ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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15、タッグトーナメント② エレクトロワールド1

 

 

 アリーナの隠れた区域にある豪奢なVIPルームでしばらく過ごしていた。両親と他愛のない会話をしていたが、二人とも何一つ、泣きごとも恨みごとも言わなかった。それが余計につらかったけど、気持ちは嬉しかった。

「そういえば母さん」

 和やかな雰囲気の中、時間は過ぎて行く。だが一つだけ、どうしても両親に聞いておきたいことがあった。

「何かしら?」

「オレが生まれたときって、どんな感じだった?」

「え?」

「ほら、石が落ちてたって、くれただろ?」

 石っていうのは、言わずとしれたナンバー2237のISコアである。

「え、ええ……ちょっと変な石だったけど」

「大事に保管してるよ。他に変わったことあったりした?」

「そうね……夢を見たって話はしたかしら?」

「夢?」

「そう、あなたがなんで『ヨウ』なのか」

 そう言って、オヤジと母さんが目を合わせて笑い合う。

「お前、本当は生まれる前に死んでたんだぞ」

 オヤジのセリフは、意外な物だった。心臓が跳ね上がる。

「は?」

「死にかけで生まれてきたんだ、本当に大変だったんだぞ、母さんに感謝しろよ」

「あ、ああ。死産ってこと?」

「そういうことだ。出てきても心臓が動いてなくて、お医者さんが頑張って蘇生してて、だけどもうダメかと思ったんだけどな。何とか生き返ったんだ」

 ……ちょっとオレって死にすぎだろ。だけどまあ、生まれたときに心臓が止まってるなんてよくある話だよな、たぶん。

「それでね、前の日に夢を見てたのよ、縁起の良い夢」

「縁起の良い?」

「鷹が飛んでたの」

 若作りしてる母さんが、弾むような調子で嬉しそうに答える。

「……縁起良いの? それ」

「ほら、一富士二鷹三なすびって言うじゃない?」

「それ初夢だから、正月に見ると縁起が良いっていうアレだから」

 うちの母親はたまにちょっとアレです。オヤジだって苦笑いです。

「それにうちって、二瀬野じゃない? だから縁起が良いなぁって!」

 ていうか名字に三がついたら、名前はなすびだったのかよ。

「勿体ぶったわりには、大した理由じゃなかった……縁起の問題なのかよ。いや変な名前より良いけどさ」

 箒とか簪とか盾無とか。鈴は中国人のくせに普通の日本人っぽいってどういうことなわけ。山田真耶が一番悪意を感じるけどな。

「変わった夢だったわぁ。何にも無い土地でね、山登りしてたのかしら。男の人が子供の頭を撫でてて、空を鷹が飛んでいる夢だったわ」

「は?」

「あ、でも最後に『繋がった』って言ってたんだわ。だから『つなぐ』にしようか悩んだんだけど、縁起が良いから鷹にしちゃった」

 ……なんで母さんがオレと同じ夢を見てるんだ?

 それはたぶん、メテオブレイカーで昏睡しているときにオレが見た夢だ。だけどオレのときは『繋がった』なんて言葉はなかった。

 どういうこった?

「鷹?」

「あ、いや何でもない。他には何も言ってなかった? その夢」

「うーん、他は別に。で、朝起きたら、あの石が転がってたの。最初はお父さんが持ってきたのかと思ったんだけど」

「俺じゃないな」

 オヤジが即答する。

「誰が置いて行ったのかは全然わからなかったのよ、結局。意外に鷹が持ってきたのかもしれないわね」

 アハハハと母さんが笑う。それに釣られるように笑いながらも、頭は別のことを考えていた。

 今までずっと、オレはどこか他の世界から、記憶を持って生まれてきた変わり種だと思っていた。

 でも、ひょっとしたら、何かに仕組まれていたのか? こう考えると鷹って名前も必然的な印象を受ける。

 そんな思索を打ち切るかのように、密閉されていたドアが開く。

「申し訳ありません、そろそろ時間が」

 やってきたのは、真耶ちゃんだった。

 もうかなりの時間が経っていたようだ。

「……そっか」

「ごめんなさい、二瀬野君、これが怪しまれない限界だと思うから……」

「いえ、本当にありがとうございました」

 頭を下げてから、オヤジと母さんを見る。

 オレを育ててくれた人たちは、目に涙を浮かべている。オレもちょっと目が潤んでしまった。

「それじゃあ、鷹、元気でやれよ」

 オヤジがオレの頭を強く撫でる。

「無理はしないようにね」

 母さんがもう一度、オレを強く抱きしめる。不思議な暖かさだ。どうにもオレは二瀬野夫妻の息子らしい。

「二瀬野君は30分ほどしたらお昼休みなので、それまでここで待っていてください。時間が来たら出て行って良いですよ」

「はい」

 名残惜しそうに、オヤジと母さんがオレを見つめている。

 山田先生が優しい声で、

「お約束はできませんが、またこういう時間が取れるようにいたしますので。織斑もそう申していました」

 と勇気づけてくれる。

「お願いします」

 母さんが目元をハンカチで押さえながら、頭を下げる。

 こんなに泣く人だったんだな、母さん。もう化粧がボロボロだ。

「では、参りましょう」

 三人が扉の向こうに行き、オレも扉の側まで送りに出た。

「じゃあ、またな、二人とも」

「頑張れよ、鷹」

「無理しないようにね、鷹」

 その言葉を最後に、重い合金製のドアが閉まる。

 しばらくそのまま、扉を見つめていたが、そんなものを見ていてもどうしようもないと気付いて、そっと溜息を吐いた。

 ……今は考えるのは止めよう。どうせ答えは出ない。

 とりあえずオヤジと母さんに久しぶりに会えてよかった。二人とも少し痩せているみたいだったけど、大丈夫なんだろうか。

 でも戦っている姿こそ見せられなかったけど元気な姿で会えた。これは感謝しても良いだろ、たぶん。

 

 

 

 

「箒! 一夏! がんばれー!!」

 客席から大声で呼びかける。一回戦で敗退したクラスメイトたちと応援に徹していた。何せオレはもう試合が無い。

 時間は正午を超え、今はすでに準々決勝になっていた。専用機持ちたちは全員、無事にベスト8入りしている。

「あれ、何かちょっと元気出た?」

 隣にいた同じクラスの子が声をかけてきた。

「おうよ、いつまでも落ち込んでいられねえし! ほら、声出していこうぜ!」

「了解! 織斑君ファイトー! 篠ノ之さんも頑張ってー!」

 アリーナの中央で、一夏と箒が相手を向かい合う。相手は鈴とティナの同室コンビだ。ティナはアメリカ産の乳牛……いやナイスバディの持ち主である。

『試合開始!』

 その合図とともに、一夏が鈴と、箒がティナと近接戦闘を開始した。

「うわ、あの子、やっぱり上手いな」

 箒がブレードで二発三発と打ちこんで行くのを、右手に持った剣と左の拳で受け流していく。さすがの剣術娘も相手の捌き具合に驚いたような目を向けた。

「ティナ、強いなー、確か格闘技か何かの大会の優勝者だったような」

「なるほど……。つまり箒と同格ってことか……。道理で普段から動きが早いわけだ」

「二瀬野君、知ってたの?」

「いや、打鉄で何回も拳食らった。あと負けたこともある」

「せ、専用機持ちなのに……」

「ふはははっ、舐めんなよオレの勝率」

 少し、いや、かなり低い。

「あ、攻撃に移った!」

 ティナはブレードで攻撃を受け止めた瞬間、その場で回転して反動をつけ、左の掌底を箒の腹に叩きこもうとする。まるで中国拳法のような動きだ。

 だが箒もさすがだ。剣の柄で攻撃の方向をずらし、肩を相手にぶつける。接近した二人の顔が、お互いが少し嬉しそうな笑みを浮かべた。ライバルとして認めた的な感じだ。

 その攻防に、ISであそこまで精密な動きが出来るのか、と軽く驚いてしまう。

 一方、一夏と鈴も近接で互角の戦いを見せていた。

 二つの青龍刀から繰り出される連撃を、一夏は雪片弐型で受け止め、受け流し、そして反撃を繰り出す。鈴もそれを受け止めては、再び連続で攻撃を繰り出していく。鈴の軽い三回に対し一夏の重い一回、という格好だ。

 戦闘する二組が最後に重い一撃を撃ち合って距離を取った。

「ここまでは小手調べって感じですね」

「あれ、山田先生。おかえりなさい。ありがとうございました。二人は?」

「無事、学園の外までお送りしましたよ。頑張ってくださいね」

「うっす。とりあえず今は応援を頑張ります」

「ちょうど織斑君と篠ノ之さんのペアですか。篠ノ之さんも一時はどうなるかと思いましたけど、素晴らしい動きをしていますね」

「相手の上手さが引き出してる感じですね」

「ええ、織斑君もさすがドイツで揉まれているだけあって、良い動きをしています」

「お、次の動きが」

 再び四人が切りかかる。金属同士が弾き合う独特の音がアリーナに何度も響いた。

「相手を変えましたね」

「今度は専用機対練習機……スペック差は厳しいけど」

「どっちの専用機がより早く、打鉄を使っている方を落とせるか、という形ですが」

 今度は一夏とティナが切り結ぶ。

 数回、刃を合わせたのち、打鉄のティナがいきなりブレードを投げつけた。驚きながらも冷静に弾き飛ばした一夏だったが、驚愕はそこからだった。

 突進してくるティナに対し、一夏が斜め上から斬り降ろす。それを半身で回避すると同時に右の拳を撃ち込んだ。そのまま回転して左のバックブローを食らわせる。

 面食らってたたらを踏んだ一夏だったが、すぐに間合いを取り直そうと距離を取る。

 いくら接近戦しかない白式とはいえ、素手の打鉄で圧倒するなんて。

「すげ……」

「これは思い違いだったかもしれません……ファンさんのチームは、本気で織斑君を落としに来ましたね」

「自信があったってことかあ」

 ふむ、ここは応援して力を送らねば。何せ今のオレは応援団長だからな。

 よし、腹から声を出して、

「りーーーん、しねえぇぇぇーーー」

 とありったけの力で叫ぶ。

『アンタからぶっ殺すわよ!? って痛ぁ!?』

 よそ見してるからだ、バカめ。どうやら試合中の会話は、通信回線を通してオレたちにも聞こえる仕様らしい。

 そうこうしているうちにも、一夏とティナの戦いは進んで行く。

 ティナは一夏の死角、つまり眼帯をしている左の方へ周り込みながら、打撃を撃ち込み続けていた。一夏も両手で持った雪片弐型で防御し続けるが、密着した状態ならティナの方が圧倒的に手数が多い。

 一夏も距離を取ってから仕切り直しをしようとするが、ティナが鈴の加勢に行く振りを見せると、近接武器しかない一夏は急いでティナを止めざるを得ない。

 対して箒も飛び道具がない分、中距離からの衝撃砲に圧倒されている。ただでさえ不可視の砲弾なのだ。あれだけ回避し続けている箒が素晴らしいが、逆に言えば近づくことも出来ていない。

『そろそろ行くわよ!』

 二本の青龍刀、双天牙月を合体させ箒へと投擲した。回転しながらフリスビーのように弧を描いて箒へと遅いかかる。

『くっ』

 砲撃の合間に訪れたリズムを崩すような攻撃に、箒の迎撃体勢が間に合わない。

『なっ!?』

「外れた?」

 だが双天牙月はそのまま箒の横を素通りしていった。

 呆気に取られていた箒だが、すぐさま、その真の狙いに気付いた。

『一夏!』

 打撃によって誘導された一夏の死角へと双天牙月が襲いかかる。

 寸前で狙いに気付いた一夏も回避しようとするが、そこへティナが狙い澄ましたように掌底での連撃を食らわした。そして同時に鈴の本命である刃が一夏に炸裂する。

 ISを吹っ飛ばすのには充分な投擲を食らい、一夏は宙に待って地面に落ちた。

『今助けるぞ!』

『させないわよ!』

 相棒の窮地に走り出そうとする箒の前に、鈴が立ちふさがる。速射される見えない弾丸が箒の周囲に土煙りを巻き起こした。

「何も見えん」

「いえ、もう一人が飛び込んでいきましたね。動きを止めたことで目標を事前に固定しつつ、相手の視界を断ちました。断然有利な状況です」

 ティナが拳を握って、箒のいる方向へと飛びかかる。

 地面を揺らさんばかりに力強く足を踏み込んだ。

「勝負あったか!?」

 アリーナの北側に表示された大画面ディスプレイのゲージが、いきなりガクンと減った。

 それも、ティナのゲージが、だ。

『甘い!』

 箒は刀を正眼に構えたままで、しっかりと相手を見据えていた。強烈な一撃を受けたのはティナの方だったようで、驚きを隠せぬ顔色のままバックステップで逃れようとする。

「あの状況でカウンターかよ……すげえ」

 箒がそのままティナへと猛攻を開始する。

『くっ、ティナ、そっちから落とすわよ!』

 鈴が肩の砲台を箒へと向ける。目に見えない砲弾が連射され、打鉄の剣士へと襲いかかった。

『慣れてしまえば、見えないことぐらい、どうということはない!』

 なんか無茶苦茶なことを言いながら、箒は確実にその攻撃を回避し始めた。そこへ体勢を立て直したティナが、拳を握って左側から殴りつけようとする。

 しかし箒は放たれた打撃の先に突きを合わせ、相手を弾き飛ばした。そのまま大上段から踏み込みつつ剣を振り下ろす。上体を逸らしたスウェーで冷や汗を垂らしながら回避するティナに、追いすがるように箒が右から左からブレードを振り続けた。

「うっは、なにそれ、そんなこと出来るのISって」

「よほど自分の技に自信を持っているんでしょうね。二瀬野君も同じでしょう?」

 山田先生がオレに対してニッコリと微笑む。

 確かに他の人間が色々と他の練習をしている間、オレが最も時間を費やしてるのは、地面に立ったまま翼を動かすだけの練習だ。

 残念ながら、狭ければ狭いほどオレの機体は役に立たない。逆に何にもない空間だったら、ラウラ相手でもそれなりに戦える……気がするんだけど、これが罠だったりする。

 結局、相手に攻撃を仕掛けるには、接近をするしかないのだ。レーザーライフルは確かに良い武器だが、照射時間と威力が比例する。ゆえに止まっている相手ならともかく、動くISにはけん制以外の効果がない。最終的に近寄って突撃してダメージを与える必要が生じるんだが、接近戦がオレより上手な相手だと、よく見切られる。

 上手くやれば、セシリア・鈴には良い勝負が出来る。ただセシリアの射撃は正確無比だし、鈴は中距離砲撃の得意な機体を使っているが、センスが良いのか野生のカンみたいなもんで見切ってくる。

 ……よし、オレのボンクラっぷりが半端ねえ。

「そんなに卑下することはありませんよ二瀬野君」

 あからさまにがっくりと肩を落としたオレに、山田先生が励ましの言葉をくれる。

「卑下してるわけじゃないっつーか、その、得意分野がいまいち役に立たないっていうか」

「二瀬野君の努力する姿勢、先生は好きですよ」

 姿勢を好かれても結果は出ないわけだが……。

 まあ思ったより先生は見ていたということで、小さくため息を零しつつオレは視線を試合に戻す。

 アリーナの中央では箒一人に対して、鈴とティナが苦戦を強いられていた。

 長いポニーテールを振り回しながら、次から次へと剣劇を踊る箒に、会場中が目を奪われている。まさに神楽舞がごとき流れるような動きに、紅椿をまとっていた箒の弱い姿はない。

 龍砲をかわす動きがそのままティナへの攻撃に結びついていく。

『せいっ!』

 再び大きな踏み込みから、今度は左への薙ぎ払いが走った。ティナが回避したその後ろに、鈴が丁度重なってしまう。

『って、ティナ、どいて!』

『遅い!』

 視界を遮られた鈴へ向けて、箒が戸惑うティナの肩へ手をかけ飛び越していく。長い黒髪を絞る白いリボンが流れ星のように赤い大地へと落ちていった。

 箒の大きな振り下ろしが決まる。大きな破砕音が響くと同時に遠くまで爆発音が轟いて、鈴の右肩に浮かぶ龍砲が撃破された。

 障害物レースのように飛びこされたティナが、慌てて箒の背中を拳で貫こうとする。だが箒はそれを右に回転しながら回避すると、逆にティナの背中に左手を当て、鈴の方へと力一杯押し出した。同室コンビの二人がぶつかり、バランスを崩して重なって倒れ込む。

『一夏!』

 相棒の名を叫ぶと同時に、箒が一足飛びで後ろへと大きく下がって距離を取る。

『おう!』

 それまで姿の見えなかった一夏が、今は上空へと浮いていた。左手を真っ直ぐと鈴たちへ伸ばしている。

 その左腕部装甲が光とともに姿を変えて行った。

「あれは……荷電粒子砲!!」

 手の平だった部分に砲口が現れ、一周り大きくなった装甲の間のラインに、光が高速で走り始める。甲高い電子音を唸らせて、光る陽電子が解き放たれた。

『へ?』

 鈴が間抜けな驚きを上げると同時に、大きな爆発が起きて土煙りが巻き籠る。

 表示されていた鈴とティナのゲージが0%になり、試合終了のブザーが響く。

 視界が晴れると、爆心地に鈴とティナが折り重なるように倒れ込んでいた。

 オレのレーザーライフルを撃った経験とメテオブレイカーで目撃した大型荷電粒子砲から、白式が自分で装備を組みあげたのか? 思ったより武装の進化が早い。つかどういう原理であれは荷電粒子砲してるんだ? 静電気を取りこんでるわけ? ……謎過ぎるだろ第四世代。

「さて二瀬野君」

「はい?」

「あの凹んだ部分、直すの手伝ってくれますよね?」

 ニコニコとした笑顔で真耶ちゃんが尋ねてきた。

「え、オレ?」

「得意でしょう?」

「う、うっす」」

 一時期、よく地面に穴を開けていたので、悲しいことに整地する機械を操縦するのは得意になっていた。

「じゃあ行きますよー」

 パタパタプルンプルンと腕と胸を振りながら走り出す山田先生を、慌てて追いかける。

 

 

 

 ゴルフ場にあるカートに特殊な整地用キャリアーを繋げた、IS学園特製の整地マシンを運転していた。基本は土を被せて上から押しつぶしてラインを引き直すだけだ。何か凄いテクノロジーを使ってるらしいが、さすがに整地用マシンまでは詳しく調べたことがない。

 まだ退場していなかった鈴とティナがすぐそばにいた。ようやく打鉄の回収が終わって、今から退場するところらしい。一夏たちはすでに反対側のゲートから控室に向かって行った。

「ほれ、鈴、邪魔だ」

「ぐぐぐ、くっそぉー」

 地団駄を何度も踏みながら、鈴が本気で悔しがっている。

「ティナもおつかれ」

「はいはい。二瀬野氏も残念だったね」

「お互いな」

「ナターシャさんから、次は頑張ってネ、はぁと、だって」

「……知り合いなわけ?」

「一応ね。海兵隊のIS練習で教えてもらったことがあるぐらいだけど」

「そっか。んじゃ次は頑張りますって伝えておいて」

「ラジャー。ほら鈴、行くよ。あーお腹減ったなー」

 ティナに促されて、ようやく鈴がトボトボと歩き出す。

 さて、こっちもお仕事お仕事。

 右手でハンドル握ってアクセル踏みながら、左手で車載タッチパネルを操作して整地を始めた。

 思わぬところで繋がってるもんだなぁ、人って。

 空を見上げれば、今日は快晴。梅雨はどこに行ったのやら。熱中症になりそうな暑さの六月終わり、夏の匂いを漂わせた太陽がオレたちを照らしていた。

 というわけで、あれだけ熱望していた学年別タッグトーナメントの場に出ることが出来ました。

 整地係として!

 なんだこのオチ……。

 

 

 

 熱戦に次ぐ熱戦である。

 ベスト4に上ったのは、一夏・箒組のチーム元第四世代、ラウラ・セシリアの英独休戦協定、更識簪とそのクラスメイトの無口なヤツら、そして玲美と理子のチーム四十院だ。

 そして今、圧倒的な破壊力を誇るラウラ・セシリア組が、簪とそのクラスメイトのチームを破ったところである。

「……全部の試合が一分以内で決着するとか、バランス的にどうなの……」

 今回は整地の必要がなかったので、席に座ったまま愚痴を零していた。そのオレの横に神楽が座る。手に持っていたスポーツドリンクをねぎらいの言葉と一緒にくれた。

「向かうところ敵なしですね」

 声援に答えるように回りながら手を振るセシリアに対し、さっさと立ち去るラウラという組み合わせだが、今のところは上手く噛み合っているらしい。

 そして隣にいる神楽もまた、二回戦で英独組に敗北していた。

「今から一夏・箒と玲美・理子の一組対決か」

「どっちを応援します?」

「もちろん玲美と理子」

「良い解答です」

 雇い主のお嬢様が合格点をくれたので、調子に乗って、

「男なんぞ応援するか」

 と付け加えた。

「女なら誰でも応援するって言っておきますね」

「おいバカ、玲美さんと理子さんだから応援するんです」

 隣で堪えるように笑う神楽に、ちょっとばつが悪くなる。

「本当に元気は出たようですね」

「とっくにな」

「何をしたかったんですか? 言えないことは言わなくて良いですけど」

 真顔に戻った神楽が、物凄く曖昧な質問を投げてきた。目的を問うているのではなく、願望を尋ねているんだろうな。

 具体的には浮かんでくるんだが、こう聞かれると逆に困る。

「……うーん。色々、だな。何個かある」

「色々?」

「頑張ってるヤツらを知ってて、その頑張りが無駄になるのは、どうにもな」

 足を組んで背もたれに体重を預ける。

 クラスメイトたちが頑張っていたのは知ってる。専用機持ちだけがIS学園にいるわけじゃないんだ。その努力の最初の集大成がこの学年別タッグトーナメント。それが中止になるなんて許せなかった。

「……それは……」

「ん?」

「いえ、少し腹が立ちますが、他には?」

「もしタイミングが悪ければ、事故が起きたかもしれない」

 無人機の乱入によって、何らかの事故が起きるかもしれない。結果的には昨日だったから親がいるときではなかったけども。それにこの会場にはたくさんの人間が集まってる。逃げるときの押し合いへし合いでケガをする人間だっているかもしれない。

 そして、無人機の流れ弾が観客席との間を阻むシールドバリアーを突破しないとは限らない。そもそも相手はIS学園に配慮するような敵ではないのだから。

 予想外の侵入で起こり得るリスクなんて、挙げれば切りがない。

「事故を未然に防いだ、と」

「んなところ。最後は……嫌いなヤツがいるんだよ」

「嫌いなヤツ……」

 なぜか神楽は目を丸くし、その後に眉間に皺を寄せた。

「意外です」

 ぽつりと、そんな感想を漏らしたことが意外だった。

「え?」

「ヨウさんが誰かを嫌いなんて言うのは」

 返す言葉がない。事実、オレが嫌いなんて思うのは、篠ノ之束だけである。そして篠ノ之束の話題なんて、そうそう出て来ない。

 ウマが合わない人間もそりゃいることはいるが、そんなのは軽くかわせる。さすがに人生二回目ともなれば、同じ高校生ぐらいなら余裕を持って接することが出来るのも当たり前って話だしな。

「でも、それじゃあ仕方ありませんね」

 上手く返答できないオレだったが、神楽は密やかに柔らかな笑みを向けてくれた。

 理解してもらった、とは思わない。大事なことは何一つ話してない。

 この四十院神楽や、アリーナの中央で深呼吸をしている岸原理子と国津玲美とは、それなりに付き合いも長くなってきた。平日も休みも一緒にいることが多い。これほど信用できるヤツらはいないと思う。

 でも、オレが信じることと、オレが信じてもらうことはまた別の話だ。

 根本的に『自分を信じてもらえることなんて、信じていない』のだろう。

「始まりますね」

 その言葉で我に帰り、視線を会場の中央へと向けた。一番大きな画面に、カウントダウンが走る。

「キーは打鉄の理子か」

「正直、厳しい局面ですね。篠ノ之さんはここまでずっと素晴らしい動きをしています。紅椿を操縦していたパイロットとは思えません」

「だな。……しかし玲美と理子の作戦」

 試合が開始されると同時に爆発と驚きと、そして箒の怒号が飛び交い始めていた。

 隣の神楽がヤレヤレと頭を横に振っている。オレも同様の気分だった。

「専用機と組んでいるから、とはいえ」

「酷い……」

 オレも思わず苦笑いを浮かべてしまう。

『そぉれ』

 理子ののんびりとした声の後に爆発音が連続で響いた。

 玲美は、リベラーレの得物として、基本武装の合金製ブレードの他にグレネード他多数の爆弾が入ったバッグ二つを持ち込んでいた。グレネードは持ち手のダイヤルを回すと爆発までの時間が変わるタイプで、それを試合開始と同時に全て理子に渡したのだ。

 つまり、今の理子は打鉄のくせに、多量の爆発物を装備していると同様だった。

「たしかにテンペスタⅡはテンペスタの後継機だけあって、いくつかの兵器を流用できるのが特徴ですが」

 苦々しいというか、呆れたような声で神楽が説明してくれる。

「他機使用認証の使い方が酷い……確かにレギュレーションにゃ無かったけどさ……でもお前のパパ、すげえ笑ってるぞ」

 ちらりと来賓席の方を見れば、最前列でいかにもやり手ビジネスマン風の格好をした四十院所長が、腹を抱えて膝を叩きながら笑っていた。

「お父様はそういう方なのです」

 その娘がアリーナ中央まで届かんばかりの深いため息を零す。

『箒!』

『おっと、そっちには行かせないよーん』

 箒を助けに行こうとする一夏の白式を、玲美のテンペスタⅡ・リベラーレが行く手を塞ぐ。

『く、このっ!』

 雪片弐型で斬りかかるが、地面にいながらもリベラレーレは推進翼を小刻みに吹かし、打ちあうことなく右へ左へ滑走して回避し続ける。

 やがて業を煮やした一夏が、大きく横へ薙ぎ払おうとした。だがそれを待っていたのか、玲美は前方宙返りで上空へと舞い、相手の背後へと着地する。一夏もそれを狙い澄ましたかのように、刃を切り返してもう一度、雪片弐型を大きく振り回す。

 だが背中を向けたままリベラーレが、柔軟運動のように足を広げてペタリを地面へと上体をくっつける。

 予想外の回避方法に一夏の体勢が大きく流れた。狙い澄ましたようにそのまま推進翼を点火させ、ブレイクダンスのように回転し、一夏の顔面へとハンドスプリングで蹴りを見舞った。

 会場中から驚きと拍手が溢れる。外人の来賓なんて口笛を吹いて絶賛していた。

「どんだけリベラーレ(自由)なんだよアイツの動き」

「往年のカンフー映画のようでしたね」

「カンフー映画とかよく知らんが、リベラーレに乗ってる推進翼の、動作の繊細さはすごいな」

「デモとしては大成功ですね」

「全くだ。もちろん玲美も凄いけど。でも理子も地味に頑張ってるな」

 箒と理子の戦いは、実に騒々しいものになっていた。様々なタイミングで爆発するグレネードを回避しながら、箒が斬りかかる。

『このぉぉぉぉ! く、に、逃げるな、卑怯だぞ』

『こっちおいでー。ポイポイっと』

 理子は舌を出して相手をおちょくりながら爆弾を振りまいていた。

 こちらは打鉄同士の戦いゆえにスペック差はない。当然、逃げ回られると追いつけないのだ。箒が上手く回りこもうとしても、そこにグレネードを爆発されて距離を開けられてしまう。

「でも妙だな。あれじゃ両方ともが時間稼ぎをしてるようなもんだ」

「はい?」

「玲美も理子も基本は逃げ回ってるだけで、積極的に攻めに転じてない。これじゃグレネードが尽きてジリ貧だぞ」

「そのことですか。もちろん考えてると思いますよ。あと篠ノ之さんを最大限に警戒してるんですよ二人とも」

「ほう?」

「何だかんだで彼女のセンスは素晴らしいです。逆に織斑君は新しい兵装を見せたとはいえ、基本が大雑把です」

「先に箒を落としに行くって?」

「ええ、間違いないでしょう。ほら、篠ノ之さんが慣れてきたようですよ」

 逃げながらバックハンドで投げつけられたグレネードを、箒が踏み込んでから刀の腹で撃ち払った。箒にダメージを与えるはずの投擲物が、二人から離れた場所で爆発された。

 どうやらグレネードの爆発タイミングを、打鉄がダイヤルを回す動きで読み切ったようだ。

『見切った!』

「サムライか」

 思わず突っ込んでしまうが、まあその姿は確かにサムライがごとしだ。

『ありゃ』

 理子が立ち止まって、腰に巻いた大きなバッグの中を漁る。しかし、一つしか出て来なかったグレネードを見て、がっくりと肩を落とした。

『ふ、散々弄ばれたが、ここまでのようだな!』

 切っ先を理子に向け、見栄を切る。

『ここまでかぁ……玲美、あとよろしく』

『ちょっと理子ぉ!?』

 白式と空中戦を繰り広げていた玲美が、焦ったような声を上げる。

 ヤレヤレだ。

「まったくです」

「心読むなよ」

「でもわかってるんでしょう?」

「もちろん。付き合いも長くなってきたからな。つか何なの、あの小芝居」

 アリーナでは、剣を大きく上段に構えた箒が、気合いの雄たけびと共に一足飛びで踏み込んでいく。

 そして肩を落としたままの理子へと、まっすぐ刃が落ちると思った瞬間、理子がニヤリと笑った。

『へ?』

 箒の間抜けな声が妙に鮮明に聞こえる。

 理子がよりにもよって、グレネードで刃を受け止めたのだ。

 今までで一番大きな爆発が起きた。最高威力をここに持ってきたのか……。

「でもまあ、作戦成功のようですね」

 北側に浮いている大画面ホログラムディスプレイに表示されたゲージが、ダブルKOを示していた。

「……ひょっとしてこの作戦って、発案は研究所?」

「具体案は理子と玲美に任されてました。これで一対一。余計な邪魔は入らないというわけです」

 神楽が髪を耳にかけながら、さらっと言う。

「対第四世代へのアピールか」

「最初から負けるつもりもありませんが」

「さすが敏腕所長だよな」

「ええ。理子も乗り気だった、という点が一番重要ですけど」

「あいつはまあ、面白いこと大好きだからな……」

 とは言いつつも、頭を抱えたくなった。

 すごい楽しそうにやってたからなぁ。最後の笑みなんて、まさにほくそ笑んでた、という表現がぴったりだ。

「さて、ここからはリベラーレ対白式ですか。どう見ます?」

「7対3でリベラーレ」

「思ったより白式の評価が高いですね」

 これでも低めにつけたんだけど、神楽さん厳しいですね……。

「意外性がなぁ。零落白夜と荷電粒子砲の威力もバカにならんし」

 オレの予想に、神楽はすこし考え込んでから、

「そうですね。スペック自体も第三世代より高い機体ですし」

 と少し残念そうに口を開いた。

「一夏も結構、鍛えられてる」

「そうでしょうか?」

「それにアイツの恐ろしいところは、対応力と機転だからなぁ」

「つまり、この試合中にリベラーレを見切る、と」

「そこまで言わんけど、返す刀が零落白夜だったら、一撃でも食らうと大ピンチだ」

「玲美とリベラーレの回避力も侮れないと思いますが」

「ただし武器がブレード一本。実際、白式のゲージはまだ結構残ってる」

 赤を基調にトリコロールカラーのラインを入れたテンペスタⅡ・リベラーレと、純白の機体が空中戦を繰り広げている。

 戦いは玲美が急速方向転換と抜きんでたスピードを武器に襲いかかり、白式が耐える形になっていた。

 迫ってくるリベラーレに、攻撃を合わせようとする一夏だったが、相手はそれすらもひらりと回避して、連続で攻撃を仕掛けてくる。

「まずいですね」

「え?」

「玲美の攻撃が単調になってます」

「言われてみれば、そうだな……」

 考えてみれば簡単だ。玲美にはそれしか攻撃はない。先手を仕掛け迎撃をかわして、その隙に攻撃を行う。二人の戦闘では基本パターンがそれしかないのだ。お互いの後手を回避出来るかが勝負の分かれ目だ。

『行くよ!』

 赤い推進翼を立ててブレードを横に構え、一気に加速して白式に突撃していく。今までで一番の速度だ。

『来い!』

 対して雪片を正眼に構え、一夏は相手の攻撃に備えた。

 リベラーレの機動が赤いラインとなり、白い星へと延びて行く。

 その攻撃に合わせるように雪片弐型が振り下ろされる。だが玲美は急速方向転換で上方へ回避してから急降下をし、白式へと突きを繰り出そうとした。

 だが、一夏の最初の一撃はフェイントだ。コンパクトに刃を返し、今度は下から上へ素早く振り上げる。

「って、なんだってぇ!?」

 意図せず驚愕が口をつく。ってか、オレはスポーツの実況席で驚くアナウンサーか。

 玲美はブレードを手放し、雪片の刃を上体を逸らしてすり抜け、一夏の手首を右手で掴んで翼を立て、白式を鉄棒に見立て片手大車輪のようにグルリと回る。そして倒立上体で止まると、目が点になったままの一夏の頭をリベラーレの足で掴み、推進翼の力で無理やり回転して、白式を逆さまにしてしまう。

 玲美はそのまま、真っ直ぐ地面へと加速しながら一夏を頭頂部から突き刺した。

 軽い地響きがアリーナを揺らす。

 一瞬の沈黙の後、驚きと喝采が会場中から送られた。

 オレも拍手を送る。すげえ動きだった。

「ルチャ・リブレとか、そういうのを見てるみたいだな。リブレがスペイン語でリベラーレと同じ意味だっけ」

「るちゃ・りぶれ?」

「メキシカンプロレスだよ。空中技が多くて、今みたいに相手の体を中心にグルグル回って反動でマットに叩きつける技とかある」

 手放したブレードを地面で華麗にキャッチした玲美は、後方宙返りを決めてから見栄を切り、こちらに向かってウィンクをした。

 ……まあ、可愛らしいことで。

「ああ、小さいころ、玲美がプロレスの映像を見てたような……」

「見た目は派手で面白いからな。ってマジで実況席っぽくなってきたな、この席」

 ふと周囲を見れば、クラスメイトたちがオレの解説を、感心したような顔で耳を傾けていた。

「今のすごいところは、翼を細やかに動作させ、相手を混乱させつつ上下を逆さまにしたところだろうな。これはPICで浮遊しているISだからこその弱点だ。重力に従わないということは、天地を見失いやすいということになるからな。自分がどっちに向かっているかわからない。ほら、海の中に落ちてどっちが海面かわからないとかあるだろ?」

「なるほど。咄嗟に上下を把握して推進装置を下方へ向けることが出来なければ、相手の思う方向へ落とされてしまうというわけですね」

「そういうことだな」

「さすが初代テンペスタマスク」

「いや何そのリングネーム? 冷静な顔で言わないでくれる?」

 そして二代目は初代より強いのだ、きっと……。

「ただ、まあこれが実質的な二位決定戦だな」

「ですね。決勝で待つのがブルーティアーズとレーゲンでは……」

「大人げねえよなぁ」

 オレたちがため息を吐く中、アリーナでは、次の局面が始まっていた。

 残りヒットポイントというかゲージが半分程度になった白式と再び空中戦を始める。

 加速された刃と刃がぶつけ合っては距離を取り、お互いに向かって再び突撃していく。繰り返すたびにお互いの加速が増していった。

「スピード自体は互角ってところか……」

「加えて威力は白式、細やかな動作ではリベラーレですね」

 そしてアリーナの端と端へと離れた両機が、刃を構える。

 一夏が雪片を構えて一度、大きく深呼吸をした。それから優しげな目で相手を見据える。

『国津さん』

『……なに?』

『ありがとう、アイツを見ててくれて』

 そのセリフに、玲美は小さく驚いて目を丸くしたあと、

『どういたしまして! これからも、だけどね!』

 と笑顔で元気良く返事をした。

 玲美のリベラーレが赤い機体にトリコロールカラーのラインを走らせた第三世代機が、推進翼を立てる。

『行くよ、リベラーレ!』

 それに対峙する一夏も、小さく笑ってから剣を十字に振るう。そして再び正眼に構え、真剣な顔つきになった。

『零落白夜!』

 掛け声とともに、白式の刀から白い炎のようにエネルギーが放出されて、周囲に光をまき散らす。

『これで』

『決める!』

 掛け声とともに、二機が相手に向けてイグニッション・ブーストを仕掛けた。

 一秒にも満たない沈黙を挟み、二機が激突した。

 加重されたリベラーレの刃を、白式が刀ではなく左手で受け止める。大きく亀裂が入り、その白い装甲が破砕音を立てて凹んだ。

 同時に右手の零落白夜が振り下ろされる。

 予想外の迎撃方法に、リベラーレは身を翻そうとしても間に合わない。

 シールドを引き裂かれ、玲美は背中側から地面へと叩き落とされた。

 再び地響きがアリーナを揺らし、土煙りが舞い上がった。

 数秒の沈黙の後、会場中が割れんばかりの喝采に包まれる。今の攻防に、会場中が湧き立っていた。

「大丈夫か、玲美……。ゲージはまだギリギリ残ってるけど」

「完全に意表を突かれましたね。肉を切らせて骨を断つを地で行くというか」

「クソ度胸の持ち主だけどな、昔っから。だけど白式もかなりダメージを食らったな。零落白夜を使ったせいもあって、動けるのはあとわずかってところか」

「で?」

「で?」

「その前の会話に思うところは?」

 意地悪さを含んだ笑みを浮かべ、神楽がオレに尋ねてきた。

「……アザーッスとしか」

 いやまあ……心配されてる会話って、なんか自分がやんちゃ坊主に思えて気恥ずかしいよね……。

 膝をついて、玲美が起き上る。

 本人にもちろんダメージはないが、柔らかくて白い頬を伝わる汗は、決して体温のためだけじゃないだろう。

 一夏は逆に少し余裕がある。左腕を破壊されているとはいえ、今ので精神的優位に立った。何をされても斬り返せる、という形で明暗がついたんだろう。

「ヨウさん」

「言われなくてもわかってるっつーの」

 今のオレがやれることは応援だけだ。

 オレは一夏に負い目がある。アイツはオレのせいでしなくて良い苦労を負ってしまった。

 だけど、今の自分が応援したいのは、あの少女だ。

 イスから立ち上がって、客席の最前列まで走る。落下防止用の手すりから上半身を突き出して、大きく息を吸い込んだ。

「玲美! がんばれ! そこのバカなんか捻ってやれー!」

 腹から力を込めて横隔膜を振るわせる。これが自分の精いっぱいだ。

 いつだって、このIS学園に入ってからはいつだって、自分の精いっぱいをやってきた。

 出来ないことだらけでも出来ることはある。

「眼帯つけたスカした野郎なんて、ぶっ飛ばしちまえー!」

 オレの声が届いたのか、玲美は背中を向けて、後ろ手で親指を立てた。その向こうに見える一夏は苦笑いを浮かべている。

『さて、今度こそホントに最後! 行くよ、織斑君!』

『よし、望むところだ、来い!』

 二人ともが最後の力を振り絞って、地面と並行に直進飛行する。

 先ほどの焼き直しのように、リベラーレのブレードが一夏の死角側から襲いかかる。

 それを予期していたかのように、砕けた左腕で防いだ白式が、同時に右腕の雪片弐型を斜めに振り上げた。

 ここからはさらに進化したパターンだ。玲美はブレードを手放し、上半身だけでスウェーを行い紙一重の差でノーダメージの回避を成功させる。そのまま後方に宙返りをしながらキックを食らわせる。いわゆるサマーソルトだ。

『ぐっ!?』

 食らいながらも一夏は剣を引き、突きを構える。そのまま真っ直ぐ、リベラーレの背中に切っ先を伸ばした。

 赤い翼の左側だけが推力を放つ。羽根の一部を削り取られながらも、天地逆さまのままコマのように横に回転して、威力の乗ったキックを相手の左側部へと放った。

 すでに装甲の役目を果たしていない左腕で白式が防ぐ。

 跳ね返った反動そのままに、リベラーレはさらに回転を強め、逆側からの後ろ回し蹴りを見舞った。

 確実に当たるかと思ったそれを、今度は一夏がしゃがんで回避し、相手の体勢が崩れたところで下段から渾身の力で雪片弐型を振り上げる。

 玲美も翼の推力でかわそうとするが、先ほど食らった突きのせいか、一瞬だけ反応が遅れた。

 鈍く低い打撃音が、会場全体を振るわせるように響く。

「……負けか」

 試合終了のブザーが鳴った。

 一夏のゲージがわずかに残り、玲美のゲージがゼロになっている。

 大画面ホログラムに、勝者は織斑・篠ノ之組と表示されていた。

「悔しいなあ」

 素直な感情がついポロっと口から零れ出る。

 戦いぶりから見れば、おそらく十回戦えば八回以上は玲美の勝ちだろう。慣れない機体でよくあそこまでアクロバティックな動きを見せたと思う。

 だが一夏は、その少ない勝利の確率をこの戦闘にピタリと合わせてきた。

 つまり、そういうことなんだろう。

 でも、予想以上に悔しい。思ったより玲美が負けたことが悔しかった。こんなことなら、最初っから声を張り上げて応援してれば良かった。

 二人の健闘に、生徒と来賓から惜しみの無い拍手が送られている。アリーナの中央では、二人が握手をしながら会話をしているようだ。その声は通信に乗ってないようで、客席のオレたちには聞こえない。

 動いて体温が上がったせいだろうか、玲美の顔がちょっと赤く染まっているように見えた。

 感情を制御するように、自分の両頬を挟むようにパチンと叩く。

『IS学園より、決勝についてお知らせいたします』

 オレが顔を上げた瞬間に、会場中にアナウンスが入った。この声は織斑先生か。

『織斑・篠ノ之組の損傷が激しく、この後の決勝を行うことが不可能と判断いたしました。よって、優勝者はオルコット・ボーデヴィッヒ組に決定いたしました』

 会場中がどよめきと不満の声でざわつく。

 まあ、当たり前の判断だろう。白式の左腕部はリベラーレによって原型が見えないぐらいに砕けている。他の部位も損傷が激しそうだ。だったら、ここで無理をする意味はない。

 ただでさえ虎の子の第四世代だ。大事を取るに越したことはないしな。

『もう一度繰り返します』

 客席を黙らせるように、織斑先生が少し声色を低くして、同じ内容を伝える。

 その場で座り込んで深くため息を吐く。

 冴えない終わり方だが、まあ、全員頑張ったし。

 IS学園に入って、最初の全員参加イベントだ。IS乗りとしての初めての本格的な試合だったヤツも多いだろう。これを機に頑張るヤツだって増えるに違いない。オレだって、テンペスタが治ったら、また頑張ろう。

 何はともあれ、学年別タッグトーナメントが無事に終わって良かった。

 腰を上げて、空を見上げる。

 高い位置にある太陽が、夏の匂いを送ってきていた。

 

 

 

「二瀬野」

 荷物を抱えてアリーナを出ようとしていると、ラウラが声をかけてきた。

「おう、優勝おめでとさん」

「少し顔を貸せ」

「ん? 何だよ」

「いいから、こっちだ」

 そう言って、ラウラがアリーナの中へと戻っていく。

 体育館裏に来いってヤツか? だけどさすがにラウラにまで恨みを買うようなことをした覚えはないぞ。

 無機質な合金製の廊下は、すでに熱気が失われていた。玲美たちの試合から結構な時間が経っている。オレは最後まで整地を手伝っていたので、生徒の中じゃ一番後に出たはずだ。

「どこに行くんだ?」

「お前の友人が呼んでいる」

「は? 誰?」

 尋ねても返答はなし。まあ一夏だろうな。長い銀髪を垂らした小さな背中を、少し距離を取って追いかける。

 二人の足音だけが鳴り響いていった。

 数分ほど歩いた場所はアリーナの中央、試合が行われていた場所に繋がるゲートの一つだった。二枚の巨大な金属板で左右から閉じられた、ISも使う出入り口だ。

「ISは?」

「自己修復中。機体は上級生の整備班に預けてる」

 その上級生というのも、卒業後は四十院関係の会社に就職が決まっている人たちだ。たまにこうしてホークの面倒も見てくれている。

「では、中に入れ」

 そう言って、ラウラがゲートの扉のスイッチを押した。低いモーター音とともに、ゆっくりと左右に扉が開いていく。

 時間はもう夕方だ。西日がオレの目に飛び込んでくる。

 その眩しさに目を隠しながら、整地したばかりの競技場内に出た。

「来たか」

 その真ん中には、眼帯をつけ白式ではなく、打鉄を身に着けたヒーローこと織斑一夏が立っていた。アイツも愛機は自己修復中か。

 そして、一夏を中心にして、八の字状にISが並んでいる。

 一夏の左側には、ブルーティアーズ、ラファール・リヴァイヴ・カスタム、右側には甲龍、テンペスタⅡ・リベラーレが立っている。

 他にも数機の打鉄が並んでいた。箒や神楽や理子だけじゃなく、ハンドボール部の相川さんや、のほほんさんもいる。二組のメンツも混ざっていた。ISを装着してない子たちは制服姿のまま、外側を囲むようにしている。

「みんなして、なんだ?」

 意図がわからん。

 全員でオレをボコる? そんなことはないよな、たぶん。

 神妙な顔の一夏が、一歩前に出る。

「二瀬野鷹」

「どした、改まって」

「お前に試合を申し込む」

「なんでだよ?」

「俺が、お前と戦いたいからだ」

 無感情にそう言い放って、合金製のブレードの切っ先をオレに向けた。

 みんなの顔を見回すと、全員が無言で頷く。

「意味がわからん。オレとお前が戦う理由とかないだろ」

「お前、昔っから俺のこと、ずっとヒーローって呼んでたよな」

「んあ? それがどした」

 事実としてヒーローなんだし。

「じゃあ脇役なんだろお前」

 ……わざとだろうな、その挑発するような言い草は。

 そんなのに乗るほど、オレは『若くない』。

「脇役なんてのは、ずっとわかってる。それと今の状況に何の関係があるんだ?」

「国津さん」

 一夏の呼びかけに、リベラーレを身にまとった玲美がスッと前に出た。

「私がお願いしたの、試合の後に」

 そういや、握手して何か話してたな、二人で。

「何の意味があるんだよ、みんな疲れてるだろ? こういうときは、さっさと寮に戻ってパッと食堂で騒ぐに限るって」

 頑張ってヘラヘラ笑いながら言ってのけ、踵を返す。

 オレの試合は、始まる前に終わったんだ。ここで一夏と戦う意味がない。

「ヨウさん」

 セシリアが手に持っていたスターライトMKⅡの砲身を地面と垂直に立てる。

「セシリア、これはクラス代表公認の行事か?」

「なぜ、何も喋らないんですの?」

「何の話だよ」

「棄権のことです」

「言う必要あんの? 自爆して機体が壊れただけだぞ」

「……なぜ、わたくしと向き合ってくださらないのですか、あなたは」

「何の話だよ」

「失望いたしましたわ。わたくしが勝手に任命したクラス副代表ですが、ここまで信用をされていないなんて」

「失望されるのは、結構よくあることなんだ、気にすんな」

「失望したのは、わたくし自身に、ですわ。何かにつけ、一緒にクラスを盛り上げるよう頑張ってきたつもりでしたのに、何の信頼も得られていなかったなんて」

 目尻をいつも以上に落として悲しそうに笑う、その姿と言葉が痛い。いつも自信満々で、ともすればよく空転するセシリアが、そこまで言うなんて。

「ヨウ」

 鋭い声でオレに呼びかけたのは、甲龍を着た鈴だ。右肩は試合で損傷したままである。

「なんだよ鈴。さっさとISしまって自己修復させろよ。変なクセつくぞ」

「逃げんの?」

「逃げる? なにこれ、オレに対する裁判か何かなわけ? 裁かれるような罪状が思い浮かばねえな」

「一夏は、帰ってきたわよ」

「……どういう意味だ?」

 オレが問い返すが、鈴はそれ以上答えずに、ずっとオレを睨んだままだ。

 答えがないんじゃ仕方ない。再びゲートの方を向いて、立ち去ろうとした。

「戦え」

 短く、命令口調で告げてきたのは、ゲートの横の壁に腕を組んで寄りかかっていたラウラだった。

「だから、何でだよ。仮にも準優勝者で、オレが勝てない玲美に勝ったヤツだぞ。意味あんのか、これに」

「ドイツで私が出会ったときから、一夏はずっと自身の不甲斐なさを悔いていた」

「……それがどうした。気に病むことなんてないぞ。オレが勝手に失敗しただけだ」

「恐いのか、一夏に負けるのが」

「恐い? 負けっぱなしの人生だぞ? それにタッグ戦でなら、すでに負けてんだ」

「差がわかるのが、恐いんだろう」

「見えてんだろ。この立ち位置がオレとアイツの差だ」

 もう一度、一夏を中心にして放射線状に並ぶ人間たちを見回した。

 アイツを中心に世界が広がり、オレは一人、蚊帳の外にいる。

 この陣形に何の意味があるかは知らないが、オレだけが独り、ポツンと外れて立っていた。

 元々は、オレがいなくても回る世界だ。

 ……わかっていても寂しいもんだな。

「でもまあ、そこまでみんなで戦えって言うなら、意固地になってまで戦わない理由がないな」

 上着を脱いで、荷物の入ったバッグと一緒に壁際へ放り投げた。

 なんかもう、どうでもいいや。

 玲美ですらあっちにいる。理子や神楽でさえもだ。

「じゃあみんな、見てろよ。タッグトーナメントに出場するまでもなかったオレの実力、二瀬野鷹の負けっぷりってヤツを」

 

 

 

 靴と靴下を脱いで、制服のズボンとTシャツのまま、インフィニット・ストラトス『打鉄』に手足を通す。

 ISスーツがないと効率が悪いが、それでも動かすこと自体に問題はない。どうせ勝てる気もしないんだし。

 しかし、すげえ久しぶりに打鉄を身に付けたな。こんなに感覚が違うのか。背中に翼がなくて、頼りないにもほどがある。

「さて、やるか」

 みんなは壁際に寄っている。打鉄同士なら飛び道具もないし、危険もそんなにないか。

 その中にいる玲美に一瞬だけ視線を向けたが、すぐに逸らしてしまった。その表情を確認する勇気がない。

 玲美は良くも悪くも真っ直ぐな子だ。常に冷静でポーカーフェイスが得意な神楽や、賢しい頭で色々と企む理子と違って、感情が顔に出やすい。だから今日の試合中に打った変な小芝居も、すぐに看過できたわけだ。

 昔話を思い出す。オレこと二瀬野鷹が経験した話だ。

 中学校二年のとき、付き合ってる子がいた。一夏がいなくなってから程なくして別れたんだが、別れ際に言われたセリフが、もうホントに酷い。

『私、ホントは織斑君のことがずっと好きだったの……』

 ああそうですか、としか返せなかった。それっきり会話もしなかったし顔も見たくなかった。体中の温度が心ごと冷めていくように感じた。

 今も似たような気持ちだ。

 そういやセシリアも戦ったあとに一夏に惚れたんだっけか。

 合金製の太刀を持って、軽く振り回す。

「さて、やるかヒーロー」

 片手で持った刃の切っ先を、一夏相手に突きつけた。

「……来いよ」

 無表情に言い放つ主人公に、思うところはもう何もない。

 ガシャンガシャンと機械の関節を鳴らし、一夏へ上段から打ち降ろした。

 金属同士が弾け合う。

 そのまま、お互いに刀を狙って何度か打ち合った。

 打鉄ってこんな感じだったっけ。重いなぁ。ホントにPIC効いてんのコレ?

 ぼんやりとそんなことを考えながら、試合を続ける。今のオレを外から見れば、心ここにあらず、と言った感じだろう。

 我ながら酷い打ち筋だ。剣道を七年間もやってた人間には思えない。案の定、たまたま視界に入った箒の顔がすんげえ渋い。

 一夏が打ち降ろしてきたのを、緩慢な動作で受け止める。オレは打ち返すことが出来ずに、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。

「なんだよ……コレ」

 ポツリと、目の前の男が漏らす。

「あん?」

「お前、何やってんだよ」

「何言ってんだお前」

「何やってたんだよ、お前」

「成長してねえってか? お前と一緒にすんなよ、オレは要領が悪いの」

「そうじゃねえよ!」

「叫ぶなよ、うるせえな」

「オレはまだ弱いっていうのかよ、ヨウ!」

 なんか主人公様が意味のわからんことを言い出した。

「何言ってんの、お前」

 近距離で会話するのが面倒になって、軽く押し返してから再び刀を叩く。そうやって距離を取るのが篠ノ之流の稽古だった記憶があった。

 再び正眼に構えを戻して、相手の剣を見据えようとした。だが一夏の持つ刃が地面を向いている。

「ヨウ、どうして、オレを見てくれないんだ」

「はあ?」

「これでも、ちょっとは強くなったんだぞ、オレ! ドイツでISに触れてから、ラウラに教えてもらいながら!」

 何で必死に叫んでんだ、コイツ。

「いや充分強いだろ。オレより強いし、今日だってオレが勝てない玲美に勝ったんだし。そんなの充分に認めてるぞ」

 努めて冷静に、なるべく声を荒げないように答えを返していく。

「だったら何で、オレに何も言わないで、誰にも助けを乞わないで、一人で傷ついてんだよ!」

「しょうがないだろ。言ったって誰も信じないことはあるし、信じてくれなきゃ動かないし、言ったら言ったでそれなりに大変なことにだな」

 未来を知ってるとか言ったら、頭がおかしいヤツだと思われてISに乗れなくなったりするかもしれんし。

「何も言わなくても、オレは信じる!」

「いや信じなかっただろ、オレは散々言ったぜ、お前がもしかしたら誘拐されるような事態が起きるかもって。それが実績だ」

 自分でも驚くぐらい冷たい声色で言葉が溢れ出た。

 攻めるような口調だったせいか、一夏が黙り込んでしまう。

 オレたちが話題にしているのは、一夏がドイツに行くことになった原因となった事件についてだ。亡国機業にコイツが誘拐される事件の前、オレはその可能性があるって色んな人に協力を願った。本人へも気をつけるように忠告した。

 だが信じたヤツはゼロだった。

「いや、お前が悪いって言ってるんじゃないぞ、すまん」

 一夏が何も喋らずに下を向いていたままだったので、つい謝ってしまう。

 南米のサッカーの試合なんかじゃ裏で賭博をやってて、選手の家族を誘拐して八百長を強要したりってこともあるらしい。けど平和な日本じゃ想像しにくいし、それは仕方ない話だと思ってる。

 なのに一夏は俯いたまま、動かなくなっていた。

「ほれ、試合続けるぞ」

 からかうように剣をクルクルと回転させてから、屈伸運動をしてみせる。

「……悪かったって思ってるわよ」

 その言葉は、目の前からじゃなくて外野から聞こえてきた。

 声の主を探してみれば、どうやら鈴のようだった。

「なんだって?」

「だから、悪かったって思ってるわよ」

「いや悪いのはお前じゃなくてオレだって。一夏を助けられなかったし、別れの挨拶も出来ずに中国に帰ることになって、ホントに悪かった」

「なんで……なのよ、アンタは!」

「ああもう二人揃って、意味のわからんことで叫ぶなよ、めんどくさくなるだろ」

 実際、ISを動かすことすら面倒になってきている。

「食らえ、このバカ!」

 鈴が手に持っていた双天牙月を一本に合体させ、オレに向かって投擲してきやがった。

「あぶねっ」

 唐突すぎて上手く動けず、尻餅をついてしまったが、鈴の攻撃は座り込んだオレのちょうど上を通り過ぎて、地面に刺さる。

「次は絶対にアンタを信じるわよ。てかヨウ、アンタね、あたしがあのとき殴った意味、まだ理解してないわけ?」

「そういや無言で殴られたな。助けられなくて悪いって謝ってんのに殴るとか、お前どういう神経を」

「あたしはアンタが、自分も危ない目にあってんのに、そういう態度だから頭に来て殴ったのよ!」

 文節ごとに区切りをつけて強調しながら、セカンド幼馴染様が怒りをオレにぶつけてきた。

 それは新説だな。まさか鈴がオレなんかを心配してた、なんて。そんな素振りは一つたりとも見えなかったってのに。

「それは気付かなかったよ、悪い。だけど、余計なお世話だ」

「なんですって!?」

「オレより心配しなきゃいけないヤツがいるだろ、そこに」

「一夏の心配? どうしてよ?」

「なあ一夏」

 一言も喋らずに地面を見つめている主人公へ、なるべく優しく声をかけた。気を抜くと言葉が鋭くなってしまう。

「何だよ?」

「なんでお前、ドイツに行ったんだ?」

「……それは、千冬姉がドイツに行くって言うから」

「織斑先生が日本に戻るとき、なんで一緒に帰って来なかった?」

 昨日の晩飯の内容を聞くぐらいの気軽な感じで、立ち入り禁止区域に踏み込んでいく。人間、ヤケになりゃ何でも出来るもんだ。

 オレの言葉に、主人公様が刀を握る打鉄の手に力を込めた。

「帰る自信がなかった。また同じようなことがあったときに、誰かを巻き込んでしまうんじゃないかって思った。だから強くなりたかった。守れるようになりたかった」

 振り絞るような言葉が返ってくる。それが一夏がずっと悩んでいたことだった。まあ予想はついてたけど。

 鈴が言っていた『一夏は帰ってきた』ってセリフは、おそらく一夏がドイツで答えを出してきたという意味だったんだろう。

 だがオレは最初から答えを持っているのだ。ずっとそれを抱えて生きてきたんだから。

「ほらな、鈴、答えは出ただろ。全部、一夏が知ってた」

 思わずため息が出る。

 何でオレは、自分でこんなことを言わなきゃいけないんだ。

「ヨウ、アンタ、この期に及んで何言ってんのよ。全然意味がわかんないんだけど」

「お前やっぱりバカだな。じゃあ教えてやる」

 そう言って、周囲にいる人間を見渡した。

 IS学園でオレに関わりのある連中を集めて、こんなことを言わなくちゃいけないなんて、神様は何て意地悪なヤツなんだ。

「なあ一夏」

「……ああ」

「知らない子も多いだろうから、話すぞ」

「わかった」

「二年前のモンドグロッソ、総合優勝決定戦の前日、織斑一夏は何者かに誘拐された。その可能性があることを知っていたオレは、周囲に危険性を伝えたんだが、もちろん誰も信じなかった。誘拐されたとき、オレは一夏と一緒にいた。ここまでは間違いないな?」

「間違ってない」

「今の一夏の話と総合すると、一夏の誘拐を防ごうとしたオレが、犯人たちによって危険な目にあった。だから一夏は自分が許せなくて、教官としてドイツに渡る姉についていった。織斑先生が仕事の任期を終えて日本に戻るときも、一緒に帰ってこようとはしなかった」

「……そうだ」

「鈴、箒、それにセシリア、これってさ」

 4月からIS学園に揃っていたヒロインズの顔を見渡す。

 全員が何も言わずに、不安げで不満げな顔をして、オレの次の言葉を待っていた。

 でもみんな、ホントは気付いてるんじゃないのか。

「オレが存在してなかったら、一夏は日本に残ったままだったってことじゃないのか? お前らはオレなんて、いない方が良かったって理解してるだろ?」

 そう言って、オレは小さく鼻で笑った。

 存在しなかった方が良い存在という、独自の個性(オリジナル・キャラクター)を持っているのが、オレことフタセノ・ヨウだ。

 誰も何も答えない。これだけの数のキャラクターがいるのに、誰も何も答えてくれなかった。

 まあ沈黙は肯定の場合が多いしな。

「そんな、こと、ねえ、だろ」

「あるだろ。証明終了だ。なんか反論あるか?」

「お前は、お前は何が言いたいんだ?」

「何をってそりゃお前、オレが棄権したことを気に病む必要全くねえってことを伝えたいだけだ。今回はお前、関係ないんだし」

 手に持った刀を再び正眼に構える。

 だが、ここまで言っても、一夏は剣を構えようとしないし、何も言おうとしなかった。

「さあ、やるって言うならやろうぜ。お前が自分のこと弱いって思ってるなら、オレがその勘違いを正してやるよ」

 セリフは我ながらカッコいいが、内容はオレが負けるっていう予告なのが悲しいところだ。

 一夏が顔を上げ、小さく深呼吸をしてから、強張った微笑みを浮かべる。

「なあ、オレもドイツやフランスで得た答えがあるんだ。聞いてくれるか?」

「おう、どんとこい」

「会ったばかりの頃、ラウラはオレが千冬姉の経歴に汚点をつけた存在だって言ってた。事実、その通りだと思う。だけど、千冬姉がオレを助けようと思った気持ちを否定しちゃダメだって思ったんだ」

「気持ちって?」

「オレを助けたいと思った、その気持ちだよ」

「それが、お前が西の地で見つけた答えってわけか」

「失敗しても、お前がオレを助けようと思ったことまで否定しちゃダメだって、オレは思う。だから、お前がいらない存在だなんて、自分で自分を否定するなよ」

 優しく子供に問いかけるような口調で、一夏がオレを諭そうとした。

 本当に主人公らしい回答だ。真っ直ぐで人に優しくて、誰も否定しない正しい答えだと思う。これを持つことで、一夏は日本に戻る自信がついたんだろう。

 だけど、オレは拒否できる。

「いや違うぞ、オレはお前を助けようと思ったわけじゃない」

「……え?」

「オレは、お前を助けようなんて、これっぽっちも思ってなかった。ただ、脇役で終わりそうな人生を変えようと思って、その手段がお前の誘拐事件を防ぐことだったんだ」

「だけど、それでもお前はオレを」

「手段だ。お前を助けようとしたことは目的でもなく欲求でもない。だから、お前がドイツやフランスで得た答えは間違いなんだ」

 結局、一夏はケンカを吹っかけてきておきながら、剣を構えようとしない。

「……間違い……?」

「もういいだろ。これ以上、オレを苛めんな」

 自分の汚さと惨めさを再確認するだけの話だ。

 視界に浮かぶウィンドウを目線で操作して、打鉄をスリープモードに移す。

 低い電子音が短く唸りを上げた後、駆動しなくなった機体から足と腕を抜き、地面へと飛び降りた。

 皺のついたズボンを軽くはたくと、すぐに真っ直ぐな元の姿へと戻った。さすが最新素材を使ったIS学園の制服だぜ。

 そんな凄い制服が勿体ないけど、明日にゃ学校辞めるか。

 これ以上ここにいたって、みんながつらいだけだ。岸原一佐に頼んで空自に入れてもらうか、それこそ米軍にでも行くか。ティナが連絡取れるとか言ってたっけ。

 織斑一夏が目を丸くして驚いたまま、オレを見つめている。唇は震えていた。

 コイツがIS学園に来るまで、オレは何も知らずに、一夏の代わりを務められるよう自分なりに頑張ってた。

 一夏が戻ってきて、白式を装着して空を飛んだとき、見たかった物、見たくなかった物が同時にココにあると思った。やっと本当の世界が戻ってくるとホッとした。だけど次の瞬間には居場所が取られると感じたんだ。

 オレに才能はない。みんなに言われてきた言葉だ。アイツみたいに何回か練習したら何でも出来るようになるわけじゃない。だからせめて名前負けしないように、毎日をどうしようもない反復練習に費やした。

 二瀬野鷹は誰からも好かれるわけじゃない。アイツみたいに色んな人を引き寄せて愛されて、世界の中心に立てるわけじゃない。それでも一人ぐらいには愛されるようにって願ってた。

 今日、この集まりが何のためだったのか未だにわからないが、とりあえず結論は出したんだ。

 一夏が戻ってきて、端っこにいたオレは外へと押し出されたってことだ。

 久しぶりに裸足で踏んだ地面が、足の裏を刺激して気持ち良い。

「じゃあな、みんな。一足先にリタイアだ」

 後ろ手で軽く手を振って、新しい一歩を歩き出す。

 たった今、オレはオレの全てを否定した。馴染んでいた場所を去るには未練ばっかりだけど、心が冷めてしまった。

 まずは私物の整理か。先に退学届出した方が良いのか? ああ、あと岸原さんや四十院所長や国津さんに連絡しないとな。

 そんな算段を指折り数えていると、

「それでも」

 と聞き覚えない声が耳に届いた。

 声の主を探そうとして足を止めるけど、誰のものかすら見当がつかない。

「それでも、二瀬野君にいて欲しいって思います」

 きっと二組の誰かだと思う。ここにいて、オレが声を覚えてないってことは、消去法的に言ってそうなる。

「わ、わたしも」

 震えるような声で言ったのは、クラスメイトの夜竹さんだ。あんまり目立つ方じゃないけど、放課後の教室で自習してたりする真面目な子だ。

「あたしだって、二瀬野君が必要ないとか、思わない」

 はっきりと通る声で言ったのは、二組の椎名さんだ。何度か授業で話したことがある。手足のバランスを取るのが上手くて、確か柔道の黒帯だって言ってた。試しに投げてくれって言ったら、踏ん張ってたところに巴投げ食らった。

 だからって、止まるわけにはいかない。一夏が戻ってきたってことは、もうオレはいらないってことだから。

「タカ」

 その幼い呼び名で呼ぶのは、もはや箒だけだ。今までずっと喋らずにいた篠ノ之箒が、初めて口を開いた。

「んだよ?」

「お前はそれで満足か?」

「ああ、満足だね、これで満足だ」

「剣は、そんなことを言ってなかったぞ」

 まるで剣術の師匠がごとき口ぶりで、箒がオレの持つ合金製のブレードを見つめた。まあ、師匠ってのもあながち嘘じゃないか。毎朝、コイツの隣で素振りをしていた。お互いに挨拶以外は無言だったが、それでも綺麗なフォームを持つ師範の娘を参考にはしていたから。

「前にも言ったろ。オレは達人じゃない。剣に込められた思いなんてわからねえ」

 さっき振った剣に、心なんて込められていない。

「お前は……私などよりずっと頑張っていたではないか」

「そうさ、頑張ってたさ。バカはバカなりに、出来そこないは出来そこないなりに、頑張ってきた」

 今までずっと、一じゃなく二として頑張ってきたけど、それももう終わりだ。

 玲美がディアブロを装着したときに見たという文字、『ルート2』。上手いこと言ったもんだな。2の平方根、つまり√2は1じゃない。1.41なんたらと続く終わりの見えない数字だ。決して1にはならない。オレが持ってきた謎のISコアでさえわかってたってことだ。

 壁際に置いてあった自分の荷物と靴を見つけ、そっちにゆっくりと歩いていく。

「どこに行くの?」

 この集まりで、今まで何一つ喋らなかったシャルロットが、ラファールを装着したままオレの前に立ち塞がる。

「帰るんだよ」

「行かせない」

「どうやって? ISで殴るか? それとも発砲するか? オレのホークは預けてあるから、絶対防御すら発動しないぞ」

「そんなことしないよ。でももう一度だけ、チャンスをくれないかな?」

「チャンス? 何の?」

「今の勝負はキミの勝ちだよヨウ君。一夏は完全に心が折れちゃった」

「また立ち上がるに決まってる。織斑一夏だぞ」

 確信を持って呟く。オレに躓いたぐらいが何だ。主人公様だぞ。

「無理だと思う。きっと」

「お前がそんなこと言うなよ、最後まで信じてやれよ」

「だってボクの心も今、一夏と一緒に折れちゃった。ラウラも同じ気持ちだと思うよ」

 シャルロットが悲しそうに呟いた。

「折れても治る。断言してもいい。大体、なんでお前の心まで折れるんだ?」

「だって、一夏の言った言葉は、ボクの答えでもあったんだ。それを根本から否定されたんだよ? フランスで一夏が教えてくれた、一夏が生み出した答えが実は不正解だったなんて、酷い話だと思う」

「知るかよ。違う答えを出せばいいだけだろ。お前らならそれが出来るぞ」

 吐き捨てるように言い放って、オレはラファールの横を通り過ぎる。

 裸足で歩くと痛いな、地面って。

 さて、荷物荷物っと。どっかで足洗わないと、靴も履けないな。

 ゲート側にあった自分の制服とカバンを持ちあげようとしたが、手に触れる寸前でかっさらわれた。

「ヨウ君」

「玲美……」

 荷物をオレから隠すように抱きかかえて、玲美がこっちを見ていた。強張った笑みを浮かべている。

「もう一回だけ、チャンスをちょうだい」

「……なんだよ、お前まで一夏の味方かよ」

「味方とかそんなんじゃなくて、あれじゃ可哀そうじゃない?」

「……うるせえ」

「え?」

「うるせえって言ったんだよ、さっさと荷物返せよバカ」

 初めてだった。

 初めて、IS学園の女子に心の底から暴言を吐いた。鈴や箒相手に軽口を叩くことはあった。でも、よりにもよって、今まで一緒にいてくれた女の子に言ってしまった。

 そんな自分がショックだったし、こんなことを言うほどにショックを受けていた自分が情けなかった。

「ちょ、ちょっと二瀬野君! 玲美に向かってそんな言い方ないでしょ! 玲美はただ二瀬野君と織斑君のことを思って!」

 近くにいた相川さんがオレに抗議してくる。他の子たちも少し怯えた目でオレを遠巻きに見つめていた。

「どいつもこいつも一夏一夏イチカいちかってうるせえんだよ」

「そういうことじゃなくて、ね、聞いてよ二瀬野君」

 それでもなお追いすがってくる相川さんだって、少し怯え始めていた。

「お前らこそ全員、わかってんのか、アイツ一人のトラウマを治すために、弱いオレを晒しモノにしてんだぞ!?」

 そんなことを叫んでしまった。

「ふた……せのクン?」

 だって、ひでぇじゃねえか。

 オレは自分に出来る最善を尽くし、みんながタッグトーナメントを無事に終えられるよう、一人でやり遂げた。結果、シャルロットには悪いが棄権になった。

 その出来事を過去のトラウマに重ね合わせて、落ち込んでしまった人物がいる。織斑一夏だ。

 そりゃ一夏はみんなに好かれる主人公だ。アイツが落ち込んでたら、何とかしてやりたいと思うんだろう。

 だから、一夏がオレと戦いたいという提案に、みんなで乗った。オレも試合を棄権していたから丁度良かったんだろう。

 でもさ……これじゃあ単なる踏み台じゃねえかよ、一夏が成長するためだけのワンステップだ。たぶん、これからもずっとコレの繰り返しに違いない。

 みんなは一夏のために行動し、オレは弾き出された。このままここにいても、オレの思いなど無視されて何もかもがヤツを中心に回っていくだろう。

「ああもう、荷物いらねえわ。じゃあな」

 結局、裸足のままで入退場ゲートをくぐろうとした。

「ごめんなさい」

 ポツリと泣き声が聞こえる。

 振り向けば、玲美がしゃがみ込んで泣いていた。

「……悪かったよ、怒鳴ったりして。でも、もういい。オレに構うな。こんな疎外感はうんざりだ」

「そんなつもり……じゃ」

「じゃあどういうつもりだってんだ」

「みんな……ヨウ君と織斑君に仲直りしてもらいたくて……」

 嗚咽につっかえながら玲美が答える。最初からそんな気はしてたよ。お前は良いヤツだから。

「それで試合か。自分に勝った相手に、オレが打鉄で勝てるとでも思ったのかよ」

「だって……そうするのが一番だからって、織斑君が」

「また織斑君かよ」

 踵を返して一夏の方を向き直る。まだ一歩も動けていなかった。硬直したように動作を止めている。

「おい織斑一夏」

「……ああ」

「言葉はねえのかよお前らは。昔の少年マンガかテメエは」

「返す言葉もねえよ」

「他人の前で傷口広げんな、カッコ悪いだろ」

「……知ってもらいたいと思ったんだ、仲間には、それに国津さんには」

「全てを知って、それで何が起きるってんだ、このバカ。それにオレはまだ言ってないこと沢山あるぞ。でも絶対に言わない。どうせ誰も、オレを、信じない」

「そんなことねえ!」

 拒絶の宣言を跳ねのけようと一夏が腹の底から声を出して叫ぶ。

「あるぞ、実績だ。実際にそうだったろ」

「……それでも」

「ああ?」

「次は違う」

「じゃあ大事なこと言うぞ、信じろよ?」

「ああ」

「オレは未来人だ」

「……前に言ってたな、そんなこと」

 誘拐事件のとき、オレはこいつに未来人だと告げていた。もちろん比喩表現で正確じゃないが、未来を知っているという意味では同じだ。

「ほらな、今まで信じてなかっただろ? また実績を重ねたな」

 これで終わりだ。

 オレの全てが終わりに向かって加速し始める。

 もう死んでしまいたい。消えてしまいたい。誰か殺してくれねえかな、痛みもないように一瞬でお願いします。

 信じるとか言っても、所詮は人間だからな、そんなもんだろ。

 口先だけの野郎と蔑むつもりはない。オレだって何も達成できてない口だけ野郎だしな。

 そんな感傷を持った瞬間に気付いた。今、初めてオレは織斑一夏を人間として正しく認識したんだな。

 弱くて人を信じ切れず、人並みに悩みを重ねて、苦悩しているアイツの姿こそ、正しく人間だ。

 だから今、不甲斐なさが悔しくて、歯を食いしばって右眼からポロポロと水滴を落としている織斑一夏も、また織斑一夏の側面なんだろう。

「これは何の騒ぎだ、バカモノども」

 呆れた声を発しながら、織斑先生が目の前に現れた。訝しげな顔の山田先生も横にいる。

「いつまで経っても、誰も寮に戻ってこないと思ったら、こんなところでバカ騒ぎか」

 アリーナ内を見回す中、一瞬だけ中央にいる一夏で視線を止めた。

 だが、すぐに視線をセシリアに向ける。

「オルコット、何をしていた?」

「え、えーっと、これは」

「クラス代表だろう。ファンと協力して、さっさと指示して片付けろ、打鉄は早くメンテルームに回せ。あと二瀬野」

「はい」

「一緒に来い。いいな?」

「了解です」

 踵を返してアリーナから出て行こうとする織斑先生を追う。

 これで終わりだ。

 一夏の代わりになろうとしたオレも、一夏に対して償いをしようとしたオレも、全て遠くへ投げ捨てた。

 どちらも最後まで貫き通せず、中途半端のままで終わった。

 オレにぴったりの終幕だった。

 

 

 

 

「どうして裸足なんですか?」

 IS学園の校舎の奥深く、暗い通路を歩いている最中に山田先生が尋ねてくる。

「なんでなんでしょうね、ホント」

 結局、玲美から荷物を返してもらうことは諦めたので、上着と靴がない。ゆえに裸足でペタンペタンと音を立てているわけだ。

「はぁ……何があったんですか、さっきのは」

「青春群像劇です。若さってヤツです」

「は、はぁ……」

 苦笑いを浮かべた山田先生が、申し訳なさそうにオレを覗きこむ。

「ごめんなさいね、二瀬野君。でもやっぱり、あの件を聞かないといけなくて」

「いや、覚悟は決めてましたから」

 辿り着いたのは、計測器だらけの部屋だった。真ん中の寝台に、オレが破壊したゴーレムが乗せられている。

 織斑先生がイスを回して勢い良く座り足を組む。その傍らで山田先生がインスタントコーヒーの準備をし始めた。

 ……ホントにあるんだ、砂糖の横に塩。なんでコーヒーセットに塩が……。

「とりあえず二瀬野」

「はい」

「さっきは何の騒ぎだ?」

「えっと……青春群像劇?」

「内容を聞いているんだ、バカモノ」

 まあそりゃそうだよな。でも、何をどう説明したら良いもんか。

「あー、とりあえずですね、IS学園を退学しても良いっすか?」

 三秒ほど考えた結果、結論だけを言うことにした。

「はあ?」

 珍しく織斑先生が目を丸くして驚いていた。

「ふ、二瀬野君? 何か悩みが? え、うちのクラスって良い子たちばかりで、それに成績だって二瀬野君は悪くないというか、むしろ二月までISに関わってなかったのに、座学がどうしてこんなに良いのかなぁって不思議に思うぐらいなんですけど」

 コーヒーの準備中だったら山田先生が、慌てた様子でまくし立てる。

「いいから、説明をしろ説明を」

 こめかみに浮いた血管を指で解しながら、織斑先生が冷静になろうとしている感じの声で尋ねてきた。

「えっと、人間関係に疲れた?」

「お前は中年サラリーマンか」

「じゃあアレだ、入ってみたものの、やりたいことと違う」

「お前は研修を終えて部署に配属されたばかりの新入社員か」

「えっと、好きな人にフられて、同じ空間に居づらい!」

「お前はOLか」

 織斑先生が床に届かんばかりの大きなため息を吐いた。

「じゃあアレだ。男子が掃除を真面目にしてくれない!」

「小学校か。まあ、あの様子では小学校とどっこいどっこいだがな。……あれが泣いているところなぞ、何年ぶりに見たか」

「イジメッ子とかがいるんじゃないすか、うちのクラス」

「ったく」

「あ、心配なんすね」

「……とりあえず、退学を希望する理由を教えろ」

「そもそも入学したのが間違いだった! とか?」

「……バカかキサマは」

 すげえ呆れられた。そろそろため息が床を貫通しそうだ。

 オロオロしていた山田先生だったが、少し落ち着いたのか、紙コップにインスタントコーヒーを注いでいく。

「真耶ちゃん、今入れたの、塩です塩」

 全然落ち着いてなかった。

「え、ああ、ご、ごめんなさい。どうしてこんなところに塩が・・・・・・こ、これどうしましょう?」

 残念ながら、ここには簡易的なキッチンなんかない。

「あとで捨てればいいんじゃないすか」

「あ、そうですね、上で捨てます」

 そう言いながら山田先生が、代わりにもう一つインスタントコーヒーを入れてから、オレたちに渡してくれた。そして織斑先生と違って行儀良く女性らしい座り方で自分もイスに座る。

 コーヒーを一口、口につけてから、織斑先生が足を組み直した。

「さて二瀬野」

「なんでしょうか」

 その迫力に思わず腕を後ろに回して軍隊みたいな姿勢を取ってしまう。

「この機体、お前の言ったとおりに無人機だったが、どこでそれを知った?」

「……戦ってる間に気づきました」

「そうか。では、こいつが襲撃してくることをどこで知った?」

「アリーナの外で空を見上げてたら気づきました」

「舐めてるのか小僧」

 ギラリと眼光が鋭く光るが、別に怖くはない。ただの脅しってわかってるし。

「舐めてねえッス。言っても信じないことは、二度と言わないって決めました、さっき」

「さっき? アリーナで集まっていた件か。何をしていたんだ、キサマらは」

「何だったんでしょうね、ホント」

「まあ大方、棄権したお前に、形だけでもトーナメントを経験させてやりたかったとか、そういうことだろうが・・・・・・」

「あ、ああ、そういう解釈もできるのか。てっきりイジメられてるもんだと思った」

「イジメ?」

「あ、大丈夫ッス。我が校にイジメはありません。じゃれ合いです」

「結果的に、誰が誰をいじめたことになるんだか・・・・・・」

 まったくもって、謎の結果に終わったイベントだった。

「それで話を戻すが、これが何なのか、お前は知っているんだな?」

 織斑先生が、寝かせられている黒いISを顎で示しながら尋ねてくる。 

「ISコアを作れるのなんて、一人だけだ。これは、登録されていたコアでしたか?」

「……お見通しか」

「何で知ってるかとか、聞かないでくださいね。オレも何で知ってるのかわからねえッスから」

「この間の、寮で確認されたISコアと関係はあるのか?」

「この間?」

「一夏がお前の部屋に来る前の夜だ。お前の部屋からISコア反応が二つあったことは知っている」

 コアナンバー2237の件か。さすがにバレてたってことね。ただ、あの日の織斑先生は弟と一緒に自宅に帰っていたから、運が良かったってことか。

「関係はありません。別件です。自分の認識ではそうです」

「嘘はないな?」

「話せないことだらけですが、嘘はありません」

 うむ、まさにオレを象徴するような回答だな。

「しかし、こいつを落とすとはな」

 織斑先生は空になった紙コップを山田先生に渡して立ち上がり、ISに近寄って見下ろした。

「何か問題が?」

「調べてみてわかったが、スペックはかなり高い機体だ」

「無人機だから弱いんだと思います。ISは人間が乗ってこそ、という話を覚えています」

「……また妙なことを言い始めたな」

「はい? 何かおかしなことを言いました?」

「人間の乗っていないISなど今まで存在したことがない。逆説的に言えば、無人のISが強いか弱いかなど誰も知らん」

「……なるほど。うかつでした」

「その知識はどこで手に入れた?」

「言いません」

「……強情、というわけではないようだな」

「理解が早くて助かります」

 姿勢を正して頭を下げながら、わざと人を食ったような答えを返した。その態度を鼻で笑ったのが実に織斑先生らしい。

「まあいい。話は以上だ」

 彼女はいかつい無表情に戻り、ISの寝かされた台から離れて、扉に向かおうとした。

「おり……いえ、千冬さん」

「学校では織斑先生だ」

「一夏のお姉さんに、お話があります」

「……プライベートな話か」

「えっと」

 ちらりと山田先生を見ると、彼女はオレの意図を察知して、

「ちょっと外に忘れ物をしたので、取ってきますね」

 と笑顔を浮かべたあと、パタパタと部屋から出て行った。

 それを見送った後、織斑先生は姿勢を崩して背もたれに体重を預けた。

「で、何の話だ?」

「アイツ、ヨーロッパでどうでした?」

 あくまで近所のお姉さんと話すように、問いかけてみた。その意図を理解したのか、珍しく織斑先生が肩を竦める。

「あのままだ。変わったようで変わってない」

「悩んでました? あの件」

「あの件……ああ、誘拐事件か。友達を危ない目に遭わせたことを後悔していたな。だがまあ、お前は気にするな」

「そうッスか……」

「さっきの件は、その話か?」

「うっす」

「……教師に向かってそのテキトーな話し方はどうにかならんのか」 

 眉間に寄った皺を解すように指を当てて、千冬さんがうめくように呟いた。

「いや今は友達の姉ちゃんに話してるんで」

「……そうか。なら仕方ないな。アイツは馬鹿だからな。失礼なことをしたら教えてくれよ。何せ恩人のお子さんでもある」

「恩人って。うちの母はまあ、アレだけど、そこまで気にしなくても」

「気にはかけるさ。お前と同じ年ぐらいの頃は、それなりのメンタルだったんだぞ、私も」

「え、マジで? 意外ですわー……」

「あん?」

 ギラリと睨まれた。まあ明らかにジョークっぽい睨み方だけど。

「いや何でもねえっす。でも、オレの年で確かに弟を育てるってのは考えられないとは思ってます」

「そう言ってくれると助かる。事実、お前のご両親には本当にお世話になった」

「いや、今日はホントありがとうございました」

「すまんな、あれぐらいしか時間が取れなくて」

「そんなことないですよ、でもホントすみません」

「本当に退学を希望するのか? お前の場合は退学しても自由には」

「いやまあ、希望としては自衛隊あたりにお世話になろうかなって」

「……ふむ。答えられるなら教えてくれ」

「ヘイ」

 可能な限りふざけた調子で答えた。織斑先生がまた呆れたようにため息を零す。まあテンション上げていかないと、色々と崩れちゃいそうだしな。

「ったく……。何があったんだ、さっきは。アイツが泣いているところなんて、凄く久しぶりだぞ」

「慰めてやった方がいいんじゃ?」

「高校生だぞ?」

「ま、慰めるのは周りに沢山いるか」

「……甚だ不本意だがな」

「あれ、弟を取られちゃった的な?」

「そんなわけあるか。ただまあ、結果的には状況がよろしくない」

「よろしくないって?」

「お前はほら、世界で最初の男のIS操縦者だったが、さっさと周囲を決めてしまっただろう?」

 その何気ない言葉に、胸がずきりと痛んだ。

「ま、まあそうっすね。可能な限り女の子と接触しないように、とはしました。そう考えると四十院のメンツはぴったりでしたから」

「仕事上の関係というわけか」

「これなら仲良くしてても変じゃないし、適度にガードにはなる。もちろん国津さん、岸原さん、四十院さんには良くしてもらって、感謝しきれないぐらいです」

「だが逆に一夏は、決められない」

「決められない?」

「大事な物が多すぎる、ということさ」

「ああ、器が大きいから、中に色々入っちゃうってことか」

 何気なく言ったオレのセリフに、千冬さんが肩を竦めた。

「アイツの器は、長細いんだ。上から順番にしか取り出せん」

「……なるほど」

 目の前のお姉ちゃんが、呆れているというか、申し訳なさそうな顔というか、色々と複雑そうな表情で目を閉じて小さくため息を吐いていた。

「でも千冬さん」

「ん?」

「それだけ目の前のことに集中できるのは、良いことなんじゃないですか?」

「悪いとは言っていない。ただ、目の前のことしか見えずに周囲がおざなりだ。隙が多すぎる」

「ははー……目の前のことを片付けたら、次に入れた物にかかりっきりってことか」

「そういうことだ」

 箒の問題が起きればそれに、鈴が突っかかってくればそれを、シャルロットが困っていればそっちに、セシリアが寄りかかってくれば支えに、ラウラが圧し掛かってくれば下敷きに、会長がうつむいてたら笑わせに、簪が泣いていたらそれを止めるために戦うだろう。

 だがそれは、その場その場に懸命で、他のことは後回しということだ。

「結果的に目の前のことだけ処理して、何も選べない。まあヒーローっぽくて良いんじゃないスか」

「ヒーロー? あんなにボロボロ泣くヒーローなどいるか。逆に言えばだ、二瀬野」

「うぇい?」

「お、お前なあ」

 オレのテキトーすぎる返事に、織斑先生は体勢を崩してしまったが、咳払いをして元に戻る。

「お前がアイツにとっては、最初のヒーローだった」

 なんたる真実。そんなこと初めて知ったぞ。

「はぁ? 目標低すぎでしょ。バカなのアイツ?」

「お前な……」

「いや失礼。センセの弟さんでしたね」

「まあいい。ともかく、私から見ても、当時のお前は大人びていたからな。お前の家から帰ってきても、ずっとお前のことばっか話してたぞ」

「バカとかアホとか?」

「まあ最初はそんなことも言ってたかもしれんが」

「くそ、一夏め」

「お前のことを……兄のように思っていたのかもしれんな」

「兄? いやだなぁ、それだと千冬さんがお姉さんってことでしょ?」

「おい」

「うそですジョークです。お姉さん大歓迎」

「まったく。お前、そんなテキトーなヤツだったか? 真面目なヤツだと思っていたが」

「わりと投げやりなんですよ今。死ねと言われたら、『あ、逝ってきます』って言うぐらい」

「一夏が何かやらかしたのか?」

「いいえ。あいつは真っ直ぐぶつかってきただけですよ、正直にアイツらしく自分の思ったことを投げてきたんですよ」

「それを打ち返したというわけか」

「違います。オレは客席にいただけですよ。そもそも立っている場所が違いすぎた。甲子園投手が観客に勝負を申し込んだとしても、観客にとっちゃ迷惑なだけです」

「棄権したお前と戦おうとした、ということか。まあ、姉だからというわけでもなく、お前と一夏が打鉄同士では勝ち目はないだろう」

 そういうことじゃないけど、オレはもう信じてもらえないことは言わないことにした。

「イエス、晒し者ですよ。あんだけ人の目がある状態じゃあね。他に意図があって、まあセンセが言ったとおり試合を体験させたかったのかもしれないけど、結果的には弱い物イジメでしょ、あれ。ただでさえテンペスタ・ホークのみに特化しているオレに打鉄なんて。負けた方は惨めなもんでしょ」

「比較対象はお互いしかいないわけだからな」

「男は二人だけですからね。アイツは男女分け隔てないから、逆にそれが思いつかない」

「……しかしだ」

「なんスか」

「お前は何か隠している、そうだろ?」

「ええ。隠しまくってます」

「私に話す気はないか?」

「話したい気はありました、さっきまでは」

「今は?」

「一夏が信じられなかったことを、他の人が先に信じちゃったら、可哀そうでしょ」

「……なるほど。つまるところ、お前は一夏をどう思ってるんだ?」

「そうッスね。まあ色々と思うところはありますが」

 織斑一夏に対する思い。

 世界の中心、たった一人の男性IS操縦者、何をしたって上手くいく。主人公補正の真っただ中の男。

 ただ、それらを抜いて織斑一夏を思い出せば、

「友達っスかね、まあオレが思ってるだけかもしれないけど」

 それぐらいしか形容する言葉がなかった。結局、一緒にいた時間はすげえ長い。

 恨むところは何もない。オレとアイツの思いはすれ違い、去るべき者は去る。これ以上一緒の場所にいても、オレとアイツがIS操縦者である限り、上手くは行かないだろう。

 お互いの成長を待って、それから再会すれば、きっと過去も洗い流せているに違いない。

 だけど、それまでは、敵になる可能性だってあり得る。

 次に起きる出来事は、おそらく銀の福音の暴走。

 オレは篠ノ之束によって起こされるコレを許さない。

 何か手立てを探して、銀の福音を助けたい。そうすることで、ナターシャさんに悲しい思いをさせなくても済むだろう。

 IS学園を離れる自分に何が出来るかはわからない。でも最悪の場合は、IS学園の専用機持ちたちと敵対することだって考えられる。

 (テンペスタ)は近い。

「話は以上ッス。これからはどうしたらいいッスか?」

「まずは私から岸原一佐に連絡を入れておく。退学の件はこちらで処理しよう。日程はおそらく二日後だろう。四十院へは自分で連絡を入れろ、いいな?」

 他の子がやめたときも同じような日程で動いてたな。それなりに退学者が出るIS学園では、慣れた作業なのかもしれない。

「ええ、わかりました。ありがとうございます、織斑先生」

「少し早いが、達者でな」

「はい」

 そう言って踵を返し、扉を開けて部屋から出る。すぐ側で壁にもたれかかって待っていた山田先生にもお辞儀をする。

「ほ、本当にやめちゃうんですか? 考えなおしたりは」

「いえ、決めたことです。いつかはこうなるって思ってました。山田先生、短い間ですが、ありがとうございました」

「……残念です。私は二瀬野君の頑張る姿、好きでしたよ」

「ええ、オレも先生の授業、わかりやすくて楽しかったです。それじゃあ」

 もう一度だけ頭を下げて、山田先生にも別れを告げた。

 

 

 

 諸々の処理手続きは終わり、タッグトーナメントの翌々日になっていた。今日の夕方にはIS学園を出るように、と言われている。

 あの後、まず岸原一佐から連絡が入り、すごい渋い声で怒られたので謝り倒した。

『とりあえず空自のIS部隊で一度、面倒を見ることになる』

 そういうことらしい。

 次に四十院所長から珍しく直電が入り、

『まー仕方ないね。私としては残って欲しかったけど、神楽曰く、色々あったって言うなら仕方ない」

 と爽やかに言われた。

 最後に国津博士だったが、渋々ながら、

『……男が決めたことなら、仕方ないね。ホークはキミの専用機のまま、空自に持っていけるよう処理はしておくよ。岸原もそう言ってたし』

 と了承してくれた。

 タッグトーナメントの日からは、寝泊まりは教職員用の余った部屋を使わせてもらっていた。生徒とは顔を合わせていないので気楽なモノだ。

 昼間は授業には出ず、私物をまとめ、捨てるモノは捨てた。MIGも捨てた。他の生徒たちが授業をやっている最中にやったので、これまた誰とも顔を合わせていない。事務室で配送の手続きをし、自分の荷物が無くなった部屋を見回す。

 三か月、たったの三か月だったけど色々なことがあった。

 ISの待機状態であるアンクレットがしゃらりと音を立てる。

「さて、行くか」

 手荷物一つを持ちあげて、私服姿のまま歩き出した。IS学園の制服も先ほど、事務室に返したところだ。一夏のスペアにでもするんだろう。

 授業中だけあって、誰ともすれ違わない。元々いなかった人間が出て行くだけだし、挨拶はいらない。

 IS学園の寮を出ると、黒塗りの車が待っていた。中からスーツ姿の岸原一佐が出てくる。相変わらずいかついオッサンだ。

「送り出す人間もおらんとは」

 少し憤慨した様子でIS学園の校舎を睨む。

「いや、何も言ってないんですよ。お嬢さんには、よろしくお伝えください」

「む、ううむ……また娘に怒鳴られそうだな、これは」

 心底怯えた目をしている中年の紳士がそこにはいた。オレからの視線に気づいて、ゴホンと咳払いをして誤魔化し、

「では、今から君はIS学園の生徒ではなく、アラスカ条約機構極東理事会所属運営のIS部隊に配属になる」

 と新しい行き先を教えてくれた。

「あら? 空自所属って聞いてましたけど?」

「日本は色々とあるんだよ。それはまあ車の中で説明する。では行こうか」

 そう言って、一佐がドアを開けてくれた。

 お辞儀をして、中に乗り込む。岸原一佐が隣に座ってドアが閉まると、車が走り出した。

 久しぶりに携帯端末の電源を入れ、タッチパネルを指で操作していく。電話帳を開き、IS学園と区分けされた部分を丸ごと着信拒否に設定した。これでオッケーだ。

 

 

 振り返ることもなく去っていくことだけが、オレの意地だ。

 これからのオレは、オレの道を行く。誰が敵であろうとも誰が味方であろうとも、迷うことはない。

 ただ一言だけ心の中で、さようならと告げて、オレこと二瀬野鷹はIS学園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 








第二部終了。

二話分以上ある長さだけど、上手く分けられなかった。
賛否あるかもしれませんが、『二瀬野鷹』のIS学園編は終了です。


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