俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ 作:GJ0083
もう読者様に忘れられてそうで怖いですよ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
「もしもし束さん?」
『なんだいしー君』
「ここ、結構怖いんですが」
『知らんがな。まぁ後2分33秒の我慢だよ』
はいと言う訳で、現在俺はマンホールの下でスタンバっております。
凄いんだよこの場所。
流れる水の上に浮かびながら待機してる状態なんだが――コンクリ造りの川に流れるのは汚水排水ゴミなどで、川の両脇には人が歩ける程度のこれまたコンクリートの道がある。
映画で見たことある風景だけど、本物はヤア゛ァイ。
道を踏み外したらなんらからの病気になること確実だし、視覚情報もグロイ。
かと言って明かりを消せば一切の光のない暗闇で原始的な恐怖がある。
俺のIS全身装甲型でよかったわ。
この空気を吸っても病気になりそうだもの。
『ふひぃー』
「随分と気が抜けた声ですね」
『バラを浮かべたお風呂で優雅に半水浴しながら冷えたシャンパンを飲む。これぞ優雅の極みだと思わない?』
そしてこの場面でも煽ってくる束さんよ。
束さんが入浴中だと聞いてもワクワクよりイライラくる。
……………よし。
飛ぶために必要な部位の装甲を解除。
上着やズボンを空気に晒す。
わぁい、空気は生暖かいぞぉ~?
これ、もしかして汚物が発酵してたりするのだろうか?
だが丁度良い。
この場の空気をたっぷり吸え俺の衣服達ッ!
外に出たら束さんに新鮮な下水の匂いをご馳走してやる!
『おっと、後ろに車が来そうだからここは赤信号にして、逆にこっちは青にして先に進ませてっと――』
束さんの仕事はレオンハルト氏が運転する車の前後に他の車が付かない様にする事。
その為にハッキングで信号機のタイミングをずらしたりしている。
普通なら難易度の高い仕事だ。
道路全体を見ながら車の動きを先読みしたりなんて俺には無理。
束さんにはそれこそ片手間の仕事レベルだけどね。
『しー君、後10秒で作戦開始だよ。スピード勝負だから失敗しないようにね』
「うす」
脇のコンクリートの上に並べてある三つの袋に目を向ける。
中身は肉塊……怖くて見てないが、手に入れたDNAを培養して作った人の形をした肉である。
ほんのり感じるマッド感よ。
『3、2,――今!』
真上にあるマンホールの蓋が開き、光が見える。
……そして落ちてくる人間。
「ってレオンハルト氏!?」
まさかのダイナミックパスに慌ててキャッチ! と思ったら広げた腕に収まる直前で落下が止まった。
あ、糸でバンジーしてるのか。
「糸を外すので旦那様を受け止めてください」
「了解です」
レオンハルト氏の声が聞こえたので、素直に指示に従う。
両手で抱きかかえると、シュルリと糸がほどける音が聞こえた。
便利なもんだ。
旦那さんを歩道……歩道? とにかく汚物流れる下水の横にある歩行スペースに置いてある棺桶型保護ケースに入れる。
中には酸素発生機はもちろん、あらゆるショックから身を守る束印のクッションが備わっている。
これでISで手荒く運んでも問題ないのだ。
「次行きますよ」
「どうぞー」
今度は奥さんが落ちてくる。
セクハラにならないように触る場所に気を使いつつキャッチ。
これもすぐさま棺桶型ケースに。
「次は死体を。まずわたしの死体を投げてください」
「了解です。ほいっ!」
麻袋に入った人型の肉を両手で掴み真上に投げる。
光の中にレオンハルト氏の手が見事麻袋を掴んだ。
「ふむ……自分の死体を見るのは流石に始めての経験ですな」
なんて独り言が聞こえてきた。
想像したくないけど、中身はやっぱりそうなんだ……。
「次は旦那様のを」
「ほいっ!」
「最後です」
「ほいっと!」
最後の麻袋を投げてから棺型ケースを腰に装着。
一見すればガンダムのヴェスパー感があってカッコ良い。
中身は人間だけどね。
「お待たせしました」
スルスルと降りてきたレオンハルト氏が下水の真上に現れる。
糸を掴んでるのだろうけど、まるでパントマイムだな。
「抱っことおんぶと束式どれがいいです?」
「束式とは?」
「肩に腰かけてもらいます」
「ではそれで」
ですよねー。
俺的にはイケオジ執事様を抱っこでも良かった。
「天井にだけは気を付けてくださいね。車の方の細工は問題なく?」
「もちろんですとも。では失礼して」
いつもの束さんポジションにレオンハルト氏が居るって新鮮だな。
さて、これでこちらの仕事は終わった。
後は一刻も早くこの場を立ち去るだけである。
「オルコット夫妻とレオンハルト氏を回収しました。車の方の細工も問題ないそうです」
『おつつ、んじゃ爆破3秒前ね』
は? 3秒? さんびょう……
「全速離脱!」
「おっとと」
申し訳ないレオンハルト氏! だけどこの位置は怖いんで! 少しでも離れないと巻き込まれる気がする!
急発進したがレオンハルト氏はバランスを崩して落ちるなんてことはなかった。
流石です!
「急にどうしました?」
「今から束さんが爆破するそうなので、一応耳を押さえてください!」
「それは大変ですな」
そうそう大変なんですってきたぁぁぁぁ!
爆音が響き、真後ろの空間に赤い火が見える。
あの火はマンホールを通って現れたものだ。
ほら見ろ絶対にこうなると思ったよ!
あのアホンダラ爆風を真下にも向けやがった!
「こちらは生身なので頼みますよ」
「あいさっー!」
後ろから迫る火から逃げる為に下水の上を飛ばす。
そう、ここは下水道で明かりなんてない。
いくらISに暗視機能があっても、昼間ほど完璧に見えない。
つまり――
「超怖いっ!?」
真っ直ぐ飛ばなければならない。
もし飛ぶ軌道がズレたらレオンハルト氏が一大事。
そんなプレッシャーが俺を襲う。
高所の綱渡り感がある!
「流石に他の人間にまで被害を及ぼす規模の爆破はしないでしょう。もう暫くの辛抱です」
レオンハルト氏はもうそろそろ爆風が治まると予想!
と言われましてもねぇ!? 純粋に背後から徐々に迫る炎が怖い!
『うーん、映画とかでよく見る光景だからやってみたけど、ハラハラドキドキより笑いが来るね』
ここでその感想は聞きたくなったなぁ!
あ、でも炎の勢いが――
「なんとか逃げ切りましたな」
「ですね」
迫ってきた炎との距離が開く。
もう少しでレオンハルト氏の髪がチリチリになるとことだったぜ。
ふふっ、束さんたら本当にお茶目さんなんだから。
「お帰りしー君」
下水道から脱出して合流地点に無事到着。
お風呂上がりのさっぱりした束さんが出迎えてくれた。
レオンハルト氏一回降ろして、ケースに入ったオルコット夫妻も優しく地面に寝かせてっと。
瞬時加速からで束さんの頭上へ移動!
「もらった!」
「突然の奇襲!? だけど甘い!」
「ごふっ!?」
腹に拳が……だがこんなケンシロウ状態になって程度で俺は止まらん!
短距離の瞬時加速! 背後もらったぞオラッ!
「んな!?」
「お風呂上がりの束さんの髪は良い匂いがしますなー」
ISを即座に解除して背中から抱き着き後頭部に鼻先を埋める。
ぐへへ、バラの匂いがするぜ。
「唐突なセクハラとかバグったの!? いい加減に……しないと……?」
束さんの鼻がヒクヒクと動く。
セクハラ? バカ言っちゃいけないよ束さん。
これは純粋たる嫌がらせだ!
「くさっ!? なんか匂う!?」
「束さんに下水の香りのプレゼントをしようと思って」
「こんにゃろー!」
束さんがジタバタ暴れるが、俺は首に手を回してがっちり掴んでいる。
多少暴れた程度で離すと思うなよ!
「ほれほれ」
「いやー!? なんかしー君が全体的に湿ってる気がする!?」
「炎に襲われた恐怖で少しばかり汗をかいたので」
「私のせいだった!?」
「なんかバラの香りが弱くなった気がする」
「シクシク……臭いよー、しー君が触れてる場所がヌメッとするよー」
束さんがしんなりと枯れた花の様になってしまった。
たかがバラ程度で下水の匂いに勝てる訳ないだろ!
「……流々武、強制展開」
ボソッと呟かれた束さんのセリフに反応し、流々武が装着される。
うん、この後の展開はだいたい読めた。
「やるといい。それでも俺はこの手を離さない!」
空が一瞬だけ近付く。
そしてISが解除されて襲ってくる浮遊感。
地面に対して俺が下で束さんが上。
俺は束さんの首に手を回し背後から抱き着いている。
これはつまり――
「束さんがお尻を全力で押し付けてくる。そう思えばご褒美なのでは?」
「ッ!? 死ねっ!」
――激しい衝撃を感じたと同時に、ほんの僅かな瞬間だが柔らかさを感じた気がした。
股間の痛みを感じる前に頭を打った衝撃で気絶したのは行幸である。
下手に意識があったら股間を潰された地獄の苦しみを長時間味合うとろこだったからな。
束さんと合流した現在はまたも移動中。
肩に束さん、腕の中にレオンハルト氏を抱いてる。
ナイスミドルとの距離が近くてドキドキしますよ。
いやね、束さんが定位置じゃないと嫌だって言うだもん。
「篠ノ之束に股間にお尻を押し付けられた男って世界初なのでは? これは一生モノの思い出にしよう」
「ナニが小さすぎて一切の感触を感じなかったので私の心にはノーダメージです」
「くっ! お尻に残った感触に嫌悪感丸出しの顔した束さんが見たかった! お子様な体が憎い!」
「しー君て時たま私の想像以上の変態性を見せるよね」
「類友って言葉はご存じで?」
「頭脳面か肉体面で類友が欲しかった!」
「あ、自分の変態性は認めてるんだ」
そりゃ千冬さんグッズで埋め尽くされた自室がある時点で重度の変態だもん、束さんだって千冬さんにお尻を押し付けられたいって思うか。
まさに類友!
肉体面の類友は居るし、後は頭脳面で同レベルの友達が出来るといいですね。
応援だけはしてるよ。
「お二人は本当に仲が良いですなぁ」
「でしょ?」
「これのどこか仲が良いのか理解できない!」
「どう見ても仲良しの会話でしょうが。……あ、今までぼっちだったから友情とかに疎いのか。束さんドンマイ」
「まさか……同情…………されたの? 私が?」
肩に座る束さんが前髪で顔を隠した状態でぷるぷると震える。
どうした? もしかしてトイレかな?
おや、アホやってる内に到着だ。
「レオンハルト氏、あの島が住んでもらう島です」
「ほう、意外と大きいですな」
「山側に家があって、中央には畑があります」
「それはそれは、意外と豊かな老後生活を送れそうですな」
「晴耕雨読の生活っていいでよね。憧れます」
「その歳でそれに気付きますか。えぇ、実はわたしもそんな生活を夢見てた時期がありました」
「今は違うんですか」
「生涯をオルコット家に捧げる、そう決めてますので。ですからあの島での生活はいささか楽しみであります」
カリバーン家は代々オルコット家に仕えてたみたいだし、若い頃には自分の生き方に疑問を感じて家の仕事を継ぐのに疑問を感じてたりしたのかな?
「到着っと」
やって来ました愛しのログハウス。
……今日からリア充の住まいになるかとちょと悲しい。
だって二人とも生前の俺と変わらない年齢なんだもの。
しかも奥さんは金髪美人(貴族)だ。
少しばかし複雑な感情になるもの仕方がない。
「これは立派なログハウスですな。佐藤君が建てたので?」
俺から降りたレオンハルト氏がログハウスを眺めながら顎を撫でる。
気に入ってもらえたかな?
「そうです。と言いたいですが、9割以上は束さんです」
胸を張って自分が建てたとは言えない悲しみよ。
だがそのお陰でこうしてお貴族様が住んでも大丈夫な建物になった訳だが。
「それと向こうにあるのがレオンハルト氏の家です」
「おぉあれですか。実に助かります」
指刺す先にあるのは急遽建てたもう一つの建物。
レオンハルト氏に頼まれた建てた小型のログハウスである。
曰く、流石に同じ家でお仕えするお二人と生活を共にするはちょっと――
らしいです。
まぁお屋敷ならともかく、あのログハウスで三人は手狭だよね。
夫婦のプライベートもなくなっちゃうし。
そんな訳でレオンハルト氏が住むログハウスを急いで建てたのだ。
……束さんがね。
役立たずじゃなーし! 一応木を切ったりはしたよ! それに束さんのご飯用意したり内装を買ったりしたから役にはたってます!
「さて、束さんや」
「しょうがないなー」
「お願いしますね」
棺桶型ケースを優しく地面に寝かす。
ケースを開けると静かに寝息を立てるオルコット夫妻。
それを束さんが素早くチェック。
「うん、問題ねいね」
「それは良かった」
下水では慌てて飛んだから少し心配してたんだが、そこは束さん製だ。
随分と気持ちよさそうに寝ている。
「寝てる間に他人に触れられるのは嫌でしょう。レオンハルト氏、お願いします」
「承りました」
レオンハルト氏が順番に抱き抱えながらログハウスの寝室まで夫婦を運ぶ。
やー、やり切った感がありますな。
なんとしても二人には保護を受け入れて欲しい。
説得がんばるぞー!
「しー君」
「はい?」
「メシ」
スッと俺に横に現れた束さんが貫録の昭和の父親ヅラを見せる。
これが女尊男卑の世界か。
「さっきサンドイッチ食べたでしょうが」
「もう何時間か経ってるし、用意するまでの時間を考えたら今から準備するのが得策だと思う」
「まぁ確かに」
俺も少し小腹が空いてきた。
少し早いけど準備するか。
「何が食べたいんです? 要望がなければ魚が楽でいいんですが」
ちょっと海に出ればいくらでも捕れるからね。
「ルビアガレガ牛」
「は?」
「だからルビアガレガ牛だって」
「日本語でオケ?」
ルビアガレガ牛とはなんぞ。
横文字の牛とか知らんわ。
「はぁー、これだから日本人はダメなんだよ。もっと世界に目を向けるべきなのに引きこもり気質なんだよなー」
「突然のディスにビックリです。で、察するにその牛は世界で有名な牛なの?」
「日本人は和牛信者が多いよね。松坂や神戸、確かに悪くはないけどさー、所詮は数ある牛種の一つに過ぎないんだよ」
それは仕方がないのでは?
だって普通に質が良いのだもの。
国内の肉が悪質ならともかく、良いものが多いなら無理して外国の肉を食べる必要なくない?
あ、こんな思考が引きこもり気質って言われるのか。
「執事」
「はい」
「説明」
「了解です。では簡単に――ルビアガレガ牛とは牛乳と肉の両方の生産のために飼育されている二重目的の牛であり、基本的には放牧で育ちます。10年以上放牧されたルビアガレガ牛の熟成肉は口にするのが希少で絶品なのです」
「凄く簡単な説明で凄く分かりやすい。とても珍しい高級肉と認識しました」
「それで間違っておりません」
酪農も目的があるから普通の肉目的の牛と違ってすぐに潰したり出来ないんだ。
10年以上の放牧とは拘りを感じる。
年老いた牛の肉と聞くと安い肉のイメージがあるけど、それが窮屈な牛舎なのか広大な土地なのかで変わるよね。
草原で伸び伸び育った牛かぁ……絶対に美味いだろそれ。
俺も興味がある。
だがしかし――
「また高い物をリクエストしてきましたね」
「執事の家を建てたの誰だっけ?」
「束さんです」
そーなんだよなー。
レオンハルト氏の家を突貫で建てたのは束さんなので、その分の借りがあるのだ。
しゃーなし、だな。
「んじゃ束さんリクエストのルビアガレガ牛にしますか。ところでどこで買えるんです?」
「さあ?」
食べたいならそこまで調べとけや。
町中の肉屋さんには置いてなさそう。
直営店とかあるかな?
「どうぞ」
「地図ですか?」
「金さえ払えば大抵の物は買える店です。非合法ではありませんが真っ白でもない。そんな店なので、まぁ子供でも大丈夫でしょう」
サッと買える店を教えてくれる執事様が素敵だ。
グレーゾーンのお店で買い物とかちょっとドキドキします。
良い意味でね!
「あ、レオンハルト氏。手書きで申し訳ないですが島の地図です」
「助かります。では佐藤君が戻って来るまで見て回りましょう」
「束さんは……」
「しー君が戻って来るまで適当に遊んでるー」
そう言って束さんは切り株に腰を降ろしてパソコンを膝に乗せる。
まったく、最近の若い者はすぐパソコンで遊び始めるんだから。
その気持ち、ちょっと分かります。
「エロゲですか?」
「しー君、自分の常識が正しいと思わない方がいいよ?」
バカな!? 森の中でパソコンを使ってする遊びなんてエロゲしかないだろ!?
爽やかな空気と木漏れ日の中でするエロゲ(純愛系)は格別だと言うのに……それが違うとかビックリだ。
「ならなにしてるんです?」
「んー? イギリス政府とMI6の動きを見てる」
……まるでユーチューブ見る感覚で世界の裏を見ますね。
たぶんオルコット夫妻爆殺事件後の動きとか見てくれてるんだろ。
「んじゃ行ってきまーす」
「いてらー」
「お気をつけて」
町の中心にありながらも客がいない薄暗い店での買い物。
レオンハルト氏曰くグレーなので問題ないと思いつつもドキドキしつつ肉を買う。
少しは束さんを労おうとついでにデザートなども買って島に戻る。
うん、正直に言えばだ……なんとなくこうなるかなとは思ってた。
「離せぇぇぇぇ!」
片腕で頭を掴まれて地面に押し込まれる。
どんなに暴れても解放される事はなく、口の中に土の味が広がる。
俺のシャトーブリアンがッ! イタ飯がッ! 全部束さんの口の中に消えた!
ついでにレオンハルト氏の口の中にも!
油断するとすぐこれだ!
「しー君、ごはんに合う最高のスパイスってなんだか分かる?」
「……空腹?」
「残念! 正解は『目の前に食べ物があるのに食べれない人間の心からの悲鳴』でした!」
「その思考はサド過ぎでは!?」
「肉体と精神を同時に満たすハイセンスな食事法です」
なんかもう発想が怖い!
束さんに忍空読ませた事あったっけか?
もう素直にお腹だけ満たして欲しい。
ジャリ
ん? 足音?
なんとか視界を地面から上げて見ると人の足が見えた。
「食事中に申し訳ない」
「少々お時間よろしいでしょうか?」
お目覚めですかオルコット夫妻。
……こんな場面でファーストコンタクトとか泣きたくなりますよ!
もっくもっく
束さんの咀嚼音が響く中――
オルコット夫妻は返事待ち。
レオンハルト氏は自ら動かず静観。
そして束さんは無言で食事を続けている。
あれー? ここは俺が動く場面ですか?
「あー、オルコットさん、そこの荷物の所に折り畳み椅子があるんでそれ使ってください。それとお腹空いてます?
「え? いや空腹ではないが……」
「寝起きですもんね。それじゃレオンハルト氏、飲み物でも」
「畏まりました。旦那様、紅茶でよろしいでしょうか?」
「レオ……あぁ、頼むよ」
俺に話しかけれて戸惑うのは分かる。
だがレオンハルト氏に対する気まずい空気はなんだ?
まるで敵対してるかのようじゃないか。
「レオンハルト氏、隠し事があるなら教えて欲しいんですが」
「はい? ……ふむ、旦那様の態度の事ですかな? 実は攫う前に少しばかし悪戯をしまして」
「悪戯?」
「まるでわたしがお二人の命を狙っている。そう思わせる様な会話を少々」
「なんでそんな事すんの!?」
「そうですな……軽いお茶目です」
まじかよ。
レオンハルト氏って意外とお茶目だったの?
「レオ、またこの人で遊んだわね?」
奥さんの呆れた声を聴く限り、初犯ではないらしい。
カリバーン家は代々オルコット家に仕える家系。
そして旦那さんは入り婿。
もしかして、娘を取られた父の心境なのだろうか?
だとしても冗談が過ぎると思います!
「しー君」
お、束さんの力が緩んだ。
やっと話し合いを始める気になったか。
立ち上がり服に着いた砂や土を落とす。
そして改めて束さんの方を見る。
「肉ないなった」
そこには微妙に悲しそうな顔をした束さん。
ふむふむ、焼いた分は食べ終わって肉ないなったと……
「ほい生レバーと生野菜」
「えー? 生とか美味しいの? ――あ、意外と珍味で美味い」
文句言いながらも生レバーを躊躇なく食べる。
流石の胆力だ。
まぁ束さんの胃腸なら食中毒にはなるまい。
例えなっても自分で治せるだろうし。
ちなみに俺はしっかり焼いて食べる気でした。
生レバーの味に興味はあるが、束さんが素直に治療してくれるとは思えないんだもん。
「お待たせしました」
と、ここでレオンハルト氏が戻ってきた。
生レバーという珍味に夢中な束さんは放置して、こちらは少しシリアスモードに入ります。
「さて、色々聞きたい事があると思うのですが」
二人が紅茶で喉を潤し、一息ついたタイミングで話を切り出す。
「答えてくれるのかな?」
「もちろんです」
「そうだね……ならまずは僕たち夫婦を攫った理由を教えてもらおうか」
まずはそこからなんだ。
お前は誰だとか、そこから入ると思ったのに。
攫われた割に落ち着いているし、気弱な草食系に見えて意外と胆力があるのかな?
奥さんの方は会話に口を挟まないが、こちらを観察している目つきだ。
「実はお二人が殺されるって情報を束さんが掴みまして」
「ほう」
「なら助けてあげれと自分が言いまして」
「ふむ」
「で、今の状況になります。ちなみにちゃんと説明してレオンハルト氏には手助けしてもらいました」
「なるほど」
旦那さんが少し考え込む。
信じられないだろうな。
「レオンハルト」
「はい奥様」
旦那さんが黙ってしまったタイミングで奥さんが動く。
紅茶を淹れた後は自分の後ろに控える執事に声を掛ける。
「貴方はこの方々を頼った方がオルコット家にとって良い、そう判断したのね?」
「暗殺の情報事態はありました。ですが相手の姿が見えず、このままではお守りしきれないと判断しましたので」
「嘘つかれている可能性はないのかしら?」
「ありませんな。そもそも、オルコット家と言えど篠ノ之様から見れば敵とも呼べない存在でしょう。少年の方は目的があるようですが、篠ノ之様は暇つぶし程度のお気持ちかと」
残念ながらレオンハルト氏の考えは間違っている。
この隣で生の人参をボリボリ齧っている生き物は、妹のライバルになりそうな存在を消すために助けたのだ。
ちゃんと親を亡くした薄幸の美人貴族令嬢を誕生させないっていう目的があるのだよ。
「……そう、君には目的があるのね?」
スッと貴族の奥様に冷たい視線を向けられる。
変な扉を開きそうになるのでやめれくれます?
「目的って言うものじゃないんですがね。ただこの島で暫く生活して欲しいだけです」
「ここは島なのかい?」
「無人島です。とは言え設備は整ってますよ」
「確かに僕たちが寝てた部屋は立派だったね。ちゃんと見回した訳じゃないけど、キッチンも近代的だった」
「食事は自給自足が基本になりますが、暮らすのに不便はないかと」
「それはありがたいけど、もし断ったらどうなるのかしら?」
「普通に国に戻しますよ?」
「……へ?」
奥さんが口を開けたまま固まり、旦那も同じ姿勢で動かなくなる。
似た者夫婦だ。
さてさて、紙とペンとビデオカメラを用意してっと。
「ですが戻る前に、手紙とビデオカメラで死を選ぶのは自分たちの意思だって証拠を残してください」
「……なぜかしら?」
「そりゃ差し伸べられた手を振り払って死を選ぶんですから、最低限の配慮は必要ですよ。自分みたいな子供が後悔しないよう、オルコット家の人たちに逆恨みされぬように、助けを拒み死を選ぶのは自分たちの意思であるって示してもらわないと困ります」
「そう……ね。困るかも……しれないわね」
「確かに君の立場を考えれば必要な配慮……なのかな?」
なんでそんなに戸惑ってるんだか。
どう考えても必要な配慮でしょうーが。
将来セシリア・オルコットに会った時に後ろめたい思いをしないよう、死を選ぶのは自分の意思だとはっきりと主張していただきたい。
「えっと、君は僕たちを助ける見返りとか欲しいんじゃないの?」
「言い方は悪いですが、オルコット家に求めるものはありませんね」
だってイギリス有数なお家でも、ホログラムの空中投影技術や革新的なVR技術なんて持ってないだろうし。
見返りと言われても、俺が心の底から欲しいと思うものをオルコット家は用意できないのだ。
今のオルコット家からお金を巻き上げるのも悪い気がするしね。
「では純粋な善意だと?」
「どっちかと言うと偽善ですね。本当に守りたいのは自分の心であって、お二人の命ではありません」
「随分と正直だね」
「嘘をつく必要はありませんから」
とは言いつつも、正直言えば是が非でも島に残って欲しい。
いやだって自殺する人間に会った事がないから、自分の心がどう動くのは分からないのだ。
自殺を止められなくて後悔するのは嫌だし、自殺を見逃して特になにも感じない自分を知るもの嫌だ。
でもだからと言って無理矢理生かすのも違うだろうし……。
はぁー面倒くさい!
ともかく生きて欲しい!
「……レオ、君に意見はあるかい?」
「素直にお世話になるのがよろしいかと。国に戻っても殺されるだけでしょう」
「でも本当に暗殺があるかは分からないのよね?」
「奥様、そのお考えは甘いです」
「レオの言う通りだ。エクシアとエクスカリバーを僕たちを殺してでも手元に置きたい、そう考える者たちは多いはずだよ」
「そう……よね。ごめんなさい、少し現実から目を背けてたみたい」
そんな感じでオルコット家の皆さんがシリアスに話し合う中、俺は鉄板の上に肉を並べる作業。
生レバーを食べ尽くした束さんが俺の脇腹を突いて催促してくるんだもの。
暇になった束さんは厄介なので、食事に集中してもらわなければ。
「ところで……」
おや旦那さん、そんなに俺を見つめて何用でしょうか。
もしかして肉食べたいの? だけどこの一帯は束さんの領土なので手を出したらフォークで刺されますよ?
肉が欲しければ新規開拓してください。
「君はどんな立場の人間なんだい?」
「立場とは?」
「篠ノ之博士と行動を共にし、話し合いでも矢面に立つ君の正体が知りたい」
「束さんの友人枠に居る人物、とでも言っておきましょうか」
ふっ、この言い方カッコ良くない?
「無駄話してないで早くお肉ひっくり返して。焦げちゃうじゃん」
「アッハイ」
あ、この肉は食べ頃だな。
束さんの前に移動させてっと。
「覚えがありませんか? 篠ノ之様の情報をまとめたデータの中に彼の情報もありましたが」
「そんなのあったかしら……アナタは見覚えある?」
「日本人だよね? 日本人の男の子……データにあったのは織斑一夏と――」
「そうです。篠ノ之様と交流があり、失踪前に重傷を負わされた子供が居ましたね? 彼がその少年、佐藤神一郎君です」
「今はただの肉焼き係ですけどね。あ、それとお二人を助けるのに本当に裏はありませんよ? 束さんが暗殺を予期し、それを知った自分が束さんに助けて欲しいと頼んで今に至る。本当にそれだけです」
外向けの綺麗事だけどね!
嘘をさり気無く会話に混ぜて本心の様に語るマンガから学んだ俺の会話テクを見よ!
「驚いたわ。篠ノ之博士と縁が切れた訳ではなかったのね」
「篠ノ之博士の周囲は国が嗅ぎまわっていたし、オルコット家も注目していた。でも事件の後の君は普通の小学生にしか見えず、篠ノ之博士の関係者と言えるほどではなかった。まさかまだ繋がりがあったとは……」
お、それは良い情報。
国の情報機関でも俺は束さんの関係者とは言えないレベルになってるのか。
このまま俺の存在を忘れて欲しいね。
「あくまで篠ノ之博士は協力者の立場なんだね。確かに博士は先ほどからこちらを一切見ないし、まるで興味がないないようだ」
「話し掛けてはダメよ? 例え命の恩人に感謝の気持ちを伝えたいと思っても相手は天災。下手に話し掛けて煩わしいと思われればそれでお終いだわ」
「分かっているよ。だからこそ君にはちゃんと言おう。助けてくれてありがとう」
流石はイギリス国内で色々と動いてきたご夫婦。
束さんの扱いを心得ている。
旦那さんも子供相手にしっかりお礼が言える素晴らしい人格者だ。
少し照れますなぁ。
「お二人とも、感謝は大切ですか絆されてはいけませんよ? 少なくとも篠ノ之様と確執が在った様に見せかけた事件は少年の発案です。篠ノ之様のご友人が普通の子供な訳ないじゃありませんか」
ってレオンハルト氏ィィィ!?
「……君、確か骨折とかしたはずだけど、もしかして君から篠ノ之博士にするように頼んだの?」
「……きっと診断結果の偽造を頼んだのよ。そうよね?」
「いやそれは……」
めっちゃ目の奥に不信感がががッ!
ダメですか? 束さんに暴力を強制してボコらせるのはダメなんですかッ!?
……客観的に見てダメそうですね。
「……ぐすん、嫌だって言ったのにしー君が言うことを聞けって、無理矢理……」
「お前はこんな時だけ話に入ってくるんじゃねぇぇぇ!」
「やめて! あの時にみたいにまた無理矢理暴力を振るわせる気なの!? 私もう耐えられないっ!」
「いや誰も言って――ごふぉ!?」
ナイス……ボディ……
「とまぁこんな仲だね。理解した?」
「理解しました」
「えぇ、とても良く理解できたわ」
もの凄く可哀そうな目で見られてる。
これは束さんが加害者になることで俺に対する猜疑心などを払拭するのが狙い。
そうだよね?
むしろそうじゃなきゃ許さねー。
「で、この島で生活してくれるって事でいいですか?」
「……僕個人としては、仮に殺されると分かっていても家に帰りたい。何故だか分かるかい?」
「娘さんが心配なんですよね」
「そうだ。だけど――」
「感情に流されて行動した結果、娘さん共々爆散したらお話ししにならないですもんね」
「――その通りだ。そこで一つ確認したい。僕たちが此処に留まれば娘に危険はないのかな?」
あぁ、自分たちが居なくなる事で娘に危害が及ばないか心配なんだ。
でもだからといって戻る事もできない。
きっと親ならではのは苦悩があるのだろう。
ま、童貞の俺にはまったく共感できないんですけどね!
「束さん」
「ん、オルコット家当主が死んだ場合の流れだね。亡国機業は間接的に接触するはずだよ。組織の人間を次期当主の近くに据えて信頼する様に仕向けるか、もしくは今現在オルコット家にいる人間を組織の一員にするか、かな? 埋伏の毒ってやつだね」
「国は?」
「イギリス政府は傍観だね。ぶっちゃけ国にとって今のオルコット家はそこまで重要な立ち位置じゃないんだよ。だってISの知識や国防に対して造詣が深いのは当主夫婦だけで、その他大勢は人的価値はないんだよね。それに当主と旦那が同時に死んで残るのは幼い少女が一人。それに群がる連中なんて気にするだけ時間の無駄でしょ?」
「だそうです」
「……親戚の方々は君の方が詳しいだろう。どうなると思う?」
「恥も外聞もなく次期当主のセシリアを蹴落として自分がその座に座ろうとするのが5割、セシリアを助け導こうとするのが2割、セシリアを当主にしつつ信頼を得て美味しい蜜だけを吸おうと考えるのが2割、傍観が1割、と言ったところかしら」
「7割は敵か。レオ、カリバーン家の方はどうだい?」
「セシリアお嬢様には孫が付いておりますが、まだ年若く未熟です。カリバーン家がオルコット家を裏切る事はありえませんが、力不足ではあるでしょう」
お金持ちの貴族様は色々大変なんですね。
味方が少数でもいるだけマシか。
「……僕は此処に留まるのが良いと思う。帰ってもセシリアを危険に晒すだけだし、なにより君にも生きていて欲しい」
「アナタ……えぇそうね、私も賛成します。最悪大勢の人や娘を巻き込まれる可能性があった中で今の状況は最良だわ」
オルコット夫妻は互いの顔を見た後に意を決してそう言った。
言ったよね? 今言ったよね?
もう遺言を残す為の手紙もビデオレターも必要ないよね?
ふ……ふふっ……
「よっしゃぁぁぁぁ!」
渾身のガッツボーズ!
これで俺の未来は明るくなった!
セシリアと顔を合わせても罪悪感持つ必要などない!
「おぉ~。おめでとうしー君」
パチパチと拍手の音が聞こえる。
ありがとう束さん。
これも束さんの協力のおかげです!
「では早速ですが、島の案内をしたいと思います!」
「あ、あぁ。頼むよ」
「お、お願いね?」
なんで二人とも少し引いてるんですかね。
俺のテンションが高いのは仕方がないので諦めてください。
では、俺はオルコット夫妻とレオンハルト氏、おまけの束さんを連れて出発!
〇ログハウス
「まずはお二人のお住まいです。少し離れた場所にレオンハルト氏の家があります。この衛星電話には自分と束さんの番号が入っているので、不測の事態が起きた場合は連絡してください。分かってると思いますが、それ以外の使用は禁止です」
「了解だ。ところでこのテーブルの上にあるノートパソコンは使えるのかい?」
「ネットサーフィンなんかは出来ますよ。正し束さん製の監視用ウイルスが仕込んでありますので、娯楽目的以外には使用しないでください」
「テレビもあるのね。衛星放送だけだけどありがたいわ」
「それと地下室には小麦粉や缶詰、パスタなどの乾麺類が保存されています。なくなったら追加するので、パソコンでメールを送ってください」
「オール電化だし水洗トイレだし、お風呂も立派で無人島と思えないわね」
「あ、こっちの本棚には家庭の医学、食べれる野草、釣り、農業、工学などの専門書やハウツー本を置いてあるので、困った事があったら自力でお願いします」
「後で目を通しておきましょう」
〇電動トロッコ
「これは島の両端までレールが敷いてあるので気兼ねなく移動に使ってください」
「これは便利だね。ところでレオ、荷台で立ったままだけど大丈夫なのかい?」
「問題ありません」
「執事がトロッコの上でシャープに立ってる姿がなんか凄い」
「よく篠ノ之博士を背負ったまま着いて来れるわね。……あら? よく見ると足が動いてない? ……え、IS?」
「走ってる訳じゃないんで疲れませんよ」
「疲れてないのに何故か異様な速さで脈打つしー君の血管……抉り出していい?」
「首の血管触りながらジョジョごっこはやめろ! 背中に当たってるからしょうがないじゃん! ありがとうございます!!」
「仲が良い……でいいのかな?」
「微笑ましいではありませんか」
「二人はなんで神一郎君が浮いてる事に対してなにも言わないの? ……そう、見て見ぬふりしたいのね」
〇野菜畑
「はい、ここが皆さんの生命線の野菜畑です。畑には現在なにも植えてないので、自分たちで好きな作物を植えてください。あ、ビニールハウスにはトマトやナスの苗がすでに置いてあります。そっちはもう暫くすれば収穫できるかと」
「種が保管されているこのアースドーム、これはいいね。中に入ると年甲斐もなくワクワクするよ。農具も揃ってるし楽しくなりそうだ」
「ふむ、紅茶などを栽培して自作するのも面白そうですな」
「ちなみに森の中にはオリーブの木や果物の木も植えてあります。上手く根付いてくれるかまだ分かりませんが、興味があれば探してみてください」
「へぇ、そんな事までしてくれてるの。この森は適度に手入れがされてるから、散歩でもしながら探してみるわ」
「もし枯れてる様でしたらお教え下さい。果実の木ならスモーク用のチップに加工出来ると思いますので」
「その時はよろしくね」
「森を焼き払うのは結構面白かったよね」
「確かにあの絶望的な絵は記憶に残るけど、もっと綺麗な思い出あるよね?」
〇桟橋
「小舟は用意してありますが、手漕きボートなのでくれぐれも注意してください。時化の日に海に出たりすると普通に死にます。沖に行くのも危険です」
「釣りは子供の頃に川でやったくらいだ。君は経験あったかな?」
「これでも貴族の令嬢なのよ?_キツネ狩りはあるけど釣りはないわ。レオはどうかしら?」
「お任せください。わたくし、老後は釣り糸を垂らしながら優雅に過ごす予定でしたので」
「それは心強いわ。実は少し興味があったの。レクチャーお願いね」
「お任せください」
「大事なタンパク源だし、僕も挑戦してみようかな」
「あ、忘れてた。ほら執事、海底地図あげるよ。これで潮の早い場所なんかの危険地帯分かるでしょ?」
「これはこれは、非常に助かります」
「束さんが珍しく気を利かしてる……だとっ!?」
「いやだってここまでやって結果が土左衛門とは嫌じゃん。しー君は魚に喰われて穴だらけになった死体の回収とかしたいの?」
「……それは遠慮したい。束さんグッジョブッ!」
案内していて思う。
ISを使用したとは言え頑張ったな俺。
いやまぁ近代的な部分は束さん任せだったけど、それでもよく働いたと思う。
まだまだ手を掛けたい場所はあるけど、これから先は住む人間が自分の力で住みやすい様にしていくのが良いだろう。
あ、でもニワトリだけは早急に準備しないと。
えーと、地図地図。
「レオンハルト氏、ニワトリを放し飼いにしようと思うんですが、どこか希望の場所あります?」
「そうですな。家に近すぎればうるさいですし匂いが気にるでしょうし……この辺りでどうでしょう」
「ならこの辺りに網を張っておきますか」
「それはわたしがやりますよ」
「ではお任せします」
網を張るとか素人の俺より断然得意分野ですもんね。
素直にお任せしますとも。
ニワトリ以外は……難しいよな。
ウサギなんかも候補として有りだけど、天敵が居ないこの島だと農作物への影響とか怖い。
それに山を穴だらけにされたら雨が降った時に地滑り起きるかもだし。
お三方には海産物と鶏肉で頑張って欲しい。
……健康的で逆にいいのでは?
「これで島の設備の説明は終わりですけど、何か質問とかあります? あ、欲しい設備とか家具とかそういったものもあったら今のうちに」
「今の所は大丈夫かな。設備に関しては……正直暮らしてみないと分からないだろう」
「そうね。むしろ充実してるから申し訳なく思うわ。本当に住んでいいのかしら?」
「お二人が無事に表舞台に戻った後は隠れ家的な感じで使う予定なのでお気になさらず」
問題なさそうだね。
さて、いつまでも部外者が居ては邪魔だろう。
これからの事とか三人だけで話し合いたいだろうし、そろそろおいとまするか。
ログハウス前まで戻ってきた俺はいそいそと料理器具を片付ける。
「お肉は置いて行くので、良ければ召し上がってください」
「おや、随分と良い肉みたいだけどいいのかい?」
「えぇ、持って帰っても奪われるだけなので」
「――ちぇっ、残念」
俺の背後で舌打ちをするハンターが居るからな。
もうなにがなんでも俺に肉を食わせないという熱意を感じる。
肉が好きとか、お腹が減ってるとかそんな理由じゃない。
ただ俺から肉を奪いたいという感情だけで動いてやがる。
ここは素直に諦めるのが吉だ。
今度は一人で買って食べよう。
「それでは皆さん、今日はこの辺で失礼しますね」
流々武展開。
三人の前でISを纏ってみせる。
信用を得る為にも多少はこちらの秘密を晒すのは必要だろう。
「やっぱりそれ、ISよね?」
「ははっ、何を言ってるんだい? 男がISを起動出来るはずないじゃないか。あれはきっとISに似た篠ノ之博士の新しい発明品だよ」
旦那さんが全力で目を逸らしてやがる。
IS適正を持つ男なんて厄ネタですもんね! 気持ちは分かる!
はい束さん、定位置にどうぞ。
「……万が一の時は亡国機業やイギリス政府相手に売っていいのかしら?」
保身の為の俺を売る算段をするオルコット家の奥さん心臓強くない?
裏を返せば、安全が確保されてる内は黙っててくれるのだろうけど、流石にドキッとしたわ。
「ではでは皆さん、良きスローライフを」
束さんが別れの言葉なんて言葉なんて言うはずないので一気に高度を上げる。
人の姿はあっと言う間に小さくなり、次に島の全体が見え、雲の上に出る頃には島さえ見えなくなった。
勝手に連れて来て住めと強要。
理由があり同意も得たが、少しばかし後ろめたさがある。
だけどここまで来るともう止まれない。
俺のなかのガイアも止まるんじゃねぇと騒いでいる。
「それガイアじゃなくてオルガやないかーい!」
「……電撃流す?」
ガチの心配そうな声で言われた。
別に壊れた訳じゃないのでいらないです。
「束さんには今回とてもお世話になりました」
「まったくだね。しー君は本当に手間がかかるんだから」
「本当に世話になりっぱなしで申し訳ない。もう俺ってば束さんなしの生活なんて無理かもなー」
「世辞とは珍しいね。で? まだこの天災を利用したいと?」
やっぱわかりますよね。
えへへ、でも束さんに頼らないとどうにもならんのです。
「箒のライバルその2、DV父親に道具扱いされる健気系美少女の抹殺に行かない?」
「詳しく聞こうか」
もっとオルコット夫妻に焦点を合わせようかと思ったけど、話がいつまでもグダグダ続きそうなのでサクッと終わらせました。
次回は未亡人(未亡人じゃない)の出番だす。