下準備をすればするだけ原作突入が楽しくなるでしょうの回
そもそも。悪魔の眷属に、と誘われたのは以前から懇意にしてもらっていた大企業の会長からなのだという。
セバスチャンが扱う僕の創造物に高い商品価値があったことは間違いないが、企業としてここまでの急成長を遂げたのは、ひとえにセバスチャンの辣腕によるところが大きい。
無論セバスチャン自身、主の素晴らしい創造物なら、多少の強引さに目をつむっても市場に広められると判断した結果であって、その市場に対する強硬な姿勢は本人も自覚するところであったらしい。あるい主の創造物の素晴らしさが広められないことがあってはならない、主と主に創られた自分の矜持に障るようなことは許されてはならないとする忠義心にもとるものでもあったとか。
そのような忠義心に突き動かされて、遮二無二事業の拡大をし続け、数多の妨害を黙らせてきたセバスチャンであったが、その妨害が止められたのも、セバスチャンが知覚できる範囲のことであった。
要するにセバスチャンも自分が知らない領域にいる存在にまでは目が及ばなかったらしい。
そう、悪魔の存在だ。
考えてみれば、僕自身、セバスチャンもそうだが、キルキルちゃんに対しても原作知識で知りえた悪魔をはじめとする三大勢力のことやそれを取り巻く物語のことを教えたことはなかった。どうやってそれを知ったのか、とか説明するのも面倒くさかったし。
そこは僕の失態と言えるのだろうか。責任の所在は曖昧だが、とにかくセバスチャンは自分が知り及びもしない悪魔の存在を今まで媚びへつらってきた大企業の会長が明かした自らが正体によって知ったという。
ご丁寧にセバスチャンを脅しつけるような魔法や悪魔の力をまざまざと見せつけて。
そして同時に差し向けられた、これ以上の企業拡大を牽制する動きと、悪魔の眷属への誘い。悪魔の眷属となればもうしばし好き勝手もできよう、しかしならぬのであれば容赦はせぬ、と。言わば飴と鞭の条件を突き付けたらしい。
さらに聞けば、現在この世界の市場を支配している企業群のほとんどは三大勢力ないしは、他の神話群などと何らかの繋がりがあるものばかりらしい。
上に行くにはどっちにしろ、何がしかの裏の勢力の保護が必要不可欠。それならば悪魔の眷属という条件はこれ以上ない最高の待遇だ、と。そう諭され、セバスチャンも一考すると言い、帰ってこの場での連絡に至るというわけだ。
「なるほど、状況は大体つかめた…………」
上流企業の大半が裏とつながりがある、か。そういや原作でもグレモリーのお父さんの財力半端なさそうだったしなぁ。一日で兵頭家を改造するやら学園を所有しているやら。
魔法の力も存分に関わっているのだろう。僕がこうして楽に金稼ぎできたように、同じことをほかの連中が考えないはずがない、と最初に思い至るべきだったな。
「…………それで? ここでの会話は大丈夫なのか?」
一番憂慮すべきなのは、そこだ。ここで僕の存在がバレるのはなんとしても避けたい。
「おそらくは、としか。電電虫のほうは主自ら傍受の心配はない、と太鼓判を押されているので大丈夫でしょうが。この場が超常の力に監視されていない、とは流石に言い切れません。一応、口元を隠す、声量抑えるなどのカモフラージュはしておりますが」
「…………僕が創っている肉からは?」
「輸出向けに主には品質を落としてもらっているのでそこらへんは心配ないかと。主が普段食されているものに比べれば、劣りますが、所詮は愚民の拙い舌の根。あの程度でも市場のものより格段上でありながら、市場で畜産されたと誤魔化せるレベルですし。わが社の利点はその品質さながら価格破壊と言われるほどの安さにありますから」
「…………そうか」
完璧とは言えない。言えないが、セバスチャンがそう言うのであれば、ひとまずは安心と言ったところか。
「…………もう少し詳しいところを聞こう。悪魔の眷属に、と言ったが家名などは聞いているのか?」
「はっ。さるお家、ダンタリオンの次期当主の長女の眷属に、と伺っております」
ダンタリオン…………学問に優れているイメージがある悪魔ではあるな。原作には未登場だからよくは知らないけど、そこそこ有力なお家じゃないだろうか。
「それで、その眷属にもシステムがございまして」
そこからセバスチャンが悪魔の転生システムについて、眷属にはチェスの駒を模して役があてられることなど説明していく。レーティングゲームについての説明もあったが、ダンタリオンはお家柄あまりそのゲームの参加に積極的ではなく、内容も要点のみだった。
「なるほど…………んで、セバスチャンには実際与えられるとした、何の駒があてられるんだ?」
「…………私のスペックですと、兵士1、2個あたりが関の山であろう、と」
まぁそりゃそうだわな。セバスチャンの場合、知力に全振りしてる分戦闘力には最低限しか注力していない。
疑問があるのは、どうしてそんなスペックしか持たないセバスチャンを悪魔の事なんて原作以外ろくに知らない僕でも家名を聞いたことのある上流の悪魔が眷属に誘った、かだ。そこらの中流の悪魔ならともかく頭がいいというだけで眷属に取るのはいささか腑に落ちない。
「主の疑問にお答えするならば。どうにもダンタリオンめは、私の戦闘力が云々よりも能吏としての能力を期待しているようで」
「能吏、だと」
セバスチャンが言うには。昨今のご時世、悪魔界は大規模な事件、抗争などとは無縁の平和な時代が続いており、戦闘が役に立つのなどせいぜいがレーティングゲーム程度。それすら積極的にかかわっていないダンタリオンの眷属に戦闘力の余る悪魔がいても飼い殺しになるのがオチだという。無論ある程度の見栄のために実力者と呼ばれるような悪魔もいるが、以後新しく迎える眷属にその戦闘力を求めることはないらしい。ましてや兵士程度の器に収まる眷属にはなおさらに。
よってセバスチャンのような兵士の駒の悪魔に求めるのは、能吏としての処理能力であり、人間でいうところのIQの高い者がその条件にあてはまる。
人間界でふるった辣腕を見ればセバスチャンがその条件の中でもとびきりの人材であることは確かなこと。もしその期待に応えられずともダンタリオンの教育を受ければ、一角の人材になるのは間違いないのだから眷属として文句がない。仮にダンタリオンにふさわしい能力がなかったとしたら、そのときは部下の家やそういった人材を求める家にトレードしてしまえばいいだけの話だ、と。
もっともここ最近のダンタリオンの兵士はその次期当主が出すハードルを越えられる者が少なく大体がトレードに出されているというが。それでもダンタリオンの影響力の増大につながるから問題ないらしい。
人材養成派遣センターみたいな感じか…………、なるほどなかなか考えられているな。
「私にお話をくださったのはダンタリオンの先代当主の会長殿ですが。会長曰く、私であれば半ば兵士養成所と化している倅の兵士眷属の現状を変えられる、とおっしゃっていただけています」
まぁそりゃ僕の魔獣だし当然の評価だ。
「セバスチャン。そのほうの言い方、やけに眷属となることに乗り気であるように聞こえるのは…………私の気のせいか」
褒められて僕の頬が緩んだ隙に飛んだ、キルキルちゃんの厳しい叱声。電電虫の向こうまで飛んで行け、とばかりに声にこめられた殺気は、とても同輩に向けられるようなものではなかった。
「…………ええ、まさしく。此度の一件は紛れもなく私の失態が引き起こした事態ですが。棚から牡丹餅とでも申しましょうか。此度で悪魔やその他の勢力について知れたことは僥倖でもありました。無知のままでいれば、避けられぬ事態はあれど、既知の領分であれば私でも処理できることがあろうというもの。此度の一件はその無知を解消するための千載一遇の機会と心得ております」
「…………貴様。二君に仕えるというのか」
電電虫越しに火花散る両者の間の応酬。電電虫もその気配を感じてかどことなく小さくなっている。
「ふ~ん、セバスチャンは悪魔の眷属になったほうがいいって言うのかぁ。その心は?」
ここで初めて僕はキルキルちゃんのだっこから下ろしてもらって、電電虫に向き合う。それに応じてセバスチャンもかしこまった表情をつくって言う。
「はっ。まず眷属になるにせよならないにせよ、これ以上の企業の発展は望めないという点です。眷属になれば、ある程度は許してくれるとおっしゃてはいますが、どのみちそれらは主のものではなく、ダンタリオンのものとなるでしょう。つまるところこれ以上私がここにいるには主にもらった能力の持ち腐れかと愚考します」
会社を捨てるにしても悪魔に目をつけられているセバスチャンを単体で動かすのは難しいか…………かといってセバスチャンを切り捨てるのも飼い殺すのも惜しいな。
「さらに申せば、主は悪魔やほかの勢力にあまりお詳しくない様子。であるならば、私自身が悪魔の中に入り込むことで主の目となり耳となり、主の見識を深めることにもなるでしょう。もし私めが主の希望に添えないような事態になればそのときはすぐさま切り捨てればよろしい。事前にそういった仕込みをしていただければ、所詮は使い捨ての魔獣が一匹、リスクもあまり大きくないものと思われます」
…………理に適っている。さすがは僕より頭のいいセバスチャンと言ったところか。僕の望みを最善の形にして仕上げてくれようとしている。
思わず笑みが漏れた。悪魔の眷属、悪魔の眷属ね…………なんだか楽しいことになってきたじゃないか。
久々に体を動かしたくなる衝動が湧き上がってきた。萎えていた心に熱が入るのを感じる。
「セバスチャン、ならば貴様が悪魔の眷属になるにあたり一つ聞きたい」
興奮を抑えきれず、身を乗り出して問いかける。
「お前が上級悪魔になるまで何年かかる?」
そうだ、僕の手足となって働くのではなく、悪魔の眷属となって働く以上、僕が原作開始にさしかかる年齢になるまでに、ある程度の影響力をセバスチャンが得なければ意味がない。
悪魔の情報? 魔法や魔術の情報? そんなもんが原作にかかわるとは思えない。せいぜい神器の修行の片手間にそれらの技術の練習をするぐらいか? いずれにせよ優先順位はとんと低い。それならばセバスチャンも別の用途で使ったほうが幾分か役に立つだろう。
重要なのはセバスチャンを通して悪魔界に僕が発揮できる権力であり、財力であり、影響力である。それらがあれば、いざ原作開始の段になったとき、自分が有利になるように便宜を図ることも可能だろう。
その影響力の指標となるのが、爵位・領土をもらえ、眷属を従えることができる上級悪魔だ。上級悪魔一人従えることができれば、事前に強い眷属の囲い込みもできるだろうし、その権力の恩恵にあずかることもできる。その力の生かし方は無限大で、選択肢は無数に切り開ける。
別に世界を支配したいだとか大望があるわけではないのだ。ただ自分の周りの出来事を、原作を、自分の都合のいい方向に転がしたいだけ。フィクサーは気取りで十分、自分の舞台に収まる範囲だけでいい。
問題があるとすれば、戦闘力のないセバスチャンに上級悪魔になるだけの素養があるかどうか、その覚悟があるかどうかだ。
「…………昨今では目立った戦闘がない故に文官のほうがかえって功績を立てやすく、上級悪魔にもとりたてやすいようです、それがダンタリオンならなおさらに」
「御託はいい、結論を言え」
「三年以内に必ずや」
「…………言ったな?」
パンと膝を両手で叩き、人差し指を電電虫に突き付け、その相貌笑みをたたえ、高圧的にのたまう。虚栄でもなく、見栄でもなく、命令として言葉吐くその姿には腑抜けた今までの惰弱さなど欠片も感じられない。たった二人、たった二人のみに感じられる上位者としての威厳を。ただただ楽しくなってきたと浮かぶ笑みに、生のままの奔放さに、感じた。
「ではセバスチャンお前に命令する。お前は来たるべき日のために悪魔界にて影響力を高めろ。権力、財力、人望、なんでもいい、上級悪魔となって発言力を持て。いつの日か僕を助けるための力を持て。僕のためだけに力をつけ続けろ。それがお前に下す命令だ」
そして、言い切った。これが実現すれば、と未来図を思い浮かべて。
「御意に。御身はあなただけのために」
返ってきた答えはかくも頼もしかった。
「よし、ならば決定だ。せいぜい励めよ、セバスチャン」
満面の笑みを以て激励すれば、こちらも御意と笑みを含んだ声。うんうんうん、とうなずき興奮に身を任せていると、視界の端に入ってくる、キルキルちゃんの仏頂面。いや仏頂面はいつものことなんだけど、普段よりも殊更表情が硬い気がする。
「どうしたの、キルキルちゃん」
「いえ…………」
いつになく歯切れの悪いキルキルちゃんに首をかしげた。
主。と呼びかけられた声に改めて向き直れば、そこには温和な顔をした電電虫が。
「キルキル殿、然らばあなた様は執着もなく私が主の傍から離れることを憂慮しておられるのでしょう」
「…………そうだな。貴様の忠義が信じられない。貴様を通じてマスターのことがばれるのではないか、裏切るのではないか、と。そう思っている」
裏切りか…………その可能性が思い至ったから、キルキルちゃんの顔色は優れなかったわけか。傍に侍らず外にいることには変わりないが、今までと違って裏切りの心配があるのは、僕の存在を知ることによって利益を得る連中にセバスチャンが囲まれるという点か。
「なれば主よ。眷属になるにあたり、この会社を引き継ぐ人間も必要でしょう。また目をつけられるのも面倒ですのでほどほどの能力を持った魔獣をこちらに送る準備をしておいてください。向こうには引き継ぎ作業と言って時間をつくらせますので、最後に一度ご尊顔を拝謁する機会を。そのときに」
「そのときに?」
一瞬の溜めに乗じて復唱すると、そのあとに続けてセバスチャンはなんでもないような口調で言った。
「万が一私が裏切った時のために監視する魔獣をおつけください。それと始末するための魔獣も。始末するための魔獣などは体の中に埋め込むようなものがいいのではないですかな。いざというとき簡単でしょうし」
「…………わかった。創っておこう」
キルキルちゃんの懸念により、まろびでていた疑問の芽も、セバスチャンの言葉によってすぐに摘み取られた。この忠義、やはり異常だ。創造主への絶対服従。それこそが、魔獣創造の特徴なのだろう、と悟るのと同時、ここまで言わせてしまったことへの罪悪感がわずかに湧いた。
「これで納得したか? キルキルちゃん」
「はい…………」
そのせいだろうか、少しばかりキルキルちゃんへの言葉があてつけがましくなった。当の本人はそんな創造主からの言葉のとげに胸を痛めていたが、それでもセバスチャンの発言に当惑気味であった。
「キルキル殿、忠義の形は人それぞれです。あなたが傍に侍ることを忠義とするように、私は外で自らが能力を余すことなく使うことで主の素晴らしさを喧伝することこそが忠義なのです。我々はそうであるように創られた、故に同じ創造物といえど、互いを理解することなどできない。それで十分ではないですかな」
「…………そうか、そうだな。我々は創造者御身のために。それだけで十分か」
セバスチャンの言葉を受けて、ようやく納得の色を見せる。いや納得したというよりは理解することを諦めたのか。同じ創造物として少なからず仲間意識があったセバスチャンの別離にキルキルちゃんも何か思うところがあったのかもしれないが、僕にもそれは理解の及ばぬことであった。
「では方針は決まったな。細かいことはまた次あうときに決めようか」
「はっ。それでは主。次にお会いする機会をお待ちしております」
「うん、ではな…………っとそうそうもう一つ聞いておきたいことがある」
忘れぬうちに、セバスチャンとの会話の中で考え付いた思いつきを話してみた。その思いつきの内容にセバスチャンは驚いたようだったが、すぐに是と言う答えが返ってきた。それについての詳細も今度詰めることになるだろう。
用件が終わると、今度こそ、と受話器を置く。
そして、ふう、と息を吐いた。
人心地入れたいという主の意をくんだのか、手際よく、ジュースのピッチャーを持って、キルキルちゃんは僕の手元のテーブルに置かれたコップに次ぎいれる。
「ククク。ああ、楽しくなってきた…………だらだら生活するのもそれはそれで楽しいものだったけど…………ああ、ははっ、いいねえ、楽しいねぇ」
自分が原作をゆがめてやる、その快感たるや妄想しているだけでも十分わくわくしてくる。
僕がいま思い描いていることが全部実現したとしたら…………それはそれは楽しいことになるだろうな。
今まではただ妄想するだけで具体的な手段など何の目途も立っていない夢妄想だったわけだけど。
思いもよらぬ、アクシデントからその展望が開けてきた。
なに、万事うまくいくとは限らないが、だからこそ楽しいではないか。
「ああ、これからもっと楽しくなってくるよ、キルキルちゃん。キルキルちゃんもちゃんと心の準備だけはしといてね?」
訳が分からないであろうキルキルちゃんにも共感を求めて話を振る。一も二もなくキルキルちゃんはうなずいた。
「はい。マスターの喜びこそ私の喜び。どこまでもお供いたします」
「そうかい、そうかい。それじゃ楽しい楽しい僕にとって都合のいい物語の準備をしようか…………ふふ、ああぁあ! 楽しくなってきた!」
こうして夜はまた更ける。
しかしいつもの夜とは違うのは、この夜明けが一つの物語の序章を迎えたということだけ。
ここに静かに一つの運命を歪める第一歩が踏み出されたのである。