金曜日の夜、部屋の人口密度がすごかった。
オレと一夏まではいい。部屋に住んでるんだから。
ここに鈴、ラウラ、シャルロット、セシリアまでがいる。狭い、あと女子特有の匂いが充満してて、何かクラクラする。
一夏のベッドに鈴とラウラがけん制しあいながら寝転がっており、シャルロットはその淵に行儀よく座っていた。セシリアは不満げな顔で一夏のイスに腰掛けていた。そんで主人公君は仕方なしにオレのベッドに席を置いている。オレのベッド人気無さ過ぎだろ……。
このメンツになると、オレはあんまり喋ることが無くなる。ていうかお邪魔ですよね、すみません……いやホントごめんね……。
最初こそ月曜日までに提出しなけりゃならない課題や書類をいじっていたんだが、10分前ぐらいからMIG25のプラモを手で弄んでいた。プラモも飛行機もあんまり詳しくないが、マッハ3近くで飛行する飛行機の構造に興味が湧いたので、少し前に買って作ってみたのだ。今じゃ意外に気に入ってる。
そして現在は、子供みたいに『ぶーん』って飛ばす真似をしてドアから出て行きたいぐらいには、部屋の空気がギスギスしていた。
「一夏、明日は暇なのか?」
口火を切ったのはラウラだ。
その一言に、他の三人の目線がギラついた。紛争地帯の偵察部隊並だよ・・・・・・。
「ん? 暇だけどどうした?」
「こちらで行動するための私服が少ない。付き合え」
「おう、そういうことか。わかっ」
「アタシも行くわよ、ちょうど服を買いに行きたかったし!」
返事が終わる前に鈴が割り込んでくる。鈴とラウラの目線が火花を散らした。ネコ同士の争いにも見えるよな、鈴とラウラの場合。
「お前は邪魔だ、私は一夏と二人で行きたいのだ」
ラウラのAICが発動! あまりに堂々とした拒絶具合に鈴が一瞬、動けなくなった!
「……ぐ、べ、別にアンタが決めることじゃないでしょ!? ねえ一夏?」
鈴のスキル『根性』が発動!
「ま、まあそうだけど、じゃあ一緒に」
「一夏、この間の課題、終わったの?」
シャルロットがイグニッションブーストで話に割り込んだ!
「あ、あー……千冬姉に出された課題か……まだ終わってないんだよな。土日にやろうと思ってたんだけど」
「先にそっちを仕上げた方がいいよね? その方があとでゆっくりできるしお買い物もゆっくり出来るしね。僕が見てあげるよ」
おーっと、パイルバンカーが連続ヒット、鈴とラウラが悔しげだ!
「んー、そうだな。じゃあ鈴とラウラには悪いけど、課題を先に」
「一夏さん」
「ん? セシリアどうした?」
「わたくしとテニスをする約束でしたわね?」
ブルーティアーズの遠距離狙撃が炸裂!
「そ、そうだけど、それは日程を決めてなかったような」
「わたくしの日程が今週の土曜日しか開いておりませんの」
「じゃ、じゃあ、また今度という」
「一夏さん? 今週を逃せば、もう二ヶ月以上先になってしまいますわ」
さて、今日もまた『一夏杯専用機持ち選手権』が始まってしまった。これじゃ収拾がつくまで時間がかかりそうだ。部屋が壊されないことを祈ろう。
さすがに観念して作業を諦め、ホログラムディスプレイの電源を落とし接続していた携帯端末を取り出す。
「ヨウ、どっか行くのか?」
「ん? まあな」
お前らがうるさいから課題ができないので、静かな場所を探して徘徊します、と言える度胸をオレに下さい。
「ごめんね……」
唯一シャルロットだけが気づいたのか、オレに小さく手を合わせて謝る。他の三人はギャーギャーと今にも取っ組み合いを始めそうだ。
「ほいじゃ、オレが戻るまでに決着つけといてくれ……」
ヒラヒラと手を振りながら、ドアノブに手を掛けようとして気づく。
……さっき、こいつらが部屋に入ろうとしたときの一悶着で破壊されたんだった。今は穴だらけになったドアだった物体が立てかけてあるだけだ。
行き先を失った右手で頭をかく。
……一夏との同室がこんなにツラいとは。
最初は織斑先生に報告して、女子が接近するのを禁止してもらおうかと思った。
だがまあ、オレにも負い目がある。オレのせいでアイツらが作れなかった思い出があるんだ。だからこれぐらいは耐えるしかない。
まあ耐えられなくて脱出するんですけどね……。
誰もいない暗い食堂の隅っこで、携帯端末からホログラムウィンドウを立ちあげて、投影式キーボードで課題を進めていく。指が痛くなるからあんまり好きじゃないんだけど、この際好き嫌いは言ってられない。
今やっつけてる書類はIS学園からの物ではなく、四十院研究所と航空自衛隊へ送る物だ。メテオブレイカー事件で壊したテンペスタの自己修復経過報告書である。
IS学園からの宿題も別にあるのだが、研究所と航空自衛隊に提出する方は一応、企業秘密で国家機密だ。あれだけ他国人がいるところじゃおいそれと開けない。逆に言えば誰もいない今だからこそ、ようやく手をつけられる物もあるのだ。
……つまり、これが終わってもIS学園の宿題は残ってるってことなんだが。
「あ、またここなんだ」
「おう」
青いパジャマ姿の玲美がやってきた。少し外に広がってる長い黒髪は、風呂上がりなのか後ろでまとめてある。ほんのりと紅潮した笑顔が……うん、アレだな、うん……。
「大変だねー……やっぱり織斑先生に言った方が良いんじゃ」
「良いよ別に。仲良くやってるなら、それに越したことねえし」
「んー……。なんか私が納得いかないんだけど」
少しだけ不満げに言いながらオレの反対側に腰掛ける。
「気にすんな、大したことねえよ」
「なんか織斑君に甘いよね、ヨウ君って」
「そうか? 男に甘いってことはねえと思うけど……」
ちょっとズリ落ちてきたメガネを右手でかけなおし、会話しながらも一心不乱にキーボードを叩き続ける。
自己修復経過報告書に必要なデータ自体は昼間にISからアウトプットしてるので、それを集計してグラフ化し、オレの見解を付け加える必要がある。
「真面目だねー。かぐちゃんに手伝ってもらえば良いのに」
かぐちゃんってのは、四十院神楽のことだ。四十院研究所の所長の娘で四十院財閥のご令嬢。良いとこのお嬢様のくせに、昔から研究所のことを手伝ってきたせいか、事務作業はオレの数倍速い。
「自分でぶっ壊したからな……しかもあんな無謀なやり方で……」
メテオブレイカー作戦。
地球に落ちてくる隕石を、総勢20機近くのISで撃破した、短いIS史の中でも最大規模の作戦だった。
その最終局面で隕石の真正面に立ってレーザーライフルをぶっ放したオレを迎えていたのは、賞賛3割、問題視7割の査問だった。
絶対防御の昏睡から復帰した後、オレは拘束され思想チェックをいつもの倍の時間ぐらいさせられた。あんな真似して、頭おかしいんじゃないのかコイツ、というのが大方の意見ってことだ。
催眠セラピーとかまでやられなかっただけマシってもんかな……アレをやられると、オレはだいぶオカシイ人になっちゃうからな……。
はぁ……と大きなため息が零れる。喉が渇いたので一息ついて、メガネを置いて立ち上がった。相変わらず片目の視界がボヤけてるが、もう慣れてきたもんだ。
「何か飲むか? 水? ミネラルウォーター? おひや?」
「ぜんぶ一緒だし……」
「んじゃミネラルウォーターな」
食堂の隅っこにあるウォーターサーバーから二人分の水をゲットし、テーブルに戻る。
「ありがと」
水を一口、口に含んでからテーブルの上に両手を投げ出す。そのまま天井を見上げて、右手で眉間の皺を解した。
さて、続きをっと。
「きゃっ」
玲美が短い悲鳴を上げた。
「お?」
「あ、ううん、ちょっとヨウ君の……その……左手を触ってたのに急に引っ張られたから」
「す、すまん、気付かなかった」
「……ひょっとして、左手の痺れ治ってないの?」
メテオブレイカー作戦の後から、左腕の感覚がかなり薄い。動かすのには全く問題がないんだが、触られたりしても気づきにくい。
「そのうち治るだろ。医者だって問題は見当たらないって言ってるんだ」
見つけられない、とも言うけどな。
メガネをかけてから、キーボードを数秒叩き、
「ほら、ちゃんと動いてるだろ?」
と、問題がないことをアピールをしてみた。そんなオレに玲美は子供の心配をする母親のような目を向ける。
「なら良いんだけど……」
「そんなことより、体冷やす前に部屋戻れよ。こっちはまだかかる」
「ううん、終わるまで見てるよ、大丈夫」
「本当にキーボード打ってるだけだぞ、てか珍獣扱いとかじゃねえよな?」
「なんで? そんなこと思ってないけど・・・・・・どうしちゃったの? 理子も言ってたけど最近妙にネガってるっていうか」
「……そんなことはねえつもりだけど」
まあ色々と隠してることはあるし、喋れないことも多い。いつか全てを話すときが来て、それを信じてもらえるときが来るんだろうか。
チラリと目の前の女の子へと視線を向ける。頬杖を突いてニコニコとこちらを見ていた。
少し照れ臭くなってすぐに画面へ視界を映す。
色々と問題はあって山積みだけど、時々はこういう風に男子高校生してたりもする……。
「んじゃおやすみ」
「おやすみ、明日は朝から研究所だから寝坊しないようにね」
「オレが遅刻したことあったかよ。んじゃな」
「ばいばーい」
玲美と別れ、タラタラと自室に向け廊下を歩く。就寝時間も近いせいか、廊下に人はいない。角を曲がれば、すぐに自分の部屋だ。
「っと、すまん」
誰もいないと思って油断してたせいか、女の子とぶつかってしまう。
「こちらこそ……っとタカか」
「箒か。どうした? 一夏に会いに来たんじゃねえの?」
そういやさっき、部屋にはいなかったな。他のヒロインズはいたんだけど。
まだ制服着てるってことは、風呂も入ってねえのか?
「……あ、ああ。いや、べ、別に一夏に用事はない、うん」
「強がりは良くねえと思うぞ?」
「べ、別に強がってなどはいない!」
握り拳を作って力説されるが、全く説得力のない表情だ。ツンデレばっかでマジ困る。
「はぁ……そうですか」
「なんだその疑り深い目は! ほ、本当だぞ」
「いや、まあ良いんですけどね、ハイ。んで、どうした? 早く一夏のところに行かないと、あいつの土日が別の奴らで埋まっちまうぞ」
「な!? それは……いや……」
オレの言葉を聴いた瞬間は怒に表情が傾いたが、何故かすぐに哀へと落ちて行く。普段はこれぐらいからかうと、箒の顔はしばらく赤くなったままのはず……羞恥か怒りかはケースバイケースだが。
「どした? いやホントにどうしたんだ?」
「その……ああ、ここじゃ」
「ん? 一夏絡みで相談か?」
「……別に何でもない。ではな」
踵を返してオレと一夏の部屋とは反対側へ歩き出す。
さすがに、何でもないってセリフを真に受けるほどバカじゃない。
「おい箒、ちょっと話がある」
「ん? 何だ?」
「就寝まであんま時間ないけど、食堂行こうぜ」
「あ、ああ」
「ほら水だ」
箒をさっきまでオレが座ってた席に座らせ、さっきと同じように水を差し出す。オレは近くの柱にもたれかかって、自分の水に口をつけた。
「すまん……。それで話というのは何だ?」
「大した話じゃないんだが、最近、クラスの様子はどうだ?」
もちろん、この話題は本題に入る前の世間話だ。こいつは自分の悩みを簡単に口したりしないだろうな。そういうタイプだ。
「クラスの……? ふむ……その、浮ついている気がするが」
「だよなぁ。どうしたもんか」
「それがどうしたんだ?」
「まあ原因は一夏っていうのもわかるんだが、ほれ、セシリアもあれだろ?」
あれっていうのは、まあ一夏の周りでハートマークを飛ばしながらウロチョロしてる状態のことだ。
「……ああ」
あの女狐め、グギギギギぐらいは言うかと思ったんだけどな……。偏見だけど。
「乗ってこないな。どうしたんだ、ホントに」
「先日の……あの作戦以降だな、特に浮つき始めたのは。一夏が来てからもそういう傾向だったが、セシリアが歯止めになっていた。だが作戦以降は」
「防波堤が自ら流れ込んでるからなぁ」
やれやれと肩を竦める演技をして見せた。
箒が少し呆れたように笑う。だがすぐに思い詰めたように下を向いた。
そのまましばらく沈黙する。一分近くそうしてたと思えば、力無く首を横に振った。
「タカ……あの作戦は、危険なものだったんだろう?」
「いや作戦自体は危険じゃなかったんだが」
「私はその件を詳しくは知らん。良ければ、教えてくれないか?」
「いや構わんが……作戦内容自体は大した機密もないしな」
「頼む」
箒が頭を下げると、ピョコンとポニーテールが揺れる。
「でも、知りたいのはそれか?」
そう尋ねた瞬間、頭を下げたまま、箒の体が目に見えてわかるほどビクッと跳ねた。
大した機密じゃないってことは、学園内のデータベースでそれなりの情報も見れるってことだ。さすがに見てないってことはないだろう。だから知りたいのはそれじゃない気がする。
目の前の乙女は、ゆっくりと頭を上げる。だが、視線は足元を向いたままで、拳は強く握られていた。
「……一夏は、危険な目に遭ったのか?」
やっぱり聞きたいのは一夏のことかよ。
オレとは普通に会話するくせに、オレ達の部屋に乗り込んで来ないってことは、一夏に対して何か思うことがあったってことだろうし。
「遭ってないとは言わんが……まあ、本人の意思だな。自分で飛び込んでった」
「やはり本当なんだな」
言葉を噛み締めるように呟いて、うつむいてしまう。
「やはり? 誰かから聞いたのか?」
「……姉からだ」
「は? 篠ノ之束から?」
「ああ」
どういうことだ? 篠ノ之束が箒に接触してくるのは、もう少し先だったはず。たしか学年別タッグトーナメントの後か。
「……んで、姉ちゃんは何て?」
「どこから手に入れたのか、あの人のすることはよくわからんが、一夏の……白式の視界録画映像を送ってきた」
「おい、さすがにそれは機密事項に抵触するぞ」
エジソンが電話を発明したからって、地球上の全ての電話を好きにされちゃ困る。とはいうものの、ISコア自体を作れるのが篠ノ之束だけなので、全員が従わざるを得ないのが実情だ。そこを苦々しく思ってる人間が多いのも間違いない。
「私は見せられただけだから、何も言えん。データも消した。だが……正直、戦慄した。一夏の見てきた世界に」
「まあ、そりゃそうだろうな。隕石群のすぐ間近で、セシリアの盾になってたんだからな」
「……ああ。そして、そこに私はいなかった」
篠ノ之箒は現在、専用機持ちではない。ゆえにメテオブレイカーに作戦参加はしていない。
「仕方ねえだろ」
「タカ、お前は中学時代、剣道部だったな。私の試合は見たことあるか?」
「全中の?」
「ああ」
「テレビで見たよ。それが何か?」
「あのときの私は……ただ相手を叩きのめしたいだけで、己の力を振るっていたのだ」
……ん、そんなエピソードも『記憶』にある。
「オレは達人じゃないからな。正直、そんな剣に込められた思いまではわからん」
「傍目にはわからくとも、私自身はわかっていた。だが一夏は、あの状況でも揺るがずに、背中のセシリアを守っていたのだと聞いた」
一夏と同じところに立っていないという負い目、か。だから一夏に近づきたくても、部屋の近くで立ち往生してたってことか。
まあ、この間のメテオブレイカー作戦は突発的とはいえ、確かに危険な目には遭った。だから専用機持ち達の間で妙な連帯感は出来上がっているかもしれない。少なくとも同じ部屋にいることぐらいは許容できてるようだ。……激しくオレだけが除外されてる気がするが。
「気にしすぎだと思うぜ。少なくとも一夏は気にしないし、そんなんで幼馴染に避けられたほうが、あいつは悲しむと思うぞ」
「だが!」
「お前の気が済まないってのもわかるけどな。でも、もっと自信を持てよ。何はともあれお前が一番最初に一夏と出会ってるんだ。そうだろ? ファースト幼馴染」
正直、かけられる言葉が思い浮かばん。
案の定、オレの言葉には何の力もなく、箒はそのまま押し黙ってしまう。
どうするべきか、と一瞬考えたところで、思わずため息が出てしまった。
土曜日は課題をやるとか言ってたな、アイツ。
「箒、日曜あたり暇だろ?」
「あ、ああ。休日は寮にいるだけだからな」
「んじゃ、玲美や理子と神楽の買い物に付き合え。お前、神楽に貸しがあったろ」
貸し、というのは前に一度、箒が緊急にアリーナを借りたいと神楽に力を借りたときの話だ。
「ま、まあそうだが……」
「お前が来たほうがアイツらも喜ぶし。あと制服で来るなよ、女の子らしい格好で来いよ?」
「な? お、女の子らしいと言われても……」
やっぱ渋るなー……。こいつ、こういう友達付き合いに全然乗って来ないからな。一言目で拒絶しないだけ成長してるのかもしれんけど……。
「頼むわ。正直、オレだけじゃ女の子三人の相手はきつい。何にもわからんからな。だったら何にもわからん仲間もいた方が良いし、あと、あー」
「し、しかしだな」
「あと、あれだ。そう、あれ、素振り用の木刀選びにも付き合ってくれ。こういうのは達人に教えてもらった方が良いに決まってる。それにお前の愚痴に付き合ってやったんだし、とにかくあれだ、日曜は時間を空けておいてくれ」
とりあえず早口で思いつく限りのウソと建前を並び立てる。
「……仕方ないな、そういうことなら」
「時間は追って連絡する。んじゃな、おやすみ」
やれやれ、一夏の予定が埋まってないと良いんだけど。
空になった紙コップを潰してゴミ箱に投げる。よし、ナイスシュート。
「んじゃ寝るわ、おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
箒と別れ、駆け足で廊下を駆け抜けて、自室のドアを……そういやドア壊れてたわ。
「おい一夏! ……って何ぃ!?」
部屋の中のいたるところで物が破壊され、一夏は半裸でボロボロになって床に顔面から突っ込んでいた。そして全員がプイッと顔を逸らしている。
がぁああ、オレの作りかけのMIG-25がああああ! 胴体が真ん中から折れて再起不能に……くそ、どっかに亡命させておくんだった、MIGだけに……。
「お、おう、おかえり」
「おい一夏、オレのミグが壊れてんだけど……」
「わ、悪い、それはセシリアが……」
「い、一夏さんが悪いんですわ!」
「と言ってるぞ? おい被告人」
「す、すまん、よくわからんが……」
く、くそぉ。プラモなんて作ったことないオレが、暇を見つけて頑張ったいうのに。
だが、口実としてはちょうど良い。
「よし一夏、日曜日、プラモ買いに行くの手伝え」
「え? 日曜?」
「何か予定があんの?」
「い、いやまだ埋まってない」
一夏が体を起こしながら息も絶え絶えに答える。
「ちょ、ちょっと一夏!? 何言ってんのよ!」
鈴が慌てて割り込もうとする。そしてセシリア、ラウラ、シャルロットも続けて何か文句を言おうとした。
「シャラーップ。へい、エブリバディ、ここは誰の部屋でしょう?。はい、ラウラさん」
「一夏の部屋だ」
「ブブー! 正解は一夏とオレの部屋でした。第二問、ではこの部屋の惨状の責任は誰が取りますか? はいセシリアさん」
「そ、それは全て一夏さんが悪いんですわ!」
「はい正解!」
クククッ、ひっかかったなセシリアめ。お前なら絶対にムキになって否定してくると思ったぜ。
「はい?」
「んじゃ全て一夏が悪いってことで、一夏は日曜日、オレと買い物に出かけること。全員、異論はないな?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよヨウ」
「んだよ鈴。オレは今からこの部屋片付けるんだぞ。それとも何か? この部屋の惨状はお前らが悪いってか? んじゃ織斑先生呼ぼうか?」
「ぐ、お、覚えてなさいよ!」
最初に、悔しそうな顔で鈴が撤退していく。
「ご、ごめんね、おやすみ!」
次に、さすがにばつが悪いのか、シャルロットがいそいそと部屋から出て行った。
「くっ、覚えてらっしゃい、ヨウさん!」
続いて、捨て台詞とともにセシリアが部屋から退出していく。
「……さすがに織斑教官を呼ばれると厳しいな……作戦もなしに挑んでは瞬殺されてしまう」
最後に、ブツブツ言いながらラウラが悠々と歩き去っていった。
全員が出ていったのを確認し、オレは蝶番から外れて立て懸けてあったドアを持ちあげる。斜めに置いてりゃ、まあ、何とか……。
「は、はぁ……助かった、ヨウ」
「ったく。とりあえず部屋片付けるぞ。あと日曜、朝10時な。昼飯も外で食うぞ。お前のオゴリな。金持ってこいよ」
「げ、マジか。……仕方ないか」
Tシャツに袖を通す織斑君が大きくため息を吐く。
「んじゃとりあえず寝られるようにするぞ」
「おう」
作業に取り掛かる前に、箒にメールを打つ。日曜の朝10時にモノレールの駅にて、と。
あとは当日の直前に、『ごめん、代わりを行かせたから』とか言って一夏を送り込めば完璧。
咄嗟の機転とはいえオレ、マジで冴えてるわ。
「なんだよ変な笑い浮かべて」
「うっせ。んじゃ片づけるぞ」
「さっきからやってるっての。でもホントにすまん、部屋を滅茶苦茶にして……」
「覚悟はしてたからな。気にすんな」
……こんぐらいは我慢するさ。大したことじゃない。
箒に負い目があるように、オレにも負い目がある。一夏に謝られるようなことじゃないし、そもそもオレがこの部屋にいること自体が間違いなんだ。
だから大丈夫だ。
正直、部屋をボロボロにされたのはかなり腹が立っていたが、怒れる立場じゃないしな。
土曜日は朝一番から、四十院研究所での仕事だ。メテオブレイカー作戦後は、初めてここに来ることになる。
一通りの検査を終えたあと、オレは今まで来たことのない通路を歩いていた。金属むき出しの冷たい廊下を先導しているのは、国津博士だ。他に神楽、玲美がついてきている。
「……こんなスペースあったんですね」
「最深部だからね。地下30メートルだよ、ここ」
重苦しいドアがあり、中央にテンキーがついていた。左右にもカードスロットがついている。
「それじゃ、玲美、神楽ちゃん頼むよ」
「はい」
「はーい」
国津博士が中央のキーを叩き、神楽と玲美が左右のカードスロットにカードを通す。
短い電子音の後、重い金属音が開いた。圧縮空気が解放され、厚さ一メートルぐらいある金属製のドアが開く。
何もない合金の壁に囲まれた部屋の奥、そこに一体のISが台座に立てかけられていた。フルスキン型だ。薄暗い照明が天井からそれを照らしていた。
「……これがコアナンバー2237の?」
「うん、そうだよ。テンペスタⅡの予備パーツをベースに作られてはいるんだけど、困ったことになってね」
困惑したような声で肩を竦める。
「どうしたんですか?」
「洋上ラボで玲美にフィッティングをしてもらおうとしたら、急に装甲が変化して。この形に落ち着いたんだ」
「……公開されてるデータのテンペスタⅡと全然違いますね」
「うん。スペックは内緒にしておくよ。使うことはないだろうと思うし。見つかっても良いものじゃない」
黒い装甲、巨大な推進翼、シャープな流線形の装甲、フェイス部分は鋭い顔つきと眼差しをしている。
思わずゴクリと息を飲む。
最初の印象は、黒い白式。細部こそ違うが、翼を広げればフォルムが似てるかもしれない。だが、次に思い当たった機体は、もうこの世にはないアレだ。
「黒い……『白騎士』」
「やっぱりそう思うかい?」
「ええ……」
「あの事件の機体にフォルムが似過ぎている。テンペスタⅡとはまったく別物だ」
映像で見たことのあるだけの、世界で初めてのインフィニット・ストラトスに良く似ていた。
「ヨウ君、あのね」
それまで押し黙ってた玲美がオレの傍まで来て口を開く。
「ん?」
「私が起動したときに、視界にウィンドウが浮き上がってきたの。文字の意味がわからなくて、ひょっとしたらヨウ君ならって」
「なんて文字?」
「『ルート2、進行中』……って」
思い当たる単語がオレの記憶には無い。前世でこの世界の成り行きと行く末を、一部とはいえ深いところまで知ってるオレだが、引っかかる物がない。
ただそれとは別に最近、どこかで聞いた気もする。
「すまん、オレにもわからん」
「そっか……なんかすごい嫌な単語だなって、思って」
「嫌な単語?」
「ううん、何でもない」
「何だよ……気にかかるじゃねえかよ……」
「ホントに何でもないから、うん」
その言葉は、オレではなく自分に言い聞かせているかのように思えた。手を振る玲美の表情が、これ以上聞かないでと物語っている。無理強いは出来ないな、それじゃ。
「国津博士、こいつ、名前とかつけたんです?」
話題を変えるように、わざと明るく尋ねてみた。
「一応、所長がつけるって。ベース自体はテンペスタⅡだし」
「何て名前なんです?」
「神楽ちゃん、結局、所長は何にしたんだい?」
博士自体も知らないらしく、首を捻って入口に立っていた神楽に尋ねる。ここの所長は神楽の父親だから、先に聞いてるようだ。
「はい、玲美が見た『ルート2』という単語にしようかと思ったみたいですけど結局、あちらの方に」
「あちら?」
「イタリアの機体なので、イタリアに関連した言葉で」
「ってことは、あんまり良い名前じゃないね」
「ええ」
訳知り顔で国津博士が苦笑いを浮かべる。それ以上は喋る気は無いようで、少し困ったような目で黒いISを見上げていた。
「神楽、何て名前になったんだ?」
とりあえず、名前ぐらいは知っておきたい。何せオレの持ち込んだ謎のISコアを使って作った機体だ。
「便宜上ですが、この機体は……」
「うん」
神楽が一つ息を飲み込み、少し間を取ってからゆっくりと口を開いた。
「テンペスタⅡ・ディアブロ、と呼ぶことに決まりました」
日曜日の朝、四十院研究所の近くにあるホテルのロビーにあるソファーでメールを打っていた。
送信先は一夏である。急な仕事で行けないから、箒の相手をよろしくと送る。
あと素振り用の木刀とプラモを買うためのデジタルギフトカードのIDナンバーも付け加えておいた。一夏の収入源は謎であるが、オレは一応、研究所から幾ばくかのお手当を頂いてる身だ。これぐらいの出費は何ともない。
しかし、一夏と箒で出かけるのか……。
「うわ、すっげぇ不安になってきた!」
思わず頭を抱える。悪い予想しか浮いてこねえ。一夏のヤツ、買ったばっかの木刀で殴られたりしねえよな……。
一応、様子を覗きに行きたいところだけど、オレは今日は元々、予定が詰まってるしなぁ……。
「おはよー、どうしたの? 朝から頭抱えて」
顔を上げると、理子と玲美が立っていた。二人ともラフなジーンズ姿である。
「世界の行く末が真っ暗だって思い知ってたところだ。おはようさん」
「あははっ、なにそれ」
「はよーん」
「んじゃメシ食うかー」
三人で連れ添って、ホテルの一階にあるガラス張りのカフェに入る。
「神楽は朝も早くからお客様対応か。誰が来てるか知ってる?」
朝食はバイキング形式らしく、トレイに皿を乗せて、三人で思い思いの朝食を作っていく。
「うん、知ってるよ。デュノアの人らしいけど」
全種類持っていくんじゃないかって勢いで、理子のトレイにパンが乗って行く。バイキング用の小さなパンとはいえ、そりゃ食い過ぎじゃあるまいか……。
「デュノア? 何でまた」
玲美は玲美で、朝からフルーツ盛り沢山だ。
「推進翼関連だよ。社長自ら来てるみたい」
三人とも朝食の準備が出来たので、窓際のテーブルに座って食事を口にし始める。
「やっぱり、メテオブレイカー事件が効いてるみたいだよ」
理子がパンを千切りながらオレに言う。
「効いてる?」
「あれ、マッハ3を超えちゃったからね、テンペスタ。色々なところで噂になってるみたい」
「へぇー……」
「しっかしよくあんなの制御出来たね。ログデータ見てて、あたし、びっくりしたよ。推進翼の制動速度コンマ二千分の一以下だったし」
「う、ううむ。もう一回やれと言われたら、出来ない気がするぜ……」
まあでも、オレが頑張って、それがお世話になってる四十院の商売に結び付くなら、悪いことじゃない。
……現在、オレが頑張って、256ページの反省文を書いてるのだって、その礎になるのなら、悪いことじゃない……。
「でもデュノアってことは、シャルロットのお父さんとか来てるのか?」
「へ?」
「いや、社長令嬢だろ、あの子」
少なくともオレの記憶じゃそうなんだけど……。
だが、理子はオレに小馬鹿にしたような表情を向ける。
「情報遅れすぎてるんじゃなーい?」
「うわ、その顔すげぇムカつく。遅れてるって何がだよ?」
「デュノアはフランス国内のファンドに買収されて、今はヨーロッパ資本の財閥の傘下だよ。前社長のデュノア氏は諸々の事情で更迭」
「ま、マジか……。初耳だわ……。じゃあシャルロットは結構、危うい立場なんだ」
「どーだろ。まあ色々とやらされてるみたいだけどね。あ、そうだ」
理子が急に席を立って、カフェのレジ近くにあったブックスタンドから雑誌を持ってくる。
「今日発売のストライプス。載ってるよん」
IS専門誌『インフィニット・ストライプス』だ。機体よりはパイロットに光を当てた、半分ぐらいアイドル雑誌みたいな紙面作りをしている。
「ほら、このページ。宣伝塔としては働きはじめたみたいだねー」
「どれどれ」
カラー見開きのページには、可愛らしいミニスカート姿のシャルロットがポーズを撮っていた。
「……可愛いな」
うむ、可愛いぞコレ。なんだ天使か。
「……あ、そ」
玲美の目が超冷たい。
「い、いやほら、グラビアとして可愛いという意味だぞ。別に深い意味はない。そもそも毎日会ってるだろ、うん」
「へぇー」
「お、こ、こっちはセシリアまで載ってるな、新世代特集かー、お、鈴だ。あいつも普通にしてりゃ可愛いのにな」
他にも他国の代表候補生が何人か映っていた。みんな、可愛らしい格好をして、笑顔でポーズを決めている。
……おのれ一夏め。昔、弾や数馬と結成した五反田しっと団を思い出すぜ……。
箒を始め、鈴やセシリア、シャルロットにラウラ。まあついでに更識姉妹もだけど、かなり可愛くてすごく美人だ。
とはいうものの、オレの中で女の子として意識することがない。そこにいるのに存在している気がしないのだ。たぶん、オレの出生というか境遇がそうさせるんだろう。
ジーっと目の前の玲美を見つめる。
こいつや隣にいる理子、それに神楽なんかも可愛くて美人だが、一夏の周りにいるヒロインズと違って普通の女の子として意識できる。不思議なものだ。
「そんなに見つめても許しません!」
「何をだよ……」
「何でも!」
ふと小さな笑いが零れてしまう。
意外にも普通の高校生をやっている自分がいる。二回目の人生だというのに。最近じゃたまにしか一回目の人生しか思い出さない。
今やオレは二瀬野鷹として生きている。
だから、二瀬野鷹としての責任もある。
「さて、研究所の方に行くか」
「ふーんだ。一人で行けば?」
怒っちゃったよ……。
こんな感じで、本当にIS学園で高校生をやっている。
だから一夏と箒もまあ、今日ぐらいは高校生やっててくれると嬉しいんだけどな。
夜、寮に戻ってきて、自分の部屋に向かって歩いていた。
さて、プラモと木刀はどうなったかな、と……。
一夏と箒のデートが無事済んだか、という意味でもプラモと木刀の行方は気になる。
曲がり角を曲がって、自分の部屋の前に辿り着いた。
「お……おおおおぉぉぉぉ!?」
真新しい光沢の木刀が、直したばかりのドアに、垂直に刺さっていた。
「どうなってんだ、これはぁぁぁぁ!? おい一夏ぁぁぁぁ!!!」
勢い任せに木刀を抜いて、ドアを勢いよく空けた。
「よ、ヨウ」
床に倒れ込んだ一夏が、苦しげに手を伸ばす。
「一夏……?」
「す、すまん、俺は……もうダメだ……」
「おい、一夏! 一夏、しっかりしろ、一夏!」
駆け寄って体を抱き起こすが、目に力がない。
「く、くそ」
「言うな、わかってる、オレはわかってる」
「……俺が……悪いのか?」
ふるふると首を横に振る一夏。
とまあ、小芝居はここまでにしといて。
「まあもちろん、お前が悪いってことになってるんだけど」
「……納得いかねえ」
勢い良く一夏が立ち上がった。顔には拳の跡がついている。
「箒にやられたのか?」
「おう……」
「二人で買い物に行ったんじゃないのか?」
「あ、ああ……ちゃんと買い物はしてきたんだけどな……なんでか部屋についたところで、急に怒り始めて」
「何て言ったんだ?」
「いや、なんか元気なかったから、ちょっと部屋でお茶でも飲まないかって誘ったんだよ。心配だったからな」
「ほうほう」
「そして部屋に着いたんだけどな、あれ」
「あれ?」
一夏に促されて、コイツが使っているベッドに目を向けた。
ラウラ・ボーデヴィッヒが寝てた。シーツを被って気持ち良さそうに、寝息を立てている。
「あー、うん。一夏、確かにお前は悪くないけど、お前が悪い」
「そ、そうなるのか?」
「同情すべきところは多数あるけど、なんつーか、おつかれ」
「お、おう」
とりあえずオレは大きなため息を吐いて、部屋から出て行こうとする。
「どこ行くんだ?」
「とりあえず、そいつを起こせ。あと、この部屋にはもう一人男がいることをちゃんと理解させろ、いいな?」
「悪いな……なんか迷惑ばっかかけて」
「気にすんな」
だって、シーツで隠れてるけど、あれ、どう見ても裸だもんな……。その辺に服落ちてるし。
面倒事になる前に逃げよう。さすがに女の子の裸を確信犯で見ようと思うような信条はない。
ドアを閉め、木刀を肩に担いで食堂に向かう。晩飯はまだだった。
「ら、ラウラ! なんで裸なんだよ!」
一夏の悲鳴に似た抗議の声が聞こえた。
……なんで気付かないかなぁ。あいつ、裸が見たいために、わざと気付いてない振りしてるんじゃねえだろうな……。
次の日の朝、目を覚ますとそこは廊下だった。
「なんでオレ、こんなところで寝てるんだ?」
キョロキョロと見回したあと、自室のドアノブを握る。その瞬間、中から、
「ら、ラウラ! だから俺のベッドに裸で潜り込むな!」
と泣きそうな叫びが聞こえてくる。
「なぜだ? お前は私の嫁だぞ。本国でも言っただろう、男の腕の中で寝るとよく眠れると聞いた、と」
「だからそれはお前の勘違いで、それにヨウもいるんだぞ? 昨日も言っただろ?」
「大丈夫だ、二瀬野は服を脱ぐ前に廊下に捨ててきた」
「おい!?」
そろそろ怒っていいのかな、オレ。
廊下の窓から外を見上げれば、空は清々しいほど青かった。だというのに、朝から大きなため息が漏れる。
とりあえず食堂に行こう。携帯端末は中だし、腕時計もないから時間すらわからん。
欠伸を噛み殺しながら、二度寝するかどうか悩みつつ重い足を食堂へと進める。
今日もIS学園の一日が始まった。
授業を終え、ISの自主練習のために操縦専用のスーツに着替え、ロッカーを閉める。
「もう慣れたか? この学校」
隣で同じようにロッカーを閉める幼馴染とやらに尋ねる。
「まあな。ちょっと女子ばっかりってのがやっぱりツラいな」
「黒兎隊も女ばっかりだったんだろ?」
二人してゆっくりと歩きながらグラウンドへ向かう。授業のときはダッシュで走ってるが、今は放課後なので走る必要はない。
左目についた眼帯に触れながら、一夏が苦笑いを浮かべた。
「あそこは仮にも軍隊だしなあ。ここまで女子校みたいなノリは……いや、あったかも」
「あ、そう……」
こんな感じで世間話をしながら5分ほど歩き、ようやくグラウンドに辿り着く。
何か様子がおかしい。
いつもどおりなら、打鉄を借りている生徒たちが、それぞれの邪魔にならないように散らばって鍛練に励んでるはずだ。しかし今日はグラウンドの真ん中に人だかりが出来ている。
「どうしたんだ?」
「さあ?」
一夏も不審に思ったのか、人だかりまで小走りで近づく。
そしてその最後尾に辿り着くや否や、聞き慣れない声がオレたちのところまで届いた。
「やあやあ、いっくん、久しぶりだねー、一カ月ぶりぐらい?」
能天気な、間延びした口調の言葉を合図に、声の主とオレたちの間にいた女子が道を開ける。
「た、束さん?」
篠ノ之束。インフィニット・ストラトス開発者にしてISコアを製造できる唯一の人間。そして、篠ノ之箒の実の姉だ。
長い髪と大きな垂れ目が特徴的な、見た目だけは優しそうな女の人である。頭の上には兎の耳を模した機械が乗っていた。
「どうしたんです? こんなところに……」
「いやいやいや、なーんか、IS同士の試合があるんでしょー? だから可愛い妹のために、束さんお手製のISを持ってきて上げたのさー」
「へ?」
よく見れば、ISスーツを着た箒がキャリーに乗せられた赤い物体の前に立っている。
チラリと一夏の方を見たが、すぐにばつが悪そうに視線をISへと戻す。
……アレがそうなのか。箒の専用機として生まれた、展開装甲とエネルギー増幅機能を持つ最強の一角。他のISもそうだが、実際に見るとどれも大きく感じる。
「束さんお手製って、わざわざ作ったんです?」
「そうそう。愛しの箒ちゃんのために、お姉ちゃん頑張っちゃったんだー。もう愛のなせる技だね、ブイブイ!」
「へー……」
「これの特徴はリアルタイム・マルチロール・アクトレス、もう何でも出来ちゃうすっごい機体なんだ! 色々と新しい技術を詰め込んだ第四世代なんだよね! どうどう?」
「えっ!?」
篠ノ之束の言葉に、集まっていた生徒全員の息が止まる。
ISは、各国が全力を持って作っているもので、現状では第三世代機すらまともに運用できてないのが実情だ。だからみんな、驚いてるんだろう。
しかし、何かオレの知ってる話よりだいぶ前倒しで進んでる気がする……。いや、オレがいる時点でもうおかしいんだけどさ。
「さあさあ、いっくんも近づいてミソラシド! これが束さんお手製第四世代機」
篠ノ之束のバカバカしい口上に、いつのまにか全員が飲みこまれていた。芝居がかった間の後に、IS開発者の口元が邪悪に歪む。
「白と並び立つ者、その名も、紅椿」
*どうでもいい解説
鷹「亡命させておくんだった……MIGだけに」
→ベレンコ中尉亡命事件
私のもう一つの作品『西の地にて』を読んでると、ちょっとだけ面白さが増えるかも(宣伝)