ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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10、メテオブレイカー(ブリティッシュ・ブルー)

 

 

 

 メテオブレイカー作戦を控え、セシリアと一夏とオレの三人は、第二グラウンドの隅っこでメテオブレイカー作戦に向けての打ち合わせを行っていた。

「ほれ、このシータレーザー・ライフルを他機使用認証しといたから、白式でも撃てるはず」

 腕だけを部分展開し、汎用インターフェース仕様のライフル型レーザー銃を白式装着済みの一夏に渡す。

「サンキュ。お前は大丈夫なのか?」

「もう一丁あるからな」

「そっか。白式、照準補助ついてないんだよなー……でもこのライフルいいな。無反動か」

「対象との距離が開くとその分、エネルギーを食うし、最長射程4キロを切り取って撃ち出すイメージだって覚えておけよ。20メートルなら200回撃てるけど、2キロなら2回ってことだ。まあ今回は4キロを一発撃つぐらいしかヒマないけどな」

「なるほどなー。色々欠点があるのか」

「あと照射時間と比例して威力が増すタイプだ。要するに当たってる時間が長いほど強いってことだ」

「ふむふむ、なんかゲーム機の銃型コントローラーみたいだなコレ」

「ふざけんな、ガンマレーザーライフルの系統を継ぐ由緒正しいライフルだぞ、敬って大事に扱えよ」

 レーザーライフルを構える一夏の横で、セシリアが大きなため息を吐いた。

「まさか近距離装備しかない機体とは……」

 やれやれと頭を振る気持ちはわかる。

 今回の作戦目標『隕石』は、近寄って剣でぶった切るなんて真似が出来る相手じゃない。なにせ落下スピードはISなんて目じゃないマッハ50以上だ。

 まあ、そのために汎用レーザー装備があるテンペスタとチームを組ませたんだろうな。シャルロットの実弾兵器だと反動計算も加わって扱いが難しくなるし、第三世代の機体だと、まともに貸し借りできる武装なんかないし。

 とは言いつつも、そんな事態が起こる可能性は2割もないんだけど。

「インストールするわけじゃないから、オレの近くじゃないと撃てない。距離には気をつけろよ」

「了解だ。しかし他人の装備をこうやって流用できるなんてなあ」

 一番広い第6アリーナは上級生のチームが使ってるので、オレたち1年の専用機持ち達はチームに分かれて、練習をしている次第だ。

 そんなこんなで、オレとセシリアは、一夏の射撃練習を並んで眺めている。

 電子ターゲットに向け20回程度引き金が引かれたあと、

「んじゃ、軽く復習するぞ一夏」

 と声をかけた。

「頼む」

 携帯端末からホログラムウィンドウを大画面モードにして起動させる。

「今回の作戦は、フェーズ1とフェーズ2に分かれる。フェーズ1は、作戦限定航宙軍が行うから、オレたちにはほとんど関係ねえ」

「ふむふむ」

 セシリアは復習する必要もないだろうが、それでも見守るように一夏の後ろに立って画面を見ていた。

「今、画面に出してるのが、隕石の落下予測コースな。通称『ミーティア・ライン』だ。地球をグルっと回って太平洋を斜めに走って、バンコク郊外に向かってるのがわかるだろ」

「フェーズ1が成功した場合は、関係ないんだろ?」

「ちゃんと覚えてたか。フェーズ1が成功した場合、小隕石群『だけ』が落ちてくる。これは全部が大気圧で爆発して無くなる予測だ。この場合はミーティア・ラインから離れて帰投」

「燃え尽きる前の隕石に当たらないように気をつけろってことだよな」

「あと衝撃波な。透明な壁が飛んでくるようなもんだ」

「オッケー、だいたいわかった。フェーズ1が失敗した場合は落ちてくるんだよな、デカいの」

「そうだ。その場合はフェーズ2に以降。この場合は、ミーティア・ラインを小隕石群と15メートルの隕石が一個、マッハ50で落ちてくる」

「それを狙い撃って、高高度での爆散を狙うってことだよな」

「そのまま落ちると、大気圧差で気流圏到達後、TNT500キロトンクラスの爆発が起きる予測になってる。そうは言っても、真耶ちゃん曰く影響のある場所は全て退避済みだ」

「無理はしなくて良いってことか。でもまあ落とせるに越したことはないよな……」

「そういうこと。んで、我々はミーティア・ライン沿いから、充分に距離を取って15メートルの隕石を狙撃するのが役目ってことだ。アーユーオーケー?」

「お前、英語の発音下手だなぁ……」

「うっせ。まあ安全のため、ミーティア・ラインのほぼ真横からの狙撃になる。お前は狙撃補助がねえから、タイミングと狙いの指示はセシリアが出す。それに従って引き金を引け」

「超音速の的にあてるクレー射撃みたいなもんか」

「理解早くて助かるわ」

「……すまん、実は俺って役立たずなのか?」

 おそるおそる一夏が尋ねてくるので、オレも冗談めかして泣き真似しながら、

「……オレの口からは……」

 とわざとらしく言葉を濁した。

「……ぐ……」

「とは言うものの、そのレーザーライフル、照射時間が短いと威力あんま出ないから、オレも似たようなもんだ」

「だと真横から撃ったら、ますます照射時間が減るんじゃねえの?」

「まあなー。マッハ50に横から光当てても、大した威力にゃならん」

 その点、セシリアのBT兵器は超優秀な光線系兵器だと言える。第三世代だけあってよくわからん理論の不思議レーザーだ。かなりの国家機密だけあって原理は不明だが、第二世代用の残念レーザーと違い、一瞬の照射で最大威力を発揮するし、射程も長い。

「効果があるのは、ラファールと打鉄弐式の時限信管ミサイル、レーゲンのレールガン、そんでセシリアのBT兵器群だな。お前、鈴、オレが役立たず順だ。鈴は射程が短いからな」

「んじゃなんで鈴がラウラと組んでるんだ?」

「盾としては鈴が一番優秀だからだ。衝撃砲は射程こそ短いが連射も効くし、小隕石から飛んでくる衝撃波が届いても、充分に打ち消せる」

「ということは……」

「つまり、オレとお前が役立たずのツートップってことだ。アッハッハッハッハッ」

「アッハッハッハッハッ……って笑ってる場合か!」

「織斑君が隕石の真正面から零落白夜でぶった切ってくれたら、一番ありがたいんだけどなー?」

「さすがに死ぬぞ! それだったらお前も真正面からレーザー撃てよ! 照射可能時間伸びるだろ!?」

「殺す気か!?」

「お互い様だ!」

「あ、でも絶対防御が発動して生き残ったり?」

「やめといた方が良いんじゃないか……絶対防御は『搭乗者を生存させる』機能だからな。これに頼るなってのは、黒兎隊でよく言われた」

「発動しても最悪、『生きてるだけ』って状態になるってことか。よし一夏、頼んだ!」

「いやいや、ここはヨウに譲るぞ」

 とまあ、IS学園男子のレベルはこんなものである。

 おかげさまでセシリアがすげぇ深いため息を吐くはめになるわけで、

「そちらの二機に狙撃能力を期待してはおりませんわ……」

 とボヤきたくなる気持ちもわからんでもない。すんません。

 話が脱線し始めたので、コホンと咳払いをし、再びホログラムウィンドウを指さす。

「というわけで、オレたちは15メートル級の隕石が落ちてきた場合のみ、ミーティア・ライン沿いに立ってクレー射撃だ」

「オッケー。再確認できた。ありがとな、ヨウ」

「どういたしまして。んじゃ次、細かい打ち合わせを、セシリア」

 二人してISを解除し、オレは携帯端末を腰のホルダーにかける。

「わかりましたわ。では、こちらを」

 今度はセシリアが自分の携帯端末からホログラムウィンドウを表示した。

 うわ、ホントにこまけぇ。数字ばっかで背面の図が見えねぇ。

「うわ……」

 まだセシリアの性格が掴めてない一夏が、悪気なく声を漏らしてしまう。おいバカやめろ……。

「な、なんですの織斑さん?」

 ISスーツの淑女のこめかみに青筋が浮かんでいた。

「あ、わ、悪い。続けてくれ。その資料は後で貰えるんだよな?」

「これぐらい覚えて欲しいですわ」

 セシリアが不満げに胸に落ちた髪を撥ね退ける。

 視線で一夏が助けを求めてきたので、ジェスチャーと口パクで『後で渡す』と返すと、ホッとした安堵のため息を吐いた。

「とりあえず了解」

「織斑さんもよろしいですの?」

「ヤー」

「なにそれドイツ軍人?」

「いや今でもドイツ軍人のつもりなんだが」

「マジか。ドイツ軍って今でもハイル何とか言ってるの?」

「今のドイツでそれ言ってたら大変なことになるぞ」

「え、みんな戦争好きだったりしないの?」

「しねえよ、てかヨーロッパの軍は一通り回ったけど、どこも似たようなもんだったぞ」

「あ、イタリアって超デカい軍用パスタ鍋があるってホントか?」

「ねえよ、あったら捗ったけど、なかったぞ」

 あ、やべぇ、思いっきりセシリアの話の腰を折っちまった。

 何だかんだで一夏が戻ってきたせいか、弛んでるようだ。色々あったが付き合い自体は本当に長い。一回目二回目合わせても、ここまで一緒に過ごしたヤツは他にいない。なのでつい無駄口を叩いてしまう。

 チラリとセシリアを窺った。

 うわーこめかみの血管が、さっきの倍の速度でピクピクしてるわ……。

「真面目に聞いてますの?」

『う、うぃ』

 あまりの迫力に、二人とも声が上ずってしまう。

「まったく! 貴方といい、あのラウラさんという方といい、常にビールでも飲んでますのかしら! それとも頭の中身がソーセージと同じなんですの?」

 お前は脳みその代わりに豚のミンチでも入ってんのか……とは中々の暴言である。外人ってこういう言い回し好きだよなーお国柄をバカにしたりとか。

「そういうわけじゃないんだけど……つか俺もラウラも飲まないし」

 眼帯を装着した隊員が、眉間に皺を寄せて隊長を庇う。

 ふーむ……?

「未成年だしな」

「貴方もですわ、ヨウさん!?」

「いやホント誠に申し訳ない、セシリア師匠。真面目にやります」

 こっからは真面目モードだ。気を引き締めていこう。後詰のさらに後詰で出番があるかどうかもわからないとはいえ、ヘラヘラやってて良いわけでもない。

 隣の一夏に、真面目にやろうぜと声を掛けようとしたが、表情がちょっと不満げだ。

「俺への悪口は良いけど、ラウラの悪口は止めてくれ。本人も悪気があるわけじゃないし真面目なんだ。昨日のだって、本当にみんなのことを考えた結果なんだ」

 昨日のってのは、セシリアと鈴の二人と、ラウラ一人で戦おうとした件だろう。

 予想外の発言だ。一夏の中ではラウラの株が相当高いらしい。

「そんなこと頼んでおりませんわ」

「頼んでなくたって考えるもんだ。アンタだって学園の一クラスとはいえ代表なんだろ?」

「こちらだって、クラスのことぐらいしっかり考えてますわ!? 何ですの、一体?」

 気高きクラス代表の表情がどんどん険しくなっていく。

 何か雰囲気がやばい。

 セシリアはセシリアで、何やら色々と真面目に考えてクラスを牽引しているのは事実だ。オレの記憶と違い、一夏が日本にいなかったせいで彼女は自然とクラス代表になり、役職に責任とプライドを持っている。ここまで頑張ってるクラス代表は、他に知らない。

 うちのクラスから脱落者が出たとき、セシリアは本当に悔しそうだった。自分の力不足だと嘆いていた。オレはその姿を知っている。

 彼女にだって一組で過ごしてきた思い出がある。そこを横から偉そうに口出しされては、確かに腹も立つだろう。

「俺が見るかぎり、やっぱり昨日だってラウラが一番際立ってた。アンタがどれだけ強いか知らないけど、ラウラにそこまで偉そうな口を聞けるとは思えないんだけどな」

 一夏は一夏で、やっぱり部隊の隊長としてラウラを高く買ってるようだし、その腕前を尊敬してるんだろう。オレが知らないだけで、それなりの修羅場も一緒にくぐってきたのかもしれない。そしてこの真っ直ぐな性分だ。

 ……これも結局は、オレが悪いってことか。

「昨日も言いましたが、ヨウさんは私の露払いですわ。そのヨウさんにあそこまで追い詰められるような方が強いなどと、とても思えませんわ」

「そんなのやってみなきゃわかんないだろ? 今度は俺がラウラの露払いとして、アンタとやっても良いんだぜ?」

 売り言葉に買い言葉。双方、引けないプライドがあるようだ。

 いやマジでどうしたら良いんだコレ……。

 オレが戸惑っているうちに、一夏はセシリアを真っ直ぐ見据えて、

「せっかくだ、親睦の意味も込めて、今から全力演習やってみようぜ」

 と宣戦布告を放った。

「わかりましたわ。所詮は井の中の蛙だと思い知らせて差し上げますわ」

 今にも手袋を投げつけそうな勢いで、セシリアも受けて立つ。いや手袋してないけどさ。

「ちょっと冷静になれよ、二人とも」

「お前は黙っててくれよ。これは俺にとって譲れないんだ」

 対戦相手から目も逸らさずに、一夏がオレに答えた。

「ヨウさん、止めないでくださいな。ここまで愚弄されては、さすがに許せませんわ」

 セシリアも同様に言い放つ。

 ……結局、この二人は一度は戦う運命なのかもしれない。

 とりあえず、この戦いを止める力は今のオレにはないようだった。

 

 

 

 結論から言えば、一夏VSセシリア戦は、一分ほどでセシリアの勝利に終わった。

 一夏は決して弱くなかった。むしろオレよりは数段ぐらい強いだろう。

 白式も初期セットアップ状態でなく、零落白夜の使いどころも間違えたりはしなかった。良いところがないわけじゃなかったし、むしろよく攻めたとも言える。

 だが、肉薄してきた一夏を、セシリアが全て軽くあしらったのだ。まるで詰将棋のように、接近してきた一夏にビットからの攻撃を当てていく様が見事だった。

 理由もよく考えれば推測できる。

 セシリアは男との対戦が初ではなく侮らずに初撃から全力で襲いかかった。そして、スペック上はブルーティアーズより白式の方が速度が上とはいえ、普段からオレの最高速度に慣れている彼女は、ロックオンに苦労することもなかったようだ。

 それでもオレはこの結果が酷くショックだった。

 主人公がこんな風に負けるなんて。

 良いところまで攻めてエネルギー切れで落ちた、ならまだわかる。実力を出し切れずに完全敗北、でも不思議には思わなかった。

 しかし一夏は実力を出し切って負けたのだ。

 どういうことだよ……。

 

 

 

 疲労のせいか、地面に座り込んでいる一夏の息が少し荒い。

「さて、何かおっしゃいたいことはありますか? 織斑さん」

 超ドヤ顔のセシリア・オルコット様が腕を組んで、一夏を見下ろしてた。

「いや、何もない。俺の負けだ。完敗」

「それだけですか?」

「……正直、ここまでやるなんて思ってなかった。すまん」

「わかれば結構ですわ。貴方も一組なのですから、わたくしの指示に従っていただきます。よろしいですわね?」

「了解だ。でも……ラウラへの暴言は謝ってくれ」

「は?」

「ラウラを悪く言ったことと俺が負けたことは関係ないだろ。謝ってくれ」

 頑固で真っ直ぐ、信じたことは決して曲げない。

「……まったく。ヨウさん、貴方のご友人はとても強情な方ですわね」

 セシリアが横目で不愉快そうに、オレに視線を送る。お前も何か言えってことだろう。

 だがオレはどっちの味方も出来ない。

 4月から一足先にIS学園一年一組に所属してたオレとしては、セシリアにはすごい世話になっている。

 一夏に関しては、言わずもがなだ。

「……一夏、悪い。オレたちはラウラ・ボーデヴィッヒを知らないんだ」

「知らなきゃ暴言も許されるわけはないだろ」

「正論だな。それにラウラとお前の……なんつーの、絆が強いっていうか、それもわかる。でもな……オレだって……セシリアとは4月から一緒にやってきたんだ。大して上手くもないオレを、セシリアは根気よく色々と教えてくれた。お前にとってのラウラが、オレにとってのセシリアなんだ」

「だけど、ラウラは別に暴言を吐いたわけじゃない。あくまで自分達の実力と相手のスペックを見て言っただけだ。間違ってるとは思えないぜ?」

「それじゃあ、本人に悪気が無けりゃ許されるってのかよ!」

 オレに悪気が無かったら、オレのせいでお前が無駄な苦労を負ったことが許されるのかよ、とは言えなかった。悪気がなけりゃ、『彼女たち』が作れるはずだった思い出が存在しなくなったことも、許されるのかよ……。

 顔を上げると、一夏とセシリアが少し驚いている。思ったより荒い調子で叫んでたらしい。

「悪い。ちょっと気が立ってたみたいだ」

 ばつの悪い謝罪を最後に、三人が黙り込んだ。

 オレと一夏を何度か見比べた後、セシリアが大きくため息を吐く。

「ともかく、織斑さんはわたくしをこの班のリーダーとは、認めていただけますわね?」

「あ、ああ。それに異論はないよ」

「私情は置いておきましょう。わたくしたちがやらなければならないことを優先に。いいですわね?」

 メテオブレイカー作戦、コードネーム『イルミナント1』ことセシリア・オルコットがオレたちに向けて諭すような口調で言う。

「では、陣形と位置取りの打ち合わせを行いますわ」

 

 

 

 

 寮の部屋に戻り、楽なジャージとTシャツに着替え、二人して食堂に向かっていた。

「はぁ……なんでセシリアの説明はいつも正確でわかりにくいんだ……」

 思わずボヤキも出ようものだ。あの後二時間ずっと、位置を経度緯度で説明され陣形を角度で話され続けたのだ。

 まあおかげで妙な雰囲気も無くなっていた、というか、それどころではないぐらい疲弊していた。

「……あの子っていつもあんな感じなのか」

「変わってるだろ」

「……ま、まあな」

 途中、廊下で大きめのバックを持った仲良し三人組を見つける。

「あ、ヨウ君、織斑君」

「おー。玲美、理子と神楽まで、どっか行くのか?」

「うん、例の作戦で明日から臨時休校でしょ。だから研究所のお手伝い」

「今から出るのか?」

「うん、何でも横須賀から洋上のラボに行くんだって。相模湾沖にあるやつ」

 洋上のラボは、より大規模な実験を行うためのラボだ。推進翼の実験をするなら、より広い場所の方が都合が良いときが多い。ただ、現地に行くためには船かヘリぐらいしか交通手段がなくて、ちょっと時間がかかる。

 ……どう考えても、あのISコア『ナンバー2237』絡みだよな。洋上ラボの方が他人の目も気にしなくていいしな。

 チラリと神楽と視線をかわす。彼女も小さく頷いて返してくれた。

「そっか。ま、頑張れよ」

「うん、そっちも。お迎え来てるから、もう行くね。ばいばーい」

「ばーいばーい」

「失礼します」

 泊り込みの荷物を持ってパタパタと駆け出す三人を見送る。その姿が見えなくなったあと、一夏が、

「彼女か?」

 といきなり聞いてきやがった。

「ち、ちげぇ」

「お前、中学のときの子はどうした?」

「あ、あー。お前がドイツ行った後に別れた」

「可愛い子だったのに、仲良かったじゃん」

「仲良くても別れることだってあろうさ」

「ま、そりゃそうだ」

 グダグダと会話しながら歩いていると、曲がり角から突然、人影が現れた。

「い、一夏!」

 ちょっとキツい目つきと長い髪をポニーテールでまとめた女の子、篠ノ之箒だ。腰の前で交差させた手をモジモジとさせて、一夏の顔を窺っている。

「おう箒。どうしたんだ?」

「こ、これから食堂に向かうのか?」

「さすがに腹減ったからなぁ」

 冗談っぽく一夏が自分の腹をさする。

 箒がチラリとオレを見た。あーへいへい、そういうことですね。

 ため息をこぼしてから、

「すまん一夏、ちょっと忘れ物したから、箒と先に行っててくれ」

 と救いの手を差し出す。

「そうか、わかった。んじゃ箒、一緒に食うか?」

「い、いや、ま、まあ、お前が私と食べたいって言うなら、付き合ってやらんこともないが!」

「ゆっくり話す機会もなかったし、一緒に食おうぜ」

「わ、わかった! 仕方ないな!」

 話はついたようだ。

 で、オレはこれから可能な限り暇を潰してから食堂に向かわなきゃならんということだ。

 腹減ったなぁ……。

 部屋に戻って、今日の復習でもするか……。

 

 

 

 

 時間潰しに自分の機体のデータを再確認する。

 テンペスタ・ホーク。三枚の推進翼と脚部の大出力スラスターを持つスピード特化の機体だ。

 最近教えてもらったことだが、推進翼は他のISと一線を画す出来らしいが、脚部スラスターは原理的には他のISの推進翼と同じらしい。ということはそれも加速に使えるということだ。

 今回の武装はシータレーザーライフル。人間が携行可能なガンマレーザーの発展形で、無反動で大出力が可能だが、いかんせんエネルギー容量が少なすぎて照射可能時間が短い。

 そして持ちこんでいる2丁のうち一丁を、今回は一夏に貸すことになった。他機使用許可認証を白式のために行ったので、距離が離れなければ一夏でも撃てる。と言っても、あくまで引き金が引けるというレベルだ。そもそも白式には照準補助機能すらついてない。

 今さらながら思うが、本当に特殊な機体だよな、白式って。ピーキーにも程がある。

 ポチポチとディスプレイをタッチしながら、ISのログを確認する。異常・違和感は見当たらない。

 明日は見学で終わる可能性大だが、こういう確認も一応やっておいて損はない。

 ……そろそろメシを食いに行ってもよかろうか。

 時計をチラリと見る。三十分は過ぎているので、もう大丈夫だよな……。

 ゆっくりと歩いて食堂に入る。メテオブレイカー作戦の余波で、IS学園は臨時休校だ。普通の休暇と思ってるヤツも多いせいか、食堂も人が少ない。

 だからすぐわかった。

 一夏が箒に殴られている姿が……。

「ごふっ」

 ヤツの肺から空気が漏れる。良いパンチだ……。何をしたか知らんが、まあ唐変木発言したんだろうな、うん。

 出来ればアイツらが作るはずだった数か月分の思い出を何らかの形で取り戻してやりたい。

 だが、まあ……ほら、あれじゃん。

「この馬鹿者め!」

 箒の怒声が食堂の壁と柱を揺らす。すげぇ衝撃波だぜ。メテオレベル。

 アイツら、本当にアレだからな……うん……。

 

 

 

 

 翌朝7時に、IS学園の校門前で欠伸をしていた。

 1年の専用機持ち達が、護送車のようなバスに乗り込んでいく。このまま自衛隊基地まで運ばれ、そこからXC-2輸送機改に乗り込み、指定位置で空中投下される予定だ。

 まず最初に女子連中が乗り込んでいく。最後にオレと一夏が乗り込もうとした。

「い、一夏!」

 呼び止められて、一夏は声の主の方向を振り向いた。

「箒?」

 制服を着た篠ノ之箒が立っていた。あいつは現時点で専用機を持ってないので、他の生徒同様に留守番である。

 手には何やら包を持っていた。たぶんサイズ的に弁当箱だろうな。

「お先」

 一夏を置いてバスに入る。

 一番前の窓際に陣取って、その様子を眺めていた。会話は聞こえないが、箒が心配している様子が伝わってくる。

 時折、暗い表情で下を向いたり怒ったりしていたが、最終的には何とか笑顔で一夏を送り出したようだ……それが作り笑顔か本当の笑みかはオレにはわからないが。

 色男がバスに乗り込んでくる。ぶっちゃけ、後方にいる女子連中の表情は見たくないぜ!

「お待たせしました」

 一夏がオレの隣に乗り込んできて腰を下ろした。手には何も持ってない。

「おろ? 弁当は?」

「弁当?」

「貰ったんじゃないのか?」

「何の話だ?」

 怪訝な顔でオレに視線を返す。何言ってんだコイツみたいな表情をしてやがる。

 ……ああ、くそ、もうコイツらは!

「どけ、便所行ってくる!」

 驚く一夏の横をすり抜けて、閉まりかけのドアを押し開け外に出た。

「ふ、二瀬野君?」

 山田先生が驚いた様子だ。

「すぐ戻ります!」

 見送らずにトボトボと寮の方へと向かうポニーテールを見つけた。

「おいバカ!」

「ん? ……なんだヨウか」

「ほら、さっさとよこせ、オレが渡しといてやる」

「な、何の話だ?」

「急いでんだよ、このバカ。素直に渡すもの出しやがれ」

「わ、私は別に何も」

「睡眠不足ですって目しやがって。いいから出せ!」

「だ、だから別に……」

「ちゃんと渡すのは次の機会に頑張れ。今はオレが渡しといてやる。ホレ!」

 オレの勢いに押され、渋々と可愛らしい布に包まれた弁当箱をようやく前に出した。

「……すまん」

「次はちゃんと自分でやれよ?」

 奪い取るように受け取って、なるべく揺らさないように走り出す。

 ……偉そうに怒れた立場じゃないのはわかってるけど、やっぱりこの通じ合わない関係を見てるとイラっとしてくる。

 ったく、朝も早くから走らせやがって。

「すいません、お待たせしました!」

 バスに走り込んで、自分の席に戻った。

「ほれ、バカタレ」

「なんだこれ? 弁当か? お前が作ったのか?」

「そんなわけあるか! あったとしても何で男に渡さにゃならん!?」

「だよなー。そんな趣味なかった気がしたからさ」

「これはお前を応援してる女の子からだ。本人は大変ツンデ……奥ゆかしい女の子なのでオレが受け取ってきた。ありがたく食えよ?」

「そ、そっか。女の子の名前は? お返ししなきゃな」

「匿名希望さんだ。次はちゃんと自分で渡すってよ」

「よくわからんが、ありがとな、ヨウ」

「どういたしましてだ、このバカやろう」

 思わず大きなため息が漏れてしまった。

 ラブコメなんて外から見てるに限るな。特に主人公の悪友なんて、本当につまらない役柄だろう。それだけは間違いない。

 

 

 

 

 輸送機の後部ハッチが開く。

 高度40キロというのは初体験のゾーンだ。

 すでに先行して他機は発進済みで、輸送機内にはオレたちしかいない。

「そいやお前、眼帯どうした?」

「ラウラに今回は外せって言われた。まあ当たり前だな」

 そしてようやく最後にオレたちイルミナント1・2・3の順番になった。

「イルミナント1、セシリア・オルコット。参りますわ」

「イルミナント2、織斑一夏、行きます」

「イルミナント3、二瀬野鷹、発進します」

 大空の彼方、無限に広がる成層圏へと、オレたちのISが躍り出る。輸送機と充分に距離がある高度まで落ちた後、翼を広げて先行するセシリアを追いかけた。

 眼下に広がる景色を見下ろすと、ここまで来れば地球の丸さがはっきりと感じられた。太平洋のど真ん中だが、透明な紺色の奥には日本列島の形も見て取れる。

「すげえな」

「ああ……ずっとここにいても良い気分だ」

「観光気分はほどほどに」

「イエッサ」

「ヤー」

 そのまま風景に見とれながらも、真っ直ぐ飛んでいく。

「北緯28度12分30秒、東経136度8分6秒、高度42キロ320メートル、ポイントはここですわ」

 太平洋上のど真ん中だが、一応、日本国内だ。

「スラスターは切ってPICをオートに、偏東風の影響は入力済みですわね。数値設定、風速35m、かなり強いですから流されないように。国際宇宙ステーションからの映像、視界に表示を忘れないように」

 セシリアの矢継ぎ早な指示が通信で飛んできた。

「イルミナント2、スラスターオフ、PICオート。風速設定35メートル偏東風。国際宇宙ステーション映像、接続」

「イルミナント3、スラスターオフ、PICオート。風速設定35メートル偏東風。国際宇宙ステーション映像、接続」

「こちらイルミナント1、インプレサリオ1、聞こえますか?」

『インプレサリオ1、指定位置についたのを確認した。イグニス1、どうだ?』

『イグニス1、イグニス2ともに指定位置到達』

『インプレサリオ1了解。ベース1へ報告、準備完了しました』

『ベース1、了解だ。メテオブレイカー作戦発動まであと2分。全機体、位置を維持しつつ待機』

 ちなみにベース1は輸送機に乗ってる織斑先生と山田先生が担当している。今回の作戦では、最初から参加していた上級生たちは自衛隊下に入ってるので、ベース1は一年専用機持ちの本部だ。

 セシリアの通信が終わり、ホッとため息を吐く。

 空を見上げれば、地表側と近い、暗く引き込まれるような宇宙の欠片が見えた。視界の右端に太陽が輝いていた。

「一夏、今さ」

「ああ、言いたいことはわかるぜ」

「……IS乗りになれて本当に良かったって思ってる。こんな景色が見れるなんて」

「俺もだ。本当に色々あったけどさ……作戦の一環とはいえ、感動してる」

 横を見ると、同じタイミングで振り向いた一夏と目が合った。

 理由はわからないけど、思わず小さな笑いが込み上がってきた。向こうも同じようで、二人して無邪気に笑い合ってしまう。

「お二人とも、そろそろ気を引き締めてくださいますか? 子供のように笑ってる場合ではありませんわ」

 セシリアの呆れたような声に、思わず姿勢を正す。

「作戦発動時間か。んじゃ一夏、地球を守るために頑張りますか」

「そうだな。と言っても、出番があるかはわからないけどな」

 視界に映った国際宇宙ステーションからの映像に意識を集中した。

 捕えられた隕石の映像が流れてきた。これだけみれば、ただの岩にしか見えん。成分分析は95%が岩石で5%が不明ね。未知の金属でも入ってたりして。

「……男性、というのは不思議なものですわね」

「セシリア?」

「なんでもありませんわ。作戦発動カウント、きましてよ」

 カウントが20からどんどん減って行く。

『メテオブレイカー作戦発動しました』

 厳かな声の主は、おそらくアラスカ条約機構作戦限定軍か国際宇宙ステーションのどちらのスタッフだろう。

 静かなスタートだ。

 映像の中では、四機のISが戦艦の主砲ぐらいはありそうなサイズの砲身を支えている。銃口の反対側から石油のパイプラインみたいな物が伸びていて、それが国際宇宙ステーションに繋がっていた。

「なあ、もっと地球から離れた場所で撃墜できないのか? こんな地球の近くじゃなくて」

 一夏が尋ねてくる。素朴な疑問だろう。オレが答える前に、セシリアが短距離通信を開いた。

「ISでそこまで外に行った者はおりませんわ」

 こうやって答えてやるセシリアって、割と律義だよな。

「いないって?」

「宇宙で活動したISはほんの一握り。実際にISで月まで行く計画は立てられましたが、残念ながら実行はされませんでしたわ」

「どうしてなんだ?」

「まだ歴史が浅いこともありますが、どの国も万が一の事故でISコアも失いたくない、というエゴですわね」

 どこまでも続く無限の成層圏(インフィニット・ストラトスフィア)とはよく皮肉ったもんだ。篠ノ之束のセンスに脱帽だ。元々は宇宙用マルチフォームスーツと開発されながら、現在はほとんどのISが大気圏内戦闘用として配備されている。

「さて、そろそろ超望遠レンズで隕石を捕えるところですわね」

 時間を見る。スケジュールも同時に表示されているので、間違えようがない。

「しかし、超大型荷電粒子砲か。今の国際宇宙ステーションの電力状況って良いんだな。粒子加速器も国際宇宙ステーションのヤツを使うってことか。あのパイプラインもそのため?」

「ですわね」

「でも大気圏外でまっすぐ飛ぶのかね。ま、太陽風とかその辺の影響は計算済みか」

「さっきの話ではありませんが、ISのおかげで宇宙での船外作業も格段に進歩し、国際宇宙ステーションの設備も相当に増強されているらしいですわ。おそらく大丈夫でしょう」

「地球に近い範囲ならISを出すのもまだ大丈夫ってことか。まあ宇宙開発だって大切だからなぁ」

 いつもながら、セシリアとの会話はわりと弾む。彼女が勉強家で何でも詳しいせいだろうな。これが感覚派の鈴なんかだと、まるで話にならんから。

「ヨウが詳しいのは知ってたけど、セシリアもやっぱり詳しいんだな。さすがイギリス代表候補生」

 感心したような一夏の声が聞こえてくる。

「あ、当たり前ですわ、これぐらい常識です……そういえばヨウさんは色々と詳しいですわね。2月までISに関係するところにはいなかったはずなのに」

「こいつ、何でか知らんが、IS発表当時から色々調べてたんだよ」

「白騎士事件前からということですの? でしたら相当変人ですわね」

 ……ま、オレの境遇の場合は当たり前の流れなんだけどな。

「そろそろ撃つらしいな。トリガーカウント始まった」

「無事に終わることを祈りましょう」

「そうだな。それが一番良い」

 再び無言になり、全員で食い入るように流れてくる映像を見ていた。

 カウントが減っていく。

 おそらく今、陽電子が国際宇宙ステーションの粒子加速器内で、亜光速まで加速されているんだろう。

 残り3秒、2秒、1秒。

『トリガー、引きます』

 聞き覚えのない声とともに、荷電粒子砲から隕石まで眩い光のラインが伸びた。

「……どうだ」

 全員が固唾を飲んで、次の通信を待つ。

『荷電粒子砲、命中。破砕を確認、小型の破片が落ちる可能性あり、ただし地表到達までに燃え尽きる予測。直径約15メートルの破片が残ったが、こちらはコースを外れた』

「よっしゃ!」

「よっし!」

「まだ安心してはいけませんわ。小型の隕石群は近くを通るだけでも衝撃波を撒き散らしますわ。イルミナント2、3、ともに高度を落としつつミーティア・ラインから離れましょう」

「了解だ」

「ヤー」

「イルミナント全機、合流ポイント目指して下降開始します」

 スラスターに火を入れて、3人で速度を合わせながら降下していく。

 成層圏の光景に見とれながら、しばらく北上し続けた。眼下に広がる雲の大きさに驚いたり、一夏と無駄口を叩きながらと、至って呑気なもんだ。

 だが、セシリアだけがずっと何か考え込んでいる。 

「……気になりますわね、破壊して残った隕石のコースが予測より少しズレてますわ」

 心配そうな声が聞こえてきた。一夏が軽く手を振って、

「でもまあ、地球に入るコース外れたなら問題ないよな」

 と能天気に返す。

 確かに一番大きな欠片の動きが、事前の予測とややズレてはいる。しかし国際宇宙ステーションから送られてくるデータ上では、地球に落ちてくるコースに入ってないのも事実だ。

「ま、一夏の言うとおりだわな。とりあえず一安心だ。せっかくだし、ハワイ辺りまで飛んで行きてぇ」

「そろそろ夏だしな。またバーベキューしようぜ、いつもの川原で。シャルロットと約束してんだよ」

「お、いいねえ。網将軍の一夏様がまた見れるわけか」

「何だよ網将軍って。鍋奉行みたいなもんか」

 ケラケラと笑いながら飛んでいく。

 だが突然に、視界の隅が赤く点滅し、けたたましいアラームが鳴り響いた。

『メテオブレイカー、フェーズ2作戦発動』

「は?」

『最大級の破片がふたたび突入コースに進入、各部隊、次の任務に移れ!』

「ヨウ、どういうことだ? 何が起きた? コース外れたんじゃなかったのかよ!? ヨウ?」

「聞いてるっつーの。オレも意味わからん、解説求めんな」

 視界に表示されたウィンドウを目の動きで操作していく。本隊もだいぶ混乱してるようで、目的の情報が送られてこない。

「何やってんだよ、上は! ベース1、こちらイルミナント3、落下予測まだですか!?」

『こちらベース1、情報統合中だ、もう出る……出た、イルミナント、インプレサリオ、イグニス各機、隕石落下予想線(ミーティア・ライン)が変更された、確認しろ、ここから場所は近い、だが無理はするな!』

「伝達受信中、変更されたミーティア・ライン、来ましたわ! 15メートルの破片が大気圏内に突入コースへ、推定最高速度マッハ50、進入角度20度、すぐ来ますわ。先行して落ちてくる小型の破片は無視、全て地表到達までに燃え尽きる予測、ただし当たらないように!」

「南西方向から北北東……相模湾沖上空にて爆散予測……衝撃波が関東一体を襲う可能性が……いや、高波が起きる可能性もあるか……被害は未知数ってことかよ」

 一夏が独り言のように呟く中にも、相当な焦りが混じってた。

 三機ともが無言で飛び続ける。おそらく他の専用機持ちも同様だろう。

 オレも視界に浮いたウィンドウで落下コースと被害予測ポイントを確認する。

 このまま最大級の隕石の欠片が落ち大気圧によりで爆発した場合、一番被害を受ける場所は相模湾沖だ。海岸線の街もかなりの影響を受けるかもしれない。

 って、相模湾…………マジか!?

「四十院の洋上ラボの真上じゃねえかよ!」

 ISコアナンバー2237の件もあり今、研究所のメンツはほとんどあそこに集まってる。しかも今日は玲美や理子、神楽も到着してるはずだ。

 意図的な何かを感じるが、悠長に考えてる場合じゃねえ。

「織斑先生、四十院の洋上ラボに避難勧告を!」

『すでに送ったが……間に合うかどうかは難しいところだ』

 ……いきなりコースが変わったんだ。そりゃ間に合うわけがねえ。

「上級生と各国の軍は?」

 尋ねてきた一夏の声もかなり強張ってる。

「USは出張ってる、ただ変更されたミーティア・ラインが出てから、他国の軍の動きが遅い!」

 クソっ、クソックソックソッ! どんな世界でも変わらねえのかよコレは!

「自分の家に落ちなきゃテキトーにやるってか!」

『こちらベース1、各機、変更されたミーティア・ラインに沿って配置、出来るだけ隕石を削れ! 隕石に傷がつけば、その分だけ地表の安全が確保される!』

 織斑先生の焦った声が全機に拾われる。

『イグニス1、先行して行くよ! リモート起爆ミサイルをコース上へ全投下』

『イグニス2……同じく』

『インプレサリオ1、レールガン準備に入る!』

『インプレサリオ2、インプレサリオ1の防御へ入るわ!』

 こっから先は、何でもいいから当てて、少しでも隕石を削るしかない。

 サイズが小さくなれば隕石が地表までに燃え尽きる可能性が高くなるし、大きさが変わらなくても損傷によっては、もっと早く爆発する可能性が高くなる。

 ただし相手はマッハ50で、単純にテンペスタの最高速の20倍以上だ。徒歩が時速5キロぐらいだから、向こうは100キロぐらいで暴走する車って感じか……!

「一夏、AICとかで止まったりしねえの!?」

「そんな危ない目に合わせられるかよ!」

「……だな!」

『インプレサリオ1からイルミナント3へ、先行して落ちてくる小隕石群が邪魔で近づけん。ショットガンの嵐の中で大砲の弾を止めに行くようなものだ』

「了解、出来たらやってるよな、悪い!」

 視界に表示されるウィンドウにミーティア・ラインと各ISの配置図が表示されている。

 コースは最終的に、南アメリカ西側から太平洋上を斜めに通って相模湾沖へ向かうようだ。

 隕石は地表に近付くと、気流圏の濃い大気に阻まれ急ブレーキがかかる。そのときに気圧差によって隕石は爆発し、TNT500キロトン相当の爆発が起きる。もちろんその破片だって周囲に落ちてくはずだ。

 そしてこれに一番被害を受けるのは、相模湾沖に浮いている四十院研究所の洋上ラボだ。

 先行して落ちてくる小型の隕石群が接近中だとアラームが鳴る。

 これらは大気圧による圧縮熱で段々と崩壊し燃え尽きるはずだ。かといっても、自壊するまでは隕石であることに違いない。これ以上ミーティア・ラインに近づくのは危険らしい。

 イルミナント部隊三機ともが、隕石のコース沿いで停止する。ここが音速を超える小隕石群の放つ衝撃波の影響が、ISに影響を与えないギリギリの位置だ。これ以上近づけば、いくらISといえど危険な状況に陥る。

「……危機的状況じゃなきゃ、記念撮影するところだな!」

 発熱し発光する物体が目線の先を次々と流れていく。

 その間もオレたちは隕石の余波に耐えなければならない。それは空気の壁が襲いかかってくるようなもので、油断したら吹き飛ばされるし、もし隕石にぶち当たったときの想像なんかしたくもない。

『こちらベース1、先頭のUS軍の前を通過、有効な打撃を確認できず』

「やばいな」

 オレの機体は、元が汎用機のテンペスタだけあって、それなりの武装がある。今回は定点防衛だったから汎用装備のレーザーを2丁持ってきていた。これなら反動を気にすることもないし、どのみちチャンスは一発、だったら最大遠距離火力を叩きこむだけだ。

 セシリアのブルーティアーズも元は遠距離特化装備だし、いかに相手が高速で落ちていく物体とはいえコースが分かっているなら、一発当てるぐらいは余裕だろう。

 問題は一夏。こいつは借り物のレーザーライフルしかねえし、照準補助装置もない。

「一夏、お前は下がってろ」

「……武器がないからか」

「照準装置もないお前が撃つより、オレが二丁撃った方がマシだ」

 オレの言える事実はこれだけだ。……白式はピーキーな機体すぎて、今の状況じゃ役に立たない。

『こちらベース1、自衛隊機、有効な打撃を確認できず、コース・大気圧差による爆発予測位置、変わらず!』

 山田先生の悲痛な声が通信回線を通してIS学園全機に届く。

 それまで黙っていた一夏が、真っ直ぐな視線でオレを見詰めた。

「なあ、ヨウ、正面に近ければ近いほど、破壊しやすくなるんだったよな」

「それが何だっつーんだ。隕石の正面側に行くってのは、ミーティア・ラインに超接近するってことだぞ! 衝撃波と一緒に隕石が飛んでくる。最初に小さいのが、最後にデカいのが」

「俺が守る」

「は?」

「……俺が守る、だからお前は思いっきり落下コース近づいて、ぶっ放せ」

 正気かよ。オレたちのヒーローさんは、盾になるから近づけと言いやがる。

「一夏、そんなことは……」

 できるわけがない、と言おうとしたオレの言葉を一夏が遮る。

「あの子たちが危ないんだろ? だったら俺たちでやるしかねえよ」

「できるか、玲美たちがいる場所は危険だけど、だからってお前が」

「大丈夫だ、今度は俺も戦う。一緒に」

 今度っていうのは、前回とは違うってことだろう。そして前回っていうのは、コイツが誘拐されとき、オレがコイツを守ろうとして逆に足を引っ張った話のことだ。

 だからって一夏と玲美たちを天秤にかけることなんて出来ない。

 そして時間もない。

「織斑さんは、防御には自信があるんですの?」

 世間話みたく問いかけるセシリアに一夏が力強く頷いた。

「銃を撃つより盾になる方がよっぽど得意だ」

「わかりましたわ。では、わたくしの盾になってください」

 さらりととんでもないことを言いやがる。

「待てよセシリア!」

「言い争ってる時間ではありませんわ。状況が掴めませんが、落下コースから考えると国津さんたちが危ない。でしたら、わたくしが行く意味と意義があります。それに同じ超接近するなら、ブルーティアーズのビットも射出し、わたくしの全火力で迎え撃つ方が良いですわ」

 胸の前に垂れた長い金髪を、ISの腕で器用に撥ね退けて、セシリア・オルコットが得意げに自分の責務を告げる。

 確かに、オレのシータレーザーライフルは威力が照射時間と比例する。だがブルーティアーズのBT兵器は最初っから最大威力だ。

「では織斑さん」

「一夏でいいよ、セシリア」

「……わかりましたわ、一夏さん、参りましょう。ブルーティアーズで最も効果を発揮できる位置を算出、指定座標送りますわ」

「受け取り確認した。かなり接近するんだな。小隕石群の落下コースも考えて、角度は隕石のコースに対して45度ぐらいか」

「ビットも射出して全火力集中するならば、これぐらいは接近が必要ですわ。わたくしたちの機体での離脱を考えて、限界地点を算出いたしました」

「了解だ。一発撃つのを確認したら、そのままセシリアを安全な位置へと押し出す」

「お気づかいは結構ですわ、当てることをま……」

「大丈夫だ、お前もみんなも、俺が守る」

「……で、では参りますわ」

「了解だ、クラス代表殿!」

 オレなんか最初から存在しないかのように、白式とブルーティアーズが加速し始める。

 そしてテンペスタ・ホークは動けない。

 ただの闖入者たるオレに、ヒーローとヒロインの活躍を、どうして遮ることが出来るというのだろうか。

 

 

 結局、身動き一つ出来ずに、離れていく二人の背中を見送る。

 ……何やってんだ、オレは……。半分は隕石見学だと浮かれて、大した実力もないくせに……。

『IS学園、ベース1へ、こちら更識、多少の傷をつけたけど、状況にはおそらく変わりなし!』

 生徒会長の声が通信で流れてくる。

 USに続き、IS学園の上級生が配置されている場所も突破し、15メートルの隕石が成層圏を疾走し続けていた。

 このままだと相模湾沖上空にて、気流圏と成層圏との大気圧差により爆発し、TNT500キロトン分の衝撃波が周囲に撒き散らされる予測だ。隕石の欠片が落ちてくる可能性も高い。そして最も近くにある施設は、四十院研究所の洋上ラボだ。

 こうやってボーっとしている間にも、状況は悪化していく。

 出来ることはなんだ。

『イルミナント1、2、位置変更、近づいて最大火力で迎え撃つ!』

 一夏の報告が聞こえた。アイツらがいる場所が先行して落ちてくる小隕石の衝撃波が襲いかかる危険な場所だ。それでも一夏とセシリアは、隕石にダメージを与えるために、そこへと躍り出た。

「ここでやるしかねえのかよ」

 2丁のレーザーライフルを構える。微力だろうが何だろうが、オレはオレのやり方でやるしかない。

 視界に移るウィンドウを目線だけで操作し、隕石の落下コースと速度を入力、自分の武装へとフィードバックし再計算、そしてトリガータイミングの算出に入る。

 持ってきたシータレーザーライフルは、横から撃ったって大した威力にもならない。この武装は照射時間と威力が比例し、それが短ければ短いほど威力が落ちるわけだ。マッハ50で通り過ぎていく物体なら、レーザー照射可能時間なんて瞬き以下の時間だ。

 つまりある程度の威力を発揮するには、真正面から迎え撃つしかない。それでも照射時間が倍になるぐらいで、なおかつ15メートルの隕石の体当たりを食らうことになる。

 その場合、ひょっとしたら搭乗者保護機能『絶対防御』が発動するかもしれないが、それでも本当に『生きてるだけ』の状態になるだろうな……。

 奥歯が軋む音が自分の耳に聞こえた。

 何やってんだよオレは本当に……。

『ヨウ君!』

 唐突に通信ウィンドウが立ち上がる。ISコアネットワークを使った直通だ。

「って、玲美!?」

『やっと繋がった!』

「お前、洋上ラボにいるんだろ、いいから早く逃」

『逃げて、早く!』

 オレの言葉を遮ったのは、同じ内容の言葉だった。

『位置は把握できてるから! こっちはみんな大丈夫だから、気にしないで!』

 ……危ねえのはそっちだっての。

「避難は?」

『下手に逃げるよりは、どのみちラボに籠った方が安全だし、大丈夫、大丈夫だから』

 大丈夫なわけねえだろ。遥か上空とはいえ、TNT500キロトン級の爆発の衝撃だぞ。洋上ラボ自体も危ないし、衝撃で起きた高波が襲ってくるかもしれない。燃え尽きなかった小さな欠片だって降ってくるかもしれない。

 それにお前の声、震えてるじゃん。

「玲美、ありがとな」

『え?』

「足だけは速いんだ。あと、研究所のみんなに、すんませんって伝えてくれ。以上だ、通信切るぞ」

『ちょ、ちょっとヨウ君?』

 通信を切ると同時に、視線を動かして操作を始める。

 テンペスタ・ホークには三つの推進翼があり、それぞれが瞬時加速を可能な、他のISとは一線を画す出力装置だ。

 これとは別に足にも急停止用のスラスターが装備してあり、こちらは爆発的な瞬時加速に対するブレーキが主な役目だ。だが実はこの脚部大型スラスターは他のISの背部スラスターと同様の機能があり、瞬時加速が可能なだけの性能を持っている。

 おそらく世界最高と思われる速度のインフィニット・ストラトス『テンペスタ・ホーク』。

 手に持ってるのは、照射時間に比例して威力が増す強力な無反動レーザーライフル。

 そして真正面から撃てば、隕石に与えられるダメージは増える。

 なんだ、条件は揃ってるじゃねえか。

 全5機のスラスターに出力を集中させていく。どうせ飛ぶしか脳がない。

 ゆっくりと加速を始めた。

 弾丸よりも速く、星よりも強く。

 二瀬野鷹として生まれた人生だ。ヒーローはオレじゃない。

 だけどオレのヒロインぐらいは、自分で決めるさ。

 

 

 視界に連結された仮想ウィンドウに、イグニス1から送られた映像が映る。すでに突破されたようだ。

 次に移された画像はインプレサリオ2からだ。ターゲットスコープに映し出されたタイミングに合わせて砲撃が放たれた。

 映像の中では、次第に燃え尽きていく小型隕石群の通った後を、ISの10倍近くある隕石が恐ろしいスピードで通過していった。

 それは本当に、徒歩の人間の横を暴走していく車のようで、一つの始まりが思い出された。

 前回の人生の最後、ぼんやりと歩いていたオレは、暴走したトラックに跳ねられ吹き飛ばされて死んだ。

 気づけば違う人間として生まれ変わり、物語上の人物と同じ現実を生きていた。

『こちらインプレサリオ1、一夏、無理はするな! 戻れ!』

『無理はしないけど、やれることはやっておきたい、すまん!』

『こちらイルミナント1、申し訳ありませんが、彗星観測のベストボジションはいただきましたわ』

『クッ、っと、大丈夫かセシリア!?』

『問題ありません、一夏さん。ビットの射出開始しますわ』

『大丈夫か?』

『何をおっしゃってるんですの、こちらイルミナント1、セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にしてIS学園一年一組クラス代表ですわよ!』

『よし、じゃあ任せた、俺が必ず守る!』

『……せ、せいぜい頑張ってくださいな!』

 バイザーに新しいウィンドウが浮き上がる。イルミナント2、一夏の白式から映し出される映像だ。

 冷や汗が吹き出しそうな領域だった。

 ミーティア・ラインをすぐ間近にし、燃え尽きる寸前の小隕石群が放つ衝撃波を体全体で受け止めていく。だが、それでもセシリアを背中に回したアイツは揺るがない。

『来るぞ、セシリア、頼んだ!』

『ブルーティアーズ、トリガータイミング、システム同調、行きますわ!』

 ウィンドウ上が眩しく光る。ブルーティアーズの全力射撃だ。同時に映像が一瞬だけブレる。次に眼前にセシリアの顔が映されたのは、アイツが自分を盾にしながらイグニッションブーストで危険区域を離脱してるからだろう。

『どうだ!?』

 わずかばかりの沈黙のあと、再び回線にセシリアの声が流れる。

『全砲撃命中、ただし状況に変化は!』

『失敗か!?』

 そしてオレは羽ばたき始めた。

『ヨウ!?』

 聞こえてきたのは、この世界に生まれてくる前から知ってるヤツの声だ。

 燃え尽きていくミーティア・ラインを逆走しながら、落下してくる星を目指し、テンペスタ・ホークの全ての推進力を撃ち出して、無限の成層圏を螺旋状に駆け抜ける。

 隕石に当たりに行くわけじゃない。2本のレーザーの威力を上げるため真正面からぶっ放し、衝突直前で全スラスターを全開にし回避するつもりだ。

『イルミナント3! 戻れ! 何をやってる!? 二瀬野!』

『死ぬ気ですの!?』

『バカ、何やってんのよ、ヨウ!』

 高速飛行用のバイザーが映すスローの世界ですら、この恐怖だ。

 それでも、脳裏に浮かぶ人たちの姿が勇気をくれる。実際に会うまでは見たことも聞いたこともない、それでもこの世界に生きてる人たちだ。

 算出された指定位置で脚部スラスターを前方に向け、完全停止する。そのまま2丁のレーザーライフルを構えた。

 隕石はここへ真っ直ぐ落ちてくる。

 相手は時速100キロで暴走して突っ込んでくるトラックでオレはただの人間。そう思えば気も楽だ。すでに一回は体験してるのだから。

「オオオオオオォォォォォぉぉぉぉ!」

 恐怖を撃ち払うように雄たけびを上げて、引き金を引いた。

 

 

 

 真っ直ぐ海面に向かって落下しながら、望遠モードの倍率を最大にして隕石の行く末を観察する。

 手応えはあった。真正面から大出力レーザーを二発撃ち込んだのだ。これ以上の攻撃はないと自分ですら思う。

 成層圏を疾走していく隕石は、損傷した体躯が大気圧と自分の加速による質量増加に耐えられず、ひび割れ爆発した。高度計測の結果がオレの目的が達成されたことを表していた。

 やれることはやって今出来る最高の結果を出した。

 ただし、超接近していたオレの機体は、TNT火薬500キロトンクラスの爆発による衝撃波から、マッハ3の回避速度を持ってしても完全には逃れられなかった。

 推進翼をやられ、脚部スラスターも損傷し、真っ直ぐと海面へと落ちていく。

 ぶっちゃけ、隕石の欠片が直撃しなかったのが、人生全部の運を使いきったんじゃないかってぐらいの奇跡だ。

 速度計の値が増加し、高度計の値が減少していった。

 シールドエネルギーはほとんどない。PICを起動させようにも、ウンともスンとも言わねえ。

 クルクルと錐揉み状態で回転しながら、オレは地球へと落下していく。

 今回の人生は、まだ生きていたい理由があるんだ。ちゃんと絶対防御が発動しますように。

 そう祈りながら、オレは気を失っていった。

 

 

 

 酷く長い夢を見ていた。

 山道を誰かに手を引っ張ってもらいながら歩いてた。

 疲れた、足が痛い、荷物が重い。

 心の中には弱音が溢れてたけど、握ってくれる手に遠慮して何も言い出せなかった。

 大丈夫か? と尋ねてくる優しい男の声に、ますます委縮してしまう小さなオレ。

 そろそろ休憩しましょうか、と頭に届く女の声に、素直に頷けなかった。

 空を見上げる。翼を広げて、高い空を飛ぶ何かがいた。

 見てごらん、まだ生きてる鳥がいるよ。鷹かな。

 男が足を止めて大きめの岩の上に腰掛けた。足が痛かったから恐る恐る隣に座る。

 その男は、大人だっていうのに子供みたいな笑顔で、オレの頭を優しく撫でてくれた。

 よく頑張ったなって、褒めてくれた。

 

 

 

 

 オレが目を覚ましたのは、IS学園の医務室のベッドの上だった。二日も日付が変わっていたことに一番驚いた。

 どうやらISの操縦者保護機能、通称『絶対防御』のおかげで命に別状はなかったが、ずっと昏睡状態に落ちていたらしい。

「どこか痛いところとかある?」

「左腕が痺れっぱなしで感覚がないッス。動きはするんだけど」

「いつのまにか下敷きにして寝てたのかな? 他には?」

 白衣を着た女の先生が、オレに当てていた聴診器を自分の首に掛け直す。

「いや、全然ないです、いやもう元気元気」

「それは良かった。念のため、もう一日安静にして明日の朝、検査しましょ。問題なければ夕方には戻っていいよ」

「アザーッス」

 オレのテキトーな返事に苦笑いを浮かべながら、お医者さんはベッドを囲むカーテンを開けて、同室内の自席へと戻って行ったようだ。

 枕元に置いてあった携帯端末のスイッチを入れて、テレビのチャンネルをポチポチと変えていく。

 太平洋日本沿岸で起きた高高度隕石爆発事件は、まだまだ世間の話題の中心にあるようだ。病室のテレビに映るコメンテーターが、事件についての見解を求められている。おかげで面白い番組は見当たらない。まあ平日の昼間だしな。テレビモードを落として、端末でポチポチとメールチェックを始める。

 ケガ人だというのに、容赦なく学園からの課題や研究所と空自に提出する書類作成などが貯まってきてるようだ。

「失礼しまーす」

 爽やかだが、どこか間の抜けた男の声が聞こえた。すぐにベッドを囲むカーテンが開かれる。

「ヨウ、やっと起きたのか。大丈夫か?」

 白い制服を着て左目に眼帯をつけた一夏が、手に持ってたリンゴを投げてくる。受け取った赤いフルーツはよく磨かれてるみたいで、表面が光を反射してた。

「おかげさまで」

「ったく無茶するな、お前」

「そりゃお互い様だろ、なんだあの作戦」

「お前のなんて、ただの特攻だろ?」

「返す言葉がねえ」

 貰ったリンゴを齧る。うん、甘い。

「国津さん達が後で来るってさ」

「おう、そっか」

「好きなのか?」

「ぶほっ!?」

「うわ、きったねえ! 人がせっかく貰ってきたのに!」

 リンゴの欠片が呼吸器官側に入ったようで、むっちゃ胸が苦しい。ベッドサイドに置いてあったティッシュで吐き出したリンゴを片付けながら、何とか平静を取り戻す。

「……んで、誰がなんだって? リンゴの話? リンゴは好きだぞ?」

「いや、国津さんのこと、好きなのか? って」

「ストレートにも程がありすぎるだろ? 何お前、天然なの? 剛速球投手なの? 何勝する気?」

「だって何か気になるだろ? あの子、何度もお見舞いに来てたし」

「ねえなんでお前は他人には敏感なの? 自分だけ鈍感なの? あ、こいつ、オレのこと好きなのかなとか思ったりしないの? バカなの? それとも大馬鹿なの?」

「ば、バカは余計だろバカは! てか大馬鹿いうなよ!」

 ちょっとムキになって反論してくる姿に、思わず大きなため息が零れる。ケガ人に心労かけるなよチクショウ。

「まあいいや、それでこそ織斑一夏だしな」

「ひょっとしてバカにしてるのか?」

「してねえよ」

 シャリと音を立ててリンゴを咀嚼する。

「失礼します」

 医務室のドアが開いて、楽器のような声の主が入ってくる。

「あ、あら一夏さん、ここにいらしたんですの?」

 一夏の姿を見つけた途端に頬が紅潮し、声が弾み始める……えっとこれって。

「おうセシリア、お見舞いか」

「え、ええ、クラス代表としてヨウさんの様子が気になりましたので」

「さすがセシリア、優しいな」

 やらしい、の間違いじゃないだろうか。

「い、いえ、当たり前ですわ! クラスの他の誰かが同じことになったら、すぐに駆けつけますわ。そ、その一夏さんの場合なら、それこそ寝ずのか……んびょうを……」

 ……よしチョロい。驚きのチョロさだ。

 一夏への態度が緩和しているのを見るに、あの作戦を通して何か思うことがあったっていうか、惚れてもうたっていうか、いやチョロすぎじゃね?

「ん? なんだって?」

 そして安定のコレである。自分が剛速球投手なのに、相手の緩いど真ん中ストレートは見逃し三振ってどういうことなわけ……。

「ななな、なんでもありませんわ!」

「そ、そうか。まあでも、さすがクラス代表だよな。尊敬する」

 ケガ人そっちのけで会話をする二人に、思うことは色々あるが、いやもう寝てもいいかな、オレ。

「それで、ヨウさんのお加減はいかがですの?」

「あ、オレの存在、一応覚えてたんだ」

 てっきりラブコメ空間が発生して、オレは存在を亡き者にしたのかと思ってたよ。

「はい?」

「いや何でもない。大丈夫だ、わざわざサンキューな。明日検査して、たぶん来週から復帰する」

「なら結構ですわ。そろそろ学年別トーナメントも近づいてきましたし」

「了解。また一組の副代表として頑張るよ。んじゃ、そろそろ眠くなってきたし寝かせてくれ」

「ではお大事に。一夏さん、では参りましょう」

 セシリアが一夏の腕を取って歩き出す。

 一夏に向かって喋るときだけ、語尾にハートマークとか音符マークがついてるな、ありゃ。

「お、ちょ、ちょっと急に引っ張らないでくれ。っとヨウ、バーベキュー決定だからな、時期未定だけど。おやすみ」

「おう、了解した。んじゃな」

 オレがベッドに倒れこむと同時にドアが閉まる。

 何はともあれ、世はこともなし。

 セシリアが一夏に惚れたっていうなら、それがベストな結果だ。一夏がドイツに行っても一夏であり続けたように、物語は物語としてあり続けるんだろう。

「失礼しまーす」

 目を閉じた瞬間に医務室のドアが開いた。聞き慣れた声が耳に届く。それはたぶん、IS学園に入る前は見たことも聞いたこともなく、入学した後はいつもオレを見てくれてた女の子だ。

 とりあえずは寝た振りをして意地悪をしてみよう。

 そんな子供じみた悪戯を思い浮かべながら、オレはその子がベッドに近づくのを待っていた。

 

 

 

 オレこと二瀬野鷹は、一度目の人生を終え、その記憶を持って二回目の人生を歩んでいる。

 現在は世界に二人しかいないインフィニット・ストラトスの男性操縦者の一人で、IS学園の一年だ。

 沢山の人に迷惑をかけ、様々な人に教えられ、多くの人に支えられて、ここで生きている。

 やらなければならないことも山ほどあるし、償わなければならない罪も増えた。いっそ生まれて来なければ良かったと思うこともある。

 だけど今、この瞬間だけは生きていることを感謝して、また明日から頑張ろう。

 

 

 

 

 

 








メテオブレイカー(後篇)
第一部完!みたいな感じです。


隕石落下関連については、可能な限り調べて書きましたが、科学的検証・考証はこれが限界……。
概要は先日のチェリャビンスク隕石落下事件を参考に作ってますが……。
物語的都合による造語・ねつ造もいくつかあります。

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