ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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14、タッグトーナメント① (才悩人応援歌)

 

 

 待ちに待たなかった学年別タッグトーナメント当日。

 開会セレモニーを終え、アリーナの控室に戻る。すでに熱気が渦巻いており、試合内容が映し出される画面にみんな釘付けだった。

「しっかし、ホント試合数多いな」

「だねー。それでも今日中に一年の一回戦終わらせるって言うんだから、無茶苦茶だよね」

 隣にいた玲美が呆れたように同意をした。

 今日はタッグトーナメント初日、一年の一回戦全試合が行われる。一年は整備組がいないので、原則として全員出場だ。

「やっぱり代表候補勢が優勝候補か。注目はラウラ、シャルロット、セシリア、鈴か。後はクラス代表マッチ優勝の更識か」

 専用機持ちは上手い具合にベスト8まで当たらないように分かれている。

 一夏、ラウラ、シャルロット、セシリア、鈴、更識簪、オレ、玲美が専用機持ちになる。最も玲美は今大会限定だが。

「でも今回は、来賓多いってのは、やっぱ専用機の多さが関係してるんだろうな」

 カメラの映像が来賓席をグルっと映している。各国のお偉いさんやアラスカ条約機構関係者、IS関連企業の重役や軍関係の人間もいるって聞いてる。一瞬だが四十院所長が見えた。金髪のオッサンと何やら談笑している。デュノアの新社長かな。

 二日間の予定で、うちの両親は明日来る。今日が無事に終わらなければオレは明日、試合会場に立つことはない。

 さて。

「どこ行くの?」

「ちょっとな」

 一夏の試合は午前中だ。篠ノ之束の手引きで乱入が送り込まれるなら、この試合のタイミングだろう。そしてオレの試合は午後の終盤だ。

「お昼ごはん、どうするの?」

「あー、テキトーに食ってるわ。んじゃな」

 背中を向けて、歩き去ろうとした。だが何かに引っ張られて体がガクンと傾く。何が起きたかわからず、踏ん張る間もなく床に尻もちをついた。さらにその上に何かが覆いかぶさる。

「ってぇー……何だ?」

「いたたた……ごめん、大丈夫?」

「なんだー? 何が起きた?」

 床に腰を落とすオレの太ももの上に、玲美が乗っかっていた。

「わ、わぁ!?」

 ピョコンっと勢い良く玲美が起き上る。

「何だ? オレ、何にひっかかった?」

「え、えっと、その」

 背中を剥ける玲美がしどろもどろで何も答えてくれない。

 周囲を見渡しても、足元に引っかかる物は無いし……そもそも足には何の感触もなかったし。

「ああ……」

 左腕を引っ張られたけど感覚が薄くて気付かなかったってことか。

「悪い」

「う、ううん、ごめんね、まだ治ってないって知ってたのに」

 覗き込むように謝ってくる玲美から体を離すように立ち上がる。

「いいよ別にケガしたわけじゃないし。んじゃ、また後でな」

「……ホントにどこ行くの?」

「ちょっとな、今回は気合い入ってるんだ。集中して戦闘に挑みたい」

「試合、午後からでしょ? 今からは早すぎると思うんだけど」

「ま、早すぎるぐらいがオレにはちょうど良いんだ。みんな頑張ってるんだし、オレも専用機持ちだからって油断は出来ないよ、むしろオレがボロボロにされる可能性が高そうなのに」

 そう言って、控室にいるメンツを見渡す。名前を知らない子もいたが、それでも何となく見覚えのある生徒ばかりだ。

 ふざけた話だ。

 オレたちだって生きてる。

 何も知らずに頑張ってるヤツらだっているんだ。何も持たずに何も知らずにIS学園に入って、ISパイロットになるためだけに頑張ってるヤツらだっているんだ。

 その最初の集大成が、この学年別タッグトーナメントだ。これにターゲットを合わせて努力してきた人間だっている。

 箒だって恥を忍んで姉に頼んだ紅椿に乗らず、自分の力で一夏と共に戦おうとしてる。一夏だって箒の力になろうとしている。

 それを、たった一人の思惑でぶち壊される。そんなのはゴメンだ。

 それにアリーナに乱入されたら、来賓だって危ない。全てがオレの知識通りに行くわけじゃないんだ。明日に乱入された場合はオレの親だっている。

 だったら、どうしたらいい? トーナメントが中止になる可能性を低くし、なおかつ被害が少ない方法はなんだ?

 結論は一つだ。アリーナの教師陣に悟られる前に、オレが離れた場所でたった一人で撃ち落とせばいい。

 無人機なんて発表さえ出来ないし、織斑先生に渡せばきっと内々に処理して済ませるはずだ。ことを荒立たせないようにするに決まってる。

 付け加えるなら、オレが失敗して負けたとしても、相手に傷を追わせることが出来た分だけ、一夏たちが簡単に勝てる可能性が高くなる。アリーナにいる人間の危険性だって減るんだ。

 最大の問題点は戦力。相手は強力無比の無人機で、こっちはたった一人のルーキー。

 応援を呼べば、トーナメントは中止になる可能性が高い。だから、鈴と一夏の二人で苦戦してセシリアの手を借りても完全に破壊できなかった相手を、オレ一人でやるんだ。

 損傷の度合いによってはオレが試合に出ることが出来なくなるし、無傷で終わる可能性も低い。

 ISは一定以上の損傷を受けた状態で起動させると、機体に悪影響が出る。その場合は、専用機だろうが何だろうがISを動かしてはならない。つまり、一定以上の損傷を負えば、試合は棄権だ。

 ……一人で戦うしかなく、勝ってもトーナメントが中止になるかもしれない。トーナメントが中止にならなくても損傷が多ければ棄権。そしてオレだけで襲来する敵機に無傷で勝つことなど、あり得ない。

 戦う前から条件は最低。だけど、これが自分に出来る最善だって思うんだから自嘲の笑みが零れるのも仕方ないだろ?

 そしてオレは敵が来ないことを心の底から祈って、外へと歩き出す。こんな知識全て忘れてしまえたら、とも思った。

 色んな物を投げ捨てて、自分の過去を拾いに行く。

 部屋を出る寸前に、肩越しに画面を見つめた。

 何もかもが遠い世界の出来事のように思えた。

 

 

 

 

 ISスーツの上に制服の上着を羽織り、スポーツドリンクを片手に会場の外へ出る。

「どこ行くの?」

 太陽の光を浴びた瞬間に、少し遠くから声がかかる。

「シャルロットか」

 オレとは違い、タッグパートナーはまだ制服を着たままだった。試合は午後からだが、それでも専用機持ちらしい余裕の表れだろうか。

「どうしたの? 何かずっと考え込んでたみたいだけど」

「まあ、下手クソだからな、足を引っ張らないように、色々と考えてたんだよ。試合までには戻るよ」

 試合があれば、だけど。

「うーん、ラウラが言ってたけど、ヨウ君ってやっぱりちょっと変わってるよね」

「オレが? 篠ノ之束に似てるって話か?」

「え? ラウラってばそんなこと言ったの? 失礼だなぁ……」

 腕を組んで困惑をしたような苦笑いを浮かべていた。

「それより何か用か?」

「外に行くのを見かけたからね。タッグパートナーがどこに行くのかは気になったんだ」

「大した用事じゃないって。少し外の空気に当たりたかっただけだ」

 頑張って笑みを浮かべる。

「じゃあ僕もお付き合いしようかな」

「一夏の試合、近くで見なくていいのか?」

「んー……まあ大丈夫だと思う。見たくないって言ったらウソになるけど、今はいいかな」

 そう言って、軽くウインクをしてくれた。余裕のなさそうなオレの気持ちを、解してしてくれようとしてるんだろうか。

「そっか。でも、悪いな、オレは一人でいたいんだ」

「そんな顔はしてないけど?」

 なんだコイツ。お前、そういうキャラだっけ?

「恐い顔してもダメだよ、ヨウ君」

「元からこんな顔だ。あとビジネスパートナーなんだから、気にしなくていいぞ。試合はしっかりやる」

 撥ね退けるように突きつけた言葉だったと我ながら思う。こんなに機嫌が悪いのも珍しい。

「タッグパートナー、でしょ?」

「そうとも言うな。んじゃな」

 背中を向けて、早くこの場所から立ち去ろうとした。

 だが、同じスピードで追いかけてくる足音が聞こえる。

 肩越しに後ろを見れば、シャルロットがニコニコと笑顔を浮かべたまま、オレと少し距離を取ってついてきていた。

「どうかした?」

「何でついてくるんだ?」

「僕は散歩してるだけなんだけど?」

「……あっそ」

 一緒について来るってのは想定外だ。一夏の傍にいるもんだと思ってたし。

 しかし優先事項は撃退だ。

 とりあえず、当たりをつけていた防衛陣地を目指す。といってもただの芝生なんだが……。

 アリーナの上空が見渡せる場所をはわかっている。そこで待機して、来訪者を超望遠バイザーで探知、来れば海か上空へと追い出す。離れた場所で戦えば、誰も危険な目には遭わない。応援が来るまでオレが戦っていればいいだけの話だ。敵は海中から来ようとも、一度は上空に舞い上がる必要があるしな。

 早めに察知できれば、タッグトーナメントが継続できるかもしれない。

 熱戦で盛り上がるアリーナからゆっくりと離れて行く。

 目的地の芝生をみつけて、ゆっくりと腰を下ろした。ここなら寝転がって上空を見渡すことが出来る。

「へー、こんな良い場所があるんだ」

 オレの後ろ側で感心したような言葉を呟きながら、そのヒロインが少し距離を取って離れた芝生の上に座る。

「何でまだいるんだ?」

「ん? 一夏に言われたってのもあるけど」

「一夏に?」

「オレのダチを頼むって」

 その言葉に一夏自身を幻視して、思わず鼻で笑ってしまった。喋り方がアイツにそっくりだ。

 ゆっくりと大の字になって、空を見上げる。大きく息を吸ってから吐き出した。

「良い天気だね。日本って今は雨期なんだと思ってた」

 のんびりとした声がした方を見れば、シャルロットも同じように大の字になって空を見上げていた。

「今年は空梅雨だ。隕石のせいだとかいうヤツもいるけどな。そんなんで天候変わるんだったら、誰も苦労しないっつの」

「へー。やっぱり色々知ってるんだね、ヨウ君って」

「どうだろな。どんなに本を読んだって、どんなに知識を得たって、本番で失敗したんじゃ意味がねえ」

「そういう考え方もあるのかな。よいしょっと」

 可愛らしい掛け声とともに、シャルロットは仰向けになって鎌首をもたげ、芝生に頬杖をついた。こっちをジッと見つめている。

「なんだよ。そろそろ一夏の試合、始まるぞ」

「知ってるよ。端末持ってる?」

 制服のポケットから取り出して、スイッチを入れる。学内のチャンネルで流れているトーナメントの試合の様子が映っていた。

「一夏のところに戻れよ」

「どうして?」

「どうしてって……お前、他の男の近くにいるよりは、アイツの傍にいるべきだって思う」

 それが当たり前の光景だ。

 だが、シャルロットは一瞬だけ目を丸くしたあと、眉間に皺を寄せてこっちを少し睨んだ。

「うーん……ラウラの言うことが当たってる気がしてきた」

「はぁ?」

「篠ノ之束博士に似てるって話。うん、似てるかも」

「……顔とかちっとも似てねえぞ、頭の中身も性別も。強いていえば、人間だってことが似てるぐらいだ」

「それなら人類みんな兄弟だよね。でも、そうじゃないから、色々と起こるんだ」

「兄弟でだって諍いやすれ違いは起きるぞ。つまり人間は争い続けるって意味の言葉だろ、『人類みな兄弟』って」

「カインとアベルでさえ争ったんだからね」

 投げ捨てるような言葉さえ拾って、シャルロットは母性を含んだ笑みを浮かべていた。だからなんなんだよコイツ。

「そういうこった。でもホントにいいのか? 試合が終わった後にタオルを持って迎えるとか、スポーツドリンクをさり気なく渡すとか、そういう積み重ねって大事だぞ」

「う、うーん……それは魅力的な提案かも」

「だろ。ほれ、さっさと行け」

「でも、今はこっちが大事だから」

 オレを気遣うように爽やかに笑いかけてくる姿に、申し訳なくなる。オレのタッグパートナーってことは、試合自体も棄権になるかもしれないってことだから。

「ここに大事なモノとかねえよ」

 気遣って貰ってるのに、嫌な言い方だ。シャルロットに悪いところなんて何もない。ただ、この間からずっとオレ自身がイラついているだけなのに。

 何が篠ノ之束だ。これから起こる騒ぎの元凶とそっくりだなんて、誰が嬉しい。

 もし仮に、この世界にオレと同じような存在がいたとして、そいつがこの世界の思い出や絆を蹂躙したとする。きっと今のオレだったら、そいつと戦いに行くだろう。絶対に許せない存在だということには違いない。

 だから、篠ノ之束は嫌いだ。許せない。

 そうは思うものの、ラウラの素直な感想は的を射ていた。オレと篠ノ之束の雰囲気が似てる理由はすぐに思い当たったからだ。

 オレは前回の人生の知識を持って、二瀬野鷹として生まれてきた。

 一夏や箒、鈴にセシリア、ラウラ、更識姉妹、織斑先生、山田先生、そして、ここにいるシャルロットもそうだ。みんなを物語上の人物として認識していた。

 

 

 それは、人を『人』として認識しない篠ノ之束と何が違うというのだろうか。

 彼と彼女たちから見れば、間違いなくソレと似ているんだろう、雰囲気が。 

 

 

 中学のとき、鈴と一夏をくっつけようとしたのだって、自分が未来を変えたいためだった。鈴のためじゃない。

 箒が教室で一人でいたって、オレからは話しかけない。あいつは一夏のファースト幼馴染だ。

 シャルロットやラウラがやってきても、用事がなければ絶対にコンタクトを取ることがない。

 セシリアが一夏に熱を上げれば、やっと当たり前に戻ったと安堵する。クラスの方はオレに任せて、一夏の傍にいたら良いと思ってる。

 織斑先生とは昔馴染みであるくせに、まともに会話しない。

 オレの部屋で誰かが騒いでても、やはりどこか他人事だ。

 誘拐事件から一夏を助けようとしたんだって、オレのためで一夏のためじゃないんだ。

 

 

「一夏の試合、始まるね」

 画面に映っているのは白式と打鉄だ。対戦相手は3組の子らしい。

 自分の足首にあるアンクレットに自然と視線が行く。ここが今日の山場だ。

 端末を地面に置いて、青い空を見上げる。

「どうしたの? 見ないの?」

 不思議そうに小首を傾げるシャルロットから距離を取って、制服を地面に脱ぎ捨てISスーツだけになる。

 やれることは一つだけ。

 来い、テンペスタ・ホーク。

「え? え? ホントにどうしたの? ヨウ君? ここでの展開は禁止されてるんだよ?」

 装着されたのを確認すると同時にバイザーを超望遠モードに設定、早速、アリーナ上空の雲の切れ間に未確認飛行物体を発見した。IS学園の周囲は飛行禁止区域なので、一般の航空機が飛ぶことはない。

 それにISコア反応はないことから考えても、相手がロクでもないヤツだってわかる。

 焦点を合わせて、PICで軽く飛び上がった。

「ちょ、ちょっと待って、どこに行くの!?」

 高度が30メートルを超えると同時に、推進翼に火を入れる。

 加速に加速を重ねて、空へ空へと上昇していった。

 

 

 

 足元にあったIS学園が遠く小さくなっていく。

 衝撃波をまき散らしているのは、音速を超えているからだろう。

 雲を突き破り、上へ上へとスピードを上げ続ける。

 上空2400メートルでターゲットを捕えた。

 異様に巨大な腕部装甲を持つフルスキン型IS、あれが篠ノ之束の送り込んできたゴーレムか。これからアリーナに落下していくのだろう。

「レクレス!」

 インストールされたばかりの兵装を取り出す。『無謀』と名付けられたオレの武器。取り得は堅いだけっていう、ただの細長い金属だ。でもこれが今回は一番使い勝手が良さそうだ。

「てめえが無人機だなんて、種が割れてんだよ!」

 ゆっくりと降下してくるゴーレムを、最高速度で下から迎え撃つ。

 相手がようやくこちらを捕捉したようだ。こちらに向けて腕を伸ばした。無数にある丸い穴、おそらくレーザー用の砲口が開く。

「遅ぇよ!」

 砲撃が始まるよりも早く、その異形の中心をレクレスが貫いた。

 確かな手応えをISからのフィードバックで感じ取る。

 しかしこいつは人間じゃない、ただの人に似た何かだ。だから腹から首の後ろまで貫いても、まだ動きを止めなかった。

 その顔に生えた三つのモノアイが光る。

「ぐっ!」

 オレの頭部にハンマーで殴られたような衝撃を感じた。モノアイと思っていたのは、エネルギーレーザーの発射口だったらしい。

 右手のポールウェポンで刺し貫いたまま、左手で腰のホルダーからレーザーライフルを引き抜いた。

 連射モードに設定してあるそれを相手の腹部に当て、引き金を引き続ける。コンマ単位で連射されるレーザーが無人機を撃ち抜いていった。

 10秒ぐらい撃ち続けて、ようやく動きが止まる。

「……終わりか?」

 小さくため息を零そうとした。

 その瞬間に、巨大な異形の腕が推進翼ごとオレを抱きしめる。

「ぐ、クソッ……」

 強烈な力でベアハッグを食らっているせいで、急速にシールドエネルギーが減っていく。

 尾翼が煙を上げた。右推進翼が動作を止める。

「さっさと落ちろ、エアヘッド野郎!」

 力の限り手に持ったレクレスをねじりながら押し込む。

 ゴーレムの体がビクン、と大きく跳ねた。

 レーザーライフルを至近距離で相手の顎に下から押し当てる。バイザー内に浮かんだウィンドウを視線だけで操作し、連射モードから最大出力モードに変更する。

「トドメだ、この人でなしが!」

 今度は引き金を力強く引き絞った。

 相手の頭部を貫いて、白い光が上空へと延びていった。

 

 

 

 ゆっくりと高度を下げて行く。推進翼が破壊されたので、脚部スラスターで速度制御しながら落ちていくしかない。

 肩に担いだ金属の棒には、動かなくなったゴーレムがぶら下がっていた。

「……ダメージチェック。C判定か」

 C判定ってことは、早いうちに自己修復モードに変更する必要がある。そしてしばらくは機体を動かすことは出来ない。

 つまり、オレの学年別タッグトーナメントは、ここで終了になったということだ。

 ふん、上出来だろ。アリーナじゃ試合は続いてるようだし。

 っと、ため息を吐く前に。

「あー、テステス。山田先生、聞こえますか?」

 アリーナのどこかで試合を観戦しているはずの真耶ちゃんにコールする。

 しばらく間があった後、

『山田です。もう! 二瀬野クン、どこにいるんですか? 外でISを動かしてるでしょう?』

 とちょっと怒ったような声で返答がきた。

「すんません。ちょっと野暮用というか準備運動というか、オレの本戦っていうか」

『二瀬野クンがこんなことするなんて、初めてじゃないですか? ですけど、初犯でも覚悟しておいてくださいね! 織斑先生が探してますから!』

「ちょうど良かった。オレも織斑先生を探してるんです。そうだな、今のスケジュールなら……第二グラウンドの地下搬入路、そこで待ってます」

『え? どうしたんです?』

「大事な用事です。なるべくそこに来るのを見られないように、あとISを運べるキャリーなんかがあると良いです。それじゃ」

『ちょ、ちょっと、二瀬野クン? 二瀬』

 問いかけを無視して回線をカットした。

 そろそろ眼下にIS学園が近づいてくる。目を凝らせば、そこで生きている人たちが見えるだろう。

 ようやくため息を吐ける。安堵なのか、諦観なのか、自分でもわからない。

 このまま担いで、第二グラウンドの方へと飛んでいかないとな……。脚部スラスターと左推進翼だけで上手く方向転換できるかな。

 無感動にぼんやりと考えていると、視界の隅で警告ウインドウが立ち上がる。

 接近警報、シャルロットか。すっかり忘れてたな……。

 数秒も経たずにオレンジ色のラファール・リヴァイヴが近づいてくる。背中の推進翼は四十院の汎用パッケージモデルだ。

「ヨウ君……それ」

 いつもは爽やかで優しげな声が、今は細やかに震えていた。

「デカい得物だろ。近づいてたから叩き落とした。今度のバーベキューの鉄板ぐらいにゃ使えるだろ」

 こんなに無表情で軽口を叩いたことなんてない。

「どうして、気付いたの?」

 訝しげな視線がオレを責めているように感じているのは、単にオレの思い違いだろうな。

「何が?」

「おかしいよ! だって!」

 ステルスモードになっているISを事前に察知するなんて、誰にも出来ない。それこそ相手が来ることがわかっていなければ無理な所業だ。

「オレから話せることはないよ。それはまあ、シャルロットがシャルルだったとか、一人称が『僕』なのは、その名残だったりするのと同じことだ」

 話す気すら無かった言葉が、口からツラツラと吐き出てくる。なんかもう、どうでも良かった。

「……なっ!? どうしてソレを!」

「未来人なんだよ、オレ。何でも知ってるジョン・タイター様さ」

 あのときもこんな風に同じようなウソ吐いたな。

 軽口を叩きながらも、ゆっくりと目的地を目指して降下していく。

 ラファールのパイロットも何か喋ろうとしたが、結局言葉を発せずにオレの後ろから付いてきただけだった。

 眼下に第二グラウンドが見える。IS学園の人間のほとんどが、今はアリーナのタッグトーナメントに夢中になっているはずだ。もちろん実習授業は行われていないので、周辺には人影が見えない。一応スキャンをかけてみるが、問題なさそうだ。

「……一夏はキミのこと、知ってるの?」

「知らんだろ。オレが勝手にやってることだし、一夏には何の関係もない話だし」

 そう、これはたぶん自己満足ってヤツだ。いや違うか。オレすらも満足してねえんだし。

 地面が近づき、周囲に人影がないことを確認する。そのまま第二グラウンドの地下へと続く通路へ、PICの作用だけで滑っていった。

 地下搬入路の内部はコンクリートの壁に囲まれた寒々しい場所だった。センサーをチェックするが、まだ織斑先生たちは着いてないらしい。

 肩に担いだ棒から手を離す。音を立てて黒い無人機が落ち、アスファルトがその人型に凹んだ。

「悪かったな、シャルロット」

「え?」

「ダメージがC判定を超えちまった」

 もう戦えない、と投げやりに伝える。

 テンペスタ・ホークが誇る背中の翼はボロボロで、装甲だって剥げ落ちていた。

「……棄権ってことだよね。それはいいよ別に。ISにアクシデントは付き物だし、ペアを組んだのも推進翼の習熟訓練が目的だったし」

 二人ともPICを切って、地面へとゆっくり降り立つ。

「ヨウ君……僕、君のことを高く評価しすぎてたみたい」

 ISをまとった金髪の美少女が、オレへと大きな目を失望に染めていた。

「そうか。でもオレって、よく期待に答えられないんだ。許しといてくれ」

「まさか、こんな……バカなことをするなんて」

 ああもう、そういう視線を向けないでくれ。

「ホントに悪い。でも仕方なかったんだ。これでも想定した中じゃベストな結果に終わった。埋め合わせはオレから一夏に頼ん」

「これがベスト!? そんなわけないよ!」

 言葉が遮られる。シャルロットって、こんな感じで怒るんだな。知らなかった。ニコニコしてるか恥ずかしがってるイメージしか持ってなかった。

 そこまで考えて、ふと気付いてしまった。

 思えばオレってこいつらを偏見でしか見てないな、いっつも。オレは本当に『彼女たち』を人間として認識してなかったんだな、最悪だ。

「……悪いけど、何も話せないんだ。でも、ベストな結果だ」

 無人機の到来を予知していた理由は話せないし、これが誰の差し金かってのも証明する手段はない。証明できたとしても犯人はオレじゃ手が届かない相手だ。

 そんな中、我ながら上手くやった。無人機に最初から大ダメージを与えられた。

 前回の人生での知識のおかげで空中戦で先手を打てた。メテオブレイカーでの高高度戦闘経験も役に立った。理子が考案したっていう新しい兵装だって単純明快でオレにはぴったりだった。

 テンペスタは大きく損傷したとはいえ、他には全く被害もなくコイツを仕留められたんだ。

 つまり、この虚しい結果がオレの集大成でありベストだ。

「もちろん事情は知らないし……ああもう、あのときの一夏って、こんな気持ちだったのかな、ホント……」

 もどかしさを堪えているのか、彼女は険しい眼差しのまま、俯いて小さな拳を硬く握る。

 あのときってのが、オレには何の話かはわからない。ひょっとして、ここから遠い遥か西の地での、一夏とシャルロットの出会いの話なのかもしれない。

「悪いが、おそらく織斑先生が緘口令を敷くことになると思う。シャルロット、これ以上は何も喋れない」

「キミが何か人に話せない事情で、色々と知っていることはわかったよ。それについては今は言及しないけど」

「助かる」

「でも、どうして誰にも相談しなかったの?」

「どうやってだよ。何も言えないんだぞ」

 誰も信じない、が正解か。

「違うよ、そういうことじゃなくて、もう! ホントにそっくりだよ……あのときの僕に」

「何の話かは知らないけど、そっくりなら、わかるだろ」

「わかるよ、わかるから怒ってるの!」

「どうしろって言うんだよ」

 シャルロットの言いたいことがさっぱり理解できん。

 襲来する敵を事前に察知し、叩き落とした。そして誰にも知られずに処理をしている。オレに出来るベストだったろ、これ。

「キミが僕たちのことをどう思ってるかはわからないけど、でもこんなこと知ったら、一夏が悲しむよ……どうして一夏に言わなかったの!?」

「どうやって? 何も喋れないってのは、さっき言ったろ」

 どうせ誰も信じやしない。オレがこの『物語』の先を、ある程度まで知ってるなんて。

「一夏は昨日、知ったよ」

 普段は可愛らしく優しげな美少女が、今はオレに糾弾の目を向けている。これ、ホントつらいな。

「何を?」

「キミのご両親がVIP保護プログラムで名前を変え生きる土地を変え、キミとはもう会えないってこと」

 その言葉に心臓が大きく跳ねた。肋骨を突き破るかと思った。ずっと黙ってたのに。

 脳裏を真っ白な空白が埋めて行く。何も考えられない。

「……それは箒だって一緒だろ」

「そのご両親が明日、極秘で来賓として見に来るっていうのも。直接は会えなくても自分の姿を見て欲しかったんだよね、ホントは!」

 暗いアスファルトだらけの空間で、見たこともない表情のシャルロットがオレに怒鳴りつけた。

 誰が喋った、それを。玲美たちは知らないはずだ。同じ境遇の箒にだって言ってない。

「だとしても、オレのせいだし、関係ないだろ、一夏にも……お前にも」

「やっぱりそうだ、本当は言いたくないけど言うよ。キミは一夏を信じてないんだね」

「信じる? 話題のすり替えをするなよ。言えないのはオレの事情だし、親の話だってオレの事情だ」

「話題は変わってないよ。だって一夏はきっと、ヨウ君を助けたから。だって、ずっと気にしてたんだよ、あのことを!」

 オレと一夏のターニングポイントである誘拐事件のことか。

 ……そんなことまで喋ってたんだな、一夏。それだけ、シャルロットを信用してるってことか。オレとは大違いだ。

「無理だろ、誰も信じないってのは、そのときに体験したことだしな」

「それでも、今度こそ一夏は信じたよ」

「どうしてわかる?」

 あれか、愛ってヤツか。

「どうして、わかってあげようとしないの?」

 その大きな瞳がオレを憐れんでいた。

 まあ、憐れみたくもなるわな。シャルロットから見れば勝手に無茶して、勝手に機体を壊して棄権するんだから。

 相手から向けられる視線が痛くて、オレは目を逸らす。

 そのタイミングで、視界のウィンドウが周辺サーチ結果を報告してきた。

「話はまた今度な。織斑先生が来たみたいだ」

 チラリとだけシャルロットを見れば、まだオレを睨んでいたままだった。

 ISキャリーを積んだトラックを運転していたのは山田先生だった。助手席には渋い顔をした織斑先生が座っている。

 車から降りて、こちらに近づいてきた二人が、それぞれに驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべた。

 それから、訝しげな視線とともに、織斑先生が、

「これは何だ、二瀬野」

 と鋭く問い質してきた。

「無人機、ですよ、織斑先生」

「無人機?」

「調べればわかります。アリーナの上空2400メートル付近で接敵しました。障害となると判断し、独断で排除しました」

 淡々と事実だけを報告するだけに留める。余計なことは喋りたくない。

「……何を言っている、二瀬野。お前が言っていることは矛盾だらけだぞ」

 射抜くような眼差しがオレに刺さる。

「オレが話せることは少ないです。これを発見して撃退した。中身は無人機だったから、百舌の早贄みたいにしときました」

 肩を竦めて、わざとらしくため息を吐いた。

「わかるように話せ。このISは?」

「とりあえずこの件は緘口令を敷くことを提案します。と言っても知ってるのはオレたちだけですけどね」

「……確かにこれがお前の言うとおり無人機だとして、お前はどうやってそれを知った?」

「秘密です。男にゃ謎があるんですよ、先生。あとこれISです。早急にコアナンバーを調べた方がいいですよ。わかりますよね、意味」

 オレの言葉に、いつもから厳しい顔つきが、益々きついものになる。

「何が言いたい?」

「これ以上は喋りませんし喋れません。とりあえずコレ、乗せますね」

 それだけ言ってゴーレムを担ぎあげると、先生たちが乗ってきたトラックのキャリーに移した。

「小僧、何を言ってるのかわかってるのか?」

「言いたいことはわかります。でも、本当に話せないんです。話せない理由すら話せない」

「無理やり口を割ってやろうか?」

「割ってもいいですけど、どうせ誰も信じないです」

 テンペスタを解除すると、その武装でもあるレクレスも量子化してゴーレムの中から消え去った。

 織斑先生がしばらくジッとオレを睨んでいたが、目を閉じて呆れたようにため息を吐く。

「……ったく。明日の件もあるから今日は勘弁してやる。さっきのテンペスタの損傷を見たかぎり、試合は棄権だな」

「異議はありません」

「よろしい。いいか、明日の朝一、スケジュールを開けておけよ」

「了解です、先生」

「山田君、二瀬野・デュノア組は棄権だ。会場にそう連絡を」

「あ、は、はい」

「デュノアも異論はないな?」

 腕を組んだ織斑先生がシャルロットに尋ねるが、返答はない。オレに対する非難の視線を向けたまま黙り込んでいた。

 やれやれと前髪をかき上げて、織斑先生が再びため息を吐く。

「とにかく明朝、私のところに来い。いいな、二瀬野」

「はい」

 それだけ告げると、二人の先生は車に乗り込んでゴーレムを連れ去って行った。

「……先、戻るね」

 ようやくISを解除したシャルロットが、速足で歩き去っていく。

「おう」

 その後ろ姿が見えなくなるのを見送ってから、そっと小さなため息を吐いた。

 オレは棄権になったが、タッグトーナメントは継続。

 シャルロットには悪いことをしたが、ベストの結果だ。

 だが、それでも、オレには何の達成感も感じられなかった。

 目を閉じて小さく息を吸い込む。

 大きく息を吐こうとし、まぶたを開いた瞬間、左目の視界が赤く染まった。気が遠くなる。

 なんだ、酸素欠乏か?

 誰もいない地下駐車場に膝をつく。何とか立ち上がろうとしたが、頭がフラフラして力が入らない。

 なんだこれ……。

 そのまま前のめりに倒れ込む。

 動け、動け……。

 地面に突っ伏したまま目を閉じて、急速に荒くなった息を、何とか整えようと肺を動かした。

 そうしているうちに段々と頭が冴えてくる。

 何とか腕を動かして寝がえりをうち、大の字になった。仰向けになって、暗いコンクリートの天井を見上げる。

 気付けば視界も赤ではなく普通の色に戻ってる。

 飛行機乗りに起こるレッドアウトってヤツか……? ISに乗ってて?

 もう何も悪いところはない。右目と左腕は異常ありのままだったが、こっちは今始まった話じゃないし、もう慣れた。

 ……右目? 左腕? レッドアウト?

 まさかな。

 頭に思い浮かんだ嫌な想像をかき消すように、ハンドスプリングで起き上った。綺麗に着地、よし、10点満点。

 足も動くし、問題ない。

 これで足が動かなかったら……思い出してゾッとする。

 足が動かず、左腕の感覚がなくて、右目が見えなくて、左の視界が赤く染まってるヤツなんて、アイツしか思い出せない。

 それは『前回のオレ』の死体そのものだから。

 

 

 

 制服とメガネと端末を拾いに戻るため、校内をゆっくりと歩いていた。みんな第六アリーナに集まってるせいか、人影はまばらだ。

 テンペスタは自己修復モードに入ってしばらく動かせないし、本当にすることがなくなった。

 ……玲美たちに何て言うかな。全くもって足も気も進まん……。

 つってもクラスメイトたちの試合もあるし、見れる分は見て応援するしよう。

 みんなに心配させないように、テンション上げて、空元気出していこう。

 

 

 

「……え?」

「だから、棄権するんだって」

 控室でオレが告げた言葉に、クラスメイトたちが集まってくる。今や控室はどよめきの嵐だ。

「ど、どうして?」

 玲美が茫然としていた。他のクラスメイトたちもそうだ。

 そしてそのクラスメイトには、もちろん一夏たちも含まれる。まあついでに言うと、二組なのに同じ控室にいた鈴は、腕を組んでオレを睨んでいた。いや控室はクラスで分かれてないんだけど。

「こけた。まあ外で練習してたら自爆して、ISのダメージがC判定超えたから棄権ってわけだ」

「……うそ、だよね?」

「ホント。なんならIS調べるか?」

 あー……そいやログ消さないとな、後で。調べられたらバレちまう。

 オレへ向けられる視線の内容はそれぞれだが、みんな、不可解な物を見ているという点は共通していた。

 セシリア、ラウラ、一夏、箒、玲美、理子、神楽も当然ここにいた。シャルロットはふくれっ面で一夏の隣に立って、こっちに非難の目を向けている。

「ヨウ」

 オレの名前を呼び捨てにするのは、今じゃ一夏ぐらいなもんだ。箒はいまだにタカ呼ばわりで鈴は主にバカ呼ばわりだ。

「悪いな、シャルロットも巻き込んじまった。すまんが埋め合わせ頼むわ。一日でいいから、シャルロットに付き合ってくれ」

「……お前」

「どした? そんな恐い顔して」

「……いや、何でもない。オレが言える義理でもないしな」

 それだけ言って、一夏は黙って背中を向けて試合の画面に目を移した。

 まだクラスメイトの視線がオレに集まったままだった。

「ほらほら、みんな、オレに構ってる場合じゃないだろ。暇になったから手伝って欲しいことあったら言ってくれ。着替えとか着替えとか、ああ、割と下着の洗濯も得意。手洗いでねちっこく洗うのとか」

 アッハッハッとわざとらしく笑うと、皆が困ったように苦笑いを浮かべていた。思いっきり疑われているんだろう。

 残念ながら、オレはクラスメイトからの信頼が無駄に高い。男手が必要になったときに断ったことがないからだと思う。さすが男子!

「ほら、自分のことに戻った戻った」

 そうは言っても、問い質されたって喋れないんだ。大きく手を叩いて無理やり促すと、渋々ながらみんなオレから離れていった。みんな、自分のことで忙しいしな。

 もういっそ嫌われてりゃ良かったと思うけど、嫌われるのって意外にエネルギーと勇気がいるから、オレにゃ無理だ。

 ともあれ、オレの学年別タッグトーナメントは、自分に出来るベストな結果を残して終わった、というわけだ。

 

 

 

 

「ラウラとセシリアの強さは圧倒的だなぁ。相手も対策を練って頑張ったけど、機体性能差ってヤツか」

 夜、寮の自室のベッドで、録画してた試合を見返していた。もう試合がないとはいえ、こういうデータ収集なんかは大切だしな。

 今日は珍しく女子連中が押し寄せてきていない。シャルロットやセシリアなんかはオレの顔を見たくないのかもしらん。またベストプレイスに退避するかな……。

 一夏も端末に向かって何やら作業をしている様子だった。おかげさまで返事がなく、さっきからずっと、二人いるのに独り言状態だ。

「織斑君、話聞いてますかー?」

「ああ」

「一回戦、箒の粘りがすごかったな。二体から集中攻撃をかけられても、冷静に捌ききったしな」

「そうだな」

 お前は倦怠期の旦那か。それとも退職した熟年夫婦がテレビ見てるときの会話か。

 やれやれだ、部屋の空気が重い……。

「ちょっと飲み物買ってくる」

 そうしてオレはいつもどおり、誰もいない暗い食堂へと向かうのであった。

 

 

 

「ありゃヨウ君。おいっすー」

 少しブカブカなパジャマ姿の理子が、スリッパをパタパタさせながら走ってきた。珍しく他に誰もいないご様子だ。

「おいっすー。ねえ彼女、今ひとりー?」

「いつの時代のナンパですかー? そういう軽薄なのってすごい似合ってるよね」

「うっせ」

「どこ行くの?」

「ちょっと、この世の安らぎを求めて彷徨ってたわけさ」

「玲美はお風呂だよ?」

「……いや探してないよ?」

「そう言っとくね!」

「探してる、超探してる。でも風呂なら仕方ないよな、うん!」

「あたしは飲み物ゲットしに行こうかなーってところ。お風呂で喉乾いたし、冷たいのが美味しい季節だし!」

「奇遇だなー。んじゃ一緒行くか」

「おー!」

 二人でペコペコと履物の音を鳴らし、ゆっくりと廊下を歩いていく。

「今日はお部屋でゆっくり出来てる?」

「そういや誰も来てないな」

「織斑君が先生に言って、夜は女子出入り禁止にしてもらったんだって」

「へ?」

「何でもー何だったかな。くろうさ? 何とか隊の一員だからラウラが部屋に来れるようにはしておきたかったみたい」

「黒兎隊な」

「それそれ。でもクラスの一員でもあるから、ラウラだけ特別扱い出来ないじゃない? で、ほら専用機持ちたちがそれに気付かずに織斑君のところに毎晩押し寄せてたってわけ」

「……なるほど。気にしなくていいのにな。オレはすでにベストプレイスを手に入れたし!」

 拳を握って力説してみた。居場所が暗闇! オレってマジでダークヒーローじゃね? 照度的な話で。

 でもちょっと織斑先生に言って解除してもらうか。明日、呼び出されてたしな。

「んー?」

 冗談めかしたセリフだったのに、理子は少し考え込むように首を傾げていた。

 そうこうしているうちに暗い食堂で灯りを残しているドリンクサーバーコーナーへと辿り着く。

 二人して飲み物を手に入れて目的は達成。

「んじゃ、オレちょっとここにいるから」

「ありゃ。部屋に戻らないの?」

「すっかりここが気に入ったんだよ」

 織斑君が冷たくて帰りづらいです、とは言えない……。

 オレはいつもの定位置に座った。小さな間接照明だけが照らす安らぎの場所だ。

「よいしょっと」

 なぜか理子がオレの反対側に座る。

「お?」

「ちょっとお話しよー。玲美もかぐちゃんもまだお風呂だし」

「どした? あの二人、帰るの遅かったのか?」

「専用機のチェックやら何やらでね。そいえば、何で下手こいたん? 一回戦から棄権なんて」

「下手こいたって……。まあ下手だから下手こいたんだよ」

「みんな、心配してたよ」

「みんな?」

「クラスの子たち。あと二組の子たちも。授業とか一緒だし、ヨウ君、信頼厚いからねー」

「初めて聞いたぞ、その評価。そうなら普段からキャーキャー褒め称えてくれよ」

「えー? だってヨウ君、可愛げないし……」

「悪かったな」

 確かに寮で女子が際どい格好してても、一夏なら赤面して慌てるが、オレなら逆に褒めちゃうからな。むしろ推奨しちゃう。

「織斑君はあんなに男前なのに可愛げだらけだから、人気あるのもわかるけど」

「可愛げ……どこで売ってるん? 売店?」

「売ってはないと思うよ……。でもヨウ君だって最初はキャーキャー言われてたじゃん」

「最初だけな、最初だけ。つか女子校に一人、普通の男子が紛れ込んだぐらいで、女子がいつまでもキャーキャー言うかよ。普通はへー、男子いるんだーってぐらいだろ。違うクラスとかなら尚更だっつーの、よっぽど男前でもない限り」

 事実だけど、自分で言ってて悲しくなってきた。なんでオレは自分が男前じゃないことを強調してんの?

「まーそうだけど、ヨウ君はホレ、可愛げないし目立とうとしないしね。でも今は密かに人気あるのに、気づいてなかったの?」

「え? マジで?」

「ちょっと外見がエロ悪そうなのに、中身がすごい地味だし」

「地味言うな、ほっとけ! ギャップ狙いなんだよ! エロ悪いって何だよチクショウ!」

「専用機持ちとか派手な子たちは織斑派、ちょっと大人しい真面目な子たちは二瀬野派、みたいなことになってるかな」

 つまりそれは、オレが半ば無意識に『以前の記憶』に残っている子たちを避けてるってことだろうな。実際、のほほんさん辺りなんて、ほとんど会話しねえ。

「そこだよそこ。みんな、ホントは見てるよ、ヨウ君のこと」

 ちょっと気恥ずかしくなって、顔を隠すようにコップを口につけた。だが理子は気にした様子もなく言葉を続ける。

「まあアレだ、うん、地味な努力を見てもらえてるって思えば、悪い気も、しないな、うん」

 ちょっとしどろもどろになってしまった自分が情けない……。 

 だがそこで、今までカラカラ笑いながら喋っていた理子が、急に暗い表情で下を向いた。

「だから、心配してる」

 短く静かに、そう教えてくれる。

「……悪かったよ」

「悪くはないよ、大丈夫。空元気だってのもバレてるし、みんなが心配してるってことと、思ったよりヨウ君は見られてるってこと、覚えておいてね」

 珍しく気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら、オレに大事なことを教えてくれた。

 理子は分け隔てなくクラスメイトに接するような性格なので、女子からの人望は厚い。あの箒にすら物怖じせずに恋愛話を振るような子だ。

 そんな理子が言うのだから、たぶん本当なんだろうな。

「じゃあ、あたしは部屋に戻るね」

「おう、おやすみ」

 パタパタと小走りで駆けて行く後ろ姿を見送って、誰もいなくなった食堂の天井を見上げる。

 ……タッグトーナメントが中止にならなくて良かったな。

 ぼんやりと、そんなことを考えてみたりもした。

 

 

 

 

 翌日、朝になって制服に着替え、職員室に出頭した。織斑先生にそう言われてたからだ。

「織斑先生、来ました」

「ああ、じゃあ行くぞ」

「どこにですか?」

「第六アリーナだ。誰も来ないVIPルームを確保してある」

 VIPルームで尋問ッスか……オレって実は重要人物だったんだなー……。

「ついてこい」

 カツカツと足音を立てて進む背中を、遅れないように歩いていく。

 校舎を抜け、トーナメントのためか慌ただしく走る人波を、十戒がごとくかき分けて、アリーナ内に辿り着いた。

 織斑先生が先導して辿り着いたのは、ひんやりとした人気のない通路だ。どうやら来賓席の近くになるようだ。

 やがて行き止まりに辿り着く。そこにはエレベータがあった。

「ここからは、普通の人間は入れん」

 短く言うと、織斑先生がスーツのポケットから鍵を取り出した。階数を選ぶボタンの下から、指紋と網膜認証用の窓が開く。

「……何も喋りませんよ」

「それは困るな。相手も」

「相手?」

「ついてからのお楽しみだ」

 そう言って、織斑先生が含み笑いをする。いや恐いよ……。どうか拷問とかじゃありませんように……。あと催眠セラピーもお断り。そうなったら人権問題にしてやるぞチクショウ。

 ホログラムで浮いていた階数表示が消えて何階かもわからなくなる。

 こんな場所あんのかよ。マジこええ。悲鳴とか外に届くのかな……。そのくせ目的の階に止まるときに安っぽいベルの音が鳴るのは誰の趣味だよ。チーンって何だよチーンて。それにエレベーターガールが織斑先生とか、すでに拷問だろコレ。

 ドアが開いて通路に出ると、今度は絨毯が敷かれた豪奢な雰囲気だった。

「ほら、ついてこい」

「あ、はい」

 今度はすぐにドアに行き当たった。ピッと短い電子音の後にゆっくりと開いて、中が見える。

 さすがVIPルームと言わんばかりの、大理石で囲まれ高そうな花瓶に花が活けてある豪華仕様だ。画面もホログラムじゃなくて液晶パネルを用意してある。年配の人なんかはホログラムディスプレイが苦手らしいからな。

 奥のソファーに座っていた誰かが立ち上がる。二人いるようだ。

「……鷹なの?」

「へ?」

「ああ、鷹!」

「オヤジ? 母さん!?」

 スーツを着たご婦人と紳士は、オレの両親だった。二人とも駆け寄ってきて、母さんがオレを抱き締めオヤジが頭をグリグリと撫でる。

「元気だった? ケガとかしてない? ちゃんとご飯食べてる?」

「鷹、元気そうだな、ちゃんとやってるか?」

「は? え? なんで?」

 オヤジと母さんは政府のVIP保護プログラムによって、名前と住む土地を変え、オレとは接触を禁じられている。それが本人たちの身の安全のためだからだ。だから、来賓として来ていてもオレと会えるわけがない。そう聞いていた。

「え、ええ、千冬ちゃんが内緒で手配してくれたのよ」

「はえ?」

 ドアの傍に立っていた織斑先生が深々と頭を下げる。

「お久しぶりです、その節は大変、お世話になりました」

「千冬ちゃんも立派になってまあ……一夏君は元気?」

「元気ですよ、鷹君のルームメイトとして、お世話になっています」

「そう! それなら安心ね!」

 ……いまいち、何が起きてるか掴めない。

 泳ぐ視線で織斑先生を見ると、彼女は腕を組んでちょっと不満げな顔を浮かべ、

「バカモノ、私は最初、お前がすっかり忘れているのかと思ったぞ」

 と暖かい声で叱ってくれた。

 織斑千冬がまだ学生の頃、弟の一夏はよくウチに来て晩飯を食ったりしていた。学生の身で弟を育てている織斑先生をうちの母が不憫に思ったんだろう。そして織斑先生は一夏を迎えに、うちの狭いマンションまで来ていた。

 いかに織斑千冬とはいえ、幼い弟を遅くまで面倒を見てくれるウチの家を、頼もしくありがたく感じてたのかもしれない。

 だから今日、オレたちが会える時間をわざわざ手配してくれたんだ。おそらくかなり苦労したと思う。政府にもバレないように、色々手を回したはずだ。だからこんな場所なんだろう。

 しかしそんな苦労すらおくびにも出さず、呆れたように肩を竦める。

「お前は一夏と違って、周りに人がいないと近寄ってすら来ないし、さすがに他人の目があっては何も言えん」

「先生……」

「ったく。ガキが遠慮をするな。困ったことがあったら大人に相談しろ」

 そう言って、織斑千冬が小さく微笑んでくれた。

「では二瀬野さん、私はこれで。また別の者が迎えに上がります」

 ふたたび頭を下げて、立ち去ろうとする。

「千冬ちゃん、本当にありがとうね、一夏君にもよろしくね」

「ええ、言っておきます」

 織斑先生は柔らかい声で短く返答して、ドアを開けて出て行った。親子三人で頭を下げて見送る。

 ……普通のお姉さんだな、ありゃ。

 そんなことを感じてしまった。

 弟を大事に思っていて、幼い頃にお世話になった名も無き人に感謝を忘れず、そしてオレと親が会えるようにまで手配をしてくれた。人間じゃなきゃ出来ない。

 オレは織斑千冬を、鉄面皮の鬼教官で何を考えているかもわからない登場人物だとずっと思っていた

 だがオレに対して笑いかけた姿は、正しく『友達のお姉さん』だった。

「さあ鷹、こっちに座って」

 母さんがソファーの方へと促す。

「あ、ああ。二人とも元気してた?」

「ええ、新しい土地にも慣れたわ」

「オヤジは相変わらず?」

 小さく笑いかけると、

「最近、健康診断の値が悪くてなあ」

 といかにも中年みたいなセリフを吐きやがる。

「ったく、まだまだ生きてもらわにゃ困るし、高い保険もかけてないんだろ、母さん?」

「おい、鷹、何を言うんだ!」

 かくして学年別タッグトーメント二日目、IS学園第六アリーナのVIP用控室にて、本当に大したことのない中流家庭の会話が始まる。

 

 

 

 ここは、オレが出会う前から知っていた登場人物たちと、出会う前まで知らなかった人たちが織りなす世界だ。

 誰もがたぶん、等しく多様な人生を送っているんだろう。それをちゃんと認識出来ているか、オレ自身がまだわかっていない。

 だけど今日、この時間に起きたことを、オレはずっと忘れない。

 

 

 

 

 

 








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