エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、拠点(住居)最悪との逢瀬   作:空想病

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 時系列としては、書籍七巻以降でしょうか。


 内容はエントマちゃんによる、恐怖公に対するイメージ調査が行われる感じかな?
(ちょっと違うと思う)

 例の如く、ナザリックの描写(メイドたちの恐怖公への印象、図書館にある一部書物の設定)は、作者の想像に過ぎません。


 はぁ、落ち込んだエントマちゃん…かわゆ…





第二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、ナザリック地下大墳墓・第九階層の使用人室エリアにほど近い従業員用の食堂。

 お昼の休憩時間を利用して、四十一人中四十人のメイドたちがランチタイムのビュッフェ式バイキングを楽しんでいた。本日のアインズ様当番を(おお)せつかっているインクリメント以外は、全員ここに集まっている勘定である。

 

「あー、お腹すいた!」

「今日のお昼は何かしら?」

「確か、寿司と天ぷら、ざる蕎麦に冷麺、あとデザートは和菓子を中心にした和風コースだって」

「――お肉は?」

「最高級霜古竜肉(しもふるりゅうにく)、フロスト・エンシェント・ドラゴン・ステーキのすき焼きよ!」

「何それ最っ高じゃない!」

「すき焼きもそうだけど、寿司って何気に人気メニューだから急がないと!」

「ヴィゾフニルの玉子寿司、大好きなのよね~!」

「あは、わかる~! 甘くて蕩けそうな、あの食感!」

「すき焼きの生卵にしても最高なのよね~!」

 

 話を聞き、彼女たちは急ぎながらも早足にならない、実に楚々とした足運びで食堂を歩く。

 彼女たちは誰もが人間の少女と寸分違わぬ形状をしているが、その正体は錬金生命体(ホムンクルス)の異形種であり、このナザリックの第九・第十階層の管理清掃を主に任されたメイドたちだ。その仕事ぶりもさることながら、彼女たちは人間離れした美を凝縮した姿をしており、メイド服に身を包んでいなければ、どこぞの国のお姫様じみた存在と見做(みな)してもおかしくないほどである。しかしそれでも、戦闘メイド(プレアデス)や女性守護者各員のそれとは比べるべくもない程度だが。

 ホワイトブリム、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラースという至高の御方々の内の三柱によって創られた彼女たちには、四つのグループが存在する。まず、三柱それぞれに創られた者同士で集ったグループ――創造者がホワイトブリムの者はホワイトブリムに創られた者同士、ヘロヘロに創られた者はヘロヘロに創られた者同士という構成――がそれぞれ三つ。そして、そういったグループを組まない、もしくは、グループの垣根を越えて集うグループ――創造主がホワイトブリム、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラースそれぞれである者たちが入り混じった構成――が一つだ。

 このグループ分けには大した意味などない。どのグループが強い勢力を誇っているとか、どことどこのグループで揉めているとか、そう言った事実は一切ない。ただ自然とそういうグループが形成されており、どのグループもナザリックに属する同族としての意識感情以上のものは抱いておらず、友好関係は極めて良好だとも言えた。

 時たま小言を言い合ったり、職務上偶然得ることになった情報――無論、口止めされているものは滅多には口にしない――の交換でいざこざが生じる程度で、傍目には十代の健全な乙女のかわいらしい会話程度である。

 このお昼時に、どこかのグループで交わされた噂話も、その例のひとつに漏れない。

 

「ねぇ、聞いた? あのハムスケとかいうアインズ様のペット、この間“武技”というものを修得したらしいわ」

「ちょっと、それ本当?」

「武技って確か、コキュートス様でも修得できないって聞いたのだけど?」

「ええ、そう。第五階層守護者様――このナザリックで最強級の戦士であられるコキュートス様ですら不可能なことを、ハムスケという低級モンスターが実現させたというのよ」

 

 あのペットが成し遂げた事について、メイドたちは意見を巡らせ始める。

 ハムスケとは、外の世界の、トブの大森林という地で“森の賢王”と呼ばれていた、巨大なジャンガリアンハムスターのような魔獣のことだ。外の世界で活動する至高の御方のまとめ役――アインズ・ウール・ゴウンその人が、直々にナザリックへ迎え入れた現地住人第一号と呼ぶべきモンスターである。

 それ故に彼女――ハムスケは雌なのだ――は、ある意味において、ナザリック地下大墳墓ではそれなりの知名度を獲得していた。何しろ至高の御方の“ペット”なのだ。賢王とは名ばかりに脆弱な生き物ではあるが、ただその一点において、ハムスケは特別な存在であるとも言える。

 だが、ハムスケは特別メイドたちの間で人気者であるという事実はない。一部の戦闘メイドや第六階層守護者の片割れには、その見た目の可愛さから心底気に入られているようだが、一般メイドたちの大半は、ナザリックの外に存在するものを忌み嫌う傾向が強かった。それは半ば、恐怖の感情と言っても差し支えないほどに。

 かつて、このナザリック地下大墳墓は、第一から第七階層までを攻略され、この第九階層の直上に位置する第八階層にまで攻め込まれた記憶が、メイドたちに強い恐怖の記憶を植え付けていたのだ。

 ナザリック外の存在は、ナザリック地下大墳墓を踏み荒らす無礼者と野蛮人たちの世界。自分たちも戦闘メイドや他のシモベたちのように、戦う力を備えていたら印象はだいぶ違うものになっていたかもしれないが、一般メイドたちに与えられているレベルは僅かに1。これでは御方の盾になることができれば御の字という程度の配分であるのは、言うまでもない事実だった。そして、その事実をメイドたちは十全に理解している。

 無論、一般メイドたちは一人として、自らの非力を恥だなどとは露ほども思っていない。

 自分たちはこの第九階層と第十階層の管理を任された、言わば御方々に最も近い位置で働ける栄誉を賜った存在なのだ。感謝こそすれ、不満を抱くような道理などない。

 しかし、それでも十分に驚嘆すべき内容であることは認めざるを得ない。

 自分たちと同じくナザリック地下大墳墓に仕える最強の戦士が成し遂げられない「武技の修得」を、低級な魔獣ごときが数ヶ月の鍛錬で身に着けてしまったなんて。

 アインズの、至高の四十一人のまとめ役であらせられる御方のペットであるならばこその偉業なのかもしれない。

 

「でも、所詮は外から連れて来た存在でしょ? ナザリックの害毒にならないという保証にはならないんじゃ?」

「アインズ様が特別に招き、御傍に侍らせるペットなのよ? そういう考えは不敬なのでは?」

「いやいや、ひょっとすると、それも込みでアインズ様は外の存在をナザリックに迎え入れているんじゃない?」

「そうする理由って、何かあるの?」

「たとえば、外の害毒を招き歓待して、油断したところを蹂躙する、とか?」

「あの慈悲深いアインズ様がそんなことするかしら?」

「安らかに殺してやることこそが慈悲になるんじゃないの?」

「私が聞いた話だと、外の連中を手駒として、ナザリックの尖兵として教育しているって聞いたけど?」

「そんなことする必要あるの? エルダーガーダーやマスターガーダーを派兵すれば、外の世界なんて容易く侵略できそうなのに?」

「アインズ様が作られた死の騎士(デス・ナイト)の一体でも十分でしょうね」

「だよねー」

「でも、彼らだってナザリックの大事な同胞よ? 死の騎士(デス・ナイト)さんについては、アインズ様の御謹製なんだし、万が一、外の存在に敗れ滅ぼされるのなんて……嫌だわ」

「あれあれ? 死の騎士(デス・ナイト)さんのことがそんなに気にかかってる感じ~?」

「え、いや、そういうことじゃなくて!」

「はいはい。人の恋愛事情をからかうんじゃないの」

「いや恋愛とか、そんな烏滸(おこ)がましいこと考えてないから!」

 

 大声を張り上げるメイドに、一同は笑みを深めて嬌声を上げる。

 

「ああ、ハムスケといえば……あの話は知っているかしら?」

「なに? 何の話?」

「あのハムスケ……頭に恐怖公の眷属をはりつけたことがあるんですって!」

「な、何よその話!」

「ちょ、それヤバいって!」

「鳥肌! 今、鳥肌たった!」

「ちょ、やめてよ! こっちは食事中よ!」

「食堂でその話題、禁句! 禁句だから!」

「あの眷属を頭になんて……想像を絶するわ」

「いやいや、想像するのも嫌すぎるんですけど」

「やっぱり外の存在なんてロクなものではないわね」

「まったくよ、どうしてあんな魔獣がアインズ様のペットなの?」

 

 話が一周してしまったようだが、これも乙女の会話にはありがちなことである。

 やがて、誰ともなしにハムスケ以外の話題が噴出するようになると、ハムスケの頭に張り付いていた眷属のことは彼女たちの意識から消失してしまった。皆、目の前に広がる甘美な食事のひと時に舌鼓をうち、至福の昼食を提供してくれた御方々への恩義を新たにしている。

 

 戦闘メイド(プレアデス)が一人“蟲愛でるメイド”は、第九階層の食堂の扉の前で佇み、そんな話を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ……」

 

 エントマは少し落ち込んだ様子で、自分の部屋に戻って来た。

 お昼が和風コースだと聞き、久々に食堂で何か食べようと思ったのが運の尽き。あんな噂話を、よりにもよって自分が耳にすることになるなんて。あまりのショックに食欲が完全に減退してしまったほどだ

 エントマは別に、一般メイドの錬金生命体(ホムンクルス)である彼女たちのことを嫌っているわけではない。むしろ、自分と同じく至高の御方々に忠義を尽くし働く同胞として好ましくすら思っている。

 ただ、彼のことになると、自分と一般メイドたちの認識には、大きな隔たりのようなものを感じずにはいられない。

 

「ただいまぁ……」

 

 部屋の中で、幾匹もの生命が蠢く。

 彼女の私室には、数匹の口唇蟲をはじめ、自分の仮面蟲や身体の各部位の擬態を担当する様々な蟲系モンスターが飼育されており、大量のガラスケースが鎮座するそこは、まるで蟲の博覧会じみた装いを呈していた。蟲らの世話はすべてエントマの手によるもの。アウラが飼っている魔獣たちのように飲食不要になるアイテムは与えられていないのだから、当然と言えば当然だ。

 

「ごはんの時間だよぉ……」

 

 蟲たちが、飼い主からの天恵を喜ぶように蠢動の交響楽を奏でた。

 だが、餌を適量適分に配る主人の悲しげな様子を、彼ら彼女らは決して見逃さない。

 キャベツを受け取った口唇蟲の一体が、不安げな声をあげてエントマに話しかける。その蟲種族同士の会話は余人には聞き取れない微かな鳴き声に過ぎなかったが、受け取る側のエントマは彼女の心配を過つことなく理解する。

 

「大丈夫ぅ……大丈夫ぅ…………」

 

 そう言い張る声には覇気がない。

 戦闘メイドとして百戦錬磨の働きぶりを発揮する主人の意外な姿に、蟲たちは困惑を深めて互いを見やった。

 

「はあぁ……」

 

 蟲たちの世話を終え、もう何度目とも知れぬ溜息を落としながら、エントマは使用人室に標準装備されている天蓋付のベッドに身を投げ出した。至高の御方より賜った最高級の寝具であるが、彼の眷属たちに包まれている感覚に比べると少し物足りないと感じてしまうのは、エントマの自覚する悪癖のひとつである。

 

「何でなのかなぁ。皆ぁ、どうして恐怖公がぁ嫌いなのかなぁ?」

 

 嫌いだと明言こそしていないが、その言外には彼への生理的嫌悪感が滲み出ていた。

 エントマにはまるで理解できない。彼ほどに高貴で高潔で公正な存在が嫌われる理由がわからない。

 無論、ナザリックに属する全員が全員、彼を嫌っているわけではない。嫌われている度合いや員数でいえば、イワトビペンギンの執事助手の方がはるかにその規模を上回っている。

 エントマは目を閉じ、瞼の裏に彼を映した。

 後肢でまっすぐに立ち上がる威容。威風堂々たる公位に相応しき姿勢。身を飾る宝飾の光輝にも負けていない、黒く輝く甲皮の煌き。逞しく引き絞られた蟲の細腕。蟲種族特有の微笑み。彼の眷属たちに包まれている瞬間は、至高の四十一人に関すること以外で、最も尊い時間だと感じている。

 ほぅ、と息が漏れた。

 大好きな彼のことを思うだけで、仮面の下にある頬が熱を帯びる。

 

「やっぱりぃ、なんでなのかぁわかんないぃ」

 

 こういう時、彼のもとへ訪れ訊いてみるのも悪くはないが、彼は久々に訪れた侵入者の味を吟味している真っ最中だ。親しき中にも礼儀あり。人の食事を邪魔してやるほど、エントマは不躾なメイドではないのだ。

 

「……別にぃ、ルプーのことじゃないからねぇ?」

 

 などと独り言を言いつつ、エントマは彼以外の誰のもとへ尋ねに行こうか考える。

 勿論、彼を影ながら嫌っている張本人たちに聞きに行くのはありえない。素直に答えを教えてくれるはずもないし、正面から彼のことを嫌っているところなど見たくない。想像だってしたくもない。

 恐怖公に忌避感を抱いていない同胞を指折り数える。

 

「ナーベラルはぁ……駄目だよねぇ」

 

 現在、彼女は冒険者“漆黒”の片割れとしてナザリックの外で働いている。

 ゴキブリの造形に対して特に嫌悪感を抱いていない自分の姉であれば良き相談者になってくれそうだったが、いないものに頼るわけにはいかない。今度、帰って来た時にでも聞いてみようと、エントマは心のスケジュール帳にメモっておく。

 

「コキュートス様はぁ……ちょっと厳しいかなぁ」

 

 彼は現在、蜥蜴人たちと仲が悪いというトードマンの武力偵察の結果、そいつらもナザリックの麾下に加えるための戦いに赴いている。

 蜥蜴人の村の統治は順調に進行しているが、やはり階層守護者は皆、基本的に多忙なのだ。いくら本人が暇だと主張しても、実際はやるべき業務はたくさんある。さらに、義に篤く情に深い武人として、村の存続にかかわる案件は直接的に介入するのが筋というもの。守護者の方々は候補から除外しておこう。

 

「餓食狐蟲王はぁ……無理っぽいぃ」

 

 彼もまた、恐怖公と同様、久々の侵入者のおかげで巣の拡張工事を行っていて忙しいはずなので、没。グラントも同じ理由で子どもたちの世話にかかりきりになっていたから、これまた没。

 

「他にはぁ、誰がいたかなぁ……」

 

 ぱっと思いつくのは、デミウルゴスやコキュートス配下の蟲種族戦士、あとは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)くらいだろうか。探せば他にもいるはずだろうが、思いつかないものは仕様がない。

 

「そうだぁ! アインズ様にぃ…………聞くのはぁ、難しいよねぇ」

 

 天からの啓示にも似た閃きは、あえなく掌から零れた。

 あの御方であれば、自分では想像だにできない解答を用意してくれることだろう。自分たちを創造し、傍に侍ることを許した慈悲深い御身であれば、アルベドや一部のシモベたち――しかも女性ばかり――に彼が嫌われている理由も把握しているに違いないと思ったのだが。

 無論、アインズ本人も恐怖公自体を嫌っていないことを最前提とした考えであり、彼の眷属がハムスケの頭に一匹だけ張り付いていた姿にドン引きしていた事実など、エントマは露ほども知らなかった。

 そして、当然のことながら、このナザリック地下大墳墓を統治する至高の御方は、重要な政務や役儀によって、階層守護者各人をも上回るほどに日々を忙殺されている。こんなことで、御身の貴重な時間を費やすことは、御身を軽んじていると認識されはしないかと思うだけで、エントマは自分の閃きがどんなに愚かしい発想だったのかと恥じ入ることになる。

 

「はあぁ……」

 

 またも溜息が仮面の中で充満する。

 考えても仕様がない。そう自分を慰撫する作業にも飽き始めた。

 

「自分で調べるにはぁ……やっぱりぃあそこだよねぇ」

 

 エントマは残っている自分の休憩時間を数えてから、使用人室から第十階層のある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最奥である第十階層。その一角には、玉座の間に匹敵する大きな扉が存在した。扉の左右には仁王像のように屹立する三メートル近い動像(ゴーレム)が控えており、レアメタルで作り出された二人の強大な武人は、ナザリックに属するすべてのものを歓迎する。

 

「扉を開けてぇ」

 

 エントマの言葉に反応し、二人の動像は扉に手をかけて重くゆっくりと押し開いていく。

 

「ご苦労様ぁ」

 

 彼らが押し開けてくれた先の光景は、叡智の結晶とでも称するべき空間だった。

 玉座の間にも匹敵するほどの荘厳な寄木細工の床。華美ではなく、されども要所要所に配された装飾の和。美術館と見まがうほどに見事な、吹き抜けの天井を彩るフレスコ画の煌き。無数に空間を埋め尽くす本と、それを収める本棚や硝子の展示机の様も眩く輝くような、精緻な芸術の数々。

 この巨大にして、深い沈黙を漂わせる至高の図書館こそ、ナザリックの叡智を凝集させた領域――名は、最古図書館(アッシュールバニバル)である。

 エントマは、その領域に踏み込んだ瞬間、自分もまた静寂に融けこむように押し黙った。

 ここは、ナザリックが誇る最奥の地、第十階層。居住まいを正す衣擦れの音すら憚られる空間の中で、自分の足音がよく響いて聞こえるのだ。不気味なまでの沈黙と、強い光を発しない光源の醸し出す雰囲気は、至高の御方々の叡智に触れることが許される貴重な聖域である事実を、戦闘メイドに如実に物語るかのようである。

 ほぅっと息を漏らすことも遠慮しつつ、エントマは目的の書物を探し始める。

 エントマはこの世界に来てから――より正確には、あの王都での『ゲヘナ』作戦以降、足繁くこの叡智の空間を訪れていた。何故か?

 それは、二度と失態を犯さないための努力が半分。

 もう半分は、あの魔法詠唱者(マジックキャスター)――イビルアイへの復讐心が半分だ。

 戦闘メイドの一員であるエントマであるが、実のところ、その戦闘経験でいえば取り立てて素晴らしい実績を残しているわけではない。ナーベラルのように御方の傍で戦いに身を置く生活を送ることも無ければ、ルプスレギナのように人間の村を護ることも、ソリュシャンのように王都で密かに情報収集を行うこともしていない。そういった意味ではユリやシズも自分と同じ扱いを受けて然るべきなのだろうが、エントマだけは、イビルアイとその仲間たちによって、敗北の恥辱を唯一、味あわされている。いかに相手が自分と同レベルと思われる魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、数的な不利や〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉という特効魔法を使われたと加味しても、そんなもの体のいい言い訳以外の何物でもない。少なくともそんな言葉に甘んじられる余裕は、エントマには存在しなかった。

 それに、自分は彼と――恐怖公と約束したのだ。

 

『エントマは、二度と失敗などしない。我輩はそう信じてもよろしいのでしょうか』

 

 彼の言葉に、エントマは心から頷いて見せた。

 二度と失敗はしない。失態など犯さない。そのための努力を惜しむことはない。

 そう一念発起したエントマであったが、しかし戦闘メイドが訓練を積むとなると問題がある。

 訓練となると、当然ながら相手が必要になる。アインズから支給されるようになった給金を使って、傭兵モンスターを召喚しても、自分より弱い相手だと大した訓練にならないし、逆に強すぎるものは召喚できない。そして、自分と完全に伍する程度のモンスターを召喚しても、引き分けに終わっては意味がない。

 それに、(ナーベラル)から聞いた話なのだが、どうやら自分たちのレベルは、これ以上成長することはないという可能性が示唆されたのだ。外で戦いに身を投じている姉がレベルアップしないのでは、ナザリックに詰めてばかりの自分には、そう言った期待は持てないだろうと理解(わか)る。

 しかし、ナーベラルは別の方法で、エントマの訓練を提案してくれたのだ。

 それは、知識を身に着けること。

 

『経験すること、記憶すること、認識すること……それら“智”というものは、決して無駄なものにはなりえない』

 

 そう陶然とした面持ちで(エントマ)に語って聞かせた、戦闘メイド(プレアデス)において最強のレベルを誇る魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿を思い出す。

 そうしてエントマが辿り着いた解答が、この第十階層の巨大図書館であったわけだ。

 ナザリックに詰めている自分だからこそ、この叡智の結晶たる領域に蔵された書物を読み解き、戦術戦略を覚え、あらゆる(すべ)(わざ)(ほう)(ことわり)をさらいつくせば、きっとあの忌まわしい魔法詠唱者を滅することも容易となるはず。ここは、至高の四十一人が集積した叡智の空間。これを用いないでいることの方が、むしろ御方々への失礼に値するというもの。アインズ様の御裁可も頂いている以上、利用しない手などあるはずがない。

 たとえ、自分の強さが未来永劫変わることのないものであったとしても、経験、記憶、知識というものは、確実にシモベたちの脳裏に焼き付けられるのだから。

 ……しかし、今回に限っては、彼女の目的は常のそれとはまったく異なっていた。

 

「あの本は、何処かなぁ……?」

 

 我知らず声が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。

 別に誰かに聞かれたり見つかったりしたら悪いということではなく、単純に司書である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちの手を借りるのが億劫だっただけだ。彼らに聞けば簡単に目的の書に辿り着けるだろうし、事実、はじめてエントマがここを利用した時には、大変世話になっている。

 彼ら司書たちの役目を考えるといたたまれないが、あの本を探していると知られるのは少し問題がある。何かの拍子で噂されでもしたら身の破滅だ。

 早く見つけてしまわないと、自分の休憩時間が終わってしまう。出来れば休憩時間内に見つけて、こっそり読み解いておきたかったのだが、さすがは至高の御方々の図書館だ。半端ない蔵書量のおかげで、まったく目的の書の在り処の見当がつかない。これでは一冊の辞典から、一文字だけ金で印字されたものを探す方がはるかに簡単かもしれない。

 本の内容が内容だけに、あんまり借りてまで読み耽りたくないし、でもこのままでは……

 

「ど、どうかしたんですか、エントマさん?」

 

 本棚をあちらこちら物色していた彼女の意識に、ありえない少年の声が響いた。

 

「マ、マーレ様ぁ!」

 

 第六階層守護者の片割れにして、森祭司(ドルイド)として最高級の実力を備えた少女然とした闇妖精(ダークエルフ)の少年が、本棚の影から声を潜めて、頭を抱えて身を隠そうとする蟲愛でるメイドに問いかけてきた。

 

「な、何かお探しでしたら、司書さんを呼んだ方が?」

「い、いえいえぇ、お気になさらずにぃ、マーレ、様ぁ?」

 

 ふと、彼が両手で抱え胸の内に隠している書籍に目が留まった。

 

「マーレ様もぉ、図書館を良く利用されるのですかぁ?」

「え? あ、はい。これは司書さんにお勧めされたものなんですけど、本当におもしろかったです!」

 

 彼には似合わない勢いで、本を眼前に突き出された。エントマは寡聞にして、本の題名にピンとこなかったが、内容的には「殺人」がどうのこうのという物語らしい。引っ込み思案の彼がここまで興奮しているのも珍しかったので、ほんのちょっぴり興味が湧いてしまったが、今は他にやるべきことがある。

 

「……マーレ様ぁ、少しだけぇお時間よろしいでしょうかぁ?」

「は、はい。今は休憩時間ですから……ぼ、僕なんかでよろしければ」

 

 幸い、目の前に現れた階層守護者は、恐怖公に対して忌避感を抱いていない存在だ。こんなチャンスは滅多に巡って来ないだろう。

 エントマは恐怖公が他のメイドやアルベドたちに好印象を抱かれていない事実を、割と遠回しな表現を使って説明してみた。その理由に心当たりがないか尋ねてみると、少年は残念そうに頭を振る。

 

「それは、ぼ、僕にもよくわかりません。というか、恐怖公さんって、そ、そんなに嫌われていたんですか?」

 

 それこそが意外だと主張するかのように、彼は目を数度瞬かせる。

 

「ぼ、僕はナザリックに属している人は基本的に嫌いじゃないですけど、でも、あの、やっぱり、好き嫌いや得意とか苦手というのは、人それぞれな問題ですし、えと、あの、すいません、大したこと言えなくて」

 

 そんなことはないと、エントマは粛然としながら彼の親切に感謝する。

 

「わかりましたぁ。やっぱり自分で調べてみますぅ……」

「し、調べるって、どうやってですか?」

 

 エントマは本当のことを言うべきか、数瞬だけ迷う。

 

「……この図書館でぇ、以前、至高の御方の誰かが書き残した書を見かけてぇ」

「そ、それって本当ですか!?」

 

 マーレはたまらず声を大きくしてしまった。

 司書から風聞していた程度の情報だったが、彼は直接目にしたことはなかった。

 それを手に取り、(しょ)された内容を見分(けんぶん)することができたら、それはどれほどの栄誉なのだろう。

 

 至高の四十一人が書き残したとされるもの。

 その正体は、ユグドラシルの運営が配布したバッググラウンド――設定集的な物語――をもとにプレイヤーたちが書いた一次小説や二次小説、それに日記をベースとした攻略本のようなものだ。

 無論、社会人ギルドとして様々な分野の人々で構成されたアインズ・ウール・ゴウン内には、そういった方面に特化したクリエイターも少なからず在籍していたし、仲間内でユグドラシルの小説を書いて見せ合うことが流行った時期もあるにはあった。エントマが見かけたというのは、その時代の名残……二次小説を執筆した一部の至高の御身にとっては、図書館に秘蔵される若気の至り……有体に言えば黒歴史であったのである。

 

 しかし、その所在は図書館を管理する司書たちをしても把握されていない。これは彼らの職務怠慢を意味するものでは断じてなかった。

 実を言うと、そういったギルメンたちの黒歴史は、他の人に見られることを恥じたメンバーが図書館に蔵する際に、無限永久に図書館の中を転移し続ける細工を施して引退していったのだ。見つけることができれば見てもいいが、見つけられなければ諦めろ。そういう主張が交わされたかどうかは、今となっては知る由もない。ちなみに、その黒歴史は魔法的な探査を受け付けることができないように無駄に防御も充実しているため、マーレどころかアインズの探査をもってしても、見つけ出すことは困難を極めるだろう。

 エントマ以上に、この図書館に通っているマーレが驚きを示したのは、そういう事情があったからだ。御方々の残した美文となれば、シモベたちからは喉から手が出るほどに欲しいものであるのは間違いないが、やはりそれだけの書物となれば見かけることすら難しい。そんな中で発見したエントマも、見かけた瞬間に転移されてしまい詳細はわからなかった、いわゆる“幻の書”なのである。

 

「……それを手に取り、見ることができればぁ、もしかしたら彼が創造された時にぃ何かしらの理由があってぇ、皆が彼を嫌うようになったとかが理解(わか)るかもしれないと思ってぇ」

「な、なるほど、確かにそれなら絶対に理解(わか)るかもしれませんね!」

 

 マーレは朗らかに肯定してくれたが、エントマは正直に言えば微妙だろうと思っている。

 何しろ、この図書館の規模を考えれば、この中を無限転移する書物を見つけることは不可能に近い。それこそ、切株に兎が突っ込んで死ぬぐらいに確率の低い宝探しだ。そして奇跡的にその本に巡り合えたとしても、果たしてその内容がエントマの希望に沿うようなことがありえるだろうか?

 第一、そんな労力をかけるぐらいなら、いっそのことアインズに詳細を伺いに行った方が、遥かに手間が少ないはず。御身は我々全員の創られた経緯を熟知しているわけではないことを知ってはいるが、可能性は0ではないはず。

 そう。

 この時、エントマは嘘をついた。

 とても微妙な嘘であったが、マーレはその嘘を看破(かんぱ)した様子はない。

 エントマは僅かばかりの罪悪感を覚えはしたが、それでも、自分が本当に探していたものを知られるよりもだいぶマシだと判断した。あんな本よりも、至高の御方の書を探している方が、遥かに体面を保てるだろうから。

 しかし、マーレは意外なことを口走り始める。

 

「あ、それじゃあ、こういう時すごく頼りになる人を知ってますから、その人に頼んでみますね!」

「……えぇ?」

 

 エントマが頓狂にも聞こえる細い声を出したのにも気づかずに、マーレは彼が読む予定だという書籍を蟲愛でるメイドに預け、至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使って、とある人物のもとへと〈転移〉してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 【続】

 

 

 

 

 

 




第三話に続きます。
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