ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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13、パーティング・ライン

 

 

「えへへー、この新装備、私が考案してたんだー。採用してもらえて良かったー」

 放課後の第二グラウンドの中央で、岸原一佐の娘でクラスメイトの理子が得意げに胸を張った。ちょっと小さな体躯とオーバーアクションが可愛らしい小動物のような印象だ。

 昼間にISを格納庫に預けている間、四十院の人たちがインストール作業を行ってくれたそうだ。説明に関しては全部、この理子がやってくれるって話だ。一応、整備希望って話だったしな。

「しかしこれ……新装備……」

「うん、新装備!」

 今現在、部分展開してるテンペスタの腕で掴んでいるのが、どうやら新装備とのことだ。

「これ、棒じゃね? ただの金属の棒じゃねえ!?」

「そう、斬新でしょ!」

 そして発案者の岸原理子様が得意げに薄い胸を張っていらっしゃる。薄いとか言ったら殺されるが。

 しかし用途が全然わからん新装備だ。どう見てもただの合金製の棒にしか見えん。

「あー、あれか、これで殴ると電撃が流れるとか!」

「流れないよ?」

「じゃああれか、展開装甲か。これ、戦うときには変形するんだ。やったね、一気に第四世代機だね!」

「そんなわけないじゃん」

 何度見ても、ISの身長と同じぐらいの高さの棒に、垂直に持ち手をつけただけにしか見えない。直径は10センチぐらいか。色々と視界ウィンドウから内部データベースを探ってみたり、手でペタペタと触ってみたが、やはり棒以外の情報を手に入れられなかった。

「……え? ホントに棒?」

「うん、棒」

「そっかー……ただの棒かぁ……」

 そうじゃないかなーって思ってたんだよなー。

「ってホントに棒かよ!」

 思わず地面に叩きつけてしまった。

「だからそう言ってるじゃん。取っ手をつけて、前に突き刺しやすいようにした棒だって」

「ローコストにも程があんだろ!?」

「なんせ金属ブレードの十分の一の容量で済んだからねー。おかげでラピッドスイッチ並の速度で出せるよ、ラッキーでしょ。成型も安く済んだし、四十院のオジサンに褒められちゃった」

「なにこれ、オレに棒術でも覚えろっての?」

「ううん、使い方は簡単だよ。前に向けて突撃するの。細かい動作が苦手がヨウ君にもぴったり! ばっちし! やったね!」

「簡単すぎるだろ! いやオレでも使えるけれど、そうだけど!」

「着想は、あれからだねー」

 理子が指差した方向を見れば、ISスーツを着たシャルロットがこちらに歩いてきていた。今日から会社命令でのタッグパートナーだ。

「でもなんでシャルロットから着想を? ラファール・リヴァイヴってことか? どういう意味だよ?」

「これでも危ないから、先っぽも丸くしたんだよね」

「なあ理子、話聞いてくれてますか? 意外に超威力なのか?」

「ううん、これ自体には何の威力もないけど? だって棒だし」

「ああもう、ホントにまったく意味がわからん……」

 のんびりとした速度でオレたちの元に辿り着いたシャルロットが、

「どうしたの? 二人して」

 と可愛らしく小首を傾げながら尋ねてくる。

「理子が考案したっていう新兵装がさ、ただの棒で困ってるところだ」

「もー、ヨウ君察しが悪いなー。シャルロットならわかるよね。これはヨウ君しか真価を発揮できない棒なんだよ」

 いやいや、いくらシャルロットでもわからんだろ、だって棒だぜ?

「あー、なるほど」

「え? わかんの?」

「うん、何となくね。これって着眼点は僕の装備と一緒だよね?」

 訳知り顔で理子に尋ねると、相手は嬉しそうにウンウンと頷いて返答する。

「お、さっすがー! そっからアイデア盗みました!」

「あはは、お役に立てて良かったかな。でも、随分と威力を落としたんだね。まあ確かに危なそうだけど」

「ホントは先っちょを尖らせて大きくしてあげようかなって思ったんだけどね。まあこれぐらいで良いかなって」

「素材は?」

「WBN(ウルツ鉱型窒化ホウ素)」

「う、うわぁ……さすが財閥……」

「ロンズデーライトはさすがに無理だった。ISだから持てるって感じかなあ」

 うん、二人が何を話してるかさっぱりだ。

「そろそろ種明かししてくれよ理子」

「えー? 仕方ないなあー。今度、何か奢ってね?」

「お、オーケー。食べ物で頼む」

「デル・レイのチョコ食べたい」

「……何個食う気だ?」

「20個は行きたい」

「6000円コースじゃねーかよ……ま、まあいい。とりあえずは用途を教えろ」

「商談成立! それじゃ教えてあげるね。これはパイルバンカーだよ」

「はっ?」

 思わず手元の棒を見上げる。いや、何回見ても、どこにも射出装置がついてないんだが……。

「ヨウ君のテンペスタが最高速度でマッハを超えてるってことは、もう弾丸みたいなものだからね。だから、もう撃っちゃえ的な?」

「オレ自身がこれを持って突っ込め、と……」

「そういうことー。世界最高速のIS型パイルバンカー二瀬野鷹君ってわけ。名前はレクレスにしといたから」

 理子が含み笑いを浮かべる。それを聞いたシャルロットも隣で口を押さえて笑いを堪えていた。

「レクレス? どういう意味だっけ」

「秘密ー。でも使い方次第だと思うから、大事に使ってね」

「使い方も何もあったもんじゃねえけどな。了解した。ありがとな、理子」

 レクレスという名の突撃兵器(ただの棒)を量子化して仕舞う。とりあえず練習とかは必要なさそうだしな……。

「どういたしまして。じゃあアタシは行くね。シャルロットも試験型推進翼のテスト、頑張ってねーん」

「うん、ありがとう」

 意気揚々と歩き去っていく理子を見送った後、隣のシャルロットと視線を合わせる。

「んじゃ今日からしばらくの間、よろしくな」

「うん、こちらこそ」

 軽く握手をしてから、周囲を見回あ。タッグトーナメントが近づいてるせいで放課後は混雑しているが、練習する場所ぐらいは確保できそうだ。

「ラファリヴァ用の試験型推進翼は?」

「変わった省略の仕方だね……今日の朝一から、デュノアと四十院のスタッフが入ってやってくれたよ。国津さんのお母さんは美人だね」

「ママ博士か。頭良くて美人だし、この間は弁当作ってきてたんだけど、食わせてもらったら超上手かった」

「優しそうな人だよね」

「んだな。あれでミスると手厳しく指示が飛んでくるから、オレにとっちゃ頭の上がらない人の一人だわ」

 肩をすくめながらオレが言うと、爽やかな笑いが返ってくる。その雰囲気はやはりどこか中性的で、確かに女っぽい顔立ちの小さな男の子と言えなくもない。

「それじゃちょっと出してみるね」

「了解」

 ISの展開はすぐ近くにいると危ないので、少しシャルロットから距離を取る。

 一瞬でオレンジ色のラファール・リヴァイヴ・カスタムが現れた。その展開の手際は、さすが代表候補生ってところだ。

「あれ、推進翼は?」

「今出すよ」

 再び光が漏れて、ISの背中に二つの推進翼が現れる。よく見れば肩にあるデフォルトの推進装置は外してあった。

「インストール型かぁ」

「一応、元からデチューンした物を汎用パッケージでも開発してたみたいだね」

「さすが第二世代機としか言いようがないな。んでどうする?」

「いつもはどういう練習してるの?」

「オレは飛ばずに動かしてる」

「え? 飛ばないの?」

「だって飛んだら帰って来ない自信あるし」

「あははっ、そういうことね。じゃあちょっとお手本見せてくれるかな?」

「おっけ」

 オレも同様に腕と足のみの部分展開状態から、フル装着状態へと移行し、同時に背中の推進翼を後ろ上方へと跳ねあげる。

「へぇ……あれ、ちょっと形変わった?」

「少しだけな。出力上げたらしい」

「マッハ3記録したのに、まだ上げるんだ」

「オレもそんな必要ないと思うんだけどな。あのときは無我夢中だったし」

「普段の練習は?」

「こんな感じ」

 促されて、オレは突っ立ったまま、推進翼と尾翼をバラバラに動かしたり、お互いが干渉しないようにグルグルと回してみたりする。

「……すごいね」

「何が?」

「前に授業で戦ったときも思ったんだけど……よくそんなに動くよね」

 そういえば何か怪訝な顔してたな、あのときは。

「まあ、これだけしかしてないからな。普通の動きをすると、誰からも『下手くそ』ってなじられるんだが……」

「う、うん、それはちょっと思ってるけど」

「や、やっぱりか」

「……ね、IWSの症状とか出てないの?」

 IWSってのは、IS乗りがかかる職業病みたいなもので、ISを外しても装着したままの感覚が残ってる病気だ。ISと人間では足の長さが違うので階段を踏み外したりなど、意外に危険な症状が起こる。正式名称は『不思議の国のIS症候群』だ。

「オレ? 全くないけど」

「そうなんだ……」

「なんで?」

 深刻そうに考え込む姿に、一抹の不安を覚える。なんでIWSと思ったのか。オレの日常生活といえば、右目の視力がほとんど無いことと、左腕の触覚がほとんど無いぐらいで……あれ、意外に問題ありだな……。

「ヨウ君、人間に翼は無いんだよ」

「そりゃそうだろ」

 何を言いたいんだろうか……頭が良すぎる人の言うことは、ときに凡人にはわかりづらくて困る。

「それで、どうやって動かしてるの、それ」

「だから、こうやって」

 バサバサと鳥が羽ばたく真似ごとをしてみる。

「ブルーティアーズのビットみたいな感覚なのかな……ううん、そんなはずはないよね。だってイメージインターフェースを利用した武器が搭載されてない第二世代型なんだし」

 ブツブツと呟き始めるフランス代表候補生。

「うーん、やってみれば意外にシャルロットも出来るんじゃないか? オレよりは筋良いだろ」

「そうかなぁ。ちょっと自信ないかも」

「シャルロットに自信ないとか言われると、ちょっとオレが天才なんじゃね? って勘違いしちゃうだろ。やってみようぜ」

「じゃあ了解、やってみるね」

 今度はシャルロットがラファールの背中に生えた翼を左右に開閉し始める。

「いや、普通に出来てるじゃん」

「腕は動かしてないからね。でもまあ、これぐらい出来れば良いのかな。通常装備の推進翼もこれぐらいしか動かないし」

 よし、オレがやっぱりボンクラだと理解できたぞ。何を教えろっていうんだ、この天才に。

「んじゃ飛んでみるか?」

「そうだね、せっかくだし」

「オレはここで見てるよ」

「うん、じゃあ行ってくるね」

 シャルロットの推進翼に火が入る。青い粒子をまき散らしながら、上方へ飛び上がった。一瞬だけバランスを崩したが、すぐに体勢を立て直し、上空を旋回し始める。

「初めてなのに綺麗に飛ぶもんだ」

 グラウンド上空を高速で旋回しながら飛び回る姿は、まさに『疾風』だ。

 何でも出来るヤツは良いよな、と他愛のないことを考えてしまう。

 一方のオレはというと、いつもどおりに地面で長い翼をバタつかせている。好きでやってることとはいえ、地味にも程がある。

 周囲を見渡せば、いくつかのグループが打鉄を借りて、交代で乗り換えながら練習していた。みんな、タッグトーナメントに向けて、気合いを入れているようだ。

 オレたち専用機持ちはいい。いつだって練習できる。だが他の生徒たちはそれなりの手順を踏んで順番待ちをしてようやくISの自主練習が出来るのだ。限られた時間を使ってやるしかない。

 世の中が平等だったことはない、とヤツは言う。それはそうだろう、間違っていない。平等じゃないから、オレはここにいることが出来ている。

 だからって、他人の努力をわざわざ踏みにじる権利が誰にあるってんだ。

 興味本位でオレたちの努力の結晶を砕きに来るゴーレム。それを事前に察知し、打ち砕けるのはオレだけだ。

 出来ればタッグトーナメントだけでも継続できるように、何か手を考えないとな。

 

 

 ……後で調べたんだが、レクレスって『無謀』って意味じゃねーかよ、理子め……。

 

 

 

 

「どしたんだ一夏?」

「いや……」

 練習を終え、寮の廊下を歩いていると、一夏が自分の部屋じゃない扉の前で困ったように考え込んでいた。まだ制服から着替えてないところを見ると、ずっとここにいたらしい

「誰の部屋?」

「……箒の部屋だ」

「そういや今日、学校を休んでたな。なにアイツ、引きこもってんの?」

「返事もないんだよなぁ」

 一夏が困ったなぁと頭をかく。

 ……そこまでオレを殺しかけた件を気にしてんのか。いや、まあ普通は気にするか。

「オレが気にしてないのに、何でそこまで気にしてんだよ、アイツ。構ってちゃんか」

「たぶん、自分を許せないんだろ。……オレも気持ちはわかる」

 一夏がそう呟いて、左目の黒い眼帯を正す。

 オレと一夏の分岐点。

 誘拐事件と、それを事前に知っていて阻止しようとしたが、失敗したオレ。

 一夏がドイツから戻ってきてからも、お互いまだそのことには触れていない。立ち入り禁止区域を遠回りにするように、オレたちは会話に上げていなかった。

 黙ったままオレが突っ立っている横で、一夏は言葉を続ける。

「……でも結果がどうあれ、戦いたいって思った気持ちは否定しちゃいけないんだ」

 その答えが どの設問を語っているのかはわからない。

 きっと、こいつがドイツに行って手に入れた回答なんだろう。

「ヨウ、悪いけどメシをここに持ってきてくれ。待つよ、出てくるまで。パートナーだしな」

「……待つのか」

「ああ。きっと、色々と聞きたいことはあるんだけどな。でも、オレには質問の仕方がわからないんだ、まだ」

 誰に対しての質問なのか。

 いや、こいつのことだから、今は箒のことで頭が一杯なんだろう。だから、オレへの問いじゃない。

「二人分でいいか?」

「頼む」

「わかった。んじゃテキトーに持ってくるわ」

 そのまま一夏を置いて歩き出す。角を曲がる前に一度だけ、一夏の方を見た。扉とは反対側の壁にもたれかかって座っている。長期戦覚悟なんだろう。

 仕方ないので、食事を三人分持ってくることにした。

 オレも大概、付き合いが良いよな、ホント。

 

 

 というわけで。

 箒の部屋の前でプチ宴会が始まりました! わーぱちぱちぱちぱち!

 参加者はオレ、一夏、鈴、シャルロット、ラウラ、セシリア、玲美、あと遠くで更識簪が見守っていた。いる意味あんのかよお前。

 オレや一夏はそのまま床に座り、女子連中のためには寮の倉庫にあったシートを持ってきてやった。誰かが花見でもしたんだろうか。

「あ、織斑君の、ちょっと良いとこ見てみたい」

「待て待て待て、500ミリとはいえコーラの一気飲みは無理だ、無理無理無理」

「えー? 黒兎隊はこれくらい余裕だよなー? ねえ少佐殿?」

「ああ、黒兎隊の一員である一夏なら、これぐらいはやってくれるに違いない。信頼してるぞ一夏」

「そんな信頼いらねぇ!?」

「ほら一夏、さっさとやんなさいよー」

「織斑君頑張って!」

「クソっ、ヨウ、ラウラ、覚えてろよ!」

「はーい、腰に手を当てて! いっき! いっき! いっき!」

 オレと鈴と玲美の手拍子に急かされ、一夏がダイエットコーラの蓋を開ける。プシューっと勢い良く炭酸が吹き出す。

 慌てて一夏が口をつけ、腰に手を当てて、喉仏を鳴らしながら飲んで行く。シャルロット、ラウラ、セシリアの三人は、そこに釘付けだ。

 ごふっ、という不吉な音と共に一夏がペットボトルを外しそうになるが、鈴が咄嗟に察知し、

「ほら、そこまで行ったなら最後まで行きなさいよ!」

 と無理やりペットボトルを抑える。

「うわ、鈴、鬼だな!」

 と言いつつも、オレもゲラゲラと笑っていた。

 顔を青くしながらも、一夏は何とかコーラを飲みほしてペットボトルを口から外す。

「さすが一夏だ」

 ラウラがうんうんと頷きながら賞賛している。

 セシリアはノリについていけないのか、半分ぽかーんとしていながらも、立ち上がる様子はない。

「うっ、生まれる」

 そんなセリフを吐きながら、一夏が遠くまで走っていった。20メートルぐらいまで距離を取ってから、明後日の方向を向いて盛大にげっぷを吐く。

「一夏、きたなーい!」

 鈴とオレが指差してゲラゲラゲラと笑いものにすると、一夏が恨めしそうにこっちを見て、

「く、くそ、お前ら、手加減しろよ」

 と呟いた。ざまぁみやがれ。

「織斑君、おっとこまえー!」

 玲美も悪乗りしてパチパチと拍手している。

「こ、これが日本のパーティですの……?」

 上流階級育ちが、信じられないと首をふるふると横に振っていた。その隣のシャルロットは苦笑いをしているが、二人ともどこかに移動する気はないらしい。

 口元を袖で吹きながら、一夏がフラフラと戻ってくる。

「ったく、お前らは変わらねえなあ」

 文句を言ってるが、どことなく顔は嬉しそうだ。そのまま同じ位置にドカッと勢い良く床に座る。

「そういや一夏ってばさー、小学校の頃さー」

 思いついた昔話というか笑い話を披露しようとすると、当の本人以外がグッと擦り寄ってきた。

「おいヨウ、何を話す気だ?」

「いや、織斑君の恥ずかしい話をだな」

「待て待て待て。どれだ、どの話をする気だ?」

「どれがいい?」

「どれもやめろ!」

「じゃあ一個だけ。いくつか候補を上げるから、どれを聞きたいか、みんなの多数決で決めるわ」

「おまえ、オレの話聞いてる?」

「いや聞いてない。んじゃ選択肢を言ってくぜー、一番、小学校の授業中に織斑君が先生を『お姉ちゃん』って間違えて呼んじゃった事件」

「選択肢で概要を全部話してるじゃねえか!」

 冗談めかしてオレの襟首を掴んでくる。

「一夏ってば、かわいー」

 シャルロットがほんわかと笑っている。

「ふむ、私は今でも織斑先生を間違えて教官と呼んでしまうな」

 そういう話じゃねーから。微妙にズレてるから。

「ま、まて、それぐらい誰にだってあるだろ?」

「あるあるー」

 一夏の抗弁に一般的な日本人の玲美が笑いながら同意する。だが、次はどうかな!?

「二番、織斑君がウチの母親を尋ねてきて、『お、女の人の下着ってどうやって洗えば良いんですか!?』って聞いちゃった事件!」

「待て待て待て待て、ホントにやめてくれ、マジでやめてくれ!」

 途端に全員が一夏から、少し身を遠ざける。

「おいみんな、違うんだ、ち、千冬姉のを洗濯をしようとしてだな、さっぱりわかんなかったから、とりあえずヨウのお母さんにだな」

「そ、そうなんだ」

「生温かい目をするのをやめろ鈴!」

「じゃあ三番!」

「ヨウ! 頼むからやめろ、やめてください!」

「こ、これがジャパニーズ・ドゲザですの……なんて男らしい」

 まあ男のプライドが賭けられているからな。

「でも意外だね、一夏にもそんな可愛い頃があったなんて」

「ですわね……その頃に会いたかったですわ……」

 ほぅ、とここではないどこかへ思いを馳せるシャルロット嬢とセシリア嬢。

「まあ、あたしは結構昔から知り合いだし、写真ぐらい持ってるわよ」

 薄い胸を得意げに逸らす鈴に、ラウラたちが恨めしそうな視線を向けた。

「小さい頃の写真あるぜ? データは部屋のサーバにあるし。この携帯で呼び出せ」

 と言い終わる前にラウラに端末を奪われた。

「どれだ?」

 勝手に端末を操作し始めるので、奪い返す。

「どれだ、じゃねーよ、返せ、あとでちゃんと渡すわ。一人一枚な」

 オレの声に外人組の顔がぱぁっと明るくなった。

 納得行ってなさそうな一夏の顔が見えるが、こんぐらいは渡してやっても構わないだろ。

「しゃ、写真くらいなら、まあ……」

 本人も渋々と許可を出してくれた。

「んじゃ三番の事件に関連した写真をだな」

「待って、やめてくれ、ホントに。何でも言うこと聞くから」

 本気で泣きそうになりながら一夏が止めてくる。

「あ、ねえねえ織斑君、ヨウ君は何か無いの?」

 オレの隣に座っていた玲美が、興味津々に尋ねた。

「え、コイツ? コイツは……なんか本読んでた」

「へー、ってそれだけ?」

「うーん、意外に恥ずかしい話無いな、言われてみたら。鈴、なんかあるか?」

「あたし? そういえばヨウの恥ずかしい話って無いわね」

 まあ二回目の人生だしな。そうそう隙のある話はないぜ。小学校で脱糞するときは職員用を使ってたからな!

「今思い出してみれば、暗いヤツだったわね。本読んでばっかりだったし」

「うっせ」

「そいやアンタ、オタクっぽかったわ。しかも男のくせにIS関連ばっか読んでたし。小学校のときから小難しい本持ってて」

「マジでうっせー」

「つまんない男よね、アンタって」

「うっせー。お前の恥ずかしい話もバラすぞ?」

「ちょ、待ちなさいよ。ま、まあ、あたしは油断も隙もない女だから? 恥ずかしい話はないはずだけど?」

 腕を組んでそっぽを向く。いや油断も隙もないの使い方、間違ってるだろ。

「本当はどうなんですの?」

 セシリアが意地悪そうな笑みでオレの話の乗ってくる。

「あれは小学校6年のときだったかな」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「おい苦しい、ギブギブ!」

 オレが鈴に首を絞められている横で、一夏がポンと手を叩く。

「六年のときって、あの話か」

「い、一夏ぁ!?」

「あれは笑ったなあ」

「待って、待ちなさいよ!」

 こんな感じで実に騒がしく、箒の部屋の前でしばらく騒いでいると、ドアがガチャリと開く音がした。

 全員が音の方を向く。

 そこには制服姿の箒が立っていた。

 が、全員がスルーして、

「鈴の話聞かせてほしいなー」

「お猿さんのような方ですもの、その生態に興味がありますわ」

「ふむ、他の代表候補生の過去というものは面白そうだな」

「鈴ちゃんって、昔っから可愛かったんでしょー?」

「いや、小生意気っつーか」

「ヨウ、アンタ殺す、絶対に殺す」

「鈴の恥ずかしい話か。オレも結構知ってるかも」

「一夏を殺して私も死ぬ!」

 と盛り上がり続けていた。

「む、無視をするな!」

 たまりかねた様子で箒が怒鳴り声を上げる。

「ん? どした箒」

「タカ、お前か、またお前の小細工か!」

「いや、普通に盛り上がってしまって」

 ゴメンネ、と舌を出す。

 全くもって嘘はついてない。オレと一夏が昔話をしながら廊下でメシを食ってると、色々と人が集まってしまっただけだ。

「天岩戸でもあるまいし!」

「だよなーアマテラスってほど後光もないしな、お前。どっちかつーとヤマタノオロチ?」

 オレの言葉に、一夏がプッと吹き出す。怒りで髪の毛が逆立ってるところなんてマジでオロチ。あと酒に弱い。

「と、とにかく私を部屋から連れ出そうとしたんだろう?」

「いや? なあ一夏」

「悪い、正直、最初の目的は忘れて普通に盛り上がってた。すまん」

 男らしくペコリと頭を下げる。うん、素直でよろしい。

「キ、キサマら!」

「あ、そういえば箒といえばさー、小学校三年のときにさ」

「お、あの話か」

「待て一夏、何の話だ」

 慌てて一歩踏み出してくる箒の体は、完全に岩戸……じゃねえ、部屋の外に出ていた。

「お前がガキのくせに突きの練習してて、間違えて近所のオジサンのケツを」

「やめろ、本当にやめろ!」

「オジサン泣いてたぞ」

 一夏がうんうんと感慨深そうに頷く。

「痔だったらしいぞ、あのオジサン」

 この実にどうでも良い情報はオレのだ。

「私はちゃんと謝ったぞ! いや、本当に申し訳ないことをしたと今でもたまに思い出して反省してる次第だ」

「オジサンのケツを思い出して?」

「思い出すか! このバカ鳥!」

 バカ鳥ってのは、小さいころに箒に呼ばれたあだ名みたいなものだ。

「どっちだよ」

「ええい、どっちでもないわ!」

「忘れるとかオジサン可哀そうだろ」

「そ、それはそうだが、だから、からかうな! そういう場合ではなくてだな」

「力に振り回された結果、オジサンが犠牲に……グスン……」

「ふ、ふざけるな!」

「真面目に哀悼の意を示してるオレに、なんて失礼なことを言うんだ!」

「そ、そうなのか、すまん……って、違うわ!」

「おお、ノリツッコミ」

 パチパチパチと一夏・玲美・オレの日本人勢が拍手で称える。鈴は二組なので中国人だ。もう意味わからん。

 肩で息をしながら、箒が何か言いたげに一夏を睨む。彼はとぼけた表情のまま、何かを考えた後に口を開く。

「あのオジサン、昔、アイスの差し入れしてくれたよな」

 彼奴が披露したのは、本当にどうでも良すぎる情報だった。

 

 

 結局、箒を混ぜてしばらく宴は続いた。女子連中が大浴場が閉まる時間に気付き、慌てて風呂に向かったところでお開きになった。

 今は廊下に散らばったゴミをオレと一夏で片付けている最中だ。

「なんか妙に盛り上がったな」

 一夏が几帳面にゴミを分別しながら、ポツリと呟く。

「面白かったな」

「久しぶりに腹の底から笑った気がする」

「最後は箒も笑ってたから、良いんじゃねえの」

「悪かったな、変な策を」

「いや、ホントに策なんか練ってねえから。マジで流れだったから。お前ら、どういう目でオレを見てるわけ?」

 そいや玲美も何も言わなかったな。箒に対して結構怒ってたはずなのに。

「すまん、つい。でも面白かったよ。一つ、目標が達成できたし」

 一夏が妙なことを言い出した。

「目標?」

 ゴミ袋を持ったまま、一夏が背筋を伸ばすような仕草をする。

「まあ、またお前と笑えるような関係になるってことかな」

 その言葉は、オレが即答できる範囲を超えた重さだった。

 何のことを言っているかはわかる。

 一夏は一夏で、あの事件のことをずっと気にしてるんだろう。

 だが、コイツがどういう風に思ってるかまではわからないし、あの事件について掘り返す勇気も今のオレにはない。結局は二人にとって、まだ立ち入り禁止区域なのだ。

「……一夏、それは」

「オレの自己満足だよ、気にすんなって」

 それだけ言って、一夏はゴミ袋を担いで歩き出した。

 結局は全て、自己満足だ。オレが取り戻さなきゃならないモノ、例えばあるべきはずの思い出だったり絆だったり。

 それだってオレが知っているだけの話で、ここに今を生きてる一夏たちには関係のない話なのかもしれない。

 全ては過去に戻らない。

 もし仮に、この世界にオレと同じような存在がいたとして、そいつがこの世界の思い出や絆を蹂躙したとする。きっと今のオレだったら、そいつと戦いに行くだろう。絶対に許せない存在だということには違いない。

 だから、自分を許すことはないのだ。自分とは戦えないからこそ、許すことすら出来ない。

 ひょっとしたら『自分を許さない』ということすら、自己満足なのかもしれないけどな。

 

 

 

 

「セシリアとラウラとか強力すぎんだろ……本気で勝ちに来やがって」

 一夏ががっくりと項垂れて呟いた。

 どうやら一夏の三日間拘束券のために結託したのか……。

 学年別タッグトーナメントを数日後に控え、今は授業終わりのショートホームルーム後だ。これから部活やら自主練習やらが始まるわけだが、今日はまだ全員が教室に残っている。

 オレは一夏の机の前に立ち、発表になったばかりの出場タッグと日程を一緒に見ていた。

 上級生は整備志望が不参加なせいか一日ずつで終わるようだが、一年は全員が強制参加なので二日間の日程になっている。まあ一回戦だけで60試合ぐらいあるからな……。

 ちなみに組み合わせ発表は当日とのことだ。今は出場タッグの名簿しか配られていない。

「どう考えても、優勝候補筆頭だよなぁ」

 一夏が困ったように呟く。

 AICで動きを止められてビットを含めた全力射撃なんぞ食らった日には、シールドエネルギーがフルからゼロまで一瞬だろうし。

「んで、シャルロットはヨウとか」

「第二世代コンビだ。旧型だからって舐めるなよ?」

「オレがこの間まで乗ってきた機体は第二世代最初期型だったんだぞ。舐めるわけがないだろ」

「ドイツってことは、メッサー?」

「おう。良い機体だったけどな」

「黎明期にも程があるだろ……」

 まだ動いてる機体があったってだけでも驚きだぞ。第二世代の初期も初期、第二世代未満って言っても良いような性能だったはず。

「それでオレと箒の第四世代型か。あとは国津さんがテンペスタⅡだっけ?」

「んだな。四十院からの借り物。期間限定の専用機」

「緑色?」

「いや赤。トリコローレ・イタリアーノの赤だな。テンペスタⅡ・リベラーレ。イタリアの国旗の赤は自由・平等・博愛の象徴らしいから」

「リベラーレ……自由だっけ。オレが見たのは緑色だったな。装備って何があるんだ?」

「よく知らん。ロールアウトしたばっかの機体だし」

「うーん。でもまあ見たことあるし、ラウラに対策とか聞いておけば、何とかなるかなぁ」

 一夏が腕を組んで考え込む。

「なんか勘違いしてるかもしれんが」

「ん?」

「四十院組、つまりオレ、玲美、理子、神楽だけどな」

「仲良いよな、いっつも一緒にいるし」

「オレ、研究所の模擬戦で、いっつもあの三人にボコボコにされてるんだぞ?」

 

 

 放課後にお披露目されたテンペスタⅡ・リベラーレは、その圧倒的スピードで全員を驚かせていた。

「なにあれ……、フランスで見たのと完成度が全然違う……」

 オレの隣にいたシャルロットが呻く。

「速度だけなら、このホークより下だけど、その代わり各部のパワーが段違いらしいからな」

「各装甲や関節へのイメージ伝達が改善されてるし……、それに何より」

 グラウンド上空を飛ぶ数機のISの隙間を縫って飛ぶ姿に、その場にいた全員が呆気にとられていた。

「言いたいことはわかる」

「うん……国津さんってすごく上手いの?」

「期間限定とはいえ専用機持ちだぞ。それにあいつは小さいころから親元でISに触れてる。国家代表とか除けば、搭乗時間は日本国内でも有数じゃないか?」

 赤いリベラーレが空中で一旦制止する。それから、姿勢を入れ替え頭部を地面に向けて背中の翼で自分の体を抱き、まるで弾丸のような姿でこちらに急降下してきた。

「って、あぶねえ!?」

 慌ててISを展開して回避しようとする。だが地面にぶつかる直前で翼を大きく広げ、再び正位置でイチゼロ停止をしてPICでの浮遊状態に一瞬で変更した。

「どーだ!」

 ブイっと、テンペスタⅡを装着した玲美がこっちに向かって得意げにピースをしてきた。リベラーレ(自由)にも程があんだろ……。

 シャルロットは少し呆気に取られている。今の無茶苦茶なストップなんて、代表候補生でも中々出来ないだろう。

「はいはい、すごいすごい」

「うふふー、もしヨウ君と当たっても手加減してあげるからねー?」

「当たらないことを祈る……。研究所での組み手みたいにボコボコにされたくない」

 そう、国津玲美・岸原理子・四十院神楽の三人は、同条件ならオレより圧倒的に強い。

 というより、オレより弱いクラスメイトなんていない。

 そもそもテンペスタ・ホークの試験パイロットの一人は、この子だ。

 オレなんてホークを貰って、その練習に特化してるがゆえに飛ぶことだけは半人前ってだけで、他は五流ぐらいだろうし。

「身近なところから、こんな強敵が現れるなんてね」

 シャルロットが困ったような微笑みを浮かべている。

「へへーんだ。国家代表候補だからって、そう簡単に負ける気はないからね!」

「お手柔らかにお願いするね」

 日本はISが生れた土地であり、初期からIS研究に携わっている企業が多い。四十院なんてその最たるものの一つだ。元々が財閥で国家との繋がりも強く、独自でISコアを二つ持てる力を有している。IS本体を作ってないというだけで、その技術力は世界トップレベルだ。

 そこで幼いころからISに触れている三人の少女は、国家代表候補の一歩手前と言っても過言じゃない。

 他にもIS学園に入る前から企業に囲われている子なんて、一年の段階でもそれなりにいるものだ。

 専用機持ちだからって強いってわけじゃない。代表例はオレ。あと一夏と箒。

「日本でも優秀な人材は、IS学園の受験勉強を名目に各社が青田刈りしてるからな」

「アオタガリ?」

 フランス人には馴染みのない言葉だったようだ。

「小麦が成長しきる前に、良さそうなのは収穫して自分の物にしちまうってこと」

「なるほど、やっぱりどこだって考えることは一緒ってことだね」

 勘違いしてはならない。

 天才や秀才なんて、どこの世にもゴロゴロいる。ただ『物語』には登場しないだけだ。そして登場しないヤツが弱いってことはない。それに登場するヤツが絶対に強いってわけでもない。

 だからまあ、一夏だってよく負けるわけで……。

 グラウンド全体に轟音が響く。音の発生源を見れば、白式が勢いよく地面に突っ込んでいた。

 ISを解除した箒が慌ててクレーターに駆け寄って行く。どうやら二人で模擬戦をしてたらしい。

「あっちは難航してそうだな」

「う、うーん」

 思わずシャルロットと二人してため息を零してしまう。

 こういうときは、よっぽどのことがなければ、IS学園の生徒同士で手助けはしない。

 そもそも一夏を中心に専用機持ち同士が集まって、協力しあっている状態の方が異常なのだ。オレたちは生徒同士でありながらライバルでもあり、本来は所属組織すら違うのだから。

「ふーん」

 どことなく黒い声で玲美が呟く。PICを解除し、補助動力でゆっくりとクレーターの方へ歩いていった。

「玲美?」

「ちょっとテストしてくる」

 そのままポーンとひとっ飛びして、クレーターの淵に綺麗に着地した。

「うわっ」

 思わず声が出る。何気ない動作で行ったが、超高等技術だ。他にはラウラぐらいだろうか、あれが出来るのは。

 足の補助動力と推進翼をタイミング良く切り替えて操作し、着地時にはPICを一瞬だけ入れて、音も無く土埃も立てずに降り立ったのだ。オレが真似ごとをすれば、地面に尻もちをつくこと受け合いである。

「篠ノ之さん、上手くいってないみたいだね」

「く、国津か。いや、一夏がだな」

「そんなので大丈夫?」

 言葉にかなり棘がある。

 その雰囲気に気付いたのか、箒が眉間に皺を寄せて睨んだ。

「どういう意味だ?」

「また暴走しちゃ困るってこと」

「あ、あれは……」

 痛いところを突かれ、箒は言葉を上手く返せない。

「織斑君、シールドエネルギー減ってるだろうし、ちょっと休んでて」

「へ? 国津さん?」

「私がそっちの機体の相手をしてあげる」

 腕を組んで片目を瞑って箒を見下ろす。

「……どういう意味だ?」

「その第四世代とかいう機体が、ホントにトーナメントで他人に迷惑かけないか、テストパイロット歴が長い私が見てあげるって言ってるの」

 いつもどおりの少し幼さが残る声に、今は刺々しさが込められていた。

「国津……」

「いっつもやる気なかった篠ノ之さんが、急にやる気出して得意げになったって、そういうの良くないよ?」

「……そこまで言われて、受けて立たないわけにはいかないな」

「それじゃやろっか。お互い、シールドエネルギーが三割切るまでね」

「二割でいい」

「……あっそ。じゃあ二割で。ゲージのシンクロ、出来るの?」

「バカにするな」

 ゲージのシンクロっていうのは、お互いのシールドエネルギー残量を見ることが出来る通信モードだ。これがなければ模擬戦なんて怖くて出来ない。

 ちなみに生徒だけで模擬戦をするときは、普通は三割だ。公式試合だとゼロになるまでやるが、普段は滅多に行わない。

「それじゃ、一本勝負ってことで。かかってきなさい、ルーキーさん」

 

 

 同じ場所で練習していた打鉄たちが退避し、生徒は全員、グラウンドを周む三段だけの観客席へと移動する。

「……国津さん、まだ怒ってるんだな」

 いつのまにか隣に来てた一夏が呟く。

「みたいだな。昨日はオレたちに合わせてくれたみたいだ」

 昨日ってのは、引きこもった箒の部屋の前で、オレたちが宴会まがいのことをしていた件だ。玲美も一緒にいて笑っていた記憶がある。

「箒、大丈夫かな?」

「どうだろうな……玲美、強えぇからな。何度か研究所でボコボコにされた」

「うわー……」

 生徒がどんどん集まってきている。やはりみんな、紅椿の性能が気になるんだ。カメラを持ってる生徒も沢山いる。後で分析に使うんだろうな。その辺に抜かりのあるヤツはいない。

「じゃあ行くよ」

 審判を買って出てくれたシャルロットが、一夏の横で端末を操作して、グラウンド北側の巨大ホログラムウィンドウにカウントを表示する。

 三秒後、それがゼロになったと同時に、二人の機体が加速を始めた。

 玲美の機体は、赤を貴重に白と緑のラインが随所に入ったIS、テンペスタⅡ・リベラーレ。推進翼で名を馳せる四十院のカスタム機だけあって加速性能は段違い。

 聞いた話によれば、テンペスタⅡはイメージインターフェースを全身の稼働関節の制御に回しているらしい。言うなれば『より思い通りに動く』機体を目指しているということだ。

 それは推進翼も同様で、自分の思ったとおりに加速方向を変化させることができるのが、四十院製リベラーレの売りらしい。

 しかし第三世代という枠組であり武装は少なく、今はホークのヤツをいくつか、他機使用許可認証を行って貸し出している状態だ。

「玲美、すごーい!」

 周りにいたクラスメイトたちから、驚嘆の声が上がる。

 オレが基本的に直線と直角で飛ぶのに対し、玲美は曲線を描きながら飛ぶクセがある。そのせいかオレより優雅に見えた。

「ビットか。多彩だな」

 一夏の前に立っていたラウラが呟いた。

 紅椿がその腰から、四機の遠隔砲台を射出する。ブルーティアーズより巨大なそれは、おそらく盾代わりにもなるんだろう。

「ああもう、ただ追いかけてるだけでは、意味がありませんわ!」

 その拙い動きに、セシリアが憤慨していた。まあ、その手の装置には一日の長があるからな。

 だがオレの見る限り四機の赤いビットは、思ったよりも動いている。打鉄よりかなり速度の出るリベラーレに対し、追いすがるようにエネルギー弾を打ち続けていた。

 でも相手が悪い……。

「ビット操作に集中しすぎ!」

 玲美は急速な後方宙返りで追いすがってきたビットの背後を取り、その一つを手に持っていたブレードで叩き落とした。そのまま空中で跳ねるようにジャンプしてから再び高速飛行を始める。

「うはっ、すげぇ、超高速バーティカルリバース」

 思わずオレも声を漏らしてしまう。

 開始三十秒でいきなりビット一機を失った箒は、手に一本の刀を取りだす。紅椿の標準武装、エネルギーの刃を飛ばす『空裂』だ。

「はっ!」

 掛け声とともに、縦横に刀が降られた。光る刃が十字を描いて飛んで行く。だがリベラーレは一瞬で加速を止め、赤いラインを描きながら上空へと回避した。

「なんだありゃ……」

 一夏が残念そうに呟いた。

「どした?」

「あんな刀の振り方、篠ノ之流にはないだろ?」

「そうだっけか? よく覚えてんな、お前」

「ダメだ、機体性能に箒がついていけてない」

 一夏が左目の眼帯を正す。そういやコイツ、ドイツでも違う機体に乗って、ラウラにみっちり鍛えられてるんだっけ。

 クラスメイトたちだって同様だ。お気楽に見える人間ばっかりだが、お気楽に見えるぐらい優秀なだけであって、全員がそれなりに努力を積んでいる。加えて玲美・理子・神楽の三人はIS学園に入る前からISに触れているのだ。

 それに対し、箒は望みすらせずにIS学園にいた。忌避すらしていた。一番操作技術が伸びるこの時期にである。

 一夏が最初からいれば、それも変わったのかもしれない。

 オレたちが会話している間にも、もちろん模擬戦は継続されていた。

 今はすでに紅椿のビットが全て撃墜され、そのシールドエネルギーは半分ぐらいにまで減っていた。

 距離を取って対峙する二人の顔色は対照的だ。

「第四世代機ね。そんなんじゃ、うちのパパたちが趣味で作ってるパワードスーツにも勝てないんじゃない?」

 玲美は空中でモデルのようなポーズを取る余裕がある。本人が普段から公言している通り、オレなんかは足元にも及ばない強さだ。

「このぉぉぉぉ!」

 箒が空裂を振り上げて、リベラーレに向かい突進する。こっちは破れかぶれにしか見えない。

 もちろん、受け止めもせずにあっさりと回避し、逆にブレードで上空から地面に向けて撃ち落した。

 小さな地響きが起こり、観客席に短い悲鳴が走る。

「うん、決めた」

 一夏が小さく、だがしっかりとした口調で呟いた。

「何を?」

「箒は打鉄で出場させる」

「はぁ?」

「あいつの持ち味が台無しだ。使い慣れない遠距離兵装なんか使って、自分が何をしたら良いのかもわかってない」

 ヒーロー様がとんでもないこと言い放つ。だが、顔はもう決心がついた、と口をしっかりと結んでいた。

「い、いやでもせっかくの専用機だぞ? あいつだって、連絡を取りたくもない姉ちゃんにわざわざ」

「使わなきゃいけない状況じゃないだろ、別に」

「そりゃそうだけど!」

「ヨウ、この試合、箒が打鉄使ってたら、どうなってたと思うか?」

 確信めいた質問の仕方は、答えが一夏の中で出てるってことだろう。

 だが、オレも少し想像してみる。

 IS学園の打鉄に標準遠距離兵装はない。合金製の刀一本で打ちあうことになる。

「あれ? 不思議ともうちょい善戦してる気がするな」

「だろ?」

 IS学園の寮のドアってのは意外に堅い。あれに木刀を使って真っ直ぐ何度も突き立てられるなんて、割と達人技だ。

「確かに、普段の箒ならリベラーレの高速機動相手でも、相手の動きを見切って攻撃を当てられそうだ」

 剣の道だけは裏切りたくないのか、あいつはISでの剣も強い。剣速が尋常じゃないし、正確さも普通じゃない。

「だから、あの機体を使うのはやめさせる。それでいいよな、ラウラ」

 すぐ前でほとんど喋らずに見学をしていたラウラが振り向く。

「お前がそういうなら、そうしたら良い。本音を言えば、もう少し紅椿を見たかったところだ。これでは四十院の一人勝ちだ」

 確かに一夏の言うとおりにすれば、当面の間、交戦経験があるのがテンペスタⅡ・リベラーレだけになってしまう。

「すまん、だけどオレはこれが良いと思う」

「まあそうだな」

 ヤレヤレとため息を吐いて、ラウラは視線をグラウンドに戻した。

 模擬戦はもう終わりそうだ。両機にリンクしたグラウンドのウィンドウのゲージが、それを明確に告げている。

 赤を基調としたトリコロールのISのゲージはほぼ100%、それに対し紅椿はすでに四割を切っている。

「シャルロット」

 一夏が名前を呼ぶと、少し残念そうに金髪の美少女がため息を吐いた。

「わかったよ」

 そう言って、端末を操作する。

 ブザーが鳴り響いて、模擬戦が終了とされた。

 結局、紅椿は大した性能も発揮できないままだった。

 

 

「どうして止めた!」

 グラウンドに降りた一夏に、箒が食ってかかる。

「負けは見えてたろ」

 返した一夏の声は、冷たかった。どこかラウラに似ている気もしてる。

「勝負は最後までわからん!!」

「もう見えてたよ。それに何だよ、あの太刀筋。先生に、親父さんに恥ずかしくないのか」

「なっ!?」

 本家師範の娘の顔が紅潮していく。

「これ以上やるっていうなら、オレが相手になるぞ?」

「一夏、キサマ!」

「紅椿を降りろ、打鉄で出るんだ箒」

「……え?」

「まだお前には過ぎた武器だと思う」

「だが……」

「オレはお前と組みたいけど、紅椿と組みたいわけじゃないぞ。切れすぎる刀を持ったって、ケガするだけだ」

 渋る箒に対し、一夏ははっきりと物怖じせずに言い放った。

 やだナニコレ織斑君カッコいいわ……。

 冗談はさておき、相手のことをここまで思って言えるなんて、よっぽどのことじゃない限り出来ない。

 箒が下を向いて黙ってしまった。だが、その拳は爪が肉に食い込まんばかりに力強く握られている。こいつはこいつで、一夏に直接言われたのが悔しいのかもしれない。

「織斑君、私は別に紅椿でもいいと思うけど?」

 赤にトリコロールの線が引かれたリベラーレが、一歩前に出た。

「国津さん……」

「だって、そんな機体に頼らないとダメなほど、篠ノ之さんの剣術って弱いんでしょ? さっきの戦い方を見るかぎり、ヨウ君の方がよっぽどマシだもん」

 その挑発めいた言葉で、箒の目に火が宿る。というかオレは常に最低ラインの比較用なのか……切ねぇ。

「そんなわけはない、さっきまでのは本調子ではなかった。ま、まだロールアウトしたばかりの」

「こっちもそうだけど? というか今日が初乗り」

 条件は一緒だ。逃げ道すら潰されてしまう。

 再び黙ってしまったクラスメイトに対し、玲美は真っ直ぐ目線を向ける。

「篠ノ之さん、私ね」

「何だ……」

「あのときの、あの子がIS学園をやめたときの試合、感動した。それじゃね」

 ISを解除し、ふわりと地面に降りた玲美は、そのまま踵を返して立ち去って行く。

 ……やだなにこれ、玲美さんカッコいい。惚れ直したわ……。

 玲美が言ってるのは、一夏たちが来る前、ISで事故を起こして空を飛べなくなった女の子の話だ。

 彼女が学園をやめると決まったとき、箒が最後にと打鉄同士で剣を打ち合った。ほんの数合だけだったが、あのときの二人の太刀筋は、率直に言って美しかった。さっきまでの箒と比べるまでもない素直さを秘めた剣だった。

 真っ直ぐと相手に向かって振り下ろし、それを受け止め、切り返す。それだけの話なのにオレだって感動した。

 その頃はまだ学園にいなかった一夏やラウラ、シャルロットは話がわからないだろうが、ここにいる他の生徒全員の胸に残ってるんじゃないかと思う。

 玲美や一夏の言わんとしたことがわかったんだろうか。少しの間、ぽかーんとしていた箒だったが、黙って目を閉じ、空を仰ぐ。

 その姿に、去って行った女の子を幻視した。

 あの子も最後の試合の後、同じように空を仰いでいたんだ。

 長い黒髪が揺れる。再び視線を地面に戻し、箒がいきなり自分の頬を強く叩いた。

「よし!」

 いきなりの行動に一夏が戸惑いの表情を見せる。

「ほ、箒?」

「気合いが入った。では、練習を続けるぞ」

「え?」

「まずは剣を正す。一夏、付き合え!」

「あ、あいえすは?」

「何か言ったか?」

「……はぁ」

 一夏が小さくため息を漏らした後、

「了解だ。今日は素振りをするか」

 と爽やかな笑顔を返す。

 オレの周りは面白いヤツらばっかりだ、ホント。

 

 

 今日も今日とて、部屋がうるさい。

 この部屋に来る主人公目当ての人間がさらに一人増えてしまったから、息を吐く暇すらねえ。

 というわけで今は箒さんが初参戦を果たし、頑張ってる次第であります。

「一夏、そこに直れ!」

 オレの木刀を勝手に掴み、正座した一夏に木刀を突きつける篠ノ之箒さん十五歳。まじ恐い。

「ま、待て箒、誤解だ。ただ、セシリアにマッサージをだな。テニスに付き合えなかった代わりにって!」

「マッサージだと!? どうせ卑猥なことをしようとしたんだろう!」

 周囲を吹き飛ばさんばかりの威圧感で、一夏を怒鳴りつけていた。

 でもまあ、生き生きとはしてる、かな?

「してねえよ、するつもりもねえって! なあ、セシリア!」

 必死に同意を求めるが、ベッドの上に座り込み、頬を少し紅潮させたパツキンのお嬢様は、感嘆のため息を吐いて、

「もう、一夏さんたら、強引なんですもの……」

 と不穏な発言を口にした。

「な、なななななっ、い、一夏!」

「ちょっと待て、本当にただのマッサージだ、それにヨウだってずっとそこにいたんだぞ!」

「言い訳をする気か!」

「言い訳じゃねえよ弁明だ真実だ! 聞いてみればいいだろ、なあヨウ?」

 うーん、セシリアが来てからは、ノイズキャンセラーのイヤホンを最大音量にして音楽聞きながら、画面見てキーボード叩いてただけだしなぁ。箒が怒鳴り声を上げるまで、全く見てなかったし。つか気付いたの怒鳴り声の衝撃波だったし、マジおっかねえ。

 机に頬杖を突いて、一夏と箒を見比べる。小さいときは名前だけが同じガキだったが、今じゃ確かに『織斑一夏』と『篠ノ之箒』だ。

「どうなんだ?」

 横目でオレに発言を促すヒロイン様と、その傍でオレに縋るような目つきを向けるヒーロー様。

 やれやれ、と思いつつも悪戯心がひょこっとオレの中に顔を出す。

「なんか良い雰囲気だったぜ。部屋から出て行こうか悩んだくらいだ」

「おい、ヨウ!?」

「ふふふ、一夏、これで証人も揃ったわけだが」

「弁護人を要求する!」

「却下だ! 天誅!」

 木刀が真っ直ぐ振り下ろされ、一夏がギリギリで回避した。おお、すげえ。

「一時撤退!!」

 そう叫びながら逃避行動に入った。ドアを開けて廊下へと駆け出していく。

「待て、一夏あああ!」

 IS学園の制服を着た箒が、木刀を持って追いかける。

 今日も今日とて、世はこともなし。どこぞの追いかけっこするネズミとネコかよ。

 あと……一夏出て行ったんで、頬を染めてないでセシリアさんも帰ってくれませんかねぇ……。

 

 

 やれやれ、と思いながらも、暗い食堂で天井を見上げていた。最近は、就寝前はここがベストプレイスになってしまっている。

 今日は何か呆けたままのセシリアが一夏のベッドから動かなくなったので、オレが出てきたってわけだ。セシリアと二人になるってのは、何だか居心地が悪いしな。

 端末を片手で操作して、既読済メールにもう一度、目を通した。

 政府から曰く、うちの親が来るのは二日目。つまり元気な姿を親に見せたければ初日の一回戦は絶対に突破しろ、ということらしい。

 ……まあ二日目だろうが何だろうが、乱入があればその時点でトーナメントは終了だ。試合の組み合わせ発表はまだだが、乱入がオレの試合より前なら、ISを着たオレの姿をオヤジと母さんに見せることは出来ないだろう。

 自然と大きなため息が零れていた。

 だが、やらなければならない。オレだけに出来ること、オレの償いはきっとこれからだ。

 手元に置いてあったアイスティーを一杯、口に含む。喉を超えると同時に、再び大きなため息が漏れてしまった。

 しかし紅椿はしばらく封印か。

 もちろん、そんなことに気付かないわけがない篠ノ之束じゃない。これで紅椿のデビューはもう少し先だろう。何せ織斑先生が紅椿を封印したんだから、お許しが出るまでは蔵出しはないはずだ。

 だとすると、タッグトーナメントに乱入があった場合、ゴーレムの可能性が高いってことになるな。

「一夏、こんなところに……っと、なんだ二瀬野か。一夏を見なかったか?」

 声がかかった方を向くとラウラが立っていた。光沢を放つ銀髪を三つ編みにし、七分丈で少し大きめのTシャツと動きやすそうなチノ素材のハーフパンツを身に着けている。

 何かオレの持ってたイメージと違うんだが……。こういうときでも軍服か制服着てるのかと思った。一夏の恰好を真似てんのかな。

「箒に追い回されてなかったか?」

「箒はいたんだが、どうも一夏はどこかに隠れたみたいだな」

「部屋に戻ったんじゃないか?」

「さっき行ってみたが、姿は見えなかったな」

「じゃあオレにもわからん」

「そうか。済まないな」

「そいやラウラ」

 ラウラには二つほど聞いておかないといけないことがある。

「なんだ?」

「ヴァルキリートレースシステムって知ってるか?」

「……VTシステム?」

「ああ。アラスカ条約機構で使用開発研究全てが禁止になったヤツ」

 オレの知っている知識じゃ、タッグトーナメントでレーゲンに仕込まれていた機能だ。今のラウラが起動させるような事態に陥るような精神状態とは思えないが、これのせいでトーナメントが中止になる可能性は有り得る。

「モンドグロッソ部門優勝者の動きをトレースして、というものだな。もちろん知っている」

「実際に見たことあるか?」

「珍しいことを聞くな。なぜそんなことを?」

 興味が湧いたのか、ラウラはオレの反対側に座って、腕を組んだ。

「ちょっと単語を目にして。ヨーロッパの方で研究されてたシステムなんだろ? ラウラなら何か知ってるかと思ってさ」

「……ふむ。まあ知ってはいるな」

「例えば、なんだけど。ああいうのって搭乗者の知らないうちに機体に仕込まれていたら、気付かないものなのか?」

「システムの深い階層に仕込むものだ。整備班でもなかなか気付かないだろう。それこそISを組み立てた人間ぐらいしかわからん」

 淡々と律義に答えてくれる様子はどこか頼もしい感じだ。

 さて、ここからが本題である。

「ラウラは自分の機体に仕込まれていたら、気づけるか?」

「それはないが、それもない」

 日本語がまだ不自由なのか、変わった返答をされた。

「ん? どういう意味だ? それとそれって?」

「ああ、気づけることはないだろうが、仕込まれていることもない。先日、ヨーロッパで問題に上がり、我が隊の機体もフルチェックをかけたからだ」

 それ以上は答えない、とラウラは自分の顎に手を触れて、じっとオレを見つめた。

「そっか。オレも一応、調べてみるかな。四十院じゃ無さそうだけど」

 一つ、懸案事項が消えてホッとした。

 ラウラの機体に搭載されていないなら、VTシステム関連は解決したも同然だろう。

 ヨーロッパで問題に上がった件というのには興味が湧いたが、もう一つ聞きたいことがある今じゃ、余計な質問は避けた方が良いな。

「話は以上か?」

「悪い、あと一つ。参考までに聞かせて欲しいんだけど、もしIS学園に敵が攻めてきたらどうする?」

 仮にも少佐殿だし、色々と教えてもらえるかもしれん。

「敵? どういう規模だ?」

「ISで単機を想定した場合、とか?」

 こういう話題になると、グッと乗りだして聞こうとする姿勢は、やっぱり職業軍人という体質のせいだろうか。

「事前に予測は出来ているか?」

「ああ」

「IS学園のどこに?」

「……そうだな。例えば、だけど、第六アリーナ。拠点防衛の場合だ」

「ふむ……IS単機か。来るのがわかっているなら、相手が到達する前に迎え撃つしかないな。もちろんこちらの戦力は複数機なんだろう?」

「いや、こっちも単機だな」

「なぜだ? IS学園だぞ。戦力は相当数を有している」

「ま、まあ仮定の話だ。拠点防衛ってのに興味があってな」

「相手はIS学園の破壊が目的か?」

「うーん、目的は不明、じゃダメか?」

「こちらの被害を考慮する敵ではない場合なら、高高度で戦うか、海に放り出すしかないな。ここは三方は海に囲まれている。ISが建物内で戦えば、必ず被害は増えるからな」

「だよな」

「敵の装備は?」

「うーん、例えばエネルギー系の強力な遠距離武装を有しているという場合は?」

 なるべく自然を装ってゴーレムの情報を出してみる。だが、ラウラの眉が確かにピクリと動いた。

「……ほう。ブルーティアーズか?」

「まあ、そんなところかな、想定は。ただし機動力は高くないと思う」

「どちらにしても、なるべく学園と離れて戦うしかないな。それかエネルギーシールドで隔離された空間、例えばアリーナやグラウンドなどのIS教習施設に閉じ込める」

「なるほど」

「相手が近距離兵装を得意としてないなら、それが良いだろう。こちらの戦力はお前だけか?」

「……ま、そうだな。オレだと想定してだ」

「武器がないからな、お前は。速度でかく乱しつつ、応援を待つのがベストだろう」

「なるほど。おっけーわかった。参考になる。さすが一部隊を率いる少佐殿だな。クラリッサさんも良い上司を持った」

 掛け値なしの賞賛だ。プロの軍人から見て、自分がやろうとしていることが、オレの新武装名じゃないが、レクレス(無謀)ってことはよくわかった。

「そうだろう、そうだろう」

 ちょっと嬉しそうにしているのが、可愛らしかった。眼帯以外は年頃の女の子みたいな格好をしているだけに、余計にそう感じた。

「一夏も良い上官に恵まれたな」

「全くだ。あいつはもう少し自覚を持って私に接するべきだ! わざわざドイツから一緒に来た夫に対し、あの態度は何だ!」

 言葉の内容はともかく、頬を膨らまして怒っている様子なんて、ホントに年頃の女子にしか見えなかった。思ったよりもコロコロと表情が変わり、言葉の端々にあらわれる親愛の情を感じ、本当に一夏のことが好きなんだなぁと思った。

 つい、笑顔が零れてしまう。

「む、私は妙なことを言ったか?」

「いいえ、少佐殿は至って普通の人間でございますよ」

「バカにしてるのか? 訳知り顔で笑ったりするところは一夏と同じだな」

「えー? あいつに似てると言われると」

「む、今度は嫁をバカにしてるのか?」

「いやいやいや、ラウラの嫁ほどオレは魅力的じゃないってことだよ」

 ちょっと怒った顔を見せたので、慌てて訂正する。でも好きな人を馬鹿にされてストレートに怒るところなんて、好感が持てるな。

 そんな他愛のないことを考えていると、対面の少女が自分の顎に手を添えて、オレをジロジロと観察し始めた。

「……ふむ」

「どした?」

「やはりどことなく似ているな」

「誰にだよ。一夏にか?」

「付き合いが長いんだろう? それで言葉使いが確かに似てるときがあるが……それとは別に、いや、失礼なことだな。すまん」

「言いかけて止める方が気になるだろ……輪郭が誰かに似てるとか? 芸能人……は詳しくなさそうだしな。目と鼻と口がついてるヤツなら、だいたい似てる自信がある。ああ、一夏と体格は似てるかもしれん」

「先ほど見間違えたのも体格のせいだったがな。間近で見れば、性別が似てるというレベルだ。全く似てないぞ、安心しろ」

 まくし立てた軽口に、眼帯の女の子が呆れたようにちょっと肩を竦めて笑う。それは見たことのない表情だ。

「ま、そうだな。じゃあ誰に似てると思ったんだ?」

「もちろん顔が、というわけではないが。雰囲気か……そう、雰囲気だな。気を悪くするなよ、率直な感想だ。含むところがあるわけではない」

「わかった、気にしないから言ってみ。ラウラに苛められたとか一夏に報告したりしないから」

 ちょっと投げやりに促すと、ラウラは目を下に向けて、口を閉じた。

 しばらく何も喋らずに、もう一度、オレをチラリと見る。

 気になってオレがもう一度促そうとする寸前で、ようやく言葉を発した。

「篠ノ之束と、雰囲気が似ている。そう思ったのだ」

 

 

 

 

 

 









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