「疲れた……痛い……働きたくない……」
吐血という形で俺のサンプルを得て満足そうな喜助、今度は更に改良した
あれから多少なりとも時間は経った筈なのだが、未だに内臓がシクシクと痛む。
「どうしてこうなった……」
少なくとも朝の段階では、昼休みをいれても夕方には終わるはずだった。ところがどっこい、下手をすれば今日も徹夜になりかねん状態、本当に、全く、全然、笑えない状況だ。
が、しかし、よく考えろ俺、こんな時こそ冷静になれ。困難は分割せよ、その言葉通りにまずは現状の問題の整理から始めよう。
まずは書類の整理と照合だ。分量は少ないが資料に欠損有り、問い合わせ等の時間を考えるとこれは困難かつ最大の問題だ。逆に言えば、これさえ終わればほぼ終わったも同然という魅力もある。
次、根本的かつ深刻な問題、空腹だ。今日の俺はミネラルウォーターしか口に含んでおらず、余計なダメージを受けたせいでその分の回復の為の消費もある。平たく言えば動ける気がまったくしない状態だ。これに関しては可及的速やかに解決しなければ、他の問題解決に差し障る。
最後、今朝から壊れたままの時計の修理だ。これに関しては限りなく序列は低く、割とどうでもいい。しかし、完全に無視するわけにはいかない。正確な時間が分からないというのは、職業柄気分の悪いものだ。
結論としては食事、書類、修理の順番か。理想としては経費の問い合わせを兼ねての食事、執務室までの帰り道で時計を預けて後日回収ってところだろう。
そんな風に今後の計画を立て、今度こそ腹ごしらえの為に外出しようとしたところ、不意に扉越し微かな気配を感じた。この霊圧は全く覚えがない、そして誰かしらが来るという連絡もない
「となると、つまらん事になってきたな」
このパターンは前にも何度かあった。何処からかは不明だが、俺が破面という虚の一種であると知って殺しにくる死神が割といたのだ。最近は減ってきたのだが、それが久し振りにきたということなのだろう。普通の死神であれば今の俺でも始末するのは簡単だが、それをやると俺は総隊長あたりに討伐される。
「つまり、選択肢は戦術的撤退だ」
俺は机に立って、この部屋の唯一の窓である天窓を開けて逃げ出す準備を始める。形は不本意ではあるがどの道外出する予定だったのだ、結果的に良しとするか。
「夜分遅く失礼する、アンヘル室長殿はいらっしゃるだろうか?」
これは、あれか、単なる客人的な?こんな
「あ、ああ。何か用ですか?というか、どなた?」
「拙者は一番隊狛村左陣と申す者です。少しお時間よろしいか?」
狛村左陣?聞いたことないな。ってことは、一般隊士だろうか?
「一応、ここは隊長の許可無しじゃ立ち入り禁止なんですけど、許可は貰ってますか?」
「はい、元柳斎殿からのお許しは得ております」
総隊長がねぇ……さて、どんな厄介を押し付けられるのやら。普段なら大虚の退治とか歓迎なんだが、今現在仕事があるんだよな。
兎も角、総隊長が許可を出したんだ。となれば、相手の出方を警戒するのは単なる徒労でしかないので、俺は天窓を閉めて机から降りることにした。
「じゃ、どうぞ、入ってくれ」
「失礼する」
扉の向こうから現れた左陣の姿を見て、俺は思わず机から立ち上がってしまった。これでも俺は中々にしっかりした体型だと思っていたんだが、流石にこれは規格外だろう。彼の身長は軽く2mを超え、その身長でもガッシリとした体型に見える体つきは、どんなトレーニングを積んだ結果なのだと問い詰めたくなる。
「……どんな生活送ったらそのガタイになるんだよ」
俺の言葉に左陣は不思議そうに首を傾げた。
「貴公が気にかけるのはそこなのですか?」
「いやいや、普通そうなるだろ。少なくとも俺が出会った死神の中で、そんな身長のやつは見たことないぞ」
「いえ、この顔の事は……」
そう言って、左陣は自分の顔を指差す。
「顔?いや別に、強いて言うなら毛艶が良さそうだって程度だが」
彼は首から上が狼なのだが、俺としては首から上どころか全身猫に変身する人物を知っているので、珍しいとは思うことはあってもそれ以上の感情を抱くことはない。それに顔に関しては俺が言えることじゃないのだ。少なくとも顔が猫だろうと狼だろうとなんだろうと、虚の一種である破面と違っていきなり刺されることはないのだから。
「そうですか……一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「できれば手短に頼む」
空腹のあまり少々無愛想な返事になったかもしれない、などと自己嫌悪に陥りながら俺は左陣の質問を受ける事にした。
「貴公は虚でありながら、死神である元柳斎殿に従っておられる。その所以をお聞かせ願いたい」
「……は?」
いや、別に聞かれて困る質問ではないのだけれど、滅多に聞かれない質問だったので間の抜けた声を上げてしまった。
「理由ね……先に言っておくが、特に護廷十三隊としての名誉だとか誇りだとかで働いてる訳じゃないし、君が期待しているような高尚な理由もないぞ。
それでも聞きたいというなら構わないが、無礼だなんだので襲われちゃたまったもんじゃないんでそうじゃないんなら、そのまま後ろを向いて帰ってくれ」
「お聞かせ願います」
「即答か。じゃあ、君を信じて答える。俺が総隊長に従うのは、
「……
「ああ、俺がずっといた虚圏になかった価値のある日常、それがここにはある。ただ生きる為、ただ死なない為、それだけの理由しかないあの世界よりここは価値のある日常を送れる。
だから、俺はここにいたい。
だから、俺は死神に従う。
そりゃ、虚である俺を条件付きとはいえ、こうして討伐することもなく働かせてくれてる総隊長には感謝してるぞ。それに関しての恩返しの意味合いもない訳じゃないな」
実際、俺が尸魂界で暮らすにあたっては色々な人に世話になっている。そういう意味で死神に従う理由の一端には、恩返しという意味合いもあるのは確かだ。
「そうですか、それは良かった」
左陣は何故だか安心した様な表情を浮かべると、急に膝を折って懐から一枚の紙を俺に差し出した。
「本日より護廷十三隊一番隊直轄財務鑑査室に配属されました、狛村左陣で御座います。浅学非才の身ではありますが、どうかご教授の程宜しくお願い申し上げます」
「はぁ!?」
俺は椅子から転げ落ちる様に左陣の差し出した書類を受け取り、何かの悪い冗談か何かじゃないかと目を通す。認可の印は間違いなく総隊長直々の物、書式等に不備は無し、配属先は確かにウチのものだ。
「おいおいおい、いいのか?俺が言うのもなんだが、ここは完全に窓際部署だぞ?」
「はい。無礼とは存じておりますが、拙者はアンヘル室長から多くの事を学ばせていただく為に、元柳斎殿に許可を頂いて配属していただきました」
「なに、君は会計士にでもなるつもりなのか?」
ここで学べることなど、デスクワーク関係以外無いぞ。そりゃ、戦闘行為の無いとは言わないが、そんなものは年に二、三度程度のものだ。そして、その戦闘行為から何かを学ぼうにも、俺の戦い方は完全に虚のものなので、技術を学ぼうにも死神の段階で無理としか言えない。
「いえ、元柳斎殿が貴公以上に元柳斎殿の御心を理解している方はいないと……」
「そりゃ買い被りだ」
総隊長の考えを理解しているも何も、むしろ結構な頻度で反発してるぞ、俺。というか、あの人の組織管理って割と適当すぎるんだよな。管理職向きじゃ無いというか現場向きの発想が多い、こう、場当たり的な発想が多すぎる。そもそも、俺が発案するまで監査機関が無いってのは、大規模組織としてどうなんだ?
まぁ、それは一旦置いておくとしよう。今は左陣をどうするかについて考えなければならない。確かにここは人手が足りていないのは事実だ、その意味では左陣の配属はありがたい。
が、僅かばかりの会話しかしていないが左陣が規律やら、義理やらを重視する人間だということは分かっているのだ。明らかに面倒臭いことになる、具体的にはダラダラできなくなる。
仕事が楽になる代わりに遊びが消える……さて、どうしたものか。一長一短、二者択一、甲乙付けがたい状況だな。
「それと、元柳斎殿からこちらを」
「ん?」
俺の考えが纏まらない内に、左陣がもう一枚の書類を渡してきた。このタイミングでの書類とか、嫌な予感しかしないんだが。
俺は恐る恐る書類に目を通し、先ほどの僅かばかりの考えが無駄だと悟った。
「……渡すなら先にこれを渡してくれ」
「申し訳ございません」
左陣は書類の内容を知らないらしく、一瞬だけ首を傾げたが、自分に何かしらの非があったと感じたのだろう。随分と深々と頭を下げた。……正直、こちらの方が申し訳ない気持ちになる、内容を知らない彼に非は無かったのだから。
渡された書類の内容は、俺への狛村左陣の指導に関する命令書だった。そう、命令書だ。しかも、一番隊隊長直々の。拒否すれば俺の首が物理的に飛びかねん。
「はぁ……いいだろう。君の配属を認可する。業務内容等は追って後日指導する、今日は帰って明日の準備をしろ」
「はっ!」
俺は選択の余地なく、左陣の配属届けに認可の判を押して、彼をそのまま帰らせる。そして、執務室で呟く。
「とりあえず、食事をすませるか」
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お手数ですが、ヒロイン案は私の活動報告のほうにお願いします