俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ 作:GJ0083
〇熱い女たちの戦い
ブラジル代表の背中を追う私の耳に、キシキシと機械が軋む音が聞こえる。
「――ッ!」
私から逃げようと無茶な軌道を取ろうとすると、その音はより一層大きくなる。
彼女のISは関節部分が硬すぎる。
手刀で彼女の胴体を狙う。
向こうはそれに気づいて避けようと動くが回避行動が間に合わない。
これで詰みだ。
チッ
胸の装甲を掠った音は、まるで彼女の舌打ちの様だった。
二回戦の相手はブラジル代表。
女性軍人であり鍛えられた戦士だ。
だが悲しいかな、彼女はモンド・グロッソで勝ち上がる事は出来ない。
何故ならISの完成度が余りにも低いからだ。
国の威信を掛けたIS開発であるが、アメリカや中国などに比べれば開発費は潤沢とは言えず、限られた資源で作られた機体はお世辞にも高性能とは言えない。
ブラジルは未だ第二次世界大戦時の兵器が現役だと噂に聞いたが、金欠具合は本当のようだな。
願わくば全力の彼女と戦いたかった。
そう思いながらも私はブラジル代表を撃破して3回戦に進んだ。
「お疲れ様です千冬様。タオルをどうぞ」
「……あぁ、ありがとう」
ハンガーでISを解除して廊下に出るとそこにはエラが待ち構えていた。
付き返すわけにはいかないのでタオルで顔を拭く。
「タオルは洗って返す」
「いえ、こちらで処理させて頂きます」
エラに笑顔には断ることが出来ない圧力があった。
なので大人しくタオルを渡す。
さて、二回戦目を突破したのは良いが、私には今とても大きな問題がある。
イギリス代表のエラ・テイラーに何故か懐かれたということだ。
「午後までお時間が空きますが、千冬様の予定はお決まりですか?」
「特に予定はないな」
全四試合中、1回戦と2回戦が午前で午後から準決勝と決勝という日程だ。
Bグループの試合とお昼休憩が間に入るので、これから2~3時間は体が空く。
やる事と言えば試合前にせいぜい体を動かすくらいだな。
「良ければお昼をご一緒しませんか? せっかく知り合えたので是非ともお近づきになりたいですわ」
「あぁ、構わんが……」
「嬉しいですわ!」
エラが嬉しそうに私の腕を取る。
どうしてこうなったんだろうな?
私の想像の中の神一郎は大層お怒りだ。
束はあれだ、怒った振りをして神一郎でどうやって遊ぼうか考えてるだろうな。
もしくは遊んでる最中だ。
このまま放置、は流石に不味いか。
「千冬様はお昼は何を召し上がりますか? わたくしのおススメはトルコ料理ですわね」
そこはイギリス料理じゃないんだな。
いやそうじゃない。
昼飯はどうでもいいんだ。
問題は束と神一郎だ。
――丁度トイレが目に入る。
気配を探ってみるが中に人の気配はない。
「すまないエラ、トイレに寄るから先に行っていてくれ」
「それではお先に失礼しますわ。千冬様、またお昼に」
「あぁ、またな」
エラを先に行かせ私は一人トイレに入る。
中は無人で静かなもんだ。
一番奥の個室に入り、壁に背を預け目を閉じる。
「束、神一郎、聞こえるか?」
これで返事がなかったら私はただの変人だな。
『聞こえてるよちーちゃん。あのイギリス女と腕を組んで私に見せつけるなんて、もしかして私に見せつける事で嫉妬を煽ってるのかな?』
「理由はわからんが、ただの気まぐれだろう。それより神一郎はいるか?」
『いますよ。俺が今どんな状況が知りたいですか?』
「本当にすまなかった」
取り合えず謝罪した。
恥はあるがトイレの個室で謝罪した。
『誰が対戦相手を落とせって言ったよ? もしかして俺に対して遠回しに嫌がらせしてんの?』
「いや、そんなつもりはない」
個人的には親しくなるつもりは皆無だった。
プライドを刺激して怒らせ、試合に勝ったら懐かれるなんて誰が想像できる。
『千冬さんに俺の苦しみが分かるか? 猫耳ブルマのコスプレして女豹のポーズをする成人男性の苦しみが分かるのかコラッ!?』
ただただ哀れだな。
私に非はないが、申し訳ない気持ちはある。
『無人のトイレでこっそりと連絡してくるちーちゃん。なんかイケない関係みたいでちょっぴり興奮するね!』
『そして今はコスプレしたまま貴女の親友を背中に乗せてるんですが!』
それは知らん。
自分でなんとか頑張れ。
『尻尾が直結式だったので土下座してベルト式に変えてもらったのは良かったけど、下手したら千冬さんの所為で俺は処女を失ってたんですよ!?』
『泣きながら脚にすがりつくしー君を蹴り飛ばすプレイは正直興奮した』
『これだもんよー!』
『だってあのイギリス女を守るためになんでもする言ったのしー君じゃん!』
『あんな理想的なお嬢様キャラに永久脱毛を施そうとするからじゃん!』
何が引き金になったかは自分でも分からないが、私はエラに懐かれた。
その事に束が怒りエラを害そうとし、それを神一郎が体を売って止めたということだ。
良くやったと褒めてやろう。
『いいか束さん、あのツンデレ金髪お嬢様はレアキャラなんだ。だから手を出すな』
『たかがレアでしょ? レジェンドである私の足元にも及ばないキャラじゃん。そもそもさ、しー君はなんでアレの味方するの? 友達である私に協力するのが普通だよね?』
トイレで電話するという慣れない環境である為、私はいつになく口数が少なくなっている。
だから二人の会話に中々口が挟めない。
トイレの中で電話するって変な気分だな。
『本音をブチかましましょう。俺は金髪ツンデレお嬢様と黒髪クーデレ生徒会長の絡みが見たいんだ!』
『すっごく自己中心的な理由だった!?』
その黒髪クーデレ生徒会長って私の事か?
言葉の意味は知らないが、たぶんろくでもない言葉だな。
『怒鳴ったりしましたが、実はそこまで怒ってません。むしろよくやっと褒めたい。良いよね、美女×美女の絵面。俺、千冬さんが女の子とラブってる姿を見れるなら多少の暴力は耐えられます』
「おい、私に変な属性を押し付けるな」
『だって千冬さん重い出生の秘密があるじゃん。どうせ男と付き合ったって、自分が幸せになっていいのか? もし子供が出来たらその子は自分と同じ化け物じゃないのか? そんな事をグダグダ悩むんでしょ? だったらもう女の子同士でいいじゃん。子供は養子でいいじゃん。それでみんな幸せじゃん』
悔しいが言い返せない!
未だに異性に恋などしたことはないが、客観的に見えても私は絶対に悩むと断言できる。
子供を産むなんて盛大に悩みまくるのは確実だ。
『もう私とちーちゃんは運命の赤い糸が絡み合ってると言っても過言じゃないね! しー君は私とちーちゃんのラブラブっぷりを眺めてれば良いよ!』
『や、束さんのヤンデレ芸に若干飽きてきたんだよね』
『ヤンデレ芸っ!?』
確かに束の反応に対しては“またか”って気分になるな。
エラの件で束は怒ってるみたいだが、実はそうでもないはず。
何故なら学生時代にもエラの様な慕い方をする女子が居たからだ。
今更相手を排除しようと怒るはずがない。
だから神一郎の“芸”と言う言葉は間違ってはいないな。
まぁそれは神一郎を騙す為の芸なんだろうが。
あまり甘やかすなよ神一郎。
束は見かけより冷静だぞ。
『っていうか、なんか束さんてヤンデレと違う感じがする。言葉にすると面倒な女? 横から見てても千冬×束ってあんまり尊い感情が起きないんだよね』
『面倒な女っ!?』
『俺が求めるのは束さんだけの幸せじゃない。千冬さんにも幸せになって欲しいんです! そう、織斑千冬の人生に登場する攻略キャラが微妙なヤンデレ幼馴染だけなんてもったいないじゃないですか!』
何か変な方向持っていこうとしてるな。
少し様子見で。
『微妙言うな! それにちーちゃんの人生はすでに束ルートに入ってるもん!』
『織斑千冬のスペックを考えればもっとイケるはずだ! 思わせぶりな態度で攻める副会長、素っ気ない態度だけど忠誠心溢れる忠犬系会計、生徒会長に憧れを持つ引っ込み思案な後輩庶務、そして会長をライバル視するツンデレお嬢様な書記、この素晴らしい人材を逃す手があるか? いやない!』
『あの――』
『もちろんそこにはヤンデレ幼馴染も入れます!』
凄いな、束が押され気味だ。
しかし参ったな……神一郎のセリフは理解したくないけど微妙に理解出来てしまう!
百合ってやつだろ? 知ってる知ってる。
学生時代に聞いたことがあるからな。
登場人物はアリーシャに飛蘭にアダムズ、それと束とエラか。
今すぐにでも神一郎の口を塞ぎたい。
だが神一郎の狙いが微妙に分かってしまって邪魔しづらい。
……今後の生活を考えると、今この瞬間の不快感は我慢するべきだな。
『俺は千冬さんが多種多様の花の蜜でドロドロになる様が見たいんだッ!』
『――くっ! 少し有りだと思ってしまった自分が憎い!』
『恋多き千冬さんはお嫌いかい? 千冬さんは多くの女性と浮名を流し、時々束さんの元に戻ってくるんだ。そして束さんにこう囁く――“お前だけは特別だ”ってね』
『そんなちーちゃんも大有りだと思いまふ!』
『背中に乗ったまま鼻血はヤメロ! 俺の背中がスプラッター!?』
束を背中に乗せたまま語ってたのか。
それにしても神一郎も大概おかしいよな。
なんで背中に束を乗せたまま語ってるんだよ。
『果たして束さんは千冬さんの魅力を全て引き出してると言えるのか! 俺は否だと思う!』
『私では不満と申すか!?』
『見てる方が飽きるんだよバカ野郎っ!』
『……別にちーちゃんに飽きられなければいいもん』
ふむ、神一郎の言い方には非常に不満があるが、私にとってそう悪い話ではないな。
もし神一郎の言い分が通れば、束を気にせず友人関係を構築する事ができる。
誰かを気に入ったり、逆に気に入られたりしても、束の顔色を伺う必要がなくなる。
国家代表として表に出て交友関係が広がると想定すると、心配事が減ってありがたい。
『千冬さんの違う一面を見たくないのかッ! 強気な副会長を壁ドンで攻める千冬さん、生真面目な会計をイケメンスマイルで惚れさせる千冬さん、そんな千冬さんが見たくないのかッ!?』
『見たい! でも全部の顔を私だけのものにもしたい! 大丈夫、私だって良妻系幼馴染とか科学部のマッド部長なんかは演じれるもん!』
『養殖じゃ天然には勝てないんだよ! 養殖臭いと指を刺されたくなければやめとけ!』
『ちくしょう!』
ふと冷静に考えると、私はトイレに籠って何をしてるんだろな?
さっさと昼飯食べたい。
『束さんが千冬さんを愛してると言うなら、千冬さんへの束縛を緩めるべきだと思う。最終的には束さんの元に戻ってくるんだし、少しの火遊びは許容するのがイイ女ってものでは?』
『ぐっ……むぐ………むむむー!』
なんで二人はこんなくだらない事で言い争えるのか不思議だ。
期待されても私はそんな不埒な道は歩まんぞ。
『……ちーちゃん!』
「なんだ」
『肉体関係は認めません! あくまでプラトニックな関係だけ許可します!』
『えぇー? それじゃ蜜でドロドロになる千冬さんを見れないじゃん』
『お黙り!』
『あいたっ!』
『ちーちゃんをドロドロにしていいのは私だけです!』
私は誰のものにもならん!
って叫びたいけど外の廊下に人が歩いている気配があるので黙る。
場所をトイレにしたのが間違いだったか?
自室に戻っておけばよかったかな。
『まぁ束さん的にはそこが妥協点か。でもそれで十分かも……感謝の言葉はいらないよ千冬さん。ただこれからの百合展開に期待してるとだけ言っておく』
神一郎は百合展開が起きる事を楽しみにし
束は見たことがない私の違う一面に期待し
私は交友関係を邪魔される心配がなくなる
意外と綺麗にまとまったか?
ただ束が聞き分けが良すぎるのが心配だ。
真意が読み取れないんだよなぁ。
まぁなにかあっても真っ先に被害を被るのは神一郎だし大丈夫か。
『ちーちゃんが他所の女にちょっかい出されて心が荒れたけど、まだ見ぬ未知のちーちゃんの魅力が見れる可能性があるので今日の所は見逃します』
「そうか。ではさらばだ」
用が終わったらさっさと会話を切ろう。
ただトイレに籠るのは精神的に良くない。
『あいあーい。またねーちーちゃん』
『ぐっ……四肢が限界だ……じゃあね千冬さん、百合展開マジで期待してます』
神一郎はあれだな、私の為とか束を止める為とかじゃなくて、本気で女同士の恋愛云々に期待してるな。
声から本気しか感じない。
なんかもうどっと疲れた……。
◇◇ ◇◇
今日の日程は午前中に第一試合と第二試合、午後から第三試合と決勝だ。
束たちとの会話を終えた私は自室に戻ってからシャワーを浴び、エラとの約束通りこうして食堂に来た。
色々と用を済ませてる最中に他の選手達の試合も終わったらしく、食堂は多くの人で賑わっていた。
しかし私の周りだけは静かだ。
誰しもが遠目にこちらを見ている。
「千冬様はわたくしとご一緒するんです。貴女方は別に場所に行って下さらないかしら?」
「千冬は別にアーリィーたちと一緒でも良い思ってるサ」
「そうなのですか?」
「あー……別に全員一緒でいいんじゃないか?」
私に腕にしがみ付くエラとそれをニヤニヤしながらからかうアーリィー。
そしてアーリィーの後ろで冷たい笑みを浮かべる飛蘭と不機嫌な顔を隠さないアダムズ。
エラと合流した私はアーリィーたちとばったり出くわした。
次の瞬間には私の腕を掴んで睨むエラと、オモチャを見つけた猫の様なアーリィーの掛け合いが始まった。
飛蘭の怒りの理由は不明。
単純にエラが気に食わないのか、それともイギリス人が嫌いなのかは分からない。
アダムズはたぶん舐められないようにロールプレイ中なのだろう。
いつもと違い強気な姿勢だ。
「千冬様はわたくしと二人で静かな食事が良いですわよね?」
「分かってないサ。千冬は口では“うるさい”と言いつつも、周囲が楽しそうに会話しながら食事してるのを見て頬を緩ますタイプなのサ」
どっちが正しいかと言われればどっちも正解だ。
普段なら前者だが、親しい人間が集まった場なら後者だ。
今の気分は部屋に戻って一人で食べたい、だがな。
「まったく、野良猫と野良犬と狸がうるさいですわね。少しは空気を読んでくれませんこと?」
「野良猫はアーリィーのことサ? 猫は好きだから誉め言葉サ」
「ならアタシが犬ネ? そこはせめて番犬と言って欲しいアル」
「ン? なら狸がワタシか? おいおい喧嘩売ってんのかオマエ?」
「アメリカ代表の素の性格がチキンだということは政府の調べて知っていますわ。あまり無理しなくてもよろしいですのよ?」
「…………ソデスカ」
まずは一人負けたな。
アダムズがすっとアーリィーの後ろに隠れた。
自信満々のロールプレイが見破られてたら恥ずかしいよな。
「それで番犬さんはどうしてわたくしを睨んでいるのかしら? こうして話すのは初めてですわよね?」
「弱者の分際で千冬サンに媚びてる姿が見苦しいからアル」
おおっと飛蘭が正面から喧嘩を売った!
「貴女こそ初日から千冬様に媚びを売ってた気がしましたが、わたくしの気のせいかしら?」
「媚びではなく自分がどれだけ使えるかの売り込みヨ。まぁ千冬サンと殴り合いも出来ない雑魚には関係ない話しアル」
「なるほど、貴女は千冬様を敬愛してますのね。なら安心していいですわ。わたくしは千冬様を愛してるだけですので」
「目指す立ち位置が違うということアルか。了解したネ」
二人は固い握手をかわした。
なにがあってどう通じたお前たち!?
「アダムズを降しフェイとは友好を結んだか。だがアーリィーはそう簡単に負けないサ!」
「では行きましょうか千冬様」
「っておい!」
「貴女は反応するほど喜びそうなので無視することにしました」
「あ、ちょっ!?」
エラが私の腕を掴んで歩き出す。
その対応は正解だ。
うん、エラの勝ちかな。
取り合えず6人掛けのテーブルを確保して各々料理を取り行く。
「千冬様は何を召し上がりますか?」
確かエラはトルコ料理を押していたが、トルコ料理はケバブくらいしか知らないんだよな。
世界三大料理と言われてるんだからハズレはないだろう。
しかし今の私は米が食いたい。
この面倒な空気から逃げる為にも、味と量と食べやすさが揃ってるものいいな。
……丼物こそ私が求めるものだ。
「私は食べ慣れてる日本料理にしておこう」
「それは残念ですわ。ですが母国の料理を食べたい気持ちは理解できます。トルコ料理は機会があれば是非とも挑戦してみてください」
「そうしよう」
「では後ほど」
自分が好きな料理を相手に進めるのはアピールの一種だったか?
本当に何故こうも懐かれてるのはわからん。
エラと別れて一人で向かう先は慣れ親しんだ日本料理の店が並んでる一角。
私が向かった先は牛丼屋だ。
「牛丼特盛生卵豚汁付きで」
「あいよ」
威勢の良いオジサンに注文を頼む。
良いな牛丼。
牛肉と玉ねぎのみシンプルな構成でありながら、暴力的なまでの匂いと間違いないと確信させる見た目。
全力で『米に合うに決まってるだろ!?』と訴えてくる。
今日一番の癒しだ。
牛丼を乗せたトレーを持ってテーブルに向かうがまだ誰も戻って来ていない。
流石は牛丼。
早い美味い安いの完璧な食べ物だ。
「千冬サン、そこじゃダメよ」
テーブルの端に座ろうとすると、いつの間にか戻って来ていた飛蘭から待ったの声。
もしかして座る場所って決まってたか?
「千冬さんはココよ」
「ここか」
そして真ん中に誘導された。
まぁ別に構わない――
「隣失礼するネ」
「なら自分はこっちで」
「前失礼しますわ」
やっぱり構う! いつの間に揃ったんだお前たち!?
流石は国家代表達だ。
静かに近付いてきて実にスムーズな動きで私を包囲してきた!
右に飛蘭で左にアダムズ、そして正面にエラ。
アーリィーはエラの隣でニヤニヤと状況を楽しんでいる。
もう逃げられないなこれ。
「千冬様のそれはなんですの?」
「牛丼だ」
「まぁ! それが牛丼ですのね。実物は初めて見ましたわ」
「織斑さん、それってもしかして生卵ですか?」
「そうだ」
「日本人が卵を生で食べるって本当だったんですね!?」
「中国にあった日本のチェーン店で食べたことあるヨ。素早く食べれて腹持ちが良い料理アル」
大人気だな私! いや食事をさせてくれないだろうか?
箸を持った右手がさ迷ってるの見てニヤニヤ笑うアーリィーを殴りたい。
そうだな、こういった状況は逆に楽しまなければ乗り切れないだろう。
別に気を使う間柄ではないんだ。
私も少し積極的に喋ろう。
「そういえばアーリィー、アダムズの試合に勝ったのはいいが随分と苦戦したみたいじゃないか」
「三本先取制で助かったサ。五本先取なら負けてたかもサ」
「一戦ごとにアダムズの動きの読みが深くなっていったな。あれは見事だった」
「実は最近心理学も学んでまして、相手の性格から思考パターンを読んだりする練習をしたんです」
「わたくしも心理学を学びましたが、戦ってる最中にその知識を生かして相手の行動を読むのは難しいですわ。その点は流石アメリカ代表ですわね」
「そうですかね? えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」
(や、そう簡単に褒めて良い事じゃないサ。最後の方は狩られる獣の気分だったサ)
(試合を見てたが、じっとアーリィーを観察して少しづつ追い詰める姿は狩人のそれだったな)
(対戦相手がアタシじゃなくて良かったアル。出来るだけ手の内を見せたくないヨ)
朗らかに笑い合う二人を他所に、こちらはヒソヒソと会話を交わす。
狙撃型のエラはたいして気にしないだろう。
だがバリバリの近接型である私たち三人には笑ってはられない。
個人的に言えば経験を積んだアダムズと戦うのは楽しみである。
しかし優勝を目指すなら一発逆転がありそうで怖い相手なのだ。
「アーリィーさんに負けて二回戦敗退……もう優勝は無理ですね」
「アタシも似たようなものヨ。今日負けたら明日の競技と最終日のトーナメントしかないアル。しかも二日とも千冬サンが負けてくれることが前提ヨ」
「こっちも得点に余裕があるわけではないから油断できないサ。全ての試合で上位に食い込んでるのは千冬だけサ」
なんか流れが想像してない方に行った。
本人前にその話題のチョイスはどうかと思うぞ?
あ、今の内に食べればいいのか。
やはり牛丼に卵は正義だな。
「わたくしも同じですわ。イギリス代表として最後まで戦い抜く所存ですが、アリーナという限られた空間で千冬様と一対一では勝ち筋が思い浮かびませんわ」
「背中の隠し腕で牽制の射撃をしつつ狙撃……いや、その程度の弾幕では千冬サンは止められないアルか」
「あれ? テイラーさんて近接格闘も出来ますよね? 射撃しかできないと思わせて、近寄らせてからカウンターとか――」
「それはわたくしの切り札ですわ!?」
「へぇ? こっちの調べではそんな情報はなかったサ。流石はアメリカの情報機関サ。で、なにを修めてるサ?」
「んー? 筋肉の付き方を見るに蹴ったり殴ったりではないアル。となると擒拿術に似たものネ? 関節技が主体と見たアル」
「もちろん内緒ですわ! いいですわね!?」
「りょ、了解しました!」
エラが身を乗り出してアダムズを威嚇する。
そうか、エラは近接格闘もできるのか。
今日の試合ではそれらしい片鱗が見えなかったが――
「それにしては今日の試合はお粗末じゃなかったサ? 正直言って近付かれてからの動きは素人レベルだったと思うサ」
「関節主体で学んでるなら有り得る話ヨ。聴勁という太極拳の技があるネ。それは肌から伝わる微細な振動で相手の動きを先読みする技アル。たぶん組み合ってからが本番アル」
「なるほど、触られたら負けの試合じゃ実力を発揮出来なかったと。エラ、ドンマイサ」
「何気ない会話からこちらの切り札を読もうとしないでくれます!? もちろん黙秘しますわ!」
エラの身体はモデル体型と言えばいいのか、細くスラっとしている。
殴る身体ではない。
飛蘭の読みが正しければ、関節技もしくは寝技が武器なのだろう。
イギリス人で関節技かもしくは寝技を学んでいる――。
ふむ、レスリングとかか?
それはそれは、エラとやり合うのが楽しみな話だな。
「これ以上腹を探るのは流石に可哀想だから勘弁してあげるサ。それでフェイ、お前が千冬を倒すならどう立ち回るサ?」
「アタシなら短期決戦で挑むアル。一撃必殺隙をつけの精神ネ。長引けば不利になりそうだし、小手技は通じなさそうアルから」
「あー、それは分かるサ。正直アーリィーも似たような作戦サ」
「殴り合いで千冬様を降す気ですの? 無茶と言うか無謀と言うか……」
「自分は絶対に真似したくありません。織斑さんと殴り合いとか正気じゃないです……」
あれ? なんか牛丼に夢中になってる間に織斑対策会議始まってる気がする。
ここで私に手の内を明かすメリットはないよな。
さては心理戦か? ここで私に聞かせる事で揺さぶりをかけてるのか?
普通に有り得そうだ。
だが残念だな。
心理戦の類は実は得意なんだよ。
よく馬鹿二人を相手にしてるからな!
「ならトリーシャはどんな作戦を考えてるのサ」
「持久戦です。パワーやスピードなどの身体能力や戦いの経験値、それらは全て負けてます。なら私はISの性能に頼ります。アメリカで作られたISは世界一ですから」
「ISに頼りっきりとは違いますわね。自分の愛機に対する絶対の自信でしょうか? 少し見直しましたわ」
「確かに“クリムゾン・ホーン”は良い機体サ。そこに勝機を見出すのは悪くないサ」
「射撃戦に格闘戦に持久戦、戦い方といっても色々あるネ。千冬サン的にはどれが一番嫌な相手アル? ……千冬サン?」
ん? あぁ、私に聞いてるのか。
「すまん、豚汁に夢中で聞いてなかった」
「「「「…………」」」」
お椀から顔を上げると冷たい目が8つ。
束と神一郎相手に覚えた“目の前の事に集中して話をわざと聞かない作戦”は不評らしい。
やはり豚汁には里芋だよな。
味噌汁に里芋はイマイチ感があるのに、豚汁だと必須に感じる不思議について考えていたよ。
「千冬、それはないんじゃないサ?」
「あからさまに面倒なやり取りだったんでな、食事に集中する事で聞かない様にしていた。そんな訳でご馳走様だ」
最後に残った汁を一気に飲み干し手を合わせる。
「で、もう一度最初からやるか?」
そう言って笑ってみせると、みんなの冷たい目が元に戻った。
「聞かない事で心理戦の類を無視するとかノリが悪いサ」
「面倒は無視するに限るが持論だ」
「むぅ、こういったやり取りはまだまだですね。自分の情報を少し出して相手の情報を多く集める。そういった狙いだったんですが、まさか会話拒否なんて手があるなんて――」
「普通なら気になって聞いてしまう場面なのに、それを無視するとは尊敬するネ。流石は千冬サンアル」
「えぇ、その精神力は尊敬に値しますわ」
まさかのべた褒めでビックリだ。
こっちは面倒だから黙ってただけなんだがな。
「ところで千冬の次の相手はカナダだけど、勝率はどんな感じサ?」
「奥の手の有無によるが、現時点の戦力差だけの話なら問題ない」
「問題なしですか!? アリアさんすっごく強いですよ!?」
「アダムズは彼女の事を知っているのか?」
「はい、何度か手合わせしたことがあります。体捌きなんか凄く綺麗で動きに無駄がない人です」
「アリア・フォルテですか、確かディフェンドゥーの使い手ですわね」
「そのディフェンドゥーってなにサ?」
「軍人用マーシャルアーツの源流の様なものですわ」
「日本でいう古武術アルか。それは殴り合い楽しそうネ」
「物騒すぎません!?」
「「わかる」」
「こっちも!?」
「わたくしは理解できないですわ」
物騒とは失礼だな。
国家代表たるもの未知の武術に興味が湧くのは良い事だろ?
「だが残念ながらお楽しみはおあずけだ。今日の競技では正面からの殴り合いは出来ないからな」
「まったく今日の競技はだるいサ。本当だったら最高に楽しいのに」
「ふふっ、そんな目で見られても困るアル。こっちだって我慢してるネ――」
「相思相愛で嬉しいサ。でもアーリィーに興味を持ってたのが意外サ。てっきり千冬以外には興味がないのかと思ってたサ」
「メイン前の前菜アル。千冬サンを相手にする前に美味しく食べてあげるネ」
「前菜でお腹いっぱいにならないよう注意するサ」
獰猛な笑みを浮かべながら笑い合う二人。
楽しそうでなによりだ。
「やっぱり戦う人間としてあれ位のメンタルが必要なのでしょうか?」
「アレは生き物として別物ですわ。わたくしや貴女はクレバーに戦えばいいのです」
はてさて、私の相手はどちらになるのか。
どちらでも楽しめそうなのでどんど来いだ。
なんて余裕ぶってる訳にはいかないな。
まずは次の試合だ。
カナダ代表アリア・フォルテ、全身全霊で当たらせてもらおう。
彼らの脳内
猫耳ブルマコスプレで背中に女性を乗せてる男子小学生→「金髪ツンデレお嬢様と黒髪クーデレ生徒会長の絡みが見たいんだ!(千冬さんの周囲に百合が増えれば千冬さんも目覚めるかもしれないし、見てる分には幸せに気持ちになれるので俺には損はない。ここはなんとしても束さんを説得しなければ!)
コスプレ小学生の背中に乗ってる天災科学者→「ちーちゃんの人生はすでに束ルートに入ってるもん!(しー君め余計な事を! でもここは乗るべきかな? 昔と違ってちーちゃんといつでも一緒って訳じゃないし、遠距離から束縛しすぎたら嫌われるかもだもんね。女遊びを覚えたちーちゃんにも興味があるから悪くないね! ちょっとゴネてしー君に借りを作ってから流れに乗っとこっと)
トイレの個室で電話する世界最強→「さっさと昼飯食べたい。(さっさと昼飯食べたい)」