俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ 作:GJ0083
いつか自分の前に騎士が現れる。
子供の頃はそんな願いを持っていた。
だけど早々に現実を知る事になる。
騎士はまだ存在するが、本の中みたいに白馬に乗った騎士が自分に忠誠を誓ってくれるなんて有り得ないと。
夢はあくまで夢なのだ。
成長し現実を見る様になった。
変わらない日々、自分を磨く日常。
幼い頃の気持ちなんてとうに忘れていた。
そんなある日、見てしまった。
空を舞う美しき白い騎士の姿を――
清々しい朝だ。
カーテンから漏れる朝日が実に気持ち良い。
昨日は色々とあったが、反省も済んで気分も一新した。
今日の競技では確実に勝利を目指そう。
「などど考えてたんだがな」
『朝早くから本当にすみません』
寝起き早々に神一郎の声が聞こえた時は本気で殴ってやろうかと思ったが、内容が内容だけに私は寝起きのジャージ姿のまま相手をしている。
さっさとシャワーでも浴びたいんだが、もたらされた情報が私の安寧を許してくれない。
「で、束がモンド・グロッソの会場に来てる可能性があると?」
『はい、かなり高い確率で』
朝一で聞いた話しがコレだ。
おちおちシャワーを浴びてる暇もないだろ?
『昨日の夜千冬さんとの連絡を終わった後に色々とありまして、ケツに噛み付いてやろうと朝から追い掛け回してたんですよ』
「なにをどうすればそんな行動になる!?」
『ほら、俺って子供の体じゃないですか。生前より目線が下がった事で気付いたんですよ。お尻もまた良いものだと』
違う。
誰もお前の性癖なんて聞いていない。
『ちなみに千冬さんのスーツ姿もグッとくるものがあります。後ろ姿がエロい、特にヒップライン』
朝っぱらからセクハラとは馬鹿なのか?
ここまで心に響かない誉め言葉は初めてだ。
『とまぁ冗談はさておき……実は束さんに毒キノコを食わされましてね』
「穏やかな話ではないな」
『晩飯に焼いたキノコを出されたんですよ。怪しい色をしたキノコだったんですが、まさか束さんがこうも真正面から毒キノコを出すなんて思わなくて油断しまして』
「それは油断するな。束なら磨り潰したキノコをお前の血管に直接注射するくらいはするだろうし」
『否定したいけど否定出来ない――ッ!』
束が神一郎に毒キノコか……。
遅効性の猛毒キノコを盛って命乞いをする様を笑って眺める。
幻聴、幻覚性のキノコを盛って奇行する様を笑って眺める。
のどちらかだな。
『まぁそんなこんなで朝から束さんを追い掛け回してたんですよ。あの野郎、悪びれもせず口に指を入れようとするし逃げ足早いしで全然捕まらんッ!』
「なんで口に指を?」
『想像はつくけど言いたくないので聞かないでください』
毒で朦朧として束の指でも咥えたのか?
普通にありそうでこっちまで悲しくなる絵面だな。
『それで気付いたら姿が完全になくなってましてね。そこで思ったんです、これは千冬さんの所へ行ったに違いないと』
「何故そうなる? 昨日の今日で私の前に姿を現すほど馬鹿ではあるまい」
『千冬さんの尿の回収と俺の怒りが静まるまでの時間潰し』
「お前はもう少しオブラートに包む事はできんのか?」
『オブラートって最近の若い子には通じないらしいですね』
お前は若くないから問題ないな。
そうか、私の遺伝子情報の回収があったか。
「まぁ仮に束が来てたとしても私の前に姿を見せる事はあるまい」
『そうですか? 束さんならなんだかんだと理由を付けて姿を見せそうですけど』
「私は日本代表だぞ? 束と会った事が露呈したら立場がやばくなる。それを理解してない束ではあるまい。それでももし、束が私の前に現れたら――」
私の人生を壊す可能性があるにも関わらずそんな軽率な真似をするならば――
「容赦なく踏ん捕まえて日本政府に突き出してやる。金一封は貰えるだろうから一夏の進学資金にでもしてや」
ドタバタドタンッ
『……ネズミでもいるんですか?』
「大きいネズミがいたようだ」
『もしかしたらウサギかもですね』
「その可能性もあるな」
天井から聞こえた何かが逃げる音に私と神一郎のため息が重なる。
やはりいたか。
油断も隙もないな。
「まったく、なんであいつはじっとしてられないのか」
私の爽やかな朝を返して欲しい。
シャワーを浴び終わったら朝日を浴びながらコーヒーを飲み、その後は軽くランニング――なんて計画を立ててたのに、もうそんな気分じゃない。
飛蘭でも誘ってトレーニングルームでスパーリングしたい気分だ。
『なんでって、どう見ても千冬さんの自業自得じゃないですか』
「ん? 私が悪いと言うのか?」
『千冬さん、最近仲良くなった人がいますよね?』
「いるな」
脳裏に浮かぶのは三人の人間。
今大会で出会った友でありライバルだ。
束と違い真っ当な友人である。
『それが原因ですよ。束さん、参加選手は千冬さんの踏み台とか言ってますけど、ぶっちゃけ楽しそうな千冬さんを見てぐぬぬしてます』
まるで私が交友関係を広げたのが悪いみたいじゃないか。
流石に束の顔色を伺いながら生活する気はない。
『束さんは心配なんですよ。千冬さんが誰かに取られるかもってね。自覚してるかは分かりませんが、その焦りが昨日のイタズラです。自分を見て欲しい、かまって欲しい、そんな感情があんな行動を起こさせたんだと思います』
「子供かアイツッ!? どれだけめんどくさいんだ!!」
『子供だよアイツ。めんどくさい性格なんて百も承知でしょうが』
そうだな知ってた。
だがもうそろそろ一人立ちというか、友人離れしても良いころ合いじゃないか?
一人暮らしが寂しいからって友達に毎日電話する寂しんぼうかアイツは。
『だからこれ以上親しい人は作らないでください。マジでお願いします』
『人間関係を制限しようとするな』
『マジお願いします!』
声がガチだった。
まぁうん、こちらから積極的に絡む気はないから安心しろ。
向こうから来たら確約出来ないけど。
『もうこの際、一切の慣れ合いを捨てて孤高と言う名のぼっちキャラで生活してください』
「お前も元社会人なら分かるだろ? 働いてる身でそれは無理に決まっている」
『ですよねー。千冬さんは寡黙で取っつきにくいけどコミュ障って訳じゃないし。まぁ束さんの嫉妬も一時のものだろうし、これ以上は暴走しないでしょう』
やれやれとため息をつく神一郎に対し、私は多少後ろめたい気分になる。
束の神一郎への態度を知ってるからだ。
是非とも言いたい。
束はそこまでストレスを感じていないと。
もしストレスがあってもお前で遊んでスッキリしていると。
だが言わない。
神一郎が束と距離を取る事になれば、そのシワ寄せが私に来るからだ。
すまんな、私の平穏の為に犠牲になってくれ。
写真の売り上げは詫びだ。
『っとすみません、朝から長話がすぎました。束さんも戻ってきそうだしそろそろ失礼します』
「ついでに私の分も殴っといてくれ」
『了解です。ではまたー』
神一郎の声が聞こえなくなり爽やかな朝を取りもどした。
そして、私は頭に浮かんだ一つの可能性を黙ってた事を心の中で謝る。
束が毒を盛ったのは、遊び目的だけじゃなく神一郎の将来の為かもしれない。
IS適合者と世間にバレれば様々な脅威が神一郎を襲うだろう。
誘拐、脅迫、そして……ハニートラップ。
どんな毒を盛られたかは知らないが、それって耐性を付ける為じゃないか?
毒なら耐性や抗体の有無は大切だ。
媚薬、自白剤などは回数をこなすと効果が薄れるものもある。
そういった時の為に束が毒を使ったのでは? と考えたのが――
「耐性なんかはあっても困るものではないしな」
束が人知れず神一郎を改造してる気もするが、将来を考えれば有りだと判断し私は最後まで言わなかった。
まぁ束にも神一郎にも得はあるので問題ないだろ。
さて、ここからは思考を今日の試合に向けよう。
昨日は醜態を晒してしまった。
いや、醜態と言えば一昨日もだ。
自分の精神の未熟さに呆れるばかりである。
ただ勝つだけではダメだ。
もっと実のある戦いをしなければ。
まず大事なのは初心だ。
丁寧な試合運びを心がけよう。
敵の攻撃はしっかり避け、そして斬る!
今日の試合は柳韻先生に恥じないような戦いを!
◇◇ ◇◇
「今日はよろしくサ二人とも」
「くじ運が……くじ運が悪すぎます」
「個人的には楽しみヨ」
モンド・グロッソ4日目、行われる競技の名前は『チェイサー』。
内容は鬼ごっこだ。
ただし1VS1空中戦で、だが。
アリーナの中央にはロープで造られたピラミッドがある。
ピラミッドの内部は縦横無尽にロープは張り巡らされていて、機体によってはロープとロープの隙間を通れない場合が存在する。
ピラミッドの外で追いかけっこをしても問題ないが、基本的にはピラミッド内部での戦いになるだろう。
勝敗は三本先取制。
三分で攻守が変わる。
追う側は相手を手で触れば得点だ。
手以外で触っても意味がないので注意だ。
これは所謂スポーツ鬼ごっこをIS用にしたものらしい。
訓練の一環でやってみたが、鬼ごっこも障害物を設置して本気でやると面白いものだと知った希少な体験だった。
専用施設も存在しているようだし、いつか一夏と一緒に遊びに行くのも良いかもしれない。
「一回戦がドイツで二回戦目はトリーシャ、そして三回戦目にフェイで決勝戦が千冬。今日は楽しい一日になりそうサ!」
「アーリィーを降して千冬サンと戦うのはアタシに決まってるネ。ふふん、腕が鳴るヨ」
「山が……一位になるために越さなきゃいけない山が多すぎます」
今日の試合はトーナメント式で二ブロックに分けて戦う。
4回勝てば良いのだが、運が悪ければ強敵との連戦になる。
アダムズみたいにな……。
順当に勝ち進めば二回戦はアーリィーで三回戦は飛蘭と、とても羨ましい位置にいる。
「三人仲良くBブロックになれたのは神の采配サ。一人だけ違うけど……」
「せめて強敵同士で潰し合ってくれれば楽なのに、なんで千冬さんはAなんですか……」
「こっちとしては有り難い話ヨ。最後がラスボスなのはテンション上がるアル」
誰がラスボスだ誰が。
というかだな――
「そろそろツッコむべきか?」
朝の食堂で隣のテーブルに座る三人を睨み付ける。
私だけAブロックだからハブしてるのか?
Bの連中は随分と調子に乗ってるじゃないか。
「そう睨まないで欲しいサ。こっちは千冬に気を使ったサ」
「そうなのか?」
「だって千冬は私たちに嫉妬してるサ」
「……否定はしない」
アダムズとアーリィーは一番の当たり場所にいるからな。
飛蘭は小当たりだ。
それに比べて私はなぁ……。
「嫉妬してるって、まさか強敵と戦えないからとかそんな理由じゃないですよね?」
「そんな理由で嫉妬するのが千冬サンネ」
「えぇー?」
アダムズよ、そんな目で見ないでくれ。
だってしょうがないじゃないか。
Bグループは猛者の集まりなんだぞ?
モンド・グロッソの上位陣がほとんどBグループなので、気合を入れて試合に挑もうとしてた身としては若干肩透かしだ。
「私としては是非とも変わって欲しいところです」
「贅沢言うなよアダムズ。超える山が多いのは良い事だ」
「出来るだけ楽に勝ち進みたいんですよぉ……」
アダムズがぐてっとテーブルに頭を伏せる。
今日の競技も腕っぷしだけで勝敗が決まるものではない。
アダムズにも十分勝ち目があるんだが、どうにも弱気が目立つな。
彼女のサポーター達は苦労してそうだ。
「今日は私が一番出番が早いな。先に失礼する」
「油断して負けないように気を付けるサ」
「決勝戦で当たりたくないので準決勝くらいで負けてください」
「決勝で戦うのを楽しみにしてるネ」
意見がまとまらんなおい。
それとアダムズは何気に口が悪くないか?
◇◇ ◇◇
アリーナに飛び込んだ瞬間、大きな歓声が耳に届く。
『織斑様頑張ってーッ!』
『こっち向いてーッ!』
アリーナ内をゆっくり一周しながら観客に手を振る。
正直恥ずかしいしキャラじゃないのは分かっているが、このサービスも仕事なのだ。
……稼ぐって大変だな。
私が決められた定位置に着くと、今度は対戦相手のエラ・テイラーがアリーナに飛び出してファンサービスを始める。
そしてファンサービスを終えたエラがピラミッドの向こう側に降り立つ。
イギリス代表のエラ・テイラー。
ヨーロッパ勢をまとめるカリスマ性と高い射撃能力を持つ後方指揮官タイプだ。
運動能力はISを含め私が上だが、動きの読み合いが肝心なこの競技では油断すれば負けるだろう。
慢心はしない。
「ん?」
秘匿回線からの通知。
相手は私を睨んでいるエラ・テイラーから。
ふむ……私を敵視する理由も知りたいと思っていたし構わないか。
『こんにちは織斑千冬さん』
『試合直前に長話もあるまい。本題に入れエラ・テイラー』
相手の言葉に敵意を感じ、こちらも思わずキツイ言葉を返してしまう。
うーむ、私は短気なのかもしれない。
もう少し煽り耐性を鍛えるべきだな。
『……随分な上から目線。本気を出さずともわたくし程度余裕ということかしら?』
普通に生きてたらまず間違いなく関わりにならない育ちの良さを感じる。
しかし本気を出さないとはどういう意味だ?
決して不真面目に挑んでた訳じゃないんだが。
『私は常に真面目に戦ってるつもりだ』
『白騎士も持ち出さずによくそんな口を利けますわね。真面目に戦ってる? そんな不出来なISでモンド・グロッソに挑んでる時点で不真面目にもほどがありますわ!』
彼女の中では白騎士=織斑千冬だと確定しているらしい。
まぁ問われても私は否定するがな。
『大型プラズマブレードはどうしました? 荷電粒子砲は? 武骨なブレードと豆鉄砲しか使用してないのにそれが本気だと言うつもりですの?』
プラズマブレードと荷電粒子砲は白騎士の装備だ。
確かにそこだけ見ると今の私は本気を出してないように見えるな。
だがそれらは今の技術じゃ作れないんだよ。
束がレシピを渡してくれたら別だがな。
それよりも、だ――
『何を言いたいのかさっぱりだ。白騎士は私とは関係ない。それより私の機体を馬鹿にする発言は撤回してもらおうか。このISは日本の技術者達が力を集めて作ったもの。お前にとやかく言われる筋合いはない』
『――ッ!?』
おっといかん。
ISを不出来と言われて少しイラついて殺気を放ってしまった。
本当に短気だな私は。
『ふ、ふんッ! そのすまし顔も今日までですわっ! 白騎士が無い貴女など叩き潰してあげますから覚悟しなさい!』
『白騎士と私はまったく関係ないが、白騎士と戦いたいと言うなら頑張る事だ。私は白騎士より弱いだろうから、私に勝てなければ白騎士の相手など夢のまた夢だろうしな』
『この――ッ!』
白騎士は現存するISの中でもトップの機体だぞ?
束が手掛けたISと戦いたいなら、今の私に簡単に勝てなければ相手にならないのは道理だろ?
それにしても随分と白騎士に拘るな。
最初のISとして一部の人間に白騎士が人気なのは知っている。
彼女もそのタイプなのだろうか?
『……いいでしょう。えぇ、貴女という人間がよく理解出来ました』
本当の事を言ったのに何故こうも殺気立った眼で睨まれてるのか。
お嬢様も私と同じで沸点が低いのかもしれない。
『あったまきましたわっ! ボコボコにしてあげますわよ!』
『今日の試合は武器の持ち込みは禁止だし、故意に攻撃したら失格だが?』
『キィィィー!』
歯軋りして悔しがるって言葉がよく似合う表情だ。
エラがどんな理由で話しかけてきたのは知らんが、前哨戦は私の勝ちだな。
怒りのまま戦ってくれたら儲けものだ。
『これよりAグループ第一試合、織斑千冬VSエラ・テイラーの試合を始めます。選手は位置に着いて下さい』
丁度良いタイミングでアナウンスが流れる。
ピラミッドを挟んで私とエラの視線が交わる。
怒りに燃えた瞳だ。
良いな、こっちまで燃えてくる。
視覚の中にシグナルが現れる。
先行はエラ。
ランプが赤から青に変わる。
「そこを動くんじゃありませんわよっ!」
エラの叫び声がこちらまで届く。
動くに決まってるじゃないか。
真っ直ぐ進みピラミッドの内部に入る。
ロープとロープの隙間を通り上に向かって駆け上る。
エラも同じく上に向かう。
ここで真下に移動。
エラも釣られて下に行こうとするが、彼女の下にはロープがあり同じ軌道は取れない。
私はロープを掻い潜り地面に足を着ける。
この競技は童心を思い出すな。
まぁ子供の頃の私は可愛げなんて皆無だったが。
「このッ! ちょこまかと!」
怒りに支配されてるからか動きが雑だ。
本来ならもっと細やかな動きが出来るはずなのに残念だ。
だが同情はしない。
卑怯な手段や道理に恥じる真似はする気はないが、勝つ為にギリギリまで攻める。
もっと怒らせて視野を狭めさせるか。
エラの動きを予測――着地点は――なるほど。
右手でロープを掴み後ろに下がる。
「そこを動くんじゃありませんわよ!」
動きを止めた私になんの疑いもなく接近してくる。
だがその着地地点は私が罠を張った場所だ。
「これで――――んぎゅ!?」
手放したロープがエラの顔面にヒット。
この競技は武器の持ち込みと攻撃は禁止だがロープを使った罠はグレーゾーンだ。
文句があるなら委員会に物申してもいいぞ。
プライドが許すならだが。
この隙に私はまた上に向かう。
ロープの隙間を縫うように飛び、時にはロープを掴んで反動で駆け上る。
「待ちなさいっ!」
エラが細かな目のロープの隙間を無理矢理通って向かってくる。
最短距離だろうが、それはあくまで距離だけだ。
もっと他のルートもあるだろうに。
冷静沈着な狙撃手のイメージがあっただけにビックリだ。
私はそのまま一度ピラミッドの外へ。
遮蔽物の無いの外で逃げ回る手もあるのだが、ただの追い掛けっこは観客から見れば楽しくないだろ。
なので私は地面近くまで高速で移動しまたピラミッドの中へ入った。
「また下ですのっ!?」
イライラを隠さないエラの様子に少し申し訳ない気持ちになる。
もっと正々堂々とした勝負にするべきだったかもな。
モンド・グロッソ最終日、もし相対したらその時は真正面から戦おう。
「くっ、時間が――」
残り3秒。
私とエラの距離は直線距離で3メートルほどだ。
「こうなったら――ッ!」
エラが真っ直ぐ突進してくる。
私との間にあるロープを無視した勢い任せの攻撃だ。
「残念だが」
「届けッ!」
「それでは届かない」
キリキリと軋む音を出しながらエラのISにロープが食い込んでいる。
だがそれでもエラの指が私の目の前で止まった。
『1ターン目終了。両選手は定位置まで戻ってください』
「もう少しでしたのに!」
アナウンスが流れエラが荒ぶる。
うん、顔が綺麗だからどんな表情でも絵になるな。
ウェーブした長い金色の髪と青い瞳。
素直に綺麗だとそう思える人物だ。
「はいっ!?」
「ん? どうした?」
赤かった顔がますます赤くなっているな。
怒りが頂点を越したか?
「綺麗って……綺麗って言いました……?」
あぁ、口に出してしまったか。
試合中にそんなふざけた事を言えば火に油を注いだも同然だな。
「そ、そんな誉め言葉でわたくしが許すとお思いですのっ!?」
「いやすまん。つい口に出てしまった」
「つい!? ついですの!?」
む、この言い方だとまるで試合に集中していなかった様に聞こえるか。
言葉には気を付けないといけないな。
怒らせてエラの集中力を乱すのは戦略の一つだが、必要以上にするのは趣味が良くない。
変な誤解をされないように、もっと真摯な言い方にするべきか?
「次は私の攻撃だ。エラ、私が本気でモンド・グロッソに挑んでる事は戦いの場で証明しよう」
「っ!? えぇ、期待してますわよ!」
何処かに驚く要素があっただろうか?
まぁ無視して問題ないだろう。
エラを放置して自分の定位置に戻る。
遠目で彼女がのそのそとロープから脱出してる姿が見えた。
なんだろう……覇気がないな。
私の失言で怒りが消えたか?
――私だったら試合中に相手が綺麗だとか言ってきたら怒りに震えると思うんだが、彼女は逆のようだ。
まぁ人の怒りポイントはそれぞれか。
互いに決められた立ち位置に立つ。
シグナルが青に変わった。
エラは真っ直ぐ進みピラミッド内部に入った。
それを見届け私も内部に入る。
入る振りをするフェイントがあると思ったがそれはなしか。
それをされると時間を稼がれるから嫌だったんだが、エラはそんな小細工はしないらしい。
こちらとしてはありがたいな。
私は鬼ごっこだからと言って手は抜かない。
っというか、相手に手で触れれば良いというのは少々ぬるい思うのだ。
最終戦はガチバトル。
出来るだけ勝負勘は鈍らせたくない。
だから今日の競技は全部手刀でいくことした。
逃げるエラの背を追いピラミッドの中を走り回る。
動きは単調でフェイントなどの駆け引きはなし。
これなら単純にスピードが勝る私が有利だ。
「はあっ!」
「きゃっ!?」
横殴りの腕がエラの顔近くを通り過ぎる。
躱されたか。
チッ、想像以上に反応が良いな。
「今の攻撃ではありませんの!?」
「そう見えたか? 気のせいだ」
攻撃のつもりはない。
指の先、中指の先端が当たるように調節してるからな。
「さぁ、覚悟してもらおうか」
「んひゅ」
なんか変な声が漏れてるが大丈夫か?
「卑怯ですわ! そんな顔を見られたらわたくし――」
いや顔とか言われても困るんだが。
まぁ隙だらけだからどうでもいいか。
「せいっ!」
「ぷぎゃ!?」
私の指先がエラの鼻先をかすり、取り合えず1ポイントだ。
残り2ポイント、この調子で行こう。
エラちゃんは白騎士ガチ勢。
あの日見た白い騎士の姿は一生忘れない!
中身に興味はない、はずだった――
モンド・グロッソ表
試合前
「白騎士持ってきてないとか舐めプだよなぁ?(意訳)」
「白騎士とは知りませんね(すっとぼけ)」
試合中
「さぁ、覚悟してもらおうか(イケメンスマイル)」
「んひゅ(扉が開いた)」
モンド・グロッソ裏
試合前
「オレサマ、オマエノシリ、マルカジリ(全力ダッシュ)」
「二ヤァァァァァ!(全力ダッシュ)」
試合中
「…………(無言のアルカイックスマイル)」
「…………(無言のレイプ目)」