その杯に清い水を満たすために、一行が次に目指すのはランドン山脈にある氷の湖
恐ろしい竜が住まうと言う、雲上湖だ。
なにやら、顔にあたる、くすぐったい感触で、わたしは目を覚ました。
確か昨日は、妖剣士の塚に行って、ガイコツさんと戦って、それでレムルの聖杯を手に入れたんだっけ?
それで、グレン城下町から、少し離れたところに、焚き火をしたんだった。
そこで、姉さんの膝枕で、寝たんでした。
「ん、やっと起きたな」
目を開けると、すぐに、姉さんと目が合う。
頭の下には姉さんの膝。
1晩、この体勢だったんだ。
「おはよーございまふ……」
まだ寝足りないような感じだけど、こんなところで、眠りこけてたら迷惑をかけちゃう。
「おはよーさん」
姉さんは、金色の瞳をイタズラっぽく細めて、笑う。
まるで狼みたいな鋭い瞳だけど、わたしは、この目が好きだった。
わたしを見る目は、すごい優しいから。
でも今はまるでイタズラした子供みたいに笑ってる。
わたしは、上半身を起こす。
「おはようございます、アルベールさん」
アルベールさんと目が合う。
「あ、あぁ。おはよう…」
少し様子が変。肩を震わせて、笑いを堪えてるみたいな……
「どうしました?」
わたしの寝起きの顔、そんなに面白いのかな……
「ほれ、化粧しといてやったぞ」
姉さんが、手鏡で、わたしの顔を見せてくれた。
そこに映ったわたしの顔は……
「な、なんですかぁ!?これぇ!!」
かなり落書きされてたんです!!
繋がった眉毛書かれたり!頬にぐるぐるナルトかかれたり!
姉さんは、ケタケタ笑ってる。
「姉さんですか!?」
「わりぃわりぃ 暇だったもんで」
こんな子供みたいなマネするなんて!
姉さんのバカー!
「ごめんね、一応、止めたんだけど……」
なんだか、自分も同罪と言い出しそうなアルベールさん
わたしは、彼に向き直り、首を横にふる。
「いえ、アルベールさんは、悪くないですよ」
「そ、そうか、ありが……」
アルベールさんがうつむいた。
この顔で、微笑んだのがツボだったのかな?(泣)
「ほれユイナ、これで顔洗いな。目も覚めるぞ」
姉さんが、飲み水で持ってきた水を器にうつす。
ちょっと待って、その器って……
「レムルの聖杯じゃないですか!」
「宝物で顔洗うなんてセレブじゃねーか」
にひひ♪と姉さんは、歯を見せて独特な笑い方をする。
「そのままでいいなら、飲んじまうぞ」
「あぁ!洗います!洗わせてください!」
うぅ、ごめんなさい、ガートラントの皆さん……。
聖杯の中の飲み水で顔を洗うわたしを、姉さんは楽しそうに見ていた。
こんな楽しそうな姉さん、初めて見たなぁ
本来は、イタズラ好きなのかな
だとしたら、身体を張った甲斐があったというものです
◇◆◇◆◇
ユイナが、あたしの傑作を水で洗い流してから、すぐに出発した。
「せっかく美人にしてやったのになー」
「姉さんなんか知らない!」
ユイナは、ぷいっ、と顔を背けてしまう。
そんな怒ることかー?
「悪かったって」
ユイナは、こっちを向いてくれない
ウソだろ?おい……
「ユイナ?おーい?ユイナちゃーん?」
ぷいっ。
そ、そんな……お前に嫌われたら……あたしは……
「な、なんでも好きなもん買ってやるから!な!」
「お洋服がいいです!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにユイナが振り返る。
あ、してやられたな。これは。
「お、おう……。」
仕方ない……。あたしに二言はない。
「姉さんだーいすき♪」
もう何着でも買ってあげちゃう
サイフと相談だな。
「……仲直りしたかい?」
そんな姉妹のやり取りを、微笑ましげに見ていたアルベールが、言った。
「ケンカなんかしてねーよ」
仲良し姉妹だからな。あたしは、胸を張って言う。
ユイナも、こくこく頷いてる。
「雲上湖に行くにはグレンを通らなきゃいけないからね。これを。」
そう言って、アルベールは、ボロ布を渡してきた。
「なんですか?これ」
「フードつきの、マントだよ。砂漠とか渡るのに使うんだ。」
なるほど、顔を隠すのにも使えるな。
「ありがたく借りるぞ、ユイナうーってしな。」
「うー」
冗談だったのに、うーってしたので、つけてやった。
◇◆◇◆◇
「手配書が出回ってるな。」
グレン領西から東へ渡るのに、グレンの往来を通らなければならない。
3人は顔を隠して、グレン城下町へ入った。
アルベールが、視線で示した先には、あたしと、ユイナそれとアルベールのがあった。
「へぇ、うまいな」
よくかけている。あたしの特徴をよく捉えて、あれだけの時間で、よく観察できたものだ。
銀髪の長髪で金色の狼のような瞳。
背が高く、けっこう美人。
ちょっと照れるなこれ。
「じ、地味……」
となりでユイナが呟いた。
ユイナの手配書まで出てるのか。
……どれどれ
容疑者の妹と思われる。同じ金色の瞳。
背が低く、地味。地味かわいい。
一言多い手配書だな。
地味は、地味に傷つく。
「わたし、地味なんでしょうか……」
「大人しそう……かな?」
アルベールのフォローの、あまり効いていないようだった。
「髪とか、染めてみようかな……」
「!?」
ユイナがギャルっぽく!?
想像してみる……
『姉さん〜ちょべりば〜』
「だ、ダメだ!お前は、それが可愛いんだ!」
黒だって、いいじゃねーか!清楚じゃねーか!
ユイナをギャルなんかにしない絶対にだ。
「姉さん……!声……!」
あ、しまった……。
周りを見ると、視線が集まっている。
「行こう」
アルベールが言う。
彼のあとを追い、目立たないよう、かつ迅速に、その場を離れた。
◇◆◇◆◇
なんとか、グレンを東側に出れた。
好奇な目で見られたが、声をかけてくる者は、いなかった。
このまま、無事に脱出できれば……
「良かったんだけどな」
グレンの東口、橋の上を歩く足音が2人分。
金属の、鎧を来た人間の足音だ。
「どうしたんだ?」
アルベールが振り向いて、それに気付いた。
「……なるほど、キミの耳は、すごいな」
「鼻もな。あと目もいい。」
オーガの男が二人、鎧に帯剣している。
そのうちの1人が、あたしを指さした。
「間違いない、あのデカイ女だぜ」
「ご挨拶だな」
指を差されるのは嫌いだ。あたしは敵意をむき出しに言った。
「見逃してくれないか?人は斬りたくない」
アルベールは、比較的、温厚な口調で言う。
が、少しも隙を見せない。
「優男も後ろの地味女も違いないようだな」
もう1人のオーガの兵士が言った。
ユイナが、背中で、「じ、地味女……」と、密かに傷ついたようだ。
「仕事熱心な兵隊さんだな」
「まあな。お前らをとっつかまえて、王に渡せば、出世出来るんでな」
そこで、もう一人の兵士が下卑た笑みをうかべた。
「それもいいけどよ!……けっこー上玉じゃね!?」
「ん……、それもそうだな」
あー、そういう感じか。よくあるやつだ。
「王に渡す前に俺らで楽しんじゃおうぜ!?的なあれか?」
言われるのも癪なので、先に言ってやる。
「分かってんじゃねぇか姉ちゃん」
「おまえは優男をやれ、俺は、あのおっぱいを……」
あたしは、荒々しく舌打ちする。
「誰がおっぱいだ。おいアルベール、あいつは、あたしに任せろ」
「あぁ。無理するなよ。」
「あいよ。ユイナ、離れてろ」
アルベールが剣を抜き、あたしが指を鳴らす。
オーガの兵士たちも、剣を抜いた。
「姉ちゃん、槍は使わなくていいのか?」
「こいつで充分だ。」
拳を突き出す。
「来いよ赤ゴリラ。素手の女に負ける武勇伝を作ってやるよ」
「口の減らねぇ女だ……」
こういう女を舐めくさった輩にな、相応の成敗をしなくてはな。
あたしは、鎧の上を脱いだ。
「剣で切って脱がしてみろよ」
オーガの兵士は、乗った
「おもしれぇ」
オーガ兵は突きの構えをとる。本当に脱がす気なら、突きでは殺してしまうだろうに……
まあいい。この身体の動体視力は極めて良い。
オーガ兵が、鋭い突きを繰り出す。
この程度の突きなら……
かわせる。大道芸のように。
胸をそらして、腰を曲げる。いわゆる、マトリックスだ
剣は、あたしのシャツだけを切り裂き、胸の谷間を通過する。
マトリックスの体勢のまま、両手を地面につく。
分かりやすく言えば、ブリッジの体勢だ。
そのまま地面を蹴り、オーガ兵のアゴに蹴りをかます。
これは、バク転の要領だ。
「が……ッ!」
オーガ兵は、アゴを抑えて仰け反る。
「ほう……、いい腕だな」
あたしは、切れたシャツの切れ目から、谷間をちらつかせた。
オーガ兵の視線が、そこに投げ込まれる。
「せっかくだ、もうちょっと近くで見てみるか?
自分で、はだけさせてみるか?」
手で招いて、誘惑する。
オーガ兵は……
「お、おう……!」
乗った。
目と鼻の先の距離まで来る。
「バーカ」
「え?」
目を大きくしたオーガ兵の間抜けヅラに、頭突きをかましてやる。オマケにツノの部分を当ててやった。
「はがッ!!」
頭から鮮血を出して、オーガ兵は、倒れ伏す。
あたしは、自分のツノについた相手の血を拭う。
「男ってバカだな……
アルベール、そっちは終わったか?」
アルベールのほうを見やる。
ちょうど、終わったようだ。剣をはらって、しまうところだった。
血をついてないところを見るに、殺してないのだろう
「ミュスナ……その格好……」
「あぁ。作戦のうちだ。」
アルベールは、上着を脱ぐと、それをあたしに着せてくれた。
気持ちは、ありがたいが……
「気持ちは、ありがたいけど、鎧があるんだ」
「あ、そうか」
アルベールは、そう言うと、あたしが脱ぎ捨てた、せいどうの鎧を拾って、渡してくれた。
「向こう向いてるから、着替え終えたら、それは、そのへんに投げててくれ。」
アルベールの上着のことだろう。
着てみて分かったが、相当上等なモノだろう。
着替えたら、ちゃんと返そう。
「ありがとうなアルベール」
当然のことだよ、と背中から聞こえた。
「着替えたら、雲上湖へ急ごう」
とんだアクシデントがあったが、あたしたちは、雲上湖を目指した。
恐るべき怪物がいるという、そこに。
オガ子のお色家戦法は最強だと思うのです