「~~~♪ キルキルちゃ~ん、ご飯まだぁ~」
「少々お待ちください…………はい、できました。どうぞ」
瞬く間に無数の材料を寸断し、おばけキャンドルの火に炙り、出来上がる串焼き。豪快な料理だが、素材が美味しいのでどうとでもなるのだ。それこそ下手な調味料を加えたほうが味に水を差すことになる。
「はぁ~~~うまい。極楽でござるよぉ~~」
柔らかいソファに寝そべりながら食べる極上の食べ物。隣で侍り、主人を気遣い、主人に全てを尽くしてくれる完璧なメイド。葉を揺らし心地の良い風とともに空調を調節してくれる植物たち。
「あぁ、もうここから動きたくない。原作とかどうでもいい…………」
いや、どうでもよくないけど。どうでもよくなるぐらい心地の良い生活だということを言いたいだけであって、はぁ~~~。素晴らしきかな、怠惰な生活。働きたくないでござる。
シッシッ、と歯の隙間に挟まった食べかすをとって、串焼きの串を放り出せば、そそくさと小間使いの魔獣が片づけていくのが見えた。
なんて、便利なんだ、魔獣創造…………
「あ~~甘いものが食いたい」
食後のデザートがほしいな、と暗に言えば、古今東西、様々な果物をならす植物型魔獣が木々を揺すり果実を落とす。それをすかさず、キルキルちゃんがどこからともなく取り出した皿に収め、手すら使わず食べやすいサイズに寸断する。皮ごと一緒に、だ。
この一年余り、特に大きな魔獣も創ってこなかったので、大半の力をキルキルちゃんに使い続けたわけだが、キルキルちゃんのチート化が激しすぎる。最近じゃ物体を視線合わせただけで斬るし。ブドウの皮とかどうやって斬ってるんだろ、どうでもいいけど。
「あ~んになさいますか? それとも口移しでなさいますか?」
「あ~んで」
「かしこまりました」
あ~ん、と蜜たっぷりのリンゴを近づけてくる。もしゃもしゃもしゃ。あ~んする分だけ近づいたキルキルちゃんの端正な顔を風景に食べるりんごは格別だ。
キルキルちゃんが言葉を理解し始めたのも、キルキルちゃんに力を注ぎ続けた結果と言える。まぁ初期の妄想の中の完璧メイドを完成させただけなのだが。
原作キャラを制作した際にも悟ったことだが、僕が創った魔獣にアクションを起こさせるには、事前にこういう風にしゃべる、と悪く言えばプログラミング、良く言えばイメージをしておかなければならない。
キルキルちゃんも、僕自身人恋しさに寂しさを覚えていたため、一人二役、というか腹話術でもやっているような気分で魔獣創造を行使しながらしゃべらせていたのだが。
良い意味で誤算だったのが、キルキルちゃんは腹話術の人形ではなく、人口AIに似たものであったことだ。要するに、僕との会話の中からやりとりのパターンを覚え、自動で学習していったのだ。
結果として、キルキルちゃんは僕が意識しなくても、僕の言葉に言葉で反応するようになった。いやぁ~初めてキルキルちゃんが自分でしゃべったときは感動した! 興奮して夜通しでキルキルちゃんと話し続けたくらいだ。その感動の深さは察してくれ。まぁ最初のほうはそんなにパターンが豊富じゃなかったのであれだが。
ともあれ、ほどなくして、キルキルちゃんは一個体として独立した。最近まではいい意味でも悪い意味でも、僕の想像を超えるようなことはなく、こう反応するのだろうな、と予想がついていたのだけれど、最近のキルキルちゃんは侮れない。口移しとか平然と選択肢に織り交ぜてくるようになった。試したことはないけど。誰だ! キルキルちゃんをこんな風に育てたのは!? 僕です、すいません、ありがとうございます!
「もしゃもしゃもしゃもしゃ」
「失礼、汁が垂れています、マスター」
そっと布きれで僕の口元拭うキルキルちゃん。
キルキルちゃんが自立行動をし始めたあたりから僕の怠惰は極まった。何せコンセプトに沿って全力で甘やかしてくれるのだ。過去にもこんなにもちやほやされたことがない僕がその甘えに全力ですがるのは当然の結果だろう。
いや、仕方ないね、本当に。どうしようもない。
「原作、原作ねぇ~」
原作のキャラでもなんでもない、僕が創った魔獣にちやほやされるだけでこんなにも堕落してしまっているのだ。原作のキャラにこんな風に求められたら~、と思うと期待も高まるが、ぶっちゃけそこまで積極的な行動に移れるほどのやる気も今ではなかった。現状の満足感が原作介入への意欲を削いでしまっているのだ。
その自覚はあれど、具体的に何とかしようとも思わない。いやだって原作とかすげぇチートだしさぁ。介入するとしたらかなり強くならなきゃいけないし。そのための修行とか正直ダルい。
強い魔獣とか創るよりおいしい魔獣とか創っていたいレオナルド君であります。
この一年の度重なる品種改良だけでこんなにも、頬がとろけそうなくらい美味しくなっているのだ。それこそこれ続けていけば、下手な人間がショック死するレベルの素材とか創れそうだ。
いやもう、割とそういう生活したい。いっそそうやって諦めもつけば楽だろうけどね。
食欲は満たされるし、睡眠欲も寝たい時に寝れる生活してるわけだし。あともう一つ人間の三大欲の性欲も…………キルキルちゃんでよくないか。まだ精通してないからそこらへんの芽生えはまだだけど、原作キャラに拘らなければ綺麗な女性なんていくらでも創れるわけだし。
気が向いたときに気が向くまま、そういう生活をするのも案外悪くないかも、と思っているあたり重症だ。でも原作キャラには会いたいしちゅーしたいと思っているあたりまだ救いはある。けど戦ったり、命の危機とかはごめんだしとか思っていることは…………うん、まぁそれは人間として当然かと。
ああ~めんどくせぇ。大体まだ僕ちん六歳児ですよ。なんでこんなことで頭悩ませなくちゃいけないんだ。
「キルキルちゃ~ん、だっこぉ~~」
「はい、わかりました」
キルキルちゃん、僕の脇に手を入れ持ち上げてくれれば、僕は足と手をキルキルちゃんの体に絡め全力で抱きつく。するとキルキルちゃんも、よしよし、と背中をたたいて僕をあやしてくれるのだ。
ああ~和む。最近のマイブーム。キルキルちゃんのだっこ。
あえて言おう。もしレオナルド君の中身は、細かい記憶はないが前世もちできちんと自立した意識をもつ人格がある。その、年齢を合算すれば20は超えるであろう人間がだっこをねだる。見た目的には微笑ましいが、実情、めちゃくちゃキモい。
例えるのならお父さんの赤ちゃんプレイを見た時ぐらいのキモさである。
しかし堕落しきったレオナルド君にはとっくのとうにそんな羞恥心ないのであった。
「ぷるぷるぷる。ぷるぷるぷる。ぷるぷるぷる」
「マスター。電電虫がなっております」
「とって~~」
電電虫とは、そのまんまonepieceに出てくる連絡用の電電虫である。難点としては電電虫同士でしか連絡が取りあえないため汎用性に欠けることだが、逆に言えば、傍受される心配もない安全な連絡用魔獣である。
「もしもし~~」
受話器をキルキルちゃんに当ててもらい、だっこの姿勢のまま話す僕。だって楽なんだもん、しょうがないでちょ(幼児退行中)
ふにゃふにゃした態度で応対すると、その雰囲気を察してか、電電虫の顔がゆがむ。
「お久しぶりでございます。我が主よ」
そして絞り出されたのは、しわがれた老紳士の声である。
「はいはい、お久しぶり~。そっちは順調?」
「はっ、滞りなく。月々の報告で上げている通り、主の創造物によりこちらの事業は急成長を遂げております。高級志向の食材市場ではすでに既成の商品を蹴散らし、わが社のものこそが高級向けである、とわが社のマークに価値がつき始めたほどでございます。今はまだ一部で知られる限りございますが、この勢いであれば、世界に我が主の創造物が知られる日もそう遠くはないかと」
「へぇ~~、すごいねそりゃまた。あれかイベリコ豚とかその辺も越えちゃうか」
「それはもう」
そうだ。僕とてただ単にぐうたらすごしていたわけじゃない。僕のおいしい魔獣たちをほかの誰かにも輸出したい、と外界へのパイプ代わりに、と事業を起こしてもいたのだ。
僕の創る魔獣って基本的に無料で創れる分、売れば利益率が半端ない。それはもう儲かって儲かって仕方ない。安くて美味くて早い。どこぞの牛丼のようなキャッチフレーズがつく食材が売れないはずがないのだ。
そのおかげか、僕のもとにはお金なんて、山ほどある。
ただのニートとは違うのだよ、ニートとは…………ッ!
まぁ、お金を簡単に稼げてしまえるっていうのも僕を堕落させた原因の一つなんだけど。
原作にかかわらない限り人生が楽すぎて困ります。
そしてその肝心のレオちゃん印のおいしい魔獣を売りさばいて、金銭を一括管理しているのが、キルキルちゃんに次いで二番目に創られた完全魔獣(オリジナル)。知力全振りチートのセバスチャンなのだ!
当初はバトラー(執事)的なのをイメージして創ったのだが、思いのほか知力全振りがうまくはまってしまい、創造主である僕を超える知力からすぐに僕が教えることがなくなってしまった。
せっかくの頭脳を殺すのも惜しいしということで、いくらか魔獣をつけて外に出して色々学ばせてみたのだが、瞬く間に人間の知識を吸収。このおいしさ輸出したい、という馬鹿な僕の思惑と合致する形で畜産業でセバスチャンはその辣腕をふるい、今ではそれなりの企業主になってしまった。
カモフラージュとかいろいろ大変らしいけど、基本僕のおいしい魔獣は0円。そういう意味では、成功は確実だったのかもしれない。具体的にどれほど知名度があるのかは、僕自身漠然としか捉えていなかったため、後で知って驚くことになるのだが。
ともあれ、セバスチャンは、今では僕の代行として、外界への影響力を発揮する重要な駒の一つだ。キルキルちゃんが僕の傍に仕え家庭を支えるお母さんなら、さながらセバスチャンは外で単身赴任して家計に貢献するお父さんと言ったところか。
ありがとう、お父さん、お母さん。二人のおかげで僕はこんなにも立派に育っているよ。
「それで? 定時連絡には少し早いと思うけど、何かあったの?」
まぁセバスチャンなら問題があっても何事もなく処理できると思うけどね。そこは創造主としてきちんと信用している。
「はい…………実は少々厄介な問題が」
しわがれ声にわずかに苦渋を滲ませ、セバスチャンは言いよどんだ。しかめっ面の電電虫がそれに相応するように事態の深刻さを物語っていた。
「な、なに? セバスチャンがそう言うと、すっごいビビるんだけど」
あのセバスチャンが、である。これまでこちらが任せる、と言えば一から十までこなしてきたセバスチャンがこちらの指示を仰ぐような事態。嫌が応にも緊張せざるを得ない。
「…………我々の事業はこの短期間の間ずいぶんと急成長を続けました。それこそ、その躍進にふさわしいだけの主の創造物があったとはいえ、です」
「それはまぁ、セバスチャンの有能さは僕自身知っていることだし…………当然の結果、誇るべきことじゃないかな?」
「いえ、誇るべきことなどではありません。むしろこの事態は私の未熟さゆえに引き起こしたこと。あまりにこと急ぎ事業を拡大し続けたツケがここに至って返ってきたのです」
いや、何があったんだ、一体…………
「周りの競争企業を多少強引に潰そうとも、政治屋が茶々を入れてこようともすべては予想の範囲内、主に主の頭脳として創られた私なら切り抜けられると思ったし、現に切り抜けてきた。しかし、実際あんな、想定の範囲外の存在があろうとは…………」
いつものナイスミドルな雰囲気など一切感じられず、ぐちぐちぐちぐち、と言葉を垂れ流すセバスチャン。いや、ホント、何? そんなに焦らされると…………悔しいっ、でも感じちゃう、ビクンビクン。
「あまりマスターを煩わせるな。貴様の能書きなどどうでもいい、用件のみを簡潔に伝えろ」
そんなセバスチャンに業を煮やしたのがキルキルちゃんである。ちょっと僕ちんを抱いていること忘れないでほしい。殺気が殺気がこっちまで飛んでくるの! 悔しい、でも感じちゃ(ry
「…………失礼しました。主にとんだ醜態をお見せしました。申し訳ない」
電電虫が軽く一礼する。あああ~ん、今いいところだったのにぃ~~。ってふざけるのはそろそろやめようか。
「そんで? 実際何があったの?」
これほどまでにセバスチャンが取り乱すことなど今までなかった。よほどのことがあったのだろう。僕も久々に心に喝を入れ、満を持して聞く。
「はい、主。主は悪魔と言う存在について知っておられるでしょうか」
悪魔。それはもう嫌って言うほど知っているが。この世界の主人公であり、この物語の中心的存在であるわけだし。
しかし、この段階でその単語を聞くこととなるとは…………
「知っている。何があった?」
「はっ、実はこのセバスチャン」
息を呑み、電電虫に耳を傾ける。何があったのか、このような非力な段階での悪魔との接触なんぞ最悪の事態だぞ…………!
緊張の一瞬。
端的に申しまして、と続くセバスチャンの言葉は。
「悪魔の眷属なるものに誘われました」
意外ともいえる一言であった。