俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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モンド・グロッソ編終了!
長かったでごわす。
書いてて思った、千冬さんは主人公として凄く楽。
動かしやすいw



モンド・グロッソ最終日 別れ

 モンド・グロッソ会場近くにある先端技術で作られ、最新設備を用意されたホテル。

 そこの大ホールに多くの人間が集まっている。

 熱狂渦巻く開閉式が終わり、モンド・グロッソ関係者全てが集められた慰労会が行われているからだ。

 選手もスタッフも互いに労いながら誰も彼もが笑顔で酒を飲む。

 テレビ関係者などが排除された空間だからこそ気を抜いて騒げるのだろう、立食パーティーは大いに盛り上がっていた

 ……私達以外は。

 

「不機嫌顔で車椅子に乗った人間が二人もいると流石に誰も近付いてこないな。よい人避けだ」

「うるさいサ」

「騒がしいのは苦手なので助かりますわ」

 

 車椅子に乗って唇を尖らせながら不貞腐れるのはアーリィー。

 服装は入院着と言えばいいのか、がらの無い浴衣みたいな服だ。

 胸元から包帯が見え隠れし、どう見てもパーティーに参加してる場合ではない。

 閉会式は欠席していたが意外と元気そうだ。

 その後ろですまし顔でワインを口するのはエラ。

 こちらは青いドレスを見事に着こなしている。。

 

「千冬サンの役に立ったならなによりアル」

「あはは……あ、なにか食べます」

 

 手足にギプスを装着し、全身で不機嫌オーラを発しているのは飛蘭。

 強制的に身体能力を上げた代償で手足の骨にヒビが入ったらしい。

 加えて全身の筋肉が断裂……重度の筋肉痛だそうだ。

 ちなみにアーリィーと同じ入院服姿だ。

 アダムズは苦笑いしながら飛蘭の世話を焼いている。

 控えめな性格の彼女だが、意外にも赤の派手なドレスが似合っていた。

 そして最後の私はスーツだ。

 冠婚葬祭、全てスーツでいいのが楽だよな。

 以上五名、賑わう会場で見事に壁の花となっていた。

 開始早々に二次移行の事や、我が国に来ないかといった引き抜き話がうるさかったので私は壁際に避難。

 そこに四人が合流してきた。

 こちらに視線を寄こす人間もいるが、アーリィーと飛蘭が怖いのか誰も近付いて来ない。

 正直助かっている。

 

「それで、二人はなんで不機嫌なんだ?」

「負けたからサ」

「千冬サンの奥の手を見れなかったからアル」

 

 アーリィーは負けたから不機嫌。

 凄く分かりやすいな。

 本気で戦った者同士、試合が終われば互いにスッキリ……なんて訳ないだろ。

 負けたら悔しいに決まっている。

 飛蘭は私を二次移行させる事が出来なったのが悔しいと。

 言い訳ではないが、命を燃やして殴りかかってきた飛蘭相手に二次移行は何か違う気がする。

 あそこは自分の身だけ戦う場面だ。

 その選択に間違いはないと思っている。

 飛蘭も私が手加減したとは思っていないだろう。

 だから言い訳はしない。

 

「試合が終わったのに女々しいですわね。ところで貴女、大丈夫ですの? 随分とバッサリ斬られた様に見えましたが」

 

 それは私も気になっていた。

 あの状況で完璧な手加減など出来る訳がなく、想像以上に深く斬ってしまったからな。

 手応え的には皮膚以上内臓未満な手応えだった。

 

「それがなんと、少し動くくらいなら問題ないのサ」

「それはおかしいアル。試合を見てたけど、その日に動き回れるほどのダメージじゃなかったネ」

「ふふふっ、秘密はこれサ!」

 

 アーリィーがドヤ顔で取り出したのは……歯磨き粉? もしくは洗顔フォームだ。

 パッケージは白一色で何も書かれていない。

 

「それなんです? ギリシャの医療器具的な物ですか?」

「これはそう、千冬にバッサリと斬られて手術室に運び込まれた時の事サ」

「語り始めましたわよこの女」

「しっ、一応最後まで聞いてあげるネ」

 

 

 

 

 ――痛みと負けた悔しさで気を失う事が出来なかった。

 医療スタッフの声を聴きながらただ天井を見ていたサ。

 手術室に運び込まれいざ緊急手術と思いきや、周囲の喧騒がピタリとやんだ。

 見える範囲に人は居なく、疑問も思いながらなんとか顔を上げたサ。

 ……アーリィーの目に映ったのは床に倒れ伏した医師と看護師だったサ。

 尋常ではない事態が起きている。

 声を上げ助けを呼ぶべきか悩んだ瞬間、頭の上から声が聞こえたサ。

 

『ふむふむ、ISの武装で斬られた割りにダメージが小さい。その気になれば胴体を両断できただろうに……ちーちゃんは手加減が上手だね。んむ、断面は綺麗。新武装は切れ味抜群とみた』

 

 アーリィーを無視した独り言。

 それは映像で聞いた事がある女性の声だった。

 声の中に隠しきれない歓喜の感情を確かに感じたサ。

 天災は笑顔のまま私の横に立ち、千冬に斬られた箇所を観察し始めた。

 

『ほむほむ、傷口はいたって普通。人体に影響はないのか? 一応サンプル摂取しておこうっと』

 

「ぐっ!」

 

 天災はアーリィー傷口を綿棒でこする、血で赤く染まったそれをビンに入れた。

 文句の一つも言いたくなったけど、どんな言葉で爆発するか分からない恐怖があったからアーリィー歯を食いしばって我慢したサ。

 

『さて、観察と傷口のサンプルも手に入れたし――』 

 

 千冬には悪いけど正直にいうサ。

 アーリィーは用済みで処分されると、そう思ったサ。

 実際は見ての通り無事サ。

 その時なにがあったって? そうそう、アーリィーの傷口に天災が手を添えたのサ。

 

『よっと』

 

 次の瞬間、傷口が凄まじいスピードで縫られていったサ。

 みるみる肉と肉が繋がる。

 そんな光景を見ながら、アーリィーは必死に口を閉じてたサ。

 いやだって天災てば麻酔もなしで縫うんだもん。

 流石のアーリィーも泣きそうだったサ。

 

『仕上げにこれをっと』

 

 天災の手に見慣れぬチューブが握られていて、それがアーリィーの傷口の上で絞られた。

 チューブの口から半透明の液体が出てきて、縫られたばかりの傷口の上にかかったサ。

 

『これは人体用の接着剤。軽い麻痺成分もあるから痛みも引くから。あ、残りはあげる』

 

 

 体の上にチューブが置かれて、天災はアーリィーに背を向ける。

 その背中を見てアーリィー思わず声を掛けたサ。

 

「……なんでアーリィーを助けるサ」

 

『いいものを見せてくれたお礼だよ』

 

 天災は振り返る事なくそう言って去って行ったサ。 

 まさに嵐の如く。

 天災は伊達じゃないと思ったサ。

 

 

 

 

 

「そんな訳で今は元気なのサ!」

 

 なるほど、ラスボス気取りの指名手配犯が現れたと。

 ……今回はアーリィーの治療が目的だとしてセーフにしておこう。

 

「まぁその後は聞き込みやらなんやらがあっての閉会式だったから、輸血とかする暇なくて少しふらふらしてるサ」

 

 カラ元気じゃないか。

 やはり一発くらいは殴るべきだな。

 

「そうですか、あの人が……」

「ふーん、それは良かったアルな」

 

 と、アーリィーの話を聞き終わった二人の表情が……。

 今度はどうした。

 

「ところで二人の所には現れたサ? ま、答えは分かってるけど」

「まるで自分こそが千冬様のライバルだと言わんばかりの表情ですわね」

「かの天災に認められたっぽいセリフを言われて有頂天になってるだけアル。アーリィーはくじ運に恵まれたネ。アタシと当たってたら結果は違ったヨ」

「わたくしが相手だったら手足を折ってから蜂の巣でしたわ」

「負け惜しみが耳に気持ちいいサ」

「まーまー」

 

 言い合う三人を見かねたのはアダムズが仲裁に入る。

 束がアーリィーを治療し、人体用の接着剤なんてお土産を渡した理由は……私から二次移行という奥の手を引き出したご褒美だろう。

 理由はともあれアーリィーを治療してくれた事だけは感謝するか。

 

「アーリィーを治療ならアタシも治して欲しかったヨ」

「ずっと気になってたんですけど、手足にギプスで全身包帯って重症だと思うんですけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫アル。全身の筋肉が断裂して、同時に全身の骨にヒビが入っただけネ」

「全然大丈夫じゃない!? え、寝てなくて大丈夫なんですか?」

「そんな状態で出席するなんて無茶しますわね」

「痛覚を麻痺させる針と大麻を主成分としたマル秘漢方でどうにか動けてるアル」

「想像以上にヤバい状態サ!? なんで大人しく寝てないサ」

「だってもしかしたら千冬サンと一緒できる最後の機会ヨ。寝てるなんてありえないネ」

「正直気持ちは分かる」

「同じくですわ」

 

 国家代表として共同での仕事でもあればと思うが、IS操縦者は国防の要と期待されている。

 これからはそうそう一緒になることはないだろう。

 合同訓練などがあれば……日本と中国の関係を見ると難しいか。

 アダムズなら会えそうだ。

 

「モテモテですね」

「嬉しくない」

 

 そこの三人はアダムズは若干引いてることに気付いてくれ。

 好かれるのは嬉しいが、なんというか……執着? 固執? そういった感情は苦手なんだよ。

 束のせいでな。

 

「そんな訳で……骨と筋肉に良い食べ物を」

「アーリィーは血が足りないサ」

 

 試合中と同じ様な鋭い視線が料理が並ぶテーブルに向けられる。

 二人とも飢えてるな。

 負傷から身体が栄養を欲しているのだろう。

 良い事だ。

 

「あ、なら自分が取ってきますよ」

「貴女だけでは手が足りないでしょう。仕方がないからわたくしも付き合いますわ。千冬様の分も取ってきましょうか?」

「いやそれくらい自分で――」

「待つサ。今の千冬を一人にしたら危険サ」

「暫くは戻ってこれなくなりそうアル」

 

 二人が腕と言葉で私を制す。

 確かに多くの人間が私に視線を飛ばしている。

 今はアーリィーと飛蘭のガードが効いてるので近寄って来ないが、一人になったら……面倒この上ない事態になりそうだ。

 

「すまないエラ、私の分も頼む。肉7野菜3の割合で適当に頼む」

「承りましたわ」

 

 エラがアダムズを連れ料理が並ぶ卓に向かう。

 さて、エラはどんな料理を持ってくるのか楽しみだな。

 

「せめてテーブルは欲しいアル」

「どっかから持ってくるか?」

「その必要はないアル――殺ッ!」

 

 飛蘭が給仕の男性に殺気を飛ばした。

 驚いた彼は振り返り周囲を探っている。

 こちらに視線が向いた……そしてアーリィーと飛蘭が手招き。

 無視する訳にはいかないのだろう、青い表情で歩いてくる。

 悪い使用例だ。

 

「なにかご用でしょうか?」

「テーブルを二つ頼むネ」

「片方は脚が短いタイプで頼むサ」

「承知しました」

 

 男性は急ぎ足で去って行く。

 今の二人は外見が怖いから仕方がない。

 ただせめてはとも思い、私は心の中で謝罪した。

 

「それにしても――」

「ん?」

「千冬の単一能力、アレって卑怯じゃないサ?」

「卑怯ではない。だが反則気味であるとは思っているよ」

 

 普通なら試合で使うのは躊躇する。 

 今回使用したのはアーリィーが普通ではなかったからだ。

 

「試合見てたけど、あれってシールドエネルギーごと斬ったネ?」

「どうせ世間にも公表されるだろうから先に言うが、私の単一能力はシールドエネルギーを切り裂いて相手に直接攻撃できる」

「……今後のIS開発は全身装甲型の開発が主になる。アーリィーはそう読むサ」

「もしくは遠距離特化アル。ぶっちゃけ千冬サンの間合いで戦うとか自殺と同義ヨ」

 

 関節をも覆う重厚型で遠中特化の射撃型。

 それが最適解だろう。

 だが重く遅い相手なら手はいくつかある。

 今のところ厄介だと感じるのは高機動射撃型だ。

 アーリィーのスピードとエラの射撃能力を持った相手が一番の難敵だ。

 

「でも羨ましいサ。単一能力とか凄く面白そうサ」

「面白いって理由で欲しがるのがアーリィーらしいアル。アタシは……ちょっと悩むね。どんな方法で能力が作られてるのか定かではないけど、アタシの単一能力はきっと人様に見せられないヨ」

 

 操縦者の性格や戦い方を参考に作られる単一能力。

 飛蘭なら――

 

「強制的なバーサーク状態か? 赤くなって全ての能力が三倍的な」

「きっと毒サ。装甲もシールドエネルギーもドロドロに溶かす毒を生み出す能力サ」

「アタシに対する評価が酷いアル」

 

 いや間違ってないだろ。

 開花したらきっとお茶の間に流せる能力ではないと思う。

 

「アーリィーならどんな能力ネ」

「んー、補助系になると思うサ。なにかしらの超常的な能力を頼るんじゃなくて、自分の手で直接殴りたいって思ってるからサ」

 

 なんともアーリィーらしい。

 単一能力の補助系か……全身に風を纏うとか?

 渦巻く風が生半可な攻撃なら弾き飛ばしそうだな。

 次の戦いが楽しみだ。

 

「戻りました~。あ、いつの間にかテーブルが」

「千冬様、お待たせいたしました」

 

 と、喋ってる内に二人が戻って来た。

 エラは器用に三つのトレーを持っている。

 

「どーぞ、なんかヘンなお粥と見た事がないお肉です」

「……これ、どこから持って来たネ」

「料理を選んでいたら中国のスタッフらしき人に渡されました。お仲間の方だと思ったのでそのまま受け取ったのですが、まずかったですか?」

「いや大丈夫アル。その人物はきっとうちの人間ネ」

 

 飛蘭が手に持つのは赤く染まったお粥となにかの蒲焼。

 お粥の赤はなんなんだ? 血にしか見えないんだが? 

 肉は一見ウナギにも見えるが、こんがりと焼けていてウナギではないだろう。

 周囲が困惑してるなか、飛蘭は嬉しそうに料理が乗ったトレーを受け取る。

 

「それを食うのか? 血をぶっかけたお粥みたいのを」

「食べるんですの? 普通の食卓では見た事がない謎のお肉を」

「食べるのサ? どう見てもゲテモノのそれを」

「持って来た私が言うのもなんですが、人間が食べれるモノなんですか?」

 

 飛蘭以外の反応は……仕方がないものだろう。

 綺麗に料理された束の料理、と評価したくなる物体なのだから。

 

「これは薬膳粥のヘビの血がけとヘビ肉ネ。滋養強壮に効果抜群でまぁまぁ美味いアル」

 

 ……中国ってのは凄いな。

 

「ヘ、ヘビの血ですの?」

「……ヘビ肉」 

「あはは……私は中国で暮らすのは無理そうですね」

 

 頬が引きつってるぞ三人とも。

 飛蘭を見ろ。

 実に美味しそうに真っ赤なお粥を口に運んでるぞ。

 材料と料理方法を聞くと尻込みするが、体に良さそうな料理じゃないか。

 

「いささかショックな出来事でしたが忘れましょう。はい、これは貴女の分ですわ」

「ありがとサ。お、これフォアグラサ?」

「フォアグラにマグロと卵のユッケ、それとデザートに柑橘類をいくつか持ってきましたわ。貴女は早急に血を補う必要があるのでしょう?」

「鉄分とビタミンCを補給する料理サ? 助かるサ」

「それと――」

 

 エラが手を上げてウェイターを呼ぶ。

 近付いて来たウェイターになにかを指示し、ウェイターはすぐに去って行った。

 

「お茶やコーヒー、それとお酒は鉄分の吸収を妨げますの。貴女は水で我慢なさい」

「至れり尽くせりサ」 

 

 ウェイターには水を頼んだのか。

 気が利くというか、こういった瞬間を見ると素直に良い奴だと思えるよ。

 

「良く知ってるんだな」

「淑女の嗜みですわ」

 

 嗜み……なんだろうか?

 確かに女性は貧血になる人が多いから、そういった情報を知っていてもおかしくないか。

 私? 私は昔から血の気が多いので貧血などになった事がない。

 

「千冬様はこちらをどうぞ。合鴨のローストと牛フィレ肉、それとシーザーサラダですわ」

「美味そうだな」

「おススメですわ」

 

 私の分は日常の食卓に並ぶことがない料理。

 これぞパーティーだ。

 全員の手に料理が渡り、会話をしながら各々が食事を楽しむ。

 途中気が緩んで二人の殺気が消えたせいか、如何にも権力者っぽい人間が何度か近付いてきたが、その度に殺気を出して追い払ってくれた。

 

「それで、これからみんなどうするサ?」

 

 ほどよく腹を満たし、会話が乗ってきたところでアーリィーが全員に視線を滑らせながらそう聞いてきた。

 これからか……私の場合は特に変わりはないな。

 優勝した今なら国家代表という立場から降りる事はないだろう。

 

「自分は国家代表を辞めて教導隊に入るそうです」

 

 と、どこか他人事の様にアダムズが答えた。

 国家代表を辞めると言っているのに悲痛感もなにもない。

 それでいいのかアメリカ代表。

 

「教導隊ですの? アメリカにそんな組織ありましたでしょうか?」

「新しく作るって言ってました。仕事内容は国中を周って子供たちにIS操縦技術を教える事だそうです」

「国家代表から降ろされるってのに随分とあっさりサ」

「別に国家代表の立場に固執はありませんし、戦いも好きって訳じゃありませんから。それに有事の際は戦力にされそうで怖かったのでむしろ喜んでます」

「ですが教導隊と言っても軍の所属に違いはないのでは?」

「ふっふっふっ、実は先輩方と取引しましてね。教導隊で五年働いたら国からのご褒美でどんな仕事でも紹介してくれるって言うんですよ!」

「ならお前は五年経ったら軍そのものを辞める予定なのか?」

「はい! 五年後の私はジョージ・ピーボディ図書館の司書です!」

 

 ジョージ・ピーボディ図書館……知らない名前だ。

 有名なのか?

 

「確かアメリカでも有名な図書館の一つだったネ」

「ジョンズ・ホプキンス大学にある図書館でしたわね。1800年代の鋳鉄建築で床は大理石、その荘厳な姿は本の大聖堂と呼ばれるほどだとか。良い趣味してますわ」

「世界一の蔵書数を誇るアメリカ議会図書館も魅力的なんですけど、個人的にジョージ・ピーボディ図書館に惚れていまして」

 

 働いてる自分を想像してるのか珍しくうっとり顔を見せるアダムズ。 

 うーん、わからん。

 町の図書館しか知らない私にとって、美しい図書館は想像できない場所だ。

 しかしそうか、将来は司書に――

 

 (どう思う?)

 (無理だと思うサ)

 (悲しいけど同意アル)

 (彼女は遅咲きでしたもの。五年後にはそれこそ一線級の実力者に成長してるのでは?)

 (高い才能を持ってる存在ネ。五年間真面目に修行したら千冬サンとも殴り合える存在に成長するヨ)

 (なら五年後に開放する気は――)

 (ないんじゃないサ? たぶん軍に繋ぎ止める為に丸め込まれたサ)

 

 アイコンタクト&ジェスチャーで素早く意見を言い合う。

 他の三人とも私と同じ考えか。

 もともと文学少女だったアダムズは今はまだ成長途中。

 そう簡単に手放しはしないだろう。

 

「みなさんどうしたんです?」

「や、なんでもないサ」

「なんでもないアル」

「なにも問題ない」

 

 だが言わない。

 なぜなら五年後のアダムズが楽しみだからだ!

 エラだけは苦笑してるが、アーリィーと飛蘭は私と同じ意見らしい。

 可哀想ではあるが、五年の間に自分を超える存在を鍛えればチャンスはある。

 頑張れアダムズ。

 

「私はそんな感じですね。アーリィーさんはこれからどうなるんですか?」

「アーリィーはこのまま国家代表続投サ。これでも準優勝者だからサ」

「となると織斑さんも」

「特に言われてないが、恐らく国家代表を続けるだろう」

「優勝者を国家代表から降ろす理由がないアル」

「ですわね」

「ならお二人は?」

「アタシは国家代表を降りるアル」

「同じくですわ」

 

 そうか……淋しくなるな。

 二人とも生粋の兵士ではない。

 飛蘭は暗殺者でエラは競技者。

 モンド・グロッソが終わればISを降りるのも仕方がないのかもしれない。

 

「辞めちゃうんですか?」

「暫く軍に所属してIS技能を教える役アル。期限は3年くらいを予定されてるヨ。それからは先はまだ未定ネ」

「わたくしは一年ほど後進の育成を手伝いを。その後は……まだ未定ですわ。競技者に戻るか、それとも専用機持ちとして活動するか迷ってるのが正直な気持ちですの」

「お二人とも私と同じ感じですね」

「国家代表として戦った人間をそう簡単に手放したりしないサ」

 

 そうだろうな。

 これから増えるだろう若きIS操縦者たち。

 その育成にモンド・グロッソで戦った人間の経験は大きな助けになるだろう。

 

「意外とみなさんとはこれからも会う可能性がありそうですね」

「合同訓練と言う名の情報収集はあるかもネ。その時はよろしくヨ」

「……飛蘭さんが期待する“よろしく”をしたら首が飛びそうなんですが」

「そんな心配そうにしなくとも冗談に決まってるアル」

「ですよねー」

 

 いや冗談じゃないだろ。

 仮に飛蘭が日本に来たら、私は喜びつつも絶対に気を抜かないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、もうそろそろ解散の時間サ」

 

 互いの進退や日常生活の話に花を咲かせてる内に、会場から人が少しづつ減って行く。

 騒がしかった場内から熱が引いていくこの感覚……なんとも言えない気持ちになるな。

 

「楽しい時間はすぐ終わってしまいますね」

「元々違う国で生きるわたくしたちですもの、この別れは必定ですわ」

「……自分にまだ寂しいと思う感情が残ってた事にびっくりアル」

 

 アーリィーや飛蘭までもが表情を曇らせる。

 胸に穴が空いたような気持ち……これが別れの感情か。

 ほんの数日間一緒に居ただけなのにこうも心を揺さぶられるとは……。

 性格が合ったというのもあるが、やはり正面から全力で戦った存在は特別なのだろう。

 

「よし、そろそろ帰るアル」

 

 誰もが無言で別れを惜しむ中、一番先に声を出したのは飛蘭だった。

 

「もう行くのサ?」

「ぐだぐだしてたら今以上に情が湧きそうヨ。だから中国代表の朱飛蘭はクールに去るアル」

「あ、飛蘭さん……」

 

 寂しそうな笑顔を浮かべ、飛蘭が車椅子を動かして背中を向けた。

 

「飛蘭」

 

 そのままなにも言わず立ち去りそうだったので思わず声を掛ける。

 まったく、ここまで来てそれはないだろう。

 

「お前との試合は楽しかったよ。機会があればまたやろう」

「……きっと、また」

 

 手をひらひらと振りながら飛蘭が一人出口に向かう。

 一人でさっさと行ってしまうのが彼女らしい。

 飛蘭、また会おう。

 

「……わたくしもお先に失礼しますわ」

「エラさんもですか……」

「そんな顔しないでくださいまし。わたくしだって別れは辛いのですのよ?」

 

 涙を浮かべるアダムズにエラが微笑みかける。 

 

「千冬様、失礼しますわ」

「おっと」

 

 手を広げ抱きついてくるエラを受け止めた。

 西洋で別れと言えばやはりハグか。

 慣れない文化だが、この期に及んで否はないさ。

 

「……千冬様に出会えたこと、それがわたくしの人生で一番の僥倖ですわ」

「大げさだな」

「決して大げさなどではありませんわ」

 

 エラは暫く抱きついたまま動かない。

 静かに泣いてる様だったので私はエラの好きにさせる。

 ……人の体温をまともに感じるのは随分と久しぶりな気がするな。

 

「ありがとうございました」

「もういいのか」

「はい、満足ですわ」

 

 顔を放したエラの表情はどこか晴れ晴れしていた。

 目尻に残る涙の後は見なかったことにしよう。 

 

「お二人ともお元気で」

「エラさんもご自愛くださいね」

「国も近いし、すぐに会うかもだけどサ」

「そうそうアーリィーさん、貴女とは直接戦ってませんでしたわね。自分が上だと思わない事ですわ」

「返り討ちにしてやるサ」

「その生意気な顔と心を叩き折ってやりますわ」

「なんで最後に物騒なんですか……最後くらい仲良くしましょうよ」

「性分ですわ。では、失礼」

 

 エラが踵を返すと、美しいブロンドの髪が舞う。

 最後は振り返ることなくエラ・テイラーは会場を後にした。

 あっと言う間に残り三人。

 こういった空気は苦手だ。

 私はどのタイミングで帰ればいいんだろうな?

 

「では私もこれで」

「お前も行くのか」

「はい」

 

 アダムズが手を差し出してきた。

 それをしっかりと握る。

 

「戦いは嫌いですけど、織斑さんとはまた戦いたいです」

「私もだ」

 

 アダムズの手はマメと傷でお世辞にも女性らしくはない。

 最近まで戦いと縁遠い生活をしていた彼女が戦いの場に身を置こうと努力すれば当然だ。

 夢である司書になって欲しいと思うと同時に、この鍛錬の跡を消さないで欲しいとも思う。

 私はつくづく強欲だな。

 

「アメリカに来る機会があったら是非連絡くださいね」

「あぁ」

 

 もしアメリカに行く事があれば、その時はアダムズおすすめの図書館など行ってみたいな。

 アダムズが夢見るほど美しい建物なら一夏にも見せてやりたい。

 

「アーリィーさんもお世話になりました」

「楽しかったサ」

 

 アーリィーと握手を交わしたアダムズは、最後に私たちに微笑みかけて歩き出す。

 背筋が真っ直ぐと伸び、視線が正面を向いている。

 普段のアダムズと違い自信に満ちた歩みだ。

 作られた性格であるアメリカ国家代表としてではなく、今のアダムズの素の性格で堂々としている。

 彼女もまたモンド・グロッソを通して成長したのだろう。

 

「二人きりになったサ」

「そうだな……」

 

 一人居なくなるたびになんとも言えない淋しさが胸を襲う。

 前に神一郎が言っていたな、普通の人間は子供のうちから別れを経験してこの感情に慣れるのだと。

 ……慣れたくないと、そう思ってしまう。

 人工人間の私にとって、この感情はとても貴重なものだから――

 

「私たちもそろそろ行くか。押そうか?」

「大丈夫サ。それに次はアーリィーの番サ」

「……おい」

 

 私を見上げるアーリィーが含み笑いしている。

 さてはこの一人一人帰るパターンはワザとやっているな?

 

「気づいたサ? フェイが帰ったあたりで千冬の顔色が変わったからみんなワザと個別に帰ったサ」

「顔色? ――そんなに違うか?」

 

 自分で触れてみるが特に変わった様子はないと思うんだが。

 

「年相応の顔になってるサ。と言うか普通に感情が隠せてないサ」

「……知りたくなかった」

 

 ポーカーフェイスに自信はあるし、感情が表に出にくい性格だと自分では思っていたんだが……まさか内情が顔に出てたとはびっくりだ。

 

「珍しい顔ご馳走様サ」

「もういい。さっさと帰れ」

「怒ったサ? ならアーリィーは殴られないうちに撤退するサ」

 

 にやけ顔のアーリィーを手で追い払う。

 感動の別れで終わらせられないのかまったく。

 

「それじゃ千冬、その首を取るのはアーリィーだってこと忘れるんじゃないサ」

「次も勝つのは私だ」

「せいぜい腕を磨くサ。アーリィーは……二度は負けない」

 

 目の奥に確たる決心が見えた。

 アーリィーは私を倒すという目的に本気で挑む気だ。

 ……面白いよ本当に。

 人類はまだまだ捨てたもんじゃない。

 プロジェクト・モザイカで産まれ、束と知り合って人間の汚さは多く見た。

 だがそれでもまだ人類を見限れないのは、モンド・グロッソで戦った彼女たちの様な存在が居るからだ。

 期待してるぞアーリィー、お前ならいつか私を超えられる……かもしれないな。

 残念ながら私はそう簡単に負けてやるつもりはないので、アーリィーが勝てるかは努力次第だ。

 

「――まぁがんばれ」

「うっわ上から目線。見てるといいサ、次の大会では千冬が車椅子サ」

 

 私が負けて車椅子か……それもまた面白そうだ。

 

「んじゃ帰るサ。また……サ」

「あぁ、また……だな」

 

 最後にアーリィーが一人で去り、私だけ会場に残った。

 会場にはちらほらと人が残っているが、遠巻きに見るくらいで誰も私に近付いてこない。

 変に絡まれる前に私も帰るか。

 今すぐシャワーを浴びてこの心地よい疲れのまま眠りにつきたいが……残念ながらそうはいかないんだよなぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズルズルと、何か重いものが引きずる音が聞こえる。

 今私が居るのはトレーニングルーム。

 時間は日付が変わり深夜。

 非常灯の明かりだけが周囲を照らす。

 大会が終わった今、この場を使う人間はいなかった。

 人気がない場所という理由でここを選んだが正解だったな。

 

「やっほーちーちゃん! おまたー!」

「うるさい黙れ」

 

 深夜の密会だというのに大声で騒ぐ束に頭痛がしてくる。

 

「周囲に人は居ないからだいじょうぶい! それにしてもまさか待っててくれるなんて感動だよちーちゃん!」

「だから黙れ。そして踊るな」

 

 トレーニングルームに入ってくるなり大声騒ぎクルクル踊りだす。

 ほんといい加減にしろ。

 

「絶対に来ると思ってたからな」

「にゃふふ、相変わらずの以心伝心だね!」

 

 モンド・グロッソで優勝し二次移行までお披露目したんだ、テンションが上がった束が突撃してくる事など分かり切ってるさ。

 さて、まず確認する事がある。 

 

「それで、お前が手に持ってるものはなんだ?」

「これ? しー君」

「なら問題ないな」

 

 束は手になにか大きな物を持っているが、薄暗いのでよく見えなった。

 人型なのは見て取れたので、もしやエラやアーリィーでないかと疑ってしまったよ。

 神一郎なら問題ない。

 

「ほら、しー君でしょ?」

「そのようだな」

 

 束が一歩近付き手に持った荷物を掲げる。

 シャツはボロボロ、ズボンはズタボロ。

 目が虚ろで体中に裂傷や青アザの跡が見える。

 ふむ――

 

「大型犬が散々遊んだオモチャ」

「誰が犬用オモチャだコラ」

 

 目に力が戻りギロリと私を睨んでくる。

 やはり演技だったか。

 まだまだ甘いな。

 

「ちーちゃんの同情を買おうとして失敗してやんの。ぷぷっー」

「……この猛犬の面倒を見てた俺偉いよね?」

 

 なんかすまん。

 だが計算外でもあるんだよ。

 まさか束がそこまでお前を傷付けるとは。

 

「少し前まで神一郎を殴る事にも躊躇してたのに、随分と仲良くなったな」

「今のしー君は子供らしさがなくて可愛くないからね」

「チチ! シリ! フトモモー!」

 

 女性部位を大声叫ぶ小学生……確かに可愛くないな。

 子供らしさの欠片もない。

 

「それにお金が手に入ってからおっさん化が激しくてさー」

「千冬さんの写真の売り上げ聞きたい? 軽く億越えだと言っておこう」

「……私の写真がそんなに売れたのか」

 

 自分の写真に値段が付くと言われもピンと来ないが、かなりの数が出回ったのは理解した。

 しかし億越えか……もの凄く複雑だ。

 

「年収億? ふーん、こちとら日給二千万越えですけどなにか? ただのデータが金になるとか笑いが止まりませんわー! うひゃひゃひゃ!」

「ね? 可愛くないでしょ?」

 

 汚い笑い声だ。

 子供らしさが死んでるよ。

 だが悲しいかな神一郎……お前の後ろでもっと汚い笑顔してる存在が居るぞ?

 たぶんお前の資産は近いうちになくなるだろう。

 あれはお前が文無しになって苦しむ姿を見たがってる顔だ。

 それも束のストレス解消の一環だろうから言わないけどな。

 

「あぁそうだ、アーリィーの治療をしてくれたらしいな。感謝する」

「モンド・グロッソで盛り上げるにはやられ役が必要だからね。アレは次の大会でもちーちゃんと踊ってくれそうだから生かしておいただけだよ」

「とツンデレしてますけど、束さんなりに千冬さんをあそこまで追い詰めたイタリア代表の事を少しは評価してるみたいですよ」

「しー君うっさい」

 

 なんだ、束なりにアーリィーの事を認めたのか。

 それがどの程度の気持ちかは分からないが、少なくとも死なせるのは惜しい、傷の後遺症などで戦えなくなるのは惜しい、そう思ってるのは事実だろう。

 

「それにしても流石はちーちゃん。まさかラストに二次移行を見せてくれるなんて盛り上げ上手なんだから」

「別に奥の手の一つとしてただけだ」

「しかも単一能力はIS殺し。んふふ、ちーちゃんへの好感度が限界突破したよ」

「別にお前の好感度を稼ぐ為ではない」

「もう釣れないんだから……そんな所も好き! そしてスキあり!」

「スキなどない」

「んぎゃぁぁぁ!?」

 

 束が投げつけてきた神一郎を避ける。

 そして――

 

「あいたたたたたっ!?」

 

 飛来する神一郎の陰から飛び掛かってきた束をアイアンクローで捕まえる。

 見え見えなんだよ。

 

「別にやましい事なんてしないよ!? ただ優勝者に対し主催者から勝利のキッスを!!」

「いらん」

「恥ずかしがらずにむちゅーと! むちゅんっと!!」

「今の私は握力に自信がある」

「過去最高の痛さ!? はーなーしーてーっ!?」

 

 暴れても無駄だ。

 飛蘭との戦いで覚えた呼吸法によって私の握力は過去最高。

 いくら束でも逃げだせまい。

 顔を持ち上げられた束が足搔くが無駄な努力だ。

 

「束さんが過去最高のブサ顔してると聞いて!」

「いやー!? 来るなー!!」

「流々武ヘッド装着! いいよー束さん、アヒルどころじゃない、最高のタコ口だよー」

「撮らないでー!!」

 

 復活してきた神一郎が頭部だけにISを装着させて暴れる束に近付く。

 たしか写真が撮れるのだったか。

 投げ飛ばされたのに元気だな。

 ここ数日で耐久力が上がったか?

 

「んぐぐぐっ、こうなったら!」

 

 お? 私のアイアンクローから逃げ出せる策でもあるのか?

 

「レロレロレロレロ」

 

 束が私の手の平を舐めまわす。

 それはもう舐めまわす。

 手の平がびっちょりしてきた。

 ……なんだろう、今日一日の思い出が汚された気分だ。

 

「こんな馬鹿の面倒を数日間見てくれた事に関しては本当に礼を言う」

「……儲けさせてもらったんで気にしないでください。その、千冬さんは大変ですね」

 

 気まずそうな顔で同情されてしまった!

 

「うへへへ、どうせ逃げられないならこの天災は利を取る!」

 

 束……神一郎がどうこう言っていたが、お前よりはマシだと実感したよ。

 別れたばかりだが、今は無性に戦友たちと会いたい。

 

「神一郎」

「なんです?」

 

 レロレロレロレロ

 

「私は今日一日を綺麗に終わりたいんだ。部屋に戻ってシャワーを浴び、ベッドに入って今日の戦いを反芻しながら眠りにつきたい……分かるな?」

「儲けさせてもらった借りはこれで帳消し、でいいですか?」

 

 レロレロレロレロ

 

「いいだろう。だからこの馬鹿を遠ざけてくれ」

「了解です」

「レロレロ……しー君如きに私がどうにか出来るとでも? 今の私はちーちゃんを味合うのに忙しいから余計な真似をしたら本気で怒るよ?」

「額に青筋を浮かべている世界最強の方が怖いので、俺は千冬さんの味方です」

 

 本気で怒りたいのは私の方だ。

 頼むぞ神一郎。

 今手を離したらどこまでも追ってきそうなコイツをどうにかしてくれ。

 

 レロレロレロレロ

 

 くっ、舌舐めを再開したか。

 

「ところで千冬さん、ファンサービス用のサインとかあります?」

「あるぞ」

 

 色紙に書く用の字体は提供されたものだけどな。

 織斑千冬のキャラ作りの一つとして、無暗にサインせず道端で頼まれたら握手程度にして欲しいと言われた。

 希少性を高める為とかなんとか。

 私には理解出来ないキャラ販促の世界があった。

 

 レロレロレロレロ

 

「それじゃあこの色紙にお願いします」

「わかった」

 

 なんでこいつは色紙なんて……そう言えば有名人から貰ったサインをネットで売る人間が居ると聞いたな。

 ……神一郎、お前さては隙あらば更に私を使って金稼ぎしようとしたな?

 しかし今は許そう。

 それで束を追い払えるのだから。

 右腕で束の顔を掴みつつ左手で神一郎が持つ色紙にサインする。

 流石に書きづらく字が崩れたがなんとか書けた。

 

 レロレロレロレロ

 

「今の千冬さん、珍しく化粧してますね」

「パーティーがあったからな」

「まさか私の為におめかしをっ!?」

 

 パーティーの為だと言ってるだろうが。

 スーツでの参加だが、その辺は一応社会人としてやってるさ。

 

「んじゃこの色紙を――避けちゃダメですよ?」

「おい……んぐっ」

 

 神一郎が色紙を私の顔にぐりぐりと押し付ける。

 なんなんだいったい。

 

「これで完成――恐らく世界で一点もの、『織斑千冬キスマーク付きサイン色紙』です」

「レロレロ…………ほう?」

 

 束の舌舐めが止まった。

 と同時に激しい重圧を放ち始める。

 

「束さん、これ欲しい?」

 

 神一郎が束の視界に入るように色紙を見せびらかす。

 

「大人しく寄こせ。そうすれば命だけは見逃してやる」

「貫禄の山賊かな? まぁあげてもいいけど……」

「素直な事は良い事だ。しー君もちゃんと理解して――」

「嘘だよバァーカ!」

「あいたっ!?」

 

 神一郎が束の尻に蹴りをくらわす。

 腰の入った良い蹴りだ。

 

「よくも色々やってくれたな! オラッ! コラッ!」

「いたっ!? このッ! 束さんのプリティヒップに蹴りを――ッ!?」

 

 神一郎が更に連続で蹴りをくらわす。

 恨みが籠ってるな。

 

「ふぅ……すっきりしたし、もう帰りますね。束さんはそこで千冬さんの手の平舐めてればいいよ。俺は家に帰って千冬さんのキスマークと関節キスでもするんで」

「……あん?」

「千冬さんの口紅とか本当にレアですよね。世界で一つだけのサイン色紙、宝物にします」

「……おん?」

「じゃ、お疲れでしたー」

 

 ゴゴゴゴゴゴッ!

 

 神一郎は何事もなかったかの様にトレーニングルームから出ていく。

 すまない神一郎。

 まさか私の為にそこまでしてくれるとは。

 

 

 

 

 

 

「ちーちゃん、離して」

 

 五分ほど経っただろうか? 騒ぎもせず、手の平を舐めもせずひたすら無言だった束が静かな声でそう言った。

 今の束を開放して大丈夫だろうか……神一郎の命的に。

 だがいつまでもこうしてはられない。

 犠牲は忘れないぞ神一郎。

 

「ほら」

 

 手を放すと束が静かに着地する。

 下を向いてるので前髪がかかって表情は見えないが、想像は難しくない。

 

「ごめんねちーちゃん。今夜は一緒に寝ようかと思ったんだけど急用ができちゃった」

「用ができたなら仕方がないな」

 

 このさい私の都合をまるっと無視してる点は気にしない。

 

「また今度ゆっくりお喋りしようね」

 

 顔を上げた束は笑顔だった。

 だがその背後には修羅が見える。

 

「じゃあねちーちゃん。お休み~」

「……お休み」

「さてと……しー君コロス」

 

 束が凄まじい速さで走り出した。

 

 コロスコロスコロス

 

 不吉な呟きだけがトレーニングルーム内に反響する。

 

「……部屋に戻ってシャワー浴びるか」

 

 二人の事は記憶から追い出そう。

 それが一番賢い選択だ。

 ――よし、山場も越えたし暫くは家族サービスに励むか。

 忙しくて一夏の相手をしてやれなかったしな。

 最後はぐだぐだだったが、こうして私のモンド・グロッソは終わったのだった。

 




 帰ったら弟と平穏な日常を、なんて考えてる世界レベルの知名度を持つ女性がいるらしいですよ?


 ミッション! 篠ノ之束から逃げ切れ!

 闇夜に乗じて襲ってくる篠ノ之束から逃げるクエストです。
 捕まるとレアアイテムである『織斑千冬キスマーク付きサイン色紙』を奪われ最大HPの半分を失います。
 初手土下座でサイン色紙を差し出した場合は失うHPは三割ですみますが、その場合は織斑千冬の好感度が下がります。

 ※このクエストは負けイベントです。逃げ切る事はできません
 ※このクエストをクリアすると織斑千冬の好感度が微小UP
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