エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、拠点(住居)最悪との逢瀬 作:空想病
この話は……エントマちゃんが仕掛けた、恐怖公のイメージアップへの布石だったんだよ!
ナ、ナンダッテー!
注意:図書館に蔵されている本のことetcについては、作者の想像です。
「つ、連れてきましたよ!」
空間の向こう側に消えたマーレは程なくして、ある人物を伴って再び図書館にいるエントマのもとへ戻って来た。
その人物は、エントマのよく知るアンデッドの女性である。
「ユ、ユリ姉様ぁ!?」
「あら、エントマ。こんなところで何をしているの?」
少年に手を引かれながら現れたのは、戦闘メイドの副リーダーを務める最前衛、夜会巻きにした黒髪と伊達眼鏡が特徴的に輝く
エントマは意外な人物の登場に
「ユ、ユリ姉様の方こそ、どうしてここに?」
「マーレくん……いえ、マーレ様に図書館で探し物をしてほしいと頼まれて」
視線を感じた
「それで、マーレ様。私は何を探せばよいのでしょうか?」
「え、と……し、至高の御方々が、この図書館に残されたという、御方々直筆の書を探してほしいんです」
マーレは簡潔に、その書物らは無限転移で図書館の中をランダムに移動していることを説明し、自分やエントマでは発見は不可能だと判断して、ユリに白羽の矢が立てられた旨を伝える。ちなみに、図書館の司書たちに知られると複雑なことに――マーレ曰く図書館司書たちの面目が保てなく――なりそうなので、三人はマーレの魔法で〈完全不可知化〉の影響下に納まっている。
しかし、エントマは疑問だった。何故マーレはユリに助力を頼んだのか。
「了解しました。微力ながら、その幻の書の発見に尽力させていただきます」
「お、お願い、します!」
意外にもあっさりとユリが協力を申し出てきて、エントマは予想外な事態の連続に混乱を覚える。
だが、自分の姉はこれといって物探しに有効な
「マーレ様ぁ、どうしてユリ姉なんですぅ? ユリ姉の
「いえ、だ、大丈夫で、です! ユリさんは、こういうことが得意なんです!」
こういうことが得意とは、具体的にどういうことなのかエントマはいまいち理解が追い付かない。
ユリの設定に物探しが得意とでも組み込まれているのだろうか?
「さぁて……どこかしら?」
そんなエントマの疑惑の視線など知らん顔でユリは乱立する本棚の迷路を歩み出す。
粛々と歩を進める戦闘メイドは周囲を見渡し、とある本棚の前に立ち止まって数秒を待つ。
「ここかしら?」
迷うことなく指先を棚の下から六段目のあたりへ伸ばした。
「ありましたよ、二人とも」
「……ハアァァァッ!?」
「やっぱり!」
思わず本物の声を出して驚くエントマとは対照的に、隣に立つマーレはわかっていたとばかりに歓声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って、ユリ姉ぇ! ほほ、本当に、本物なのぉ!」
「ええ。これはペロロンチーノ様著『ユグドラシルにおけるR-15の壁』ね」
とりあえず見つけた一冊目をマーレに託したユリは、さらに歩を進めて本棚を物色していく。
「ここに来そうね」
程なくして立ち止まったユリは、棚の最上部近くへと手を伸ばし、一冊の本を手に取った。
「あったわ」
「ウソォ!?」
エントマは手渡されたタイトルを確認する。
「ぶくぶく茶釜様著……『かぜっちとアウラとマーレの冒険vol.23』」
ありえない。
何がどうして姉は御方々の秘蔵書を、こんないとも容易く手にしているのか?
ざっとこの区画を調べただけで、合計九つにも及ぶ幻の書が、ユリの手によって発見されている。
もはや運がいいとか呪いとか、そういったレベルの話ではない気がするが、無理もない。
ユリがどうしてこんなにも的確に、ランダムに出現するはずの書物を手中にできるのか。
無論、彼女が探知系の職業や技術を保有しているからでも、設定として物探しが得意という一文も存在しない。
答えは、彼女の創造者そのものにあった。
彼女はアインズ・ウール・ゴウン内で稀少な三人の女性メンバーの内の一人で、彼女の数多く存在する伝説の中でもとりわけ有名なのは、超々
そんな創造主に生み出されたユリ・アルファも、こういった運に左右される局面で、類稀な運の強さを発揮するのはあまり知られていない。彼女とは、姉と共にユグドラシル時代から付き合いのあったマーレであったからこそ、幻の書の探索に彼女が適任だと判断できたのだ。
「す、すすす、すっごい、すっごーい! ぶくぶく茶釜様の、本!」
創造主の書き残した本を手に取ることができたマーレは、感涙に瞳を潤ませながら、幻の書を天へと掲げ、崇拝に輝く視線を注ぎ込む。中を拝読したい欲求に耐え切れず、その場で座り込んで読み耽り始めた守護者であったが、無情なことに休憩時間は残り少ない。
そんな彼の様子に微笑みさえ浮かべながら、ユリは妹の検分具合を確かめる。
「どうです、エントマ? 望む情報はありましたか?」
「…………んー…………ないぃ」
残念なことに見つけ出された九冊の中に、恐怖公のことを記した書は発見できなかった。
マーレが熟読している本の中にも登場すらしていないと、読んでいる本人が確かめてくれている。
ここでの任務―ーというよりは友人と妹の依頼―ーを終えてしまったユリは、ついでとばかりに不可知化の影響下から抜け出し、本を数冊借りにエントマたちから離れた。どうやら料理本などを借りたくなったらしい。
数分して戻って来た戦闘メイドが図書館の仕掛け時計を見やって二人を促す。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。いかがですか、マーレ様?」
「あ……えと、そ、そう、ですね。もう、時間ですよ、ね……」
全員の休憩時間を考えると、これ以上ここに滞在することは不可能だ。自分の時間よりも、任務と使命に励む時間こそが重要である。それがナザリックの常識だ。
マーレは名残惜し気に創造主の書き残した物語を、恭しく本棚へ戻した。貸出禁止の刻印が刻まれている書は、誰であろうと図書館の外へ持ち出すことは出来ない。本棚に収まった瞬間、幻の書は
「――マーレ様。よろしければまた今度、改めてここへ来ましょう、ね?」
「え……でも、迷惑じゃ?」
マーレはユリの役職を知っている。ナザリックの最奥に詰めているメイドたちを統括する位置にある女性は、任務以外でこうして顔を合わせることも難しい。今日のように休憩時間が被ってくれたことすら珍しい部類なのだ。
「大丈夫です。私が非番の日にでも声をかけていただければ」
「あ……は、はい! ありがとう、ございます!」
大切な友人であるアンデッドに向ける朗らかな笑みは、月のように澄んだ空気を湛えていた。
その様子を認め微笑んだユリは、妹の方を見やる。
「エントマ、そろそろ戻りましょう。第九階層へ」
「……はいぃ」
幻の書を棚へ全て戻し、姉に手招きされたエントマは、後ろ髪引かれる思いで図書館を後にした。
「あの、エントマさん!」
「マーレ様ぁ?」
「今日は、その、ありがとうございました! おかげで、すっっっごく楽しい休憩時間になりました!」
「い……いえぇ……」
守護者の笑顔が眩しかった。手を振って別れる
「エントマ」
自分の持ち場へ戻ろうとする妹を、ユリは引き留めた。
「……なにぃ?」
「これ、借りておいたから」
ユリは借りておいた数冊の中から、一冊の図鑑を取り出しエントマに差し出した。
「ユリ姉ぇ――これってぇ」
「本当は、これが目的だったのでしょう?」
まったく姉には敵わないと思った。
「ど、どうしてわかったのぉ?」
「私はあなたの姉なのよ? それ以外の理由がいるのかしら?」
そういって微笑む姉の胸に、エントマは飛びついていた。
「ユリ姉ぇ、大好きぃ!」
「それくらい知ってるから」
手のかかる可愛い妹の髪部分の蟲を撫でてやる。くすぐったそうに微笑みを深める妹と別れて、ユリは自分の私室へ向かった。別れ際に、返済期限を忘れないよう釘を刺して。
エントマは姉の優しさに頬を緩めながら、とりあえず自分の私室に戻る。
「ただいまぁ!」
出ていった時とは打って変わって上機嫌で帰って来た飼い主に、蟲たちが驚き半分喜び半分の声を奏でて迎え入れる。
エントマは一冊の図鑑を丁寧にベッドの枕元に置くと、矢も楯もたまらずにページをめくった。休憩時間ギリギリだが、お目当てのページに至るのは早かった。
「はぁ……かっこいいなぁ……」
思わず笑みが零れる。
エントマがベッドの上で読み解くそれは、ギルメンたちがNPCの外装をデザインする際に参考にした、ユグドラシル内で流通していた図鑑データの内の一冊で、哺乳類・魚類・両生類などの生物は勿論、鉱石などの非生物、歴史学や物理学、建築学などの詳細を事細かく集積した内の、とある生物に特化した内容を収めた書物で――はっきり言えば特大の『昆虫図鑑』であった。
エントマのような蟲種族の外装データのほとんどは、この図鑑から引用され、改造されたものが大半を占めるだろう。
蟲愛でるメイドは、様々に列挙される昆虫たちの中で、三億年の太古から造形を変えていないとされる古き
その種類は多岐にわたり、野外にいるものや屋内にいるもの、色の黒いものやそうでないものなど、一目見ただけで違いの判るそれらが、雌雄の分別まで付くほど事細かく分析され記載されている。
思わず声が漏れ出ていた。
「うわぁ……何これぇ、大胆な構図ぅ……」
では、何故エントマはこれを探していることをマーレに隠し、司書たちから隠れるように図書館を徘徊していたのか?
実のところ、エントマからしたらこれは、人間におけるフルヌード写真集も同然な代物だ。
しかも極厚の。
故に、エントマ本人が借りて読み耽るには、些か以上に心理的抵抗感が働いたのは言うまでもない。借りるなどもってのほかだ。
これは現実世界の人間で言えば、人気アイドルがそういった類のグッズを公共の場で白昼堂々と購入し観賞しているぐらいのスキャンダルである。いくらナザリックの同胞とは言え、そんな不名誉な誤解をされるのは何としても避けたい。だからエントマは、あのように行動せざるを得なかった。
実際、エントマは表情を変えず――仮面蟲なのだからあたりまえだが――彼に優るとも劣らぬ美丈夫の裸体を食い入るように見つめていた。傍目には恐怖公との違いなどほとんどない(王冠や王笏、コートを羽織っているか程度の)はずなのだが、そこは蟲種族特有の差で知覚できるのだろう。
それほどまでに、精巧な図鑑だったのだ。
「えっとぉ、なになにぃ……不完全変態ぃ……生きた化石ぃ、一部愛玩用ぅ……品評会ぃ……」
これまでは図書館でこっそり息抜きに覗き見していた程度だったので、今のように併記されている細々とした説明文に目を落とすのは初めてのこと。……だからこそ、エントマは知らなかった。
「へぇ、やっぱり恐怖公ってぇ愛玩用なんだぁ! 品評会ってぇ、どんな感じなのかなぁ?」
実に好意的な文章が続いて面映ゆくなる。きっとハムスケのように、至高の御方たちのペットとして密かに飼育されている者がいる――あるいは、いた――のかもしれない。まぁ、それでも彼よりも素晴らしい存在がいるとは思えないが。ここに記載されている、種々様々な宝石の如き体躯の全員で挑んでも、あの貴族然とした存在に敵う様がエントマにはイメージできないのだ。
次の段落に視線を落とした。
「家屋害虫の代表ぅ…………“害、虫”?」
エントマは知らなかった。
エントマは初めて知った。
彼が害虫であるという、その事実を。
そうした影響によって、彼は仲間から嫌われているという実態を。
「エントマ」
突然、部屋の中に誰かの声が響き渡る。否、誰の声なのか聞き違えるはずがない。咄嗟に図鑑を勢いよく閉じた。
「きょ、恐怖公ぉ!?」
部屋の中から響いたと思った声は、部屋の扉の向こう側から聞こえていたもの。紳士である彼は、当たり前といえば当たり前だが、乙女の部屋に無断で侵入するような行為には及ばないのだ。
「マーレ殿から承りまして、何やら貴女の様子がおかしかったと伺ったのですが?」
エントマは自分の判断が甘かった事実を瞬時に
「で、でも……第二階層から第九階層までぇ、どうしてこんな早く来れるのぉ?」
「それでしたら、マーレ殿に指輪での転移を頼みましたので」
マーレは恐怖公とはそれなりに懇意にしている仲だ。あの八本指とかいう人間たちの教育(という名の拷問)によって、人間社会の暗部に関わる理財や情報はすべてナザリックに供される体制が敷かれたのだ。その為、二人の功績は非常に大きく、至高の御身にも称賛の言葉を賜ったほどだ。
それでも、
「入室してもよろしいでしょうか?」
「……いい、よぉ」
エントマは図鑑を枕の下に隠した。
開け放たれた扉の先にあった姿は、直立する蟲の偉容。
真紅の衣に豪奢な金糸で縁取りが施され、輝く王冠と王笏が遍く下等生物を畏怖させる公位の顕現。
第二階層“
「声、お変わりになられましたな」
第一声から、エントマは彼の気遣いを痛感させられる。
「……この間の侵入者から貰ったぁ」
奪ったとは思っていない。あの娘は御方の慈悲によって、苦しむことなき死を与えられた。その代わりとして、あの娘の死体はすべて有効活用してやる運びとなったのだ。狩人として当然の供養だと、それが至高の御身の言葉である。
そう。
この声は、いと優しき君から賜ったものと言っても過言ではない。
「えへへぇ、いいでしょぉ?」
自慢するように照れ笑う戦闘メイドに、恐怖公は押し黙ったまま、首単体を傾げられないので体全体を傾がせる。
「我輩。貴女そのままの声も、嫌いではありませんよ?」
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
彼はこんなにも優しくて、礼儀正しく、公正明大で――なのに――
「どうしてぇ……」
小さく震えた声を胸の底へ沈める。感情を宥め鎮めていく。
しかし、うまくいかない。
擬態の蟲が慟哭のような金切声をあげかけ、仮面の蟲が
どうして皆、彼を嫌うの?
どうして彼を嫌う人がいるの?
どうして、彼が、彼が、カレガ?
どうして……どうして、どうして、ドウシテェ!
「どうかしましたか、エントマ?」
中立的な声音がエントマの意識を表層にまで引き戻した。
激情に身を任せて暴れそうになる蟲たちを押さえつけようと顔と胸を手で覆っていくが、外れた
「なんでも……ないぃ」
「嘘はお辞めなさい」
やっと紡いでみせた言葉を、前へ進む彼はきっぱりと
「貴女の休息も残り僅かな時間。ここは手短に済ませましょう。
何がありました? 何が貴女を悲しませているのです?
何故、貴女は泣かれているのですか?」
エントマは泣いてなどいない。蟲種族に涙腺などという身体組織は組み込まれていないのだから当然だ。
なのに、エントマは今、確かに彼の言う通り、泣いている。
鳴いているのではない。啼いているのでもない。
それでも確かに、彼女は泣いていた。
目から涙を流すのではなく、体から血を滴らせるのでもなく、彼女は感情を吐き出す先を求めていたのだ。
「ねぇ、恐怖公ぉ……」
紡ぐ言葉には力がない。項垂れた視線には悲しみが溢れていた。
「皆に嫌われているのぉ……嫌じゃ、ないのぉ……?」
震える瞳が彼を捉える。彼は既に寝台の脇にまで近寄っていた。
「私はぁ…………嫌だよぉ…………」
寝台からずれ落ちるように、彼の上に覆いかぶさる。
彼のレベルはエントマよりも脆弱なので、力いっぱい抱きしめてやることも憚られる。
だからこそ、エントマは彼に抱かれる方が好きだ。抱きしめてやることのできる眷属たち一匹一匹を大切に思っている。大好きだから食べるのだ。食べてしまいたいほどに、彼のすべてが欲しいのだ。
「恐怖公は皆にぃ……嫌われてぇ……それで、何ともぉ……思わないのぉ?」
「思いません」
告げる彼の吐息は冷たかった。
しつこく何があったのかと詳細を問い質されるのに根負けして、エントマは訥々と説明し出した。この短い休憩時間の内に起こったことを。一般メイドたちの話を聞いたところから始まった、悲しみの根源を。
「なるほど――そしてトドメは、そこの書物ですか?」
エントマがずれ落ちた時に、はずみで枕の下から飛び出したのだろう昆虫図鑑が、恐怖公の触覚には手に取るように分かった。
「困った人だ。書物に書いていることを鵜呑みにされて、その体たらくですか」
呆れたように微笑みの息を吐く彼の様が、エントマには解せなかった。
無言でどういうことかと尋ねる蟲愛でるメイドに、恐怖公は断言する。
「エントマ。悲しむことなどありません。我輩には貴女をはじめ、数多くの盟友が存在しております」
男性階層守護者各位は勿論、蟲種族に属する同胞たちも、恐怖公の理解者だ。
「それに、我輩を嫌う女性方や多数の同胞らの感情、それらも含めて――我輩なのですよ」
恐怖公の前肢は、エントマの背中を撫でる――には前肢の長さが足りないので、仕方なく二の腕を柔らかく触れるだけに終わった。
「正直なところを御話しましょう。どうか、御内密に願います。
我輩は、どうにも至高の四十一人の大多数にも、そこまで好ましく思われていなかった御様子。そんな存在を、同胞である彼女たちに好ましく思えとお願い致しますのは、土台無理な話でございましょう?」
「ソンナ!」
思わず本気の声が漏れてしまい、エントマは喉を押さえ込む。
「……嘘だよぉ。だって、恐怖公はぁ第二階層のぉ“
「それとこれとは話が違うのです」
彼はかつて、自分が創造されてからすぐに、至高の四十一人に御披露目された時の記憶を呼び起こす。
「我輩のこの姿と力……眷属の無限召喚は、どうにも偉大な御方々にしても、禁忌的な造形と恐怖の対象にしか映らぬ御様子でした。故にこそ、我が名は“恐怖公”という名を冠されているのでしょう」
四十一人中、二十八人もの御方々に忌避され畏怖され拒絶された光景は、彼の記憶から消え去ることはなかった。至高の
至高の存在すらも恐怖せしめる存在。
故の、恐怖公。
「ですが、我輩はその事を恥だなどとは思いません。惜しいとも悔しいとも思いはしません。これこそが我輩、これのみが我輩なのです。御方々に恐怖されることは、貴女方にとっては耐えられないほどの絶望なのかもしれません。しかし、それをこそ御方々は望まれたのだと、我輩は考えております。
我輩は、恐怖公。
御方々にすら恐怖を与えてこその、
その声は誇らしく、蟲の表情は晴れやかだった。
虚飾も虚勢も虚言もない。彼の示した意思はすべて、嘘偽りのない本物以外の何物でもなかった。
「御理解していただけましたか? ですから、貴女がこのことで気に病まれる必要は」
最後まで言い終える前に、戦闘メイドの衣装が彼の身体を覆うように被せられる。
疑問しようとする彼は彼女を見上げる。
エントマは震えていた。しかし、それは恐怖への反射行動なのではない。
それは、歓喜にも似た情動。感激にも似た情愛。
目の前にいる彼に対する、深い深い想いの表れ。
「恐怖公ぉ。私はぁ、絶対に恐がらないよぉ。怖がるはずないものぉ。絶対、絶対にぃ……」
慈しむように、愛おしむように、少女は胸の中に納まる蟲をかき抱いた。
「……本当に、困った
どうせオヤツ感覚なのでしょう、などと無粋極まる発言はしない。
恐怖されてこその我輩だと言っているのに、決して恐怖するはずがないなどと、この娘は人の話を聞いていたのだろうか。
でも。
それでも。
恐怖公は歓喜した。
彼女の言葉は嬉しかった。
彼女の気持ちは、とても言葉では言い表せないほどの感情を、恐怖公の小さな矮躯に湧き起こさせた。
彼女に抱かれながら、彼女を抱きながら、恐怖公は告げた。
「ありがとう――エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ」
蟲の女王に愛でられる快悦に浴しながら、恐怖公は決然と言い放つ。
「さぁ、御時間です」
休息の時は終わりを告げる。
惜しいと思いながらも、エントマは彼を胸の内から解放した。
彼もまた、名残を確かめるように、メイドの裾から肢を離す。
「いってらっしゃいエントマ」
「いってきますぅ、恐怖公ぉ」
彼女は楚々と歩く。
扉を開け、神殿の廊下に一歩を踏み出す。
彼もまた、己の守護領域のある第二階層へ戻るべく部屋を出た。
ナザリックに仕える
「ありがとう」
その感謝は、果たしてどちらが先に放った声だったのだろうか
【終】
ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。
エントマの第二話・第三話、いかがでしたでしょうか?
「蟲×蟲」が続くとは夢にも思わなかった方がいるかもしれませんが、実は私自身が一番夢にも思っていなかったことは内緒です。
いや、プレアデスの逢瀬シリーズなんだから、平等に話数は積み上げていく予定なんですけど、何分エントマと恐怖公は難しいんですよね。原作だと食べたり食べられたりな関係なもんだから。
拙作のような、純愛甘々なラブストーリー……殺し愛ならぬ食べ愛(一方的)が送られている可能性って、どんなもんよ?
でも、こんなカップリングもいいよね(白目)
次は誰の逢瀬と巡り合えるでしょうか?
それでは、また次回。 By空想病