俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ 作:GJ0083
昼食後、私は四人と共にトレーニングルームに来ていた。
腹ごなしと試合前のウォーミングアップが目的だ。
すでに試合を終えたアダムズと、ついでに自分も体を動かしたいという飛蘭が相手になってくれいる。
「ふっ!」
「そこ!」
飛蘭の拳を右手で受け流し、アダムズの攻撃を左手で防ぐ。
「ふん! はぁ!」
「えいっ! とやぁ!」
次々に繰り出される攻撃を捌き防ぐ。
近接格闘の練習にもなるしウォーミングアップとしては文句はない。
だが飛蘭の様子がおかしい。
と言うのも、先に飛蘭が動き、その型を真似てアダムズが動くのだ。
飛蘭は微妙に嫌そうな顔だ。
どうもアダムズが勝手に飛蘭の動きの練習をしている様だ。
「アダムズ、私のウォーミングアップなんだから真面目にやれ」
「でもせっかくの機会ですから少しでも勉強しときたいんです。えっと、ここでこうで――あ、拳の握り方が違うんですね。強く握りこむんじゃなくて軽く握る感じで――こう!」
「本来ならアタシのウォーミングアップでもあるはずなのに、いつの間にか教える立場アル。中国拳法はよくある闘拳と違って拳の握り方の種類が多いネ。殴る場所によって適格にダメージを与える拳の型が存在するヨ」
「はい! でも慣れない筋肉を使うので指が攣りそうです!」
「なら蹴るアル」
「ラジャー! とうっ!」
「おっと」
アダムズの蹴りを丁寧に受け流す。
気の抜ける掛け声だが威力は馬鹿に出来ない。
なんだかんだで身体能力が高いからなコイツ。
「って千冬サン、それ化勁ネ」
「あぁ、便利そうだから真似させてもらった」
「……私の修行の日々」
そんな悲しそうな顔をされても困る。
だってこれ、束と殴り合いになった時に便利そうだったんだよ。
勝手にパクってすまない。
「こらフェイ! 千冬とトリーシャを強くしてどうするサ!」
「素敵ですわ千冬様~!」
ちょっとまて飛蘭、関節は狙うな。
試合前だぞ私は。
そしてアダムズは真似をするな。
それ普通に殺し技だぞ。
「拳で関節を壊す方法もあるネ! 握りこう! で、肩や膝を狙うアル!」
「ラジャー!」
なんか自棄になってる感があるぞおい!
そんな物騒な技を教えるな!
「おい、まて――」
二人のラッシュがどんどん勢いを増す。
これ私を練習相手にしてないか?
「少し落ち着け」
「……おう」
「……え? なんですこれ?」
二人の指を自分の指で挟む事で動きを止める。
「刹那のタイミングで指を絡めるとは流石は千冬サン」
「指が、手が動かない……」
「指取り……近年のスポーツと化した格闘技では使わない技ネ。元来指を破壊するのは戦いの上でとても有効アル。極める、外す、折るなどで指を破壊されればそれは負けたも同然ヨ」
「ちなみにここで捻りを加えると――」
「いったぁぁぁ! 痛いヨ千冬サン!」
「無理! この痛みは無理です!」
捻り上げると二人がジタバタと暴れる。
少しは反省しろまったく。
「これは逃げるが勝ちネ!」
「お?」
飛蘭が肩を回したことで私の指を押さえてる力が少し緩まった。
その隙にするりと逃げ出す。
やはり技の外しかたも熟知しているか。
「今のどうやったんです!? 教えてください!」
「見てなかったアルか? なら秘密ネ。だってトーナメントで戦うことになったら関節技使うかもアル」
「痛みで見てる余裕なかったんです! ちょっ! 痛いです――ッ!」
「仕方がないな」
アダムズを開放しやる。
まだこの手の技は苦手か。
取り合えず次に戦う事があったら関節技が有効だと分かったから儲けものだ。
「あー痛かった。国家代表になって殴られたりは慣れてきましけど、関節技の痛みって本当に慣れません」
気弱だけど意外と図太いよな。
飛蘭が嫌な顔をしながらも教えてしまう気持ちは理解できる。
育てがいあるんだよな。
神一郎も素材としては悪くないんだが、あいつは必要以上の努力は嫌うし向上心は薄いしで育てがいが無いのだ。
ISの操縦技術だけなら高いんだが……。
「少しよろしいでしょうか?」
「? なんです?」
観客となっていたエラがアダムズに近付いて耳打ちする。
心なしエラの顔がウキウキしている。
「あの――はご存じでしょうか?」
「はい! 全巻読みました! 大ファンです!」
「なら――は出来たりしますか?」
「それはちょっと無理……ん? 軍でボクシングは習いましたし、柔道と柔術も少し齧ってます。あれ? もしかしてイケる!?」
「でしたら是非見せて欲しいですわ! わたくしもファンでして、生で見てみたかったのです!」
「了解です!」
ビシッと敬礼を決めたアダムズが私に顔を向ける。
「織斑さん、試したい事があるのですが相手をしてもらっていいですか?」
今は私のウォーミングアップの時間なんだが。
まぁいいか、エラが発案だと思われるアダムズの技も気になるし、情報収集だと思って相手をしよう。
「来い」
構えを取りアダムズを手招きする。
エラを含め残りのメンバーは観戦モードに移行。
飲み物片手に完璧に傍観者だ。
「行きます!」
トントンと軽いステップでアダムズが急接近してくる。
なるほど、アメリカ軍人らしくボクシングは基本技能か。
ジャブジャブストレート。
私でも知ってるボクシングの動き。
だが正面からのパンチならなんの問題もない。
「試したいのがコレか?」
「いいえ、まだです!」
「む?」
ジャブを受け止めようと開いた右の手首を掴まれた。
そのまま引っ張られ体勢を崩そうとしてくる。
「ふっ!」
姿勢が前のめり気味になったところでアッパー。
それを首を横にして回避する。
アダムズが私の横に流れるように移動。
すり足での移動……柔術の歩行方法か。
掴んだままの手首に捻りを加えて私を投げ飛ばす。
前のめりになっていたので簡単に投げられたが、手首を放されたので体勢を整えて着地する。
視線を上げるとアダムズがボクシングのフットワークで距離を詰めようとしてくる。
距離がある時はボクシングの足運び。
近距離では柔術の足運び。
なかなか考えられてるな。
だが甘い。
私なら手首を掴んだまま投げて相手の背中を地面に叩き付け、その後は足で踏みつけるくらいはするぞ。
束や神一郎が相手なら絶対にそうする。
「もしかしてバリツサ?」
「ご存知とは意外ですわ。もしかして見かけによらず学があるのかしら?」
「アーリィーだってバリツくらいは知ってるサ」
バリツ? 聞いたことがない武術だ。
「バリツとはボクシングと柔術を組み合わせて作られた武術の様だな。しかし聞いたことがない……新しめの流派なのか?」
「……へ?」
アダムズの動きがピタリと止まった。
何故そんなに驚く。
「ぷ……くくっ……」
「そんなに笑ったら悪いアル。知らない人は知らないもんヨ。そう思わないネ?」
「わたくしに振らないでください……んっん!」
二人はどう見ても笑ってるな。
覚えてろよ。
エラは顔を背けて私に見えないようにしてるのでセーフにしてやろう。
「アダムズ、私はどうして笑われてる」
「えっとその……」
「言え」
「イエスマム! バリツはシャーロック・ホームズの作中に出てくる武術であります!」
ふむ、シャーロックホームズか。
それは流石に知っている。
読んだことはないがな。
「言っておくが、少し前の私には余裕がなかった。推理小説を読む暇があったら働くし、買う余裕があったら弟の為に貯金する。それが私だ」
「……なんかすみません」
怒ってはないさ。
ただ人の事を笑うのは良くない事だ。そうだろ?
「ゴホンッ。バリツはシャーロック・ホームズが修めてたとされる武術ですわ。ボクシング、柔術、ステッキ格闘術、サバットの要素を混ぜた武術ですの。まだまだ未完成ですが良いものを見させていただいて感謝しますわ」
「いえいえ、同じファンとして気持ちは理解できるので気にしないでください。モンド・グロッソが終わったらステッキ格闘術とサバットも習っておきますね!」
「あら、それは楽しみですわ。完成したら是非とも見せてください」
これはあれだ、神一郎の様なオタクがマンガやアニメの技を再現しようと躍起になってるのと同じか。
二人はバリツの話から始まったシャーロック・ホームズの話が盛り上がっている。
楽しそうでなによりだ。
だが完全にお終いなムードだな。
バリツとやらをもう少し味わってみたかったんだが。
「飛蘭、すまないがウォーミングアップの続きをお願いしてもいいか?」
「構わないアル。アーリィーはどうするネ?」
「大人しく見学してるサ」
さて、もう少し身体を温めようか。
◇◇ ◇◇
モンド・グロッソの会場は相変わらず熱気がこもっていた。
その中でカナダ代表は涼しい顔で佇んでいる。
女性が会釈してきたので私も頭をさげる。
カナダ代表はメガネをかけた社長秘書の様な女性だ。
如何にも仕事が出来そうで、どんな状況でも冷静に対処する顔だな。
あくまで表面上での話だが。
アリア・フォルテ、彼女は軍で情報機関に所属しているらしい。
血の匂いはしないし擬態してる様子もない。
物凄くクリーンな選手だ。
今日までに知り合った人間のクセが酷かったので軽く感動する。
先行は私。
定位置に着いて出番を待つ。
シグナルが変わったの同時に真っ直ぐ進む。
アリアはピラミッドの手前で止まり、そのままロープ沿いに上へ。
それに合わせ私も上に飛ぶ。
と思ったらアリアはすぐさま下に。
うん、模範的な行動だ。
この競技の見どころはピラミッドの中でのIS同士の追いかけっこだろう。
だがら国家代表はファンの期待に応える為にピラミッドの中に即座に入ったりするんだが、彼女は見栄えではなく勝ちを得るのを選んだようだ。
ならば攻め方を変えよう。
ピラミッドの内部に入り、中心付近で止まる。
アリアが私から見たら斜め上の位置で待機している。
こちらの動きの意味が分からないのだろう、少し戸惑った様子だ。
だが油断はしていない。
いつでも動けるよう身構えている。
それを見ながら少しづづ横に動く。
ISの最速の技は瞬時加速だ。
これは直線では速い。
だが弧を描く軌道はとれないし、連続では使用すれば機体に大きな負担が掛かる。
その辺はこれからの課題だ。
今は私とアリアの間にロープが存在するので瞬時加速で近付く事は出来ない。
ロープを足場にくの字を描く軌道なら二回の瞬時加速の使用でいけるが、準決勝の場面で機体に負担を掛けたくない。
少しづつ動きながらロープの隙間を探す。
別にアリアに直接触れなくてもいい。
なんとか距離を詰めれれば――
「ここだな」
私の位置からロープに邪魔されず外に出れる場所。
ここならアリアの頭の上5メートル程の場所に出れる。
アリアは未だに動いていない。
好機!
瞬時加速でピラミッド内から飛び出しアリアの頭を取る。
彼女の選択肢はそのまま下に逃げるかピラミッドの中に入るか。
「……そう来ましたか」
彼女を表情を崩さないまま中に入る事を選んだ。
だが中に入る事も想定内だ。
私が右手にロープを掴んでいる。
ロープを戻ろうとする力を利用して来た道を戻る。
この試合、何気にロープを活用する事が大事だな。
アリアは真横に逃げた。
私は斜め上から斜め下に行く動きを。
つまり私とアリアの位置がグッと近付く。
この距離まで近付けば、後は機動力と動きの先読みで勝負が決まる。
右、左、下、右、斜め右、フェイントを入れから左。
そしてタッチだ。
「……確定:やはり勝ち目はなし」
肩に触れた瞬間、彼女の動きが止まった。
振り返り私の方を見るその顔にあるのは諦め。
おい、まさか――
「問:なにか?」
「……勝つ気がないのか?」
「答:自分の実力では勝てないと判明しましたので」
「だからと言って諦めるのか?」
「答:逆に問います。全力を出して勝てないと理解していても戦えと?」
「これは大会だぞ? 諦める事が正しいとは思わん」
「問:自分が全力を出して戦ったとして、貴女は勝ちを譲ってくれるのですか?」
「……そんな事をする訳ないだろう」
「問:勝ちは譲らないが全力を出せと?」
「言い方はあれだが、まぁそうだな」
「問:それは端的に言って貴女の我儘では?」
「ぐむ……っ!」
我儘……我儘なのか?
いや確かに全力を出せと言ってる私は見方によってはそうなのかもしれない。
しかしこれは戦いだ。
国の代表として己の全てを出し切るのが筋だろう?
「ではお前は残りのターンは適当に流すのか」
「答:体力の消耗と機体の負担を抑えるのを主軸とし、尚且つ国家代表として外聞がありますので――82%の力で戦うのが妥当かと」
これはもう何を言っても駄目だな。
筋金入りだ。
合理主義者と言えばいいのか、全てを計算の上でやっている。
個人的には好かんな。
だがこの手のタイプは感情で流されないしどんな場面でも冷静に戦える。
兵士としては理想的だ。
機械的な応答だが、もしかしたら上から身体と機体を壊す様な無茶な戦い方をしないよう命じられてるのかもしれないな。
最後まで戦い抜くのも大事な事だ。
なんて、そう思わないと納得できない気持ちがある――ッ!
「問:まだなにか?」
「いや、良い戦いをしよう」
「答:微力を尽くします」
宣言通りの微力だったので、私はストレート勝ちで準決勝を突破した。
◇◇ ◇◇
「どんまいサ」
「あはは……残念だったアルな」
ハンガーに戻った私を試合待ちしていた二人が出迎えてくれた。
「どうも予想外な人物だったアルね」
アーリィーと飛蘭が苦笑を浮かべながら同情的な視線を向けてくる。
「話を聞いてたのか?」
「唇を読んだだけネ」
「アーリィーはフェイに教えて貰ったサ」
「流石だな」
あの場面を見てたらそんな顔になるも理解できる。
なんというか、生き物として根本的に違う。
「まさか勝てないからって適当に流してくるとは読めなかったサ」
「戦士としては認められないアル。けど兵士としては正しいかもネ」
「勝てないからって諦めるのが正しい兵士サ?」
「あの手の兵士は使いやすいヨ。どんな作戦でも投入できるアル」
「しかし国の代表という立場があるんだ。もっとこう……あるだろ? とは思う」
「そこは仕方がないヨ。彼女は戦いが好きタイプには見えないアル」
「まぁ戦いのスタイルは人それぞれってことサ。千冬的には不完全燃焼だろうけど、アリア・フォルテを責める事はできないサ」
「そうだな……」
アダムズの言う通り、彼女は身体の使い方がとても上手かった。
それだけに残念だ。
もし人生の多くを自分を鍛える事に使えば素晴らしい使い手になれただろうに……。
む、この考え方は確かに我儘と言われても仕方がないな。
反省しなければ。
『アリーシャ・ジョセスターフ選手、朱飛蘭選手、時間になりましたので準備をお願いします』
「おっと出番サ。えーと、アーリィーがこっちだっけ?」
「アタシがこっちアル。アーリィーは向こうサ」
「ちぇっ、面倒だけど向こうまで歩いていくサ。それじゃあ千冬、決勝で会おうサ」
選手登場口は二か所。
どうやらアーリィーは反対側だったらしい。
もしかして私を労う為だけに此処に居たのだろうか?
背中を向けながら手を上げて去る姿がカッコいいぞ、アーリィー。
「飄々と見えてやる気満々アル。ま、勝つのはアタシだけどネ」
飛蘭の目が細まり口が三日月を描く。
楽しそうな顔をしてるな。
どっちが勝っても決勝が楽しみだ。
「千冬サンはこれからどうするネ?」
「休むほどの疲労はない。ここでタブレット端末を使って試合を見てるさ」
「なら下手な戦いは見せられないネ。気合を入れて臨むとするヨ。千冬サン、また後で――」
飛蘭を見送った後、設置されている自販機で飲み物を買い、壁際に設けられたベンチに腰を下ろす。
二人のおかげでだいぶマシになったが、未だに胸の中には苦い気持ちが残っている。
勝てないからと言って手を抜くアリアの気持ちが理解できないのだ。
なんこう、無性に暴れたい気分にさせられた。
大丈夫? 生肉サンドバッグいる?
変な電波が飛んで来た。
魅力的な提案だが、ここで頷いたら多くの人間の前で小学生を殴る日本代表の絵を見せてしまうので無視しておく。
『さぁBグループ代表を決める試合が始まります。実況は――』
ミュートで。
二人に集中したいので申し訳ないが実況はいらない。
画面に映る二人は何か言葉を交わしている。
ちょっと気になるな。
『さぁBグループ代表を決める試合が始まります。実況は私、何故かロープで体を縛られボンレスハム状態の佐藤神一郎と!』
『ちーちゃんの恋人でISの全てを知る女、篠ノ之束の解説でお送り致します!』
なんかよく知った声が流れてきた。
ミュートにした意味がないな。
神一郎は出荷直前だったのが笑える。
うん、まぁいいか。
「……二人の会話が聞こえたら嬉しんだが」
『ではここでお二人の声を聴きたいと思います』
『はいは~い! 束さんにお任せあれ!』
『さっきの千冬の顔、まるでおあずけされた犬みたいで最高だったサ』
『可愛かったアル』
ボソッと呟いてみたら会話が聞こえてきた。
ナイスだ束。
だがタイミングが悪い。
誰が犬か。
『どうやら織斑選手について話してるようですね。確かに先ほどの試合で見せた唇を尖らせ拗ねた表情は、年齢より幼く見えて非常に可愛かったです。普段が落ち着いた大人キャラだけにまさにギャップ萌えでした』
『脳内でちーちゃんを押し倒しました!』
誰も拗ねた顔などしとらんわ!
してないはず……だと思う。
『先攻はジョセスターフ選手です。篠ノ之はお二人の戦いをどう見ますか?』
『二人の実力は拮抗してるしISの完成度も大差ない。退屈な試合になりそうだね』
『退屈な試合? それは――っと、二人が位置に着きました。もう間もなく試合が始まります』
退屈な試合か。
私の予想通りの試合展開になれば束的には退屈かもしれないな。
だがそれも見方によるだろう。
個人的には楽しみだ。
『両者が姿勢を低く構える。その姿は獲物を狩る獣のそれだ~!』
『ぷっ、実況下手かよ』
『……変な解説したら指刺して笑ってやるから覚えてろよ』
二人はまるで示し合わせたかの様に似た構えだ。
腰を深く下ろし、上半身は前傾姿勢。
その姿は神一郎の言う通り獣の構えだ。
自信を持て神一郎、間違ってはないぞ。
そのノリには着いていけないがな。
『シグナルが青に変わり二人が放たれた矢のように飛び出す! 逃げる方である朱選手が自ら接近してるのは何故でしょうか!?』
『勢いだろうね。でもまぁちゃんと逃げるみたいだよ』
アーリィーと飛蘭の地面スレスレを高速で飛び、その距離が一気に近付く。
ぶつかる、そう思われたタイミングで飛蘭の弾ける様に上に飛んだ。
『朱選手が上に飛んで激突を回避! ジョセスターフ選手はそのまま進み獰猛な笑みで朱選手を見上げている!』
『同じタイミングで飛ぶことは可能だったけど、イタリア代表の位置じゃ頭の上にロープがあって無理だったね。ピラミッド内に張られたロープの位置をしっかり把握してていいね』
飛蘭はピラミッドの中央で立ち止まりアーリィーを見下ろす。
誘っているな。
『ジョセスターフ選手も上に飛ぶ! そしてロープを足場にピラミッド内を飛び回る――これはISでのピンボール反射だ~! これは素晴らしい動きですね篠ノ之博士!』
『空中での姿勢制御は中々かな。あれだけ高速で動きながら足場を確保し敵から目を逸らしていない。ちーちゃんの遊び相手としては妥協点だね』
アーリィーは飛蘭を囲む様に飛び回りその隙を伺っている。
飛蘭はいつ繰り出されるか分からないアーリィーの攻撃に警戒しながら身構えている。
アーリィーがあのスピードのまま突撃すれば飛蘭は逃げきれないかもしれない。
しかし飛蘭が選んだポジションが問題だ。
ロープに邪魔れされず瞬時加速で逃げれる道が四ヶ所ある。
どの方向からアーリィーが仕掛けてきても、彼女はしっかり逃げ切れるだろう。
もちろんアーリィーもそれに気付いている。
ここからどう動くのか――
『ふふっ、やっぱりアーリィーは策士アル』
『ん? どういう意味サ?』
『横暴で大雑把、まるで獣の様な性格。でもそれは外見だけで中身は冷徹な狩人ネ。すっかり騙されてたアル』
『ふーん……そう思うサ?』
『アーリィーは喧嘩でキレた事とかないタイプと見たネ。どんな時でも冷静で冷徹な戦士。それが貴女アル』
『アーリィーをそんな風に見てたとは意外サ。でもそれは間違ってるサ飛蘭。獣は獲物を狩る時は相手を待ち伏せる。時には仲間と連携して囲んで追い詰めたりするし、木の上から奇襲したりもする。制御された暴力こそが獣の強さサ。我を忘れて本能のままに暴れるなんて人間だけサ』
『つまり?』
『獣は常に相手を狩る方法だけを考えてるものなのサ!』
アーリィーが飛蘭の真上から飛び掛かる。
『ジョセスターフが強襲! しかしそれを朱は避けて逃走した!』
『ちゃんと逃げ道を用意してあったし、正面からじゃそうなるよね』
アーリィーがスピードで翻弄しようとしても、飛蘭が逃げに徹すれば捉えるのは難しい。
私も苦労しそうだ。
『逃げる逃げる! 朱が脱兎とのごとく逃げ回る! そしてその後ろをジョセスターフが狼の如く追随する!』
『獣がどうたらと言ってたから兎と狼をチョイスしたんだね。些細な努力に思わずにっこり』
『上から目線の批判ありがとうございます! 残り時間は1分を切っております! ここから試合はどう動くのか!』
飛蘭が逃げ方が上手いな。
スピードはアーリィーがやや上だが、直線での動きを出来るだけなくし細かく曲がる事でアーリィーがスピードに乗る事を封じている。
『ちょこまかと逃げすぎサ!』
『知ってるアルか? ライオンでも単体での狩りの成功率はたいした事ないネ』
『アーリィーはライオンを超える女サァァァ!』
アーリィーが更に速度を上げる。
『残り時間30秒切った! このまま朱が逃げ切るのか!? ――朱が体を反転! ジョセスターフを向かい打つ気か!?』
『徐々に距離が詰まってたし、最後まで逃げ切れないと踏んだみたいだね。足を止めてどうするのやら』
避けるしか選択肢ない。
ギリギリまで引き付けてからの瞬時加速?
だがそれは無謀だろう。
どうする気だ?
『観念したサッ!?』
『この技は強者にしか使えない技アル。アーリィーは強い……だからこそ――死ね』
『っ!?』
飛蘭までもう一歩という距離でアーリィーが何かから逃げる様に軌道を変えた。
あの慌てようから冗談の類ではなさそうだ。
『ジョセスターフが急に追うのを止めた~! 私からは何かから逃げる様に……例えるなら投げられた物体を避ける動きに見えましたが――』
『ん~? 透明な弾丸、圧縮された空気など目に見えないナニカではないね。物理的な物じゃないけど、脅威があるからイタリア代表は逃げた。と、なると――』
「私に使った技と同じ類のものだな」
『そうなるだろうね。たぶん足を壊す気で殺気を飛ばしたんじゃないのかな? だから咄嗟に避けたんだろうね』
飛蘭が使った暗殺技は殺気で相手の集中を自分に向け、その後に気配を消すことで相手の感覚を混乱させる技だ。
その技の応用だな。
殺気を全身ではなく一部位に集中して当てる事で、相手が反射的に避けてバランスを崩す事を狙っている。
殺気を敏感に感じる一定以上の強者ほど引っかかる技だ。
『っとと、そんなの有りサ?』
『別に武器は使ってないから有り有りアル』
口調とは裏腹にアーリィーの顔には笑みが張り付いている。
楽しそうだなー。
いや楽しいに決まってる。
……いいなー。
『見事な技サ。でも所詮は実体のない殺気だけ……次はないサ』
『次はないのはアーリィーの方ネ』
『面白い冗談……サ?』
『ここでタイムアッ~プ! 初戦は朱選手が見事に逃げ切れました! いやー凄い試合でしたね篠ノ之博士』
『まぁまぁ見れる試合だったね』
お喋りも作戦の内なんだろうな。
制限時間がある試合で無駄話はダメだろう。
気持ちは分かるけど。
『ちょっと遊びすぎたサ。次はアーリィーの番、覚悟しとくと良いサ』
『覚悟はしないけど楽しみにはしてるアル』
短い言葉のやり取りをし、二人が背中を向けて試合開始位置に戻る。
『得点は0対0のまま2ターン目が始まります。チェイサー役は朱飛蘭選手になるわけですが、篠ノ之博士から見てどちらが有利なのでしょう?』
『強い方が勝つ!』
『哲学的でありながら意味がない発言ですね! ――二人が定位置に着きました。シグナルが青に変わり両者が飛び出した!』
さっきの焼き増しだな。
示し合わせたかの様に二人が相手を目掛けて突撃する。
『逃げないとか舐めてるネ?』
『逃げるから気にするなサ!』
飛蘭が上に逃げたのに対し、アーリィーは真横に逃げた。
直進からの真横、機体に負担を掛ける動きだが大丈夫か?
『ジョセスターフが真横に逃げて激突回避! 朱も軌道を修正してその後を追う!』
どうやらアーリィーの作戦は簡単なものようだ。
即ち、無軌道無秩序に逃げ回る。
『時に地面を走りロープを足場に跳ね回る! その姿はまるでスーパーボールだぁぁぁ!』
『なんとか語彙を増やそうと四苦八苦するしー君が笑える』
『俺じゃなくて試合を見ろ!』
まったくもってその通りだ。
『アハハハハッ!』
『テンション高いアルな! でもいつまでも逃げ切れると――』
『ハーッハハハハハハッ!』
『……アーリィー?』
『ヒャッハー!』
『もしかして……脳死プレイアルか!?』
動きの読み合いを嫌ったか。
アーリィーは笑いながらひたすら前を向いて飛んでいる。
飛蘭にどんな時でも冷静に考えてるタイプと言われたのを逆手に取ったのだろう。
ひたすら笑い、声を上げ、周囲の情報をシャットアウトして逃げようとしている。
普通ならその程度では飛蘭から逃げ切れないだろうが、アーリィーの機動力が加わると手に負えない感じだ。
打てる手としては先回りして罠を張る程度しか思い浮かばないな。
『逃げるジョセスターフを朱が追い掛ける展開が続いております! これは厳しい戦いだ!』
『冷静に対処すればなんとかなるんじゃないかな』
『と言いますと?』
『奇声上げて暴走してる風だけど、あれ全部演技だよ? ルート選びも慎重だし、パターンがあるもん』
『え? まじで?』
神一郎と同じ反応をするのは癪だが言わせてくれ。
え? まじで?
流石に信じられないんだが。
『まじまじだよん。目を見れば分かるもん。それにISから操縦者の身体データ読み取ってみたけど、脳波パターン、心電図、全て正常だね。極めて冷静な状態です』
『目を見れば……あれ? もしかして……』
『気付いた?』
アーリィーは常に飛蘭に背中を見せている。
追いかけっこだから当然だが、不自然なほど正面しか見ていない。
目を見られないよう注意してるのか?
『あのテンションが演技とか凄いですね。そこまでやるか? と感心します』
『食わせ者だね。中国代表がもっと落ち着いて対処すればこうも一方的な試合運びにはならなかっただろうに』
奇策にしてやられた感じか。
これは飛蘭を責められないな。
私だって騙されたし。
最初の会話で性格云々の話題が出たのがまずかった。
てっきりアーリィーが思考を捨てたと考えてしまったよ。
『制限時間残り一分! このままジョセスターフが逃げ切ってしまうのか!?』
また殺気をぶつけて動きを乱す方法もあるが、あの技は破る方法はある。
殺気を気にしなければいいのだ。
常時ならば自身が殺されようとも相手を殺す覚悟を持っていれば殺気は無視できる。
IS戦でも、腕の一本や二本はくれてやる気構えでいれば問題ない。
『まだまだこんなもんじゃないサ! アーリィーは光を超えるッ!』
『試合中にトリップした敵の扱い方を習っておけばよかったアルッ!』
まず足を止めろ飛蘭。
アーリィーの動きだけに集中して殺気を飛ばせばなんとかなるかもだぞ。
今のスピードでバランスが崩れればロープに激突して動きが止まるかもしれないからな。
『残り5、4、3、2、1、――タイムアッ~プ! タッチならず! 2ターン目は引き分けとなります!』
試合は最初から最後までアーリィーが掻きまわして終わったか。
世界中の人間に見られてる中でのハイテンションキャラの真似とかどれだけ心臓が強いのだろう。
私だったら無理だ。
胆力は国家代表の中で一番だな。
『むむ……3分で対応しきれないとは未熟もいいとこアル。まだまだ修行が足りないネ。ところでアーリィーは正気に――』
『さーて、次はアーリィーが追う番サ。頑張るサー』
『……へ?』
『確かにまだまだ修行が足りないみたいサ。ね、フェイ?』
『……そーゆーことか……アル』
ため息交じりに自己反省する飛蘭にアーリィーが渾身の笑みを見せる。
おーおー飛蘭の顔が見たことがないくらい歪んだぞ。
取ってつけた語尾が彼女の心中を表している。
『2ターン目が終了して得点は変わらず! 流石はBグループ決勝! 激しい戦いが繰り広げられております!』
『しー君』
『なんでしょう?』
『そんなに頑張っても疲れるだけだよ思うよ? だって――』
『10ターンが終了し得点は未だ0対0! 両者の実力はまさに均衡状態だぁ~!』
頑張って声を張っているが空元気だな。
束が予想していた事態はこれだ。
拮抗した実力者同士の戦いによる膠着状態。
まったくもって羨ましい!
『ちーちゃんの試合が見たいのに待たされるイライラをどうしてくれよう』
『決勝で活躍する千冬さんを思い浮かべながら我慢しとけ。ところでこの試合いつまで続くのかね? ぶっちゃけ疲れてきた。実況って体力使うって始めて知ったよ』
『このまま行けば15ターン目くらいから試合が動くかな? その辺になると集中力と体力が削れてミスも増えるだろうし。それか先に切り札を切った方が勝つ』
『あの二人に切り札なんてあるんですか?』
『もちろんあるよ。ちーちゃんにだってあるし』
――まぁ束が私の切り札を知ってることに関しては何も言うまい。
しかしISのコア・ネットワークを切断できないものか。
国家代表にはコア・ネットワークの切断は許されてないが、こうして束に筒抜けなのは気分が悪い。
『千冬と戦う前に体力使い果たしそうサ。フェイ、そろそろ『こんな面倒な奴の相手してられないぜ』とか言わないサ?』
『人を勝手に雑魚キャラにしないで欲しいアル』
画面越しからも二人の消耗具合が伺える。
消耗戦で決めるのか、それとも切り札を切るのか。
まだ私との試合が残ってるのだから燃え尽きないでくれよ。
『フェイは引く気はないと……なら仕方がないサ』
アーリィーの雰囲気が重くなる。
覚悟を決めた顔だ。
『奥の手でもあるネ?』
『もちろん。どうせフェイもあるサ』
『その様子だと連続して使える感じアル……羨ましい話ネ、アタシの奥の手はこの競技とは相性が悪いヨ』
『短時間の一撃系とかか……でもそれ言ってもいいのサ?』
『アタシは手札を切る気はないネ。ちょっとしたサービスアル』
盗み聞きで予期せず飛蘭の切り札を聞いてしまった。
――すまん。
『おーっと! ジョセスターフ選手が切り札を切る宣言だぁ~!』
『これで退屈な時間が終わるね!』
『空気が読めてない発言は無視します! 11ターン目はジョセスターフ選手からの攻撃です』
互いに試合位置に着き構える。
『んじゃ、やるサ』
アーリィーのテンペスタから小型の翼が生える。
外付けのブースターか?
二日目の競技で見せたものとは違う物だな。
今日の競技の様に障害物がある場面で使うタイプか。
『秘匿してた割りには地味アル。スピードを上げる程度が奥の手ネ?』
『地味かどうかの判断は早いサ』
この競技のルールでは試合中にブースターの類を追加しても違反ではない。
だがほとんどの選手はやらないだろう。
なにせスピードを上げればその分操作が難しくなるし、翼があるタイプはロープに引っかかる可能性があるからだ。
『シグナルが青に変わり両者同時にスタート! ジョセスターフが追加した翼をどう使うのか見物です!』
飛蘭とアーリィーはやはりと言うべきか、初戦からずっとそうだがとにかくお互い目掛けて突撃する。
二人とも飛び回るのが楽しくて仕方がないのだろう。
『朱が1ターン目と同じく急上昇! ジョセスターフがその後を――ジョセスターフが消えたッ!!』
飛蘭が飛んだ瞬間、アーリィーが瞬時加速で一瞬前まで飛蘭が居た場所に移動。
そして――
『捕まえたサ』
『――なるほど、二連加速アルか』
上に飛んだ飛蘭の脚をアーリィーが掴んでいた。
『ジョセスターフが朱を捕獲! 私には朱選手に向かって線が走ったようにしか見えませんでした。篠ノ之博士、あれはもしかして――』
『瞬時加速の連続使用。スラスターが複数ある機体なら可能な加速機動技術だね。しかしまぁ無茶をするもんだ』
『無茶なんですか?』
『今の各国の開発技術じゃ連続使用に耐えれるISは作れないよ。今頃は機体も操縦者も悲鳴を上げてるんじゃないかな?』
『まさに切り札に相応しい技ですね』
『ちなみに流々武なら使用可能です。流石は私が手掛けたISだね!』
『まぁ日常生活で使う場面は皆無ですから覚える気はないんですけどね』
『(げしげし)』
『無言で蹴るのやめてくれます?』
他国の専用機持ちが怒りそうな発言だな。
本当にもったいない事だ。
『二連加速……これは攻略に手こずりそうネ』
『攻略? やってみるといいサ』
奥の手と言っていたが、やってることは至ってシンプルだ。
対抗する方法としては自分も同じ方法を取ること。
しかしこれが難しい。
もしスラスターを酷使した結果、スラスターが爆発したらなどと考えるとそう簡単には使えないからだ。
私にとって瞬時加速の連続使用は万が一の回避手段の一つ、もしくは確実に相手を仕留める為の技だ。
試合中に使っても1回だな。
『これで試合は1対0! ジョセスターフがまず先制した結果になりましたが、このまま試合はジョセスターフ有利で進んでしますのでしょうか!?』
『二連加速は逃げるのにも使えるしそうなるだろうね』
『しかし篠ノ之博士は先ほど二連加速の連続使用に耐えれるISはないと言ってませんでしたか?』
『あー、その辺は価値観の違いかな。私にとって瞬時加速の連続使用を数回使える程度なら、それを“耐えれる”と評価しません』
『篠ノ之博士らしい厳しい意見ですね。さて、ここで二人が試合位置に着きます。11ターン目はなすすべなく捕らえられた朱ですが、チェイサーとしてどんな試合を見せてくれるのか楽しみです!』
『決め手がないなら逃げられて終わりだろうね』
飛蘭の発言からそうなるだろうな。
今まで互角の戦いだったが、アーリィーが切り札を切って有利になった。
このままでは勝負が決まるな。
『タイムアッ~プ! 残念ながらタッチならず! 朱の攻撃が失敗しこれで2対0! 次のジョセスターフの攻撃で決まってしまうのか~!』
飛蘭がついに追い詰められる。
チェイサー役の時は殺気をぶつける戦法を使っていたが、すでに慣れてしまったアーリィーに効果は薄く、殺気をぶつけられた瞬間は少し反応を見せるが初見の時にように大きく避ける行動はしなくなった。
そしてアーリィーがチェイサーの場合は瞬時加速でしっかりと追い詰めている。
一度しか瞬時加速を使えない飛蘭と二回使えるアーリィーではやはり差がでる。
アーリィーは二連加速は無暗に使用せず、確実に仕留める時だけ使ってるのが見事だ。
『どうしたフェイ、このまま終わる気サ?』
『もう少しだと思うんだけど、やっぱりそう簡単には行かないアルか』
『……顔から意地の悪さが滲み出てるサ』
『それは失礼したネ』
もちろん飛蘭だって諦めてはいない。
彼女が企んでるのはアーリィーの自滅。
アーリィーの機体は瞬時加速の連続使用で確実にダメージを負っている。
だからこそ全力で逃げるし、追う。
最後に勝つのは自分だと信じて。
やはり試合はこうでなくては。
『朱選手はまだ諦めていないようですが、篠ノ之博士から見てまだ勝てる見込みはあるのでしょうか?』
『あー、うー』
『ゾンビ化するなし』
『あのね、テンペスタの機体データをリアルタイムで確認中なんだけどね……』
『やたら歯切れが悪いですね……? っと、最後までお話しをお聞きしたいところですが、もうすぐ次のターンが始まります。ジョセスターフが決めるのか、それとも朱が意地を見せるのか。注目の一戦です!』
束の反応が気になるな。
機体耐久値に余裕があるならもっと違う反応になるだろうし、もう限界ならそう言うだろうし――
『フェイの狙いくらい分かってるサ』
シグナルが青に変わり、飛蘭が飛び出すがアーリィーは動かない。
『もう限界アルか? それとも限界が近いからアタシが近付くのを待ってる? どちらにせよ不用意に近付かないヨ』
飛蘭はピラミッドの中程で足を止めアーリィーの反応を見ている。
やはり限界なのか?
『自滅狙い、それは悪くないサ。だから――』
アーリィーの背中に、はた目に見ても分かるくらいエネルギーが集中する。
『こうするのサ!』
アーリィーの姿が消え、飛蘭に向かって竜巻の様な風が吹き荒れ――
『タッチ』
次の瞬間には遠く離れた飛蘭の肩に手を乗せていた。
『反応、出来なった……私が……?』
『下手に飛んでたら負けそうだったから決めさせてもらったサ』
『二連加速? 違う、これは――』
『二重加速。連続使用ではなく、同時使用サ』
二基のブースターを交互に使うのはなく同時に使ったのか。
『決まった~! ジョセスターフが二重加速によって朱を捕獲! 決勝は織斑千冬VSアリーシャ・ジョセスターフだぁ~~! ……なんで両手合わせてるんです?』
『ちーちゃんとISの限界を超えてみせたお馬鹿に黙祷!』
『『……あ』』
神一郎と飛蘭の声が重なった。
画面を見れば背中から煙を吹きだすアーリィーの機体。
『アーリィー! 背中! 背中がッ!』
『あはは、ギリギリかな? と思ったけど、やっぱりギリギリだったサ』
『ギリギリ?』
『ギリギリ、ハンガーに間に合わなかったサ』
やりきって満たされた顔をするアーリィーが親指を立てる。
それと同時にボンッと音を立て背中から炎と煙が上がった。
――そしてアーリィーは、そのまま地面に向かって落ちていく。
『アーーリィーーー!?』
白くなりつつある頭に、飛蘭の叫び声だけが聞こえた。
『モンド・グロッソ実行委員会よりお知らせします。アリーシャ・ジョセスターフ選手の負傷により、予定されていた決勝戦は織斑千冬選手の不戦勝となります。繰り返しお伝えします――』
今日の千冬さん
「みんなで一緒にウォーミングアップ楽しい!(*''▽'')」
「試合を諦めるなんてなんて奴だ!ヽ(`Д´)ノプンプン」
「……モンド・グロッソ4日目優勝しました(´・ω・)」