空は雲一つない快晴、日差しも暖かく外出には最適の日和。
そして、今日は夜一さんが家の用事でこちらに来ることはできない。つまり、今日の俺の心の平穏と平和は保たれるわけだ。
本日の仕事も午前中に終わり、昼からは完全に自由、俺の幸福値は鰻登りなのだ。
しかし、そんな世界は幸せに満ちていると言わんばかりの日に物凄く難しい表情をする男が一人、俺の目の前にいる。
名前は狛村 左陣、数日前から俺の部下として配属された男だ。身長は2メートル以上、かつそれに見合うだけの体つき、顔は狼、性格は堅物。他にも色々と説明すべきところはあるのだが、俺としては仕事の覚えが早くて助かるので、それ以外の特徴は割とどうでもいい。
まぁ、左陣の人となりは兎も角、そんな男が事務机の上の紙袋を前に頭を抱えている。物凄い表情で。
なんというか、こんな日にそんな表情で俺の前にいないで欲しい。今日一日は絶対に厄介ごとに首を突っ込まないと心に決めている、この夜一さんの来ない日は絶対に。
残念だが左陣、俺はこのままお前を見捨てる。恨むなら俺の心の休養日の少なさを、具体的には四楓院夜一を恨んでくれ。
と、俺がいそいそと執務室を逃げ出そうとした時、彼の前にあった紙袋の文字が目に入った。
「……左陣、それは?」
「あ、ああ、これは失礼。室長、本日もお疲れ様でした」
どうにも紙袋に集中しすぎて、俺の姿が目に入っていなかったようだ。だが、俺も人のことは言えない。先ほどの逃亡の考えは何処へやら、俺の思考は紙袋へ一点集中だ。
「いや、それはいいんだが、その紙袋はなんだ?」
「これ、ですか?友人から勧められる形で渡されたのですが、どうにも扱いに困っておりまして。物もそうなのですが、何より量が……」
成る程、左陣ならあり得そうな悩みの原因だ。友人だから勧められた故に断りきれず、かといって無駄にする訳にもいかず、二進も三進もいかなくなったという訳だ。
「すまんが、中身を見てもいいか?」
「中身を、ですか?構いませんが」
左陣は紙袋から竹の皮で厳重に包まれたものを取り出し、俺の方に差し出してきた。俺は包みをクルリと裏返し、内容物について書かれた札に目を通す。店名は貴族御用達の店で値段も中々だが、その品質はそれ以上の物だ。
「左陣、これの扱いに困ってると言ったよな?」
「ええ」
「こいつの処遇、俺に任せてもらえるか?」
左陣はキョトンとした表情を浮かべ、一瞬思考停止したが言葉の意味を理解したらし、今度は驚いた表情を浮かべた。その理由を少しばかり問い詰めたい気持ちのなったが、一旦それは放置だ。何事にも優先順位はあるからな。
「で、どうなんだ?」
「室長さえよろしいのでしたら、是非!」
「了解だ、お前の上司の意外性を知るといい……んだが、二人分にしてはちょいと量が多いな。左陣、人を呼んでもいいか?」
左陣は一瞬考え込む素振りを見せたが、すぐにコクリと頷いた
「ありがとう。この手の物は多人数で囲んで食うに限る」
俺はポケットから伝令神機を取り出し、恐らく暇にしているであろう隊長格に連絡をとる。結果は二名、割と気心の知れた相手が集まる事になった。
それに今日は天気もいい、色々とできそうなことも多い。俺は自分の事務机の中から新聞を取り出して、確認の為にパラパラと中身に目を通す。ふむふむ、今日は中々に楽しそうな一日になりそうじゃないか。
俺は執務室やらがある一階から階段を上がり、二階にあるキッチンのドアを開ける。そう毎日毎日使う訳でもないのだが、趣味の一環で暇を見つけては鍋を振るっているのだ。
執務室に置いてある小型の冷蔵庫とは違い、個人用にしては割と大型の冷蔵庫を開け、必要な材料等々に不備がないかを確認する。まぁ、材料等々とは言ったものの大したものではないんだがな。
調味の軽量、材料の下拵えを済ませ、各々をボウルに取り分けておく。うん、この手の準備を前もってやっておけば、ストレス無しに楽しく調理ができるのだ。
「やるからには楽しく、幸せな気分で、だ」
料理に精神論を持ち込むべきじゃないんだろうが、陰鬱な気持ちで厨房に立つべきじゃないと俺は考える。
「まっ、所詮は素人の戯言なんだがな」
調味料を混ぜ合わせながら、俺はそんな風に呟く。実際、貴族の家の厨房を預かる料理人あたりならば、陰鬱だろうが陽気だろうが差など生じさせる余地なく、安定して美味いものを作るのだろう。
「こっちはこんなもんか」
調味料が十分に混ざったのを確認してから、左陣から渡されたの包みを開く。中身は見事なまでに脂の乗った上質なスペアリブ、しかも結構な量。四、五人は満足できる量、付け合せやらを含めるともう少し人数が増えてもいいか。
それらのスペアリブをバットに並べ、混ぜ合わせた調味料を流し込む。全部流し込んだ事を確認してから、タイマーをセットして冷蔵庫に放り込む。
「さて、メインはとりあえず放置だ。あとはサラダと付け合せか」
片手間に空いたボウルを流しに放り込み、冷蔵庫からキュウリとキャベツ、調味料を取り出す。大きめのボウルに調味料を放り込んで混ぜ合わせ、そこに両端を切って千切ったキュウリとザッと切ったキャベツを放り込む。これも同様に冷蔵庫に入れておくとしよう。
「これで終わり。我ながら雑な料理だが、今回はこれでいい」
俺は流しのボウルやらを洗い、タオルで水気を拭き取ってから調理器具入れにしまう。あとは時間が来るのを待つばかり、細工は流流仕上げを御覧じろってな。
日も沈み、すでに時刻は午後八時過ぎ、そろそろ招いた客人たちがやってきた。
「いやー悪いねアンヘル」
「邪魔するぞ」
「っ!?」
後ろで左陣が絶句しているが、性格上仕方のないことか。何しろその客人とは八番隊隊長 京楽春水、十三番隊隊長 浮竹十四郎だからだ。
「あー君がアンヘルの所の新人かな?それにしても随分と大きいね~」
「確か狛村左陣君だったね。よろしく、十三番隊隊長 浮竹十四郎だ」
「はっ!?拙者、護廷十三隊一番隊直轄財務管理室所属、狛村左陣と申します」
「落ち着け左陣、この二人は飯を食いに来ただけだ。寧ろ、この場合、君が肉を用意したんだ、と胸を張るべきだぞ?」
俺のフォローは大して役立たなかったようで、左陣は未だにあたふたとしている。少々悪い事をした気分になるが、こういう機会は貴重だ。特に左陣にとって、この二人からは学ぶべきことは多い。
そういうデキる上司的な思考と同じくらい、単純に俺が誘い易い二人を引っ張ってきたというダメな上司的な思考もあることは認めよう。ぶっちゃけ、左陣は俺が誘っても恐れ多いだのなんだの抜かして、飲みにも中々に来てくれないのだ。こうでもしなければ、また逃げられかねん。
「まぁ、それは兎も角、さっさと屋上に行こう」
「……屋上?ああ……なるほど、いいねぇ」
春水は実に楽しそうな笑みを浮かべながら、十四郎と共に階段を上っていく。
「あの、室長。拙者は同席するには、あまりにも場違いな気がするのですが……」
「左陣、気にし過ぎだ。それにいい機会だ、隊長ってのは本当のところどういう奴なのかってのは知っておいた方がいい。君が隊長格にまでなれるかどうかは知らんが、少なくとも人の上に立つにあたって必要な要素は知っておくといい」
「……はっ!」
左陣は意気込んだ様子で、比較的落ち着いた様子で俺の後に続く形で階段を上っていく。
屋上では既に春水が徳利を開け、十四郎の杯に酒を注いでいた。俺たちが来るまでもう少し待って欲しかったのだが、今日に関しては気分がいいので流そう。
俺は昼間に用意したサラダを真っ当な皿に移し、火を入れた炭火用のコンロに漬け込んだ肉をを並べていく。この辺りは
「それにしてもアンヘルに部下がつくなんてね、僕はてっきりこのまま一人でやるもんかと思ってたんだけどね」
「まぁな、俺もそのつもりだったんだが……総隊長からのお達しもあったし、時期によっては人手が足りんってのもあったからな。それに、左陣は優秀だからな、俺としても受けて正解だったよ」
「驚いたな、アンヘルがそんな風に面と向かって誰かを褒めるなんて」
「虚だって変わるんだよ、十四郎。そして、お前は肉を食え」
俺は十四郎の取り皿に、焼けた肉と野菜を乗せて押し付けるように手渡す。
「骨付き肉か……みんな俺に気を遣って食べ易い物を選んでくれるから、あまりに食べる機会がなかったな。アンヘル、ありがとう」
「へぇ、いいお肉じゃない。これ、アンヘルが買ってきたのかい?」
「違うぞ春水、そこにいる左陣からだ。礼ならこいつに言ってやれ」
「そうなのかい?こりゃ失敬、すまんね狛村君、それとありがとう」
「い、いえ、とんでもありません!それに、拙者が扱いに困っていたところを室長の提案で調理していただく事になったのでして、拙者自身は何も……」
左陣は慌てて両手を振ったが、春水と十四郎も静かに首を振って彼の否定を制する。
「確かに調理や人を集めたのはアンヘルかも知れないが、それだって君がいなければ始まらなかった。そういう意味で君はもっと誇ってもいいと思うよ」
「はっ、ありがとうございます」
「いや、そんなに畏まらなくても……ああ、どうにも俺が言うと説教っぽくなってしまうな」
そんな具合に、相変わらず固い左陣、それをどうにかしようとする十四郎、そんな二人を見ながら酒を楽しむ春水、そして肉を焼きながら月と星を眺める俺。そんな、なんて事はない平和な月夜に俺たちに酒宴は続いていく。
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