その中でオルセリアは、もっとも愚かな決断をしてしまう。
一行は、気まずい空気のまま、スイの塔を目指すのだった。
スイの塔は、山間の関所から、西に行ったところ、
スイゼン湿原に、そびえ立っている。
木造の塔で、エルトナ特有の風情を感じる。
見上げているだけで、深い歴史を感じて、感傷に浸りたくなる。
……こんな空気で、なければ。
「……」
「……」
まさに、むっつり、と言った感じのエルフの2人組、
ハルカとオルセリア。
そのあとを続く、あたしと、ユイナ。
ユイナは、おろおろ、と心配そうに見守っている。
「き、気まずいですねぇ……」
ユイナは、なんとか、この空気を変えたいようだが、
さっきから、空回りを続けている。
「まあ、ほっとくしか、ないだろ」
この空気も、曲者だが……、
この湿原の空気も、なかなか気が抜けない。
虫も多いし、沼からの奇襲も油断できない。
辺りを警戒する、あたしの耳に、それは聞こえた。
「羽音だ。近いぞ」
虫の羽のような音、それもかなり大きい。
槍を取ろうとする、あたしを、ユイナが止める。
「ここは、わたしに任せてください!」
胸をはって、言い放った。
呪文が増えてからというもの、すっかり自信をつけたようだ。
「分かった、けど、使いすぎないようにな
このあとも、なにが出てくるか、分からないぞ」
「安心してください!」
ユイナは、背中に持った、弓を手に取る。
確か、前持った時は、ろくに弦を引けなかったはずだが
……
「姉さんが怪我で寝てる間に猛練習した成果を、見せますよ!」
自信満々なユイナの手には、アルベールが調整した練習用のものではなく、通常の製品の、弓。
「へぇ、楽しみだな」
おとなしく、見守る。
矢を手際よく、つがえるユイナ。
そうしてると、巨大な虫の、紫色の体色の、蜂のような、
怪物が、姿を見せた。
オルセリアめがけて、針を向ける蜂。ハルカが、オルセリアを自分の背中に隠れさせる。
「むっ、虫……っ」
オルセリアが、初めて見る巨大な虫に怯える。
威嚇するように羽を強く動かした、ソレの額を、矢が射抜いた。
「ひゅー♪」
あたしは、思わず、口笛を鳴らした。
感心したのだ。
弓を背中に戻し、ユイナは、まさにドヤ顔を決めた。
「えっへん」
「やるじゃないか。……けど」
あたしは、ユイナの腕を引いて、抱き寄せる。
突然、腕を引かれ、体勢を崩したユイナを、しっかりと受け止め、そのまま沼に向かって、足を突き出す。
「武器をしまうには、少し早いな」
その足に、黄色い体色の怪物の頭が当たる。
こっちは巨大なトカゲようだ。まるまる太っているが
そのまま、頭を踏み抜き、沼のなかへと、強引に押し込める。
「ぽ、ポイズンリザードですね……」
黄色い太ったトカゲの怪物の名前だろうか。
よく見ると、けっこーかわいいマヌケ面をしていたな
「さっきのでっけー虫は?」
「あれは、ハンターフライです」
ポイズンリザードは、適わないと察したのか、沼から出てくることはなかった。
「もうすぐ、スイの塔ですね
御二方のおかげで、安全に進めていますよ」
手際よく、2体の怪物を始末した、あたしたちに、ハルカが感謝を述べた。
「それにしても、ユイナさん。弓の扱いにまで、長けているとは……才能豊かな女性ですね」
「え!いやいやぁ!天才だなんて!」
そこまで言ってない。ユイナは、褒められると、素直に受け止めて、全力で喜ぶ。
そして、それが、顔に出る。
「褒めすぎると調子に乗るから、ほどほどにな
まだまだ、上達の余地はあるぞユイナ」
確かに才能を感じる上達ぶりだが、それでも、まだまだ褒めてやるわけには行かない。
あたしは、厳しいお姉ちゃんなのだ。
「そうですよね……、トカゲさんにも、気づきませんでしたし……」
もちろん、苦言も素直に受け取る。
すばらしいことだが、そんなに落ち込まなくても……
「まあ、それにしても、いい上達ぶりだと思うけどな
才能は、あるのかもな」
「! 本当ですか!?」
まさに一喜一憂、落ちたり上がったり、忙しいやつだ。
そういうところが、なんだか可愛らしい。
「なんでも素直に受け止めて、一喜一憂。
可愛らしいですねユイナさんは」
ハルカは、すっかり、ユイナが気に入ったようだ。
あたしと違って、きちんと褒めるハルカに、ユイナも、なついている。
一瞬、ほんわかした空気になるが……
「悪かったな、素直じゃなくて。」
オルセリアの一言で、空気が一変する。
ハルカは、ムッ、と眉根を寄せた。
「そんなこと、言ってないだろう」
「そうだったか?そう聞こえたんでな」
ユイナは、おろおろし出す。
あたしを、すがるような目で見るが、知るかと、視線で伝える。
「なんだ? 昨日からユイナさんを褒めるたびに突っかかってきて……」
「……気のせいだろう。」
オルセリアは、これでもか、と素っ気ない態度をとる。
ハルカも、何かに気付いたように、はっ、とする。
「まさか、妬いてるのか?」
オルセリアは、弾けるように、声を荒らげた。
「はあ!?そんなわけあるか!」
すでに、見慣れた反応。きっと、これは、本心なんだろう。
「だったら、なんで、そんな態度をとるんだ?」
「別に、いつも通りだろう」
あわてて、素っ気ない態度に戻るオルセリア。
ハルカも、負けじと食いつく。
「普段と、明らかに違う」
「いつも通りだ」
「いや、違う」
「違わない」
なんだか見ててイライラしてくるな……
そんな、あたしの苛立ちが、ユイナに伝わるのか、小声で、まあまあと言ってくる。
「やっぱり、妬いてるんじゃないか」
「妬いてなんか……!」
オルセリアの言葉を切って、ハルカが、言った。
「僕とキミは交際関係ではないのだから、妬かれるような筋合いはない!
……迷惑だ…!」
言ってしまった。
それが、地雷だったようだ。
オルセリアは、一瞬、固まった。
……が、すぐに、静かな、震えた声を、出した。
「ああそうだよ、私とハルは、そんな関係じゃない…」
オルセリアさん…!言いかけたユイナを止める。
口を出すべきじゃない。
「私の、気持ちですら、ハルの邪魔に、なる……」
様子が、変わった。
ハルカも、それを察したようだ。
「私の、この気持ちは、邪魔で、間違っているんだな…!?」
ハルカは、オルセリアを呼ぶ。
だが、呼ぶだけで、なにも、言えない。
オルセリアは、眼帯をとって、地面に叩きつけた。
「セリアっ!」
走り出した、オルセリア。
だが、沼に足を取られ、転んでしまう。
ハルカは、駆け寄ろうとしたが……
「来るな!」
オルセリアが、拒んだ。
ハルカは、足を止める。
「私は、大丈夫だから……、」
オルセリアは、よろよろと立ち上がり、
ゆっくりとした足取りで、1人、スイの塔へと、向かっていった。
「ユイナ、ハルと居ろ。」
そう、言い残し、あたしは、オルセリアを追った。
◇◆◇◆◇
「1人でいいって言ったはずだ、ミュスナ」
とぼとぼと歩くオルセリア。
後ろを少し離れて、ついていくあたしに言った。
「たまたま行き先が同じなんだよ」
まあ、事実、そうだ。
オルセリアは、ふん、と鼻を鳴らす。
「勝手にしろ」
あたしは、小さな背中を守りながら、スイの塔を目指した。
◇◆◇◆◇
「姉さんたちは、もう入っていったみたいですね」
ようやく、たどり着いたスイの塔。
道は、実際のそれより、長かった気がするなぁ。
「そのようですね」
ハルカさんは、短く答えて、スイの塔の扉をあけた。
その手には、オルセリアさんの、眼帯。
中には、怪物の死骸が、たくさん転がっていた。
姉さん、またずいぶん、暴れたなぁ。
「全部、急所を力任せに切り裂いている
いい腕ですね、お姉さん」
死体を見ながら、ハルカさんが言う。
どれも、一撃だったみたい。
「おかげで、楽できますね。
ゆっくり、登りましょう」
わたしは、姉さんが切り開いてくれた道を登りながら、
ハルカさんと話した。
◇◆◇◆◇
小柄な、人型の怪物。手には、刺叉のような武器を持っている。
突き出されたそれを、かわし、槍を突き出す。
胸を刺されて、なお抵抗する、ソイツを、力任せに持ち上げ、壁に叩きつけた。
「ら、乱暴に戦うんだな……」
槍についた怪物の血を払うあたしをみて、びくびくしたオルセリアが言った。
「おかげで、槍は、すぐ壊れるけどな
ちなみに、こいつ、なんて名だ?」
壁にべっとり血をつけ、息絶えた、それを指さした。
「確か……あおたけ童子だったか」
「ふーん、食えんのかな?」
「あまり食おうとは思えない形だぞ……」
なんて軽口を叩きながら、階段を上がる。
もうだいぶ、高いところまできた。
階段を登りきる。のぼってすぐ、橋が見える。そこを超えた先に、また階段があった。
次で最上階だろう。
「……橋の上に何かいるな。」
いる。というより、ある。だな
でも、動いてるそれは、いる。という表現であっているだろう。
「よろいのきし、だな」
「ちゃんと名前つけてやれよ」
見たまんま、あたしより、少し大きめの、動く鎧の怪物だ。
「私がつけたんじゃない。私がつけるとするなら……
リビングアーマーとか?」
「ん、悪くないな」
だが、覚えやすさでなら、よろいのきし、のほうが、利がある。
「まあ名前なんてどうでもいいか。」
よろいのきし、は、あたしに拳を向ける。
あたしは、槍を構えた。
「どうせすぐ、鉄クズになるんだしな」
跳ぶように、走る。
カムシカをみて、思いついた体術だ、普通に走るより速い。
その勢いのまま、槍を突き出す。
胸を突くが、思った通り、鉄の塊を小突いたようなものだ。
「かってぇな……、こういうヤツは……!」
でたらめに振り回す鎧の腕を跳んで避け、その、振り回す腕の関節へと、槍を突き立てる。
「細かいところから徐々に、な」
やはり、そこは、少し脆い。槍は、突き刺さった。
刺さった槍を強引に、切り上げ、腕を破壊する。
が、同時に槍を砕けてしまう。
「あぁ!もう!脆いな!」
鉄の棒と化した槍を捨て、再び近づく。
欠けた腕のほうから接近、背後をとる。
振り返る、よろいのきし、今度は、その左に回り込む。
左へ逃げるあたしを、よろいのきし、は、拳で攻撃する
あたしは、股下をくぐって、かわし、その拳は、橋の手すりをくだいた。
背中をとった。それに思い切り、体当たりをする。
「さよーなら♪」
よろいのきし、は、6階から、1階まで、墜落していった。
「最初から、こーすれば良かったな、槍もったいなかったー」
「普通、あそこで詰みだと思うのだが……」
スイの塔を、ここまで、ほぼ1人で攻略してしまった。
最上階に、きっと大物が待ち受けているだろうが……
「ま、行けるだろ」
この頃のあたしは、なかなか、楽観的だった。
なぜ、魔物を、怪物と、表記するのか?
そっちのほうが、なんとなく好きだからです