

 

「おやすみちーちゃん。良い夢を!」

「今の所は総合一位なんでその調子でガンバです!」

 

『おやすみだ。それと二度と競技中に悪戯するな』

 

 最後に釘を刺されてしまった。

 大丈夫ですとも、もう二度と今日の様な失態はしませんとも。

 

「束さんは怒られずに済み、俺の写真販売も見逃された。これぞWin-Winですね」

 

 ちーちゃんが一人負けな気がするんですが?

 ってまさかしー君は私を守る為にちーちゃんに無茶振りを――

 

 なんて思うわけないだろうにゃろめ!

 や、私の悪戯が有耶無耶になったのは嬉しんだけどね。

 それはそれとして毒の効果でるのまだー?

 ドヤ顔しー君が壊れる姿を早く見たいです。




悲報① 主人公、最大のラッキースケベを逃す

悲報② 主人公、毒を盛られる


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